セットリストで振り返る乃木坂46の2024年:あの曲、いつぶりだった?【データでみる坂道シリーズ】

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 思いつきで乃木坂46が過去にライブパフォーマンスした楽曲をすべてデータベース化するということをやり始めたところ、半年ほどを要する相当な苦行になってしまったのですが、得られたデータからわかることが本当におもしろくて、ずっといじくり回しています。

 本稿ではこのデータを活用して、「2024年に久しぶりに演じられた曲を振り返る」という切り口から、今年のライブを振り返ってみようと思います。
 このブログはいつしか長すぎる文章と細かいデータを集積していく場所のようになっていて、本稿はテンション感としてはnoteに書いているような感じになりそうなのですが、表を埋め込んだりする都合上、こちらのほうがよいかな、ということで(ひょっとすると、noteでやっているようなことも、だいたいブログでやったほうがいいのかもしれません)。

 なお、本稿(というより、元データ)が「2024年の乃木坂46のライブ」としてみなしているのは、以下の通りです。
 奥田いろはさんの路上ライブ(乃木坂配信中)をライブに含めるのは、筆者の信仰上の理由によるものなので、そういうものとして諦めていただければと思います。
 太字は「ミニライブの類を除いた単独主催公演」で、狭義の「乃木坂46のライブ」といったところです。

  • 34thSGアンダーライブ
  • 赤えんぴつ in 武道館
  • 12th YEAR BIRTHDAY LIVE
  • 34thシングル発売記念ミニライブ
  • 風とロック さいしょでさいごの スーパーアリーナ”FURUSATO”
  • 「【いろはの路上ライブ】町田でこっそり路上ライブやってみた!」
  • 山下美月卒業コンサート
  • Mrs. TAIBAN LIVE 2024
  • 35thSGアンダーライブ
  • NOGIZAKA46 Live in Hong Kong 2024
  • 「奥田いろは 多摩センター駅前で路上ライブやってみた!」
  • 35thシングル発売記念ミニライブ
  • 真夏の全国ツアー2024
  • TOKYO IDOL FESTIVAL 2024
  • 掛橋沙耶香卒業セレモニー
  • Song for 能登! 24時間テレビチャリティーライブ
  • 「横浜で五百城と奥田がギター弾き語りしてみた!」
  • 36thSGアンダーライブ
  • GirlsAward 2024 AUTUMN/WINTER
  • 超・乃木坂スター誕生!LIVE
  • 「歩道橋」初披露生配信
  • 36thシングル発売記念ミニライブ
  • 大感謝祭2024

    

2024年に“1年以上ぶり”に披露された楽曲一覧

 ひとまず、一覧をご覧いただければと思います(手作業が入る形の集計となってしまったので、抜けがあるかもしれませんがご容赦ください)。

文章系 | 坂道雑文帳 https://meaning-of-goodbye.com I don't want to forget anything if possible. Fri, 13 Feb 2026 09:44:22 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=7.0 https://meaning-of-goodbye.com/wp-content/uploads/2024/04/cropped-favicon-32x32.jpg 文章系 | 坂道雑文帳 https://meaning-of-goodbye.com 32 32 坂道シリーズ13年の“フォーメーション史”からみる、乃木坂46・38thシングル https://meaning-of-goodbye.com/sakamichi-formation-13years/ https://meaning-of-goodbye.com/sakamichi-formation-13years/#respond Sun, 16 Mar 2025 14:48:21 +0000 https://meaning-of-goodbye.com/?p=1995 [intro]前稿の振り返りと現況

 前稿「坂道シリーズ12年の“フォーメーション史”からみる、乃木坂46・35thシングル」を公開したのは、2024年4月21日のことであった。これは乃木坂46・山下美月の卒業発表と35thシングルの選抜発表を受けて2月下旬から構想を始めたもので、坂道シリーズ全体に話題を広げながら、乃木坂46の結成まで遡り、“フォーメーション史”を通観することを試みた。思った以上に分量がふくらんでしまい、かつさらに完成までの2ヶ月の間にもグループにはさまざまな動きがみられたが、どうにか書き終えることができた、という感覚であった。

 前稿では、特に3期生加入直前の乃木坂46のフォーメーションについては、「①選抜人数の増加」「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」「⑤『同期』の枠組みを重視する」という5観点をもとに追いかける形をとった。また、櫻坂46・日向坂46については、近い時期に行われた“選抜制導入”を軸に、フォーメーションの流れを概観した。
 これ以降、現在まで1年弱の期間にも、各グループにはさまざまな動きがあった一方、過去の経緯と大きな断絶があったわけではなく、その延長線上にとらえてよい状況といえる。本稿は、この間の各グループの歩みをフォーメーションを軸に振り返りつつ、前稿ではあまり触れられなかったテーマについても適宜言及することで、「13年の“フォーメーション史”」を描き出すための続編として書いていくものである。

 なお、本稿は前稿と異なり、櫻坂46および日向坂46についてとりまぜながら記述する形はとらず、乃木坂46にしぼって書いていくこととする。櫻坂46・日向坂46については別の機会を設けて書くことを予定している(前稿では両グループについてはかなり限定的な取り扱いになってしまったという反省があり、もう少していねいにフォーメーションの経緯をなぞっていきたいという思いがある)。

 2025年に入り、グループは6期生を迎える一方、2月に行われた卒業コンサートをもって与田祐希がグループを離れている。メンバーの加入と卒業が繰り返されるサイクルが定着したなかで、“フォーメーション”はどのような役割を果たしてきたのか、そこに詳しく目を向けることで、グループの現在が見えてくるはずである。

[36]35thシングルの“伏線回収”
——フォーメーション表からは見えなかったもの

 前稿公開から3週間ほどが経過した2024年5月11-12日には、東京ドームで「山下美月卒業コンサート」が開催された。この2日目をもって、山下はグループを卒業した形となる。
 3月の「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」では現在(34thシングル)の選抜/アンダーの枠組みを必ずしも準拠しない編成でパフォーマンスが展開されていたことが印象的であったが、「山下美月卒業コンサート」では、“3期生全員選抜”のフォーメーションだったこともあってか、35thシングルの選抜/アンダーの枠組みに準拠した編成でのパフォーマンスを基本とするしたうえで、ユニット曲やアンダー曲のパフォーマンスにおいてはアンダーメンバーにスポットライトが当たる場面をつくる、という形がとられていた。

【35thシングル表題曲「チャンスは平等」】
吉田 楓 阪口 一ノ瀬 五百城 池田 理々杏 向井 中村
田村 井上 遠藤 賀喜 川﨑 弓木
与田 久保 山下 梅澤 岩本

【35thシングルアンダー曲「車道側」】
岡本 林 璃果 松尾 清宮 矢久保 奥田
中西 柴田 金川 黒見 小川
菅原 筒井 冨里

 卒業コンサートが完遂され、翌週のリピート配信までを終えたばかりの5月22日には阪口珠美がグループからの卒業を発表する。さらに直後の5月25日には清宮レイが、同様にグループからの卒業を発表した。ふたりは「真夏の全国ツアー2024」には参加しない形でグループを離れることになる。
 大規模な卒業コンサートの直後に卒業発表があり、ツアーを前にしてグループを離れるというのは、前年の北川悠理と同様の形であった。グループの交通整理としてはありうべき形であるとはいえ、こうしたタイミングではいつも、そのスピード感に振り落とされそうになってしまう。

 清宮の卒業発表とともに、阪口・清宮の卒業セレモニーが7月15日の35thシングル配信ミニライブ内で開催されることが発表されていたが、6月7-9日に控えていた「35thSGアンダーライブ」が、清宮にとっての“最後のライブ”として注目されることにもなった。
 35thシングルアンダーセンターとして“座長”を務めるのは、清宮と紐帯の深い筒井あやめである。35thシングルのフォーメーションは“3期生全員選抜”としてクローズアップされ、その一方で筒井や菅原咲月をはじめとする後輩メンバーが多くアンダーに移ることになったことについてはその裏面ととらえられる向きが強かったように思うが、この形でしか生まれ得ない意味がそこにはあったのだと直覚させられる采配であった。
 あるいは阪口についていえば、彼女はダンススキルの高さに定評があり、23rdシングル・31stシングルでは選抜メンバーとして活動したもののアンダーでの活動期間が長く、その一方で音楽番組への“代打出演”の機会が多いメンバーであった。その阪口が、参加した最後のシングル期間において、オリジナルメンバーとして音楽番組への出演を重ねたうえでキャリアを終えていく形となることについても、固有の意味があったのではないかと思う。

 グループの編成が常に動き続け、先を見通したかじ取りが行われ続ける向きが強くなっていくなかで、そのときどきのフォーメーションに込められている意味は、選抜発表時点では必ずしも見えないことのほうが多い。伏せられたカードがめくられていくように、シングル期間が進むにしたがって明るみになっていくことも多く、あるいはそれよりも未来のタイミングで意味づけが明確になっていくこともある。
 フォーメーションが最も話題をさらうのはその発表のタイミングであり、前稿でも長く述べてきたように、その内実には10年以上の時間が流れるなかで変化した部分もあるが、基本的な構造としては変わっていない。しかし、ファンとしてグループとともに時間を過ごしていくならば、フォーメーション表のみを見てただちに何かを論じきろうとするのではなく、過去から未来への時間軸のなかで立体的にとらえなければならないのだな、と再確認させられる。

 かくして4・5期生のみの編成で臨まれた「35thSGアンダーライブ」では、冒頭から「ジャンピングジョーカーフラッシュ」と「バンドエイド剥がすような別れ方」がフル尺で繰り出され、清新なメンバー編成で臨まれていることが強調される一方、セットリスト全体としてはアンダー曲を軸に構成され、日替わりのユニットコーナーも設けられた。また、本編最後の「車道側」の前には、ピアノアレンジの「夜明けまで強がらなくてもいい」が歌唱中心で届けられた。

 “アンダーライブキャプテン”に任命されてこの期間を迎えていたという松尾は、こうしたライブおよびメンバー編成をふまえて、初日前夜のブログにこう綴っている。

今回のアンダーライブは3期生さんの居ない4期生と5期生だけの初めてのアンダーライブだったり、
アンダーライブに初参加するメンバーも、久々のメンバーも、あとレイちゃんは最後だったり
今までとは挑み方もそれぞれ違ったりするのかなというアンダーライブです。

振りを知らない曲の数も人によってバラバラで、ほとんど初めて踊る曲ばかりのメンバーも居て、絶対に大変だったと思います。
メンバーなら誰しも通ってきた道だと思うのですが、置いて行かれないように立ち位置や振りを覚えて食らいついて行くリハって相当体力だけでなく気力も奪われるものです。
周りのメンバーが踊り慣れている状況だと更に負担は大きいと思います。

松尾美佑公式ブログ 2024年6月6日「明日から」

 武器といえるものが明確な一方で、清新な編成であることには難しさもはらんだチームを確実に牽引した松尾は、ライブではMCを回す役割も果たし、千秋楽公演のアンコールではメンバーにねぎらわれて涙するひと幕もあった。
 その松尾から水を向けられた清宮は、3日間のアンダーライブについて「いざ最後ってなるともっと寂しくなるものかなあと思ったんですけど、そんなの忘れちゃうくらいに楽しくて」と笑顔でまとめたが、アンコールの最後に「左胸の勇気」を披露したのち、退場直前に筒井から「レイちゃんほどアイドルに向いてる人いないよ、よく頑張った、大好き!」とメッセージを送られると、それまであまり涙する場面はなかった筒井とともに、最後の最後に涙を見せた。

 ライブは一回性のあるもので、そこに思いを寄せるファンの立場からいえば、特別な思い出が生まれないライブはない。しかし(あるいは、だからこそ)、35thシングルのフォーメーションがこの形でなければ、このシーンはきっと生まれなかっただろう。
 かつてのような“選抜の椅子=チャンスをめぐって競争する”といった世界観とは異なるが、フォーメーションないしポジションは、やはりその期間のメンバーの活動やグループに対する役割を規定するものだ。そこに生じるある種の“分断”をチームの力で乗り越えたうえで、(グループの長い活動期間からみれば)一瞬のハイライトシーンを引き出す。そうした役割を“フォーメーション”はもっているのだと再確認した期間であった。

[37]井上和、2年目の夏曲センター
——2024年、“いつもと違う夏”

 阪口珠美と清宮レイの卒業セレモニー(7月15日)の前夜、「乃木坂工事中」(#471)で36thシングルの選抜発表の模様が放送される。この次の週末である7月20日からは「真夏の全国ツアー2024」がスタートするというタイミングであった1
 ひとまずここで、36thシングルの選抜/アンダーのフォーメーションを見てみることにしたい。

【36thシングル表題曲「チートデイ」】
筒井 菅原 田村 中西 川﨑 弓木 冨里 金川
与田 五百城 久保 梅澤 一ノ瀬 岩本
遠藤 小川 井上 池田 賀喜

【36thシングルアンダー曲「落とし物」】
吉田 岡本 璃果 楓 矢久保 中村
松尾 向井 理々杏 柴田
林 奥田 黒見

 前作の“3期生全員選抜”の編成で選抜入りしたメンバーのうち、伊藤理々杏・佐藤楓・中村麗乃・向井葉月・吉田綾乃クリスティーがアンダーに移り(向井は34thシングルでも選抜メンバー)、前作で選抜からアンダーに移った菅原咲月・筒井あやめ・冨里奈央が選抜に復帰した。これに加えて、34thシングルは体調不良による活動休止にともない不参加で、35thシングルでアンダーメンバーとして活動を再開していた金川紗耶が選抜に復帰し、中西アルノが29thシングルでの“抜擢センター”以来7作ぶりの選抜入り、そして小川彩がフロントのポジションで初選抜となった。
 選抜からアンダーへ移ったメンバーは3期生のみであり、これは「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」の一環であるとともに、「⑤『同期』の枠組みを重視する」に該当するところでもあるだろうか。金川・菅原・筒井が選抜に復帰したこととあわせて、“フォーメーション史”からいえば大胆な采配であったといえる35thシングルのそれから、フォーメーションの秩序がやや差し戻されたようにも見える。

 動きとしては前シングルに続き大きかったといえる状況のなか、放送直後にブログが更新されたのは、7作ぶりの選抜入りの形であった中西であった。この間に中西がたどってきた道と、それを彼女自身がどう語ってきたかについては後で触れるとして、中西は前年の「おひとりさま天国」に続き、2年連続で“夏曲”のセンターを務めることになった井上和について、このように綴っている。

センターは、和!!
やっと手を握れる夏が来ました。

もうそんなもの必要ないくらいに強く見えるけれど
本当は自分をなんとか奮い立たせているだけかもしれないし

2回目のセンターとなると
きっと求められるものもずっと多いだろうから
重圧も計り知れません。

和のまんまでいいのだけど
彼女は自分を追い込みすぎちゃう気もしているので

勝手ににぎにぎしちゃおうかなと思ってます。

ブログで書いたあの悔しさとか無力さを、1年越しに消化できているような
そんな気持ち。
力になれますように。


おめでとう。
あなたのセンターをめちゃくちゃ喜んでる人がここにいますよ✌️

中西アルノ公式ブログ 2024年7月15日「大丈夫、だってあなたがいる」

 この夏で11回目を数えた「真夏の全国ツアー」にあって、“夏曲”のセンターを2回務めたのは齋藤飛鳥と井上のふたりだけである2。そして、前年の井上がそうであったように、“乃木坂の夏”は、ニューヒロインを生み出してきた季節でもあった。
 ファンコミュニティ(の一部)もどこかでそれを、予想ないし期待していた向きもあったかもしれない。フォーメーション表を見ながら有り体にいってしまえば、往時の乃木坂46であれば、この夏のセンターは池田瑛紗か小川彩のどちらかだったのではあるまいか、とさえ思う。しかし、前年と同じ“3・4・5期”の体制で臨まれたこの夏、グループは安定や停滞ではなく、あえてその道を選んだのだということが、「真夏の全国ツアー2024」では存分に表現されていた。

 前年の「真夏の全国ツアー2023」がアリーナツアー6会場と明治神宮野球場での4公演、7都市16公演で“史上最大規模”と銘打たれたのに対して、「真夏の全国ツアー2024」は京セラドーム大阪・バンテリンドーム ナゴヤ・明治神宮野球場の3都市7公演で、“5年ぶりのドームツアー”と称された。初演1曲目から「チートデイ」が披露され3、歴代の“夏曲”4、および夏を感じさせる演出をこれでもかと詰め込み、グループが経験してきたすべての“真夏”を詰め込んだようなセットリストが組まれていた。人気の高い「ひと夏の長さより・・・」のセンターには新フロントの池田と小川が、山下美月のグループ卒業で注目された「ガールズルール」のセンターには一ノ瀬美空が立ち、井上和は「ここにはないもの」をソロ歌唱するなど、流れていくグループの時間の最前線を感じさせる場面もありつつ、本編終盤のブロックでは、オーケストラサウンドでの「シンクロニシティ」、全メンバーでの「僕が手を叩く方へ」、そして前年の明治神宮野球場公演で初披露であった「誰かの肩」が演じられるなど、前年の体制との連続性もわかりやすく表現されていた。

 そうしたなかで何より大きかったのは、全公演でセンターの井上和によるスピーチの場面が設けられたことだったように思う。ツアーの“座長”なのだからそれが定番だろう、というふうな見られ方もあろうかとは思うが、前年のことを思い出せば、明治神宮野球場公演ではライブ中盤の「誰かの肩」、および本編最後の「おひとりさま天国」の前に井上が語る場面があったものの、地方での12公演では本編最後のスピーチは久保史緒里と山下美月が日替わりで担ったうえで5、井上にはアンコールで話が振られる、という流れであったように思う。
 そしてもちろんそうした形式的な部分以上に、井上自身が伝えたいメッセージを落ち着いて送れていたように感じたし、「昨年に続いて“座長”を務めたことで見えたもの」というような切り口で語るような場面も散見された。“真夏”が始まる前にそうした情景をファンが予想していたか、あるいは期待していたかは別として、それは「2年連続での“座長”」にしか語り得ないものであった。もっといえば、1年後には新メンバーを迎えているであろう状況にあるグループにとって、それは間違いなく、これ以上ないほどに必要とされるものであったはずだ。
 メンバーが入れかわるからグループが新しくなるのではなく、そうした変化を経験しながら、総体としてのグループが地面を踏みしめて前進するからこそ、グループは新しくなっていくのである。

「私はこのツアーで、すごく簡単なことではあるんですけど、笑って楽しむということを目標にしていました。本当にすごく簡単なことではあるんですけど、今の私にはそれが難しいタイミングもありました。本当は、去年と同じこのポジションで……。同じこのポジションで回るツアーがすごく怖かったです。
 去年と同じポジションで夏シングルのセンターとしてツアーを回らせていただいていて、今日の頭で梅さんも言っていたように、去年よりも…。去年を越えていかなきゃいけないなってずっと思っていたし、去年よりも成長した姿を皆さんにお届けしなきゃいけないなって思ったし。
 去年は同期にも先輩にもたくさん助けてもらったので、今年は自分が引っ張っていかなきゃいけないな、みたいに思ってたんですけど。今年のツアーはそうですね、私が引っ張っていかなきゃいけないなってすごく思ってました。
 そんな話をメンバーにポロっとしたことがあって、その時に『ずっと頑張ってたら疲れちゃうから、逃げたっていいんだよ』って言ってもらって。私はそう言ってもらえてすごく心が救われました。」

(2024年9月4日「真夏の全国ツアー2024」千秋楽公演 井上和スピーチ6


■ 坂道シリーズの“物語”
 グループにおけるセンターの存在感や重要性はずっと変わらないし、前面に立つセンターを全体が支えてグループが運営されていくという構造も、いつしか揺るぎなくなったように見える。その一方で、変わってきたものに目を向けるとするならば、それは“グループのセンター”という概念が、対外的にもつ効力ではあるまいか、と思う。
 センターの座を自ら勝ち取り、グループの外にも広く知られた“スター”となることが目指された(というようなたてつけで、いつしか眼差されるようになっていた)AKB48の「選抜総選挙」の時代とは大きく異なり、“その時期のグループの顔”という程度の、相対的にかなり抑制的なものとして、“センター”は機能している。そうした状況をふまえれば、この夏の井上が(少なくとも前年と比べれば確実に)そうであったように、センターはある程度落ち着きをもって活動に向き合えているほうが、よりグループは安定することになる。

 ただ、“落ち着きのあるセンター”は、一朝一夕には生まれない。いうまでもなく、井上の“落ち着き”も、前年の経験があってこそだ。あるいは乃木坂46についていえば、「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」の状況もあるし、別の角度からいえば、“卒業センター”のシングルも過去多くあった。活動が順調に推移しても、シングルの発売は年3枚である。“落ち着きのあるセンター”を先頭にグループが走れる時期は、普通にやっていれば長くない。
 そうしたなかで、時期によってはダブルセンターのシングルも設けつつ、表題曲のセンターを経験するメンバーは少なく抑える(いたずらに増やす方向には進まない)ことで、ある程度その時期を長くすることに成功し、グループの安定飛行につなげているのが、ここ数年の乃木坂46なのではないかと思う。

 一方で、あえていえば、それは現代の“推し”文化とは、必ずしも相性のよい現象とはいえない。グループをとりまいているカルチャーでいえば、昔ほど“単推し”がことさらに称揚されることは少なくなっているように思うが、それでも“推し”を決めて応援することが、それすなわちグループのファンであること、という向きは依然として強い(というか、そこを疑っているファンはほとんどいないのではないか)。
 しかし、前述のようにグループが安定飛行を実現している現代において、ほぼ生まれ得なくなっているのが「ファンの熱烈な応援で押し上げられて誕生したセンター」である。「我らが世界一の“推し”を、自分たちで押し上げてセンターにする!」とでもいうような、“推し”概念を煮詰めたら鍋の底にはりついてくるようなピュアな気持ちに、グループが応えることはない。“センター”は、あっという間に吸い寄せられるようにして立つか、豊富な経験をもとに指名されて従容とうなずいて立つかしかない場所になっている。

 このような形で“推し”文化の相対化を図ろうとする(「すぐに悪口を言う」と評価していただいても構わない)のは筆者の癖なのだが、それがあるからこそのグループの繁栄=商業的成功だ、ということもわかっている(つもりだ)。それはファンの熱を高めやすくするだけでなく、メンバーの数ぶんグループに勢い(セールス)を積み重ねることができるし、“推し”を定めよ、という行動様式は、ファンコミュニティへの入口ともなるものだ。
 こうした状況全体が生むひずみ、つまり「“推し”への熱を高く保つことが[善とされる/商業的に引き出される]」一方、「高めた“熱”が、その理想とする形を帯びることは少ない」というギャップ——それを埋めるための物語が、グループの安定と発展のために重要となっているし、それが一定以上に成されているからこそ、現在の坂道シリーズがあるのではないかと感じている。

 ここまで長くなってしまったが、本稿ではこのような認識のもと、その“物語”について「Ⓐメンバー本人によるナラティブ=“物語”」と「Ⓑグループがもつ“物語”の多様化」、および「Ⓒグループ卒業をめぐる“物語”」という三つの観点に切り分けてみることにして、現在のグループのありさまを把握することを試みたいと思う。
 これらはすべて、直近の時期に生まれてきた現象というわけではない。しかし、かつての時代より現在のほうがその色が濃いようには感じるし、ことグループのいまを眼差すことを目的とするのであれば、本稿がおもに扱うこの約1年間について射程とするのがちょうどよいのではないかと考える。

[38]掛橋沙耶香の笑顔と“乃木坂46の矜持”
——「皆さんも悲しい卒業だと思わずに、悔いなく終われたら」

 2024年夏の乃木坂46を振り返るにあたって、もうひとつ、絶対に外すことのできない出来事がある。
 8月10日夜、「真夏の全国ツアー2022」明治神宮野球場公演1日目(2022年8月29日)での事故以来、約2年にわたって活動休止の状態が続いていた掛橋沙耶香がブログを更新し、グループからの卒業、そして芸能界引退を発表した。この間、事故の直後以外に掛橋について表立って説明が加えられることはなく、掛橋自身もこの間には、けがの状態の説明が中心のブログを二度更新したのみで、モバイルメール・メッセージも休止しており、最後の発信は1年以上前、という状態であった。

 卒業日は「坂道合同新規メンバー募集オーディション」の最終審査・合格発表日であった8月19日に設定され、その間わずか9日という短さであったが、一瞬ともいえるその期間、掛橋は鮮やかに、乃木坂46への“復帰”を果たす。
 卒業を発表したブログには、35thシングルの制服衣装を着用し、“図書室”風のスタジオで撮影された写真が使用され、翌日19時には、日刊スポーツおよびモデルプレスでインタビュー記事が公開される。これらの記事内で掲載された写真はブログの写真と同時に撮影されたとみられるが、衣装は36thシングルの制服に変わっていた。掛橋の最後の参加作品は30thシングルという形となったが、この36thシングルの制服衣装で最後の個人アーティスト写真も撮影されている7
 さらに、卒業日前日の8月18日に放送された「乃木坂工事中」(#476)ではバナナマンの両名との卒業メッセージ回に出演。掛橋は「これからは私もいち視聴者として楽しんでいきたいと思いますので、これからも乃木坂46の応援をよろしくお願いします」とファンに肉声を伝え、設楽統は「掛橋にここでまたこうやって会えるっていうのが、卒業は悲しいけど、それが嬉しいよ」と応じた。

 インタビューでは「けがの治療はほぼ終わりました。日常生活にはもう全く支障がないです」としたうえで、「今も傷痕はありますけど、むしろチャームポイントだなと思っています!」と語った掛橋。2年をかけて大人びた姿への驚きが、少なくとも覆い隠しきるくらいには、彼女がわれわれに見せたビジュアルにけがの影響はなかったように思う。
 「けがの完治を待たずに、顔を出さないまま卒業するっていう方法もありました。でも私は、2年かかっても、元気な姿を見せることで、ファンの方々にこれまでの感謝を伝えられたらいいなと思っていました」と、掛橋はいう。幼く見られがちなキャラクターだったけれど、気持ちが強く、正しい意味でプライドが高いひとだったな、ということを思い出した。

 8月19日という日どりも掛橋本人の希望によるものだったという卒業日には、事前収録の映像をYouTubeでプレミア公開に供するという形で「掛橋沙耶香卒業セレモニー」が開催された。出演メンバーは4期生13人で、オルゴールアレンジの「乃木坂の詩」で幕を開けたのちは、4期生曲のみが7曲連ねられた。掛橋が活動を離れてからは4期生曲は制作されておらず、掛橋はその7曲ともにオリジナルメンバーとして参加している。
 ブランクを感じさせない様子でパフォーマンスを披露する掛橋。休業中にも医師のすすめもありダンススクールに通っており、リハーサルにも振り付けが完璧な状態で現れたという。どの楽曲においてもセンターメンバーと並び立つ演出がつけられ、「Out of the blue」ではすでにグループを離れている早川聖来にかわってセンターを務めた。
 この日着用された衣装は「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」のオープニングで着用された水色の衣装、「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜4期生ライブ〜」で制作された、白地に青色で花があしらわれた衣装、そして最後に掛橋は花柄のドレスに着替え、残る4期生は加入当時の“4期生制服”8に身を包んで彼女を見送る。想像を超えて“同期”のストーリーが強調されたような、そんな卒業セレモニーであった。

 掛橋は最後の1曲として、自身のセンター曲「図書室の君へ」を選び、「最後にひとつだけわがままをいうのであれば、いまから歌う曲を、私がいなくなってからも歌い継いでいってもらうことだと思っています」としたうえで披露した。
 この日から約半年、まだ「図書室の君へ」はライブでの披露機会を得ていない。掛橋が明確に残したメッセージに、グループは、あるいは“同期”はどのように応えるのか。その行く先を見守っていたいと思う。

【「掛橋沙耶香卒業セレモニー」セットリスト】
①4番目の光(イントロ・落ちサビ〜ラスサビC掛橋、落ちサビ歌唱掛橋)
②ジャンピングジョーカーフラッシュ(イントロ・ラスサビC掛橋・筒井)
 MC(挨拶掛橋「乃木坂46・4期生です!」)
③I see…(イントロ・1サビ終盤・落ちサビ以降C賀喜・掛橋、間奏掛橋が全員とハイタッチ)
④猫舌カモミールティー(冒頭・1サビ・間奏・ラスサビC掛橋・田村)
⑤Out of the blue(C掛橋)
 MC
⑥キスの手裏剣(イントロ・CメロC掛橋、ラスサビC遠藤・掛橋)
 MC・掛橋スピーチ
⑦図書室の君へ(フル)
 〆(掛橋、璃果から花束)

 掛橋は「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」で、自らのセンターポジションを空ける形で披露された「図書室の君へ」は、「まだ皆に会っていない」状態で、配信で見届けていたのだという。そのときのことを、彼女は「みんなのおかげで、4期生と4期生のファンの方々に大切に思ってもらえるような楽曲に育ててもらったなって感じました」、そのうえで「1つ完成したな、って思って。乃木坂46での活動に未練はないなって、思うきっかけにもなったかもしれません日刊スポーツと振り返った。
 翌年の「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」では会場を訪れ、「休業してから初めてライブを見に行きました。みんなと会って話しました。『戻って来て』って言ってもらって…」というが、そののち「私自身活動を振り返ってみて、もう未練はないなって思えたので。卒業を決めました(同上)という。そのうえでひととき“復帰”の形をとったところまで含めて、いかにも彼女らしい選択だったな、といまは思う。

——周りからは活動に復帰して欲しいという声も多かったのですね。
掛橋:はい。説得してもらうような場面もあったんです。休業中は、私も復帰できるようにと考えていたのですが、最終的には私の意思で卒業を決めました。完全に治療を終える前に、顔を出さないまま卒業するという方法もあったとは思うのですが、やはり最後にファンの皆さんに元気な姿を見せられたら良いなと思って、ほぼ最後まで治療して、こういった形で取材していただくことを決めました。

(モデルプレス「【乃木坂46卒業&芸能界引退を決意 掛橋沙耶香インタビュー】休養中の想い、心の変化などを赤裸々に語る「もう少し頑張れる」と思えた理由に先輩・与田祐希の存在」[2024年8月11日])

 掛橋の卒業に際して筆者がいちばん驚いたのは、そうした選択そのものや、スケジュールのスピード感以上に、この間ずっと、プライベートではメンバーともよく会っていたし、周囲はみな復帰を望んでいたともいう一方で、「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」での演出のほかは、誰もそれを公然とアピールすることはなかったということだ。正直、こうした状況であることはあまり想像できておらず、“乃木坂46”を見くびっていたな、とさえ思ったことを覚えている。
 自身の身の振り方についてどのような針路をとるかも、けがの状態や自身の近況をどのように発信するかも、少なくとも最終的には本人に任せ、周囲から外堀を埋めていくようなことをしなかったのは、グループの良心であり、胆力であったというほかない。彼女のことを心配するファンの思いが、誰も望まないような形をとってぶつけられることもあっただろう。それでも静かに、マネジメントの側は治療をサポートするとともに、不在期間の制服衣装を制作し、ライブがあればのぼりを立てて9掛橋の判断を待ち、メンバーもプライベートな関係を続けながら沈黙を守った。掛橋がメンバーとして走りきった“あれから”の2年間は、グループの結束と安定の象徴でもあったように思う。

—— メンバーさんなどからも言葉をかけてもらえる場面も多かったと思いますが、印象に残っていることはありますか?
掛橋:みなさんが、いつでもグループに戻れる雰囲気や居場所を作ってくれていたのが嬉しかったです。齋藤飛鳥さんや秋元真夏さんは、ご卒業される時にメッセージやお手紙をくださったり、「大丈夫だよ」と言ってくださったりしました。その中でも1番は与田祐希さんの存在が大きいかもしれないです。すごくマメに誘ってくださって、2人でご飯を食べたり、カラオケに行ったりして、友だちみたいに接してくださるようになったので、卒業についても相談させていただきましたし、与田さんがいるならもう少し卒業までの活動も頑張れるなと思いました。

(モデルプレス「【乃木坂46卒業&芸能界引退を決意 掛橋沙耶香インタビュー】休養中の想い、心の変化などを赤裸々に語る「もう少し頑張れる」と思えた理由に先輩・与田祐希の存在」[2024年8月11日])

 そのうえで、インタビュー取材を受け、セレモニーでスピーチをするという形で、グループ卒業に向かうまでの心の動きと、決断してからの心情、および今後の生き方への言及についてまで、すべて掛橋本人にゆだねられ、掛橋もそれに「今回卒業を決めて、この取材や、撮影も、全部私のしたかったことで、スタッフさんに相談してかなったことなので。悔いなく、幸せな気持ちです」「考え方も性格もすごく変わりました。明るくなったし…。けがをしたことで心配してもらうこともあるんですけど、むしろ私にとっては必要な過程で、もっと成長するための1つの機会だったと思っています日刊スポーツという語りで応えた。
 先ほど掲げた3類型でいえば、掛橋の語りは「Ⓒグループ卒業をめぐる“物語”」である以上に、あまりにも純度の高い「Ⓐメンバー本人によるナラティブ=“物語”」であったと思う。わずか9日間で、その向こうの“2年間”で生じたグループとファンとのギャップを埋めきって、掛橋はわれわれの前から、笑顔で姿を消した。こうした状況全体が“乃木坂46の矜持”とでもいうべきもののあらわれであったと思うし、そしてもちろん彼女自身も、乃木坂46の一員としてそれを形づくっていたのである。

[39]ライブに流れる“大きな河”
——誰のものでもない光、ないし“物語”

 悪天候の予報を跳ね返して完遂された「真夏の全国ツアー2024」明治神宮野球場公演。千秋楽・9月4日のセットリストには、グループが“神宮”において、そしてライブにおいてつむいできたいくつもの物語が込められていた。
 筆者としてはツアーのセットリスト表を公演ごとに更新するようになって2年目の夏であったが、そこまでの流れをくむならば、千秋楽公演がそうした色彩を帯びる公演になることはあらかじめ明らかであったといってよい。構えたところにボールがくるような、しかしそのボールのキレは必ず予想を超えてくるような、そんな心地よさと安心感が、そこにはあった。

「真夏の全国ツアー2024」セットリストまとめ
 

 地方公演では2パターン(「バンドエイド剥がすような別れ方」「I see…」「三番目の風」/「17分間」「ジャンピングジョーカーフラッシュ」「トキトキメキメキ」)で展開されていた序盤の期別曲ブロックは、3日間の明治神宮野球場公演では組み合わせが変えられる形となった。1日目に初披露となった新曲「熱狂の捌け口」が演じられた上で、地方公演も演じられてきた「ジャンピングジョーカーフラッシュ」が連ねられた時点でそれは明らかであり、さらにこれに続いたのが、このツアー初披露となる「僕の衝動」であった。伊藤理々杏のアウトロでのパフォーマンスが“名物”のようになるなかで、“真夏”の終わりにグループはまたしても10客席の期待に応えた。
 そして2日目には、同様にこのツアー初披露となった「キスの手裏剣」11とともに、地方公演の流れをくむ「バンドエイド剥がすような別れ方」「トキトキメキメキ」が演じられ、これをもって千秋楽公演の3曲は確定したような形となった。
 前年は足のけがで明治神宮野球場公演への出演がかなわなかった川﨑桜のセンター曲である「17分間」を、3年目にして初めて“神宮”のステージに全員が揃うことになった5期生12が演じる。「真夏の全国ツアー2023」や「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」では全メンバーが参加して演じられるとともに、「新参者 LIVE at THEATER MILANO-Za」の千秋楽公演ダブルアンコールでは5期生が演じるなど新たな展開もみせていた「I see…」は、このときは改めて4期生によって披露された。そしてこのブロックの最後に演じられたのは「三番目の風」。この日にグループへの加入から8周年を迎えた3期生が、間奏でひとりずつ観客へメッセージを送る。それは12人で初めて“神宮”のステージを踏んだ「真夏の全国ツアー2017」を思い出させる演出でもあった。

 これに続く「Threefold choice」でコント含みで開催された「プリンセスバトル」では、地方公演ではドローが“お約束”であった一方、明治神宮野球場公演ではここまで5期生の勝利・4期生の勝利と明確に流れがつくられてきていた通り、千秋楽公演では3期生の勝利で丸くまとめられる。
 一方で曲中のカメラアピールメンバーには、ここまで小川彩・筒井あやめ・与田祐希/一ノ瀬美空・田村真佑・岩本蓮加の組が交代で登場してきていたが13、千秋楽公演では井上和・遠藤さくら・梅澤美波が登場し、これもやはり、はっきりとつくられたスペースにクロスが上がってシュートが決まったような、そんな印象のある展開であった。

 そして何より、これに続くユニットブロックである。ともすれば逆に1日目と同じ「ぶんぶくちゃがま」のパターンを繰り返すこともあり得たような流れのなかで、4曲すべてが千秋楽公演だけの特別な形でパフォーマンスされた。
 1曲目は久保史緒里・林瑠奈・奥田いろはという、各期で歌唱力に定評のあるメンバーが歌った「設定温度」。前年の「真夏の全国ツアー2023」明治神宮野球場公演において、“3・4・5期”の全メンバー体制で演じられた曲であり、もとは“1・2・3期”の体制での全メンバー楽曲として、3期生初の明治神宮野球場公演やグループ初の東京ドーム公演を含む「真夏の全国ツアー2017」で演じられた背景をもつ曲でもある。3人が身を包んでいたのは、「真夏の全国ツアー2021 FINAL!」の終盤で着用された、パンジーの花があしらわれた紫色の衣装である。あのとき全メンバーで歌いつないだ、そしてそれを客席から見届けた5期生も同じように歌いつないできた「きっかけ」の記憶がよみがえる。“神宮”の夜空の下に響く三者三様の伸びやかな歌唱は、グループの13年間の歴史そのものであった。
 2曲目は「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」。初期アンダーライブの象徴ともいえる楽曲であり、近年でもストレートな演出でアンダーライブのセットリストに加えられることが多い。演じたメンバーは伊藤理々杏・中村麗乃・吉田綾乃クリスティーという、現メンバーではかなりアンダーライブを負ってきた経緯の色濃い3期生3人に、直前の「35thSGアンダーライブ」で7作ぶり2回目のアンダーライブのステージに立った柴田柚菜と初のアンダーライブにして“座長”を務めた筒井あやめという4期生2人という編成であった。原曲をもとにしながらもロック調のサウンドを引き算してメロディを際立たせたようなアレンジで、センターステージでのダンスパフォーマンスとともに歌声も印象に強く残った。センターに立ったのは筒井で、それはこの夏に至るまでの経緯がなければ成立し得ない演出でもあったとともに、さらに新たなチャレンジでもあっただろうか14。2021年の「紅白歌合戦」のオープニングで着用された赤いドレスが、しなやかなダンスになびく。「設定温度」がライブを流れるグループの“大きな河”の長さであったとするならば、「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」はその河の幅広さ(=「Ⓑグループがもつ“物語”の多様化」)であっただろう。
 3曲目の「ごめんね ずっと…」は、与田祐希のソロ歌唱で始まった。“ソロ曲の女王”とよばれた西野七瀬にとって2曲目のソロ曲である。西野と与田の紐帯はいまさら語るまでもないほどであり、与田はこのツアーのユニットブロックで披露された「他の星から」でもオリジナルの衣装を着用し、西野のポジションであるセンターを務めていた15。西野本人による歌唱は全国握手会のミニライブと、“全曲披露”のバースデーライブ(4th・5th・7th)のみであった曲でもあり、直前にライブで披露されたのは、ほかならぬ与田がソロで歌唱した「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」であった。与田に続き、賀喜遥香・五百城茉央・小川彩も歌唱に加わる。4人が着用していたのは「西野七瀬卒業コンサート」のオープニング衣装という、あまりにもストレートなチョイスでもあった(西野が最後にこの曲を歌唱した際の衣装である)。この日のMCでは「こういうこというと『卒業だ』とかいわれるかもしれないけど」と少し茶化しつつ「私がいつの日か報告するまでは考えずにいて」と呼びかけるような場面もあった与田だったが、卒業発表を経たいまとなってはやはり、最後の“神宮”、そして終わりゆくグループでの日々への思いをふまえての演出であったことは明らかだ。グループ全体のみならず、そこに加わり、やがて離れていく個々のメンバーの歩みにも、“大きな河”が流れていることが実感される(「Ⓒグループ卒業をめぐる“物語”」)。
 このブロックの最後となる4曲目は、井上和と中西アルノによる「絶望の一秒前」であった。ここまでの公演ではストリングスの演奏に乗せた歌唱(「ここにはないもの」[井上]/「僕が行かなきゃ誰が行くんだ?」[池田瑛紗・遠藤さくら・小川彩・賀喜遥香])であった枠だったがそこからは変化がつけられ、ふたりのみがステージに立つ形でのパフォーマンスとなった。加入当初から高い歌唱力に定評のあった両名が、楽曲のオリジナル衣装でもある加入当初の“5期生制服”に身を包み、この間にさらにレベルアップした歌唱で、ハモりを取り入れつつ“始まりの曲”を歌い上げる。中西と井上は、“フォーメーション史”における機微はやや異なるものの、誰よりも多くの目線が向けられる表題曲のセンターポジションに、震えながら立つ経験をしてきたという点においては、同期のなかでも文脈を強く共有しているといえる。最後のフレーズである「結局は君自身 どうしたいか聞こう」は、「和が直前に、『ここ、セリフみたいに言おう』って言ってきた(中西、「のぎおび」2024年9月20日)ものだったという。向き合う形で歌唱を終えて、ふたりが歩み寄っていく。こらえきれずにあふれた中西の涙を、井上が優しくぬぐって微笑む。他の誰のものでもない、現在進行形の“物語”が、そこにあった。

——『真夏の全国ツアー2024』の最終公演では、中西さんと井上さんが『絶望の一秒前』をデュエットで披露して、話題になりました。
中西 なかなか忘れられない空間だったと思います。いままで、なぎがセンターになったときは私が頻繁に連絡をしたり、私がアンダーのセンターになったときは、なぎがよろこんで応援してくれました。そんな私たちが明治神宮野球場という場所で、2人で一緒に歌えたのは、すごく意味があったし、だからこそ自分の胸にも響いたのかなと思います。
——曲の最後に中西さんが涙を流し、井上さんが優しく拭うシーンもありました。
中西 リハーサルでは、なぎと私が向き合うところで二人とも笑ってしまって、お互いに「おい!」ってツッコんでいたんです。「本番では、お互いの顔を見ても笑わないようにしようね」って話をしていました。それと、曲の最後の『結局は君自身 どうしたいか聞こう』という歌詞を、なぎが「ちょっと語りかけるように歌ってみない?」って本番直前に言ってくれました。
——二人の間でそんなやりとりがあったんですね。
中西 そんなことを笑いながら話していたんですけど、本番でお互いが向き合った瞬間、神宮球場が私たち二人だけの世界みたいになって……。それと、なぎの『どうしたいか聞こう』という言葉が、自分自身に問いかけられているように感じて、胸がいっぱいになりました。あの空間はすごく特別なものだったな、と思います。
——美しい光景でした。「いつか二人のダブルセンターが見たい」と思った人も多かったのではないでしょうか?
中西 そう言ってくださる方もいました。ただ、いまはなぎが5期生の先頭に立って、いろんなものを背負って頑張っているので、私はなぎの背負っているものを少しでも軽くできる人になれたらなと思っています。

(『BRODY』2025年2月号 p.18-19)

 この日のこのブロックが好きすぎて長く書きすぎてしまったが、乃木坂46がグループの“物語”(ここでは“歴史”といったほうがしっくりくる方も多いかもしれない)に対して傾ける情熱には並々ならぬものがあり、ファンとしてそれを眼差してきた時間が長くなればなるほど、こちらの熱も上がってくるようなところがある。
 しかし心に留めておきたいのは、ただ古い時期の曲をかいつまんで披露するだけのような態度では、絶対にそのような熱は生まれないということだ。メンバーが入れかわるサイクルが回り始めた時期以降のバースデーライブについて想起すれば、長くなり続けるグループの歴史を現在の視点から振り返り続ける執念が新たなシーンをつくり出してきた場であったわけだし、あるいは「真夏の全国ツアー2024」についても、ユニットブロックでいえばそこまでの公演で全員が出演して16「全国ツアー」をつくりあげてきたからこそ、出演メンバーを絞り込んで“急所を突く”ような千秋楽の選曲と演出が成立し得たのである。

 千秋楽公演のアンコールは、ツアー最初の京セラドーム大阪公演では本編序盤で演じられた「僕だけの光」でスタートした。2016年夏の15thシングルカップリング曲であるが、リリース直後の時期を除けば、むしろ近年になるにしたがって印象深く、しかし大きく振りかぶることもなく、セットリストに加えられているような印象をもつ。
 太陽のまぶしさを羨み、自分の存在意義を見いだせなくなりそうなところから、「未来照らすのは自分自身」「いつだって夢は眩しいだろう」として、内面から輝くことによって「僕だけの光」を手に入れるという過程を描いた歌詞。個々すべてのメンバーの“物語”がフォーカス、ないし尊重される向きが強まってきたからこそ、より大切にされるようになっているのかもしれない。
 前年にはなかったダブルアンコール、この夏最後の「チートデイ」。“2年目の夏曲センター”を務め上げた井上和は、「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」を叫ぶ。終演は20時59分17、ギリギリまでステージに立っていられるのはグループの力があってこそだと思うし、それはおそらく、“3・4・5期”体制のグループがある種の落ち着きとともに、過去・現在・未来の乃木坂46に向き合った所産であっただろう。

[40]2年ぶりのZeppツアー
——「人は必要なときに、必要な人と出会う」

 「史上最大規模」と称された「33rdSGアンダーライブ」以降、“アリーナクラス・3DAYS”の形が3作続いていたアンダーライブであるが、これに続いて行われた「36thSGアンダーライブ」はその形態を大きく変え、2024年10月に地方公演を4都市8公演、少し間があいて神奈川公演を3公演、という全国Zeppツアーの形式で行われた。「真夏の全国ツアー2024」を終えた36thシングルアンダーメンバーは、少しの夏休みを挟み、アンダーライブの期間へと移っていくことになる。
 36thシングルのフォーメーションについては、前作から「フォーメーションの秩序がやや差し戻されたようにも見える」と前述した。ここで改めて、アンダーメンバーのフォーメーションを振り返っておきたい。

【36thシングルアンダー曲「落とし物」】
吉田 岡本 璃果 楓 矢久保 中村
松尾 向井 理々杏 柴田
林 奥田 黒見

 アンダーライブという切り口からみると、同じく全国Zeppツアーの形式で行われた「31stSGアンダーライブ」の際の10人から、2023年6月にグループを卒業した北川悠理を除く9人が全員名を連ね、ここに5期生の岡本姫奈・奥田いろは、そして4期生の柴田柚菜・林瑠奈を加えた形となる。
 ただし、3列目両端の中村麗乃・吉田綾乃クリスティーは、舞台出演のスケジュールの都合から神奈川公演のみの出演となることがアナウンスされてもいた。アンダー曲「落とし物」は、「真夏の全国ツアー2024」でも2会場目となるバンテリンドーム ナゴヤ公演からセットリストに加えられて披露されていたが、このときより少ない11人という人数で「36thSGアンダーライブ」はスタートすることになる。

 5期生のアンダーメンバーへの合流からも約1年半が経過しており、ともすれば従前のライブのフォーマットを踏襲しながらレベルアップを目指すような形になりそうなところであったが、しかしこのときのアンダーライブは、人数の少なさや会場の規模、公演数などをふまえてか、かなり大胆な形のセットリストがとられる。
 冒頭でフルサイズの「日常」を披露したのちは、各メンバーに3曲ずつのステージが与えられ、1曲目は本人の選曲によって「思い入れ」を表現し、2曲目は「新たな一面」を見せるためのパフォーマンス、3曲目は「個としての魅力」をコンセプトにソロでのパフォーマンス、という枠組みがとられ、これが会場ごと2公演の日替わりの形となる。セットリストでいえば半分以上が日替わりの形であり、各メンバーの1曲目・2曲目はほかにもメンバー数人が入れかわり立ちかわり出演し、人数の少なさもあいまって“総力戦”の様相を呈していた(アンダーライブのユニットコーナーはおおむねいつもそのような色彩があるといえばあるが)。

 松尾美佑によれば、こうしたライブの構成に、メンバーはオリエンテーションでセットリストを受け取った際「初めて見るセトリすぎて、最初見たときにみんなポカーンってしてた(2024年10月11日「ベルク presents 乃木坂46の乃木坂に相談だ!」)という。また、2曲目の「新たな一面」については、裏を返せばそれは「得意としないジャンルのパフォーマンス」であるということを、メンバーは公演を重ねるごとに、MCで隠さず語るようになっていく。
 公演数の多さによって、こうした個人にフィーチャーされたステージにトライできる回数は増えることになるし、あるいは平日中心の日程+神奈川公演は2日目・3日目が配信に供される、という構成により、両方のパターンを見届けることのできたファンも多かっただろう。こうした面もふまえて選択された形であったようにも感じられるし、その一方で各メンバー1曲目・3曲目についてはアンダー曲から選曲され、再び全員でのパフォーマンスに戻った後半のブロックからはさらにアンダー曲がたたみかけられるなど、アンダーライブとしての色彩はむしろいつも以上に濃厚に感じられるライブであった。
 3期生のキャリアは9年目に突入し、最も後輩である5期生も2年半ほどのキャリアを重ねている。「思い入れ」のみではなく、「得意」も「苦手」も、すでに個人の特性をこえ、ひとつの“物語”となっている。選曲理由の一部はパフォーマンスのなかで本人の口から語られる形もとられており(「Ⓐメンバー本人によるナラティブ=“物語”」)、それ自体が今回のライブのコンセプトであることも明確に示されていた。

 “物語”はもちろんそうした側面のみにとどまるものではなく、よりわかりやすく個々の“乃木坂人生”に沿った演出がなされたり、あるいはそのように本人から語られることもあった。
 「その女」に乗せて剣術のパフォーマンスを披露した黒見明香は、Zepp Osaka BaysideとZepp Nagoyaでの公演においては「坂道研修生時代のツアーでも、まさにこの会場で剣術を披露した」と語って客席を沸かせた。グループ卒業を目前に控えた状態での1年ぶりのアンダーライブであった向井葉月は、「Threefold choice」において最も敬愛する先輩メンバーである星野みなみの衣装カラーであるオレンジのリボンを着用した。
 林瑠奈による「さ〜ゆ〜Ready?」、松尾美佑による「もう少しの夢」と、長らく披露機会のなかった卒業メンバーのソロ曲が演じられる場面もあった(公式のコール動画が作成された「さ〜ゆ〜Ready?」だが、コロナ禍で“声出し”がかなわない状況での披露のみであったため、コールありの状況で初めて披露された形にもなった)。そしてもうひとつ印象深かった“物語”は、「日常」に加えて奥田いろはがセンターに立つ形で、658日ぶりに「アンダー」が披露されたことであった。

 いまさら語るまでもなく、「日常」および「アンダー」は、北野日奈子がオリジナルのセンターとして披露してきた曲である。そして奥田は、北野と同郷であるのみならず、活動期間はほぼ重ならないながら加入当初から彼女を“推しメン”と公言しており、ピンク×黄緑のサイリウムカラーを継承してもいる18。「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」(5期生ライブ)では奥田がセンターに立って「日常」を披露したのみならず、直前の奥田へのインタビューVTRでは北野について語られたうえ、北野が「日常」を披露する映像まで用いられていた。卒業メンバーについてここまで直接的な言及が繰り返されることは、かなりまれなことであるといってよい。
 北野は新加入の後輩から「加入前から憧れのメンバーだった」というようによく言われるタイプではなかった(久保史緒里が「アンダーライブ東北シリーズに行ったことがオーディションを受けたきっかけで、そのとき買ったグッズは日奈子さんのものだった」と言っていたくらいだろうか)。そんな北野がグループでのキャリアの最終盤で出会ったのが奥田だったと考えると、巡りあわせの妙としか言いようがない。

「うちの親は、私が決めたことをなんでも許してくれて。子役を始めるときもやめるときも、ギターを始めたいと言い出したときも自由にさせてくれました。常に私の意思を一番に考えてくれた家族にはすごく感謝してます」
 そう語る彼女が次に気になったのは、北野日奈子(卒業生)。
「高校1年のある日。テレビで見た北野さんを、『すごくかわいい!』って好きになっちゃったんです。その日はひと晩中ネットで乃木坂46について調べていました。
で、次の日。朝起きてSNSを見ていたら、五期生オーデションの広告が流れてきて。夢かと思いました。私、オーディション募集の前日に夢中になって調べてたんだって……。
『これは運命だ。受けなきゃ!』って思いました」

(週プレNEWS「岡本姫奈・五百城茉央・奥田いろはの世界を変えた”決心” 『乃木坂46物語~ほんの一歩で変わる世界~』」[2024年4月5日])

 きわめてシンプルにいえば、「アンダー」は披露するタイミングを選ぶ必要のある曲である。直前の披露機会は「31stSGアンダーライブ」であり、それは今回と同じく全国Zeppツアーの形であったとともに、“1・2期生”が全員アンダーライブを離れたのちの、新体制での船出のタイミングであった。
 そのときからはすでに2年近く。卒業生のソロ曲が今回も演じられたように、“全曲披露”後の時代にあって、オリジナルの楽曲が100曲近く増えたなかでも、グループはすべての楽曲への等しいまなざしを捨て置いているわけではなく、それを歌い継ごうとすることをやめていない。
 そうした息づかいのなかで、「アンダー」にも次に演じられる機会がきっとあるとするならば、そこにはおそらく5期生が加わっていることだろう。そしてそこにはきっと、奥田いろはがいるのではないか。予感というより、祈りのようなものであったかもしれないが、しかしそれはこのときのライブで確かに叶うことになった。

 グループはメンバーを入れかえながら未来へと進んでいくが、現役メンバーと卒業メンバーの総体として、“乃木坂46”をとらえるとするならば(それはグループの実体ではなく、やはり“物語”ということになるだろう)、それは小さくなることは永遠になく、グループが続く限り拡大していく。そうしてグループが続いていくことによって連綿と紡がれる“物語”もあれば、あの日には乃木坂46にいなかったメンバーたちが、“あの日にはいなかった”ことによって、グループに増し加える“物語”もある。
 宇宙が膨張するように“物語”が拡大していく一方で、それを形づくるひとつひとつの記憶の輝きは変わらない。時間のベールの向こうでともすれば見えにくくなっていくそれをたぐり寄せるのが“物語”であり、グループは決して一様ではない“物語”の束として存在する。個人に、あるいは楽曲に、ときには場所に、衣装にと、繊細にフィーチャーし続けることにより、グループの拡大があるのかもしれない、と思う(「Ⓑグループがもつ“物語”の多様化」)。

 「人は必要なときに、必要な人と出会う」という言葉を思い出す。グループと芸能界に別れを告げて去っていった橋本奈々未が、最後の最後にわれわれに言い残した言葉である(「GIRLS LOCKS!」最終出演回、2017年2月23日)。出会いと別れがわかりやすく連なるグループの歩み。そうした構造がはっきりと成立し始めたくらいのタイミングで発されたそれは、ずっと印象深いフレーズであり、北野も卒業写真集のインタビューの最後で引用していた。

——そうかもしれませんね。それでは最後の質問です。乃木坂46はどんな場所でしたか?
北野 答えになっていないかもしれないですけど、奈々未さんが「人は必要な時に必要な人と出会う」と言い残して、卒業していきましたよね。それが今になってすごく響いています。私はここに入らなかったら人間として弱いままだったんじゃないかなって思うんです。他のメンバーを見ていてもそうで、プレッシャーに押しつぶされそうになっている子たちを見ても、「今は大変かもしれないけど、ちゃんとここに入った意味はあるんだよ。だから、頑張るんだよ」って思います。わたしの場合はたまたま入った場所ではありましたし、他にもそういうメンバーはいると思うけど、それでも私は人生観がいい方向に変わりましたし、出会うべくして出会った方ばかりでした。みんな、きっと来世も乃木坂46なんだろうな(笑)。

(『希望の方角』北野日奈子インタビュー)

 そこにある、あらゆるものを“物語”ととらえるならば、その糸に結ばれて生まれる、すべての出会いは必要かつ必然であるということになる。“物語”に回収され得ないものについても思いを致す必要がある一方で(一定のストーリーのみに沿って、人格や世界を把握しようとすることの暴力性についてはつねに再確認されるべきだろう)、彼女たちはあくまでエンターテインメントの彼岸にいるのだから、われわれはそれに触れることはできないし、できるとしてもすべきではない。
 乃木坂46は、その“物語”のはらむ暴力性を、むしろその“物語”を大きく・きめ細かくすることによって、軽減させているのではないか。重ねられていく「36thSGアンダーライブ」の公演を見ながら、そんなことを考えていた。

[41]菅原咲月にしかできないこと
——完成をみた“3・4・5期”体制

 37thシングルの選抜メンバーがアナウンスされたのは2024年11月9日のことであり、YouTubeチャンネルでの表題曲「歩道橋」の初披露生配信内のVTRで発表という形がとられた(翌日の「乃木坂工事中」#488で従来の形式での選抜発表の模様の放送もあり)。この時期のシングルは次の大きなライブまで間が空いてしまうという事情もあってか、生配信での初披露の形がとられるのは31stシングルの「ここにはないもの」、34thシングルの「Monopoly」に続いて3年連続となったが、選抜メンバーの発表と明確にアナウンスされるのは初めてであった19
 YouTubeチャンネル「乃木坂配信中」での「乃木坂工事中」の配信スタートからはすでに3年半ほどが経過していたが、地上波での番組オンエア内での“選抜発表の放送”という形は維持され続けている。そうしたなかで、場所を問わずリアルタイムで視聴できる形で最初の選抜発表がなされたこと、そしてそれがバラエティ番組の体裁をとらず、個々のメンバーのハイライトシーンをシリアスかつスタイリッシュに編集したものであったことには新規性があった。

【37thシングル表題曲「歩道橋」】
奥田 金川 弓木 小川 筒井 田村 岩本 林
五百城 川﨑 久保 与田 一ノ瀬 中西
梅澤 井上 遠藤 池田 賀喜

【37thシングルアンダー曲「それまでの猶予」】
吉田 黒見 松尾 矢久保 理々杏
中村 璃果 岡本 楓
菅原 冨里 柴田

 フォーメーションそのものに目を移すと、前シングルからの変動は小幅であったといってよい。選抜メンバーのフォーメーションは前作と同じ5-6-8の19人体制で、奥田いろはが初めて、林瑠奈が6作ぶりに選抜メンバーに加わった。グループ卒業にともなう選抜メンバーの出入りはなく、菅原咲月・冨里奈央がアンダーに移る形となった。
 センターは遠藤さくらで、フロントの5人は小川彩と梅澤美波が入れかわった以外、ほか4人は続投の形。小川彩は3列目に移り、川﨑桜と中西アルノは3列目から2列目へ、岩本蓮加が2列目から3列目へ。こうして列挙してみると、固定したままの印象もそこまで受けないのだが、そのようななかで小幅な変動と感じさせる安定感をグループがもっていたともいえるかもしれない。
 単独の表題曲センターとしては約3年半ぶりとなる遠藤であったが、前年の34thシングルでダブルセンターを務めていたことを差し引いても、そうは思えないほどの存在感と風格が感じられた(「すごい先頭に立てるわけではないので(「乃木坂工事中」#488)と彼女はいうけれど、2年以上のあいだ、文字通りグループのフロントラインに立ち続けてきたのである)。この年10年連続10回目の出場となる「NHK紅白歌合戦」でも、「きっかけ」でセンターポジションに立っている。

 シングルの発売は年の瀬に差しかかる2024年12月11日であった。直後の「大感謝祭2024」2日目(12月15日)には、このシングルには不参加の形となった向井葉月の卒業セレモニーが行われ、少し時系列を進めれば、年始の2025年1月5日には与田祐希がグループからの卒業を発表することになる。
 長らくアンダーライブで存在感を発揮し、ステージを支えてきた向井を送り出す(アンダーライブの)ステージは、選抜発表直後に開催された「36thSGアンダーライブ」神奈川公演となり、2期生以下では最多となる19枚のシングルで選抜メンバーを務めていた与田の“卒業センター”と“卒業ソロ曲”は、のちに配信リリースされる「懐かしさの先」と「100日目」とされた。その端境期にあって、“誰にとっても最後のシングルではない”といえる形で本作は制作され20、表題曲「歩道橋」は杉山勝彦による作曲のもと、新たなスタンダードナンバーとなるような、“ど真ん中の乃木坂46”といえるような作品に仕立てられていた。

 そうしたなか、このシングル期でグループに訪れた最も大きな画期は、「大感謝祭2024」1日目(12月14日)に、菅原咲月の副キャプテン就任が発表されたことであろう。直前には「13th YEAR BIRTHDAY LIVE」の開催も発表され、グループの時計の針が進んでいることが改めて実感させられていたなか、それはイベント終盤のライブパートのなかで、キャプテンの梅澤美波からアナウンスされた。
 ライブ内では37thシングルアンダー曲「それまでの猶予」を凜々しく初披露し、発表直前まで笑顔でステージに立っていた菅原であったが、発表にあたって梅澤から呼び込まれると、途端に涙が止まらなくなった。「今日みなさんにお伝えするときまでに、しっかり自分の気持ちを固めてお話ししようと思っていたんですけど、ものすごく怖くて、不安で……」。揺れる内心をそう吐露しながらも、しかし最後には「長く愛されているグループの副キャプテンに選んでいただいたからには、なってよかったなって思っていただけるように、認めていただけるように、少しずつ自分なりに精いっぱい頑張っていきたいと思います」と、客席へ向けて力強く就任の挨拶をした。

 安易にこういう言い方をするのは好みでない(というより憎んですらおり、だからこそこんなに長大な文章を書いている)のだが、彼女に関してはそう表現することに意味があると思うからこそいえば、少なくともかつての乃木坂46であったならば、菅原はアンダーにいるような存在感のメンバーではない。
 2曲目の5期生曲である「バンドエイド剥がすような別れ方」(30thシングル所収)ではセンターを務め、5期生がフォーメーションに合流した32ndシングルでは2列目で選抜入りした。5期生のなかでもやや年少組に属しながらも、同期のまとめ役となり、先輩メンバーとも積極的にコミュニケーションをとりながら、グループのなかで立ち位置を確立していった。
 しかし高校を卒業することになる2024年春から、菅原はグループにおいて独特の動きを見せていく。前稿でも長く書いてきた通り、菅原は35thシングルの期間をアンダーメンバーとして活動することになる。福神を経験したメンバーがアンダーに移ること自体がまれな現象といってよい。新たなポジションに立つことになる菅原に何が期待されていたかとは別に、そのラインをまたいで彼女が動くことになったことは、山下美月が“卒業センター”として大々的な形で卒業していったことをてこにしていたように(そして、そうしなければなし得なかったことのようにも)見えた。

 アンダーメンバーには握手会しか仕事がなく、音楽番組で表題曲を演じる選抜メンバーをテレビで見ていた。そこに生まれた“逆境から生まれたコンテンツ”がアンダーライブであった——グループが歩んできたそのようなストーリーとは真逆の道を、しかし菅原は歩み始めたように思う。高校卒業直後の4月クールには「ラヴィット!」の金曜シーズンレギュラーを務め、時同じくして4月7日の#574より、「乃木坂46の『の』」の17代目MCに就任した。4月12日から上演がスタートした「乃木坂46“5期生”版ミュージカル『美少女戦士セーラームーン』2024」では、井上和との“なぎさつ”コンビで月野うさぎ役を務めた21
 6月7-9日に有明アリーナで開催された「35thSGアンダーライブ」では、同じくこのとき初めてのアンダーであった筒井あやめの「ジャンピングジョーカーフラッシュ」とともに、「バンドエイド剥がすような別れ方」をライブの冒頭でフル尺でぶつけた。全体としてはアンダーライブらしいトーンを維持しつつ、このときのメンバーだからこそできる形のパフォーマンスを展開したといえる。
 そしてそれ以上に筆者が印象深く記憶にとどめているのは、このあとの時期にあたる6月28日に行われた「NOGIZAKA46 Live in Hong Kong 2024」の日のことだ。35thシングル期も終わりが近づくなか、このシングルの選抜メンバーに香港生まれの黒見明香を加えた編成でライブが行われるなかで、金曜日だったこの日に、菅原は通常通り「ラヴィット!」に出演する。さらに「沈黙の金曜日」には弓木奈於の代打に筒井が送られ、生配信番組「乃木フラ presents 矢久保の部屋」も、矢久保美緒がゲストメンバーに小川彩を迎える形で通常通り配信された。乃木坂46としての単独主催公演を海外で開催する一方で、グループはメンバー個人のレギュラー仕事もまったく止めなかったのである。それはあまりにも、乃木坂46というグループが選抜制とともに歩いてきた長年の日々が生み出した、ひとつの答えであったように思えた。

 菅原は明るい性格で、自他ともに認めるおしゃべりなタイプだ。飄々としているようで、感情が表に出やすくもあり、リアクションも大きい。ハッピーで、ポジティブで、そして熱い。
 36thシングルの期間を選抜メンバーとして過ごしたのち、37thシングルでアンダーメンバーとして活動することが明らかとなった翌日のブログでは、このように綴っていた。

12月11日に37thシングル「歩道橋」をリリースさせていただきます💿

先日の生配信で選抜メンバーの発表がありました。
今回私はアンダーメンバーとして活動させて頂きます!よろしくお願いします。

今シングルは、自分にとってすごく大事なシングルだと思っています。
少し前に選抜発表は聞いていて、その間ファンの皆様が次のシングルでも選抜で輝いてる姿を、とたくさんお話ししてくださっていました。
期待に応えられず、申し訳ない気持ちで心が苦しかったです。ごめんね。

もしかしたら、応援してくださっている方の中で咲月ちゃんはこう思っているのかも…と私の気持ちに寄り添って考えてくださっている方もいらっしゃるのかな、、ありがとう。☺️
乃木メでもお話しさせてもらったけれど、私がどこかでこんな発言していました!と捉えられてしまうような事は言わずに、どうか心にしまっておいてくださると嬉しいです。
今回だけに限らず、色んな場面でも。
私だけじゃなくて他の人でもです☺︎
推しメンには、嬉しい言葉をたくさん届けてください💌

私はマイナスに、ネガティブに考えてはいません
なぜだろう、と考えたけれど、、、
毎シングル今この瞬間が一番楽しい!!を更新していっているからかも。

綺麗事と思われてしまうかもしれないですが、これが本音です。
37thシングルは、自分にとって何事も怖がらず挑戦するシングルにしていきたいです

菅原咲月公式ブログ 2024年11月10日「今、この瞬間を大切に」

 筆者は前稿で、「突きつめて考えていくと、どうやらやはりこの規模のグループに外形上の“分断”(ここではもう「選抜制」と言い換えてよい)を生じさせないのは無理なことであり、それがもたらす効用を享受しつつ、それとは異なる次元で“分断”の弊害を克服するしかないように思える。」と書いた。フォーメーションの形式面では、そのための試みを「①選抜人数の増加」「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」「⑤『同期』の枠組みを重視する」の5つの観点で切り分けてきたが、しかしそれは外形的で、副次的なものにすぎない。「“分断”の弊害を克服するものは、究極にはチームの力である」。その“チームの力”は、メンバー自身が発揮するよりほかないものだ。

 このシングルでの奥田いろはの選抜入りをもって、現役の選抜未経験のメンバーは矢久保美緒と岡本姫奈の2人のみとなり、6期生の加入を目前に控えてさらに過去最少を更新した。6期生の加入を加味してもグループの人数規模もかつてよりやや縮小しているといえるなかで、選抜/アンダー間の距離もかつてとは異なるし、“かつて”にどの時期をとるかは難しいところではあるものの、3年のキャリアを積み重ねてきた5期生は、しかしその“かつて”の時代を身をもって経験しているとはいえないように思う。
 それ(=5期生が“かつて”の時代と離れてグループの日々を歩んでいること)はおそらく、グループが約13年に積み重ねてきたフォーメーションの試みの所産そのものである。もちろん彼女自身の能力やパーソナリティがあってこそであるが、それに加えて5期生という立ち位置である菅原だからこそ発揮できるパワーがあるのだと思うし、グループが経験してきたのが望ましい方向の変化であるとするならば、それを加速させる役割を彼女は託されたのだ。

 あえて有り体にいえば、副キャプテンとなった菅原は、この先キャプテンである梅澤がグループを離れるタイミングがきたときには、当然にキャプテンへの就任が期待される。菅原自身も、「少しでも梅さんを支えて、乃木坂を背負っていきたいです。すごく重くて、まだ肩の端っこを貸すくらいしかできていないかもしれませんが、いずれ一緒に背負えるくらいになりたいです22と語る。
 おそらくずっとこの先も選抜/アンダー制をとり続け、フォーメーションのしくみと対峙し続けることになる乃木坂46にあって、菅原が選抜とアンダーを行き来しながら過ごしたこの約1年間は、きっと重要な意味をもつことになる。そう確信ができるだけのものを、彼女はすでにわれわれに見せている。

[42]5期生11人目のセンター
——未来を見通すための形として

 37thシングルについてもうひとつ、ここで取り扱わなければならない重要なトピックがある。このシングルのカップリング曲として制作された5期生曲「相対性理論に異議を唱える」において、岡本姫奈がセンターを務めたことだ。
 乃木坂46における期別楽曲は2ndアルバム「それぞれの椅子」所収の2期生曲「かき氷の片想い」に始まり、3期生の加入以降からはコンスタントに制作されるようになる。前稿[24]でみたように、「期別」の構造がはっきりとし始め、期ごとのストーリーでグループをとらえていく目線が浸透していく時期であった4期生加入の前後までは各期横並びで制作されるようなシングルもみられたものの、しだいに期別曲はおおむね最も後輩の期に毎シングルあてがわれるものとして定着していく(これに該当しない期別曲は30thシングルで制作された「僕が手を叩く方へ」と「ジャンピングジョーカーフラッシュ」が現状最後となっている)。

 こうした期別曲のあり方について、ここで着目したいポイントはいくつもある。「最も後輩の期に積極的に楽曲をあてがう」ことは、新メンバーをグループに迎えるならばごく自然な振る舞いであるといえそうだが、加入から9シングルにわたって、次に新メンバーが合流するまで途切れることなく制作され続けたこと、そしてそのすべてについてMVが制作されたことは、“自然な振る舞い”をこえて、シングル制作にあたっての明確な形式として意識されているといえるだろう。そして、その9曲について、全曲センターが代えられていることも特徴的である。
 期別曲については過去からずっと、アルバム曲を除いてMVが制作されることがほぼ原則となっているといってよいし23、期別曲のセンターを固定していたのは2期生のみでもある。だからこれらは5期生において特有の現象とまではいえないが、しかし1・2期生の時代→3・4期生の時代、を経て涵養されてきた期別曲のあり方が、5期生加入以降で徹底されたとはいえそうだ24

 また、少し話がそれてしまうが、こうして徹底的に5期生曲が制作されてきた近年の時期において、その傍らでユニット曲のMVがぱたりと制作されなくなったことからも、そこに何かしらの方針が定められたような印象を受ける。
 MVがシングルの特典映像として収録されなくなったのは2022年夏の30thシングルからであるが、それまでは初回限定盤のType別に、表題曲+カップリング曲、という形でMVを収録するという形式から、(初回限定盤が4タイプ構成となって以降でいえば)表題曲+アンダー曲+ほかカップリング3曲の制作が要請され、これにともないユニット曲のMV制作も多かった。
 30thシングル以降でMVが制作されたユニット曲は31stシングル所収の「アトノマツリ」と33rdシングル所収「マグカップとシンク」のみであり、このうち「アトノマツリ」はメンバー自身が編集し、林瑠奈が編集するという形で制作されたものである。ほか、「銭湯ラプソディー」や「ぶんぶくちゃがま」はダンス動画が制作されてTikTokで配信されるなどの形がとられているが、ともあれMVが制作されていないことには変わりない。
 現在においてMVが制作されるのは、表題曲・アンダー曲・期別曲のシングルごと3曲を原則としたうえで、メンバーの卒業に際して制作される曲には必ずMVがある25、という形が徹底されているといえる。

 これほどまでにコンスタントに期別曲の制作が続けられると、そこには選抜/アンダーの枠組みとは異なるフォーメーションの秩序が生まれる。前稿も含めて、ここまであまり詳しく触れられてこなかったポイントなので、期別曲のフォーメーションについて、ここで概観していくことにしたい(本項の趣旨により、3期生以降について記載する。公式発表されたフォーメーションではなく筆者が作成したもので、推定を含むことに注意されたい)。

■ 歴代3期生楽曲フォーメーション一覧

【17thシングル所収「三番目の風」・3rdアルバム所収「思い出ファースト」】
梅澤 向井 中村 楓 吉田
阪口 与田 理々杏 岩本
久保 大園 山下

【18thシングル所収「未来の答え」】
中村 向井 吉田 楓
岩本 大園 与田 阪口
梅澤 山下 久保 理々杏

【19thシングル所収「僕の衝動」】
阪口 山下 向井 久保 岩本
吉田 梅澤 楓 中村
大園 理々杏 与田

【20thシングル所収「トキトキメキメキ」】
吉田 向井 理々杏 楓
梅澤 与田 山下 大園 久保
中村 岩本 阪口

【21stシングル所収「自分じゃない感じ」】
吉田 向井 理々杏 楓
梅澤 阪口 岩本 中村
与田 山下 大園

【25thシングル所収「毎日がBrand new day」】
楓 中村 阪口 岩本 向井 理々杏 吉田
梅澤 山下 久保 与田 大園

【27thシングル所収「大人たちには指示されない」】
楓 向井 阪口 理々杏 吉田
久保 与田 山下 梅澤
大園 岩本 中村

【30thシングル所収「僕が手を叩く方へ」】
中村 理々杏 阪口 楓 向井 吉田
岩本 与田 久保 山下 梅澤

※「思い出ファースト」は「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演の模様から、「自分じゃない感じ」は「真夏の全国ツアー2018」ひとめぼれスタジアム宮城公演の模様から、「毎日がBrand new day」は「乃木坂46時間TV」(第3弾)スペシャルライブの模様から、「大人たちには指示されない」は「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜3期生ライブ〜」の模様から作成。これら以外はMVのダンスシーンより作成。
※久保は「自分じゃない感じ」に不在(活動休止にともなうシングル不参加、「3・4期生ライブ」では向井と理々杏の間のやや後ろの位置で披露)大園は27thシングルの活動限りでグループを卒業。

■ 歴代4期生楽曲フォーメーション一覧

【4thアルバム所収「キスの手裏剣」】
田村 矢久保 早川 金川 掛橋 北川
筒井 清宮 遠藤 柴田 賀喜

【23rdシングル所収「4番目の光」】
早川 北川 清宮 柴田 矢久保 金川
田村 掛橋 遠藤 筒井 賀喜

【24thシングル所収「図書室の君へ」】
賀喜 清宮 矢久保 北川 柴田 早川
遠藤 田村 掛橋 金川 筒井

【25thシングル所収「I see…」】
柴田 清宮 金川 早川 矢久保 北川
田村 掛橋 賀喜 遠藤 筒井

【26thシングル所収「Out of the blue」】
松尾 矢久保 黒見 柴田 林 北川 弓木
清宮 筒井 金川 遠藤 掛橋 璃果
賀喜 早川 田村

【27thシングル所収「猫舌カモミールティー」】
北川 掛橋 黒見 柴田 林 璃果 矢久保 金川
筒井 賀喜 遠藤 早川 清宮
松尾 田村 弓木

【30thシングル所収「ジャンピングジョーカーフラッシュ」】
柴田 掛橋 弓木 松尾 田村 黒見 清宮 金川  
北川 璃果 林 矢久保
賀喜 筒井 遠藤

※「キスの手裏剣」は「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ〜4期生ライブ〜」の模様から、「I see…」は「乃木坂46時間TV」(第3弾)スペシャルライブの模様から、「猫舌カモミールティー」は「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜4期生ライブ〜」の模様から作成。これら以外はMVのダンスシーンより作成(「Out of the blue」はエンドロール部)。
※坂道研修生としての活動を経て2020年2月に加入した、いわゆる“新4期生”5人は、26thシングルより4期生として制作に参加。
※早川は「ジャンピングジョーカーフラッシュ」に不在(活動休止にともなうシングル不参加)。早川を含めた16人で「ジャンピングジョーカーフラッシュ」が披露されたことはなく、早川は「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」での披露の際には掛橋のポジションに入った。

■ 歴代5期生楽曲フォーメーション一覧

【29thシングル所収「絶望の一秒前」】
冨里 小川 中西 岡本 菅原 五百城
川﨑 奥田 井上 一ノ瀬 池田

【30thシングル所収「バンドエイド剥がすような別れ方」】
奥田 小川 中西 一ノ瀬 池田 岡本
五百城 井上 菅原 川﨑 冨里

【31stシングル所収「17分間」】
中西 小川 井上 菅原 岡本 奥田
一ノ瀬 五百城 川﨑 冨里 池田

【32ndシングル所収「心にもないこと」】
岡本 五百城 菅原 中西 冨里 奥田
井上 一ノ瀬 池田 小川 川﨑

【33rdシングル所収「考えないようにする」】
小川 奥田 五百城 菅原 川﨑
一ノ瀬 井上 冨里 池田 中西

【34thシングル所収「いつの日にか、あの歌を・・・」】
池田 中西 川﨑 井上 岡本 奥田
冨里 一ノ瀬 小川 菅原 五百城

【35thシングル所収「『じゃあね』が切ない」】
小川 池田 中西 井上 川﨑 菅原
岡本 奥田 五百城 一ノ瀬 冨里

【36thシングル所収「熱狂の捌け口」】
池田 五百城 小川 奥田 冨里 岡本
菅原 中西 一ノ瀬 井上 川﨑

【37thシングル所収「相対性理論に異議を唱える」】
中西 奥田 一ノ瀬 小川 川﨑 井上
池田 冨里 岡本 五百城 菅原

※やや判然としないものもあるが、全曲2列編成のフォーメーションであることは前提としたうえで、MVのダンスシーンより作成している。
※岡本は「考えないようにする」に不在(活動休止にともなうシングル不参加)。復帰以降の披露時には、2列目上手端(川﨑の左手側隣)のポジションで参加している。

 センターが代わっていくこと自体は当たり前のように見てしまうが、2期生曲は一貫して堀未央奈がセンターを務めていた26ことを思い出せば、それはグループがその歩みのなかで手に入れてきた、“センターは代わるもの”というカルチャーの所産であるようにも感じられる。3期生は岩本蓮加・久保史緒里・山下美月で“ふた回し”しているような格好だが、4・5期生は楽曲ごとにバトンを渡していくような形で、(「キスの手裏剣」がアルバム曲だった遠藤さくらを除いて)複数回センターを務めているメンバーはいない。
 各フォーメーションの全体に目を移すと、5期生のフォーメーションには(センターが全曲異なるのみならず)全体として定型がないことが印象的である。シンメトリーのポジションがかなり意識されている27ことは表題曲/アンダー曲と共通するものの、例えば3期生でいえば大園桃子、4期生でいえば遠藤さくらが後列のポジションを得たことがない、というような現象は生じていない。もちろん全曲2列編成としている(と、ここではみなしている)ことも作用しているだろうが、かなり柔軟なフォーメーションがとられているという印象を受ける。

 ここでようやく本項冒頭の話に戻ってくるのだが、37thシングル所収の「相対性理論に異議を唱える」で岡本姫奈がセンターポジションに立ったことは、「これをもって5期生全員がオリジナルのセンター曲を得たことになる」として広くとらえられ、話題となった。5期生楽曲でセンターを務めた9人に加え(このうち、井上和は表題曲のセンター、冨里奈央はアンダーセンターを経験している)、中西アルノは表題曲のセンターとアンダーセンター、奥田いろははアンダーセンターを経験している。
 前シングルで一ノ瀬・奥田がセンター曲を得たことで、岡本は最後のひとりになっていた格好でもあった。次シングルでは6期生の合流(それはつまり、6期生曲が制作されるということとほぼ同義)も予測されるなかで、岡本にセンター曲があてがわれる期待感は高かったといってよい。2024年12月8日0時のMV公開の直前には、全5期生楽曲とともにメンバーが思い出コメントを寄せる動画が配信されたが、リレー形式でひとりずつコメントが流れるなかで、岡本はその最後に配され、コメント内で自らが「相対性理論に異議を唱える」のセンターを務めることを明かした。ファンも、メンバーも(そしてマネジメントの側も)、それを重要なトピックとみなしていたのである。

 「乃木坂46として活動していくなかで、自分にセンター曲がいただけるなんて、夢にも思っていなかった」と、岡本は口にした。同期から遅れての活動スタートがあり、体調不良による長期の活動休止も経験した岡本は、明確にポジションを求めるような思いを抑えがちな部分もあったかもしれない。
 あるいは、表題曲・アンダー曲と並ぶ形で、期別曲についても“センター”とカウントされる(ユニット曲よりは扱いが明確に上といえるだろう)ような現象からは、「Ⓑグループがもつ“物語”の多様化」が明確にみてとれる。(このことには後ほど改めて言及するが、)現状のグループ運営からいって、このような形でなければオリジナルのセンター曲を得にくいと思われるメンバーも少なくない。
 一方で、あえていえば、“新メンバー”がやがてグループと一体化し、そのなかでセットリストにおける特別な取り扱いや期別の稼働も徐々に減じていくなかで、期別曲のライブでの披露機会も限られていく。そうしたなかでどうしても、期別曲のなかでも“ライブで演じられやすい曲”と“演じられにくい曲”が生じてくる。しかし、一貫して期別曲を制作し続けることからは「それでもいいから」という姿勢も透けて見えるようにも思う。
 演じられる機会が少ないとしても、グループの作品として楽曲が制作されれば、それはグループの歩みとともにずっと残っていく。センター曲はやはり特別な存在だ。大園桃子が、早川聖来が、掛橋沙耶香が、どのようにしてグループを卒業していったかを思い出せば、メンバー個々の物語のなかで再びかえりみられ、得難い輝きを放つだろうということがわかる。

 そして、これに続く38thシングルでは、実際に6期生がグループに加入、シングルに参加し、6期生曲が制作されることとなった。この状況を前に、5期生11人全員を“センター”にしたことには意味があったのだと思うし、そういうものとしてアレンジされてきたのだろうとも思う。
 大規模なオーディションを繰り返し、メンバーの加入と卒業のサイクルを回しながらグループが運営されていくなかで、新たに加わるメンバーがどのような形で加入し、どのようにキャリアをスタートさせ、どのくらいの期間、どのようにグループでの日々を歩み、どのような形でメンバーとしてのキャリアを終えるのか、おおむね見通せるようになってきたような状況である。
 予定調和でつまらない、ドラマがない。ただ口を開けて待っているだけのファンがそんなふうにいうのは簡単だけれども、アイドルのベールの向こうにいるメンバーとてもちろん架空の存在ではなく、当たり前に生身の人生を生きている。
 「何もかも捨ててグループに飛び込みました」のような語りをはっきりとしていたのは、乃木坂46でいえばおおむね3期生までだっただろうか。それはどちらかというと、そのようなストーリーをあえて退けるようにしているというだけなのかもしれないが、しかし長くメジャーであり続けているグループが、安定したサイクルを目に見える形にして運営されていることが、オーディションの間口を確実に広げている部分もあるだろう。

 この37thシングル期の途中には、与田祐希がグループからの卒業を発表する。
 本項でみてきたものを「どのように“乃木坂46”になっていくのか、の現在」と表現するとしたら、次稿では「そこからどのように“卒業”していくのか、の現在」をみていくことにしたい。

[43]与田祐希の“3093日目”
——2025年、“卒業”と“卒業センター”の現在地

 与田祐希の卒業発表は年明け間もない2025年1月5日であった。過去に年明け間もない時期にグループからの卒業を発表したメンバーは過去にも深川麻衣・白石麻衣・秋元真夏とおり、恒例とまではいえないけれど、年始のまだふわふわした気分のなかでの発表にひっくり返ってしまった、というような記憶はどうしても色濃い。
 卒業日は2月23日に設定され、グループのデビュー日である2月22日との2DAYSで、みずほPayPayドーム福岡において卒業コンサートが開催されることも同時にアナウンスされた。発表から卒業日までひと月半という期間は短い部類に入り、卒業コンサートの規模も考えあわせれば、相当なスピード感であったといえる。

 与田についていえば、噂好きで事情通ぶりたいファンがネットに書き立てているようなレベルをこえて、どことなくずっと、卒業の噂がただよっていたように思う。2024年夏に主演ドラマ「量産型リコ」の第3作が、「最後のプラモ女子の人生組み立て記」というサブタイトルを付されて放送されたあたりでそれがいっそう強まったような雰囲気だっただろうか。「真夏の全国ツアー2024」の千秋楽公演では、与田本人がそうした雰囲気を、茶化しながらたしなめるような発言もあったことは前述した通りだ。
 彼女のグループ卒業について、「私がいつの日か報告するまでは考えずにいて」と与田は口にした。メンバーの卒業については、かなり早い段階から「本人の選択によって行われる」ものというストーリーが堅持され、「本人からの発信により発表される」という形が定着している。発表の場はブログを原則として、レギュラーのラジオ番組や配信などのなかでなされるパターンもあるが、グループアイドルのパブリックイメージとしてもたれがちな「ライブ内での発表」が行われるケースはほぼなく28、それは発表そのものを慎重かつていねいに行おうとするとともに、クローズドな場(=チケットを手に入れないと立ち会えない)で発表せず、ファンに対しては横並びで知らせようとする姿勢であるようにも見える。
 卒業公演扱いのライブ29を行わないメンバーもいるがその数は多くなく、そのライブは「生駒里奈卒業コンサート」について全国の映画館でライブビューイングが行われたことを端緒に、コロナ禍を経た現在では30原則として配信に供されるという形で、少なくともチケットの当落は問わずに立ち会える形となっている31

 与田の卒業発表は37thシングル期の半ばにあたり、シングルでの“卒業センター”の形はとられなかった(直前の卒業メンバーであった向井葉月はこのシングルに参加しておらず、37thシングルは誰の卒業シングルとも設定されなかったことになる)。
 しかし「37thSGアンダーライブ」が完遂され、いよいよ卒業コンサートが近づいてきた2月1日夜、与田をセンターとする楽曲「懐かしさの先」が、配信シングルの扱いでリリースされることが発表され、2月3日0時よりストリーミングサービスでの配信がスタート、2月11日にはMVが公開された。「懐かしさの先」は3・4・5期生による全員参加の形がとられ、MV内ではメンバーが与田のチョイスにより、かつて与田が着用したそれぞれ違う衣装を着用する場面も設けられた。

【「懐かしさの先」推定フォーメーション】
菅原 中西 小川 井上 五百城 川﨑 池田 奥田 一ノ瀬 岡本
柴田 矢久保 筒井 松尾 田村 遠藤 賀喜 金川 弓木 璃果 林 黒見
中村 岩本 理々杏 梅澤 久保 楓 吉田
与田

※「懐かしさの先」の披露は、2025年2月4日の「うたコン」と「与田祐希卒業コンサート」での各日1回のみであり、「うたコン」には五百城・岩本・冨里・松尾が不在、卒業コンサートには中村・冨里が不在(1日目には岩本も不参加)、MVには岩本が不在(1サビのダンスシーンには一ノ瀬・小川・松尾も不在)であり、全員が揃った形でパフォーマンスされたことはない。
 上掲のフォーメーションは「うたコン」での披露の模様をもとに、楽曲の趣旨および歌割りから期別のフォーメーションと判断したうえで、MVの模様から五百城・冨里・松尾の位置を推定して作成している。岩本については、「与田祐希卒業コンサート」では中村のポジションに入った形(だったはず)であり、オリジナルのポジションがあったとして上手側・下手側かも判断できない状況であるが、総合的に判断した。確定したものでは一切なく、フォーメーション全体の趣旨をとらえるために作成したものであるとご理解いただきたい。

 かくして訪れた卒業コンサートでは、与田の自由奔放なキャラクターがいかんなく発揮された演出や、ゲストとして出演したブラックマヨネーズ・小杉竜一、千鳥・大悟(ヤギの声で出演)が話題をさらった。そして2日目の23曲目、この2日間で3回目の披露となる「逃げ水」では、グループ卒業から約3年半の時間を経て、大園桃子がステージに登場する。
 大園は披露後のMCにおいて、相変わらずの素朴な語り口で「与田にとって最後の『逃げ水』を一緒にできてよかった」と口にした。「『逃げ水』を守ってくれてありがとう」とも声をかけていたという。卒業コンサートでいえば、山下美月が齋藤飛鳥の翌年に東京ドームに立ち、ドームでの“地元凱旋”を果たした与田は西野七瀬に続いた。1期生が打ち立てたマイルストーンをグループとともに確実に引き継いできた3期生が、今度は「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」に続いて、卒業生をステージに迎えて会場を歓喜の渦に巻き込むことも成し遂げたのである32

 そしてもうひとつ、本稿の文脈において特に大きなトピックとして取り扱わなければならないのが、与田の“卒業ソロ曲”である「100日目」である。制作されていることも含めて伏せられた状態であったなかで、卒業コンサート1日目の終演後にあたる2月22日の22時ごろにMVが公開され、卒業日となる2月23日の0時より楽曲の配信がスタートした。
 卒業コンサート1日目のなかでも特段の言及や“匂わせ”もなく、アンコールの1曲目には「誰かの肩」がチョイスされていた。「これからグループに残って引っ張っていくメンバーに向けて2番を歌いたい」と説明されたうえでのフルサイズの披露。1番は与田のソロ歌唱の形であったが、2番からはメンバーも合流し、「いつか私も 肩を貸したい/そう あなたが打ちひしがれて/立ち上がれないなら」「足を踏ん張って 重みに耐える/お互い気づかないふりをしながら/今日と同じ体勢で 支えてあげる」と歌われた。
 いよいよ卒業となった2日目のアンコール、純白のドレスに身を包んだ与田は「100日目」を歌唱する。前夜の「誰かの肩」では、メンバーに囲まれながらの歌唱で最後には涙がこらえきれなくなった与田だったが、グループで過ごした“3093日目”のステージでは、別れの寂しさや時間の流れの冷たさを描いた歌詞を、最後までおだやかな表情のまま歌い上げた。

 「懐かしさの先」および「100日目」は、その後38thシングルへの収録がアナウンスされるとともに、シングルの「与田祐希特別仕様盤」も発売されることになる。全体的なスケジュールのとり方も含め、MVを特典映像として収録しない形としてきたこともふまえた上手な落としどころだと感じたが、こうした形をとり、37thシングルを与田の“卒業シングル”としなかったことに、大きな意味があったのではないかと思う。
 前述したような、遠藤さくらをセンターに据えて、“ど真ん中の乃木坂46”といえる作品に仕立てた、という点のみではない。この形で進行したことで、向井葉月が卒業に向かう時期と混線せず33、メンバーもファンも、それぞれの卒業にしっかりと対峙する時間をつくることができた。それは個々のメンバーの「Ⓒグループ卒業をめぐる“物語”」を大切にするトレンドのあらわれのようにも感じるし、またそれができるだけのグループの大きさということでもあるだろう。

 その後、2月28日に中村麗乃が、3月7日には佐藤楓が、相次いでグループからの卒業を発表する。中村は38thシングルには不参加、具体的な卒業時期は未定とされる一方、楓は38thシングルを最後の参加作品として、「38thSGアンダーライブ」での卒業セレモニーの開催、および5月6日に地元愛知県で開催される「リアルミート&グリート」34をもって卒業となることがアナウンスされた。ファンとしては、恒常的に誰かが卒業していくような印象をもってしまうが、メンバーの特性をふまえてうまくスケジュールを整理しているな、と膝を打つような思いにもなる。
 大々的なオーディションを経て、10人強の規模で一度にグループに加入してくる「同期」が、ひとりずつ卒業という出口に向かい、それぞれの道へ進む。グループアイドルのたたずまいを象徴するようなそんな現象にも、ていねいに向き合うことができるのは、しあわせなことだと思う。

[44]中西アルノの3年間
——38thシングルのフォーメーションを見て

 2024年に春組・夏組という2段階の形式で行われたオーディションを経てグループに加入した6期生は、2025年2月5日に11人の加入がアナウンスされ、翌2月6日からひとりずつ、5期生とほぼ同形式で、YouTube動画での発表がスタートした35。与田祐希の卒業に向かっていく時期と並行する形であったとともに、この只中であった2月17日には38thシングルのリリースが発表され、時間の流れが幾重にも感じられるタイミングとなった。
 与田の卒業コンサート当日、2月23日深夜の放送であった「乃木坂工事中」#502では、与田からのラストメッセージが放送されるとともに、38thシングルのタイトルが「ネーブルオレンジ」であること、そして翌週の放送回で選抜メンバーが発表されることが告知される。6期生の「初披露の会」のチケットの先行受付はすでに始まっており、「13th YEAR BIRTHDAY LIVE」についてもこのときスタート、という形であった。光陰矢のごとし、である。

【38thシングル表題曲「ネーブルオレンジ」】
金川 冨里 弓木 菅原 筒井 田村 奥田 林
小川 川﨑 久保 池田 梅澤 五百城 一ノ瀬
賀喜 井上 中西 遠藤

 かくして発表された選抜メンバーのフォーメーション。人数は前作と同じ19人で、ダブルセンターの形がとられた。入れかわりとしては、グループを卒業した与田と、この間に活動自粛の期間を挟んだ岩本蓮加が選抜メンバーから外れ、1作での選抜復帰となった菅原咲月と冨里奈央が加わった。前作初選抜であった奥田いろはや、6作ぶりの選抜復帰であった林瑠奈も含めて16人が選抜メンバーとして続投するという、小幅な変動となった。
 そしてダブルセンターとして名前が呼ばれたのは、井上和と中西アルノであった。

 あけすけにいえば、6期生の抜擢を予想(ないしは、期待)していたファンも多かったのではないか、と思う。5期生加入のシングルであった29thシングルでは、2022年2月20日の「乃木坂工事中」#348で選抜メンバーが発表されたものの、センターは「5期生」とのみ発表された。翌日から配信がスタートした「乃木坂46時間TV」(第5弾)内で、まずは「5期生お見立て会」が行われたのち、最終日の「46時間TVスペシャルライブ」で、「Actually…」の初解禁・初披露とともに、中西のセンターが発表された、という流れであった。
 筆者とて、あまりにもインパクトが強かったあのときのことを思い出さなかったといえば嘘になる。グループが新しいシングルに進むと宣言された2025年2月23日、それは“あの日”からちょうど3年というタイミングでもあった。

 結果として選抜メンバーとして6期生の名前が呼ばれることはなく、期別曲「タイムリミット片想い」でシングルに参加するという形で、6期生はグループに合流してくることになった。次のシングルでどのような形がとられるのか(「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」は継続されるのか)はまだわからないが、期別曲のみでリリース作品に加わるというのは3期生・4期生のときと同じ形であり、スピード感としてはやや差し戻された形となったといえる。
 発表直後のインタビューで、中西はあの日と同じように身体を小さく丸めながら、「『どうして私?』って思ってしまってるんですけど」と口にする。センターという場所を「すごく特別な場所だと思う」としたうえで、「『このシングルが私と和のセンターでよかった』って、結果的に思ってもらえるようにとにかく頑張ります」と目を伏したままで語った。

 ステージに立てば伸びやかに歌い、ソロで歌う仕事も獲得してきた。「Actually…」はグループ全体のライブでも定番曲となり、彼女のパフォーマンスに対して上がり続けていくハードルにも、つまずくような気配ももうない。ワードセンスも固有のものがあり、自分の言葉を持っているタイプで、文章でもMCでも雄弁に語るほうだ。一方でキャラクターはおちゃめで親しみやすいことでも知られ、「どんくさ」とイジられながらも、それを受け入れて笑いに変えるようにもなった。
 “乃木坂46”になじみ、その強みを確実に形成し、グループを牽引してきたこの3年間。しかし、“ポジション”の機微にさらされたとき、中西はずっと小さな身体を震わせていたような、そんなふうに感じる部分もある。

そして、昨日『乃木坂工事中』にて選抜発表がありました。

私たち5期生は、32枚目のシングルから選抜とアンダーに別れて活動します。
わたしは今回アンダーメンバーとして活動させていただきます!

