ひらがなけやき、アイデンティティの淵源。(2)

「アンダーグループ」からの解放

 2017年4月6日、代々木第一体育館で開催された、欅坂46「1st ANNIVERSARY LIVE」。漢字欅のデビュー1周年の区切りの公演であったが、ひらがなけやきにとっても非常に重要な公演となった。
 アンコールにおいて「ひらがなけやきパワーアップ計画」として、追加メンバーの募集がアナウンスされたのである。
 「けやき坂46ストーリー」(週刊プレイボーイ)によれば、この発表は当初、メンバーにかなりショックを与えたようである。さらに、サプライズ発表の形であったにもかかわらず、リハーサル中の事故からメンバーは公演前にすでに知ってしまっていたとのことで、そのようななかで公演に臨んだメンバーの心中は察するにあまりあるものがある。

 ただ、筆者は当時、いくぶんポジティブにこの発表をとらえていた。直前のZepp Tokyo公演ですでに全国ツアーの開催もアナウンスされているなかで「ひらがなけやきの増員」(「欅坂46の増員」ではなく)を行うことは、選抜制の導入という形で現状の漢字欅/ひらがなけやきを当面は解体しないというメッセージと受け取れたのである。
 当時は、ひらがなけやきが「アンダーグループ」と呼ばれていたことから(この時期にはかなり濁されるようにはなっていたが)、乃木坂46と同様の選抜/アンダー制が導入されるという見方に一定の存在感があった。また、かつての乃木坂46が16人の選抜メンバーを基本としていたことを考え合わせれば、当時総勢32人だったメンバーをシャッフルして2チーム制にするという観測は、数字の上でも説得力をもっていた。
 しかし「ひらがなけやきの増員」によって、その根拠は崩れることになる。これでむしろ、「『ひらがなけやき』とは何なのか」という漠然とした不安からの解消にもつながるのではないかと考えた。

 

「ひらがならしさ」の追求、Zepp Namba公演

 2017年5月31日、ひらがな全国ツアー2017・Zepp Namba公演。
 ひらがなけやきにとって、この日が大きな転換点だったと筆者はとらえている。ライブとしての大枠はZepp Tokyo公演を踏襲しつつ、あらゆる側面からの「ひらがならしさ」の追求が、このとき始まったように思う。これが、現在まで続くひらがなけやきの強みのひとつ、「ハッピーオーラ」の淵源だ。

 まず、MCが大きく変わった。有明コロシアム公演以降、MCの回しを担ってきた佐々木久美だが、Zepp Tokyo公演、「1st ANNIVERSARY LIVE」と上達を続けていたものの、まだまだ緊張が声に現れていると感じる場面が多々あったと記憶する。しかしこのZepp Namba公演では、佐々木久美の回しもスムーズであり、急激な上達がみられた。他のメンバーも全員がリラックスした様子で、MCでも観客を楽しませようとしていた。初めての地方公演、しかも「関西弁」「たこ焼き」とわかりやすい話題が多い大阪であったこともプラスに働いていたかもしれない。これ以降、地方公演でのMCでは、食べ物に関する話題が定番になっていく。

 そして曲目に関しても、転機となるひとつの大きな変更があった。
 「サイレントマジョリティー」が、セットリストから消えたのである。

 

解かれた「呪縛」、サイレントマジョリティー

 デビュー曲がヒットすることは「呪縛」といえるかもしれない(ぜいたくな物言いであることはわかっている)。ともすれば一発屋ともとられかねず、そこまでいかずとも2曲目以降にもイメージが影響してしまうおそれがあるからだ。
 漢字欅にとって、「サイレントマジョリティー」は確実にひとつの「呪縛」であった。「世界には愛しかない」「二人セゾン」期においても、何度「笑わないアイドル」などと呼ばれたかわからない。
 漢字欅はこの「呪縛」を、「不協和音」を筆頭に「サイレントマジョリティー」的な路線をさらに突き詰め、本当の意味で自分たちのものとしていくことで打ち破ってきた。

 一方ひらがなけやきとて、この「呪縛」は例外ではない。別働隊であっても、曲をカバーしてライブに立っている以上、「サイレントマジョリティー」の影響力は大きかった。「ひらがなおもてなし会」でいちばん盛り上がったのは、長濱ねるをセンターに置いて「サイレントマジョリティー」が始まったときであったし、Zepp Tokyo公演においてもセットリストに入り、会場を沸かせていた。
 「サイレントマジョリティー」を披露すれば、盛り上がることはある意味わかっている。「サイマジョを見たかった」と思うファンもいたはずだ。それでもなお、この日にセットリストから外され、以降一度も披露されたことはない。

 これこそが「ひらがならしさ」の追求の端緒を表したわかりやすい例だといえるだろう。
 漢字欅に目を向けると、この時期は「不協和音」や「エキセントリック」でハードな表現を追求していた頃である。その路線のはじまりの曲であり、漢字欅にとって象徴的な曲でもある「サイレントマジョリティー」を、ひらがなけやきが自らのアイデンティティを確立していくためには、セットリストから勇気を持って外す必要があったのである。
 ひらがなけやきもまた、「サイレントマジョリティーの呪縛」を解いたのであった。

 またこの日は奇しくも、ひらがなけやき追加メンバーの応募が始まった日でもあった。
 2017年5月31日。この日にひらがなけやきの歴史は急速に動き出したのである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました