坂道シリーズ12年の“フォーメーション史”からみる、乃木坂46・35thシングル

目次

[intro]35thシングル選抜発表を受けて

 2024年2月17日20時、乃木坂46・山下美月がグループからの卒業を発表した。そのこと自体は驚きをもって受け入れられた一方、すでに予告されていた35thシングルの選抜発表(2月18日「乃木坂工事中」#450)については、山下の“卒業センター”であることは間違いないとみて、むしろ事前の情報が増え、驚きが減じられるようなとらえ方もあったのではないだろうか。
 しかしふたを開けてみると、センターはおおかたの予想通り山下であった一方、初選抜の吉田綾乃クリスティーを含む3期生11人が選抜入りという大胆な形であったことにまず驚きがあった。これには白石麻衣の卒業のタイミングであった25thシングルでも類例があったものの、3期生のポジションは1列目および3列目に配する形がとられたという点には新規性があった。

 さらに驚いたのは、これにともない選抜から外れる形となったメンバーの顔ぶれである。黒見明香、冨里奈央が2作ぶりに外れる形となったことに加え、柴田柚菜が7作ぶり2回目に、さらにそれに加えて、アンダー未経験の菅原咲月と筒井あやめが選抜から外れた形となった。
 筒井は25thシングルの際にも前シングルの顔ぶれから唯一選抜から外れたメンバーであったが、当時は4期生がアンダーに合流していなかったことに加え、このシングルではアンダー曲が制作されず、アンダーメンバーが定義されなかったので、アンダーの扱いではなかった。
 25thシングルがこうした特別な体制で制作されていたという記憶は色濃かったし、「乃木坂工事中」では選抜メンバーについてしか言及されなかったため、アンダーメンバーの取り扱いについては確定したといえるものはなく、憶測が飛び交う状況であった。しかし翌日には菅原咲月筒井あやめが相次いでブログを更新し、「今シングルはアンダーメンバーとして活動する」と明文で綴る。
 菅原は「なんなら、めちゃくちゃ燃えてます!!」「やれるところまでやってやるぞー!って気持ちです!」、筒井は「言葉を選ばず今の正直な思いを書かせて頂きますと、どっきどきわっくわくという感じです」「また違った場所で違った刺激を受けられるだろうなと思うとすごく楽しみです」と、前向きな言葉を並べて思いを表現していた。
 加えて2月28日には、活動休止にともない34thシングルに不参加の形をとっていた1金川紗耶もブログを更新し、「私はアンダーとして今回活動させていただきます」と表明し、さらにアンダーライブ経験者として、「最強のアンダーになったらいいなあ」と、“新体制”への思いを綴った。

私はアンダーとして今回活動させていただきます。
私は28、29枚目シングルではアンダーメンバーとして活動していて、初めての振り入れがあったり、構成も新しいところに入ったりで大変ではあったのですが、正直めちゃめちゃ楽しかったんです。
28枚目で初めて4期生がアンダーに参加させてもらえたとき、あの気持ちは忘れたことないです。
すごい嬉しかった。
最初の方は4期生としての活動が多くて、アンダーメンバーとして認められて、乃木坂46になれたんだと、その時すごく思い、認めてもらえるように、より頑張ろうと思って活動していました。
今回アンダーメンバーには4期生、5期生だけと言う新体制でのメンバーになりました。
最強のアンダーになったらいいなぁ
すごく楽しみです。
是非引き続き乃木坂46の応援をよろしくお願いいたします。

金川紗耶公式ブログ 2024年2月28日「あなたの心、あたしの心 金川紗耶」

 その後、グループとしては「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」を経て、シングルの発売を翌週に控えた4月4日に配信された「乃木坂46分TV」にはアンダーメンバーのうち8人の4期生2が出演し、35thシングルアンダーメンバーのフォーメーションを発表し、アンダー曲「車道側」MVを解禁するとともに「35thSGアンダーライブ」(2024年6月7-9日、有明アリーナ)の開催を告知する。座長を務めるセンターは筒井あやめで、その筒井を中心に同期だけのリラックスした配信が展開されながらも、4・5期生のみのアンダーメンバー編成で明確に“上級生”となったことに対する自覚や決意が語られる場面もあった。

 変動が大きかった35thシングルのフォーメーションであるが、しかしまったく新しい試みが導入されたというわけではない。さまざまな要因が複雑にからみあってはいるが、これまでの経緯の延長線上にあるものであり、なおかつグループの未来に向けた多くの意味をもたされているような、そんな印象をもった。
 ただ、筆者は必ずしもそれをすぐにうまく整理して言語化できたとはいえず、「乃木坂46にとって“フォーメーション”とはどういうもの[である/だった]か」、ということを改めて振り返る必要を感じた。

 前置きが長くなったが、本稿は、乃木坂46のデビューから現在までのフォーメーションの動きについて振り返り、その延長線上に35thシングルのフォーメーションを位置づけようと試みるものである。
 また、振り返りの対象は「坂道シリーズ」に広げることとし、同時代的な欅坂46/けやき坂46/日向坂46/櫻坂46のフォーメーションについても、おもに乃木坂46との比較の観点から適宜言及する。
 なお、フォーメーションそのものについて網羅的に細かく言及するというよりは、大きな流れとしてとらえて記述したいと考えている。細かな情報については他のサイトや、以下の記事をご参照いただければと思う。
 またこのため、フォーメーションの背景となるグループの出来事などについての言及も多くなる。長大で焦点のぼやけたような、わかりやすさに欠ける記事となることをあらかじめお断りしておきたい(いつものことであるが)。

[1]グループ発足と“選抜発表ショー”の時代
——フォーメーションをとりまく当時の状況

 2011年8月21日に公開最終オーディションを行い、1期生36人で発足した乃木坂46は、同時に「暫定選抜」に16人を選び、それも含めてお披露目をするという形で活動をスタートした。
 この時点ですでに、「劇場をもたないこと」とセットで「16人のプリンシパル」につながる構想が公表されており、秋元康によれば「どこまでできるかはまだわからないが、毎回投票によって立ち位置が変わることで、全てのメンバーにチャンスがある」ということであり、これを受けてメディアには「毎日総選挙」と見出しを付された(参考)。10年以上経ったいま、少しうがった見方で読み取るならば、「限られた立ち位置を手に入れることでチャンスが訪れ、それをものにした先に成功がある」という世界観が確かにあるように思う。

【「暫定選抜」(2011年8月21日お披露目時)】
高山 中田 和田 星野 生田 宮澤
白石 生駒 松村 大和 畠中
桜井 秋元 吉本 市來 橋本

 選抜メンバーを16人としたこと自体がAKB48のフォーメーションを参照していたといえるが3、AKB48のファン用語として生まれた「神7」を参照した「乃木坂七福神」の制度が公式に取り入れられるなど、“公式ライバル”の関係と銘打たれたAKB48をトレースしたしくみが多く取り入れられたといえる。
 グループ名の違いや「劇場をもたないこと」、演技にフォーカスした「16人のプリンシパル」、楽曲や衣装の系統の違いなど、グループはその歩みとともに“公式ライバル”との差異を際立たせ、個性を手に入れていくことになる。筆者がどっぷりファンになった2016年ごろには、けっこうピュアにAKB48を“ライバル”とみなしていた乃木坂ファンも目立っていたように思うが、フォーメーションのカルチャーや握手会をはじめとするイベントなど、まずはAKB48のそれを援用してスタートしたのであり、ファン層はむしろ大きく重なっていたのではないだろうか。
 ともあれ、グループ立ち上げ当日に「選抜」のシステムに直面したメンバー、特にここから漏れる形となった面々にとって、それはひとつの“厳しさ”や“挫折”として突きつけられる。「乃木坂って、どこ?」初回放送に出演したメンバーは“暫定選抜”15人であり、“暫定七福神”の導入とともに、メンバー総体のなかにはっきりとしたグラデーションをつける試みが続けられていく。

 グループは2012年2月22日にデビューし、そこから1年で4枚のシングルをリリースする。デビュー1周年を祝うバースデーライブ(のちに「1st YEAR BIRTHDAY LIVE」として名称が整理される)で初披露された「君の名は希望」までの5作にわたって、生駒里奈がグループのセンターを務め続けることになる。
 そのこと自体にどのくらい明確な効果があるのかは、ファンの感覚としては正直よくわからないものの、「活動初期のしばらくはセンターを固定する」というカルチャーが存在するし、当時それは現在よりもかなり苛烈であった。まだ前田敦子がAKB48のセンターに立ち続けていた時代であったし、SKE48の松井珠理奈もすでに同様の状況であった。NMB48でも、ほぼ重なる時期から山本彩が同様の取り扱いとなっていく。生駒はお披露目時の「暫定選抜」では2列目であり、このときのセンターは吉本彩華であったものの、その吉本は間もなく活動を辞退する。これ以降は生駒が前面に出るようになり、「明治手づくりチョコレート選抜メンバー」(いわゆる「明治選抜」)からは明確にセンターに立つ形になる。
 1stシングルからの時期には生駒に加え、(2ndシングルを除き)生田絵梨花・星野みなみがフロントに固定されて“生生星”と称されるようになるほか、2列目の福神のポジションにはのちに“御三家”と呼ばれることになる白石麻衣・橋本奈々未・松村沙友理が固定されてもいる。
 なお、生田と星野が3列目のポジションに移るかわりに桜井玲香・中田花奈がフロントに立った2ndシングルでは、生駒を含めた3人を「センター」と呼称することが暫時試みられるものの、カップリング曲のフォーメーションなども含めてそれが実質的に機能した様子はうかがえず、まもなく忘れ去られていくことになる。

 他のポジションはある程度流動性を保っていたとはいえ、16人の選抜メンバーのうち6人の位置をほぼ固定する一方(ほか、5thシングルまででいえば、市來玲奈、井上小百合、桜井玲香、高山一実、西野七瀬も一度も選抜から外れていない)、そこまでメンバー全員のキャラクターが確立しているわけでもないという状況もあってか、この時期の「乃木坂って、どこ?」での選抜発表は、アイドルバラエティとしてかなりショーアップされたものであった。
 1stでは選ばれたメンバーがひとりずつ電話を受けて呼ばれていく形式、2ndでは呼ばれたメンバーが次のメンバーを呼ぶ形式、3rdではスタジオ発表で、ばらばらの順序でメンバーの名前を呼び、そこからポジションを伝える形式がとられた。
 5thでも選抜発表を行うこと自体がメンバーへのサプライズとされ、ひとりずつ手を上げて別室で自らのフォーメーションを確認しにいく形がとられた。「アンダー」のMVにもそのハードさの一端が記録されている(ここで廊下に伏して泣いているのは伊藤万理華であるとみられる)。
 この間に位置する4thは秋元真夏がサプライズで名前を呼ばれた日として、後年でもよく語られることのあった回であるが、秋元の2列目8番というポジションを最後にするために、2列目の発表が1列目よりも後に行われている。

 その後、白石麻衣が新センターとなるなど変動の大きかった6thでは、待機場所が別室であったほかはその後のスタジオ発表に近い形となり、研究生である堀未央奈がセンターに抜擢された回である7thではスタジオ発表の形式が完成。「乃木坂って、どこ?」時代の11thまでと、「乃木坂工事中」時代の14th、15th、18th、20thはこの形で行われることになる。

 フォーメーションの内実ですらなく、選抜発表の形式そのものがショー化していた時代は、いまにしてみれば異常で悪趣味にも映る(メンバーが泣いている画を撮りたい、とでもいうような)。先に述べたような、グループ発足初期に特有の事情に加え、当時の時代感もそこには作用していただろうか。筆者自身、そこまで知識がないのであまり詳しくは語らないようにしたいが、本質的ではないように思えることでずっともめているような雰囲気が、あの頃のアイドルシーンにはあった。

【1stシングル表題曲「ぐるぐるカーテン」】
川村 能條 西野 飛鳥 優里 桜井 井上 中田 市來
橋本 松村 白石 高山
生田 生駒 星野

【2ndシングル表題曲「おいでシャンプー」】
岩瀬 市來 優里 生田 井上 星野 西野 畠中 宮澤
橋本 松村 白石 高山
桜井 生駒 中田

【3rdシングル表題曲「走れ!Bicycle」】
優里 若月 井上 市來 万理華 深川
中田 橋本 白石 松村 西野 高山
生田 生駒 星野 桜井

【4thシングル表題曲「制服のマネキン」】
能條 飛鳥 若月 井上 深川 市來 西野 高山
桜井 橋本 白石 松村 秋元
生田 生駒 星野

【5thシングル表題曲「君の名は希望」】
寧々 中田 井上 西野 若月 深川 永島 高山
桜井 橋本 白石 松村 秋元
生田 生駒 星野

[2]「センターが代わる!」
——次々と生まれた“新センター

 そこから、グループは6thシングルでの白石麻衣、7thシングルでの堀未央奈、8thシングルでの西野七瀬と、3作連続で「新センター」を生み出していくことになる。センターは紛れもなくグループの顔とみなされ、AKB48グループの「選抜総選挙」を想起すれば、“勝ち取るべき王座”としてイメージされていたような時代である。前述の「しばらくはセンターを固定する」カルチャーもあり、「センターが交代すること」それ自体が衝撃をもって受け止められたし、あるいはそのように演出されてもいた。
 6thシングルについては5thシングルの全国握手会(2013年4月20日、京都パルスプラザ)で、7thシングルについては「真夏の全国ツアー2013 FINAL!」(2013年10月6日、国立代々木競技場第一体育館)夜公演で、「乃木坂って、どこ?」の放送に先駆けて、メンバーがファンの前に立つ形でフォーメーションが発表されている。それぞれ、“初めてのセンター交代”と、“2期生のセンター抜擢”のタイミングである。

 秋元真夏は「私もファンの人と一緒で、ものすごい衝撃を受けました」(6th時について)と振り返り、齋藤飛鳥は「センターが次々に代わるグループって面白いな」と感じていたという(『10年の歩き方』p.72)。ここ数年の坂道シリーズにどっぷり浸かっていると、センターは作品ごとに代わって当たり前のように思えてくるが(乃木坂46でいえば、シングルセンターが“続投”したのは8th・9thの西野が最後である。櫻坂46・日向坂46についても、“代わっていなかった時代”は過去のもの、というイメージではないだろうか)、当時はそうではなかったのだな、ということを再確認させられる語りである。
 白石は「2代目」、堀は「3代目」などと数えられ、交代したメンバーを「陥落」などと表現する向きも一定以上にあっただろうか。白石は自分が立っていた位置に2期生が入るのは悔しかったとも語るが(『乃木坂46物語』)、生駒はセンターから外れたことが公表された全国握手会のステージ上で、解放感から脱力して昏倒したり、終演後に「スッキリした!」と小躍りしたりするような映像が世に出ている(『悲しみの忘れ方』)。堀に押し出されるような形でアンダーに移った星野みなみは「私の代わりの子なんだな」と感じたという(「乃木坂って、どこ?」#167)
 あるいは堀のたたずまいから、事前に“抜擢”の可能性をかぎ取るメンバーも複数いたという(同前)。それは堀の努力と才能のたまものといえるが、彼女は“抜擢”を「望んだことではなかった」「マイナスにしか考えられなかった」という(「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」スピーチ)。しかし同じような経験をした秋元や、センター時代を駆け抜けた生駒がまずは先頭に立ち、堀を受け入れていったように見える。明確なストーリーがあてられて煽られることの多かった時期だった、と後年においても思うが、メンバーの受け止めはさまざまで、わかりやすくまとめられる状況ではなかったのではないだろうか。

 「ガールズルール」でセンターに立った白石は、「真夏の全国ツアー」の“初代座長”でもある。グループとして初めての“新センター”の重責を果たし、結果を出したことは(国立代々木競技場第一体育館でのファイナル公演は、チケットの販売状況をふまえて昼公演が追加されている)、乃木坂46を「センターを代えられるグループ」にした。
 あるいは、苛烈すぎると称していい境遇を、堀が“潰れずに”(嫌な言い方だが、あえてそう表現したほうが伝わるものもあると思う)乗り切ったことは、いきなりのセンター抜擢を定番にできる、繰り返し加入してくる新メンバーすべてにとっての突破口のようのものを開いたといえるのではないだろうか。18thシングルで大園桃子と与田祐希がセンターに抜擢された頃にはすでにグループは成熟し、先輩メンバーたちがバックアップする体制が整っていたといえるが、「堀と同じ轍は踏ませられない」という意識が明確にあったならば、もっと異なる形になっていたかもしれない。
 そしてそれは7thシングル期のみで成されたものではなく、「毎日少しずつどんどん落ちていく、そんな自分を見ていく(「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」スピーチ)ようにも思えたという日々を経て、再度グループのなかで自らのポジションを確立したという経緯も含めてのことである。大園と与田を迎えた18thシングルでは、堀は前作に続いてフロントのポジションを得ていた。

【6thシングル表題曲「ガールズルール」】
万理華 井上 中田 若月 星野 秋元 深川 優里
桜井 生田 生駒 西野 高山
松村 白石 橋本

【7thシングル表題曲「バレッタ」】
万理華 衛藤 飛鳥 秋元 深川 中元 川後 高山
桜井 生田 生駒 若月
西野 白石   橋本 松村

[3]「福神」の存在感とその後
——どのような機能をもち、どのように変化してきたか

 センターポジションにフォーカスしてしばらく書いてきたが、ここからはより全体的なところを概観することにしたい。
 まだメジャーグループへと駆け上がる途上であったこの時代については、「アンダーになると何も仕事がなかった」のように語られることも多かった。アンダーライブが始まる前の時期であるし、メンバー個人での仕事もほぼなかったと称してよい。選抜/アンダーのラインは、勝ち負けの競争が煽られる世界観のなかで引かれた線であったのみならず、日々のスケジュールにも、あまりにも明確に差を与えていたといえる(少し後の時期になるが、新内眞衣が“OL兼任”を始めたのも、もとは「奨学金の返還があるから」であったことも印象深いエピソードだ)。

 2024年の現在においても当然ながら強い存在感を放っている「選抜」の枠組みに加えて、グループの初期には「福神」の枠組みにもかなりの存在感があった。シングルのフォーメーション以外に、デビュー前のいわゆる“明治選抜”や、「乃木坂って、どこ?」の出演メンバーにも「七福神」が定められたことがあり、「ダンス七福神」「検定八福神」などに援用される場面もあったが、以下はシングルのフォーメーションにおける概念として述べていく。
 「福神」が7人であったのはごく初期の3rdシングルまでであるが、この3rdシングルでは、それまでの前列3-中列4-後列9のフォーメーションが崩され、4-6-6となったにもかかわらず、「七福神」体制が堅持されている。暫定キャプテンに就任した桜井玲香が“1列目の非福神”、また中田花奈と高山一実が“2列目の非福神”となる特殊な形とされたのである。
 このときに高山と入れかわる形で七福神に入ったのが西野七瀬であるが、4thシングルでは再び福神を外れ、3列目のポジションとなる。このときからグループ活動に合流したのが秋元真夏であり、サプライズで福神のポジションを与えられたことから、「なな大阪帰る!」から「真夏、お帰り」までのストーリーが紡がれることになるのだが、このときは桜井も福神に加わり、「八福神」体制に変更されている。このこと自体も「2nd YEAR BIRTHDAY LIVE」のVTRではひとつのトピックとして語られていたように、ある意味衝撃的なものとして受け取られていた。

 結局のところ、16人以上の規模のフォーメーションに対して7人という数字をあてるのは半端だったためか、福神メンバーの人数が7人に戻ることはなかった(そもそも「神7」はポジションに対応する概念ではなかったのである)。しかし、八福神体制が3作続いたのち、堀が合流した7thシングルについては「八福神+1」の体制とされ、堀が「+1」の「1」にあたる、というような説明がされている場面は目にしたことがないが、4thシングルの八福神への変更とあわせて、「新たに入ってくるメンバーのぶんの数字が増える」ような印象を受ける。
 なお、「バレッタ」のフォーメーションは5-4-8の17人体制で、前列が中列より人数が多い歴代唯一の体制であるし、選抜の人数が16人を上回った初めてのシングルであり、外形的には、それまでの流れをくむ16人のフォーメーションの真ん中に堀がひとり投入されている、という印象にもなる(余談だが、このときの3列目について「バック8」と呼称されることがあったようだが、定着した様子はない)。
 選抜発表時には「今はまだ何も無いセンターを担う2期生・堀未央奈を皆さんが力を合わせて育てて下さい」とメンバーにメッセージが送られていたが(「乃木坂って、どこ?」#104)、プロデュース側としては「椅子の数は減らしていません」という筋の通し方でもあったのかもしれない(あまり成功したともいえない気がするが)。
 生駒が後年のインタビューで、「七福神から八福神になった時点で、『福神』の枠組みにはそんなに意味がなくなった」のように語っていたのを読んだことがある(どこで読んだかは忘れてしまい、何年もずっと探している。ニュアンスはちょっと違うかもしれない。確か生駒による語りであったとは思う)。“競争”の世界観にあってはある程度機能していたが、あまり実が伴うものではなく、時期としてはこの頃までに存在感を失っていった、と確かにいえるのかもしれない。

 その後、8thシングルでは史上最少の五福神体制がとられる。フォーメーションは5-5-6であり、2列目までを福神とすると10人となるが、ある意味で「選抜内選抜」としての意義を重視し、単調増加の傾向や人数を2桁に乗せる/選抜メンバーの半数を超えることを敬遠したようにも解釈できる。
 ただ、結局のところ前列5-中列5の体制は12thシングルまで続き(13thシングルはダブルセンターのフォーメーションのため前列4-中列6。14th・15thには5-5に戻る。ほか、29thが5-5の体制である)、9thシングルからは十福神の体制とされる。このとき以降現在に至るまで、「福神」は「1列目および2列目」と同義に扱われ、フォーメーションにあわせて福神メンバーの人数が増減するような形となっている。特段の機能をもつ枠組みではなくなったと称してよいし、あまり言及されることもなくなっていく。

 一方で、2列目と3列目のポジションには、長らくかなりの隔たりがあったといえると思うし、その傾向は現在も続いている。特に“1・2期生”の時代においては、「初福神メンバー」は13thシングルでの衛藤美彩と齋藤飛鳥以来、19thシングルでの伊藤万理華と井上小百合まで誕生しなかった。
 20thシングルで3期生が本格的に合流することになり、このとき以降「初選抜=初福神」のメンバーも多くみられるようになっていく。しかし(そのため、というべきかもしれない)、3列目のポジションで初選抜となったメンバーが福神入りする例は、引き続きやや限られる状況ともなっている(ここ1-2年ほどはいくぶん軽減されてもいるが)。
 こうした状況にあって「福神」は、「選抜常連メンバー」を曖昧に指す概念として、一定程度機能してきたように思う(5期生についてはそこまでのことをいうにはまだ少し早いという気はするし、「福神」のラインをまたいで柔軟にポジションが遷移している印象も受けるが)。2015年に「らじらー!サンデー」のMCに就任した中元日芽香は、オリエンタルラジオ・中田敦彦と「福神になるにはどうしたらいいんだろうね?」と話し合ったという(当時中元はアンダーフロント時代で、選抜経験1回、という状況であった)。ゲストに福神メンバーが迎えられた際の対決企画では、中田敦彦は「福神狩り」などとあおってもいた(福神のなかにも「ナメ福神」「ガチ福神」がいる、というくだりが懐かしい)。
 2017年、17thシングルで11作ぶりに選抜メンバーとなった中田花奈は「目標は選抜になることではなく選抜常連になること」と語っていた。2019年の23rdシングルで初めて福神のポジションを与えられた北野日奈子の喜びようも、鮮烈に記憶している。
 あるいは、橋本奈々未と白石麻衣は、それぞれその卒業時に「全シングル福神メンバー」であることが、ファンコミュニティではひとつのトピックとして扱われていたと記憶する。それは確かに、グループをフロントラインでたえず牽引し続けたことの証でもあっただろう4

 選抜回数を数えられることはあっても、福神入りの回数を数えられることはほとんどない。「福神メンバー!」とほめそやされることもほぼない(30thシングルで新福神となった田村真佑が、レギュラー出演していた「レコメン!」でそのポイントを祝われ、ちょっとリアクションに困っていたのをよく覚えている)。その肩書きに意味が持たされる場面も、現在においては絶無である。
 でもずっと残り続けているし、筆者がややファンとしては古い部類に入ってきたからかもしれないが、やはり何かを象徴している気がする。そんな不思議な概念だと思うし、でもグループが長く続いていると、そういうこともまあ出てくるよな、とも思う。

[4]“1期生時代”の選抜/アンダー
——「与えられた椅子」の意味

 話を1桁シングルの時代に戻したい。AKB48より少ない人数でスタートし、「全てのメンバーにチャンスがある」という構想(あるいは、煽り文句)のもとでスタートした乃木坂46であったが、その中核をなしていた「16人のプリンシパル」はその意味では必ずしも明確な成果をあげたとはいえなかった(俳優業で力を発揮するメンバーを多く輩出する背景にはなったと思われるが、むしろ「舞台」への怖さを第一印象として植え付けられてしまったメンバーもみられた)。
 あるいはシングルの選抜システムも、「“顔が売れる”メンバーをつくりたい(=まずはある程度固定したい)」とか、「ある程度定着したポジションは大幅には動かしがたい」とか、そういう結論に至りやすいものであり、「アンダーに仕事がない」状況もあいまって、厳しい状況をつくり出していた。
 個々のメンバーにフォーカスすれば、「勝ち取る」とか「這い上がる」とかであったり、あるいはその逆であったり、といったストーリーになっていくが、グループ全体に目を向けると印象は変わってくる。難しい舵取りだろうな、と思う。

 AKB48とのアナロジーでスタートした選抜/アンダーのシステムだが、グループの規模感が大きく違えば、CDシングルの仕上がりに大差はなくても、個々のメンバーのマネジメントやケアのしかたも大きく違うだろう。「全員に全員の顔が見える」ような規模だからこその難しさもあったかもしれない。
 あるいは「選抜総選挙」のような、きっぱりとしたシンプルなシステムがあるわけでもないし、「じゃんけん大会」でトリックスターが現れるようなこともなかった(AKB48グループとて、それだけでフォーメーションを操作していたわけではないが、最小限に見積もっても一種のガス抜きとしては作用していただろう)。それは「そうすることを選ばなかった」ということでもあるのだろうが、それだけに、ひたすら1回1回のフォーメーションをそのたびごと練る必要に迫られる。乃木坂46の12年は、その積み重ねの歴史である。

 1stシングルの選抜メンバー16人は、その後一度もアンダーを経験しなかったメンバーがその半分を占める(生駒、生田、白石、高山、橋本、松村、桜井、西野。このうち生田のみ、活動休止にともなう不参加のシングル[9th]がある)。一方で、この時点でグループに所属していた1期生34人のうち、選抜未経験のままグループを離れたのは、2013年卒業の安藤美雲と柏幸奈の2人のみである。
 選抜入りが1回きりのメンバーも8人いるが、それでもかなりバランスをとられた結果であるように見える。

 最初からぐるぐると選抜メンバーを入れ替えていたという印象はあまりなく、もちろん一定の変動はあったものの、4thシングルでの初選抜は秋元真夏のみであったし、6thシングルには初選抜となったメンバーはいなかった。前述8人の、キャリアを通してアンダーを経験しなかったメンバーに、3rdシングルで深川麻衣と若月佑美、4thシングルでは秋元真夏がさらに合流することになる(=この3人も、これ以降卒業まで選抜を外れたことがない)。
 しかし、秋元合流後の5thシングルでは伊藤寧々と永島聖羅が初選抜となり、その後7thシングル以降、7thでは衛藤美彩・川後陽菜・中元日芽香、8thでは樋口日奈・和田まあや(および2期生の北野日奈子)、9thでは大和里菜と、選抜未経験のメンバーを順繰りに選抜メンバーに加えていくような時期となる。そして10thシングルでの斎藤ちはるの選抜入りをもって、この時点で所属の1期生全員が選抜入りを経験する形となった。

【8thシングル表題曲「気づいたら片想い」】
川村 北野 樋口 秋元 和田 高山
桜井 若月 生田 松村 深川
堀 白石 西野 橋本 生駒

【9thシングル表題曲「夏のFree&Easy」】
衛藤 井上 優里 星野 大和 堀 高山
若月 秋元 桜井 深川 生駒
松井 白石 西野 橋本 松村

 このときのことについて、中元は「評価されたというよりは“チャンスを頂いた”と解釈しています(『ありがとう、わたし』p.46-47)、(2期生ではあるが)北野は「与えられた椅子だった(『CD&DLでーた』2016年7→8月号)と振り返っている。順番が回ってきただけ、のように、メンバー自身も見る向きがあったかもしれない。あるいはファンコミュニティにおいても、“思い出選抜”のようにくさすような声が耳目に触れることもよくあったように思う。
 それでも、そこから明確にチャンスをつかみ取ったのが衛藤美彩であったわけだし、その試み自体に意味はあったといえる。あるいは選抜経験がその一度きりであったメンバーに目を向けると、斎藤ちはるは10thシングルの期間がすごく楽しかったとずっと言い続けていたし(初期アンダーライブの象徴的な期間でもあったのだが、それでも選抜にいることに代えがたい価値があったのである)、永島聖羅は「君の名は希望」を、卒業コンサートのセットリストの1曲目(1・2公演目)と本編最後(3公演目)に配した。伊藤寧々は約9年を経てなお「君の名は希望」について綴っていたこともあったnote
 あるいはグループで特に長く活動したメンバーであっても、樋口日奈、和田まあや、北野日奈子は、それぞれの最後のライブで、揃って初めての選抜曲である「気づいたら片想い」を選曲している。
 当該の時期から数えて10年目、グループはいまなお“思い出を振り返る”ことをやめていない。むしろ積み重ねた年月のぶんだけ必要になるリソースを迷いなく割いてまで、それを執念く繰り返し続けており、そうすること自体がグループの個性ともなっている。現役メンバーと卒業メンバーの両方がいまなおそれを心にとどめている、という意味であえていうならば、フォーメーションを繰ることで生み出されたその“思い出”にも、かけがえのない意味があった。

[5]2期生の合流とアンダーライブの隆盛
——“ポジション”の多様化

 2013年3月の最終オーディションを経てグループに加入した2期生は、3期生以降のあり方とは異なり、「研究生」扱いからのスタートで、期のまとまりで動くことは多くなかった(扱われ方というよりはグループの規模感が作用している部分も大きいように思うが)。「研究生」は、ざっくりとは「選抜曲にもアンダー曲にも参加しないメンバー」と言い換えてよい。7thシングルでセンターとなった堀未央奈以降、「3rd YEAR BIRTHDAY LIVE」において昇格が発表された6人以外は、原則ひとりずつ、選抜入りまたはアンダー曲参加のタイミングで「正規メンバー昇格」とされることとなる。
 同名の制度はAKB48グループでも運用されており、新メンバーの加入にあたってアナロジーで取り入れられたものと考えられるが、AKB48グループには専用の劇場があり「研究生公演」も存在することや、人数規模の差を考えると、立場の厳しさの程度にはやや違いがあったととらえることもできるかもしれない(乃木坂46の研究生も全体のライブには出演していたし、「セカンド・シーズン」以降はアンダーライブにも出演していたが)。

 こうした形で2期生がグループに合流していく時期に始まり、徐々にコンテンツとしての大きさを増していったのがアンダーライブである。スタートは8thシングル期で、このときは特典扱いのライブであったが、「アンダースペシャルライブ」では1000人規模のライブハウスを満員とし、続く9thシングル期には単独公演(チケットを販売する形)としての「アンダーライブ」の開催につながる。10thシングル期には18公演という規模での「アンダーライブ セカンド・シーズン」を経て、有明コロシアムでの単独公演にまでたどり着いた。
 アンダーライブという新たな場が誕生したことは、アンダーメンバーのフォーメーションにもそれまで以上の意味を与えることになる。特にアンダーセンターは、シングルごとの体制で開催され続けるアンダーライブの“座長”とされ、チームを引っ張り、ステージではクローズアップされるのみならず、近い将来での選抜入りも期待されるようなポジションとなっていく。
 この時期は、前述したように選抜未経験の1期生が順に選抜入りしていた時期とも重なるが、これに加えて9thシングルではアンダーから選抜への移動そのものが5人という過去最大の規模で生じてもいる。「アンダーライブで実力をつけ、それを発揮することで、次こそは選抜へ」というような意識を、メンバーもファンももちやすかった時期でもあったかもしれない。
 あるいはそれ以前に、この時期のアンダーメンバーは「仕事がなかった」とされる時代である。多くの公演数、多くの曲数に出演する「自分たちのライブ」があること自体が、メンバーにとっての希望の光のようなものであったと語られる。この時期の映像を見ると、メンバーの笑顔やがむしゃらな全力感が想像以上であることに驚いてしまう。ファンの熱量もそこに呼応し、アンダーライブは「熱いライブ」として定評を得ていくことになる。

 8th・9thのアンダーセンターは伊藤万理華、10thのアンダーセンターは井上小百合である。この時期のフォーメーションを見ていくと、このふたりや齋藤飛鳥など、間もなく選抜に定着していくメンバーが前列を固める一方、永島聖羅や能條愛未、中田花奈など、アンダーライブをまとめ役として支えていたとされるメンバーが2列目を固めていることに目が留まる。
 その後には中元日芽香と堀未央奈がアンダーセンターを担う「アンダーライブ at 日本武道館」(13thシングル期)ごろまでの時代が訪れるが、2列目を固めるメンバーの顔ぶれはそこまで変わらない。このこと自体にはさまざまな評価がありうるのかもしれないが、アンダーライブという新しい場が、メンバーが立つ新たなポジションを創出したことは確かだろう。

【8thシングルアンダー曲「生まれたままで」】
ちはる 寧々 市來 新内 畠中 大和 能條
永島 中田 衛藤 川後 中元
井上 飛鳥 万理華 星野 優里

【9thシングルアンダー曲「ここにいる理由」】
ちはる 北野 畠中 寧々 市來 新内
永島 中田 能條 中元 川村
川後 飛鳥 万理華 樋口 和田

【10thシングルアンダー曲「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」】
川村 和田 樋口 かりん 川後 畠中 北野 大和 新内
永島 中元 優里 中田 能條
飛鳥 井上 万理華

[6]ドラマと事件の時代
——成長と雌伏の2014年に起きたこと

 7thシングルの堀未央奈に続き、8thシングルでは西野七瀬が“新センター”となった。キャリアのスタートは選抜の3列目で、福神のポジションにこだわりを表現してその壁に跳ね返されたような経緯もあったが、6thシングルでは再び2列目のポジションに立ち、7thシングルでは初のフロントを務めていた。その動きは順調なステップアップにも見え、前述した白石や堀のときほどには「事件」の色はつけられていないように思う。本人の努力とファンの後押しが西野をセンターにした、そんなストーリーがしっくりくる。
 しかし西野に「ようやく手に入れたセンターの座」のような振る舞いはみられず、「私がセンターになることで、乃木坂全体が、なんか……ヤバくなるんじゃないかと(『悲しみの忘れ方』)と語る。15thシングルの選抜発表で齋藤飛鳥がセンターとして名前を呼ばれたのち、バナナマン・設楽統は飛鳥に「ここで見てきたじゃん、いっぱい。ここで首振って泣いてた人たちを」と語ったが(「乃木坂工事中」#57)、西野はその先人にあたり、あるいは象徴でもあったかもしれない。
 俯いて首を振る西野のまわりにメンバーが集まる。それは間違いなくどこか、のちのちまで続く乃木坂46の風景であった。一方で、しかし西野はそうやって泣いているばかりではなく、ヒット祈願の一環として行われたマカオタワーでのバンジージャンプ(「乃木坂って、どこ?」#126)を思い切りよく成功させたことはいまなお語り草である。そうした芯の強さと繊細さが共存しているさまに、「気づいたら片想い」の曲調も合わさってか、その魅力はいつしか「儚さ」と表現され、そしてそれは乃木坂46全体がまとうオーラを表現する言葉として用いられるようになっていく。

 3作連続でセンターが代わったこの時期、そうした形でグループとして固有の振る舞いを手に入れつつあった乃木坂46だが、一方で“事件”のうねりにも巻き込まれていくことになる。8thシングルの発売を控えた時期に行われた「AKB48グループ大組閣祭り」(2014年2月24日)で、生駒里奈とSKE48・松井玲奈の「交換留学」による兼任が発表。生駒には前夜、秋元康から直接打診があり、それを受諾した、という経緯であったとされ、事前に誰とも相談することなく「自分で全部決めちゃった(『悲しみの忘れ方』)と明かしていた。
 きっぱりとした態度で兼任に向かっていく生駒に対し、メンバーはかなりナイーブな反応を見せる。あるいは生駒が兼任に向かうことばかりでなく、松井が乃木坂46に加わることをグループへの“テコ入れ”と感じる向きも強かっただろうか。白石麻衣や松村沙友理は複雑な思いをブログに吐露し、生田絵梨花は「私は完全に反対派でした」、橋本奈々未は「乃木坂が乃木坂じゃなくなるんじゃないか」と感じたと語る(『悲しみの忘れ方』)。ファンの受け止めも、大勢としてはおおむねこれと同様であったといえ、インターネット上では反対の署名活動が展開されるなど、ネガティブな声が飛び交う状況であった。
 乃木坂46にかかわらない部分でもネガティブな声が大きかったとも語られる「大組閣祭り」であるが、結局のところいかなる“人事”をあてられたとしても、それを正解にするのも、あるいは誤りにするのも、メンバーの振る舞いにほかならない(もちろん、正解にしやすい/しにくいものは存在するだろうが)。生駒は兼任メンバーとして多忙な日々を送りながら「AKB48 37thシングル選抜総選挙」に立候補し、その選挙活動を白石を筆頭とした乃木坂46メンバーが支えるという形で、メンバーは「組閣」の所産を受け入れていく。それは生駒に速報順位56位から大幅にジャンプアップした14位(選抜メンバー)という結果をもたらし、乃木坂46に新たな結束感をもたらした。こうして選抜メンバーとして参加したシングル表題曲「心のプラカード」は、この年の「紅白歌合戦」で歌唱されることになり、「生駒里奈卒業コンサート」(2018年4月22日)のセットリストにも加えられるなど、生駒のキャリアを象徴する作品のひとつとなる。
 松井玲奈は乃木坂46の活動すべてにコミットしていたという感じはなく、スケジュールの制約もあって一定の距離を保ったかかわりであったといえるが、形だけ腰かけていたような印象もまったくない。参加した9th・10th・11thシングルの3作では1列目下手の1番のポジションを一貫してあてがわれ、1期生メンバーにとっての“唯一の先輩”としてパフォーマンス面で指導した部分もあったと伝えられるほか、「Merry X’mas Show 2014」ではインフルエンザで休演した生駒にかわって「制服のマネキン」のセンターに立つなどの出来事もあった。兼任の時期は松井のアイドルとしてのキャリアのほぼ晩年にあたり5、その松井が、若いグループであった乃木坂46に残したものも大きかっただろう(あるいはより実際的な部分でいえば、往時の乃木坂46にはSKE48から“流れてきた”ファンも多かった)。

