(4)「最後のピース」北野日奈子、守り守られた場所で放った光
(10月20日、宮崎公演)
「みんなから私のことが もし 見えなくても
心配をしないで 私はみんなが見えてる」
「みんなから私のことが、もし見えなくても」
大分公演のセンターに立つ中元日芽香の姿を見て、いくぶん胸に落ちてきた「アンダー」の歌詞であったが、それでもどうしてもわからなかったのが、前掲の冒頭部分である。
ここだけ、誰のどういった目線で語られたものなのかが見えてこないのである。
そんなことを考えながら過ごした数日間。筆者は参戦していないが、その間にもアンダーライブ全国ツアー九州シリーズは、1日の空きを挟み、福岡公演が3日間、そして鹿児島公演が行われていた。
繋がったバトン、北野日奈子復活のステージ
この間、特に語らなければならない事項としては、もちろん10月18日、福岡公演3日目での北野日奈子の復帰だろう。直接その場に立ち会ったわけではないので多くを語ることはできないが、サプライズもサプライズである。毎日のように公式サイトで繰り返される「北野日奈子 欠席のお知らせ」。樋口日奈や寺田蘭世、そして中元日芽香が、絞り出すように発した北野に関する言及、あるいは大分で目にした、北野のポジションがいびつに空き、あるいは補われていたステージを思い起こせば、北野自身もぎりぎりのところで、ステージに立つべく戦っているだろうことは痛いほど想像できた。
一方で、ここまで欠席が続くと、それでもステージに立つのは難しいのではないかということも、また正直な印象であった。しかしその日、「欠席のお知らせ」が出ることはなかった。当たり前のことだが、かと言って「出席のお知らせ」が出るわけでもない。
そして開演時刻、ステージには北野日奈子の姿があった。現地の熱狂と歓喜は数々伝えられるところであり、また筆者自身も本当に驚いたし嬉しかった。スマートフォンの画面で見た「北野日奈子復活」の文字列だけで、ほとんど感極まりそうだった。
ステージに上がるべくずっと、「気持ちの限界」まで戦ってきた中で、何が最後に彼女をステージに押し上げたのかは、わからない。しかし一方で、中元日芽香について「体調を見ながら」というアナウンスがあり、Wセンターが完全にそろい踏みというわけにはいかず、この日に中元が参加したのは2曲のみであった。
「真夏の全国ツアー」で、寺田蘭世と渡辺みり愛、そして樋口日奈が繋ぎ守ったセンターポジション。そのバトンは、アンダーライブの舞台を目指して戻ってきた中元日芽香へ、そしてさらに、ずっと埋まらなかった最後のピースである北野日奈子へと渡ったのである。
ようやく揃ったすべてのピース、千秋楽
迎えた千秋楽、10月20日の宮崎公演。
ついにWセンターが、18thシングルアンダーメンバー18人が全員揃った状態で、ステージの幕が上がった。
北野のダンスは特徴的である。メンバー随一と言っていいほど、とにかく動きが大きい。
中元のダンスは、北野ほど動きは大きくないものの、振りと眼差しの強さを感じさせる。
センターポジション、「ゼロ番」を挟んで並び立ったふたりのダンスは対照的でもあり、しかし、ずっとそうしてきたかのような不思議な調和を保っているようにも感じられた。
そしてライブ中盤、筆者としては初めて目にする(そして最後になるかもしれない)、Wセンターをそろえて、18人で披露される「アンダー」。
感じたことをそのまま書けば、何事もなく過ぎていったように思う。中元も、北野も、そして18人全員が、それぞれの個性を発揮しつつ、それをチームとして調和させてしっかりとパフォーマンスを繰り広げていた。もはや初披露ではないということもあるだろう。朗読の演出以上に、振りかぶって繰り出すような曲でもないのかもしれない。
しかしこの曲が大過なく、全員で演じられたということ自体が、この3ヶ月間の、メンバーたちの戦いの所産だろう。そう思うと、不思議なほどに涙が出てきた。
「心配をしないで、私はみんなが見えてる」
アンコールでの中元のMC。彼女らしく、ひとつひとつの言葉が強かった。