アンダーライブに足を運んでいるから強さを知っているし、ダンスも歌ももっともっと磨けるんだ!!
と思うと今はすごくワクワクしています。

選抜とかアンダーとかセンターとか端っことか
そんなものも全て吹き飛ばせるくらい
どこでだって輝ける人になりたいです。わたしは☺︎

どのポジションでも、誰かの1番なことを忘れないで、大切に☺︎

中西アルノ公式ブログ 2023年2月20日「ねこを抱き君を連れて青を駆ける」

「選抜に選ばれる」ということが乃木坂46にとって、応援してくださる皆さんにとって、どれほど重みのあることなのか
32枚目期間でよくわかったような気がします。

以前のブログで私は
どのポジションでだって輝ける人になりたい。
どこでだって誰かの1番なのを忘れたくない。
と書きました。
そこは今も何も変わっていません。

私は
選抜に入りたいと思うことも烏滸がましいと思っているし、どこの場所でも私は私のペースで頑張ればいいと思っていました。

でも
大好きな人の最後を近くで送ることが出来なかったり
大好きな人の初センター、楽曲披露の前に手を握ることも出来ない
その無力さを痛感しています。

皆さんの声を沢山聞きました。
いつか
ちゃんと皆さんの期待に応えたいし
沢山支えてくれるあなたに恩返ししたい。

これは今のわたしの精一杯です。

中西アルノ公式ブログ 2023年6月26日「それぞれの夏がくるね」

寒い日が続いていますがお元気ですか?

この度
34枚目シングルのアンダーセンターを務めさせていただくことになりました。
中西アルノです。

本当はどうしようもないくらい心配で、不安で。

フォーメーションが発表されてから昨日までずっと
私なんかに務まらない
なんで私なんだろう
どう思われてしまうか怖い
そんな考えがずっと頭をぐるぐるしていました。

でも昨日の生配信で14人集まったとき
このメンバーと一緒なら絶対に大丈夫だと思えました。

そして
たくさん支えてくださっているみなさん
私に頑張れる力を分けてくれて
ありがとう。

中西アルノ公式ブログ 2023年12月5日「思い出が止まらなくなる よろしくおねがいします。」

そして35枚目の選抜発表がありました。
私は今作もアンダーメンバーとして活動します。

今までの3作よりずっと心が痛む音がして
沢山ネガティブなことを考えたりもしたのですが

きっと前作の期間自分がそれだけ一生懸命だったからなのかなと思ったり。

心が折れそうになる時は皆さんからのレターを読んだりします。
私は思ってるより強くはないけど
皆さんがいればちゃんと前を向くことができます。
だから今はちゃんと前を向けています!

アンダーは最強を更新し続けるので!
悔いのないように今作も頑張ります!

だから一緒に坂を駆け上がってくれたら嬉しいです。
今作もよろしくね

中西アルノ公式ブログ 2024年2月21日「あのことも、このことも」

先ほど乃木坂工事中でも発表があったとおり
36枚目シングルは選抜メンバーとして活動させていただくことになりました。

ありがとうございます。

名前を呼ばれた時
どんな顔してたのか、そのあとどんなコメントしたのかあまり覚えていません。 

ただ
皆さんとの記憶が走馬灯のように流れていました。

ライブで見えるペンライト
掲げてくれたタオル
私を呼ぶ声
あたたかい拍手
救ってくれた言葉
ミーグリで一緒に笑ったこと
大切に書かれたお手紙

その全てが、私をこのポジションに連れてきてくれました。

本当に、本当にありがとうございます。
皆さんの力です。

……(中略)……

長くなりましたが

いま、私は感謝の気持ちでいっぱいです。

肯定的な言葉ばかりじゃないことは自分が1番わかっているけれど
あなたとここまで一緒に来れたことがなにより幸せです。

これからも一緒に坂をのぼろうね


本当にありがとう。

中西アルノ公式ブログ 2024年7月15日「大丈夫、だってあなたがいる」

昨日の21時にyoutube生配信にて、選抜発表と37枚目シングル「歩道橋」の初披露がありました。

私は今シングル、選抜メンバーに選んでいただきました。
ありがとうございます。

発表後、様々な意見が飛び交うのを感じています
正直この場所に立つこと、自分自身が1番戸惑っていました。

でも
皆さんの言葉を全て、全て受け止めたうえで私は前を向きます。

なにがあっても隣にいてくれるあなたが、私をこの場所まで導いてくれたんです。
あなたのおかげで約3年間、踏ん張ってこれたんです。
それを無駄にはできない。その気持ちに全身全霊で応えよう。
いま、強い気持ちで前を向いています。
それが今の私にできる全てです。

好きになってよかった。この子を応援していて良かった。そう思えるようなアイドルでいます。

このシングル期間もどうか一緒についてきてください
後悔させないです。

よろしくお願いします。

中西アルノ公式ブログ 2024年11月10日「ひたむきに」

 そして今回も、「乃木坂工事中」の放送直後に更新されたブログにおいて、中西は今作で井上とともにダブルセンターを務めることになったことを報告したのち、井上について「2年連続、夏のシングルのセンターを務めて かっこよくて、頼もしくって、すごく尊敬していました。」「そんな和を支えたいと思っていたし 乃木坂に貢献できる人でいたい そう思い続けて今日まできました。」とした。しかし、いざそのときがきたら「足がすくんで手も足も震えて頭が真っ白になりました。」「支えたいなんて言いながら、私はなんの覚悟も伴ってなかったんです。 そんなずるい自分に腹が立って悲しくなりました。」と吐露した。

どうしても良く思えない人もたくさんいるだろうし
これからの乃木坂を心配する人もいると思います。

そして
この場所に立つには、私には伴っていないことが多すぎることもわかっています。

それでも
私は、自分を変えてくれたこのグループが大好きなんです。

皆さまからちゃんと認めてもらえるように
この気持ちがちゃんと伝わるように

どんな言葉も受け止めて
真摯にこのシングルに向き合っていきます。

そして、私を信じて応援し続けてくれた皆さんに返したいんです。
ずっとずっと味方でいてくれてありがとうございます。
そして、私自身が1番この場所を喜べていなくてごめんなさい。
自分がとても恵まれていることも
期待してくれてる方がいることもわかっています。
それなのに、ネガティブなことばっかり口をついて出る自分にも嫌気がさしてしまうけど
私には皆さんとの3年間があります。
これが本当に大きな心の支えなんです。

怖いです。
でも、死ぬ気で頑張ります。

38枚目シングル、どうか、よろしくおねがいします。

中西アルノ公式ブログ 2025年3月3日「38枚目シングル」

 この間の中西の語りに共通するのは、「自分に自信がもてない」ということ、その一方で自分を支えてくれるファンへの感謝、そしてもうひとつ、「(目に見えない場所にも、ひょっとしたら目に見える場所にも)自分のことをよく思っていない人々がいる」という不安感である。
 思い返せば3年前、「Actually…」の初披露を終えたのちにも「私がこの場所に立つことに不安を思う人がたくさんいるかと思います」と口にし、「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」の終演後にも、「自分にはあの場所に、この曲(「Actually…」)で立つ資格がないと思っていた」としていた(DVD/ブルーレイ特典映像)。「真夏の全国ツアー2022」では「いま目があってる人たちも、私の事をよく思っていなかったらどうしよう」という感覚に苦しめられたといい公式ブログ 2023年8月30日「良い夏だったな」、それを乗り越えた「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」においてさえ、「今日までの1年間、私にはこの歌を伝える権利はないと思っていたし、今でもそれを完全に払拭しているとは思っていません」と語った。
 そうした“人々”の目は、自分への自信のなさからくる幻ではないだろう。むしろ、その“自信のなさ”のほうが、そうした“人々”からもたらされているのではないかと、そんなふうに思うこともある。

 翌日夜には「真夏の全国ツアー2024」千秋楽公演において井上と中西がふたりで歌唱した「絶望の一秒前」の模様がYouTubeチャンネルにて期間限定で公開された。彼女が歩んできた時間は現在まで続く一本道だし、経験してきたすべてが現在の彼女の立ち位置を、そして彼女自身をつくっているのだな、と感じさせられる。そしてそれは他のメンバーとて同じだろうし、人間誰しも同じだ、ともいえるかもしれない。
 5期生の加入から3年、そしてあのとき中西が、震えながらセンターに立ってから3年。加入してきた6期生ではなく、あの日その場所がもたらす重圧を背負った中西が再度センターに立つ。しかしその隣には、あふれる涙を拭いてくれる井上がいて、肩を貸し合いながら歩むことができる。そのことは、あえてピュアにとらえれば運命だったのだと思うし、それがすべて丹念につくりこまれたシナリオだったとしても、この日に至るまでの道のりを一歩ずつ地面を踏みしめて歩いてきたのは、ほかでもない中西自身なのである。

 翌日の3月4日には「38thSGアンダーライブ」(2025年4月5日)の開催発表とともに、Xに動画がアップロードされる形でアンダーメンバーのフォーメーションが発表される。

【38thシングルアンダー曲「交感神経優位」】
岩本 璃果 黒見 矢久保 吉田
松尾 岡本 柴田 楓 理々杏

 柴田柚菜が初めてアンダーセンターを務め、これが柴田にとって初めてのオリジナルでのセンター曲という形になる。今作は10人での2列編成というフォーメーションとなったが、前作で初めてアンダーの2列目に立った岡本姫奈が新たにフロントに立つという形となった。
 アンダーに動いたメンバーが、特有の事情がある岩本のみだったということは「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」に準じる形であったようにも思われ、6期生の加入はありつつも、選抜メンバーとアンダーメンバーの合計としては歴代最少人数を更新するなか、その減少分をアンダーが受け止める形となったことは「①選抜人数の増加」の延長線上にあるものであるといえる(この状況は長らく続いている)。

 「38thSGアンダーライブ」は伊藤理々杏がスケジュールの都合で不参加となり、9人でのアンダーライブは「史上最少人数」とキャプションを付されている36。そして前述の通り、このなかで佐藤楓の卒業セレモニーが行われることになっているが、これは3月7日の卒業発表とともにアナウンスされたものであった。

 会場であるぴあアリーナMMは楓がセンターを務めた「29thSGアンダーライブ」が行われた場所でもあり、楓自身も当時の写真をInstagramにアップし、思い出を振り返りながらライブの告知をするような場面もみられた。
 1公演のみのアンダーライブは「アンダーライブ2021」以来、このときは無観客・配信ライブであったため除くと、「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ〜アンダーライブ〜」まで遡る(シングル単位でアンダーライブが1公演のみだったのは、過去にはこれら2例のみである)。翌日には同会場で6期生の「初披露の会」が開催されることになっており、さまざまなものが去来する2日間になりそうである。

[45]メンバーの語りが埋める“分断”
——ファンの理想とグループの現実のあいだ

 “史上最速”とキャプションを付された29thシングルでのセンター抜擢ののち、32ndシングルでアンダーメンバーに合流し、1年以上の時を経た36thシングルで3列目で選抜に復帰、続く37thシングルでは2列目に立ち、38thシングルではダブルセンターのポジションに立つことになった中西アルノ。ポジションをじりじり上げていくようなこの1年間において、彼女は一貫して、そこにはファンのバックアップがあったとも語る。
 メンバーの努力とファンの応援がポジションを押し上げる。それは「選抜/アンダー」のシステムが個々のメンバーにもたらすストーリーの理念型のように思えるが、現象としてはまれなことといってよいように思う。
 状況を視覚化することを試みたので、見ていただきたい。

 これは歴代のメンバーについて、選抜の対象となったシングル数のなかで、何列目に何度立ったかを集計したものである(選抜の対象とならないまま活動辞退したメンバーは含んでいない)。メンバーの配列は期ごとに、選抜の対象となったシングル数に占める選抜回数の順に並んでいる(別シートに、選抜回数で並べたものもある。1期生には活動期間の短いメンバーも一定数いるため、こちらのほうが直感的かもしれない)。各列に立った回数は下段の数字の通りであり、赤文字は「個人内で最も多かった列」を表す。
 下段にも緑色のヒートマップを施しているが、これは絶対的な数値での比較であり、例えば1期生の「1」と5期生の「1」が同じ色になってしまう。これでは個人のポジションにフォーカスできないため、個人内での割合を求めたうえで(例えば井上和であれば選抜1列目が7分の4、選抜2列目が7分の3)、その数値を用いて作成したのが上段の赤色のヒートマップである。全体の傾向をつかむためには、上段を見ていただくのがよい。
 また中段では「経験列数」(下段に数字が入っているセルの数)を集計している。なお「列」の考え方については、アンダーが2列編成であったシングルにおいても単純に1列目・2列目としてカウントしており、3列をこえた場合について「アンダー3列目以降」にまとめる形をとっている(この場合、1列目・2列目の人数がかなり少なくなる)。アンダーメンバーについてはフォーメーションが公式に発表されない時期が長かったため、とらえ方にばらつきが生じる可能性があるが、すべて本ブログのフォーメーションまとめ記事に準拠している。

 「経験列数」でみていくと3〜4がボリュームゾーンであるといえ、5・6になると経緯が複雑なメンバーであるという印象を受ける。「すべての列を経験してきた」ことは、初めてフロントに立った13thシングルの選抜発表において衛藤美彩が自ら言及してもいたが、「6」が入っているのはその衛藤と齋藤飛鳥の2名だけである。こうしたなかで(こと3・4期生では岩本蓮加だけであるなかで)、中西アルノと小川彩の経験列数が「5」であることは目を引く。
 ヒートマップに目を移せば、どうしても選抜/アンダーの間のラインにフォーカスされがちななかで、“福神ライン”といえる選抜2列目/3列目の間に、それ以上の壁が存在するというような状況が見えてくる。選抜/アンダーのラインについては音楽番組をはじめとするメディアへの出演に影響を与える面が大きいため、多くのメンバーに経験させるインセンティブが働くようになっている一方、“福神ライン”には実質的な意味が小さいため、かえって踏み越えることが難しくなっているような部分もあるかもしれない。

 誰もがなんとなくわかっていることをなんとなく図示しただけなので、見えてくるものは曖昧かつ果てないのだが、ここでなんとなく見てとりたいのは、「シングルごとにポジションの変動は当然あるとはいえ、長い目でみたとき、個々のメンバーが走るトラックのようなものが変わることはほぼない」ということだ。
 いかにも絶望的な言い方になってしまったが、言いかえればそれは、選抜/アンダーのシステムを存置しながらも「競争に勝つことで前に行く」という世界観を実質的に無効化しているということであり、そのことは、前稿から長々と綴りながらすくい取ろうとしてきた、乃木坂46というグループがもつ雰囲気を確実に形成している。
 そしてなおかつ、それが形成されてある程度時間が経ったということもふまえてか、5期生に関してはそこからやや変化がつけられ、より柔軟な運用がなされているような印象もある。あえて雑にまとめるならば、他人と競争するのではなく、刺激を受けつつもあくまで自分と向き合って努力を重ねるマインドがグループに定着したことで、フォーメーション的にはできることの幅が広がったようにも見える(もとより「あまり競争を好まない雰囲気があり、ぎすぎすしたところがない」ことが、メンバーやファンからは美点とされてきたように思うが、それが世代を経て純化されるとともに、スタジオでの選抜発表や「プリンシパル」など、それをあえてかき立てるような行動様式がとられることが減っている、というような感じだろうか)。

 しかし、選抜/アンダーのシステムを存置するということはつまり、「前方のポジションのほうが良いポジションである」という思考のフレームを存置するということである。選抜発表のひりひりとした感じが退けられているとはいえ、「ポジションが上がることは喜ばしいこと」という価値観は揺るがされていないように思うし、だからこそ選抜/アンダーのシステムが生きているともいえるかもしれない。
 「“推し”への熱を高く保つことが[善とされる/商業的に引き出される]」一方、「高めた“熱”が、その理想とする形を帯びることは少ない」というギャップ——それを埋めるための物語が、グループの安定と発展のために重要となっているということを前述した。“推し”を定めて、その“推し”に喜ばしいことが起これ、と応援することが当たり前の行動様式とされているが、それをポジションに適用したとき、そこにはむき出しの勝ち負けが起こる。その構造的分断を小さくする、ないし覆い隠すことをグループは望んでいる一方で、その“当たり前の行動様式”が売り上げにつながるビジネスに立脚して、グループは存在している。
 そのギャップを埋めるものを提示できるのは、熱をあげる側であるファンでもないし、“構造”の側に立つマネジメントでもない。ただただ、「Ⓐメンバー本人によるナラティブ=“物語”」をおいてほかにないのだ。

 2025年3月3日、0時45分。38thシングルの選抜メンバーが発表された「乃木坂工事中」の放送直後にブログが更新されたメンバーが、先にあげた中西アルノに加えてもうひとりいた。
 5期生として唯一、アンダーのポジションを得ることになった、岡本姫奈である。

先程発表がされました。
38枚目シングル。私はアンダーメンバーとして活動させていただきます

選抜発表が終わって
アンダーのフォーメーション発表があり

自分の名前が呼ばれた時
思ったように声が出なくて。

全身が硬直して緊張していたことに気がつきました。
涙が込み上げてきそうなのをぐっと我慢しました。

全身が硬直して緊張していたことに気がつきました。
涙が込み上げてきそうなのをぐっと我慢しました。

「悔しい」って思ったんです。

岡本姫奈公式ブログ 2025年3月3日「期待 #岡本姫奈 #hinadaniblog」

 「同期メンバーに“置いていかれる”ような形で選抜入りを逃し、その感情をはっきりと『悔しい』と吐露する」という構造はわかりやすく、いかにもセンセーショナルでもあり、そのポイントを切り取るようなネットニュースの見出しも目にしたような気がする。
 しかし真に着目すべきは、これに続く語りだと思う。

期待するだけ傷ついてしまうから
いつも殻に閉じこもって
自分を守ってきた選抜発表。

皆さんが凄い熱量で応援して下さっているのが分かっているからこそ、

その期待に答えることが出来なかった結果が
苦しくて

きっと昔の私なら
次はどう頑張ったらいいんだろうって

何が足りなかったんだろうって

今も弱音を吐いて前に進めていなかったと思います。

私は誰かに慰めて貰うためにアイドルになりたかった訳じゃなくて。
誰かを元気にしたくてアイドルになりました。

今まで何度も何度も挫折してその度にファンの皆さんに支えてもらいながら立ち上がってきました。

今回も皆さんに「姫奈を応援してよかった」と心から思って頂けるように

今苦しくても
必死に前を向いて頑張ります。

38枚目シングルも
私と一緒にかけ上がってほしいです。

岡本姫奈公式ブログ 2025年3月3日「期待 #岡本姫奈 #hinadaniblog」

 ポイントは3点だ。①選抜発表に対する「期待」の淵源は、「皆さんが凄い熱量で応援して下さっている」ことであり、言いかえるならば、「ファンが選抜入りを望んでいるから、自分も選抜入りを果たしたいと考えている」ということである。そして、②「昔の私」は「次はどう頑張ったらいいんだろう」「何が足りなかったんだろう」と弱音を吐いていたが、いまは違う、ということであり、それはつまり、「明らかに何かが足りないと自分を責めているわけではないし、目標に向けた努力の道すじは見えている」ということだ。一方で、③「頑張る」の内実については明かされておらず、「今苦しくても 必死に前を向いて頑張ります。」という表現にとどめるような形で、自らの姿勢について綴られている。

 筆者が前稿を書くきっかけとなった、35thシングル選抜発表翌日の筒井あやめのブログも、構造として共通しているので、改めて振り返ってみたい。

選抜発表がありましたね
次のシングルではアンダーメンバーとして活動させて頂きます。

言葉を選ばず今の正直な思いを書かせて頂きますと、どっきどきわっくわくという感じです
文字に起こすとちょっと違う感じがしますが…

また違った場所で違った刺激を受けられるだろうなと思うとすごく楽しみです

もしかしたら悲しい気持ちになっているファンの方もいらっしゃるかもしれませんが、応援して下さる皆さんが悲しい気持ちになる事が私は一番悲しいので、
筒井はどんな風にこのシングルを過ごすのかなと皆さんもどっきどきわっくわくで見守って頂けたらなと思います!
前向きにしか捉えてないです!そこはご安心を´`

筒井あやめ公式ブログ 2024年2月19日「どんっ」

 初めての選抜入りに向けて手を伸ばそうとしている岡本と、長らく選抜メンバーとしての活動が続き、このときが初めてのアンダーメンバーとしての活動であった筒井では、動きとしては逆向きになるが、①「応援して下さる皆さんが悲しい気持ちになる事が私は一番悲しい」が、②③自分の正直な思いは「どっきどきわっくわく」で、「前向きにしか捉えてない」ので安心してほしい。アンダーメンバーとしての活動では、「また違った場所で違った刺激を受けられるだろうなと思う」。
 ポジティブかつさらっとした語り口の文章はいかにも筒井らしいが、グループとファンに対するまなざしは共通しているように思う。

 先ほど「シングルごとにポジションの変動は当然あるとはいえ、長い目でみたとき、個々のメンバーが走るトラックのようなものが変わることはほぼない」と書いた。もっといえば、ポジションにフォーカスしたとき、そこにはまったく別の役割がもたされているような、そんな感覚に至ることがある。
 グループのフロントラインに立ち続けるようなメンバーは、グループの“顔”としてあり続け、芸能界において明確な活躍をするのみでなく、ファン向けにもメンバー向けにも、グループの統合の象徴のような役割を果たす。その脇を固めるように“選抜常連組”のメンバーが存在し、安定感のある活動でフォーメーションを支えながら、それぞれの個性でグループに色を増し加える。アンダーでの活動が多いメンバーも、アンダーライブというグループの強みの一角を確実に形成しながら、ともすれば“分断”の向こうに見失うかもしれない、選抜メンバーを含めた「乃木坂46」という枠組みを保ち、グループを大きな存在としている。
 そしてその中間に、選抜/アンダーの“ボーダー”にいる、と表現されるようなメンバーがいる。実際には半々で活動しているというよりは、アンダーメンバーとして活動するシングルが多い傾向にあり(もちろん、選抜メンバーに加わればぴたりとそこにはまる)、アンダーフロントとしてアンダーライブを牽引したり、音楽番組などへの代打出演が相次いだりするケースも多い。それ自体が固有の役割であるともいえそうだが、ポジションとしては不安定、ないしあと一歩のところで留め置かれるような印象をつけられることも多く、独特の葛藤もあるように見える。そしてその“葛藤”には、内から出てくるものに加えて、筒井の言葉を借りるならば、「応援して下さる皆さんが悲しい気持ちになる事が私は一番悲しい」という思いが含まれている(そのようなものとしてはっきりと語られることが多い)。

 長らく選抜入りに向けて情熱を燃やし続けたのち、「ようやく」といえるタイミングでそれを果たしたメンバーが、選抜メンバーとしての活動のなかで壁にぶつかるというか、「選抜メンバーってすごいんだなと実感した」というような発信をする場面を、繰り返し見てきた。それはもちろんそうなのかもしれないが、グループにおいて果たしている役割が異なる以上、自らが力を発揮してきた場面と違う場面に飛び込んだら、少なくとも最初から大成功することはない、というだけのことなのかもしれない、とも思う。
 グループでの日々は確実に、いつか終わりがくる。その先にあるものは芸能界での活動ではないケースも増えてきたし、芸能界での活動をしばらく続けたのち、やはりその世界から離れる選択がなされる場合もある。芸能界で引き続き存在感を発揮していくケースも含めて、グループでやってきたことがそのまま活きる、ないし持ち越せるようなことは多くないが、活動を通して養われたものが、どちらに針路をとるとしても、個々のメンバーのなかで活きてくれればいい。そんなふうに願うことが、最近多くなってきた。

[46]グループの“物語”は続く
——14年目の“フォーメーション史”に向けて

 例によって今回も長くなってしまったが(射程とする時期でいえば前稿の10分の1くらいなはずなのに、分量としては半分に迫る)、前稿の続きとしての「13年(目)の“フォーメーション史”」としては、おおむね書き終えることができたかな、と思う。
 射程とする時期が短く、シングルでいえば3枚ぶんであることから、前稿ほどにはフォーメーションの外形的な分析は強くならなかったが、期別楽曲のフォーメーションなどについても振り返ることができ、筆者としてはおおむね満足である。

 “フォーメーション史”に加えて、本稿では“物語”をひとつのキーワードとした。フォーメーションが構造的にもたらす“分断”の状況に直接手をつけない一方で、それを解消する多くの試みがなされていることには前稿でも言及したが、その内実にもう少し踏み込むことができたのではないか、と思う。

 大人数のグループのなかで、メンバーそれぞれには異なる役割が生じる場面も多い。その総体としてのグループに成長ないし成熟を求めるのであれば積み重ねが要請され、“異なるトラック”を走り続けるような状況も生まれている。しかしそれによって生じる弊害は「Ⓑグループがもつ“物語”の多様化」、つまり本稿[42]で見てきたような期別楽曲のあり方や、ユニット曲が全体のフォーメーションから切り離されて制作されるようになったこと(この点についてはあまり詳しく見てこられなかったが)によって一定以上に軽減されているように見える。特に期別楽曲の制作は、同期が選抜/アンダーに分かれて活動することになるという構造に横串をさすような機能を果たしている。
 メンバーの加入と卒業を繰り返すサイクルが定着したなか、「Ⓒグループ卒業をめぐる“物語”」にフォーカスされることも引き続き多いが、それは個々のメンバーの歩みをたたえ、将来に向けて背中を押すにとどまらず、グループ全体に一体感をもたらす機能ももっているようにみえる。卒業コンサート/卒業セレモニーの多くは全体ライブとして開催されるし、本稿でいう「懐かしさの先」のように、全メンバーでの作品づくりがなされる場合もある。メンバーどうしの紐帯はポジションによって規定されるものではない。卒業を発表したメンバーに対して、距離の近いメンバーから「最後の活動を一緒にできなかった」と言及される場面も多く見てきたが、こうしたあり方はそれを軽減する一助となっているかもしれない。
 体当たりでグループが運営されていた時代は過去のものとなり、多くのものがシステマチックに進んでいくなかで、しかし「Ⓐメンバー本人によるナラティブ=“物語”」がクリティカルな役割を果たしていることも確認してきた。前稿からずっと、どちらかというと外形的な部分に着目しながら書き進めてきた部分も大きいが、グループの、あるいはシーン全体の主人公は個々のメンバーである、というところに立ち返ることができたように思う。しかしもう少しいえば、そのナラティブはファンに向けて発信されているものである一方で、ファンの理想に寄り添うと同時に、グループのありさまを支える両面の役割をもっている。複雑で難しい仕事だな、と、書きながら素朴に感じた。

 “物語”をキーワードとしたのにはもうひとつ、2024年の1年間で「ファンであればもう少し長いスパンで、グループないしメンバーのことを眼差すべきなのではないか」と思うような出来事にいくつか直面したから、という理由もあった。
 さまざまな騒動が報じられ、不安定な状況であった時期もあった一方で、旧Twitter・Xはいまなお重要なPRのツールであり続け、グループのニュースやメンバーのブログ更新がタイムリーに通知されるだけでなく、Xでの発信のみで活用される画像や動画も多く、ファンコミュニティでの重要性はよりいっそう増している。しかし一方で、アカウントの発信を縦で追うこともなく、あるいはリールで連ねられる情報にすら目を通すでもなく、ただ単体で拡散されるpostを、それすらろくに目を通すことなく再度拡散するようなことばかりに使われるような、SNSとしてはそんな雰囲気になってしまったな、と思うことも、日を追うごとに多くなっている。
 たった140字、4枚くらいの画像、2分くらいの動画でわかることなどほとんどないように思うが、それで何かを知ることができるような、そんなふうに思い込んでしまっている人々が多すぎるのではないか。明日のことは考えていないし昨日のことは覚えていない、そんな振る舞いが幅を利かせるインターネットに抗いたい。そんなふうに思うことは坂道シリーズを追っているときだけにとどまらないけれども、どうしても情報を得る先としてはインターネットが多くなってしまうジャンルでもあるから、特に思うところでもある(だからといってその1000倍くらいの分量を書くのはたがが外れているが、これだけ書いておけば読まれないだろう、という逆説的な感覚もあり、ある種の守りに入っているのかもしれない)。
 前稿および本稿もそうだし、歴代フォーメーション歴代卒業メンバーの記事を長らく更新し続けてきたことも、「真夏の全国ツアー」の歴代全セットリストをまとめたことも、過去すべてのライブパフォーマンスのデータベースを作成したことも、その一環である。筆者とてそのすべてにリアルタイムで立ち会ってきたわけではないが、過去・現在・未来をすべてに眼差しを向け、大切に思うことができるファンであり続けたいと思う。

 “13年目のフォーメーション史”の最後に、38thシングルのダブルセンターのもうひとり、井上和のブログも引用しておきたい。

そして
38枚目シングルの選抜発表もありましたね
今回のシングルで私は選抜メンバーとして活動させていただきます
そしてポジションは中西アルノとダブルセンターです
よろしくお願いします

いつも応援してくださる皆様
本当にありがとうございます

38枚目シングル
乃木坂46が好きだと言ってくださる皆様に楽しんでいただけるシングルになりますように
力不足なところもあるかもしれませんが
頑張ります

私とアルノは乃木坂46の良さを1番伝えやすい場所にいるかもしれないけど
みんなで頑張ってます
みんなでいいシングルにしようと頑張っています

だから
私も頑張ります

どうかよろしくお願いします

井上和公式ブログ 2025年3月3日「至誠」

 井上がグループのセンターを務めるのは3度目。「みんなで頑張ってます」 「だから 私も頑張ります」というのは、センターであるからこそ言葉にすることのできる、“フォーメーション”の本質だと思う。

 そしてグループに加入した11人の6期生も、その「みんな」に名を連ねることになる。新たな時代に突入していくといえる14年目の“フォーメーション史”がどのように展開し、どのように彩られていくのかはわからないが、この春に始まるグループの変化を見届けられることを改めて楽しみにしつつ、本稿を終えることにしたい。

 

 

 

 

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セットリストで振り返る乃木坂46の2024年:あの曲、いつぶりだった?【データでみる坂道シリーズ】 https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka-setlist-2024/ https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka-setlist-2024/#respond Sat, 28 Dec 2024 04:31:52 +0000 https://meaning-of-goodbye.com/?p=1886  思いつきで乃木坂46が過去にライブパフォーマンスした楽曲をすべてデータベース化するということをやり始めたところ、半年ほどを要する相当な苦行になってしまったのですが、得られたデータからわかることが本当におもしろくて、ずっといじくり回しています。

 本稿ではこのデータを活用して、「2024年に久しぶりに演じられた曲を振り返る」という切り口から、今年のライブを振り返ってみようと思います。
 このブログはいつしか長すぎる文章と細かいデータを集積していく場所のようになっていて、本稿はテンション感としてはnoteに書いているような感じになりそうなのですが、表を埋め込んだりする都合上、こちらのほうがよいかな、ということで(ひょっとすると、noteでやっているようなことも、だいたいブログでやったほうがいいのかもしれません)。

 なお、本稿(というより、元データ)が「2024年の乃木坂46のライブ」としてみなしているのは、以下の通りです。
 奥田いろはさんの路上ライブ(乃木坂配信中)をライブに含めるのは、筆者の信仰上の理由によるものなので、そういうものとして諦めていただければと思います。
 太字は「ミニライブの類を除いた単独主催公演」で、狭義の「乃木坂46のライブ」といったところです。

  • 34thSGアンダーライブ
  • 赤えんぴつ in 武道館
  • 12th YEAR BIRTHDAY LIVE
  • 34thシングル発売記念ミニライブ
  • 風とロック さいしょでさいごの スーパーアリーナ”FURUSATO”
  • 「【いろはの路上ライブ】町田でこっそり路上ライブやってみた!」
  • 山下美月卒業コンサート
  • Mrs. TAIBAN LIVE 2024
  • 35thSGアンダーライブ
  • NOGIZAKA46 Live in Hong Kong 2024
  • 「奥田いろは 多摩センター駅前で路上ライブやってみた!」
  • 35thシングル発売記念ミニライブ
  • 真夏の全国ツアー2024
  • TOKYO IDOL FESTIVAL 2024
  • 掛橋沙耶香卒業セレモニー
  • Song for 能登! 24時間テレビチャリティーライブ
  • 「横浜で五百城と奥田がギター弾き語りしてみた!」
  • 36thSGアンダーライブ
  • GirlsAward 2024 AUTUMN/WINTER
  • 超・乃木坂スター誕生!LIVE
  • 「歩道橋」初披露生配信
  • 36thシングル発売記念ミニライブ
  • 大感謝祭2024

    

2024年に“1年以上ぶり”に披露された楽曲一覧

 ひとまず、一覧をご覧いただければと思います(手作業が入る形の集計となってしまったので、抜けがあるかもしれませんがご容赦ください)。

wdt_ID wdt_created_by wdt_created_at wdt_last_edited_by wdt_last_edited_at ID 曲名 間隔 今回の披露 前回の披露
115 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 192 曖昧 1,691 36thSGアンダーライブ(2024-10-08) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-21)
116 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 76 もう少しの夢 1,688 36thSGアンダーライブ(2024-10-07) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-23)
117 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 72 ごめんね ずっと… 1,655 真夏の全国ツアー2024(2024-09-04) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-23)
118 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 177 知りたいこと 1,541 山下美月卒業コンサート(2024-05-11) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-21)
119 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 149 失恋お掃除人 1,540 山下美月卒業コンサート(2024-05-11) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-22)
120 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 175 告白の順番 1,478 12th YEAR BIRTHDAY LIVE(2024-03-09) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-21)
121 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 220 さ〜ゆ〜Ready? 1,202 36thSGアンダーライブ(2024-10-07) さ~ゆ~Ready? ~さゆりんご軍団ライブ/松村沙友理 卒業コンサート~(2021-06-23)
122 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 137 流星ディスコティック 1,126 35thSGアンダーライブ(2024-06-07) 9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜4期生ライブ〜(2021-05-08)
123 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 143 ライブ神 1,076 12th YEAR BIRTHDAY LIVE(2024-03-08) 9th YEAR BIRTHDAY LIVE 〜2期生ライブ〜(2021-03-28)
124 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 190 平行線 1,035 12th YEAR BIRTHDAY LIVE(2024-03-09) 9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜3期生ライブ〜(2021-05-09)
125 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 22 ここじゃないどこか 1,028 36thSGアンダーライブ(2024-10-08) 生田絵梨花卒業コンサート(2021-12-15)
126 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 159 雲になればいい 1,028 36thSGアンダーライブ(2024-10-07) 生田絵梨花卒業コンサート(2021-12-14)
127 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 148 まあいいか? 974 34thSGアンダーライブ(2024-01-25) アンダーライブ2021(2021-05-26)
128 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 155 その女 955 35thSGアンダーライブ(2024-06-09) 28thSGアンダーライブ(2021-10-28)
129 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 51 その先の出口 925 36thSGアンダーライブ(2024-10-07) 29thSGアンダーライブ(2022-03-27)
130 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 89 遥かなるブータン 879 山下美月卒業コンサート(2024-05-11) 生田絵梨花卒業コンサート(2021-12-14)
131 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 232 歳月の轍 867 【いろはの路上ライブ】町田でこっそり路上ライブやってみた!(2024-04-30) 生田絵梨花卒業コンサート(2021-12-15)
132 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 65 傾斜する 862 12th YEAR BIRTHDAY LIVE(2024-03-08) 28thSGアンダーライブ(2021-10-28)
133 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 219 ざぶんざざぶん 841 12th YEAR BIRTHDAY LIVE(2024-03-10) 真夏の全国ツアー2021 FINAL!(2021-11-20)
134 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 52 無口なライオン 820 山下美月卒業コンサート(2024-05-12) 星野みなみ卒業セレモニー(2022-02-12)
135 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 116 ブランコ 808 35thSGアンダーライブ(2024-06-09) 北野日奈子卒業コンサート(2022-03-24)
136 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 50 何もできずにそばにいる 711 12th YEAR BIRTHDAY LIVE(2024-03-07) 29thSGアンダーライブ(2022-03-27)
137 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 128 君が扇いでくれた 689 真夏の全国ツアー2024(2024-07-20) 真夏の全国ツアー2022(2022-08-31)
138 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 118 君に贈る花がない 673 34thSGアンダーライブ(2024-01-26) 北野日奈子卒業コンサート(2022-03-24)
139 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 63 僕がいる場所 664 12th YEAR BIRTHDAY LIVE(2024-03-08) 10th YEAR BIRTHDAY LIVE(2022-05-14)

 乃木坂46のライブは、グループ全体ライブとして「バースデーライブ」「真夏の全国ツアー」の毎年開催が定着しており、ここにアンダーメンバーによるアンダーライブが併走しているような形となっています。さらに単独の公演としての「卒業コンサート」ないし「卒業セレモニー」が、なんだかんだで2018年以降は毎年開催されています。
 加えて、今年は2020年以来の単独海外公演として「NOGIZAKA46 Live in Hong Kong 2024」が開催されましたが、これも毎年行われるものとして定着していくのかもしれません。

 分かりやすい区切りとして“1年以上ぶり”というラインを設定しましたが、「去年と今年のバースデーライブで演じられた」楽曲12が365日近傍に集中する形となり、「まあ、そういうもんだしな」という印象になります。ただ、「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」は「ファン投票上位の曲中心の全体ライブ+期別ライブ+秋元真夏卒業コンサート」の構成、「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」は「全期間を対象にピックアップした123曲を披露」という形だったので、ここに該当している9曲は、「ライブのセットリストに含められやすいとはいえない状況だけど、(現行の編成の)グループが大切にしている曲」であるといえるかもしれません。

 そうした形でセットリストが組まれた「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」ですが、ざっくりいえば「表題曲・アルバムリード曲は全曲披露、アンダー曲の網羅的な披露にはこだわらずユニット曲・期別曲などとバランスをとる一方で、メンバー編成上で選抜/アンダーをそこまで区別しない」ような形でした(セットリスト記事)。特に「表題曲・アルバムリード曲は全曲披露」という点では、「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」と共通します。
 こう考えていくと、「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」から「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」まで披露がなかった、663日・664日に集中している6曲の表題曲・アルバムリード曲13は、「バースデーライブだからこそ演じられる曲」に近い位置にあるともいえそうです。
 最後の“全曲披露”のバースデーライブからもうすぐ5年が経とうとしており、この間には多くの“卒業ソロ曲”が制作されたほか、シングルの発売記念ミニライブでしか演じられたことのないような曲も散見されます。「どの曲もライブでパフォーマンスが見られる」という時代が遠くなっていくなか、「それでも表題曲・アルバムリード曲は、定期的に全曲を披露する」というのは、かつての“全曲披露”の時代に通ずるグループのあり方であるようにも見えます。

 一方で、表中に登場するアンダー曲に目を向けてみると、「その女」「ブランコ」「アンダー」「滑走路」「不等号」「別れ際、もっと好きになる」「生まれたままで」「My rule」「君は僕と会わない方がよかったのかな」「嫉妬の権利」「三角の空き地」と、曲数の多い印象がある一方で、「今回の披露も前回の披露もアンダーライブ」という曲がその大部分を占めることに気づきます。
 アンダーライブはアンダー曲を強烈な縦軸としており、やはり近年寄りの楽曲がセットリストの中心になる一方で、リリースから時間の経過したアンダー曲もバランスよく演じられています(年3回のペースで開催で公演数も多い傾向がある、ということでもありましょうが)。アンダー曲43曲のうち、2024年に一度も披露されていないのは「春のメロディー」だけです(前回の披露は2022年3月の「29thSGアンダーライブ」)。

 この現象には、全国Zeppツアーの形式で11公演が行われた「36thSGアンダーライブ」のセットリストの構成が大きく作用してもいます(「36thSGアンダーライブ」だけで36曲ものアンダー曲が披露されています)。全メンバーに3曲ずつのフィーチャーコーナーがあてがわれ、このうち原則2曲をアンダー曲で構成する形がとられたほか、ここから外れる形で「アンダー」も2年近くぶり(「31stSGアンダーライブ」以来)に披露されました。
 10年以上にわたって連綿とつながれてきたアンダーライブの歴史は、間違いなくすべてのアンダー曲とともにあります。当該シングルの表題曲を披露することが定番だった時期(22ndシングルまで)は過ぎていき、3期生の合流を経て“アンダー曲全曲披露”に取り組んだ時期がありました(「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」「アンダーライブ2020」)。ライブごとに出し入れをしながらもおおむねアンダー曲全曲を現役でライブのなかで演じているといえるアンダーライブには独自の色と強みがありますが、同時にウェットな情念を感じることもあります。

卒業コンサートにみる“思い”の選曲

 しかし、アンダーライブはその独自性のみで突っ走っているわけではなく、グループ全体とも独特の一体感を保っています。「当該シングルの」と留保をつけなくても、表題曲が演じられることすら「まれである」と称してよいようなセットリストで臨まれることが多くなっていますが、その一方で「なかなか演じられにくい曲に光をあてる」ような試みが恒常的に続けられてもいます。

 2024年においても、今回集計の対象となったなかで最長のブランクとなる1691日ぶりの披露であった「曖昧」を筆頭に、1期生のソロ曲である「もう少しの夢」「さ〜ゆ〜Ready?」、オリジナルメンバーの卒業コンサート以来の披露であった「ここじゃないどこか」「雲になればいい」「君に贈る花がない」など、アンダーライブがブランクを打破したような印象のあるパフォーマンスが散見されました。
 また、「まあいいか?」「その先の出口」「コウモリよ」「急斜面」「低体温のキス」「深読み」は、「今回の披露」も「前回の披露」もアンダーライブ(なおかつその間にブランクが1年以上がる)という状況でもあり、そうした取り組みが中長期的に続けられてきたのだということが見てとれます。

 ただ、こうした「最近演じられることのなかった曲」が演じられる機会としてよりいっそう印象深いのは卒業コンサートの類でしょう。2024年に行われた、狭義の「卒業コンサート」は「山下美月卒業コンサート」のみでしたが、このほか「掛橋沙耶香卒業セレモニー」が事前収録の動画配信の形式で行われ、阪口珠美さん・清宮レイさんの卒業セレモニーが配信ミニライブのなかで行われる形がとられたほか、「大感謝祭2024」において向井葉月さんの卒業セレモニーが行われました。
 こうした卒業の機会のライブのなかで、特に単独の公演として行われた場合は曲数も多くなり、主役となる卒業メンバーに思い入れやゆかりのある曲も、それだけ多く演じられることになります。近年はこうした機会において、「なかなか演じられにくい曲」が改めてステージに舞い戻ることも多かったでしょうか。

 2DAYSで行われた「山下美月卒業コンサート」のなかではそうした曲が、今回集計の対象となった曲だけでも11曲もセットリストにラインナップされていました。
 「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」以来だったのが、山下さんがオリジナルで参加していたユニット曲である「知りたいこと」、そして「失恋お掃除人」。これにあわせてかつての“軍団曲”を3曲ともパフォーマンスしたことで、「2度目のキスから」も秋元真夏さんの卒業コンサート以来に披露の機会を得ることになりました(そこから自らの「山下軍団」で新曲「恋山病」を演じたこと、さらにそれが新たな軍団の結成につながっていったことは、鮮やかでした)。
 このほか、“月”くくりで向井葉月さん・菅原咲月さんと演じた「満月が消えた」は「31stSGアンダーライブ」以来、賀喜遥香さんとふたりで歌唱した「無口なライオン」は、「星野みなみ卒業セレモニー」で星野さんが向井さんと歌って以来、「未来の答え」と「欲望のリインカーネーション」は「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」での3期生ライブ以来でした。
 「遥かなるブータン」は「生田絵梨花卒業コンサート」以来の披露となりましたが、これは「山下軍団」による披露で、山下さんだからこそ引っ張り出してこられた曲だったようにも思えます。「会いたかったかもしれない」が「真夏の全国ツアー2022」明治神宮野球場公演以来だったというのはやや意外に感じました。

 そしてもう1曲、「図書室の君へ」がありました。これは掛橋沙耶香さんがライブ中の事故で活動休止に入ってからはほぼ欠番状態になっていた曲で、前回の披露は「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」での4期生ライブでのことでした。このときは4期生楽曲をすべて演じる形がとられたなかで、センターは空けた形での披露。冒頭のポエトリーには掛橋さんの音源が用いられ、クライマックスでは横浜アリーナの外周ステージに並んだメンバーがメインステージのモニターに映し出された掛橋さんの映像を見るという印象深い演出により、あくまで“掛橋さんのセンター曲”という位置づけが守られていました。
 その前の披露機会まで遡ると、2022年6月26日の「乃木坂スター誕生!LIVE」となり、特殊な事情があったとはいえ、やはり「なかなか演じられにくい曲」になっていたことは間違いありません。
 「山下美月卒業コンサート」では、大阪での舞台出演から駆けつけた柴田柚菜さんがこの曲のセンターで登場する、という演出とともに、4期生に山下さんを加えた編成で演じられました。掛橋さんの卒業発表はここから約3ヶ月後であったというタイミングで、443日ぶりの披露で初めてセンターを代えるという“再解釈”に至ったのも、卒業コンサートという特別な場だからこそ為せたことだったかもしれませんし、そこにはおそらく、山下さんの後輩に対するまなざしも含まれていたことでしょう。
 卒業セレモニーの最後にこの曲を演じるにあたって、掛橋さんは「最後にひとつだけわがままをいうのであれば、いまから歌う曲を、私がいなくなってからも歌い継いでいってもらうことだと思っています。」と言い残していきました。“全曲披露”の記憶も遠ざかっていくなか、楽曲を“歌い継ぐ”には、誰かの明確な意志や思いが介在しなければならない、という状況になっているといえるかもしれません。オリジナルの楽曲数が300曲に迫ろうとしているなかで、長く演じられる機会のない曲が出てくるのは仕方のないことではありますが、だからこそ、ライブがメンバーの“意志や思い”を表出される場であり続けてくれることを願うばかりです。

 さらにもう1曲、今回の集計の対象には含まれていませんが、「山下美月卒業コンサート」の2日目で演じられた「初恋ドア」も、ここに列しておかなければならない選曲でした。「坂道AKB」第3弾の楽曲として2019年3月にリリースされたこの曲は、山下さんがオリジナルのセンターを務め、MVも制作されたものの、音楽番組を含むパフォーマンスの機会は絶無のまま5年が経過していました27
 山下さんはそれを、「どうしてもセットリストに入れたい楽曲」とインタビューVTRで説明したうえで、「これから、もっとより、今以上に『輝いてほしいな』というメンバー」とのユニット曲として、いわゆる“新4期生”の5人を指名して、ともにパフォーマンスしてグループを離れていきました。自身の記憶や情念を表現するだけでなく、それをグループの行く先にもつなげていこうとする、そんな姿勢が貫かれていた卒業コンサートだったように見えました。

“こぼれ落ちていくもの”との距離

 しかし、メンバーの卒業の折にそうした機会がおとずれるとしても、それにもやはり限界があります。山下さんとてオリジナルでの参加楽曲を網羅的に演じたわけではないですし、掛橋さんは4期生楽曲にしぼっての披露、阪口さん・清宮さんの卒業セレモニーでは1曲のみの披露、向井さんの卒業セレモニーも3曲の披露でした。
 これをふまえて改めて表に目を移すと、個々の曲をみていくとさまざまな経緯や状況があるとはいえ、「今回の披露」のほとんどを、ここまでで述べてきた「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」「アンダーライブ」「山下美月卒業コンサート」が占めているということに気づきます。4DAYSのバースデーライブや2DAYSの卒業コンサートのような規模、あるいはアンダーライブのようなコンセプトがなければ、ここまでの曲数を拾い上げていくことは難しく、“こぼれ落ちていくもの”の数も、ひょっとすると年々かさんでいくのかもしれません。

 一方で、グループがそうした“こぼれ落ちていくもの”を、仕方のないことだから、と捨て置くことにしているのかというと、決してそうではないようにも感じます。例えるなら「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」の機会に乃木坂配信中でその模様が公開された衣装倉庫のように、いつでも出してこられるように保管してあるような、そんなような印象をもちます。
 今年でいえばほかに、「NOGIZAKA46 Live in Hong Kong 2024」で「ごめんね、スムージー」が488日ぶりに演じられ、「大感謝祭2024」の「乃木恋リアル」のコーナーで使用されて演じられた「なぞの落書き」は576日ぶりの披露でした。直前の披露機会がそれぞれ秋元真夏さん、齋藤飛鳥さんの卒業コンサートであったことを考えると、久しぶりだったにもかかわらず、よりフラットな形でステージに戻ってきたような感じでもあるでしょうか。

 また、夏曲や期別曲の披露が多い「真夏の全国ツアー2024」でも、演出に組み込む形で「君が扇いでくれた」が2年ぶりに(またも「真夏の全国ツアー」で)演じられたほか、披露間隔は1年空いていなかったものの、「せっかちなかたつむり」や「他の星から」といった1桁シングル時代のユニット曲が現役メンバーのユニット曲と並べて披露されたほか、「ここにはないもの」が井上和さんのソロ歌唱で披露されるなど、曲数が限られるなかでも“歌い継ぐ”意志がうかがえるような場面もありました。
 そして明治神宮野球場での千秋楽公演では、あえて空白にして(=そこまでの公演のセットリストから読めないようにして)期待感を高めていたようにも見えるユニットブロックにおいて演じられた、西野七瀬さんのソロ曲「ごめんね ずっと…」は「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」以来1688日ぶりの披露でした。「ソロ曲の女王」といわれた西野さんには6曲のソロ曲があてがわれており、そのなかにあって「ごめんね ずっと…」は、全国握手会のミニライブと「“全曲披露”のバースデーライブ」でしか披露された機会がなかったような楽曲でした29
 このほかにも、久保史緒里さん・林瑠奈さん・奥田いろはさんの各期からひとりの形で歌唱した「設定温度」、今年初めてアンダーライブを経験した筒井あやめさんがセンターに立った「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」、オリジナルのセンターである井上さんが中西アルノさんとふたりで歌唱した「絶望の一秒前」と、このブロックは2024年の乃木坂46のライブにおける屈指のハイライトシーンが続きました。

 そんなふうに、必ずしも「思い出を振り返る」コンセプトのライブでなくても、あるいはずっと披露されていなかった楽曲であっても、どの曲もノーモーションでセットリストに加えられて演じられるような、ある意味での緊張感が保たれているような、乃木坂46に対しては、そんな感覚があります。ひょっとすると、「バースデーライブで全曲やるから、年に一度そのときに聴ける」という状況だった時代よりも、“全曲”に対する感覚は鋭敏かもしれません。
 ライブでは定番のあの曲でも、ずっと披露されていなかったあの曲でも、今日・ここで演じられることには特有の意味がある。そんなふうに感じさせてくれるのが、乃木坂46のセットリストだと思います。

直近の披露からの経過日数まとめ

 最後に、乃木坂46名義のリリース曲全曲について、直近の披露日とライブ名、そして経過日数を見てみましょう。本稿で述べてきたような絶え間ない営みの結果、「すごくブランクのある曲」は案外少ないような、でもそれでもやっぱり数はあるんだなというような、両面の感想が出てくるような結果になった気がします。
 あるいはどちらかというと、近年のユニット曲の多くについては(シングルの発売記念ミニライブ以外での)ライブ披露に(まだ?)あまりこだわっていなくて、それ以前の時期の曲を“置いていかない”ことに注力しているような、そんなふうに感じることもあります。

 1月下旬には「36thSGアンダーライブ」が控え、「13th YEAR BIRTHDAY LIVE」は5月に味の素スタジアム・2DAYSでの開催が発表されています。2025年も多くのライブが開催され、そのときどきにしかないパフォーマンスが行われること、そしてそれを平和裏に見届けていけることを願って、2024年の振り返りを終えたいと思います。

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“櫻”の形のキャプテンバッジ[1]2020-2022(続・菅井友香が「真ん中」に立った日) https://meaning-of-goodbye.com/sakura-history-yuuka/ https://meaning-of-goodbye.com/sakura-history-yuuka/#respond Sat, 15 Jun 2024 05:15:57 +0000 https://meaning-of-goodbye.com/?p=1560  本稿は、欅坂46の改名発表をふまえて書いた「菅井友香が「真ん中」に立った日(5年間の“欅坂46”によせて)」、および櫻坂46の始動のタイミングで書いた「そうして彼女は、欅坂46を終わらせた(菅井友香の“あれから”と、櫻坂46の誕生によせて)」の続編にあたる位置づけで、菅井友香の足跡をたどることを通して、彼女が卒業した時期までの、櫻坂46の約2年間を振り返っていくものである(時期としては、少しだけ前稿と重複することにはなるが)。
 欅坂46時代と同様、グループのキャプテンを務めることになった菅井だが、数々の“事件”ともいえるものに直面し、時に振り回されながらも必死にグループを支えていたような印象を受ける欅坂46時代とはいくぶん異なり、櫻坂46での日々は、キャプテンかつ年長者として個々のメンバーを支え、グループ全体の課題に向き合いつつ、個人としての成長や将来像のために努力を重ねることができたような、多少落ち着いた日々であったように見受ける。

 菅井のグループ卒業からはすでに約1年半が経過している。この間にもグループは着実に歩みを進め、現在は「4th ARENA TOUR 2024 新・櫻前線 -Go on back?- IN 東京ドーム」(2024年6月15-16日)の開催を目前に控えるという状況である。東京ドーム公演は改名後2回目。前回は「2nd TOUR 2022 “As you know?”」の最終公演(2022年11月8-9日)の位置づけでの開催であり、ほかならぬ菅井の卒業の機会のライブでもあった。

 実際のところ本稿はもっと早く、それこそ2023年の年明けくらいには公開しようと準備をしていたものであったのだが、いろいろな事情が重なってペンディングになっていたという経緯がある。本来であれば遅きに失したものとして日の目を見ないような記事だったかもしれないが、再びの東京ドーム公演という区切りをとらえて、2024年のいまのタイミングで改めて書いていくことにしたい。

 なお、タイトルを[1]と題しているのは、本稿はおおむね菅井の卒業までを射程として、それは最後まで書き切るつもりであるものの、[2]以降の位置づけとしてその後のグループについても書く機会をつくろうと計画しているためである(菅井の活動期間をいくつかに分割して書こうとする趣旨ではない)、ということを、あらかじめことわっておく。
 また、各楽曲のフォーメーションについては本ブログの記事「櫻坂46・歴代シングル全曲フォーメーション(随時更新)」を、ライブのセットリストの概要についてはnote「セットリストを“横に見る”・その2(櫻坂46 歴代セットリストまとめ)」にまとめてあるので、適宜参照されたい。

トップスピードで1stシングルの体制へ

 2020年10月13日の「欅坂46 THE LAST LIVE」2日目をもって、欅坂46は櫻坂46に改名した。このライブのなかでは、欅坂46として最後のパフォーマンスが終えられたあと、櫻坂46の最初のパフォーマンスとして1stシングル表題曲「Nobody’s fault」が披露された。センターは森田ひかるで、参加メンバーは14人。ハードな曲調に力強いメッセージが込められたもので、欅坂46のそれと重なって見える部分もあったが、純白に桜色を差したロングスカートの衣装はこれまでと違う優美さをたたえており、ダンスもエネルギーを激しくぶつけ切るというよりは、しなやかな動きで表現されている部分が目を引いた。

 その週末、10月18日には新番組「そこ曲がったら、櫻坂?」がスタート。番組名も初回放送内で発表されるという形式であった。ここでは1stシングルのフォーメーション発表の模様が放送されたが、「Nobody’s fault」のフォーメーションはすでに周知のものであった一方、「櫻エイト」のシステム37はここで初めて公表されることとなった。
 表題曲への参加メンバーが絞られることについては、欅坂46の9thシングルの制作時に「選抜制」が取り入れられ、特にそこで「選抜メンバー」から漏れたメンバーを中心に受け止めに苦しんだ経緯が想起されるようなところもあったが、「フォーメーション発表」「表題曲メンバー」という表現が用いられることで、「選抜」の2文字はていねいに排されており、番組MCの澤部佑も「選抜体制ということではなく、全メンバーで作り上げていくということ」と説明した38。放送後には、公式サイトに「櫻坂46 メンバー・スタッフ一同」の名義でメッセージが掲出され、1stシングルのリリース日と、それが「ユニット曲、ソロ曲は無く全7曲全て14人編成」とされることが伝えられ、そしてそれは「欅坂46の頃からも大切にしていた、“全員で楽曲を届ける”という思いを込めた編成」である、と説明されている。

 さらにそこから間もない10月21日には、新たに公式サイトにメッセージが掲出され、「櫻坂46の表題曲のセンターは、発表がありました通り、森田ひかるが務めますが、藤吉夏鈴と山﨑天を含めた3人が楽曲によってそれぞれセンターを務める新システムとなります。」との告知がなされる。あわせて、藤吉センター楽曲・山﨑センター楽曲の3列目を務めるメンバーについてもここで公表された。森田・藤吉・山﨑の3人によるType-Aのジャケット写真もあわせて先行公開され、2期生を前面に押し出した「新体制」がさらに印象づけられることとなった。
 2期生(2018年加入の9人)は、加入から長らくオリジナルの楽曲がリリースされていないという状況が続いていたものの、配信シングル「誰がその鐘を鳴らすのか?」とベストアルバム「永遠より長い一瞬〜あの頃、確かに存在した私たち〜」への参加を経て、「欅坂46 THE LAST LIVE」には9人全員が「全員曲」に参加するなど39、1期生と肩を並べて遜色ない存在感を発揮するようにもなっていた。いわゆる“新2期生”(2020年加入の2期生6人)も含めて、全員が「櫻坂46のオリジナルメンバー」となったタイミングで40、2期生を真ん中に置いてそれを1期生が支えるような構造をとることは、大きな変化ではあったが、受け入れられやすい状況でもあったともいえるだろうか。

 この「3人のセンター」による「“全員で楽曲を届ける”という思いを込めた編成」は、決して“実質・選抜制”を導入するための方便のようなものにとどまったわけではなく、一定以上に実を伴ったものになっていくことになる。MVが制作される3曲は「3人のセンター」それぞれの楽曲から1曲ずつで(1stシングルでは「Nobody’s fault」「なぜ 恋をして来なかったんだろう?」「Buddies」)、シングルのTVCMではその3曲それぞれの個別バージョンと、3曲をとりあわせたバージョンのCMが制作される、という形式は、このときから4thシングルまで継続されることとなった41。さらにこの1stシングルの時期は、発売が2020年12月9日と年末の時期であったこともあり、年末の音楽特番を含めた多くの音楽番組にグループとして出演していくことになるが、このなかでは「Nobody’s fault」のみでなく「なぜ 恋をして来なかったんだろう?」と「Buddies」も披露されており42、「カップリング曲で音楽番組に出演した」と考えると、かなり異例のことであったといえる。さらに、12月31日の「第71回NHK紅白歌合戦」では「Nobody’s fault」が全メンバーによって披露されている43

 11月11日には「Nobody’s fault」のMVが公開される。これに先立つ11月1日深夜には、「そこ曲がったら、櫻坂?」放送内のCMにてティザー映像が放送されていた(翌11月2日にYouTubeでも公開)。「欅坂46 THE LAST LIVE」でもすでに披露済みという状況ではあったが、佐渡島で撮影されたMVの雄大な世界観は新たな印象を与え、徐々にデビューに向けたムードが盛り上げられていくことになった。11月15日には「なぜ 恋をして来なかったんだろう?」が「こちら有楽町星空放送局」で初オンエアされ、11月18日にはMVが公開。翌週の11月23日には「Buddies」が「レコメン!」で初オンエアされ、11月27日にMVが公開となる。他の楽曲もラジオ番組内で次々に初オンエアされ44、計7曲の収録曲が発売直前までを使ってすべて解禁されたこととなったが、欅坂46時代からの連続性を感じる部分もあった「Nobody’s fault」とは異なる路線の楽曲が連ねられたという印象があり、振れ幅を大きくとった多彩なパフォーマンスが展開されていくことが予感された(菅井も、「1つのテーマに沿うというよりは、いろいろな可能性にチャレンジした作品になりました。[菅井友香『あの日、こんなことを考えていた』p.46]と解説している)。
 このなかで、11月8日には「デビューカウントダウンライブ!!」の開催が発表され、12月8日に開催となる。デビューシングルの発売日は12月9日で、まさに「カウントダウン」といった形のライブとして設定された45。また、デビューシングル発売前であるこの間の11月16日には、「第71回NHK紅白歌合戦」への出場も発表されている。改名を経て2回目の「初出場」の扱いとして、櫻エイトのメンバーが初出場会見に臨んだ。

 この年の大みそかには、櫻坂46として『NHK紅白歌合戦』に初出場させていただきました。正直、櫻坂46としてデビューしたばかりだったので、「いいのかな」と不安になってしまって。それもあって、記者会見にすごく不思議な気持ちで立たせていただいたことをよく覚えています。まさか人生で2度も紅白の初出場会見に参加させていただくことになるとは、夢にも思わなかったです。

(菅井友香『Wアンコール』p.42)

 2019年2月の「黒い羊」のリリース以降、CDシングルのリリースは滞り、コロナ禍での活動ストップを経て、ようやくたどり着いたような印象のあった“櫻坂46”という新たな道。「Nobody’s fault」のMVは「欅坂46 THE LAST LIVE」の準備と重なるくらいの時期に撮影されていたともいい46、いろいろなものが入り交じるなかではあったが、間髪入れずのスタートを切った改名後のグループはすぐに軌道に乗り、トップスピードで坂を上り始めていったといえるのではないだろうか。

キャプテン空位の82日間と新グループへの思い

 櫻坂46がキャプテン・菅井友香、副キャプテン・松田里奈の新体制を発表したのは2021年1月4日のことで、改名からデビュー、および年末の音楽特番への出演の期間は、キャプテンについては未定とされていた47。この間も、「そこ曲がったら、櫻坂?」初回放送での挨拶や、「デビューカウントダウンライブ!!」のMCの仕切りなど、菅井の役割はほぼ変わっていなかったようにも見えたが、2020年9月4日公開のドキュメンタリー映画「僕たちの嘘と真実 Documentary of 欅坂46」内でのインタビューでは、改名後のグループにおいて「(自分が)キャプテンっていうのもどうなんだろう」と発言したり、その後のインタビューでも改名後のグループにおける自身の役割を問われ「まだわからないけど、後輩たちにとって自分の経験を役に立てられるように、力を尽くしたい(『BUBKA』2020年11月号、インタビューの収録日は9月2日)と答えたりするなど、特に改名前の時期には、自らの立ち位置について抑制的な語り方をする場面も散見された。

 その背景として、ということではないが、菅井はグループの改名のタイミングで、卒業を考えた部分もあったということを明かしている。デビューシングルの発売を控えた時期であった、25歳の誕生日である2020年11月29日に行われたSHOWROOM配信でもそのようなことが語られていたほか、2021年5月27日に発売された、欅坂46時代の『日経エンタテインメント!』での連載「欅坂46キャプテン 菅井友香のお嬢様はいつも真剣勝負」をまとめた著書『あの日、こんなことを考えていた』でも、このように述べられている。

 正直なことを話すと、最初に欅坂46が改名すると決まった時は、「新グループに自分はいらないんじゃないか?」と考えてしまいました。新しく生まれ変わるのに、むしろ私の存在が邪魔になるんじゃないかなって。ずっと欅坂46にすべてを懸けたいと思っていたし、ライブでも「ここで死んでもいい!」と心から思えたのが欅坂46のライブでしたし。それがなくなる寂しさもあったから、ここでアイドル人生に区切りをつけたほうが美しいのかなと考えたんです。

(菅井友香『あの日、こんなことを考えていた』p.46-47)

 こうした語りは卒業まで一貫して続けられており、改名するグループとともに自らも踏み出していくことを決断したことが、ひとつの大きなターニングポイントであったことがわかる。また、その決断には、新グループでもキャプテンを続投するように依頼されたことがいくぶん作用していたということでもあったようで、「みんなが新しく頑張れる環境、楽しくやれる環境を作れるように頑張ろう」というミッションを新たに自分に課し、活動を続けていくことになる。

——この7年間の活動期間でもっとも大きなターニングポイントとして挙げられるのが、櫻坂46への改名だと思います。菅井さんは改名のタイミングで卒業を考えたと、当時おっしゃっていましたよね。
菅井 はい。改名するって決まったときは、自分自身も欅坂46というものにすごく賭けていた部分もあって、それこそグループのために、一回一回のライブで「ここで命が尽きてもいい!」と思うぐらい頑張っていたので、すべてを捧げてきたグループがなくなってしまうということにすごい喪失感が正直ありましたし、「自分は何もできなかった」と改名の理由が自分自身の責任でもあると感じていたところもあって。ここから新しいグループになっていくなら「キャプテンというイメージがある私は退いたほうがいいのかな?」と、それがグループのためになると思って卒業を考えたんです。でも、「こんな形で卒業することで、私を応援してきてくださった方に失礼になるのではないか」、とか、「ここで退いてしまって本当に後悔しないか?」と迷うこともありました。スタッフさんから「新しいグループでも、キャプテンを菅井に続けてもらいたい」と言っていただけたこともあって、もう一回グループを作りあげていくチャンスをいただけるのなら、二期生も入ってみんなが新しく頑張れる環境、楽しくやれる環境を作れるように頑張ろうと、考えを切り替えることができたんです。……(後略)

(『大切なもの』菅井友香ラストロングインタビュー)

 改名発表直後の「けやみみ」#37(2020年7月21日配信)では、「(2期生に)今後活動していくうえでその欅坂っていうものについてるいろんなものを全部背負わせてしまう、それが本当にいいことなのかっていうのもちょっと考えて、やっぱり新しくなるっていう決断はいいんじゃないかなって」とも語り、パフォーマンスについても「人間の負の感情や葛藤といったテーマに対しては『黒い羊』で一区切りつけられたのかなとも感じていたりする」「そういったものを越えたところにある気持ちだったり、その先に広がっている新しい景色をこれからはもっと表現していけたらうれしい(いずれも『B.L.T.』2020年10月号 p.10)と語るなど、いくぶん明るく前向きなものに転換していくことを期待する旨の発信を行っていた。あるいは10月18日の「そこ曲がったら、櫻坂?」初回放送では、新番組について「心機一転、私たち自身も楽しくお届けしたいなと思っています」と口にするなど、作品として表現するものをこえて、グループそのものの雰囲気を変えていきたいという意志をにじませることも、当時から繰り返されていたように思う。

 新たな道へ進むにはこのタイミングだったのかなと、今は感じていて。例えば、冠番組の『欅って、書けない?』(テレビ東京)に関しても、もちろんみんな頑張ってはいたけど、グループ名と同時に番組名も『そこ曲がったら、櫻坂?』に変わったことで、またみんな初心を思い出して、新しい空気感のなかでチャレンジができるのかなという期待もありました。実際、私自身も含むみんなが『そこさく』に変わったとき、改めて面白い番組を作っていこうという意気込みを持って収録に臨んでいたと思うんです。

(菅井友香『Wアンコール』p.41)

(前略)……ファンのみなさんからお仕事先で一緒になる関係者の方やスタッフさん、そしてメンバーまで全員が幸せになってもらいたくて。
 だからこそ、メンバー自身も楽しんで、笑顔で活動していきたいなと思っています。私たちが楽しんで、幸せそうに活動していれば、ファンの方も喜んでくださると思いますし、コロナ禍が続く大変な時代だからこそ、その姿を見せていけたらと。それは作品で伝えるというのももちろんなんですけど、いろいろなところで「この子たちが今、困難を乗り越えて頑張っているんだから、自分も一歩踏み出してみるか」と思ってもらえるような、“生き方”をちゃんと伝えられるグループでいたいなと思います。

(菅井友香『あの日、こんなことを考えていた』p.45-46)

 改名を経たあとの時期のインタビューでも、「新たな挑戦ができることを考えたら、変わるなら今しかないのかなという気持ちもどこかにあった(『別冊カドカワ 総力特集 欅坂46/櫻坂46 1013/1209』[2020年11月18日発売]p.82)ここから先は今までの何倍もの恩返しをして、笑顔で過ごしていきたい(同)などと述べていたほか、2期生に対する思いが特に語られる場面もあった。

——逆に田村さんが菅井さんに影響を受けたりした部分はなんですか?
田村 すっごく優しくて、すっごく気を遣われる方で、多分自分が一番しんどいんだろうなって思うときにも、周りにはそういう感じを全然出さなくて。でもこれからは、私たちももっと力になりたいし、もっと頼っていただけるぐらいしっかりしなきゃなって。本当に力になりたいなっていうのをずっと思ってます。
菅井 うれしい。今は2期生のほうが人数も増えて、グループの空気感や雰囲気が本当に変わったと思うし、2期生の子たちにめちゃ助けられてるよ。

(『BUBKA』2021年1月号 p.18)

 このなかで、特に副キャプテンを松田里奈とする体制に関しては、菅井の思いにも沿ったものであったということが、少しあとの時期にはなるが、菅井と松田の両名に対するインタビューのなかで語られてもいる。

——1月4日から菅井さんがキャプテン、松田さんが副キャプテンという新しい体制になりました。そのお話はいつのタイミングで。
松田 12月末くらいでした。
——その時に理由の説明などは?
菅井 ありました。私は引き続き、という形ですが、まつりちゃん(松田里奈)は……。
松田 1期生と2期生がもっと力を合わせてやっていくために、2期生からも居たらいいんじゃないか、みたいな……なんか、そんな感じでした。

(中略)

——松田さんが副キャプテンになるという話は、菅井さんは先に聞いていましたか?
菅井 はい。櫻坂46に変わるタイミングで、「グループの状態を考えると2期生にもそういった役割があった方がいいんじゃないか」という話をスタッフさんにしたら、同じことを考えていると。それで「まつりちゃんかな」と思ってたら、本当に「松田でいこうと思う」って話になって。まつりちゃんはすごく頼りになる存在だと思ってるので、それも嬉しかったです。

(『BRODY』2021年4月号 p.19)

 正式な肩書きのない状態でキャプテンの動きをしていたこの時期について、菅井は「櫻坂46になってから、私が円陣の掛け声をしていいのか悩むことも多かった(菅井友香『あの日、こんなことを考えていた』p.48)とも述べており、少々のすわりの悪さも感じていたようだが、改名前後の時期をグループとして空白なく駆け抜けていたことや、松田への副キャプテン打診が「12月末くらい」であったとされること、欅坂46時代は守屋茜が副キャプテンを務めていたことなどを考えると、「空位」の時期もそれはそれで必要だったのかもしれない。

「デビューカウントダウンライブ!!」と“Buddies”

 「デビューカウントダウンライブ!!」の開催がアナウンスされたのは2020年11月8日のことで、公演日はその1ヶ月後の12月8日に設定された。会場は欅坂46時代の「デビューカウントダウンライブ!!」と同じ東京国際フォーラムホールAであるものの、会場での客入れは行わず、全国117館の映画館でのライブビューイングのみを行う形での挙行となった。直前の「欅坂46 THE LAST LIVE」がそうであったように、単独ライブでも「無観客・インターネット配信」の形がまだ比較的多かったような時期であったが、ライブビューイングのみでの無観客ライブはかなり珍しかったのではないかと思う。