【AKB48 37thシングル「心のプラカード」】
柴田 横山 宮澤 生駒 川栄
須田 小嶋 山本 島崎 高橋 宮脇
珠理奈 指原 渡辺 柏木 玲奈

選抜総選挙順位:①渡辺麻友/②指原莉乃/③柏木由紀/④松井珠理奈/⑤松井玲奈/⑥山本彩/⑦島崎遥香/⑧小嶋陽菜/⑨高橋みなみ/⑩須田亜香里/⑪宮脇咲良/⑫宮澤佐江/⑬横山由依/⑭生駒里奈/⑮柴田阿弥/⑯川栄李奈

 兼任の時期に生駒はポジションを2列目に移し、フロントには松井に加え、白石・西野・橋本が定着。“お姉さんメンバー”(厳密にいえば当時の西野はこの定義にあてはまらないようにも思うが)が前列を固める形となったことも、この時期からのグループに独特の色をつけていくことになる。
 9thシングルでは生田絵梨花が「進学準備のため」として一時休業、シングルにも不参加の形をとる。一時はグループ卒業も考えたという生田だが、復帰作となる10thシングルで初のセンターに抜擢。選抜発表では驚きのあまり、放心状態になりながらそのポジションを受け入れた生田だったが(「乃木坂って、どこ?」#145)、グループ初となる明治神宮野球場公演(2014年8月30日、「真夏の全国ツアー2014」千秋楽)からライブにも復帰した。「何度目の青空か?」も、このときに初披露の形をとっている。
 時期としては西野七瀬が2作連続でセンターを務め、さらに11thシングルでもセンターを務めた間の時期となり、生田のシングルセンターは最初で最後である(ベストアルバム「Time flies」所収の「最後のTight Hug」が“卒業センター”扱い)。シングル発売の時期にはミュージカル「虹のプレリュード」で主演を務め、音楽大学の受験にも成功。すでにひとりでやっていけるような才覚を発揮していた生田は、しかしそこから7年以上にわたってグループでの活動を続けることになる。区切りのシングル(および初のアルバム)であてがわれたグループのセンターの位置は、「乃木坂46にはあなたが必要」というメッセージでもあったのかもしれない。

 ただ、この時期のグループは総じて「苦しい思いをした」とまとめられる出来事が多かったように思う。明治神宮野球場公演は、グループにとって初めてのスタジアムライブであり、ヘリコプターで生田が復帰する演出や、夜空に打ち上げられた花火の風景とともにファンからは高い評価を得るものの、進行のトラブルによる時間的制約に阻まれ、カットせざるを得ない楽曲があったという(『乃木坂46物語』p.250)。トロッコで客席に登場することがかなわなくなるなどの影響が出たことで、「みんなで、コンサートが終わった後で泣きました(同p.251、井上小百合)という状況だったという。その後グループの“聖地”となる明治神宮野球場でのライブは、悔しさの残る形で終えられることとなった。
 10thシングル「何度目の青空か?」の発売日であった2014年10月8日には、これにぶつける形で、松村沙友理のスキャンダルが週刊誌で報じられる。本来、筆者が書く文章では非公式な話題にはあまり触れないようにしているが、この件は大きな話題となったばかりでなく、『乃木坂46物語』や『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』でも正面から扱われるなど、グループの“正史”として、ある意味ではエンターテインメントの一部として組み込まれるに至った。『悲しみの忘れ方』では出来事が紹介され、メンバーのインタビューが収録されたのみならず、週刊誌の紙面がそのまま、公式の作品に使用されるという、現在においては考えられないような扱いがなされていた。
 松村はグループを辞める決断をするところまで追い込まれたというが、その決断を伝えるために立ったという「大感謝祭2014」(2014年12月30日)のステージで受けた客席からの応援の声が後押しとなり、その場で「乃木坂でもう少し頑張りたいと思います」と表明し、活動を続行することとなる。11thシングルの選抜発表(「乃木坂って、どこ?」#168、2015年1月18日放送)では、2列目→1列目→3列目、という特殊な順序で選抜メンバーが発表されるなかで、3列目の2人目として松村の名前が呼ばれる。バナナマン・設楽統に「今回入んないと思いました。松村もそう思っていたんじゃないですか?」と水を向けられた松村は、涙を目にためながら複雑な思いを吐露した。
 卒業までに参加した27枚のシングルすべてで選抜メンバーとして活動した松村だが、3列目のポジションはこのときが初めてであった6。ポジションの変動は常時起こることではあるが、状況を考えればそれは“罰則”めいた動きであったと思う。ポジションの取り扱いにそのような機能がもたされたことは、グループの歴史においてこのときがほぼ唯一といえるのではないだろうか。「そんなことまでしなくていいじゃん」と、いまとなっては思うところだが、「ポジションを下げるが、選抜には残す」というのは、心ないともいえるほどの厳しい声にさらされ続けていた松村に対する、ギリギリのバランスでの判断だったのかもしれない、とも感じる。
 結果として松村は14thシングルまでの4作で3列目のポジションに立ち、15thシングルで福神に復帰したのちは卒業する27thシングルまで福神のポジションに立ち続ける(25thのみ1列目、他は2列目)。福神に復帰した際の選抜発表(「乃木坂工事中」#57)で松村は涙を流し、この間にも心ない言葉を浴びせられる経験をした、というニュアンスの発言をし、しかしそれに対して何も言えなかった自身の思いを語る。「今でもやっぱり、怖いんですよ」と口にする松村を、設楽が「思い切って、やってください」と励ました。
 その後の5年間で松村がグループにもたらしたものの大きさは言うに及ばずであるし、その後は時間の経過とともに、アイドルをとりまく環境の変化もあってか、松村に関するそうした経緯が表立ってあげつらわれることはなくなった。しかし松村はそうした出来事についても卒業写真集で最後に(迂遠な形で)触れてからグループを離れており、それはグループとファンに対する彼女なりの仁義を感じさせる出来事であった。
 ただし、松村にそうさせたものが何だったかについては、もう少し見つめ直されるべきなのではないかと思う。それはおそらく、彼女の内側から出てくるものというよりは、彼女を取り巻いてきたすべてだったのではあるまいか。本稿は全体として、どことなく「昔はいまと違っていた」というようなトーンをもっているように思うが、その“彼女を取り巻いてきたすべて”は、現在においても本質的には変わっていないように思えるし、その“すべて”には、われわれの存在も当然に含まれる。そのまなざしのあり方は、常に問い直されなければならない(それをわざわざ「仁義」と表現したような、筆者自身のそれも含めて、厳しく)。

 この時期にはほかにもいくつかトラブルがあり、ごたごたとしているうちに、乃木坂46は一時「紅白歌合戦出場内定」のように報じられたにもかかわらず、この年の出場はかなわなかった(『10年の歩き方』p.84)、という出来事を経験する。“上げて落とす”かのような挫折感を与えられる出来事ではあったが、生駒里奈がひとり、AKB48の一員として出場を果たし、メンバーがそれを見届けたことは、「来年こそは乃木坂46で」の思いを新たにする機会ともなった。

【10thシングル表題曲「何度目の青空か?」】
衛藤 若月  堀  星野 高山 ちはる
松村 秋元 生駒 桜井 深川
松井 白石 生田 西野 橋本

[7]6回目のセンター、“初期”の総括
——「明日まで、センターやらせてください。」

 11thシングル表題曲「命は美しい」は「3rd YEAR BIRTHDAY LIVE」(2015年2月22日)で初披露となる。真冬の西武ドームで約7時間半という、1日の公演としては史上最も過酷だったといえるライブにあって、しかしそこでの初披露には、3回目のセンターを務めた西野七瀬の強い思いもあったようである(ほぼ1年前のリリースであった「気づいたら片想い」は、「2nd YEAR BIRTHDAY LIVE」での披露がかなっていない)。
 このときの「3rd YEAR BIRTHDAY LIVE」では、ほかにも「新プロジェクト(のちの欅坂46)1期生募集」や、グループ卒業を発表していた畠中清羅によるあいさつ(DVD/Blu-rayではカットされている)、残る6人の研究生全員の正規メンバー昇格など、グループの歴史が動くさまを感じさせるアナウンスが次々となされている。ただ、この畠中の卒業、および松井玲奈の兼任解除から、翌年3月の永島聖羅の卒業まで、グループはメンバー構成に変動がない時期を経験する(このタイミングで新メンバーとして坂道シリーズに迎えられたのが3期生ではなく欅坂46・1期生であったことも作用している)。この期間にあたる2015年は、乃木坂46にとって「本格的な快進撃が幕を開ける(『10年の歩き方』p.84)タイミングとなる。

【11thシングル表題曲「命は美しい」】
松村 相楽 飛鳥 万理華  堀  星野 衛藤 高山
若月 秋元 生駒 桜井 深川
松井 白石 西野 橋本 生田

 メンバーの生い立ちも含めて、それまでのグループの歩みについて描いた『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』が2015年7月10日に公開となったが、これは本来5月に予定されていたのが延期となったものであった(延期のアナウンスは4月下旬)。理由としては、追加取材を行っているためという説明であったが(参考)、ちょうどこの時期の出来事としては、12thシングルの選抜発表をあげることができる(2015年5月10日「乃木坂工事中」#4、番組内で「4月某日」の発表であったと説明あり)
 ドキュメンタリー映画で歴史が振り返られ、冠番組も「乃木坂工事中」へリニューアル。新たな時代の到来を予感させるとともに、結成からそれまでの約4年間という時期をあえて“初期”とまとめることにするならば、その総括ともいえるタイミングであった。12thシングルの発売(7月22日)のアナウンスとともに、「真夏の全国ツアー2015」の開催も発表されていた(5月2日、パシフィコ横浜での全国握手会において)。グループの過去を振り返り、「真夏」の先に未来につなぐセンターとして起用されたのは、このシングルから乃木坂46専任に戻った生駒里奈であった。

【12thシングル表題曲「太陽ノック」】
松村 優里 星野 飛鳥 万理華 井上 新内 衛藤
高山 若月 桜井 秋元 深川
白石 西野 生駒 生田 橋本

 この「真夏の全国ツアー2015」は、「乃木坂らしさ」をひとつのテーマとし、それを追求し、提示することをめざすということを軸として展開されていく。そのこと自体も、「AKB48の公式ライバル」という、内実ではない部分が先に定義されて結成された上で、ゼロからその姿をつくりあげてきた乃木坂46にとって、ある意味これも何かの“総括”として、必要なことだったのかもしれない。
 しかしあえていえば、「らしさ」を過度に追い求めることは危うい道であるように思う。いくら問うても明確な答えを出すことは難しいし、出したとてそれがあらゆる人にしっくりくるということでもないだろう。歩んできた道のりを振り返り、現在地を確認することは重要であるが、それ以上のことを見い出そうとして「らしさ」の隘路を進んでいくことは、鏡に向かってお前は誰だと問い続けるようなもので、かえって見失うものが多くなってしまいかねない。
 あるいは「らしさ」が何らか明確に見い出されることがあったとして、それは「らしいもの」と同時に、「らしくないもの」を定義する。形を見つけて、そこに納まる安心感とひきかえに、無限の可能性が失われてしまう。

 ツアーのセットリストでは、「乃木坂らしさを表現するためのパフォーマンス」として、乃木坂46のイメージを形づくってきた楽曲といえる「何度目の青空か?」「君の名は希望」が、生田絵梨花のピアノ演奏にストリングスカルテット(明治神宮野球場公演ではフルオーケストラ)を加えた編成で、メンバーによる合唱の形で披露される。確かにそれは「乃木坂らしい」ステージの様相であったといえそうだし、この夏のハイライトシーンであったといえるが、当然それは、そこ以外に「乃木坂らしさ」がないということを意味しない。
 明治神宮野球場での千秋楽公演での語りのパートでは、メンバーは口々に「乃木坂らしさ」そのものについては「わからなかった」というように語る。しかしそれとは別に、あるいはその先に、それぞれに見えたものがあったともいう。キャプテン・桜井玲香は、「私たちはまだまだ『乃木坂らしさ』を探している途中です」とまとめた。「らしさ」に答えは出ないし、また答えを出すべきものでもなく、ただ一瞬一瞬において実践していくしかないのである。

 その千秋楽公演前夜に放送された「乃木坂工事中」#19では13thシングルの選抜発表の模様が放送され、次のシングルでは白石麻衣・西野七瀬のダブルセンターという新しい形がとられること、そしてこの期間グループを牽引してきた生駒が3列目のポジションとなることが明らかとなっていた。

明日で一区切り、自分の中でもきっと何かが変わるんだろうな。13枚目シングルの選抜発表見ましたか? 明日まで、センターやらせて下さい。明後日からはまた新しい場所で自分を高めていきます!

(2015年8月31日深夜 生駒里奈755)

 「真夏」の終わりとともにひとまずの“総括”を終え、グループはまさに新しいフェーズへと向かおうとしていた。「明日まで、センターやらせて下さい」。そう宣言して立った、“神宮”のステージには、雨がちらついていた。
 明日からさらなる全力疾走で進んでいくにあたり、「らしさ」に思い悩む日々に区切りをつけるためにはもう、この夏の主人公が理屈抜きの雄叫びを上げるほかなかった。「神宮ーー!!!」、たっぷりと溜めて客席に静寂をつくった生駒が、それを豪快に破ってみせた。
 前年にこの場所で経験した悔しい思いも、「らしさ」が確かに見えているのにつかみ取れないようなもどかしさも、すべて吹き飛ばすようなパフォーマンス。公演が終わるころには雨もあがっていた。

 グループ全体のライブとしては初めてとなるダブルアンコール。その最後で、桜井玲香が叫ぶ。「絶対みなさんを後悔させないようなグループになります。どこのグループにも負けないようなグループになります。だからずっとずっと、乃木坂のことを愛し続けてください!」。
 乃木坂46はそこから数々の目標や夢を実現させ、その宣言を現実のものとしていくことになる。そのうちのひとつはこの年に初出場した「NHK紅白歌合戦」であった(生駒は12th選抜発表直後のインタビューで「これで年末が決まる」と口にしており、それを成し遂げた形にもなる)。そしてこの年末にはもうひとつ大きな出来事があった。“神宮”でのこの千秋楽公演内で発表されていた、「アンダーライブ at 日本武道館」の開催である。

【13thシングル表題曲「今、話したい誰かがいる」】
桜井 若月 生駒 松村 万理華 井上
飛鳥 高山 橋本 生田 秋元 星野
衛藤 西野 白石 深川

[8]交差する“センター”
——生駒里奈と堀未央奈の12thシングル

 12thシングルでの生駒里奈のセンターが歴史の必然のような書きぶりをしてきてしまったが、そのようなフォーメーションがとられたこと自体は必ずしも誰もが予想していたような出来事ではなく、いくぶんかの緊張感のあるものだったというように語られている。冠番組が「乃木坂工事中」にリニューアルしたタイミングで、このとき選抜発表も初めてスタジオ以外で行われる形式がとられたが、それは近年のものとは異なり、番組冒頭で流された発表のVTRをバナナマンとメンバーが見る、という形式であった。
 センターという発表を受けて、バナナマン・設楽統に「けっこう後半まで名前呼ばれなくて、センターという頭は……」と水を向けられた生駒は、自らがセンターだとは予想しておらず、「兼任解除になって、乃木坂46でまた修行してから戻るのかな」、つまりアンダーライブに加わり、兼任で培ったことをグループに生かすということかと、選抜発表の進行とともに感じていたと口にする。
 デリケートな選抜発表の場を何度も経験してきた、もっといえば「選ばれなかった」メンバーからの視線を誰よりも浴びてきた生駒であるから、いくぶん割り引いて聞くべき発言だということもできるかもしれない。しかし一方で、まだ「何が起こるか、何をされるかわからない」のが当時の選抜発表であったことも確かだ。

 生駒がアンダーに移るというのは、後年のいまとなってはあまり想像しにくい。セールスの数字やライブの規模を順調に伸ばしていたその頃の乃木坂46は、一方で特にAKB48のメンバーと比べたときに「アイドルファン以外にも認知度が高いメンバーが少ない」ことが課題とされる向きがまだあった。そのなかで、初期にセンターを務めAKB48との兼任も経た生駒の知名度は群を抜いており、それに続くのが『Ray』の専属モデルとして3年目となっていた白石麻衣、というところであっただろうか。
 ただ、それとは別に、生駒がグループがもつイメージを代表するメンバーであるとファンコミュニティがみなしていたかというと、必ずしもそうではなかったのではないか思う。メンバーが次々に舞台に進出していく時期はこれよりもっと後で(この年の「じょしらく」「すべての犬は天国へ行く」が足がかりとなっていったような形である)、一方でこの頃には齋藤飛鳥・西野七瀬・橋本奈々未・松村沙友理のファッション誌専属モデルへの就任が相次いで発表されている。
 こうした点をはじめとした「ファッション路線への傾注」が多くの女性ファンの獲得へとつながったと語られることが多い一方、それは「清楚」「儚さ」「私立の女子校感」のように表現される、ファンが乃木坂46から見てとっていたイメージと曖昧に合流し、「“きれいなお姉さん”が揃っているグループ」であることがグループのファンにとっての一種のアイデンティティのようになっていく。
 そのなかにあって、ショートカットの少女の強烈なパブリックイメージとともにあり、メンバーのなかではまだ年若いほうで、原宿系のファッションを好み、バラエティのスタジオでは積極的にガヤを飛ばし、「おじさん」のようにいじられることもあった生駒は、グループのセンターとしての存在感を保ちながらも、キャラクターとしてはむしろ傍流のようにみなされていく。この時期にグループのファンになった人々のなかには、ファンコミュニティにおける生駒の位置づけが思っていたのと違う、と感じた者もいたのではないかと思う。

 ともあれ(あるいは、だからこそ)、グループ結成から4年を迎えようとしていた生駒がセンターとされたことには、少なくともいま振り返る限りにおいては非常に重要な意義があったし、それは“人事”のパズルがうまくはまったみたいな話ではなく、ほかならぬ生駒本人が引き寄せたものであったのだろう、と感じる。

 このときの選抜発表で「最後に名前を呼ばれた」のが生駒であるが、「名前を呼ばれなかった」メンバーとしてクローズアップされたのが、このとき初めてアンダーを経験することとなった堀未央奈であった。7thシングルでセンターとして選抜入りしたのち、8thシングルでは1列目、9th・10th・11thシングルでは3列目のポジションで選抜入りしていたが、連続での選抜入りはここで一度途切れることになる。シングルのセンターを経験したメンバーがアンダーに移るのは、このときが初めての出来事であった(現在までに中西アルノとの2例)。
 『悲しみの忘れ方』では、その最終盤、エンディングテーマがかかる直前というところで、やや唐突に堀がピックアップされる形がとられている。すべては状況証拠にもとづく想像でしかないが、タイミングとしては堀がアンダーとなったことを受けて新たに追加取材が行われ、公開の延期につながったのではないかというように見える(これが唯一の理由だったとも思わないが)。
 母親による語りで、センターに立って以降悩み続けてきたという堀の姿が説明される。そして「乃木坂を辞めるか、髪を切るか。そして娘は、髪を切った。」と意味ありげにまとめられ、笑顔が弾けるようなカットで堀のパートは終わる。ただし、アンダーとなったことを受け、気持ちを切り替えるために髪を切ったという順序ではなく、選抜発表の時点で堀はすでにショートヘアであった。

 最後に名前を呼ばれていった生駒を堀はやや明るい表情で見送るが(『悲しみの忘れ方』)、一度居並んだのちレッスン室を出ていく選抜メンバーを見送るうちに涙がこみあげ(「アンダー」MV)、やがて床にへたりこんで号泣してしまう(『悲しみの忘れ方』)
 あるいはこのとき参加する初めてのアンダー曲で与えられたポジションがセンターであったことも、堀には試練として作用する。アンダーライブがすでに確立したコンテンツとなっていたなか、アンダーメンバーにもすでに固有のチーム感が生まれていた。そこにひとりで、かつセンターとして加わっていくというのは難しい状況であり、当初は周囲のメンバーも受け止めが難しかったという。初めてのアンダーでセンターに立ったのは、アンダーライブのスタート以降でいえばこのときの堀が初めてであり、これに続くメンバーは35thシングルでの筒井あやめまで現れなかった。

 12thアンダーメンバーによる「アンダーライブ 4thシーズン」(2015年10月15-25日)は「真夏の全国ツアー2015」明治神宮野球場公演1日目で開催がアナウンスされ、堀はこれに“座長”として参加していくことになる。ツアーでもすでに複数のアンダー曲に参加していたものの、ここで初めて披露する曲も多く、ハードな状況であったことだろう。メンバーも「センターを支える」という向きで状況を受け止め、チームを結束させていく。
 さらに「真夏の全国ツアー2015」明治神宮野球場公演2日目では、前日の発表に重ねるようにして、「アンダーライブ at 日本武道館」(2015年12月17-18日)の開催が発表される。これは13thアンダーメンバーで臨まれるものであり、前夜に放送された13thシングル選抜発表もふまえたタイミングでの発表であった。

【11thシングルアンダー曲「君は僕と会わない方がよかったのかな」】
川村 北野 川後 樋口 かりん 和田 ちはる
能條 永島 中田 新内
優里 中元 井上

【12thシングルアンダー曲「別れ際、もっと好きになる」】
和田 佐々木 寺田 かりん 渡辺 鈴木 純奈 樋口
相楽 川後 永島 能條 ちはる
川村 北野  中元 中田

[9]“人事”の意図とメンバーの受け止め
——アンダーライブとアンダーメンバーの距離

 この時期のグループについて追っていくと、「グループ全体」と「アンダーメンバー」という異なるストーリーが同時進行している一方、それらはあまり交差していないような、そんな印象を受けることがある。それは13thシングル期の日本武道館公演を経て、14thシングル期から「アンダーライブ全国ツアー」がスタートするという大きな出来事が続いていたからでもあるが、一方で選抜/アンダー間のメンバーの行き来がかなり抑えられ、顔ぶれが固定していたことも作用しているように思う。
 12thから13thでは斉藤優里・新内眞衣がアンダーに移ったのみで、新たに選抜入りしたメンバーはいない。13thから14thでは堀未央奈が選抜に移るが、動きとしてはそれだけである。これらはグループのメンバー編成に動きがなかった時期とも重なる(永島聖羅が13thシングルを最後の参加作品として、14thシングル発売直前の2016年3月20日に卒業)。乃木坂46全体としては、安定した状態のもと、身につけてきた力をそれぞれがじゅうぶん発揮することでグループを浮揚させ、「快進撃」の幕開けを迎えた充実期であると評価できる時期だが、この時期をアンダーフロントとして過ごした中元日芽香・北野日奈子などからは、「選抜の壁に何度も跳ね返される」ような思いが語られてもいた。

 日本武道館公演は、特典扱いの無料ライブからスタートしたアンダーライブにとって、記念碑的な公演であったことは間違いない。長きにわたりアンダーライブを牽引してきた永島聖羅は、1日目公演で行った卒業発表のなかで「アンダーメンバーはアンダーライブが始まったときから武道館を目指してきました」とも語った。
 13thアンダーメンバーに加え、2日目公演のアンコールで披露された「アンダーライブ歴史メドレー」では伊藤万理華・井上小百合・齋藤飛鳥・星野みなみ・衛藤美彩が登場。目標であったそのステージは、当時グループにいたアンダーライブ経験メンバー全員でつくりあげられたのである。
 そうした記念碑的な公演を経験する13thアンダーメンバーについて、そこから「直前で外れる」メンバーを選ぶのも難しかったのではないかと思う。前述したようにこのタイミングで「外れた」メンバーはおらず、13thシングル選抜メンバーは基本かつ最少人数での編成といえる16人のフォーメーションである。この16人はほぼこの時代の「選抜常連組」の定義であるとみなしてよいくらいで、以降ここからアンダーとなったのは15thシングルでの伊藤万理華と井上小百合のみであるし、顔ぶれは「選抜経験回数トップ16」の形でもあった(最少は衛藤美彩・齋藤飛鳥の6回で、厳密にいえば斉藤優里がこれと並んでいる。これに続くのが、中田花奈・堀未央奈の5回)。
 あるいはこのほかにも、「アンダーメンバーによるユニット曲」というコンセプトで、サンクエトワールによる「大人への近道」が制作されたのもこの13thシングルにおいてであったし、この5人で漫画雑誌の表紙を飾ったり(『ミラクルジャンプ』2015年11月号)、雑誌のグラビアやインタビューに登場したり、あるいはアンダーメンバー全体が特集されたりするなど、アンダーメンバーへのさらなるエンパワーメントが試みられたり、それにともなって光があたったりする場面も多くみられた。
 「選抜/アンダー関係なく、全員が乃木坂46」という語りは、さまざまな場面でよくなされてきたと思う。「アンダーメンバーには握手会しか仕事がない」「アンダーライブにすべてを懸けるしかない」のような時期を過ぎ、その語りはこのころに具体的な形を帯び始めていたような印象を受ける。

【13thシングルアンダー曲「嫉妬の権利」】
川後 渡辺 山崎 佐々木 相楽 純奈 鈴木 かりん 和田
中田 新内 川村 永島 能條 樋口 ちはる 優里
北野  中元 寺田

 しかし、あえていえば、「選抜に入る」ことを強く願い、奮闘してきたメンバーたちをみな、アンダーメンバーをとりまく状況が改善したことが救ったかというと、そうではなかったといわざるを得ない。
 13thシングルのフォーメーションは、当時から「2期生全員アンダー」という角度からクローズアップされることも多かったし、「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演、「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」など、長きにわたって悔しかった出来事としてメンバーの口から語られ続けることになる。
 堀とともにダブルセンターのポジションに立ち、この時期のアンダーメンバーを象徴する活躍を続けていた中元は、「反骨精神から13thシングルが一番、乃木坂に対して熱を持って活動していたように思います(『ありがとう、わたし』p.66)と振り返る。そして改めて確認された、「そうは言っても、結局選抜に居なければ意味がない(同p.68)という意識、価値観。ひとときでもそこから自由になることは難しかった。

 そしてその状況は、続く14thシングルで絶望として立ち現れることになる。筆者はどうしても、何かにつけ北野と中元にフォーカスして語ってしまう癖があるのだが、しかしこのエピソードの主役は間違いなくこのふたりだと思う。北野は「未央奈だけ選抜に入って、それ以外は何も変わらなかったことが衝撃(『BUBKA』2016年9月号 p.21)だったとはっきり語り、中元は「私にできることをすべてやった上で、選抜に入れなかった(『ありがとう、わたし』p.71)と振り返る。
 どうにもできない、もうどうしようもない。そんな言葉ばかりが並ぶし、そう表現するほかない。「アンダーメンバーは選抜メンバー入りを目指している」という世界観を維持するとして、椅子の数は有限であるからそれがかなわないことも当然あるものの、そのなかにあって毎回の選抜発表で「何かが変わる」ことが、希望を次へとつないでいたといえるように思う。必要以上にかき回すことによって“事件”を起こし、“ドラマ”をつくる、そんな時代からの揺り戻しもあった、そんなふうにも見える時期。バランスの取り方は、いつも難しい。

【14thシングルアンダー曲「不等号」】
ちはる 渡辺 鈴木 山崎 佐々木 相楽 川後 和田 純奈
かりん 川村 中田 新内 能條
優里 寺田 中元 北野 樋口

 14thアンダーメンバーは「アンダーライブ全国ツアー」のスターティングメンバーとなった。その端緒は愛知での永島聖羅卒業コンサートであり、それに続く東北シリーズまでがこのシングルの体制で行われている。前シングルまでの体制との連続性が必要とされたタイミングのようにも見えるし、あるいは首都圏以外で存在感を発揮し、ファンを獲得していくことは、グループ全体のミッションでもあった。マネジメントの側としては、もう少し頑張ってくれ、と託すほかないという判断だったのかもしれない。
 この時期には、乃木坂46運営委員会委員長・今野義雄がインタビューを受け、フォーメーションを含めたグループの舵取りについて語っていたことがあり、また14thアンダーセンターを託された中元に対して、今野自らその理由や意図を説明する機会もあったのだという。中元はそれを「これまで活動してきて初めて」のことだった、と振り返ってもいる(『ありがとう、わたし』p.71-72)
 フォーメーションについていえば、安定であり、それは見方を変えれば停滞でもあったようなこの時期。「選抜に入りたい」という思いには、結局のところ選抜入りでしか応えられないものだったようにも思うが、それらをとりまく雰囲気には少し変化があった時期でもあったようにも思える。

――また一方で、選抜常連メンバーが盤石であるだけに、アンダーがライブで存在感を増しても選抜にはなかなか入れないという苦しさが続いているのでは……。
今野:こればっかりは、僕らも同じ思いだったりするので(笑)。どうしたらいいんだろう?っていう。アンダーはすごい結果も出しているけど、それをもって選抜と大幅に入れ替えます、と簡単にできる話じゃないですし。

――では結果を出してきたアンダーは、次に何を背負っていくのでしょうか。
今野:実はいま、乃木坂46の問題点ってなんだろうといえば、東京に比重が高いことです。完全に首都圏アイドルなんですよね。首都圏においてはものすごく強いけれど、地方ではまだまだ知られてないし、存在感がそんなに伝わってない。ここをどうやって開拓していくかがグループ全体のテーマなのですが、ここをアンダーに背負ってもらうことになると思います。ステージを見てもらって、ファンを獲得するというミッションをアンダーに託す。ただ、これまでやっていたのと同じような魂のぶつかり合いを、そのまま持って行って成功するかというのもまた違うと思うんですね。新しいテーマを考えて、何か変えていかなければいけない。

(リアルサウンド「乃木坂46運営・今野義雄氏が語る、グループの“安定”と“課題” 『2016年は激動の年になる』」[2016年1月30日公開])

[10]思い出をつくること/卒業センター
——「今回はみんなで思い出を作りましょう」

 14thシングルは深川麻衣の、いわゆる“卒業シングル”であり、これはグループとして初めて“卒業センター”の形で制作された作品となった。①シングルのセンターを務め、②MVありのソロ曲が制作され、③卒業のタイミングで写真集が出版され、④卒業コンサートを行い、⑤それを最後の活動としてグループを離れる、という、その後も残る“卒業センター”の型が、このときすでに完成している。
 ①を満たすことを前提とすると、歴代の“卒業センター”は深川麻衣、橋本奈々未、西野七瀬、白石麻衣、齋藤飛鳥と、35thシングルでの山下美月で計6人となる。そしてベストアルバム「Time flies」のリード曲でセンターを務めた生田絵梨花もここに含めるのが自然であろう。これらの7人について、②④は全員が満たしており(西野と飛鳥は「卒業後に卒業コンサート」の形)、⑤も最後の活動が「NHK紅白歌合戦」での歌唱だった生田以外は満たしている(山下については未判明だが、おそらく)。③については、深川・橋本・飛鳥・山下について「写真集」、白石について「メモリアルマガジン」、生田について「卒業記念メモリアルブック」が出版されており、西野に関しては卒業コンサートがフォトブックとして出版されている。

【14thシングル表題曲「ハルジオンが咲く頃」】
桜井 若月 松村 生駒 万理華 井上  堀
飛鳥 高山 衛藤 秋元 星野
橋本 西野 深川 白石 生田

 また、先には中元日芽香への声がけのエピソードを引いたが、このときの選抜メンバーに対しては、このような声がかけられていたのだという。

——14枚目のシングルのセンターは、深川さんが務めますよね。そういう花道を用意されて卒業していくのって橋本さんはどう思います?
橋本 まいまいにとってすごくいいことだと思うし、まいまいはそれだけ頑張ってきたから用意された道だと思います。毎回、選抜発表が終わったあとに選抜メンバーで写真を撮るんですよ。で、写真を撮ったあと、いつもだったらスタッフさんに「このメンバーで戦っていきます。頑張ってください」って言われるんですけど、「いつも戦っていこうって言うけど、今回はみんなで思い出を作りましょう」って言ったんですよ。

(『BUBKA』2016年4月号 p.16)

 「いつも戦っていこうって言うけど、今回はみんなで思い出を作りましょう」。それは“卒業センター”を採用するにあたってのストレートな宣言であるといえるし、そこには「聖母」と呼ばれた深川のたたずまいも作用していたように思う。しかしそれは一方で、やはりグループを包む雰囲気が変わりつつあったことのあらわれであったようにも映る。
 グループの編成が定常状態にあった時期は過ぎ去ろうとしていた。「メンバーの卒業が相次いだ」と称される最盛期はもう少しあとのことだが、この時期には3期生の募集が発表されてもいる。変化していくグループの一瞬一瞬を思い出として慈しみ、あるいは作品として形に残す。そうやって思い出をつくり、向き合った日々そのものもやがて思い出となる。そうしたサイクルが生まれ始めたのがこの時期だ。あるいは加入前にそれを外から見ていた後輩メンバーも、グループに対するそれぞれの思い出があり、加入後はそのサイクルに組み込まれていくことになる。

 ひとくちに“卒業センター”とまとめてきたが、当時と現在、具体的にいえば深川・橋本と西野以降で、その性質にはいくぶん差があるように思う。外形的にいえば、深川と橋本はそのときが初センターであるが、西野以降はそうではない。また、橋本は卒業とともに芸能界を引退しているし、深川に関しても、当時は卒業イコール事務所の移籍という取り扱いであったこともあり、卒業後についての明確な言及がなく、またSNSの個人アカウントもない時代でもあり、「卒業」がもたらす断絶のイメージは現在よりもかなり強かったといえる。
 西野以降の5人のメンバーは、芸能活動を継続することがはっきりしており、あらかじめ告知されていたわけではないが、生田(および未判明の山下)以外は乃木坂46LLCに卒業後も所属している。西野が卒業した頃はまだ同期・同世代のメンバーもグループに多かったが、“お姉さんメンバー”の白石、ミュージカルなどの“外仕事”との両立で特に多忙なスケジュールを駆け抜けた生田、1期生として最後に乃木坂46のステージに立った飛鳥に関しては特に、「長くグループにいてくれてありがとう」と受け止める向きも強かっただろうか。特にこの1年ほどは、毎クールのドラマ出演を続けながら“最上級生”として走り続け、7年半のキャリアを重ねた山下についても同様のことがいえそうだ。
 また、橋本と西野の間にあたる時期にグループを卒業した生駒里奈は、「“卒業センター”の打診があらかじめあったが、断った」ことを明かしている。「自分の卒業シングルにはしたくない」という生駒の思いもふまえて、白石をセンターとする形で制作された20thシングル「シンクロニシティ」は、2年連続での日本レコード大賞受賞作となる。あくまで筆者の印象にすぎないが、遠くない将来に“卒業ラッシュ”が予見される時期にあって、生駒のこのふるまいは“卒業センター”のハードルをやや上げ、その価値を押し上げたようにも見えた。

 「シンクロニシティ」で生駒が立ったのは白石の真後ろにあたる、2列目中央の位置であった。スタジオで行われた最後となっているこのときの選抜発表において(「乃木坂工事中」#146)、バナナマン・日村勇紀が「生駒が中心にいるんだね」とまとめたことも記憶に強く残っている。以降、この“裏センター”のポジションにも、何らかの意味をもたされることが多くなってくる。
 “裏センター”の語義はやや明確ではなく、あまり一般に通用する語でもないように思うが、「インフルエンサー」で3列目のセンターのポジションに立った伊藤万理華がその高い表現力で存在感を発揮したこと、そしてそれが前列6-中列6-後列9のダブルセンターのフォーメーションで、白石と西野(および生田と生駒)の間でカメラにとらえられることも多かったことから、ファンコミュニティで流行し始めた、というような印象がある。「シンクロニシティ」はダブルセンターのフォーメーションではないため、生駒の立ち位置はやや異なっていたことになるが、2列目または3列目の真ん中のポジションについて、特に何かを論じたい場合に用いられているようになった、という感じだろうか。
 生駒以降、22ndシングルでの若月佑美、26thシングルでの堀未央奈、27thシングルでの松村沙友理、28thシングルでの高山一実と、卒業メンバーに対してあてがわれるポジションという向きもやや強くなるが、それとは別に直近では32nd・34thシングルでの井上和が印象深くもある(これらのシングルはともにダブルセンターのフォーメーションがとられている)。

[11]センターを引き継ぐこと
——卒業センター楽曲のその後

 “卒業センター”の形をとった表題曲の取り扱いは、やや難しい。楽曲の宿命として、まもなくオリジナルのセンターがグループを離れることになる一方、表題曲はそのときどきのグループを代表する作品として、歌い継がれなければならないという性質を特に強くもつ。
 現在でいえば「ガールズルール」は山下美月、「シンクロニシティ」は梅澤美波など、ある程度センターを固定して“引き継いだ”といえる状況の楽曲も、表題曲のなかには多いが、“卒業センター”の楽曲は少し状況が異なるといえる。

 「ハルジオンが咲く頃」は深川の卒業から間もない時期の「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」において川後陽菜のセンターで披露されている。近年の感覚でいうと、いかにも乃木坂46がやりそうな采配のようにも思えるが、卒業メンバーがごく少なかった当時においては(深川麻衣は初めてグループを卒業したセンターメンバーでもある)、良い意味でかなり衝撃的な出来事と受け止められていたと記憶する。その後は「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」で新加入の3期生によって披露され、以降はこのイメージが強くつけられているように思う(「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」での4期生による披露も含めて)。
 「サヨナラの意味」は橋本の卒業後かなりの期間、ほぼ一貫して齋藤飛鳥がそのセンターを担ってきた。その後は後輩メンバーを中心に何人かがセンターとして演じたのち、卒業を控えたメンバーがセンターで演じる、という扱いが続いた時期もあった。こうした変遷を経ながら演じられ続けてはいるものの、これらの2曲は他の表題曲と比べて演じられる機会が少ないという状況である。
 「帰り道は遠回りしたくなる」は、感覚的にはもう少し演じられているような気がするものの、やはりこれと近い扱いではないだろうか。「しあわせの保護色」「最後のTight Hug」「ここにはないもの」については、比較的近年寄りの楽曲ということもあり、センターの卒業後の披露機会がまだかなり限られている。

