その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)[5]

[タイトル写真:種子島(鹿児島県南種子町)・千座の岩屋(筆者撮影)]

[5]「希望の方角」と「忘れないといいな」

 北野日奈子が乃木坂46のメンバーとして過ごした最後の約1年間は、グループの「10周年イヤー」といえる時期にあたっていた。その最後にあたる「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2022年5月14-15日)については、北野はすでにグループを卒業しており出演することはなかったが、それまでにも「乃木坂46結成10周年記念セレモニー」(2021年8月21日、「真夏の全国ツアー2021」マリンメッセ福岡公演1日目内)や、「結成10周年記念ベストアルバム」と銘打たれた「Time flies」、デビュー10周年の記念日に重ねて配信された「NOGIZAKA46 10th Anniversary 乃木坂46時間TV」(2022年2月21-23日)など、さまざまな「10周年記念」の機会を、北野はメンバーとして経験していくことになった。

 北野はまた、こうした時期を「卒業」を胸に秘めた状態で、「カウントダウン」しながら過ごしてもいたという1。秋ごろに行われていたと思われる2nd写真集『希望の方角』の撮影や、ソロ曲「忘れないといいな」の制作2があったのも、この時期にあたる。

 本稿では、メンバーとしてのキャリアの終盤にあたるこの時期に、北野が自身や周囲のグループ活動に関して振り返った内容や、「卒業」を念頭に置いて行われた活動を改めてたどっていくことで、「乃木坂46・北野日奈子」を形づくったものや、彼女が大切にしてきたものについて振り返っていくことにしたい。

「その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」目次

 ・[1]家族への信頼と愛情
 ・[2]ポジションと向き合った日々
 ・[3]同期・2期生という存在
 ・[4]“先輩”と“後輩”、グループのなかでの役割
 ・[5]「希望の方角」と「忘れないといいな」
 ・[6]あの夏のこと/アンダー曲「アンダー」
 ・[7] “代名詞”となった「日常」
 ・[8]「乃木坂46 北野日奈子 卒業コンサート」
 ・[9]中元日芽香、「大切な友達」として
 ・[ex]“それから”の日々と“これから”

 

“思い出を振り返る”グループ

 乃木坂46は、“思い出を振り返る”ことに並々ならぬ情熱を燃やしてきたグループだと思う。こう表現すると、多くの人がまず想起するのは「全曲披露」をコンセプトに長く行われてきたバースデーライブであろう。2013年の1stに始まり5thまで、そして7th、8thと、相当に長い間続けられてきた「全曲披露」。持ち曲全曲を披露する、という形式のライブを行ったことのあるアーティストは多くあろうが、Googleで「全曲披露」と検索すると乃木坂46関係のページが上位を占めており、一種のグループ用語ともなっているといえる。曲数は2020年の8thで200曲を数え、メンバーにとっては相当ハードなものだったとも語られるが、すべてがBlu-ray/DVD化されてきた経緯も含め、グループの歩みとともに作品に込められた思い出を振り返る貴重な機会であり続けてきた。

 また、「全曲を披露する機会を設け、置いていく曲をつくらない」というライブは、アンダーライブにおいてもみられた。2019年10月10-11日の「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」、および2020年12月18-20日の「アンダーライブ2020」は、「アンダー曲全曲披露」の形がとられている3。曲数は「アンダーライブ2020」時点で30曲。ライブ1公演にどうにかおさまる、ある意味でちょうどいい曲数だったし、メンバー編成の面で過渡期にあったアンダーライブにおいて、「アンダーライブならでは」の曲を多く披露する意義も多分にあっただろうが、「全曲披露」に対するグループの姿勢が見てとれるようにも思えた4

 加えて、ある時期から大きな規模でコンスタントに行われるようになってきた「卒業コンサート」(またはこれに類する位置づけの公演)も、やはり“思い出を振り返る”機会になっている。ひとりのメンバーの歩みや思い出という切り口から構成されたセットリストは、バースデーライブとはまた異なる形で、グループが重ねてきた日々を振り返る機会ともなっている。

 しかし“思い出を振り返る”ことは、ステージの上だけでなされるものではない。「思い出」をキーワードとして乃木坂46をとらえようとしたとき、いつも思い出すエピソードがある。「卒業コンサート」が重ねられていく時期の前夜といえるだろうか、深川麻衣の“卒業センター”が発表されたときのこととして、橋本奈々未がこう語っている。

——14枚目のシングルのセンターは、深川さんが務めますよね。そういう花道を用意されて卒業していくのって橋本さんはどう思います?
橋本 まいまいにとってすごくいいことだと思うし、まいまいはそれだけ頑張ってきたから用意された道だと思います。毎回、選抜発表が終わったあとに選抜メンバーで写真を撮るんですよ。で、写真を撮ったあと、いつもだったらスタッフさんに「このメンバーで戦っていきます。頑張ってください」って言われるんですけど、「いつも戦っていこうって言うけど、今回はみんなで思い出を作りましょう」って言ったんですよ。

(『BUBKA』2016年4月号 p.16)

 14thシングルの選抜発表は、北野の歩みをポジションを通して振り返った本シリーズ[2]の記事では、前作とほぼ選抜メンバーが変わらず、アンダーメンバーにとっては苦しい経験であったものとして書いたところでもある。しかし、この時期あたりから、少しずつグループを取り巻く雰囲気が変化していったような、そんな印象も受ける。「戦う」「頑張る」ではなく、「思い出を作る」。まだ「AKB48の公式ライバル」と紹介されることが多く、それぞれのグループのなかでも競争が煽られた記憶も色濃くて、シーン全体としても「アイドル戦国時代」という言い方が人口に膾炙していたような時代。「戦いの時期は過ぎた」とはいえないまでも、メンバーどうしの絆、チームの絆、グループとファンの絆は、「思い出を作る」ことが「乃木坂46」としての価値を生むところまで深まってもいた。

 この2016年の表題曲のセンターは、“卒業センター”の深川、橋本と、1期生の“末っ子”であった齋藤飛鳥。3期生の加入もあり、グループ全体のダイナミズムのようなものへのまなざしが強まった時期だったかもしれない。「乃木坂らしさ」について考え続ける機会であった「真夏の全国ツアー2015」ののち、グループとしては初の紅白歌合戦出場、アンダーライブも日本武道館公演を成功させるなど、多くのメルクマールを経て、メジャーグループとして地に足が着いたような感じもあった。1期生のキャリアは5年目でもあり、ある意味では少々の余裕も出てきたということも背景にあっただろうか。

 もちろん、思い出は振り返る前に作らなければならない。表舞台に立ち、リリースした作品は形に残る、そんなアイドルの活動そのものも“思い出”を作る過程ともいえるが、この時期からはそれをひとつ踏み越えて、メンバーが自律的に思い出を作り始めた(友達どうしのような形ではなく、ステージの上やカメラの前で、あくまでアイドルとして)。いまとなっては、そんな解釈もできそうだ。思い出を作りながら振り返る。思い出を振り返った日々が思い出になる。その独特のサイクルが、グループの雰囲気を形成してきたように思う。