 時期としては新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の1回目と2回目の間の時期にあたり、テレビ収録やラジオ出演はスタジオに戻ってきていた頃であったが、大規模イベントに対する社会的な警戒感はまだかなり強く、有観客公演の実施そのものがチャレンジとなるような状態であり、少なくとも会場定員の半分程度までは席空けが必要とされるような時期であった48。この状況をふまえて、「欅坂46 THE LAST LIVE」は有観客公演から無観客・配信での公演に切り換えられたという経緯もあったが、「デビューカウントダウンライブ!!」はそこからいくぶん変化をつけ、少しでも前進しようとした試みであったように思う。あるいはそのうえで、新グループの初陣ともいえるライブを、より多くの観客の目に触れさせる、という効果もあったのかもしれない49

 しかしその結果、欅坂46時代も含めた2020年の1年間、グループは一度も有観客の会場でパフォーマンスを行わなかったということになった50。2019年7月が最後となっていた握手会は、デビューシングルの発売直後から「オンラインミート&グリート」の形で再開されることになるが、これもリモートであり、メンバーとしてはファンとの距離を感じてしまう時期が続いたようであった。菅井もこうした状況について、のちに「『みなさんに向けてライブをしている』という実感が全然湧かなくて(菅井友香『Wアンコール』p.42)、「コロナ禍で配信中心の活動を続けていかなければならなかった2020年は、私自身もモチベーションを保つことに難しさを感じていました(同p.44)と綴っている。

 このような背景および形式のもとで挙行された「デビューカウントダウンライブ!!」であったが、メンバーは1stシングル収載の7曲と、この日初解禁・初披露となった「櫻坂の詩」を堂々とパフォーマンスしてみせた。幅広い楽曲の世界観をチームを入れ替えながら披露しただけでなく、楽曲数が8曲と少なかったこともあって、MVの撮影風景などをおさめた映像なども流されたほか、3人のセンターがそれぞれ楽曲への向き合い方や解釈などについて解説する時間や、メンバーひとりひとりが改めて新グループでの活動に向けた決意を語る時間が設けられるなど、いくぶん余裕をもってていねいにメンバーやグループのありさまが語られるライブとなった。

 これらの語りのなかで、のちのちまで筆者の心に少し引っかかっていたことがあった。メンバーひとりひとりの語りのなかで、誰かが「Buddies」の語を櫻坂46のファンの総称として用いたが、すぐに引っ込めたような場面があったはずである、ということである。このライブの様子は、2ndシングル「BAN」Type-Aの映像特典という形でソフト化されているが、MCでの語りはほぼすべてカットされている。そのためディテールが曖昧でいまや確認もできないのだが、確かに記憶には残っている。
 ファンの総称があれば単純に便利であり、それはメンバーとファンとの確かな絆ともなる。想起しやすい例は、日向坂46が彼女らの「デビューカウントダウンライブ!!」に際して定めた「おひさま」で、これは「日向」をつくるのが「おひさま(=太陽)」というわかりやすいストーリーのもと、ライブに向けて「直前スペシャル」として行われたSHOWROOM配信のなかでメンバーによって宣言される形で名づけられたものであった。楽曲「Buddies」は、「We are buddies 仲間だ」と多くの人々に明るく呼びかけていく、壮大な調子のある楽曲であり、現在そのようなものとして定着しているように、語としての「Buddies」は櫻坂46のファンの総称として適合的なものであるようにも思える。
 このライブに先立ち、菅井も「Buddies」MV公開を受けたブログで「応援してくださる皆さまと私たちはきっともうBuddiesですよね🤝(菅井友香オフィシャルブログ 2020年11月28日「Buddies🤝」)と綴り、翌日に行われた誕生日のSHOWROOM配信では、菅井のファンの総称を「ばりーず」とするなど51、櫻坂46のファンの総称として「Buddies」が間もなく定着していくかのような語り方があった、という状況であった。しかし「Buddies」が大々的に使用されて定着していくまでにはいくぶんかの期間があり、少なくとも「デビューカウントダウンライブ!!」以降の時期においては多少遠慮があるような面もみられた、ということを、当時のグループに生じていた現象として記憶しておきたいと思う。

■ 楽曲「Buddies」のその後
 以降は筆者の推測というか、感じ方にとどまるものであるが、ファンの総称としての「Buddies」が定着するのに少し時間がかかった背景には、楽曲「Buddies」が全員によって披露される楽曲ではないことがあったように感じられる。筆者の記憶によれば、総称としての「Buddies」は、その後半年以上の時間を経た「BACKS LIVE!!」(2021年6月16-18日)あたりから改めてメンバーによって用いられるようになり、翌月の日向坂46との合同ライブ「W-KEYAKI FES. 2021」(2021年7月9-11日)において、日向坂46のファンの総称である「おひさま」との対比で大々的に用いられるようになった、ということであったように思う。
 この頃にはすでに総称としての「Buddies」はかなりしっくりきていて、むしろ楽曲「Buddies」をメンバー全員で披露すべきではないか、という声もファンから多く上がっていたような状況であっただろうか。

 ただ、当時のタイミングでそこまでしてしまうと、それはそれでやや拙速ではないかという印象を筆者はもっていた。楽曲オリジナルのメンバーやフォーメーションは尊重すべきものであるし、このときの「14人×3チーム」の布陣には「“全員で楽曲を届ける”という思い」が込められていたということを想起すれば、少なくとも1stシングル期や、同じく森田・藤吉・山﨑をセンターとする3チームの体制で臨まれた2ndシングル期52においては、このバランスを崩すにはまだ少し早かったのではないかとも思う。
 これは筆者の個人的な思いであるとしても、楽曲「Buddies」が長らくこのような位置づけであったことで、「3rd Single BACKS LIVE!!」(2022年1月8-9日)において、前回の「BACKS LIVE!!」を体調不良による活動休止で欠席した尾関梨香が自身がキャリアで初めてセンターポジションに立つ楽曲として選曲したり、「W-KEYAKI FES. 2022」(振替公演、2022年8月19-20日)で、卒業を控えておりこのときが最後のライブであった尾関梨香と原田葵が代打扱いのポジションで参加したり53と、いくつかのグループにとって特別なシーンが演出されたことは確かだ。あるいはいまにして思うと、オリジナルメンバー以外もステージで披露する初めての機会となった「BACKS LIVE!!」54をひとつの契機として総称「Buddies」が用いられ始めたことは、ある意味では筋が通っているといえるようにも思う。

 そして楽曲「Buddies」が、“所属メンバー全員”で演じられる端緒となったのが、さらに時間を経た「2nd YEAR ANNIVERSARY 〜Buddies感謝祭〜」(2022年12月8-9日)であった。菅井友香の卒業を経てグループは総勢19人(関有美子がこの公演欠席で披露メンバーは18人)、オリジナルメンバーは11人となっていた。グループは3期生オーディションを終え、櫻坂46として初めての“新メンバー”を迎える直前の時期でもあった。あくまでオリジナルメンバーを尊重しつつも、グループとしての動きと軌を一にしながら歌唱メンバーをゆっくりと変更していくさまは、(歌唱メンバーやフォーメーションなどの背景を含む広い概念としての)“楽曲”への向き合い方への真摯さを印象づける。
 そしてその後、「3rd TOUR 2023」(2023年4月12日-6月1日)ではアンコールで披露、「3rd YEAR ANNIVERSARY LIVE」(2023年11月25-26日)では1曲目に披露されるなど、現在においてはグループ全体の一体感と“Buddies”との紐帯をストレートに歌う位置づけで披露されている。

 ともあれ「デビューカウントダウンライブ!!」は、新グループの確かな第一歩としてメンバーとファンの記憶に刻まれるものとなった。欅坂46時代の楽曲は“封印”された、とあえて粒だてて語られる向きも一部にはあったが55、それすら不自然に思えるくらいに、櫻坂46は正真正銘の“デビュー”を飾っていたように思う。
 ライブ終盤のMCで、菅井は「ついに動きだすことができるということで、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。いよいよスタートすることができるんだなと、すごくワクワクしています」と語った56。コロナ禍での活動ストップ以前から、「出口の見えないトンネルをさまよっていたような状態(菅井、「KEYAKIZAKA46 Live Online, but with YOU ! 」[2020年7月16日])であったというグループは、2回目のデビューを機に、白いペンライトに照らされながら改めて駆け出していくことになる。

未来へ向かう執念:「BACKS LIVE!!」と「W-KEYAKI FES. 2021」

 デビューから年末の音楽番組の時期を駆け抜けた櫻坂46。前述したように、この時期の音楽番組で披露されたのは「Nobody’s fault」のみでなく、「なぜ 恋をして来なかったんだろう?」「Buddies」とあわせた3曲であった。さらに改名後初出場となった「NHK紅白歌合戦」では、全メンバーによる特別な編成で「Nobody’s fault」が披露されている。それは新グループのパフォーマンスを“紅白”の舞台で見せつけたのみならず、これまでとは違う形ではあるが、引き続き“全員”でのグループ活動をしていくことの表現でもあったように見えた。

 2021年が始まって間もない時期には、1月4日に菅井キャプテン・松田副キャプテンの体制の発表があった一方、直後の1月8日には松平璃子が1stシングルの活動をもってグループを卒業することを発表する。松平は卒業の理由を「自分の心と身体がグループに追いつかず(松平璃子公式ブログ 2021年1月8日「お知らせ」)と説明していたが、「欅坂46 THE LAST LIVE」でのスピーチでも同様に「まだ櫻坂46に追いついていない」と語っていたところである。松平は「坂道合同新規メンバー募集オーディション」の際にも「欅坂46にしか入らない」と公言するなど、欅坂46への思いが強かったメンバーであることが知られており、改名がもたらした断絶を実感させられる機会ともなってしまった。
 松平の卒業発表を受け、菅井は欅坂46時代と同様にブログを更新する。全体としては前向きなトーンでまとめられていたものの、「これからも一緒に頑張っていけると思っていた最中の卒業はとても寂しく、心配です。(菅井友香公式ブログ 2021年1月14日「りこぴ」)とするなど、やはりいくぶんかの無念がにじむような部分もあった。
 松平は卒業日である2021年3月14日に更新した最後のブログで、「サイレントマジョリティー」の歌詞全文と、自らの歌唱衣装57の写真を掲載して卒業の挨拶としている。記事のタイトルは「最後の音楽」であった。

 2月18日にはシングル発売記念の配信ミニライブが開催され、これは現在まで続く無観客・配信形式でのミニライブの端緒となる。オンラインミート&グリート(いわゆる全握ミーグリ)は3月まで続くことになるが、ミニライブの配信をもって1stシングル期はおおむね終了した形となり、2ndシングル期に一気に突入していくことになる。
 2月28日放送の「そこ曲がったら、櫻坂?」#19では2ndシングルのフォーメーションが発表され、翌日には表題曲のタイトル「BAN」を発表。3月8日の「レコメン!」では音源が解禁され、3月15日の配信ミニライブのアーカイブ配信(メンバー解説付き)の最後では、YouTubeでの公開に先駆けてMVのティザー映像がサプライズで配信された。MV本編も3月17日に公開され、シングルのリリース日は4月14日であった。
 欅坂46時代後半期には、グループはリリースが長らく滞った時期も経験してきたが、前作からのリリース間隔は約4ヶ月。ここから現在まで、コンスタントなリリースが続けられていくことになる。

 2ndシングルでも、表題曲のセンターに森田ひかるが立ち、ここに藤吉夏鈴と山﨑天を加えるマルチセンターシステムは継続され、「櫻エイト」の8人も全員続投という形となった。シングル所収の7曲は、森田・藤吉・山﨑のセンター楽曲が2曲ずつでユニット曲・ソロ曲はなく、これに加えて全メンバー58による「櫻坂の詩」という内訳であり、これも1stシングルとほぼ同様の構成であったといえる。
 表題曲の歌唱メンバーに着目するならば、3列目の6人のうち、尾関梨香・武元唯衣・守屋茜が外れて井上梨名・守屋麗奈・渡辺梨加が加わった、というのみの変動でもあり、1stシングルの体制がほぼ継続された、と評価できるように思う。これをどのように受け止めるかは人によってさまざまであったと思うが、筆者には「迅速に単独ライブを成立させるための処置」であったように見えた。

 2ndシングルの配信ミニライブは5月14日に開催されたが、このなかで「3列目メンバーライブ」の開催が発表される。これはのちに「BACKS LIVE!!」として改めて告知され59、舞浜アンフィシアターにおいて6月16-18日に行われることになる。また、5月29日には日向坂46との合同ライブ「W-KEYAKI FES. 2021」(2021年7月9-11日、9日は櫻坂46・10日は日向坂46の単独公演、11日は合同公演)の開催も発表される。「BACKS LIVE!!」はグループ初の有観客公演であり、「W-KEYAKI FES. 2021」は全メンバーによる初の有観客公演、という形となった。

3列目メンバーライブのタイトルが「BACKS LIVE‼︎」に決定しました!
ラグビーでは、フォワードの8人が前線でチャンスを切り開き、後方からバックスがポイントをゲットする、攻撃の要になります。
3列目も後方から虎視眈々とトライを狙って、櫻坂のポイントゲッターになって欲しいという意味が込められています。
「私たちで、櫻坂46を、強くする。」
この言葉にピッタリなタイトルだと思っています。

櫻坂46公式サイト NEWS 2021年6月2日「3列目メンバーライブのタイトルが『BACKS LIVE!!』に決定!」

 東京都でいえば、4月25日から6月20日・7月12日から9月30日までの期間に新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が発出されており(この間の期間はまん延防止等重点措置)、開催が危ぶまれた向きもあったが60、全日程配信併用・声出しにかわるスティックバルーンの配布の形で決行されることになる61。ただでさえ“新たな形でのライブ”が要請されているなかで、このときオリジナルの楽曲は14曲。いずれのライブでもこの14曲をフルに用いたセットリストが組まれたが、フルサイズのライブが成立するぎりぎりの曲数であったといえるように思う。1stシングル・2ndシングルが前述したような体制で制作されていなければ、困難はさらに増していたかもしれない。

 特に「W-KEYAKI FES. 2021」に関しては、ライブの成り立ち・名称をふまえつつも、「曲数が足りないから」のような曖昧な理由で、“欅曲”の披露を期待するような雰囲気がくすぶっていたように思う。しかし結果として、それは日向坂46との合同公演で「W-KEYAKIZAKAの詩」が披露されたのみにとどめられた62。それは改名という形で新たな道を進み始めたグループとしては、当たり前ともいえるような筋の通し方だった一方で、(一部の)ファンとの温度差がそこに現出したことについては、複雑な思いを抱いたり、悔しさを感じたりしたメンバーもいたようである。

ここからは私の個人的な想いを
覚悟を持ってお話させていただきます。

初めて櫻坂46全員で迎える、
有観客でのライブ、
そして野外ライブだったので
このライブに対してかける想いがたくさんありました。

まだ改名をして1年も経っていなく、
「櫻坂46」のグループの印象が
皆さんにはっきりしていないのかな、と
感じる事が多々あります。

皆さんからレターやミーグリなどで
「欅坂の曲聴いて毎日頑張れてるんだ!」
「ライブで欅の曲またやってほしいな!」
という声を聞くことも多く、

求められるものが櫻坂の曲ではなく、
欅坂の曲ということが
やっぱり自分の中では凄く悔しくて

櫻坂としての楽曲が
皆さんの心にまだまだ届いていないんだな、
と改めて実感していたりしました。

小池美波公式ブログ 2021年7月14日「☺︎‬」

最初にこのフェスを開催することを聞いた時は、嬉しい一方で、時期早々ではないかと思いました。

櫻坂に改名してからまだ1年も経っていなくて、
櫻坂としてのカラーがまだまだ浸透していないのを日々感じています。

せめて先に櫻坂として楽曲が増え
単独ライブを経験させて頂くことが私たちには必要だと考えていました。

でも、KEYAKIZAKAとしての歴史を歩んできた今のメンバーが来年全員そろっているか、未来の事は分からないとの意見もありました。

初日に櫻坂46に1日頂く事が出来たので、
待っていて下さる方がいらっしゃる限り
絶対に成功させたい。

櫻坂に対し疑問を持っている方にこそ
この合同ライブを通して好きになってもらいたい。

その為に、メンバーとも話し合って、
今の私たちにできること全てを出し切ろうと、
強い気持ちを持ってこのライブに挑みました!

(菅井友香公式ブログ 2021年7月14日「W-KEYAKI_FES.2021🌳ありがとうございました」)

 この頃のグループについては、後年においても、例えばグループ卒業を控えた時期の小林由依が「最初の頃って欅坂と繋がっていた印象が自分の中でもあって(『B.L.T.』2024年3月号 p.23)と語るなど、楽曲や表現の角度はいくぶん変えられ、幅も広がっていた一方、パフォーマンスやライブへの取り組み方としては欅坂46との連続性をもって対していた部分があり、メンバーもファンも「櫻坂46」をとらえ切れていなかったような雰囲気がまだあったかもしれない。
 それでもいまは、すべての手を尽くしてがむしゃらにやるしかない——などと筆者の立場から説明を加えると雑駁かつ過剰になってしまうかもしれないが、そんな印象を受けていたことは確かだ。「W-KEYAKI FES. 2021」では冒頭にメンバーがオープンカーで登場する演出がつけられたり、ダンストラックが長めにとられたりしていたし、「BACKS LIVE!!」についても、「私たちで、櫻坂46を、強くする。」というキャッチコピーが付された上で、立候補制で各楽曲のセンターが決められたというストーリーが強調されたり、ライブ中盤には「なぜあなたは3列目なのだと思うか」「あなたのグループにおける存在意義は何か」とメンバーに問うインタビューVTRが挿入されたりするなど、現在のグループがあまり見せない部分を見せていたような、そんな印象をもつ。
 しかし、菅井の言葉を借りれば「櫻坂としてのカラーがまだまだ浸透していない」状況にあって、あくまで「櫻坂46」を貫徹したことがその後の歩みをもたらしたことは疑いないし、「BACKS LIVE!!」を経て全メンバーがセンターポジションを経験したのみならず、全員が全曲をパフォーマンスできる状況をつくり出したことは、その後メンバーの卒業が続いた頃から3期生の加入までの時期において、グループのパフォーマンスの維持・向上につながった。

 新グループとして、未来へ向かう執念を見せていた時期。当時からそうした色は感じていたものの、いまになって振り返ると、そうした印象はより強くなる。

すべては永遠ではないから

 これらのライブと重なるくらいの時期にはすでに3rdシングルの制作が動き出していたようで、2021年8月7日には3rdシングルのリリースが発表され、8月8日の「そこ曲がったら、櫻坂?」#42でフォーメーションが明らかとなる。前作からの間隔はちょうど半年ほどであり(リリース日は10月13日)、現在の間隔でいくと標準的か、あるいはライブの時期との関連で少し長かったくらいの間隔であるが、菅井が「こうしてシングルを順調にリリースさせて頂けるのは、本当に有難いことです!(菅井友香公式ブログ 2021年8月7日「リリース発表🌸」)と表現したように、グループの歩みの順調さを実感できるペースであった。加えて、9-10月に4都市9公演の日程で「1st TOUR 2021」を開催することも「W-KEYAKI FES. 2021」DAY1のなかですでに発表されており、3rdシングルは櫻坂46として初の全国ツアーに臨むための作品ともなった。

 フォーメーションは前作までのものから変化がつけられ、3人のマルチセンターおよび「櫻エイト」のシステムは継続されたものの、3人のセンターは表題曲に田村保乃、カップリング曲に森田ひかると渡邉理佐となった。「櫻エイト」には土生瑞穂・渡辺梨加が加わる一方、かわって小池美波と藤吉夏鈴が表題曲の3列目に動いた形となった。
 また、初の「BACKS曲」として「ソニア」が制作され、小池はそのセンターポジションに立つことになる。カップリング曲の制作も“解禁”され、小林由依・遠藤光莉・藤吉夏鈴による「ジャマイカビール」、井上梨名・松田里奈による「On my way」の2曲が収録される。
 グループ全体のフォーメーションとしてはやや大きく動かされた印象を受けるものであったが、田村の新センター抜擢63、森田をカップリング曲のセンター・山﨑をフロントメンバーとしたこと、「次はセンターに」と期待される向きも強かった641期生(理佐)をセンターの一角に加えたこと、はっきりとポジションが“下がる”形となったメンバー全員に、それとは別の新たな持ち場を任せたこと(小池、藤吉、井上、小林)など、「フォーメーションに動きを与える(=コンサバティブになりすぎない)」という判断をしたこと自体も含めて、バランスをとることへの意識が端々ににじむようなフォーメーションであったように感じられた。

 一方で、「1st TOUR 2021」の初演を2日後に控えた2021年9月9日には、小林が休養のため活動を休止することを発表し、ツアーに関しては全公演休演となる。発表のなかでは「体調不良」の表現は用いられず(あえてそうした、という印象もあった)、本人も「決して後ろ向きなお休みでは無く 今後の為に今必要な時間(小林由依公式ブログ 2021年9月9日「*」)と綴ったが、そこからイメージされたよりはいくぶん厳しい状況でもあったということが、後年において明かされている。

思い返すと1年前、私はお仕事をお休みしていました。

作り笑いも出来なくなった日。
1日を歩むことってこんなにきつかったっけ。と、一度立ち止まりました。

そんなことを経験してからのこの写真集撮影。
お休み期間を経て気づいたことのひとつ、
「頑張らないことを頑張る」を心がけて撮影に挑みました。

(小林由依2nd写真集『意外性』巻末小林由依手書きメッセージ)

 この年には5月より尾関梨香も体調不良による休業の期間をとっており、「W-KEYAKI FES. 2021」から復帰したばかりというタイミングであったし、同ライブ内でツアーの開催が発表された際には小林自身もそれを楽しみにする前向きなコメントをして笑顔を見せていただけに、全員で満足のいくグループ活動をすることの難しさに直面するような出来事となった。

 そして3rdシングルがリリースされ、「1st TOUR 2021」も残すところさいたまスーパーアリーナ公演のみとなった10月22日には、守屋茜と渡辺梨加が3rdシングルの活動をもってグループを卒業することを発表する。それは菅井が「W-KEYAKI FES. 2021」にグループが臨むことになったときのことについて、「KEYAKIZAKAとしての歴史を歩んできた今のメンバーが来年全員そろっているか、未来の事は分からないとの意見もありました。(菅井友香公式ブログ 2021年7月14日「W-KEYAKI_FES.2021🌳ありがとうございました」)と綴ったことの答え合わせのようでもあった。
 グループ改名に際して、特に1期生は(菅井に限らず)そこで卒業を考えたメンバーも多かったという。守屋は卒業発表のブログで「昨年頃から自分の将来の事、今のグループのことをみていて、アイドル活動は全てやりきったと思いました。(守屋茜公式ブログ 2021年10月12日「〜fledged〜to the future」)と綴り、改名前後の時期からの思いがこのタイミングでのグループ卒業につながっていることを示唆した。しかしそれでも、ふたりともが立場やポジションを変遷させながらも、改名後も1年強、シングルでいえば3作という期間を活動してきたことに、新たな道を切り拓いていくグループへの愛情と献身を感じた。

櫻坂46にとって、初めての1期生卒業となります。

時の流れと共にグループの形やあり方は変化して行くと思います。

どんな事にも対応出来る、軸のあるグループでありたいと思っています。

櫻坂には可能性に満ちています!

止まらずに、
誰かの力になれることを模索して行きたいです。

これからも、櫻坂46の応援
よろしくお願いいたします!

(菅井友香公式ブログ 2021年10月26日「戦友たち」)

 卒業発表時点では、ふたりの最後のライブがいつになるのかは判然としていなかったが、ツアーの千秋楽であるさいたまスーパーアリーナ公演3日目(10月31日)のなかで、「1st YEAR ANNIVERSARY LIVE」(12月9-10日)が日本武道館で開催されることが発表され、DAY2公演において卒業セレモニーが開催されることになる。近年でいえば卒業の区切りでは定番となっているともいえる卒業セレモニーであるが、このときが欅坂46時代も含めてグループとして初めての経験であり65、またセレモニーの開催告知もDAY1公演の終演後というタイミングであった。
 このライブでは、セットリスト終盤の「ジャマイカビール」より小林由依がグループに復帰している。ふたりはグループ初の卒業セレモニーにおいて、全メンバーに見送られる形でグループを旅立つ形となった。

 先輩メンバーに強烈に懐くタイプで、この時期は特に守屋茜にくっついていることが多かった増本綺良66は、卒業セレモニーにおいて「おふたりと離れるのは本当に寂しいです。けど、お別れは今日やってきても、1年後だったとしても、寂しいものに変わりはないので、いまの別れのつらさより、出会えたことへの感謝に目を向けて、いまはおふたりの未来を思い切り応援したいと思っています。」と語った。
 グループアイドルの宿命というべきか、このライブをちょうど区切りとして2年目を迎えた櫻坂46は、これ以降コンスタントにメンバーの卒業を経験していくことになる。ただ、良い意味でそれに引っ張られていないような、そんな感覚もある。涙を封印して67増本が語った、「別れのつらさより、出会えたことへの感謝」。シンプルだが、いつも心に置いておきたい言葉だな、と思う。

自らも“2年目”へ

 また、ここまでで述べてきたグループの動きとちょうど重なる時期に、メンバーとしての菅井個人にもいくつかの動きが生まれることになる。ひとつ目は2021年9月6日の「レコメン!」で、9月いっぱいでの月曜ダブルパーソナリティ卒業を発表したことである。ダブルパーソナリティを務めた期間は約4年半にのぼり、これは菅井がグループのキャプテンとして歩んできた時間とおおむね重なる。パーソナリティのオテンキのりがつくる、ポップでおちゃらけた雰囲気がベースの番組でありながら、月曜夜の生放送という巡りあわせもあり、グループに大きな出来事やトラブルが生じた際に真っ先に菅井の口からファンに語りかける、他になかなか例のない特殊な場としても機能していた。
 卒業発表はオテンキのりに対してサプライズで伝えるような形がとられるが、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言発出にともなうリモート出演の状態であったこともあり、生煮えのまま終わってそれが笑いに変わったような雰囲気であったが、菅井自身が「せっかくなので、ちょっと懐かしい曲にしたいと思います」と選曲した「二人セゾン」を聴いているうちに、(番組序盤にもかかわらず)菅井は涙が止まらなくなってしまう。「『生きるのは変わること』とこの歌詞にあるんですけれど、その意味をいまならちょっと理解できるかなと思います」。
 「二人セゾン」について、菅井は「MV撮影の時に、『欅坂46も永遠じゃないんだ』っていう話をしたことがあって、頭の片隅にはずっとその言葉があった」とし、「欅坂46 THE LAST LIVE」での“最後の披露”の際には「その答え合わせの瞬間が『いま』なんだなって」と、「正直『二人セゾン』の時は涙が止まらなかったです」という状況であったという(以上『BUBKA』2021年1月号 p.17)。欅坂46時代の曲、その“初期”の曲、キャプテン就任の時期の曲。そしてまたあるいは、あの頃のグループには、「もう永遠に、辛いことも苦しいことも起こらないかもしれない」というような、明るい青春の色彩と勢いのようなものがあった。制作の時期からはすでに約5年。あのときに青春が予感したものは、ひとつも的中などしていなかったのかもしれないけれど、しかしそのぶんだけ、予想さえできなかったものを彼女たちはつかみとってきたのだと思う。
 あの日と同じように、その明るくも切ない曲調が、菅井からすべての感情を引っ張り出していた。

欅坂のときとかは、この放送が月曜日なので、やっぱり土日のライブとかいろんな発表とかのあとにこうやって「レコメン!」でお話しさせていただくことが多かったので、不安定だったときはそれがすごく難しいというか、大変だなって思うこともあって。でもそれを自分の声でファンのみなさんにお話しできる場っていうのがすごくありがたいなと感じてやってたんですけど。
 でもすごくスタジオに入るときに、怖いな、と思っちゃうときもあったんですよ。そんなときにのりさんがいつも、安定したテンションでいろいろお話しして下さって、最終的には放送が始まったら笑顔で楽しくで、帰るときには本当に笑顔で帰れたので。すごく「レコメン!」にも助けられたなって。

(2021年9月6日「レコメン!」24時台オープニング、菅井)

 菅井のレギュラー出演は9月28日の放送回で最後となり、月曜ダブルパーソナリティは松田里奈に引き継ぐ形となる。この間には日向坂46・加藤史帆が出演する火曜日や、乃木坂46・田村真佑が出演する水曜日にもゲスト出演したほか、最終回となる9月28日にはスタジオに復帰して683時間にわたって69出演。エンディングではリスナーに向けて、涙ながらに手紙を読む場面もあった。

レコメン!リスナーのみなさまへ

月曜レコメンを聴いてくださり、本当にありがとうございました。
楽しんでいただけましたか? リスナーのみなさんとは、たくさんの思い出がありますね。
学校やお仕事などでお忙しい、週はじめの月曜日の貴重な夜に、こうして一緒に過ごしてくださったこと、心からうれしく、感謝しています。
4年半前はこの世界に入って間もなく、器用なほうではない私のトークは、お聞き苦しい点も多々あったかと思います。
でも、のりさん、スタッフさんにご尽力いただき、まだまだ未熟者ですが、私自身楽しみながらお送りすることができました。
気づけばレコメン!は、自分をさらけ出せる場所になっていました。
たくさんメールを送ってくださったり、時には笑わせていただいたり、リスナーさんとのコミュニケーションがすごくすごく楽しかったです。
そして何より「月曜レコメンがおもしろい!」と言ってくださるお声がすごく励みになりました。
この貴重な経験を通して、ラジオはリスナーさんと一緒につくっていくものなんだな、と実感しました。
月曜レコメンが明日からも頑張る息抜きや楽しみに、少しでもなれていたら、これほど嬉しいことはありません。
数年前はラジオパーソナリティなんて夢の夢だと思っていたけど、支えてくださる方に恵まれ、なんとか4年半も続けさせていただくことができました。
この感謝とこの経験を胸に、これからはもっともっと成長して、新たな菅井友香になれるよう、どんなことにも挑戦していきたいと思っています。
人生は一度きり、いつだってやってみなければわかりません。
リスナーのみなさまも、ぜひ夢を大きくもって、自分の道を信じてあげてくださいね。
つらいとき、悲しいときは、「人生きっと“ウマ”くいく」と唱えてみてください。ずっと応援しています。
そして来週からは、新たに後輩の松田里奈ちゃんがダブルパーソナリティを務めます。
私もこれからは5軍リスナーの仲間入りをして、応援したいと思います! ぜひ一緒に聴きましょうね。
リスナーのみなさま、一度でも聴いてくださったみなさま、本当に本当に、ありがとうございました。
これからもレコメン!リスナーのみなさまに、たくさんの幸せが訪れますように。

櫻坂46 菅井友香

(2021年9月28日「レコメン!」エンディング、菅井の手紙[書き起こしは筆者による])

 ダブルパーソナリティ卒業後も、2023年4月の番組リニューアルでオテンキのりが出演を終了するまでは(グループ卒業後も含めて)たびたびゲスト出演を続け、その2023年春には現在まで続く文化放送でのレギュラー番組「サントリー生ビールpresents 菅井友香の#今日も推しとがんばりき」がスタートしている。オテンキのりとの交流も現在まで続いており、お互いの番組・YouTube配信にゲスト出演するなど、その姿が公に見られる場面も多い。

 また、この時期の菅井に関するトピックとしては、「レコメン!」卒業に加えてもうひとつ、2022年2・3月上演のミュージカル「カーテンズ」への出演決定がアナウンスされる(2021年9月9日)。グループ卒業後はコンスタントに演技の仕事を続け、2024年現在では連続テレビドラマへの出演も続いている菅井であるが、演技の仕事としてはコロナ禍を挟んで「飛龍伝2020」(2020年1-2月)以来であった。
 詳しくは後述するが、「カーテンズ」に取り組む期間が4thシングルの制作期間と被ったことにより、この間菅井はグループから距離を置いて「カーテンズ」に集中する形をとることになる。「このお仕事が決まったのが2021年7月くらいだった」とのことで、そこからボイトレの機会を増やし、「1日も無駄にできない」という意識で積み重ねを続けていったのだという。「櫻坂になったときに、まずは『あと2年頑張ろう』と自分の中で決めていました」という菅井。その「あと2年」は折り返し地点に差しかかろうとしていた。当初それはやや漠然としたイメージだったというが、意識して「特に(卒業までの)この1年はみんなに託すというか、まつりとかいろんなメンバーに活動の中で何かお願いすることをちょっとずつ増やしていく」ことで、「よりグループが生き生きしてきた」と感じ、「カーテンズ」の期間に客観的にグループを見ていたときに、改めて「ああ、卒業するなら今だな」と確信したのだという(以上、『大切なもの』菅井友香ラストロングインタビュー)

 グループを前へ進めていくとともに、自らの未来も改めて意識し始めるような出来事が続いたこの時期。菅井が櫻坂46の一員として過ごした後半期は、同期メンバーのグループ卒業を見送ることも続いていくことになるが、その胸の奥には自らの卒業にむけての意識も秘めながら活動していたのだということを確認して、ここからはさらに振り返っていくことにしたい。

「櫻坂46」としてのライブの形

 ここからしばらくは、おおむねここまでの期間に行われた、「1st TOUR 2021」以降のライブについて振り返っていくことにしたい。ここまででも述べてきたように、2021年はライブイベントなどが徐々に復活してきてはいたものの、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言の発出が繰り返されるなど、まだまだコロナ禍の影響が厳しい時期であった。

 近年特に積極的に出演を続け、広く好評を得ているといえるフェスイベントの類も、この時期には(欅坂46時代からの流れもあり)いくつも出演が決まっていたものの、2020年末の「COUNTDOWN JAPAN 20/21」に始まり、2021年8月の「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021」、9月の「8PPY MUSIC FESTIVAL」と、次々に中止となってしまう。単独の有観客公演以上に、人々が自由に動くため観客に規制をかけにくいことや、挙行された別の音楽フェスで感染対策が徹底されず、クラスターの発生が報じられたことなどから、フェスイベントにはかなり厳しい目が注がれていたような、そんな社会情勢であった。
 イベントの開催制限としては、国が示した取り扱いのもと、「大声なし」(「声出し禁止」)などの感染対策を前提として、観客数を「5000人上限」(5000人または会場収容人数の半分のいずれか小さい方まで)とされた時期が続き、2021年10月以降はおおむね「収容人数の半分が上限」となる。その後2022年に入ったあたりからはさらに緩和され、観客数の制限はほぼなくなっていった、というような流れであった。
 そのため2021年においては、「声出し禁止」「1席ごとの席空け」という条件のもとで、単独ライブに傾注する形でライブパフォーマンスが重ねられていくことになった。

 この時期、櫻坂46に限らずであったと思うが、ライブにおける「声出し禁止」にどのように対峙するかがひとつのわかりやすく大きな課題であったと思う。「声出し解禁」を待たずにグループを卒業することになった菅井も「今はなかなかファンの方の声援を聞けないからこそ、あの頃得られた一体感やファンの皆さんの地響きのような声援は今でも忘れられませんし。(『大切なもの』菅井友香ラストロングインタビュー)と語ったように、「声出し」はステージで演じるメンバーを力づけるとともに、ライブの演出と一体不可分のものでもある。
 この間(2022年5月の「渡邉理佐卒業コンサート」まで)、櫻坂46のライブでは一貫してスティックバルーンが配布され、「声出し禁止」を強調するとともに、新たな形が模索されることになる。ただ、有観客公演再開の端緒となった「BACKS LIVE!!」ではスティックバルーンを用いたコール&レスポンスのコーナーが設けられるなどの試みもあったが、観客のほぼ全員が手にしているといってよいペンライトとの相性がよくかったこともあってか(両方を持つことはなかなか難しい)、劇的に何かを向上させていたという印象はない。

 一方で、会場の一体感は主にペンライトによって形づくられていくことになる。欅坂46時代初期に遡る思想的源流があってのことだと思うが、櫻坂46のライブに行くと、客席がほぼ常時「正しいペンライトの色を探している」ような雰囲気を強く感じることがある。グループカラーは白と明言され、「Nobody’s fault」の白、「BAN」の赤などはメンバーが呼びかけた経緯があったように思うし、「ブルームーンキス」の青などはこれ以外にないといえるほどわかりやすいと思うが、「曲ごとにペンライトの色を変えてほしい」とまで呼びかけられているということではない。
 そのようななかで「1st TOUR 2021」で初披露となった「流れ弾」「Dead end」が、ライブの演出に加え、この期間中に公開されたMVのイメージもあいまって、ペンライトが赤で揃う形となった(理屈はよくわからないが、赤のペンライトは揃いやすい)のが決定的であったかもしれない。これ以降も特に表題曲に関しては、特定の色で揃えられる場面が多くなっているように思う。
 これに加え、「1st TOUR 2021」の各公演では、アンコールの「櫻坂の詩」でのペンライトをサクラピンクにするように菅井から直接呼びかけられたこともあり、これはこれ以降も定着していくことになる(それ以前はグループカラーの白にする向きが強かったと記憶している)。

 前述のように、2ndシングルの体制で開催された「BACKS LIVE!!」「W-KEYAKI FES. 2021」は当時のオリジナル楽曲全曲をもって臨まれた形であったが、3rdシングルの体制での「1st TOUR 2021」も、2ndシングルまでの14曲はすべて披露され、1曲目に「Dead end」が、本編最後に「流れ弾」を加えた16曲を基本として展開されることになる。ここに3都市目の大阪公演から「無言の宇宙」が、最後の4都市目である埼玉公演で「ソニア」が加えられる形であった。
 また「1st YEAR ANNIVERSARY LIVE」についても、2ndシングルまでの14曲は引き続きすべて披露されたほか70、3rdシングル所収の楽曲もすべて披露されるという網羅的な取り扱いがされた形であった(「美しきNervous」と「On my way」は有観客公演での初披露、「ジャマイカビール」は初披露71)。当然ながら「1st TOUR 2021」とは大きく構成を変えつつではあったが、これも含めて一連の「3rdシングル期間のライブ」として大きな絵を描き、楽曲を逐次投入してファンを盛り上げていったような印象をもつ。
 さらに、1都市目である福岡公演2日目の終演後には「流れ弾」のMVが、2都市目である愛知公演1日目の終演後には「Dead end」のMVが会場でサプライズ公開される。いずれもこの日のうちにYouTubeチャンネルでも公開されたものであったものの、「ライブの場では何か新たな展開がある」というような雰囲気が、一貫して演出され続けていたともいえるかもしれない。

 さらにこれらの公演では、活動休止中(「1st YEAR ANNIVERSARY LIVE」より復帰したが、このときも一部のみの参加であった)の小林由依のポジションを「BACKS LIVE!!」を経験したメンバーで原則埋める(参考/3rdシングル収録曲は代打なし)形で「私たちで、櫻坂46を、強くする。」を具体的な形として実践するなど、グループの強さや成長が感じられる場面もあった。
 菅井は「1st TOUR 2021」に際し、グループで取り組むものとしてふたつの目標を立てていたのだという。ひとつ目は「会場のみなさんに櫻坂46のパワーを思い切り伝える」こと、ふたつ目は「このツアーを通じてチームワークをさらに高める」ことで(千秋楽公演MC/『日経エンタテインメント!』2022年1月号 p.105/『Wアンコール』p.169)、それは確実に成し遂げられていたといえるように思う。

 ツアー最終日のMCで私は「これからの櫻坂46に可能性を感じることができました」と言いました。これは、ツアーを重ねていくなかでグループ内がお互いをフォローし合おうというすごく良い雰囲気になり、そうした櫻坂46をもっといろいろな方たちに見ていただきたいとの素直な思いからの言葉でした。そんな櫻坂46がもっと応援していただけるようになれたらと思いますし、私たちの未来を信じてほしいという気持です。

(『日経エンタテインメント!』2022年1月号 p.105/『Wアンコール』p.170)

 「1st YEAR ANNIVERSARY LIVE」で行われた守屋茜・渡辺梨加の卒業セレモニーでは、欅坂46時代のユニット「青空とMARRY」の楽曲である「ここにない足跡」および「青空が違う」が披露される。ファンコミュニティに流通していた言い回しでいうと“欅曲解禁”という形になったが、むしろここまでに1年間をかけ、さらにここでの披露もユニット曲にとどめたグループの執念に改めて目を向けるべきであろう72
 これ以降、1期生の卒業の機会では“欅曲”が演じられることが定番のようになっていくが、むしろそうした場に披露機会をほぼ限定するレールを引いたことで、グループとして良いバランスを保てるようにした、という評価もできるかもしれない73

グループとの距離と「五月雨よ」

 2021年末、グループは「COUNTDOWN JAPAN 21/22」に出演し、これがようやくフェスイベントへの出演の端緒となる。大晦日には「流れ弾」で2回目の「NHK紅白歌合戦」への出場を果たし、年が明けて間もない2022年1月9-10日には「3rd Single BACKS LIVE!!」を開催した。前回の「BACKS LIVE!!」を経験していないメンバーとしては、新たに小池美波と藤吉夏鈴が参加する形となった。ポジションが下がる形となったことには複雑な感情があっただろうし、藤吉はメッセージで悔しさを相当強く発信していたとも記憶する。
 しかし、2日目で「Dead end」のセンターに立った藤吉、同じく2日目で「流れ弾」のセンターに立った小池とも、鬼気迫るといえるほどのパフォーマンスで客席を引き込んだし、遠藤光莉の「BAN」(2日目)、大沼晶保の「流れ弾」(1日目)、幸阪茉里乃の「Dead end」(1日目)、あるいは前回の「BACKS LIVE!!」は活動休止にともない不参加であった尾関梨香が「Buddies」を選曲してセンターに立ったこと、増本綺良が選曲したのが「思ったよりも寂しくない」であったことなど、いまなお印象深い場面が数々生まれた。
 試練に対峙していた感も強かった前回に対し、「BACKS LIVE!!」というものに対してパフォーマンスを通してアンサーして、「櫻坂46のライブ」としてレベルの高いものをつくりあげていた、という印象をもった74。あるいは、楽曲の網羅的な取り扱いの必要がなくなった最初のライブであったともいえ、積み重ねてきた曲数もふまえつつ、メンバーの選曲によって一定の自由度のあるセットリストが組まれた形であったように思う。

 年末から年始の時期が過ぎていき、やや落ち着いてきたかという矢先の2022年1月24日、渡邉理佐がグループからの卒業を発表する。そしてその直後の1月29日には、原田葵もグループからの卒業を発表。メンバーの卒業はいつかは訪れるもので、これまでもその報にはたくさん接してきていたとはいえ、1週間も空けずにふたりの発表があったことには驚いた。
 この発表を経た2月8日には、4thシングル「五月雨よ」の発売決定がアナウンスされ、2月13日の「そこ曲がったら、櫻坂?」#68でフォーメーション発表が行われる。少しだけ前述したところだが、このシングルの制作期間がミュージカル「カーテンズ」の稽古期間と重なる形となった菅井は、このシングルに全メンバー楽曲の「僕のジレンマ」のみで参加する形となる75
 放送内ではこの点について説明は加えられず、表題曲が山﨑天をセンターとする15人のフォーメーションであること、および引き続きマルチセンターシステムがとられ、渡邉理佐と森田ひかるとの3人でのセンターの形となることのみがアナウンスされる76。菅井がフォーメーション上どのような取り扱いになるかは、翌日11時に更新された本人のブログで説明が加えられることになった。

私は、ミュージカル『カーテンズ』出演の為、今回のシングルは理佐がセンターを務める、全員参加の共通カップリング曲のみ
参加させて頂く事になりました。

いつも応援して下さっている方を
複雑な気持ちにさせてしまっていたら、本当に本当にごめんなさい。

きちんと楽曲に参加したかったので
何とかして両立する方法はないか何度もスタッフさんとご相談させて頂き
この決断に至るまでとても悩みました。

私にとって櫻坂46がとても大切で、
責任ある立場にいることも承知しております。

しかし
シングル制作と、2/26〜開幕予定のミュージカル『カーテンズ』のお稽古のスケジュールが見事に重なってしまいました。

今回の舞台は、自分にとって初ミュージカルで、人生の中でもかなり大きな挑戦となると同時に、
櫻坂を新たに知って頂く貴重なチャンスだと思っています。

有難いことに、そうそうたるキャストの皆様とご一緒させて頂く上に、とても素敵なヒロイン役を頂くという信じられないくらい光栄なチャンスを頂きました。

この舞台に向けて、少しでもスキルアップするために個人的にも去年から必死に準備してきました。

グループあっての個人仕事、ということも理解していますが、
櫻坂の複数の楽曲制作と、ミュージカル1年生で未熟な私がお稽古を両立することは、物理的に難しい状況でした

(菅井友香公式ブログ 2022年2月14日「4枚目シングル」)

 率直に書くならば、菅井がここまでこんなふうに、複雑だったり困難だったりする状況に対して誠実かつていねいに説明を加える場面に久しぶりに出会ったな、という感想が先に立った。説明としては十二分で、筆者としては当然納得できるものだったし、このフォーメーション発表の放送日をいくぶん緊張して待っていた菅井の息づかいが聞こえるような気さえした。
 これに続けて、菅井は「櫻坂には今特有な制度があるので、シングル制作に中途半端に参加する形でご迷惑をお掛けしてしまうなら、4枚目は辞退して他のメンバーにしっかり参加して貰う方がグループにとっては最善だと思いました。」とも言い切る。そうか、そうだよな。彼女はそんなふうに、思った以上にわれわれに率直な部分を伝えてくれる人だった。そのことを、実感とともに思い出した。

 もうひとつ、これを書くかどうかはいくぶん迷ったものの、当時から2年以上が経っており、菅井の姿を忘れてしまわないために書こうと思う。2ndシングルの時期だったか、3rdシングルの時期だったか、菅井は「自分個人を応援してくれているファンのためにもう少し前のポジションに立ちたい」というニュアンスが読み取れる発信を、メッセージでだけ(しかもそれも迂遠な形で)行っていたと記憶している。長年キャプテンの立場にあり、欅坂46時代にはグループの特性もあいまって、そのようなことはおおっぴらには発信しにくかった部分はあっただろう。しかしそれよりも、彼女自身がそういった感じ方をしているイメージもあまりなかったので、いくぶん意外に感じたことを覚えている。
 それだけ自分のファンの顔が見え、声が聞こえていたということでもあろうし、だからこその決断と、だからこその語りでもあったということだろう。一方で、逆に「卒業が視野に入っているからポジション/楽曲参加へのこだわりは薄いのだろう」とも言わせない凄みが、彼女のたたずまいには確実にあった。
 グループは8月に1stアルバム「As you know?」をリリースし、次のシングルである「桜月」のリリースは2023年2月まで待たれることになる。菅井は1stアルバムに櫻エイト扱い(アルバムについてはフォーメーション発表の形がとられておらず、したがって櫻エイトも公式には定義されていない)の2列目のポジションで参加するが77、シングルへの参加はこの4thシングルが最後になった。

「(前略)……櫻坂になってからグループの雰囲気が少し変わって、計画通りに物事が進むようになって、それにすごく感動するっていう(笑)。その分、個人としてもアイドルとしても、『もっとこうなりたい』っていう欲みたいなものが出てきたんです。目標や、達成したいことがどんどん見えてきて、そこに悩むようになりました。『キャプテンはやっぱり、みんなをサポートすることに徹しなきゃいけないし……でも、果たして本当にそうなのかな!?』って、迷いが生まれてしまったんです。私のことを応援してくださっている方たちは、ずっと『いつかはセンターに立ってほしい』『フロントになってほしい』っていう思いを、握手会とかミーグリ(オンライン・ミート&グリート)で伝えてくださっていたんですけど、自分のアイドル人生の終わりが近付いている中でも、ずっと2列目(のポジション)だったし、パフォーマンスでもどんどん二期生のメンバーが中心を担うようになって……もちろん後輩の成長っていうのはすごく大事だし、グループとしてもすごくうれしいことではあったんですけど、その反面、一期生としては悔しいというか……寂しいという思いもありました、正直なことを言うと」。

(『B.L.T.』2022年12月号 p.14・19)

 前述したように、菅井はこの「五月雨よ」の時期、グループからやや距離を置いて客観的に見るような時間を過ごすことになる。「カーテンズ」は3月27日に愛知県芸術劇場での大千秋楽を終え、4月6日のシングル発売の時点ではすでに落ち着きを取り戻していた頃合いであった。音楽番組でのパフォーマンスもいつも見守っていたといい(菅井友香公式ブログ 2022年4月6日「『五月雨よ』リリース」)、菅井はこの時期を経て確信をもち、改名当初から(漠然と)決めていたという「2年」での卒業に向けて踏み出していく78

(前略)……『五月雨よ』の期間も客観的にグループを見ていたとき……自分が参加していないグループを見るのは初めての経験だったんですけど、「うん、大丈夫だ。いや、むしろ良くないかな?」と思えてきて、そのときに「ああ、卒業するなら今だな」と確信に変わったんです。それで、改めてスタッフさんに相談したときに「菅井の最後は東京ドーム」と言っていただいて。……(後略)

(『大切なもの』菅井友香ラストロングインタビュー)

 『五月雨よ』の活動期間に「卒業を決めるなら今」と実感したのは、みんなが音楽番組で『五月雨よ』を初披露しているのをテレビで見ていたときのことでした。それまで櫻坂46は激しい曲が続いていましたが、山﨑天ちゃん(二期生)がセンターの『五月雨よ』では、明るい照明の下で、みんなが笑顔で歌っている。その姿を見て変化していくタイミングなんだと強く実感しましたし、「ああ、櫻坂46はいいグループだな」と誇らしく思えて。それに、表現が難しいですが、その中に自分が戻っていくことがあまりイメージできなかったんです。それは決してネガティブな意味ではなく、むしろすごく希望を感じて、「もう櫻坂46は大丈夫なんだ」と思えて。悲しいというよりも、清々しさを感じたことを今でもよく覚えています。

(『Wアンコール』p.57)

 ※引用者註:『五月雨よ』の初披露は2022年3月28日の「CDTV ライブ!ライブ!」。菅井が「カーテンズ」の大千秋楽を終えた、ちょうど翌日にあたる。

「同期を送り出す」こと

 「渡邉理佐卒業コンサート」の開催はシングルの発売直後の2022年4月8日にアナウンスされ、5月21・22日に国立代々木競技場第一体育館で開催された。国立代々木競技場第一体育館は、「ALL LIVE NIPPON VOL.4」(2016年1月30日)で欅坂46が初めてライブパフォーマンスを行った場所であり、欅坂46の「1st YEAR ANNIVERSARY LIVE」(2017年4月6日)の会場でもあるなど、ある意味では宿縁の地であったといえる79。単独の公演として卒業コンサートを行うのは、グループとして初めてのことであった。

 理佐は「櫻坂に改名してから欅の楽曲っていうのは、まあやってきてはいなかったんですけど、今回卒業コンサートっていうことで、欅坂時代の楽曲もいろいろ詰め込めたら、私たちも嬉しいし、ファンの方もきっと……そこの部分を見たいって思ってくださっているのかな、と思ったりもしているので、その部分も大切にしていきたい(「渡邉理佐卒業コンサート」DVD/Blu-ray 特典映像)として、1曲目は「無言の宇宙」、本編最後は「僕のジレンマ」とするなど、“櫻坂46・渡邉理佐”の卒業コンサートという骨格は明確にしながらも、欅坂46時代の楽曲を多くセットリストに盛り込む。ライブ本編中盤に“欅坂46ブロック”ともいうべき場面を設け、1期生のみ(=各楽曲オリジナルメンバーのみ)で「二人セゾン」、「手を繋いで帰ろうか」/「僕たちの戦争」(日替わり)、「青空が違う」、「制服と太陽」、「世界には愛しかない」を披露。アンコールも欅坂46の楽曲のみで固められており、両日共通で「太陽は見上げる人を選ばない」と「危なっかしい計画」を演じ、1日目にはさらに「風に吹かれても」を、2日目には菅井と「青空とMARRY」楽曲を4曲すべてメドレーで歌唱した。
 「青空とMARRY」楽曲以外の全曲が、改名以降初めての披露であったことはもちろんだが、このときで9人とずいぶん少なくなった状況のなか、1期生のみで演じる形をとったこともメンバーにとっては感慨深かったようで、原田葵は「理佐の優しさはそこに含まれてますね(同前)と口にした(「二人セゾン」は原田にとって、小池美波とともにセンター両隣のポジションに抜擢されたシングルでもあった)。
 披露した曲数も多かったが、それよりも、自らが参加したユニット曲を網羅的にセットリストに加えつつ80、欅坂46の楽曲のなかでも明るい雰囲気のもののみで固められたことが印象深かった。欅坂46のパフォーマンスをステージに引き戻すのではなく、あくまで青春時代の美しさとして振り返られているような、そんなふうにも見えた。

 卒業コンサートの開催に先立つ5月17日に、『櫻坂46 渡邉理佐 卒業メモリアルブック 抱きしめたくなる瞬間』が発売されているが、このなかには菅井との対談も収録されており、理佐は「1st YEAR ANNIVERSARY LIVE」での「青空が違う」披露時のことに言及し、「イントロでお客さんから声にならない声が漏れて、『待っていてくれたんだな』と実感」した、と述べた。一方で、改名については「私は『この選択でよかった』ということを応援してくださるファンの方に証明したかった(以上、p.42)とも語る。心根の強さと、冷静で柔軟な部分が共存した、彼女らしい語りであったな、と感じる。

——そういう熱い一面は、櫻坂46になってからより強まった印象もあります。
理佐 確かに改名をしてから、自分がもっと引っ張らなきゃ、もっとしっかりしなきゃという意識が強まったのは、自分でも感じていて。どうしても欅坂46と比べられてしまったり、「以前の方がよかった」と言われたりすることもあるとは思うんですけど、私は「この選択でよかった」ということを応援してくださるファンの方に証明したかったんです。そういう考えや気持ちにさせてくれたのは友香の存在が大きくて。友香がいなかったらどこかで心が折れていたと思うので、本当にいてくれてよかったです。
菅井 うれしい……。

(『櫻坂46 渡邉理佐 卒業メモリアルブック 抱きしめたくなる瞬間』p.42)

 一方で、理佐自身は欅坂時代から卒業については考え続けてきたといい、実際に卒業発表をするにあたっても「発表する1年以上前から、スタッフさんといろいろ相談しながら『時期はここかな?』『いや、もうちょっと頑張ってみようかな?』と考えながら過ごしてきた」のだという。しかし、「櫻坂としてデビューしてまずは1年頑張ってみようと決めていた」といい、「1st YEAR ANNIVERSARY LIVE」で守屋茜と渡辺梨加の卒業を見届けたタイミングで、「次に出るシングルを最後の活動にしたい(以上、p.45)という意向を伝えた、ということであった。
 この語りをふまえた上であえていうならば、「2年」をひとつの区切りと考えていたという菅井とは少し心づもりが異なっていたということもできる。あるときからかなり近しい距離感になっていたという理佐と菅井であるから、卒業に向けてのスピード感について、直接コミュニケーションをとることもあっただろう。自分より先にグループを離れるメンバーのことは、メンバーとして、同期として、キャプテンとして、落ち着いて見送れるように。この時期の菅井の振る舞いを振り返ると、そんな意識が透けて見えるような、そんなふうに思うことがある。

 同じことが、これに続く形でグループを離れた原田葵と尾関梨香への対し方についても現れていたように思う。
 1月に卒業を発表した原田に続き、6月14日には尾関梨香もグループからの卒業を発表する。原田の卒業日は4thシングルの活動を終える6月11日に設定された上で、卒業日よりあとの「W-KEYAKI FES. 2022」DAY4(7月24日)で卒業セレモニーを行う形が予定されていたが、尾関は1stアルバム「As you know?」まで参加した上で、9月11日を卒業日とし、同じく「W-KEYAKI FES. 2022」DAY4で原田とともに卒業セレモニーを行うことが追加で告知される。
 ただ、公演直前の7月20日夜のPCR検査で、メンバー複数人に新型コロナウイルス陽性反応が出たことで、「W-KEYAKI FES. 2022」の櫻坂46公演(DAY2・7月22日、DAY4・7月24日)は中止となってしまう。自らも陽性の判定を受けた菅井も、かなり気落ちした様子ながら、謝罪の言葉をていねいに重ねたブログを中止発表直後に更新した。

今回の櫻坂のセットリスト、試行錯誤して必ず楽しんで頂けるものになっていたと思います。

Buddiesの皆さまにお会いしたかったですし
思い出の地で色んな想いを共有したかったのでとても悲しいし悔しいです。
また皆んなで元気になって
喜んで頂ける日が来るよう、今は力を蓄えますね。

(菅井友香公式ブログ 2022年7月21日「皆さまへお詫びの気持ち」)

 チケットの払い戻しや、原田・尾関の卒業セレモニーの処遇まで含めて、当初は「改めてご案内」とする形がとられるものの、間もなく7月27日には延期振替公演(8月19・20日)の開催が発表される。さらに、アルバムの発売直後にあたる8月5日には「緊急生配信」として「摩擦係数」のパフォーマンスがYouTubeで配信され、配信内で「2nd TOUR 2022 “As you know?”」の開催を発表する、という形がとられる。
 本来であればツアーの開催発表は「W-KEYAKI FES. 2022」のなかで行う手はずであったというが、これが延期になったこと(チケットの先行申し込みはそこまで延期できないこと)、それにともない「摩擦係数」のライブ初披露も先送りになったことも加味しての「緊急生配信」の設定であったことが見てとれる(「W-KEYAKI FES. 2022」での発表を予定していたことは、配信内でも菅井の口から説明されている)。かなり急ごしらえの設定であったことが予測されるが、真っ黒な床に白色の四角いライトが配されたスタジオからの、シンプルながらカメラワークも工夫された本格的な配信であった。
 ツアーは前年からスケールアップした6都市12公演での開催であり、ツアーファイナルは東京ドームに設定された。配信内では「再び東京ドームの地に立つ」ことがいくぶん強調される一方、無観客の会場からの配信であったことに加えて菅井の卒業をまだ伏せた状態だったこともあってか、喜ぶ向きではありつつも少し抑制的なトーンでの発表であったように記憶している。

 やや回り道してしまったが、ここに至っても原田と尾関の卒業セレモニーを終えるまで菅井の卒業発表は行われなかった、ということをここでは書きたかったのである。
 菅井の卒業発表は「W-KEYAKI FES. 2022」の延期振替公演を終えた2日後となる8月22日。発表のブログは自らのキャリアを振り返るより先に、「このフェスをもって卒業する、尾関と葵をきちんと送り出してから発表させて頂くことになり 予定より遅いタイミングでお知らせさせて頂く形となりました。」という説明が加えられ、アルバム発売記念のオンラインミート&グリートが始まったあとの発表となったことも含めて謝罪するところから書き始められていた。

 「W-KEYAKI FES. 2022」の延期振替公演では、1日目(“DAY2”)は欅坂46の楽曲はセットリストに加えられず、櫻坂46の楽曲で固められていたが81、そのなかでひらがなけやきの「NO WAR in the future」が本編終盤に位置づけられ82、菅井はそのセンターに立った。また、アンコールで披露された「タイムマシーンでYeah!」は、オリジナルメンバー7人に原田葵も含めた特別な編成で演じられた。
 2日目(“DAY4”)では、アンコールで卒業セレモニーが行われて、尾関が参加した欅坂46時代のユニット曲「音楽室に片想い」と「バスルームトラベル」がメドレーで披露され、原田が参加した「バレエと少年」も披露されたほか、本編ではベストアルバム「永遠より長い一瞬〜あの頃、確かに存在した私たち〜」に収録され、「欅坂46 THE LAST LIVE」で披露されたのみで、有観客での披露が一度もなかった「コンセントレーション」と「カレイドスコープ」も披露されるなど、欅坂46時代も含めて「忘れ物を残さない」のような思いが感じられるセットリストが組まれた。

 避けがたいトラブルに見舞われながらも、なんとか「同期を送り出す」過程をくぐり抜けた菅井。ここからさらなる全力疾走で、自らのグループでのキャリアにラストスパートをかけていくことになる。

 これまでも1つひとつのお別れはすごく重いものでした。特に理佐の卒業はすごく大きな変化でしたが、尾関も葵もちゃんと送り出すことができてほっとしました。「W-KEYAKI FES. 2022」の延期があったので、どうなるのか心配もありましたが、慌ただしかった7月〜8月を経て、ようやく8月22日に私自身も卒業を発表することができました。
 自分が卒業を決意してから臨んだ理佐や尾関、葵の卒業と、昨年までのメンバーの卒業とでは、私自身見送る側としての心境は違うものがありました。昨年末の茜とぺーちゃん(渡辺梨加)のときは「まだ早いよ」という気持ちで、もっと一緒に活動したかったという思いもあって。でも、理佐や尾関、葵のときは素直にお疲れさまという気持ちが強かったですし、その時期にはみんなも私の卒業について知っていたので、「次は友香だね。あともう少し、頑張って!」という関係性で、バトンを受け取る感覚でした。

(『Wアンコール』p.58)

最後のツアーを駆け抜ける

 菅井にとって最後の全国ツアーとなった「2nd TOUR 2022 “As you know?”」は、9月29日の大阪・丸善インテックアリーナ大阪公演からスタート。ほぼ1週ごとに広島・宮城・愛知・福岡と地方公演を重ね、そこから2週をおいた11月8・9日に、最終公演として東京ドーム公演が設定された形であった。

 このツアーは、グループのライブへの対し方という意味では、ある意味で転機になったものとして語られる。約1年半後、グループ卒業を控えた時期の小林由依は、このツアーについてこのように振り返っている。

 確かに「2nd TOUR」でグループの地肩がすごく強くなった印象があります。小林さん的にも、「この方向性だ」と確信が持てたんでしょうか?
「そうですね……さっきもお話したように、最初の頃って欅坂と繋がっていた印象が自分のなかでもあって。メッセージ性の強さだったり、表現力についてだったり、そこにとらわれすぎていたような感覚があったんです。もちろん、それは大切なことではあるんですけど、櫻になってからは歌詞を深く考えることだけでなく、ライブ会場に来てくださった方々をシンプルに楽しませたいなっていう思いが、私の中では膨らんでいって。
(中略)
 そういう……1つのやり方にとらわれないビジョンが見えたのが『2nd TOUR』で、みんながそれぞれ『こうしたらいいんじゃないかな』と思って楽曲に取り組んだ結果、エンターテインメントに昇華されて一体感も感じてもらえる——っていうのが、櫻坂としてできることなのかなって。私はそう感じていたんです」。

(『B.L.T.』2024年3月号 p.23)

 小林はツアーを終えた直後にも、「櫻坂46としての楽曲が増えて、今回はツアーに合った曲を選ぶことができたので、攻めたセットリストになったんじゃないかと思います。曲ごとに意味のある演出があって、濃密なライブになりました。(『BUBKA』2023年1月号 p.7)と語っている。小林のいうように、1stアルバムのタイトル「As you know?」を冠したこのツアーのセットリストには、アルバムでの新曲5曲がすべて組み込まれ、リード曲「摩擦係数」は本編最後に、もう1チームの楽曲「条件反射で泣けて来る」は本編最初に配された。全4曲のシングル表題曲も演じつつ、その他のカップリング曲についても、4thシングル収録曲は全曲演じたことをはじめ、比較的近い時期のものを中心に選曲されていたという印象である。
 本稿は菅井のグループまでをおもな射程とするため詳しくは掘り下げないが、堅調なリリースのペースを背景として「あくまで新しい曲を中心にセットリストを編成する」ような傾向は、現在に至るまで続いているといえるように思う83(これに続く「3rd TOUR 2023」以降については、3期生の加入と合流も作用していよう)。

 小林のいう「曲ごとに意味のある演出」という点でも、「条件反射で泣けて来る」では本物のグランドピアノがムービングステージに載せられて山﨑天が叩きつけるように弾く演出がつけられ、「Dead end」は森田ひかるがソファに腰かけたところから始まり、「五月雨よ」の冒頭では雨音のなかで大園玲がひとり静かに本をめくるゆったりとした演出でアクセントがつけられ、「ずっと 春だったらなあ」では大型の桜のオブジェが用意されるとともにモニターに花びらが舞い散り、「制服の人魚」ではメンバーが透明な箱のなかで踊るなど、いまでも印象深い演出が確かに多く、新しい試みが多く取り入れられている印象であった。本編最後の「摩擦係数」は、YouTubeでの「緊急生配信」で「初披露した時のシチュエーションを再現した演出(『BUBKA』2023年1月号 p.12、大園玲)であったとのことである。
 さらに、本編5曲目84まではペンライトの消灯への協力が呼びかけられる。「演出で使う光が際立つように、ペンライトを消していただいた(『BUBKA』2023年1月号 p.11、大園玲)とのことであり、普段からペンライトの色を揃える雰囲気が強いことや、あるいは欅坂46時代にもとられたことのある演出であることも多少あってか、混乱なく消灯で揃えられていたと記憶する。ペンライトの光がなく、さらに“声出し”もない、スティックバルーンもないという会場のなかで、ステージに対する客席の集中力を高めた上でのパフォーマンスであった。

——東京ドーム公演で、最初の5曲はペンライトをつけない状態でのパフォーマンスになりました。
小林 ダンストラックから『条件反射で泣けて来る』をパフォーマンスすることで、ライブの世界観を提示しつつ観てくださっている方たちを惹きつけて、そこから4曲のパフォーマンスはアルバムやツアーのタイトルである「As you know?」のアンサーとして、「櫻坂46はこういうグループです」という自己紹介になったのかなと思います。これまでの櫻坂46では、曲ごとにファンの方たちがペンライトの色を合わせてくださって。その景色を見ながらファンの方たちとライブを作り上げている感覚があったんです。今回、特に『BAN』や『Dead end』は、ペンライトを消してもらうことで「どう盛り上がればいいんだろう」というファンの方の戸惑いもあったと思います。私たちがどう会場を巻き込んでパフォーマンスできるか、ツアーを通して試行錯誤してきました。

(『BUBKA』2023年1月号 p.7、小林由依)

 ライブ冒頭のダンストラックは、光の演出のなかで菅井がまずひとりで登場し、「As you know?」のボイスに乗せてアクションするところから始められた。ペンライト消灯のブロックが終わると最初のMCとなり、菅井は何年もそうしてきたように客席に向けて挨拶をして、消灯への協力のお礼からライブを改めてスタートさせる。公演が進むごとに、それは彼女のグループ卒業へのカウントダウンでもあったはずだが、そうした色はあまり強くは打ち出されていなかったように思う。
 筆者は地方公演には2公演だけ立ち会ったが、その両方ともの最後のMCで、菅井は「私たちはまた必ずここに戻ってくる」という言い方で「これからも櫻坂46を応援してもらえたら」と客席に伝えていたと記憶する。卒業を発表してもなお、実際にその日がくるまでは、あくまでグループのキャプテンとしての任を変わらず果たし続けていた。

 このほか、2都市目である広島公演以降では、終演後(規制退場中)に会場内での写真撮影が可能とされる。公演の最後で菅井の口から「記念に写真を撮って、SNSなどにも残してください」のように呼びかけられる形でアナウンスされたもので、会場内には通常通り「撮影禁止」のプラカードが掲げられるなど、通常通りの運営がなされるなかでの、ややいびつで、かつ例外的な措置であるといえる。
 これは他グループに広がりをみせるわけでも、すべてのライブに対象が広げられるということでもなかったが、櫻坂46のツアーでのみ翌年以降も定番化する。会場のモニターには「Thank you Aichi」など、都府県名が表示されることも継続されており、具体的にどこかで説明が加えられていたような覚えもないものの、全国ツアーの価値を高めることを企図したものであるように思える。

東京ドームへ、“執念”のアクセル

 グループとともにツアーを駆け抜けていたこの時期、菅井はこれ以外にもとにかく稼働が多かった。卒業に向かう時期のメンバーの常ともいえるかもしれないが、それにしたって多かったような印象を受ける。それはもちろん、まずは卒業を祝い、あるいは別れを惜しみ、尽力をねぎらい、そして未来へと送り出すために、数々の場が設定されたという面があっただろう。しかしもうひとつ、東京ドーム公演を実現させたのが、スタッフが評したように「菅井の執念」であったとするならば(『大切なもの』菅井友香ラストロングインタビュー)、この日々も「菅井の執念」と一体であったのかもしれない、と思う。
 9月7日には卒業写真集の発売がアナウンスされ、発売日は東京ドーム公演1日目の11月8日に設定された。卒業ソング「その日まで」も、全メンバーが参加する形で制作が進められていた85。「もちろん2日とも満員にできて、奇跡のようなツアーファイナルにできるようにもっと頑張らなくてはいけないと思っています(同前)。自らの卒業後、グループが未来へ向かってさらなる飛躍を遂げるために、東京ドーム公演は必ず成功させなければならないし、そのために、すべての力を出し切らなければならない。
 あらゆる場面において謙虚な菅井だが、かなりの体力を誇ることについては自ら公言してはばからない(いつもきまって「丈夫に生んでくれた親に感謝です[『B.L.T.』2022年12月号 p.19]というような言い方をするのだが)。できるだけ多くの人の思いに応えられるように、アクセルを踏み抜かんばかりに加速していくような印象を、いま振り返ってみても強く受ける時期だ。

9月から始まる全国ツアーでは6都市も回らせて頂ける予定です!
それぞれの場所で、皆さまのお顔を見ながら、今までの感謝を込めて精一杯パフォーマンスをさせて頂きます。
一緒に忘れられない時間を過ごすことが出来たら嬉しいです。

そして、最後のステージが、櫻坂46としてもう一度みんなで立つことが夢だった東京ドームであること、
本当にありがたく幸せです!

沢山の方々のご尽力のお陰であの場所に立てる事に感謝しながら、
大好きなメンバーと共に7年間の集大成のパフォーマンスが出来るよう準備して行きたいと思います‼︎

ツアーファイナルとして、
櫻坂の今後が楽しみになるようなライブに出来たらと思っているので
1人でも多くの方に見届けて頂けたら嬉しいです🌸

(菅井友香公式ブログ 2022年8月22日「大好きなみなさまへ」)

 (前略)……でも、活動のラストを東京ドームでのライブで飾るというのは、すごく素敵じゃないですか。「もう一度、櫻でもドームに立つ」ことを目標にしていたわけですし。
 「はい、本当に叶えたかったことで、欅の東京ドームライブもすごく思い出深いですけど、当時は複雑な思いも正直あったので、また違う形でこの場所に立てたら、『欅坂46から櫻坂46になって良かったって、自分達もファンの皆さんも心からそう思えるんじゃないかな』って、自分の中ではずっとそこを目標としてやってきたところがあって。まつり(副キャプテンの松田里奈)とも『やっぱり、櫻でも東京ドームに立ちたいよね』って話していて……。そうしたら、スタッフさんに卒業の相談をしたタイミングで『菅井の活動の最後に東京ドーム、叶えたいよね』と言っていただけて。本当に実現できるのか、ギリギリまでどうなるのか分からなかったんですけど、すごく素敵な巡り合わせでできることになって! ただ、11月の平日2日間と、ファンの方からすると来るのがちょっと大変かもしれない日程にもなってしまったんですけど、ライブまでの日にちが迫っている中で、会場を押さえていただけたことが本当に奇跡的で……『きっと菅井の執念が届いたんだよ』って、スタッフさんに言われました(笑)。でも、本当に本当にありがたいなという感謝の気持ちしかないので、今は櫻坂の勢いを観に来てくださった方々にちゃんとお見せできるように、ツアーに力を入れているところです」。

(『B.L.T.』2022年12月号 p.20)

 ツアーのスタートを控えた9月25日には、「直前配信」の位置づけで松田里奈とともにSHOWROOM配信を実施。これ以後も、卒業写真集『大切なもの』のプロモーションの時期に入っていったこともあり、SHOWROOM配信は数次にわたって行われた。前日に愛知公演を終えたばかりの10月23日には、「土田晃之 日曜のへそ」に出演。長らく冠番組のMCを務めてきた土田と、この年に乃木坂46を卒業したばかりであったアシスタントの新内眞衣とのトークに花を咲かせつつ、東京ドーム公演については(内容は「まだ協議中」としつつも)「この7年の歴史を感じていただけるような……やっぱり5年分は欅坂での時間でもあったので、自分にとって。最後に何か喜んでいただけることができたらなと思っています」と口にした。
 また、2日後に迫った福岡公演についても、「(地方公演の)いまやっている形をお見せできるのは、本当に福岡が最後になるのかなと思うので」「もし迷っている方がいらしたら、本当に来ていただきたいなっていうのが本音ですね」として、あわせてPRした86

 この直前、愛知公演1日目が行われた10月21日には、すでに東京ドーム公演のトレーラーが公開されている。これはチケット一般発売の前日というタイミングでもあった。櫻坂46のOvertureとともに欅坂46のOvertureも用いられ、欅坂46時代の映像も多くとりまぜられていたほか、[fusion]の文字も躍る。これまでの1期生の卒業のライブの経緯も含め、「東京ドームで欅坂46の楽曲が演じられる」ことは、すでに明らかであったといっていい。
 欅坂46としての5年間とそこで出会った楽曲を愛し抜き、メンバーもファンも喜べるステージにするとか、欅坂46時代の東京ドーム公演の際にはまだ坂道研修生として活動していた、いわゆる“新2期生”とともに東京ドームに立ち、グループがさらに未来へ進むためにそこにあったいくぶんかの無念を晴らすであるとか、そこにはいくつもの意義があっただろう。しかしこのタイミングでそれが予告されるような形をとったことは、ひとりでも多くのファンを会場に迎えるための“最後の切り札”であったように見えた87

いよいよ開催が迫った櫻坂46『2nd TOUR 2022“As you know?”』のツアーファイナル、東京ドーム公演 2DAYS。

欅坂46で東京ドームのステージに立った2019年9月18日・19日から約3年。
その後、グループは欅坂46から改名し、櫻坂46へ。

欅坂46の結成から約7年。
グループのキャプテンを務める一期生・菅井友香。
どんなときも真っすぐ、グループを支えてきた最大の功労者へ贈る、最後のスポットライト。


グループの目標だった“櫻坂46として、もう一度東京ドームへ”。
そして菅井友香のファイナルステージ。

2022年11月8日、9日
東京ドーム


お見逃しなく。

(「櫻坂46 2nd TOUR 2022 “As you know?” TOUR FINAL 2022.11.08-09 at TOKYO DOME Trailer」YouTube概要文)

 10月24日発売の『B.L.T.』2022年12月号では表紙・巻頭グラビアを飾り、2万字にわたるロングインタビューに答えた。卒業写真集のインタビューでも重ねて語られたところであるが、卒業に至るまでの心境や決意を固めた経緯に加え、加入前に自転車で転んだことがもとで左足の靱帯が1本しかなく、この年の年始に階段から落ちてけがをしてさらに痛め、かなり危ない状況のなかで念入りにケアをしながらパフォーマンスを続けてきたこと、ダンスパフォーマンスの激しいグループにあって、フィジカル面での限界を日々感じている状況であること、グループを辞めたいと思ったことは一度もなかったが、キャプテンを辞めたいと思ったことは何度もあったこと、「五月雨よ」をパフォーマンスする櫻坂46に自分がいないことに違和感を覚えなかったことなど、表に出ていなかった情報も含め、かなり率直に思いを語っていた。
 前稿でも書いたところなのだが、菅井のインタビューは“おもしろい”。いつも必ず予想以上に踏み込んだことをいうし、グループの一員としてコントロールしなければならない情報はもちろん保ちつつだが、それでもずっとあけすけに話しているような印象をもつ。前述の「日曜のへそ」出演の際にも、特にライブでのスピーチについて、「しゃべるのが得意じゃないなとずっと思っていた」が、7年続けてきたことで「緊張しなくなってきた」といい、「毎公演、そのとき思ったことをちゃんとお話ししています」とした。菅井は「諦めなければ変われるんだ」と感じるとも口にしたが、諦めなかったのはたぶん、「上手にしゃべる」ことというよりも、「自分が思うことをしっかり伝える」ことだったのだろう。

 10月26日の福岡公演をもって、ツアーの地方公演が終えられる。この日の22時にYouTubeでMVが公開された、菅井の卒業ソング「その日まで」は、この公演の終演後に会場で放映される形で初公開となった。楽曲、曲名どころか、卒業ソングの制作までここまで伏せられてきた、完全なるサプライズであった。
 東京ドーム公演のDVD/Blu-rayの特典映像に、そのときの模様がおさめられている。客席は涙に包まれ、それをモニター越しに見ていた多くのメンバーも涙していた。それに笑顔で寄り添い、背中をさすったりする菅井の姿が映像では印象的に描かれており、彼女の決意の強さとメンバー、グループへの愛を感じさせた。

■作品としての「その日まで」
 グループとして初めてのデジタルシングルという扱いで発表された「その日まで」は、菅井をセンターとして全メンバーが参加した楽曲であり、MVは菅井ひとりが出演する形をとりつつ、過去の映像をとりまぜながら構成された。歌詞について菅井は「私の心情を真っ直ぐ綺麗な言葉で紡いでくださり、ずっと見守っていてくださったんだなと、とても感動しました。(菅井友香公式ブログ 2022年10月27日「その日まで」)と、率直な感謝と賛辞を寄せた。MVの監督は「Nobody’s fault」「思ったよりも寂しくない」88の後藤匠平であり、ダンスシーンの撮影に関しては今作もTAKAHIROとINFINITYチームが駆けつけている。作曲が「五月雨よ」の温詞であるというところは、どこか心憎い演出のようにも感じられてしまう。
 卒業ソングとしてはかなりの疾走感をたたえた楽曲は、「サヨナラ サヨナラ サヨナラ 悲しくなんてないよ」と、ミュージカル仕込みの力強い菅井のソロ歌唱で始められ、決然とした“サヨナラ”を描く一方、それはいつか会える「その日まで」、と爽やかに歌い上げる。MVは川沿い89を進んでいく菅井の映像の逆回しを軸にして、櫻坂46、そして欅坂46時代を遡っていくような構成がとられる。おおむね1番が櫻坂46時代、2番が欅坂46時代であり、サビではそれぞれ過去の振り付けのエッセンスを加えたソロダンスが展開される。青空の下で舞い散る桜の花びらのなか踊る1サビに対して、2サビでは夜に降りしきる雨にずぶ濡れになりながら、しかしそれでも笑顔で舞い踊った。
 「正直悔しい思いもたくさんしてきました」。間奏では「KEYAKIZAKA46 Live Online, but with YOU!」での改名発表と、欅坂46時代の有明アリーナでの初ワンマンライブでのスピーチが差し挟まれる。「19歳の、菅井友香と申します」。「お見立て会」までを遡り終えると、逆回しの映像は終えられ、改めて菅井は前へ向かって走っていく。「サイレントマジョリティー」の衣装で渋谷のスクランブル交差点を、「不協和音」の衣装で雨の中を、「二人セゾン」の衣装でMVのロケ地を、「黒い羊」の衣装で再び渋谷の、SHIBUYA STREAM付近を駆け抜ける。「摩擦係数」の白い衣装に身を包んで駆け抜けたのは渋谷の代官山側にある高架下であったが、ここはひらがなけやきの「期待していない自分」のMVでも用いられた場所であったという。最後に「Nobody’s fault」の衣装を経て、駆け抜けきった先にあったのは、「サイレントマジョリティー」のMVで横一列に並んだ場所、渋谷桜丘の「さくら坂」であった。その坂が通じる先にしばし目を向けたのち、「じゃあね」。淡い夕暮れの空の下、走り去っていく形で終えられた。

 「その日まで」が解禁となると、そこからはラジオ番組への出演が相次ぐ形となった。10月31日には「レコメン!」に松田里奈と3時間出演。乃木坂46キャプテンの秋元真夏、日向坂46キャプテンの佐々木久美、「そこ曲がったら、櫻坂?」ナレーションの庄司宇芽香、7年にわたって振付・ステージングでグループにかかわってきた“先生”・TAKAHIROからメッセージが寄せられたほか、ともに出演する最終回となった松田も涙が止まらなくなるなど、メモリアルな出演回となった。
 翌日11月1日には昼に「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」に出演。菅井の同番組への出演は2021年4月14日以来2回目で、山崎とは前回の出演以来友人関係になっていたといい、ざっくばらんな雰囲気でのトークが展開された90。夜にはこの日も「レコメン!」にゲスト出演した。
 さらに翌日の11月2日には「乃木坂46のオールナイトニッポン」にゲスト出演。2代目としてパーソナリティを務める久保史緒里とは、2018年11月の舞台「ザンビ」で同じチームであった縁であるが、それ以降はかかわる機会が少なかったというなかの出演となる。久保がパーソナリティに就任してから乃木坂46メンバー以外のゲストを放送に迎えるのは、2022年3月2日放送回の秋元康以来2人目のことであった91。ここまですべて生放送である。改めて振り返ってみても、かなりのスケジュールだ。

 そのなかで、メディアに出る形で繰り返し話す関係ではない一方、アイドルという文脈を共有している山崎怜奈・久保史緒里とのやりとりには、かなり印象深い部分が多かった。
 年齢も近く、自身もすでに7月にグループを卒業している山崎は、「率直に聞くと……本当に大変だったでしょ?」と、ねぎらうトーンで最初の質問をぶつけ、菅井も「戻りたくないなって思えるぐらいちょっと大変な時期もあった」と率直に応じつつ、「それも含めて、振り返るとなんかちょっとキラキラして思える」とまとめる。特に欅坂46時代における、キャプテンとしての苦悩については「キャプテンとして言わなきゃいけないこと、言った方がみんなが幸せになるなっていう言葉と、自分の本心っていうのがちょっと違う時期もあった」とし、「心に嘘をつきながら綺麗事を言っちゃってる自分も嫌」「でもそれを言ったほうがグループにはついてきてもらえるかな」という思いが巡っていた、と口にした。それは当時の菅井に対して誰もが見てとっていた姿であったように思うが、いまだからこそ語れる、というレベルをこえた率直な語りだったように思う。
 卒業を考え始めたのは「2020年のグループ名が変わるっていうのがひとつのターニングポイント」、メンバー全員に卒業を伝えたのは「夏のケヤキフェスが終わってからすぐ次の日くらいだった」、「その日まで」MVの2番は「『LAST LIVE』のときの気持ちを思い出して踊って、と監督さんから指示をいただいて」と、すべてが“初出し”とはいわないまでも、流れるように重要な情報が次々と出てくる。それはあまりにも、ファンとしてここまで耳を傾けつづけてきた、「菅井友香の語り」であった。

 番組が2時間と長く、またバラエティ色も強い深夜ラジオである一方、山崎よりやや距離感のある久保とは、「ご実家が軽井沢に別荘をお持ちだったと……」「『お父様』『お母様』も、昔からその呼び方なんですか」というキャラクターの部分から入り、楽屋でのエピソードや、宮城公演での“牛タンチケット”の話題などを経て、久保の“野球好き”をフックに、菅井が東京ドームで売り子のアルバイトをしていたところへトークが展開する。
 筆者の記憶が正しければ、かつては「ソフトドリンクの売り子をしていた」という話であったような覚えがあるが、ここでは「売り上げ成績がよかったので、レモンサワーへ、そしてビールへとステップアップしていった」というようなエピソードが明かされる(アイドルなりの出し入れだったということだろうか)。「10kgのビールの樽を背負ってダッシュするのがきつかった」としつつ、「私は体力がけっこうあったから、速く移動できる人だった」という語りが、あまりにもわれわれの知る菅井のキャラクターすぎて笑ってしまった。トラックの荷下ろしやゲームのバグチェック(「タイピングが速いから頑張れた」という)、ビラ配りなどのアルバイトも経験し、売り子のアルバイトに応募したのも、「働いていたファミリーレストランが営業を終了してしまった」からで、そのとき「野球のアニメにハマっていた」(「ダイヤのA」「MAJOR」があげられていた)ことも動機のひとつであったという。

 一方で、年齢でいうと6つ違う一方、キャリアとしては1年しか変わらず、現役で乃木坂46を前線から引っ張っている立場である久保92は、キャプテンとしての苦悩を菅井に問いかける。山崎からの質問とも重なるものであり、菅井の返答もやや重なっていたものの、久保の傾聴に呼応するように、菅井はより時間をかけて言葉を重ねていった。

久保 いちばんキャプテンで大変だったこととか、キャプテンがこの場を仕切るのが大変だったな、みたいなの、何かありました?
菅井 その……グループが何か思うように運ばなかったときとか、何かいろいろ、ニュースになってしまうようなことがあったときに、自分が生放送でお話ししたりとか、ライブのMCで説明とかするっていう機会はすごく……なんだろう。言葉とか、どう言ったらみんなが幸せというか、少しでもハッピーでいられるかっていう言葉を探したりするのは、すごく毎回緊張していたというか。自分のいう言葉がグループの総意になってしまうっていうので、必ずしもそう思っていない子もいるかもしれないなかで、言ったほうがグループもいい方向に行くだろうっていうので……そこの言葉選びとかポジションどりっていうのは難しくて。バランスはすごく難しかったかも。
久保 でも全方位を向けているっていうのがすごいですよね。ファンの方もメンバーの目線も、全部を考えて発言をするっていうのを考えられるのがカッコいいなと思う。
菅井 いやいやいやいや……でも、それが必ずしも自分の本心ではない場合もあったというか、自信をもって言えないことも正直あったから、それですごく嘘をついてしまっている、綺麗事ばっかり言ってしまっているな、みたいな、そういうのもすごく思いを巡らしていたというか、すごく責任は感じてたから……難しかったですね、正直。

(「乃木坂46のオールナイトニッポン」2022年11月2日)

 そして菅井はさらに、キャプテンとして最初は、グループを保つのに「孤独というか、難しさは感じていた」といい、「自分の感情に嘘をついてまで笑いたくないっていう子とかもいたから、そこはみんなの個性っていうのもすごく大事にしながら」「みんなが揃っていないからこそ支持してもらえたりする部分もあったから、強制はしないようにはしてたかな」と、当時の状況に踏み込む。そして、「力及ばずって思うこともあって。それが改名ということにもなったし、それでみなさんがショックを受けてしまったかもしれないというのも事実だし。だから櫻坂になってからもついてきてくださったみなさんに本当に感謝で」とまとめた。
 番組中では「その日まで」以外にもいくつか楽曲がオンエアされるタイミングがあったが、久保が「二人セゾン」を選曲した一方、菅井が選曲したのが最新の「摩擦係数」と「条件反射で泣けて来る」であったことに、グループの現在地と、それをまなざす菅井の意識が透けて見えたような気がした。

 さらにこの日には、東京ドーム公演を記念する位置づけで、プレイリスト「櫻坂46・菅井友香が選ぶ、思い出の10曲93が公開されているほか、この日発売の『週刊少年マガジン』2022年49号で表紙・巻頭グラビアを飾ってもいる。加えて、この年櫻坂46が「Group of the Year」を受賞したことを受け、菅井は18時開演の「MTV VMAJ 2022」授賞式で司会を務めており(そのあとでニッポン放送に向かったということになる)、翌日にはグループで「MTV VMAJ 2022 -THE LIVE-」に出演して6曲を披露している。

 翌11月4日には、(これは収録放送であるが)文化放送で90分の特別番組として放送された「櫻坂46の『さ』」に、小池美波と増本綺良とともに出演。欅坂46時代からの全シングルをなぞっていく形でグループの歩みを振り返りつつ、当時の思い出話に花を咲かせたり、増本や小池から菅井へメッセージが送られたりする場面があった一方、菅井は番組終盤で「今回はこの一夜限りだけど、この灯った火を消さないように」と、冠レギュラー番組としての将来にも言及する。
 文化放送での坂道シリーズのレギュラー番組としては、「乃木坂46の『の』」が2013年4月より放送されている。櫻坂46(欅坂46)としてはニッポン放送「こちら有楽町星空放送局」が2016年4月から継続している一方、2020年4月に「日向坂46の『ひ』」がスタートしており、坂道シリーズ3グループのなかで櫻坂46のみがラインナップされていない形の時期が続いていた。しかし、「レコメン!」を通じて菅井がつないだ縁ともいえるだろうか、「櫻坂46の『さ』」は翌2023年の10月より月曜深夜の枠でレギュラー放送がスタートし、2024年4月からは日曜19時の、「乃木坂46の『の』」「日向坂46の『ひ』」と続きの枠に移動している。
 11月6日には「こちら有楽町星空放送局」への最終出演があり、この日と翌週の「そこ曲がったら、櫻坂?」では、「7年間お疲れ様!菅井友香の卒業を祝う会」として卒業企画が放送された。思えば本当にこの時期はずっと、菅井の姿を見て、菅井の声を聴いていたように思う。

 あっという間にやってきた東京ドーム公演1日目、11月8日。
 0時に始まった「その日まで」の配信を寝る前に何度も聴いて、昼間に届いた卒業写真集『大切なもの』に、取り急ぎ目を通した。朝から全3回の「卒業記念一期生さくみみ」が更新され、ライブが始まるまでにひと通りは聴けるように、と必死で再生した覚えもある。東京ドームへと向かう道すがら、それでもまだ(あるいは、それほどまでに濃密な日々だったからこそ)、菅井友香の卒業をまだ実感できていない自分に気づいた。

ここまで応援して頂き本当にありがとうございます。
どんな時も、信じて見守って下さった皆様のお陰で、走り続ける事ができました。
アイドル人生のラストステージを、大好きなみなさまと、大好きなチーム櫻坂46と、夢の場所で迎えられる事、この上無い幸せです。
欅坂46、櫻坂46の菅井友香に出会って下さった皆様に心からの感謝の気持ちを込めて、メンバーの皆と精一杯のパフォーマンスをお届けします!
楽しみにしていて下さいね♡
100万馬力でがんばりきー!!