 こうした状況のなかでさらに感じるのは、特別な存在である“卒業センター”楽曲のセンターを“引き継ぐ”ことへの慎重な姿勢である。これをさらに分解して述べるならば、「人選はデリケートに行う」「披露機会を多くしない」の2点となるだろうか。
 「ここにはないもの」の遠藤さくらは「サヨナラの意味」の齋藤飛鳥と同様に、これ以外にないと思えるほどに納得感のある人選だし、「最後のTight Hug」には秋元真夏、「しあわせの保護色」には大園桃子・梅澤美波というのもこれに近い印象である(秋元は卒業コンサートでの選曲であるが)。
 「帰り道は遠回りしたくなる」は西野七瀬の卒業直後のミニライブでは秋元がセンターを務めたのち、「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」では遠藤が目に涙を浮かべながらセンターで演じたのが印象深いが、ここから現在までは与田祐希とうまくイメージを分散させているような形だと思う(あるいはむしろ、アンダーライブで佐藤楓が選曲しているイメージのほうが強いくらいだ)。

 これほどまでに、“卒業センター”楽曲はていねいに扱われるべきものである(とみなされている)がゆえに、それはある意味ではグループの手足をしばりかねない。しかしやはり一方で、グループにおいて絶大な存在感のあったメンバーの卒業の花道となるだけでなく、そのたたずまいを卒業後にもグループに残すという意味でも、それが果たす特別な役割もある。
 そんなことを考えつつここまで振り返ってきたが、それをふまえれば曲数としては適度であるようにも思われ、かつその披露機会が少ないことは裏を返せば現役メンバーの存在感でしっかりとステージをつくっているということでもあろう。改めて見てみると、良いバランスだな、と感じた。

 すべてを生駒の功績のように扱うのは見方が単純すぎるが、存在感が大きく活動期間も長かった1・2期生のメンバーがあれだけいたなかで、“卒業センター”のシングルがこの数におさえられていることにもグループにとって無視できない意味があり、そこにはあのとき生駒が2列目に立ったこともいくぶん作用しているのだろうな、と思う。

[12]選抜人数の増加と欅坂46の“全員選抜”
——史上最後の“16人シングル”を経て

 2016年夏のシングルであった15thシングルでは齋藤飛鳥をセンターとした16人のフォーメーションがとられた。メンバーの出入りとしては、前シングルの選抜メンバーから卒業した深川麻衣、および伊藤万理華・井上小百合が外れ、北野日奈子・中元日芽香が加わった形である。
 万理華は5作ぶり、井上は4作ぶりのアンダーであり、両名ともにキャリア最後のアンダーであった。選抜からは外れた一方、このふたりによるユニット曲として「行くあてのない僕たち」が制作され、加えて映像特典では33分の同名ショートムービーも制作されている。「アンダーライブ全国ツアー」も軌道に乗ったというにはまだ早い時期であり、明確な役割を用意した上での“人事”だったということもできるだろうか。
 15thシングルが史上最後の16人による選抜フォーメーションとなっており、次作では当時史上最多となる19人によるフォーメーションがとられている。以降現在まで、少ないときでも18人の、おおむね20人前後とまとめられる人数で、選抜メンバーの規模は推移している。

【15thシングル表題曲「裸足でSummer」】
北野 星野 若月 生駒  堀  中元
高山 衛藤 松村 秋元 桜井
橋本 西野 飛鳥 白石 生田

【15thシングルアンダー曲「シークレットグラフィティー」】
川村 山崎 純奈 川後 鈴木 和田 相楽 佐々木 かりん
ちはる 優里 新内 中田 能條
寺田 万理華 樋口 井上 渡辺

 時代感としては、この年の春にデビューした欅坂46が2ndシングルをリリースしていたくらいである。欅坂46は、かつてAKB48に対して乃木坂46が行ったように、乃木坂46のシステムをトレースするような形でグループの運営が行われていた。
 欅坂46も当初は16人程度の選抜制をとる構想だったともいうが(「土田晃之 日曜のへそ」2016年3月6日)、デビュー時に欅坂46(漢字欅)として20人+けやき坂46(ひらがなけやき)として長濱ねる1人という、乃木坂46より全体の規模の小さい編成であり、結果としてデビューシングルは漢字欅20人による“全員選抜”の形となった。2016年5月にひらがなけやき1期生が加入し、全体で32人という乃木坂46の結成時とほぼ同じ規模となるが、この体制がスタートした2ndシングルでは長濱を漢字欅との「兼任」の取り扱いとしたうえで、漢字欅21人での“全員選抜”となる。
 こうした経緯に、オリジナルメンバーであるという特別感も加わって、メンバーもファンもこの“21人”という数字を、長らく特別なものと扱い、なんなら執着していくようになる。そこにはもちろん、漢字欅が“全員選抜”のフォーメーションをとり続けたことも作用していただろう(最終的に、6thシングルの制作まで、欅坂46は“21人”の体制を維持することになる)。
 直接結びつけて語るようなことではないと思うが、この“21人”体制を見てから乃木坂46のフォーメーションを見ると、逆にあえて選抜メンバーを少なく絞っているような印象を受けることもあった。こと当時は、アンダーにも選抜と同じくらいの人数がおり、むしろアンダーの人数のほうが上回っていた。結果として16thシングル以降(時期としては欅坂46の3rdシングルに重なる)、乃木坂46の選抜メンバーの規模もこれに近づいていくことになる。

■ 欅坂46と選抜制
 欅坂46においては、その歴史のなかで合計3回、選抜制の導入が立ち消え(またはそれに近い形)となっている。1回目が先述のデビューの時期であり(これを立ち消えというのは少し言葉が強いが)、2回目は5thシングルのタイミングである。
 このときはひらがなけやきが2期生を迎えた一方、ひらがなけやき1期生の5人7が“選抜入り”とされたものの、その話は公となる前に立ち消えとなったのだという8。結果として、長濱を漢字欅専任としたうえで、漢字欅21人による“全員選抜”のフォーメーションとしてシングルが制作されている。もとは漢字欅を“選抜”、ひらがなけやきを“アンダー”として扱うという構想であったとみることができ、このことはひらがなけやき2期生について、オーディション時点では「追加メンバー」と表現され、2期生という取り扱いではなかったこととも符合する。多忙の状況から長濱の兼任続行は難しい状態だったともいい、その点もあわせて解消する構想であったと想像できる。
 3回目は発売に至らず幻となった9thシングルであり、「選抜制の導入」が公言され、選抜発表の模様も放送されていた。シングルが幻となった最初の直接的な理由はMV撮影に台風が直撃したこととされており、選抜制についてメンバーは(それに続いてファンも)どうにか受け止めようとしていた。しかし再設定されたMV撮影日にセンター・平手友梨奈が「どうしても表現ができない」として現れず、リリースに至らないうちにコロナ禍を経てグループ改名があり、櫻坂46は「欅坂46の頃からも大切にしていた、“全員で楽曲を届ける”という思いを込めた編成(公式サイト)として、選抜制とは異なるとする体制をもって再スタートする形となる。

[13]“全員選抜”の夢/“分断”の克服
——「“分断”のないグループ」はあるか

 「選抜制はメンバーを分断するもので、“全員選抜”にはそれがなく、より望ましい」のような見方がある。論理としては通っていると思うし、心情は共有できる見方である。“全員選抜”というストーリーには甘美な魅力があり、筆者は欅坂46をデビューから追っていたから、多くのファンと同じように、それがグループの美点だと思っていた。
 しかし一方で、選抜制にも一定の合理性や機能がある。選抜制がとられていようといまいと、大人数のグループは必ずしも全員を揃えて活動できるわけではない。個人での大きな仕事はファンも名誉なことととらえるし、学業や体調との兼ね合いで不在となることももちろんある。そして、やがては卒業などの形でグループを離れていくメンバーもいる。
 そうしたときに、ひとまず誰かがそのポジションに入ることができれば、パフォーマンスの規模感やクオリティはおおむね維持される(だからこそ、そうしないことにも意味がある、という側面もあるが)。体調不良のメンバーは近々の復帰が期待されるが、卒業メンバーはもう戻ってこないから、それによる空きポジションは時間が進むとともに単調増加していく。そうしたポジションに入ることを期待されるのは多くの場合で新加入のメンバーかもしれないが、それだけでどうにかできるものではない(最初の「BACKS LIVE!!」を経た時期以降現在までの櫻坂46を想起すると、それがわかりやすい)。
 乃木坂46においては、そうして生まれる空きポジションにアンダーメンバーが入るという構造が長らくとられ、それがわかりやすくもあった(ライブはもちろんだが、音楽番組が注目されやすい)。アンダーのなかでもスキルが高いとされるメンバーが重用される向きがあり、それはかつては川村真洋や中田花奈であり、近年では阪口珠美がその代表といえるだろうか(その間にはアンダーにおけるポジションが反映された人選がなされていた時期もあったと記憶するが、現在はその印象はいくぶん軽減されているように思う)。鈴木絢音は「インフルエンサー」なら「全ポジ行ける(「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」2022年7月14日)状態だったともいう。
 そうしたメンバーによってグループが支えられていた一方、特にメンバーの体調不良は急に生じるものであり、そこからアンダーメンバーに急に声がかかり、急ごしらえで練習をしてポジションに入るので大変、とはっきり語られることもあった。それは裏を返せばオリジナルのポジションがあることの大きさであるともいえ、“分断”ないし“格差”を物語るエピソードのひとつであるかもしれない。

 これをふまえて欅坂46について思い出すと、わかりやすくポジションに空きが生じたほぼ最初の例は、2017年4月に今泉佑唯が活動休止に入ったことによるものであった。4thシングル「不協和音」のリリース直後であったこのときは、今泉のポジションをはっきりと空ける形で乗り切られることになる。
 この年の全国ツアーでグループは平手友梨奈の休演の際にセンターポジションを埋められないという事態も経験し、やがて離脱しているメンバーがいることが恒常的にもなると、センターを含めたフォーメーションがそのたびごとに調整されるようになる。こうした例を参照したうえで「“アンダー”がいなくてもチームの力で空きをつくらず乗り切ることができる」という反論も成り立つかもしれない。
 ただ、フォーメーションの人数が一定以上に減少するとパフォーマンスの規模感が変わってしまう。メンバーの卒業と加入を繰り返しながらグループの規模を保つことを前提とするならば、そこもある程度は維持しなければならない。舞台出演により4人の欠席メンバーが出た2018年11月15日の「ベストヒット歌謡祭」では、「アンビバレント」にひらがなけやきから4人が加わるというきわめて珍しい措置もとられたし9、この年の12月にはプロフィールの公開から間もない2期生が「アンビバレント」に加わっていく形がとられる。

 その後、欅坂46はシングルのリリースが滞り、2期生を含んだ形で制作された楽曲が世に出ない時期が続く。こうした時期にもライブは重ねられる一方、空きのポジションは増えていき、まずは先輩メンバーのポジションに加わっていく形で、2期生はグループに合流していくことになる。
 こうした時期を経て行われたのが9thシングルでの「選抜制の導入」だったのだが、このときに選抜外とされたメンバーは9人(選抜メンバーは17人)であり、どうにか選抜制という形ではなく軟着陸できなかったのか、という気もしてしまう人数比であった。しかしその後まもなく、いわゆる“新2期生”の配属も控えていたことを考えると(「坂道研修生」のプロフィールが公開されたのは、この選抜発表の模様が放送された前日のことである)、全員で動き続けるのはあまり現実的ではなかっただろうと思う。
 かといって、1期生によるフォーメーションのなかに何人かずつ2期生を加えていき、最終的には全員が合流することを想定するというのも、ちょっと違ってくるように思う。“分断”を回避するという点ではあまり意味がないし、そもそもそれは、蛇蝎のごとく嫌うファンも散見される、乃木坂46・2期生が経験した研究生制度とほぼ変わらない。
 これに近いことを行っていたのが4期生の合流から27thシングルまでの乃木坂46なのだが(この時期のフォーメーションの変遷については後述する)、これは「4期生」というくくりでの稼働がかなりあることを前提として成立していたように思うし、本稿冒頭で引いたように、28thシングルでアンダーメンバーに加わった際に金川紗耶は「アンダーメンバーとして認められて、乃木坂46になれたんだと」感じたという。このタイミングで選抜にいた4期生は7人、アンダーに合流したのが9人である。アンダーメンバーという集団がなければ、この人数を受け止めることは難しかったのではあるまいか。
 もちろん、空きポジションを埋めるメンバーをプールすることのみにアンダーの存在意義があるわけでもない。「逆境から生まれたコンテンツ(山崎怜奈、2017年「アンダーライブ全国ツアー2017〜関東シリーズ 東京公演〜」)とも表現されたアンダーライブであるが、“分断”という逆境が生み出したのはコンテンツにとどまらず、グループの幅広さでもあった。

 あるいは選抜制をとらなければその“分断”がないかというと、そこまでのことはいえないように思う。「選抜制ではない」とされていた時期の櫻坂46においても「表題曲を歌いたかった」と悔しさを表現するメンバーはいた。それは実質的に選抜制であると断じるとしても、何列かのフォーメーションをつける時点でそれはかなりデリケートなものをはらむことは確かだ。
 1-3期生による“全員選抜”体制のもと、10thシングルで初めてフロントに立ったときのことについて、日向坂46・松田好花がこのように語っている。

——祝福してくれるメンバーはいましたか?
松田 フォーメーションのことは繊細で、メンバーそれぞれ思うことは違うだろうから、気を遣ってあえて触れないことが多いんですけど、「おめでとう」と言ってくれるメンバーがいてくれて。「絶対にフロントだと思ってました」と言ってくれる後輩もいたんです。自分のこともあるのに他の人にも目を向けられることが素敵だし、私もそういう人になりたいと思いました。


(『BRODY』2023年8月号 p.21)

 結局のところ、良い(=「ファンに見つけてもらいやすい」)ポジションに立てることの効果ないし喜びは否定しようもない、ないしは否定してはならないのである。どうにかしてポジションというしくみを無効化することができたとしても、曲を出せば歌割りがついてくるし、メディア露出や“外仕事”を均等に割ることもできないだろう。
 突きつめて考えていくと、どうやらやはりこの規模のグループに外形上の“分断”(ここではもう「選抜制」と言い換えてよい)を生じさせないのは無理なことであり、それがもたらす効用を享受しつつ、それとは異なる次元で“分断”の弊害を克服するしかないように思える。
 “全員選抜”は限られた状況だけでみることができる短い夢である、とでもいうことができようか。永遠に夢から覚めなければそれは歓迎すべき現実となるのかもしれないが、どうやらそうはいかないようである。目が覚めたらちゃんと歯を磨いて顔を洗い、手触りのある世界を生きていかなければならない。

 “分断”の弊害を克服するものは、究極にはチームの力である。メンバーが立ち位置をある程度納得して受け入れ、それぞれの力を100%発揮していれば、フォーメーションそのものは本質的な問題ではない。しかし現実には、個々のメンバーの受け止めのみに頼るのではなく、受け入れやすいフォーメーションを整えていく必要がある。
 話がいろいろと遠回りしてしまったが、乃木坂46においては、(選抜人数のキャップを外したような形であった)16thシングルあたりの時期から特に、とにかくその「受け入れやすいフォーメーションを整える」試みをメインとしてフォーメーションがつけられるようになっていったような、そんな印象を受けている(「受け入れる」主体は、第一義的にはメンバーであるが、それがわかりやすく達成されていれば、ファンもおおむねついてくるものである)。
 必ずしもその試みが、まったくの成功を続けてきたとも思わない。それは“分断”の弊害を克服するために、“分断”のしかたを変え続けるような絶望的な営みでもあり、個々の場面を切り出したときにすべてが最適解に近かったかというと、おそらくそうではない。しかしそれでもその絶望的な営みを根気よく続けることで、少しずつだがすべてが明るくなっていったような、そんな感覚がある。

 その試みの形はいくつかあるが、まず最初に現れたのはすでに述べた「①選抜人数の増加」であり、それとほぼ同時に「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」ことも行われる。そしてこれは「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」傾向と表裏一体の関係であるといってよい(この傾向はそれ以前からもみられるが、より顕著になってきているといえる)。
 あるいは「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」も、その試みのひとつであるといえそうである。さらに、これはフォーメーションの組み方にとどまるものではないが、「⑤『同期』の枠組みを重視する」こともまた、そこに含まれるものとみなせるように思う。
 また、選抜人数の増加は最大22人で頭打ちとなっているが、こうした動きと同時にグループを卒業するメンバーが恒常的に出ていることが、フォーメーションに動き(もしくは調整の余地)をもたらしているともいえ、それはどちらかというと、アンダーから選抜へメンバーを動かす方向の圧力として働いているように思う。
 以降の時期は、これらの観点をもとに見ていくと動きが把握しやすい。もちろんこれですべてが説明できるわけではないし、以後すべてで当てはめを試みているということでもないのだが、必要に応じて言及していくことにする。

[14]「体調不良」と選抜の椅子(前編)
——「失うものの大きさはわかっていました。それでも、もう限界でした。」

 選抜人数が19人に増加した16thシングルの選抜メンバーは、15thシングルの16人に、14th→15thで選抜を外れていた伊藤万理華と井上小百合、および4作ぶりの選抜入りとなる新内眞衣を加えた形であり、前シングルの選抜メンバー全員が選抜入りしたことになる(これは14thシングル以来2回目の出来事であった)。
 続く17thシングルでは選抜人数がさらに増加して21人となり、斉藤優里・寺田蘭世・中田花奈・樋口日奈が新たに選抜入りする。前作アンダーセンターの寺田が初選抜で、優里は5作ぶり、樋口は9作ぶり、中田は11作ぶりの選抜入りとなる。初選抜のメンバーが生まれるのは12thシングルでの新内以来で、ほか3人もかなり久しぶりの選抜入りであり、「乃木坂工事中」でこの4人をフィーチャーした企画が組まれるなど(#91「祝選抜入り パパに色々聞いてみました」)、大きなトピックして扱われた。
 選抜から外れた形となったのは、前作限りでグループを卒業した橋本奈々未と、体調不良にともない「体調不良のため17thシングル期間のグループ活動及び個人活動を休止」とアナウンスされていた中元日芽香であった(このアナウンスは、選抜発表の模様が放送される前日である2017年1月28日になされたものである)。学業によるものは過去にいくつか例があったが、体調不良を理由として休業し、シングルを不参加としたのは、このときの中元がグループとして初めてである。

【16thシングル表題曲「サヨナラの意味」】
中元 井上 新内 桜井 生駒 星野 北野 万理華
若月 松村 堀 飛鳥 衛藤 秋元
高山 西野 橋本 白石 生田

【17thシングル表題曲「インフルエンサー」】
新内 井上 寺田 北野 万理華 星野 優里 樋口 中田
若月 高山 生駒 生田 松村 桜井 
秋元 堀  西野 白石 飛鳥 衛藤

 それまでにも、体調不良を理由に活動を休止したメンバーはいた。代表的な事例は2016年7-8月の約1ヶ月間をキャプテン・桜井玲香が活動休止し、「真夏の全国ツアー2016」地方公演を休演する形となったことである。桜井は15thシングルの発売日をグループから離脱した状態で迎えることともなったが、8月28-30日の明治神宮野球場公演(「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」)より活動に復帰している。
 また、2014年には橋本奈々未が、アナフィラキシーの症状が出て「真夏の全国ツアー2014」初演の大阪公演後に一時入院。この年の全国ツアーは5都市9公演を8月後半の半月で回りきる形であり、福岡・宮城・愛知での6公演を休演し、千秋楽となる明治神宮野球場公演にはアンコールで挨拶をしたのみの出演となった。
 橋本は幼少時から身体が強いほうではなく、「病院とは仲良しの子だった(『悲しみの忘れ方』ナレーション)という。アレルギー体質とは、この後もずっと付き合いながらの活動であったことがうかがえる(『ドキュメンタリー〜サヨナラの意味〜』)。そのなかで、「真夏の全国ツアー2014」からの離脱については「広がったなと思いました、(他のメンバーとの)差が。」と感じたといい、「ライブだったりプリンシパルだったり、いろんな事情があって『出れません』ってなったあとに、『乃木坂を辞める』っていう決断をする人が今まで多かった、その気持ちがわかって」「埋めようのない差が広がっているんですよ」と語る(『悲しみの忘れ方』)。橋本の冷静かつ率直な語り口でそれを聞いていると、グループとメンバーの現実として、そうした部分はあったんだろうな、と感じる。
 その後もこまごました離脱は少なくなかった橋本だが、長期にわたる離脱はみられないまま、キャリアを走りきる形となった。

 グループのなかでのポジション、つまり「選抜」や「センター」を、勝ち取るべき椅子として強調したとき、“勝ち取った”のちのその椅子は、守るべき存在となる。「センターは変わるもの」という見方はすでに主流となっていたとはいえ、「選抜」については雰囲気が異なる。それはそのたびごとにスタートを切る短距離走で決められるのではなく、前回との連続性を保った形で決められるもので、それを断ってしまうことは大きな意味を持ち得た。
 結果として上掲の例における桜井と橋本は、“選抜の椅子”を空けるシングルをつくらないまま、グループに戻ることとなった。フォーメーションについては発表のタイミングの問題もあるから、ある意味ではそれをはかった面もあるのかもしれないし、単純に運がよかったということなのかもしれない。
 ただ、休業期間の長さが果たして適切だったのかは、正直よくわからない。学業ほど休業すべき期間が明確でないことは確かだが、それがそのぶん慎重になるというよりは、むしろ最短で復帰する方向に作用しているようにも見える。直接関係のある話として言及するのではないが、「働き方改革」という語が国策として出現したのは2016年9月である。中元は「インフルエンザ以外は仕事を休む理由にはならない。骨折だってタクシーに乗って現場に来ることはできる」とかつては考えていたというが(『ありがとう、わたし』p.66)、それを大声で言うか控えるかのスタンスの違いこそあれ、そうしたとらえ方は一般にも強かったのではないだろうか。

 そうしたとらえ方は、「ひとたび離脱してしまったら、選抜の席はもうない」というような発想に結びついていく。

 やっとの思いで摑み取った選抜の席。戻ってきたらもうなくなっているだろう。身体をボロボロにして、進学の道を断って、友人と遊ぶことも諦めて、ようやく手に入れたポジション。何ものにも代えがたい宝物でした。

 失うものの大きさはわかっていました。それでも、もう限界でした。


(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.93)

 中元は当時の自身について、自分をいたわるという発想がなく、追い込みすぎていた、のように振り返っている。もちろんそうした面もあるのだろう。しかし、メンバーの認識は、ファン総体の認識を反映してもいる。「やっとの思いで摑み取った選抜の席」が、「戻ってきたらもうなくなっている」、そう思っていなかったファンがどれだけいただろうか。
 ファンの側に過剰に罪をなすりつけたいのではない。長年にわたって中元と一緒にファイティングポーズをとり、選抜入りを願ってきたファンは、「あの頃のようにまた選抜に入れる」と、戻ってきた中元に対して確信できただろうか。他のメンバーの選抜入りを願ってきたファンは、「無理して中元が選抜で活動するより、自分の推しメンがそのポジションに入ってもらいたい」という感情から、果たして自由になれただろうか。
 そうした心の動きを生んでいるのは“分断”の構造そのものであり、であるからこそ、その機能に着目しつつも、その弊害の克服を試みることが必要とされたのである。 

ひめたんと一緒に選抜に入れなかった事

もしひめたんが活動休止してなかったら
自分は選抜に入っていたのかという事

それを思うと
筆舌に尽くし難いほど苦しい

ひめたん大好きだから
ひめたんと一緒に活動したかったから

けど、今はゆっくり休んで
早く帰ってきてね


(中田花奈公式ブログ 2017年1月30日「17カナ?1418」)

■ グループの代表曲「インフルエンサー」
 選抜メンバー21人という新たな編成で臨まれ、振付にSeishiroを迎えて「過去最高の超高速ダンス」(参考)で臨まれた「インフルエンサー」は、この年の日本レコード大賞を受賞し、グループを代表する曲となっていく。3月のリリースに前後の時期を経て、年末の音楽番組の時期にもかなりの回数が披露されることになったが、この時期には卒業を控える伊藤万理華が最後のライブを終えており、また北野日奈子が休業に入っていたため、このふたりのポジションがさまざまな形で埋められることになった。
 2017年11月16日の「ベストヒット歌謡祭」では万理華のポジションに渡辺みり愛が、北野のポジションに山崎怜奈が入る形がとられ、12月4日の「日本有線大賞」では万理華のポジションに鈴木絢音が、北野のポジションには同じく山崎が入る。12月23日の「ミュージックステーションスーパーライブ2017」では、この日が最終活動日であった万理華がサプライズの形で出演したほか、北野のポジションに相楽伊織が、若月佑美のポジションに能條愛未が入る。こうした変遷があったのちに、「日本レコード大賞」「NHK紅白歌合戦」「CDTVスペシャル!年越しプレミアライブ2017→2018」では北野のポジションに鈴木が入り、万理華のポジションには中田花奈が動いた上で、中田のポジションには能條が入った。特に“レコ大”はのちのちまで語られ続けている出来事であり、この時期の「インフルエンサー」といえばこのフォーメーション、というイメージが強くなる。
 なお、「ベストアーティスト2017」(11月28日)での披露楽曲は「いつかできるから今日できる」、「2017 FNS歌謡祭 第1夜」(12月6日)での披露楽曲は「逃げ水」であった。

 振りの難度の一方で、「インフルエンサー」はリリース当時からグループ全員で取り組む曲としての扱いもされており、アンダーメンバーは「アンダーライブ全国ツアー2017〜関東シリーズ 東京公演〜」(2017年4月20-22日)で演じ、3期生も「三期生単独ライブ」(5月9-14日)の各公演で演じた。これをふまえて、「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演では全メンバー10によって披露されている。
 ダンスの「史上最速」が強調された時期においては、選抜メンバーや3期生について「泣きながら振り入れをした」というようなエピソードが披露されることも多かったものの、これ以降の後輩メンバーは、「インフルエンサー」の振り入れをして初めて乃木坂46としてステージに立てる、とでもいうような、通過儀礼的なものとしてこの曲を演じていくことになる。2018年12月に加入した4期生11人は、初めてのステージである「4期生お見立て会」(2018年12月3日)で演じており、坂道研修生での活動を経て2020年2月16日に乃木坂46に配属された、いわゆる“新4期生”も、初めてのライブである「坂道グループ合同 研修生ツアー」(2019年10月・11月)で演じている。また、「5期生お見立て会」(2022年2月23日)のセットリストにも加えられている。

[15] “1・2期”体制の完成と3期生の加入
——約3年半ぶりの新メンバー加入がもたらしたもの

 選抜人数の増加を受けて、16thシングルでは5作ぶりにアンダーの人数が選抜の人数を下回る16人となり(“ボーダー組”の正規メンバー昇格以来、ということである)、17thシングルでは当時史上最少の12人となる。
 「アンダーライブ全国ツアー」という枠組みは継続していたものの、これらのメンバーでのアンダーライブは東京に回帰し、16thアンダーメンバーでは1年ぶりの日本武道館公演(2公演)が行われ(「全国ツアー」の扱いではなく、「選抜単独公演」と対の「アンダー単独公演」として開催)、17thアンダーメンバーでは「関東シリーズ 東京公演」として東京体育館での4公演が行われる。前者のセンター(“座長”)は寺田蘭世が、後者では渡辺みり愛が務めた。
 寺田はアンダーライブのスタート以降で初めての「選抜経験のないアンダーセンター」となり、渡辺もこれに続く形となった。アンダーメンバーの減少にこうした状況も重なり、17thアンダーメンバーは「史上最弱」のキャプションを付されることにもなる。こうしたタフな状況のなかでもアンダーライブは安定感のある盛り上がりを見せ、東京体育館公演ののべ観客動員数約3万2千人(参考)は、2023年秋に横浜アリーナ3DAYSで行われた「33rdSGアンダーライブ」が約3万6千人(参考)で上回るまで史上最大の人数であった。

【16thシングルアンダー曲「ブランコ」】
純奈 和田 かりん 川後 佐々木 相楽
優里 山崎 渡辺 鈴木 ちはる
川村 樋口 寺田 中田 能條

【17thシングルアンダー曲「風船は生きている」】
川後 佐々木 和田 純奈 川村
ちはる かりん 能條 相楽
山崎 渡辺 鈴木

 これらと重なる時期にグループが経験したのは、3期生の加入である。3期生は日本武道館での「選抜単独公演」「アンダー単独公演」に続く形で、観客動員数約1万2千人という大規模な形で「お見立て会」を開催し、初ステージを踏む。そして「3人のプリンシパル」を経験したのち、17thシングルに「三番目の風」で参加することになる。
 あくまで筆者の肌感覚にすぎないのだが、こうした状況をふまえて、「2期生は不遇」のような声が、一部のファンのなかでにわかに高まっていたような記憶がある。総体として選抜回数が少なく、アンダーにいるメンバーが多いことや、それにともない参加曲数も少ないことなどは、それまでは相対的なキャリアの短さに帰してとらえることもできたし、あるいは“実力”をつければ状況は変わる、という世界観によって押しとどめられていたものもあったのかもしれない。
 しかしそのような形で3期生がグループに加わってきたことで、目に見えるもののなかから「不遇」といえる部分を取り出すことが容易になってきた。3期生には研究生制度は導入されなかったし、「お見立て会」についても、会場の大きさはグループの大きさを反映しているとしても、2期生はそもそも「お見立て会」そのものを経験していない(「16人のプリンシパル deux」でひとりずつお披露目)。この時点での2期生曲は2ndアルバム所収の「かき氷の片想い」だけで、MVが制作されていない曲だった(「三番目の風」にはMVがある)。

 ただ、この時期の2期生についていえば、自らの「不遇」をアピールするようなことはもちろんなかったし、むしろ「2期生」という枠組みを押し出すことも少なかった印象である。堀未央奈は選抜メンバーのなかで改めて存在感を発揮するようになり、16thシングルで2列目、17thシングルで1列目と、ポジションを前進させている時期であった。北野日奈子や新内眞衣は、選抜メンバーとしての活動に食らいつくことに重点があった頃といえるだろうか。
 そしてアンダーにいた2期生、特にセンターを務めた寺田と渡辺も、自らが2期生であることを粒立てるというよりは、アンダーメンバー総体を引き受けるようになっていく。寺田は「1+1が2だなんて誰が決めたんだ」「人生はそういうものではかってほしくない」というパンチラインが著名な日本武道館公演での“炎のスピーチ”のなかで、「ここにいるメンバー16人も、きっとまだまだ夢の途中」と語った。渡辺は“座長”として臨んだ東京体育館公演(3公演目)において、自らの好きな花であるというアイスランドポピーについて、その花言葉は「私が勝つ」である、と紹介したうえで、「私たちはもっともっと上に行けるんです。私たちは最弱なんかじゃない。私たちは勝ちます」と宣言した。
 グループのなかで先輩となった2期生が、よくいわれたようなフレーズでいうと「3期生のことを意識し、危機感を抱いていた」という面も、確かにあったのだと思う。しかしむしろ、後年のいま改めて振り返ってみると、3期生の加入をてこにして、2期生が1期生の側に合流した、という印象を強く受ける。
 その後4期生、5期生とグループが新たにメンバーを迎えていく一方、“1・2期生”がグループにその数を減らしていくなかで、はっきりと「1・2期生」とまとめられることも多くなっていったと記憶するし、1期生の側から「後輩というより盟友」のように称することもよくあった。3・4・5期生の体制で臨まれた「真夏の全国ツアー2023」を、メンバーが(3期生に限らず)「後輩だけで回る初めてのツアー」というように表現していたことも記憶に新しい。
 いつしか明確に形を帯びるようになっていた“1・2期生”という枠組みが完成したのは、3期生が加入した頃だったのではないかと思うし、そしてそれをもたらしたのは、この頃の2期生の振る舞いであったのではないかとも思う。

 一方で、2017年5月に3期生が単独ライブを行い、直後には「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演がブロックごとの「期別ライブ」の形で開催されたあたりから、「2期生」という枠組みそのものも徐々に意識されるようになっていく。
 こうした「期別」の構造にもとづいた活動については、4期生の加入後にさらに顕著になっていくので、その項でまとめて述べていくことにしたい。

[16]最後の“非卒業”ソロ曲
——グループのひとつの転換点として

 この次のリリース作品は3rdアルバム「生まれてから初めて見た夢」であった。収録シングルは3枚と少なく、新曲として17thシングルの体制での選抜曲(リード曲)、アンダー曲、3期生曲に加え、全メンバーによる「設定温度」、およびユニット曲7曲、そして齋藤飛鳥によるソロ曲「硬い殻のように抱きしめたい」が制作された。
 この「硬い殻のように抱きしめたい」が、乃木坂46にとって現状最後の「“卒業ソロ曲”でないソロ曲」となっている。すでに7年が経とうとしている、ということになる。今後も制作が予想されるような感じはあまりなく、すっかり「ソロ曲といえば“卒業ソロ曲”」というような認識となっている、ともといえようか。

 それまでに制作されていたソロ曲は、生駒里奈の「水玉模様」(2ndシングル)、西野七瀬の「ひとりよがり」(1stアルバム)・「ごめんね ずっと…」(11thシングル)・「もう少しの夢」(12thシングル)・「光合成希望」(2ndアルバム)・「釣り堀」(14thシングル)、生田絵梨花の「あなたのために弾きたい」(1stアルバム)・「低体温のキス」(2ndアルバム)・「命の真実 ミュージカル『林檎売りとカメムシ』」(15thシングル、ゲストパフォーマーとして俳優・坂元健児)、白石麻衣の「オフショアガール」(15thシングル)と、“卒業ソロ曲”として深川麻衣の「強がる蕾」(14thシングル)と橋本奈々未の「ないものねだり」(16thシングル)であった。
 生駒、西野、生田、白石、そして飛鳥の全員が、ソロ曲をあてがわれるより先に表題曲のセンターを経験しており、グループが生んだスターを改めてスターたらしめるためにソロ曲があてがわれていたような、そんな風にも映る(一時期の西野七瀬は「ソロ曲の女王」などとも二つ名されていた)。また、1st・2ndアルバムと、14th・15thシングルには2曲のソロ曲が収録されていたことにもなり、近年の感覚とはやや異なるトラックの使い方であるようにも思う。

 その後は中元日芽香の「自分のこと」以降、山下美月の「夏桜」までを入れれば13曲にわたって“卒業ソロ曲”のみが制作されているという状況である。グループのオリジナル楽曲のうちソロ曲は26曲、その半分をこえる15曲が“卒業ソロ曲”であるというところまできている。
 あえて楽曲(トラック)という“資源”を、ソロ曲の形で最も限られた数のメンバーに集中させる必要性も薄れてきたのかな、とも感じるが、それよりもこの時期を境に卒業メンバーが恒常的に現れ始めたことのほうが、背景としては強いかもしれない。ソロ曲の取り扱いからも、この時期にグループがひとつの転換点を迎えようとしていたということがわかる。

■乃木坂46 歴代ソロ曲太字は“卒業ソロ曲”)
・生駒里奈「水玉模様」(2ndシングル)
・生田絵梨花「あなたのために弾きたい」(1stアルバム)
・西野七瀬「ひとりよがり」(1stアルバム)
・西野七瀬「ごめんね ずっと・・・」(11thシングル)
・西野七瀬「もう少しの夢」(12thシングル)
・深川麻衣「強がる蕾」(14thシングル)
・西野七瀬「釣り堀」(14thシングル)
・西野七瀬「光合成希望」(2ndアルバム)
・生田絵梨花「低体温のキス」(2ndアルバム)
・白石麻衣「オフショアガール」(15thシングル)
・生田絵梨花「命の真実 ミュージカル『林檎売りとカメムシ』」(15thシングル)
・橋本奈々未「ないものねだり」(16thシングル)
・齋藤飛鳥「硬い殻のように抱きしめたい」(3rdアルバム)
・中元日芽香「自分のこと」(アンダーアルバム)
・西野七瀬「つづく」(22ndシングル)
・衛藤美彩「もし君がいなければ」(4thアルバム)
・桜井玲香「時々 思い出してください」(24thシングル)
・白石麻衣「じゃあね。」(25thシングル)
・堀未央奈「冷たい水の中」(26thシングル)
・松村沙友理「さ〜ゆ〜Ready?」(27thシングル)
・高山一実「私の色」(28thシングル)
・生田絵梨花「歳月の轍」(ベストアルバム)
・新内眞衣「あなたからの卒業」(ベストアルバム)
・北野日奈子「忘れないといいな」(29thシングル)
・齋藤飛鳥「これから」(31stシングル)
・山下美月「夏桜」(35thシングル)

[17]大園・与田の抜擢と18thシングル
——「ひと夏の長さより/思い出だけ多過ぎて」

 続く18thシングルは2017年の夏のシングルであり、リリースは8月9日とやや遅かったが、これはちょうど「真夏の全国ツアー2017」の地方公演が始まるというタイミングであった。
 夏の恒例であったアッパーチューンの“夏曲”の色は、いくぶん3rdアルバムリード曲「スカイダイビング」に譲り、表題曲「逃げ水」はドビュッシーの「月の光」が挿入されるなど、幻想的な雰囲気も取り入れた曲調であった。そしてダブルセンターには、加入間もない3期生の大園桃子・与田祐希が立つことになる。

【18thシングル表題曲「逃げ水」】
万理華 新内 生駒 桜井 若月 井上 
星野 松村 生田 秋元 衛藤 高山
飛鳥 白石 大園 与田 西野 堀 

 選抜発表の模様が放送されたのは、「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演翌週の7月9日(「乃木坂工事中」#112)であった。3作ぶりのスタジオ発表の形がとられ、そのスタジオに置かれた大型のひな壇の最後列に3期生も座っていた時点で、多くの視聴者は3期生のセンター抜擢を察していただろう(そうした状況全体がある意味で堀未央奈の功績のようなものだったと筆者は思う、というのは、前述した通りである)。
 ただ、そのフォーメーションがダブルセンターで、そこに立つのが大園と与田、というところまでは、予想や期待を完全に裏切ってきたとはいわないまでも、多少の驚きがあったということも確かである。
 加入日に3期生の「暫定センター」に任命された大園は「三番目の風」と「思い出ファースト」でその任を果たし、「暫定」とするにはすでに時間が経っていたともいえるし、「3人のプリンシパル」では久保史緒里と山下美月が頭角を現していた。このシングル所収の3期生曲「未来の答え」、19thシングルのカップリング曲「不眠症」(歌唱メンバーは18th選抜+久保・山下)でこのふたりがダブルセンターを務めていることからも間接的に伺えるところだが、18thシングルはダブルセンター、と発表されて、まず久保と山下を思い浮かべたファンも多い雰囲気だったのではないだろうか。
 ともあれ、大園と与田をセンターとして、グループはツアーの地方公演を進行していくことになる。ふたりを“座長”とする向きはなかったように思うが、それでも各地方公演ではこのふたりが日替わりでスピーチをする機会が設けられ、戸惑って泣いてばかりいるようなイメージは払拭されたといっていいくらいまで、公演ごとにその成長が見られる夏であったように思う。“抜擢センター”を先輩たちが支え、同期メンバーもそのそばで活動した。そしてそのセンターは、ひとりではなくふたり。4年前とグループの構造が変わっていて、それはおそらくグループ全体の成長ないし成熟であった。

