もう一度、北野日奈子の姿に「希望」を見て

 以前、こんな記事を書いたことがある。

 とても個人的な記事だった。体調不良による休養を経験した北野日奈子に、休職をした僕自身の境遇を重ね、復活を遂げつつあった彼女に希望を見いだしたものだった。大丈夫だ、僕も復活できる。そう言い聞かせるための文章だったかもしれない。

 そんな記事から284日。僕の体調はしかし、一筋縄ではいかなかった。だからというわけではないが、ここでもう一度、もっと個人的な話をしたい。ひとりの北野推しの、ただのつまらない人生の記録である。

 

もう一度体調を崩して

 前回の記事にも「完全によくなった、これでいける、と思うところまで体調をもっていっての復職だったが、思ったよりもダメだった。」と書いたところだが、復職後の僕の体調は日に日に下降線をたどっていった。そもそも復職初日に手が震えて止まらなくなっていたのである。自分に何をどう言い聞かせたところで、「体調不良」はどうにもならなかった。

 身体が小刻みに震えて立ち上がれない朝。突然襲ってくる絶望的な無気力。何かを変えようとして転職活動に手を出した。あるいはいっそのことと仕事を辞めようともしたが、それすらもうまくいかず、どん底の闇の中に叩き落とされた。

 もう一度休職をしなさい、と医者に言われたときの風景をよく覚えている。目の前が真っ暗になる、とはよく言ったものだ。

 2018年12月。僕は二度目の休職に入ることになった。

 

アンダーライブ関東シリーズ

 これと近い時期に行われたのが、北野日奈子が座長を務めたアンダーライブ関東シリーズであった。僕は2日目の見切れ席のチケットを持っていたが、正直なところ行くのは半分諦めかけてもいた。少しの緊張で手足が震えるような状態では、ライブに参戦するのは難しい。会場である武蔵野の森総合スポーツプラザも、とても遠く感じられていた。

 しかし、僕はどうしても諦められなかった。ここで諦めてしまえば、センターに立つ北野の姿を見ないままになってしまえば、すべてが終わってしまう。そんな気がしていた。這ってでも行こう、などと書いてしまうと大げさだが、なんとか自分をふるい立たせて会場に足を運び、調子が悪くなったら座るなり退出するなりするつもりで開演を迎えた。

 結果、僕は最後まで公演を見届けることができたし、公演中は手足の震えも出てこなかった。休めば回復するのかもしれない。北野の姿とまなざしに背中を押されるようにして、実家で休職生活に入った。

 (関東シリーズについては、この記事で少し触れている。)

 

置いていかれるような感覚

 年末年始の歌番組では、北野日奈子の快進撃が続いた。アンダーライブの翌日である12月21日には「Mステスーパーライブ2018」に出演し、代打メンバーとして「シンクロニシティ」を個人として初めて披露した。続く12月24日の「CDTVスペシャル!クリスマス音楽祭2018」では、「帰り道は遠回りしたくなる」を披露した。

 さらに12月30日の「輝く!日本レコード大賞」では、前年の大賞受賞作品として「インフルエンサー」が披露され、北野はオリジナルのポジションで出演を果たした。休養期間だった前年のリベンジを果たした形となる。12月31日の紅白歌合戦にも2年ぶりに参加し、同日深夜の「CDTVスペシャル!年越しプレミアライブ2018→2019」では「シンクロニシティ」「ジコチューで行こう!」「帰り道は遠回りしたくなる」の3曲にわたり、代打メンバーとしてフロントに立った。

 北野推しとしては幸せな時間だった。ただ、休職生活に入ったばかりの我が身を省みると、北野が強く歩みを進めていく一方で、実家でうずくまっている自分の弱さが思われたことも確かだ。身勝手な話だが、北野に置いていかれるような感覚があの頃の自分にはあった。そのこともまた、書き残しておきたい。

 

今度こそ、順調な回復を

 そんな風にしながらも、実家にいた数週間のあいだに僕はある程度回復し、最悪の状態を脱した。手足の震えや絶望的な無気力は消え、目に見える症状は長く付き合ってきた眠りの障害を残すのみとなり、気力と体力の回復に努める日々が続いた。

 その日々のなかで、このブログにもいくつか文章を書くことができたし、体力的には挑戦といえるものだった「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」にも参戦することができた。このことはすごく自信にもなったし、特にDAY3で光った北野の活躍(4期生紹介MC、「スカウトマン」相楽ポジ、「日常」、「アンダー」)に今度は素直に勇気をもらうことができた。

 回復にある程度自信はもっていたものの、親の助言と医者の指示もあり、3ヶ月だった休職期間は6ヶ月に伸びた。相変わらず睡眠のリズムはなかなか整わなかったが、その6ヶ月を経て、今度こそこれでいける、と思えるところまできた。慎重に慎重を期したといってもいい。

 その間、北野は「Sing Out!」で初の福神入りを果たし、雑誌などの媒体に露出することも増え、モバイルメールもよく届くようになった。彼女にちらついていた「体調不良」の残滓はいつのまにか全く霧散し、きらきらと輝く姿を見られることがどんどん増えていった。

 

背中を追いかけるように

 そして僕は復職し、いまだに軽減勤務の状態ではあるものの、通勤を続けながら1ヶ月を過ごすことができた。前回の休職明けのように手が震えることもなければ、絶望的な無気力に襲われることもない。しかし正直に言えば、「体調不良」の影がちらつくことも時折あるし、体力や気力がまだ不足しているとも感じる。

 決して平坦ではないこの道を、この人生を、しかし歩いていかなければならない。北野日奈子の歩みはそんな僕の指針となっている。

 今年も真夏の全国ツアーが始まった。けがを知ったときは心配したが、元気なモバイルメールやブログがそれをいくぶんかは打ち消してもくれた。24thシングルでも選抜入りを果たし、いよいよその歩みは揺るぎないものとなった。ステージで輝くその姿を見て、あるいは前に進んでいくその背中を追いかけるように、僕も力をもらい、少しずつ前進していきたいと考えている。

 

 2019年7月17日、今日は彼女の23歳の誕生日。

 今日という日にもう一度、北野日奈子の姿に「希望」を見て。

 (きいちゃん、お誕生日おめでとう。) 

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