櫻坂46 菅井友香

菅井友香 卒業SPECIAL SITE 菅井手書きメッセージ)

涙と笑顔の「10月のプールに飛び込んだ」

 欅坂46時代の東京ドーム公演は「夏の全国アリーナツアー2019」の追加公演という扱いであったが、セットリストはまったく変えられており、「ガラスを割れ!」と「不協和音」が“解禁”のような形になったことがひとつの大きなトピックであった。地方公演の終わりから2週間と経たずに開催されたという意味では、このときと重なる状況であり、トレーラーでの[fusion]の予告以降、2日目公演での「菅井友香卒業セレモニー」の開催告知(公式サイト)以外は特に具体的な追加の情報はない状況であった。予測としては、3年前と同じように、まったく異なるセットリストで臨まれることもあり得たということになる。
 会場に入ってみると2階席に空白のブロックがわずかに残り、ソールドアウトには至らなかったのだな、ということがわかった。この日は生配信は行われなかったが、直前までチケットの一般販売は続けられており、(個々のさまざまな事情を無視した物言いだとは重々承知しているが)この日の公演は「立ち会いたいと望めばみな立ち会えた」ということになる。

 筆者の肌感覚にすぎないが、有り体にいえば「櫻坂46ではなく、欅坂46を見にきた」というモチベーションの観客も、2日間を通してかなりいた、という印象をもった。グループが、菅井が、切り札を切りつくしてきたことは徒労でも杞憂でもなかったということになる。このタイミングでグループが東京ドーム公演を経験することについては、メンバーがみな「まだ早いのではないかとも感じる」というように口にし、特に後輩には「菅井に連れてきてもらった」という語りも散見された。その感覚も、いくぶんかは妥当していたのだろう。

(前略)……それにしても、東京ドームでラストを飾るアイドルというのも、なかなかいるものではないですよ。すごいことです。
「誰もが立たせてもらえる場所ではないと思うので、今は『本当に大丈夫かな……?』っていう不安もちょっとあったりするのが正直なところです。フラットに見て、櫻坂としてはまだ(東京ドームライブは)早いのかなって思われてしまうんじゃないか、と考えてもしまいますし……。自分の卒業に華を添えていただけるのはすごくうれしいことではあるんですけど、櫻坂46全員でここまで来たんだなって、みんなで思えるように、今のグループの実力をしっかりと見せて、さらに大きく発信していくグループになっていけるように、いろいろな可能性を感じられるライブにできるようがんばりたいなと思って、全力で日々取り組んでいるところです」。

(『B.L.T.』2022年12月号 p.20)

 その状況にあって、しかし櫻坂46は、地方公演で積み重ねてきた「2nd TOUR 2022 “As you know?”」のセットリストをそのままぶつける。「追加公演」などの位置づけでもなければ、当日時点では「FINAL」などのキャプションもなかったわけだが94、だからといって「そりゃそうだ」とまとめるようなものでもなかったように思う。そこには確実に、東京ドーム公演をグループの未来へつながるものにしようとする意志が介在していた。

(前略)……地方公演では個々に成長できたと思います。公演を重ねることでカメラワークが理解できて、「ここで抜かれた時はこうしてみよう」と考えながらパフォーマンスできるようになったんです。メンバーそれぞれが表現を自分のものにできたんじゃないかな、と思います。ただ、東京ドームとなると、チームがもっと一丸とならないといいライブなんて絶対できないんです。ツアーで見せてきたパフォーマンスを、4倍、5倍の規模で見せなきゃいけない。広い会場だと、席によっては私たちのことが豆粒にしか見えなきて、モニターを中心に観る方も多いので、地方公演のままだと天空席の人にまで届かない。ツアーを通してカメラワークや音響、照明を積み重ねて、今までで一番いいものを東京ドームに持ってきてくださっているわけで、オープニングのダンストラックも音が増えていたり、こだわって隙がないように作っているんです。ギリギリまでいろんな方が詰めてくださったライブなので、私たちも応えたいという気持ちで挑みました。3年前の欅坂46の東京ドーム公演よりも準備ができていたので、そういう意味では安心して臨むことができたのかなと思います。

(『BUBKA』2023年1月号 p.15、山﨑天)

 先述したような種々の演出はすべて継承してスケールアップさせつつ、「BAN」や「I’m in」ではアリーナ席の上を通る大規模なムービングステージが導入されて360度のダンスパフォーマンスとしたり、フロートカーで演じられた「タイムマシーンでYeah!」では間奏でウェーブを取り入れたり、「なぜ 恋をして来なかったんだろう?」では藤吉夏鈴がフライングをするなど、会場の規模に呼応した大胆な演出も随所に取り入れられていた。
 いつからか定番となった「LAST SONG」の演出を経て、グループは「摩擦係数」までを演じ切る。特効の爆発音とともに楽曲が終えられ、ステージからメンバーが姿を消した。ステージに散りばめるように配されたモニターで、「Thank you TOKYO」と、“本編終了”が宣言される。パフォーマンスを称える拍手が間もなくアンコールの拍手に変わる。
 「櫻坂46」は、東京ドーム公演を演じ切っていた。ここまで見届けたならもう、「欅坂46」を待っていてもいい、そんな状況だったと思う。


 ややあって、欅坂46のOvertureが流れ出した。無数の記憶がこびりついたあのメロディ。本来の曲調もあいまって、どちらかというと切なさの記憶のほうが多く引きずり出されてくる。“声出し禁止”の客席がどよめきに包まれ、映像には欅の木が大写しになる。そして「その日まで」のMVで用いられた水色のワンピースに身を包んだ菅井が、自身の過去の映像を背に歩く。「忘れない あなたを…」。忘れ得ぬ記憶とともに、映像のなかの彼女が踊り出した。“終わる”し、“始まる”。客席はすでに、全面が緑色に染まっていた。

 しかしそこで、唐突に会場に緊張感が走った。すすり泣きが嗚咽に変わっていくような声が短くマイクに乗る。1日目公演の、このOvertureが流れているときの様子は映像化されていない。だから、信じてもらえなくてかまわないし、なんなら信じないでほしいとも思う。でも、筆者は確実に、メンバーがステージに現れるより前に、その泣き声が森田ひかるのものであることを直覚していた。
 Overtureが終わる。戸惑いはありつつも、ステージが進んでいくスピード感には食らいつかねばならない。菅井が“欅坂46”としての最後に選ぶ1曲目は「サイレントマジョリティー」だと、確信をもって予想していた。彼女はあの曲に対して尋常ならざる愛情と執着がある。しかしその予想は完全に外れることになる。会場を満たしたのは、あのピアノの旋律。1曲目は「10月のプールに飛び込んだ」だった。あのときの気持ちを忘れることはできないし、でも、ずっとまだ、正しく言葉にしきれずにいる。

 欅坂46の9thシングル表題曲として制作されていた「10月のプールに飛び込んだ」は、MVの撮影まで制作が進められていたものの、結果としてシングルのリリースに至ることはなく、ベストアルバム「永遠より長い一瞬〜あの頃、確かに存在した私たち〜」に収録されるのみにとどめられていた。“選抜制導入”のシングルとされた9thシングルは、平手友梨奈をセンターとする17人のフォーメーションが発表されていたが、その形でのパフォーマンスは一切世に出ることがなく、「KEYAKIZAKA46 Live Online, AEON CARD with YOU!」(2020年9月27日)と、「欅坂46 THE LAST LIVE」DAY2(2020年10月13日)という、2回の無観客・配信ライブで披露されたのみ、という状況のまま、制作の時期からはすでに3年が経過していた。

 菅井はグループ卒業後の2022年12月29日に、『日経エンタテインメント!』での連載「櫻坂46 菅井友香 いつも凜々しく力強く」をまとめた書籍『Wアンコール』を発売しており、書き下ろしのページでこのときの東京ドーム公演についても解説を加えている(卒業の機会のライブにここまでの解説が加えられることはまれであり、そうとう貴重な形であるように思う)。そのなかではもちろん、「10月のプールに飛び込んだ」の選曲に至った背景についても説明されている。

みんなで乗り越えたかった『10月のプールに飛び込んだ』
 1日目のアンコール1曲目に披露したのは『10月のプールに飛び込んだ』。欅坂46の幻の9thシングルの収録曲として制作されましたが、シングルとして世に出ることはありませんでした。私はこの楽曲が大好きで、ずっとみなさんの前でしっかり伝えたいと思っていたんです。当時。私たちはこの楽曲を一生懸命に届けたいと思い、ミュージックビデオまで制作しましたがみなさんに見ていただくことはかないませんでした。行き場のない悔しさをみんなが抱えているだろう楽曲だからこそ、ここでしっかり乗り越えたいという思いがありました。
 曲を聴くことで思い出す感情もあるでしょうし、二期生のみんなもあのころの感情は、心の奥底にあるんだなと思いました。(山﨑)天ちゃんは「この曲をやってみたかったからうれしい」と言ってくれたり、一期生にも「この曲が好きだったから、一緒に友香の思いをかなえよう」と言ってくれるメンバーもいて。新二期生は欅坂46の制服が着られることを喜んでくれたのでうれしかったです。

(『Wアンコール』p.88-89)

※引用者註:このとき着用されたのは、2017年夏に初出のいわゆる「ハーネス衣装」であり、厳密には「制服」というよりは「歌衣装」ということになるだろうか(もとより当時の欅坂46は、この点の区別がやや曖昧ではあったのだが)。

 当時は“選抜制導入”という形で、参加しないメンバーも生じた楽曲であったが、メンバーの卒業による人数の変動もふまえて、(休養のための活動休止期間中であった遠藤光莉を除く)いわゆる“新2期生”、および当時選抜外であったメンバーもみな加える形で演じられたことになる。
 ここで少し、「10月のプールに飛び込んだ」のフォーメーションの変遷について確認しておきたい。

【欅坂46 9thシングルフォーメーション(2019/9/8発表)】
土生 梨加 井上 原田  関  上村 藤吉
武元 菅井 森田  茜  佐藤
小林 松田 平手 田村 理佐

【「欅坂46 THE LAST LIVE」DAY2「10月のプールに飛び込んだ」(2020/10/13)】
藤吉 梨加 井上 原田 関 上村 土生
武元 菅井 茜  佐藤
小林 松田 森田 田村 理佐

【「2nd TOUR 2022 “As you know?”」東京ドーム公演DAY1
「10月のプールに飛び込んだ」(2022/11/8)】
増本 大園 井上 麗奈  関  上村 幸阪 大沼
藤吉 武元 菅井 齋藤 山﨑 土生
小林 松田    田村 小池

 「欅坂46 THE LAST LIVE」での披露時(「KEYAKIZAKA46 Live Online, AEON CARD with YOU!」もおそらく同じ)には、平手の脱退によって空いたセンターポジションに森田が入ったうえで、藤吉夏鈴・土生瑞穂が上手・下手を入れかわった形となっている。フォーメーション表通りにメンバーが並ぶ形となる楽曲冒頭において、森田は1列目より少し下がった位置(1列目と2列目の間)にポジションをとっていた。これが平手がいた際に本来想定された形であったのかは不明だが、「森田ひかるが『10月のプールに飛び込んだ』のセンターを務めた」ということは公式に語られており95、森田をセンターと考えて差し支えないと判断している。東京ドーム公演の際には、全体の人数を変更する形でフォーメーションが付けなおされている。

 そして、上掲のフォーメーション表にあらわしているように、森田は東京ドーム公演において、「10月のプールに飛び込んだ」のパフォーマンスには姿を見せなかった。理由はわからない。現地または直後の時期においてなんらかの形で説明が加えられたわけでもなければ、『Wアンコール』などで菅井が言及することもなかったし、他メンバーへのインタビューなどでも、この話題はていねいに避けられていたように見えた。DVD/Blu-rayの特典映像で舞台裏が描かれることもなかった。詳細に説明されることは今後も考えにくいだろう。
 森田は大きなけがなどのトラブルに巻き込まれたということではなかったようで、このあとの「青空が違う」「世界には愛しかない」でも引き続き不在ではあったが、それに続くMCのパートからはステージに戻り、この日最後の「その日まで」には参加している。菅井はMCのなかでひとりひとりにメッセージを送っていくなかで、森田にはまず「るんちゃん〜、大丈夫?」と声をかけ、森田も「はい、すみません」と応じている。しかしそれ以上のことは、ふたりとも何かを飲み込んだようにも見えた。

——そして、アンコールでは欅坂46時代の曲が披露されました。初日の『10月のプールに飛び込んだ』はどうでしたか?
山﨑 当時、私は楽曲に参加できなかったけど、ずっと好きな曲で、パフォーマンスできたことがうれしかったです。メンバーによっていろんな想いがあったはず。途中から合流した二期生もいるので、あの頃とは違った『10月のプール』になったと思います。
——泣いてる声も聞こえました。
山﨑 欅坂46の時から「リアリティを届ける」ことを大切にしているので、それが形になったのかなと思います。櫻坂46にしかできないパフォーマンスでした。友香さんを見て「やっぱり偉大だな」と思いました。キャプテンの背中は大きいです。

(『BUBKA』2023年1月号 p.16、山﨑天)

 センターを欠く形で「10月のプールに飛び込んだ」のパフォーマンスは貫徹され、会場でも、楽曲終盤に“そこにいない森田”とともに涙ながらにペアダンスを踊る田村保乃の姿が特に印象深かった。一方で、1番のサビでは森田にかわって菅井がセンターに進み出てソロダンスを踊る形となっており、これをどのように解釈してよいか、筆者はずっとわからないままだった。
 しかし、約1年半の時間を経て、この点についてははTAKAHIROによって説明が加えられている。「サントリーpresents 菅井友香の#今日も推しとがんばりき」の2024年4月25日放送回にゲスト出演したTAKAHIROは、リスナーからの「菅井さんのパフォーマンスにまつわる苦労話や裏話など教えていただけるとありがたいです」との質問に対して、「菅井は不器用です。究極的に不器用なんですよ」と即答し、菅井からも「そうなんですよ、本当に」と笑いを誘った。しかし菅井は「努力する力を持っていた」ことで、「感覚でみんながやれるところを努力でぜんぶ補おうとする」、そして「本当にその瞬間を任せたときに、ある程度までは要領のいい人が勝つんだけれども、そこから先の努力でもっと深めることができるから、ステージに立ったときに誰よりも輝く瞬間がある」と評した。
 この点について、TAKAHIROは続いて「不協和音」でセンターを務めた際のエピソードに触れ、さらに東京ドームでの「10月のプールに飛び込んだ」のときのことについて言及した。菅井はあのとき、アクシデントで空いたセンターポジションに、予定も打ち合わせもなくその場で駆け込んで踊った、というエピソードであった。

「あとは、不器用だし結構勇気がないから、普段前にあんまり出られないことも多い。
 だけれども、最後の卒業コンサートのときに、森田ひかるさんという、いま櫻坂46を引っ張ってくれてるメンバーのひとりなんだけれども、本番ちょっと出られない瞬間があって。『10月のプールに飛び込んだ』。
 で、どうなるかなって思ったら、菅井友香が真ん中にバーンって出てきて。打ち合わせもなかったけれども、そこでやり切って……見てる人は『こういうものなのかな』って思うぐらい。
 だから、すごく最終的には勇気もあったし、努力をしたから、そうやっていきなりのことでもできるようになったし、不器用なことが武器になった素敵な方だなと思っています。」

(2024年4月25日「サントリー生ビールpresents 菅井友香の #今日も推しとがんばりき」、TAKAHIRO)

 披露機会の少ない楽曲であったが、「10月のプールに飛び込んだ」の振り付けについては、特に「欅坂46 THE LAST LIVE」のあとの時期において、その意味やメンバーによる解釈が幾度か語られてもいる。以下、渡邉理佐によるものと森田ひかるによるものを引用する。

「『10月のプールに飛び込んだ』は二期生がかなりフィーチャーされているんですけど、それを横で見守りながら静かに踊っているグループと、最初からヒップホップ系でがっつり踊っているグループと、同じ曲の中でふたつに分かれていて。でも、(森田)ひかるちゃんがセンターで1サビを踊っていると、そこに(藤吉)夏鈴ちゃんが加わって、どんどん激しく踊るチームが増えていく。で、保乃ちゃんがひとり残るんですけど、その保乃ちゃんも最後は一緒になるという、本当に欅坂46の5年間の集大成みたいな楽曲なのかなと個人的には思っています。
 結成当時はみんな子どもで、ひとつのことを全員で一生懸命取り組むということしか頭になかったと思うんですけど、それが徐々に歳を重ねるに連れて、今まであった概念を壊してやるぞっていうチームと、今まであったものを大事に継承していこうよというチームとそれぞれがいて、だけど結局最後はどっちも一緒でひとつなんだよというのが、『10月のプールに飛び込んだ』ではうまく体現できているのかなと思うんです。そういう意味では歌詞は勿論ですけど、振り付けにも注目して観ていただけたらうれしいです。

(『別冊カドカワ 欅坂46/櫻坂46 1013/1209』p.101、渡邉理佐)

(前略)……ラストライブといえば、「10月のプールに飛び込んだ」も披露しましたが、回数の限られたレアな楽曲になりましたね……。
「そうですね、イオンカード会員の方限定の配信ライブを合わせて、パフォーマンスしたのは2回だけでした」。
 生き生きとセンターで躍動する森田ひかるを見られる曲でもあります。
「本当に楽しいんですよ、パフォーマンスしていて。メロディーも心地いいですし。最初は学校の授業を受けているようなイメージで、『みんなが出ているから、仕方ないか』っていうような感じで始まり、でも、やっぱり自分はプールに飛び込みたいっていう気持ちがサビで出てきて……そうすると、自分のことを分かってくれる人が増えてきて(※最初は森田が1人だけで踊っているところへ、藤吉夏鈴が合流してくる)。『こういう青春っていいなあ』って思わせてくれるような感じがあって、すごく楽しい楽曲です」。
 あの歌詞の中の“僕”は、「黒い羊」までの主人公だった“僕”とつながっていたりするんでしょうか。
「自分が答えていいか分からないんですけど、私はつながっていると思います。言ってしまえば三部作というか、『サイマジョ』〜『不協和音』〜そして『誰鐘』と『10月〜』につながっていくのかなと思っていて。で、『10月〜』はちょっと特別な2つのテーマが入った楽曲になっているのかなって。“僕”が2人いて、今までは、たとえば『不協和音』だったら“抵抗”とか“主張”を大事にしてきたんですけど、『10月〜』では、そのテーマに加えて、“尊重”を表現できると、この曲はより強いものになるっていう思いが、自分の中ではありました」。
 曲調やアレンジはポップな感じですけど、歌詞は結構主張的ですよね。主人公が中指を立てたりもしていますし。
「そうですね、ところどころに“欅らしさ”というのが残っています」。
 ただ、思春期の終わりが近いことを告げてもいるような気もします。パフォーマンスするにあたって、振付のTAKAHIROさんからは、どんな言葉が授けられたんでしょうか。
「楽曲は聴いてくださる方の解釈が加わることで成り立つところがあるので、詳しく言わない方がいいのかなと思っているんですけど、田村保乃ちゃんが演じている、途中から出てくるもう1人の“僕”の気持ちを、私の(演じている)“僕”が尊重するっていう表現の仕方ができると、より曲の良さが伝わるし、『やっぱり自分らしさを貫きたい』っていう気持ちを主張することで2つのテーマが同時に見える瞬間があるといいよねっていうことをTAKAHIRO先生からは言っていただきました。なんか、どう見せれば伝わるかを、結構自分なりに研究していたところがあります」。

(『blt graph. vol.62』[2020年12月9日発売]p.12-13、森田ひかる)

 これらもふまえつつ、DVD/Blu-rayの特典映像としてリリースされたパフォーマンスの映像96を改めて確認したところ、見えてくるものがいくつかあった。以下しばらくは映像におさめられた様子をなぞる形で書いていくことをご容赦いただきたい(よければ是非、筆者の下手な文章で追うよりも、映像で見返していただければと思う。説明のない引用部[強調部]については、上掲引用2点の記述を取りまぜている)。

 冒頭の歌い出し、「チャイム 聴こえないふりをしていた」から「授業なんか出たくない」まで、映像では田村を中心とするカットと全体のカットが用いられている。会場でもおそらく、田村を中心とするカメラワークでモニターが映し出されていたように思う。「森田ではなく、田村からの歌い出しだった」という印象が前に出て、特に「過去には森田がセンターに立っていた」という前提があったため、筆者には「センターが田村に変わったのか?」という第一感があった。しかし、センターポジションが空いていることは明らかで、そのことにすぐに気づくことになる。
 実際のところ、歌割りとしてはもともと、ここは森田と田村のふたりのパートだ。振り付けが表現しているものも、ここはまだ全員が「学校の授業を受けているようなイメージ」で、「静かに踊っている」様子であり、森田がいた場合でも他のメンバーと大きく違う動きをするわけではない。田村の表情は「欅坂46 THE LAST LIVE」の映像と見比べると少し緊張して見えるものの、あえていえばその程度にとどまり、「本来のポジションで、予定通りパフォーマンスを続行していた」ということのように思える。

 本来は1サビで、森田が演じる“僕”に「やっぱり自分はプールに飛び込みたいっていう気持ち」がサビで出てきて、「ヒップホップ系でがっつり」踊り始めることになる。しかしこのときはセンターポジションが空いており、TAKAHIROが説明したように、そこにその後ろの2列目のポジションから「菅井友香が真ん中にバーンって出てきて」、笑顔で踊り出すことになる。ここは「プールに飛び込んで」踊り始めた森田のもとへ、「自分のことを分かってくれる人」がどんどん合流していくさまを表現する部分である。1サビの後半で下手側の後列から藤吉夏鈴が合流してくる前に、誰かが先に踊っていないと意味が通らない。
 それを菅井は、TAKAHIROの説明によれば「打ち合わせもなかったけれども」やり切ったのである。筆者は現地で見たときからその意味をつかめていたとは正直いえないが、確かに「こういうものなのかな」と感じた。
 サビ冒頭(「10月のプールに飛び込んだ僕を笑うがいい」)の部分の菅井のダンスは明らかにヒップホップ系ではなく、バレエの動きである。幼少期に打ち込んだものが咄嗟にあふれ出たのかもしれない。これに続く部分(「制服のまま泳いで何を叱られるのか」)では、森田が披露した際の振りに近いものとなり、サビ後半では予定通り藤吉が合流してくる。森田とのペアダンスとはやや異なるが、どうにかトーンと息を合わせて演じ切っているように見え、藤吉の弾けんばかりの笑顔が印象的である。「静かに踊っているグループ」は、そうした“僕”を静かに見守っていることになるが、抜けに映った小林の表情は、どこか満足げな笑顔であった。
 本来はこのサビの終わりで、藤吉に続くふたり目の理解者として菅井が合流し、3人で踊りながら上手側に移動していって2番につながっていくことになるが、このときはそのまま自然な流れで、菅井と藤吉がふたりで移動していく。藤吉が手を引いて、菅井の立ち位置をどうにか調整しているようにも見える。

 そこからは徐々に、メンバーが「激しく踊るチーム」に合流していき、チームが大きくなっていく。そこに最後に合流する形となるのが田村だ。そこまでパフォーマンスを続行してきた田村だが、森田とのふたりの歌割りであった「びしょびしょの足跡が廊下に残っている」までを歌いきり、「僕に興味がないんだろう」で小池美波が最後にグループを離れていったあたりから、涙がこらえられない様子になっていく。自らもそのあとを追って合流していくタイミング、落ちサビの「季節なんか関係ないのが僕の生き方だ」は1列目の歌割りであるが、涙で歌唱ができないままで加わっていく。
 ラストサビ。最後に合流した田村が、センターポジションで踊る。これは本来の形だ。そしてその隣に並ぶ形で、最初に「10月のプールに飛び込んだ」森田が踊る。そのポジションは空けられており、田村はそこにいるはずの森田に目線を送っている。森田のいう、「田村保乃ちゃんが演じている、途中から出てくるもう1人の“僕”の気持ちを、私の(演じている)“僕”が尊重する」シーンがここということだろうか。
 最後に田村は、縦2列になったフォーメーションの先頭で森田と拳を合わせ、パフォーマンスを終える。当日に混乱のなか見届けた際には、そこで森田が“そこにいない”ことと、しかし同時に、あくまで“そこにいる”ことが強調されたように感じたことを覚えている。

 野暮なことだとわかっていても、思ったときに書かないといつか失われてしまう気がするから、筆者はそれでも、だいたいのことは長い文章に混ぜ込んで書いてしまおうと決めている。トラブルで空いたセンターポジションを、埋められなかった経験もしたし、埋めなかった経験もしたし、埋めた経験もしたのが欅坂46であった。“モーゼ”で割れたフォーメーションの間を誰も歩かなかった「サイレントマジョリティー」があった97。全曲をセンターなしで貫徹した公演があった98。こうした日々を経て、全曲に新たなセンターを立てる形で挑んだライブがあった99。この日と同じように、唐突に空いたセンターポジションに進み出た小池美波が、自らの判断でソロダンスを踊った「二人セゾン」があった100
 すべてのメンバーに固有の役割があって、パフォーマンスで楽曲を表現しているのだと考えれば、フォーメーションには意味がある。しかし一定の満足がいく表現が実現できたとして、その結論から逆向きに考えるならば、フォーメーションには究極には意味がない。メンバーがこの日の「10月のプールに飛び込んだ」をどう評価しているのかはわからないし、われわれがどうとらえればよいものかも、こんなに書いてきて、結局のところはわからない。ただ、この日のこの1曲のなかで、空いたポジションを埋めたことにも埋めなかったことにも、その両方にきちんとした意味が見えた、という感覚はある。
 それは巡りあわせの妙がもたらした部分もあっただろうし(菅井のポジションや、森田のグループに加わっていくタイミングが異なれば、彼女がセンターポジションに進み出ていくことは物理的に困難だっただろう)、TAKAHIROのいう「誰よりも輝く瞬間」を迎えた菅井をはじめ、メンバーが自らの力で達成したものでもあっただろう。
 ただひとつ、一介のファンに過ぎない筆者が自信をもっていえるのは、それが確かに山﨑のいう「櫻坂46にしかできないパフォーマンス」であった、ということだ。

“櫻”の形のキャプテンバッジ

 「10月のプールに飛び込んだ」に続くアンコール2曲目には「ヒールの高さ」が選曲され、土生瑞穂とともにフロートカーで会場を一周しながらの形で披露された。もとは菅井と守屋茜のふたりによるユニット曲であり、「茜の卒業セレモニーのときにパフォーマンスできなかったこともあって」「どうしても貫きたかった(『Wアンコール』p.89)という思いでセットリストに加えられたのだという。誰と歌うかはちょっと悩んだのだというが、「一期生と歌っていた曲だったから、やっぱり一期生でこの気持ちを分かってくれるのは土生ちゃんしかいない(同p.90)と考えての人選だったということだ。
 菅井個人としてはどこまでも笑顔のパフォーマンスであった「10月のプールに飛び込んだ」から一転、緑一色の客席を進んでいくうちに、涙で声を詰まらせながらの歌唱となる。「微妙なバランスをとって 誰とも揉めないように…」。当時の彼女に刺さり、だからこそ「どうしても最後に歌いたくて(同p.89)と思ったという歌詞に、万感の思いが込められていた。

 菅井と入れかわるように、歌い上げたところで感情がこみ上げてきた土生に優しくハグをして見送り、3曲目は「青空が違う」。守屋茜・渡辺梨加の卒業セレモニー、および渡邉理佐の卒業コンサートでも歌唱されてきた曲だが、「もう本当に、青空と“Y”になっちゃうので、ひとりではなかなか難しい(「渡邉理佐卒業コンサート」DVD/Blu-ray特典映像)とも語っていた。そのなかで、菅井はひとりで5人分のパートを歌唱して、最後にもう一度披露する形となった。
 メインステージまで戻ってきた菅井を、メンバーが揃って迎える。アウトロ部分はメンバーとパフォーマンスして、「1人になった寂しさと、でもみんながいてくれるという安心の両方を、この1曲で感じることができました。(『Wアンコール』p.90)という。最後に去っていくところでは、「TAKAHIRO先生が『手を繋いで帰ろうか』の振り付けを追加してくださった(同)とのことである。
 これに続いたのが「世界には愛しかない」。「この曲は自分にとっては青春の1曲で、イントロを聴くと泣きそうになるくらい、いろいろな思い出がよみがえってきます。(『Wアンコール』p.91)と綴られている。センターに立った菅井が冒頭の叫びを「久しぶりに復活(同)させ、ポエトリーリーディングのパートは土生瑞穂(長濱ねるパート)・小林由依(今泉佑唯パート)・上村莉菜(鈴本美愉パート)と1期生でつないた。「『夕立も予測できない未来も嫌いじゃない。』」、いつからか彼女の心情そのままのように聞こえるようになっていたそのパートは、もちろんオリジナルの菅井が務めた。

 先にも少し言及したところだが、このときメンバーが着用していたのは、2017年夏に初出の、いわゆる「ハーネス衣装」。懐かしさが感じられる衣装であるとともに、カラー・デザインともに「いかにも欅坂46」の印象があるものである。あの夏は「もがき苦しみ続けた」ような印象もぬぐえないが、「欅共和国」「全国アリーナツアー」の端緒であり、さらにこの衣装で「ROCK IN JAPAN FES.」に初出場するなど、現在につながるさまざまな評価のスタートであった時期でもある。
 もとは欅坂46(漢字欅)にグリーンのモデル、ひらがなけやきにブルーのモデルが制作されたもので、「欅共和国2019」では2期生がブルーのモデルを着用したり、改名後の日向坂46も「2回目のひな誕祭」(2021年3月28日)のタイミングで空色にリメイクしたモデルが全メンバー分制作されたり、一方で「3回目のひな誕祭」DAY2(2022年3月31日)では1期生がひらがなけやき時代のブルーのモデルを再度着用したり、「齊藤京子卒業コンサート」(2024年4月5日)では1期生がひらがなけやきのモデル、2・3期生が日向坂46のモデルを着用して「手を繋いで帰ろうか」を披露したりするなど、長い期間にわたって大切にされている衣装であるといえる。
 菅井自身も、「やっぱり一目で『欅坂46』とわかってもらえる衣装がいいのかなと決めました。(『Wアンコール』p.92)としつつ、「また、日向坂46のみんなが、色違いの衣装を東京ドームで着ていたことも決め手でした。(同)とさらりと言及していたことには101、ひらがなけやきと一体のグループであった時代からキャプテンを務めてきた菅井の、視野の広さと優しさに心が打ち震えるように感じた。

 パフォーマンスが終わってからややあって、メンバーがステージに戻ってくる。菅井は「その日まで」のMV、および直前のOvertureの映像内で着用していた水色のワンピース、他のメンバーはアンコールのTシャツ姿であった。菅井は横一列になったメンバーの中央に立つ。前稿でも書いたところだが、MCなどの際の横一列での立ち位置は、楽曲のフォーメーションに準拠してつけられることが多い。菅井が「真ん中」に立つのは、いつもグループにとって特別なタイミングであった。
 菅井は「こんなにすてきな場所で、みなさまと一緒にアイドル人生の最後を迎えられるって本当に幸せで、ありがたいことだなあと、たくさんの方々に支えていただけて今日まで続けられたなあと感じています」と感謝の言葉を口にした上で、「(メンバーには)言ってなかったんですけど」と、メンバーひとりずつにメッセージを伝える時間を設ける。合計で20分近くをかけ、ひとりひとりにていねいに言葉を贈る菅井の様子が、卒業するのは彼女のほうなのに、卒業式で生徒を見送る担任の先生のように見えた。
 そうして菅井が言葉を贈った19人のメンバーのうち、最後のひとりは遠藤光莉であった。遠藤はツアーを控えた時期の2022年9月6日に休養のアナウンスがあり、グループとしての活動を休止していたが、アンコールのこのタイミングで久しぶりにステージに戻ってきたことになる。菅井は「本調子じゃないのに……」と体調を気づかいつつ、「大丈夫だよ。ひかりんの居場所はずっとここにあるし、みんな待ってるし、でも背負いすぎず、心を大事に、これからも穏やかに、楽しんでほしいなと思っています」と伝える。「W-KEYAKI FES. 2022」の時期から体調不良による欠席が多かった関有美子も、右肘を骨折してツアーの愛知公演・福岡公演を欠席していた上村莉菜もこの日はステージに揃っており、メンバー全員で菅井の最後のライブに立つことができた形になった。
 最後に、菅井からもうひとつ発表があった。「次のキャプテンを務めてほしいな、と思う子がいて……まつりちゃん! キャプテン、務めてくれますか?」と呼びかけると、松田里奈が「はい!」と元気よく返事をした。松田にキャプテンを引き継ぐためにあつらえたという、5枚の花びらの“櫻”の形のキャプテンバッジが、このとき菅井のワンピースの胸にはつけられていた。菅井はそれを自分の手で、松田のTシャツの袖につけるという形で、新たなキャプテンの誕生を表現する。
 この場で発表があることは知らされていなかったようだが、本人も周囲も副キャプテンの松田が次期キャプテンとなることはもちろん予想できており、松田は菅井の卒業を聞いたときから、そのための「心の準備はしてきたつもり」と口にした。これまで自分が感じてきたキャプテンとしての菅井の存在の大きさや、2期生としてキャプテンとなる不安についても触れつつ、少しの緊張も感じさせながらであったが、「いつか少しでも認めていただけるような、そんなグループを引っ張っていけるようなキャプテンになれたらいいなと思います、全力で頑張ります」と宣言する。深々と頭を下げた松田に、メンバーも客席も万雷の拍手でエールを送った。

 そしてこの日の公演は、「その日まで」の初披露で終えられる。「サヨナラ サヨナラ サヨナラ/悲しくなんてないよ」。メインステージで歌い出した菅井が花道をゆき、いわゆる“新2期生”、そして2期生、1期生と、菅井と出会った逆順で、ひとりずつメンバーとペアになって踊りながら進んでいく。振りはあらかじめ菅井とそれぞれのメンバーが考えて決めたとのことで、小池美波とは「二人セゾン」、小林由依とは「サイレントマジョリティー」の動きを取り入れ、上村莉菜とは「欅ポーズ」をつくるなど、それぞれの思い入れが見てとれるものもあった。
 Bステージまで到達し、2サビを1期生6人で踊り、Cメロを菅井がひとりで歌唱したのち、花道にはメンバーによる「がんばりきアーチ」がつくられる。「人生は一筆書き」だと秋元康の言葉を借りつつ表現する菅井の行く先に(『B.L.T.』2022年12月号 p.14)、未来へと続く「がんばりき」の一本道が現れる。
 「100万馬力でがんばりき」は、「欅って、書けない?」での初登場時の「友香の笑顔は100万馬力」を原型として、2016年3月の「デビューカウントダウンライブ!!」から6年半にわたって一貫して使い続けてきたキャッチフレーズである。「レコメン!」では「『がんばりき』は生き様」「(パーソナリティとして)4年半『がんばりき』一本でやってきた」というパワーフレーズも生まれる。そして卒業後も現在まで、積極的に用いられ続けているというのも周知の通りだ。

 メインステージへ駆け戻り、風に舞い上がる桜の花びらのなか、菅井はセンターポジションでひとり踊りながらメンバーを迎え、この日のパフォーマンスを終えた。再び横一列の「真ん中」に立ち、ずっとそうしてきたように、ライブを締める。「今回のツアーは、明日まであります。明日もみんなで精いっぱい力を合わせて、最高の締めくくりをできるよう精いっぱい頑張りますので、これからも応援よろしくお願いいたします。」菅井はこれまでずっと、どこまでもグループのキャプテンで、でもそうやってライブを締めたのはこの日が最後であった。
 「以上!」「櫻坂46でした!」。そうして菅井に声を揃えたメンバーが先に退場すると、彼女はステージの写真を、規制退場中に撮って記念とするように呼びかけた。深々とお辞儀をして、小さく手を振る。東京ドーム公演、1日目が終わった。

[fusion]の意図したもの

 東京ドーム公演2日目。この日は(いわゆる「見切れ席」「ステージバック席」の発売はなかったものの)チケットはソールドアウトの状態で、かつ配信も行われた。生配信に加え、当日22時からと週末(11月12日)の22時からの2回のリピート配信も行われる。前日の1日目公演の話題を受けて2日目の生配信を視聴したり、もしくは当日の様子が報じられたことでリピート配信を視聴したりした者も多かったのではないだろうか。
 1日目公演の時点で、[fusion]の意図したことはおおむね、われわれにも伝わっていたといってよい。あくまで筆者による解釈としてそれを説明するならば、それを通して事前に高められた期待感を誤魔化さずに欅坂46の楽曲を演じるものの、櫻坂46のツアーファイナルであるという前提は揺るがすことなく、ツアーで積み重ねたものはそのまま東京ドームへ持っていく。「欅坂46を見にきた」観客に、フルサイズの櫻坂46を見せる。
 菅井は東京ドーム公演が決まったとき、「櫻坂46の未来を感じるものにしたい」と思い、キャプテンの引き継ぎを東京ドームで行ったことも、その思いからのことであったと説明している(『Wアンコール』p.101)。そのうえで、「私にとっての7年を振り返るには 欅坂での5年、櫻坂での2年。どちらも欠かせない時間でした。(菅井友香公式ブログ 2022年11月20日「どうもありがとうございました✨」)という考えのもと、考え抜いた選曲で欅坂46の楽曲を演じた。

欅坂の楽曲に初めて参加してもらうメンバーもいて、頑張って覚えてもらう形になりました。

メンバーのみんな、協力してくれてありがとう。
2期生みんなにとっても、これからに繋がる何にも変え難い経験の贈り物になったら、と思い最後に時間をいただきました。

櫻坂を経験したからこそお届けできる欅坂の楽曲の表現がありました。
私たちのパフォーマンスを受け取っていただきどうもありがとうございました。

アンコール含めて、櫻坂46の過去・現在・未来
全てを感じて頂ける盛りだくさんのライブになったかな、と思います🌳🌸

(菅井友香公式ブログ 2022年11月20日「どうもありがとうございました✨」)

 菅井は公演を終え、「櫻坂46の今と私たちの過去、現在、未来すべてをこのライブでお見せすることができたかなと思っています。(『Wアンコール』p.101)と振り返る。[fusion]するのは欅坂46と櫻坂46であると受け取られる向きも強かったかもしれないが、しかしそれはより正確にいえば、「過去、現在、未来」ということであったのかな、とも思う。

 あるいは、先にも言及したように、「坂道合同新規メンバー募集オーディション」を経て2020年2月に欅坂46に配属された、いわゆる“新2期生”6人は、そのとき東京ドームのステージに立つ経験を得ていなかった。新型コロナウイルス禍にあって欅坂46のメンバーとして客席の前に立つことはなく、パフォーマンスの機会もかなり限られたものであったが、確かに彼女たちも欅坂46だったはずである。[fusion]、「欅坂46と櫻坂46」、「過去、現在、未来」。そこには“新2期生”の存在と、その足跡をグループの歴史に確かに位置づける、という意味も含まれていたのではないだろうか。

——アンコールで欅坂46の曲を披露しました、途中で二期生に合流した6人は欅坂46として楽曲をパフォーマンスする機会が少なかったので、東京ドームで4曲披露できたことで「私たちも欅坂46だったんだ」という意識が強くなったんじゃないでしょうか。
大園 その意識は強くなりました。初日の『10月のプールに飛び込んだ』は、『欅坂46 THE LAST LIVE』で初めて観て、「すごいことをやってるな」と思った曲。でも、今回のライブに向けて振り入れしてみると、意外にスッと体に入ってきたんです。2年前よりも振り覚えが早くなったのかな、と自分の成長を感じました。

(『BUBKA』2023年1月号 p.12、大園玲)

ゆうかさん

東京ドームという夢の地に
連れて行ってくれて

憧れの楽曲を一緒にパフォーマンスさせてくれて
本当にありがとうございました。

私も欅坂46も櫻坂46も大好きです。

最後の最後までゆうかさんは綺麗でした。
これからのゆうかさんもずっと綺麗です!

大沼晶保公式ブログ 2022年11月15日「ゆうかさんに出会えて🐴」

——9月29日から全国アリーナツアーが始まって、千秋楽の11月8日と9日には東京ドーム公演が行なわれます。
齋藤 欅坂46で東京ドーム公演が決まったとき、「まだ早いんじゃないかな」とも思ったんですけど、櫻坂46も早い気がして「大丈夫なのかな?」という気持ちがあるんです。だけど、いまのメンバーで東京ドームに立ちたい気持ちのほうが強くて。大変な時期を乗り越えてきたメンバーだからこそ、東京ドームのステージから伝えられることがあるんじゃないかなと思います。
大沼 欅坂46がライブをした映像を何回も観ていて、東京ドームは私にとって「夢の地」。加入したとき、(菅井)友香さんから「東京ドームに連れていくからね」と言われたんです。
齋藤 カッコいい!

(『EX大衆』2022年10月号 p.123)

 大沼晶保は欅坂46のメンバーとしての最後のブログで、「欅坂46 THE LAST LIVE」に臨む心境として、「このライブでどの曲も最後の披露になると思います。大沼晶保公式ブログ 2020年10月12日「Ever lasting story」と綴っていた。彼女も含め、そのくらい不退転の思いで歩み出したのが櫻坂46である。そのことを忘れるわけにはいかないし、忘れることはできない。そしてだからこそ、新たに振り入れをしてまで欅坂46の楽曲を演じる意味は大きいし、重い。
 それほどの意味があるからこそ、少ない曲数のなかで、多くの意味が込められる楽曲を選ぶ必要がある。そのために2日目公演で選ばれたのは、「不協和音」と「砂塵」であった。

 この2曲は、いくつかの意味で対照的な楽曲である。「不協和音」は欅坂46というグループを象徴する楽曲であった一方、パフォーマンスの激しさや楽曲のもつテーマ性から、一部のファンからは“魔曲”と二つ名される。欅坂46の東京ドーム公演でもアンコールで披露されているが、2017年の「NHK紅白歌合戦」でセンター・平手友梨奈を含む複数のメンバーがパフォーマンスを終えて過呼吸で昏倒、さらに平手はパフォーマンス中の倒れる箇所で上腕三頭筋を損傷する全治1ヶ月のけがを負い、こうした状況をふまえて、平手をセンターが立つ形としては、その間626日にわたって封印された状態であった。
 その間にもグループとして披露した機会は「2nd YEAR ANNIVERSARY LIVE」をはじめ数度あったが、ここでは菅井がセンターを務めている。演じたあとの気持ちの切り替えが難しいものと語られ、菅井はこのときTAKAHIROから「菅井は戻ってこいよ」と強く言われていたのだという(『Wアンコール』p.95)。欅坂46として出場した最後の“紅白”である2019年の「NHK紅白歌合戦」でも再び選曲され、2年前に続けるような形で2番から披露された。このときが平手にとっての、欅坂46のメンバーとしての最後のパフォーマンスにもなっている。

 一方、「砂塵」は9thシングルのカップリング曲として制作されていたとみられ、シングルがリリースに至らなかったことからベストアルバム「永遠より長い一瞬〜あの頃、確かに存在した私たち〜」に収録される。CMタイアップ曲としての使用はあったもののパフォーマンスの機会はほぼなく、「欅坂46 THE LAST LIVE」が最初で最後の披露の形になっており、有観客公演での披露はなされていなかった。
 ミディアムテンポのやや切ない楽曲でありながら、笑顔のパフォーマンスで演じられる楽曲でもあり、多くの披露機会において異常な緊張感をともなっていた「不協和音」とはやや隔たりがある。オリジナルのセンターは菅井であるとされ、「欅坂46 THE LAST LIVE」の披露の際には、TAKAHIROが「欅坂46のエンディングテーマだ」とも表現していたのだという(『Wアンコール』p.94)。

 共通点を見いだすならば、それは「菅井がセンターを務めたことのある楽曲」であるということだろう。1日目に披露された「世界には愛しかない」も、オリジナルメンバーとして務めたポエトリーリーディングのパートでの存在感をふまえれば、それに近い印象にもなる。「ヒールの高さ」「青空が違う」も、菅井のキャリアを代表するユニット曲だ。「10月のプールに飛び込んだ」以外は、あえていうならば、菅井が一身をもって“御せる”楽曲であった。
 「不協和音」からの「砂塵」とした背景にある思いとしては、「『私たちはプロとして、この曲(引用者註:「不協和音」)を自分たちのものにした』と、気持ちを切り替えて『砂塵』をパフォーマンスすることで証明したいと思っていました(『Wアンコール』p.95)というものであったという。山﨑天は「『不協和音』からの『砂塵』というセットリストは、『無茶なことを言うなあ……(笑)』と思いつつ、それができるのは櫻坂46しかいない自負はあります。(『BUBKA』2023年1月号 p.17)と振り返る。そのくらいの“高低差”がある2曲であったといえる。

 しかし、特に「不協和音」については、そのくらい強い存在感があるからといって、菅井自身がそこまで前のめりになって選曲したものではなかったことにも、留意しなければならないように思う。「この楽曲は自分のなかでは、もう欅坂46のラストライブでやりきれていたし、今の櫻坂46のみんなに負担になってしまうかもしれないという気持ちもあり、最後まで迷っていました(『Wアンコール』p.92-93)という思いであったといい、「スタッフさんからの勧めもあり、みなさんに喜んでいただけるなら精いっぱい頑張ろうと決心し(同p.93)と、スタッフ側の意向も込みでセットリストに加えられたことが示唆されてもいる。
 「不協和音」を乗り越える、というのみであれば、確かに「欅坂46 THE LAST LIVE」で達成していたように思う。このときはDAY1の13曲目として披露されているが、直後に早着替えを経て「キミガイナイ」を披露している。それまでは単独ライブにおけるすべての披露機会においてアンコール・ダブルアンコール、または本編最後ですべてを出し尽くすかのように演じられており、セットリストの中葉に位置づけられ、演じ切られたことの意味は大きかった。
 これをふまえて、積極的に意味を見いだそうとするならば、菅井が「弓矢のパートは私が担当していましたが、天ちゃんが引き継いでくれて。櫓のパートは葵から綺良ちゃんが引き継いで、一生懸命みんなで練習しました。新たな櫻坂46だからこその『不協和音』をお見せできたのではと思います。(『Wアンコール』p.93)と振り返ったように新たなメンバーで、特に東京ドームに立ったことがなく、欅坂46の楽曲の、ある意味では“最高峰”である「不協和音」を演じたことのなかった、いわゆる“新2期生”と演じたという点が最も大きかったのではないだろうか。

 この曲についても、フォーメーションの変遷を振り返ってみようと思う(赤字はひとつ上との差分)。

【「不協和音」オリジナルメンバー(2017/4/5発売)】
土生 石森 尾関 原田 齋藤 小池 佐藤
鈴本 今泉 梨加  茜  理佐 小林 志田
長沢 上村 長濱 平手 菅井 織田 米谷

【欅坂46 東京ドーム公演「不協和音」(2019/9/18-19)】
土生 石森 尾関 原田 齋藤 小池 佐藤
鈴本 武元 梨加  茜  理佐 小林 藤吉
長沢 上村 田村 平手 菅井 森田 松田

【第70回NHK紅白歌合戦「不協和音」(2019/12/31)】
土生 石森 尾関 原田 齋藤 小池 佐藤
井上 武元 梨加  茜  理佐 小林 藤吉
長沢 上村 田村 平手 菅井 森田 松田

【「欅坂46 THE LAST LIVE」DAY1「不協和音」(2020/10/12)】
土生 松平 尾関 原田 齋藤 小池 佐藤
 武元 梨加  茜  理佐 小林 藤吉
井上 上村 田村 菅井 山﨑 森田 松田

【「2nd TOUR 2022 “As you know?”」東京ドーム公演DAY2「不協和音」(2022/11/9)】
土生 幸阪 増本 齋藤 小池
 関  武元 麗奈 大沼 大園 小林 藤吉
井上 上村 田村 菅井 山﨑 森田 松田

 2018年加入の2期生9人は、リリースが滞っていたこともあいまって、卒業メンバーのポジションを埋める形でパフォーマンスに加わっていくのが主であったが、それが徐々に“代打”ではなく自らのポジションになっていく。「欅坂46 THE LAST LIVE」では卒業メンバーがちょうど9人を数えたことから、曲によっての出入りがなくなり、9人全員でパフォーマンスに臨み続ける形になっていた。
 いわゆる“新2期生”から5人が合流したことも、それと近い印象を抱かせる。改名という節目に翻弄された部分はあったにせよ、同じグループで2年以上の時間を経てきた仲間たちとともにフォーメーションを組んで“最高峰”に挑んだこと。それだって、やはり疑いようもなく[fusion]であっただろうし、あるいはそれはグループの確かな成長と言い換えてもよかっただろう。

「僕は嫌だ」の先へ/地平線を見渡して

 前置きと背景が長くなってしまったが、ライブ本編についても述べていくことにしたい。

 前述のように、この公演でも地方公演からまったく変わらないセットリストで臨まれる。そのなかで、菅井にとっては1曲1曲が最後の披露、ということにもなっていく。フロートカーで会場を回る形で演じられた1期生曲「タイムマシーンでYeah!」は、最後に「がんばりきポーズ」を取り入れた。このツアーから原田葵のポジションに入った「車間距離」や、渡邉理佐のポジションに入った「五月雨よ」という、オリジナルメンバーではない2曲も最後の披露となる。
 「Buddies」では間奏で菅井が客席にメッセージを送る。「これからもBuddiesのみなさまと、櫻坂46が、たくさんの幸せな思い出を重ねていけますように」。いつも通りのグループを代表した言い方だったともいえるのに、そこでなんとなく菅井がグループから離れていくことが実感として身に迫ってしまって、急に寂しくなってしまった。

「みなさん、今日は改めましてお集まりいただきありがとうございます。
 櫻坂46になって2年、私たちにはこんなに心強い、Buddiesという仲間ができました。
 私たちにとって目標であった東京ドーム。こうして『2nd TOUR』のファイナルとして立つことができて本当に幸せです。今日みなさまが見せてくださったこの景色は一生忘れません!
 これからもBuddiesのみなさまと、櫻坂46が、たくさんの幸せな思い出を重ねていけますように。
 これからもずっと、Buddiesでいてくださいね、約束〜!」

(「2nd TOUR 2022 “As you know?”」千秋楽 東京ドーム公演[2022年11月9日]「Buddies」間奏 菅井友香メッセージ)

 この日も「摩擦係数」までを全力で演じ切り、爆発音とともに本編が終わる。アンコールの拍手のなか、客席のペンライトがあっという間に緑色に変わっていった。セットリストを先回りしてペンライトの色を変えるのは(自分では)好きじゃないのであまりやらないけれど、この日はもう緑に変えてしまった。一瞬たりとも、何も見逃したくなかった102

 筆者はどちらかというと、菅井らメンバーの語りと同じように、「不協和音」は「欅坂46 THE LAST LIVE」でやりきった、という印象が強かったため、ここで「不協和音」が演じられることを予想していたわけではなかった(どちらかというと、相も変わらず「サイレントマジョリティー」を待ち構えていたような気がする)。しかしこの日のは1階スタンド席の後方にいたため、ステージが暗転したなかではあったが、Overtureがかかっているうちに、そこにメンバーが横たわっていることに気づいた。
 来る、来る。1147日ぶりに、東京ドームに、「不協和音」が。そう思って目を見開いているうちにイントロがかかり、どよめきというには大きな声が会場を満たした。

 「不協和音」については、初めて演じるメンバーもおり、経験のあるメンバーも2年以上ぶりの披露というなかで、TAKAHIROからは改めて振り付けの意味が説明されていたのだという。

 振り付けの意味をTAKAHIRO先生から改めて説明していただきました。「もうダメだ、完全に負けた」とみんなが倒れている「絶体絶命」のシーンから始まり、負けてたまるかと最後の力を振り絞ったセンターが拳を突き出すことで、その意志が電流のようにみんなに伝わり、みんなと一緒に立ち向かっていくことが表現されています。隊列を組むところは盾で守りながら、タイミングを見て後ろから矢を放つという陣形を、TAKAHIRO先生が映画『トロイ』の映像を見せて教えてくださいました。

(『Wアンコール』p.93 )

 この「矢を放つ」役割、「やぐら」の部分を、増本綺良・大園玲・大沼晶保・守屋麗奈の、いわゆる“新2期生”4人が担うことになる。それはちょうどこの部分のオリジナルメンバーがすでに誰もいない(そして、前回の披露時には全員がいた)という巡りあわせの偶然による部分が大きいのだが、振り付けのなかでも(原田葵の見せ場として)かなり印象深く語られることも多かったところで、ここを新たに披露するメンバーが担ったこともまた、非常に印象深かった。

——2日目は『不協和音』をパフォーマンスしました。
大園 ヤバかったです(笑)。ファンの方から起きたどよめきがイヤモニをしていても聞こえてきて。「ここで死んでもいい」と思えるくらい全力でパフォーマンスしました。原田(葵)さんが弓矢を放っていた「やぐら」が、今回綺良ちゃんが弓矢を放つ役で、私とれなぁ(守屋麗奈)と大沼(晶保)が持ち上げる役だったんです。かなり苦戦して、直前まで練習しました。本番は成功して本当によかったです。
——菅井さんのパフォーマンスはどうでしたか?
大園 すごかったです。友香さんが「僕は嫌だ!」というタイミングで、私は隣でしゃがんでいたんですけど、顔を上げなくても空気で迫力を感じました。

(『BUBKA』2023年1月号 p.12、大園玲)

 その、1回目の「僕は嫌だ」について、菅井は「自分自身に対して」のものであった、としている。「嫌だと思っても飲み込まざるを得なかったことに対しての本当の主張を置いていきました」と。そして2回目の「僕は嫌だ」は、「今までの7年間に感じた苦しかったことを全部置いておこうという気持ち、行き場のない思い、いろいろな気持ちが入り混じっていました」ということだったが、間奏の前に「新しい世界」を見いだすところでは、「(グループの改名という形で)『破壊と再生』を実際に経験したからこその『不協和音』の感じ方、受け取り方ができた」状態であったという。最後には「『嫌だ』のその先の感情に出会い、自分でも驚きました」としながらも、披露できて、メンバーにもファンにも喜んでもらえて嬉しかった、と振り返った(以上、『Wアンコール』p.93-94)
 アウトロが終わるとともに“僕”の戦いは一区切りとなる。「欅ポーズ」を崩しながら、菅井は清々しさを感じさせるような笑顔でパフォーマンスを終えた。しかしそこからまだ、櫻坂46の戦いは続く。「『私たちはプロとして、この曲を自分たちのものにした』と、気持ちを切り替えて『砂塵』をパフォーマンスすることで証明」しなければならない。

 しかし、「不協和音」を「自分たちのもの」にして、気持ちを切り替えてしまえば、あとは楽しむだけだったのかもしれない。山﨑天は「この曲ばかりは『Buddiesのみなさんに見せたい』という気持ちよりも、自分たちが楽しみたい気持ちが強かったかもしれません(笑)(『BUBKA』2023年1月号 p.17)と振り返っている。菅井も、「最後にフリーで踊るパートでは、笑顔で手をつないだり楽しそうにジャンプしている姿を見て、『こんな時代が来てよかった。みんなの頑張りのおかげで、今こうして笑えている』と感じられて、幸せな時間でした。(『Wアンコール』p.95)としている。
 また、この曲のなかで菅井は演出でフライングをしているが、これは本人の希望によるものだったという。「やってみたい」という純粋な思いもあったようだが、「砂塵が舞うなかで1歩踏み出して景色を見渡し解放されていくという歌詞の世界観を表現(同前)するためでもあったという。「あの地平線まで/ずっと見渡せるよ 今」。最後まで尽力を惜しまず、飛び立つその演出も成功させた菅井の目線の先に、無限の新たな世界が広がっていた。

「サヨナラはその日まで」

 「砂塵」の披露が終わると、卒業セレモニーに向けた準備の時間に入る。菅井がスマートフォンに保存された画像を振り返りながら7年間の思い出を語るところから映像が始まり、やがて過去の映像を通して菅井の7年間が振り返られていく。「人生を変えたかった、そして誰かの人生を変えられる人になりたかった」と、本人によるナレーションが差し挟まれる。
 欅坂46への加入、そしてサプライズ発表でのキャプテンへの就任。本当に「人生が変わっていった」様子がなぞられていくが、キャプテンとしてグループの難局にぶつかるなかで、改めて「変わりたい」と語る様子が描かれた。「変わりたいのに、変われない。そんな私に自信をくれたのは、ありのままの私を受け入れてくれた、メンバーのみんなだった」。「欅坂46のキャプテン」を完遂した「欅坂46 THE LAST LIVE」を終え、「少しは成長できたかな」「知らず知らずのうちに違う自分にもなれていたのかな」と語る菅井の姿。「何度も逃げ出したくなった。押し潰されそうにもなった。でも……」「みんなのおかげで前を向けた」。
 「ありがとう、ありがとう。私はこのグループでキャプテンを務めたことを、誇りに思います。」——その言葉があまりにも、彼女の変化と、成長と、そして強さを象徴していた。

 荘厳な音楽とともに、水色のドレスをまとい、豪華なティアラを身につけた菅井がステージに現れる。深々と美しいお辞儀をして、卒業のスピーチが始まった103
 「この場を借りてここまでの7年間を少しだけ振り返らせていただきます」として語られたのは、まずは「サイレントマジョリティー」でのデビューと、そして「キャプテンに任命していただいたことは人生の転機だった」ということだった。「大好きなみんなと一緒に協力しながらだったんですけど、すごく複雑でアンバランスな部分のあるグループをまとめることはすごく、すごく難しかったです。」「大好きなグループのイメージがなかなか思うように伝わらなかったりとか、覚悟はしていたものの、いろんな言葉でバッシングをされてしまった時はすごくショックなことも多かったです。」と、さまざまな配慮をにじませつつもはっきりと語るさまは、これまでもずっと見てきた菅井の姿そのものであった。

 しかしそのようななかでもファンに支えられて、期待して、見守ってもらって、救われた。書いてもらった歌詞が、それをメンバーと歌えたことが、人生の誇り。そう語ったのち、ファン、関係者、メンバー、家族へと感謝が連ねられる。
 櫻坂46に改名してからは、立場と関係なく「ひとりのメンバーとしてたくさん笑えることが増えた」という。「大好きなかけがえのない、一緒に戦ってきた1期生のみんな、そしてありのままの私を慕ってくれるかわいいかわいい後輩もできました。いま、お別れするのがすごく寂しいです。」と口にして涙ぐみ、会場が拍手に包まれる。

 そして、これからも「櫻坂の魅力がもっともっといろんな方に伝わっていってほしい」、「3期生のみんなも入ってきてくれる」と未来を志向しつつ、「そして大好きな欅坂46も、大好きな櫻坂46も、それぞれにしかない楽曲、グループ、メンバーの魅力がたくさんあります。どっちがいい悪いとかではなく、それぞれを尊重しながら、魅力を受け入れて、どっちも愛していただけたらうれしいなと思っています。」と、自らの7年間のキャリアを慈しむ。欅坂46時代を支えてくれたファンの顔も、あるいは櫻坂46になってから出会ったファンの顔も、この日の菅井には見えていたのだろう。会場につめかけた4万人のファン、そして配信で見守るさらに多くのファンに向けて、どうしても伝えたかったメッセージだったように思えた。
 「この経験を忘れず、楽しかったこと、苦しかったこと、すべて抱きしめて前に歩んでいきたいなと思っています」。最後にはにこやかにそう語った菅井の姿に、これからも彼女が進む未来が光り輝くものであることを確信した。

 スピーチが終わり、メンバー全員がステージに登場する。メンバー全員に菅井からメッセージが送られた前日に続き、この日は逆にメンバー全員から菅井に手紙が読まれ、花とともに手渡された。どうやら便箋1枚でおさめるようにと決められていたようではあったのだが104、セレモニーのなかで19人ものメンバーが手紙を読むことは異例のことだと言っていいのではないかと思う。しかし、前日に全メンバーへメッセージが送られたことも含め、「どうしてもそうしなければならなかった」存在が、菅井友香だったのだと思う。

 そして最後に、この日も「その日まで」のパフォーマンスが始まる。本当に、これで最後。前日よりかなりドレスアップした菅井が、同じようにメンバーとペアになって踊りながら花道を進んでいく。前日のうちにしっかり泣いたからか、それとも何もかもをステージで満足に出し切ったからか、あるいは菅井のたたずまいがあまりに爽やかな様子であるからか、メンバーも目に涙は溜めつつも、すっきりとした笑顔で菅井との最後のパフォーマンスを楽しんでいたように見えた。
 花道を進みきった菅井が、土生瑞穂にエスコートされるようにしてBステージに上がる。ドレスにあわせて高いヒールを履いて、土生よりもだいぶ背が高くなっていた。しかしそれでも軽やかに、1期生6人で2サビのダンスを踊る。5人の“戦友”に抱きしめられた菅井が、その真ん中に立つ。「ねえ ずっと私を待ってて」と菅井が歌い、19人が「ねえ 忘れない あなたを……」と歌う。歌いながら、菅井を乗せたリフターが上がっていく。菅井友香が、彼女が誰よりも夢見た地、東京ドームの「真ん中」に立つ。そして最後に、改めて語る。

「今日、わたくし菅井友香は、櫻坂46を卒業します。
 ここまで、たくさんの方々に支えていただき、大好きなメンバーから支えてもらい、ここまで走り抜けることができました。
 また大好きなみなさんにお会いできるように、また明日からは、新たな道を走り出したいと思います。
 またお会いできるまで、待っていてくださったら嬉しいです。
 そして……今日まで、グループを守るために戦ってきました。

 悲しいこともあったけど、最高に、楽しかったです! 7年間の応援、ありがとうございました!」

(「2nd TOUR 2022 “As you know?”」千秋楽 東京ドーム公演[2022年11月9日]「その日まで」間奏 菅井友香メッセージ)

今日まで、グループを守るために戦ってきました。
 最後にそう言い切れるまでに、長い長い時間を走り続けられる人物は、菅井友香をおいて他にはいないだろう。

 リフターが下りていく。スタンドの2階席はパステルブルー、1階席とアリーナは白。自身のサイリウムカラーに染まった東京ドームを愛おしそうに見回しながら、唯一無二のキャプテンがステージに戻る。照明が当たらないステージの上で、メンバーもファンと一緒に拍手を送っている。
 「サヨナラ サヨナラ サヨナラ 悲しくなんてないよ また会えるその日まで」。最後のソロパートを歌い上げた菅井が走り出す。一点の曇りもない、笑顔の「がんばりきアーチ」だった。メインステージまでを駆けきって振り向くと、彼女が愛し抜いたすべてが光り輝いていた。門出を祝う桜吹雪が舞う。「サヨナラはその日まで」。最後まで歌い上げて、万感の思いを込めて頭を下げた。背中を向けて、ステージから歩き去っていく。もう一度こちらに向き直って、再度深くお辞儀をした。

 本当にもう終わりだ。そう思って拍手を送っていたら、最後に振り向いて、笑顔で「がんばりき」ポーズ。
 それはあまりにも鮮やかな、われわれの愛した“菅井友香”の姿であった。

“二度目の東京ドーム”、勲章と余白

 菅井がステージをあとにしたのち、メンバー19人がステージに戻り、ライブが締められる。新キャプテンの松田里奈が、彼女らしい明るくパワフルな口調で、客席に語りかける。

「本日は東京ドームに足を運んでいただき、配信をご覧いただき、全国各地に来てくださったみなさま、本当にありがとうございました。
 キャプテンである菅井友香さんが卒業して、グループにとってもとても大きな出来事だと思います。
 だけど、いまこのメンバーなら、どんな困難も乗り越えられると思うし、どんな道も進んでいけると思います。
 またこのステージに立てるように、メンバーと手をとりあい、スタッフのみなさんと手をとりあい、そしてBuddiesのみなさんと手をとりあい、切磋琢磨していきたいです。
 これからも櫻坂46は坂を上りつづけていくので、Buddiesのみなさんに『これからも一緒に櫻坂46と歩んでいきたい』と思っていただけるようなグループになります。
 どうかこれからも櫻坂46の応援、よろしくお願いします!」

(「2nd TOUR 2022 “As you know?”」千秋楽 東京ドーム公演[2022年11月9日]アンコール 松田里奈挨拶)

 松田がライブでこうした立ち位置を務めるのは初めてではなく、菅井不在の「BACKS LIVE!!」「3rd Single BACKS LIVE!!」でもすでに全体のMCを回したり、客席に挨拶したりする役割を担っていた。
 そのときも、そしてこのときも、しっかりとファンへの感謝とグループの未来について語っていたが、やはり新体制の始まりを東京ドームで宣言するにあたっては、いくぶん緊張はあっただろう。それを敏感に感じとってか、ポジションの近い武元唯衣や齋藤冬優花、そして山﨑天や田村保乃は松田の様子を覗き込むようにして見守っていた。他のメンバーも、松田とともにうなずきながら客席を見つめる。「いまこのメンバーなら、どんな困難も乗り越えられると思うし、どんな道も進んでいける」「Buddiesのみなさんに『これからも一緒に櫻坂46と歩んでいきたい』と思っていただけるようなグループになる」。
 そして、「またこのステージに立てるように」。19人全員でそれを宣言するような姿は、グループの明るい未来を確信させるものであった。

今まで副キャプテンとして、一緒にグループを作ってくれたまつり。
まつりの積極性や明るさが、櫻坂の良い雰囲気を作ってくれていたと思います✨
どうもありがとう。

キャプテンという役職は責任がある故、孤独を感じる瞬間もあります。
人一倍考えることも多く、見えない所でのお仕事もあります。
見方によっては「損」と言われてしまうこともありますが
人がやりたいと思わない事にこそ価値が生まれる、そう思って続けてきました。

それに、今のグループなら、みんなが協力してくれます。
まつりならきっと、もっともっと良い櫻坂を作ってくれる。
そう思えたので安心して引き継がせていただきました!
引き受けてくれてありがとう。

これからキャプテン松田の応援、
よろしくお願いいたします✨

(菅井友香公式ブログ 2022年11月20日「どうもありがとうございました✨」)

 ライブを終えて少し落ち着いたぐらいのタイミングだろうか、菅井は11月20日に最後のブログを更新する。リハーサルの様子や、最後のライブの前に1期生と欅坂46の円陣をしたこと、上村莉菜・関有美子・遠藤光莉と最後に一緒にステージに立てた喜びと感謝などを報告し、キャプテンの継承、欅坂46楽曲の披露、セレモニーのためにあつらえられたドレス、「その日まで」の初披露などについても綴った。メンバーからはステージに受け取った手紙のほかに、手づくりの卒業アルバムも贈られていたのだという。
 そして、かかわってきたすべての人々に寄せた感謝の言葉は、「どんな時も味方でいてくださって 信じてくださって、心からありがとうございました」。菅井友香のことを信じ続けてきた日々に、間違いなどひとつもなかった。

改めて、本当に沢山の方々に支えて頂き、7年間1度も休まず走り続けることができました。

沢山の方々と出会い、巡っての7年。
ここまで連れてきてくださった全ての方々に感謝の気持ちをお伝えしたいです。

長い夢を見ていたのかと思うほど濃密で刺激的な日々や経験は、決して忘れたくない思い出です✨

心が折れそうな時は、応援してくださるみなさんのお顔が浮かんできて、何とか踏ん張ることができました。
どんな時も味方でいてくださって
信じてくださって、心からありがとうございました。

少しでもみなさまに恩返しができていたらいいな。


そして、活動を通して学んだことがあります。

人生良い時も悪い時も、周りとのご縁や助言を大切にしながら歩みを止めない限り、必ずどこかに道は繋がっている
という事です。

無駄な経験なんて1つもなく、
どう解釈して前に進んで行くかが大切だと思います。

今までの私の活動を通して、少しでもそんなことをお伝えし、誰かの力になる事ができていたら嬉しいです。

櫻坂の根っこには「謙虚・優しさ・絆」があります。
これからも初心を忘れず、大きなたくましい桜を咲かせてくれることを願っていますり
Buddiesとして、全力で応援し続けます🌸🍃

みなさんも、これからも
櫻坂46の応援をよろしくお願いいたします!

(菅井友香公式ブログ 2022年11月20日「どうもありがとうございました✨」)

 加えて、卒業セレモニーグッズの第2弾が発表されたこと(そして売り切れのものも出てきているので早めにチェックしてほしいこと)、ソロで芸能活動を継続し所属は引き続きSeed&Flower合同会社となること、メッセージアプリの新規購読停止が2022年11月30日となり、12月31日までメッセージの送信は継続することなど、やや具体的な報告と告知がもれなく連ねられる。最後まで手を抜かないその丁寧さがいかにも菅井であり、ちょっと笑ってしまったくらいだったし、これからも彼女の姿を追い続けていきたいな、と思った。

 そして最後には、“オチ”ということでもあったのだろうか、「日曜のへそ」に出演した際に話していた通りに「カタカナケヤキ」の衣装でライブを観覧した土田晃之とのツーショットを掲載する。「それではみなさん また会えるその日まで、、、待っていてくださいね」。彼女の姿勢のよいたたずまいと同じように、綺麗な形で最後のブログが終えられた。


 東京ドーム公演を終えた翌日の2022年11月10日、“新体制”となったグループはさっそく「ベストヒット歌謡祭2022」に出演し、スピードを緩めずに走り続けていく。披露されたのは「五月雨よ」で、渡邉理佐から菅井友香に引き継がれたポジションには、このときには“代打”を立てない形でであった。

 11月16日には、この年の「NHK紅白歌合戦」の出場歌手が発表される。櫻坂46の名前はこのなかになく、欅坂46時代から数えると6年続いていた連続出場がここで途切れたことになる。発表直後には松田がブログを更新し、思いや決意を率直に綴るとともに、最後のブログで綴った通りにメッセージアプリでの発信を継続していた菅井も、これを受けた発信を行う。自分も一緒に頑張ってきたから悔しい、でもそれはきっと必要な経験であって、ここで立ち止まるメンバーたちではない、というような内容で、グループへの応援を改めて呼びかけた。

先程発表がありましたが、櫻坂46は残念ながら今年の紅白歌合戦さんに出場する事は叶いませんでした

私自身とてもとても悔しい思いでいっぱいです

いつも応援してくださっているBuddiesの皆さんにも申し訳ない気持ちでいっぱいです

ですが、この悔しさをバネにもっともっと力をつけて、来年こそは嬉しい報告ができるよう頑張ります!

気を引き締めて2022年を全力で走り抜けます!
そして2023年は飛躍する年にできるようメンバー、スタッフの皆さんと共に精進してまいります!

どうかこれからも櫻坂46を宜しくお願いします!