 フォーメーション全体でいえば、選抜メンバー全体の人数は21人から18人に減少し、さらにそこに大園と与田が加わった形であったため、このとき5人のメンバーが選抜から外れている。先に述べた傾向のひとつ、「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」ことの端緒がこのときである。
 ただその結果、大園と与田を除いた16人が14thシングルの選抜メンバーとほぼ一致(グループを卒業した橋本奈々未・深川麻衣を除き、新内眞衣を加えた形)といえる状況であったことは、「結局何も変わらなかった」のような印象も与えていたかもしれない。18th選抜メンバーの18人はその後誰も、一度としてアンダーメンバーとなっていない。そこから外れた5人は、その後も選抜とアンダーを行き来することになる。
 しかし一方で、この動きが「アンダーに動かすメンバーをつくる」「選抜人数を絞る」のような、フォーメーション表のみから見てとれる範囲の“人事”だったかというと、必ずしもそうではないようにも思える。
 明治神宮野球場公演ではアンダーアルバムが「今秋」に発売されると発表されており、当初は18thシングルの体制でこれが制作される予定であったと伺えるメンバーのコメントもある(結果として発売は翌年1月で、19thシングルの体制)。そして18thシングルのアンダー曲は「アンダー」で、ツアーでもこの曲の主題に重ねながら、アンダーメンバーがグループの構造上厳しい場所に置かれながらも乃木坂46を高めてきた、という形で、ある意味ではその日々の“総括”が試みられていたようにも映った(それが平穏に成功していたとは思わないけれども)。
 アンダーメンバーもダブルセンターの形がとられ、そこには活動休止を経てグループに再合流していた中元日芽香と、選抜から外れた形となる北野日奈子が立つことになった。中元は体調が回復したからというよりは、「さようならを言うため」の復帰という意識であったといい(『ありがとう、わたし』p.104)、これを最後の参加シングルとしてグループを卒業していくことになる。

【18thシングルアンダー曲「アンダー」】
能條 相楽 川後 川村 佐々木 和田
中田 山崎 鈴木 かりん 純奈 ちはる
樋口 渡辺 中元 北野 寺田 優里

 この夏の北野についてはほかでもさんざん書いてきたので、あまり深入りしないようにしたい。しかし振り返るたびに、彼女自身も前年ごろから不調を自覚していたという北野に向かって、ゆっくりと隕石が落ちていくような、そしてそれを黙って見ているしかないような、そんな気分になる。
 隕石がそこに落ちないようにするためには、それが見えたときにはもう遅くて、もっと前に、星の巡りから変えなければならなかったのだと思う。それこそあの夏のファンコミュニティに轟々ととどろいていたように、あの夏の一瞬に対して非難を叫ぶのは簡単で、でもじゃあどうすればよかったかというと、わからない(だからこその絶望がある)。ただひとつの光明は、北野がそれでもやがて立ち上がって、そのキャリアを完走したということである。

 18thシングルはこれら以外にもかなりコンセプトがはっきりしたつくりであり、選抜メンバー楽曲の「女は一人じゃ眠れない」「ひと夏の長さより・・・」「泣いたっていいじゃないか?」と、2期生曲「ライブ神」・3期生曲「未来の答え」という形で、いわゆるユニット曲がない。
 上記の選抜メンバー楽曲3曲はタイアップ曲でもあり、「女は一人じゃ眠れない」はMVの世界観が映画『ワンダーウーマン』と重ねられ(イメージソング)、「ひと夏の長さより・・・」は歌い出しが「八月のレインボーブリッジ」と、「お台場みんなの夢大陸2017」が意識されている(テーマソング)。そして「高校生クイズ」の応援ソングであった「泣いたっていいじゃないか?」は、青春時代を描いた歌詞のみならず、センターポジションにクイズ好きを公言する高山一実が立つという形がとられている。
 また、「ひと夏の長さより・・・」は秋元真夏と松村沙友理のダブルセンターのフォーメーションである。いま振り返るとあまり特殊な感じはしないのだが、当該シングルの選抜メンバーが歌唱する楽曲について、フォーメーションが変更されて表題曲と異なるメンバーがセンターに立つ形とされたのはこのときが(おそらく)初めてである11

 秋元・高山・松村についていえば、ユニット曲および秋元の卒業ソングとして制作された「僕たちのサヨナラ」を除いて、オリジナルのセンター楽曲はこれらのみである。存在感からいえば表題曲のセンターもあり得たくらいだったし(卒業のタイミングでも、そうでなくても)、“お姉さん組”で卒業もあまり遠くないようにとらえられてもおり(まったくそんなことはなかったのだが)、何かしらの仁義を切るようなセンターポジションであるように感じていたことを覚えている。
 ただ結果として、そうしたポジション云々を超えて、2曲ともメンバーにもファンにも愛される楽曲になっていったように思う。夏の楽曲ということもあり、後年においてもセットリストに加えられる機会に恵まれているが、その少し切なげなメロディを聴くと、いまでもあの夏のことを鮮明に思い出す。

[18]「例外シングル」と「合流シングル」
——フォーメーションを“大きな絵”で見る

 19thシングル「いつかできるから今日できる」は、いささか特殊な位置づけのシングルであった。グループはこの年「あさひなぐプロジェクト」に大々的に取り組んでおり、2017年5-6月には舞台版が上演され、9月22日には映画版が公開されている。「いつかできるから今日できる」は映画の主題歌の位置づけであり、選抜メンバーには舞台版・映画版の出演メンバー全員が網羅され、舞台版の主演である齋藤飛鳥と、映画版の主演である西野七瀬がダブルセンターを務めた。
 舞台版にも映画版にも出演していない選抜メンバーは秋元真夏・高山一実・星野みなみの3人で(この3人は「乃木坂工事中」#124でヒット祈願ロケを行っている)、1・2期生のみによるフォーメーションであった。秋元・高山・星野とも前作の2列目から3列目に動く一方、伊藤万理華・井上小百合は初めて福神メンバーとなった。前作センターの大園桃子・与田祐希以外に選抜から外れたメンバーはおらず、北野日奈子・斉藤優里・中田花奈が選抜復帰の形となっている。史上最も、人選の理由を説明しやすいフォーメーションだったといえるだろうか。

【19thシングル表題曲「いつかできるから今日できる」】
新内 優里 星野 生駒 秋元 北野 中田 高山
若月 井上 松村 生田 万理華 桜井 衛藤
堀 西野 飛鳥 白石

 楽曲のタイトルは舞台版の時期から(映画版のプロモーションにともない)明らかになっており、シングルのリリース日も前作の8週後(2017年10月11日)と、史上最も短いリリース間隔となった。8月11日にスタートした「真夏の全国ツアー2017」地方公演でもなぎなたパフォーマンスとあわせてセットリストに加えられており、9月3日の「乃木坂工事中」選抜発表回(#120)よりもだいぶ早く、フォーメーションもほぼ明らかになっていた。これにともない、選抜発表についてはメンバーのコメントが一切ないVTRのみの形式であった。
 18thアンダーメンバーによるアンダーライブ九州シリーズは10月中旬の開催となり、ダブルセンター中元日芽香・北野日奈子の体調不良の状況をふまえて樋口日奈が前面に立つ場面も多く、アンコールでは樋口をセンターとする19thアンダー曲「My rule」がアンコールで披露されるなど、2シングルが併走するような期間となった。19thアンダーメンバーによるアンダーライブ近畿・四国シリーズは12月中旬の開催で、これは同シングルの体制で制作されたアンダーアルバム「僕だけの君〜Under Super Best〜」の発売に向かうくらいの時期であり、シングルのリリースはやや空いていた期間であった。

【19thシングルアンダー曲「My rule」】
相楽 佐々木 かりん 川後 川村 和田 純奈
能條 鈴木 山崎 ちはる
渡辺 樋口 寺田

 19thシングルは「あさひなぐプロジェクト」の一環としてリリースされた作品であったといえ、従前とは異なる力学でフォーメーションがつけられているという意味で例外的なシングルだったが、それによって選抜から外れるメンバーをつくらなかったという意味では、継続性にも配慮した形だったのかもしれない。
 もっともそれは「あさひなぐプロジェクト」がグループとして取り組まれたものであったがゆえに、おおむね選抜メンバーのみによって展開されたということの裏返しでもある(北野は舞台版の出演メンバーのなかで「次のシングル[18th]の選抜に私だけ選ばれなかった」という受け止めをしていたという[『希望の方角』インタビュー])。

 シングルのリリース間隔としては半年を空けてリリースされた20thシングル「シンクロニシティ」は、選抜・アンダーに3期生が合流した作品となった。選抜メンバーに加わった3期生は18thシングルダブルセンターの大園・与田と、久保史緒里・山下美月の4人である。初選抜の久保・山下も含めて4人ともが福神メンバーとしての選抜入りであり、やや積極的な措置であったともいえるが、18thシングルがダブルセンター体制であったことに続き、同じ境遇にある仲間をつくっておく意味もあったのかもしれない(「⑤『同期』の枠組みを重視する」)。
 シングルのリリースから間もなくグループを卒業した生駒里奈のポジションには、特に卒業直後の時期には梅澤美波が入ることが多かった。オリジナルのセンターである白石麻衣の卒業後にはセンターポジションに定着する梅澤であるが、この時期は「憧れの存在」と語る白石の背中を見る時期にもなったのかもしれない。梅澤は今作アンダーだがミュージカル「美少女戦士セーラームーン」出演のためアンダーライブへの出演がなく、次作以降は全シングル選抜メンバー(24th・25th以外は福神)のためアンダーのイメージがほぼないが、「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」ではアンダー側のチームに加わっている。

 「真夏の全国ツアー2018」のスタートの位置づけで7月に開催された「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」は、明治神宮野球場・秩父宮ラグビー場を選抜側/アンダー側のチームが往還して演じる「シンクロニシティ・ライブ」と称する形式で行われた。
 20thシングルは3期生の合流により、選抜21人・アンダー21人の合計42人で制作されており、この合計人数は現在に至るまで史上最多の数字である。前代未聞の「シンクロニシティ・ライブ」はこの人数感があって成立したものであるといえるかもしれない(生駒が卒業、久保が休演、このシングル不参加の北野がアンダー側のチームで参加のため、選抜チームは19人・アンダーチームは22人であった)。
 選抜・アンダーの人数バランスもよく、どちらも大きなステージを担うことができる状況のなか、そこにそれぞれ3期生も一度に合流したことで、人数の多さがグループがもつエネルギーの大きさに正しく結びついていたような、そんな印象をもつ。

【20thシングル表題曲「シンクロニシティ」】
井上 新内 高山 星野 若月 樋口 寺田
桜井 松村 久保 生駒 大園 衛藤 秋元
山下 堀 生田 白石 西野 飛鳥 与田

【20thシングルアンダー曲「新しい世界」】
能條 川後 吉田 佐々木 中村 和田 相楽
向井 かりん 岩本 純奈 阪口 ちはる 楓 
梅澤 渡辺 中田 鈴木 優里 山崎 理々杏

 タイトルに掲げた「例外シングル」は19thシングルで、「合流シングル」は20thシングルのことである。一般に通用する用語ではまったくないが、なんとなく雰囲気はつかんでいただけると思う。
 この2作にあえて共通点を見いだすとするならば、それぞれ違った形ではあるが、個別のポジションの力学ではなく、グループ全体で取り組まれた印象のあるシングルであるということだろうか。グループをあげて取り組まれた「あさひなぐプロジェクト」は、全メンバーが文字通り参加したというものではなかったものの、参加メンバー全員が19thシングル選抜メンバーとなるという形で、フォーメーションに従来とやや異なる秩序をもたらした側面があった(あるいは、そこから定義されたアンダーメンバーでアンダーアルバムの制作が行われたことも、その印象にいくぶん寄与している)。
 20thシングルは3期生の合流と「シンクロニシティ・ライブ」のタイミングだった、ということは前述の通りである。また3期生の合流は、研究生システムを経ずに一気に選抜/アンダーに加わるという点で、グループが初めて試みるやり方でもあった12。これもまた、ひとつの大きなプロジェクトだったといえるかもしれない。
 歴代のフォーメーションをまとめるにあたってメンバーごとの選抜回数を数えたりしていると、大きな動きとしてフォーメーションを見る意識がこぼれ落ちてしまいそうになるが、それぞれのフォーメーションをグループの歩みのなかに位置づけて把握することを常に忘れないようにしたい。そうしたことを、この時期を思い出すたびに再確認させられる(そのためにこの記事を書いているようなものだ)。

[19]「体調不良」と選抜の椅子(中編)
——メンバーの離脱と復帰はエンターテインメントの一部か

 20thシングルは北野日奈子が休業のため不参加となったシングルであった。2017年夏より不調の状態が続き、同年11月7-8日の東京ドーム公演を曲数を絞りながら参加したのち、11月16日に活動休止のアナウンスがなされていた。19thシングルの活動にはほぼ参加していないような状態であり、選抜メンバーであった「いつかできるから今日できる」や、年末の時期における「インフルエンサー」の音楽番組披露では、鈴木絢音がそのポジションに入る機会が多かった。
 2018年3月24日に「乃木坂46時間TV(第3弾)」にサプライズ登場する形で活動に復帰したのち、4月22日の「生駒里奈卒業コンサート」でステージにも復帰し、20thシングルの発売日(4月25日)時点では休業期間を終えていたといえる。同作は相楽伊織の最後の参加シングルでもあり、相楽と距離が近かった北野は、その最後の活動を見届けるためにと復帰した側面もあったようだ(『希望の方角』インタビュー)。楽曲の歌唱メンバーにはクレジットされていないが、2期生曲「スカウトマン」のMVには一部参加している。

 中元日芽香が体調不良を理由とする休業でシングルを不参加とした最初のメンバーであったことは前述したが、グループ内でいえばこれに続く例が北野だったことになる。北野が復帰後約4年にわたってグループでの活動を続けたことを考えると、そこから完全に復帰することに成功した最初のメンバーだったともいえるだろうか。
 ただ、現在とそこまで明確な差があるというわけではないものの、当時はまだ「できるだけ早く復帰しようとする」「休業中も活動から完全には離れない」というような雰囲気が強かったように思う。北野は休業発表時のブログで「今よりも状態が良くなったらすぐに戻ります(北野日奈子公式ブログ 2017年11月16日)と綴っていたし、休業中も(中元のグループ卒業などの事情があったものの)ブログを何度か更新していた。
 また「17thシングル期間の活動休止」とされた中元も、結局2ヶ月ほどで活動に復帰している。復帰回となった「らじらー!サンデー」は2017年3月19日であったが、これは17thシングルのリリース直前のタイミングであった。本人は「あまり長く休むと、かえって戻れなくなるような気がしました(『ありがとう、わたし』p.104)としていたが、もっと時間をかけて復帰をめざしたロールモデルがいれば違っていた未来もあったのかな、と思うと、いまでも少し切なくなってしまう(本人が「やりきった[同p.129]と綴っているのが救いだし、それ以上のことはないのだけど)。
 同時代的にいえば、2017年4月に活動休止に入った欅坂46・今泉佑唯は、活動休止期間にリリースされたアルバム「真っ白なものは汚したくなる」にも他メンバーと同様に参加しており13、表立っての活動を控えていたのみ、という印象があった。
 もう少し後の時期に目を移すと、2018年6月に「『真夏の全国ツアー2018』の全公演を欠席、21stシングルの活動を控える」とアナウンスがあった久保史緒里は、「その他の活動に関しては、本人の体調を考慮しながら続けていく予定」ともされており、専属モデルを務めていた『Seventeen』への出演はこの間も継続している。2019年4月に「ドラマ撮影との両立が困難なため、体調面を考慮し、23rdシングルの活動参加を見送る」という形でアナウンスがなされた山下美月も、内実としては「仕事を詰め込みすぎて身体を壊してしまった」という状態であったことを後年になって明かしている(「おしゃれクリップ」2021年11月28日)。久保と山下に関しては「“外仕事”に穴は空けられない」という向きも強かったように映るが、やはり現在よりもスパッと休まないような、そんな印象をもつ14

 あるいは、「(体調不良による)活動休止からの復帰」を積極的にエンターテインメントに組み込んでいるような点も、現在とはやや雰囲気が異なるかもしれない。中元の復帰が「らじらー!サンデー」、北野の復帰が「乃木坂46時間TV(第3弾)」と「生駒里奈卒業コンサート」であったことは前述の通りだが、これらはいずれもサプライズの形である。上でも述べた桜井玲香の「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」での復帰も、同様にサプライズの形であった。
 前述したメンバーでいえば、今泉も夏のツアーの最終会場である千葉・幕張メッセ公演にソロ曲「夏の花は向日葵だけじゃない」でサプライズ登場、久保も「真夏の全国ツアー2018」千秋楽公演のアンコールにサプライズ登場する形で活動に復帰している。山下は「乃木坂工事中」(#210)の放送内で「真夏の全国ツアー2019」からの活動復帰を宣言するメッセージVTRが流れる形で復帰しているが、これはツアー初演の地であるナゴヤドーム(現・バンテリンドーム ナゴヤ)の前でロケが行われたものであった。ほかにも、体調不良のため24thシングル期間の活動を休止し、「真夏の全国ツアー2019」も全公演休演としていた大園桃子も、ツアー最終会場の明治神宮野球場公演でサプライズで復帰している。

 少し話の角度が変わってしまうが、この後にあたるくらいの時期から、坂道シリーズは「ライブの場でのメンバーに対してのサプライズ告知」を行わなくなっている(もともと欅坂46[漢字欅]に対してはほぼ行われていなかったのだが)。その最後はおそらく日向坂46「ひなくり2019〜17人のサンタクロースと空のクリスマス〜」2日目(2019年12月18日)での東京ドーム公演開催発表であり15、おおむねコロナ禍以前/以後で分かれていると考えてよい状況である。
 アンコールなどのタイミングで急にVTRが流れ始め、メンバーが揃って振り返り、客席と一緒に驚いたり戸惑ったり喜んだりする、定番とさえみなされていたようなそんな情景がみられなくなってずいぶん経つ。そして、そう説明されているわけではないものの、そうした点からは「メンバーが落ち着いて活動できるようにする(サプライズで振り回さない)」というような方針を、感じる部分もある。
 日向坂46の東京ドーム公演は、当初「ひなくり2020」として開催が告知されたものの、コロナ禍による二度にわたる延期を経て、2022年3月に「3回目のひな誕祭」として実現に至っている。最初のサプライズ告知の際はメンバーが次々とへたり込んだり涙を流したり、ややオーバーなくらいのリアクションで驚きや喜びを表現していたことが(その後映像が繰り返し流されたこともあって)強い印象を残しているが、それとは対照的に、2年後の「ひなくり2021」でメンバーの口から笑顔で東京ドーム公演が告知されたことを、すごく象徴的な出来事として筆者は記憶にとどめている。

 「活動休止からの復帰」に話を戻すと、こちらはそこまで明確に取り扱いが変えられているわけではない。松田好花、宮田愛萌、小林由依、遠藤光莉は、ライブでのサプライズ復帰の形がとられている。早川聖来も、「らじらー!サンデー」への出演をもって活動を再開したという点では中元と同じだ。ライブやメディアへの出演にあたっては、まずはメンバー本人が準備をするものだし、「メンバーに対してのサプライズ告知」とは性質がだいぶ異なる。ただ、ここであげた例についても、スピード感をもって復帰するというよりは、以前よりそのタイミングが慎重にはかられていたというような印象をもつ(松田に関しては少し前のめりに感じた部分も、ないではなかったが)。
 早川の復帰についても、オリエンタルラジオ・藤森慎吾へのサプライズの形をとった中元とはいくぶん対照的に、出演者に優しく迎え入れられるような形がとられていたと記憶しているし、それも象徴的な出来事だったと思う。濱岸ひより、小坂菜緒、岩本蓮加、清宮レイ、賀喜遥香、林瑠奈、岡本姫奈、丹生明里、金川紗耶と、公式サイトやブログでの告知などをもっていくぶん静かに活動に戻るメンバーのほうが、徐々に多くなっているようにも映る16。あるいはまた、岩本(「活動制限」)や清宮(「一部グループ活動休止」)のような例もあるものの、「休むならばきっぱり休む」というような向きも強くなっているのではないだろうか。
 “現場”や“接触”をきわめて重視するアイドル文化にもとづく所作について、いくぶん軌道修正が図られているともいえるだろうか。これもやはり、「メンバーが落ち着いて活動できるようにする」という点では共通しているのかもしれない。

 いずれにせよ、「休んだら椅子がなくなる」という世界観は、北野〜久保あたりの時期でほぼ排されたといってよいように思う。これも時代の流れ、ということもできるかもしれないが、歴代のメンバーが体当たりで変えてきたものであるようにも思える。

[20] “飛鳥時代”と3年目のレコード大賞
——みんなが笑顔に、そして幸せに

 「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY3では、アンコールにおいて21stシングル表題曲「ジコチューで行こう!」と、アンダー曲「三角の空き地」が初披露されている。シングルのリリース日(2018年8月8日)まで約1ヶ月というタイミングであり、直前の「乃木坂工事中」(#162)では選抜発表の模様が放送されていたほか、披露日の日刊スポーツ特別版では中田花奈がアンダーセンターを務めることも公表されており、期待が高まるなかでの初披露であった。
 これに続く「真夏の全国ツアー2018」地方公演は、会場が前年までのアリーナクラスからスタジアム・ドームクラスにアップしている。「ジコチューで行こう!」のMVは表題曲として初めて海外での撮影が行われ(ミャンマー)、前年のタイ観光大使就任とシンガポール公演に続き、この年の12月には上海単独公演、翌年には台北単独公演がスタートするなど(上海、台北とも2年連続で開催)、グループの活動がスケールを増していた時期であり、もう少しいえば、「スケールアップさせることに注力していた印象のある時期」であった。
 これらはコロナ禍でおおむねリセットされているような格好であり、海外のファン向けにはグループが海外に出るよりは、この間に始まったライブの配信のほか、近年はインバウンドツアーで呼び込む形がとられるようになっている(2024年6月28日の香港公演が久しぶりの海外単独公演となる)。コロナ禍がなければどのような目算だったのだろうか、と考えることが、いまでもある。

 こうした状況で21stシングルのセンターに起用されたのが齋藤飛鳥である。1期生のキャリアは丸7年を数えようとしている時期であったが、飛鳥はまだこの夏に20歳を迎えるという頃である。同期もまだグループに多く残るなか、「次世代メンバー」などと扱われることはほぼなくなっていったものの、「キャラバンは眠らない」(22ndシングル所収)では「若手」とくくられるような、そんな立ち位置であった。
 飛鳥の単独センターは初センターであった15thシングル「裸足でSummer」以来で、またしても“夏曲”であったということになる。「坂道合同新規メンバー募集オーディション」が進行中であり、「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」を最後のライブとして斎藤ちはる・相楽伊織がグループを卒業したという頃でもあったが、21stシングル期(地方公演の時期と言い換えてもよい)にはグループの編成に動きがなく、比較的安定した印象のある時期であった。
 ただ、西野七瀬がこの年限りでグループを卒業したことに象徴されるように、1期生のグループ卒業が続いていくことが念頭に置かれるなかで、飛鳥がはっきりとグループを背負うような、そんな局面が増えていくことになる。
 西野の卒業シングルであった22ndシングルと、これに続く4thアルバムまでで、西野のほかに若月佑美、川後陽菜、衛藤美彩、伊藤かりん、斉藤優里と、多くのメンバーがグループを卒業(または卒業発表)しているなか、23rdシングルでは史上最多の22人のフォーメーションがとられる。前シングルからは5人のメンバーが外れる一方(卒業メンバー4人と山下美月)、2・3期生から6人ものメンバーが選抜に合流した。飛鳥はそのセンターに、みたび単独で立つことになる。

 あけすけにそうPRされたわけではもちろんないし、そのように語られることも多くなかったように思うが、「Sing Out!」は日本レコード大賞3連覇をかけた作品であった。レコード大賞の3連覇というのは特別な数字であり、達成すればEXILE・浜崎あゆみと並んで歴代最高に並ぶものであった。そしてあえていえば、乃木坂46が結成した2011年と翌2012年に大賞を受賞したAKB48も2連覇にとどまっている。グループとして、期するものがあったことは疑いない。
 「インフルエンサー」の大賞はグループの歩みが“たどり着いた”場所で、「シンクロニシティ」の大賞は、生駒里奈と白石麻衣が“引き寄せた”ものであったように見えていた。今回に限らず、賞を取るために作品がリリースされているのではない。それでも「Sing Out!」には、それを“獲りに行く”意志が見えたような、そんな印象をもつ。
 比較的多くの選抜メンバーで臨まれ、振り付けはSeishiroが務めるという点でも共通していたし、MVの監督を務めた池田一真も「シンクロニシティ」からの続投であった。あるいは、そこでセンターを務めた飛鳥は、“卒業センター”でもなければ、“抜擢センター”でもない。明確な定義がないのであまり好きではない表現なのだが、こうした場面でセンターに立つメンバーのことを「エース」と呼ぶのであろう。

 プロモーションの仕方も他に例を見ないような部分が多かった。5月1日の音源解禁(「乃木坂46のオールナイトニッポン」にて)および5月3日のMV公開に先駆け、4月25日にはメディア関係者向けの「視聴会」が実施され(参考)、少しずつ情報が世に出始める。MV公開日を5日前からカウントダウンする形で、公式Twitterに「教えて!乃木坂ちゃん。」という動画がアップロードされ(あと5日4日3日2日1日)、メンバーによって作品の魅力が語られたほか、楽曲やMVの一部を垣間見るような映像が小出しにされていった。
 また、リリースの直前には「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ」として横浜アリーナでの3DAYSライブが行われた(アンダーライブ/4期生ライブ/選抜ライブの形)。シングルごとに行うアンダーライブ、4期生の加入、斉藤優里・伊藤かりんのグループ卒業など、ちょうどライブ開催が求められるような状況でもあったが、「シングル発売記念ライブ」が珍しい形であったことは間違いない(類例として、日向坂46が「3rdシングル発売記念ワンマンライブ」を行っている)。
 「乃木坂工事中」でのヒット祈願回(#208-210)も、メンバーが全国をロケしてオリジナルMVを制作するという、(珍しく)プロモーション色の強いもので、番組オリジナルのMVがリリース後の6月に4週にわたって公式YouTubeチャンネルで公開されている。
 飛鳥個人としても、これに先立つ時期にはドラマ「ザンビ」の主演を務める形で「ザンビプロジェクト」のフロントに立ったほか、前年の「セブンルール」「情熱大陸」に続いて「アナザースカイ」に出演し、アイドルグループのなかの個人としてクローズアップされる場面も多かった。シングルのリリース週に発売された『BUBKA』2019年7月号では「Sing Out!」特集が組まれ、飛鳥は「“孤高の涙” 齋藤飛鳥」のキャプションとともに表紙を務め、インタビューを受ける。飛鳥の姿がいわゆるアイドル誌で見られた、ほぼ最後の時期でもあっただろうか。目次には、「この曲は『三度目の幸福』をもたらすのか?」というキャプションが付されてもいた。

 期待もハードルも高まりきっていたような状況だったが、結果として「Sing Out!」が大賞受賞作となることはなく、大賞ノミネート作品に与えられる優秀作品賞を受賞するにとどまったのは周知の通りである。ただ、それが「願いが叶わなかった、悔しいエピソード」のように語られているかというと、決してそうではない。ぴったりくる表現が見つからないが、「うまく受け身をとって着地をした」ような、そんな印象をもつ。
 この年の大賞受賞作はFoorin「パプリカ」で、どこまでも平和な雰囲気のなか、それを笑顔で見届けることができたことも大きかっただろうか。「Sing Out!」も、「みんなが笑顔にそして幸せになれるように、思いを込めて制作」された(公式サイト)作品である。筆者はファンとして、大賞受賞を願っていなかったわけではもちろんない。ただ、その“逃し方”としては理想の形だったような、そんな思いである。共感していただける方もいるのではないだろうか。
 あるいはグループのセンターとして期待を一身に背負った飛鳥が、その後も長くグループで活動し続けたことも、いくぶんその印象に寄与しているかもしれない。飛鳥の表題曲センターは、デジタルシングル「Route 246」を除けば、この次は卒業シングルの「ここにはないもの」であったことになる。この間、23rdシングル期を終えたあとの飛鳥はまず、この時期の新メンバーであり次のシングルではグループのセンターを任される遠藤さくらにぴったりとくっついて支えるところから始まり、同期の卒業を見送る場面も続き、コロナ禍の難局においてはグループを代表して発言する場面もみられるなど、ひとりのタレントとして活動の幅を広げつつも、グループ内でもその時々で形を変えつつずっと大きな役割を果たし続けた。
 あまり粒立てていうようなことでもないが、いずれは連覇も終わるものだし、もっといえば、活動の規模を膨張させ続けるにも限度がある。こと、メンバーの新加入と卒業が繰り返されることを前提とするグループである。それが必ずしもすべて望まれる事態であったとはいえないのかもしれないが、飛鳥が前面に立っていたこれらの時期にグループは独特の落ち着きを手に入れたように見える。そしてそのことが、秋元真夏と齋藤飛鳥が卒業前に最後に誇った「世代交代の成功」につながったような、そんなふうにも思える。

 乃木坂46と日本レコード大賞ということでいえば、翌2020年にもデジタルシングル「世界中の隣人よ」で優秀作品賞を受賞、2021年にも「ごめんねFingers crossed」で同じく優秀作品賞を受賞している。

【21stシングル表題曲「ジコチューで行こう!」】
高山 優里 若月 鈴木 星野 新内 井上
秋元 衛藤 大園 梅澤 岩本 松村 桜井
生田 与田 西野 飛鳥 白石  堀  山下

【22ndシングル表題曲「帰り道は遠回りしたくなる」】
優里 井上 楓 大園 理々杏  新内 高山
衛藤 秋元 堀 若月 星野 桜井 松村
梅澤 山下 飛鳥 西野 白石 生田 与田

【23rdシングル表題曲「Sing Out!」】
井上 楓 鈴木 岩本 阪口 渡辺 理々杏 新内
梅澤 北野 秋元 久保 松村 星野 桜井
大園 堀 生田 飛鳥 白石 高山 与田

[21]シャドーキャビネットの先へ
——「アンダー」は何であり、何でないのか

 この時期、アンダーライブおよびアンダーメンバーにも、明確には言い表しにくいが、ひとつの転換点が訪れていたといえるように思う。
 名古屋での永島聖羅卒業コンサートを皮切りに、東北シリーズ(14thアンダーメンバー)、中国シリーズ(15th)、関東シリーズ 東京公演(17th)、九州シリーズ(18th)、近畿・四国シリーズ(19th)、中部シリーズ(20th)、北海道シリーズ(21st)と続けられてきた「アンダーライブ全国ツアー」が、22ndアンダーメンバーによる関東シリーズ(東京・武蔵野の森総合スポーツプラザ メインアリーナ)で区切りをつけられている。県単位では訪れていないところも多いが(特に関東地方は東京以外を省いている形である)、学校教育などで採用されており、最も一般的と考えられる日本の八地域区分は網羅した形である一方、そうした趣旨も含めて、特に終了のアナウンスがなされているわけではない。
 23rdシングル体制でのアンダーライブは「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ」の一部として開催され、これに続き「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」(24th)、「アンダーライブ2020」(26th)、「アンダーライブ2021」(27th)と続き、ここから現在まではシングルのナンバリングをそのまま冠した形(ex.「34thSGアンダーライブ」)が続いている。

 ここで「転換点」と称しているもののうち最も大きいのは、アンダーライブにおける当該時期のシングル表題曲の取り扱いである。「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ〜アンダーライブ〜」以降は当該時期のシングル表題曲をセットリストに加えることは一切行われていない一方、それ以前には原則として行われていた。
 例外といえるのは近畿・四国シリーズで、このときは「いつかできるから今日できる」含め、表題曲が一切セットリストに含まれていない。ただ、「いつかできるから今日できる」はシングル期間が重なっていたような形であった18thシングルの体制で行われた九州シリーズで披露されている(「逃げ水」は演じられていない)。このほか、「アンダーライブ セカンド・シーズン FINAL!」で「何度目の青空か?」が演じられていない(他の表題曲は演じられている。また、「セカンド・シーズン」では「何度目の青空か?」も演じられている)例があったり、16thシングルの体制での「Merry Xmas Show 2016〜アンダー単独公演〜」では「全16表題曲をアンダーメンバー16人がセンターで演じる(くじ引き形式)」という形の全員センター企画が行われており、「サヨナラの意味」が選びとられたような印象は受けない例があったりするが、ともかく「当該時期のシングル表題曲を演じる」ことは、アンダーライブの一種の“型”であったといえる。
 単にセットリストに加えて演じるのみならず、「アンダーライブ サード・シーズン」では「命が美しい」が1曲目に据えられ、関東シリーズ 東京公演では「インフルエンサー」が本編最後で演じられるなど、印象深く用いられることも多かった。中部シリーズ・北海道シリーズ・関東シリーズではそれぞれ「シンクロニシティ」「ジコチューで行こう!」「帰り道は遠回りしたくなる」がアンコールで演じられており、“型”がより明確であったといってもよい。

 23rdシングルで選抜メンバーが史上最多となった一方、アンダーメンバーは史上最少の10人となっており、この体制で「Sing Out!」を演じるのも厳しかろう、のような見方もあるかもしれない。ただ、このときのセットリストには表題曲がまったく入っておらず、アンダー曲主体で構成されたものであった。この傾向はその後強まり、「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」および「アンダーライブ2020」では「歴代アンダー曲全曲披露」の形がとられる(前者ではアンダー曲以外の披露は「乃木坂の詩」のみ、後者ではアンコール・アフター配信でアンダー曲以外[表題曲を含む]も披露)。
 アンダー曲にひたすら傾注したような時期を経て、ファンからの選曲リクエストを募集した「アンダーライブ2021」を機にその傾向は少し緩められるものの、当該時期のシングル表題曲は引き続き演じられていない。近年寄りの表題曲がずっと演じられていない傾向でもあったが、「31stSGアンダーライブ」では「ごめんねFingers crossed」「君に叱られた」「好きというのはロックだぜ!」がアンコールで演じられ、「32ndSGアンダーライブ」では「ごめんねFingers crossed」が本編で演じられるなど、アンダー曲を主体としつつも、近年は再び幅がやや広がっている状態にある。

■「アンダー」の概念
 乃木坂46について語るうえで「選抜とアンダー」と当たり前のようにいうが、「アンダー(アンダーメンバー)」の概念は乃木坂46が“持って生まれた”といえるものである一方(使われ始めたのは2ndシングル期からであるが)、それはほぼ独自の概念(用語)であるといってよい。AKB48においては「1・2軍制」的な当初の構想が変更されてそれぞれ対等なチーム制(+研究生)、という編成となった、という経緯がある。また、乃木坂46が発足する直前くらいの時期に、目安として機能していた「総メンバー数48人」を超えるぶんの人数を「アンダーメンバー」とする構想が浮上していたというが、それは撤回されたのち新たにチーム4が創設される形となっている。これらが2011年6月までの出来事であり、文字通りの「アンダーメンバー」の概念は、直後に結成された乃木坂46が引き取ったような形になっている。
 また、たんに「アンダー」という場合、かつてAKB48グループにおいては劇場公演において選抜メンバーの代演を務める研究生のことを指していた。当初はこれが固定されていたが、2013年に固定制でなくなり、柔軟に代演が行われるようになったという。これ以後も代演メンバーのことを「(誰それの)アンダー」と称することは続き、筆者の感覚でいうと2016年ごろまでは乃木坂46・欅坂46でもファンコミュニティのレベルでは用いられていたように思うが17、現在ではこれはほぼなくなっており、「アンダー」といえばイコール「選抜外のメンバー」(実態としてはより複雑だが、概念として)として理解される状況だろう。
 AKB48グループにおける語感の近い用語として「アンダーガールズ」があるが、これはおおむね選抜総選挙において選抜メンバー16人に続く17-32位となったメンバーの総称であり、「ネクストガールズ」「フューチャーガールズ」、と続いていく形で用いられる(「アンダーガールズ」については、選抜総選挙とかかわりなく特定のカップリング曲の歌唱メンバーを指して用いられる場合もあった)。これに準ずる形でSKE48内にもカップリング曲を歌唱する「アンダーガールズ(A/B)」が設けられたが、まもなく「紅組/白組」という独自の枠組みに変更され、それも現在は残っていない(おおむね2013年まで)。NMB48では非選抜メンバーにカップリング曲が制作された場合のユニット名として(ざっくりいえば)用いられているが、常設の概念ではない(シングル28作中5作のみ)。なお、乃木坂46の「アンダーメンバー」においても、グッズの英語表記などでは「UNDERGIRLS」と訳されることがある。
 また、けやき坂46(ひらがなけやき)については、「欅坂46のアンダーグループ」のように当初説明され、いわゆる漢字欅としての欅坂46と対置されつつも、のちにはメンバーの“選抜入り”が構想されていたという点で乃木坂46でのアンダーメンバーの運用と重なる。しかしその構想が立ち消えになったことにより独立して活動するようになっていき、改名を経て日向坂46となっている、というのは前述の通りである。

 こんなに長々と「アンダー」まわりの概念について書いてきて結局何が言いたいかというと、乃木坂46のアンダーメンバーは、「選抜外のメンバー」であることのみが定義されており(「アンダー」の語感には「下位」みたいなものが含まれるが)、参照される先行事例のようなものはないということである。それが常設の集団とされ、やがてアンダーライブという形で独自の活動が継続されていくなかで、その性格であったり、内実であったり、グループ全体のなかでの役割であったりは変化し続けているように思う。
 当該時期のシングル表題曲をアンダーライブで演じることをやめ、アンダー曲への傾注がなされるという形で「転換点」を経験していたこの時期、そのステージにはすでに「アンダーライブ/アンダーメンバーらしさ」が明らかに存在し、定着していたし、新加入メンバーの合流以外でアンダー未経験のメンバーがそこに加わるというケースも稀であったから18、メンバーはそこに固有の自信を抱いてもいた。
 別に二大政党の一角として政権交代をめざすようなニュアンスではないのだが、当該時期のシングル表題曲が必ず演じられていたことは、選抜メンバーのポジションをいつでも担えるメンバーがそこにいることを示す、シャドーキャビネット的な役割を果たしていたように思う。別にアンダーライブで表題曲をやらなくなったからといって、アンダーメンバーによる代打出演がなくなったわけではないのだが、「選抜メンバーへの突き上げ」のようなニュアンスはなくなり、あくまでグループの一員としての役割になっていった、というような感じだろうか。
 それをどのように評価するかは人によるかもしれないが、アンダーメンバー/アンダーライブが新たなフェーズに入った時期だったといえるように思う。

 この時期で筆者が妙によく覚えているのは、「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」が特集された2019年10月20日の「JAPAN COUNTDOWN」である。一般視聴者向けに「白石麻衣や齋藤飛鳥がいない乃木坂46のライブ」のような切り口から紹介し、「それでも日本武道館や横浜アリーナも満員に」というように、「もうひとつの乃木坂」のように扱ったのち、「メンバーはみな選抜をめざして努力している」「齋藤飛鳥もかつては長らくアンダーだった」という説明を経て、楽曲「アンダー」をライブパフォーマンスで紹介。「当たっていない/スポットライト」という歌詞が強烈にクローズアップされてもおり、「まあ説明するとしたらそうなるかもしれないけど……」と、なんとなくモヤモヤしていたと記憶している。
 グループが生来もっていた構造と、メンバーの動きや内実と、ファンの認識や実感がそれぞれ一致しにくくなっている状況は、現在に至るまで大きく変わってはいない。ただ一方で、この頃の雰囲気のまま現在に至っているかというと、また違うようにも思う。その後の展開については後述することにしたい。

【21stシングルアンダー曲「三角の空き地」】
和田 川後 能條 中村 かりん 佐々木 向井
吉田 阪口 北野 寺田 渡辺 純奈
山崎 樋口 中田 理々杏 楓

【22ndシングルアンダー曲「日常」】
純奈 和田 中村 川後 かりん 佐々木 吉田
阪口 山崎 久保 中田 渡辺 向井
鈴木 樋口 北野 寺田 岩本

【23rdシングルアンダー曲「滑走路」】
吉田 向井 和田 佐々木 純奈
山崎 中村 寺田 樋口 中田

【24thシングルアンダー曲「〜Do my best〜じゃ意味はない」】
中村 和田 向井 吉田 佐々木 純奈
中田 阪口 理々杏 山崎 楓
鈴木 樋口 岩本 渡辺 寺田

[22]新センターと新キャプテンの誕生
——“納得感”と“予想外”の両輪

 続く24thシングルは新センターとして4期生の遠藤さくらが立つ“抜擢シングル”となり、加えてその両隣で賀喜遥香・筒井あやめも選抜入りする。その一方で選抜メンバーの人数は4人減って18人となり、山下美月が選抜に復帰したこととあいまって、卒業とかかわりなく8人ものメンバーが選抜から外れる形となったが、これは歴代最多の数字である(うち、井上小百合・大園桃子はシングル不参加の形)。
 3期生が合流した20thシングル以降が、「①選抜人数の増加」「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」(20th-22ndでは卒業・休業メンバーを除いて2人にとどめられており、23rdでは0人である)の傾向の時期であったとするならば、このシングルでは「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」のタイミングを利用して、「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」を行ったことになる。賀喜・筒井も選抜入りしたことも、「⑤『同期』の枠組みを重視する」として説明することができそうだ。大園桃子と与田祐希がダブルセンターであったのと同様、「遠藤をひとりにしない」ためのシフトであったようにも見える。

 ただ、遠藤に関しては、その前段階がすさまじかったように思う。4期生楽曲「キスの手裏剣」「4番目の光」でセンターを務めたのみでなく、それに先立って「お見立て会」では「インフルエンサー」のセンターに立ち、「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ〜4期生ライブ〜」では全員センターブロック以外のフォーメーションダンスでは一貫してセンターを務めた。「トキトキメキメキ」や「あらかじめ語られるロマンス」から、「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」や「世界で一番 孤独なLover」までセンターで演じた曲は幅広く、「ロマンスのスタート」や「ハウス!」などのライブの定番曲、グループの代表曲となっていく「きっかけ」などもそこには含まれ、全員センターブロックでは前年にレコード大賞を受賞した「シンクロニシティ」を選曲した。
 ファンコミュニティでよくある“推され”のやっかみや誹りを超えていくようなプレッシャーのかけ方だったように思うし、そうした采配そのものばかりでなく、その時期を凜々しくも謙虚に駆け抜けた遠藤のたたずまいもあり、誰もが遠藤のセンターを予想して迎えられたのが(「4期生がセンターなら、当然それは遠藤」くらいの温度感だったろうか)このときの選抜発表である(「乃木坂工事中」#215)。スタジオ発表の形式ではない一方で、バナナマンの両名がVTRを見る折衷的な形式がとられていたが、あっという間に終えられたような印象だった。かくしてグループに“新センター”が誕生する。それは18thシングルでの大園と与田以来のことであり、この間の表題曲のセンターはすべて1期生が務めていた。

【24thシングル表題曲「夜明けまで強がらなくてもいい」】
梅澤 北野 秋元 久保 高山 星野 新内
山下 生田 白石 松村 桜井 与田
堀 賀喜 遠藤 筒井 飛鳥

 この選抜発表に先立って、初代キャプテン・桜井玲香がグループからの卒業を発表している。「真夏の全国ツアー2019」がスタートした矢先というタイミングであり、やや唐突な発表であったといえる。ツアーの開始前には「今年のツアーはメンバーの卒業がからんでいないからめいっぱい楽しめる」のような趣旨の発言を、ほかでもない桜井自身がしていたとも記憶しており、ファンコミュニティには動揺が広がっていた19。選抜発表の放送と7月20-21日の福岡・ヤフオク!ドーム公演を経て、2代目キャプテンの人選がファンコミュニティの関心事になっていった。ただよっていた憶測をあえて書くのも行儀が悪いようにも感じるが、しかし確実に、3期生のまとめ役としてリーダーシップを発揮していた梅澤美波を新キャプテンに予想するファンが多かったように思う。しかしそう予想を立てたファンでさえ、その過半は「本当にそうなるとしたらやや時期尚早ではないか」と感じていたような、そんな雰囲気だっただろうか。

 8月14日の京セラドーム大阪公演では、前週にMVが公開されていた「夜明けまで強がらなくてもいい」がアンコールで初披露されるとともに、新キャプテンの発表もサプライズの形で行われている。周知の通り、2代目キャプテンとなったのは秋元真夏であった。筆者の印象ばかりで書いてしまうことをお許しいただきたいが、正直まったくの予想外であり、しかし提示されてみると納得の采配であったように感じた。
 「予想外」の内訳のうち大きな部分は、年齢が占めていたように思う。秋元には休業の期間があったとはいえ、1期生のキャリアが丸8年となろうとしているなか、桜井よりひとつ年上の秋元にキャプテンを継投するのは、筆者のような頭の硬いファンにはできない発想であった。4期生の合流と選抜入りもあり、「世代交代はどうしようもなく進んでいく」というような世界観が強まっていた時期であったように思う。ショートリリーフを投入するような役職ではない。人数が多く、黄金世代とも呼ばれた桜井らの94年組以上の年代のメンバーは、なんとなく頭から消してしまっていた。あるいは桜井自身も、「1期生に受け継ぐっていうのは予想外っていう方もたくさんいらっしゃると思う」と口にしていた。
 しかし一方で、発表の場で桜井が「乃木坂にとっての心の支え」と表現したように、“秋元キャプテン”は、グループの行く先に対して安心感をもたせる采配であったことも確かだ。目に涙をためながら進み出る秋元をメンバーが柔らかい表情で見守り、発表をどよめきとともに受け止めた客席に歓声が満ちる。グループの危機にあっても、「表でも裏でも、真夏はみんなのことを支えてくれて、つなげてくれて、そういう存在」だったと桜井は評したが、彼女がそれからの日々でグループに果たすことになる役割について、多くのファンがこのときすでに確信していたのではないだろうか。

■ “秋元キャプテン”のその後
 かくして秋元真夏は乃木坂46・2代目キャプテンとなり、2023年2月の卒業までその任を果たしていくことになる。彼女がグループに残したものの多さは言をまたない一方で、人事に明確な正解はない。例えば、グループにまだまだ多くいた1・2期生が梅澤キャプテンを強烈にサポートするような、そんな構造で進んでいくこともできたと思うし、そんな思い切りや熱さもアイドルカルチャーの一面ともいえる。
 ただキャプテン交代の約半年後には、新型コロナウイルス禍が世界を包むという予想だにしない事態が起こり、一時期はあらゆるエンターテインメントが「不要不急」のものとして「自粛」を求められることになる。こうしたなかで乃木坂46は、最初の緊急事態宣言のさなかで制作された「世界中の隣人よ」のリリースを経て「乃木坂46時間TV(第4弾)」(2020年6月19-21日)の生配信を行うことになる。テレビバラエティがリモート収録を駆使してどうにか総集編と再放送を脱したくらいの時期にあってそれはある種の挑戦であったし、配信内では医療従事者への感謝や未来に向けた「リスタートメッセージ」のコーナーが設けられるなど、ファンとして大言壮語的にいわせてもらえば、日本のエンターテインメントを背負うような、そんな意味合いを感じるものでもあった。グループが地に足の着いた形で進んでいたからこそだと思うし、もちろんキャプテンとして秋元はその真ん中にいた。
 キャプテン交代後の最初のツアーとなった「真夏の全国ツアー2021」は乃木坂46の“10周年イヤー”の嚆矢ともなり、10周年記念ベストアルバム「Time flies」を経た「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」では、満員の日産スタジアムのステージにサプライズで卒業生を迎えた。このとき現役の1期生は4人。すでにグループ最年長となっていた秋元がキャプテンとして迎える形をとったからこそしっくりきたような、そんな演出だったともいえるだろうか。
 また、グループの「10周年」がしきりにクローズアップされたこの時期、秋元はグループ自体ではなく“1期生”を代表してメディアで語ることも多かったが、このときにはもう最初の1年を休業状態で過ごしたことについて留保付きで語るようなこともなくなっていたように思う(「私たちは1期生として10年活動してきたので〜」のように言い切っていた、ということである)。キャプテン交代直前のバースデーライブであった「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」では「制服のマネキン」で合流する演出がつけられていたが、それとは隔世の感である。その頃にはすでに粒立てて語られるようなエピソードでもなかった気がするが、キャプテンとしての日々が最後のひと押しとして秋元を勇気づけたような、そんなふうにも見えた。
 「Time flies」のリリース直前にあたる2021年11月29日には梅澤美波が副キャプテンに就任し、秋元キャプテン時代の後半期はともにグループを支える立場となる。そこからさらに1年3ヶ月、“最後の1期生”となるまで秋元が走りきったからこその現在のグループの形であろう。「世代交代が難しいって言われている大人数のアイドルグループですけど、乃木坂はちゃんと世代交代ができたんじゃないかなって、自信をもって言えます」。卒業コンサートでまっすぐそう語った秋元の姿に、彼女がグループに対して寄せた無限の愛と献身が見えた。

 また、24thシングルではアンダーセンターを岩本蓮加が務めているが、これは3期生として初めてのことであった。
 20thシングルで3期生が選抜/アンダーに合流して以降、岩本はシングルごとにその間を行き来するという独特の動きをしている。次シングル以降は選抜メンバーとして定着することになり、このときが現状最後のアンダーメンバーとしての活動ということにもなるのだが、前述のように“アンダー曲への傾注”がみられていたのがこの時期である。その最たるものであった、アンダー曲全曲披露の「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」の中心にその岩本が立っていたということも、グループ全体にとって一定以上に意味があったのかもしれない。

[23]白石麻衣の2020年
——卒業がもたらしたもの、無効化したもの

 「シンクロニシティ」を坂道シリーズ3グループ合同で演じるという形で出場20した「NHK紅白歌合戦」で2019年が終わり、年明け早々の2020年1月7日、白石麻衣がグループからの卒業を発表する。25thシングルは、白石の卒業シングルとして制作される形となった。
 白石は後年、グループ卒業を考え始めたのは「25歳超えたぐらいのとき」であり、この時期に「(スタッフに卒業の意思を)言ったんですけど、『もうちょっといてほしい』って言われた」と明かしている(「なりゆき街道旅」2023年5月21日)。これを字義通りにとるならば、卒業の意思を伝えてから「シンクロニシティ」のセンターがあったということになる。20thシングルと25thシングルの選抜発表日を基準としてとるならば、2年近くの時間が経過していたことになる。特に近年においては、卒業の意思を伝えてから実際に卒業発表をして卒業に至るまで、かなり時間をかけてスケジュールの調整が行われているような印象をもつことも多いが、それにしても2年は長いな、と素朴に思う。
 長きにわたりグループを最前線で牽引してきた功労者の卒業にあたり、グループは最大限の花道を用意していた。“卒業センター”(表題曲のセンター、MVありのソロ曲)のシングルはもちろん、そのソロ曲「じゃあね。」は白石本人による作詞であり、これはグループとして史上初のことであった(これに続く2例目が山下美月の「夏桜」であったということになる)。5月5-7日に予定された卒業コンサートの会場は東京ドーム。2017年にグループが経験した東京ドーム公演より1日多い日程だったが、それから行われてきた「真夏の全国ツアー」やバースデーライブの規模を思い出せば、それでも足りないくらいであった21。白石が参加を予定した25thシングル唯一の全国握手会は、恒例の幕張メッセのみならず、あわせてZOZOマリンスタジアムまでが会場として用意されていた22

 そして何より、2月2日の「乃木坂工事中」(#243)で発表されたシングルのフォーメーションが驚きであった(先に挙げたあれこれより先にまずこれが発表されたのであるが)。白石をセンターとし、1・2列目に現役の1期生を11人全員並べる形で、これが「十一福神」となる(⑤「『同期』の枠組みを重視する」)。後輩メンバーは全員3列目の形となり(前シングルから筒井あやめが外れ、岩本蓮加および活動休止から復帰した大園桃子が加わって11人)、選抜メンバー全体としては史上最多タイの22人であった。

【25thシングル「しあわせの保護色」】
賀喜 新内 山下 久保 堀 大園 遠藤 岩本 与田 北野 梅澤
井上 和田 高山 秋元 樋口 中田
飛鳥 生田 白石 松村 星野

 19thシングルの項で「例外シングル」という語を用いたが、それにあたるものがいくつかあるとして、この25thシングルがその最たるものであったことは疑いないだろう。前シングルから選抜を外れるメンバーは最小限におさえられていた(そのことにより過去最多の選抜人数を更新することは避けられた形でもある)と評価できるとはいえ(「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」に準じる)、前述したように「福神」は、普段意識される枠組みではないものの(あるいは、だからこそ)、ある種の聖域のようにもなっていた。従来のフォーメーションの秩序とは、明らかに異なる「例外」であることは、誰の目にも明らかであった。
 11人の1期生が「十一福神」というのはいかにもちょうどよく感じられるが、オーディション合格時36人であった1期生が11人という数になっていたことは「もうこれだけしかいない」という印象をもたせるものであり、それはそのなかで最年長であった白石の長いキャリアを象徴してもいた。予想を裏切る驚きのフォーメーションは、いっぱんに急激な変化を好むとはいえないファンコミュニティにもおおむね肯定的に受け取られることになる。そのくらい白石自身が大きな存在だったし、そしてもう少しいえば、白石が活動してきた期間で「フォーメーション」や「ポジション」が新たな意味をもちうるものとして再定義されたことを表しているともいえるかもしれない。

 今作のフォーメーションがこの形であったことにより、フォーメーションに関する多くの記録が無効になっているような形である(それすら「例外」として処理するのは、白石の功績を無視することになろう)。
 久保史緒里、山下美月、与田祐希、遠藤さくら、賀喜遥香についていえば「選抜に入った上で3列目」であったのはこのときが唯一であり、堀未央奈も17thシングルでフロントのポジションに立って以降で3列目であったのはこのときだけである(22nd・26thシングルのみ2列目、ほかは1列目)。樋口日奈と和田まあやは今作が唯一の福神メンバーであり、和田は選抜入りが17作ぶりという状況でもあった。井上小百合の福神入りは6作ぶり、中田花奈の福神入りは2ndシングル以来23作ぶりである。

 シングルのトラック構成についていえば、“1期生全員選抜”に対応するような形で2期生曲「アナスターシャ」、3期生曲「毎日がBrand new day」、4期生曲「I see…」が制作されている。これをもって全メンバーがシングルに参加する形となったことにより(という説明が加えられたわけではないが)、今作は史上唯一アンダー曲が制作されず、アンダーメンバーが定義されないシングルとなった23
 アンダーメンバーが定義されないということは、アンダーライブが行われないということでもあった(はずである)。この点については憶測込みでナイーブな反応をみせるファンもいた雰囲気だったと記憶するが、商品概要の発表(=アンダー曲の制作がないことが判明)が新型コロナウイルスの感染拡大による「『乃木坂46のオールナイトニッポン』presents 乃木坂46 2期生ライブ」の開催中止発表と同日というタイミングおよび社会情勢であり、いずれにせよライブの開催どころではないような状況になっていったこともあり、間もなく曖昧になり霧消していったように思う。また、本作はこうした状況をふまえて、「乃木坂工事中」でのヒット祈願企画が行われなかった唯一のシングルともなった。

 白石の卒業は無期限延期のような形となり、結果としてグループ初の配信単独ライブとなった「NOGIZAKA46 Mai Shiraishi Graduation Concert 〜Always beside you〜」(2020年10月28日)をもって卒業する形がとられることになる。この間、グループ活動全体が停滞するなかでもあったが、白石は25thシングルの活動以後はグループからやや距離を置く形となる。しかし一方で、卒業を待たずに個人のYouTubeチャンネル「my channel」をスタートさせ、このなかでグループ活動が振り返られる場面が設けられ、参加しなかった「Route 246」の衣装を着用する姿を見せたり、改めて卒業が迫った時期には音楽番組に出演して代表曲をメドレーで演じたりするなど、卒業が延期されたからこそ生まれた場面もあった。朝のまどろみのなかで見る夢の続きのような、そんな時期だったように思う(無観客・配信ライブでの卒業という形に、まだいくぶん現実感を感じられなかったことも含めて)。

[24]4期生の加入と「期別」の構造
——現在の人数構成はどのように成立したか

 4期生がグループに合流したこの時期は、期ごとの人数バランスが良い時期でもあった。25thシングルの楽曲歌唱メンバー24でいえば、1期生が11人、2期生が9人、3期生が12人、4期生が11人であり、他の期と扱いを揃える形で久しぶりに2期生曲・3期生曲が制作される25、というのもしっくりきやすい編成だし、「乃木坂工事中」でも「秋の四つ巴対決」(#225・#226)では期別対抗の形、「団結力バトル!2020」(#249・#250)では「1期生対2・3・4期生」の形がとられるなど、期ごとのチーム分けがなされていたことが印象深い時期であった。「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2020年2月21-24日)でも、各日序盤のブロックで期ごとに1曲ずつ披露する形がとられていた。

 その後、コロナ禍で活動がストップした期間も挟みつつ26、メンバーの卒業やいわゆる“新4期生”の合流も経ながら、全体ライブののち期別の無観客・配信ライブを分散開催する形をとった「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」27あたりまで、人数バランスの良さを背景とした全期横並びの活動が続いていくことになる。その後は1期生・2期生の卒業が続き、そうした場面は減っていくものの、「真夏の全国ツアー2021 FINAL!」(2021年11月20-21日)では「乃木坂46の4世代」として各期ごとにパフォーマンスする場面が改めて設けられたり、ベストアルバム「Time flies」のプロモーションでは各期の代表が参加するような形がとられたりと、加入期はグループの歩みを把握するための主要なストーリーとして扱われ続ける。

 そして、5期生の加入を経たのちの「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2022年5月14-15日)では、冒頭で各期ごとにメンバーがステージに登場してくるという演出がなされる。その後の「真夏の全国ツアー2022」では、計5人となった“1・2期生”が「未来を担う後輩たちに何ができるか考えてつくった」ものとして、後輩メンバーをクローズアップした形のコーナーが設けられる28。この夏の30thシングルでは、3期生曲「僕が手を叩く方へ」、4期生曲「ジャンピングジョーカーフラッシュ」、5期生曲「バンドエイド剥がすような別れ方」が制作され29、翌年の「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」では3期生ライブ・4期生ライブ・5期生ライブが開催されるなど、1期生・2期生の卒業を見送りながら、現在までつながるこの3世代での体制が確立されていくことになる。

 山下美月の卒業を控えた現在でいえば、3期生は11人、4期生は14人、5期生は11人であり、バランスの良さは新たな形で保たれている。オーディションが進行中の6期生も、同程度の人数規模での加入が予想されるところであり、メンバーの加入と卒業を繰り返しながらグループ全体の規模を保っていくことに成功しているように見える。
 メンバーがグループで活動期間はまちまちで、加入時の年齢にも幅がある。学校の部活のように、一定期間ごとに強制的に“世代交代”がなされる性質のものではないが、オーディションという形で加入時期がはっきりしており、先輩/後輩というとらえ方もしっかり存在していることや、オーディションの間隔や個々のメンバーの平均活動期間を考慮すれば、それに近いものとみなせる。何よりそうしたほうが、メンバーもグループのなかで動きやすいし、自己評価もしやすい。そんなふうに見える。

 こうした構造が実現した、あるいはそういうものという認識が確立したのが、4期生の加入をもってであったといえるように思う。そこに至るまでの3期生12人の活動期間は、ある意味それの下地となる期間であったといえるとして、少なくとも1期生・2期生のみでの活動期間についてはそうではなかったということだ。
 1期生はオーディション合格時36人という規模であり、一方でそれに続く2期生は、オーディションに合格したのが14人、その後正規メンバーに昇格したのが11人で、その後の期と人数規模としては変わらない。ただ、前述したように選抜/アンダーの隔たりが大きかった時代にあって、その半数のメンバーが2年近くの期間を研究生扱いで過ごし、ほぼ全員が選抜メンバーとしての活動を経験した1期生とは対照的に、選抜入りのないままグループを離れたメンバーや、最初の選抜入りまで長らくの時間がかかったメンバーも多かった。
 ただ、その間にもアンダーの2期生たちはそれぞれのやり方でグループ外に活動の幅を広げ始める。伊藤かりんは2015年4月から「将棋フォーカス」へのレギュラー出演を開始し、伊藤純奈は2017年4月の「犬夜叉」以降舞台俳優として頭角を現し始める。佐々木琴子は2019年4月にスタートした「乃木坂46佐々木琴子のトップギア」から、アニメ関係の仕事を本格化させていく。山崎怜奈は2019年にひかりTVチャンネル+とCBCラジオにて冠番組をもち、2020年には現在まで続く「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」の放送がスタートした。

 ここであげた4人が、正規メンバーに昇格した2期生のうち、選抜経験のないままグループを離れたメンバーであるが、現在まで当時の延長線上で活躍を続けていることに改めて驚く。当時から、選抜入り(=グループのなかでのポジションを“上げる”こと)より自分の道で活躍することを追求していたように見えていたし、かりんは「私がプロデューサーだったら、今の伊藤かりんを選抜にはしないかもしれませんね(笑)」とさえ言い切るなど、それをはっきり言葉にしてもいた。あるいはグループの人数規模が現在よりやや大きかったことも、そこに寄与するところがあったかもしれない。

 乃木坂46のメンバーとして今後の自身の活動についてはどう考えていますか?
「決して選抜を目指していないわけではないのですが、アンダーメンバーでありながら将棋のお仕事を頂いて、“何が何でも選抜を目指さなければ先はないんだ”という考え方からは少し解放されたかもしれません。44人のメンバーから選抜として活動するのはその半数以下。アンダーメンバーの方が人数が多い訳じゃないですか。選抜・アンダー関係なく、今の自分ができることを考えた方が前向きなのかな、と……」

 なるほど、そういう考え方がありますか。
「自分を卑下するつもりはないですが、私がプロデューサーだったら、今の伊藤かりんを選抜にはしないかもしれませんね(笑)。アンダーライブで伊藤かりんが輝けていることを自分で知っているし、そこがいちばん自分のベストポジションかなと思っています」

(『アップトゥボーイ』2018年5月号 p.51)

 かりんが「アンダーメンバーでありながら将棋のお仕事を頂いて」としたような、「選抜メンバーとしてグループを代表する存在となった先に“外仕事”がある」という向きはこの時代にはすでにほぼ退けられており、メンバー個々のパーソナリティをみて差配できるような、そんなところにグループはいたように思う。この時期はすでに3期生がグループに合流しようかというところで、アンダーライブの評価も定着し、そうしたさまざまな状況を彼女らしく的確に見てとったからこそ、「そこがいちばん自分のベストポジションかな」と語れたのだろう。

 2期生は独特な代だったな、と感じる。「選抜でなくてもいろんなことができる」と身をもって示し、そのことでグループを高めたメンバーがいた一方で、堀未央奈や北野日奈子あたりのメンバーはそれと重なる時期くらいまで「2期生みんなで選抜に入りたい」のような趣旨のことを口にしていた。スタンスの分かれるメンバーが、しかし独特の一体感をもっていた、というようなところだろうか。いま、当時のことを振り返ってまとめるとすれば、前者がアンダーの価値を高めたのであったならば、後者は選抜の価値を下げなかったのだと思う。
 長らく2期生がそのような立ち回りをして、4期生が加入したタイミングでちょうど何かがぴたりとはまり、「期別」の構造がはっきりした、というような形であった。そのようにまとめることもできるかもしれない。1期生が36人という人数規模でグループの立ち上げを担い、ゼロから個性を探し出し、体当たりで形をつくっていったのであれば、2期生はその後につながる14人という規模で、グループの安定飛行への接続を担ったといえる。

■ 「期別」の動きがもたらしたもの
 期のまとまりが強調され、期ごとの活動が多くなってきたことは、おもに新加入のメンバーの活動量を高めるとともに、グループ全体の編成やストーリーにも重層性をもたらしている。
 2期生は研究生としてのまとまりでの活動が多少あったものの、いち早く1期生に合流することのみが期待されていたようなところがあり、期でまとまって動くことは当初ほぼなかったといってよい。現在につながる本格的な活動がみられたのは3期生からで、「お見立て会」に始まり、「3人のプリンシパル」「三期生単独ライブ」「3rdアルバム発売記念三期生単独公演」とライブイベントを中心に期での稼働が多いところからスタートしたほか、2017年4月クールの「NOGIBINGO!8」は3期生をメインに据え、1・2期生はそれを見届けるという形がとられた。また、「TOKYO IDOL FESTIVAL 2017」にも3期生単独の形で出演している(1・2期生もサプライズで登場した)ほか、「見殺し姫」「星の王女さま」と、期のくくりでの舞台公演も行われている。
 4期生・5期生も、そのときどきである程度違いはあれど、ライブ/バラエティ/イベント出演/舞台・ドラマと、おおむねこれをトレースするような形で活動をスタートさせている。コロナ禍の期間が挟まって評価しにくい部分はあるものの、その期間はやや長くなっているようにも思え、グループに合流するための“練習”ないし“修行”の色はやや薄れているようにも感じる(例えば「5期生も『乃木坂スター誕生!』をやらせていただける」のような言い方も多かったことを思い出す。そうした“新加入メンバー特有の活動の形”も、継続していくことで“先輩が通った道”になっていくのだ)。
 期別楽曲についても、2期生がはじめてあてがわれたのは、加入から約3年が経過した2ndアルバム「それぞれの椅子」での「かき氷の片想い」であり、3期生以降から積極的に制作されるようになったといえる。その後2期生曲も総計5曲が制作されることになるが、それらがすべて堀未央奈をセンターとしていた一方、3期生以降はセンターを変える傾向にあるという点では違いがある。それだけパフォーマンスの幅が広がるということはもちろん、「オリジナルのセンター曲」をもっているメンバーが増えるという点でも意義は大きい。「期別」のストーリーの存在感が強まっていくなか、そこには単なる「カップリング曲のセンター」をこえた意味あいが生まれているように思う。
 その意味ではアンダーセンターと意味が重なるものの、“同期”はアンダーメンバーと異なり、卒業以外で原則としてメンバーに変動がないという点でも、ストーリーをより色濃くしている。ファン向けにはわかりやすさでもあるし、それ以上に存在するエモーショナルさはメンバーもファンも共有する感覚であろう。オリジナルメンバーが明確であることで、オリジナル以外のメンバーが演じる(または、加わる)ときにも意味が見いだされやすい部分もあるかもしれない。

[25]あの冬、山下美月が負ったもの
——グループが生んだスターの涙と笑顔

 乃木坂46の新型コロナウイルス禍は少し長かったように感じる。いわゆる“自粛期間”に制作され、チャリティの意味も付与された「世界中の隣人よ」、引退状態にあった小室哲哉を作編曲に迎えた「Route 246」の2曲がデジタルシングルとしてリリースされ、前者では「日本レコード大賞」に、後者では「NHK紅白歌合戦」に出場するなど、メジャーアイドルシーンの表通りを走り続けていたことは確かだし、2020年9月9日には「ALL MV COLLECTION 2〜あの頃の彼女たち〜」のリリースもあったが、シングルのリリースは2021年に入るまで待たれる形となった。また、無観客・配信形式で本格的にライブを再開させていく端緒となったのも2020年10月28日の「Mai Shiraishi Graduation Concert 〜Always beside you〜」とやや遅く、慎重にタイミングを図っている印象があった。

 「世界中の隣人よ」は全メンバーに卒業メンバー11人を加えた特別な体制で制作された作品であった一方、「Route 246」はセンターに齋藤飛鳥を置いた18人のフォーメーションで、24th・25thシングルの選抜メンバーを折衷させたような構成であり、そのような取り扱いはされていないものの、暫定の選抜メンバーのような色をもっていた。
 あえてこのような表現をしたのは、コロナ禍から26thシングル期に入るまで、もっといえば「例外シングル」の最たるものであった25thシングル期からの約1年近くの時期、フォーメーションの秩序にほぼ変動はなかったといえるからである。シングルのリリースが滞っていたことに加え、メンバーの卒業のペースがコロナ禍で少し抑えられていたことも、それに寄与しているかもしれない。
 26thシングルの選抜発表の模様は2020年11月15日の「乃木坂工事中」#284で放送されている。メンバーへの発表は9月であったとされており、白石麻衣の卒業コンサートが間に挟まる形であった。またリリース日(2021年1月27日)までまだ2ヶ月半近くあるタイミングでの選抜発表放送というのもかなり早い部類に入る。活動が再開したとはいえ新型コロナウイルス対策にはかなり緊張感のあった時期で、それもあってか慎重なスケジューリングが行われていたように見える。一方で、このシングルは堀未央奈の卒業シングルでもあり、ソロ曲「冷たい水の中」のMVが7thシングル「バレッタ」のリリースからちょうど7年後にあたる2020年11月27日に公開され、そのなかで卒業発表が行われるという形がとられたため、それを前提としたスケジューリングであったともいえそうである30

 2021年最初のシングルであったことに加え、コロナ禍を経た最初のリリースであり、グループとしては重要なタイミングであった。選抜発表そのものも久しぶりという状況であり、注目度はよりいっそう高かったといえるかもしれない。そこで最後に名前を呼ばれたのが、このとき初センターとなる山下美月であった。その両隣には同じく3期生の梅澤美波・久保史緒里が立つ形となり、梅澤のフロントメンバーは22ndシングル以来2回目、久保は初フロントであった。
 このほか、「Route 246」からの変動ということでいえば、北野日奈子が外れて清宮レイ・田村真佑が加わるという形であり、選抜/アンダーのラインでの変動幅はそこまで大きくなかったともいえる。それよりはやはり次代のリーダーとして3期生を押し出した印象のほうが強いフォーメーションであった。その後現在までの経緯を考えれば、それはその通りに機能したといえる。

【26thシングル「僕は僕を好きになる」選抜メンバー】
新内 清宮 田村 星野 筒井 岩本 高山
松村 遠藤 大園 堀 与田 賀喜 秋元
生田 梅澤 山下 久保 飛鳥

 現在のグループにおける山下の存在感は抜群であり、当時もそこまで状況が違ったわけではないが、それでも山下をセンターとしたことはやや積極的な“人事”であったといえ、“フォーメーション史”ということでいえばひとつの転換点であったことは間違いない。そもそもこのときまで、「抜擢シングル」以外でシングルのセンターに立ったのはすべて1期生であった。「歴代センターの生まれ年はすべて違う」という、8割方はジンクスのようなものであるが、ややメンバーの年齢バランスを反映した現象ともいえる言われ方も、当時のファンコミュニティには少しあった31。ともかくたくさんの何かが転換したような、そんな印象が当時からあった。結果としてその後の先輩メンバーによるセンターは、生田絵梨花と齋藤飛鳥の“卒業センター”の例しかなかったことになる。

 これが無観客・配信形式での「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」に臨む体制ということでもあったし、全国握手会・個別握手会が「オンラインミート&グリート」および配信ミニライブに代えられる形となり、必然的にCDシングルの売り上げの数字は落ちることになる。数字の変動をねちっこく追って、ときに特定のメンバーをスケープゴートにするような、そんな意地の悪いファンは昔ほど目立たなくなっていたものの、16thシングルから10作連続で続けてきたミリオン認定が途切れることにもなり32、コロナ禍の状況はみな同じであったとはいえ、他のグループ・アーティストよりもそこにいくぶん特別な意味が乗ってしまうような巡りあわせでもあった。どうでもよいことも、どうでもよくないこともすべてを背負って、山下は乃木坂46のセンターに立ったのである。
 選抜発表、特に新センターの誕生の歴史は戸惑いと涙の色で描かれてきたものであったが、このときはそうした印象はいくぶん排されていたように思う。前述したように、新センターではあるが「抜擢シングル」ではなかったわけでもあるし、フォーメーションの真ん中に立つ山下には最初から頼もしさの色があった。「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」の開催に際してHuluで配信されたドキュメンタリー「僕たちは居場所を探して」や、この年の秋に単独で出演した「おしゃれクリップ」でも、山下自身の内面の逡巡のようなものは2019年の活動休止期間のほうに引きつけて語られ、いうなればすべての瞬間において、きちんと“センターの顔”をして活動していたような、そんな印象をもつ。
 ただ、この年の年末に「乃木坂工事中」内で放送された、年末年始恒例の“スペシャルCM”では選抜発表を受けて山下が涙するカットが用いられるなど、裏ではそうした場面がなかったわけではないようである。しかしそれも、一時期よりはいくぶん抑制的に描かれていた印象だ。あえて意地悪にいえば、かつてはメンバーが泣いているのがエンターテインメントであったのが選抜発表で、やはりそこからは、多少の転換があったといえることは間違いない。時代の流れ、メジャーグループのあり方、後輩メンバーとしてそれを担う重圧。見ていていろいろなものが去来したのが、26thシングルの体制であった。

山下美月の個人活動
 「電影少女 -VIDEO GIRL MAI 2019-」の時期に活動休止があり、そこからはややドラマ出演としては間が空いていた山下であったが、飛鳥・梅澤とともに主演を務めた「映像研には手を出すな!」を経て、シングルリリース直後から「あざとくて何が悪いの?」の番組内連続ドラマに個人として出演することになる。演技の仕事の実績は少ないほうではなかったといえるが、コロナ禍のもどかしい時期に演技のワークショップに通い、「再現VTRの仕事をやらせてください!」と事務所に願い出たことからつかんだ役であったという(『TRIANGLE magazine 01』p.54)。この頃は「あざとい」「あざと女子」などが流行語となっており、なおかつそのイメージが、別の言葉で説明するならば「ぶりっ子」から「小悪魔」に移り変わったとでもいおうか、ちょっと変質していったような印象もある時期であった(田中みな実と弘中綾香が牽引したブームと考えると直感的であろう)。ちょうど時流に乗ったようにも見えたし、あるいはむしろ山下もその変遷の一端を担ったといえるかもしれない。
 これを足がかりにするような形で、次のクールでは「着飾る恋には理由があって」に出演する。スピンオフドラマの「着飾らない恋には理由があって」では主演を務めたほか、初回放送前にドラマチームの一員として出演した「オールスター感謝祭2021春」では個人総合優勝を果たす。コロナ禍を経て出演者数が大幅に減少したという状況もあったものの、そうした点までも含めて、山下のスター性のあらわれであるような、そんなふうに感じたことを覚えている。その後は連続テレビ小説「舞い上がれ!」(2022年度後期)を筆頭に、絶え間なくドラマに出続けているような状況であることは周知の通りである。
 専属モデルとしての活動、ドラマへの出演、バラエティに出れば前のめり33。それはまさに「僕は僕を好きになる」のMVが描いたような世界観である。センターポジションに立つ姿はいかにも堂々としているばかりでなく、身長さえぴったりはまっているように見えた34。乃木坂生まれ乃木坂育ち、加入から4年の歳月を経てグループのセンターに立った“乃木坂46”の化身。それが紫色の羽根を広げて空へ飛び立っていくような、そんな時期だったとまとめられるかもしれない。

 このシングルのアンダーメンバーの顔ぶれにも少し言及すると、4期生はまだ合流しない扱いがとられる一方、25thシングルからでいうと北野日奈子・樋口日奈・和田まあやが合流する形となった。特に北野は23thシングルでの選抜復帰・初福神以降、24th・25thシングルでも選抜メンバーとして活動していたことに加え、「Route 246」にも参加しており、選抜に定着したと本人もファンも思っていたような状況でもあり、独特の動きであったといえる(「Route 246」のメンバーから26thシングルで選抜を外れたのは北野のみである[「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」の例外])。北野は選抜へのこだわりが非常に強く、また今作は堀の最後の参加作品であったこともあり、相当ショックが大きかったようである。
 一方、この体制で開催された「アンダーライブ2020」(2020年12月18-20日)は、コロナ禍以降グループとして初めてとなる有観客ライブとして開催されるとともに、「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」(2019年10月10-11日)以来1年以上ぶりのアンダーライブでもあったことになる。アンダーライブは「アンダーライブ2021」(2021年5月26日)の無観客・配信形式での開催を経て、4期生を迎えることになったほか、シングルのナンバリングを冠する現在の形式がスタートすることになる(「28thSGアンダーライブ」)。
 樋口のアンダーライブ参加はこのときの「アンダーライブ2020」が、北野のアンダーライブ参加も「アンダーライブ2021」が最後となった。「アンダーライブ2020」は“アンダー曲全曲披露”の形でもある。アンダーライブが現在まで連綿と続いていることを思えば、それを途切れさせず、むしろ強くするような役割を、これらのメンバーは担った(もっといえば、それを念頭に置いた“人事”であった)といえるようにも思う。