 そしてそのサイクルは、そこに新たに加わっていくことになる3期生以降の後輩たちの、グループで積み重ねていく時間や経験ともうまく重なっていくことになる。もともとグループのファンであったメンバーもそうでないメンバーもいるが、時には先輩の衣装を借りて、オリジナルメンバーでない曲を演じるところからその歩みをスタートさせていくことは同じである。それは後輩メンバーだからこそできる特別な経験であり、グループがもつ記憶を、そこに新たに加わったメンバーが新鮮に振り返る過程である。そして徐々に「乃木坂46」になじんでいったメンバーは、その過程そのものを“思い出”として振り返っていくことにもなる。

 そんなサイクルが完全に回転し始めた頃、4期生11人の加入を経た時期にリリースされた4thアルバムのタイトルは「今が思い出になるまで」。どことなく、繰り返されるメンバーの卒業について歌っているようにも聴こえたリード曲「ありがちな恋愛」の切なげな雰囲気も相まって感じられたのは、そんなサイクルのなかにいたことすべてが、そこを出て次のステージに進んだときに、またひとつ先から振り返る「思い出」になるのだろう、ということだった。卒業生の多くは芸能界に残り、“グループでの日々が終わった先”についても、いくぶん想像しやすい状況にもなっていた。40人あまりの現役メンバーの外にも広がっていく、「卒業生チーム」を含めた「乃木坂46」という運動体。それは、現役メンバーがその只中にあるところの“思い出”を、グループの外から相対化した。

 このくらいの時期から特に、グループへのまなざしや愛情を強く表現するようになっていった北野。多くのメンバーの卒業を見送りながら、“思い出”への愛執をとりわけ口にすることも多かっただろうか。その北野自身が卒業に向けて動き出していったのは、「10周年イヤー」の真っ只中であった。グループ全体が“思い出を振り返る”モードに大々的に入っていくなか、北野は「こんな物語があったことを知ってほしい」「自分にとっての大切な曲を歌い継いでいってほしい」というメッセージを送る場面が多かった。伝えたいことを伝える機会に恵まれた、幸運なタイミングでの卒業だったと思う。

 前置きが長くなってしまった。以下では、そんな“思い出を振り返る”北野についての思い出を、振り返っていくことにする。

 

「Time flies」カスタムジャケット

 グループの10周年を記念する位置づけでリリースされたベストアルバム「Time flies」は、2021年10月10日の「乃木坂46分TV」の配信内でリリースの告知があり、12月15日に発売された。このアルバムは、3形態の一般流通盤のほか、Sony Music Shop限定の「10周年記念 メンバーカスタムジャケット盤」として、通常盤をメンバー個別のジャケットにカスタムしたものについてもあわせて発売された。ジャケットのデザインは、リリース時に所属のメンバー37人それぞれが衣装を3着セレクトし、1着はメンバーが着用、残りの2着はその左右にシルエットとしてあしらわれた形であった。

 この「カスタムジャケット盤」についても10月10日から予約が開始されたが、10月27日から5日間をかけてデザインが徐々に公開され、リリースに向けた雰囲気を盛り上げていくことになる。それぞれのメンバーの選んだ衣装は公式Twitterでも掲載・説明されているが、筆者が作成したまとめ(Googleスプレッドシート)がこちらにある。メンバーそれぞれが選んだ理由や意図はさまざまで、松村沙友理卒業コンサートの衣装を着用した矢久保美緒、3着すべてで堀未央奈がかつて着用した衣装を選んだ林瑠奈など、憧れの先輩メンバーの衣装が選ばれているケースもあれば、3期生オーディション時の衣装・3期生制服をそれぞれ着用した山下美月5・梅澤美波、自身の初参加シングルである「制服のマネキン」の歌唱衣装を着用した秋元真夏など、メンバーとしてのキャリアにおいて重要なタイミングの衣装が選ばれるケースもあるほか、自らはこれまでに着用したことがなく、単純に「好き」「着てみたい」という理由から選ばれたと思しきケースも散見される(参考:山崎怜奈)。

 そのなかで北野が選んだのは、着用衣装が「Sing Out!」の歌唱衣装、シルエットが「サヨナラの意味」の歌唱衣装、および「真夏の全国ツアー2019 世界地図衣装」であった。「Sing Out!」は北野にとってキャリア唯一の福神シングルの表題曲で思い入れの強い作品であり、ストレートな選択であるように思える。この衣装は齋藤飛鳥・星野みなみ・岩本蓮加・阪口珠美のカスタムジャケットでもシルエットの衣装として選択されており、かなり人気の高い部類に入る衣装であったともいえる6。「サヨナラの意味」の歌唱衣装は、リリース当時の音楽番組などで主に着用されていた比較的シンプルなものである。「サヨナラの意味」の衣装も人気が高い傾向にあったが、北野以外はMV衣装7と2016年の紅白歌合戦時の衣装8であり、この衣装を選んだのは北野のみであった。「真夏の全国ツアー2019 世界地図衣装」は、この年のツアーの各公演終盤でメンバー全員が着用していた衣装である。その後は「世界中の隣人よ」のテレビ初披露(2020年7月18日「音楽の日2020」)の際に着用されたほか、北野の卒業コンサートでも着用された(参考)。「サヨナラの意味」の歌唱衣装も北野は卒業コンサートで着用しており(参考)、このときシルエットであった2着についても卒業までに袖を通したことになる。

 カスタムジャケットの衣装選定に関しては、メンバーは仕上がりのイメージを明確にはもっていない状態で行われたようで、2021年11月3日の「乃木坂46のオールナイトニッポン」では、新内眞衣は「3着とも使われると思わなかった」という趣旨の発言をしており(この形であれば「サヨナラの意味」で2着、という形にはしなかったという)、生田絵梨花は思い入れを込めた選択というよりは単純に好きな衣装を選んでいたが、撮影現場で前のメンバーの様子を見て急遽変更したと話している。両名が一致していたのは、「第1希望から第3希望という形で挙げたものから、被りのないように調整して1着が選ばれ、それを着用する」イメージだったということであった(生田は「けっこうそういう人いるんじゃないかなって思った」と口にしている)。結果として着用衣装がメンバー間で被っているということはなかったので、その点の調整はあったのかもしれないが、シルエットを含めるとのべ半分程度がどこか他のメンバーと被っている計算になり、特に新内眞衣と北川悠理は3着のうち2着が被っているような状況で(「サヨナラの意味」のMV/紅白衣装)、メンバーの希望をほぼその通りくんだ形であったように見受けられる。

 北野もアルバム発売時のスペシャルイベントで「3着とも使われるのであれば、時期の重なる『Sing Out!』と『世界地図衣装』を両方は選ばなかった」という趣旨の発言をしていたという。全体としてそれぞれの個性や思いが反映されたものだったと思うが、他メンバーも含め、「これがベスト3」のように必ずしもとらえてよいものではないことに留意したい。北野といえば「日常」というところもあるが、「日常」の歌唱衣装はここで用いられなかった代わりに、同時期の「乃木坂的フラクタル」のCMや(参考)、ベストアルバムの発売を記念した「MUSIC ON! TV」の特集番組(参考)で、北野自身が選んだものとして着用されるなど、違う場面でたびたび用いられており、この時期に目にすることは多かったという印象である。