松田里奈公式ブログ 2022年11月16日「飛躍」

 「2023年は飛躍する年に」。菅井友香がつくりあげた“櫻”の形のキャプテンバッジが、松田里奈に引き継がれた2022年11月は、初の東京ドーム公演という記念すべき出来事を経験したと同時に、グループにとって新たな目標ができたタイミングにもなった。
 再びの“紅白”をはじめ、たくさんの嬉しい報告ができるように。そして東京ドーム公演についても、それをすでに客席から見守っていたという3期生とともに再び立つこと、あるいは「満員の大歓声」という、新たな夢が生まれてもいた。

 翌年からの櫻坂46は、そうして生まれた新たな目標を次々と叶えていくことになる。その日々については、次稿以降で改めて書いていくことにしたい。

おわりに——“菅井友香”は、どのように語られたか

 ここからは、欅坂46と櫻坂46のキャプテンとして7年間を駆け抜けた菅井友香が、グループ卒業前後の時期に、周囲の人々からどのように語られたかをいくつか紹介して、本稿の結びとしたいと思う。

 小林由依は、東京ドーム公演直後のインタビューで、1日目公演での菅井からのメッセージのなかで、欅坂46時代に「ダブルスタンバイ」として、「もし何かあった時のためにって、人よりもたくさん振りを覚えたりとか、大変なことがたくさんあって、いっぱい頼らせてもらって」という状況があったことを明かされたことについて、「知っていただかなくてもいいことですから」と前置きつつ、「菅井が私のことを見ていてくれて、この機会に伝えたかったんだと思います」とした。
 本稿でも類似のエピソードをいくつか紹介してきたが、菅井は「隠しておく必要がないことは、それで何かがプラスになるならば、何でもさらっと言う」ようなところがある。この時期でいえば、グループの卒業生も東京ドーム公演を多く見にきていたこと、そして配信で見届けていたという平手友梨奈から、「これまでにないぐらいの長文」でメッセージが届いた、という件(『Wアンコール』p.102)もそれにあたるだろうか105
 そして「菅井とはどんな存在か」と問われた小林は、「年齢差を感じさせないところがあって。一期生として一緒に青春を過ごしてきた仲間という意識が強いです」とした。メンバーながら、ときに自分の本心からの言葉でなくても、“大人”のコメントをしてグループの形を保つ役割を担っていた菅井。しかしあくまでそれを「一緒に青春を過ごしてきた仲間」の目線で果たせたことが、グループを守り、そして美しいものにしていたのだと思う。

——初日に、菅井さんからの小林さんへのメッセージとして、「欅坂46時代、何があってもいいようにダブルスタンバイして、人一倍努力していた」という話が出ました。小林さん自身からは話してこなかったと思います。どの時期にダブルスタンバイしていることが多かったのでしょうか?
小林 『ガラスを割れ!』の頃から多くなったと思います。何かあったら代わりにセンターをやる、ということで自分のポジション以外の振りも覚えてました。それをファンの方に知ってほしいかといったら、そうじゃなくて(笑)。知っていただたなくてもいいことですから。菅井が私のことを見ていてくれて、この機会に伝えたかったんだと思います。
(中略)
——菅井さんもキャプテンとして大変な時期があって、小林さんは「支えられたんだろうか」という後悔もあったそうですが。
小林 菅井はキャプテンとして、私が知らない苦労も、私に言えなかったこともたくさんあったはず。もっと寄り添うことができたんじゃないかという気持ちがありました。東京ドーム公演2日目の最後、『その日まで』の途中でファンの方に「楽しかったです」と伝えた菅井を見て、「よかった」と思いました。
——小林さんにとって、菅井さんはどんな存在でしたか?
小林 4歳離れているんですけど、年齢差を感じさせないところがあって。一期生として一緒に青春を過ごしてきた仲間という意識が強いです。
——これまでキャプテンとしてグループに捧げてきた菅井さんには、自分の道を歩んでほしいと思いますか?
小林 我慢してきたこともたくさんあったと思うので、自分のやりたいことを追求して、これからの人生を楽しんでほしいです。

(『BUBKA』2023年1月号 p.8、小林由依)

 「欅って、書けない?」および「そこ曲がったら、櫻坂?」でMCを務めてきた土田晃之・澤部佑は、デビュー当時からメンバーを見てきたのみならず、両者とも子だくさんの父親だからという部分もあったのだろうか、年若いメンバーどうしの関係に敏感な部分もあったように見える。卒業写真集『大切なもの』でインタビューを受けたふたりは、デビュー当時の菅井について、土田は「末っ子っぽさ」を感じていたといい(実際に菅井は二人姉妹の妹)、澤部も「初期の菅井はずっと自信がなさそうでした」と語った。
 しかしそのようなタイプのメンバーがキャプテンを務めたことは、菅井をいくぶん苦しめたとはいえ、グループにとってはプラスに作用し、また菅井自身にも責任感と成長をもたらした、と評する。不器用だが決して手を抜かない、でも照れてしまったり失敗したりしてしまう愛嬌もある。「人としてものすごく魅力がある子ですから。あいつのことを悪く言う人はいないんじゃないかな」(土田)、「それはみんな言っていますね。はんにゃの金田さんとか芸人たちで話すときも、『菅井はいい子だよね』ってなりますし」(澤部)として、「無理をしすぎないように、無理をして頑張ってほしい」(土田)とエールを送った。

——グループ卒業後の菅井さんに、おふたりはどんなことを望みますか?
澤部 舞台を続けていくことになるのかな?
土田 さぶん、ミュージカルとかに出てすごく刺激になったんだろうな。その楽しさがわかったから、もっとそっちを突き詰めたいと思ったんだろうし。でもアイドルって在籍中に次の夢を見つける場所だと思うから、菅井はそれを見つけられたんじゃないかな。
澤部 いい卒業だと思いますよね。頑張りすぎずに、菅井らしさをキープしつつ……一生懸命になりすぎるとまたグーッとなっちゃう、それはそれでまた菅井らしいんですけど、本来は優しくゆっくり進んでいくのが菅井だと思うので、休みながら着実に前へ進んでいっていただきたいと思います。だから、舞台とか観に行きたいですよね。
土田 ねえ……「ねえ」とか言ったけど、俺は基本的に堀内健とか出川さんとかの舞台しか行かないから(笑)。そうですね、無理をしすぎないように、無理をして頑張ってほしいなと。きっと不器用だから無理をしちゃうんだろうけど、無理しすぎると壊れちゃうから。滑舌が悪いのがコンプレックスとよく言っていたけど、それも練習でなんとかなってきたと思いますし。そりゃあ7年前と比べたら表現力も豊かになりましたから、やっぱり努力の人ですよね。そういう期待も込めて、楽しく無理していってくれたらなと思います。

(『大切なもの』巻末インタビュー、土田晃之・澤部佑)

 菅井が松田とともに出演した最後の「レコメン!」であった2022年10月31日の放送回にメッセージを寄せた、日向坂46キャプテン・佐々木久美は、菅井と同学年であり、かつ自らも2018年6月からはグループのキャプテンを務める一方、ひらがなけやき1期生としての加入時にはグループに迎えてもらった106立場でもあるという関係をふまえて、「加入当初から、本当ににゆっかーにはお世話になっていて、どんな時も優しく微笑んでくれるかっこよさに、日向坂46のキャプテンをしている私も、ゆっかーのように頑張ろうって何度も背中を押されました。」と感謝を寄せた。「どんなときもかっこいい姿を見せてくれるゆっかーが本当に憧れの存在」であるとして、「これからはたくさん自分のために時間を使ってください。またごはん行ってくれたら嬉しいです。」と、グループでの日々をねぎらった。

日向坂46の佐々木久美です。ゆっかー、この度はご卒業おめでとうございます。
私たちは加入当初から、本当ににゆっかーにはお世話になっていて、どんな時も優しく微笑んでくれるかっこよさに、日向坂46のキャプテンをしている私も、ゆっかーのように頑張ろうって何度も背中を押されました。ありがとう。どんなときもかっこいい姿を見せてくれるゆっかーが本当に憧れの存在です。これからはたくさん自分のために時間を使ってください。またごはん行ってくれたら嬉しいです。いままでほんとにほんとに、ありがとうございました。以上、日向坂46の佐々木久美でした。

(2022年10月31日「レコメン!」佐々木久美から菅井へのメッセージ)

 これに続いて同じくコメントを寄せた、当時の乃木坂46キャプテン・秋元真夏は、「キャプテンとしては菅井ちゃんのほうがもう、大先輩」と表現し、初期のグループを支える“初代キャプテン”という立場の難しさを「自分がまだアイドルとしての道を築く前にいろんな子たちを支えなきゃいけない」と解説した。グループが難局にぶつかり、戸惑いもがいた日々があったなか、「菅井ちゃんもきっと同じように思っていただろうし、 その気持ちを抑えつつ、みんなのことを支えるために大きく包み込んでいた菅井ちゃんの姿がすごく印象的で」。そこには同じくキャプテンという立場から感じる部分と、アイドルの先輩として菅井を眼差す目線が共存しているように聴こえた。
 そして菅井と松田、秋元と梅澤美波(当時の乃木坂46副キャプテン、現キャプテン)の4人で食事会をしたときのことに言及し、ステージに立つ菅井のかっこよさとはギャップのある雰囲気に、「話すとすごい柔らかい雰囲気で、なんかそのギャップにも私は……2時間ぐらいかな、話しただけでどんどんどんどん惚れ込んじゃうぐらい、もう大好きで仕方ないなっていう風にその間に思いました」と語った。

こんばんは。乃木坂46の秋元真夏です。菅井ちゃん、この度はご卒業おめでとうございます。
同じ坂道のキャプテンをいま務めていますけど、キャプテンとしては菅井ちゃんのほうがもう、大先輩。初期のグループをまず支えるっていうこと自体も、自分がまだアイドルとしての道を築く前にいろんな子たちを支えなきゃいけないっていう、いろんなものを背負ったりとか…… 欅坂46は途中で改名するっていうこともあったりとか、なかなか他のグループでは経験することがないこといっぱい経験してきたと思うんですけど、 その改名するっていうときも、ただただ名前が変わるだけじゃなくて、ファンの皆さんの気持ちだったり、メンバーの気持ちだったり、いろんな中で戸惑いもある中で、菅井ちゃんもきっと同じように思っていただろうし、 その気持ちを抑えつつ、みんなのことを支えるために大きく包み込んでいた菅井ちゃんの姿がすごく印象的で。
本当にキャプテンをやってる期間、いろんなことを経験して、ファンの皆さんの気持ちも、グループのメンバーの気持ちも、 全部を背負って支えるために大きく包み込んで。菅井ちゃんのほんとに朗らかな笑顔とか、優しい性格で 包み込んであげていたのがすごく印象的だなっていうふうに、外のグループから見ていても感じました。私がただただ大変だったと思うっていう、そのひと言では語ってはいけないぐらい、きっといろんなことを経験して乗り越えて、この間に得たものってとんでもなくたくさんあったと思うので、ここからいろんな道に菅井ちゃんが進んでいくと思いますけど、 どこに行っても無敵なぐらいの全力で戦える力を、 この欅坂46・櫻坂46にいる期間に培ってきたんじゃないかなとすごく思っています。
そして、初めてご飯会をした時に、 どっちのグループのキャプテンと副キャプテンが集まって4人で話したときも、菅井ちゃんがそのステージに立ってる姿がめちゃめちゃかっこよくて、 しっかり引っ張っている姿とか……そういうの見させてもらってたんですけど、話すとすごい柔らかい雰囲気で、なんかそのギャップにも私は……2時間ぐらいかな、話しただけでどんどんどんどん惚れ込んじゃうぐらい、もう大好きで仕方ないなっていう風にその間に思いました。
私も乃木坂46のキャプテンになってまだ3年ですけど、菅井ちゃんがキャプテンをやっている姿から学ぶことってすごくたくさんあったので、見させていただいていた期間のキャプテン姿を私も活動に生かしていきたいなと思っていますし、 同じキャプテンとして菅井ちゃんの今後をしっかり全力で応援したいと思っています。
この度は本当にご卒業おめでとうございます。今までありがとうございました。以上、秋元真夏でした。

(2022年10月31日「レコメン!」秋元真夏から菅井へのメッセージ)

 7年間のグループ活動を“先生”として伴走した振付師・TAKAHIROは、2024年4月25日放送回の「サントリーpresents 菅井友香の#今日も推しとがんばりき」にゲスト出演した際に、「菅井は不器用です。究極的に不器用なんですよ」「感覚でみんながやれるところを努力でぜんぶ補おうとする」「本当にその瞬間を任せたときに、ある程度までは要領のいい人が勝つんだけれども、そこから先の努力でもっと深めることができるから、ステージに立ったときに誰よりも輝く瞬間がある」と評した、ということについては前述したが、『大切なもの』でもインタビューを受け、そのありさまを「仏の優しさを持つ菅井さんは、鬼の練習屋さんでもあります」と表現している。そして、菅井は褒められて伸びるタイプではなく、「逆境の中で自分を伸ばしていくことができる、稀有なタイプ」であるとし、「伸びる速度はゆっくりなんだけど、上限が青天井」と、菅井のもつ力や可能性について賛辞を贈った。
 そしてそれは、振付師という「作り手」の立場からは「作り手がチャレンジしやすい空気を作ってくださることはとてもありがたい」とし、「菅井友香だったらこれも乗り越えられるんじゃないか思わせる魅力」がある、と評する。アイドル、表現者としての菅井の特長に対する、これ以上ないほどにわかりやすい説明であったように思う。

——作り手としても、そういうタイプ(引用者註:負荷をかけられて伸びるタイプ)のほうがやりがいがあるんですか?
TA そうですね。作り手がチャレンジしやすい環境を作ってくださることはとてもありがたいです。守りではなく攻めに入っている制作現場から生まれる作品には、エネルギーがあります。MVの監督やプロデューサーさんとご一緒したときによく聞くことなんですが、「菅井さんがいるから俺すっごい楽しいんだよ」って言う人がいっぱいいるんです。菅井友香だったらこれも乗り越えられるんじゃないかと思わせる魅力が、業界にもファンを増やしてるんです。クリエイターたちが、このグループでやってみたい、このグループだから全力で勝負できると思える理由のひとつが、彼女の存在にあったと思います。

(『大切なもの』巻末インタビュー、TAKAHIRO)

 同じく『大切なもの』でインタビューを受けた、「レコメン!」で長らく共演し続けたオテンキのりは、ダブルパーソナリティを4年半続けてきた過程での変化として、当初は「真面目で超不器用な感じが、僕の中で面白かったですね」と語る。しかし「作り込んできた言葉というのは、特にラジオだとバレる」という意識から、そんな菅井をしゃべりで追い込んでいくうちに、「素の言葉で話してくれたほうが、やっぱりリスナーに想いが伝わる」ということに気づいたようだ、と評した。
 そうしたなかで、同番組が「グループの活動で何かあったときに、直接話せる場、説明できる場」としても機能したことについては、「生放送でやらせてもらっているんで、自分が話したことに対するリアクションがすぐメールで送られてくるのもよかったのかもしれない」とした。欅坂46の「2nd YEAR ANNIVERSARY LIVE」の時期には、「グループが大変な時期で、菅井さんにも冗談も言えないなってくらいのタイミング」があり、平手不在の「不協和音」への対し方について、「誰がセンターをやるのか僕、聞けなかったんですよ」という状態であったという。しかし内心では菅井が適任なのではないか、と感じながらライブを観て、本当に菅井がセンターに立ってそれをやり切った。番組内でも折に触れて語られ続けたエピソードだが、ここでものりは「今でも思い出すだけで鳥肌が立ちます」と振り返った。

——菅井さんにお話を伺うと、「『レコメン!』があったことは自分にとって大きかった」とよくおっしゃっていて。もちろんトークの成長の場というのもあると思うんですけど、それ以外にもグループの活動で何かあったときに、直接話せる場、説明できる場があったことも彼女の中ではすごく大きかったのかなと。
のり また、それを生放送でやらせてもらっているんで、自分が話したことに対するリアクションがすぐメールで送られてくるのもよかったのかもしれないですね。それこそ菅井さんというかグループが大変な時期で、菅井さんにも冗談も言えないなってくらいのタイミングがあったんですが、その時期のライブ……今でもよく覚えていますけど、『不協和音』で誰がセンターをやるのか僕、聞けなかったんですよ。僕の中では「キャプテンの菅井さんがやったほうがいいんじゃないか」という気持ちがあったんですけど、それを言わずにいざライブを観に行かせてもらったときに、菅井さんがセンターをやったんです。あの瞬間、スタッフとかみんな歓喜ですよ。またカッコよかったんですよね。あれは僕の中では「すげえな菅井さん」と、今でも思い出すだけで鳥肌が立ちます。

(『大切なもの』巻末インタビュー、オテンキのり)

 2022年11月9日、この日の東京ドーム公演と菅井の卒業セレモニーを会場で見届けて、22時からの「レコメン!」の生放送に臨んだのりは、興奮冷めやらぬ様子でライブの感想を伝えた。「まさかね、その……欅坂46時代の曲なんかもね。アンコールで披露されたときの、あの『不協和音』ね。もう、痺れましたよね」。ずいぶん熱くなっているように聞こえたが、その「不協和音」が演じられたのであるから、それも無理からぬことであっただろう。
 それが選曲されたことの意味の大きさをじゅうぶん理解した上で、決然とそのセンターに挑み、演じ切って卒業していった菅井について、「最終的に、欅坂46というもののけじめを……最後につけて卒業していったような、そんな感じもしましたね」と感想を述べた。菅井はよく、欅坂46が歩んだ道や演じた楽曲は未来に受け継がれていってほしい、という趣旨の発言をしていた(このこと自体、菅井にしかできないニュアンスの発言のようになってもいた)。しかしこれよりあとに欅坂46の楽曲が演じられた機会は、絶無ではないながらも、かなり限られた状況が現在まで続いている107。それは(櫻坂46の楽曲のなかでも)近年のリリース楽曲をかなり重視するセットリストの傾向を受けた部分もあろうが、菅井がつけた「けじめ」を反映したものでもあるだろう。
 菅井自身も、『B.L.T.』2022年12月号のインタビューで、「最後に何かアイドルとして言いたいことがあれば」と水を向けられ、「欅坂46の楽曲は、これからもグループに残るメンバー達には歌い継いでほしい」としながらも、「あの素敵な曲の数々が、特別感なく披露される時がくる日を楽しみにしています」という。あくまでいちファンとしての筆者の感覚では、2024年のいまもその段階に至るにはまだ遠いような気がするし、その日がくることを思い描くこともちょっと難しい。でもいつかその日が訪れるとしたら、グループはすでにとんでもない存在になっているだろう。櫻坂46の無限の可能性を信じるという意味で、菅井のその言葉をこれからも覚えておくことにしたい。

 オテンキのりはさらに、自らが見届けた菅井の卒業を受けて、「きっと、これからまた凄いアイドルなんてのはね、またたくさん出てくるんだろうけど、菅井友香さんみたいなアイドルってもう出てこないんだろうな、なんていうくらい凄さを、今日感じて終わっていきましたけどね」と語った。菅井みたいなアイドルはもう出てこない。筆者も確かに、そう思う。
 でも、割と長く坂道シリーズのファンを続けてきて思うのは、ひとりひとりをつぶさに追っていくと、「誰それみたいなアイドル」って、本当はどこにも存在しないな、ということだ。誰でもただひとりの存在であるし、筆者がこのブログで追ってきたメンバーだけでいっても、北野日奈子みたいなアイドルはもう出てこないと思うし、中元日芽香みたいなアイドルはもう出てこないと思うし、橋本奈々未みたいなアイドルはもう出てこないと思うし、平手友梨奈みたいなアイドルももう出てこないと思う。「芸能界」や「アイドル」のベールがあるとはいえ、ひとりの人間が生きる時間を見届け続けるというのは、そういうことだ。

 ただ、だからこそ、ここで筆者も改めて、自信をもって言おうと思う。
 やはり、「菅井友香みたいなアイドルは、もう出てこない。
 そんな彼女の7年間を追うことができて幸せだったし、本稿を書くまでにはだいぶ時間がかかってしまったが、いまも現在進行形で彼女の活躍を見ていられることは、それを上回る幸せである。これからも菅井友香の、菅井友香らしい姿を見届けていきたい。グループと同じように、彼女のこれからの未来にも、無限の可能性が広がっているのだ。

■ 菅井友香の“それから”
 最後に、グループ卒業後の菅井の足跡を簡単に振り返って、あとがきにかえることにしたい。
 菅井は最後のブログでの宣言通り、2022年12月31日の正午にトークサービスが終了するぎりぎりまで、「櫻坂46メッセージ」での発信を続けた。12月8-9日に日本武道館で開催された「2nd YEAR ANNIVERSARY ~Buddies感謝祭〜」にも訪れていたといい、12月27日には書籍『Wアンコール』が発売され、これに向けてはグループ在籍時とあまり変わらない形でSHOWROOM配信を行ってもおり、このくらいの時期までは、菅井がグループを離れたということがどことなく実感しにくいままだったことを覚えている。このタイミングではまだ事務所の移籍もともなっておらず、あるいはまとまった休みの期間が設けられた様子もなく、シームレスに芸能活動を継続していたような形でもあった。

 2023年1月28日には主演舞台「新・幕末純情伝」の幕が上がるが、これは「飛龍伝2020」と同様のつかこうへい作・岡村俊一演出の作品である。また、バラエティ番組への出演もコンスタントに続けられており、2月26日からは関西テレビ「KEIBA BEAT」のMCに就任、3月30日からは文化放送で「サントリー生ビールpresents 菅井友香の#今日も推しとがんばりき」がスタート。こうして見ていくと、つかこうへい主演舞台、“馬”関係の仕事、文化放送でのレギュラーラジオと、個人として取り組んできた仕事はずっと、次へ次へとつながっている状況であるということに驚かされる(ラジオ冠スポンサーのサントリーも、「レコメン!」時代にも伊右衛門でタイアップしていた関係だ)。それもこれも、菅井の柔らかくも誠実な人柄と、努力をもって結果を出す力があってのことだろう。
 2023年10-11月には舞台「赤ひげ」に出演し、船越英一郎・山村紅葉など、そうそうたる顔ぶれと共演を果たすことになる。2023年11月29日、28歳の誕生日にはトップコートへの移籍を発表。“先生”TAKAHIROと、今度は事務所の後輩という関係となった。また、この年には語学留学のために4週間のオーストラリア留学をし、アメリカで演技のレッスンも受けたという。体力と努力、そして好奇心と思い切りの良さ。彼女がもちあわせた、あるいは身につけてきたものが、ずっと活かされ続けていることがうかがえる。

 2024年1月より放送された「チェイサーゲームW パワハラ上司は私の元カノ」では、個人として初めての連続ドラマへの出演であるなかで、中村ゆりかとともにダブル主演を務める。菅井の演じる春本樹が中村の演じる林冬雨と元恋人どうしであるという役柄でも話題を呼び、中村が台湾人の母親をもち、中国語を話せるという背景もあり、台湾のファッション誌数誌にともに登場した。現在は「ビジネス婚-好きになったら離婚します-」が放送されており、同じくダブル主演を務めている。俳優業も、役柄を広げながら継続している形である。また、2024年4月からは「開運!なんでも鑑定団」の4代目アシスタントに就任。著名かつ長寿番組のアシスタントとなるが、持ち前の上品さと雰囲気の柔らかさでスタジオにすでに溶け込んでいるように見える。過去のアシスタントはかなり長期にわたって務める傾向があり、これから長期間の活躍が期待される。

 また、アイドルの文脈から離れてさまざまに活動を広げながらも、個人のファンクラブやイベントの形でファンとの交流の場も設け続けており、メッセージアプリでの発信も続けられている。変わらない部分は変えず、むしろそれをときに武器としながら活躍を続けていることは、長くファンとして追ってきた身としてはありがたいし、嬉しいことだな、と思う。次に彼女がわれわれに見せてくれるのは、どんな姿だろうか。

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坂道シリーズ12年の“フォーメーション史”からみる、乃木坂46・35thシングル https://meaning-of-goodbye.com/sakamichi-formation-12years/ https://meaning-of-goodbye.com/sakamichi-formation-12years/#respond Sun, 21 Apr 2024 03:07:31 +0000 https://meaning-of-goodbye.com/?p=1403 [intro]35thシングル選抜発表を受けて

 2024年2月17日20時、乃木坂46・山下美月がグループからの卒業を発表した。そのこと自体は驚きをもって受け入れられた一方、すでに予告されていた35thシングルの選抜発表(2月18日「乃木坂工事中」#450)については、山下の“卒業センター”であることは間違いないとみて、むしろ事前の情報が増え、驚きが減じられるようなとらえ方もあったのではないだろうか。
 しかしふたを開けてみると、センターはおおかたの予想通り山下であった一方、初選抜の吉田綾乃クリスティーを含む3期生11人が選抜入りという大胆な形であったことにまず驚きがあった。これには白石麻衣の卒業のタイミングであった25thシングルでも類例があったものの、3期生のポジションは1列目および3列目に配する形がとられたという点には新規性があった。

 さらに驚いたのは、これにともない選抜から外れる形となったメンバーの顔ぶれである。黒見明香、冨里奈央が2作ぶりに外れる形となったことに加え、柴田柚菜が7作ぶり2回目に、さらにそれに加えて、アンダー未経験の菅原咲月と筒井あやめが選抜から外れた形となった。
 筒井は25thシングルの際にも前シングルの顔ぶれから唯一選抜から外れたメンバーであったが、当時は4期生がアンダーに合流していなかったことに加え、このシングルではアンダー曲が制作されず、アンダーメンバーが定義されなかったので、アンダーの扱いではなかった。
 25thシングルがこうした特別な体制で制作されていたという記憶は色濃かったし、「乃木坂工事中」では選抜メンバーについてしか言及されなかったため、アンダーメンバーの取り扱いについては確定したといえるものはなく、憶測が飛び交う状況であった。しかし翌日には菅原咲月筒井あやめが相次いでブログを更新し、「今シングルはアンダーメンバーとして活動する」と明文で綴る。
 菅原は「なんなら、めちゃくちゃ燃えてます!!」「やれるところまでやってやるぞー!って気持ちです!」、筒井は「言葉を選ばず今の正直な思いを書かせて頂きますと、どっきどきわっくわくという感じです」「また違った場所で違った刺激を受けられるだろうなと思うとすごく楽しみです」と、前向きな言葉を並べて思いを表現していた。
 加えて2月28日には、活動休止にともない34thシングルに不参加の形をとっていた52金川紗耶もブログを更新し、「私はアンダーとして今回活動させていただきます」と表明し、さらにアンダーライブ経験者として、「最強のアンダーになったらいいなあ」と、“新体制”への思いを綴った。

私はアンダーとして今回活動させていただきます。
私は28、29枚目シングルではアンダーメンバーとして活動していて、初めての振り入れがあったり、構成も新しいところに入ったりで大変ではあったのですが、正直めちゃめちゃ楽しかったんです。
28枚目で初めて4期生がアンダーに参加させてもらえたとき、あの気持ちは忘れたことないです。
すごい嬉しかった。
最初の方は4期生としての活動が多くて、アンダーメンバーとして認められて、乃木坂46になれたんだと、その時すごく思い、認めてもらえるように、より頑張ろうと思って活動していました。
今回アンダーメンバーには4期生、5期生だけと言う新体制でのメンバーになりました。
最強のアンダーになったらいいなぁ
すごく楽しみです。
是非引き続き乃木坂46の応援をよろしくお願いいたします。

金川紗耶公式ブログ 2024年2月28日「あなたの心、あたしの心 金川紗耶」

 その後、グループとしては「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」を経て、シングルの発売を翌週に控えた4月4日に配信された「乃木坂46分TV」にはアンダーメンバーのうち8人の4期生53が出演し、35thシングルアンダーメンバーのフォーメーションを発表し、アンダー曲「車道側」MVを解禁するとともに「35thSGアンダーライブ」(2024年6月7-9日、有明アリーナ)の開催を告知する。座長を務めるセンターは筒井あやめで、その筒井を中心に同期だけのリラックスした配信が展開されながらも、4・5期生のみのアンダーメンバー編成で明確に“上級生”となったことに対する自覚や決意が語られる場面もあった。

 変動が大きかった35thシングルのフォーメーションであるが、しかしまったく新しい試みが導入されたというわけではない。さまざまな要因が複雑にからみあってはいるが、これまでの経緯の延長線上にあるものであり、なおかつグループの未来に向けた多くの意味をもたされているような、そんな印象をもった。
 ただ、筆者は必ずしもそれをすぐにうまく整理して言語化できたとはいえず、「乃木坂46にとって“フォーメーション”とはどういうもの[である/だった]か」、ということを改めて振り返る必要を感じた。

 前置きが長くなったが、本稿は、乃木坂46のデビューから現在までのフォーメーションの動きについて振り返り、その延長線上に35thシングルのフォーメーションを位置づけようと試みるものである。
 また、振り返りの対象は「坂道シリーズ」に広げることとし、同時代的な欅坂46/けやき坂46/日向坂46/櫻坂46のフォーメーションについても、おもに乃木坂46との比較の観点から適宜言及する。
 なお、フォーメーションそのものについて網羅的に細かく言及するというよりは、大きな流れとしてとらえて記述したいと考えている。細かな情報については他のサイトや、以下の記事をご参照いただければと思う。
 またこのため、フォーメーションの背景となるグループの出来事などについての言及も多くなる。長大で焦点のぼやけたような、わかりやすさに欠ける記事となることをあらかじめお断りしておきたい(いつものことであるが)。

[1]グループ発足と“選抜発表ショー”の時代
——フォーメーションをとりまく当時の状況

 2011年8月21日に公開最終オーディションを行い、1期生36人で発足した乃木坂46は、同時に「暫定選抜」に16人を選び、それも含めてお披露目をするという形で活動をスタートした。
 この時点ですでに、「劇場をもたないこと」とセットで「16人のプリンシパル」につながる構想が公表されており、秋元康によれば「どこまでできるかはまだわからないが、毎回投票によって立ち位置が変わることで、全てのメンバーにチャンスがある」ということであり、これを受けてメディアには「毎日総選挙」と見出しを付された(参考)。10年以上経ったいま、少しうがった見方で読み取るならば、「限られた立ち位置を手に入れることでチャンスが訪れ、それをものにした先に成功がある」という世界観が確かにあるように思う。

【「暫定選抜」(2011年8月21日お披露目時)】
高山 中田 和田 星野 生田 宮澤
白石 生駒 松村 大和 畠中
桜井 秋元 吉本 市來 橋本

 選抜メンバーを16人としたこと自体がAKB48のフォーメーションを参照していたといえるが58、AKB48のファン用語として生まれた「神7」を参照した「乃木坂七福神」の制度が公式に取り入れられるなど、“公式ライバル”の関係と銘打たれたAKB48をトレースしたしくみが多く取り入れられたといえる。
 グループ名の違いや「劇場をもたないこと」、演技にフォーカスした「16人のプリンシパル」、楽曲や衣装の系統の違いなど、グループはその歩みとともに“公式ライバル”との差異を際立たせ、個性を手に入れていくことになる。筆者がどっぷりファンになった2016年ごろには、けっこうピュアにAKB48を“ライバル”とみなしていた乃木坂ファンも目立っていたように思うが、フォーメーションのカルチャーや握手会をはじめとするイベントなど、まずはAKB48のそれを援用してスタートしたのであり、ファン層はむしろ大きく重なっていたのではないだろうか。
 ともあれ、グループ立ち上げ当日に「選抜」のシステムに直面したメンバー、特にここから漏れる形となった面々にとって、それはひとつの“厳しさ”や“挫折”として突きつけられる。「乃木坂って、どこ?」初回放送に出演したメンバーは“暫定選抜”15人であり、“暫定七福神”の導入とともに、メンバー総体のなかにはっきりとしたグラデーションをつける試みが続けられていく。

 グループは2012年2月22日にデビューし、そこから1年で4枚のシングルをリリースする。デビュー1周年を祝うバースデーライブ(のちに「1st YEAR BIRTHDAY LIVE」として名称が整理される)で初披露された「君の名は希望」までの5作にわたって、生駒里奈がグループのセンターを務め続けることになる。
 そのこと自体にどのくらい明確な効果があるのかは、ファンの感覚としては正直よくわからないものの、「活動初期のしばらくはセンターを固定する」というカルチャーが存在するし、当時それは現在よりもかなり苛烈であった。まだ前田敦子がAKB48のセンターに立ち続けていた時代であったし、SKE48の松井珠理奈もすでに同様の状況であった。NMB48でも、ほぼ重なる時期から山本彩が同様の取り扱いとなっていく。生駒はお披露目時の「暫定選抜」では2列目であり、このときのセンターは吉本彩華であったものの、その吉本は間もなく活動を辞退する。これ以降は生駒が前面に出るようになり、「明治手づくりチョコレート選抜メンバー」(いわゆる「明治選抜」)からは明確にセンターに立つ形になる。
 1stシングルからの時期には生駒に加え、(2ndシングルを除き)生田絵梨花・星野みなみがフロントに固定されて“生生星”と称されるようになるほか、2列目の福神のポジションにはのちに“御三家”と呼ばれることになる白石麻衣・橋本奈々未・松村沙友理が固定されてもいる。
 なお、生田と星野が3列目のポジションに移るかわりに桜井玲香・中田花奈がフロントに立った2ndシングルでは、生駒を含めた3人を「センター」と呼称することが暫時試みられるものの、カップリング曲のフォーメーションなども含めてそれが実質的に機能した様子はうかがえず、まもなく忘れ去られていくことになる。

 他のポジションはある程度流動性を保っていたとはいえ、16人の選抜メンバーのうち6人の位置をほぼ固定する一方(ほか、5thシングルまででいえば、市來玲奈、井上小百合、桜井玲香、高山一実、西野七瀬も一度も選抜から外れていない)、そこまでメンバー全員のキャラクターが確立しているわけでもないという状況もあってか、この時期の「乃木坂って、どこ?」での選抜発表は、アイドルバラエティとしてかなりショーアップされたものであった。
 1stでは選ばれたメンバーがひとりずつ電話を受けて呼ばれていく形式、2ndでは呼ばれたメンバーが次のメンバーを呼ぶ形式、3rdではスタジオ発表で、ばらばらの順序でメンバーの名前を呼び、そこからポジションを伝える形式がとられた。
 5thでも選抜発表を行うこと自体がメンバーへのサプライズとされ、ひとりずつ手を上げて別室で自らのフォーメーションを確認しにいく形がとられた。「アンダー」のMVにもそのハードさの一端が記録されている(ここで廊下に伏して泣いているのは伊藤万理華であるとみられる)。
 この間に位置する4thは秋元真夏がサプライズで名前を呼ばれた日として、後年でもよく語られることのあった回であるが、秋元の2列目8番というポジションを最後にするために、2列目の発表が1列目よりも後に行われている。

 その後、白石麻衣が新センターとなるなど変動の大きかった6thでは、待機場所が別室であったほかはその後のスタジオ発表に近い形となり、研究生である堀未央奈がセンターに抜擢された回である7thではスタジオ発表の形式が完成。「乃木坂って、どこ?」時代の11thまでと、「乃木坂工事中」時代の14th、15th、18th、20thはこの形で行われることになる。

 フォーメーションの内実ですらなく、選抜発表の形式そのものがショー化していた時代は、いまにしてみれば異常で悪趣味にも映る(メンバーが泣いている画を撮りたい、とでもいうような)。先に述べたような、グループ発足初期に特有の事情に加え、当時の時代感もそこには作用していただろうか。筆者自身、そこまで知識がないのであまり詳しくは語らないようにしたいが、本質的ではないように思えることでずっともめているような雰囲気が、あの頃のアイドルシーンにはあった。

【1stシングル表題曲「ぐるぐるカーテン」】
川村 能條 西野 飛鳥 優里 桜井 井上 中田 市來
橋本 松村 白石 高山
生田 生駒 星野

【2ndシングル表題曲「おいでシャンプー」】
岩瀬 市來 優里 生田 井上 星野 西野 畠中 宮澤
橋本 松村 白石 高山
桜井 生駒 中田

【3rdシングル表題曲「走れ!Bicycle」】
優里 若月 井上 市來 万理華 深川
中田 橋本 白石 松村 西野 高山
生田 生駒 星野 桜井

【4thシングル表題曲「制服のマネキン」】
能條 飛鳥 若月 井上 深川 市來 西野 高山
桜井 橋本 白石 松村 秋元
生田 生駒 星野

【5thシングル表題曲「君の名は希望」】
寧々 中田 井上 西野 若月 深川 永島 高山
桜井 橋本 白石 松村 秋元
生田 生駒 星野

[2]「センターが代わる!」
——次々と生まれた“新センター

 そこから、グループは6thシングルでの白石麻衣、7thシングルでの堀未央奈、8thシングルでの西野七瀬と、3作連続で「新センター」を生み出していくことになる。センターは紛れもなくグループの顔とみなされ、AKB48グループの「選抜総選挙」を想起すれば、“勝ち取るべき王座”としてイメージされていたような時代である。前述の「しばらくはセンターを固定する」カルチャーもあり、「センターが交代すること」それ自体が衝撃をもって受け止められたし、あるいはそのように演出されてもいた。
 6thシングルについては5thシングルの全国握手会(2013年4月20日、京都パルスプラザ)で、7thシングルについては「真夏の全国ツアー2013 FINAL!」(2013年10月6日、国立代々木競技場第一体育館)夜公演で、「乃木坂って、どこ?」の放送に先駆けて、メンバーがファンの前に立つ形でフォーメーションが発表されている。それぞれ、“初めてのセンター交代”と、“2期生のセンター抜擢”のタイミングである。

 秋元真夏は「私もファンの人と一緒で、ものすごい衝撃を受けました」(6th時について)と振り返り、齋藤飛鳥は「センターが次々に代わるグループって面白いな」と感じていたという(『10年の歩き方』p.72)。ここ数年の坂道シリーズにどっぷり浸かっていると、センターは作品ごとに代わって当たり前のように思えてくるが(乃木坂46でいえば、シングルセンターが“続投”したのは8th・9thの西野が最後である。櫻坂46・日向坂46についても、“代わっていなかった時代”は過去のもの、というイメージではないだろうか)、当時はそうではなかったのだな、ということを再確認させられる語りである。
 白石は「2代目」、堀は「3代目」などと数えられ、交代したメンバーを「陥落」などと表現する向きも一定以上にあっただろうか。白石は自分が立っていた位置に2期生が入るのは悔しかったとも語るが(『乃木坂46物語』)、生駒はセンターから外れたことが公表された全国握手会のステージ上で、解放感から脱力して昏倒したり、終演後に「スッキリした!」と小躍りしたりするような映像が世に出ている(『悲しみの忘れ方』)。堀に押し出されるような形でアンダーに移った星野みなみは「私の代わりの子なんだな」と感じたという(「乃木坂って、どこ?」#167)
 あるいは堀のたたずまいから、事前に“抜擢”の可能性をかぎ取るメンバーも複数いたという(同前)。それは堀の努力と才能のたまものといえるが、彼女は“抜擢”を「望んだことではなかった」「マイナスにしか考えられなかった」という(「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」スピーチ)。しかし同じような経験をした秋元や、センター時代を駆け抜けた生駒がまずは先頭に立ち、堀を受け入れていったように見える。明確なストーリーがあてられて煽られることの多かった時期だった、と後年においても思うが、メンバーの受け止めはさまざまで、わかりやすくまとめられる状況ではなかったのではないだろうか。

 「ガールズルール」でセンターに立った白石は、「真夏の全国ツアー」の“初代座長”でもある。グループとして初めての“新センター”の重責を果たし、結果を出したことは(国立代々木競技場第一体育館でのファイナル公演は、チケットの販売状況をふまえて昼公演が追加されている)、乃木坂46を「センターを代えられるグループ」にした。
 あるいは、苛烈すぎると称していい境遇を、堀が“潰れずに”(嫌な言い方だが、あえてそう表現したほうが伝わるものもあると思う)乗り切ったことは、いきなりのセンター抜擢を定番にできる、繰り返し加入してくる新メンバーすべてにとっての突破口のようのものを開いたといえるのではないだろうか。18thシングルで大園桃子と与田祐希がセンターに抜擢された頃にはすでにグループは成熟し、先輩メンバーたちがバックアップする体制が整っていたといえるが、「堀と同じ轍は踏ませられない」という意識が明確にあったならば、もっと異なる形になっていたかもしれない。
 そしてそれは7thシングル期のみで成されたものではなく、「毎日少しずつどんどん落ちていく、そんな自分を見ていく(「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」スピーチ)ようにも思えたという日々を経て、再度グループのなかで自らのポジションを確立したという経緯も含めてのことである。大園と与田を迎えた18thシングルでは、堀は前作に続いてフロントのポジションを得ていた。

【6thシングル表題曲「ガールズルール」】
万理華 井上 中田 若月 星野 秋元 深川 優里
桜井 生田 生駒 西野 高山
松村 白石 橋本

【7thシングル表題曲「バレッタ」】
万理華 衛藤 飛鳥 秋元 深川 中元 川後 高山
桜井 生田 生駒 若月
西野 白石   橋本 松村

[3]「福神」の存在感とその後
——どのような機能をもち、どのように変化してきたか

 センターポジションにフォーカスしてしばらく書いてきたが、ここからはより全体的なところを概観することにしたい。
 まだメジャーグループへと駆け上がる途上であったこの時代については、「アンダーになると何も仕事がなかった」のように語られることも多かった。アンダーライブが始まる前の時期であるし、メンバー個人での仕事もほぼなかったと称してよい。選抜/アンダーのラインは、勝ち負けの競争が煽られる世界観のなかで引かれた線であったのみならず、日々のスケジュールにも、あまりにも明確に差を与えていたといえる(少し後の時期になるが、新内眞衣が“OL兼任”を始めたのも、もとは「奨学金の返還があるから」であったことも印象深いエピソードだ)。

 2024年の現在においても当然ながら強い存在感を放っている「選抜」の枠組みに加えて、グループの初期には「福神」の枠組みにもかなりの存在感があった。シングルのフォーメーション以外に、デビュー前のいわゆる“明治選抜”や、「乃木坂って、どこ?」の出演メンバーにも「七福神」が定められたことがあり、「ダンス七福神」「検定八福神」などに援用される場面もあったが、以下はシングルのフォーメーションにおける概念として述べていく。
 「福神」が7人であったのはごく初期の3rdシングルまでであるが、この3rdシングルでは、それまでの前列3-中列4-後列9のフォーメーションが崩され、4-6-6となったにもかかわらず、「七福神」体制が堅持されている。暫定キャプテンに就任した桜井玲香が“1列目の非福神”、また中田花奈と高山一実が“2列目の非福神”となる特殊な形とされたのである。
 このときに高山と入れかわる形で七福神に入ったのが西野七瀬であるが、4thシングルでは再び福神を外れ、3列目のポジションとなる。このときからグループ活動に合流したのが秋元真夏であり、サプライズで福神のポジションを与えられたことから、「なな大阪帰る!」から「真夏、お帰り」までのストーリーが紡がれることになるのだが、このときは桜井も福神に加わり、「八福神」体制に変更されている。このこと自体も「2nd YEAR BIRTHDAY LIVE」のVTRではひとつのトピックとして語られていたように、ある意味衝撃的なものとして受け取られていた。

 結局のところ、16人以上の規模のフォーメーションに対して7人という数字をあてるのは半端だったためか、福神メンバーの人数が7人に戻ることはなかった(そもそも「神7」はポジションに対応する概念ではなかったのである)。しかし、八福神体制が3作続いたのち、堀が合流した7thシングルについては「八福神+1」の体制とされ、堀が「+1」の「1」にあたる、というような説明がされている場面は目にしたことがないが、4thシングルの八福神への変更とあわせて、「新たに入ってくるメンバーのぶんの数字が増える」ような印象を受ける。
 なお、「バレッタ」のフォーメーションは5-4-8の17人体制で、前列が中列より人数が多い歴代唯一の体制であるし、選抜の人数が16人を上回った初めてのシングルであり、外形的には、それまでの流れをくむ16人のフォーメーションの真ん中に堀がひとり投入されている、という印象にもなる(余談だが、このときの3列目について「バック8」と呼称されることがあったようだが、定着した様子はない)。
 選抜発表時には「今はまだ何も無いセンターを担う2期生・堀未央奈を皆さんが力を合わせて育てて下さい」とメンバーにメッセージが送られていたが(「乃木坂って、どこ?」#104)、プロデュース側としては「椅子の数は減らしていません」という筋の通し方でもあったのかもしれない(あまり成功したともいえない気がするが)。
 生駒が後年のインタビューで、「七福神から八福神になった時点で、『福神』の枠組みにはそんなに意味がなくなった」のように語っていたのを読んだことがある(どこで読んだかは忘れてしまい、何年もずっと探している。ニュアンスはちょっと違うかもしれない。確か生駒による語りであったとは思う)。“競争”の世界観にあってはある程度機能していたが、あまり実が伴うものではなく、時期としてはこの頃までに存在感を失っていった、と確かにいえるのかもしれない。

 その後、8thシングルでは史上最少の五福神体制がとられる。フォーメーションは5-5-6であり、2列目までを福神とすると10人となるが、ある意味で「選抜内選抜」としての意義を重視し、単調増加の傾向や人数を2桁に乗せる/選抜メンバーの半数を超えることを敬遠したようにも解釈できる。
 ただ、結局のところ前列5-中列5の体制は12thシングルまで続き(13thシングルはダブルセンターのフォーメーションのため前列4-中列6。14th・15thには5-5に戻る。ほか、29thが5-5の体制である)、9thシングルからは十福神の体制とされる。このとき以降現在に至るまで、「福神」は「1列目および2列目」と同義に扱われ、フォーメーションにあわせて福神メンバーの人数が増減するような形となっている。特段の機能をもつ枠組みではなくなったと称してよいし、あまり言及されることもなくなっていく。

 一方で、2列目と3列目のポジションには、長らくかなりの隔たりがあったといえると思うし、その傾向は現在も続いている。特に“1・2期生”の時代においては、「初福神メンバー」は13thシングルでの衛藤美彩と齋藤飛鳥以来、19thシングルでの伊藤万理華と井上小百合まで誕生しなかった。
 20thシングルで3期生が本格的に合流することになり、このとき以降「初選抜=初福神」のメンバーも多くみられるようになっていく。しかし(そのため、というべきかもしれない)、3列目のポジションで初選抜となったメンバーが福神入りする例は、引き続きやや限られる状況ともなっている(ここ1-2年ほどはいくぶん軽減されてもいるが)。
 こうした状況にあって「福神」は、「選抜常連メンバー」を曖昧に指す概念として、一定程度機能してきたように思う(5期生についてはそこまでのことをいうにはまだ少し早いという気はするし、「福神」のラインをまたいで柔軟にポジションが遷移している印象も受けるが)。2015年に「らじらー!サンデー」のMCに就任した中元日芽香は、オリエンタルラジオ・中田敦彦と「福神になるにはどうしたらいいんだろうね?」と話し合ったという(当時中元はアンダーフロント時代で、選抜経験1回、という状況であった)。ゲストに福神メンバーが迎えられた際の対決企画では、中田敦彦は「福神狩り」などとあおってもいた(福神のなかにも「ナメ福神」「ガチ福神」がいる、というくだりが懐かしい)。
 2017年、17thシングルで11作ぶりに選抜メンバーとなった中田花奈は「目標は選抜になることではなく選抜常連になること」と語っていた。2019年の23rdシングルで初めて福神のポジションを与えられた北野日奈子の喜びようも、鮮烈に記憶している。
 あるいは、橋本奈々未と白石麻衣は、それぞれその卒業時に「全シングル福神メンバー」であることが、ファンコミュニティではひとつのトピックとして扱われていたと記憶する。それは確かに、グループをフロントラインでたえず牽引し続けたことの証でもあっただろう75

 選抜回数を数えられることはあっても、福神入りの回数を数えられることはほとんどない。「福神メンバー!」とほめそやされることもほぼない(30thシングルで新福神となった田村真佑が、レギュラー出演していた「レコメン!」でそのポイントを祝われ、ちょっとリアクションに困っていたのをよく覚えている)。その肩書きに意味が持たされる場面も、現在においては絶無である。
 でもずっと残り続けているし、筆者がややファンとしては古い部類に入ってきたからかもしれないが、やはり何かを象徴している気がする。そんな不思議な概念だと思うし、でもグループが長く続いていると、そういうこともまあ出てくるよな、とも思う。

[4]“1期生時代”の選抜/アンダー
——「与えられた椅子」の意味

 話を1桁シングルの時代に戻したい。AKB48より少ない人数でスタートし、「全てのメンバーにチャンスがある」という構想(あるいは、煽り文句)のもとでスタートした乃木坂46であったが、その中核をなしていた「16人のプリンシパル」はその意味では必ずしも明確な成果をあげたとはいえなかった(俳優業で力を発揮するメンバーを多く輩出する背景にはなったと思われるが、むしろ「舞台」への怖さを第一印象として植え付けられてしまったメンバーもみられた)。
 あるいはシングルの選抜システムも、「“顔が売れる”メンバーをつくりたい(=まずはある程度固定したい)」とか、「ある程度定着したポジションは大幅には動かしがたい」とか、そういう結論に至りやすいものであり、「アンダーに仕事がない」状況もあいまって、厳しい状況をつくり出していた。
 個々のメンバーにフォーカスすれば、「勝ち取る」とか「這い上がる」とかであったり、あるいはその逆であったり、といったストーリーになっていくが、グループ全体に目を向けると印象は変わってくる。難しい舵取りだろうな、と思う。

 AKB48とのアナロジーでスタートした選抜/アンダーのシステムだが、グループの規模感が大きく違えば、CDシングルの仕上がりに大差はなくても、個々のメンバーのマネジメントやケアのしかたも大きく違うだろう。「全員に全員の顔が見える」ような規模だからこその難しさもあったかもしれない。
 あるいは「選抜総選挙」のような、きっぱりとしたシンプルなシステムがあるわけでもないし、「じゃんけん大会」でトリックスターが現れるようなこともなかった(AKB48グループとて、それだけでフォーメーションを操作していたわけではないが、最小限に見積もっても一種のガス抜きとしては作用していただろう)。それは「そうすることを選ばなかった」ということでもあるのだろうが、それだけに、ひたすら1回1回のフォーメーションをそのたびごと練る必要に迫られる。乃木坂46の12年は、その積み重ねの歴史である。

 1stシングルの選抜メンバー16人は、その後一度もアンダーを経験しなかったメンバーがその半分を占める(生駒、生田、白石、高山、橋本、松村、桜井、西野。このうち生田のみ、活動休止にともなう不参加のシングル[9th]がある)。一方で、この時点でグループに所属していた1期生34人のうち、選抜未経験のままグループを離れたのは、2013年卒業の安藤美雲と柏幸奈の2人のみである。
 選抜入りが1回きりのメンバーも8人いるが、それでもかなりバランスをとられた結果であるように見える。

 最初からぐるぐると選抜メンバーを入れ替えていたという印象はあまりなく、もちろん一定の変動はあったものの、4thシングルでの初選抜は秋元真夏のみであったし、6thシングルには初選抜となったメンバーはいなかった。前述8人の、キャリアを通してアンダーを経験しなかったメンバーに、3rdシングルで深川麻衣と若月佑美、4thシングルでは秋元真夏がさらに合流することになる(=この3人も、これ以降卒業まで選抜を外れたことがない)。
 しかし、秋元合流後の5thシングルでは伊藤寧々と永島聖羅が初選抜となり、その後7thシングル以降、7thでは衛藤美彩・川後陽菜・中元日芽香、8thでは樋口日奈・和田まあや(および2期生の北野日奈子)、9thでは大和里菜と、選抜未経験のメンバーを順繰りに選抜メンバーに加えていくような時期となる。そして10thシングルでの斎藤ちはるの選抜入りをもって、この時点で所属の1期生全員が選抜入りを経験する形となった。

【8thシングル表題曲「気づいたら片想い」】
川村 北野 樋口 秋元 和田 高山
桜井 若月 生田 松村 深川
堀 白石 西野 橋本 生駒

【9thシングル表題曲「夏のFree&Easy」】
衛藤 井上 優里 星野 大和 堀 高山
若月 秋元 桜井 深川 生駒
松井 白石 西野 橋本 松村

 このときのことについて、中元は「評価されたというよりは“チャンスを頂いた”と解釈しています(『ありがとう、わたし』p.46-47)、(2期生ではあるが)北野は「与えられた椅子だった(『CD&DLでーた』2016年7→8月号)と振り返っている。順番が回ってきただけ、のように、メンバー自身も見る向きがあったかもしれない。あるいはファンコミュニティにおいても、“思い出選抜”のようにくさすような声が耳目に触れることもよくあったように思う。
 それでも、そこから明確にチャンスをつかみ取ったのが衛藤美彩であったわけだし、その試み自体に意味はあったといえる。あるいは選抜経験がその一度きりであったメンバーに目を向けると、斎藤ちはるは10thシングルの期間がすごく楽しかったとずっと言い続けていたし(初期アンダーライブの象徴的な期間でもあったのだが、それでも選抜にいることに代えがたい価値があったのである)、永島聖羅は「君の名は希望」を、卒業コンサートのセットリストの1曲目(1・2公演目)と本編最後(3公演目)に配した。伊藤寧々は約9年を経てなお「君の名は希望」について綴っていたこともあったnote
 あるいはグループで特に長く活動したメンバーであっても、樋口日奈、和田まあや、北野日奈子は、それぞれの最後のライブで、揃って初めての選抜曲である「気づいたら片想い」を選曲している。
 当該の時期から数えて10年目、グループはいまなお“思い出を振り返る”ことをやめていない。むしろ積み重ねた年月のぶんだけ必要になるリソースを迷いなく割いてまで、それを執念く繰り返し続けており、そうすること自体がグループの個性ともなっている。現役メンバーと卒業メンバーの両方がいまなおそれを心にとどめている、という意味であえていうならば、フォーメーションを繰ることで生み出されたその“思い出”にも、かけがえのない意味があった。

[5]2期生の合流とアンダーライブの隆盛
——“ポジション”の多様化

 2013年3月の最終オーディションを経てグループに加入した2期生は、3期生以降のあり方とは異なり、「研究生」扱いからのスタートで、期のまとまりで動くことは多くなかった(扱われ方というよりはグループの規模感が作用している部分も大きいように思うが)。「研究生」は、ざっくりとは「選抜曲にもアンダー曲にも参加しないメンバー」と言い換えてよい。7thシングルでセンターとなった堀未央奈以降、「3rd YEAR BIRTHDAY LIVE」において昇格が発表された6人以外は、原則ひとりずつ、選抜入りまたはアンダー曲参加のタイミングで「正規メンバー昇格」とされることとなる。
 同名の制度はAKB48グループでも運用されており、新メンバーの加入にあたってアナロジーで取り入れられたものと考えられるが、AKB48グループには専用の劇場があり「研究生公演」も存在することや、人数規模の差を考えると、立場の厳しさの程度にはやや違いがあったととらえることもできるかもしれない(乃木坂46の研究生も全体のライブには出演していたし、「セカンド・シーズン」以降はアンダーライブにも出演していたが)。

 こうした形で2期生がグループに合流していく時期に始まり、徐々にコンテンツとしての大きさを増していったのがアンダーライブである。スタートは8thシングル期で、このときは特典扱いのライブであったが、「アンダースペシャルライブ」では1000人規模のライブハウスを満員とし、続く9thシングル期には単独公演(チケットを販売する形)としての「アンダーライブ」の開催につながる。10thシングル期には18公演という規模での「アンダーライブ セカンド・シーズン」を経て、有明コロシアムでの単独公演にまでたどり着いた。
 アンダーライブという新たな場が誕生したことは、アンダーメンバーのフォーメーションにもそれまで以上の意味を与えることになる。特にアンダーセンターは、シングルごとの体制で開催され続けるアンダーライブの“座長”とされ、チームを引っ張り、ステージではクローズアップされるのみならず、近い将来での選抜入りも期待されるようなポジションとなっていく。
 この時期は、前述したように選抜未経験の1期生が順に選抜入りしていた時期とも重なるが、これに加えて9thシングルではアンダーから選抜への移動そのものが5人という過去最大の規模で生じてもいる。「アンダーライブで実力をつけ、それを発揮することで、次こそは選抜へ」というような意識を、メンバーもファンももちやすかった時期でもあったかもしれない。
 あるいはそれ以前に、この時期のアンダーメンバーは「仕事がなかった」とされる時代である。多くの公演数、多くの曲数に出演する「自分たちのライブ」があること自体が、メンバーにとっての希望の光のようなものであったと語られる。この時期の映像を見ると、メンバーの笑顔やがむしゃらな全力感が想像以上であることに驚いてしまう。ファンの熱量もそこに呼応し、アンダーライブは「熱いライブ」として定評を得ていくことになる。

 8th・9thのアンダーセンターは伊藤万理華、10thのアンダーセンターは井上小百合である。この時期のフォーメーションを見ていくと、このふたりや齋藤飛鳥など、間もなく選抜に定着していくメンバーが前列を固める一方、永島聖羅や能條愛未、中田花奈など、アンダーライブをまとめ役として支えていたとされるメンバーが2列目を固めていることに目が留まる。
 その後には中元日芽香と堀未央奈がアンダーセンターを担う「アンダーライブ at 日本武道館」(13thシングル期)ごろまでの時代が訪れるが、2列目を固めるメンバーの顔ぶれはそこまで変わらない。このこと自体にはさまざまな評価がありうるのかもしれないが、アンダーライブという新しい場が、メンバーが立つ新たなポジションを創出したことは確かだろう。

【8thシングルアンダー曲「生まれたままで」】
ちはる 寧々 市來 新内 畠中 大和 能條
永島 中田 衛藤 川後 中元
井上 飛鳥 万理華 星野 優里

【9thシングルアンダー曲「ここにいる理由」】
ちはる 北野 畠中 寧々 市來 新内
永島 中田 能條 中元 川村
川後 飛鳥 万理華 樋口 和田

【10thシングルアンダー曲「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」】
川村 和田 樋口 かりん 川後 畠中 北野 大和 新内
永島 中元 優里 中田 能條
飛鳥 井上 万理華

[6]ドラマと事件の時代
——成長と雌伏の2014年に起きたこと

 7thシングルの堀未央奈に続き、8thシングルでは西野七瀬が“新センター”となった。キャリアのスタートは選抜の3列目で、福神のポジションにこだわりを表現してその壁に跳ね返されたような経緯もあったが、6thシングルでは再び2列目のポジションに立ち、7thシングルでは初のフロントを務めていた。その動きは順調なステップアップにも見え、前述した白石や堀のときほどには「事件」の色はつけられていないように思う。本人の努力とファンの後押しが西野をセンターにした、そんなストーリーがしっくりくる。
 しかし西野に「ようやく手に入れたセンターの座」のような振る舞いはみられず、「私がセンターになることで、乃木坂全体が、なんか……ヤバくなるんじゃないかと(『悲しみの忘れ方』)と語る。15thシングルの選抜発表で齋藤飛鳥がセンターとして名前を呼ばれたのち、バナナマン・設楽統は飛鳥に「ここで見てきたじゃん、いっぱい。ここで首振って泣いてた人たちを」と語ったが(「乃木坂工事中」#57)、西野はその先人にあたり、あるいは象徴でもあったかもしれない。
 俯いて首を振る西野のまわりにメンバーが集まる。それは間違いなくどこか、のちのちまで続く乃木坂46の風景であった。一方で、しかし西野はそうやって泣いているばかりではなく、ヒット祈願の一環として行われたマカオタワーでのバンジージャンプ(「乃木坂って、どこ?」#126)を思い切りよく成功させたことはいまなお語り草である。そうした芯の強さと繊細さが共存しているさまに、「気づいたら片想い」の曲調も合わさってか、その魅力はいつしか「儚さ」と表現され、そしてそれは乃木坂46全体がまとうオーラを表現する言葉として用いられるようになっていく。

 3作連続でセンターが代わったこの時期、そうした形でグループとして固有の振る舞いを手に入れつつあった乃木坂46だが、一方で“事件”のうねりにも巻き込まれていくことになる。8thシングルの発売を控えた時期に行われた「AKB48グループ大組閣祭り」(2014年2月24日)で、生駒里奈とSKE48・松井玲奈の「交換留学」による兼任が発表。生駒には前夜、秋元康から直接打診があり、それを受諾した、という経緯であったとされ、事前に誰とも相談することなく「自分で全部決めちゃった(『悲しみの忘れ方』)と明かしていた。
 きっぱりとした態度で兼任に向かっていく生駒に対し、メンバーはかなりナイーブな反応を見せる。あるいは生駒が兼任に向かうことばかりでなく、松井が乃木坂46に加わることをグループへの“テコ入れ”と感じる向きも強かっただろうか。白石麻衣や松村沙友理は複雑な思いをブログに吐露し、生田絵梨花は「私は完全に反対派でした」、橋本奈々未は「乃木坂が乃木坂じゃなくなるんじゃないか」と感じたと語る(『悲しみの忘れ方』)。ファンの受け止めも、大勢としてはおおむねこれと同様であったといえ、インターネット上では反対の署名活動が展開されるなど、ネガティブな声が飛び交う状況であった。
 乃木坂46にかかわらない部分でもネガティブな声が大きかったとも語られる「大組閣祭り」であるが、結局のところいかなる“人事”をあてられたとしても、それを正解にするのも、あるいは誤りにするのも、メンバーの振る舞いにほかならない(もちろん、正解にしやすい/しにくいものは存在するだろうが)。生駒は兼任メンバーとして多忙な日々を送りながら「AKB48 37thシングル選抜総選挙」に立候補し、その選挙活動を白石を筆頭とした乃木坂46メンバーが支えるという形で、メンバーは「組閣」の所産を受け入れていく。それは生駒に速報順位56位から大幅にジャンプアップした14位(選抜メンバー)という結果をもたらし、乃木坂46に新たな結束感をもたらした。こうして選抜メンバーとして参加したシングル表題曲「心のプラカード」は、この年の「紅白歌合戦」で歌唱されることになり、「生駒里奈卒業コンサート」(2018年4月22日)のセットリストにも加えられるなど、生駒のキャリアを象徴する作品のひとつとなる。
 松井玲奈は乃木坂46の活動すべてにコミットしていたという感じはなく、スケジュールの制約もあって一定の距離を保ったかかわりであったといえるが、形だけ腰かけていたような印象もまったくない。参加した9th・10th・11thシングルの3作では1列目下手の1番のポジションを一貫してあてがわれ、1期生メンバーにとっての“唯一の先輩”としてパフォーマンス面で指導した部分もあったと伝えられるほか、「Merry X’mas Show 2014」ではインフルエンザで休演した生駒にかわって「制服のマネキン」のセンターに立つなどの出来事もあった。兼任の時期は松井のアイドルとしてのキャリアのほぼ晩年にあたり86、その松井が、若いグループであった乃木坂46に残したものも大きかっただろう(あるいはより実際的な部分でいえば、往時の乃木坂46にはSKE48から“流れてきた”ファンも多かった)。

【AKB48 37thシングル「心のプラカード」】
柴田 横山 宮澤 生駒 川栄
須田 小嶋 山本 島崎 高橋 宮脇
珠理奈 指原 渡辺 柏木 玲奈

選抜総選挙順位:①渡辺麻友/②指原莉乃/③柏木由紀/④松井珠理奈/⑤松井玲奈/⑥山本彩/⑦島崎遥香/⑧小嶋陽菜/⑨高橋みなみ/⑩須田亜香里/⑪宮脇咲良/⑫宮澤佐江/⑬横山由依/⑭生駒里奈/⑮柴田阿弥/⑯川栄李奈

 兼任の時期に生駒はポジションを2列目に移し、フロントには松井に加え、白石・西野・橋本が定着。“お姉さんメンバー”(厳密にいえば当時の西野はこの定義にあてはまらないようにも思うが)が前列を固める形となったことも、この時期からのグループに独特の色をつけていくことになる。
 9thシングルでは生田絵梨花が「進学準備のため」として一時休業、シングルにも不参加の形をとる。一時はグループ卒業も考えたという生田だが、復帰作となる10thシングルで初のセンターに抜擢。選抜発表では驚きのあまり、放心状態になりながらそのポジションを受け入れた生田だったが(「乃木坂って、どこ?」#145)、グループ初となる明治神宮野球場公演(2014年8月30日、「真夏の全国ツアー2014」千秋楽)からライブにも復帰した。「何度目の青空か?」も、このときに初披露の形をとっている。
 時期としては西野七瀬が2作連続でセンターを務め、さらに11thシングルでもセンターを務めた間の時期となり、生田のシングルセンターは最初で最後である(ベストアルバム「Time flies」所収の「最後のTight Hug」が“卒業センター”扱い)。シングル発売の時期にはミュージカル「虹のプレリュード」で主演を務め、音楽大学の受験にも成功。すでにひとりでやっていけるような才覚を発揮していた生田は、しかしそこから7年以上にわたってグループでの活動を続けることになる。区切りのシングル(および初のアルバム)であてがわれたグループのセンターの位置は、「乃木坂46にはあなたが必要」というメッセージでもあったのかもしれない。

 ただ、この時期のグループは総じて「苦しい思いをした」とまとめられる出来事が多かったように思う。明治神宮野球場公演は、グループにとって初めてのスタジアムライブであり、ヘリコプターで生田が復帰する(風の)演出や、夜空に打ち上げられた花火の風景とともにファンからは高い評価を得るものの、進行のトラブルによる時間的制約に阻まれ、カットせざるを得ない楽曲があったという(『乃木坂46物語』p.250)。トロッコで客席に登場することがかなわなくなるなどの影響が出たことで、「みんなで、コンサートが終わった後で泣きました(同p.251、井上小百合)という状況だったという。その後グループの“聖地”となる明治神宮野球場でのライブは、悔しさの残る形で終えられることとなった。
 10thシングル「何度目の青空か?」の発売日であった2014年10月8日には、これにぶつける形で、松村沙友理のスキャンダルが週刊誌で報じられる。本来、筆者が書く文章では非公式な話題にはあまり触れないようにしているが、この件は大きな話題となったばかりでなく、『乃木坂46物語』や『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』でも正面から扱われるなど、グループの“正史”として、ある意味ではエンターテインメントの一部として組み込まれるに至った。『悲しみの忘れ方』では出来事が紹介され、メンバーのインタビューが収録されたのみならず、週刊誌の紙面がそのまま、公式の作品に使用されるという、現在においては考えられないような扱いがなされていた。
 松村はグループを辞める決断をするところまで追い込まれたというが、その決断を伝えるために立ったという「大感謝祭2014」(2014年12月30日)のステージで受けた客席からの応援の声が後押しとなり、その場で「乃木坂でもう少し頑張りたいと思います」と表明し、活動を続行することとなる。11thシングルの選抜発表(「乃木坂って、どこ?」#168、2015年1月18日放送)では、2列目→1列目→3列目、という特殊な順序で選抜メンバーが発表されるなかで、3列目の2人目として松村の名前が呼ばれる。バナナマン・設楽統に「今回入んないと思いました。松村もそう思っていたんじゃないですか?」と水を向けられた松村は、涙を目にためながら複雑な思いを吐露した。
 卒業までに参加した27枚のシングルすべてで選抜メンバーとして活動した松村だが、3列目のポジションはこのときが初めてであった88。ポジションの変動は常時起こることではあるが、状況を考えればそれは“罰則”めいた動きであったと思う。ポジションの取り扱いにそのような機能がもたされたことは、グループの歴史においてこのときがほぼ唯一といえるのではないだろうか。「そんなことまでしなくていいじゃん」と、いまとなっては思うところだが、「ポジションを下げるが、選抜には残す」というのは、心ないともいえるほどの厳しい声にさらされ続けていた松村に対する、ギリギリのバランスでの判断だったのかもしれない、とも感じる。
 結果として松村は14thシングルまでの4作で3列目のポジションに立ち、15thシングルで福神に復帰したのちは卒業する27thシングルまで福神のポジションに立ち続ける(25thのみ1列目、他は2列目)。福神に復帰した際の選抜発表(「乃木坂工事中」#57)で松村は涙を流し、この間にも心ない言葉を浴びせられる経験をした、というニュアンスの発言をし、しかしそれに対して何も言えなかった自身の思いを語る。「今でもやっぱり、怖いんですよ」と口にする松村を、設楽が「思い切って、やってください」と励ました。
 その後の5年間で松村がグループにもたらしたものの大きさは言うに及ばずであるし、その後は時間の経過とともに、アイドルをとりまく環境の変化もあってか、松村に関するそうした経緯が表立ってあげつらわれることはなくなった。しかし松村はそうした出来事についても卒業写真集で最後に(迂遠な形で)触れてからグループを離れており、それはグループとファンに対する彼女なりの仁義を感じさせる出来事であった。
 ただし、松村にそうさせたものが何だったかについては、もう少し見つめ直されるべきなのではないかと思う。それはおそらく、彼女の内側から出てくるものというよりは、彼女を取り巻いてきたすべてだったのではあるまいか。本稿は全体として、どことなく「昔はいまと違っていた」というようなトーンをもっているように思うが、その“彼女を取り巻いてきたすべて”は、現在においても本質的には変わっていないように思えるし、その“すべて”には、われわれの存在も当然に含まれる。そのまなざしのあり方は、常に問い直されなければならない(それをわざわざ「仁義」と表現したような、筆者自身のそれも含めて、厳しく)。

 この時期にはほかにもいくつかトラブルがあり、ごたごたとしているうちに、乃木坂46は一時「紅白歌合戦出場内定」のように報じられたにもかかわらず、この年の出場はかなわなかった(『10年の歩き方』p.84)、という出来事を経験する。“上げて落とす”かのような挫折感を与えられる出来事ではあったが、生駒里奈がひとり、AKB48の一員として出場を果たし、メンバーがそれを見届けたことは、「来年こそは乃木坂46で」の思いを新たにする機会ともなった。

【10thシングル表題曲「何度目の青空か?」】
衛藤 若月  堀  星野 高山 ちはる
松村 秋元 生駒 桜井 深川
松井 白石 生田 西野 橋本

[7]6回目のセンター、“初期”の総括
——「明日まで、センターやらせてください。」

 11thシングル表題曲「命は美しい」は「3rd YEAR BIRTHDAY LIVE」(2015年2月22日)で初披露となる。真冬の西武ドームで約7時間半という、1日の公演としては史上最も過酷だったといえるライブにあって、しかしそこでの初披露には、3回目のセンターを務めた西野七瀬の強い思いもあったようである(ほぼ1年前のリリースであった「気づいたら片想い」は、「2nd YEAR BIRTHDAY LIVE」での披露がかなっていない)。
 このときの「3rd YEAR BIRTHDAY LIVE」では、ほかにも「新プロジェクト(のちの欅坂46)1期生募集」や、グループ卒業を発表していた畠中清羅によるあいさつ(DVD/Blu-rayではカットされている)、残る6人の研究生全員の正規メンバー昇格など、グループの歴史が動くさまを感じさせるアナウンスが次々となされている。ただ、この畠中の卒業、および松井玲奈の兼任解除から、翌年3月の永島聖羅の卒業まで、グループはメンバー構成に変動がない時期を経験する(このタイミングで新メンバーとして坂道シリーズに迎えられたのが3期生ではなく欅坂46・1期生であったことも作用している)。この期間にあたる2015年は、乃木坂46にとって「本格的な快進撃が幕を開ける(『10年の歩き方』p.84)タイミングとなる。

【11thシングル表題曲「命は美しい」】
松村 相楽 飛鳥 万理華  堀  星野 衛藤 高山
若月 秋元 生駒 桜井 深川
松井 白石 西野 橋本 生田

 メンバーの生い立ちも含めて、それまでのグループの歩みについて描いた『悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46』が2015年7月10日に公開となったが、これは本来5月に予定されていたのが延期となったものであった(延期のアナウンスは4月下旬)。理由としては、追加取材を行っているためという説明であったが(参考)、ちょうどこの時期の出来事としては、12thシングルの選抜発表をあげることができる(2015年5月10日「乃木坂工事中」#4、番組内で「4月某日」の発表であったと説明あり)
 ドキュメンタリー映画で歴史が振り返られ、冠番組も「乃木坂工事中」へリニューアル。新たな時代の到来を予感させるとともに、結成からそれまでの約4年間という時期をあえて“初期”とまとめることにするならば、その総括ともいえるタイミングであった。12thシングルの発売(7月22日)のアナウンスとともに、「真夏の全国ツアー2015」の開催も発表されていた(5月2日、パシフィコ横浜での全国握手会において)。グループの過去を振り返り、「真夏」の先に未来につなぐセンターとして起用されたのは、このシングルから乃木坂46専任に戻った生駒里奈であった。

【12thシングル表題曲「太陽ノック」】
松村 優里 星野 飛鳥 万理華 井上 新内 衛藤
高山 若月 桜井 秋元 深川
白石 西野 生駒 生田 橋本

 この「真夏の全国ツアー2015」は、「乃木坂らしさ」をひとつのテーマとし、それを追求し、提示することをめざすということを軸として展開されていく。そのこと自体も、「AKB48の公式ライバル」という、内実ではない部分が先に定義されて結成された上で、ゼロからその姿をつくりあげてきた乃木坂46にとって、ある意味これも何かの“総括”として、必要なことだったのかもしれない。
 しかしあえていえば、「らしさ」を過度に追い求めることは危うい道であるように思う。いくら問うても明確な答えを出すことは難しいし、出したとてそれがあらゆる人にしっくりくるということでもないだろう。歩んできた道のりを振り返り、現在地を確認することは重要であるが、それ以上のことを見い出そうとして「らしさ」の隘路を進んでいくことは、鏡に向かってお前は誰だと問い続けるようなもので、かえって見失うものが多くなってしまいかねない。
 あるいは「らしさ」が何らか明確に見い出されることがあったとして、それは「らしいもの」と同時に、「らしくないもの」を定義する。形を見つけて、そこに納まる安心感とひきかえに、無限の可能性が失われてしまう。

 ツアーのセットリストでは、「乃木坂らしさを表現するためのパフォーマンス」として、乃木坂46のイメージを形づくってきた楽曲といえる「何度目の青空か?」「君の名は希望」が、生田絵梨花のピアノ演奏にストリングスカルテット(明治神宮野球場公演ではフルオーケストラ)を加えた編成で、メンバーによる合唱の形で披露される。確かにそれは「乃木坂らしい」ステージの様相であったといえそうだし、この夏のハイライトシーンであったといえるが、当然それは、そこ以外に「乃木坂らしさ」がないということを意味しない。
 明治神宮野球場での千秋楽公演での語りのパートでは、メンバーは口々に「乃木坂らしさ」そのものについては「わからなかった」というように語る。しかしそれとは別に、あるいはその先に、それぞれに見えたものがあったともいう。キャプテン・桜井玲香は、「私たちはまだまだ『乃木坂らしさ』を探している途中です」とまとめた。「らしさ」に答えは出ないし、また答えを出すべきものでもなく、ただ一瞬一瞬において実践していくしかないのである。

 その千秋楽公演前夜に放送された「乃木坂工事中」#19では13thシングルの選抜発表の模様が放送され、次のシングルでは白石麻衣・西野七瀬のダブルセンターという新しい形がとられること、そしてこの期間グループを牽引してきた生駒が3列目のポジションとなることが明らかとなっていた。

明日で一区切り、自分の中でもきっと何かが変わるんだろうな。13枚目シングルの選抜発表見ましたか? 明日まで、センターやらせて下さい。明後日からはまた新しい場所で自分を高めていきます!

(2015年8月31日深夜 生駒里奈755)

 「真夏」の終わりとともにひとまずの“総括”を終え、グループはまさに新しいフェーズへと向かおうとしていた。「明日まで、センターやらせて下さい」。そう宣言して立った、“神宮”のステージには、雨がちらついていた。
 明日からさらなる全力疾走で進んでいくにあたり、「らしさ」に思い悩む日々に区切りをつけるためにはもう、この夏の主人公が理屈抜きの雄叫びを上げるほかなかった。「神宮ーー!!!」、たっぷりと溜めて客席に静寂をつくった生駒が、それを豪快に破ってみせた。
 前年にこの場所で経験した悔しい思いも、「らしさ」が確かに見えているのにつかみ取れないようなもどかしさも、すべて吹き飛ばすようなパフォーマンス。公演が終わるころには雨もあがっていた。

 グループ全体のライブとしては初めてとなるダブルアンコール。その最後で、桜井玲香が叫ぶ。「絶対みなさんを後悔させないようなグループになります。どこのグループにも負けないようなグループになります。だからずっとずっと、乃木坂のことを愛し続けてください!」。
 乃木坂46はそこから数々の目標や夢を実現させ、その宣言を現実のものとしていくことになる。そのうちのひとつはこの年に初出場した「NHK紅白歌合戦」であった(生駒は12th選抜発表直後のインタビューで「これで年末が決まる」と口にしており、それを成し遂げた形にもなる)。そしてこの年末にはもうひとつ大きな出来事があった。“神宮”でのこの千秋楽公演内で発表されていた、「アンダーライブ at 日本武道館」の開催である。

【13thシングル表題曲「今、話したい誰かがいる」】
桜井 若月 生駒 松村 万理華 井上
飛鳥 高山 橋本 生田 秋元 星野
衛藤 西野 白石 深川

[8]交差する“センター”
——生駒里奈と堀未央奈の12thシングル

 12thシングルでの生駒里奈のセンターが歴史の必然のような書きぶりをしてきてしまったが、そのようなフォーメーションがとられたこと自体は必ずしも誰もが予想していたような出来事ではなく、いくぶんかの緊張感のあるものだったというように語られている。冠番組が「乃木坂工事中」にリニューアルしたタイミングで、このとき選抜発表も初めてスタジオ以外で行われる形式がとられたが、それは近年のものとは異なり、番組冒頭で流された発表のVTRをバナナマンとメンバーが見る、という形式であった。
 センターという発表を受けて、バナナマン・設楽統に「けっこう後半まで名前呼ばれなくて、センターという頭は……」と水を向けられた生駒は、自らがセンターだとは予想しておらず、「兼任解除になって、乃木坂46でまた修行してから戻るのかな」、つまりアンダーライブに加わり、兼任で培ったことをグループに生かすということかと、選抜発表の進行とともに感じていたと口にする。
 デリケートな選抜発表の場を何度も経験してきた、もっといえば「選ばれなかった」メンバーからの視線を誰よりも浴びてきた生駒であるから、いくぶん割り引いて聞くべき発言だということもできるかもしれない。しかし一方で、まだ「何が起こるか、何をされるかわからない」のが当時の選抜発表であったことも確かだ。

 生駒がアンダーに移るというのは、後年のいまとなってはあまり想像しにくい。セールスの数字やライブの規模を順調に伸ばしていたその頃の乃木坂46は、一方で特にAKB48のメンバーと比べたときに「アイドルファン以外にも認知度が高いメンバーが少ない」ことが課題とされる向きがまだあった。そのなかで、初期にセンターを務めAKB48との兼任も経た生駒の知名度は群を抜いており、それに続くのが『Ray』の専属モデルとして3年目となっていた白石麻衣、というところであっただろうか。
 ただ、それとは別に、生駒がグループがもつイメージを代表するメンバーであるとファンコミュニティがみなしていたかというと、必ずしもそうではなかったのではないか思う。メンバーが次々に舞台に進出していく時期はこれよりもっと後で(この年の「じょしらく」「すべての犬は天国へ行く」が足がかりとなっていったような形である)、一方でこの頃には齋藤飛鳥・西野七瀬・橋本奈々未・松村沙友理のファッション誌専属モデルへの就任が相次いで発表されている。
 こうした点をはじめとした「ファッション路線への傾注」が多くの女性ファンの獲得へとつながったと語られることが多い一方、それは「清楚」「儚さ」「私立の女子校感」のように表現される、ファンが乃木坂46から見てとっていたイメージと曖昧に合流し、「“きれいなお姉さん”が揃っているグループ」であることがグループのファンにとっての一種のアイデンティティのようになっていく。
 そのなかにあって、ショートカットの少女の強烈なパブリックイメージとともにあり、メンバーのなかではまだ年若いほうで、原宿系のファッションを好み、バラエティのスタジオでは積極的にガヤを飛ばし、「おじさん」のようにいじられることもあった生駒は、グループのセンターとしての存在感を保ちながらも、キャラクターとしてはむしろ傍流のようにみなされていく。この時期にグループのファンになった人々のなかには、ファンコミュニティにおける生駒の位置づけが思っていたのと違う、と感じた者もいたのではないかと思う。

 ともあれ(あるいは、だからこそ)、グループ結成から4年を迎えようとしていた生駒がセンターとされたことには、少なくともいま振り返る限りにおいては非常に重要な意義があったし、それは“人事”のパズルがうまくはまったみたいな話ではなく、ほかならぬ生駒本人が引き寄せたものであったのだろう、と感じる。

 このときの選抜発表で「最後に名前を呼ばれた」のが生駒であるが、「名前を呼ばれなかった」メンバーとしてクローズアップされたのが、このとき初めてアンダーを経験することとなった堀未央奈であった。7thシングルでセンターとして選抜入りしたのち、8thシングルでは1列目、9th・10th・11thシングルでは3列目のポジションで選抜入りしていたが、連続での選抜入りはここで一度途切れることになる。シングルのセンターを経験したメンバーがアンダーに移るのは、このときが初めての出来事であった(現在までに中西アルノとの2例)。
 『悲しみの忘れ方』では、その最終盤、エンディングテーマがかかる直前というところで、やや唐突に堀がピックアップされる形がとられている。すべては状況証拠にもとづく想像でしかないが、タイミングとしては堀がアンダーとなったことを受けて新たに追加取材が行われ、公開の延期につながったのではないかというように見える(これが唯一の理由だったとも思わないが)。
 母親による語りで、センターに立って以降悩み続けてきたという堀の姿が説明される。そして「乃木坂を辞めるか、髪を切るか。そして娘は、髪を切った。」と意味ありげにまとめられ、笑顔が弾けるようなカットで堀のパートは終わる。ただし、アンダーとなったことを受け、気持ちを切り替えるために髪を切ったという順序ではなく、選抜発表の時点で堀はすでにショートヘアであった。

 最後に名前を呼ばれていった生駒を堀はやや明るい表情で見送るが(『悲しみの忘れ方』)、一度居並んだのちレッスン室を出ていく選抜メンバーを見送るうちに涙がこみあげ(「アンダー」MV)、やがて床にへたりこんで号泣してしまう(『悲しみの忘れ方』)
 あるいはこのとき参加する初めてのアンダー曲で与えられたポジションがセンターであったことも、堀には試練として作用する。アンダーライブがすでに確立したコンテンツとなっていたなか、アンダーメンバーにもすでに固有のチーム感が生まれていた。そこにひとりで、かつセンターとして加わっていくというのは難しい状況であり、当初は周囲のメンバーも受け止めが難しかったという。初めてのアンダーでセンターに立ったのは、アンダーライブのスタート以降でいえばこのときの堀が初めてであり、これに続くメンバーは35thシングルでの筒井あやめまで現れなかった。

 12thアンダーメンバーによる「アンダーライブ 4thシーズン」(2015年10月15-25日)は「真夏の全国ツアー2015」明治神宮野球場公演1日目で開催がアナウンスされ、堀はこれに“座長”として参加していくことになる。ツアーでもすでに複数のアンダー曲に参加していたものの、ここで初めて披露する曲も多く、ハードな状況であったことだろう。メンバーも「センターを支える」という向きで状況を受け止め、チームを結束させていく。
 さらに「真夏の全国ツアー2015」明治神宮野球場公演2日目では、前日の発表に重ねるようにして、「アンダーライブ at 日本武道館」(2015年12月17-18日)の開催が発表される。これは13thアンダーメンバーで臨まれるものであり、前夜に放送された13thシングル選抜発表もふまえたタイミングでの発表であった。

【11thシングルアンダー曲「君は僕と会わない方がよかったのかな」】
川村 北野 川後 樋口 かりん 和田 ちはる
能條 永島 中田 新内
優里 中元 井上

【12thシングルアンダー曲「別れ際、もっと好きになる」】
和田 佐々木 寺田 かりん 渡辺 鈴木 純奈 樋口
相楽 川後 永島 能條 ちはる
川村 北野  中元 中田

[9]“人事”の意図とメンバーの受け止め
——アンダーライブとアンダーメンバーの距離

 この時期のグループについて追っていくと、「グループ全体」と「アンダーメンバー」という異なるストーリーが同時進行している一方、それらはあまり交差していないような、そんな印象を受けることがある。それは13thシングル期の日本武道館公演を経て、14thシングル期から「アンダーライブ全国ツアー」がスタートするという大きな出来事が続いていたからでもあるが、一方で選抜/アンダー間のメンバーの行き来がかなり抑えられ、顔ぶれが固定していたことも作用しているように思う。
 12thから13thでは斉藤優里・新内眞衣がアンダーに移ったのみで、新たに選抜入りしたメンバーはいない。13thから14thでは堀未央奈が選抜に移るが、動きとしてはそれだけである。これらはグループのメンバー編成に動きがなかった時期とも重なる(永島聖羅が13thシングルを最後の参加作品として、14thシングル発売直前の2016年3月20日に卒業)。乃木坂46全体としては、安定した状態のもと、身につけてきた力をそれぞれがじゅうぶん発揮することでグループを浮揚させ、「快進撃」の幕開けを迎えた充実期であると評価できる時期だが、この時期をアンダーフロントとして過ごした中元日芽香・北野日奈子などからは、「選抜の壁に何度も跳ね返される」ような思いが語られてもいた。

 日本武道館公演は、特典扱いの無料ライブからスタートしたアンダーライブにとって、記念碑的な公演であったことは間違いない。長きにわたりアンダーライブを牽引してきた永島聖羅は、1日目公演で行った卒業発表のなかで「アンダーメンバーはアンダーライブが始まったときから武道館を目指してきました」とも語った。
 13thアンダーメンバーに加え、2日目公演のアンコールで披露された「アンダーライブ歴史メドレー」では伊藤万理華・井上小百合・齋藤飛鳥・星野みなみ・衛藤美彩が登場。目標であったそのステージは、当時グループにいたアンダーライブ経験メンバー全員でつくりあげられたのである。
 そうした記念碑的な公演を経験する13thアンダーメンバーについて、そこから「直前で外れる」メンバーを選ぶのも難しかったのではないかと思う。前述したようにこのタイミングで「外れた」メンバーはおらず、13thシングル選抜メンバーは基本かつ最少人数での編成といえる16人のフォーメーションである。この16人はほぼこの時代の「選抜常連組」の定義であるとみなしてよいくらいで、以降ここからアンダーとなったのは15thシングルでの伊藤万理華と井上小百合のみであるし、顔ぶれは「選抜経験回数トップ16」の形でもあった(最少は衛藤美彩・齋藤飛鳥の6回で、厳密にいえば斉藤優里がこれと並んでいる。これに続くのが、中田花奈・堀未央奈の5回)。
 あるいはこのほかにも、「アンダーメンバーによるユニット曲」というコンセプトで、サンクエトワールによる「大人への近道」が制作されたのもこの13thシングルにおいてであったし、この5人で漫画雑誌の表紙を飾ったり(『ミラクルジャンプ』2015年11月号)、雑誌のグラビアやインタビューに登場したり、あるいはアンダーメンバー全体が特集されたりするなど、アンダーメンバーへのさらなるエンパワーメントが試みられたり、それにともなって光があたったりする場面も多くみられた。
 「選抜/アンダー関係なく、全員が乃木坂46」という語りは、さまざまな場面でよくなされてきたと思う。「アンダーメンバーには握手会しか仕事がない」「アンダーライブにすべてを懸けるしかない」のような時期を過ぎ、その語りはこのころに具体的な形を帯び始めていたような印象を受ける。

【13thシングルアンダー曲「嫉妬の権利」】
川後 渡辺 山崎 佐々木 相楽 純奈 鈴木 かりん 和田
中田 新内 川村 永島 能條 樋口 ちはる 優里
北野  中元 寺田

 しかし、あえていえば、「選抜に入る」ことを強く願い、奮闘してきたメンバーたちをみな、アンダーメンバーをとりまく状況が改善したことが救ったかというと、そうではなかったといわざるを得ない。
 13thシングルのフォーメーションは、当時から「2期生全員アンダー」という角度からクローズアップされることも多かったし、「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演、「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」など、長きにわたって悔しかった出来事としてメンバーの口から語られ続けることになる。
 堀とともにダブルセンターのポジションに立ち、この時期のアンダーメンバーを象徴する活躍を続けていた中元は、「反骨精神から13thシングルが一番、乃木坂に対して熱を持って活動していたように思います(『ありがとう、わたし』p.66)と振り返る。そして改めて確認された、「そうは言っても、結局選抜に居なければ意味がない(同p.68)という意識、価値観。ひとときでもそこから自由になることは難しかった。

 そしてその状況は、続く14thシングルで絶望として立ち現れることになる。筆者はどうしても、何かにつけ北野と中元にフォーカスして語ってしまう癖があるのだが、しかしこのエピソードの主役は間違いなくこのふたりだと思う。北野は「未央奈だけ選抜に入って、それ以外は何も変わらなかったことが衝撃(『BUBKA』2016年9月号 p.21)だったとはっきり語り、中元は「私にできることをすべてやった上で、選抜に入れなかった(『ありがとう、わたし』p.71)と振り返る。
 どうにもできない、もうどうしようもない。そんな言葉ばかりが並ぶし、そう表現するほかない。「アンダーメンバーは選抜メンバー入りを目指している」という世界観を維持するとして、椅子の数は有限であるからそれがかなわないことも当然あるものの、そのなかにあって毎回の選抜発表で「何かが変わる」ことが、希望を次へとつないでいたといえるように思う。必要以上にかき回すことによって“事件”を起こし、“ドラマ”をつくる、そんな時代からの揺り戻しもあった、そんなふうにも見える時期。バランスの取り方は、いつも難しい。

【14thシングルアンダー曲「不等号」】
ちはる 渡辺 鈴木 山崎 佐々木 相楽 川後 和田 純奈
かりん 川村 中田 新内 能條
優里 寺田 中元 北野 樋口

 14thアンダーメンバーは「アンダーライブ全国ツアー」のスターティングメンバーとなった。その端緒は愛知での永島聖羅卒業コンサートであり、それに続く東北シリーズまでがこのシングルの体制で行われている。前シングルまでの体制との連続性が必要とされたタイミングのようにも見えるし、あるいは首都圏以外で存在感を発揮し、ファンを獲得していくことは、グループ全体のミッションでもあった。マネジメントの側としては、もう少し頑張ってくれ、と託すほかないという判断だったのかもしれない。
 この時期には、乃木坂46運営委員会委員長・今野義雄がインタビューを受け、フォーメーションを含めたグループの舵取りについて語っていたことがあり、また14thアンダーセンターを託された中元に対して、今野自らその理由や意図を説明する機会もあったのだという。中元はそれを「これまで活動してきて初めて」のことだった、と振り返ってもいる(『ありがとう、わたし』p.71-72)
 フォーメーションについていえば、安定であり、それは見方を変えれば停滞でもあったようなこの時期。「選抜に入りたい」という思いには、結局のところ選抜入りでしか応えられないものだったようにも思うが、それらをとりまく雰囲気には少し変化があった時期でもあったようにも思える。