【26thシングルアンダー曲「口ほどにもないKISS」】
純奈 楓 向井 和田 吉田 中村
 山崎 渡辺 樋口 寺田 理々杏
鈴木 阪口 北野

【27thシングルアンダー曲「錆びたコンパス」】
楓 和田 中村 向井 吉田 理々杏
阪口 北野 鈴木 寺田
渡辺 山崎 純奈

[26]選抜メンバーの“単調増加”
——喜びや悔しさとの距離感

 2021年には26th・27th・28thの3枚のシングルと、10周年を記念する位置づけとされたベストアルバム「Time flies」がリリースされており、観客数や席空けの制限が課せられるなかではあったが全国ツアーも再開されるなど、活動のペースは元に戻されることになった。5期生オーディションもこの夏に告知されて進行し、この年の終盤には翌年2月の加入に向け研修が行われることになる。
 ライブでの“声出し解禁”はまだまだ先のことであり、マウスシールドを着用してのロケ撮影が目立つ時期でもあったが、有観客ライブでも千秋楽公演などの重要な公演では配信併用とされる形が定着し、「オンラインミート&グリート」やシングル発売記念の配信ミニライブの形も現在にいたるまで継続されている。5期生オーディションでもオンラインでの審査が導入され(6期生オーディションでも継続されている)、YouTubeチャンネル「乃木坂配信中」の開設もこの年のことである。コロナ禍の所産といえるものは意外と多い。

 26thシングルでの山下美月に続き、27thシングルでは遠藤さくらが、28thシングルでは賀喜遥香が表題曲のセンターに立つことになる。遠藤は「抜擢シングル」以来の2回目のセンター、賀喜は初センターである。「Time flies」はリード曲「最後のTight Hug」が生田絵梨花の“卒業センター”曲であったものの、この年のシングルでいえば(メンバーの卒業は相次いでいたにも関わらず)卒業メンバーをセンターに据える形の「卒業シングル」もなく、「例外シングル」といえる作品もなかったし、28thシングルで4期生がアンダーメンバーに合流する形がとられた一方、選抜メンバーにはそれまでにも作品ごとに4期生が新たに加わっており、3期生・5期生のときほど「一気に合流した」という印象は強くない。
 シングルごとに“卒業ソロ曲”が制作されるなど、グループの活動や作品づくりの面では常時メンバーの卒業が意識され続けるなかではあったものの、選抜/アンダーの動きとしてはいくぶん落ち着きのある1年だったといえる。また、活動休止の形となるメンバーもこの期間はおらず、各リリース作品が当時所属の全メンバーによって制作されてもいる。

 その27thシングルでは、樋口日奈が選抜に復帰し、早川聖来が初選抜となる。これに続く28thシングルでは北野日奈子と鈴木絢音が選抜に復帰し、掛橋沙耶香が初選抜となっている。この間に選抜メンバーから外れたのはグループ卒業にともなう堀未央奈・松村沙友理・大園桃子のみであった(「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」)。また、この間に選抜人数は1人ずつ増加しており、数字だけを追うならば、4期生の選抜入りは全体の人数増でまかなわれ、卒業メンバーのぶんだけアンダーから選抜への動きがあったようにとらえることもできる(「①選抜人数の増加」)。

【27thシングル表題曲「ごめんねFingers crossed」】
樋口 早川 筒井 大園 岩本 清宮 田村 新内
秋元 梅澤 星野 松村 生田 久保 高山
与田 飛鳥 遠藤 山下 賀喜

【28thシングル表題曲「君に叱られた」】
樋口 早川 清宮 北野 岩本 鈴木 田村 新内 掛橋
筒井 梅澤 星野 高山 生田 久保 秋元
遠藤 与田 賀喜 飛鳥 山下

 この間に新たに選抜入りした早川と掛橋にはある意味では共通点があって、それは「前シングルで選抜入りを逃したことをはっきりと悔しがる発信をしていた」ということである。早川は「私自身、正直とても悔しいです。」と綴り、「これからも私は悔しい時には悔しいと言える素直な人であり続けられたらいいなぁと思っています。」とした(公式ブログ 2020年11月19日「やっと素直になれる」)。掛橋は直前の時期に大学進学を公表していたこともあり、「選抜に落ちた理由は、学業のためではなくて自分自身の実力不足な点にあります。」と言い切り、「選抜に入る事を諦めておらず」「高校2年生で初めて選抜に落ちて以来、毎日のように自分を責めてきた」と綴った上で、「次のシングル期間中に底力を出し切る!」という決意表明をした公式ブログ 2021年4月23日「稚夏」
 こういう語りがあったから選抜入りにつながったというよりは、「すんでのところで選抜入りを逃した」のような感覚があるからこそ、このような語りにつながるのではないか、という気がする。新たに選抜に加わるメンバーやセンターとなるメンバーについては、メンバー自身のあいだでもなんとなく察せられていることが多いというし、特に4期生についていえば選抜メンバーが“単調増加”ともいえる状況であった(そして新加入の期であることから、それはいくぶん自然なことでもあった)から、「次は誰がくるのか」という目線で見られることも多かっただろうし、あるいは本人が「次は自分が」という意識をもつ向きもあっただろう。
 本稿は全体として、「選抜の椅子をめぐって競争する、という世界観は徐々に退けられていった」というトーンで書いてきている。ただそれは「選抜メンバーとして活動したい」というメンバーの思いが弱まった、ということを必ずしも意味しない。いたずらにあおられるような場面はほぼなくなっているとはいえ、それはむしろメンバーの思いを封じ込めているだけなのではないかと感じることも、ないではない。ただ、個々のメンバーがグループ全体のことを考え、あるいは他のメンバーひとりひとりの顔を思い浮かべるからこそ、率直に語ることは難しいし、あるいは感じ方も複雑になっているのは確かだろう。そして、こうした状況にあるからこそ、このときの早川や掛橋のように、はっきりとした発信がなされたときのことは、記憶に残りやすい。
 メンバーに対する選抜発表がなされてから、それが放送に乗って公になるまでにはいくぶんの時間がある。早川も掛橋も、上記のような発信とセットで、放送までの間に受け止めて前を向いている、というニュアンスのことも綴っていた。選抜発表後のブログとしては一般的なそれである、といえると思う。基本的にはあくまでメンバー横並びの「選抜発表」の形は崩さないが、その場の模様のことを過度にショーにしないことで、フォーメーションが公になるまでの時間で組織が再度整えられているような、そんな印象をもつ。

 4期生が合流したこのときのアンダーメンバーで臨まれた「28thSGアンダーライブ」は、アンダーセンターを務めた寺田蘭世の卒業の区切りのライブとなった。アンダーセンターにこのような意味がもたされたのは初めてといってよく(18thシングルでの中元日芽香のダブルセンターがやや微妙ではあるが)、30thシングルでの和田まあやがこれに続いたことになる。また、このときの寺田が2期生最後のアンダーセンターとなった。

【28thシングルアンダー曲「マシンガンレイン」】
理々杏 黒見 矢久保 和田 北川 吉田 向井
松尾 林 阪口 金川 璃果 楓
弓木 柴田 寺田 中村 山崎

[27]「5期生加入」の共通と差異
——問い直される“新メンバー加入”の形

 2021年8月10日に応募が締め切られた5期生オーディションへの応募者は8万7852人を数え、これは日本のグループアイドル史上最多であると報じられた。それだけ注目度も高かったといえたオーディションだったが、長らく恒例であった(いわゆる)SHOWROOM審査が行われず35、また合格者が即日お披露目される形もとられず36、クローズドな「研修期間」が数ヶ月にわたって設けられたこともあり、かなり静かに進行していったという印象がある。
 参加は必須ではなく、また“顔出し”をしない形も選択でき、かつ合否には関係しないとされたSHOWROOM審査だが、ファン向けのコンテンツとして一定の人気があったことを措けば、意義は薄くかえってリスキーであり(本当に合否に関係なかったのならなおさら)、いたずらに“序列”をつくりだして可視化するデメリットもあれば、加入前の“一般人”である候補生をエンターテインメントに組み込んでマネタイズすることに道義的問題もないではなかっただろう(近年特に流行のオーディション番組とは構造が違うのである)。クローズドな「研修期間」を設けたこととあわせて、池田瑛紗・岡本姫奈・川﨑桜の加入時期の調整が可能になった側面もあるように思われ、どちらかというと歓迎すべき変化だったのではないかと感じる。

 最終合格者が11名であることが2022年2月1日公開のティザー映像で公表され、翌日から1人ずつ映像が公開される形で順次メンバーが発表されていった。池田・岡本・川﨑を除く8人がここでお披露目され、この8人で「乃木坂46時間TV(第5弾)」内での「(第1回)5期生お見立て会」(2022年2月23日)に臨むことになる37
 これに先立つ2月20日の「乃木坂工事中」#348において、29thシングルの選抜発表の模様が放送されている。ベストアルバム期を挟み、前シングルから高山一実・寺田蘭世・生田絵梨花・新内眞衣・星野みなみがグループを卒業し、1月31日に卒業を発表した北野日奈子も選抜の対象とならなかったという状況のなかで、選抜人数は3人減の18人となったが選抜からアンダーに移ったメンバーはおらず(「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」)、4期生から柴田柚菜が新たに選抜入りする形となった38
 そしてセンターは、放送内では「5期生」とのみ発表され、「乃木坂46時間TV」内での発表という形がとられる。2期生以降続く「抜擢シングル」の形をとる一方(「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」)、選抜発表の放送を経てシークレットの部分が残るのは初めての形であった。加入から約1ヶ月半でのセンター就任は“史上最速”とキャプションを付されたが(参考)、5期生は「研修期間」を経たことを差し引いても39、確かに“史上最速”であったといえそうである。

 足かけ3日間の配信のクライマックスにあたる「46時間TVスペシャルライブ」の終盤。挿入されたVTRでは「他人のそら似」に乗せて配信のハイライトシーンが振り返られたのち、荘厳なBGMに切り替わる。「29thシングルセンター発表」「その者は かつてない歌声 発見された新しい可能性」。この日の「5期生お見立て会」の特技披露で「I LOVE YOU」を歌い、その歌唱力で鮮烈な印象を残していた中西アルノがセンターであることはその時点で明らかであり、すぐにオーディションでの歌唱のカットが差し挟まれる。「10年目の挑戦 3月23日発売 29thシングル『Actually…』フル楽曲初披露」「新センター 5期生 中西アルノ」。先輩メンバー17人がポジションについたのち、開いた扉の奥から中西が歩み出してくる。「Actually…」はこのときが初披露であり、かつ楽曲・タイトルともにこのとき解禁の形であった。

【29thシングル表題曲「Actually…」】
田村 掛橋 清宮 鈴木 樋口 岩本 柴田 早川
久保 賀喜 与田 遠藤 筒井
梅澤 山下 中西 飛鳥 秋元

 あれから2年以上が経ち、一歩引いて振り返ってみると、尋常ならざるハードルの上げ方である。ここで中西のセンターが公表されたことを「選抜発表」の一部とみなすならば、「選抜発表」が客前で行われたのは堀未央奈が抜擢された7thシングル以来であり、そこに楽曲の初披露までともなうとなるといよいよ初めての出来事であった40。表題曲でいえば「ぐるぐるカーテン」「今、話したい誰かがいる」が選抜発表放送翌日の初披露であり、「命は美しい」「ジコチューで行こう!」「しあわせの保護色」もライブにぶつける形で初披露がなされているが、それ以上のセンセーショナルさであったといえる。
 ただ、あのときはそれ以上に、中西の鮮烈な登場が衝撃的であったように思う。前年末に生田が卒業したばかりで、グループが新たな“歌姫”を求めているような部分はあったと思うし41、黒髪のショートカットや小柄な体躯は、センターポジションにおいて際立っていた(特に4期生は160cmを超えるメンバーが過半を占めているだけに、中西をはじめ5期生に小柄なメンバーが多いことは新鮮であった)。それが唐突に現れた新メンバーであり、珍しいラストネームであったことまでちょっと含めて、グループがいまその瞬間に必要としている存在そのものが立ち現れたような、一方でまるで架空の存在のような、そんなふうに思うくらいであった。
 通例でいえば、新メンバーとして最初に前に出されるのはどちらかというと年少〜真ん中組で、年長組は少し時間が経ってから重用されるようなイメージもあるが、中西は5期生のなかでは池田と並んで最年長の代であり、この日までにお披露目されていたメンバーとしては最年長であった。このスピード感でセンターに立つとしたらそのほうがよかったように思うし、あるいは中西ほど明確なストロングポイントがないと難しかったとも思う。
 パフォーマンスを終え、秋元真夏が改めて中西を紹介する。中西は緊張で表情を強ばらせながら自己紹介をし、「私がこの場所に立つことに不安を思う人がたくさんいるかと思います」と、震える声で口にする。「乃木坂46の10年の歴史とその名に恥じぬように、精一杯頑張りますので、これからよろしくお願いします」と、胸に手を当てながら語った。最後に身体を丸めるようにして頭を下げたその姿が、重圧に潰れそうな心をどうにか守ろうとしているようにも見えた。

■ 「Actually…」と中西アルノのその後
 「乃木坂46時間TV」の配信を終えた直後に、グループは会場から中継する形で「テレ東音楽祭」に出演する。「Actually…」はここで音楽番組での初披露となった。そこからはシングルリリースに向けた動きが一気に加速し、音楽番組への出演が続いていく時期になるが、時同じくして中西のグループ加入以前の行動が一部のファンコミュニティで虚実入り交じる形で拡散され、中西は「Actually…」のリリースを前にして、一定期間「活動自粛」の形をとることになる。乃木坂46合同会社名でのリリースでは一部事実関係を認めつつ、事実と異なる発信がなされていることには強い言葉で抗議が加えられた。そこに付された中西本人のコメントは過去の自身のことともに現在の思いが語られたうえで、謝罪で締めくくられた。
 29thシングルのフォーメーションは、中西の両隣に齋藤飛鳥と山下美月というグループの顔といえるふたりが立ち、その両隣をキャプテン・秋元と、前年11月に副キャプテンに就任した梅澤美波が固めるという、もともと新センターの中西を支えんとする意図が見えやすい形であった(キャプテン時代の秋元がフロントに立ったのはこのときが唯一である)。「何があっても中西を助けるし、グループをつまずかせるようなことはしない」とでもいおうか。「抜擢シングル」は徐々にそうした色を強くしてきたが、しかしこのときはそれにしても、「何があっても」の部分が重かったかもしれない。活動自粛の状況に加え、作品が描いたモチーフがいくぶんその状況に重なってしまったこともあり、オリジナルバージョンのMVは特典映像のみにとどめられる形となる。これを受けて飛鳥と山下をダブルセンターとする形のMVが急遽制作され、シングルの発売直前というタイミングで公開された。現在に至るまで、オリジナルバージョンのMVはYouTubeでの公開はおろかのぎ動画での配信もなされていない。
 同時期に、活動開始前であった岡本姫奈についてもさまざまな情報が拡散され、「グループの活動規約に違反する行為があったため」として3月18日に活動自粛が発表される42。あまり思い出したくない、ともかく雑音の多い時期であった。
 ただ、中西のときのリリースにおいて、従前通り「加入以前の行動に関しては法律に反すること以外は不問」という説明が加えられる一方、活動自粛に対して「本人の保護と育成の為」と明言したことにはやや新規性があった。岡本の活動自粛についても、自粛の期間に「育成を図っていく」という表現が用いられている。5期生のなかでは年長メンバーにあたる中西および岡本であるが、このときはまだ未成年である43。実質的な動きに大差はなくても、メンバーを咎め、罰則を科すようなニュアンスではなく、メンバーの未熟な部分を守るニュアンスが前に出されたことには意味があったと思うし、ある意味では希望を感じた部分もある(そうあることが当たり前だ、とも思うのだが)。

 メンバーの過去やプライベートが詮索されたり、ときに心ない攻撃を受けたりすることは(残念ながら)以前からある普遍的な現象であるように思うが、現代においてそれは異なる形がとられるようになり、状況としてはよりいっそう悪化しているように見える。“アンチ”が握手会に突撃していたり、吹きだまりのようなインターネット掲示板が荒れているだけだった時代がまだ平和に思えるくらいで、グループやメンバーに対するさしたる強い思いもなく、人間がもつ底意地の悪さのみによって、たまたま目に入っただけの存在の失策に油を撒いて直接火をくべようとする——ファンコミュニティに限らず、社会全体にそんな印象を抱く時代になってしまった。飛び交う情報は真偽を問わず人々の不安や怒りをかき立て、それがさらなる拡散、ないし論争につながる。インターネットでのうわさ話やデマはインターネットの外にも持ち込まれ、根拠のない確からしさを増して再びインターネットに持ち込まれる。建設的なコミュニケーションとはほど遠いそれで得をしているのはプラットフォーマーとアフィリエイターくらいだろうか。望むと望まざるとにかかわらず放り込まれたアテンション・エコノミーのなかで、人々はひたすら消耗させられているように見える。
 この2022年には、侮辱罪を厳罰化する刑法改正が行われたほか、誹謗中傷などに対して発信者情報の開示手続きが簡易になる改正プロバイダ責任制限法が施行されている。日本社会が直面している問題に、メジャーグループとして乃木坂46も正面衝突してしまった、そんなふうにも思える。メンバーの健全な育成云々にとどまらず、世の中のほうを健全にしなければならないし、そうしなければ何も解決しない。
 中西と岡本は、4月27日の「第2回5期生お見立て会」より活動を再開した。このときの開演前にはチーフマネージャーの菊地友もステージに立ち、客席に向けて発信する場面があったといい、正副キャプテンの秋元と梅澤が事前告知なく司会として起用された。イベントの位置づけや時代の雰囲気からすれば当然ありうべきものといえた生配信は行われず、菊地の発信や中西と岡本による謝罪の部分をカットしたうえで1週間後という早さでのぎ動画での配信に供するというのは、塀の上を歩くようなバランス感覚であったように思う。また、3月19日には池田が、4月1日には川﨑が活動をスタートさせていた。かくして5期生11人が全員揃い、5月の「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」からグループに合流していくことになる。あえていうならば、柔軟かつおおむね迅速な対応によって、グループは中西と岡本を“保護しきった”のだと思う。

 満員の日産スタジアム、中西をセンターに再度迎えて、改めての“ライブ初披露”のような形になった「Actually…」。ライブDVD/Blu-rayの特典映像にはその舞台裏の模様が収められている。「出たくない……」と涙する中西を飛鳥が「(センターは)あんたでしょうが」と励ます。背中を丸めて縮こまる中西に清宮レイと早川聖来が寄り添ってステージ下に待機し、ステージに上がった際には秋元がその小さな背中をぽんと叩いた。
 終演後、中西は「自分にはあの場所に、この曲で立つ資格がないと思っていた」と語り、翌年の「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」(DAY1)でも、「今日までの1年間、私にはこの歌を伝える権利はないと思っていたし、今でもそれを完全に払拭しているとは思っていません。それでも、私はこの曲が好きで、この曲を通して出会えた人たちが大好きです。」とした。「真夏の全国ツアー2022」初演の大阪城ホール公演では声が出ず、千秋楽の明治神宮野球場公演までそのプレッシャーに苛まれながら演じ続けたといい(31stシングル特典映像)、翌年のツアーを終えてそのときのことを振り返った中西は、「ラストサビ前、初めてはっきりと皆さんの顔が見えた時 『いま目があってる人たちも、私の事をよく思っていなかったらどうしよう』そう頭によぎってしまいました」「私の事を好きでいてくれてる方々も、私に期待してくれていた人たちも 私にはこれしかこの場所しかないのに 全て、全て、失望させてしまったと思って ステージに立つたび足が震えていました」と明かしたうえで、しかし翌年のツアーでは「皆さんの声が聞こえました」「少しずつ変われているかな」とした公式ブログ 2023年8月30日「良い夏だったな」。「Actually…」はライブを確実に盛り上げるグループの武器となり、一時は「あの場所に、この曲で立つ資格がない」、もしくは「私にはこれしかこの場所しかない」と自分を追い込むまでに至った中西の代名詞ともなっている。

 中西は緊張しながら話すと呼吸が浅くなるようである。「Actually…」の初披露後でもそうであったし、前述の「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」でも、“座長”を務めた「34thSGアンダーライブ」でもそうであったように思う。そうした中西の姿を見るたびに、2022年2月23日のことを思い出す。あの日一身に受けた重圧に始まり、あらゆるものを乗り越えてきたからこそ、いまの中西がある。けれど、本当なら乗り越える必要がなかったはずのものも、そこには含まれていたかもしれない。
 初めてステージに立ったときからあれほどまでに伸びやかに歌っていた彼女の喉を苦しく狭くして、歌わせまいとしていたものは何だったか。自分で自分の首を絞めていただけだ、と切り捨てるのみでは、絶望は増していくばかりである。

[28]“単調増加”の裏返し
——アンダーメンバーの“単調減少”の時期

 4期生がアンダーメンバーに合流したのが28thシングルであり、5期生が選抜/アンダーに合流したのが32ndシングルである。この間は選抜メンバーとアンダーメンバーの合計人数は増えなかったということであり、「①選抜人数の増加」「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」の状況もあいまって、アンダーメンバーについてはほぼ“単調減少”といえる状況が現出していた。
 29thシングルでは前述のように柴田柚菜が選抜に移り、寺田蘭世が28thシングルアンダーセンターを最後にグループを卒業したため、アンダーメンバーの人数は2人減の16人となる。何度も述べてきたように、16人はかつては選抜人数の基本とされ、かつ下限となっている人数である。このとき4期生が16人でもあり、これを下回ると特に、「アンダーメンバーが少ない時期」という印象を受ける規模感になる。
 センターは佐藤楓で、「29thSGアンダーライブ」はぴあアリーナMMで3日間という規模で開催される。チケットがソールドアウトしなかった公演として言及されることもあったが、当時でいえば過去最大といえる規模であり、筆者の計算が正しければ、実際に動員したとされるのべ観客数も2016年の「Merry Xmas Show 2016〜アンダー単独公演〜」に次ぐ過去2番目であった。前日に「北野日奈子卒業コンサート」も開催されており、なおかつまだコロナ禍の色が強いなか、3日目のみでなく2日目も同時生配信が行われたなどの種々の条件を考えれば、かなりの健闘であったといえる。
 アンダーライブ最後の1期生となった和田まあやは、千秋楽のアンコールにおいて「ちっちゃい会場でやってきて、そこで皆さんとの心と心がつながっているなというのを感じていたんですけど、今回、この大きい会場で、あんなに遠くの人とも心を通わせることができるんだというのを知って」と語り、「このまま頑張ってたら、アンダーライブを東京ドームでできるんじゃないかと思いました」とした。コロナ禍を挟んで1年以上途絶えた時期や、無観客・配信形式への変更を余儀なくされた(「アンダーライブ2021」)経験を経て、この頃からアンダーライブは再び勢いを増し、また規模感も拡大させていくことになる。

【29thシングルアンダー曲「届かなくたって…」】
吉田 理々杏 向井 和田 黒見 矢久保
林 松尾 山崎 中村 北川
阪口 弓木  金川 璃果

 このときにセンターを務めた佐藤楓に加え、金川紗耶と弓木奈於が選抜に移った30thシングルでは、アンダーメンバーはこの3人および前シングル限りでグループを卒業した山崎怜奈が純減した12人のフォーメーションとなった。センターはこのシングル限りでグループを卒業する和田まあやが務め、「30thSGアンダーライブ」は東京・大阪での計6公演で行われることになる。うち5公演では舞台公演で伊藤理々杏を欠き、大阪での3公演は新型コロナウイルス感染により中村麗乃を欠く形でのパフォーマンスとなったが、“12人”の枠組みが時折強調されながら、高いモチベーションで公演がつくられていたという印象を受けた。
 人数減・公演数増の傾向は31stシングルにおいてさらに強まり、佐藤楓は再度アンダーに移ることになるが、和田がグループ卒業、阪口珠美・林瑠奈が選抜入りし、アンダーメンバーは史上最少タイの10人を記録する。「31stSGアンダーライブ」は全国Zeppツアーの形で9公演が行われた。同じくアンダーメンバーが10人だった23rdシングル期のアンダーライブは、卒業を控えてシングルに参加していなかった伊藤かりん・斉藤優里の2人を加えて演じられた「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ〜アンダーライブ〜」であり、アンダーライブとしてはこのときが本当に最少人数であったことになる44

【30thシングルアンダー曲「Under’s Love」】
林 北川 吉田 黒見 矢久保
璃果 中村 向井 松尾
阪口 和田 理々杏

【31stシングルアンダー曲「悪い成分」】
吉田 矢久保 理々杏 黒見 北川 
向井 楓 中村 松尾 璃果

 アンダーメンバーが“単調減少”のような状況となることで、その独特の色は濃くなっていく一方、人数が少ないことで組織の密度は上がり、メンバーどうしの紐帯は強まりやすくなる。公演数が多いことでチームがともにする時間も長くなり、その傾向はよりいっそう強くなる。アンダー曲を強力な縦軸としたセットリストに加え、この時期には過去の楽曲に再び光を当てようとすることも多く試みられたほか、向井葉月のギターや伊藤理々杏のロングトーンの歌唱、矢久保美緒の安定感あるMCなど、アンダーライブ特有の強みといえるものも定番化していく。そのうえで必ず前回を上回ってくる強さも感じるようなところもあり、人数規模を減じるなかではあったが、現在のアンダーライブにつながる核の部分を形成した充実期だったといえるように思う。
 また「31stSGアンダーライブ」は、前シングル限りで和田がグループを離れたことにより、3・4期生のみによって臨まれたライブでもあった。選抜メンバーについても、秋元真夏・齋藤飛鳥・鈴木絢音の3人ともがこのシングル限りでグループを離れるが、続く32ndシングルでは選抜・アンダーともに5期生が合流することになる。ひと足先にオリジナルメンバー不在の状況を経験したことに加え、後輩を迎える前のタイミングでその状況に向き合ったことは、アンダーライブをつないでいく上では大きかったかもしれない。
 全メンバーが公演ごとにひとりずつ「決意表明」するパートが設けられたことはこの規模だからこそできたことだったし、センターを務めた中村麗乃は、事前配信で「私たちしかいないから、守んなきゃいけないじゃん(乃木坂配信中「31stSGアンダーライブ全国Zeppツアー開催記念特番」、2022年11月22日)という決意を語ってもいた。セットリストの1曲目で約8ヶ月ぶりに演じられた「アンダー」は、このときを最後に1年以上演じられていない。最後のオリジナルメンバーである和田をはじめとするオリジナルメンバーと公演をともにしたメンバーたちが、自分たち自身と向き合った上で、このあと後輩を迎えていく。そうした形でひとつの結節点となったのが「31stSGアンダーライブ」であったのだと思う。

[29]齋藤飛鳥の“引き際”を見て
——バトンを渡すこと/“甘んじて受ける”こと

 選抜メンバーのフォーメーションに再び目を移すと、30thシングルでは賀喜遥香が2作ぶり2回目のセンターに立つ。30thシングルの表題曲はこの年の“夏曲”「好きというのはロックだぜ!」であり、賀喜は3年ぶりの明治神宮野球場公演を含む「真夏の全国ツアー2022」の座長を務めることになる。前シングル“抜擢センター”であった中西アルノと、体調不良にともなう活動休止のためシングル不参加となった早川聖来以外は選抜を外れたメンバーはおらず(=アンダーに移ったメンバーはいない)、佐藤楓が7作ぶりに選抜入りし、金川紗耶・弓木奈於が初選抜となったというのは前述の通りである。弓木はいわゆる“新4期生”として初めての選抜入りとなった。
 「4期生」のまとまりとしての活動は合流後の早い時期から多かったものの、個人ブログの開始は2020年末、モバイルメールの開始は2021年9月であり、個人ブログとメッセージサービスともに2020年6月末のスタートであった欅坂46(スタート当時)の“新2期生”、日向坂46の“新3期生”よりもやや留め置かれている印象があったのが“新4期生”であり、4期生曲に参加した26thシングルからは選抜の対象となりえたとみなすとするならば、ここでも1年半以上留め置かれたような形であった。しかし弓木を端緒として34thシングルまでで5人全員が選抜を経験し、林瑠奈と松尾美佑はアンダーセンターを経験、35thシングルでは弓木が福神メンバーとなるなど、外形的なポジションにおける垣根は急速に取り払われていった。

【30thシングル表題曲「好きというのはロックだぜ!」】
金川 清宮 掛橋 鈴木 樋口 柴田 楓 弓木
田村 久保 梅澤 秋元 岩本 筒井
与田 飛鳥 賀喜 山下 遠藤

 「真夏の全国ツアー2022」の時点で、グループに1期生は4人、2期生は鈴木絢音のみになっていた。樋口日奈と和田まあやはツアー直前に同時に卒業発表していたという状況でもある。ツアーのユニットコーナーは“1・2期生”が後輩のために考えたものと位置づけられ、3期生および4期生が前面に立つような演出がつけられていた。5期生およびいわゆる“新4期生”は初めての“神宮”でもあったが、そこにともに立った最初の“神宮”を知る5人は、それぞれに自らの卒業に向けてテークオーバーゾーンに入り始める。

 「30thSGアンダーライブ」と「樋口日奈卒業セレモニー」で和田と樋口が最後のライブを終えたのち45、その直後といえる2022年11月4日、齋藤飛鳥が31stシングルの活動限りでのグループからの卒業を発表する。翌日には生配信で「ここにはないもの」が披露され、飛鳥の肉声が届けられるとともに選抜メンバーが明らかとなり、さらに翌日の「乃木坂工事中」#385では選抜発表の模様が放送され、フォーメーションが明らかとなる。
 活動休止から復帰した早川が選抜に合流し、前述の通り林が初選抜、阪口珠美が9作ぶりの選抜入りとなった。アンダーに移ったのは佐藤楓のみであったが(「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」の例外)、前シングル選抜メンバーからは樋口がグループを卒業、ライブ中のけがで活動を休止した掛橋沙耶香、体調不良にともない活動を一部休止した清宮レイがシングル不参加の形となり、選抜メンバーの総数は18人に減少した。
 鈴木絢音と金川紗耶が初めての福神メンバーとなり、特に鈴木に関しては「長いキャリアに報いる」ためのポジションであったように見てとれる。田村真佑は前シングルに続いて2回目の福神メンバーで、以後現在まで計5作連続で2列目のポジションをあてがわれている。初選抜が3列目だったメンバーが2列目に定着したケースは多くない。それだけグループにおける田村の存在感が大きいというのが半分と、全体のフォーメーションの力学がいくぶん変わりつつあるというのが半分、といったところであろうか。

【31stシングル表題曲「ここにはないもの」】
柴田 岩本 阪口 筒井 早川 林 弓木
田村 久保 梅澤 秋元 鈴木 金川
賀喜 遠藤 飛鳥 山下 与田

 飛鳥の卒業日は2022年12月31日の「NHK紅白歌合戦」とされ、ここでは初めてセンターを務めた表題曲「裸足でSummer」が演じられる。これを待つような形で年が明けた2023年1月7日に秋元真夏が卒業を発表、すでに日程が出ていた「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」にDAY5を追加する形で卒業コンサートが設定される。このライブの直前である2月18日には鈴木絢音が卒業を発表。卒業日は2期生が加入10周年を迎える3月28日に設定され、「鈴木絢音卒業セレモニー」が行われた。5月17-18日に設定された「齋藤飛鳥卒業コンサート」の開催発表はこの直前の3月20日であり、息つく間もなく卒業にかかわる発表・イベントが続いていく印象があった時期だが、「最後のひとり」のイメージをやや分散させるような(それはトロフィーのようなものであると同時に、一種の孤独もともなう肩書きであっただろう)、上手いスケジュールのさばき方であったなと、振り返ってみて思う。秋元・鈴木・飛鳥の3人とも、後輩のみに見送られてグループを卒業したのだ。

 満員の東京ドームで演じられた「齋藤飛鳥卒業コンサート」は、公演としての完成度が高くハイライトシーンが多かったことはもちろんであるが、筆者個人としては、卒業コンサートあるいは卒業センターとは何であるかを考えさせられるような機会ともなった。
 齋藤飛鳥の卒業に際し卒業コンサートが行われないことは、誰がどう考えてもあり得ないことで、会場が東京ドームといわれても、メンバーもファンもそこまで驚かなかったくらいではなかろうか。そうしたなかで、卒業日から卒業コンサートまで5ヶ月近くの時間を過ごし、この間の「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」も配信で見ていたという飛鳥は、「最初、『え、(卒業コンサートを)本当にやります?』という気持ちになってしまって」いたと語る(卒業コンサート1日目アンコール)。自分の卒業コンサートをやることで、未来に向かっているみんなを過去に立ち返らせてしまうから、と。
 でも別に、本気で拒絶しようと思っていたわけではないだろうし、早く見積もっても2月が終わるころで、いまさら引き返せないということもわかっていただろう。その一方で、思ってもいないことを言うようなタイプではないし、いかにも「われわれの思い浮かべる齋藤飛鳥」が言いそうなことでもある。自分から前のめりに行くというよりは、まずは周囲の期待や情熱を受け入れて大舞台に立つ。戸惑って震えていたり、あるいは肩ひじに力を込めすぎたりするところから始まっていたはずのアイドルたちは、いつしかやがて、すべてを従容と受け入れるプロフェッショナルになっていく。

 それは約束された商業的成功であったのだと思う。チケットには2日間トータル63万の応募があり、その上2日とも配信が行われている。Blu-ray/DVDは5ヶ月後のリリースであった。あるいは卒業シングル「ここにはないもの」はグループとしてはコロナ禍以降初、約3年ぶりのミリオン認定の作品となり、それは“1・2期生”の最後の執念であったようにも映る。グッズだって作っただけ売れたようなものだろう。いまでもどこの現場に行っても(他の坂道シリーズの現場でも)、Tシャツを着ているファンや、あの大きなトートバッグを持ったファンがいっぱいいる(前年の夏に「トリンギョ」を仕込んだのは、ちょっとあざといような気もするが)。そうした意味でも、やらずに終えてそれを逃すことはあり得なかったといえるだろう。
 ただ、マネジメントの側はそれを超えて、どこかウェットすぎるような、そんなふうに感じる場面もあった。卒業コンサート2日目の開演前の影ナレに、チーフマネージャーの菊地友と乃木坂46LLC代表の今野義雄が揃って登場する。今野はこの時期の設定となった卒業コンサートについて「当たり前じゃない、声を出して応援するライブ。そのライブで見送ってあげたい、そんなスタッフの思いで」と説明し、「5万人の円陣を組みたいと思います」と会場に呼びかけた。あるいは「東京ドームでの卒業コンサート」は、3年前に叶わなかったグループの夢、白石麻衣が残した幻でもあった。メンバーは時折、今野のことを「乃木坂のお父さん」と表現する。この人の思いに応えたい、そんなふうに感じさせる人物なのだろうし、またそのように振る舞うようにしているのだろう46

 あらゆる人の思いを乗せてステージに立った飛鳥は、「ここにはないもの」「ありがちな恋愛」「Sing Out!」などの代表曲や、ドラムの演奏をはじめとする個人の見せ場も存分につくりつつ、ユニットコーナーには後輩メンバーを満遍なく巻き込み、選抜のブロックもアンダーのブロックもつくり、各期の期別曲にも参加した。「どうやったらこの人たちの未来につながりつつ、私もいい旅立ちができるのか」を課題としていたといい、それは確実に成し遂げられていたといえるだろう。その究極は、2日目の21曲目に演じられた「人は夢を二度見る」であろう。それは、客席に「これからも乃木坂46のことをよろしくお願いします」、そして後輩たちにも「乃木坂をよろしくね」と、声を震わせて語りかけたうえで演じられた。
 一方で、同期全員の卒業を見送ってきた身として、1期生の卒業コンサートをオマージュする場面も散見された。最も強烈に感じられたのは姉妹のような紐帯のあった橋本奈々未へのオマージュであり、1日目の冒頭は客席への深いお辞儀で始められ、最後のスピーチは「今日で、卒業します」と切り出し、最後の曲を歌い終えたあとは天井へ向けてゴンドラで去っていった。しかし飛鳥はそこでは終わらず、ダブルアンコールの声に応えて再びメインステージに登場する。そこで小さく「またね」と言って最後のステージを終えたのも、もしかしたら橋本の最後のひと言が「みなさん、さようなら」だったのを覚えていたのかもしれない。“1期生”、もしくは“1・2期生”のストーリーを綺麗に終わらせ、鮮やかに未来につなげた。

 また飛鳥は最後に、“アイドル・齋藤飛鳥”のストーリーも美しく終わらせた。「明日からは恋とかもするかもしれませんねえ?」「お前らの誰かの嫁が飛鳥になるかもしれませんねえ?」「“俺の嫁”ですね!」という、強烈かつ絶妙な伏線回収のセリフ。客席から上がる野太い歓声に、「しょうがない人たちだな」とでも言いたげな様子で、でもどこまでも楽しげに笑ってみせた。
 すべてを受け入れて、思いに応える。あれほどまでに完璧なアイドルの引き際に、いつかまた出会えるだろうか。

[30]“3・4・5期”体制の完成とグループの安定
——「私たちが乃木坂46です。」

 32ndシングルでは選抜/アンダーに5期生が一気に合流する形がとられ、選抜人数は20人に再び増加する一方、アンダーの人数も17人という規模まで戻る形となった。選抜人数の20人は、ここから35thシングルまで4作連続で固定されている。
 ここではひとまず、2023年にリリースされた3枚のシングルの選抜メンバーのフォーメーションをまとめて見てみることにしたい。31stシングルの活動をもって卒業した秋元真夏と鈴木絢音より後においては、この年の卒業メンバーは北川悠理と早川聖来の2名のみだったこともあり、グループの編成としては近年よりかなり安定していたといえる。「グループ全体の顔ぶれに大きな変化がないなかで、どう変動したか」をトータルで見たほうがよいと感じるためである。

【32ndシングル表題曲「人は夢を二度見る」】
璃果 金川 早川 一ノ瀬 松尾 五百城 岩本 弓木 柴田
菅原 田村 与田 井上 梅澤 筒井 川﨑
賀喜 久保 山下 遠藤