 こうした形で、この時期の北野は、いろいろな場面でバランスをとり、多くの衣装や楽曲を広く選んでいたように思う。彼女のそうした一連のチョイスを全体として記憶しておきたいという思いがあり、本稿はこのような仕立てになっているという部分もある。

 

#わたしの乃木坂ベスト・#乃木坂ダンスプレイリスト

 カスタムジャケットのデザインの公開が終えられた直後の2021年11月8日からは、「#わたしの乃木坂ベスト」と題して、全メンバーが選ぶプレイリスト企画がスタートし、発売日前日の12月14日まで毎日ひとりずつ公開されていった。選出の対象は「乃木坂46全楽曲」とされ(参考)、「Time flies」での新曲からも選ばれているほか9、金川紗耶は「からあげ姉妹」名義で配信された「1・2・3」を選曲しており、幅広い楽曲のなかからメンバーごと10曲が選ばれた形となった。各プレイリストへのリンクは公式サイトの特設ページにまとまっているが、一覧する際はこちらのまとめも参考にされたい。

 北野の「日奈子は味方だ!一緒に頑張ろうね。プレイリスト」は12月5日公開。4期生から順に公開されていったため、スケジュールとしてはかなり終盤での公開であった。センター曲を「アンダー」と「日常」の両方、サンクエトワールの楽曲を「大人への近道」と「君に贈る花がない」の両方選曲し、2期生曲としても「アナスターシャ」と「ゆっくりと咲く花」の2曲を選曲するなど、「乃木坂46・北野日奈子」を象徴するような選曲であったように思う。これに加え、長いアンダーメンバー時代を象徴するとともに、2期生にとっても特別な曲であった「嫉妬の権利」、中元日芽香のセンター曲で、「アンダーライブ2020」では北野がセンターを務めた「君は僕と会わないほうがよかったのかな」のアンダー曲2曲が選曲されている。「羽根の記憶」「人生を考えたくなる」は北野がオリジナルメンバーの楽曲ではないが、「10年後の自分」について想像した日や、「今日まであっという間だった」という思いが反映された選曲だったのだろうか。

 選抜に入りたい=表題曲を歌いたい、という気持ちを保ち、表現してきた時期が長かった北野。しかし、この「#わたしの乃木坂ベスト」では、表題曲を選曲することはなかった。「卒業」を胸に秘め、自らの歩みを総括するとともに、「自分にしかできない」選曲をしたように見える。北野はこのプレイリストに、「私のこと、私の周りのこと、こんな物語もあった事を今までとこれからのファンの方に知ってほしい。そんなことが詰まった曲達です。」とコメントを寄せた。乃木坂46の主人公があくまで現役メンバーだと考えれば、卒業を経て時間が経っていけば、そこにあったあらゆるストーリーは表通りから遠ざかっていく。未来へ向かって大海原をゆくテセウスの船。そこにずっと残り続けるのは、メンバーの存在感よりも楽曲なのかもしれない。「今までとこれからのファンに知ってほしい」。その物語を語り尽くすにはあまりにも小さすぎる余白だったが、そこに込められたものとその外に置かれたものに、北野が重ねてきた日々がにじんでいた。

 また、「一緒に頑張る」は、北野がすでに卒業を心に決めていたと考えられる時期、27thシングルの選抜発表の直後のブログでも用いられた表現である。

自分なりにやりたい事や伝えたいことを
発信できないか考えたりはしてるから
それをちゃんと現実でできるように努力します!

客観的に見て私のことは応援しにくいと
やっぱり感じるけどね、、、笑
皆さんがどうやって私を応援してくれているか分かっているから、そこはやっぱり申し訳なく思ってしまいます
だから、私も皆さんのことを支えたいし応援したいって思います
私の夢だけじゃなくて皆さんの夢も一緒に横に並べて皆でそれを掴みにいこう!
一緒にがんばりましょう

(北野日奈子公式ブログ 2021年4月19日「ぶつかってばかり」)

 27thシングルは、北野がアンダーメンバーとして活動した最後のシングルである。この選抜発表を受けて「苦しくなることはなかった」といい、「表題曲を歌う選抜メンバーを目指すことがあるべき姿」だと考えていた、その「根本的な価値観が変わった」としたうえでの、「一緒にがんばりましょう」であった。

 このあとの時期には、このようなことが語られてもいる。

「(前略)……いろんな人と話していて思ったのは、私は“一生懸命がんばる場所”がないと生きていけない人間なんだなってことなんです。今の私は選抜メンバーにもこだわらなくなったし、本気で乃木坂のみんなを支える存在になりたいと思っているので、その意味でも新しく自分が“一生懸命がんばる場所”を探したい。そんな25歳の1年にしたいです。……(後略)」

(『B.L.T.』2021年8月号 p.113

 思えば、卒業を決めたという時期ごろから、北野はファンとの距離感によりいっそう敏感になっていたというか、温度感をあわせて寄り添おうとする姿勢をはっきりと示す場面が多くみられたように思う。先ほど引いたブログも、選抜発表の模様が放送された「乃木坂工事中」が放送を終了した0時30分に投稿されたものである。少なくとも近年においては、そこまでするメンバーは初選抜などの大きな転機のあったメンバーの一部に限られている。「新しく自分が“一生懸命がんばる場所”を探したい」し、「皆さんの夢も一緒に横に並べて」、「一緒にがんばりましょう」。「乃木坂46・北野日奈子」に心を寄せてきたファンに対して、これからも「味方だ!」と、さまざまな場面をとらえて、メッセージを送っていたんだな、と思う。

 また、12月1日からは、「#乃木坂ダンスプレイリスト」と題して、公式YouTubeチャンネルのショート動画において、メンバーひとりひとりが自分で選曲した楽曲を踊る動画が順次公開されていった。公式サイトでは「全メンバーが乃木坂46の楽曲からそれぞれ踊りたいダンス曲を選ぶプレイリスト企画」と趣旨が説明され(参考)、メンバー37人がそれぞれ違う衣装で違う楽曲を踊った(楽曲と衣装のまとめはこちら)。

 ここで北野が選曲したのは「君に贈る花がない」で、着用したのはオリジナルのブルーの衣装であった。「君に贈る花がない」は「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」や「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」でも披露されていたが、この衣装で披露されたのは「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」以来のことであった。この曲は北野の卒業コンサートでもセットリストに加えられることになるが、このときも別の衣装での披露であったため、最後の機会をとらえてここで着用されたような形となった。

サンクエトワールでのイベントやMV撮影は凄く大切な思い出です☺️
この時があったから頑張り続けることができたんだと思います!
これからもずっと大切に歌われていくといいなぁ