――また一方で、選抜常連メンバーが盤石であるだけに、アンダーがライブで存在感を増しても選抜にはなかなか入れないという苦しさが続いているのでは……。
今野:こればっかりは、僕らも同じ思いだったりするので(笑)。どうしたらいいんだろう?っていう。アンダーはすごい結果も出しているけど、それをもって選抜と大幅に入れ替えます、と簡単にできる話じゃないですし。

――では結果を出してきたアンダーは、次に何を背負っていくのでしょうか。
今野:実はいま、乃木坂46の問題点ってなんだろうといえば、東京に比重が高いことです。完全に首都圏アイドルなんですよね。首都圏においてはものすごく強いけれど、地方ではまだまだ知られてないし、存在感がそんなに伝わってない。ここをどうやって開拓していくかがグループ全体のテーマなのですが、ここをアンダーに背負ってもらうことになると思います。ステージを見てもらって、ファンを獲得するというミッションをアンダーに託す。ただ、これまでやっていたのと同じような魂のぶつかり合いを、そのまま持って行って成功するかというのもまた違うと思うんですね。新しいテーマを考えて、何か変えていかなければいけない。

(リアルサウンド「乃木坂46運営・今野義雄氏が語る、グループの“安定”と“課題” 『2016年は激動の年になる』」[2016年1月30日公開])

[10]思い出をつくること/卒業センター
——「今回はみんなで思い出を作りましょう」

 14thシングルは深川麻衣の、いわゆる“卒業シングル”であり、これはグループとして初めて“卒業センター”の形で制作された作品となった。①シングルのセンターを務め、②MVありのソロ曲が制作され、③卒業のタイミングで写真集が出版され、④卒業コンサートを行い、⑤それを最後の活動としてグループを離れる、という、その後も残る“卒業センター”の型が、このときすでに完成している。
 ①を満たすことを前提とすると、歴代の“卒業センター”は深川麻衣、橋本奈々未、西野七瀬、白石麻衣、齋藤飛鳥と、35thシングルでの山下美月で計6人となる。そしてベストアルバム「Time flies」のリード曲でセンターを務めた生田絵梨花もここに含めるのが自然であろう。これらの7人について、②④は全員が満たしており(西野と飛鳥は「卒業後に卒業コンサート」の形)、⑤も最後の活動が「NHK紅白歌合戦」での歌唱だった生田以外は満たしている(山下については未判明だが、おそらく)。③については、深川・橋本・飛鳥・山下について「写真集」、白石について「メモリアルマガジン」、生田について「卒業記念メモリアルブック」が出版されており、西野に関しては卒業コンサートがフォトブックとして出版されている。

【14thシングル表題曲「ハルジオンが咲く頃」】
桜井 若月 松村 生駒 万理華 井上  堀
飛鳥 高山 衛藤 秋元 星野
橋本 西野 深川 白石 生田

 また、先には中元日芽香への声がけのエピソードを引いたが、このときの選抜メンバーに対しては、このような声がかけられていたのだという。

——14枚目のシングルのセンターは、深川さんが務めますよね。そういう花道を用意されて卒業していくのって橋本さんはどう思います?
橋本 まいまいにとってすごくいいことだと思うし、まいまいはそれだけ頑張ってきたから用意された道だと思います。毎回、選抜発表が終わったあとに選抜メンバーで写真を撮るんですよ。で、写真を撮ったあと、いつもだったらスタッフさんに「このメンバーで戦っていきます。頑張ってください」って言われるんですけど、「いつも戦っていこうって言うけど、今回はみんなで思い出を作りましょう」って言ったんですよ。

(『BUBKA』2016年4月号 p.16)

 「いつも戦っていこうって言うけど、今回はみんなで思い出を作りましょう」。それは“卒業センター”を採用するにあたってのストレートな宣言であるといえるし、そこには「聖母」と呼ばれた深川のたたずまいも作用していたように思う。しかしそれは一方で、やはりグループを包む雰囲気が変わりつつあったことのあらわれであったようにも映る。
 グループの編成が定常状態にあった時期は過ぎ去ろうとしていた。「メンバーの卒業が相次いだ」と称される最盛期はもう少しあとのことだが、この時期には3期生の募集が発表されてもいる。変化していくグループの一瞬一瞬を思い出として慈しみ、あるいは作品として形に残す。そうやって思い出をつくり、向き合った日々そのものもやがて思い出となる。そうしたサイクルが生まれ始めたのがこの時期だ。あるいは加入前にそれを外から見ていた後輩メンバーも、グループに対するそれぞれの思い出があり、加入後はそのサイクルに組み込まれていくことになる。

 ひとくちに“卒業センター”とまとめてきたが、当時と現在、具体的にいえば深川・橋本と西野以降で、その性質にはいくぶん差があるように思う。外形的にいえば、深川と橋本はそのときが初センターであるが、西野以降はそうではない。また、橋本は卒業とともに芸能界を引退しているし、深川に関しても、当時は卒業イコール事務所の移籍という取り扱いであったこともあり、卒業後についての明確な言及がなく、またSNSの個人アカウントもない時代でもあり、「卒業」がもたらす断絶のイメージは現在よりもかなり強かったといえる。
 西野以降の5人のメンバーは、芸能活動を継続することがはっきりしており、あらかじめ告知されていたわけではないが、生田(および未判明の山下)以外は乃木坂46LLCに卒業後も所属している。西野が卒業した頃はまだ同期・同世代のメンバーもグループに多かったが、“お姉さんメンバー”の白石、ミュージカルなどの“外仕事”との両立で特に多忙なスケジュールを駆け抜けた生田、1期生として最後に乃木坂46のステージに立った飛鳥に関しては特に、「長くグループにいてくれてありがとう」と受け止める向きも強かっただろうか。特にこの1年ほどは、毎クールのドラマ出演を続けながら“最上級生”として走り続け、7年半のキャリアを重ねた山下についても同様のことがいえそうだ。
 また、橋本と西野の間にあたる時期にグループを卒業した生駒里奈は、「“卒業センター”の打診があらかじめあったが、断った」ことを明かしている。「自分の卒業シングルにはしたくない」という生駒の思いもふまえて、白石をセンターとする形で制作された20thシングル「シンクロニシティ」は、2年連続での日本レコード大賞受賞作となる。あくまで筆者の印象にすぎないが、遠くない将来に“卒業ラッシュ”が予見される時期にあって、生駒のこのふるまいは“卒業センター”のハードルをやや上げ、その価値を押し上げたようにも見えた。

 「シンクロニシティ」で生駒が立ったのは白石の真後ろにあたる、2列目中央の位置であった。スタジオで行われた最後となっているこのときの選抜発表において(「乃木坂工事中」#146)、バナナマン・日村勇紀が「生駒が中心にいるんだね」とまとめたことも記憶に強く残っている。以降、この“裏センター”のポジションにも、何らかの意味をもたされることが多くなってくる。
 “裏センター”の語義はやや明確ではなく、あまり一般に通用する語でもないように思うが、「インフルエンサー」で3列目のセンターのポジションに立った伊藤万理華がその高い表現力で存在感を発揮したこと、そしてそれが前列6-中列6-後列9のダブルセンターのフォーメーションで、白石と西野(および生田と生駒)の間でカメラにとらえられることも多かったことから、ファンコミュニティで流行し始めた、というような印象がある。「シンクロニシティ」はダブルセンターのフォーメーションではないため、生駒の立ち位置はやや異なっていたことになるが、2列目または3列目の真ん中のポジションについて、特に何かを論じたい場合に用いられているようになった、という感じだろうか。
 生駒以降、22ndシングルでの若月佑美、26thシングルでの堀未央奈、27thシングルでの松村沙友理、28thシングルでの高山一実と、卒業メンバーに対してあてがわれるポジションという向きもやや強くなるが、それとは別に直近では32nd・34thシングルでの井上和が印象深くもある(これらのシングルはともにダブルセンターのフォーメーションがとられている)。

[11]センターを引き継ぐこと
——卒業センター楽曲のその後

 “卒業センター”の形をとった表題曲の取り扱いは、やや難しい。楽曲の宿命として、まもなくオリジナルのセンターがグループを離れることになる一方、表題曲はそのときどきのグループを代表する作品として、歌い継がれなければならないという性質を特に強くもつ。
 現在でいえば「ガールズルール」は山下美月、「シンクロニシティ」は梅澤美波など、ある程度センターを固定して“引き継いだ”といえる状況の楽曲も、表題曲のなかには多いが、“卒業センター”の楽曲は少し状況が異なるといえる。

 「ハルジオンが咲く頃」は深川の卒業から間もない時期の「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」において川後陽菜のセンターで披露されている。近年の感覚でいうと、いかにも乃木坂46がやりそうな采配のようにも思えるが、卒業メンバーがごく少なかった当時においては(深川麻衣は初めてグループを卒業したセンターメンバーでもある)、良い意味でかなり衝撃的な出来事と受け止められていたと記憶する。その後は「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」で新加入の3期生によって披露され、以降はこのイメージが強くつけられているように思う(「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」での4期生による披露も含めて)。
 「サヨナラの意味」は橋本の卒業後かなりの期間、ほぼ一貫して齋藤飛鳥がそのセンターを担ってきた。その後は後輩メンバーを中心に何人かがセンターとして演じたのち、卒業を控えたメンバーがセンターで演じる、という扱いが続いた時期もあった。こうした変遷を経ながら演じられ続けてはいるものの、これらの2曲は他の表題曲と比べて演じられる機会が少ないという状況である。
 「帰り道は遠回りしたくなる」は、感覚的にはもう少し演じられているような気がするものの、やはりこれと近い扱いではないだろうか。「しあわせの保護色」「最後のTight Hug」「ここにはないもの」については、比較的近年寄りの楽曲ということもあり、センターの卒業後の披露機会がまだかなり限られている。

 こうした状況のなかでさらに感じるのは、特別な存在である“卒業センター”楽曲のセンターを“引き継ぐ”ことへの慎重な姿勢である。これをさらに分解して述べるならば、「人選はデリケートに行う」「披露機会を多くしない」の2点となるだろうか。
 「ここにはないもの」の遠藤さくらは「サヨナラの意味」の齋藤飛鳥と同様に、これ以外にないと思えるほどに納得感のある人選だし、「最後のTight Hug」には秋元真夏、「しあわせの保護色」には大園桃子・梅澤美波というのもこれに近い印象である(秋元は卒業コンサートでの選曲であるが)。
 「帰り道は遠回りしたくなる」は西野七瀬の卒業直後のミニライブでは秋元がセンターを務めたのち、「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」では遠藤が目に涙を浮かべながらセンターで演じたのが印象深いが、ここから現在までは与田祐希とうまくイメージを分散させているような形だと思う(あるいはむしろ、アンダーライブで佐藤楓が選曲しているイメージのほうが強いくらいだ)。

 これほどまでに、“卒業センター”楽曲はていねいに扱われるべきものである(とみなされている)がゆえに、それはある意味ではグループの手足をしばりかねない。しかしやはり一方で、グループにおいて絶大な存在感のあったメンバーの卒業の花道となるだけでなく、そのたたずまいを卒業後にもグループに残すという意味でも、それが果たす特別な役割もある。
 そんなことを考えつつここまで振り返ってきたが、それをふまえれば曲数としては適度であるようにも思われ、かつその披露機会が少ないことは裏を返せば現役メンバーの存在感でしっかりとステージをつくっているということでもあろう。改めて見てみると、良いバランスだな、と感じた。

 すべてを生駒の功績のように扱うのは見方が単純すぎるが、存在感が大きく活動期間も長かった1・2期生のメンバーがあれだけいたなかで、“卒業センター”のシングルがこの数におさえられていることにもグループにとって無視できない意味があり、そこにはあのとき生駒が2列目に立ったこともいくぶん作用しているのだろうな、と思う。

[12]選抜人数の増加と欅坂46の“全員選抜”
——史上最後の“16人シングル”を経て

 2016年夏のシングルであった15thシングルでは齋藤飛鳥をセンターとした16人のフォーメーションがとられた。メンバーの出入りとしては、前シングルの選抜メンバーから卒業した深川麻衣、および伊藤万理華・井上小百合が外れ、北野日奈子・中元日芽香が加わった形である。
 万理華は5作ぶり、井上は4作ぶりのアンダーであり、両名ともにキャリア最後のアンダーであった。選抜からは外れた一方、このふたりによるユニット曲として「行くあてのない僕たち」が制作され、加えて映像特典では33分の同名ショートムービーも制作されている。「アンダーライブ全国ツアー」も軌道に乗ったというにはまだ早い時期であり、明確な役割を用意した上での“人事”だったということもできるだろうか。
 15thシングルが史上最後の16人による選抜フォーメーションとなっており、次作では当時史上最多となる19人によるフォーメーションがとられている。以降現在まで、少ないときでも18人の、おおむね20人前後とまとめられる人数で、選抜メンバーの規模は推移している。

【15thシングル表題曲「裸足でSummer」】
北野 星野 若月 生駒  堀  中元
高山 衛藤 松村 秋元 桜井
橋本 西野 飛鳥 白石 生田

【15thシングルアンダー曲「シークレットグラフィティー」】
川村 山崎 純奈 川後 鈴木 和田 相楽 佐々木 かりん
ちはる 優里 新内 中田 能條
寺田 万理華 樋口 井上 渡辺

 時代感としては、この年の春にデビューした欅坂46が2ndシングルをリリースしていたくらいである。欅坂46は、かつてAKB48に対して乃木坂46が行ったように、乃木坂46のシステムをトレースするような形でグループの運営が行われていた。
 欅坂46も当初は16人程度の選抜制をとる構想だったともいうが(「土田晃之 日曜のへそ」2016年3月6日)、デビュー時に欅坂46(漢字欅)として20人+けやき坂46(ひらがなけやき)として長濱ねる1人という、乃木坂46より全体の規模の小さい編成であり、結果としてデビューシングルは漢字欅20人による“全員選抜”の形となった。2016年5月にひらがなけやき1期生が加入し、全体で32人という乃木坂46の結成時とほぼ同じ規模となるが、この体制がスタートした2ndシングルでは長濱を漢字欅との「兼任」の取り扱いとしたうえで、漢字欅21人での“全員選抜”となる。
 こうした経緯に、オリジナルメンバーであるという特別感も加わって、メンバーもファンもこの“21人”という数字を、長らく特別なものと扱い、なんなら執着していくようになる。そこにはもちろん、漢字欅が“全員選抜”のフォーメーションをとり続けたことも作用していただろう(最終的に、6thシングルの制作まで、欅坂46は“21人”の体制を維持することになる)。
 直接結びつけて語るようなことではないと思うが、この“21人”体制を見てから乃木坂46のフォーメーションを見ると、逆にあえて選抜メンバーを少なく絞っているような印象を受けることもあった。こと当時は、アンダーにも選抜と同じくらいの人数がおり、むしろアンダーの人数のほうが上回っていた。結果として16thシングル以降(時期としては欅坂46の3rdシングルに重なる)、乃木坂46の選抜メンバーの規模もこれに近づいていくことになる。

■ 欅坂46と選抜制
 欅坂46においては、その歴史のなかで合計3回、選抜制の導入が立ち消え(またはそれに近い形)となっている。1回目が先述のデビューの時期であり(これを立ち消えというのは少し言葉が強いが)、2回目は5thシングルのタイミングである。
 このときはひらがなけやきが2期生を迎えた一方、ひらがなけやき1期生の5人91が“選抜入り”とされたものの、その話は公となる前に立ち消えとなったのだという96。結果として、長濱を漢字欅専任としたうえで、漢字欅21人による“全員選抜”のフォーメーションとしてシングルが制作されている。もとは漢字欅を“選抜”、ひらがなけやきを“アンダー”として扱うという構想であったとみることができ、このことはひらがなけやき2期生について、オーディション時点では「追加メンバー」と表現され、2期生という取り扱いではなかったこととも符合する。多忙の状況から長濱の兼任続行は難しい状態だったともいい、その点もあわせて解消する構想であったと想像できる。
 3回目は発売に至らず幻となった9thシングルであり、「選抜制の導入」が公言され、選抜発表の模様も放送されていた。シングルが幻となった最初の直接的な理由はMV撮影に台風が直撃したこととされており、選抜制についてメンバーは(それに続いてファンも)どうにか受け止めようとしていた。しかし再設定されたMV撮影日にセンター・平手友梨奈が「どうしても表現ができない」として現れず、リリースに至らないうちにコロナ禍を経てグループ改名があり、櫻坂46は「欅坂46の頃からも大切にしていた、“全員で楽曲を届ける”という思いを込めた編成(公式サイト)として、選抜制とは異なるとする体制をもって再スタートする形となる。

[13]“全員選抜”の夢/“分断”の克服
——「“分断”のないグループ」はあるか

 「選抜制はメンバーを分断するもので、“全員選抜”にはそれがなく、より望ましい」のような見方がある。論理としては通っていると思うし、心情は共有できる見方である。“全員選抜”というストーリーには甘美な魅力があり、筆者は欅坂46をデビューから追っていたから、多くのファンと同じように、それがグループの美点だと思っていた。
 しかし一方で、選抜制にも一定の合理性や機能がある。選抜制がとられていようといまいと、大人数のグループは必ずしも全員を揃えて活動できるわけではない。個人での大きな仕事はファンも名誉なことととらえるし、学業や体調との兼ね合いで不在となることももちろんある。そして、やがては卒業などの形でグループを離れていくメンバーもいる。
 そうしたときに、ひとまず誰かがそのポジションに入ることができれば、パフォーマンスの規模感やクオリティはおおむね維持される(だからこそ、そうしないことにも意味がある、という側面もあるが)。体調不良のメンバーは近々の復帰が期待されるが、卒業メンバーはもう戻ってこないから、それによる空きポジションは時間が進むとともに単調増加していく。そうしたポジションに入ることを期待されるのは多くの場合で新加入のメンバーかもしれないが、それだけでどうにかできるものではない(最初の「BACKS LIVE!!」を経た時期以降現在までの櫻坂46を想起すると、それがわかりやすい)。
 乃木坂46においては、そうして生まれる空きポジションにアンダーメンバーが入るという構造が長らくとられ、それがわかりやすくもあった(ライブはもちろんだが、音楽番組が注目されやすい)。アンダーのなかでもスキルが高いとされるメンバーが重用される向きがあり、それはかつては川村真洋や中田花奈であり、近年では阪口珠美がその代表といえるだろうか(その間にはアンダーにおけるポジションが反映された人選がなされていた時期もあったと記憶するが、現在はその印象はいくぶん軽減されているように思う)。鈴木絢音は「インフルエンサー」なら「全ポジ行ける(「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」2022年7月14日)状態だったともいう。
 そうしたメンバーによってグループが支えられていた一方、特にメンバーの体調不良は急に生じるものであり、そこからアンダーメンバーに急に声がかかり、急ごしらえで練習をしてポジションに入るので大変、とはっきり語られることもあった。それは裏を返せばオリジナルのポジションがあることの大きさであるともいえ、“分断”ないし“格差”を物語るエピソードのひとつであるかもしれない。

 これをふまえて欅坂46について思い出すと、わかりやすくポジションに空きが生じたほぼ最初の例は、2017年4月に今泉佑唯が活動休止に入ったことによるものであった。4thシングル「不協和音」のリリース直後であったこのときは、今泉のポジションをはっきりと空ける形で乗り切られることになる。
 この年の全国ツアーでグループは平手友梨奈の休演の際にセンターポジションを埋められないという事態も経験し、やがて離脱しているメンバーがいることが恒常的にもなると、センターを含めたフォーメーションがそのたびごとに調整されるようになる。こうした例を参照したうえで「“アンダー”がいなくてもチームの力で空きをつくらず乗り切ることができる」という反論も成り立つかもしれない。
 ただ、フォーメーションの人数が一定以上に減少するとパフォーマンスの規模感が変わってしまう。メンバーの卒業と加入を繰り返しながらグループの規模を保つことを前提とするならば、そこもある程度は維持しなければならない。舞台出演により4人の欠席メンバーが出た2018年11月15日の「ベストヒット歌謡祭」では、「アンビバレント」にひらがなけやきから4人が加わるというきわめて珍しい措置もとられたし108、この年の12月にはプロフィールの公開から間もない2期生が「アンビバレント」に加わっていく形がとられる。

 その後、欅坂46はシングルのリリースが滞り、2期生を含んだ形で制作された楽曲が世に出ない時期が続く。こうした時期にもライブは重ねられる一方、空きのポジションは増えていき、まずは先輩メンバーのポジションに加わっていく形で、2期生はグループに合流していくことになる。
 こうした時期を経て行われたのが9thシングルでの「選抜制の導入」だったのだが、このときに選抜外とされたメンバーは9人(選抜メンバーは17人)であり、どうにか選抜制という形ではなく軟着陸できなかったのか、という気もしてしまう人数比であった。しかしその後まもなく、いわゆる“新2期生”の配属も控えていたことを考えると(「坂道研修生」のプロフィールが公開されたのは、この選抜発表の模様が放送された前日のことである)、全員で動き続けるのはあまり現実的ではなかっただろうと思う。
 かといって、1期生によるフォーメーションのなかに何人かずつ2期生を加えていき、最終的には全員が合流することを想定するというのも、ちょっと違ってくるように思う。“分断”を回避するという点ではあまり意味がないし、そもそもそれは、蛇蝎のごとく嫌うファンも散見される、乃木坂46・2期生が経験した研究生制度とほぼ変わらない。
 これに近いことを行っていたのが4期生の合流から27thシングルまでの乃木坂46なのだが(この時期のフォーメーションの変遷については後述する)、これは「4期生」というくくりでの稼働がかなりあることを前提として成立していたように思うし、本稿冒頭で引いたように、28thシングルでアンダーメンバーに加わった際に金川紗耶は「アンダーメンバーとして認められて、乃木坂46になれたんだと」感じたという。このタイミングで選抜にいた4期生は7人、アンダーに合流したのが9人である。アンダーメンバーという集団がなければ、この人数を受け止めることは難しかったのではあるまいか。
 もちろん、空きポジションを埋めるメンバーをプールすることのみにアンダーの存在意義があるわけでもない。「逆境から生まれたコンテンツ(山崎怜奈、「アンダーライブ全国ツアー2017〜関東シリーズ 東京公演〜」)とも表現されたアンダーライブであるが、“分断”という逆境が生み出したのはコンテンツにとどまらず、グループの幅広さでもあった。

 あるいは選抜制をとらなければその“分断”がないかというと、そこまでのことはいえないように思う。「選抜制ではない」とされていた時期の櫻坂46においても「表題曲を歌いたかった」と悔しさを表現するメンバーはいた。それは実質的に選抜制であると断じるとしても、何列かのフォーメーションをつける時点でそれはかなりデリケートなものをはらむことは確かだ。
 1-3期生による“全員選抜”体制のもと、10thシングルで初めてフロントに立ったときのことについて、日向坂46・松田好花がこのように語っている。

——祝福してくれるメンバーはいましたか?
松田 フォーメーションのことは繊細で、メンバーそれぞれ思うことは違うだろうから、気を遣ってあえて触れないことが多いんですけど、「おめでとう」と言ってくれるメンバーがいてくれて。「絶対にフロントだと思ってました」と言ってくれる後輩もいたんです。自分のこともあるのに他の人にも目を向けられることが素敵だし、私もそういう人になりたいと思いました。


(『BRODY』2023年8月号 p.21)

 結局のところ、良い(=「ファンに見つけてもらいやすい」)ポジションに立てることの効果ないし喜びは否定しようもない、ないしは否定してはならないのである。どうにかしてポジションというしくみを無効化することができたとしても、曲を出せば歌割りがついてくるし、メディア露出や“外仕事”を均等に割ることもできないだろう。
 突きつめて考えていくと、どうやらやはりこの規模のグループに外形上の“分断”(ここではもう「選抜制」と言い換えてよい)を生じさせないのは無理なことであり、それがもたらす効用を享受しつつ、それとは異なる次元で“分断”の弊害を克服するしかないように思える。
 “全員選抜”は限られた状況だけでみることができる短い夢である、とでもいうことができようか。永遠に夢から覚めなければそれは歓迎すべき現実となるのかもしれないが、どうやらそうはいかないようである。目が覚めたらちゃんと歯を磨いて顔を洗い、手触りのある世界を生きていかなければならない。

 “分断”の弊害を克服するものは、究極にはチームの力である。メンバーが立ち位置をある程度納得して受け入れ、それぞれの力を100%発揮していれば、フォーメーションそのものは本質的な問題ではない。しかし現実には、個々のメンバーの受け止めのみに頼るのではなく、受け入れやすいフォーメーションを整えていく必要がある。
 話がいろいろと遠回りしてしまったが、乃木坂46においては、(選抜人数のキャップを外したような形であった)16thシングルあたりの時期から特に、とにかくその「受け入れやすいフォーメーションを整える」試みをメインとしてフォーメーションがつけられるようになっていったような、そんな印象を受けている(「受け入れる」主体は、第一義的にはメンバーであるが、それがわかりやすく達成されていれば、ファンもおおむねついてくるものである)。
 必ずしもその試みが、まったくの成功を続けてきたとも思わない。それは“分断”の弊害を克服するために、“分断”のしかたを変え続けるような絶望的な営みでもあり、個々の場面を切り出したときにすべてが最適解に近かったかというと、おそらくそうではない。しかしそれでもその絶望的な営みを根気よく続けることで、少しずつだがすべてが明るくなっていったような、そんな感覚がある。

 その試みの形はいくつかあるが、まず最初に現れたのはすでに述べた「①選抜人数の増加」であり、それとほぼ同時に「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」ことも行われる。そしてこれは「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」傾向と表裏一体の関係であるといってよい(この傾向はそれ以前からもみられるが、より顕著になってきているといえる)。
 あるいは「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」も、その試みのひとつであるといえそうである。さらに、これはフォーメーションの組み方にとどまるものではないが、「⑤『同期』の枠組みを重視する」こともまた、そこに含まれるものとみなせるように思う。
 また、選抜人数の増加は最大22人で頭打ちとなっているが、こうした動きと同時にグループを卒業するメンバーが恒常的に出ていることが、フォーメーションに動き(もしくは調整の余地)をもたらしているともいえ、それはどちらかというと、アンダーから選抜へメンバーを動かす方向の圧力として働いているように思う。
 以降の時期は、これらの観点をもとに見ていくと動きが把握しやすい。もちろんこれですべてが説明できるわけではないし、以後すべてで当てはめを試みているということでもないのだが、必要に応じて言及していくことにする。

[14]「体調不良」と選抜の椅子(前編)
——「失うものの大きさはわかっていました。それでも、もう限界でした。」

 選抜人数が19人に増加した16thシングルの選抜メンバーは、15thシングルの16人に、14th→15thで選抜を外れていた伊藤万理華と井上小百合、および4作ぶりの選抜入りとなる新内眞衣を加えた形であり、前シングルの選抜メンバー全員が選抜入りしたことになる(これは14thシングル以来2回目の出来事であった)。
 続く17thシングルでは選抜人数がさらに増加して21人となり、斉藤優里・寺田蘭世・中田花奈・樋口日奈が新たに選抜入りする。前作アンダーセンターの寺田が初選抜で、優里は5作ぶり、樋口は9作ぶり、中田は11作ぶりの選抜入りとなる。初選抜のメンバーが生まれるのは12thシングルでの新内以来で、ほか3人もかなり久しぶりの選抜入りであり、「乃木坂工事中」でこの4人をフィーチャーした企画が組まれるなど(#91「祝選抜入り パパに色々聞いてみました」)、大きなトピックして扱われた。
 選抜から外れた形となったのは、前作限りでグループを卒業した橋本奈々未と、体調不良にともない「体調不良のため17thシングル期間のグループ活動及び個人活動を休止」とアナウンスされていた中元日芽香であった(このアナウンスは、選抜発表の模様が放送される前日である2017年1月28日になされたものである)。学業によるものは過去にいくつか例があったが、体調不良を理由として休業し、シングルを不参加としたのは、このときの中元がグループとして初めてである。

【16thシングル表題曲「サヨナラの意味」】
中元 井上 新内 桜井 生駒 星野 北野 万理華
若月 松村 堀 飛鳥 衛藤 秋元
高山 西野 橋本 白石 生田

【17thシングル表題曲「インフルエンサー」】
新内 井上 寺田 北野 万理華 星野 優里 樋口 中田
若月 高山 生駒 生田 松村 桜井 
秋元 堀  西野 白石 飛鳥 衛藤

 それまでにも、体調不良を理由に活動を休止したメンバーはいた。代表的な事例は2016年7-8月の約1ヶ月間をキャプテン・桜井玲香が活動休止し、「真夏の全国ツアー2016」地方公演を休演する形となったことである。桜井は15thシングルの発売日をグループから離脱した状態で迎えることともなったが、8月28-30日の明治神宮野球場公演(「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」)より活動に復帰している。
 また、2014年には橋本奈々未が、アナフィラキシーの症状が出て「真夏の全国ツアー2014」初演の大阪公演後に一時入院。この年の全国ツアーは5都市9公演を8月後半の半月で回りきる形であり、福岡・宮城・愛知での6公演を休演し、千秋楽となる明治神宮野球場公演にはアンコールで挨拶をしたのみの出演となった。
 橋本は幼少時から身体が強いほうではなく、「病院とは仲良しの子だった(『悲しみの忘れ方』ナレーション)という。アレルギー体質とは、この後もずっと付き合いながらの活動であったことがうかがえる(『ドキュメンタリー〜サヨナラの意味〜』)。そのなかで、「真夏の全国ツアー2014」からの離脱については「広がったなと思いました、(他のメンバーとの)差が。」と感じたといい、「ライブだったりプリンシパルだったり、いろんな事情があって『出れません』ってなったあとに、『乃木坂を辞める』っていう決断をする人が今まで多かった、その気持ちがわかって」「埋めようのない差が広がっているんですよ」と語る(『悲しみの忘れ方』)。橋本の冷静かつ率直な語り口でそれを聞いていると、グループとメンバーの現実として、そうした部分はあったんだろうな、と感じる。
 その後もこまごました離脱は少なくなかった橋本だが、長期にわたる離脱はみられないまま、キャリアを走りきる形となった。

 グループのなかでのポジション、つまり「選抜」や「センター」を、勝ち取るべき椅子として強調したとき、“勝ち取った”のちのその椅子は、守るべき存在となる。「センターは変わるもの」という見方はすでに主流となっていたとはいえ、「選抜」については雰囲気が異なる。それはそのたびごとにスタートを切る短距離走で決められるのではなく、前回との連続性を保った形で決められるもので、それを断ってしまうことは大きな意味を持ち得た。
 結果として上掲の例における桜井と橋本は、“選抜の椅子”を空けるシングルをつくらないまま、グループに戻ることとなった。フォーメーションについては発表のタイミングの問題もあるから、ある意味ではそれをはかった面もあるのかもしれないし、単純に運がよかったということなのかもしれない。
 ただ、休業期間の長さが果たして適切だったのかは、正直よくわからない。学業ほど休業すべき期間が明確でないことは確かだが、それがそのぶん慎重になるというよりは、むしろ最短で復帰する方向に作用しているようにも見える。直接関係のある話として言及するのではないが、「働き方改革」という語が国策として出現したのは2016年9月である。中元は「インフルエンザ以外は仕事を休む理由にはならない。骨折だってタクシーに乗って現場に来ることはできる」とかつては考えていたというが(『ありがとう、わたし』p.66)、それを大声で言うか控えるかのスタンスの違いこそあれ、そうしたとらえ方は一般にも強かったのではないだろうか。

 そうしたとらえ方は、「ひとたび離脱してしまったら、選抜の席はもうない」というような発想に結びついていく。

 やっとの思いで摑み取った選抜の席。戻ってきたらもうなくなっているだろう。身体をボロボロにして、進学の道を断って、友人と遊ぶことも諦めて、ようやく手に入れたポジション。何ものにも代えがたい宝物でした。

 失うものの大きさはわかっていました。それでも、もう限界でした。


(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.93)

 中元は当時の自身について、自分をいたわるという発想がなく、追い込みすぎていた、のように振り返っている。もちろんそうした面もあるのだろう。しかし、メンバーの認識は、ファン総体の認識を反映してもいる。「やっとの思いで摑み取った選抜の席」が、「戻ってきたらもうなくなっている」、そう思っていなかったファンがどれだけいただろうか。
 ファンの側に過剰に罪をなすりつけたいのではない。長年にわたって中元と一緒にファイティングポーズをとり、選抜入りを願ってきたファンは、「あの頃のようにまた選抜に入れる」と、戻ってきた中元に対して確信できただろうか。他のメンバーの選抜入りを願ってきたファンは、「無理して中元が選抜で活動するより、自分の推しメンがそのポジションに入ってもらいたい」という感情から、果たして自由になれただろうか。
 そうした心の動きを生んでいるのは“分断”の構造そのものであり、であるからこそ、その機能に着目しつつも、その弊害の克服を試みることが必要とされたのである。 

ひめたんと一緒に選抜に入れなかった事

もしひめたんが活動休止してなかったら
自分は選抜に入っていたのかという事

それを思うと
筆舌に尽くし難いほど苦しい

ひめたん大好きだから
ひめたんと一緒に活動したかったから

けど、今はゆっくり休んで
早く帰ってきてね


(中田花奈公式ブログ 2017年1月30日「17カナ?1418」)

■ グループの代表曲「インフルエンサー」
 選抜メンバー21人という新たな編成で臨まれ、振付にSeishiroを迎えて「過去最高の超高速ダンス」(参考)で臨まれた「インフルエンサー」は、この年の日本レコード大賞を受賞し、グループを代表する曲となっていく。3月のリリース前後の時期を経て、年末の音楽番組の時期にもかなりの回数が披露されることになったが、この時期には卒業を控える伊藤万理華が最後のライブを終えており、また北野日奈子が休業に入っていたため、このふたりのポジションがさまざまな形で埋められることになった。
 2017年11月16日の「ベストヒット歌謡祭」では万理華のポジションに渡辺みり愛が、北野のポジションに山崎怜奈が入る形がとられ、12月4日の「日本有線大賞」では万理華のポジションに鈴木絢音が、北野のポジションには同じく山崎が入る。12月23日の「ミュージックステーションスーパーライブ2017」では、この日が最終活動日であった万理華がサプライズの形で出演したほか、北野のポジションに相楽伊織が、若月佑美のポジションに能條愛未が入る。こうした変遷があったのちに、「日本レコード大賞」「NHK紅白歌合戦」「CDTVスペシャル!年越しプレミアライブ2017→2018」では北野のポジションに鈴木が入り、万理華のポジションには中田花奈が動いた上で、中田のポジションには能條が入った。特に“レコ大”はのちのちまで語られ続けている出来事であり、この時期の「インフルエンサー」といえばこのフォーメーション、というイメージが強くなる。
 なお、「ベストアーティスト2017」(11月28日)での披露楽曲は「いつかできるから今日できる」、「2017 FNS歌謡祭 第1夜」(12月6日)での披露楽曲は「逃げ水」であった。

 振りの難度の一方で、「インフルエンサー」はリリース当時からグループ全員で取り組む曲としての扱いもされており、アンダーメンバーは「アンダーライブ全国ツアー2017〜関東シリーズ 東京公演〜」(2017年4月20-22日)で演じ、3期生も「三期生単独ライブ」(5月9-14日)の各公演で演じた。これをふまえて、「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演では全メンバー109によって披露されている。
 ダンスの「史上最速」が強調された時期においては、選抜メンバーや3期生について「泣きながら振り入れをした」というようなエピソードが披露されることも多かったものの、これ以降の後輩メンバーは、「インフルエンサー」の振り入れをして初めて乃木坂46としてステージに立てる、とでもいうような、通過儀礼的なものとしてこの曲を演じていくことになる。2018年12月に加入した4期生11人は、初めてのステージである「4期生お見立て会」(2018年12月3日)で演じており、坂道研修生での活動を経て2020年2月16日に乃木坂46に配属された、いわゆる“新4期生”も、初めてのライブである「坂道グループ合同 研修生ツアー」(2019年10月・11月)で演じている。また、「5期生お見立て会」(2022年2月23日)のセットリストにも加えられている。

[15] “1・2期”体制の完成と3期生の加入
——約3年半ぶりの新メンバー加入がもたらしたもの

 選抜人数の増加を受けて、16thシングルでは5作ぶりにアンダーの人数が選抜の人数を下回る16人となり(“ボーダー組”の正規メンバー昇格以来、ということである)、17thシングルでは当時史上最少の12人となる。
 「アンダーライブ全国ツアー」という枠組みは継続していたものの、これらのメンバーでのアンダーライブは東京に回帰し、16thアンダーメンバーでは1年ぶりの日本武道館公演(2公演)が行われ(「全国ツアー」の扱いではなく、「選抜単独公演」と対の「アンダー単独公演」として開催)、17thアンダーメンバーでは「関東シリーズ 東京公演」として東京体育館での4公演が行われる。前者のセンター(“座長”)は寺田蘭世が、後者では渡辺みり愛が務めた。
 寺田はアンダーライブのスタート以降で初めての「選抜経験のないアンダーセンター」となり、渡辺もこれに続く形となった。アンダーメンバーの減少にこうした状況も重なり、17thアンダーメンバーは「史上最弱」のキャプションを付されることにもなる。こうしたタフな状況のなかでもアンダーライブは安定感のある盛り上がりを見せ、東京体育館公演ののべ観客動員数約3万2千人(参考)は、2023年秋に横浜アリーナ3DAYSで行われた「33rdSGアンダーライブ」が約3万6千人(参考)で上回るまで史上最大の人数であった。

【16thシングルアンダー曲「ブランコ」】
純奈 和田 かりん 川後 佐々木 相楽
優里 山崎 渡辺 鈴木 ちはる
川村 樋口 寺田 中田 能條

【17thシングルアンダー曲「風船は生きている」】
川後 佐々木 和田 純奈 川村
ちはる かりん 能條 相楽
山崎 渡辺 鈴木

 これらと重なる時期にグループが経験したのは、3期生の加入である。3期生は日本武道館での「選抜単独公演」「アンダー単独公演」に続く形で、観客動員数約1万2千人という大規模な形で「お見立て会」を開催し、初ステージを踏む。そして「3人のプリンシパル」を経験したのち、17thシングルに「三番目の風」で参加することになる。
 あくまで筆者の肌感覚にすぎないのだが、こうした状況をふまえて、「2期生は不遇」のような声が、一部のファンのなかでにわかに高まっていたような記憶がある。総体として選抜回数が少なく、アンダーにいるメンバーが多いことや、それにともない参加曲数も少ないことなどは、それまでは相対的なキャリアの短さに帰してとらえることもできたし、あるいは“実力”をつければ状況は変わる、という世界観によって押しとどめられていたものもあったのかもしれない。
 しかしそのような形で3期生がグループに加わってきたことで、目に見えるもののなかから「不遇」といえる部分を取り出すことが容易になってきた。3期生には研究生制度は導入されなかったし、「お見立て会」についても、会場の大きさはグループの大きさを反映しているとしても、2期生はそもそも「お見立て会」そのものを経験していない(「16人のプリンシパル deux」でひとりずつお披露目)。この時点での2期生曲は2ndアルバム所収の「かき氷の片想い」だけで、MVが制作されていない曲だった(「三番目の風」にはMVがある)。

 ただ、この時期の2期生についていえば、自らの「不遇」をアピールするようなことはもちろんなかったし、むしろ「2期生」という枠組みを押し出すことも少なかった印象である。堀未央奈は選抜メンバーのなかで改めて存在感を発揮するようになり、16thシングルで2列目、17thシングルで1列目と、ポジションを前進させている時期であった。北野日奈子や新内眞衣は、選抜メンバーとしての活動に食らいつくことに重点があった頃といえるだろうか。
 そしてアンダーにいた2期生、特にセンターを務めた寺田と渡辺も、自らが2期生であることを粒立てるというよりは、アンダーメンバー総体を引き受けるようになっていく。寺田は「1+1が2だなんて誰が決めたんだ」「人生はそういうものではかってほしくない」というパンチラインが著名な日本武道館公演での“炎のスピーチ”のなかで、「ここにいるメンバー16人も、きっとまだまだ夢の途中」と語った。渡辺は“座長”として臨んだ東京体育館公演(3公演目)において、自らの好きな花であるというアイスランドポピーについて、その花言葉は「私が勝つ」である、と紹介したうえで、「私たちはもっともっと上に行けるんです。私たちは最弱なんかじゃない。私たちは勝ちます」と宣言した。
 グループのなかで先輩となった2期生が、よくいわれたようなフレーズでいうと「3期生のことを意識し、危機感を抱いていた」という面も、確かにあったのだと思う。しかしむしろ、後年のいま改めて振り返ってみると、3期生の加入をてこにして、2期生が1期生の側に合流した、という印象を強く受ける。
 その後4期生、5期生とグループが新たにメンバーを迎えていく一方、“1・2期生”がグループにその数を減らしていくなかで、はっきりと「1・2期生」とまとめられることも多くなっていったと記憶するし、1期生の側から「後輩というより盟友」のように称することもよくあった。3・4・5期生の体制で臨まれた「真夏の全国ツアー2023」を、メンバーが(3期生に限らず)「後輩だけで回る初めてのツアー」というように表現していたことも記憶に新しい。
 いつしか明確に形を帯びるようになっていた“1・2期生”という枠組みが完成したのは、3期生が加入した頃だったのではないかと思うし、そしてそれをもたらしたのは、この頃の2期生の振る舞いであったのではないかとも思う。

 一方で、2017年5月に3期生が単独ライブを行い、直後には「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演がブロックごとの「期別ライブ」の形で開催されたあたりから、「2期生」という枠組みそのものも徐々に意識されるようになっていく。
 こうした「期別」の構造にもとづいた活動については、4期生の加入後にさらに顕著になっていくので、その項でまとめて述べていくことにしたい。

[16]最後の“非卒業”ソロ曲
——グループのひとつの転換点として

 この次のリリース作品は3rdアルバム「生まれてから初めて見た夢」であった。収録シングルは3枚と少なく、新曲として17thシングルの体制での選抜曲(リード曲)、アンダー曲、3期生曲に加え、全メンバーによる「設定温度」、およびユニット曲7曲、そして齋藤飛鳥によるソロ曲「硬い殻のように抱きしめたい」が制作された。
 この「硬い殻のように抱きしめたい」が、乃木坂46にとって現状最後の「“卒業ソロ曲”でないソロ曲」となっている。すでに7年が経とうとしている、ということになる。今後も制作が予想されるような感じはあまりなく、すっかり「ソロ曲といえば“卒業ソロ曲”」というような認識となっている、ともといえようか。

 それまでに制作されていたソロ曲は、生駒里奈の「水玉模様」(2ndシングル)、西野七瀬の「ひとりよがり」(1stアルバム)・「ごめんね ずっと…」(11thシングル)・「もう少しの夢」(12thシングル)・「光合成希望」(2ndアルバム)・「釣り堀」(14thシングル)、生田絵梨花の「あなたのために弾きたい」(1stアルバム)・「低体温のキス」(2ndアルバム)・「命の真実 ミュージカル『林檎売りとカメムシ』」(15thシングル、ゲストパフォーマーとして俳優・坂元健児)、白石麻衣の「オフショアガール」(15thシングル)と、“卒業ソロ曲”として深川麻衣の「強がる蕾」(14thシングル)と橋本奈々未の「ないものねだり」(16thシングル)であった。
 生駒、西野、生田、白石、そして飛鳥の全員が、ソロ曲をあてがわれるより先に表題曲のセンターを経験しており、グループが生んだスターを改めてスターたらしめるためにソロ曲があてがわれていたような、そんな風にも映る(一時期の西野七瀬は「ソロ曲の女王」などとも二つ名されていた)。また、1st・2ndアルバムと、14th・15thシングルには2曲のソロ曲が収録されていたことにもなり、近年の感覚とはやや異なるトラックの使い方であるようにも思う。

 その後は中元日芽香の「自分のこと」以降、山下美月の「夏桜」までを入れれば13曲にわたって“卒業ソロ曲”のみが制作されているという状況である。グループのオリジナル楽曲のうちソロ曲は26曲、その半分をこえる15曲が“卒業ソロ曲”であるというところまできている。
 あえて楽曲(トラック)という“資源”を、ソロ曲の形で最も限られた数のメンバーに集中させる必要性も薄れてきたのかな、とも感じるが、それよりもこの時期を境に卒業メンバーが恒常的に現れ始めたことのほうが、背景としては強いかもしれない。ソロ曲の取り扱いからも、この時期にグループがひとつの転換点を迎えようとしていたということがわかる。

■乃木坂46 歴代ソロ曲太字は“卒業ソロ曲”)
・生駒里奈「水玉模様」(2ndシングル)
・生田絵梨花「あなたのために弾きたい」(1stアルバム)
・西野七瀬「ひとりよがり」(1stアルバム)
・西野七瀬「ごめんね ずっと・・・」(11thシングル)
・西野七瀬「もう少しの夢」(12thシングル)
・深川麻衣「強がる蕾」(14thシングル)
・西野七瀬「釣り堀」(14thシングル)
・西野七瀬「光合成希望」(2ndアルバム)
・生田絵梨花「低体温のキス」(2ndアルバム)
・白石麻衣「オフショアガール」(15thシングル)
・生田絵梨花「命の真実 ミュージカル『林檎売りとカメムシ』」(15thシングル)
・橋本奈々未「ないものねだり」(16thシングル)
・齋藤飛鳥「硬い殻のように抱きしめたい」(3rdアルバム)
・中元日芽香「自分のこと」(アンダーアルバム)
・西野七瀬「つづく」(22ndシングル)
・衛藤美彩「もし君がいなければ」(4thアルバム)
・桜井玲香「時々 思い出してください」(24thシングル)
・白石麻衣「じゃあね。」(25thシングル)
・堀未央奈「冷たい水の中」(26thシングル)
・松村沙友理「さ〜ゆ〜Ready?」(27thシングル)
・高山一実「私の色」(28thシングル)
・生田絵梨花「歳月の轍」(ベストアルバム)
・新内眞衣「あなたからの卒業」(ベストアルバム)
・北野日奈子「忘れないといいな」(29thシングル)
・齋藤飛鳥「これから」(31stシングル)
・山下美月「夏桜」(35thシングル)

[17]大園・与田の抜擢と18thシングル
——「ひと夏の長さより/思い出だけ多過ぎて」

 続く18thシングルは2017年の夏のシングルであり、リリースは8月9日とやや遅かったが、これはちょうど「真夏の全国ツアー2017」の地方公演が始まるというタイミングであった。
 夏の恒例であったアッパーチューンの“夏曲”の色は、いくぶん3rdアルバムリード曲「スカイダイビング」に譲り、表題曲「逃げ水」はドビュッシーの「月の光」が挿入されるなど、幻想的な雰囲気も取り入れた曲調であった。そしてダブルセンターには、加入間もない3期生の大園桃子・与田祐希が立つことになる。

【18thシングル表題曲「逃げ水」】
万理華 新内 生駒 桜井 若月 井上 
星野 松村 生田 秋元 衛藤 高山
飛鳥 白石 大園 与田 西野 堀 

 選抜発表の模様が放送されたのは、「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演翌週の7月9日(「乃木坂工事中」#112)であった。3作ぶりのスタジオ発表の形がとられ、そのスタジオに置かれた大型のひな壇の最後列に3期生も座っていた時点で、多くの視聴者は3期生のセンター抜擢を察していただろう(そうした状況全体がある意味で堀未央奈の功績のようなものだったと筆者は思う、というのは、前述した通りである)。
 ただ、そのフォーメーションがダブルセンターで、そこに立つのが大園と与田、というところまでは、予想や期待を完全に裏切ってきたとはいわないまでも、多少の驚きがあったということも確かである。
 加入日に3期生の「暫定センター」に任命された大園は「三番目の風」と「思い出ファースト」でその任を果たし、「暫定」とするにはすでに時間が経っていたともいえるし、「3人のプリンシパル」では久保史緒里と山下美月が頭角を現していた。このシングル所収の3期生曲「未来の答え」、19thシングルのカップリング曲「不眠症」(歌唱メンバーは18th選抜+久保・山下)でこのふたりがダブルセンターを務めていることからも間接的に伺えるところだが、18thシングルはダブルセンター、と発表されて、まず久保と山下を思い浮かべたファンも多い雰囲気だったのではないだろうか。
 ともあれ、大園と与田をセンターとして、グループはツアーの地方公演を進行していくことになる。ふたりを“座長”とする向きはなかったように思うが、それでも各地方公演ではこのふたりが日替わりでスピーチをする機会が設けられ、戸惑って泣いてばかりいるようなイメージは払拭されたといっていいくらいまで、公演ごとにその成長が見られる夏であったように思う。“抜擢センター”を先輩たちが支え、同期メンバーもそのそばで活動した。そしてそのセンターは、ひとりではなくふたり。4年前とグループの構造が変わっていて、それはおそらくグループ全体の成長ないし成熟であった。

 フォーメーション全体でいえば、選抜メンバー全体の人数は21人から18人に減少し、さらにそこに大園と与田が加わった形であったため、このとき5人のメンバーが選抜から外れている。先に述べた傾向のひとつ、「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」ことの端緒がこのときである。
 ただその結果、大園と与田を除いた16人が14thシングルの選抜メンバーとほぼ一致(グループを卒業した橋本奈々未・深川麻衣を除き、新内眞衣を加えた形)といえる状況であったことは、「結局何も変わらなかった」のような印象も与えていたかもしれない。18th選抜メンバーの18人はその後誰も、一度としてアンダーメンバーとなっていない。そこから外れた5人は、その後も選抜とアンダーを行き来することになる。
 しかし一方で、この動きが「アンダーに動かすメンバーをつくる」「選抜人数を絞る」のような、フォーメーション表のみから見てとれる範囲の“人事”だったかというと、必ずしもそうではないようにも思える。
 明治神宮野球場公演ではアンダーアルバムが「今秋」に発売されると発表されており、当初は18thシングルの体制でこれが制作される予定であったと伺えるメンバーのコメントもある(結果として発売は翌年1月で、19thシングルの体制)。そして18thシングルのアンダー曲は「アンダー」で、ツアーでもこの曲の主題に重ねながら、アンダーメンバーがグループの構造上厳しい場所に置かれながらも乃木坂46を高めてきた、という形で、ある意味ではその日々の“総括”が試みられていたようにも映った(それが平穏に成功していたとは思わないけれども)。
 アンダーメンバーもダブルセンターの形がとられ、そこには活動休止を経てグループに再合流していた中元日芽香と、選抜から外れた形となる北野日奈子が立つことになった。中元は体調が回復したからというよりは、「さようならを言うため」の復帰という意識であったといい(『ありがとう、わたし』p.104)、これを最後の参加シングルとしてグループを卒業していくことになる。

【18thシングルアンダー曲「アンダー」】
能條 相楽 川後 川村 佐々木 和田
中田 山崎 鈴木 かりん 純奈 ちはる
樋口 渡辺 中元 北野 寺田 優里

 この夏の北野についてはほかでもさんざん書いてきたので、あまり深入りしないようにしたい。しかし振り返るたびに、彼女自身も前年ごろから不調を自覚していたという北野に向かって、ゆっくりと隕石が落ちていくような、そしてそれを黙って見ているしかないような、そんな気分になる。
 隕石がそこに落ちないようにするためには、それが見えたときにはもう遅くて、もっと前に、星の巡りから変えなければならなかったのだと思う。それこそファンコミュニティに轟々ととどろいていたように、あの夏の一瞬に対して非難を叫ぶのは簡単で、でもじゃあどうすればよかったかというと、わからない(だからこその絶望がある)。ただひとつの光明は、北野がそれでもやがて立ち上がって、そのキャリアを完走したということである。

 18thシングルはこれら以外にもかなりコンセプトがはっきりしたつくりであり、選抜メンバー楽曲の「女は一人じゃ眠れない」「ひと夏の長さより・・・」「泣いたっていいじゃないか?」と、2期生曲「ライブ神」・3期生曲「未来の答え」という形で、いわゆるユニット曲がない。
 上記の選抜メンバー楽曲3曲はタイアップ曲でもあり、「女は一人じゃ眠れない」はMVの世界観が映画『ワンダーウーマン』と重ねられ(イメージソング)、「ひと夏の長さより・・・」は歌い出しが「八月のレインボーブリッジ」と、「お台場みんなの夢大陸2017」が意識されている(テーマソング)。そして「高校生クイズ」の応援ソングであった「泣いたっていいじゃないか?」は、青春時代を描いた歌詞のみならず、センターポジションにクイズ好きを公言する高山一実が立つという形がとられている。
 また、「ひと夏の長さより・・・」は秋元真夏と松村沙友理のダブルセンターのフォーメーションである。いま振り返るとあまり特殊な感じはしないのだが、当該シングルの選抜メンバーが歌唱する楽曲について、フォーメーションが変更されて表題曲と異なるメンバーがセンターに立つ形とされたのはこのときが(おそらく)初めてである110

 秋元・高山・松村についていえば、ユニット曲および秋元の卒業ソングとして制作された「僕たちのサヨナラ」を除いて、オリジナルのセンター楽曲はこれらのみである。存在感からいえば表題曲のセンターもあり得たくらいだったし(卒業のタイミングでも、そうでなくても)、“お姉さん組”で卒業もあまり遠くないようにとらえられてもおり(まったくそんなことはなかったのだが)、何かしらの仁義を切るようなセンターポジションであるように感じていたことを覚えている。
 ただ結果として、そうしたポジション云々を超えて、2曲ともメンバーにもファンにも愛される楽曲になっていったように思う。夏の楽曲ということもあり、後年においてもセットリストに加えられる機会に恵まれているが、その少し切なげなメロディを聴くと、いまでもあの夏のことを鮮明に思い出す。

[18]「例外シングル」と「合流シングル」
——フォーメーションを“大きな絵”で見る

 19thシングル「いつかできるから今日できる」は、いささか特殊な位置づけのシングルであった。グループはこの年「あさひなぐプロジェクト」に大々的に取り組んでおり、2017年5-6月には舞台版が上演され、9月22日には映画版が公開されている。「いつかできるから今日できる」は映画の主題歌の位置づけであり、選抜メンバーには舞台版・映画版の出演メンバー全員が網羅され、舞台版の主演である齋藤飛鳥と、映画版の主演である西野七瀬がダブルセンターを務めた。
 舞台版にも映画版にも出演していない選抜メンバーは秋元真夏・高山一実・星野みなみの3人で(この3人は「乃木坂工事中」#124でヒット祈願ロケを行っている)、1・2期生のみによるフォーメーションであった。秋元・高山・星野とも前作の2列目から3列目に動く一方、伊藤万理華・井上小百合は初めて福神メンバーとなった。前作センターの大園桃子・与田祐希以外に選抜から外れたメンバーはおらず、北野日奈子・斉藤優里・中田花奈が選抜復帰の形となっている。史上最も、人選の理由を説明しやすいフォーメーションだったといえるだろうか。

【19thシングル表題曲「いつかできるから今日できる」】
新内 優里 星野 生駒 秋元 北野 中田 高山
若月 井上 松村 生田 万理華 桜井 衛藤
堀 西野 飛鳥 白石

 楽曲のタイトルは舞台版の時期から(映画版のプロモーションにともない)明らかになっており、シングルのリリース日も前作の8週後(2017年10月11日)と、史上最も短いリリース間隔となった。8月11日にスタートした「真夏の全国ツアー2017」地方公演でもなぎなたパフォーマンスとあわせてセットリストに加えられており、9月3日の「乃木坂工事中」選抜発表回(#120)よりもだいぶ早く、フォーメーションもほぼ明らかになっていた。これにともない、選抜発表についてはメンバーのコメントが一切ないVTRのみの形式であった。
 18thアンダーメンバーによるアンダーライブ九州シリーズは10月中旬の開催となり、ダブルセンター中元日芽香・北野日奈子の体調不良の状況をふまえて樋口日奈が前面に立つ場面も多く、アンコールでは樋口をセンターとする19thアンダー曲「My rule」が披露されるなど、2シングルが併走するような期間となった。19thアンダーメンバーによるアンダーライブ近畿・四国シリーズは12月中旬の開催で、これは同シングルの体制で制作されたアンダーアルバム「僕だけの君〜Under Super Best〜」の発売に向かうくらいの時期であり、シングルのリリースはやや空いていた期間であった。

【19thシングルアンダー曲「My rule」】
相楽 佐々木 かりん 川後 川村 和田 純奈
能條 鈴木 山崎 ちはる
渡辺 樋口 寺田

 19thシングルは「あさひなぐプロジェクト」の一環としてリリースされた作品であったといえ、従前とは異なる力学でフォーメーションがつけられているという意味で例外的なシングルだったが、それによって選抜から外れるメンバーをつくらなかったという意味では、継続性にも配慮した形だったのかもしれない。
 もっともそれは「あさひなぐプロジェクト」がグループとして取り組まれたものであったがゆえに、おおむね選抜メンバーのみによって展開されたということの裏返しでもある(北野は舞台版の出演メンバーのなかで「次のシングル[18th]の選抜に私だけ選ばれなかった」という受け止めをしていたという[『希望の方角』インタビュー])。

 シングルのリリース間隔としては半年を空けてリリースされた20thシングル「シンクロニシティ」は、選抜・アンダーに3期生が合流した作品となった。選抜メンバーに加わった3期生は18thシングルダブルセンターの大園・与田と、久保史緒里・山下美月の4人である。初選抜の久保・山下も含めて4人ともが福神メンバーとしての選抜入りであり、やや積極的な措置であったともいえるが、18thシングルがダブルセンター体制であったことに続き、同じ境遇にある仲間をつくっておく意味もあったのかもしれない(「⑤『同期』の枠組みを重視する」)。
 シングルのリリースから間もなくグループを卒業した生駒里奈のポジションには、特に卒業直後の時期には梅澤美波が入ることが多かった。オリジナルのセンターである白石麻衣の卒業後にはセンターポジションに定着する梅澤であるが、この時期は「憧れの存在」と語る白石の背中を見る時期にもなったのかもしれない。梅澤は今作アンダーだがミュージカル「美少女戦士セーラームーン」出演のためアンダーライブへの出演がなく、次作以降は全シングル選抜メンバー(24th・25th以外は福神)のためアンダーのイメージがほぼないが、「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」ではアンダー側のチームに加わっている。

 「真夏の全国ツアー2018」のスタートの位置づけで7月に開催された「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」は、明治神宮野球場・秩父宮ラグビー場を選抜側/アンダー側のチームが往還して演じる「シンクロニシティ・ライブ」と称する形式で行われた。
 20thシングルは3期生の合流により、選抜21人・アンダー21人の合計42人で制作されており、この合計人数は現在に至るまで史上最多の数字である。前代未聞の「シンクロニシティ・ライブ」はこの人数感があって成立したものであるといえるかもしれない(生駒が卒業、久保が休演、このシングル不参加の北野がアンダー側のチームで参加のため、選抜チームは19人・アンダーチームは22人であった)。
 選抜・アンダーの人数バランスもよく、どちらも大きなステージを担うことができる状況のなか、そこにそれぞれ3期生も一度に合流したことで、人数の多さがグループがもつエネルギーの大きさに正しく結びついていたような、そんな印象をもつ。

【20thシングル表題曲「シンクロニシティ」】
井上 新内 高山 星野 若月 樋口 寺田
桜井 松村 久保 生駒 大園 衛藤 秋元
山下 堀 生田 白石 西野 飛鳥 与田

【20thシングルアンダー曲「新しい世界」】
能條 川後 吉田 佐々木 中村 和田 相楽
向井 かりん 岩本 純奈 阪口 ちはる 楓 
梅澤 渡辺 中田 鈴木 優里 山崎 理々杏

 タイトルに掲げた「例外シングル」は19thシングルで、「合流シングル」は20thシングルのことである。一般に通用する用語ではまったくないが、なんとなく雰囲気はつかんでいただけると思う。
 この2作にあえて共通点を見いだすとするならば、それぞれ違った形ではあるが、個別のポジションの力学ではなく、グループ全体で取り組まれた印象のあるシングルであるということだろうか。グループをあげて取り組まれた「あさひなぐプロジェクト」は、全メンバーが文字通り参加したというものではなかったものの、参加メンバー全員が19thシングル選抜メンバーとなるという形で、フォーメーションに従来とやや異なる秩序をもたらした側面があった(あるいは、そこから定義されたアンダーメンバーでアンダーアルバムの制作が行われたことも、その印象にいくぶん寄与している)。
 20thシングルは3期生の合流と「シンクロニシティ・ライブ」のタイミングだった、ということは前述の通りである。また3期生の合流は、研究生システムを経ずに一気に選抜/アンダーに加わるという点で、グループが初めて試みるやり方でもあった111。これもまた、ひとつの大きなプロジェクトだったといえるかもしれない。
 歴代のフォーメーションをまとめるにあたってメンバーごとの選抜回数を数えたりしていると、大きな動きとしてフォーメーションを見る意識がこぼれ落ちてしまいそうになるが、それぞれのフォーメーションをグループの歩みのなかに位置づけて把握することを常に忘れないようにしたい。そうしたことを、この時期を思い出すたびに再確認させられる(そのためにこの記事を書いているようなものだ)。

[19]「体調不良」と選抜の椅子(中編)
——メンバーの離脱と復帰はエンターテインメントの一部か

 20thシングルは北野日奈子が休業のため不参加となったシングルであった。2017年夏より不調の状態が続き、同年11月7-8日の東京ドーム公演を曲数を絞りながら参加したのち、11月16日に活動休止のアナウンスがなされていた。19thシングルの活動にはほぼ参加していないような状態であり、選抜メンバーであった「いつかできるから今日できる」や、年末の時期における「インフルエンサー」の音楽番組披露では、鈴木絢音がそのポジションに入る機会が多かった。
 2018年3月24日に「乃木坂46時間TV(第3弾)」にサプライズ登場する形で活動に復帰したのち、4月22日の「生駒里奈卒業コンサート」でステージにも復帰し、20thシングルの発売日(4月25日)時点では休業期間を終えていたといえる。同作は相楽伊織の最後の参加シングルでもあり、相楽と距離が近かった北野は、その最後の活動を見届けるためにと復帰した側面もあったようだ(『希望の方角』インタビュー)。楽曲の歌唱メンバーにはクレジットされていないが、2期生曲「スカウトマン」のMVには一部参加している。

 中元日芽香が体調不良を理由とする休業でシングルを不参加とした最初のメンバーであったことは前述したが、グループ内でいえばこれに続く例が北野だったことになる。北野が復帰後約4年にわたってグループでの活動を続けたことを考えると、そこから完全に復帰することに成功した最初のメンバーだったともいえるだろうか。
 ただ、現在とそこまで明確な差があるというわけではないものの、当時はまだ「できるだけ早く復帰しようとする」「休業中も活動から完全には離れない」というような雰囲気が強かったように思う。北野は休業発表時のブログで「今よりも状態が良くなったらすぐに戻ります(北野日奈子公式ブログ 2017年11月16日)と綴っていたし、休業中も(中元のグループ卒業などの事情があったものの)ブログを何度か更新していた。
 また「17thシングル期間の活動休止」とされた中元も、結局2ヶ月ほどで活動に復帰している。復帰回となった「らじらー!サンデー」は2017年3月19日であったが、これは17thシングルのリリース直前のタイミングであった。本人は「あまり長く休むと、かえって戻れなくなるような気がしました(『ありがとう、わたし』p.104)としていたが、もっと時間をかけて復帰をめざしたロールモデルがいれば違っていた未来もあったのかな、と思うと、いまでも少し切なくなってしまう(本人が「やりきった[同p.129]と綴っているのが救いだし、それ以上のことはないのだけど)。
 同時代的にいえば、2017年4月に活動休止に入った欅坂46・今泉佑唯は、活動休止期間にリリースされたアルバム「真っ白なものは汚したくなる」にも他メンバーと同様に参加しており112、表立っての活動を控えていたのみ、という印象があった。
 もう少し後の時期に目を移すと、2018年6月に「『真夏の全国ツアー2018』の全公演を欠席、21stシングルの活動を控える」とアナウンスがあった久保史緒里は、「その他の活動に関しては、本人の体調を考慮しながら続けていく予定」ともされており、専属モデルを務めていた『Seventeen』への出演はこの間も継続している。2019年4月に「ドラマ撮影との両立が困難なため、体調面を考慮し、23rdシングルの活動参加を見送る」という形でアナウンスがなされた山下美月も、内実としては「仕事を詰め込みすぎて身体を壊してしまった」という状態であったことを後年になって明かしている(「おしゃれクリップ」2021年11月28日)。久保と山下に関しては「“外仕事”に穴は空けられない」という向きも強かったように映るが、やはり現在よりもスパッと休まないような、そんな印象をもつ113

 あるいは、「(体調不良による)活動休止からの復帰」を積極的にエンターテインメントに組み込んでいるような点も、現在とはやや雰囲気が異なるかもしれない。中元の復帰が「らじらー!サンデー」、北野の復帰が「乃木坂46時間TV(第3弾)」と「生駒里奈卒業コンサート」であったことは前述の通りだが、これらはいずれもサプライズの形である。上でも述べた桜井玲香の「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」での復帰も、同様にサプライズの形であった。
 前述したメンバーでいえば、今泉も夏のツアーの最終会場である千葉・幕張メッセ公演にソロ曲「夏の花は向日葵だけじゃない」でサプライズ登場、久保も「真夏の全国ツアー2018」千秋楽公演のアンコールにサプライズ登場する形で活動に復帰している。山下は「乃木坂工事中」(#210)の放送内で「真夏の全国ツアー2019」からの活動復帰を宣言するメッセージVTRが流れる形で復帰しているが、これはツアー初演の地であるナゴヤドーム(現・バンテリンドーム ナゴヤ)の前でロケが行われたものであった。ほかにも、体調不良のため24thシングル期間の活動を休止し、「真夏の全国ツアー2019」も全公演休演としていた大園桃子も、ツアー最終会場の明治神宮野球場公演でサプライズで復帰している。

 少し話の角度が変わってしまうが、この後にあたるくらいの時期からの坂道シリーズは、かつては定番であったといえた「ライブの場でのメンバーに対してのサプライズ告知」をほぼ行わなくなっている(ただし、もともと欅坂46[漢字欅]に対してはほぼ行われていなかった114のだが)。ひとつの区切りとなるのは日向坂46「ひなくり2019〜17人のサンタクロースと空のクリスマス〜」2日目(2019年12月18日)での東京ドーム公演開催発表であり115、おおむねコロナ禍以前/以後で分かれていると考えてよい状況である116

 アンコールなどのタイミングで急にVTRが流れ始め、メンバーが揃って振り返り、客席と一緒に驚いたり戸惑ったり喜んだりする、定番とさえみなされていたようなそんな情景がみられなくなってずいぶん経つ。そして、そう説明されているわけではないものの、そうした点からは「メンバーが落ち着いて活動できるようにする(サプライズで振り回さない)」というような方針を、感じる部分もある。
 日向坂46の東京ドーム公演は、当初「ひなくり2020」として開催が告知されたものの、コロナ禍による二度にわたる延期を経て、2022年3月に「3回目のひな誕祭」として実現に至っている。最初のサプライズ告知の際はメンバーが次々とへたり込んだり涙を流したり、ややオーバーなくらいのリアクションで驚きや喜びを表現したりしていたことが(その後映像が繰り返し流されたこともあって)強い印象を残しているが、それとは対照的に、2年後の「ひなくり2021」でメンバーの口から笑顔で東京ドーム公演が告知されたことを、すごく象徴的な出来事として筆者は記憶にとどめている。

 「活動休止からの復帰」に話を戻すと、こちらはそこまで明確に取り扱いが変えられているわけではない。松田好花、宮田愛萌、小林由依、遠藤光莉は、ライブでのサプライズ復帰の形がとられている。早川聖来も、「らじらー!サンデー」への出演をもって活動を再開したという点では中元と同じだ。ライブやメディアへの出演にあたっては、まずはメンバー本人が準備をするものだし、「メンバーに対してのサプライズ告知」とは性質がだいぶ異なる。ただ、ここであげた例についても、スピード感をもって復帰するというよりは、以前よりそのタイミングが慎重にはかられていたというような印象をもつ(松田に関しては少し前のめりに感じた部分も、ないではなかったが)。
 早川の復帰についても、オリエンタルラジオ・藤森慎吾へのサプライズの形をとった中元とはいくぶん対照的に、出演者に優しく迎え入れられるような形がとられていたと記憶しているし、それも象徴的な出来事だったと思う。濱岸ひより、小坂菜緒、岩本蓮加、清宮レイ、賀喜遥香、林瑠奈、岡本姫奈、丹生明里、金川紗耶と、公式サイトやブログでの告知などをもっていくぶん静かに活動に戻るメンバーのほうが、徐々に多くなっているようにも映る117。あるいはまた、岩本(「活動制限」)や清宮(「一部グループ活動休止」)のような例もあるものの、「休むならばきっぱり休む」というような向きも強くなっているのではないだろうか。
 “現場”や“接触”をきわめて重視するアイドル文化にもとづく所作について、いくぶん軌道修正が図られているともいえるだろうか。これもやはり、「メンバーが落ち着いて活動できるようにする」という点では共通しているのかもしれない。

 いずれにせよ、「休んだら椅子がなくなる」という世界観は、北野〜久保あたりの時期でほぼ排されたといってよいように思う。これも時代の流れ、ということもできるかもしれないが、歴代のメンバーが体当たりで変えてきたものであるようにも思える。

[20] “飛鳥時代”と3年目のレコード大賞
——みんなが笑顔に、そして幸せに

 「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY3では、アンコールにおいて21stシングル表題曲「ジコチューで行こう!」と、アンダー曲「三角の空き地」が初披露されている。シングルのリリース日(2018年8月8日)まで約1ヶ月というタイミングであり、直前の「乃木坂工事中」(#162)では選抜発表の模様が放送されていたほか、披露日の日刊スポーツ特別版では中田花奈がアンダーセンターを務めることも公表されており、期待が高まるなかでの初披露であった。
 これに続く「真夏の全国ツアー2018」地方公演は、会場が前年までのアリーナクラスからスタジアム・ドームクラスにアップしている。「ジコチューで行こう!」のMVは表題曲として初めて海外での撮影が行われ(ミャンマー)、前年のタイ観光大使就任とシンガポール公演に続き、この年の12月には上海単独公演、翌年には台北単独公演がスタートするなど(上海、台北とも2年連続で開催)、グループの活動がスケールを増していた時期であり、もう少しいえば、「スケールアップさせることに注力していた印象のある時期」であった。
 これらはコロナ禍でおおむねリセットされているような格好であり、海外のファン向けにはグループが海外に出るよりは、この間に始まったライブの配信のほか、近年はインバウンドツアーで呼び込む形がとられるようになっている(2024年6月28日の香港公演が久しぶりの海外単独公演となる)。コロナ禍がなければどのような目算だったのだろうか、と考えることが、いまでもある。

 こうした状況で21stシングルのセンターに起用されたのが齋藤飛鳥である。1期生のキャリアは丸7年を数えようとしている時期であったが、飛鳥はまだこの夏に20歳を迎えるという頃である。同期もまだグループに多く残るなか、「次世代メンバー」などと扱われることはほぼなくなっていったものの、「キャラバンは眠らない」(22ndシングル所収)では「若手」とくくられるような、そんな立ち位置であった。
 飛鳥の単独センターは初センターであった15thシングル「裸足でSummer」以来で、またしても“夏曲”であったということになる。「坂道合同新規メンバー募集オーディション」が進行中であり、「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」を最後のライブとして斎藤ちはる・相楽伊織がグループを卒業したという頃でもあったが、21stシングル期(地方公演の時期と言い換えてもよい)にはグループの編成に動きがなく、比較的安定した印象のある時期であった。
 ただ、西野七瀬がこの年限りでグループを卒業したことに象徴されるように、1期生のグループ卒業が続いていくことが念頭に置かれるなかで、飛鳥がはっきりとグループを背負うような、そんな局面が増えていくことになる。
 西野の卒業シングルであった22ndシングルと、これに続く4thアルバムまでで、西野のほかに若月佑美、川後陽菜、衛藤美彩、伊藤かりん、斉藤優里と、多くのメンバーがグループを卒業(または卒業発表)しているなか、23rdシングルでは史上最多の22人のフォーメーションがとられる。前シングルからは5人のメンバーが外れる一方(卒業メンバー4人と山下美月)、2・3期生から6人ものメンバーが選抜に合流した。飛鳥はそのセンターに、みたび単独で立つことになる。

 あけすけにそうPRされたわけではもちろんないし、そのように語られることも多くなかったように思うが、「Sing Out!」は日本レコード大賞3連覇をかけた作品であった。レコード大賞の3連覇というのは特別な数字であり、達成すればEXILE・浜崎あゆみと並んで歴代最高に並ぶものであった。そしてあえていえば、乃木坂46が結成した2011年と翌2012年に大賞を受賞したAKB48も2連覇にとどまっている。グループとして、期するものがあったことは疑いない。
 「インフルエンサー」の大賞はグループの歩みが“たどり着いた”場所で、「シンクロニシティ」の大賞は、生駒里奈と白石麻衣が“引き寄せた”ものであったように見えていた。今回に限らず、賞を取るために作品がリリースされているのではない。それでも「Sing Out!」には、それを“獲りに行く”意志が見えたような、そんな印象をもつ。
 比較的多くの選抜メンバーで臨まれ、振り付けはSeishiroが務めるという点でも共通していたし、MVの監督を務めた池田一真も「シンクロニシティ」からの続投であった。あるいは、そこでセンターを務めた飛鳥は、“卒業センター”でもなければ、“抜擢センター”でもない。明確な定義がないのであまり好きではない表現なのだが、こうした場面でセンターに立つメンバーのことを「エース」と呼ぶのであろう。

 プロモーションの仕方も他に例を見ないような部分が多かった。5月1日の音源解禁(「乃木坂46のオールナイトニッポン」にて)および5月3日のMV公開に先駆け、4月25日にはメディア関係者向けの「視聴会」が実施され(参考)、少しずつ情報が世に出始める。MV公開日を5日前からカウントダウンする形で、公式Twitterに「教えて!乃木坂ちゃん。」という動画がアップロードされ(あと5日4日3日2日1日)、メンバーによって作品の魅力が語られたほか、楽曲やMVの一部を垣間見るような映像が小出しにされていった。
 また、リリースの直前には「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ」として横浜アリーナでの3DAYSライブが行われた(アンダーライブ/4期生ライブ/選抜ライブの形)。シングルごとに行うアンダーライブ、4期生の加入、斉藤優里・伊藤かりんのグループ卒業など、ちょうどライブ開催が求められるような状況でもあったが、「シングル発売記念ライブ」が珍しい形であったことは間違いない(類例として、日向坂46が「3rdシングル発売記念ワンマンライブ」を行っている)。
 「乃木坂工事中」でのヒット祈願回(#208-210)も、メンバーが全国をロケしてオリジナルMVを制作するという、(珍しく)プロモーション色の強いもので、番組オリジナルのMVがリリース後の6月に4週にわたって公式YouTubeチャンネルで公開されている。
 飛鳥個人としても、これに先立つ時期にはドラマ「ザンビ」の主演を務める形で「ザンビプロジェクト」のフロントに立ったほか、前年の「セブンルール」「情熱大陸」に続いて「アナザースカイ」に出演し、アイドルグループのなかの個人としてクローズアップされる場面も多かった。シングルのリリース週に発売された『BUBKA』2019年7月号では「Sing Out!」特集が組まれ、飛鳥は「“孤高の涙” 齋藤飛鳥」のキャプションとともに表紙を務め、インタビューを受ける。飛鳥の姿がいわゆるアイドル誌で見られた、ほぼ最後の時期でもあっただろうか。目次には、「この曲は『三度目の幸福』をもたらすのか?」というキャプションが付されてもいた。

 期待もハードルも高まりきっていたような状況だったが、結果として「Sing Out!」が大賞受賞作となることはなく、大賞ノミネート作品に与えられる優秀作品賞を受賞するにとどまったのは周知の通りである。ただ、それが「願いが叶わなかった、悔しいエピソード」のように語られているかというと、決してそうではない。ぴったりくる表現が見つからないが、「うまく受け身をとって着地をした」ような、そんな印象をもつ。
 この年の大賞受賞作はFoorin「パプリカ」で、どこまでも平和な雰囲気のなか、それを笑顔で見届けることができたことも大きかっただろうか。「Sing Out!」も、「みんなが笑顔にそして幸せになれるように、思いを込めて制作」された(公式サイト)作品である。筆者はファンとして、大賞受賞を願っていなかったわけではもちろんない。ただ、その“逃し方”としては理想の形だったような、そんな思いである。共感していただける方もいるのではないだろうか。
 あるいはグループのセンターとして期待を一身に背負った飛鳥が、その後も長くグループで活動し続けたことも、いくぶんその印象に寄与しているかもしれない。飛鳥の表題曲センターは、デジタルシングル「Route 246」を除けば、この次は卒業シングルの「ここにはないもの」であったことになる。この間、23rdシングル期を終えたあとの飛鳥はまず、この時期の新メンバーであり次のシングルではグループのセンターを任される遠藤さくらにぴったりとくっついて支えるところから始まり、同期の卒業を見送る場面も続き、コロナ禍の難局においてはグループを代表して発言する場面もみられるなど、ひとりのタレントとして活動の幅を広げつつも、グループ内でもその時々で形を変えつつずっと大きな役割を果たし続けた。
 あまり粒立てていうようなことでもないが、いずれは連覇も終わるものだし、もっといえば、活動の規模を膨張させ続けるにも限度がある。こと、メンバーの新加入と卒業が繰り返されることを前提とするグループである。それが必ずしもすべて望まれる事態であったとはいえないのかもしれないが、飛鳥が前面に立っていたこれらの時期にグループは独特の落ち着きを手に入れたように見える。そしてそのことが、秋元真夏と齋藤飛鳥が卒業前に最後に誇った「世代交代の成功」につながったような、そんなふうにも思える。

 乃木坂46と日本レコード大賞ということでいえば、翌2020年にもデジタルシングル「世界中の隣人よ」で優秀作品賞を受賞、2021年にも「ごめんねFingers crossed」で同じく優秀作品賞を受賞している。

【21stシングル表題曲「ジコチューで行こう!」】
高山 優里 若月 鈴木 星野 新内 井上
秋元 衛藤 大園 梅澤 岩本 松村 桜井
生田 与田 西野 飛鳥 白石  堀  山下

【22ndシングル表題曲「帰り道は遠回りしたくなる」】
優里 井上 楓 大園 理々杏  新内 高山
衛藤 秋元 堀 若月 星野 桜井 松村
梅澤 山下 飛鳥 西野 白石 生田 与田

【23rdシングル表題曲「Sing Out!」】
井上 楓 鈴木 岩本 阪口 渡辺 理々杏 新内
梅澤 北野 秋元 久保 松村 星野 桜井
大園 堀 生田 飛鳥 白石 高山 与田

[21]シャドーキャビネットの先へ
——「アンダー」は何であり、何でないのか

 この時期、アンダーライブおよびアンダーメンバーにも、明確には言い表しにくいが、ひとつの転換点が訪れていたといえるように思う。
 名古屋での永島聖羅卒業コンサートを皮切りに、東北シリーズ(14thアンダーメンバー)、中国シリーズ(15th)、関東シリーズ 東京公演(17th)、九州シリーズ(18th)、近畿・四国シリーズ(19th)、中部シリーズ(20th)、北海道シリーズ(21st)と続けられてきた「アンダーライブ全国ツアー」が、22ndアンダーメンバーによる関東シリーズ(東京・武蔵野の森総合スポーツプラザ メインアリーナ)で区切りをつけられている。県単位では訪れていないところも多いが(特に関東地方は東京以外を省いている形である)、学校教育などで採用されており、最も一般的と考えられる日本の八地域区分は網羅した形である一方、そうした趣旨も含めて、特に終了のアナウンスがなされているわけではない。
 23rdシングル体制でのアンダーライブは「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ」の一部として開催され、これに続き「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」(24th)、「アンダーライブ2020」(26th)、「アンダーライブ2021」(27th)と続き、ここから現在まではシングルのナンバリングをそのまま冠した形(ex.「34thSGアンダーライブ」)が続いている。

 ここで「転換点」と称しているもののうち最も大きいのは、アンダーライブにおける当該時期のシングル表題曲の取り扱いである。「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ〜アンダーライブ〜」以降は当該時期のシングル表題曲をセットリストに加えることは一切行われていない一方、それ以前には原則として行われていた。
 例外といえるのは近畿・四国シリーズで、このときは「いつかできるから今日できる」含め、表題曲が一切セットリストに含まれていない。ただ、「いつかできるから今日できる」はシングル期間が重なっていたような形であった18thシングルの体制で行われた九州シリーズで披露されている(「逃げ水」は演じられていない)。このほか、「アンダーライブ セカンド・シーズン FINAL!」で「何度目の青空か?」が演じられていない(他の表題曲は演じられている。また、「セカンド・シーズン」では「何度目の青空か?」も演じられている)例があったり、16thシングルの体制での「Merry Xmas Show 2016〜アンダー単独公演〜」では「全16表題曲をアンダーメンバー16人がセンターで演じる(くじ引き形式)」という形の全員センター企画が行われており、「サヨナラの意味」が選びとられたような印象は受けない例があったりするが、ともかく「当該時期のシングル表題曲を演じる」ことは、アンダーライブの一種の“型”であったといえる。
 単にセットリストに加えて演じるのみならず、「アンダーライブ サード・シーズン」では「命が美しい」が1曲目に据えられ、関東シリーズ 東京公演では「インフルエンサー」が本編最後で演じられるなど、印象深く用いられることも多かった。中部シリーズ・北海道シリーズ・関東シリーズではそれぞれ「シンクロニシティ」「ジコチューで行こう!」「帰り道は遠回りしたくなる」がアンコールで演じられており、“型”がより明確であったといってもよい。

 23rdシングルで選抜メンバーが史上最多となった一方、アンダーメンバーは史上最少の10人となっており、この体制で「Sing Out!」を演じるのも厳しかろう、のような見方もあるかもしれない。ただ、このときのセットリストには表題曲がまったく入っておらず、アンダー曲主体で構成されたものであった。この傾向はその後強まり、「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」および「アンダーライブ2020」では「歴代アンダー曲全曲披露」の形がとられる(前者ではアンダー曲以外の披露は「乃木坂の詩」のみ、後者ではアンコール・アフター配信でアンダー曲以外[表題曲を含む]も披露)。
 アンダー曲にひたすら傾注したような時期を経て、ファンからの選曲リクエストを募集した「アンダーライブ2021」を機にその傾向は少し緩められるものの、当該時期のシングル表題曲は引き続き演じられていない。近年寄りの表題曲がずっと演じられていない傾向でもあったが、「31stSGアンダーライブ」では「ごめんねFingers crossed」「君に叱られた」「好きというのはロックだぜ!」がアンコールで演じられ、「32ndSGアンダーライブ」では「ごめんねFingers crossed」が本編で演じられるなど、アンダー曲を主体としつつも、近年は再び幅がやや広がっている状態にある。