【33rdシングル表題曲「おひとりさま天国」】
中村 筒井 川﨑 弓木 池田 金川 菅原 柴田 理々杏
岩本 一ノ瀬 与田 梅澤 五百城 田村
山下 賀喜 井上 遠藤 久保

【34thシングル表題曲「Monopoly」】
冨里 向井 柴田 菅原 筒井 一ノ瀬 弓木 黒見 五百城
梅澤 川﨑 与田 井上 岩本 池田 田村
山下 賀喜 遠藤 久保

 傾向を見いだすとすれば、それは3点に切り分けることができるように思う。1点目はフロントメンバーの固定が顕著なことで、この年の3枚のシングルでセンターを務めた久保史緒里・山下美月・井上和・遠藤さくら・賀喜遥香の5人しかフロントに立っていない。19thシングル以来のダブルセンター体制がとられた32nd・34thシングルは、井上を2列目センターに置いて残る4人のフロントとしている点が共通してもいる。久保と山下は「大河女優と朝ドラ女優のダブルセンター」としても話題となったが、“1・2期生”がグループを離れたなかで、グループの顔といえるメンバーははっきり持っておきたい、というような意図が感じられる。
 2点目は、3・4期生については3列目についてシングルごとに2人を入れ替えるような形をとり、それによって毎シングルで初選抜のメンバーを生じさせているという点である。この傾向は31stシングル(阪口珠美・林瑠奈)から続いていると考えることもでき、32ndシングルでは佐藤璃果・松尾美佑、33rdシングルでは伊藤理々杏と中村麗乃、34thシングルでは黒見明香と向井葉月がここに該当する。順番に入れかえているような動き(ないしは、そのようなとらえ方)には賛否がありそうだが、結果として現在のグループに選抜未経験のメンバーは4人だけというところまできており47、全体の人数規模がやや縮小しているという状況も含めてではあるが、グループの結束感に反映されてもいるように思う。
 3点目は5期生については“単調増加”させつつ、個々のメンバーについては何列目かを固定させないようにしていることである。5期生は32ndシングルで選抜5人・アンダー6人の状態でスタートし、33rdシングルでは池田瑛紗が、34thシングルでは冨里奈央が新たに選抜入りする一方、この間にアンダーに移ったメンバーはいない。32ndシングルを最後に早川がグループを卒業し、34thシングルでは金川紗耶が不参加となっているため、このぶんで選抜人数は20人のままを維持している。2作以上選抜入りしていることになる池田までの6人のうち、井上は1列目と2列目を、ほか5人は2列目と3列目を両方経験している。本稿[3]では、「福神」の枠組みについて、実質的なものをともなわないながらなんとなく生きている、のようなことを書いたが、それもいよいよ薄れてきているといえるかもしれない。
 もうひとつ付け加えるとするならば、ここまでで言及されていないメンバー(選抜でいえば岩本蓮加・梅澤美波・与田祐希・柴田柚菜・田村真佑・筒井あやめ・弓木奈於)にはこの間に変動がない、つまり2点目で説明できない選抜からアンダーへの移動(逆も然り)は生じていないということである。岩本と筒井は2列目と3列目の間で入れかわっているが、ほかの5人は列の変動もない。3・4期生に目を向ければ「福神」の枠組みの残滓はまだある、とみることもできるかもしれない。

 この“3・4・5期”の体制で臨まれた「真夏の全国ツアー2023」について、その開催は「齋藤飛鳥卒業コンサート」の直前配信の位置づけであった「乃木坂46分TV」(2023年5月8日)のなかですでに告知されており、7都市16公演、初の沖縄公演開催、明治神宮野球場公演は史上最多の4公演開催と、全容が明らかとなっていた。ツアー全体としても「史上最大規模」と称されることが多く、メンバーは揃って(必ずしも3期生に限らず)これを「後輩だけで回る初めてのツアー」と表現し、“新体制”となったグループが挑むチャレンジとしてとらえた。チケットは普段通りほぼ即完売の状況であったが48、むしろこれだけ会場につめかけるファンをグリップしなければならない、という意識も強まっていただろう。秋元は「乃木坂はちゃんと世代交代ができた」、飛鳥は「これからも乃木坂46はみんなを楽しませてくれる」と言い残して卒業していった。それを自分たちが証明できなければ、先輩たちの言葉が嘘になってしまう。
 ツアーのセットリストは現役メンバーの武器を活かす形がとられ、オリジナルのセンターがいる表題曲は網羅される一方、“夏曲”以外のその他の表題曲の披露は少なめにおさえられた。ユニットコーナーには期の垣根が設けられず、1人2曲を原則に計12曲・4パターンが用意され、期別楽曲のコーナーも4パターンが設けられたほか、「バンドエイド剥がすような別れ方」「I see…」「僕が手を叩く方へ」は全員で演じられた。2都市目の大阪城ホール公演では早川聖来の卒業セレモニーが行われ、以降では33rdシングルの収録曲が都市ごとで逐次投入された。ひとつひとつを見れば飛び道具といえるようなものもあまりなく(地方公演での“夏曲メドレー”はやや珍しかっただろうか)、まとめて振り返ってみると、ひたすらにまっすぐな試みが積み重ねられていたという印象をもつ。

 33rdシングルの参加メンバーは、3期生11人・4期生12人・5期生10人で、選抜メンバーには3期生7人・4期生7人・5期生6人。アンダーメンバーには3期生4人。4期生5人・5期生4人。バランスのよい編成でグループがまとまり、全員でぶつかって突破することがめざされた体制であったといえるかもしれない。16公演の旅路の終わりの千秋楽公演、梅澤美波は涙ながらに「私たちが乃木坂46です」と宣言する。その言葉の重さを知らないメンバーがいないからこそのチャレンジだったかもしれない。そしてグループは、それを正面から乗り越えたのだと思う。

[31]「体調不良」と選抜の椅子(後編)
——活動への復帰と、“元に戻る”こと

 続いて、2023年にリリースされた3枚のシングルのアンダーメンバーのフォーメーションをまとめて見てみることにしたい。前述のように、グループ全体の編成は安定していた時期であり、それにともないアンダーメンバーの編成もいくぶん安定はしていたといえる一方、選抜メンバーの人数が20人に固定されていたため、その間に生じた人数の変動についてはアンダーメンバーがその影響を受け止める形であったということになる。

【32ndシングルアンダー曲「さざ波は戻らない」】
黒見 岡本 矢久保 吉田 清宮 奥田 北川
中村 冨里 中西 池田 小川 阪口
楓 理々杏 林 向井

【33rdシングルアンダー曲「踏んでしまった」】
冨里 清宮 矢久保 阪口 黒見 奥田
楓 向井 璃果 吉田
小川 松尾 中西

【34thシングルアンダー曲「思い出が止まらなくなる」】
岡本 矢久保 吉田 林 璃果 奥田
清宮 阪口 中村 楓 理々杏
小川 中西 松尾

 32ndシングルのフォーメーションは選抜のそれに対応する形でダブルセンターとされた。アンダーのフォーメーションがダブルセンターの形であったのは13th・18th・32ndのみであり、5年以上ぶりのことである49。この間でセンターに立った4人はいずれも初めてのアンダーセンターであるが、伊藤理々杏は次シングル選抜、林瑠奈と松尾美佑は前シングル選抜という状況ではあったが、アンダーライブでもそれなりの積み重ねがあるといえるメンバーが起用された形であった。「32ndSGアンダーライブ」では5期生にとっての1曲目が1stシングルアンダー曲「左胸の勇気」で始められる一方、過剰に前面に出される場面はなく適切にチームに組み込まれた感のある参加度であったことも印象に残っている。
 前年から掛橋沙耶香の活動休止が続いていたことに加え、33rdシングルでは岡本姫奈・林瑠奈が、34thシングルでは金川紗耶が活動休止にともないシングル不参加であるという時期であった。東名阪ホールツアーの「32ndSGアンダーライブ」に続き、「33rdSGアンダーライブ」は横浜アリーナでの3DAYSという規模で行われる。「真夏の全国ツアー2023」に続き「史上最大規模」と称されたこのアンダーライブは立見席までソールドアウトとなった。「34thSGアンダーライブ」は2年ぶりにぴあアリーナMMでの3DAYSで行われたがこれは即完売となるなど、アンダーライブは観客動員の面でのスケールアップを完全に成功させることになる。

 改めてフォーメーションに目を移したとき、ひとり特別な立ち位置および経緯のメンバーがいる。それは体調不良にともない「一部グループ活動を休止」したことにより、31stシングルに不参加の形がとられていた清宮レイである。その状況の起点となったのは「真夏の全国ツアー2022」の直後ごろからで、この間には出演映画「死神遣いの事件帖 -月花奇譚-」の公開や「ディズニー★JCBカード」のCM出演があった一方(これらの、いわゆる“外仕事”との折り合いのために「一部休止」とされたように伺える)、レギュラーラジオ「ベルク presents 乃木坂46の乃木坂に相談だ!」には約2ヶ月にわたって代打メンバーが送られ、「樋口日奈卒業セレモニー」にはアンコールのみの出演となるなど(清宮は樋口と紐帯が深いメンバーである)、基本的には活動休止とみなしてよい状況であった。
 その後、ラジオへの復帰を端緒としながら徐々に活動に復帰していったような形であり、明確な復帰のタイミングがあったわけではないが、32ndシングルから全面的に活動に復帰した形となる。選抜発表の模様の放送は2023年2月19日(「乃木坂工事中」#399)であり、この直後からの「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」にはフルに参加していたといえる状況であった50。その32ndシングルで清宮は初めてアンダーメンバーの立ち位置となり、以降現在までアンダーでの活動を続けていることになる。
 清宮は26thシングルで初選抜となり、それ以降30thシングルまで選抜メンバーとしての活動を続けていたことになる。同期のなかでも選抜入りは早かったほうであり、選抜入りを経験してからアンダーメンバーに移った初めての4期生であった(タイミングとしては林瑠奈と同じ)。そうした経緯のあるメンバーがアンダーに移るということ自体が珍しい現象であり、さらにそのポジションが3列目であったということから、筆者は当初「スケジュールの都合でアンダーライブには出演できないということなのではないか」という想像さえしたことを覚えている。
 しかし清宮は「32ndSGアンダーライブ」に、初参加の5期生5人とともにフルで参加する。全体として5期生がセンターポジションに立つような場面は少なかった一方で、清宮はアンダー曲を演じた経験でいえば3・4期生よりも5期生の側の立場に近かったが「自惚れビーチ」のセンターに立ち、英語を交えた煽りで会場を盛り上げていた。
 その後現在の35thシングルまで、清宮はアンダーメンバーとしての活動を続けている。「33rdSGアンダーライブ」では、レギュラーラジオでの“清松”コンビの相方であるアンダーセンターの松尾を支える立場に回りつつ、2日目公演でのジコチュープロデュース企画では、学園ミュージカル風のハッピーな世界観で「そんなバカな・・・」を演じ、「アナスターシャ」は自ら書き下ろしたという英訳詞を歌い上げる。「アナスターシャ」は本人の理想とするパフォーマンスにはいくぶん届かなかったようで、悔しさから涙するほどの気持ちの温度の高さを見せた。「34thSGアンダーライブ」では「生まれたままで」、「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」では「錆びたコンパス」のセンターに立ち、アンダー曲を介して強まった先輩メンバーとのつながりを喜ぶような場面も多かったと記憶する。ここ1年についていえば、アンダーメンバーの軸となる活躍をみせている、といえるだろうか。

 一般労働者についていえば、傷病の治癒に専念するために休職という形をとったとき、回復して復職する際には、原職復帰、つまり元の職場(またはそれに相当する職場)に戻すことが原則とされる。原職に戻した上で職務の負担を当面軽減させ、再び職務に適応できるようにサポートすることが望ましく、健康状態への配慮や人材の適正配置のために配転させるとしても、本人に同意を得るなど、適切な信頼関係のもとで行うことが重要であると考えられている。
 アイドルグループについて、どの程度こうした身近な例に重ねて理解しようとしてよいのかについては、もちろん一考の余地がある。しかし本稿[19]で触れたように、乃木坂46のフォーメーションにおいては、「休んだら椅子がなくなる」という世界観については排されてきたような状態であった。復帰作がアンダーであった北野日奈子や久保史緒里も、それぞれ2作・1作で選抜に復帰する形がとられ、ある意味慎重に復帰をめざす一環であったようにも思う。ある程度は「原職復帰」の考え方がとられているといってよい(ポジションは事前の同意や通知をともなわずに“発表”されることを原則としており、裏で実際にどのようなコミュニケーションがとられているかはわからないが、少なくともそういうものとしての信頼が醸成されているといえる状況ではあるのではないかと思う)。「卒業」のタイミングはある程度は任意であるとはいえ、グループでの活動期間には限りがある。そのうちの一定期間を損なうこと自体がマイナスといえるのに、それ以上にマイナスが付与されるならば、安心して回復に努めることもできないだろう。「原職復帰」の状況は、望ましいものであるといえる。

 一方で、何をもって「原職」とみなすかについては検討されなければならず、ここで課題は「(例えば)[選抜メンバー/福神メンバー/センター]の座をめぐってメンバーどうしが争う、という世界観が退けられてきた」というような、本稿全体を貫く認識と合流してくる。ポジションが仕事の量を必ずしも規定しない状況になっているとはいえ、選抜メンバーとアンダーメンバーは異なるチームとして稼働することも多く、構造上の隔たりは依然としてある。ここまでの文脈にそっていえば、アンダーライブの存在をいかに評価するかは難しいものの、様子を見ながら活動に復帰していくと考えたとき、アンダーのほうがまだいくぶん負荷を調整しやすい部分もあるだろう。
 そうした構造をもってメンバーの復帰に対応しようとしたとき、選抜とアンダーの間にある意識の上での隔たりは、ある程度は小さいほうがよい。「上位に選抜があり、下位にアンダーがある」という構造にも、“いまさら変えがたい”という以上の意義があると筆者は考えているが(このことについては後述する)、しかしアンダーを経験したことが黒星や傷のようにとらえられる向きが一定以上に強ければ、「アンダーで様子を見る」ことはかえって避けたほうがよいということになる。
 北野日奈子と久保史緒里は、復帰後にそれぞれ2作・1作アンダーを経て選抜に合流していった形であったが、本稿[19]でも書いたように、北野は「体調不良による休業から完全に復帰することに成功した最初のメンバー」であり、やや手探りの状況であったし、あるいはもともと選抜/アンダーの境界線上を走っていた経緯もある。また、北野は復帰2作目の22ndシングルでアンダーセンターを務めたが、これは18thシングルでアンダーライブの“座長”を満足に完遂することができなかったことへのリベンジという向きもあったといえる。久保が経たアンダーの時期もこの22ndシングルのことであり、北野と久保のふたりにとって、ともに「日常」を演じたこの時期のことは特別な記憶となっている。
 こうした経緯そのものは、彼女たちのキャリアやグループのストーリーにとってかけがえのないものをもたらしてもきたが、一方で、このような「黒星や傷」の認識を打ち負かすような圧倒的な輝きがなければ、アンダーの時期が肯定され得ないというところまでハードルを上げてしまうと、本項目の文脈においては本末転倒になってしまう。ここまで用いてきたアナロジーをもとにいうならば、選抜・アンダーにかかわらず、グループの一員として活動することが「原職」とみなされる状況がつくられなければならない。

 ひるがえって、それがどこまで意図して行われてきたことなのかはわからないが、本項目で述べてきたような動きを清宮がしてきたことは、「原職」の定義をずらしていくための試みとして機能しているように見える。あえていうならば、ここまで見てきたグループの“フォーメーション史”においては、選抜に定着しているといえるメンバー、特にアンダー(アンダーライブ)未経験のメンバーについて、アンダーに移すことを可能な限り避けてきていたといえる。そのなかにあって明らかに清宮の動きは例外であった。
 明るくポジティブ、かつパワフルなキャラクター。一方で端々に賢さも感じるし、言いたいことはけっこうズバッと言う。そんな彼女がこの1年間でひたむきに取り組んできたことが、わざと大げさな言い方をしているのではなく、グループのあり方を良い方向に変える力となっているといえるのではないか、と思う。

そして今回のアンダーライブに参加するにあたって、というか、アンダーになって考えていたこと。
 
私はグループ内での立ち位置が変わって、自分の価値を疑ってしまったり、投げかけられた言葉で自信を失いそうになった時がありました。
でも、私は自分のことが好きです。
自信もあります。
行動力があって、人が好きで、誰とでも楽しくいられるところ。臆せず自分の意見を言えるところ、だけど自分の未熟さを理解して違う意見も柔軟に吸収できるところ。前向きでポジティブなところ。
たくさん好きなところがあります。
これからもずっと、私は私の可能性を信じています。なんでもなれるんだから〜ふふ

清宮レイ公式ブログ 2023年10月3日「勇気は左の胸に」

[32]改めて35thフォーメーションを見る
——山下美月の卒業と同時に何が起きているか

 ここまで述べてきたことの延長線上で、改めて35thシングルの選抜メンバーおよびアンダーメンバーのフォーメーションを見てみることにしたい。

【35thシングル表題曲「チャンスは平等」】
吉田 楓 阪口 一ノ瀬 五百城 池田 理々杏 向井 中村
田村 井上 遠藤 賀喜 川﨑 弓木
与田 久保 山下 梅澤 岩本

【35thシングルアンダー曲「車道側」】
岡本 林 璃果 松尾 清宮 矢久保 奥田
中西 柴田 金川 黒見 小川
菅原 筒井 冨里

 35thシングルは、何よりまず山下美月を“卒業センター”とする「卒業シングル」である。本稿[10]では“卒業センター”を「①シングルのセンターを務め、②MVありのソロ曲が制作され、③卒業のタイミングで写真集が出版され、④卒業コンサートを行い、⑤それを最後の活動としてグループを離れる」ものと定義した。⑤は明言されていないがほぼ間違いないとみられ、「山下を盛大な形で送り出す」というのはもちろんだが、“卒業センター”の理念型に近いものとなるよう努められている、という印象も受ける。
 また、ここでいう“卒業センター”を1期生以外が務めるのは山下が初めてである。本稿[25]でも述べたように、山下は26thシングルでセンターを務めた際にも「これまですべて1期生だった」ポジションを務める初めての後輩メンバーの役割を担っていた。さらにいえば、ソロ曲「夏桜」を山下自身が作詞したのは「じゃあね。」を作詞した白石麻衣と、単独の卒業コンサートを東京ドーム2DAYSで行うのは齋藤飛鳥と同じ取り扱いであるといえる。白石や飛鳥は、世間でいうところの“レジェンド”のメンバーであるといえ、かつての日々を思い出せば、山下は「その後輩である」という印象が強くなる。しかし一方で、“3・4・5期”体制の乃木坂46においては押しも押されもせぬ存在であり、ある意味でわかりやすく“レジェンド”と取り扱いを揃えることにも、グループの歴史を改めて未来に接続させるような意義があるだろう。
 また、3期生が全員選抜入りするという形も白石が“卒業センター”を務めた25thシングルに重なるものである(「⑤『同期』の枠組みを重視する」)。これによって吉田綾乃クリスティーが初選抜となったということや、3期生は12人中11人がまだグループに所属していることを考えれば、その特別感は25thシングル以上に強くも感じられる。

 一方で、“1期生全員福神”の形であった25thシングルと異なり、3期生が1列目と3列目に配される形がとられている点には、新規性がある。4期生・5期生は2列目および3列目の中央側に9人が配されており、「フォーメーションに関する多くの記録が無効になった」感のあった25thシングルほどには、「例外シングル」の色は強くない。
 ただ、それでもやはり「例外」の形ではある。このことがてこになるような形で、吉田が初選抜となったのみでなく、岩本蓮加が初めての1列目、弓木奈於が初めての2列目となるなど、新たな動きも生まれている。
 本稿ではここまでほぼ触れてこられなかったが、シンメトリーのポジションもフォーメーションの編成においてはずっと大切にされてきているように思う。そのなかにあっても35thシングルはこれが綺麗に整えられており、選抜・アンダーともにすべての“シンメ”が同期メンバーとなるように設定されている。同期であるのみならず、26thシングルで初フロントを務めた梅澤美波・久保史緒里を筆頭に、全体としてしっくりきやすい組み合わせがとられているといえそうだ。

 加えて特筆すべきは、本稿冒頭でも述べたように、筒井あやめと菅原咲月が初めてアンダーメンバーに加わる形となり、柴田柚菜も7作ぶり2回目のアンダー、休業から復帰した金川紗耶もアンダーメンバーの側に合流した(6作ぶり3回目のアンダー)ということである。前シングルで初選抜であった黒見明香と冨里奈央もアンダーに移った形で、選抜メンバーにおける5期生の“単調増加”の動きにも区切りがつけられたことになる。
 選抜メンバーは20人であり、これは32ndシングル以降固定されている人数であるというのは本稿[30]で述べた通りである。「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」はわかりやすく行われている一方で51、「①選抜人数の増加」「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」の考え方はとらなかったといえる。
 これらの点からもう一度25thシングルのフォーメーションを思い出すと、このときは歴代最多タイの22人のフォーメーションであり、後輩メンバーが11人全員3列目に配されたうえで52、前作選抜メンバーから選抜を外れたのは筒井あやめのみであった。あまりこういう思考実験は好きではないが、25thシングルと同じような考え方で35thシングルのフォーメーションを編成したならば、選抜メンバーを22人まで増やした上で、3期生は1・2列目に配し、4期生・5期生が3列目に11人並び、選抜にはもうふたり残るということになるだろう。アンダー未経験のメンバーは選抜から外さない傾向をふまえるならば、そのふたりは菅原と筒井だったかもしれない。

 そして大きく異なるのは、35thシングルではアンダーメンバーが編成されているということである。筒井がアンダーセンターに据えられ、今作“新アンダー”の6人は全員1列目または2列目となっている。金川・黒見・柴田・冨里はアンダーライブの経験があるものの、アンダーメンバーのフォーメーションを連続性のなかでとらえたとき、かなり新たな印象を与えるアンダーライブとなることは疑いないであろう。
 また、“後輩の期”のみでアンダーメンバーが編成されていることは、本稿[28]で言及した31stアンダーメンバーと重なる構造である。「乃木坂46分TV」でも4期生がそのことを意識している様子が見てとれた。柴田は「先輩がいないってなると、雰囲気も違ったりして、どうなるんだろうなと思うけど、私もすごく楽しみ」とし、清宮は「今回のアンダーチームはめちゃくちゃ楽しい」とした。そうした意味でも、新しいものが見られるという予感がある。

 またも清宮のことを補助線にする形となるが、先に引用したのと同じ日のブログで、彼女は「33rdSGアンダーライブ」についてこのように綴っていた。

あと座長の松尾へ、私が勝手にありがたったこと。
彼女はアンダーライブ特有の(というよりはアンダーというチーム特有の?)燃える闘志!負けたくない!みたいな、そういうのをあまり出さない人の様に私は感じました。


だから、なんか今回のアンダーライブ私はすごくやりやすかった。なんか、ずっと和んでた。空気が特別に良かった気がする。
 
スタッフさん含め、お互いに助け合いながら、励まし合いながら、完成度の高いものを見せたいという一心で、みんな同じ方向を向いてライブを作ってきました。
みんなで作り上げるってこんなに楽しくてやりがいを感じれるんだって知れました。
彼女の持ってる雰囲気が大きく影響したのかなと思いました。とても感謝しています。

清宮レイ公式ブログ 2023年10月3日「勇気は左の胸に」

 「アンダー特有の(と考えられているような)ものがあまりなくて、やりやすさを感じた」というような、ずいぶんはっきりとした物言いが清宮らしいというか、ちょっとドキッとしてしまうところもあるが、それは彼女がひとりで考えたり企図したりしていることというより、雰囲気や世界観が変わりつつあることを象徴している、ということのような気がする。
 清宮は「“1・2期生”とのアンダーライブを経験していない」という意味で、このときともにアンダーライブに取り組んだ同期メンバーとも違っていた部分がある。彼女が綴るように、松尾がもつ雰囲気に起因する部分も大きかっただろうが、「“外”からイメージしていたアンダーライブ」と、「実際に一員として演じたアンダーライブ」には違いがあった、というところもあったのではないか。

 5期生の合流からも1年以上の時間が経ち、確実に何かが移り変わっていくなかで、「アンダーライブ」からわれわれがイメージする(イメージしてきた)ものをそのまま当てはめて見ようとすると、見落としてしまうものもあると思う。それはおそらく誠実な態度ではないし、ポジティブな変化を妨げてしまうことにもなりかねない——そんなふうに考えることがよくある。

[33]櫻坂46と日向坂46の“選抜制導入”
——克服されたもの、残されたもの

 乃木坂46の選抜/アンダーをめぐる状況が変化していた(それ以前からずっと変化し続けていたのかもしれないが)この時期。2023年には、それまで選抜制ではないとされる体制でフォーメーションが編成されていた櫻坂46・日向坂46が、相次いで“選抜制導入”にかじを切った。
 「坂道シリーズ」というくくりであるとはいえ、グループが異なればその規模や編成、経緯が異なるので、重ねて語ることはできない部分のほうが多いようにも思うが、「選抜制」というものを考える一助にはできるように思う。ここではそれぞれの“選抜制導入”について、そこに至る前史も含めて簡単にまとめていくことにしたい。

■ 櫻坂46

 本稿[12]でも扱ったように、欅坂46は“選抜制導入”を幾度も断念している。特に導入を明言した上で選抜発表の模様の放送まで行った9thシングルが発売に至らなかったことは、新たなフォーメーションを苦しみながら受け入れていった時期の記憶とセットで、グループにとって、いうなれば心の傷のようになる。こうした背景があり、改名を経て誕生した櫻坂46は、1stシングルより「欅坂46の頃からも大切にしていた、“全員で楽曲を届ける”という思いを込めた編成(公式サイト)として、当時所属の26人のメンバーのうち8人を、全楽曲に参加する「櫻エイト」として1・2列目に配し、これ以外の18人を6人ずつ3チームに分け、「櫻エイト+3列目メンバー」のチームを3つつくる形をとった。表題曲「Nobody’s fault」のセンターを務めた森田ひかるに、藤吉夏鈴・山﨑天を加えた3人でマルチセンターシステムをとり、それぞれがチームごとのセンターを務める形で、森田がセンターの楽曲が3曲、藤吉・山﨑のものが2曲制作される。
 「櫻エイト」という形でメンバー間の序列を実質化したことへの受け止めはさまざまであったと記憶するが、それよりもこの体制が「選抜制ではない」とし、そのように仕立てていくことを重要なものととらえた尽力があったように思う。表題曲の歌唱メンバーに対して「選抜」の2文字が公式に用いられることは絶無であったし、デビューシングル期の音楽番組では、2020年12月19日の「バズリズム02」では山﨑天がセンターの「Buddies」が、12月21日の「CDTVライブ!ライブ!」では藤吉夏鈴がセンターの「なぜ 恋をして来なかったんだろう?」が披露され、CMもこれらの2曲を含めた3曲分が制作されるなど、3人のセンター・3チームの扱いを揃えようとする試みが多くみられた。
 2ndシングルでも同様の体制が継続されたばかりでなく、3人のセンターと櫻エイトの8人も全員続投となった。ここまででオリジナル楽曲は14曲となり、グループはこの14曲をもって「BACKS LIVE!!」(2021年6月16-18日)・「W-KEYAKI FES. 2021」DAY1(2021年7月9日)という単独ライブに臨むことになる。ユニット曲の制作がなく、曲ごとの歌唱メンバーを安定させた状態で14曲を制作したことは、欅坂46楽曲を切り離した形でグループが運営されるなかで、ともかく早く単独ライブを成立させるための措置であるように見えた。

 このときの「BACKS LIVE!!」は、「櫻エイト以外の3列目メンバーによるライブ」がコンセプトとされ、当初は「3列目メンバーライブ」と告知される。その後、チケットの先行申し込みなども始まっていたタイミングで「BACKS LIVE!!」という公演タイトルが公表され、これを追いかけるような形で3列目のメンバーが「BACKSメンバー」と称されるようになっていった、という順序であった53。ただ、3列目のメンバーを「バックス」と称することはグループの立ち上げ当時から少なくとも構想としてはあったようで、「櫻坂46展『新せ界』」に展示された1stシングルの制作資料には、「藤吉バックス」(=藤吉夏鈴がセンターの楽曲の3列目メンバー)などの記載がすでに確認できる。「選抜制ではない」という説明と整合させるため、メンバーの肩書きめいたものに対しては慎重な姿勢が貫かれていたといえるだろう。

 次のシングルでも、メンバーの入れ替えを生じさせながらマルチセンターシステムは継続され、さらにこのシングルの体制で「3rd Single BACKS LIVE!!」(2022年1月8-9日)も開催される。また、このシングルでは初めてユニット曲が制作されたほか、今作で櫻エイトから3列目に移った小池美波をセンターとして、初めての“BACKS曲”の「ソニア」が制作されている。この形式のメンバー編成でのBACKS曲は5thシングルまで続けて制作されるが、いずれもMVはつくられていない。マルチセンターシステムにおける各センターメンバー(および5thシングルでは3期生曲「夏の近道」)のMVを制作することによって、シングル参加の全メンバーが最低1曲のMVには参加している状況がつくられている。また、4thシングルから7thシングルまでの期間には「BACKS LIVE!!」は行われていない。
 メンバーの卒業による1期生・2期生の減少を受けて、5thシングルでは2チームによるマルチセンターシステムに変更され、6thシングルではシングル参加の1・2期生全員が表題曲「Start over!」に参加するという形がとられる。3期生が3期生楽曲のみでシングルに参加するのはこのとき2作目であり、次の7thシングルでは1・2期生に3期生も交じった体制となることも期待されるような状況であった。

 7thシングルのフォーメーションは「そこ曲がったら、櫻坂?」#150(2023年9月17日)で発表され、このときに“選抜制導入”となった形であったが、事前告知の段階では「フォーメーション発表」という従前通りの表現にとどめられており、放送内のナレーションで「このシングルより選抜制度を導入」「全メンバーが選抜メンバー・BACKSメンバーに分かれる」ということがアナウンスされる。このシングルの参加メンバーは28人であり、初期のマルチセンターシステムに立ち戻ることも可能な規模でもあったともいえたが、そのなかで“選抜制導入”の選択肢が選ばれた、ともいえよう。
 選抜制の導入により「BACKSメンバー」も選抜外のメンバーを指すものとして再定義されることになったが、このタイミングで約2年ぶりに「7th Single BACKS LIVE!!」(2024年1月15・16・22・23日)が行われる。現在の最新シングルである8thシングルも同様の形であり、5月9-10日には「8th Single BACKS LIVE!!」の開催も控えた状態である。ライブパフォーマンスのスケールをある程度維持するためか、7thシングルでは選抜16人・BACKS12人であったのが、8thシングルでは選抜14人・BACKS12人と、メンバーの卒業による人数減を選抜側が引き受けている形になっている54。また、8thシングルのBACKS曲「油を注せ!」では、「BACKS曲」との取り扱いを受けた曲のなかで初めてMVが制作されている55

■ 日向坂46

 日向坂46は改名前のひらがなけやき時代から長らく選抜制をとっておらず、最新の11thシングルにおいて初めて選抜制を導入した。日向坂46(ひらがなけやき)はその特殊な成立過程から1期生が少なく、1期生が長濱ねるを含めて12人、2期生が9人である。長濱が欅坂46(漢字欅)との兼任を解除する形でグループを離れる一方、2018年11月に3期生として上村ひなのが加わり、これらの合計21人がオリジナルメンバーとなる形で日向坂46として改名デビューする。
 その後、「坂道合同新規メンバー募集オーディション」および坂道研修生での活動を経て、2020年2月にいわゆる“新3期生”も3人という人数であり、2017年8月の2期生加入から2022年9月の4期生加入までの時期をおよそ20人というほぼ一定の規模で過ごしたことになる。こうした状況をふまえ、シングルへの参加メンバー全員が表題曲に参加する、いわゆる“全員選抜”の体制が改名以降とられてきた。また、ひらがなけやき時代も欅坂46・5thシングル所収の「NO WAR in the future」以降56は1・2期生全員で制作されてきた57

 ただ、フォーメーションにまつわるストーリーが排されてきていたのかというと、必ずしもそうではない。「ひらがな推し」時代から、かなりスピード感のある形ではあったが、一貫して番組内でのフォーメーション発表の形はとられてきているし、アルバムリード曲のフォーメーションについてもシングルのそれと同様のものとして機能しているというのは、乃木坂46・櫻坂46にはない特徴である。乃木坂46・櫻坂46のアルバムリード曲のフォーメーションは、直前のシングルのフォーメーションに(おおむね)準拠しているが、日向坂46については(メンバーの入れ替えをともなわないから、という部分もあるかもしれないが)新たなフォーメーションがつけられ、“新センター”が生まれる、という形となる。
 1stアルバムの「アザトカワイイ」では佐々木美玲がセンターに立つが、これは改名以降4thシングルまで一貫してシングルのセンターを務めてきた小坂菜緒からセンターが“交代した”タイミングであり、2ndシングルの「君は0から1になれ」では佐々木久美がセンターに立ち、これは坂道シリーズのキャプテン(および副キャプテン)が表題曲・アルバムリード曲のセンターに立った初めての事例であった。

 4期生の加入をもってグループの総人数は30人を超え、その後の期間にグループを離れたメンバーはいたものの、11thシングルで選抜の対象となったメンバー58は28人という規模である。“全員選抜”というのはやや考えにくい規模の人数であり59、櫻坂46がとっていたマルチセンターシステムのような、その他の形式で“選抜制導入”をかわすようなことも不可能ではなかったといえるが、これに先立って櫻坂46がすでに選抜制に移行していたという状況でもあり、ストレートでシンプルなやり方がとられた、という印象である。あるいはセンターを務める4期生・正源司陽子は、同期の宮地すみれとともに前年の「Happy Train Tour 2023」の「One choice」で、活動休止中の丹生明里にかわってセンター(宮地はその隣の、卒業した影山優佳のポジション)を務めたり、「ミュージックステーション SUPER LIVE 2023」(2023年12月22日)にはこれと同様の体制で音楽番組にも出演するなど、明確に地ならしが行われていたような状況であった。4期生合流・選抜制導入・センター正源司と、構えていたところにボールが次々と投げ込まれてきたような、そんな印象も受ける。

 日向坂46・4期生は櫻坂46・3期生より加入が半年ほど早かった一方で、フォーメーションへの合流については逆に半年ほど遅れた形となった。見ている側としては櫻坂46のほうのスピード感に驚く気持ちが強く出る一方で、4期生としてはいくぶん苦しく感じた時期もあったようである。特に藤嶌果歩は「この新参者は4期生にとって最後のチャンス(2023年11月18日昼公演「新参者 LIVE at THEATER MILANO-Za」8公演目)、「加入してからずっと存在意義がわからなかった(2024年4月6日「5回目のひな誕祭」DAY1)と、そうした趣旨の発言をすることが多いし、正源司陽子も選抜発表後のインタビューで「今まで何かグループに貢献できたことがあるかって聞かれたら、ぜんぜん思い浮かばなくて(2024年2月25日「日向坂で会いましょう」#250)とした。少なくともこれ以上は4期生のことを留め置くことはできない、そのくらいのタイミングであったように感じる。

 発表直後は選抜外のメンバーは「アンダー」と称され、これは公式サイト上でのフォーメーション発表やシングルの収録内容の発表など、一時的ではあるが幅広く公式に用いられていた。その後、2024年4月6日の「5回目のひな誕祭」DAY1において、その名称が「ひなた坂46」に決定したことと、「11th Single ひなた坂46 LIVE」の開催が発表される。高本彩花の卒業セレモニーを行うという特別な事情もあるが、「11th Single」と冠していることからすると、ライブの開催も含めて今後も継続する体制であることを読み取ることができる。
 改めていうまでもなく、グループの出自は「けやき坂46」にある。「欅坂46のアンダーグループ」と説明され続けたあの日々のことを思い出して、その延長線上に現在をとらえたとき、「ひなた坂46」には力が足りないとか、できることが少ないとか、そんなふうにとらえるファンはいないだろう。「アンダー」の名称をそのまま使わないことを前提とした、やや簡便な名付けのようにも思えたし、メンバーも発表されたときの少しの戸惑いを笑い話として語っていたが、一方でさまざまな文脈を背負った、これ以外にない絶妙のチーム名でもあるように思う。
 人数規模は選抜が16人、ひなた坂46が12人であり、これは櫻坂46の選抜/BACKSの規模とほぼ重なる(“初代ひなた坂46”と、活動開始時のひらがなけやきは、同じ人数であるということにもなる)。また、ライブの開催はもちろんであるが、MVの制作があるという点でも重なっているということができる。

[34]「『かわいそうな子たち』という目」
——選抜制そのものを問い直す余地はあるか

 ポジションをつけられることに対して、複雑な感情を抱かないメンバーはいない。特に加入からしばらくの時期は、前に出れば戸惑い、後ろに下がれば苦しさである。キャリアが長くなり、立場が落ち着いたようなメンバーにとっても、フォーメーションのあり方はナイーブな話題であり、いつまで経っても緊張してしまうもの。それぞれ違う立場のメンバーが、それぞれ違う場所でそれぞれ違う感情を抱く、永遠に割り切れないものである、といえようか。
 そのなかにあって、特に乃木坂46に関していえば、選抜制=選抜/アンダーの間にある隔たりは、ある意味グループの分断の象徴であった。本稿[1]で述べたように、グループ立ち上げの日からメンバーは「選抜」のシステムに直面させられ、選抜発表の模様そのものがショー化していたところからグループはその歩みを始めている。3人の選抜メンバーが入れかわり、フロントメンバー2人も3列目と入れかわり、終了後はメンバーが揃って泣き崩れていたような、2ndシングルの選抜発表。その直後、自らは引き続きセンターポジションを務めることになった生駒里奈は「なんで分けるのかな、って思うのね。せっかく33人いるのにさ。毎回撮影とかで動くのは難しいとわかってきたから思うけど、でもそれって全員じゃないからさ(『悲しみの忘れ方』)と語っていた。
 アイドルになってまだ数ヶ月であった生駒のその語り。例えば1年後、5年後、10年後、生駒が同じ現象に対して問われたとして、どのように感じ、語っていたのだろうか、という点は置いておいて、「なんで分けるのかな」という問いが解消するような状況にはなっていない。しかし、多くの状況が当時と異なるというのも事実である。グループがもつ構造的な“分断”に対してどう向き合うか。グループの12年の歩みは、その絶え間ない試みであった。