#乃木坂ダンスプレイリスト 北野日奈子コメント

 「これからもずっと大切に歌われていくといいなぁ」。単なるつぶやきのようで、しかし非常に強い思いでもあっただろう。北野は「ゆっくりと咲く花」や「アナスターシャ」をはじめとする2期生曲についても、「未来の後輩たちに大切に歌ってほしい」と語っていたことがあった(2021年11月24日「のぎおび」)。「日常」についても、オリジナルの温度感を保ちながらこれからも披露していってほしい、と久保史緒里と語り合ったり(のぎ動画「久保チャンネル」#17)、「乃木坂46時間TV(第5弾)」の「ベストソング歌謡祭」で表題曲以外部門の第1位に選ばれた際には、新内眞衣が卒業コンサートで新しい形で披露したこともふまえて「これからみんなもっといっぱい踊ってほしい」と口に出したりするなど、楽曲が受けつがれていってほしい、という思いをたびたび表現している。これらのプレイリストでの選曲にも、こうした思いがありありと表れていたように思う。

 

『希望の方角』と『空気の色』

北野日奈子は、辺りをぐるりと見回すと、躊躇うことなく、真っ直ぐに歩き出した。
行き先は聞いていないが、彼女には何か確信めいたものがあるのだろうと、僕は思った

(『希望の方角』秋元康による帯文)

 北野の2nd写真集の発売決定がアナウンスされたのは、2021年12月12日10。「生田絵梨花卒業コンサート」(2021年12月14-15日)や「Time flies」リリース(2021年12月15日)の直前というタイミングであった。卒業発表まではまだ約1ヶ月半ほどあったタイミングだったことになる。この年には複数のメンバーが卒業のタイミングで写真集を発売していたが、松村沙友理の『次、いつ会える?』は表紙にも「乃木坂46卒業記念写真集」と銘打たれ、渡辺みり愛の『消極的な華やかさ』も卒業発表後に発売決定がアナウンスされ、最終活動日が発売日となった形であった一方、寺田蘭世の『なぜ、忘れられないんだろう?』は卒業(および28thシングルでアンダーセンターを務めることと「28thSGアンダーライブ」開催)の発表前に発売決定がアナウンスされるなど、告知のしかたはさまざま、という状況でもあり、“心の準備”のようなものにもなった一方、直ちに卒業と結びつけられるような雰囲気でもなかったと記憶している。

 2018年12月に発売された1st写真集『空気の色』は、北野にとってかなり思い入れの強い作品であった。もともと、発売に向けた企画は北野が選抜に復帰した2016年ごろからあったものとみられ、2017年の中ごろには発売が見込まれていたようである11。このスケジュールでいけば、2期生最初のソロ写真集ということにもなるはずだった12。その後、体調不良や休業の時期を挟むことになるが、「お休みしている間も編集の方が『待っているよ』と言ってくださったその言葉がうれしくて(『日経エンタテインメント! 乃木坂46Special』[2019年4月23日発売]p.101)とのことで、2年前後の時間を経て発売にこぎ着けた、という形にもなった。

 『空気の色』の撮影はスウェーデンで2018年10月29日-11月3日のスケジュールで行われたといい、北野としては休業から復帰して「真夏の全国ツアー2018」やアンダーライブの北海道シリーズを、他のメンバーとほぼ遜色なく全体に参加する形で経験したあとのことであったが、まだ心身に不安は残っていたということが明かされている。

 休業中は公共の乗り物に乗ることが怖くなってしまいました。なので、ロケ出発前に成田空港で、「10時間以上のフライトで体調が悪くなって撮影できなくなる気がする、そもそも怖くて飛行機に乗れないかも……」と、焦っていたんです。

(『空気の色』北野日奈子インタビュー)

 そしてその怖さや緊張感には、初めて一緒に仕事をすることになるスタッフが多くいたから、という面も含まれていたという。しかしスウェーデンでの数日間を経て打ち解けることができ、写真集チームを「第二の家族」とまで呼ぶようになる。「家族みたいに仲がいい」「ファミリー感のあるチーム」みたいな言い方はよく耳にするところでもあるが、「異常なまでに仲の良い」家族のなかで育ってきた北野がそのように表現するという点には、独特の重みがある。撮影を終えたのちには22ndアンダーセンターとしてアンダーライブの座長を務め、発売後には23rdシングルに福神メンバーとして選抜入りを果たすことになるが、それに先立つこの写真集の撮影で、休業以降初めて個人での大きな仕事をこなし、初めて訪れる場所で雄大な景色を目にして、良い作品をつくることができたことは、彼女にとってひとつの転機となったという。

 私はこれまで景色に感動するって感覚が分からなかったんですけど、キルナに着いたときに初めて「うわーっ!」って心が動きました。行く前は「自分のことを知らない場所に身を置いたら、自分の悩みもちっぽけに思えるよ」といわれても、「私の悩みはもっと深い!」と思っていたけど(苦笑)、その言葉通りだったと分かった1週間になりました。価値観も考え方も変わったし、本当にこの撮影期間は大きかったと思います。

(『日経エンタテインメント! 乃木坂46Special』[2019年4月23日発売]p.101)

 それだけに、卒業を決めたあとのタイミングにおいても、2nd写真集を出したい、という思いはもともとなく、むしろ抵抗があったのだという。

― 2作目となる写真集の発売おめでとうございます!決定したときの心境はいかがでしたか?
北野:私は2nd写真集を出せる力が自分にあると思っていなかったし、また納得できる作品が作れるかという部分も不安だったので、最初は少し抵抗があったんです。でも、1st写真集を制作したスタッフさんと一緒に作れると知ったときに「それだったら納得がいくものになるかも」と思い、お話を受けることを決心しました。

(モデルプレス「乃木坂46北野日奈子、3年ぶりランジェリー撮影で心境に変化 「1番葛藤した」時期乗り越え見つけた“自分の居場所”も明かす<2nd写真集「希望の方角」>」[2022年2月6日配信])

 また、2nd写真集も『空気の色』を制作した「第二の家族」とつくりたい、というのは、北野自身の提案もあってのことだったことが明かされてもいる(少し異なる語られ方がされている場面もあるので、ともに引用する)。

——2冊目の写真集が完成しました。いかがでした?
北野 私、3年ちょっと前に出した1st写真集の出来に大満足していたんです。それを超えるものが作れるかどうか、分からないじゃないですか。だから、2nd写真集にあまり積極的じゃなくて。だけど、もし同じスタッフさんが集まってくださったら超えるものができるかもしれないと思って提案してみたら、カメラマンさんもメイクさんも衣装さんも予定がバッチリ合ったんです! 前回の写真集のインタビューでも答えていますけど、前回のスタッフさんのことを「第二の家族」だと思っているので。私のわがままですけど、またみんなで集まって、同じ時間を過ごせるのはすごく嬉しかったです。

(『BUBKA』2022年3月号 p.16)

──前作の撮影スタッフが再集合した経緯は?
北野 まず、2nd写真集をやってみないかというお話が元々あったんです。ただ私はそれに対して迷いがあったので1stのスタッフさんたちに「どう思いますか?」って相談をしてみたら、「だったら一緒にやらない?」って話になって。私も「前回と同じメンバーでできるの? それならぜひやりたい! あの楽しかった日々をまた味わいたい!」と思って再集合することになりました。

(ENTAME next「乃木坂46 北野日奈子、幸せを噛み締めながら撮影した2nd写真集「一生忘れたくない思い出」」[2022年2月8日配信])