■「アンダー」の概念
 乃木坂46について語るうえで「選抜とアンダー」と当たり前のようにいうが、「アンダー(アンダーメンバー)」の概念は乃木坂46が“持って生まれた”といえるものである一方(使われ始めたのは2ndシングル期からであるが)、それはほぼ独自の概念(用語)であるといってよい。AKB48においては「1・2軍制」的な当初の構想が変更されてそれぞれ対等なチーム制(+研究生)、という編成となった、という経緯がある。また、乃木坂46が発足する直前くらいの時期に、目安として機能していた「総メンバー数48人」を超えるぶんの人数を「アンダーメンバー」とする構想が浮上していたというが、それは撤回されたのち新たにチーム4が創設される形となっている。これらが2011年6月までの出来事であり、文字通りの「アンダーメンバー」の概念は、直後に結成された乃木坂46が引き取ったような形になっている。
 また、たんに「アンダー」という場合、かつてAKB48グループにおいては劇場公演において選抜メンバーの代演を務める研究生のことを指していた。当初はこれが固定されていたが、2013年に固定制でなくなり、柔軟に代演が行われるようになったという。これ以後も代演メンバーのことを「(誰それの)アンダー」と称することは続き、筆者の感覚でいうと2016年ごろまでは乃木坂46・欅坂46でもファンコミュニティのレベルでは用いられていたように思うが118、現在ではこれはほぼなくなっており、「アンダー」といえばイコール「選抜外のメンバー」(実態としてはより複雑だが、概念として)として理解される状況だろう。
 AKB48グループにおける語感の近い用語として「アンダーガールズ」があるが、これはおおむね選抜総選挙において選抜メンバー16人に続く17-32位となったメンバーの総称であり、「ネクストガールズ」「フューチャーガールズ」、と続いていく形で用いられる(「アンダーガールズ」については、選抜総選挙とかかわりなく特定のカップリング曲の歌唱メンバーを指して用いられる場合もあった)。これに準ずる形でSKE48内にもカップリング曲を歌唱する「アンダーガールズ(A/B)」が設けられたが、まもなく「紅組/白組」という独自の枠組みに変更され、それも現在は残っていない(おおむね2013年まで)。NMB48では非選抜メンバーにカップリング曲が制作された場合のユニット名として(ざっくりいえば)用いられているが、常設の概念ではない(シングル28作中5作のみ)。なお、乃木坂46の「アンダーメンバー」においても、呼称の導入当初には「アンダーガールズ」表記がみられたほか(参考)、グッズの英語表記などでは「UNDERGIRLS」と訳されることがある。
 また、けやき坂46(ひらがなけやき)については、「欅坂46のアンダーグループ」のように当初説明され、いわゆる漢字欅としての欅坂46と対置されつつも、のちにはメンバーの“選抜入り”が構想されていたという点で乃木坂46でのアンダーメンバーの運用と重なる。しかしその構想が立ち消えになったことにより独立して活動するようになっていき、改名を経て日向坂46となっている、というのは前述の通りである。

 こんなに長々と「アンダー」まわりの概念について書いてきて結局何が言いたいかというと、乃木坂46のアンダーメンバーは、「選抜外のメンバー」であることのみが定義されており(「アンダー」の語感には「下位」みたいなものが含まれるが)、参照される先行事例のようなものはないということである。それが常設の集団とされ、やがてアンダーライブという形で独自の活動が継続されていくなかで、その性格であったり、内実であったり、グループ全体のなかでの役割であったりは変化し続けているように思う。
 当該時期のシングル表題曲をアンダーライブで演じることをやめ、アンダー曲への傾注がなされるという形で「転換点」を経験していたこの時期、そのステージにはすでに「アンダーライブ/アンダーメンバーらしさ」が明らかに存在し、定着していたし、新加入メンバーの合流以外でアンダー未経験のメンバーがそこに加わるというケースも稀であったから119、メンバーはそこに固有の自信を抱いてもいた。
 別に二大政党の一角として政権交代をめざすようなニュアンスではないのだが、当該時期のシングル表題曲が必ず演じられていたことは、選抜メンバーのポジションをいつでも担えるメンバーがそこにいることを示す、シャドーキャビネット的な役割を果たしていたように思う。別にアンダーライブで表題曲をやらなくなったからといって、アンダーメンバーによる代打出演がなくなったわけではないのだが、「選抜メンバーへの突き上げ」のようなニュアンスはなくなり、あくまでグループの一員としての役割になっていった、というような感じだろうか。
 それをどのように評価するかは人によるかもしれないが、アンダーメンバー/アンダーライブが新たなフェーズに入った時期だったといえるように思う。

 この時期で筆者が妙によく覚えているのは、「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」が特集された2019年10月20日の「JAPAN COUNTDOWN」である。一般視聴者向けに「白石麻衣や齋藤飛鳥がいない乃木坂46のライブ」のような切り口から紹介し、「それでも日本武道館や横浜アリーナも満員に」というように、「もうひとつの乃木坂」のように扱ったのち、「メンバーはみな選抜をめざして努力している」「齋藤飛鳥もかつては長らくアンダーだった」という説明を経て、楽曲「アンダー」をライブパフォーマンスで紹介。「当たっていない/スポットライト」という歌詞が強烈にクローズアップされてもおり、「まあ説明するとしたらそうなるかもしれないけど……」と、なんとなくモヤモヤしていたと記憶している。
 グループが生来もっていた構造と、メンバーの動きや内実と、ファンの認識や実感がそれぞれ一致しにくくなっている状況は、現在に至るまで大きく変わってはいない。ただ一方で、この頃の雰囲気のまま現在に至っているかというと、また違うようにも思う。その後の展開については後述することにしたい。

【21stシングルアンダー曲「三角の空き地」】
和田 川後 能條 中村 かりん 佐々木 向井
吉田 阪口 北野 寺田 渡辺 純奈
山崎 樋口 中田 理々杏 楓

【22ndシングルアンダー曲「日常」】
純奈 和田 中村 川後 かりん 佐々木 吉田
阪口 山崎 久保 中田 渡辺 向井
鈴木 樋口 北野 寺田 岩本

【23rdシングルアンダー曲「滑走路」】
吉田 向井 和田 佐々木 純奈
山崎 中村 寺田 樋口 中田

【24thシングルアンダー曲「〜Do my best〜じゃ意味はない」】
中村 和田 向井 吉田 佐々木 純奈
中田 阪口 理々杏 山崎 楓
鈴木 樋口 岩本 渡辺 寺田

[22]新センターと新キャプテンの誕生
——“納得感”と“予想外”の両輪

 続く24thシングルは新センターとして4期生の遠藤さくらが立つ“抜擢シングル”となり、加えてその両隣で賀喜遥香・筒井あやめも選抜入りする。その一方で選抜メンバーの人数は4人減って18人となり、山下美月が選抜に復帰したこととあいまって、卒業とかかわりなく8人ものメンバーが選抜から外れる形となったが、これは歴代最多の数字である(うち、井上小百合・大園桃子はシングル不参加の形)。
 3期生が合流した20thシングル以降が、「①選抜人数の増加」「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」(20th-22ndでは卒業・休業メンバーを除いて2人にとどめられており、23rdでは0人である)の傾向の時期であったとするならば、このシングルでは「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」のタイミングを利用して、「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」を行ったことになる。賀喜・筒井も選抜入りしたことも、「⑤『同期』の枠組みを重視する」として説明することができそうだ。大園桃子と与田祐希がダブルセンターであったのと同様、「遠藤をひとりにしない」ためのシフトであったようにも見える。

 ただ、遠藤に関しては、その前段階がすさまじかったように思う。4期生楽曲「キスの手裏剣」「4番目の光」でセンターを務めたのみでなく、それに先立って「お見立て会」では「インフルエンサー」のセンターに立ち、「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ〜4期生ライブ〜」では全員センターブロック以外のフォーメーションダンスでは一貫してセンターを務めた。「トキトキメキメキ」や「あらかじめ語られるロマンス」から、「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」や「世界で一番 孤独なLover」までセンターで演じた曲は幅広く、「ロマンスのスタート」や「ハウス!」などのライブの定番曲、グループの代表曲となっていく「きっかけ」などもそこには含まれ、全員センターブロックでは前年にレコード大賞を受賞した「シンクロニシティ」を選曲した。
 ファンコミュニティでよくある“推され”のやっかみや誹りを超えていくようなプレッシャーのかけ方だったように思うし、そうした采配そのものばかりでなく、その時期を凜々しくも謙虚に駆け抜けた遠藤のたたずまいもあり、誰もが遠藤のセンターを予想して迎えられたのが(「4期生がセンターなら、当然それは遠藤」くらいの温度感だったろうか)このときの選抜発表である(「乃木坂工事中」#215)。スタジオ発表の形式ではない一方で、バナナマンの両名がVTRを見る折衷的な形式がとられていたが、あっという間に終えられたような印象だった。かくしてグループに“新センター”が誕生する。それは18thシングルでの大園と与田以来のことであり、この間の表題曲のセンターはすべて1期生が務めていた。

【24thシングル表題曲「夜明けまで強がらなくてもいい」】
梅澤 北野 秋元 久保 高山 星野 新内
山下 生田 白石 松村 桜井 与田
堀 賀喜 遠藤 筒井 飛鳥

 この選抜発表に先立って、初代キャプテン・桜井玲香がグループからの卒業を発表している。「真夏の全国ツアー2019」がスタートした矢先というタイミングであり、やや唐突な発表であったといえる。ツアーの開始前には「今年のツアーはメンバーの卒業がからんでいないからめいっぱい楽しめる」のような趣旨の発言を、ほかでもない桜井自身がしていたとも記憶しており、ファンコミュニティには動揺が広がっていた120。選抜発表の放送と7月20-21日の福岡・ヤフオク!ドーム公演を経て、2代目キャプテンの人選がファンコミュニティの関心事になっていった。ただよっていた憶測をあえて書くのも行儀が悪いようにも感じるが、しかし確実に、3期生のまとめ役としてリーダーシップを発揮していた梅澤美波を新キャプテンに予想するファンが多かったように思う。しかしそう予想を立てたファンでさえ、その過半は「本当にそうなるとしたらやや時期尚早ではないか」と感じていたような、そんな雰囲気だっただろうか。

 8月14日の京セラドーム大阪公演では、前週にMVが公開されていた「夜明けまで強がらなくてもいい」がアンコールで初披露されるとともに、新キャプテンの発表もサプライズの形で行われている。周知の通り、2代目キャプテンとなったのは秋元真夏であった。筆者の印象ばかりで書いてしまうことをお許しいただきたいが、正直まったくの予想外であり、しかし提示されてみると納得の采配であったように感じた。
 「予想外」の内訳のうち大きな部分は、年齢が占めていたように思う。秋元には休業の期間があったとはいえ、1期生のキャリアが丸8年となろうとしているなか、桜井よりひとつ年上の秋元にキャプテンを継投するのは、筆者のような頭の硬いファンにはできない発想であった。4期生の合流と選抜入りもあり、「世代交代はどうしようもなく進んでいく」というような世界観が強まっていた時期であったように思う。ショートリリーフを投入するような役職ではない。人数が多く、黄金世代とも呼ばれた桜井らの94年組以上の年代のメンバーは、なんとなく頭から消してしまっていた。あるいは桜井自身も、「1期生に受け継ぐっていうのは予想外っていう方もたくさんいらっしゃると思う」と口にしていた。
 しかし一方で、発表の場で桜井が「乃木坂にとっての心の支え」と表現したように、“秋元キャプテン”は、グループの行く先に対して安心感をもたせる采配であったことも確かだ。目に涙をためながら進み出る秋元をメンバーが柔らかい表情で見守り、発表をどよめきとともに受け止めた客席に歓声が満ちる。グループの危機にあっても、「表でも裏でも、真夏はみんなのことを支えてくれて、つなげてくれて、そういう存在」だったと桜井は評したが、彼女がそれからの日々でグループに果たすことになる役割について、多くのファンがこのときすでに確信していたのではないだろうか。

■ “秋元キャプテン”のその後
 かくして秋元真夏は乃木坂46・2代目キャプテンとなり、2023年2月の卒業までその任を果たしていくことになる。彼女がグループに残したものの多さは言をまたない一方で、人事に明確な正解はない。例えば、グループにまだまだ多くいた1・2期生が梅澤キャプテンを強烈にサポートするような、そんな構造で進んでいくこともできたと思うし、そんな思い切りや熱さもアイドルカルチャーの一面ともいえる。
 ただキャプテン交代の約半年後には、新型コロナウイルス禍が世界を包むという予想だにしない事態が起こり、一時期はあらゆるエンターテインメントが「不要不急」のものとして「自粛」を求められることになる。こうしたなかで乃木坂46は、最初の緊急事態宣言のさなかで制作された「世界中の隣人よ」のリリースを経て「乃木坂46時間TV(第4弾)」(2020年6月19-21日)の生配信を行うことになる。テレビバラエティがリモート収録を駆使してどうにか総集編と再放送を脱したくらいの時期にあってそれはある種の挑戦であったし、配信内では医療従事者への感謝や未来に向けた「リスタートメッセージ」のコーナーが設けられるなど、ファンとして大言壮語的にいわせてもらえば、日本のエンターテインメントを背負うような、そんな意味合いを感じるものでもあった。グループが地に足の着いた形で進んでいたからこそだと思うし、もちろんキャプテンとして秋元はその真ん中にいた。
 キャプテン交代後の最初のツアーとなった「真夏の全国ツアー2021」は乃木坂46の“10周年イヤー”の嚆矢ともなり、10周年記念ベストアルバム「Time flies」を経た「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」では、満員の日産スタジアムのステージにサプライズで卒業生を迎えた。このとき現役の1期生は4人。すでにグループ最年長となっていた秋元がキャプテンとして迎える形をとったからこそしっくりきたような、そんな演出だったともいえるだろうか。
 また、グループの「10周年」がしきりにクローズアップされたこの時期、秋元はグループ自体ではなく“1期生”を代表してメディアで語ることも多かったが、このときにはもう最初の1年を休業状態で過ごしたことについて留保付きで語るようなこともなくなっていたように思う(「私たちは1期生として10年活動してきたので〜」のように言い切っていた、ということである)。キャプテン交代直前のバースデーライブであった「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」では「制服のマネキン」で合流する演出がつけられていたが、それとは隔世の感である。その頃にはすでに粒立てて語られるようなエピソードでもなかった気がするが、キャプテンとしての日々が最後のひと押しとして秋元を勇気づけたような、そんなふうにも見えた。
 「Time flies」のリリース直前にあたる2021年11月29日には梅澤美波が副キャプテンに就任し、秋元キャプテン時代の後半期はともにグループを支える立場となる。そこからさらに1年3ヶ月、“最後の1期生”となるまで秋元が走りきったからこその現在のグループの形であろう。「世代交代が難しいって言われている大人数のアイドルグループですけど、乃木坂はちゃんと世代交代ができたんじゃないかなって、自信をもって言えます」。卒業コンサートでまっすぐそう語った秋元の姿に、彼女がグループに対して寄せた無限の愛と献身が見えた。

 また、24thシングルではアンダーセンターを岩本蓮加が務めているが、これは3期生として初めてのことであった。
 20thシングルで3期生が選抜/アンダーに合流して以降、岩本はシングルごとにその間を行き来するという独特の動きをしている。次シングル以降は選抜メンバーとして定着することになり、このときが現状最後のアンダーメンバーとしての活動ということにもなるのだが、前述のように“アンダー曲への傾注”がみられていたのがこの時期である。その最たるものであった、アンダー曲全曲披露の「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」の中心にその岩本が立っていたということも、グループ全体にとって一定以上に意味があったのかもしれない。

[23]白石麻衣の2020年
——卒業がもたらしたもの、無効化したもの

 「シンクロニシティ」を坂道シリーズ3グループ合同で演じるという形で出場121した「NHK紅白歌合戦」で2019年が終わり、年明け早々の2020年1月7日、白石麻衣がグループからの卒業を発表する。25thシングルは、白石の卒業シングルとして制作される形となった。
 白石は後年、グループ卒業を考え始めたのは「25歳超えたぐらいのとき」であり、この時期に「(スタッフに卒業の意思を)言ったんですけど、『もうちょっといてほしい』って言われた」と明かしている(「なりゆき街道旅」2023年5月21日)。これを字義通りにとるならば、卒業の意思を伝えてから「シンクロニシティ」のセンターがあったということになる。20thシングルと25thシングルの選抜発表日を基準としてとるならば、2年近くの時間が経過していたことになる。特に近年においては、卒業の意思を伝えてから実際に卒業発表をして卒業に至るまで、かなり時間をかけてスケジュールの調整が行われているような印象をもつことも多いが、それにしても2年は長いな、と素朴に思う。
 長きにわたりグループを最前線で牽引してきた功労者の卒業にあたり、グループは最大限の花道を用意していた。“卒業センター”(表題曲のセンター、MVありのソロ曲)のシングルはもちろん、そのソロ曲「じゃあね。」は白石本人による作詞であり、これはグループとして史上初のことであった(これに続く2例目が山下美月の「夏桜」であったということになる)。5月5-7日に予定された卒業コンサートの会場は東京ドーム。2017年にグループが経験した東京ドーム公演より1日多い日程だったが、それから行われてきた「真夏の全国ツアー」やバースデーライブの規模を思い出せば、それでも足りないくらいであった122。白石が参加を予定した25thシングル唯一の全国握手会は、恒例の幕張メッセのみならず、あわせてZOZOマリンスタジアムまでが会場として用意されていた123

 そして何より、2月2日の「乃木坂工事中」(#243)で発表されたシングルのフォーメーションが驚きであった(先に挙げたあれこれより先にまずこれが発表されたのであるが)。白石をセンターとし、1・2列目に現役の1期生を11人全員並べる形で、これが「十一福神」となる(⑤「『同期』の枠組みを重視する」)。後輩メンバーは全員3列目の形となり(前シングルから筒井あやめが外れ、岩本蓮加および活動休止から復帰した大園桃子が加わって11人)、選抜メンバー全体としては史上最多タイの22人であった。

【25thシングル「しあわせの保護色」】
賀喜 新内 山下 久保 堀 大園 遠藤 岩本 与田 北野 梅澤
井上 和田 高山 秋元 樋口 中田
飛鳥 生田 白石 松村 星野

 19thシングルの項で「例外シングル」という語を用いたが、それにあたるものがいくつかあるとして、この25thシングルがその最たるものであったことは疑いないだろう。前シングルから選抜を外れるメンバーは最小限におさえられていた(そのことにより過去最多の選抜人数を更新することは避けられた形でもある)と評価できるとはいえ(「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」に準じる)、前述したように「福神」は、普段意識される枠組みではないものの(あるいは、だからこそ)、ある種の聖域のようにもなっていた。従来のフォーメーションの秩序とは、明らかに異なる「例外」であることは、誰の目にも明らかであった。
 11人の1期生が「十一福神」というのはいかにもちょうどよく感じられるが、オーディション合格時36人であった1期生が11人という数になっていたことは「もうこれだけしかいない」という印象をもたせるものであり、それはそのなかで最年長であった白石の長いキャリアを象徴してもいた。予想を裏切る驚きのフォーメーションは、いっぱんに急激な変化を好むとはいえないファンコミュニティにもおおむね肯定的に受け取られることになる。そのくらい白石自身が大きな存在だったし、そしてもう少しいえば、白石が活動してきた期間で「フォーメーション」や「ポジション」が新たな意味をもちうるものとして再定義されたことを表しているともいえるかもしれない。

 今作のフォーメーションがこの形であったことにより、フォーメーションに関する多くの記録が無効になっているような形である(それすら「例外」として処理するのは、白石の功績を無視することになろう)。
 久保史緒里、山下美月、与田祐希、遠藤さくら、賀喜遥香についていえば「選抜に入った上で3列目」であったのはこのときが唯一であり、堀未央奈も17thシングルでフロントのポジションに立って以降で3列目であったのはこのときだけである(22nd・26thシングルのみ2列目、ほかは1列目)。樋口日奈と和田まあやは今作が唯一の福神メンバーであり、和田は選抜入りが17作ぶりという状況でもあった。井上小百合の福神入りは6作ぶり、中田花奈の福神入りは2ndシングル以来23作ぶりである。

 シングルのトラック構成についていえば、“1期生全員選抜”に対応するような形で2期生曲「アナスターシャ」、3期生曲「毎日がBrand new day」、4期生曲「I see…」が制作されている。これをもって全メンバーがシングルに参加する形となったことにより(という説明が加えられたわけではないが)、今作は史上唯一アンダー曲が制作されず、アンダーメンバーが定義されないシングルとなった124
 アンダーメンバーが定義されないということは、アンダーライブが行われないということでもあった(はずである)。この点については憶測込みでナイーブな反応をみせるファンもいた雰囲気だったと記憶するが、商品概要の発表(=アンダー曲の制作がないことが判明)が新型コロナウイルスの感染拡大による「『乃木坂46のオールナイトニッポン』presents 乃木坂46 2期生ライブ」の開催中止発表と同日というタイミングおよび社会情勢であり、いずれにせよライブの開催どころではないような状況になっていったこともあり、間もなく曖昧になり霧消していったように思う。また、本作はこうした状況をふまえて、「乃木坂工事中」でのヒット祈願企画が行われなかった唯一のシングルともなった。

 白石の卒業は無期限延期のような形となり、結果としてグループ初の配信単独ライブとなった「NOGIZAKA46 Mai Shiraishi Graduation Concert 〜Always beside you〜」(2020年10月28日)をもって卒業する形がとられることになる。この間、グループ活動全体が停滞するなかでもあったが、白石は25thシングルの活動以後はグループからやや距離を置く形となる。しかし一方で、卒業を待たずに個人のYouTubeチャンネル「my channel」をスタートさせ、このなかでグループ活動が振り返られる場面が設けられ、参加しなかった「Route 246」の衣装を着用する姿を見せたり、改めて卒業が迫った時期には音楽番組に出演して代表曲をメドレーで演じたりするなど、卒業が延期されたからこそ生まれた場面もあった。朝のまどろみのなかで見る夢の続きのような、そんな時期だったように思う(無観客・配信ライブでの卒業という形に、まだいくぶん現実感を感じられなかったことも含めて)。

[24]4期生の加入と「期別」の構造
——現在の人数構成はどのように成立したか

 4期生がグループに合流したこの時期は、期ごとの人数バランスが良い時期でもあった。25thシングルの楽曲歌唱メンバー125でいえば、1期生が11人、2期生が9人、3期生が12人、4期生が11人であり、他の期と扱いを揃える形で久しぶりに2期生曲・3期生曲が制作される126、というのもしっくりきやすい編成だし、「乃木坂工事中」でも「秋の四つ巴対決」(#225・#226)では期別対抗の形、「団結力バトル!2020」(#249・#250)では「1期生対2・3・4期生」の形がとられるなど、期ごとのチーム分けがなされていたことが印象深い時期であった。「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2020年2月21-24日)でも、各日序盤のブロックで期ごとに1曲ずつ披露する形がとられていた。

 その後、コロナ禍で活動がストップした期間も挟みつつ127、メンバーの卒業やいわゆる“新4期生”の合流も経ながら、全体ライブののち期別の無観客・配信ライブを分散開催する形をとった「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」128あたりまで、人数バランスの良さを背景とした全期横並びの活動が続いていくことになる。その後は1期生・2期生の卒業が続き、そうした場面は減っていくものの、「真夏の全国ツアー2021 FINAL!」(2021年11月20-21日)では「乃木坂46の4世代」として各期ごとにパフォーマンスする場面が改めて設けられたり、ベストアルバム「Time flies」のプロモーションでは各期の代表が参加するような形がとられたりと、加入期はグループの歩みを把握するための主要なストーリーとして扱われ続ける。

 そして、5期生の加入を経たのちの「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2022年5月14-15日)では、冒頭で各期ごとにメンバーがステージに登場してくるという演出がなされる。その後の「真夏の全国ツアー2022」では、計5人となった“1・2期生”が「未来を担う後輩たちに何ができるか考えてつくった」ものとして、後輩メンバーをクローズアップした形のコーナーが設けられる129。この夏の30thシングルでは、3期生曲「僕が手を叩く方へ」、4期生曲「ジャンピングジョーカーフラッシュ」、5期生曲「バンドエイド剥がすような別れ方」が制作され130、翌年の「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」では3期生ライブ・4期生ライブ・5期生ライブが開催されるなど、1期生・2期生の卒業を見送りながら、現在までつながるこの3世代での体制が確立されていくことになる。

 山下美月の卒業を控えた現在でいえば、3期生は11人、4期生は14人、5期生は11人であり、バランスの良さは新たな形で保たれている。オーディションが進行中の6期生も、同程度の人数規模での加入が予想されるところであり、メンバーの加入と卒業を繰り返しながらグループ全体の規模を保っていくことに成功しているように見える。
 メンバーがグループで活動期間はまちまちで、加入時の年齢にも幅がある。学校の部活のように、一定期間ごとに強制的に“世代交代”がなされる性質のものではないが、オーディションという形で加入時期がはっきりしており、先輩/後輩というとらえ方もしっかり存在していることや、オーディションの間隔や個々のメンバーの平均活動期間を考慮すれば、それに近いものとみなせる。何よりそうしたほうが、メンバーもグループのなかで動きやすいし、自己評価もしやすい。そんなふうに見える。

 こうした構造が実現した、あるいはそういうものという認識が確立したのが、4期生の加入をもってであったといえるように思う。そこに至るまでの3期生12人の活動期間は、ある意味それの下地となる期間であったといえるとして、少なくとも1期生・2期生のみでの活動期間についてはそうではなかったということだ。
 1期生はオーディション合格時36人という規模であり、一方でそれに続く2期生は、オーディションに合格したのが14人、その後正規メンバーに昇格したのが11人で、その後の期と人数規模としては変わらない。ただ、前述したように選抜/アンダーの隔たりが大きかった時代にあって、その半数のメンバーが2年近くの期間を研究生扱いで過ごし、ほぼ全員が選抜メンバーとしての活動を経験した1期生とは対照的に、選抜入りのないままグループを離れたメンバーや、最初の選抜入りまで長らくの時間がかかったメンバーも多かった。
 ただ、その間にもアンダーの2期生たちはそれぞれのやり方でグループ外に活動の幅を広げ始める。伊藤かりんは2015年4月から「将棋フォーカス」へのレギュラー出演を開始し、伊藤純奈は2017年4月の「犬夜叉」以降舞台俳優として頭角を現し始める。佐々木琴子は2019年4月にスタートした「乃木坂46佐々木琴子のトップギア」から、アニメ関係の仕事を本格化させていく。山崎怜奈は2019年にひかりTVチャンネル+とCBCラジオにて冠番組をもち、2020年には現在まで続く「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。」の放送がスタートした。

 ここであげた4人が、正規メンバーに昇格した2期生のうち、選抜経験のないままグループを離れたメンバーであるが、現在まで当時の延長線上で活躍を続けていることに改めて驚く。当時から、選抜入り(=グループのなかでのポジションを“上げる”こと)より自分の道で活躍することを追求していたように見えていたし、かりんは「私がプロデューサーだったら、今の伊藤かりんを選抜にはしないかもしれませんね(笑)」とさえ言い切るなど、それをはっきり言葉にしてもいた。あるいはグループの人数規模が現在よりやや大きかったことも、そこに寄与するところがあったかもしれない。

 乃木坂46のメンバーとして今後の自身の活動についてはどう考えていますか?
「決して選抜を目指していないわけではないのですが、アンダーメンバーでありながら将棋のお仕事を頂いて、“何が何でも選抜を目指さなければ先はないんだ”という考え方からは少し解放されたかもしれません。44人のメンバーから選抜として活動するのはその半数以下。アンダーメンバーの方が人数が多い訳じゃないですか。選抜・アンダー関係なく、今の自分ができることを考えた方が前向きなのかな、と……」

 なるほど、そういう考え方がありますか。
「自分を卑下するつもりはないですが、私がプロデューサーだったら、今の伊藤かりんを選抜にはしないかもしれませんね(笑)。アンダーライブで伊藤かりんが輝けていることを自分で知っているし、そこがいちばん自分のベストポジションかなと思っています」

(『アップトゥボーイ』2018年5月号 p.51)

 かりんが「アンダーメンバーでありながら将棋のお仕事を頂いて」としたような、「選抜メンバーとしてグループを代表する存在となった先に“外仕事”がある」という向きはこの時代にはすでにほぼ退けられており、メンバー個々のパーソナリティをみて差配できるような、そんなところにグループはいたように思う。この時期はすでに3期生がグループに合流しようかというところで、アンダーライブの評価も定着し、そうしたさまざまな状況を彼女らしく的確に見てとったからこそ、「そこがいちばん自分のベストポジションかな」と語れたのだろう。

 2期生は独特な代だったな、と感じる。「選抜でなくてもいろんなことができる」と身をもって示し、そのことでグループを高めたメンバーがいた一方で、堀未央奈や北野日奈子あたりのメンバーはそれと重なる時期くらいまで「2期生みんなで選抜に入りたい」のような趣旨のことを口にしていた。スタンスの分かれるメンバーが、しかし独特の一体感をもっていた、というようなところだろうか。いま、当時のことを振り返ってまとめるとすれば、前者がアンダーの価値を高めたのであったならば、後者は選抜の価値を下げなかったのだと思う。
 長らく2期生がそのような立ち回りをして、4期生が加入したタイミングでちょうど何かがぴたりとはまり、「期別」の構造がはっきりした、というような形であった。そのようにまとめることもできるかもしれない。1期生が36人という人数規模でグループの立ち上げを担い、ゼロから個性を探し出し、体当たりで形をつくっていったのであれば、2期生はその後につながる14人という規模で、グループの安定飛行への接続を担ったといえる。

■ 「期別」の動きがもたらしたもの
 期のまとまりが強調され、期ごとの活動が多くなってきたことは、おもに新加入のメンバーの活動量を高めるとともに、グループ全体の編成やストーリーにも重層性をもたらしている。
 2期生は研究生としてのまとまりでの活動が多少あったものの、いち早く1期生に合流することのみが期待されていたようなところがあり、期でまとまって動くことは当初ほぼなかったといってよい。現在につながる本格的な活動がみられたのは3期生からで、「お見立て会」に始まり、「3人のプリンシパル」「三期生単独ライブ」「3rdアルバム発売記念三期生単独公演」とライブイベントを中心に期での稼働が多いところからスタートしたほか、2017年4月クールの「NOGIBINGO!8」は3期生をメインに据え、1・2期生はそれを見届けるという形がとられた。また、「TOKYO IDOL FESTIVAL 2017」にも3期生単独の形で出演している(1・2期生もサプライズで登場した)ほか、「見殺し姫」「星の王女さま」と、期のくくりでの舞台公演も行われている。
 4期生・5期生も、そのときどきである程度違いはあれど、ライブ/バラエティ/イベント出演/舞台・ドラマと、おおむねこれをトレースするような形で活動をスタートさせている。コロナ禍の期間が挟まって評価しにくい部分はあるものの、その期間はやや長くなっているようにも思え、グループに合流するための“練習”ないし“修行”の色はやや薄れているようにも感じる(例えば「5期生も『乃木坂スター誕生!』をやらせていただける」のような言い方も多かったことを思い出す。そうした“新加入メンバー特有の活動の形”も、継続していくことで“先輩が通った道”になっていくのだ)。
 期別楽曲についても、2期生がはじめてあてがわれたのは、加入から約3年が経過した2ndアルバム「それぞれの椅子」での「かき氷の片想い」であり、3期生以降から積極的に制作されるようになったといえる。その後2期生曲も総計5曲が制作されることになるが、それらがすべて堀未央奈をセンターとしていた一方、3期生以降はセンターを変える傾向にあるという点では違いがある。それだけパフォーマンスの幅が広がるということはもちろん、「オリジナルのセンター曲」をもっているメンバーが増えるという点でも意義は大きい。「期別」のストーリーの存在感が強まっていくなか、そこには単なる「カップリング曲のセンター」をこえた意味あいが生まれているように思う。
 その意味ではアンダーセンターと意味が重なるものの、“同期”はアンダーメンバーと異なり、卒業以外で原則としてメンバーに変動がないという点でも、ストーリーをより色濃くしている。ファン向けにはわかりやすさでもあるし、それ以上に存在するエモーショナルさはメンバーもファンも共有する感覚であろう。オリジナルメンバーが明確であることで、オリジナル以外のメンバーが演じる(または、加わる)ときにも意味が見いだされやすい部分もあるかもしれない。

[25]あの冬、山下美月が負ったもの
——グループが生んだスターの涙と笑顔

 乃木坂46の新型コロナウイルス禍は少し長かったように感じる。いわゆる“自粛期間”に制作され、チャリティの意味も付与された「世界中の隣人よ」、引退状態にあった小室哲哉を作編曲に迎えた「Route 246」の2曲がデジタルシングルとしてリリースされ、前者では「日本レコード大賞」に、後者では「NHK紅白歌合戦」に出場するなど、メジャーアイドルシーンの表通りを走り続けていたことは確かだし、2020年9月9日には「ALL MV COLLECTION 2〜あの頃の彼女たち〜」のリリースもあったが、シングルのリリースは2021年に入るまで待たれる形となった。また、無観客・配信形式で本格的にライブを再開させていく端緒となったのも2020年10月28日の「Mai Shiraishi Graduation Concert 〜Always beside you〜」とやや遅く、慎重にタイミングを図っている印象があった。

 「世界中の隣人よ」は全メンバーに卒業メンバー11人を加えた特別な体制で制作された作品であった一方、「Route 246」はセンターに齋藤飛鳥を置いた18人のフォーメーションで、24th・25thシングルの選抜メンバーを折衷させたような構成であり、そのような取り扱いはされていないものの、暫定の選抜メンバーのような色をもっていた。
 あえてこのような表現をしたのは、コロナ禍から26thシングル期に入るまで、もっといえば「例外シングル」の最たるものであった25thシングル期からの約1年近くの時期、フォーメーションの秩序にほぼ変動はなかったといえるからである。シングルのリリースが滞っていたことに加え、メンバーの卒業のペースがコロナ禍で少し抑えられていたことも、それに寄与しているかもしれない。
 26thシングルの選抜発表の模様は2020年11月15日の「乃木坂工事中」#284で放送されている。メンバーへの発表は9月であったとされており、白石麻衣の卒業コンサートが間に挟まる形であった。またリリース日(2021年1月27日)までまだ2ヶ月半近くあるタイミングでの選抜発表放送というのもかなり早い部類に入る。活動が再開したとはいえ新型コロナウイルス対策にはかなり緊張感のあった時期で、それもあってか慎重なスケジューリングが行われていたように見える。一方で、このシングルは堀未央奈の卒業シングルでもあり、ソロ曲「冷たい水の中」のMVが7thシングル「バレッタ」のリリースからちょうど7年後にあたる2020年11月27日に公開され、そのなかで卒業発表が行われるという形がとられたため、それを前提としたスケジューリングであったともいえそうである131

 2021年最初のシングルであったことに加え、コロナ禍を経た最初のリリースであり、グループとしては重要なタイミングであった。選抜発表そのものも久しぶりという状況であり、注目度はよりいっそう高かったといえるかもしれない。そこで最後に名前を呼ばれたのが、このとき初センターとなる山下美月であった。その両隣には同じく3期生の梅澤美波・久保史緒里が立つ形となり、梅澤のフロントメンバーは22ndシングル以来2回目、久保は初フロントであった。
 このほか、「Route 246」からの変動ということでいえば、北野日奈子が外れて清宮レイ・田村真佑が加わるという形であり、選抜/アンダーのラインでの変動幅はそこまで大きくなかったともいえる。それよりはやはり次代のリーダーとして3期生を押し出した印象のほうが強いフォーメーションであった。その後現在までの経緯を考えれば、それはその通りに機能したといえる。

【26thシングル「僕は僕を好きになる」選抜メンバー】
新内 清宮 田村 星野 筒井 岩本 高山
松村 遠藤 大園 堀 与田 賀喜 秋元
生田 梅澤 山下 久保 飛鳥

 現在のグループにおける山下の存在感は抜群であり、当時もそこまで状況が違ったわけではないが、それでも山下をセンターとしたことはやや積極的な“人事”であったといえ、“フォーメーション史”ということでいえばひとつの転換点であったことは間違いない。そもそもこのときまで、「抜擢シングル」以外でシングルのセンターに立ったのはすべて1期生であった。「歴代センターの生まれ年はすべて違う」という、8割方はジンクスのようなものであるが、ややメンバーの年齢バランスを反映した現象ともいえる言われ方も、当時のファンコミュニティには少しあった132。ともかくたくさんの何かが転換したような、そんな印象が当時からあった。結果としてその後の先輩メンバーによるセンターは、生田絵梨花と齋藤飛鳥の“卒業センター”の例しかなかったことになる。

 これが無観客・配信形式での「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」に臨む体制ということでもあったし、全国握手会・個別握手会が「オンラインミート&グリート」および配信ミニライブに代えられる形となり、必然的にCDシングルの売り上げの数字は落ちることになる。数字の変動をねちっこく追って、ときに特定のメンバーをスケープゴートにするような、そんな意地の悪いファンは昔ほど目立たなくなっていたものの、16thシングルから10作連続で続けてきたミリオン認定が途切れることにもなり133、コロナ禍の状況はみな同じであったとはいえ、他のグループ・アーティストよりもそこにいくぶん特別な意味が乗ってしまうような巡りあわせでもあった。どうでもよいことも、どうでもよくないこともすべてを背負って、山下は乃木坂46のセンターに立ったのである。
 選抜発表、特に新センターの誕生の歴史は戸惑いと涙の色で描かれてきたものであったが、このときはそうした印象はいくぶん排されていたように思う。前述したように、新センターではあるが「抜擢シングル」ではなかったわけでもあるし、フォーメーションの真ん中に立つ山下には最初から頼もしさの色があった。「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」の開催に際してHuluで配信されたドキュメンタリー「僕たちは居場所を探して」や、この年の秋に単独で出演した「おしゃれクリップ」でも、山下自身の内面の逡巡のようなものは2019年の活動休止期間のほうに引きつけて語られ、いうなればすべての瞬間において、きちんと“センターの顔”をして活動していたような、そんな印象をもつ。
 ただ、この年の年末に「乃木坂工事中」内で放送された、年末年始恒例の“スペシャルCM”では選抜発表を受けて山下が涙するカットが用いられるなど、裏ではそうした場面がなかったわけではないようである。しかしそれも、一時期よりはいくぶん抑制的に描かれていた印象だ。あえて意地悪にいえば、かつてはメンバーが泣いているのがエンターテインメントであったのが選抜発表で、やはりそこからは、多少の転換があったといえることは間違いない。時代の流れ、メジャーグループのあり方、後輩メンバーとしてそれを担う重圧。見ていていろいろなものが去来したのが、26thシングルの体制であった。

山下美月の個人活動
 「電影少女 -VIDEO GIRL MAI 2019-」の時期に活動休止があり、そこからはややドラマ出演としては間が空いていた山下であったが、飛鳥・梅澤とともに主演を務めた「映像研には手を出すな!」を経て、シングルリリース直後から「あざとくて何が悪いの?」の番組内連続ドラマに個人として出演することになる。演技の仕事の実績は少ないほうではなかったといえるが、コロナ禍のもどかしい時期に演技のワークショップに通い、「再現VTRの仕事をやらせてください!」と事務所に願い出たことからつかんだ役であったという(『TRIANGLE magazine 01』p.54)。この頃は「あざとい」「あざと女子」などが流行語となっており、なおかつそのイメージが、別の言葉で説明するならば「ぶりっ子」から「小悪魔」に移り変わったとでもいおうか、ちょっと変質していったような印象もある時期であった(田中みな実と弘中綾香が牽引したブームと考えると直感的であろう)。ちょうど時流に乗ったようにも見えたし、あるいはむしろ山下もその変遷の一端を担ったといえるかもしれない。
 これを足がかりにするような形で、次のクールでは「着飾る恋には理由があって」に出演する。スピンオフドラマの「着飾らない恋には理由があって」では主演を務めたほか、初回放送前にドラマチームの一員として出演した「オールスター感謝祭2021春」では個人総合優勝を果たす。コロナ禍を経て出演者数が大幅に減少したという状況もあったものの、そうした点までも含めて、山下のスター性のあらわれであるような、そんなふうに感じたことを覚えている。その後は連続テレビ小説「舞い上がれ!」(2022年度後期)を筆頭に、絶え間なくドラマに出続けているような状況であることは周知の通りである。
 専属モデルとしての活動、ドラマへの出演、バラエティに出れば前のめり134。それはまさに「僕は僕を好きになる」のMVが描いたような世界観である。センターポジションに立つ姿はいかにも堂々としているばかりでなく、身長さえぴったりはまっているように見えた135。乃木坂生まれ乃木坂育ち、加入から4年の歳月を経てグループのセンターに立った“乃木坂46”の化身。それが紫色の羽根を広げて空へ飛び立っていくような、そんな時期だったとまとめられるかもしれない。

 このシングルのアンダーメンバーの顔ぶれにも少し言及すると、4期生はまだ合流しない扱いがとられる一方、25thシングルからでいうと北野日奈子・樋口日奈・和田まあやが合流する形となった。特に北野は23thシングルでの選抜復帰・初福神以降、24th・25thシングルでも選抜メンバーとして活動していたことに加え、「Route 246」にも参加しており、選抜に定着したと本人もファンも思っていたような状況でもあり、独特の動きであったといえる(「Route 246」のメンバーから26thシングルで選抜を外れたのは北野のみである[「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」の例外])。北野は選抜へのこだわりが非常に強く、また今作は堀の最後の参加作品であったこともあり、相当ショックが大きかったようである。
 一方、この体制で開催された「アンダーライブ2020」(2020年12月18-20日)は、コロナ禍以降グループとして初めてとなる有観客ライブとして開催されるとともに、「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」(2019年10月10-11日)以来1年以上ぶりのアンダーライブでもあったことになる。アンダーライブは「アンダーライブ2021」(2021年5月26日)の無観客・配信形式での開催を経て、4期生を迎えることになったほか、シングルのナンバリングを冠する現在の形式がスタートすることになる(「28thSGアンダーライブ」)。
 樋口のアンダーライブ参加はこのときの「アンダーライブ2020」が、北野のアンダーライブ参加も「アンダーライブ2021」が最後となった。「アンダーライブ2020」は“アンダー曲全曲披露”の形でもある。アンダーライブが現在まで連綿と続いていることを思えば、それを途切れさせず、むしろ強くするような役割を、これらのメンバーは担った(もっといえば、それを念頭に置いた“人事”であった)といえるようにも思う。

【26thシングルアンダー曲「口ほどにもないKISS」】
純奈 楓 向井 和田 吉田 中村
 山崎 渡辺 樋口 寺田 理々杏
鈴木 阪口 北野

【27thシングルアンダー曲「錆びたコンパス」】
楓 和田 中村 向井 吉田 理々杏
阪口 北野 鈴木 寺田
渡辺 山崎 純奈

[26]選抜メンバーの“単調増加”
——喜びや悔しさとの距離感

 2021年には26th・27th・28thの3枚のシングルと、10周年を記念する位置づけとされたベストアルバム「Time flies」がリリースされており、観客数や席空けの制限が課せられるなかではあったが全国ツアーも再開されるなど、活動のペースは元に戻されることになった。5期生オーディションもこの夏に告知されて進行し、この年の終盤には翌年2月の加入に向け研修が行われることになる。
 ライブでの“声出し解禁”はまだまだ先のことであり、マウスシールドを着用してのロケ撮影が目立つ時期でもあったが、有観客ライブでも千秋楽公演などの重要な公演では配信併用とされる形が定着し、「オンラインミート&グリート」やシングル発売記念の配信ミニライブの形も現在にいたるまで継続されている。5期生オーディションでもオンラインでの審査が導入され(6期生オーディションでも継続されている)、YouTubeチャンネル「乃木坂配信中」の開設もこの年のことである。コロナ禍の所産といえるものは意外と多い。

 26thシングルでの山下美月に続き、27thシングルでは遠藤さくらが、28thシングルでは賀喜遥香が表題曲のセンターに立つことになる。遠藤は「抜擢シングル」以来の2回目のセンター、賀喜は初センターである。「Time flies」はリード曲「最後のTight Hug」が生田絵梨花の“卒業センター”曲であったものの、この年のシングルでいえば(メンバーの卒業は相次いでいたにも関わらず)卒業メンバーをセンターに据える形の「卒業シングル」もなく、「例外シングル」といえる作品もなかったし、28thシングルで4期生がアンダーメンバーに合流する形がとられた一方、選抜メンバーにはそれまでにも作品ごとに4期生が新たに加わっており、3期生・5期生のときほど「一気に合流した」という印象は強くない。
 シングルごとに“卒業ソロ曲”が制作されるなど、グループの活動や作品づくりの面では常時メンバーの卒業が意識され続けるなかではあったものの、選抜/アンダーの動きとしてはいくぶん落ち着きのある1年だったといえる。また、活動休止の形となるメンバーもこの期間はおらず、各リリース作品が当時所属の全メンバーによって制作されてもいる。

 その27thシングルでは、樋口日奈が選抜に復帰し、早川聖来が初選抜となる。これに続く28thシングルでは北野日奈子と鈴木絢音が選抜に復帰し、掛橋沙耶香が初選抜となっている。この間に選抜メンバーから外れたのはグループ卒業にともなう堀未央奈・松村沙友理・大園桃子のみであった(「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」)。また、この間に選抜人数は1人ずつ増加しており、数字だけを追うならば、4期生の選抜入りは全体の人数増でまかなわれ、卒業メンバーのぶんだけアンダーから選抜への動きがあったようにとらえることもできる(「①選抜人数の増加」)。

【27thシングル表題曲「ごめんねFingers crossed」】
樋口 早川 筒井 大園 岩本 清宮 田村 新内
秋元 梅澤 星野 松村 生田 久保 高山
与田 飛鳥 遠藤 山下 賀喜

【28thシングル表題曲「君に叱られた」】
樋口 早川 清宮 北野 岩本 鈴木 田村 新内 掛橋
筒井 梅澤 星野 高山 生田 久保 秋元
遠藤 与田 賀喜 飛鳥 山下

 この間に新たに選抜入りした早川と掛橋にはある意味では共通点があって、それは「前シングルで選抜入りを逃したことをはっきりと悔しがる発信をしていた」ということである。早川は「私自身、正直とても悔しいです。」と綴り、「これからも私は悔しい時には悔しいと言える素直な人であり続けられたらいいなぁと思っています。」とした(公式ブログ 2020年11月19日「やっと素直になれる」)。掛橋は直前の時期に大学進学を公表していたこともあり、「選抜に落ちた理由は、学業のためではなくて自分自身の実力不足な点にあります。」と言い切り、「選抜に入る事を諦めておらず」「高校2年生で初めて選抜に落ちて以来、毎日のように自分を責めてきた」と綴った上で、「次のシングル期間中に底力を出し切る!」という決意表明をした公式ブログ 2021年4月23日「稚夏」
 こういう語りがあったから選抜入りにつながったというよりは、「すんでのところで選抜入りを逃した」のような感覚があるからこそ、このような語りにつながるのではないか、という気がする。新たに選抜に加わるメンバーやセンターとなるメンバーについては、メンバー自身のあいだでもなんとなく察せられていることが多いというし、特に4期生についていえば選抜メンバーが“単調増加”ともいえる状況であった(そして新加入の期であることから、それはいくぶん自然なことでもあった)から、「次は誰がくるのか」という目線で見られることも多かっただろうし、あるいは本人が「次は自分が」という意識をもつ向きもあっただろう。
 本稿は全体として、「選抜の椅子をめぐって競争する、という世界観は徐々に退けられていった」というトーンで書いてきている。ただそれは「選抜メンバーとして活動したい」というメンバーの思いが弱まった、ということを必ずしも意味しない。いたずらにあおられるような場面はほぼなくなっているとはいえ、それはむしろメンバーの思いを封じ込めているだけなのではないかと感じることも、ないではない。ただ、個々のメンバーがグループ全体のことを考え、あるいは他のメンバーひとりひとりの顔を思い浮かべるからこそ、率直に語ることは難しいし、あるいは感じ方も複雑になっているのは確かだろう。そして、こうした状況にあるからこそ、このときの早川や掛橋のように、はっきりとした発信がなされたときのことは、記憶に残りやすい。
 メンバーに対する選抜発表がなされてから、それが放送に乗って公になるまでにはいくぶんの時間がある。早川も掛橋も、上記のような発信とセットで、放送までの間に受け止めて前を向いている、というニュアンスのことも綴っていた。選抜発表後のブログとしては一般的なそれである、といえると思う。基本的にはあくまでメンバー横並びの「選抜発表」の形は崩さないが、その場の模様のことを過度にショーにしないことで、フォーメーションが公になるまでの時間で組織が再度整えられているような、そんな印象をもつ。

 4期生が合流したこのときのアンダーメンバーで臨まれた「28thSGアンダーライブ」は、アンダーセンターを務めた寺田蘭世の卒業の区切りのライブとなった。アンダーセンターにこのような意味がもたされたのは初めてといってよく(18thシングルでの中元日芽香のダブルセンターがやや微妙ではあるが)、30thシングルでの和田まあやがこれに続いたことになる。また、このときの寺田が2期生最後のアンダーセンターとなった。

【28thシングルアンダー曲「マシンガンレイン」】
理々杏 黒見 矢久保 和田 北川 吉田 向井
松尾 林 阪口 金川 璃果 楓
弓木 柴田 寺田 中村 山崎

[27]「5期生加入」の共通と差異
——問い直される“新メンバー加入”の形

 2021年8月10日に応募が締め切られた5期生オーディションへの応募者は8万7852人を数え、これは日本のグループアイドル史上最多であると報じられた。それだけ注目度も高かったといえたオーディションだったが、長らく恒例であった(いわゆる)SHOWROOM審査が行われず136、また合格者が即日お披露目される形もとられず137、クローズドな「研修期間」が数ヶ月にわたって設けられたこともあり、かなり静かに進行していったという印象がある。
 参加は必須ではなく、また“顔出し”をしない形も選択でき、かつ合否には関係しないとされたSHOWROOM審査だが、ファン向けのコンテンツとして一定の人気があったことを措けば、意義は薄くかえってリスキーであり(本当に合否に関係なかったのならなおさら)、いたずらに“序列”をつくりだして可視化するデメリットもあれば、加入前の“一般人”である候補生をエンターテインメントに組み込んでマネタイズすることに道義的問題もないではなかっただろう(近年特に流行のオーディション番組とは構造が違うのである)。クローズドな「研修期間」を設けたこととあわせて、池田瑛紗・岡本姫奈・川﨑桜の加入時期の調整が可能になった側面もあるように思われ、どちらかというと歓迎すべき変化だったのではないかと感じる。

 最終合格者が11名であることが2022年2月1日公開のティザー映像で公表され、翌日から1人ずつ映像が公開される形で順次メンバーが発表されていった。池田・岡本・川﨑を除く8人がここでお披露目され、この8人で「乃木坂46時間TV(第5弾)」内での「(第1回)5期生お見立て会」(2022年2月23日)に臨むことになる138
 これに先立つ2月20日の「乃木坂工事中」#348において、29thシングルの選抜発表の模様が放送されている。ベストアルバム期を挟み、前シングルから高山一実・寺田蘭世・生田絵梨花・新内眞衣・星野みなみがグループを卒業し、1月31日に卒業を発表した北野日奈子も選抜の対象とならなかったという状況のなかで、選抜人数は3人減の18人となったが選抜からアンダーに移ったメンバーはおらず(「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」)、4期生から柴田柚菜が新たに選抜入りする形となった139
 そしてセンターは、放送内では「5期生」とのみ発表され、「乃木坂46時間TV」内での発表という形がとられる。2期生以降続く「抜擢シングル」の形をとる一方(「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」)、選抜発表の放送を経てシークレットの部分が残るのは初めての形であった。加入から約1ヶ月半でのセンター就任は“史上最速”とキャプションを付されたが(参考)、5期生は「研修期間」を経たことを差し引いても140、確かに“史上最速”であったといえそうである。

 足かけ3日間の配信のクライマックスにあたる「46時間TVスペシャルライブ」の終盤。挿入されたVTRでは「他人のそら似」に乗せて配信のハイライトシーンが振り返られたのち、荘厳なBGMに切り替わる。「29thシングルセンター発表」「その者は かつてない歌声 発見された新しい可能性」。この日の「5期生お見立て会」の特技披露で「I LOVE YOU」を歌い、その歌唱力で鮮烈な印象を残していた中西アルノがセンターであることはその時点で明らかであり、すぐにオーディションでの歌唱のカットが差し挟まれる。「10年目の挑戦 3月23日発売 29thシングル『Actually…』フル楽曲初披露」「新センター 5期生 中西アルノ」。先輩メンバー17人がポジションについたのち、開いた扉の奥から中西が歩み出してくる。「Actually…」はこのときが初披露であり、かつ楽曲・タイトルともにこのとき解禁の形であった。

【29thシングル表題曲「Actually…」】
田村 掛橋 清宮 鈴木 樋口 岩本 柴田 早川
久保 賀喜 与田 遠藤 筒井
梅澤 山下 中西 飛鳥 秋元

 あれから2年以上が経ち、一歩引いて振り返ってみると、尋常ならざるハードルの上げ方である。ここで中西のセンターが公表されたことを「選抜発表」の一部とみなすならば、「選抜発表」が客前で行われたのは堀未央奈が抜擢された7thシングル以来であり、そこに楽曲の初披露までともなうとなるといよいよ初めての出来事であった141。表題曲でいえば「ぐるぐるカーテン」「今、話したい誰かがいる」が選抜発表放送翌日の初披露であり、「命は美しい」「ジコチューで行こう!」「しあわせの保護色」もライブにぶつける形で初披露がなされているが、それ以上のセンセーショナルさであったといえる。
 ただ、あのときはそれ以上に、中西の鮮烈な登場が衝撃的であったように思う。前年末に生田が卒業したばかりで、グループが新たな“歌姫”を求めているような部分はあったと思うし142、黒髪のショートカットや小柄な体躯は、センターポジションにおいて際立っていた(特に4期生は160cmを超えるメンバーが過半を占めているだけに、中西をはじめ5期生に小柄なメンバーが多いことは新鮮であった)。それが唐突に現れた新メンバーであり、珍しいファーストネームであったことまでちょっと含めて、グループがいまその瞬間に必要としている存在そのものが立ち現れたような、一方でまるで架空の存在のような、そんなふうに思うくらいであった。
 通例でいえば、新メンバーとして最初に前に出されるのはどちらかというと年少〜真ん中組で、年長組は少し時間が経ってから重用されるようなイメージもあるが、中西は5期生のなかでは池田と並んで最年長の代であり、この日までにお披露目されていたメンバーとしては最年長であった。このスピード感でセンターに立つとしたらそのほうがよかったように思うし、あるいは中西ほど明確なストロングポイントがないと難しかったとも思う。
 パフォーマンスを終え、秋元真夏が改めて中西を紹介する。中西は緊張で表情を強ばらせながら自己紹介をし、「私がこの場所に立つことに不安を思う人がたくさんいるかと思います」と、震える声で口にする。「乃木坂46の10年の歴史とその名に恥じぬように、精一杯頑張りますので、これからよろしくお願いします」と、胸に手を当てながら語った。最後に身体を丸めるようにして頭を下げたその姿が、重圧に潰れそうな心をどうにか守ろうとしているようにも見えた。

■ 「Actually…」と中西アルノのその後
 「乃木坂46時間TV」の配信を終えた直後に、グループは会場から中継する形で「テレ東音楽祭」に出演する。「Actually…」はここで音楽番組での初披露となった。そこからはシングルリリースに向けた動きが一気に加速し、音楽番組への出演が続いていく時期になるが、時同じくして中西のグループ加入以前の行動が一部のファンコミュニティで虚実入り交じる形で拡散され、中西は「Actually…」のリリースを前にして、一定期間「活動自粛」の形をとることになる。乃木坂46合同会社名でのリリースでは一部事実関係を認めつつ、事実と異なる発信がなされていることには強い言葉で抗議が加えられた。そこに付された中西本人のコメントは過去の自身のこととともに現在の思いが語られたうえで、謝罪で締めくくられた。
 29thシングルのフォーメーションは、中西の両隣に齋藤飛鳥と山下美月というグループの顔といえるふたりが立ち、その両隣をキャプテン・秋元と、前年11月に副キャプテンに就任した梅澤美波が固めるという、もともと新センターの中西を支えんとする意図が見えやすい形であった(キャプテン時代の秋元がフロントに立ったのはこのときが唯一である)。「何があっても中西を助けるし、グループをつまずかせるようなことはしない」とでもいおうか。「抜擢シングル」は徐々にそうした色を強くしてきたが、しかしこのときはそれにしても、「何があっても」の部分が重かったかもしれない。活動自粛の状況に加え、作品が描いたモチーフがいくぶんその状況に重なってしまったこともあり、オリジナルバージョンのMVは特典映像のみにとどめられる形となる。これを受けて飛鳥と山下をダブルセンターとする形のMVが急遽制作され、シングルの発売直前というタイミングで公開された。現在に至るまで、オリジナルバージョンのMVはYouTubeでの公開はおろかのぎ動画での配信もなされていない。
 同時期に、活動開始前であった岡本姫奈についてもさまざまな情報が拡散され、「グループの活動規約に違反する行為があったため」として3月18日に活動自粛が発表される143。あまり思い出したくない、ともかく雑音の多い時期であった。
 ただ、中西のときのリリースにおいて、従前通り「加入以前の行動に関しては法律に反すること以外は不問」という説明が加えられる一方、活動自粛に対して「本人の保護と育成の為」と明言したことにはやや新規性があった。岡本の活動自粛についても、自粛の期間に「育成を図っていく」という表現が用いられている。5期生のなかでは年長メンバーにあたる中西および岡本であるが、このときはまだ未成年である144。実質的な動きに大差はなくても、メンバーを咎め、罰則を科すようなニュアンスではなく、メンバーの未熟な部分を守るニュアンスが前に出されたことには意味があったと思うし、ある意味では希望を感じた部分もある(そうあることが当たり前だ、とも思うのだが)。

 メンバーの過去やプライベートが詮索されたり、ときに心ない攻撃を受けたりすることは(残念ながら)以前からある普遍的な現象であるように思うが、現代においてそれは異なる形がとられるようになり、状況としてはよりいっそう悪化しているように見える。“アンチ”が握手会に突撃していたり、吹きだまりのようなインターネット掲示板が荒れているだけだった時代がまだ平和に思えるくらいで、グループやメンバーに対するさしたる強い思いもなく、人間がもつ底意地の悪さのみによって、たまたま目に入っただけの存在の失策に油を撒いて直接火をくべようとする——ファンコミュニティに限らず、社会全体にそんな印象を抱く時代になってしまった。飛び交う情報は真偽を問わず人々の不安や怒りをかき立て、それがさらなる拡散、ないし論争につながる。インターネットでのうわさ話やデマはインターネットの外にも持ち込まれ、根拠のない確からしさを増して再びインターネットに持ち込まれる。建設的なコミュニケーションとはほど遠いそれで得をしているのはプラットフォーマーとアフィリエイターくらいだろうか。望むと望まざるとにかかわらず放り込まれたアテンション・エコノミーのなかで、人々はひたすら消耗させられているように見える。
 この2022年には、侮辱罪を厳罰化する刑法改正が行われたほか、誹謗中傷などに対して発信者情報の開示手続きが簡易になる改正プロバイダ責任制限法が施行されている。日本社会が直面している問題に、メジャーグループとして乃木坂46も正面衝突してしまった、そんなふうにも思える。メンバーの健全な育成云々にとどまらず、世の中のほうを健全にしなければならないし、そうしなければ何も解決しない。
 中西と岡本は、4月27日の「第2回5期生お見立て会」より活動を再開した。このときの開演前にはチーフマネージャーの菊地友もステージに立ち、客席に向けて発信する場面があったといい、正副キャプテンの秋元と梅澤が事前告知なく司会として起用された。イベントの位置づけや時代の雰囲気からすれば当然ありうべきものといえた生配信は行われず、菊地の発信や中西と岡本による謝罪の部分をカットしたうえで1週間後という早さでのぎ動画での配信に供するというのは、塀の上を歩くようなバランス感覚であったように思う。また、3月19日には池田が、4月1日には川﨑が活動をスタートさせていた。かくして5期生11人が全員揃い、5月の「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」からグループに合流していくことになる。あえていうならば、柔軟かつおおむね迅速な対応によって、グループは中西と岡本を“保護しきった”のだと思う。

 満員の日産スタジアム、中西をセンターに再度迎えて、改めての“ライブ初披露”のような形になった「Actually…」。ライブDVD/Blu-rayの特典映像にはその舞台裏の模様が収められている。「出たくない……」と涙する中西を飛鳥が「(センターは)あんたでしょうが」と励ます。背中を丸めて縮こまる中西に清宮レイと早川聖来が寄り添ってステージ下に待機し、ステージに上がった際には秋元がその小さな背中をぽんと叩いた。
 終演後、中西は「自分にはあの場所に、この曲で立つ資格がないと思っていた」と語り、翌年の「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」(DAY1)でも、「今日までの1年間、私にはこの歌を伝える権利はないと思っていたし、今でもそれを完全に払拭しているとは思っていません。それでも、私はこの曲が好きで、この曲を通して出会えた人たちが大好きです。」とした。「真夏の全国ツアー2022」初演の大阪城ホール公演では声が出ず、千秋楽の明治神宮野球場公演までそのプレッシャーに苛まれながら演じ続けたといい(31stシングル特典映像)、翌年のツアーを終えてそのときのことを振り返った中西は、「ラストサビ前、初めてはっきりと皆さんの顔が見えた時 『いま目があってる人たちも、私の事をよく思っていなかったらどうしよう』そう頭によぎってしまいました」「私の事を好きでいてくれてる方々も、私に期待してくれていた人たちも 私にはこれしかこの場所しかないのに 全て、全て、失望させてしまったと思って ステージに立つたび足が震えていました」と明かしたうえで、しかし翌年のツアーでは「皆さんの声が聞こえました」「少しずつ変われているかな」とした公式ブログ 2023年8月30日「良い夏だったな」。「Actually…」はライブを確実に盛り上げるグループの武器となり、一時は「あの場所に、この曲で立つ資格がない」、もしくは「私にはこれしかこの場所しかない」と自分を追い込むまでに至った中西の代名詞ともなっている。

 中西は緊張しながら話すと呼吸が浅くなるようである。「Actually…」の初披露後でもそうであったし、前述の「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」でも、“座長”を務めた「34thSGアンダーライブ」でもそうであったように思う。そうした中西の姿を見るたびに、2022年2月23日のことを思い出す。あの日一身に受けた重圧に始まり、あらゆるものを乗り越えてきたからこそ、いまの中西がある。けれど、本当なら乗り越える必要がなかったはずのものも、そこには含まれていたかもしれない。
 初めてステージに立ったときからあれほどまでに伸びやかに歌っていた彼女の喉を苦しく狭くして、歌わせまいとしていたものは何だったか。自分で自分の首を絞めていただけだ、と切り捨てるのみでは、絶望は増していくばかりである。

[28]“単調増加”の裏返し
——アンダーメンバーの“単調減少”の時期

 4期生がアンダーメンバーに合流したのが28thシングルであり、5期生が選抜/アンダーに合流したのが32ndシングルである。この間は選抜メンバーとアンダーメンバーの合計人数は増えなかったということであり、「①選抜人数の増加」「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」の状況もあいまって、アンダーメンバーについてはほぼ“単調減少”といえる状況が現出していた。
 29thシングルでは前述のように柴田柚菜が選抜に移り、寺田蘭世が28thシングルアンダーセンターを最後にグループを卒業したため、アンダーメンバーの人数は2人減の16人となる。何度も述べてきたように、16人はかつては選抜人数の基本とされ、かつ下限となっている人数である。このとき4期生が16人でもあり、これを下回ると特に、「アンダーメンバーが少ない時期」という印象を受ける規模感になる。
 センターは佐藤楓で、「29thSGアンダーライブ」はぴあアリーナMMで3日間という規模で開催される。チケットがソールドアウトしなかった公演として言及されることもあったが、当時でいえば過去最大といえる規模であり、筆者の計算が正しければ、実際に動員したとされるのべ観客数も2016年の「Merry Xmas Show 2016〜アンダー単独公演〜」に次ぐ過去2番目であった。前日に「北野日奈子卒業コンサート」も開催されており、なおかつまだコロナ禍の色が強いなか、3日目のみでなく2日目も同時生配信が行われたなどの種々の条件を考えれば、かなりの健闘であったといえる。
 アンダーライブ最後の1期生となった和田まあやは、千秋楽のアンコールにおいて「ちっちゃい会場でやってきて、そこで皆さんとの心と心がつながっているなというのを感じていたんですけど、今回、この大きい会場で、あんなに遠くの人とも心を通わせることができるんだというのを知って」と語り、「このまま頑張ってたら、アンダーライブを東京ドームでできるんじゃないかと思いました」とした。コロナ禍を挟んで1年以上途絶えた時期や、無観客・配信形式への変更を余儀なくされた(「アンダーライブ2021」)経験を経て、この頃からアンダーライブは再び勢いを増し、また規模感も拡大させていくことになる。

【29thシングルアンダー曲「届かなくたって…」】
吉田 理々杏 向井 和田 黒見 矢久保
林 松尾 山崎 中村 北川
阪口 弓木  金川 璃果

 このときにセンターを務めた佐藤楓に加え、金川紗耶と弓木奈於が選抜に移った30thシングルでは、アンダーメンバーはこの3人および前シングル限りでグループを卒業した山崎怜奈が純減した12人のフォーメーションとなった。センターはこのシングル限りでグループを卒業する和田まあやが務め、「30thSGアンダーライブ」は東京・大阪での計6公演で行われることになる。うち5公演では舞台公演で伊藤理々杏を欠き、大阪での3公演は新型コロナウイルス感染により中村麗乃を欠く形でのパフォーマンスとなったが、“12人”の枠組みが時折強調されながら、高いモチベーションで公演がつくられていたという印象を受けた。
 人数減・公演数増の傾向は31stシングルにおいてさらに強まり、佐藤楓は再度アンダーに移ることになるが、和田がグループ卒業、阪口珠美・林瑠奈が選抜入りし、アンダーメンバーは史上最少タイの10人を記録する。「31stSGアンダーライブ」は全国Zeppツアーの形で9公演が行われた。同じくアンダーメンバーが10人だった23rdシングル期のアンダーライブは、卒業を控えてシングルに参加していなかった伊藤かりん・斉藤優里の2人を加えて演じられた「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ〜アンダーライブ〜」であり、アンダーライブとしてはこのときが本当に最少人数であったことになる145

【30thシングルアンダー曲「Under’s Love」】
林 北川 吉田 黒見 矢久保
璃果 中村 向井 松尾
阪口 和田 理々杏

【31stシングルアンダー曲「悪い成分」】
吉田 矢久保 理々杏 黒見 北川 
向井 楓 中村 松尾 璃果

 アンダーメンバーが“単調減少”のような状況となることで、その独特の色は濃くなっていく一方、人数が少ないことで組織の密度は上がり、メンバーどうしの紐帯は強まりやすくなる。公演数が多いことでチームがともにする時間も長くなり、その傾向はよりいっそう強くなる。アンダー曲を強力な縦軸としたセットリストに加え、この時期には過去の楽曲に再び光を当てようとすることも多く試みられたほか、向井葉月のギターや伊藤理々杏のロングトーンの歌唱、矢久保美緒の安定感あるMCなど、アンダーライブ特有の強みといえるものも定番化していく。そのうえで必ず前回を上回ってくる強さも感じるようなところもあり、人数規模を減じるなかではあったが、現在のアンダーライブにつながる核の部分を形成した充実期だったといえるように思う。
 また「31stSGアンダーライブ」は、前シングル限りで和田がグループを離れたことにより、3・4期生のみによって臨まれたライブでもあった。選抜メンバーについても、秋元真夏・齋藤飛鳥・鈴木絢音の3人ともがこのシングル限りでグループを離れるが、続く32ndシングルでは選抜・アンダーともに5期生が合流することになる。ひと足先にオリジナルメンバー不在の状況を経験したことに加え、後輩を迎える前のタイミングでその状況に向き合ったことは、アンダーライブをつないでいく上では大きかったかもしれない。
 全メンバーが公演ごとにひとりずつ「決意表明」するパートが設けられたことはこの規模だからこそできたことだったし、センターを務めた中村麗乃は、事前配信で「私たちしかいないから、守んなきゃいけないじゃん(乃木坂配信中「31stSGアンダーライブ全国Zeppツアー開催記念特番」、2022年11月22日)という決意を語ってもいた。セットリストの1曲目で約8ヶ月ぶりに演じられた「アンダー」は、このときを最後に1年以上演じられていない。最後のオリジナルメンバーである和田をはじめとするオリジナルメンバーと公演をともにしたメンバーたちが、自分たち自身と向き合った上で、このあと後輩を迎えていく。そうした形でひとつの結節点となったのが「31stSGアンダーライブ」であったのだと思う。

[29]齋藤飛鳥の“引き際”を見て
——バトンを渡すこと/“甘んじて受ける”こと

 選抜メンバーのフォーメーションに再び目を移すと、30thシングルでは賀喜遥香が2作ぶり2回目のセンターに立つ。30thシングルの表題曲はこの年の“夏曲”「好きというのはロックだぜ!」であり、賀喜は3年ぶりの明治神宮野球場公演を含む「真夏の全国ツアー2022」の座長を務めることになる。前シングル“抜擢センター”であった中西アルノと、体調不良にともなう活動休止のためシングル不参加となった早川聖来以外は選抜を外れたメンバーはおらず(=アンダーに移ったメンバーはいない)、佐藤楓が7作ぶりに選抜入りし、金川紗耶・弓木奈於が初選抜となったというのは前述の通りである。弓木はいわゆる“新4期生”として初めての選抜入りとなった。
 「4期生」のまとまりとしての活動は合流後の早い時期から多かったものの、個人ブログの開始は2020年末、モバイルメールの開始は2021年9月であり、個人ブログとメッセージサービスともに2020年6月末のスタートであった欅坂46(スタート当時)の“新2期生”、日向坂46の“新3期生”よりもやや留め置かれている印象があったのが“新4期生”であり、4期生曲に参加した26thシングルからは選抜の対象となりえたとみなすとするならば、ここでも1年半以上留め置かれたような形であった。しかし弓木を端緒として34thシングルまでで5人全員が選抜を経験し、林瑠奈と松尾美佑はアンダーセンターを経験、35thシングルでは弓木が福神メンバーとなるなど、外形的なポジションにおける垣根は急速に取り払われていった。

【30thシングル表題曲「好きというのはロックだぜ!」】
金川 清宮 掛橋 鈴木 樋口 柴田 楓 弓木
田村 久保 梅澤 秋元 岩本 筒井
与田 飛鳥 賀喜 山下 遠藤

 「真夏の全国ツアー2022」の時点で、グループに1期生は4人、2期生は鈴木絢音のみになっていた。樋口日奈と和田まあやはツアー直前に同時に卒業発表していたという状況でもある。ツアーのユニットコーナーは“1・2期生”が後輩のために考えたものと位置づけられ、3期生および4期生が前面に立つような演出がつけられていた。5期生およびいわゆる“新4期生”は初めての“神宮”でもあったが、そこにともに立った最初の“神宮”を知る5人は、それぞれに自らの卒業に向けてテークオーバーゾーンに入り始める。

 「30thSGアンダーライブ」と「樋口日奈卒業セレモニー」で和田と樋口が最後のライブを終えたのち146、その直後といえる2022年11月4日、齋藤飛鳥が31stシングルの活動限りでのグループからの卒業を発表する。翌日には生配信で「ここにはないもの」が披露され、飛鳥の肉声が届けられるとともに選抜メンバーが明らかとなり、さらに翌日の「乃木坂工事中」#385では選抜発表の模様が放送され、フォーメーションが明らかとなる。
 活動休止から復帰した早川が選抜に合流し、前述の通り林が初選抜、阪口珠美が9作ぶりの選抜入りとなった。アンダーに移ったのは佐藤楓のみであったが(「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」の例外)、前シングル選抜メンバーからは樋口がグループを卒業、ライブ中のけがで活動を休止した掛橋沙耶香、体調不良にともない活動を一部休止した清宮レイがシングル不参加の形となり、選抜メンバーの総数は18人に減少した。
 鈴木絢音と金川紗耶が初めての福神メンバーとなり、特に鈴木に関しては「長いキャリアに報いる」ためのポジションであったように見てとれる。田村真佑は前シングルに続いて2回目の福神メンバーで、以後現在まで計5作連続で2列目のポジションをあてがわれている。初選抜が3列目だったメンバーが2列目に定着したケースは多くない。それだけグループにおける田村の存在感が大きいというのが半分と、全体のフォーメーションの力学がいくぶん変わりつつあるというのが半分、といったところであろうか。

【31stシングル表題曲「ここにはないもの」】
柴田 岩本 阪口 筒井 早川 林 弓木
田村 久保 梅澤 秋元 鈴木 金川
賀喜 遠藤 飛鳥 山下 与田

 飛鳥の卒業日は2022年12月31日の「NHK紅白歌合戦」とされ、ここでは初めてセンターを務めた表題曲「裸足でSummer」が演じられる。これを待つような形で年が明けた2023年1月7日に秋元真夏が卒業を発表、すでに日程が出ていた「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」にDAY5を追加する形で卒業コンサートが設定される。このライブの直前である2月18日には鈴木絢音が卒業を発表。卒業日は2期生が加入10周年を迎える3月28日に設定され、「鈴木絢音卒業セレモニー」が行われた。5月17-18日に設定された「齋藤飛鳥卒業コンサート」の開催発表はこの直前の3月20日であり、息つく間もなく卒業にかかわる発表・イベントが続いていく印象があった時期だが、「最後のひとり」のイメージをやや分散させるような(それはトロフィーのようなものであると同時に、一種の孤独もともなう肩書きであっただろう)、上手いスケジュールのさばき方であったなと、振り返ってみて思う。秋元・鈴木・飛鳥の3人とも、後輩のみに見送られてグループを卒業したのだ。

 満員の東京ドームで演じられた「齋藤飛鳥卒業コンサート」は、公演としての完成度が高くハイライトシーンが多かったことはもちろんであるが、筆者個人としては、卒業コンサートあるいは卒業センターとは何であるかを考えさせられるような機会ともなった。
 齋藤飛鳥の卒業に際し卒業コンサートが行われないことは、誰がどう考えてもあり得ないことで、会場が東京ドームといわれても、メンバーもファンもそこまで驚かなかったくらいではなかろうか。そうしたなかで、卒業日から卒業コンサートまで5ヶ月近くの時間を過ごし、この間の「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」も配信で見ていたという飛鳥は、「最初、『え、(卒業コンサートを)本当にやります?』という気持ちになってしまって」いたと語る(卒業コンサート1日目アンコール)。自分の卒業コンサートをやることで、未来に向かっているみんなを過去に立ち返らせてしまうから、と。
 でも別に、本気で拒絶しようと思っていたわけではないだろうし、早く見積もっても2月が終わるころで、いまさら引き返せないということもわかっていただろう。その一方で、思ってもいないことを言うようなタイプではないし、いかにも「われわれの思い浮かべる齋藤飛鳥」が言いそうなことでもある。自分から前のめりに行くというよりは、まずは周囲の期待や情熱を受け入れて大舞台に立つ。戸惑って震えていたり、あるいは肩ひじに力を込めすぎたりするところから始まっていたはずのアイドルたちは、いつしかやがて、すべてを従容と受け入れるプロフェッショナルになっていく。

 それは約束された商業的成功であったのだと思う。チケットには2日間トータル63万の応募があり、その上2日とも配信が行われている。Blu-ray/DVDは5ヶ月後のリリースであった。あるいは卒業シングル「ここにはないもの」はグループとしてはコロナ禍以降初、約3年ぶりのミリオン認定の作品となり、それは“1・2期生”の最後の執念であったようにも映る。グッズだって作っただけ売れたようなものだろう。いまでもどこの現場に行っても(他の坂道シリーズの現場でも)、Tシャツを着ているファンや、あの大きなトートバッグを持ったファンがいっぱいいる(前年の夏に「トリンギョ」を仕込んだのは、ちょっとあざといような気もするが)。そうした意味でも、やらずに終えてそれを逃すことはあり得なかったといえるだろう。
 ただ、マネジメントの側はそれを超えて、どこかウェットすぎるような、そんなふうに感じる場面もあった。卒業コンサート2日目の開演前の影ナレに、チーフマネージャーの菊地友と乃木坂46LLC代表の今野義雄が揃って登場する。今野はこの時期の設定となった卒業コンサートについて「当たり前じゃない、声を出して応援するライブ。そのライブで見送ってあげたい、そんなスタッフの思いで」と説明し、「5万人の円陣を組みたいと思います」と会場に呼びかけた。あるいは「東京ドームでの卒業コンサート」は、3年前に叶わなかったグループの夢、白石麻衣が残した幻でもあった。メンバーは時折、今野のことを「乃木坂のお父さん」と表現する。この人の思いに応えたい、そんなふうに感じさせる人物なのだろうし、またそのように振る舞うようにしているのだろう147

 あらゆる人の思いを乗せてステージに立った飛鳥は、「ここにはないもの」「ありがちな恋愛」「Sing Out!」などの代表曲や、ドラムの演奏をはじめとする個人の見せ場も存分につくりつつ、ユニットコーナーには後輩メンバーを満遍なく巻き込み、選抜のブロックもアンダーのブロックもつくり、各期の期別曲にも参加した。「どうやったらこの人たちの未来につながりつつ、私もいい旅立ちができるのか」を課題としていたといい、それは確実に成し遂げられていたといえるだろう。その究極は、2日目の21曲目に演じられた「人は夢を二度見る」であろう。それは、客席に「これからも乃木坂46のことをよろしくお願いします」、そして後輩たちにも「乃木坂をよろしくね」と、声を震わせて語りかけたうえで演じられた。
 一方で、同期全員の卒業を見送ってきた身として、1期生の卒業コンサートをオマージュする場面も散見された。最も強烈に感じられたのは姉妹のような紐帯のあった橋本奈々未へのオマージュであり、1日目の冒頭は客席への深いお辞儀で始められ、最後のスピーチは「今日で、卒業します」と切り出し、最後の曲を歌い終えたあとは天井へ向けてゴンドラで去っていった。しかし飛鳥はそこでは終わらず、ダブルアンコールの声に応えて再びメインステージに登場する。そこで小さく「またね」と言って最後のステージを終えたのも、もしかしたら橋本の最後のひと言が「みなさん、さようなら」だったのを覚えていたのかもしれない。“1期生”、もしくは“1・2期生”のストーリーを綺麗に終わらせ、鮮やかに未来につなげた。

 また飛鳥は最後に、“アイドル・齋藤飛鳥”のストーリーも美しく終わらせた。「明日からは恋とかもするかもしれませんねえ?」「お前らの誰かの嫁が飛鳥になるかもしれませんねえ?」「“俺の嫁”ですね!」という、強烈かつ絶妙な伏線回収のセリフ。客席から上がる野太い歓声に、「しょうがない人たちだな」とでも言いたげな様子で、でもどこまでも楽しげに笑ってみせた。
 すべてを受け入れて、思いに応える。あれほどまでに完璧なアイドルの引き際に、いつかまた出会えるだろうか。

[30]“3・4・5期”体制の完成とグループの安定
——「私たちが乃木坂46です。」

 32ndシングルでは選抜/アンダーに5期生が一気に合流する形がとられ、選抜人数は20人に再び増加する一方、アンダーの人数も17人という規模まで戻る形となった。選抜人数の20人は、ここから35thシングルまで4作連続で固定されている。
 ここではひとまず、2023年にリリースされた3枚のシングルの選抜メンバーのフォーメーションをまとめて見てみることにしたい。31stシングルの活動をもって卒業した秋元真夏と鈴木絢音より後においては、この年の卒業メンバーは北川悠理と早川聖来の2名のみだったこともあり、グループの編成としては近年よりかなり安定していたといえる。「グループ全体の顔ぶれに大きな変化がないなかで、どう変動したか」をトータルで見たほうがよいと感じるためである。

【32ndシングル表題曲「人は夢を二度見る」】
璃果 金川 早川 一ノ瀬 松尾 五百城 岩本 弓木 柴田
菅原 田村 与田 井上 梅澤 筒井 川﨑
賀喜 久保 山下 遠藤

【33rdシングル表題曲「おひとりさま天国」】
中村 筒井 川﨑 弓木 池田 金川 菅原 柴田 理々杏
岩本 一ノ瀬 与田 梅澤 五百城 田村
山下 賀喜 井上 遠藤 久保

【34thシングル表題曲「Monopoly」】
冨里 向井 柴田 菅原 筒井 一ノ瀬 弓木 黒見 五百城
梅澤 川﨑 与田 井上 岩本 池田 田村
山下 賀喜 遠藤 久保

 傾向を見いだすとすれば、それは3点に切り分けることができるように思う。1点目はフロントメンバーの固定が顕著なことで、この年の3枚のシングルでセンターを務めた久保史緒里・山下美月・井上和・遠藤さくら・賀喜遥香の5人しかフロントに立っていない。19thシングル以来のダブルセンター体制がとられた32nd・34thシングルは、井上を2列目センターに置いて残る4人のフロントとしている点が共通してもいる。久保と山下は「大河女優と朝ドラ女優のダブルセンター」としても話題となったが、“1・2期生”がグループを離れたなかで、グループの顔といえるメンバーははっきり持っておきたい、というような意図が感じられる。
 2点目は、3・4期生については3列目についてシングルごとに2人を入れ替えるような形をとり、それによって毎シングルで初選抜のメンバーを生じさせているという点である。この傾向は31stシングル(阪口珠美・林瑠奈)から続いていると考えることもでき、32ndシングルでは佐藤璃果・松尾美佑、33rdシングルでは伊藤理々杏と中村麗乃、34thシングルでは黒見明香と向井葉月がここに該当する。順番に入れかえているような動き(ないしは、そのようなとらえ方)には賛否がありそうだが、結果として現在のグループに選抜未経験のメンバーは4人だけというところまできており148、全体の人数規模がやや縮小しているという状況も含めてではあるが、グループの結束感に反映されてもいるように思う。
 3点目は5期生については“単調増加”させつつ、個々のメンバーについては何列目かを固定させないようにしていることである。5期生は32ndシングルで選抜5人・アンダー6人の状態でスタートし、33rdシングルでは池田瑛紗が、34thシングルでは冨里奈央が新たに選抜入りする一方、この間にアンダーに移ったメンバーはいない。32ndシングルを最後に早川がグループを卒業し、34thシングルでは金川紗耶が不参加となっているため、このぶんで選抜人数は20人のままを維持している。2作以上選抜入りしていることになる池田までの6人のうち、井上は1列目と2列目を、ほか5人は2列目と3列目を両方経験している。本稿[3]では、「福神」の枠組みについて、実質的なものをともなわないながらなんとなく生きている、のようなことを書いたが、それもいよいよ薄れてきているといえるかもしれない。
 もうひとつ付け加えるとするならば、ここまでで言及されていないメンバー(選抜でいえば岩本蓮加・梅澤美波・与田祐希・柴田柚菜・田村真佑・筒井あやめ・弓木奈於)にはこの間に変動がない、つまり2点目で説明できない選抜からアンダーへの移動(逆も然り)は生じていないということである。岩本と筒井は2列目と3列目の間で入れかわっているが、ほかの5人は列の変動もない。3・4期生に目を向ければ「福神」の枠組みの残滓はまだある、とみることもできるかもしれない。

 この“3・4・5期”の体制で臨まれた「真夏の全国ツアー2023」について、その開催は「齋藤飛鳥卒業コンサート」の直前配信の位置づけであった「乃木坂46分TV」(2023年5月8日)のなかですでに告知されており、7都市16公演、初の沖縄公演開催、明治神宮野球場公演は史上最多の4公演開催と、全容が明らかとなっていた。ツアー全体としても「史上最大規模」と称されることが多く、メンバーは揃って(必ずしも3期生に限らず)これを「後輩だけで回る初めてのツアー」と表現し、“新体制”となったグループが挑むチャレンジとしてとらえた。チケットは普段通りほぼ即完売の状況であったが149、むしろこれだけ会場につめかけるファンをグリップしなければならない、という意識も強まっていただろう。秋元は「乃木坂はちゃんと世代交代ができた」、飛鳥は「これからも乃木坂46はみんなを楽しませてくれる」と言い残して卒業していった。それを自分たちが証明できなければ、先輩たちの言葉が嘘になってしまう。
 ツアーのセットリストは現役メンバーの武器を活かす形がとられ、オリジナルのセンターがいる表題曲は網羅される一方、“夏曲”以外のその他の表題曲の披露は少なめにおさえられた。ユニットコーナーには期の垣根が設けられず、1人2曲を原則に計12曲・4パターンが用意され、期別楽曲のコーナーも4パターンが設けられたほか、「バンドエイド剥がすような別れ方」「I see…」「僕が手を叩く方へ」は全員で演じられた。2都市目の大阪城ホール公演では早川聖来の卒業セレモニーが行われ、以降では33rdシングルの収録曲が都市ごとで逐次投入された。ひとつひとつを見れば飛び道具といえるようなものもあまりなく(地方公演での“夏曲メドレー”はやや珍しかっただろうか)、まとめて振り返ってみると、ひたすらにまっすぐな試みが積み重ねられていたという印象をもつ。