 折に触れて本稿で用いてきた、フォーメーションの変遷をみる際の5つの観点=「①選抜人数の増加」「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」「⑤『同期』の枠組みを重視する」は、いわばソフト面からの試みであるといえる。多くのメンバーが選抜を経験し、いたずらにかき乱さず、スムーズにシングルごとの体制を移行させていくことによって、“分断”の構造そのものはほぼ変わっていなくても、それを小さくとらえることは可能である。選抜発表のショー化が抑えられ、スタジオ発表の形式がとられなくなったことをはじめ、その“分断”の構造をあおるプロデュースがなされなくなったことも、これに準じるものであるといえるかもしれない。
 これに対してハード面での試みは、ざっくりいうと「アンダーメンバーの仕事を増やす」ということである。アンダーライブのスタートはその最たるものであるし、メンバーみながそれぞれに“個人仕事”に取り組み、そこにはもはやグループ内のポジションを反映する余地は小さいということは、本稿[24]でも確認した。また、フォーメーションは依然として“下ろされる”もので、メンバーは受け止めるだけだが、こうした“仕事”については、決めてくるのはマネジメントの側でも、それに取り組み、成功させ、次につなげるのは究極にはメンバーの力である。あるいは“仕事”の広がりは、グループの名前が大きくなっていったことに対応した状況でもあるだろう。メンバー全員の力をもって、“分断”の幅が狭められていったような、そんなとらえ方もできるだろう。

 あるいはもっと内心の部分で、メンバーに挫折感をもたせず、グループの一員として励ましたり、いま置かれたポジションの意義を強調したりすることで“分断”を乗り越える、という試みも多くあるだろう。上記のソフト面・ハード面での試みを背景としつつ、この点がもっとも大きいということができるかもしれない。
 それが近年は特に、「アンダーに選ばれる」という趣旨の発言に現れているように感じることがたびたびあり、それは坂道シリーズ全体に共通している。櫻坂46における選抜制導入の端緒となる7thシングルでBACKSメンバーのセンターを務めることになった井上梨名は、「BACKSメンバーに選ばれた、ここにいるみんなで、一緒に頑張っていきたい(2023年11月26日「3rd YEAR ANNIVERSARY LIVE」DAY2)と語り、34thアンダーセンターとしてアンダーライブで“座長”を務めた中西アルノは、ライブのクライマックスで「私たち14人は選ばれてこのステージに立っています、私はいまここにいることに誇りを持っています(2024年1月27日「34thSGアンダーライブ」3日目)と声を震わせた。“初代ひなた坂46”となった森本茉莉は、「(表題曲を届けるわけではない)私たちにしかできないことがある(2024年4月6日「5回目のひな誕祭」DAY1)という言い方で、「11th Single ひなた坂46 LIVE」に臨む決意を涙ながらに表現した。

 ただ、あえていえば、そこにマネジメントの側からの説明や声がけが作用していたとして、そのこと自体はそこまで近年に特有の状況ではないのではないかとも思う。本稿[9]でも振り返ったように、“分断”がかなり厳しいものとして立ち現れていたといえる時期の乃木坂46において、それに最前線で直面していた中元日芽香は、“人事”の意図について明確な説明を受ける機会を得たことを明かしている。そしてそのなかでは、「アンダーに“選ばれる”」という言い回しも登場する。

 何でもない話もしながら、やはりタイミング的には選抜発表を受けての話がメインになります。未だ結果を受け入れることができず、でもどうしたら良いかわからない。そんな私を心配してくださっていたようでした。おそらく選抜発表をする前から、結果を知ったらひめたんは絶望するだろうと気にかけてくださっていたのでしょう。
 ひめたんは十分頑張った。その言葉は純粋に嬉しかったです。私のこと、ちゃんと見てくれていたんだ。その上で、一歩踏み込んだ話をしていただきました。

 これまで活動してきて初めて、「選抜に入れなかった理由」「14thでひめたんが担う役割」を教えてもらいました。アンダーに“選ばれる”ことにも理由があると初めて知りました。
 だからといって「そうでしたか。オッケーです! 引き続き頑張ります!」とは言えませんでした。私はアンダーに必要とされる存在になりたいのではない。結局は選抜に入れる絶対的な存在でなかった。それだけのことだと解釈するしかありませんでした。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.71-72)

 そのこと自体で中元をはじめとする当時のメンバーが何かを救われたというようには見えないのだが(中元自身はあけすけにそう綴っているし)、そうしたエンカレッジメントを継続的に続けながら、先に挙げたソフト面・ハード面での試みを進めていくことで、時間をかけてゆっくりと状況が改善していったような形であろうか。
 あるいはそこにはやはり、卒業と加入が繰り返されてメンバーが入れかわったことも大きく作用しているはずだ。かつての時代を知り、そのなかで日々を戦ってきたメンバーが、そのなかでつくられた価値観を転換することは難しいだろう。しかしそれでもある程度折り合いをつけながら、できうる最善の形で後輩にグループを受け渡していくことで、その改善を実現させ、次の時代へグループを接続させたことは確かだろう。

 そんなゴチャゴチャ言っていないで、選抜制なんてやめてしまえばいい。少なくとも名称や“発表”のあり方に工夫の余地はあるのではないか。ファンコミュニティのなかでは長らくくすぶってきた(もしくは、燃えさかってきた)議論である。ただ、特にいわゆる“全員選抜”が成立しにくいグループの規模であれば、それは危険な道のように感じるし、だからこそその点の見直しは行われていないのではないかと思う。
 選抜/アンダーの構造にはさまざまな利点があるし、あるいは選抜制でなくても“分断”は生まれうるものだ。“分断”の弊害がチームの力で克服できるならそれが最善である、という趣旨のことを、本稿[13]において書いた。これに加えて、例えば「選抜/アンダー」ではなく、並列する2チームのような形を想定したとき、そこには上下の構造がないがゆえに、メンバーを入れかえるインセンティブに乏しくなる。2チームそれぞれに固有のチーム感が生まれ、そこに手をつける必然性は薄れていくだろうし、入れかえを最小限にしてしまうと、別のグループがふたつ走っているようなもので、しかも各チーム内における小さな“分断”が生まれる余地はなくせていない。例えていうならば、2018年くらいの漢字欅・ひらがなけやきに対して、「選抜グループ・アンダーグループということではないんですけど、ちょっと7人ずつくらい入れかわってみませんか?」と言っているようなもので、あまりメリットが見いだせるものではない(あるいは、乃木坂46が経験した「交換留学」もいくぶん想起される)。

 「アンダーメンバーがなしうることの大きさ」とともに、「アンダーから選抜をめざすモーメント」が存在し続けていることが重要なのである。それはチーム分けに変化をつけ、グループにダイナミズムをもたらすし、そのことで作品にもバリエーションが生まれていく。その意味では、現在のグループのかじ取りは絶妙なバランスを実現しているように感じる。

 ただ、それでも残っている構造的な課題に目を向けるとするならば、“分断”の構造は見えやすく、それを乗り越える試みは見えにくい、ということである。初めてアンダーに移って「なんなら、めちゃくちゃ燃えてます!!」と綴る菅原咲月や、「どっきどきわっくわくという感じです」と綴る筒井あやめのブログに、「次は選抜に入れるよ!」のような角度のコメントがついているのを見てしまうと、そこに何らかのコミュニケーションは成立しているのか、よくわからなくなってしまう。
 もちろん、「アンダーから選抜をめざすモーメント」の重要性は直前に述べたばかりだし、そうした構造は存置されている。メンバー当人のなかにも、「次は選抜に」の思いがないわけではないだろう。ただそれを、グループの一員としておさえている面もあれば、アイドルとファンを隔てる分厚いベールが見えなくさせている面もあるだろう。とはいえそれでよいのか、である。

 こういうことを考えているときに、いつも思い出す記事がある。
 乃木坂46・1期生の川村真洋が、卒業直前の時期に(卒業発表はふまえない形で)受けていたインタビューのなかで、アンダーメンバーとしての活動が長かった自身に向けられる目線について語られた部分だ。

 九州シリーズ(17年10月)では、明るく楽しいだけではなく、緊迫した雰囲気がステージにあふれていました。『アンダー』(17年8月発売・『逃げ水』カップリング)を私たち自身がどう表現すればいいのか分からなかったし、ファンの方はどう受け止めるんだろう? という不安があったんです。初めて『アンダー』を披露したときは、みんなの表情もバラバラでした。どういう感情で歌うのが正解なのか分からなかったんです。私はそんなに暗い気持ちで歌いたくなかったので、たまに少し微笑むようにしていました。
 人それぞれいろんな捉え方があると思うけど、「かわいそうな子たち」という目で見られるのが一番つらいんです。確かに苦しいことや落ち込むこともあるけど、私たちは元気だし、楽しみながら活動をしています。『アンダー』も、たくさんあるアンダー楽曲のなかの1曲なので、あまり深く考えすぎずに歌ったほうがいいんじゃないかな、って個人的には思っています。

(『日経エンタテインメント! アイドルSpecial 2018春』[2018年3月7日発売]p.48、川村真洋)

 「確かに苦しいことや落ち込むこともあるけど、私たちは元気だし、楽しみながら活動をしています。」というのはいかにもポジティブな川村らしい物言いだし、「元気で楽しむ」ことができるような健全なグループ運営がなされるように、という点に関しては念じて見守るしかないのだが、「『かわいそうな子たち』という目で見られるのが一番つらい」というのは、ずっと心に置いておかなければならないな、と感じるコメントだ。

 世は空前の「推し」流行りである。ややニュアンスが曖昧なその現代的な用法について、筆者なりに言い換え・切り分けを試みるとすれば、「推す」ことは「視野を狭めること」ではないかと思う。視野を狭めることでストーリーが単純化され、熱を高めやすくなる。そこに生まれる高揚感、非日常感を求めるのが「推す」行為である、そんなところだろうか。
 そしてもっといえば、対象を絞って熱を高めることで、有り体にいえばコストが払われやすくなる。時間を使い、お金を使う、という意味だ。それを引き出すことがそのまま商業的成功であり、だからこそさまざまな業界や個人が一体となって「推し」概念に乗っかり、あるいはそれを神輿として担いでいるのである。
 趣味や娯楽とはだいたいそういうものだし、別に取り立てていうほどのことではないが、ここでいう「推し」はたいていの場合生身の人間であるということには、こと現代においては注意が必要である。そして、なんなら「熱は高ければ高いほどよい」=「視野が狭まっていれば狭まっているほどよい」のような構造やとらえ方も、なんとなく存在しているように思う。それは確実に、望ましい現象ではない。

 話が拡散してきてしまったが、わかりやすいストーリーや定着したイメージでのみメンバーをとらえるのではなく、常に変動しうるその温度感に対して敏感でありたいし、あるべきである、ということだ。あるいはその一方で、適正な距離を保ち、熱を高めすぎず、視野を広く保つことも重要である。
 筆者自身もそれができていると胸を張ることはできないし、誰もがそのように振る舞うことができるなら、世界全体がだいぶ平和になっていそうなものだから、ただの理想論にすぎないのだけれど。

■ 吉本坂46における「選抜」
 本稿中盤で述べたことに関連して、もう活動休止から2年が経ち、坂道シリーズとくくられる機会も絶無になっていると思うが、吉本坂46における「選抜」について、いくぶんの示唆のある事例として言及しておきたい。
 吉本坂46は2018年8月20日にオーディション合格者の発表とお披露目が行われ、1期生46人で発足し、同年12月26日に1stシングル「泣かせてくれよ」でデビューしている。デビューシングルの選抜メンバー16人はCDデビューの発表時にあわせて発表されており、お披露目時に暫定センターとされたスパイク・小川暖奈とトレンディエンジェル・斎藤司がそのままダブルセンターに立ち、一般知名度の比較的高い芸人を中心としたフォーメーションが組まれた。カップリング楽曲については「RED」「POP MONSTER」「ビター&スイート」の3ユニットによる楽曲と、および選抜メンバーのひとりである村上ショージによるソロ曲が制作されている。2曲にクレジットされたのは村上ショージのみで、そのほかのメンバーはユニットごとに仕分けられて1曲ずつ参加した形であった。
 坂道シリーズにおける通常のグループ運営を想起すれば、2ndシングルでは選抜メンバー数人を入れかえるところであるが、ユニットごとのトーンの違いや、それぞれが別に本業を抱えるメンバーの集合体であったことなどが作用してか、選抜メンバーの入れかえはまったく起こらず、2ndシングル「今夜はええやん」にも16人全員が続投となる。ユニット「RED」も維持され、「POP MONSTER」と「ビター&スイート」は「スイートMONSTER」に一体化される(このほか、メンバーの重複を許し、所属ユニットをまたがる新ユニット「CC5」も結成)。人数規模の近い選抜・「RED」・「スイートMONSTER」によって、CD盤の売り上げを競う企画が行われることになり、これをもってユニットは完全に固定されることになるほか、これに勝利した「RED」が3rdシングルの表題曲を歌唱することが決定する。もともとほぼユニット然として振る舞っていた1st・2ndシングルの選抜メンバーは「選抜」でなくなることになり、3rdシングルではメンバーを入れかえずに「CIRCUS」というユニット名を与えられ、カップリング曲を歌唱することになる。
 何が言いたいかというと、「選抜/アンダー」の構造をとるとして、ある程度はきちんと入れかえの幅を確保しておかないと、あっという間にそれぞれのチームが独立してしまい、入れかえのインセンティブも見いだせなくなる例がこれだ、ということである。
 その後吉本坂46は2020年1月に2期生を迎えるが、コロナ禍を受けて活動が完全に滞ってしまう。10月には定期公演をスタートさせるが、12月の「吉本坂46 誕生祭 2nd Anniversary Live」がメンバー・スタッフ内でのクラスター発生により開催延期となるなどの不運にも見舞われる。その後CDシングルはリリースできないまま、2022年2月に1stアルバムをリリースしたうえで、最後のライブを開催して活動を休止。2期生メンバーはアルバムに収録された全メンバー曲「笑ってサヨナラ」と、2期生曲「永遠のゴールドラッシュ」でのみ吉本坂46名義のリリース楽曲に参加した形となった。

[35]「チャンスは平等」なのか
——“フォーメーション史”を振り返って

 寄り道も多く、きわめて長くなってしまったが、本稿が目的とした「坂道シリーズ12年の“フォーメーション史”」の振り返りとしては以上である。
 乃木坂46に関していえばそこまで古いファンという自覚はないが、曲がりなりにも数年間ファンをやってきて、あるいはそれと並行して坂道シリーズの他グループについてはスタートから追ってきて、見えてきたものや感じていたことがいくぶんかは言語化できたように思うし、あるいは書いていくなかで見いだすことができたものももちろん多かった。読者がいるとはおおよそ思えないような文章だが、なんとか完成させることができてよかった、と思う。

 冒頭にも書いたように、本稿は35thシングルの選抜発表を受けて構想して書き始めたもので、2ヶ月以上を執筆に要してしまったということになる。この間には「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」が開催され、アンダーメンバーのフォーメーションや「35thSGアンダーライブ」の開催も発表された。あるいは、日向坂46が“選抜制導入”を発表した11thシングルフォーメーション発表は乃木坂46・35thシングルの選抜発表の翌週のできごとであり、この間に開催された「5回目のひな誕祭」において、アンダーメンバーの名称が「ひなた坂46」となった、というのは前述の通りである。
 2ヶ月あればこれだけのことが変わっていくのか、ということに驚いてしまうし、書きながら修正を迫られるような部分もいくつもあった。「全期間について扱う」というコンセプトの記事で、公開後も適宜見直し・修正はしたいと考えているが、しかし一方で「あくまで公開日時点での話」として受け取っていただければと思っている。

 「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY4でのスピーチにおいて、山下美月は「生きているなかで、理不尽だなと思うこととか、世の中にあんまり平等っていう言葉は存在しないなって、たまに胸が痛くなってしまうことがあるんですけど、でも乃木坂46にいるときは、すごく優しい気持ちになれて。みんなが主役のグループで、ずっとあってほしいなって思います」と語った。あてがわれた「チャンスは平等」という楽曲のタイトルと歌詞60をふまえたものであったことが伺える。
 「平等」というのは平易なようで、そのあり方もいろいろな形があるし、そこに向かうための道も無数に存在する、難しい概念である。チャンスが平等に回ってくるようにすることは重要なことだが、それだけでは「優しい気持ちになれる、みんなが主役のグループ」を形成することはできない。ときには形式的平等を多少歪めてでも突き進まなければならない道もあるだろうし、メンバー個々のパーソナリティや事情に応じてバランスをとることで、より平等を実質化させていくことも必要であろう。われわれの目に見えるものが平等じゃなくても、あるいはもっといえば、チャンスが平等じゃなくてもいいから、どのメンバーにも同じくらい幸福であってほしい。グループのファンとしては、そんなふうに思う。

 芸能界って(あるいは現実世界って)そんななまやさしいものじゃないよ、という向きもあるかもしれない。あるいは山下自身が、グループの内外で多くのチャンスをつかみ取って“成功”を積み重ねてきたメンバーだ。でもその山下がいう「みんなが主役のグループ」というのは、すべてのメンバーに自分と同じくらいの“成功”をつかみとってほしい、ということではなく、すべてのメンバーがそれぞれの形で、同じくらい幸福を感じていてほしい、ということだろう。そして、そうやって「ずっとあってほしい」というのは、グループがいま実際にそれを実現していることへの確信でもあるかもしれない。
 山下は乃木坂46の顔として強烈にグループを牽引し、そのことでグループ全体にたくさんの“チャンス”をもたらしてきた。卒業してそこから離れても、彼女には引き続き“成功”をつかみとっていく日々が続くだろうなと予想できる一方で、「乃木坂46にいるときは、すごく優しい気持ちになれて」という語りからは、グループから、または仲間から、彼女の側にもたらされたものも多かったことを感じさせる。
 “芸能界の厳しさ”的な世界観に対してあえてアンサーを加えるならば、「みんなが主役」で「優しい気持ちになれる」集団を、その芸能界で戦える存在にしているのが、グループアイドルというしくみなのだと思う。プロデュースやプロモーションの力が強烈なのはもちろんだが、それに加えて、多様なメンバーをグループという共通の文脈のなかに包摂し、共通の目標やストーリーを与えることで、メンバーの才能や努力を引き出しているというところも大きいように思う。

 その「グループアイドルというしくみ」を興味深く感じているからこそ、その一端であるフォーメーションのあり方について、ここまで書いてきたのだと思う。グループが続く限り、“フォーメーション史”もこれからもずっと続いていく。これから先にどういう動きが生まれるのか楽しみだし、それが常にメンバーに幸福をもたらすものであってほしい、と願ってやまない。

■ 本稿のタイトル「“フォーメーション史”」について
 他に適当な表現が見つからず、「“フォーメーション史”」とタイトルに掲げることになったが、筆者はこうした記事を書く場合、可能であれば「歴史」という語を用いることは避けるようにしている(「歴史」とダイレクトに言いたくなくて、「“フォーメーション史”」とやや誤魔化しているようなところもある)。「歴史」とひとくちに言ってもそこにはさまざまな意味が含みこまれている。ドイツ語には日本語でいう「歴史」にあたる言葉として「Geschichte(ゲシヒテ)」=「出来事としての歴史」と、「Historie(ヒストーリエ)」=「記述としての歴史」というふたつがあるという。
 通常の感覚でいえば、客観的な出来事があって、それをもとに主観的な記述が行われる、という順序があるはずだが、客観的な出来事は毎分毎秒と生起しては消えてしまうもので、知覚的に認識することはできず、主観的な記述を手がかりとして知る、ないしは振り返ることしかできない。いくつもの記述にあたって、誤りや偏りが入る余地を排除しようとしても、結局は客観的な出来事そのものではなく、「現在に通用する認識からして確からしい出来事と考えられるもの」にしかすぎない。
 本稿のような長い文章を書いていると、いま綴っているのが歴史だとしても、それはヒストーリエのことだな、とつくづく思う。主観を排することはできないし、書き進めるなかで軸もぐらぐらと揺らぐし、ひとつ知らなかったことを知るだけで意味づけがすべて変わっていったりする。それがおもしろくて書いているし、そうでなければ2ヶ月もかけて日夜書き続けるほどのものではない。「歴史とは現在と過去のあいだの対話」という有名すぎるフレーズがあるが、「対話」とはやはり言い得て妙である。
 別にそんな難しいことを考えながら書いているというわけでもないのだが、「歴史」といってしまうと、「おもしろくない教科書で読むような、出来事の羅列」とか、「唯一無二の事実を編んだものとして威張って書かれたもの」みたいにとらえられるような向きを感じており、それはちょっといやだな、と思うのである。だからなんというか、「歴史」というほどのものでは決してなく、ポエムみたいなものだととらえていただきたい。
 最後にそんなおまけの言い訳をさせていただいて、本稿を終えることにする。

  1. その後、2024年1月10日に活動再開を発表するが、「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」には体調不良のため欠席となっている。その後35thシングル期に入る頃より、再度グループに合流している。
  2. 金川紗耶、黒見明香、佐藤璃果、清宮レイ、柴田柚菜、筒井あやめ、松尾美佑、矢久保美緒。清宮と柴田は事前告知の出演メンバーには含まれていなかったが、舞台稽古後に駆けつける形で途中から出演した。
  3. AKB48の選抜メンバーが歴史上ずっと16人であったとはいえないが、乃木坂46が発足する2011年ごろには、増減する機会も多かったものの、16人が基準となっていたのは確かである。あまり知識がないので深く語れないのだが、研究生を除く総メンバー数について48人を目安とし、チームA/K/Bを16人ずつの形で構成していたこととも重なるのだろうか。
  4. 後輩メンバーについて、現段階で同様のことがいえそうなのは、与田祐希・遠藤さくら・賀喜遥香の3人であり、“抜擢シングル”を差し引くとすると井上和が、休業にともなう不参加のシングルをさらに差し引くと久保史緒里・山下美月がここに加わる。確かにそんなところだな、と思う一方で、5期生のポジションどりがやや柔軟なことも読み取れるかもしれない。あるいは、5期生は中西アルノ・井上和がセンターを務めたことしか、フロントに立った例がないということでもある。
  5. 松井の正式な兼任終了日は2015年5月14日で、直後の6月10日にSKE48からの卒業を発表、8月31日に卒業した。
  6. 五福神体制の8thシングルで2列目だったため、福神から外れたことがなかったわけではない。
  7. 潮紗理菜・加藤史帆・齊藤京子・佐々木久美・高本彩花(「TOKYO SPEAKEASY」2022年3月7日、佐々木久美・佐々木美玲)。
  8. 「TOKYO SPEAKEASY」2022年3月7日、佐々木久美・佐々木美玲。なお、欅坂46は4thシングルまでのフォーメーションをスタジオ発表形式で放送していたが、このタイミングでVTRのみでの発表に切り替わっている。
  9. 1stシングル期に長濱ねるが欠席メンバーにかわって「サイレントマジョリティー」などに加わった例を除き、ひらがなけやきのメンバーによって漢字欅のポジションが補充された唯一の事例である。
  10. 17thシングルに不参加の形であった中元日芽香を除く。ただし、中元もあらかじめ振り入れにはトライしていたが完成せず、このときの披露への参加を断念した、という経緯があったとのことである(『ありがとう、わたし』p.106,175-176)。
  11. 「NARUTO-ナルト-」とのタイアップ曲だった「月の大きさ」では、同作のファンであった生駒里奈がかなりフィーチャーされていたが、フォーメーションとしては堀をセンターとする形が保たれていた。
  12. 「選抜の対象となりうるが、選ばれなかった場合アンダーとしては扱われない」という点では、2期生でとられた研究生システムと共通する形が3期生以降でもとられているが(「乃木坂工事中」の選抜発表回での過去作ポジション表示における「3期生」「4期生」「5期生」)、一気に加わるという点ではやはり違いがあるし、特に3期生についていえばその扱いであった時期が2シングルと短くもある。
  13. ユニット曲、ソロ曲を含む新曲7曲にクレジットされている。リード曲「月曜日の朝、スカートを切られた」にはMVにも参加。
  14. 2023年10月に活動休止のアナウンスがあった金川紗耶は、この期間『Ray』専属モデルとしての活動も休止している
  15. 2020年2月4-5日「日向坂46×DASADA LIVE & FASHION SHOW」でのアンコール告知がサプライズだったかどうかを確認できていないが、おそらく違うのではないかという感覚をもっている。そのほか抜けているものがあればご教示いただきたい。
  16. 丹生明里は休業期間中に「Happy Train Tour 2023」追加公演1日目(2023年12月9日)で行われた潮紗理菜の卒業セレモニーに予告なく登場したが、「休養中ですが駆け付けてステージに立たせていただきました」(公式ブログ 2023年12月10日「〜ありがとう〜」)という位置づけであり、12月30日にブログなどでの告知があり、「CDTVライブ!ライブ!年越しスペシャル!2023→2024」からの活動復帰となった。腰の治療のためと明言されての活動休止であり、他のメンバーの例と取り扱いが異なる面もあるが、この間にはブログの更新も前掲したものだけで、メッセージの送信を除いてすべての活動を止めており、「休業」の色はやはりはっきりしていたといってよい。
  17. 「『サイレントマジョリティー』で長濱ねるが原田葵のアンダー」みたいな言い方があったのを覚えている。
  18. 12thシングルでの堀未央奈に続いたのが22ndシングルでの久保史緒里で、このほかには強いていえば最初にアンダーに合流したタイミングのアンダーライブに伊藤理々杏が不参加であった例がある程度であった。この後も、これに該当するのは理々杏と同様にひとり遅れて合流する形となった黒見明香のみであった時期が続いていた。であるがゆえに、今回35thシングルで筒井あやめ・菅原咲月の2人が同様の状況となったのは特筆すべき事態であり、このことについては本稿の終盤で改めて述べることとしたい。
  19. 「真夏の全国ツアー2019」は7月3-4日の愛知・ナゴヤドーム公演からスタートしており、桜井の卒業発表は7月8日、選抜発表の放送が7月15日であった。桜井は9月1日の明治神宮野球場公演3日目をもって卒業する一方、9月4日発売の24thシングルには通常通り参加している(“卒業ソロ曲”を含む4曲に参加)。
  20. 欅坂46およびこの年改名デビューの日向坂46に加え、総合司会の内村光良も「権之助坂46」としてパフォーマンスに加わった。
  21. かつ、2020年5月5日・6日・7日は休日・休日・平日というカレンダーの巡りであった。
  22. シングルに同封のイベント参加券に記載あり。4月5日が関東会場、5月9日が関西会場(インテックス大阪)、6月13日が中部会場(Aichi Sky Expo)であった。関東会場の表記は「千葉マリンスタジアム / 幕張メッセ」であったが、千葉マリンスタジアムは2016年12月よりネーミングライツにより「ZOZOマリンスタジアム」となっている。
  23. 選抜メンバーから“アンダーメンバー”を定義するとすれば(=選抜外の2・3期生)、伊藤純奈、佐々木琴子、鈴木絢音、寺田蘭世、山崎怜奈、渡辺みり愛、伊藤理々杏、阪口珠美、佐藤楓、中村麗乃、向井葉月、吉田綾乃クリスティーの12人となる。
  24. 「坂道合同新規メンバー募集オーディション」と坂道研修生での活動を経て2020年2月16日に乃木坂46に配属された、いわゆる“新4期生”5人は、特典映像として個人PVが収録される形で25thシングルに参加しているが、楽曲には参加していない。
  25. 2期生曲は20thシングル所収の「スカウトマン」、3期生曲は21stシングル所収の「自分じゃない感じ」以来であった。
  26. いわゆる“自粛期間”直後の「乃木坂46時間TV(第4弾)」でも、「期別冠番組コーナー」が設けられていた。
  27. 全体ライブが2021年2月23日で、デビュー日であるこの前日の2月22日には「前夜祭」が行われている(2月23日が祝日であることをふまえた日程であると思われる)。その後、2期生ライブが3月28日、1期生ライブが3月29日、4期生ライブが5月8日、3期生ライブが5月9日に開催されている。なお、4期生ライブ・3期生ライブは当初、人数をかなり限定した形での配信併用有観客公演とする形で準備されていたが、4月25日に3回目の新型コロナウイルス緊急事態宣言が発出されたことを受け(公式サイトでは4月23日の発出とされているが、厳密には25日から緊急事態宣言を発出する方針が23日に示されたもの)、無観客での公演に切り替えられている。
  28. 結果として翌年のツアーまでに1期生・2期生は全員グループを卒業し、「真夏の全国ツアー2023」は3・4・5期生で臨まれることになる。
  29. 3期生曲・4期生曲の制作は、27thシングルでの「大人たちには指示されない」「猫舌カモミールティー」以来約1年ぶり。この2曲は「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」の期別ライブアンコールにて初解禁・初披露されたもの。
  30. 「冷たい水の中」のMV公開については、公開時間についても自身の誕生日である10月15日になぞらえて22時15分(午後10時15分)とする形がとられていたが、リリース日の設定も含めてこれらは堀の意向であったといい、シングルのリリースに向かうにあたってひとつの前提となるタイミングであったといえる。「冷たい水の中」の公開時点ではシングルの収録内容は公開されておらず、表題曲のみが明らかになっているという状況であった(2020年11月24日にタイトルを発表し、翌日の「ベストアーティスト2020」で初披露。ここでの披露が楽曲の解禁でもあり、ラジオでの初オンエアは12月16日の「乃木坂46のオールナイトニッポン」においてで、MVの公開は年が空けた2021年1月8日であった)。
  31. 25thシングルまでのセンターでいうと、遠藤さくらが2001年生まれ、与田祐希が2000年生まれ、大園桃子が1999年生まれ、齋藤飛鳥が1998年生まれ、生田絵梨花が1997年生まれ、堀未央奈が1996年生まれ、生駒里奈が1995年生まれ、西野七瀬が1994年生まれ、橋本奈々未が1993年生まれ、白石麻衣が1992年生まれである。このうち橋本・生田が早生まれで、白石・堀とそれぞれ同学年である。山下は1999年7月26日生まれで、大園と同学年にあたる。なお、その後現在までのセンターでいうと、賀喜遥香は2001年生まれ、中西アルノは2003年生まれ、久保史緒里は2001年生まれ、井上和は2005年生まれである(中西・井上は早生まれ)。
  32. ここでいう「ミリオン認定」は日本レコード協会によるものであり、累計正味出荷枚数が100万枚に到達したことを認定するものである(いわゆる“出荷ミリオン”)。このほか、一般に「ミリオン」と扱われる数字にはオリコンによるものがあり、これは実売枚数を集計したものである(特に「ミリオンセールス」「ミリオンセラー」というと、こちらのニュアンスが出る)。統計の性質上、後者の「ミリオン」のほうがハードルが高いことになり、16thシングルはこの狭間の枚数であった(=「ミリオン認定」は受けたが、「ミリオンセールス」を記録したこととはされていない。オリコンの売り上げランキングから外れた時点で集計が止められるようであり、長年の積み重ねでこの数字をまたぐこともないことになる)。17thシングルから25thシングルについては、「ミリオンセールス」を記録している。26thシングル以降は「ミリオン」からは遠ざかっていたものの、31stシングル「ここにはないもの」が約3年ぶりに「ミリオン認定」を受けている。31stシングルは実質的に“1・2期生”にとっての最後の参加作品であり、スタッフも含めたグループの執念を感じるエピソードである。
  33. 26thシングル期でいえば、2020年12月・2021年1月には「ヒルナンデス!」のシーズンレギュラーも務めており、これが活かされる形となったのが、「乃木坂工事中」#300・#301での「乃木坂46 バラエティ養成講座!」であった。
  34. 隣の梅澤よりはもちろん、反対側の久保よりも少し背の低い山下が真ん中にはまっていることによって、フォーメーションの均整が際立っているような、そんな印象であった(筆者がこうした構造のフォーメーションが好きというだけの話である。近い時期でいうと、「猫舌カモミールティー」の田村真佑もそれだ)。また、26thシングルの発売とともにメンバーの公式プロフィール上の身長が改訂されているが、このとき山下は159cmから160cmに変わっており、この160cmは、当時の全メンバー44人の平均値と一致する。
  35. 坂道シリーズのオーディションにおけるSHOWROOM審査はひらがなけやき(1期生)オーディションよりスタートし、「坂道合同新規メンバー募集オーディション」まで行われた。乃木坂46・5期生オーディション以降においても、日向坂46・4期生、櫻坂46・3期生のオーディションにおいても行われておらず、「研修期間」の位置づけなども含め、乃木坂46・5期生のものと形式がそろえられている。
  36. 合格者の即日お披露目があったのは、1期生と3期生。また4期生については、「坂道合同新規メンバー募集オーディション」合格者決定直後にメンバーが個別に「お礼配信」を行った(全員ではなく、SHOWROOM審査の流れをくんだもの)。
  37. このうち冨里奈央は新型コロナウイルスの濃厚接触者と判定されたため、結果としてお見立て会には出演していない。
  38. 選抜人数18人は、15th→16thで16人→19人と増加して以降現在までの“最少ライン”の人数であり、このほか18th・24th・31stシングルが選抜人数18人のシングルである(15th以降では)。18th・24thシングルは29thシングルと同じく「抜擢シングル」である。29thシングルでもこの“18人”のラインが目安となっていたとするならば、北野が選抜の対象とならなかったことで(北野とかかわりの深い)柴田が選抜入りしたような、そんな構造にも見える(北野はこのシングルにはソロ曲のみでの参加であるが、例えば選抜メンバーとしてこのシングルに参加することも、スケジュール的には不可能ではなかったのである)。
  39. 5期生オーディション最終審査(研修生の確定)は当初2021年9月19日とアナウンスされていたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で選考スケジュールに変更があったとされており(参考)、最終合格者の発表が予定より遅れており、研修期間の起点がどこからだったのかは判然としていない(最も長く見積もると4ヶ月半ほどとなり、ここではこれを参考にして記述している)。
  40. のちの例でいえば、2022年11月5日に動画配信の形で初披露された31stシングル表題曲「ここにはないもの」は、前日に齋藤飛鳥の卒業発表が行われていたという状況であったが、これは選抜発表の放送前日の配信であり、配信のパフォーマンスのなかで誰が選抜メンバーであるのかが明らかになる形がとられた(フォーメーションの発表はともなわない)。
  41. このときの「乃木坂電視台」では久保史緒里が「(グループに)ピアノの文化が続いたらいいなぁ」としてピアノの弾き語りに挑戦するなど、生田の存在の大きさにちょうど直面していたようなタイミングでもあった。
  42. 岡本のプロフィールはまだ公開されていなかったが、もともと3月に活動開始の予定であったとのことであり、29thシングルには「絶望の一秒前」および5期生ドキュメンタリーで参加している。正式なプロフィール公開を経ないまま、活動自粛の発表と作品のリリースが先行した形であった。
  43. 成年年齢を18歳に引き下げる改正民法の施行は2022年4月1日であり、2022年3月までの時点での成年年齢は20歳である。
  44. 4公演目の福岡公演中のけがにより、北川悠理が愛知・大阪での4公演を休演し、これらの公演はメンバー9人で臨まれている。
  45. 和田は「30thSGアンダーライブ」千秋楽公演内で卒業のセレモニーを行っているが、順序としてはその後に、サプライズの形で「樋口日奈卒業セレモニー」に出演している。
  46. 脈絡はないのだが、ふと思い出したのでリンクを付しておきたい。→「『僕は卒業しません DOCUMENTARY of YOSHIO KONNO』告知映像:公式」(2019年4月2日公開)
  47. 35thシングルでの吉田綾乃クリスティーの初選抜までを考慮している。該当するのは、矢久保美緒・岡本姫奈・小川彩・奥田いろは。
  48. 沖縄アリーナ公演については直前まで一般発売のチケットが買える状況であったが、現地には2日とも空席はほとんどなく、満員と称してよいと感じた。一般に苦戦しがちとされる北海道・真駒内セキスイハイムアイスアリーナ公演は即完売の状況であり、前年に続き成功を収めたといえる。
  49. これらのシングルではすべて表題曲のフォーメーションもダブルセンターの形である。このほかに表題曲がダブルセンターだったのは、17th・19th・34thの3作。
  50. 活動休止にともない30thシングルを不参加とし、31stシングルには参加していた早川聖来は、このときはまだ不参加の曲やブロックがあった。
  51. 選抜からアンダーへの移動が5人というのは、8thシングル・18thシングルと並び、6人であった24thシングルに次ぐ歴代2番目の数である。
  52. 1列に11人が配されるというのは、これも歴代最多の数字であった。
  53. 2021年7月11日・18日の「そこ曲がったら、櫻坂?」#38・39「みんなの絆で差し入れゲット!BACKSメンバー一致団結ゲーム」あたりで定着したように記憶している。乃木坂46のアナロジーでいうならば、「表題曲メンバーから外れたメンバーがBACKSメンバーで、それらのメンバーによる『BACKS LIVE!!』を開催する」ということになるがそうした説明ではなく、絶妙に外されているという印象をもつ。
  54. 7thシングルの活動を持って小林由依・土生瑞穂がグループを卒業。また、8thシングルには小池美波が活動休止により不参加となっているが、6th・7thシングルを活動休止により不参加としていた遠藤光莉が8thシングルでは復帰している。
  55. 7thシングルのBACKS曲「確信的クロワッサン」にはMVがなく、BACKSメンバーは3期生曲「マモリビト」か、1・2期生曲「隙間風よ」のどちらかでMVに参加している、という形になる。MVの制作はシングルごとに3曲と固定した上で(卒業楽曲であり、シングルにおける位置づけが特殊であった「その日まで」「君がサヨナラ言えたって・・・」は例外)、全メンバーが参加する形で調整されている、という印象を受ける。
  56. 欅坂46・5thシングルにはもう1曲、1期生11人による「それでも歩いてる」が収録されている。長濱が兼任解除で離れたのはこのシングルからである。
  57. 上村ひなののひらがなけやき時代にはCDリリースがない。
  58. シングルに参加した全メンバーから、卒業楽曲「僕に続け」のみでの参加であった齊藤京子を差し引いたメンバー、という趣旨である。
  59. 坂道シリーズでいえば、欅坂46が“ラストシングル”として配信リリースした「誰がその鐘を鳴らすのか?」は歌唱メンバーが28人(当時所属のメンバー全員)であり、この人数で音楽番組への出演などの稼働を行っていた例はある。
  60. このスピーチは本編最後に行われたものであり、アンコールで披露された「チャンスは平等」は、タイトルを含めて未解禁の状態であった。

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