 クレジットを見ると、カメラマン、カメラアシスタント、スタイリスト、ヘアメイクと確かに同じ名前が並んでおり、ブックデザインも同じプロダクション・同じデザイナーが手がけているようである。版元は異なるため担当編集は変わっていたというが、『希望の方角』の発売に際しては『空気の色』公式Twitterアカウントからも告知が行われるなど、チームの温かみが感じられる場面もあった。

 『希望の方角』の撮影は鹿児島県(鹿児島市内・指宿・種子島)、栃木県・那須、および東京都内で、数日にわたって行われた。撮影が決まってから実際に始まるまで約1か月というタイトなスケジュールであったといい(参考)、撮影が行われたのは10月であったのだという(参考)。宇宙センターの位置する種子島では、青空にロケットが打ち上がる様子を背景に撮られたカットもあったが、これは偶然の産物であったということも語られている。

──撮影期間中、特に思い出に残っていることはありますか?
北野 種子島でロケットのシーンがあるんですけど、もともとその打ち上げの日が、私たちが種子島に行く前日の予定だったんです。「どうせならロケットが飛ぶ日にしてくださいよー!」って言ってたんですけど(笑)、たまたま当日の天候が悪くて、打ち上げが翌日にずれたんです。だからロケットを飛ぶところを間近で見れて。タイミングというか、すごく運がよかった。ロケットが飛ぶところなんて、人生でもなかなか見れることってないですよね。そういうことも含めて、みなさん持ってるなって思いました(笑)。

(QJweb「『自分に嘘をつかないで』卒業を決めた乃木坂46・北野日奈子が挫折と迷いの末に見つけたもの」[2022年2月8日配信])

 この打ち上げは2021年10月26日の11時台に行われた、H-IIAロケット44号機による「準天頂衛星初号機後継機『みちびき』」の打ち上げであったとみられる(参考)。確かに本来の打ち上げ予定は10月25日であったようで、延期が決まったのは10月23日のことであった(参考)。2021年に種子島宇宙センターから打ち上げられたロケットは2機のみであり、もう1機は12月23日に行われているが、これは深夜0時台の打ち上げである。偶然を味方につけ、狙ってもなかなかできないようなタイミングをとらえて撮影が行われたことについては、北野は“持っている”な、と、ファンとしては思いたくもなるところだ。

――2nd写真集『希望の方角』の撮影を振り返ってロケーションや合間の雰囲気はいかがでしたか?

北野:(今回も)1st写真集の時と同じスタッフさんで再集合して作っているので、他の写真集とは比べ物にならないくらい、心の距離感も写真の距離感も近かったんじゃないかなと思います。卒業を控えているので、心を開いたスタッフさん達と卒業旅行をしている気分でずっと楽しくて、お仕事をしている意識もなくなってしまうくらい。ただただ車で移動して、着いた先で騒いで食べて寝てという数日を送っていたので、作品になって良かったなと思います。

(ABEMA TIMES「『最後のチャンスだから着たい』乃木坂46北野日奈子、卒業を意識した写真集のこだわりを明かす」[2022年2月19日配信])

 「卒業旅行をしている気分」。ここまで追ってきた情報を総合すると、グループ結成10周年セレモニーや大園桃子の卒業セレモニーなどを含む「真夏の全国ツアー2021」の地方公演があり、本来であれば東京ドームでの公演があってツアーが終わるはずだったくらいの時期に2nd写真集発売の話が浮上し、いくぶん逡巡がありつつも9月のうちには段取りが決まって、10月後半に撮影が行われたような流れであったのだろうか。延期を経た東京ドーム公演の準備も進められていて、寺田蘭世や生田絵梨花の卒業発表もあった時期13。“思い出を振り返る”場面が続き、グループとしては美しくもナイーブな時期だったとも思うが、そこに思い出に残る記憶を塗り重ねることができたという意味でも、良い作品になったといえるかもしれない。

 最後に「希望の方角」というタイトルについて。「希望」という言葉選びをされると、筆者はどうしても白いガーベラの花言葉を連想し、九州でのアンダーライブのことを思い出してしまうが、そこと直接結びつけて語られたことはなかったように思う。一方で「希望」は、写真集の制作の話が出てくるより前と思われる時期に、北野がことさらに口にしていた言葉でもあった。前稿でも引用した『アップトゥボーイ』2021年9月号(2021年7月21日発売)において、自分は選抜メンバーを目指していいのかと悩む向井葉月を励ましたという文脈で、北野はこのように語っている。

「私、“期待”っていう言葉があまり好きじゃないんですね。期待って、待つっていうことだからどこか他人任せなところがある。だから私は、期待するならむしろ、希望したい」
 望む、ということは自分がすること。能動的ですもんね。
「納得するまで自分に望んで、頑張って欲しい。希望を忘れないで欲しい。そういう風に今のアンダーメンバーに伝えたつもりだし、これからもいろんな場所で、タイミングで伝えていきたい。今の乃木坂46には卒業した後に女優だったりモデルだったり、別の活動を始めるメンバーもいます。でも私はアイドルになりたくて乃木坂46のオーディションを受けました。私にとって、ここがこの世界の最終地点なんです。その割には、他のメンバーより遠回りしている気がするんですけどね(笑)」

(『アップトゥボーイ』2021年9月号 p.43)

 このインタビューではほかにも、「この先ずっとここにいるわけではない」「私のアイドル人生の折り返し地点は過ぎていて、“終活”も意識しながら活動していくべきだなって」と、自らの行く先について踏み込んだ発言も多くなされている。そのうえで、残りの活動の日々でのキーワードが、「希望」だった、ということでもあった。

「(前略)……私のアイドル人生の折り返し地点は過ぎていて、“終活”も意識しながら活動していくべきだなって。その1つが後輩たちに“希望を捨てないで、諦めないで活動していく”ことを伝えることなんじゃないかって思っています。卒業はいつになるかわかりませんが、そのときが来たら“自分の役割を全うしたな”って思えるように、これからも努力、笑顔、感謝を忘れずに頑張っていきたいです」

(『アップトゥボーイ』2021年9月号 p.43)

 「希望」を伝えていくことが、グループのなかで最後に果たすべき役割のひとつ。そして、そのような乃木坂46での9年間の先に、改めて「希望の方角」に歩み出していく。『希望の方角』は、“3320日”と“それから”をつなぐ、大切で記念すべき作品となった。

「ありのままの私で9年間過ごしてきて、今こうやって9年間の集大成として『希望の方角』っていう一冊が出来上がったんですけど、私自身も卒業した後もずっと自分らしく、素直な心を持つことを大事にしながら自分の進みたい希望の方角に向かって頑張りたいと思うので、皆さんも希望の方角を見つけて前に進んでいって欲しいなと思います」

(モデルプレス「乃木坂46北野日奈子、2nd写真集の点数は“無量大数プラス3点“ 先輩メンバーから太鼓判も『売れるに違いない』<希望の方角>」[2022年2月8日配信])

 

NOGIZAKA46 10th Anniversary 乃木坂46時間TV

 2022年1月31日の卒業発表、および2022年2月8日の『希望の方角』発売を経て、グループのデビュー10周年記念日に重ねた2022年2月21-23日には、第5弾となる「乃木坂46時間TV」が配信される。2月10日と2月12日には、それぞれの卒業セレモニーをもって新内眞衣と星野みなみがグループを卒業しており、北野はこの配信を、グループで唯一「卒業をすでに発表しているメンバー」として迎えることとなった。

 自分だけでなく、ファンとともに残りの日々を「カウントダウン」できるようになっていた北野。最後となる「乃木坂46時間TV」でも、改めて存分に、自らの思い出を振り返っていくことになる。個人企画「乃木坂電視台」では、「北野日奈子の最後にもう一度着たい制服ランキング!14として、ハーフツインの髪型で登場した北野が次々に衣装を5着の衣装を次々と着用し、関連する思い出も含めて語られる形が取られた。

 5位は19thシングルの制服で、着用期間が休業期間と重なっていたことから着る機会が少なかったことが言及されたほか、この制服を着用して「乃木坂46時間TV(第3弾)」にサプライズ登場した際の映像が流された。4位は15thシングル「裸足でSummer」の歌衣装で、中元日芽香とともに2年ぶりに選抜入りした経緯や、センターに選ばれた齋藤飛鳥が中元と北野の選抜入りに涙していたことなどが語られた。3位は「真夏の全国ツアー2017」の「期別ブロックの2期生衣装」。「初めて2期生だけのために作られた衣装」と説明され、ライブ映像とともに明治神宮野球場公演のライブ映像が流された。デザインが写真集に携わったスタイリスト(優哉氏)であることについても触れられた。

 2位は8thシングルの制服で、初選抜の楽曲であることに加え、初めて自分のために作られた衣装であったことから思い入れが深い、と説明された。まわりに追いついていくのが必死だったという日々にあって「余裕のないなか、一生懸命頑張っていた時期も懐かしい」と当時のことが振り返られた。1位はサンクエトワールの「大人への近道」の衣装。「五つ星」で5人だった「自分にとってすごく特別なユニット」も、自分が最後のひとりになったという経緯が説明され、全員が卒業しても「皆さんのなかで残ればいいな」と伝えるとともに、「卒業までは私もサンエトのいちメンバー」と述べられた。

 北野の卒業コンサートの開催が発表されたのは2月28日のことで、このときはまだどのような区切りで卒業していくのか明かされていない状態でもあった。何らかのイベントはあるだろうという予測はあった一方で、直近1年でいうと「卒業コンサート」としてフルサイズのライブを行ったのは松村沙友理と生田絵梨花のみで、「卒業セレモニー」という形で単独の公演があったのが新内眞衣と星野みなみで、その他のメンバーは最後となるライブのなかでセレモニーが行われる形であった15

 結局のところは、北野は「卒業コンサート」として29thアンダーメンバーとともにフルサイズのライブを行い、多くの楽曲を披露するとともに思い入れや縁のある衣装をも多く着用して卒業していく形となったが、このときランキングに含められた5着のうち、卒業コンサートで着用されたのは3位の「2期生衣装」のみであった。また、前述した「Time flies」カスタムジャケットの3着と、「#乃木坂ダンスプレイリスト」の「君に贈る花がない」歌衣装についても、このランキングとの重複はない。近年はライブでの着用がほぼなくなった制服衣装を含める形のランキングとしたことも含め、卒業までの心残りができるだけ少なくなるように、大きな絵を描きながら思い出が振り返られていった様子が垣間見える。北野は自らの電視台を「もう二度と着られなかったであろう衣装をこの機会に着られて嬉しい」とまとめ、後輩たちにも「大事に着ていた思いがつながっていくといいなと思います」とした。歌衣装でもオリジナルメンバーがいなくなるものが多く現れ、「全曲披露」のような機会も、今後あるかどうかわからない。でも、いつかまたこうした衣装も、かえりみられる機会があればいいな、と思う。

 ほか、この「乃木坂46時間TV」のなかで行われた企画、メンバーの投票による「ベストソング歌謡祭」では、北野は表題曲以外部門においては20位の「君は僕と会わない方がよかったのかな」、17位の「僕のこと、知ってる?」、1位の「日常」に投票したという16。「君は僕と会わない方がよかったのかな」ではセンターの中元日芽香の名前を出し、「私も特別に大事に思っているので、これからもみんなには大事に歌ってほしい」と語り、「僕のこと、知ってる?」については「真夏の全国ツアー2019」で全メンバーで輪になって歌唱した場面を思い出として語り、「これからの乃木坂46はこういう形なんだなと実感した」という。1位を獲得した「日常」は、配信終盤の「乃木坂46時間TVスペシャルライブ」でも披露されている。

 この「乃木坂46時間TV」が、北野が全メンバーでの活動に参加した最後の機会だっただろうか。前述のように、直後に卒業コンサートの開催発表があり、前稿まででも引いてきた「乃木坂46・久保史緒里の乃木坂上り坂」や「君がいるから僕はここを好きになる」への出演なども含めて、いよいよ「卒業モード」に入っていくことになる。

 

「忘れないといいな」の先へ

 北野日奈子の最初で最後のソロ曲「忘れないといいな」。収録された29thシングル「Actually…」の商品概要が公開されたのは「乃木坂46時間TV」の直後の2022年2月24日のことであった。選抜発表の模様が「乃木坂工事中」で放送されたのは直前の2月20日(#348)のことであり、センターは「5期生」という形でのみの発表で、「乃木坂46時間TV」内のスペシャルライブでの「Actually…」初披露をもって中西アルノがセンターであることが公表された形であった。こうした経緯もあってか、少しタイトなスケジュールで、選抜発表からリリースまでは進んでいくことになる。

 いつからか「卒業していくメンバーにあてがわれるもの」というような扱いになっていったソロ曲であるが、当然ながらすべての卒業メンバーにあてがわれているわけではない。直前にソロ曲「あなたからの卒業」をあてがわれていた新内眞衣は「まさか自分が」と繰り返し、ベストアルバムというタイミングでなければ実現しなかっただろう(同様にベストアルバムでソロ曲「歳月の轍」をあてがわれていた生田と重なるタイミングの卒業であり、当該時期のリリース作品がアルバムでなければ、自分に1トラックがあてられることはなかった)、というようなことさえ語っていた。リリース作品の1トラックをひとりで占めるというのは、そのくらいの重みがあるものなのである。ただ、そのなかにあって、北野は卒業を発表したブログで「29枚目のシングルには選抜アンダーとしては参加しません(北野日奈子公式ブログ 2022年1月31日「希望の方角」)というあまり見ない表現を用いており、おそらくソロ曲は制作されるのだろうな、という観測はあった、という状況であった。

 シングル発売の1週間前にあたる3月16日には恒例の先行配信がスタートしており、「忘れないといいな」はラジオなどのオンエアでの「解禁」の形はとられなかったので、このときに初めて世に出る形となった。翌々日の3月18日には、公式YouTubeチャンネルでMVが公開。卒業コンサートがシングル発売翌日の3月24日であり、そこからはあっという間に卒業コンサートでの「最初で最後の披露」を迎える形になった。

 「私の席は後ろで/みんなの方から見えにくかった」「それでも諦めないで/自分らしく微笑んでた」。咲いた場所を「日陰」と表現した「ゆっくりと咲く花」も思い出されるくらい、歌詞はストレートに「乃木坂46・北野日奈子」を描いたものであるように聴こえた。また、ソロ曲という機会がなければ、ここまで1曲通してメンバーの歌声を聴くこともない。こんなふうに歌うんだな、こんなに綺麗な声をしていたんだな、と思った。それを再確認したともいえるし、恥ずかしながら初めて、実感として知ったともいえた。

 MVの監督は伊藤衆人。MVや個人PV、CMなど、乃木坂46の作品も多く手がけてきた映像ディレクターであるが、7thシングルに個人PVの一部として収録された「2期生紹介」のPVを監督したことに始まり、11thシングル所収の研究生PVや「ライブ神」「アナスターシャ」のMVも監督するなど、2期生とのかかわりが特に深いクリエイターであるといえる。北野についていえば、10thシングル所収の個人PV「勇者ひなこのドラゴン修学旅行」の監督も務めており、松村沙友理の「ガチャ子さん」、岩本蓮加の「駄菓子屋れんたん!」、さゆりんご軍団の「白米様」など、ポップでコミカル、時に小ネタを仕込むような作風が目を引くことも多かっただろうか。

 伊藤は生年を特に公表していないが、早い時期から乃木坂46とかかわってきた監督としてはかなり年若い部類に入るとみられ、2期生メンバーなどが「しゅーと」と呼んでいる場面を見聞きすることも多かった。北野から見ると、兄とそこまで変わらないくらいの年齢でもあるだろうか。経緯の面や人柄の面も含め、接しやすい存在でもあったのだろう。「今の北野日奈子から、昔の北野日奈子へのメッセージ」をテーマとした今作のMV撮影にあたっても「打ち合わせを多くした」といい、「昔の北野日奈子」をショートボブの姿とすることは伊藤の提案であったという17。撮影地は北野が育った千葉県で、海のシーンは「アナスターシャ」のMVと同じ場所であったともいう。全体のトーンは曲調を反映した、卒業ソロ曲らしい儚げなものであったが、多くの思い出が随所に込められた、北野日奈子らしく、また伊藤衆人らしくもある作品に仕上げられていた。

 映像中に数多く使用されている思い出の写真はすべて北野本人の提供によるものだったという。7カット用いられたチップとのツーショットを筆頭に、メンバーとの写真は現役の近しいメンバーのものを中心に使用。2期生での集合写真も4カット用いられた。チップとの写真を除いておおむね時系列順に配することによって、北野がグループで過ごしてきた9年間をたどるような構成でもある。多くの写真は、北野がブログや755、Instagramで発信したものや、生誕Tシャツで使用されたもので、ファンにとってもそれぞれが見覚えがあり、愛着のあるようなものが散りばめられていたということにもなるかもしれない。

「忘れないといいな」MV 本人提供写真一覧

※筆者が調べた限りで掲載している。詳細不明の部分の情報や、誤りのある部分があればご教示いただければ幸いである。

【冒頭】
・目を細めている北野とチップ(公式ブログ2016年9月30日「心に寄り添えば何も話さなくていい」)
 ※「そっくり」と表現、チップを家に迎えた経緯や殺処分ゼロの活動の話題も

【3:06付近からのカット】
・黄色の制服衣装でバスケットボールを持つ北野
 (7thシングルType-A所収個人PV「2期生紹介①」撮影時、監督は伊藤衆人)
・伊藤純奈、山崎怜奈との3ショット(2014年11月2日の755投稿)
・齋藤飛鳥との2ショット(2015年5月22日の755投稿)
・晴れ着の北野とチップの2ショット(公式ブログ2017年1月15日「ふしめ」)
 ※地元での成人式に参加したときの様子
・「ライブ神」MV撮影時の集合写真(2017年6月下旬)
・宮崎でのアンダーライブ後の集合写真(2017年10月20日)
・公園?でシロツメクサを手にする北野(詳細不明)
・星野みなみ、相楽伊織との3ショット(「乃木恋」CM撮影時)
・「真夏の全国ツアー2019」時の2期生集合写真
・「ゆっくりと咲く花」MV撮影時の集合写真
・「2期生ハウス」撮影時の集合写真
・久保史緒里との2ショット(詳細不明)
・柴田柚菜との2ショット「乃木坂配信中」クレーンゲーム企画時)
・鈴木絢音との2ショット(色違いで買った服であるとのこと[2021年11月1日モバメ])
・車に乗っている北野(2021年5月29日のInstagram投稿)
・チップに抱きつく北野(公式ブログ2016年1月26日「踏み止まる」など)
・北野とチップの横顔(公式ブログ2019年6月8日「ねむれなくって困ってる」)
 ※2019年生誕Tシャツ使用写真と同日
・部屋で寝そべる北野とチップsippoの記事に掲載の写真に近いカット)
・傘に入っている北野とチップ(2020年生誕Tシャツ使用写真)
・砂浜で向こうを見る北野とチップ(公式ブログ2017年7月27日「今が途切れないように」など)

 

 楽曲のタイトルは「忘れないといいな」で、歌詞も「全部覚えていたい」「忘れないで欲しい」と、少し控えめに思いを綴ったようなものであった。しかしMVに付された北野の語りは、冒頭は「形は変わっても、大切なものは忘れない」、最後は「忘れるわけないよ」。本稿で振り返ってきたように、思い出を振り返り、慈しみ、忘れないように再度形づくっていく日々を過ごしてきた、この時期の北野。歌詞が描いたものに自らの思いを乗せて、「自分は忘れない」と言う趣旨の、いくぶん強いメッセージを送った形になった。撮影が行われたのは、まさに卒業発表の直前であろう「1月下旬」(参考)だったという。「カウントダウン」が始まってから、ずっと胸に秘めていた思いがあふれ出たような、そんな印象さえあった。

 当て書きの曲でも、それをメンバーが歌うからこそ作品になる。北野がオリジナルメンバーとして歌唱した乃木坂46名義の楽曲は、「Time flies」までで46曲であった。そして最後の1曲、その先にあった“47曲目”で、北野は改めて、自らがそれをパフォーマンスする意味=「乃木坂46」を体現した。(言葉遊び、数字遊び18という誹りもあるかもしれないが)筆者にはそう見えた。

 卒業コンサートまでの間に数通発信されたモバイルメールまで含めて、北野は「忘れないといいな」について、多少触れることはあっても、明確な思いを表出することはなかった。しかしおそらく卒業コンサートの場で、「最初で最後の披露」がある。どのような思いがそこで表現されるのか、ある意味で楽しみでもあったし、進んではそこまでページをめくりたくないという思いもあった。そんな逡巡を許す間も、あまりないようなスピード感で、“その日”はやってくることになった。

 


 

 事項別の散文的な記述で、これまで以上に読みにくかったかもしれないが、“思い出を振り返る”時期を過ごした北野の姿や言葉について、どうにか筆者なりにまとめることができたと思う。改めて読み返してみると、一貫して“北野日奈子らしさ”はありつつも、広くバランスよく振り返っていたのだなとしみじみ感じるし、それは北野がわれわれに“振り返らせてくれた”ということでもあるな、と思う。