「どうかわたしを引きとめないでください」。3年半の通院を明かした上できっぱりとこう言って、経験したつらさを正直に吐露し、最後は他のメンバーと、そのファンにまで向けたメッセージで締める。「アイドルを応援できる時間は有限だから、タイムリミットが見えて焦るのではなく、常日頃から愛を伝えてあげてほしい」だなんて言えるのは、去り際の中元日芽香だけだろう。
そしてその中で中元は、「わたしがいなくなっても心配しないでください」と言った。
総じて曖昧な記憶に頼って書いているから、正確ではないとは思う。自分の思うことを仮託しようとしすぎているような気もする。
でも確かに「心配しないで」と、中元日芽香は言った。
その言葉で、「アンダー」の冒頭の歌詞が、ようやく胸に落ちた。
「みんなから私のことが もし 見えなくても
心配をしないで 私はみんなが見えてる」
中元自身ももちろん、この曲の歌詞の受け止め方に苦しんだメンバーのうちのひとりである。
別の公演のMCでは、「自分の6年間を否定されたような気持ちになったこともあった」のように語ったとも聞く。確かに2年前頃のアンダーセンター時代の中元や、同じように選抜入りを目指して苦闘している(してきた)メンバーたちへの当て書きだとするならば、確かにこんなに残酷で悪趣味なことはない。
しかし筆者は、この曲は「卒業を決めた中元日芽香」への当て書きだったと考えてみることにしたい。無念を含みながらも自分で卒業を決めた彼女の6年間を称え、歌い継がれることで彼女のメッセージを伝え続けるための曲だと思い込んでみることにしたい。
あるいは当て書きかどうかは、本当のところ関係ない。彼女自身の意図も、もしかしたら関係ないのかもしれない。とにかくこの歌詞に重なるメッセージを受け取ることができて、ようやく筆者自身は、胸のつかえがとれたように思う。
「太陽の方向がわからなくなっても」
そして会場が異様な雰囲気に包まれる中、MCのバトンを受け取った北野。この日、MCで口を開くのは初めてだった。
パフォーマンスでは元気な姿を見せていたし、MC中に隣のメンバーとじゃれあって笑うような姿も見られたが、本編最後の樋口のMC中には少し苦しそうな様子で、隣の寺田に顔をのぞき込まれたりもしていた。
だから少し、心配だった部分もないではない。しかし彼女は彼女らしい芯の強さを感じさせる口調で、アンダーライブがあったから戻ってこられた、と言った。そして予期していたよりいくぶん饒舌に、自らと中元のことを語り始めた。
アンダーライブをはじめ、中元には先輩として、目に見える部分でも、またその背中でも引っ張ってもらってきた。その一方、隣やシンメトリーのポジションに入る機会を多く得てきた中で、自分と似た部分があるとも感じてきた。14thシングルの選抜発表後、自分が声をかけても聞こえないくらい泣きじゃくる中元の姿を見て、それが自分自身の姿でもあるように思った——
それだけ盟友と信じた中元が自分にも誰にも相談しないで卒業を決めた。いかなる事情があるとはいえ、そしてそのいくぶんかは北野自身もうかがい知る部分があっただろうとはいえ、そのショックは計り知れない。事実、彼女もそれを率直に口にしたし、中元がそれを詫びる場面もあった。そのこと自体が、盟友としてのふたりが直面した最後の試練を、乗り越えつつあることの証左であろう。
「ひめたんには……幸せになってほしいですねえ」。最後には少し茶化すようにそう言って、くしゃっと笑う。21歳になるに前後して、自分らしさがわからなくなった、と北野は語っていた。しかし、迷い悩み戦いながらたどり着いたアンダーライブのステージ上。我々の知る「きいちゃん」が、そこにはいた。
「太陽の方向なんて 気にしたことない
今どこにいたって やるべきことって同じだ」
そして彼女も、自らの未来について語る中で、「下を向いて太陽の方向がわからなくなっても」という言葉を使った。すでに胸がいっぱいだった筆者はこのあたりの記憶がほとんどないけれど、ここだけはしっかりと覚えている。