 シリーズ全体の時系列的には、卒業コンサートを扱うタイミングになるが、その前に次回では「あの夏のこと」と題し、北野が不調に苦しんだ2017年夏から休業を経てグループに復帰したあたりまでのこと、そしてその夏に、北野が初のセンター曲としてあてがわれた、アンダー曲「アンダー」について振り返りたいと思う。

 本記事公開の2022年10月20日は、アンダーライブ九州シリーズの千秋楽宮崎公演からちょうど5年というタイミングである。見ているだけでも苦しいような、そんな場面も多かったあの季節。しかし復帰以降、特に卒業へ向かう時期の北野は、その頃のことさえ「なかったこと」にはしなかった。彼女の卒業について書いていく前に、もう一度振り返っておかなければならないこととして、書いていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

  1. 北野の卒業発表は2022年1月31日夜。「発表するまでは1人で抱えてた隠し事のような感じ。何をするにも1人、最後までのカウントを1人でやっていた」(『希望の方角』発売日のリモート会見、参考)と語られている。
  2. 公式サイトによれば、MVの撮影が「1月下旬」であった。
  3. 「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」では、各公演ごとに全曲を披露。「アンダーライブ2020」では、1日目と2日目で全曲を網羅したのち(重複あり)、3日目には「ノンストップ」の形で全曲を披露した。また、この「アンダーライブ2020」3日目の模様は、後日TBSチャンネルにて放送されている(ノーカットの形ではなかったが、アンダー曲30曲はすべて放送に乗っていた)。
  4. これらのアンダーライブの間の時期に行われたのが、現状では“最後の全曲披露”となっている「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2020年2月21-24日)であった。エモーショナルな演出や挑戦的な試みを次々繰り出すというよりは、「4日間で200曲」をひとつの作品として仕立てるようなライブだったという印象で(卒業コンサートが重ねられることもなく、加入したばかりの「新4期生」の自己紹介コーナーも4日目のみにとどめられた)、改めて振り返ると、あれが「全曲披露」の“総決算”であったような気もしてくる。
  5. 山下はほか2着も「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」で若月佑美のポジションに入って披露した「Rewindあの日」の歌唱衣装(山下はたびたび、このときがこれまでのライブでいちばん緊張した、という趣旨のことを話している)、「3期生お見立て会」でセンターを務めた楽曲である「ガールズルール」の歌唱衣装(ただし、「3期生お見立て会」での披露時に着用していたのは「命は美しい」の歌唱衣装である)と、自らのキャリアにゆかりのある衣装を選んでいる(参考)。
  6. この衣装はメンバーごとに形が異なり、それぞれがオリジナルの自分の衣装を選んだ形であった。なお、カスタムジャケット公開時の公式Twitterの投稿では、齋藤飛鳥が「Sing Out! MV衣装」、北野・星野・岩本・阪口が「Sing Out! 歌唱衣装」となっているが、表記のみの違いであると考えられる(「Sing Out!」の衣装とされるものは他にもあるが、MV撮影時の衣装で音楽番組などへの出演も多くなされたという経緯もある)。
  7. 新内眞衣(着用)、樋口日奈(シルエット)、与田祐希(シルエット)、北川悠理(シルエット)、筒井あやめ(シルエット)。
  8. 賀喜遥香(着用)、和田まあや(シルエット)、新内眞衣(シルエット)、北川悠理(シルエット)。
  9. リリース前の段階では、「Time flies」での初収録曲には注釈が付され、曲名のみが公開されていた。該当するのは北野日奈子と鈴木絢音の「ゆっくりと咲く花」、新内眞衣の「あなたからの卒業」、生田絵梨花の「歳月の轍」である(生田・新内・秋元が選曲した「最後のTight Hug」は11月5日に先行配信が始まっていた。「Hard to say」を選曲したメンバーはいなかった)。
  10. 発売日は2022年2月8日(公式サイト)。ただし、タイトル『希望の方角』が公開されたのは発売日を間近に控えた1月29日のことで、この公式サイトのニュースはそのタイミング以降で修正されている。
  11. 版元である幻冬舎社長・見城徹が755で言及しており(2017年1月)、このときは2017年6月に発売予定とされていた。その後の時期には、撮影が難航している旨のコメントが発されたこともあった。
  12. 北野はファッション誌の専属モデルとなった2期生最初のメンバーでもあった(『Zipper』、2015年12月就任)。
  13. 寺田の最後のライブとなった「28thSGアンダーライブ」の日程は2021年10月26-28日であった。『希望の方角』の撮影と重なり、現地で立ち会えなかったことから、北野は寺田あてに祝花を出すという形をとったのであったのだろうか。
  14. 実際には、いわゆる「制服」のみでなく、歌衣装も含めて5着が選ばれている。配信内でもその旨が説明されているほか、YouTube動画のタイトルでも修正がはかられているようである。
  15. 堀未央奈、伊藤純奈、渡辺みり愛、大園桃子、高山一実、寺田蘭世。なお、堀の最後のライブは「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」であり、一貫して2期生のセンターに立ち続けてきた経緯もあり、堀が大きくフィーチャーされる場面も多かったが、公演としては「卒業コンサート」という扱いではなかった。
  16. 各メンバーがどの曲に投票したかの全容は明らかになっておらず、スタジオでのトークの内容をもとに記載している。バナナマンの両名は表題曲部門・表題曲以外部門それぞれで1-3位を選んでおり、その内容も明らかにされているが、メンバーが選んだのが各3曲だったのかどうかも、配信された内容のぎ動画で再確認した限りでは判然としなかった。
  17. 本人Twitterによる。
  18. 「スカウトマン」は2期生曲であるし、北野はMVの一部には出演しているのでここに含めたくなるが、歌唱メンバーとしてクレジットされていないので含めていない。「坂道AKB」名義でリリースされた「誰のことを一番 愛してる?」(AKB48の47thシングル「シュートサイン」所収)についても含めていない。意味のある数字かと問われれば「ある」とは言い切れず、この条件で数えてみたらそうなったので書き残しておいた、という以上の意味はないが、ご寛恕いただきたい。

コメント

  1. 通りすがり坂 より:

    活動期間中は、何かと辛い経験をした北野ですが、”終活”に関してはかなり恵まれていた印象があります。

    二度目の写真集出版とソロ曲の発表。これって当たり前じゃないんですよね。同期では堀と新内だけですし、一期生でも本当に限られたメンバーにだけ与えられた栄誉賞、若しくは功労賞のようなものでした。それこそ、まさに今日卒業する樋口にしたって、11年目で漸く初写真集で、ソロ曲は無し。後者について、何故?と思ったファンもいたかもしれませんが、私からするとその方が自然なんですよね。

    ”卒業=ソロ曲”はあくまで特例。一生もののオンリーワン作品を残せたのだから、北野自身は勿論、彼女のファンも幸せだったんじゃないでしょうか。

    • nogikeyaksh より:

      今回もコメントありがとうございます。
      “終活”に関しては、北野さんはタイミングが良かったなと僕も思います。でも、写真集もソロ曲も巡りあわせでしかなくて、ただ、新内さんや北野さんの“卒業ソロ曲”は、その“巡りあわせ”について、いくぶん帳尻を合わせてくれたのかな、と思ったり思わなかったりです。

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