北野も「アンダー」の歌詞を、自分なりのやり方で、受け止めることができたのだろう。そう信じたい。
「アンダー」が放った、「僕だけの光」。
もうひとつ触れておかなければならないように思うのは、セットリストでは本編最後の曲だった「僕だけの光」である。15thシングルの、選抜メンバーによるカップリング曲。そこだけを見れば意外なチョイスであり、初演の際に客席のどこかから「えっ?」という声が漏れたこともよく覚えている。
しかし「アンダー」の歌詞と、ある意味で対になっている部分があると考えると、筆者にはとてもしっくりくる。
「太陽の方向なんて 気にしたことない」
「太陽が霞むくらい 輝いてみせる内面から」
「影は可能性 悩んだ日々もあったけど
この場所を 誇りに思う」
「君だけの光 きっとあるよ
忘れてる場所を思い出して」
「影は待っている これから射す光を…」
「今 やっと光 手に入れたよ」
18人全員にそれぞれ違う光があって、とMCで樋口日奈が語っていたように、ステージ上でのポジションは様々あれど、長く活動を続けてきた中で手に入れた、それぞれの個性があり、役割がある(そこには多く立ってきたポジションや、あるいはより前のポジションを求める姿勢も含まれるけれども)。
「美しいのはポジションじゃない」という歌詞を、筆者はそう受け取っている。
野暮かもしれないが、もうひとつだけ付け加えたい。中元日芽香と北野日奈子は、今回のアンダーライブでふたりだけの、「僕だけの光」オリジナルメンバーでもあった。
当時のアンダーセンターは、そのふたりからアンダーライブを引き取った樋口日奈である。そして樋口はもう一度アンダーセンターとして、この冬にアンダーライブを迎える。
「アンダーセンター」という場所
アンダーセンターというポジションに立つことは、希望でもある。
これまでアンダーセンターに立って、そのまま下がる一方で終わったメンバーはいない。
選抜とアンダーを行き来しながらアンダーセンターに立ち、その後不動の人気メンバーとなった齋藤飛鳥がいて、伊藤万理華がいて、井上小百合がいる。
選抜未経験ながら、然る後にその座を手にした畠中清羅がいて、伊藤寧々がいる。
初期からの選抜メンバーでありながらアンダー時代も長く経験し、しかしそれでも前進を続ける中田花奈がいて、斉藤優里がいる。
選抜の1列目までを経験しながらアンダーに落ち、しかしその後再び福神に返り咲いた星野みなみがいて、堀未央奈がいる。
長いアンダー時代の中で少しずつポジションを前進させ、選抜入りとの境界線で18th・19thとアンダーフロントを務める、樋口日奈がいて、寺田蘭世がいて、渡辺みり愛がいる。
そして誰より、中元日芽香がいる。
アンダーセンターは、単なる「アンダー筆頭」「選抜次点」では決してない。
誰も代わりのいない、栄光と未来のある「センターポジション」なのである。
希望と未来〜「ひめきい」によせて
18th「アンダー」センター、中元日芽香と北野日奈子。
中元は限界を感じて「引きとめないでください」と卒業してしまうし、北野も千秋楽の宮崎公演直後にもイベントへの欠席が伝えられるなど、まだ全快ではない状況である。だから未来は明るいぞ、と大声でエールを送るつもりはない。
しかし、思い入れの強いメンバーであるこのふたりの行く先に、希望があることを信じてみたいとも思う。
ゆっくりでいい。また元気になった北野日奈子の、再始動と反転攻勢を見てみたい。
引きとめるつもりはない。中元日芽香のこれからに、素晴らしい未来が訪れることを願っていたい。
「乃木坂46のファン」としての筆者の時間は、このふたりから始まったと言っても過言ではない。
繰り返すが、今回のアンダーライブ、初演にも千秋楽にも立ち会えて、本当によかったと思う。
まだ咲いてない花がある。客席の誰かが気づく。
ここをひとつの大きな区切りとしつつ、またこれからも、応援を続けていきたい。
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