 33rdシングルの参加メンバーは、3期生11人・4期生12人・5期生10人で、選抜メンバーには3期生7人・4期生7人・5期生6人。アンダーメンバーには3期生4人。4期生5人・5期生4人。バランスのよい編成でグループがまとまり、全員でぶつかって突破することがめざされた体制であったといえるかもしれない。16公演の旅路の終わりの千秋楽公演、梅澤美波は涙ながらに「私たちが乃木坂46です」と宣言する。その言葉の重さを知らないメンバーがいないからこそのチャレンジだったかもしれない。そしてグループは、それを正面から乗り越えたのだと思う。

[31]「体調不良」と選抜の椅子(後編)
——活動への復帰と、“元に戻る”こと

 続いて、2023年にリリースされた3枚のシングルのアンダーメンバーのフォーメーションをまとめて見てみることにしたい。前述のように、グループ全体の編成は安定していた時期であり、それにともないアンダーメンバーの編成もいくぶん安定はしていたといえる一方、選抜メンバーの人数が20人に固定されていたため、その間に生じた人数の変動についてはアンダーメンバーがその影響を受け止める形であったということになる。

【32ndシングルアンダー曲「さざ波は戻らない」】
黒見 岡本 矢久保 吉田 清宮 奥田 北川
中村 冨里 中西 池田 小川 阪口
楓 理々杏 林 向井

【33rdシングルアンダー曲「踏んでしまった」】
冨里 清宮 矢久保 阪口 黒見 奥田
楓 向井 璃果 吉田
小川 松尾 中西

【34thシングルアンダー曲「思い出が止まらなくなる」】
岡本 矢久保 吉田 林 璃果 奥田
清宮 阪口 中村 楓 理々杏
小川 中西 松尾

 32ndシングルのフォーメーションは選抜のそれに対応する形でダブルセンターとされた。アンダーのフォーメーションがダブルセンターの形であったのは13th・18th・32ndのみであり、5年以上ぶりのことである150。この間でセンターに立った4人はいずれも初めてのアンダーセンターであるが、伊藤理々杏は次シングル選抜、林瑠奈と松尾美佑は前シングル選抜という状況ではあったが、アンダーライブでもそれなりの積み重ねがあるといえるメンバーが起用された形であった。「32ndSGアンダーライブ」では5期生にとっての1曲目が1stシングルアンダー曲「左胸の勇気」で始められる一方、過剰に前面に出される場面はなく適切にチームに組み込まれた感のある参加度であったことも印象に残っている。
 前年から掛橋沙耶香の活動休止が続いていたことに加え、33rdシングルでは岡本姫奈・林瑠奈が、34thシングルでは金川紗耶が活動休止にともないシングル不参加であるという時期であった。東名阪ホールツアーの「32ndSGアンダーライブ」に続き、「33rdSGアンダーライブ」は横浜アリーナでの3DAYSという規模で行われる。「真夏の全国ツアー2023」に続き「史上最大規模」と称されたこのアンダーライブは立見席までソールドアウトとなった。「34thSGアンダーライブ」は2年ぶりにぴあアリーナMMでの3DAYSで行われたがこれは即完売となるなど、アンダーライブは観客動員の面でのスケールアップを完全に成功させることになる。

 改めてフォーメーションに目を移したとき、ひとり特別な立ち位置および経緯のメンバーがいる。それは体調不良にともない「一部グループ活動を休止」したことにより、31stシングルに不参加の形がとられていた清宮レイである。その状況の起点となったのは「真夏の全国ツアー2022」の直後ごろからで、この間には出演映画「死神遣いの事件帖 -月花奇譚-」の公開や「ディズニー★JCBカード」のCM出演があった一方(これらの、いわゆる“外仕事”との折り合いのために「一部休止」とされたように伺える)、レギュラーラジオ「ベルク presents 乃木坂46の乃木坂に相談だ!」には約2ヶ月にわたって代打メンバーが送られ、「樋口日奈卒業セレモニー」にはアンコールのみの出演となるなど(清宮は樋口と紐帯が深いメンバーである)、基本的には活動休止とみなしてよい状況であった。
 その後、ラジオへの復帰を端緒としながら徐々に活動に復帰していったような形であり、明確な復帰のタイミングがあったわけではないが、32ndシングルから全面的に活動に復帰した形となる。選抜発表の模様の放送は2023年2月19日(「乃木坂工事中」#399)であり、この直後からの「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」にはフルに参加していたといえる状況であった151。その32ndシングルで清宮は初めてアンダーメンバーの立ち位置となり、以降現在までアンダーでの活動を続けていることになる。
 清宮は26thシングルで初選抜となり、それ以降30thシングルまで選抜メンバーとしての活動を続けていたことになる。同期のなかでも選抜入りは早かったほうであり、選抜入りを経験してからアンダーメンバーに移った初めての4期生であった(タイミングとしては林瑠奈と同じ)。そうした経緯のあるメンバーがアンダーに移るということ自体が珍しい現象であり、さらにそのポジションが3列目であったということから、筆者は当初「スケジュールの都合でアンダーライブには出演できないということなのではないか」という想像さえしたことを覚えている。
 しかし清宮は「32ndSGアンダーライブ」に、初参加の5期生5人とともにフルで参加する。全体として5期生がセンターポジションに立つような場面は少なかった一方で、清宮はアンダー曲を演じた経験でいえば3・4期生よりも5期生の側の立場に近かったが「自惚れビーチ」のセンターに立ち、英語を交えた煽りで会場を盛り上げていた。
 その後現在の35thシングルまで、清宮はアンダーメンバーとしての活動を続けている。「33rdSGアンダーライブ」では、レギュラーラジオでの“清松”コンビの相方であるアンダーセンターの松尾を支える立場に回りつつ、2日目公演でのジコチュープロデュース企画では、学園ミュージカル風のハッピーな世界観で「そんなバカな・・・」を演じ、「アナスターシャ」は自ら書き下ろしたという英訳詞を歌い上げる。「アナスターシャ」は本人の理想とするパフォーマンスにはいくぶん届かなかったようで、悔しさから涙するほどの気持ちの温度の高さを見せた。「34thSGアンダーライブ」では「生まれたままで」、「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」では「錆びたコンパス」のセンターに立ち、アンダー曲を介して強まった先輩メンバーとのつながりを喜ぶような場面も多かったと記憶する。ここ1年についていえば、アンダーメンバーの軸となる活躍をみせている、といえるだろうか。

 一般労働者についていえば、傷病の治癒に専念するために休職という形をとったとき、回復して復職する際には、原職復帰、つまり元の職場(またはそれに相当する職場)に戻すことが原則とされる。原職に戻した上で職務の負担を当面軽減させ、再び職務に適応できるようにサポートすることが望ましく、健康状態への配慮や人材の適正配置のために配転させるとしても、本人に同意を得るなど、適切な信頼関係のもとで行うことが重要であると考えられている。
 アイドルグループについて、どの程度こうした身近な例に重ねて理解しようとしてよいのかについては、もちろん一考の余地がある。しかし本稿[19]で触れたように、乃木坂46のフォーメーションにおいては、「休んだら椅子がなくなる」という世界観については排されてきたような状態であった。復帰作がアンダーであった北野日奈子や久保史緒里も、それぞれ2作・1作で選抜に復帰する形がとられ、ある意味慎重に復帰をめざす一環であったようにも思う。ある程度は「原職復帰」の考え方がとられているといってよい(ポジションは事前の同意や通知をともなわずに“発表”されることを原則としており、裏で実際にどのようなコミュニケーションがとられているかはわからないが、少なくともそういうものとしての信頼が醸成されているといえる状況ではあるのではないかと思う)。「卒業」のタイミングはある程度は任意であるとはいえ、グループでの活動期間には限りがある。そのうちの一定期間を損なうこと自体がマイナスといえるのに、それ以上にマイナスが付与されるならば、安心して回復に努めることもできないだろう。「原職復帰」の状況は、望ましいものであるといえる。

 一方で、何をもって「原職」とみなすかについては検討されなければならず、ここで課題は「(例えば)[選抜メンバー/福神メンバー/センター]の座をめぐってメンバーどうしが争う、という世界観が退けられてきた」というような、本稿全体を貫く認識と合流してくる。ポジションが仕事の量を必ずしも規定しない状況になっているとはいえ、選抜メンバーとアンダーメンバーは異なるチームとして稼働することも多く、構造上の隔たりは依然としてある。ここまでの文脈にそっていえば、アンダーライブの存在をいかに評価するかは難しいものの、様子を見ながら活動に復帰していくと考えたとき、アンダーのほうがまだいくぶん負荷を調整しやすい部分もあるだろう。
 そうした構造をもってメンバーの復帰に対応しようとしたとき、選抜とアンダーの間にある意識の上での隔たりは、ある程度は小さいほうがよい。「上位に選抜があり、下位にアンダーがある」という構造にも、“いまさら変えがたい”という以上の意義があると筆者は考えているが(このことについては後述する)、しかしアンダーを経験したことが黒星や傷のようにとらえられる向きが一定以上に強ければ、「アンダーで様子を見る」ことはかえって避けたほうがよいということになる。
 北野日奈子と久保史緒里は、復帰後にそれぞれ2作・1作アンダーを経て選抜に合流していった形であったが、本稿[19]でも書いたように、北野は「体調不良による休業から完全に復帰することに成功した最初のメンバー」であり、やや手探りの状況であったし、あるいはもともと選抜/アンダーの境界線上を走っていた経緯もある。また、北野は復帰2作目の22ndシングルでアンダーセンターを務めたが、これは18thシングルでアンダーライブの“座長”を満足に完遂することができなかったことへのリベンジという向きもあったといえる。久保が経たアンダーの時期もこの22ndシングルのことであり、北野と久保のふたりにとって、ともに「日常」を演じたこの時期のことは特別な記憶となっている。
 こうした経緯そのものは、彼女たちのキャリアやグループのストーリーにとってかけがえのないものをもたらしてもきたが、一方で、このような「黒星や傷」の認識を打ち負かすような圧倒的な輝きがなければ、アンダーの時期が肯定され得ないというところまでハードルを上げてしまうと、本項目の文脈においては本末転倒になってしまう。ここまで用いてきたアナロジーをもとにいうならば、選抜・アンダーにかかわらず、グループの一員として活動することが「原職」とみなされる状況がつくられなければならない。

 ひるがえって、それがどこまで意図して行われてきたことなのかはわからないが、本項目で述べてきたような動きを清宮がしてきたことは、「原職」の定義をずらしていくための試みとして機能しているように見える。あえていうならば、ここまで見てきたグループの“フォーメーション史”においては、選抜に定着しているといえるメンバー、特にアンダー(アンダーライブ)未経験のメンバーについて、アンダーに移すことを可能な限り避けてきていたといえる。そのなかにあって明らかに清宮の動きは例外であった。
 明るくポジティブ、かつパワフルなキャラクター。一方で端々に賢さも感じるし、言いたいことはけっこうズバッと言う。そんな彼女がこの1年間でひたむきに取り組んできたことが、わざと大げさな言い方をしているのではなく、グループのあり方を良い方向に変える力となっているといえるのではないか、と思う。

そして今回のアンダーライブに参加するにあたって、というか、アンダーになって考えていたこと。
 
私はグループ内での立ち位置が変わって、自分の価値を疑ってしまったり、投げかけられた言葉で自信を失いそうになった時がありました。
でも、私は自分のことが好きです。
自信もあります。
行動力があって、人が好きで、誰とでも楽しくいられるところ。臆せず自分の意見を言えるところ、だけど自分の未熟さを理解して違う意見も柔軟に吸収できるところ。前向きでポジティブなところ。
たくさん好きなところがあります。
これからもずっと、私は私の可能性を信じています。なんでもなれるんだから〜ふふ

清宮レイ公式ブログ 2023年10月3日「勇気は左の胸に」

[32]改めて35thフォーメーションを見る
——山下美月の卒業と同時に何が起きているか

 ここまで述べてきたことの延長線上で、改めて35thシングルの選抜メンバーおよびアンダーメンバーのフォーメーションを見てみることにしたい。

【35thシングル表題曲「チャンスは平等」】
吉田 楓 阪口 一ノ瀬 五百城 池田 理々杏 向井 中村
田村 井上 遠藤 賀喜 川﨑 弓木
与田 久保 山下 梅澤 岩本

【35thシングルアンダー曲「車道側」】
岡本 林 璃果 松尾 清宮 矢久保 奥田
中西 柴田 金川 黒見 小川
菅原 筒井 冨里

 35thシングルは、何よりまず山下美月を“卒業センター”とする「卒業シングル」である。本稿[10]では“卒業センター”を「①シングルのセンターを務め、②MVありのソロ曲が制作され、③卒業のタイミングで写真集が出版され、④卒業コンサートを行い、⑤それを最後の活動としてグループを離れる」ものと定義した。⑤は明言されていないがほぼ間違いないとみられ、「山下を盛大な形で送り出す」というのはもちろんだが、“卒業センター”の理念型に近いものとなるよう努められている、という印象も受ける。
 また、ここでいう“卒業センター”を1期生以外が務めるのは山下が初めてである。本稿[25]でも述べたように、山下は26thシングルでセンターを務めた際にも「これまですべて1期生だった」ポジションを務める初めての後輩メンバーの役割を担っていた。さらにいえば、ソロ曲「夏桜」を山下自身が作詞したのは「じゃあね。」を作詞した白石麻衣と、単独の卒業コンサートを東京ドーム2DAYSで行うのは齋藤飛鳥と同じ取り扱いであるといえる。白石や飛鳥は、世間でいうところの“レジェンド”のメンバーであるといえ、かつての日々を思い出せば、山下は「その後輩である」という印象が強くなる。しかし一方で、“3・4・5期”体制の乃木坂46においては押しも押されもせぬ存在であり、ある意味でわかりやすく“レジェンド”と取り扱いを揃えることにも、グループの歴史を改めて未来に接続させるような意義があるだろう。
 また、3期生が全員選抜入りするという形も白石が“卒業センター”を務めた25thシングルに重なるものである(「⑤『同期』の枠組みを重視する」)。これによって吉田綾乃クリスティーが初選抜となったということや、3期生は12人中11人がまだグループに所属していることを考えれば、その特別感は25thシングル以上に強くも感じられる。

 一方で、“1期生全員福神”の形であった25thシングルと異なり、3期生が1列目と3列目に配される形がとられている点には、新規性がある。4期生・5期生は2列目および3列目の中央側に9人が配されており、「フォーメーションに関する多くの記録が無効になった」感のあった25thシングルほどには、「例外シングル」の色は強くない。
 ただ、それでもやはり「例外」の形ではある。このことがてこになるような形で、吉田が初選抜となったのみでなく、岩本蓮加が初めての1列目、弓木奈於が初めての2列目となるなど、新たな動きも生まれている。
 本稿ではここまでほぼ触れてこられなかったが、シンメトリーのポジションもフォーメーションの編成においてはずっと大切にされてきているように思う。そのなかにあっても35thシングルはこれが綺麗に整えられており、選抜・アンダーともにすべての“シンメ”が同期メンバーとなるように設定されている。同期であるのみならず、26thシングルで初フロントを務めた梅澤美波・久保史緒里を筆頭に、全体としてしっくりきやすい組み合わせがとられているといえそうだ。

 加えて特筆すべきは、本稿冒頭でも述べたように、筒井あやめと菅原咲月が初めてアンダーメンバーに加わる形となり、柴田柚菜も7作ぶり2回目のアンダー、休業から復帰した金川紗耶もアンダーメンバーの側に合流した(6作ぶり3回目のアンダー)ということである。前シングルで初選抜であった黒見明香と冨里奈央もアンダーに移った形で、選抜メンバーにおける5期生の“単調増加”の動きにも区切りがつけられたことになる。
 選抜メンバーは20人であり、これは32ndシングル以降固定されている人数であるというのは本稿[30]で述べた通りである。「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」はわかりやすく行われている一方で152、「①選抜人数の増加」「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」の考え方はとらなかったといえる。
 これらの点からもう一度25thシングルのフォーメーションを思い出すと、このときは歴代最多タイの22人のフォーメーションであり、後輩メンバーが11人全員3列目に配されたうえで153、前作選抜メンバーから選抜を外れたのは筒井あやめのみであった。あまりこういう思考実験は好きではないが、25thシングルと同じような考え方で35thシングルのフォーメーションを編成したならば、選抜メンバーを22人まで増やした上で、3期生は1・2列目に配し、4期生・5期生が3列目に11人並び、選抜にはもうふたり残るということになるだろう。アンダー未経験のメンバーは選抜から外さない傾向をふまえるならば、そのふたりは菅原と筒井だったかもしれない。

 そして大きく異なるのは、35thシングルではアンダーメンバーが編成されているということである。筒井がアンダーセンターに据えられ、今作“新アンダー”の6人は全員1列目または2列目となっている。金川・黒見・柴田・冨里はアンダーライブの経験があるものの、アンダーメンバーのフォーメーションを連続性のなかでとらえたとき、かなり新たな印象を与えるアンダーライブとなることは疑いないであろう。
 また、“後輩の期”のみでアンダーメンバーが編成されていることは、本稿[28]で言及した31stアンダーメンバーと重なる構造である。「乃木坂46分TV」でも4期生がそのことを意識している様子が見てとれた。柴田は「先輩がいないってなると、雰囲気も違ったりして、どうなるんだろうなと思うけど、私もすごく楽しみ」とし、清宮は「今回のアンダーチームはめちゃくちゃ楽しい」とした。そうした意味でも、新しいものが見られるという予感がある。

 またも清宮のことを補助線にする形となるが、先に引用したのと同じ日のブログで、彼女は「33rdSGアンダーライブ」についてこのように綴っていた。

あと座長の松尾へ、私が勝手にありがたったこと。
彼女はアンダーライブ特有の(というよりはアンダーというチーム特有の?)燃える闘志!負けたくない!みたいな、そういうのをあまり出さない人の様に私は感じました。


だから、なんか今回のアンダーライブ私はすごくやりやすかった。なんか、ずっと和んでた。空気が特別に良かった気がする。
 
スタッフさん含め、お互いに助け合いながら、励まし合いながら、完成度の高いものを見せたいという一心で、みんな同じ方向を向いてライブを作ってきました。
みんなで作り上げるってこんなに楽しくてやりがいを感じれるんだって知れました。
彼女の持ってる雰囲気が大きく影響したのかなと思いました。とても感謝しています。

清宮レイ公式ブログ 2023年10月3日「勇気は左の胸に」

 「アンダー特有の(と考えられているような)ものがあまりなくて、やりやすさを感じた」というような、ずいぶんはっきりとした物言いが清宮らしいというか、ちょっとドキッとしてしまうところもあるが、それは彼女がひとりで考えたり企図したりしていることというより、雰囲気や世界観が変わりつつあることを象徴している、ということのような気がする。
 清宮は「“1・2期生”とのアンダーライブを経験していない」という意味で、このときともにアンダーライブに取り組んだ同期メンバーとも違っていた部分がある。彼女が綴るように、松尾がもつ雰囲気に起因する部分も大きかっただろうが、「“外”からイメージしていたアンダーライブ」と、「実際に一員として演じたアンダーライブ」には違いがあった、というところもあったのではないか。

 5期生の合流からも1年以上の時間が経ち、確実に何かが移り変わっていくなかで、「アンダーライブ」からわれわれがイメージする(イメージしてきた)ものをそのまま当てはめて見ようとすると、見落としてしまうものもあると思う。それはおそらく誠実な態度ではないし、ポジティブな変化を妨げてしまうことにもなりかねない——そんなふうに考えることがよくある。

[33]櫻坂46と日向坂46の“選抜制導入”
——克服されたもの、残されたもの

 乃木坂46の選抜/アンダーをめぐる状況が変化していた(それ以前からずっと変化し続けていたのかもしれないが)この時期。2023年には、それまで選抜制ではないとされる体制でフォーメーションが編成されていた櫻坂46・日向坂46が、相次いで“選抜制導入”にかじを切った。
 「坂道シリーズ」というくくりであるとはいえ、グループが異なればその規模や編成、経緯が異なるので、重ねて語ることはできない部分のほうが多いようにも思うが、「選抜制」というものを考える一助にはできるように思う。ここではそれぞれの“選抜制導入”について、そこに至る前史も含めて簡単にまとめていくことにしたい。

■ 櫻坂46

 本稿[12]でも扱ったように、欅坂46は“選抜制導入”を幾度も断念している。特に導入を明言した上で選抜発表の模様の放送まで行った9thシングルが発売に至らなかったことは、新たなフォーメーションを苦しみながら受け入れていった時期の記憶とセットで、グループにとって、いうなれば心の傷のようになる。こうした背景があり、改名を経て誕生した櫻坂46は、1stシングルより「欅坂46の頃からも大切にしていた、“全員で楽曲を届ける”という思いを込めた編成(公式サイト)として、当時所属の26人のメンバーのうち8人を、全楽曲に参加する「櫻エイト」として1・2列目に配し、これ以外の18人を6人ずつ3チームに分け、「櫻エイト+3列目メンバー」のチームを3つつくる形をとった。表題曲「Nobody’s fault」のセンターを務めた森田ひかるに、藤吉夏鈴・山﨑天を加えた3人でマルチセンターシステムをとり、それぞれがチームごとのセンターを務める形で、森田がセンターの楽曲が3曲、藤吉・山﨑のものが2曲制作される。
 「櫻エイト」という形でメンバー間の序列を実質化したことへの受け止めはさまざまであったと記憶するが、それよりもこの体制が「選抜制ではない」とし、そのように仕立てていくことを重要なものととらえた尽力があったように思う。表題曲の歌唱メンバーに対して「選抜」の2文字が公式に用いられることは絶無であったし、デビューシングル期の音楽番組では、2020年12月19日の「バズリズム02」では山﨑天がセンターの「Buddies」が、12月21日の「CDTVライブ!ライブ!」では藤吉夏鈴がセンターの「なぜ 恋をして来なかったんだろう?」が披露され、CMもこれらの2曲を含めた3曲分が制作されるなど、3人のセンター・3チームの扱いを揃えようとする試みが多くみられた。
 2ndシングルでも同様の体制が継続されたばかりでなく、3人のセンターと櫻エイトの8人も全員続投となった。ここまででオリジナル楽曲は14曲となり、グループはこの14曲をもって「BACKS LIVE!!」(2021年6月16-18日)・「W-KEYAKI FES. 2021」DAY1(2021年7月9日)という単独ライブに臨むことになる。ユニット曲の制作がなく、曲ごとの歌唱メンバーを安定させた状態で14曲を制作したことは、欅坂46楽曲を切り離した形でグループが運営されるなかで、ともかく早く単独ライブを成立させるための措置であるように見えた。

 このときの「BACKS LIVE!!」は、「櫻エイト以外の3列目メンバーによるライブ」がコンセプトとされ、当初は「3列目メンバーライブ」と告知される。その後、チケットの先行申し込みなども始まっていたタイミングで「BACKS LIVE!!」という公演タイトルが公表され、これを追いかけるような形で3列目のメンバーが「BACKSメンバー」と称されるようになっていった、という順序であった154。ただ、3列目のメンバーを「バックス」と称することはグループの立ち上げ当時から少なくとも構想としてはあったようで、「櫻坂46展『新せ界』」に展示された1stシングルの制作資料には、「藤吉バックス」(=藤吉夏鈴がセンターの楽曲の3列目メンバー)などの記載がすでに確認できる。「選抜制ではない」という説明と整合させるため、メンバーの肩書きめいたものに対しては慎重な姿勢が貫かれていたといえるだろう。

 次のシングルでも、メンバーの入れ替えを生じさせながらマルチセンターシステムは継続され、さらにこのシングルの体制で「3rd Single BACKS LIVE!!」(2022年1月8-9日)も開催される。また、このシングルでは初めてユニット曲が制作されたほか、今作で櫻エイトから3列目に移った小池美波をセンターとして、初めての“BACKS曲”の「ソニア」が制作されている。この形式のメンバー編成でのBACKS曲は5thシングルまで続けて制作されるが、いずれもMVはつくられていない。マルチセンターシステムにおける各センターメンバー(および5thシングルでは3期生曲「夏の近道」)のMVを制作することによって、シングル参加の全メンバーが最低1曲のMVには参加している状況がつくられている。また、4thシングルから7thシングルまでの期間には「BACKS LIVE!!」は行われていない。
 メンバーの卒業による1期生・2期生の減少を受けて、5thシングルでは2チームによるマルチセンターシステムに変更され、6thシングルではシングル参加の1・2期生全員が表題曲「Start over!」に参加するという形がとられる。3期生が3期生楽曲のみでシングルに参加するのはこのとき2作目であり、次の7thシングルでは1・2期生に3期生も交じった体制となることも期待されるような状況であった。

 7thシングルのフォーメーションは「そこ曲がったら、櫻坂?」#150(2023年9月17日)で発表され、このときに“選抜制導入”となった形であったが、事前告知の段階では「フォーメーション発表」という従前通りの表現にとどめられており、放送内のナレーションで「このシングルより選抜制度を導入」「全メンバーが選抜メンバー・BACKSメンバーに分かれる」ということがアナウンスされる。このシングルの参加メンバーは28人であり、初期のマルチセンターシステムに立ち戻ることも可能な規模でもあったともいえたが、そのなかで“選抜制導入”の選択肢が選ばれた、ともいえよう。
 選抜制の導入により「BACKSメンバー」も選抜外のメンバーを指すものとして再定義されることになったが、このタイミングで約2年ぶりに「7th Single BACKS LIVE!!」(2024年1月15・16・22・23日)が行われる。現在の最新シングルである8thシングルも同様の形であり、5月9-10日には「8th Single BACKS LIVE!!」の開催も控えた状態である。ライブパフォーマンスのスケールをある程度維持するためか、7thシングルでは選抜16人・BACKS12人であったのが、8thシングルでは選抜14人・BACKS12人と、メンバーの卒業による人数減を選抜側が引き受けている形になっている155。また、8thシングルのBACKS曲「油を注せ!」では、「BACKS曲」との取り扱いを受けた曲のなかで初めてMVが制作されている156

■ 日向坂46

 日向坂46は改名前のひらがなけやき時代から長らく選抜制をとっておらず、最新の11thシングルにおいて初めて選抜制を導入した。日向坂46(ひらがなけやき)はその特殊な成立過程から1期生が少なく、1期生が長濱ねるを含めて12人、2期生が9人であった。長濱が欅坂46(漢字欅)との兼任を解除する形でグループを離れる一方、2018年11月に3期生として上村ひなのが加わり、これらの合計21人がオリジナルメンバーとなる形で日向坂46として改名デビューする。
 その後、「坂道合同新規メンバー募集オーディション」および坂道研修生での活動を経て2020年2月に加入した、いわゆる“新3期生”も3人という人数であり、2017年8月の2期生加入から2022年9月の4期生加入までの時期をおよそ20人というほぼ一定の規模で過ごしたことになる。こうした状況をふまえ、シングルへの参加メンバー全員が表題曲に参加する、いわゆる“全員選抜”の体制が改名以降とられてきた。また、ひらがなけやき時代も欅坂46・5thシングル所収の「NO WAR in the future」以降157は1・2期生全員で制作されてきた158

 ただ、フォーメーションにまつわるストーリーが排されてきていたのかというと、必ずしもそうではない。「ひらがな推し」時代から、かなりスピード感のある形ではあったが、一貫して番組内でのフォーメーション発表の形はとられてきているし、アルバムリード曲のフォーメーションについてもシングルのそれと同様のものとして機能しているというのは、乃木坂46・櫻坂46にはない特徴である。乃木坂46・櫻坂46のアルバムリード曲のフォーメーションは、直前のシングルのフォーメーションに(おおむね)準拠しているが、日向坂46については(メンバーの入れ替えをともなわないから、という部分もあるかもしれないが)新たなフォーメーションがつけられ、“新センター”が生まれる、という形となる。
 1stアルバムの「アザトカワイイ」では佐々木美玲がセンターに立つが、これは改名以降4thシングルまで一貫してシングルのセンターを務めてきた小坂菜緒からセンターが“交代した”タイミングであり、2ndシングルの「君は0から1になれ」では佐々木久美がセンターに立ち、これは坂道シリーズのキャプテン(および副キャプテン)が表題曲・アルバムリード曲のセンターに立った初めての事例であった。

 4期生の加入をもってグループの総人数は30人を超え、その後の期間にグループを離れたメンバーはいたものの、11thシングルで選抜の対象となったメンバー159は28人という規模である。“全員選抜”というのはやや考えにくい規模の人数であり160、櫻坂46がとっていたマルチセンターシステムのような、その他の形式で“選抜制導入”をかわすようなことも不可能ではなかったといえるが、これに先立って櫻坂46がすでに選抜制に移行していたという状況でもあり、ストレートでシンプルなやり方がとられた、という印象である。あるいはセンターを務める4期生・正源司陽子は、同期の宮地すみれとともに前年の「Happy Train Tour 2023」の「One choice」で、活動休止中の丹生明里にかわってセンター(宮地はその隣の、卒業した影山優佳のポジション)を務めたり、「ミュージックステーション SUPER LIVE 2023」(2023年12月22日)にはこれと同様の体制で音楽番組にも出演するなど、明確に地ならしが行われていたような状況であった。4期生合流・選抜制導入・センター正源司と、構えていたところにボールが次々と投げ込まれてきたような、そんな印象も受ける。

 日向坂46・4期生は櫻坂46・3期生より加入が半年ほど早かった一方で、フォーメーションへの合流については逆に半年ほど遅れた形となった。見ている側としては櫻坂46のほうのスピード感に驚く気持ちが強く出る一方で、4期生としてはいくぶん苦しく感じた時期もあったようである。特に藤嶌果歩は「この新参者は4期生にとって最後のチャンス(2023年11月18日昼公演「新参者 LIVE at THEATER MILANO-Za」8公演目)、「加入してからずっと存在意義がわからなかった(2024年4月6日「5回目のひな誕祭」DAY1)と、そうした趣旨の発言をすることが多いし、正源司陽子も選抜発表後のインタビューで「今まで何かグループに貢献できたことがあるかって聞かれたら、ぜんぜん思い浮かばなくて(2024年2月25日「日向坂で会いましょう」#250)とした。少なくともこれ以上は4期生のことを留め置くことはできない、そのくらいのタイミングであったように感じる。

 発表直後は選抜外のメンバーは「アンダー」と称され、これは公式サイト上でのフォーメーション発表やシングルの収録内容の発表など、一時的ではあるが幅広く公式に用いられていた。その後、2024年4月6日の「5回目のひな誕祭」DAY1において、その名称が「ひなた坂46」に決定したことと、「11th Single ひなた坂46 LIVE」の開催が発表される。高本彩花の卒業セレモニーを行うという特別な事情もあるが、「11th Single」と冠していることからすると、ライブの開催も含めて今後も継続する体制であることを読み取ることができる。
 改めていうまでもなく、グループの出自は「けやき坂46」にある。「欅坂46のアンダーグループ」と説明され続けたあの日々のことを思い出して、その延長線上に現在をとらえたとき、「ひなた坂46」には力が足りないとか、できることが少ないとか、そんなふうにとらえるファンはいないだろう。「アンダー」の名称をそのまま使わないことを前提とした、やや簡便な名付けのようにも思えたし、メンバーも発表されたときの少しの戸惑いを笑い話として語っていたが、一方でさまざまな文脈を背負った、これ以外にない絶妙のチーム名でもあるように思う。
 人数規模は選抜が16人、ひなた坂46が12人であり、これは櫻坂46の選抜/BACKSの規模とほぼ重なる(“初代ひなた坂46”と、活動開始時のひらがなけやきは、同じ人数であるということにもなる)。また、ライブの開催はもちろんであるが、MVの制作があるという点でも重なっているということができる。

[34]「『かわいそうな子たち』という目」
——選抜制そのものを問い直す余地はあるか

 ポジションをつけられることに対して、複雑な感情を抱かないメンバーはいない。特に加入からしばらくの時期は、前に出れば戸惑い、後ろに下がれば苦しさである。キャリアが長くなり、立場が落ち着いたようなメンバーにとっても、フォーメーションのあり方はナイーブな話題であり、いつまで経っても緊張してしまうもの。それぞれ違う立場のメンバーが、それぞれ違う場所でそれぞれ違う感情を抱く、永遠に割り切れないものである、といえようか。
 そのなかにあって、特に乃木坂46に関していえば、選抜制=選抜/アンダーの間にある隔たりは、ある意味グループの分断の象徴であった。本稿[1]で述べたように、グループ立ち上げの日からメンバーは「選抜」のシステムに直面させられ、選抜発表の模様そのものがショー化していたところからグループはその歩みを始めている。3人の選抜メンバーが入れかわり、フロントメンバー2人も3列目と入れかわり、終了後はメンバーが揃って泣き崩れていたような、2ndシングルの選抜発表。その直後、自らは引き続きセンターポジションを務めることになった生駒里奈は「なんで分けるのかな、って思うのね。せっかく33人いるのにさ。毎回撮影とかで動くのは難しいとわかってきたから思うけど、でもそれって全員じゃないからさ(『悲しみの忘れ方』)と語っていた。
 アイドルになってまだ数ヶ月であった生駒のその語り。例えば1年後、5年後、10年後、生駒が同じ現象に対して問われたとして、どのように感じ、語っていたのだろうか、という点は置いておいて、「なんで分けるのかな」という問いが解消するような状況にはなっていない。しかし、多くの状況が当時と異なるというのも事実である。グループがもつ構造的な“分断”に対してどう向き合うか。グループの12年の歩みは、その絶え間ない試みであった。

 折に触れて本稿で用いてきた、フォーメーションの変遷をみる際の5つの観点=「①選抜人数の増加」「②選抜から外すメンバーを生じさせるシングルを減らす」「③選抜から外す場合は何人かを一度に外す」「④新メンバーのセンター抜擢の定番化」「⑤『同期』の枠組みを重視する」は、いわばソフト面からの試みであるといえる。多くのメンバーが選抜を経験し、いたずらにかき乱さず、スムーズにシングルごとの体制を移行させていくことによって、“分断”の構造そのものはほぼ変わっていなくても、それを小さくとらえることは可能である。選抜発表のショー化が抑えられ、スタジオ発表の形式がとられなくなったことをはじめ、その“分断”の構造をあおるプロデュースがなされなくなったことも、これに準じるものであるといえるかもしれない。
 これに対してハード面での試みは、ざっくりいうと「アンダーメンバーの仕事を増やす」ということである。アンダーライブのスタートはその最たるものであるし、メンバーみながそれぞれに“個人仕事”に取り組み、そこにはもはやグループ内のポジションを反映する余地は小さいということは、本稿[24]でも確認した。また、フォーメーションは依然として“下ろされる”もので、メンバーは受け止めるだけだが、こうした“仕事”については、決めてくるのはマネジメントの側でも、それに取り組み、成功させ、次につなげるのは究極にはメンバーの力である。あるいは“仕事”の広がりは、グループの名前が大きくなっていったことに対応した状況でもあるだろう。メンバー全員の力をもって、“分断”の幅が狭められていったような、そんなとらえ方もできるだろう。

 あるいはもっと内心の部分で、メンバーに挫折感をもたせず、グループの一員として励ましたり、いま置かれたポジションの意義を強調したりすることで“分断”を乗り越える、という試みも多くあるだろう。上記のソフト面・ハード面での試みを背景としつつ、この点がもっとも大きいということができるかもしれない。
 それが近年は特に、「アンダーに選ばれる」という趣旨の発言に現れているように感じることがたびたびあり、それは坂道シリーズ全体に共通している。櫻坂46における選抜制導入の端緒となる7thシングルでBACKSメンバーのセンターを務めることになった井上梨名は、「BACKSメンバーに選ばれた、ここにいるみんなで、一緒に頑張っていきたい(2023年11月26日「3rd YEAR ANNIVERSARY LIVE」DAY2)と語り、34thアンダーセンターとしてアンダーライブで“座長”を務めた中西アルノは、ライブのクライマックスで「私たち14人は選ばれてこのステージに立っています、私はいまここにいることに誇りを持っています(2024年1月27日「34thSGアンダーライブ」3日目)と声を震わせた。“初代ひなた坂46”となった森本茉莉は、「(表題曲を届けるわけではない)私たちにしかできないことがある(2024年4月6日「5回目のひな誕祭」DAY1)という言い方で、「11th Single ひなた坂46 LIVE」に臨む決意を涙ながらに表現した。

 ただ、あえていえば、そこにマネジメントの側からの説明や声がけが作用していたとして、そのこと自体はそこまで近年に特有の状況ではないのではないかとも思う。本稿[9]でも振り返ったように、“分断”がかなり厳しいものとして立ち現れていたといえる時期の乃木坂46において、それに最前線で直面していた中元日芽香は、“人事”の意図について明確な説明を受ける機会を得たことを明かしている。そしてそのなかでは、「アンダーに“選ばれる”」という言い回しも登場する。

 何でもない話もしながら、やはりタイミング的には選抜発表を受けての話がメインになります。未だ結果を受け入れることができず、でもどうしたら良いかわからない。そんな私を心配してくださっていたようでした。おそらく選抜発表をする前から、結果を知ったらひめたんは絶望するだろうと気にかけてくださっていたのでしょう。
 ひめたんは十分頑張った。その言葉は純粋に嬉しかったです。私のこと、ちゃんと見てくれていたんだ。その上で、一歩踏み込んだ話をしていただきました。

 これまで活動してきて初めて、「選抜に入れなかった理由」「14thでひめたんが担う役割」を教えてもらいました。アンダーに“選ばれる”ことにも理由があると初めて知りました。
 だからといって「そうでしたか。オッケーです! 引き続き頑張ります!」とは言えませんでした。私はアンダーに必要とされる存在になりたいのではない。結局は選抜に入れる絶対的な存在でなかった。それだけのことだと解釈するしかありませんでした。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.71-72)

 そのこと自体で中元をはじめとする当時のメンバーが何かを救われたというようには見えないのだが(中元自身はあけすけにそう綴っているし)、そうしたエンカレッジメントを継続的に続けながら、先に挙げたソフト面・ハード面での試みを進めていくことで、時間をかけてゆっくりと状況が改善していったような形であろうか。
 あるいはそこにはやはり、卒業と加入が繰り返されてメンバーが入れかわったことも大きく作用しているはずだ。かつての時代を知り、そのなかで日々を戦ってきたメンバーが、そのなかでつくられた価値観を転換することは難しいだろう。しかしそれでもある程度折り合いをつけながら、できうる最善の形で後輩にグループを受け渡していくことで、その改善を実現させ、次の時代へグループを接続させたことは確かだろう。

 そんなゴチャゴチャ言っていないで、選抜制なんてやめてしまえばいい。少なくとも名称や“発表”のあり方に工夫の余地はあるのではないか。ファンコミュニティのなかでは長らくくすぶってきた(もしくは、燃えさかってきた)議論である。ただ、特にいわゆる“全員選抜”が成立しにくいグループの規模であれば、それは危険な道のように感じるし、だからこそその点の見直しは行われていないのではないかと思う。
 選抜/アンダーの構造にはさまざまな利点があるし、あるいは選抜制でなくても“分断”は生まれうるものだ。“分断”の弊害がチームの力で克服できるならそれが最善である、という趣旨のことを、本稿[13]において書いた。これに加えて、例えば「選抜/アンダー」ではなく、並列する2チームのような形を想定したとき、そこには上下の構造がないがゆえに、メンバーを入れかえるインセンティブに乏しくなる。2チームそれぞれに固有のチーム感が生まれ、そこに手をつける必然性は薄れていくだろうし、入れかえを最小限にしてしまうと、別のグループがふたつ走っているようなもので、しかも各チーム内における小さな“分断”が生まれる余地はなくせていない。例えていうならば、2018年くらいの漢字欅・ひらがなけやきに対して、「選抜グループ・アンダーグループということではないんですけど、ちょっと7人ずつくらい入れかわってみませんか?」と言っているようなもので、あまりメリットが見いだせるものではない(あるいは、乃木坂46が経験した「交換留学」もいくぶん想起される)。

 「アンダーメンバーがなしうることの大きさ」とともに、「アンダーから選抜をめざすモーメント」が存在し続けていることが重要なのである。それはチーム分けに変化をつけ、グループにダイナミズムをもたらすし、そのことで作品にもバリエーションが生まれていく。その意味では、現在のグループのかじ取りは絶妙なバランスを実現しているように感じる。

 ただ、それでも残っている構造的な課題に目を向けるとするならば、“分断”の構造は見えやすく、それを乗り越える試みは見えにくい、ということである。初めてアンダーに移って「なんなら、めちゃくちゃ燃えてます!!」と綴る菅原咲月や、「どっきどきわっくわくという感じです」と綴る筒井あやめのブログに、「次は選抜に入れるよ!」のような角度のコメントがついているのを見てしまうと、そこに何らかのコミュニケーションは成立しているのか、よくわからなくなってしまう。
 もちろん、「アンダーから選抜をめざすモーメント」の重要性は直前に述べたばかりだし、そうした構造は存置されている。メンバー当人のなかにも、「次は選抜に」の思いがないわけではないだろう。ただそれを、グループの一員としておさえている面もあれば、アイドルとファンを隔てる分厚いベールが見えなくさせている面もあるだろう。とはいえそれでよいのか、である。

 こういうことを考えているときに、いつも思い出す記事がある。
 乃木坂46・1期生の川村真洋が、卒業直前の時期に(卒業発表はふまえない形で)受けていたインタビューのなかで、アンダーメンバーとしての活動が長かった自身に向けられる目線について語られた部分だ。

 九州シリーズ(17年10月)では、明るく楽しいだけではなく、緊迫した雰囲気がステージにあふれていました。『アンダー』(17年8月発売・『逃げ水』カップリング)を私たち自身がどう表現すればいいのか分からなかったし、ファンの方はどう受け止めるんだろう? という不安があったんです。初めて『アンダー』を披露したときは、みんなの表情もバラバラでした。どういう感情で歌うのが正解なのか分からなかったんです。私はそんなに暗い気持ちで歌いたくなかったので、たまに少し微笑むようにしていました。
 人それぞれいろんな捉え方があると思うけど、「かわいそうな子たち」という目で見られるのが一番つらいんです。確かに苦しいことや落ち込むこともあるけど、私たちは元気だし、楽しみながら活動をしています。『アンダー』も、たくさんあるアンダー楽曲のなかの1曲なので、あまり深く考えすぎずに歌ったほうがいいんじゃないかな、って個人的には思っています。

(『日経エンタテインメント! アイドルSpecial 2018春』[2018年3月7日発売]p.48、川村真洋)

 「確かに苦しいことや落ち込むこともあるけど、私たちは元気だし、楽しみながら活動をしています。」というのはいかにもポジティブな川村らしい物言いだし、「元気で楽しむ」ことができるような健全なグループ運営がなされるように、という点に関しては念じて見守るしかないのだが、「『かわいそうな子たち』という目で見られるのが一番つらい」というのは、ずっと心に置いておかなければならないな、と感じるコメントだ。

 世は空前の「推し」流行りである。ややニュアンスが曖昧なその現代的な用法について、筆者なりに言い換え・切り分けを試みるとすれば、「推す」ことは「視野を狭めること」ではないかと思う。視野を狭めることでストーリーが単純化され、熱を高めやすくなる。そこに生まれる高揚感、非日常感を求めるのが「推す」行為である、そんなところだろうか。
 そしてもっといえば、対象を絞って熱を高めることで、有り体にいえばコストが払われやすくなる。時間を使い、お金を使う、という意味だ。それを引き出すことがそのまま商業的成功であり、だからこそさまざまな業界や個人が一体となって「推し」概念に乗っかり、あるいはそれを神輿として担いでいるのである。
 趣味や娯楽とはだいたいそういうものだし、別に取り立てていうほどのことではないが、ここでいう「推し」はたいていの場合生身の人間であるということには、こと現代においては注意が必要である。そして、なんなら「熱は高ければ高いほどよい」=「視野が狭まっていれば狭まっているほどよい」のような構造やとらえ方も、なんとなく存在しているように思う。それは確実に、望ましい現象ではない。

 話が拡散してきてしまったが、わかりやすいストーリーや定着したイメージでのみメンバーをとらえるのではなく、常に変動しうるその温度感に対して敏感でありたいし、あるべきである、ということだ。あるいはその一方で、適正な距離を保ち、熱を高めすぎず、視野を広く保つことも重要である。
 筆者自身もそれができていると胸を張ることはできないし、誰もがそのように振る舞うことができるなら、世界全体がだいぶ平和になっていそうなものだから、ただの理想論にすぎないのだけれど。

■ 吉本坂46における「選抜」
 本稿中盤で述べたことに関連して、もう活動休止から2年が経ち、坂道シリーズとくくられる機会も絶無になっていると思うが、吉本坂46における「選抜」について、いくぶんの示唆のある事例として言及しておきたい。
 吉本坂46は2018年8月20日にオーディション合格者の発表とお披露目が行われ、1期生46人で発足し、同年12月26日に1stシングル「泣かせてくれよ」でデビューしている。デビューシングルの選抜メンバー16人はCDデビューの発表時にあわせて発表されており、お披露目時に暫定センターとされたスパイク・小川暖奈とトレンディエンジェル・斎藤司がそのままダブルセンターに立ち、一般知名度の比較的高い芸人を中心としたフォーメーションが組まれた。カップリング楽曲については「RED」「POP MONSTER」「ビター&スイート」の3ユニットによる楽曲と、および選抜メンバーのひとりである村上ショージによるソロ曲が制作されている。2曲にクレジットされたのは村上ショージのみで、そのほかのメンバーはユニットごとに仕分けられて1曲ずつ参加した形であった。
 坂道シリーズにおける通常のグループ運営を想起すれば、2ndシングルでは選抜メンバー数人を入れかえるところであるが、ユニットごとのトーンの違いや、それぞれが別に本業を抱えるメンバーの集合体であったことなどが作用してか、選抜メンバーの入れかえはまったく起こらず、2ndシングル「今夜はええやん」にも16人全員が続投となる。ユニット「RED」も維持され、「POP MONSTER」と「ビター&スイート」は「スイートMONSTER」に一体化される(このほか、メンバーの重複を許し、所属ユニットをまたがる新ユニット「CC5」も結成)。人数規模の近い選抜・「RED」・「スイートMONSTER」によって、CD盤の売り上げを競う企画が行われることになり、これをもってユニットは完全に固定されることになるほか、これに勝利した「RED」が3rdシングルの表題曲を歌唱することが決定する。もともとほぼユニット然として振る舞っていた1st・2ndシングルの選抜メンバーは「選抜」でなくなることになり、3rdシングルではメンバーを入れかえずに「CIRCUS」というユニット名を与えられ、カップリング曲を歌唱することになる。
 何が言いたいかというと、「選抜/アンダー」の構造をとるとして、ある程度はきちんと入れかえの幅を確保しておかないと、あっという間にそれぞれのチームが独立してしまい、入れかえのインセンティブも見いだせなくなる例がこれだ、ということである。
 その後吉本坂46は2020年1月に2期生を迎えるが、コロナ禍を受けて活動が完全に滞ってしまう。10月には定期公演をスタートさせるが、12月の「吉本坂46 誕生祭 2nd Anniversary Live」がメンバー・スタッフ内でのクラスター発生により開催延期となるなどの不運にも見舞われる。その後CDシングルはリリースできないまま、2022年2月に1stアルバムをリリースしたうえで、最後のライブを開催して活動を休止。2期生メンバーはアルバムに収録された全メンバー曲「笑ってサヨナラ」と、2期生曲「永遠のゴールドラッシュ」でのみ吉本坂46名義のリリース楽曲に参加した形となった。

[35]「チャンスは平等」なのか
——“フォーメーション史”を振り返って

 寄り道も多く、きわめて長くなってしまったが、本稿が目的とした「坂道シリーズ12年の“フォーメーション史”」の振り返りとしては以上である。
 乃木坂46に関していえばそこまで古いファンという自覚はないが、曲がりなりにも数年間ファンをやってきて、あるいはそれと並行して坂道シリーズの他グループについてはスタートから追ってきて、見えてきたものや感じていたことがいくぶんかは言語化できたように思うし、あるいは書いていくなかで見いだすことができたものももちろん多かった。読者がいるとはおおよそ思えないような文章だが、なんとか完成させることができてよかった、と思う。

 冒頭にも書いたように、本稿は35thシングルの選抜発表を受けて構想して書き始めたもので、2ヶ月以上を執筆に要してしまったということになる。この間には「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」が開催され、アンダーメンバーのフォーメーションや「35thSGアンダーライブ」の開催も発表された。あるいは、日向坂46が“選抜制導入”を発表した11thシングルフォーメーション発表は乃木坂46・35thシングルの選抜発表の翌週のできごとであり、この間に開催された「5回目のひな誕祭」において、アンダーメンバーの名称が「ひなた坂46」となった、というのは前述の通りである。
 2ヶ月あればこれだけのことが変わっていくのか、ということに驚いてしまうし、書きながら修正を迫られるような部分もいくつもあった。「全期間について扱う」というコンセプトの記事で、公開後も適宜見直し・修正はしたいと考えているが、しかし一方で「あくまで公開日時点での話」として受け取っていただければと思っている。

 「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY4でのスピーチにおいて、山下美月は「生きているなかで、理不尽だなと思うこととか、世の中にあんまり平等っていう言葉は存在しないなって、たまに胸が痛くなってしまうことがあるんですけど、でも乃木坂46にいるときは、すごく優しい気持ちになれて。みんなが主役のグループで、ずっとあってほしいなって思います」と語った。あてがわれた「チャンスは平等」という楽曲のタイトルと歌詞161をふまえたものであったことが伺える。
 「平等」というのは平易なようで、そのあり方もいろいろな形があるし、そこに向かうための道も無数に存在する、難しい概念である。チャンスが平等に回ってくるようにすることは重要なことだが、それだけでは「優しい気持ちになれる、みんなが主役のグループ」を形成することはできない。ときには形式的平等を多少歪めてでも突き進まなければならない道もあるだろうし、メンバー個々のパーソナリティや事情に応じてバランスをとることで、より平等を実質化させていくことも必要であろう。われわれの目に見えるものが平等じゃなくても、あるいはもっといえば、チャンスが平等じゃなくてもいいから、どのメンバーにも同じくらい幸福であってほしい。グループのファンとしては、そんなふうに思う。

 芸能界って(あるいは現実世界って)そんななまやさしいものじゃないよ、という向きもあるかもしれない。あるいは山下自身が、グループの内外で多くのチャンスをつかみ取って“成功”を積み重ねてきたメンバーだ。でもその山下がいう「みんなが主役のグループ」というのは、すべてのメンバーに自分と同じくらいの“成功”をつかみとってほしい、ということではなく、すべてのメンバーがそれぞれの形で、同じくらい幸福を感じていてほしい、ということだろう。そして、そうやって「ずっとあってほしい」というのは、グループがいま実際にそれを実現していることへの確信でもあるかもしれない。
 山下は乃木坂46の顔として強烈にグループを牽引し、そのことでグループ全体にたくさんの“チャンス”をもたらしてきた。卒業してそこから離れても、彼女には引き続き“成功”をつかみとっていく日々が続くだろうなと予想できる一方で、「乃木坂46にいるときは、すごく優しい気持ちになれて」という語りからは、グループから、または仲間から、彼女の側にもたらされたものも多かったことを感じさせる。
 “芸能界の厳しさ”的な世界観に対してあえてアンサーを加えるならば、「みんなが主役」で「優しい気持ちになれる」集団を、その芸能界で戦える存在にしているのが、グループアイドルというしくみなのだと思う。プロデュースやプロモーションの力が強烈なのはもちろんだが、それに加えて、多様なメンバーをグループという共通の文脈のなかに包摂し、共通の目標やストーリーを与えることで、メンバーの才能や努力を引き出しているというところも大きいように思う。

 その「グループアイドルというしくみ」を興味深く感じているからこそ、その一端であるフォーメーションのあり方について、ここまで書いてきたのだと思う。グループが続く限り、“フォーメーション史”もこれからもずっと続いていく。これから先にどういう動きが生まれるのか楽しみだし、それが常にメンバーに幸福をもたらすものであってほしい、と願ってやまない。

■ 本稿のタイトル「“フォーメーション史”」について
 他に適当な表現が見つからず、「“フォーメーション史”」とタイトルに掲げることになったが、筆者はこうした記事を書く場合、可能であれば「歴史」という語を用いることは避けるようにしている(「歴史」とダイレクトに言いたくなくて、「“フォーメーション史”」とやや誤魔化しているようなところもある)。「歴史」とひとくちに言ってもそこにはさまざまな意味が含みこまれている。ドイツ語には日本語でいう「歴史」にあたる言葉として「Geschichte(ゲシヒテ)」=「出来事としての歴史」と、「Historie(ヒストーリエ)」=「記述としての歴史」というふたつがあるという。
 通常の感覚でいえば、客観的な出来事があって、それをもとに主観的な記述が行われる、という順序があるはずだが、客観的な出来事は毎分毎秒と生起しては消えてしまうもので、知覚的に認識することはできず、主観的な記述を手がかりとして知る、ないしは振り返ることしかできない。いくつもの記述にあたって、誤りや偏りが入る余地を排除しようとしても、結局は客観的な出来事そのものではなく、「現在に通用する認識からして確からしい出来事と考えられるもの」にしかすぎない。
 本稿のような長い文章を書いていると、いま綴っているのが歴史だとしても、それはヒストーリエのことだな、とつくづく思う。主観を排することはできないし、書き進めるなかで軸もぐらぐらと揺らぐし、ひとつ知らなかったことを知るだけで意味づけがすべて変わっていったりする。それがおもしろくて書いているし、そうでなければ2ヶ月もかけて日夜書き続けるほどのものではない。「歴史とは現在と過去のあいだの対話」という有名すぎるフレーズがあるが、「対話」とはやはり言い得て妙である。
 別にそんな難しいことを考えながら書いているというわけでもないのだが、「歴史」といってしまうと、「おもしろくない教科書で読むような、出来事の羅列」とか、「唯一無二の事実を編んだものとして威張って書かれたもの」みたいにとらえられるような向きを感じており、それはちょっといやだな、と思うのである。だからなんというか、「歴史」というほどのものでは決してなく、ポエムみたいなものだととらえていただきたい。
 最後にそんなおまけの言い訳をさせていただいて、本稿を終えることにする。

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https://meaning-of-goodbye.com/sakamichi-formation-12years/feed/ 0
その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)[ex] https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-extra/ https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-extra/#respond Sat, 27 Jan 2024 12:04:59 +0000 https://meaning-of-goodbye.com/?p=1243 [タイトル写真:千葉県木更津市・小櫃堰公園(筆者撮影)]

[ex]“それから”の日々と“これから”

 本稿は、シリーズ「その手でつかんだ光(乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」の最後の記事である。ナンバリングは前稿で終え、番外編扱いとしつつ、タイトルに掲げた「乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから」の「それから」の部分、北野のグループ卒業後から今日に至るまでの日々について書いていくものである。

 特に、卒業後も芸能活動を継続している北野であるから、“それから”の日々はまだ続いていくということでもあるのだが、しかし彼女について、ここまでまとまった量の文章を書くのは最後になろうかと思う。射程とする期間は2年近くになる。ずいぶん時間をかけてしまったな、と改めて感じるが、ここまで書いてこられたことは、おそらく幸せなことだったのだとも思う。

「その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」目次

 ・[1]家族への信頼と愛情
 ・[2]ポジションと向き合った日々
 ・[3]同期・2期生という存在
 ・[4]“先輩”と“後輩”、グループのなかでの役割
 ・[5]「希望の方角」と「忘れないといいな」
 ・[6]あの夏のこと/アンダー曲「アンダー」
 ・[7] “代名詞”となった「日常」
 ・[8]「乃木坂46 北野日奈子 卒業コンサート」
 ・[9]中元日芽香、「大切な友達」として
 ・[ex]“それから”の日々と“これから”

 

「今日が私の新たな始まり」

 2022年4月30日に乃木坂46を卒業した北野。その後については最終活動日のSHOWROOM配信でもやや言葉を濁すような言い方をしていたものの、「私は未来に向かって歩き出していくので、そんな姿を皆さんに応援してもらえたら」「またどこかで私の言葉が皆さんに届けばいいな(2022年3月24日「北野日奈子卒業コンサート」)、「これからも北野日奈子として一生懸命頑張っていきますので、どうかこれからもそばにいて支えてくれて、見守ってくれると嬉しいです(2022年4月30日 SHOWROOM配信)と、芸能活動を継続するニュアンスの発信は一貫してなされていた。

 事務所の移籍はおそらくともなうとして、多少の充電期間があってもおかしくないというところであったが、北野は卒業から1日だけをおいた5月2日、「レコメン!」に出演する。出演告知も当日午後のことであり、サプライズ色も強い出演であった。「レコメン!」には直近では卒業発表直後、2nd写真集『希望の方角』発売翌日の2022年2月9日にゲスト出演しており、個人としては短いスパンでの出演となっていたほか、堀未央奈の代打でダブルパーソナリティを務めた2017年7月5日放送回をはじめ、グループ時代にたびたび出演経験のある番組であった。

 22時台の番組冒頭から、いくぶんリラックスした雰囲気で登場した北野は、グループから卒業したばかりであるという経緯をパーソナリティのオテンキのりから紹介されると、「もう、ただの北野日奈子です」と改めて自己紹介をする。卒業を決意してから発表されるまでの期間についてや、卒業コンサートをオテンキのりや堀未央奈が見届けていたエピソードなどがざっくばらんに語られたほか、「乃木坂の活動に重心を置いて、それ以外のことはちょっと、って思うほど全力を尽くしてきた」「それがなくなったので、いろんなことに挑戦して、好きなことを見つけたい」と、今後の展望について言及されていた。

 出演時間の最後に写真集とInstagramについて短く触れた以外は特に告知もなく、メールを読んだりレギュラーコーナーに参加したりといったのみの出演であったが、そのなかで「乃木坂のオーディションで歌った曲なので、今日が私の新たな始まりということで」としてsupercellの「君の知らない物語」が、そして最後には「卒業しましたが、いつでもこの曲は胸に大事にしまっておきます」として「乃木坂の詩」が選曲され、オンエアされた。卒業コンサートでの最後の一曲でもあった「乃木坂の詩」はあまりにもストレートな選曲というほかなく、グループで重ねた9年間の日々の先をこれからも歩んでいくということがはっきりと表現されていた。

 5月20日には、堀も所属する芸能事務所であるamへの所属を発表53し、直後の5月29日には「Kuu Presents SAPPORO COLLECTION 2022 SPRING/SUMMER」に出演。数年ぶりのファッション関係の仕事となったのみでなく(ランウェイを歩いたのは2019年9月28日の「GirlsAward 2019 AUTUMN/WINTER」以来だっただろうか)、「北海道生まれ」を長らく強調してきた北野にとっては念願の“北海道仕事”ともなった118

 

「今までの自分とは別の色」

 札幌コレクションへの出演を控えた5月26日には、北野がヒロイン・小夏役で出演した舞台「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」(2022年7月8-18日・11公演、紀伊國屋ホール)の情報が解禁され、チケットの先行発売の申し込みがスタートする。北野の舞台出演は2017年の「あさひなぐ」以来のことで、それ以前には「じょしらく」「じょしらく弐〜時かけそば〜」「16人のプリンシパル trois」と、どれもグループとして、もしくはメンバー複数人で出演したものである。グループを離れてひとりで活動していくにあたり、早速に新しいチャレンジに取り組む形となった。

 「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」はつかこうへい作の舞台で、岡村俊一がプロデュース・演出を行ったものである。岡村の演出する舞台には女性キャストにアイドル・元アイドルを起用される傾向が強く、坂道シリーズでも2020年に同じく「銀ちゃんが逝く」が上演された際には小夏役を井上小百合が務めており138、他のつか作品でも「熱海殺人事件」シリーズには今泉佑唯(2018年)や新内眞衣(2021年、2022年、2023年)、能條愛未(2021年)が、「飛龍伝2020」(2020年)と「新・幕末純情伝」(2023年)には菅井友香が出演している。つか作品以外の岡村の演出作品でも、「フラガール -dance for smile-」には井上小百合(2019年)、樋口日奈(2021年)、潮紗理菜(2023年)が、「あずみ」(2020年)や「修羅雪姫」(2021年)、「最後の医者は桜を見上げて君を想う」(2022年)には今泉佑唯が出演している139。個人として出演する初めての舞台としては、いくぶん取り組みやすい部分もあったのかもしれないと思うし、あるいはグループで積み重ねた日々の先にあった出演であったともいえるのではないだろうか。

ファンの方へメッセージ
グループを卒業して初めての舞台です。新しいスタートを飾るからこそ、今までの自分とは別の色を生み出したいと思っています。私みたいな自信のない子でも、舞台に立ち、全力で生きて、スポットライトを浴びせてもらう。そういう姿は、誰かの勇気になるんじゃないかと思うんです。新しい色がどういうものかはまだ言語化できていませんが、とりあえず全力の姿だけはお見せできると思います。私のファンの皆様、新しいことに挑戦する私の姿を優しく見守っていてくださいね!

(「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」パンフレット 北野日奈子インタビュー)

 筆者は日程後半の2公演に足を運んだ。北野自身も「こんなに喋る役は初めてです。過去イチのセリフ量にビビッています(パンフレットインタビュー)と語った通りのセリフ量、そして3分超えの一人芝居のシーンを演じきり、あるいは殺陣のシーンもあれば、NON STYLE・石田明の公演ごとに異なるアドリブに笑みを見せながら対応する場面もあった。舞台そのもののできばえやパワーはもちろんだが、何よりも期待していた以上の北野の舞台俳優ぶりに圧倒され、心をつかまれてしまった。

 これが終われば残すは千秋楽公演のみ、というところであった7月17日の公演では、カーテンコールで北野が真ん中に押し出される場面があった。味方良介と石田明から26歳の誕生日を祝う花束を受け取った北野は、われわれの知る、あの目を細めた笑顔を見せたが、最後にもう一度幕が上がったときには、彼女の目には涙が光っていた。懸ける思いや張りつめていたものもあっただろうか。カーテンコールまでが終わって席を立ち、会場を流れる主題歌「STAR」140が「人は幸せになるために生まれてきたはずなのに」と歌うのを聴きながら、芸能生活にとどまらない北野の人生全体に無限の幸福があることを祈った、そんな北野の26歳の誕生日であった。

 この時期の北野からは、「色」をテーマにした発信がよくなされていたように思う。先ほど引用したインタビューでも「今までの自分とは別の色を生み出したい」と語っていたが、7月7日にオープンしたオフィシャルサイト・ファンクラブ142のタイトルは「ヒナコイロ」で、このタイトルは6月初頭のうちにはすでに決めていたという北野日奈子Instagram 2022年6月5日

この場所で皆さんと共に、日奈子として小夏として色や音を出せること本当に幸せに思います。自分が自分で良かったと思います。本当に私は人に恵まれているなぁ。自分の人生に関わってくださる皆さんの存在に感謝しています。!だからこそ、一生懸命に、自分に負けないように、自分に繋がりを持って下さる大切な人のために頑張りたいと思っています☺️!

この場所に立つ者が北野日奈子でよかったと紀伊國屋ホールに足を運んで下さる皆さんに思ってもらえるように、一緒に舞台に命を灯す皆さんと心を繋ぎあえるように、皆さんを信じて自分を信じて目に見えないたくさんの不安や恐怖心に勝つぞ!なにより楽しみたい!

北野日奈子Instagram 2022年7月5日[抜粋])

 また、前稿[4]にも書いたエピソードであるが、奥田いろはが北野のサイリウムカラーであった黄緑×ピンクを引き継いだのはこれに先立つ時期、「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2022年5月14-15日)のタイミングである。色の組み合わせに意味があったというよりは、北野自身が好きな色をふたつ用いる形で決められたというサイリウムカラーは、本人にとってもファンにとっても特別な色となっていたが、北野は2022年6月28日のインスタライブで、そのサイリウムカラーをファンクラブに用いないのかと尋ねるコメントに、黄緑×ピンクは「奥田の色」として引き継いだので、自分はもう使わないことにした、というような趣旨のことを話していた。

 「今までの自分とは同じ色を生み出したい」、そのために「全力の姿」でぶつかる。多くのものが変わっていこうとしているなかで、しかし変わらない彼女の生き方もまた、そこに光っていたように見えた。

 

ファンとの距離感と温度

 「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」を完走したのちの時期からは、連続ドラマへの出演が続くことになった。2022年9-10月には「少年のアビス」、2022年10月期には「警視庁考察一課」、2023年1月期には「ひともんちゃくなら喜んで!」、2023年3月には「とりあえずカンパイしませんか?」に出演。役柄も出番もそれぞれであったが、約半年にわたってレギュラー出演のドラマが続いたことになる。

 特に、初めてのチャレンジとなった「少年のアビス」で演じたヒロイン・青江ナギは休業中のアイドルという役柄であり、話題性のあるキャスティングであった一方、北野には「連続ドラマに挑戦する」という以上に、少し戸惑いもあったのだという。

 現在は『少年のアビス』で初の連ドラヒロインを熱演。演じている役柄は休業中のアイドルだ。
「正直最初は『やれないです!』って言っちゃいました(笑)。アイドルをやめたばかりなのに…という気持ちもあったので。でも撮影が始まる前からスタッフさんが何度も打ち合わせをしてくれて、私の不安を徐々に取り除いてくれたおかげで、前向きに臨むことができました。作品に対する愛がある現場なので、私もその気持ちを無駄にしないように最後まで演じ切りたいと思います」

(『FLASH』 2022年9月20日号 p.38)

 また、同作では2014-2015年に約1年間、SKE48との兼任という形で乃木坂46に所属した松井玲奈との共演も果たしている。松井は兼任時代もそれ以降も、乃木坂46とはある程度の距離を保ちつつも149、特に1期生にとっては“グループにおける唯一の先輩”でもあり、短い期間のなかでメンバーにさまざまな面で積極的に指導をするような場面もあったと伝えられる。北野とはメンバーのなかでもそこまで距離が近かったわけでもないように思うが、松井の乃木坂46合流の端緒は「気づいたら片想い」であり、初選抜の期間を過ごしていた北野にとっても、特にインパクトの大きな存在だったかもしれない。

ーー松井玲奈さんは、令児の担任で彼に執着していく柴沢由里先生を鬼気迫る演技で表現されていました。共演されて、いかがでしたか?

北野さん 松井玲奈さんが乃木坂を兼任されていたとき、何もわからない子どもだった私たちのことを面倒見てくださって、ステージの立ち方やお客さまへの返し方など、たくさんのことを教えていただきました。撮影現場で再会したとき、「久しぶり。大人になったね!」と気さくに声を掛けてくださって。憧れのアイドルである玲奈さんの記憶のなかに私がいたことがうれしかったです。

第一話で川へ落ちてくるシーンを撮っているとき、カメラがまわる前から緊張感あふれる雰囲気を出すために呼吸を荒くされていて。「これが女優なんだ、かっこいい!」と思い、玲奈さんの演技から学ばせていただきました。

ーー松井玲奈さんが北野さんの演技について、お話されたことは?

北野さん 玲奈さんが「ナギちゃんが狂気じみていて、目の奥が真っ暗なところが良いね」と褒めてくださったんです。自分の演技は間違っていなかったのかなと自信がつきました。玲奈さんに褒めていただいたところをこれからもっと伸ばしていけたら良いなと思っています。

(an・an web「北野日奈子『松井玲奈さんの記憶に私がいてうれしかったです』」[2022年9月28日配信])

 連続ドラマでコンスタントに北野の姿が見られる時期が続いた一方、前述のように2022年7月7日に公式サイトを開設、9月1日からはファンクラブとしての運営をスタートしたことに加え、7月17日の舞台終演後に開催された「北野日奈子 生誕祭2022」を皮切りに、ファンイベント(ファンクラブ発足後はファンクラブイベント)もコンスタントに開催するようになる。堀未央奈や渡辺みり愛をゲストに迎える回もあり、“乃木坂時代”との連続性を保った形でファンと交流する機会を設け続けている、といえるだろうか。

 9月30日にはファンクラブ会員向けの公式アプリがリリースされ、オフショットや動画の配信やライブ配信が行われているほか、フィードではコメントでファンと直接交流するばかりでなく、オープンなSNSよりはいくぶんハードルを下げた発信ができているように見てとれる。時期にもよるが、発信の量としてはかつてのモバイルメールよりも多いくらいで、グループ時代でもコロナ禍以降の一時期は活動の量が減り、「今日の日奈子はなにしてるんだろうな~と思う日もあったかと思います(北野日奈子公式ブログ 2021年4月19日「ぶつかってばかり」)と北野自身も感じることもあったという頃より、温度感が伝わりやすくなったな、と思う場面も多い。

 この時期には個人のYouTubeチャンネルも開設し、「警視庁考察一課」の初回放送日であった2022年10月17日に初投稿。コロナ禍より前の頃からだったろうか、ゲーム実況を中心に「ずっとYouTubeを見ている」のような発言も多かった北野だが、自身でもコンスタントに動画を公開していくことになる。いかにもYouTuberっぽい企画にも取り組みつつ、何かあればVLOGを公開しているほか、分量的にはカメラの前でひとりでトークしている動画も多いだろうか。筆者はあまりファンクラブイベントなどに足を運んでいるわけではないのだが、いつでも元気な姿を見られるようで、ありがたいな、というのが率直な感想である。

 グループへの加入当初は「きいちゃんは素直だから、全部そのまま言っちゃうんです(『BUBKA』2016年9月号 p.21、生駒里奈)と先輩メンバーに評されるなど、思ったことを思った通り、直感的に発信するようなところがあった北野。彼女にとって激動の時期のひとつであったともいえる2015年11月からの約1年間にはブログの毎日更新もあり、タイムリーになされる発信にファンもコメントでタイムリーに反応することが続く時期であったともいえるだろうか。それが続けられたのは、とにかくファンに向けて自らを発信し続ける、という心がけとともに、そんなパーソナリティも作用していたかもしれない。

 しかしこの時期を過ぎると、発信の総量はぐんと減り、考え抜いてから言葉をつむぐ、それが難しければあえて表には出さない、というように見えるようになっていった。それは少なくとも、グループ卒業までは変わらなかったかもしれない。時期で考えるならば、そのきっかけの部分には体調不良や休業などの難しい状況もあったのかもしれないが、自分がいま発信したことをファンがどのように受け止めるのか、それに心を砕いて(くれて)いたような、そんなふうに見えていた。ブログやモバイルメール、SNSの類だけでなく、ライブのMCやSHOWROOM配信でもそんな印象を受けることがあったかもしれない。すべてあくまで筆者の印象にすぎないのだが、ある時期からの北野はいつも、口にする言葉を入念に準備した上で舞台に上がっていた(卒業コンサートは別として、卒業を発表してからの時期は、それは少し軽減されていたかもしれないとも思う)。

 そういう意味において、現在の北野は、このような言い方をしてよいのかわからないが、いくぶん「楽になっているのかな」というように見える。往時は大きなグループのなかにいるという立場であったし、もっといえばグループ外の活動は抑えているようなニュアンスもあったから、それは当たり前のことかもしれない。あるいはタレントとしてひとりで活動するようになり、主体的に発信をしていくことが“仕事”としての重要性を増した部分もあるだろう(動画の再生回数も、ファンクラブの登録人数も、ある意味ではKPIのようになり、ひょっとするとそれは、アイドルにあてがわれがちだった“序列”なんかよりずっとシビアかもしれない)。それでも、とりあえずは「思ったことをそのまま言う」に近い場が多くなっているようであることは、少なくともファンとしては嬉しいし、喜ぶべきことだと思う。これからも自分のペースで、そうした活動を続けていってくれたら、というのが筆者の願いだ。

 

グループの“それから”

 ここで少し、北野が卒業してから現在までの乃木坂46について振り返り、北野が残したもの、あるいは“それから”の北野自身がグループの歩みのなかにどのように位置づいてきたのかを見ていくことにしたい。卒業メンバーのグループとのかかわりの形はさまざまであり、北野にもまた、独自の形があるように思われる。あるいは乃木坂46というグループ自体が、定期的に“思い出を振り返る”ことで、ファンとメンバーの気持ちを温めつつグループの連続性を保ち、それを確かな強みとしてきたグループであるから、9年間のキャリアとそれにともなう存在感をグループに残した北野についても、未だそこに確かに息づいているといえると思う。

 2022年4月30日に北野がグループを卒業した直後の時期のトピックといえば、5月14-15日に開催された「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」であろう。7万人を納める会場・日産スタジアムは、キャパシティでいえば国内の常設会場として最高到達点である。2日間で表題曲29曲を網羅しながら15810年間を振り返る形であったセットリストにあって、アンダー曲の存在感は相対的に小さい状況でもあったが159、DAY2の6曲目として「日常」が演じられる。29thシングルアンダーメンバーに、現役の「日常」オリジナルメンバー全員を加えた、フルメンバーといえるフォーメーションのセンターには久保史緒里が立つ。落ちサビ以降は特に感情があふれ、双眸から涙をこぼしながらのパフォーマンスとなったが、久保はこれを「日奈子さんとの思い出が甦ってきて、『だから苦しいんだ』と感じながらパフォーマンスしました(『EX大衆』2022年7月号 p.87)と振り返った。

 北野の誕生日である7月17日には山崎怜奈がグループを離れ、翌18日には樋口日奈と和田まあやが卒業を発表。その翌日の大阪城ホール公演からスタートした「真夏の全国ツアー2022」は、結果として“1・2期生”にとっての最後の全国ツアーとなった。「最後の1期生」とされた秋元真夏161の卒業コンサートを含む「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2023年2月22-26日)を控えた2月18日には、「最後の2期生」となっていた鈴木絢音が卒業を発表162。LINE CUBE SHIBUYAで開催された卒業セレモニーの日取りには、2期生が活動をスタートしてちょうど10年の記念日となる2023年3月28日が選ばれた。鈴木はアンコールで「ゆっくりと咲く花」をひとりで歌いきり、グループで過ごした日々について「悲しい物語を当て書きされちゃうことも多かったけれど、私の乃木坂10年間は人生でいちばん美しい10年間でした」とまとめた。

 北野の卒業コンサート翌日から3日間行われた「29thSGアンダーライブ」(2022年3月25-27日)では客席が満員に至らなかったという事態にも直面したアンダーライブだが、最終公演アンコールでの「このまま頑張っていたらみんなでアンダーライブ、東京ドームでできる」「どんなに大きい会場でも私たちの魂は強いから」という和田まあやの言葉に呼応するように、そこからさらに勢いを増していくことになる。その和田にとって最後にアンダーライブとなった「30thSGアンダーライブ」(2022年9月27-29日・10月3-5日)は2会場6公演が行われ、3・4期生10人という新体制かつ過去最少人数163で臨まれた「31stSGアンダーライブ」(2022年12月1-19日)は5都市9公演の全国Zeppツアーの形であった。5期生の合流を経た「32ndSGアンダーライブ」(2023年4月5-27日)も計8公演の東名阪ツアーの形。かなりの公演数を重ね、パフォーマンス面での強さの増したアンダーライブは、「史上最大」164と銘打たれた横浜アリーナ3DAYSの「33rdSGアンダーライブ」(2023年9月29日-10月1日)に至る。これを立見席まで完売させた上で高いパフォーマンスでやり遂げると、「34thSGアンダーライブ」(2024年1月25-27日)は再びぴあアリーナMMへ。約2年ごしに3DAYSを即完売させ、スケールアップが数字にも表れるようになっている。

 「アンダー」は「北野日奈子卒業コンサート」以降、約8ヶ月ほどはライブでの披露がない状態が続いていた。このこと自体は特に珍しい現象ではなく、2021年には一度も披露されていない。ただ、この期間には楽曲のオリジナルメンバーである山崎怜奈、樋口日奈、和田まあや165がグループを卒業しており、山崎と和田は「北野日奈子卒業コンサート」を、樋口は「アンダーライブ2020」を「アンダー」最後の披露としてグループを離れている。こうした状況にあって、3・4期生の体制で行われた「31stSGアンダーライブ」で、「アンダー」は全公演でセットリストの1曲目として演じられる。通常のOVERTUREではなく166暗転とともにピアノの旋律で滑り出した公演は、影の中から現れたセンター・中村麗乃の歌唱から始まる。「アンダー 影の中/まだ咲いてない花がある/客席の/誰かが気づく」。アコースティックアレンジを加えられ、フォーメーション移動はあったが振り付けはほぼ排されていた。12月1日の初演までを期間としてとるとすれば、252日ぶりの披露。このときステージにいた10人はみな、あの日北野とともにその曲を演じていた。

 シリアスな演出とともに、会場に緊張感が満ちる。“声出し禁止”の状況を超えて、スタンディングの客席はしんと静まりかえっていた。曲が描いたモチーフさえこえて、「アンダー」にはさまざまな記憶が塗り固められている。しかし、メンバーは歌唱が終盤に至るにつれて徐々に笑顔で演じるようになり、歌詞のメッセージをまっすぐに乗せるようなパフォーマンスで終えられる。千秋楽公演の際のパフォーマンスは配信を経て映像化されたが、その前に筆者が現地で観た3公演も含めて、そのようなものとして演じられていたように思う。ライブに臨むにあたり、中村は涙ながらに「私たちしかいないから、守んなきゃいけないじゃん(乃木坂配信中「31stSGアンダーライブ全国Zeppツアー開催記念特番」、2022年11月22日)とも語っており167、あの記憶までもが“継承”の対象となるのか、と息をのむような思いだったが、その後現在までのアンダーライブを改めて振り返るならば、そのステージに誰もいなくなった1・2期生が積み重ねてきた日々への仁義であったようにも映る。2023年3月27日の鈴木絢音の卒業をもって、「アンダー」のオリジナルメンバーも全員がグループを離れたということになった。鈴木にとっての最後の披露は「アンダーライブ2020」となり、オリジナルメンバー総体としては「北野日奈子卒業コンサート」が最後の披露となった。

 北野が「私が気がかりなのは、アンダーの3期生です。」「諦めてほしくないです。」「メンバーである以上は諦めずに、上を目指してほしいです。(『希望の方角』北野日奈子インタビュー)としていたメンバーも、現在に至るまでみなグループを引っ張る活躍を見せており、3期生は(北野の在籍中に卒業した大園桃子を除く)11人がみな在籍し続けているという状態である。インタビューで北野が含意したのは「選抜を目指し続けてほしい」ということであったと読み取れるが、佐藤楓が30thシングルで7作ぶりに、阪口珠美が31stシングルで9作ぶりに、伊藤理々杏が33rdシングルで10作ぶりに選抜入りしたのに加え、33rdシングルでは中村麗乃が、34thシングルでは向井葉月が初選抜となっている。特に阪口や向井は北野と距離が近く、直接メッセージを送ったことが伝えられるメンバーであるだけに、北野の思いが届いたといえる状況でもある。あえていうならば、選抜メンバーの3列目を順繰りに入れ替えていくトレンドの時期であるということでもあろうが、しかし個々のメンバーが「諦めなかった」ことこそがそれを可能にしたともいえる。北野にしかできないエンパワーメントが、確かにあったのだと思う。

 アンダーライブでの「日常」は、伊藤理々杏がセンターを担った時期を経て、「32ndSGアンダーライブ」では向井葉月が、「33rdSGアンダーライブ」では松尾美佑がセンターに立ち、定番の楽曲として演じられ続けつつも、シングルごとに異なる展開を見せている。「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY2(2023年2月23日)では奥田いろはのセンターで演じた5期生も、「新参者 LIVE at THEATER MILANO-Za」8公演目(2023年11月27日)のアンコールでは小川彩にセンターをかえて披露している(そして「34thSGアンダーライブ」[2024年1月26-28日]では、その小川のセンターで披露されている)。前述の鈴木絢音のセンターとあわせて、この約1年間でも披露のされ方にかなりのバリエーションがあったということになる。珍しい現象であるようにも映るし、しかしグループが変わっていくとはそういうことか、とも思う。奥田がセンターで立った際には北野への思いについてVTRで大々的に語られる場面もあったが、どちらかというともう、「北野のセンター曲」というよりは「グループの楽曲」の位置に移りつつあるように感じる。それはたぶん、喜ぶべきことだと思う。

 その奥田は、乃木坂配信中「乃木坂46 奥田いろは 柏駅前で路上ライブやってみた!」で「忘れないといいな」を弾き語りで披露するなど、北野への思いを変わらず表現している。「33rdSGアンダーライブ」2日目(2023年9月30日)のジコチュープロデュース企画で「君は僕と会わない方がよかったのかな」を選曲した背景にも、そうした思いがあったのではないかと感じる。“卒業ソロ曲”がのちのメンバーによって歌唱される例は、全曲披露のバースデーライブよりあとの時期では非常に稀になっているし、「君は僕と会わない方がよかったのかな」も「北野日奈子卒業コンサート」以来演じられていない状況であった。歌声を聴きながら涙がにじんでしまうような選曲を、奥田自身はてらいなく素直な感じで繰り出してくる、というような印象を受ける。“君僕”の旋律とともに、客席のペンライトがピンク一色ではなく黄緑×ピンクに変わっていく。それも「北野日奈子卒業コンサート」と同じ風景であった。楽曲が歌い継がれ、物語が語り継がれるだけではない。それはこれからも現在進行形で続いていく。

 

グループとの距離感

 ここまで振り返ってきたように、北野もグループもそれぞれに歩みを進めていくなかで、卒業後における北野のグループとのかかわり方には、少し特異な部分があるように思う。近いような、遠いような、そんな感じだ。

 客観的なデータを持っているわけではないし、他の卒業メンバーに関しては北野ほどていねいには追いかけていないのだが、北野は乃木坂46時代について、あるいは現役メンバーや卒業メンバーとのかかわりについて、メディアで語ることが多いとはいえると思う。舞台やドラマへの出演に際しては、プロモーションのためにインタビューが組まれる機会が多くあったが、そうした機会において、具体的なエピソードとともに“乃木坂46”を語る場面も散見される。

ーー小夏役は以前、北野さんと同じく乃木坂46で活躍されていた井上小百合さんも朗読劇で演じられていましたよね。
北野:そうなんですよ。井上さんはグループ時代の先輩なんですけど、すごく仲良くさせてもらっていて。なので今回の舞台の情報が発表される前に、私のほうから連絡しました。実際に朗読劇も映像で観させてもらったのですが、私の知らない井上さんがそこにいて、「うわ、すごい!」と思いました。井上さんが繋いでくださったバトンでもあるので、「私もまた繋げられるように頑張りたいです」と言ったら、「いやぁ、小夏はすごいよ」って(笑)。「のめり込みすぎると自分自身も気が滅入ってしまうから気をつけて」というアドバイスをいただきました。

(リアルサウンド「北野日奈子に聞く、乃木坂46に在籍した9年間とこれからのこと 『本当に世界が広がった』」[2022年7月10日])

 「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」についてのインタビューであれば、同じ小夏役を演じた井上小百合について語られるのもさもありなんではあるが、「少年のアビス」への出演に際しては、先に引いた松井玲奈についてのもののほかに、このようなエピソードにも言及している。

――北野さんは、今作が連続ドラマの本格出演が初とのことですが、乃木坂46出身で女優として活躍されている先輩方に、演技について相談はされましたか?

北野:生駒里奈さんと仲良くさせていただいているんですが、こんなにみっちりドラマに出るのは初めてなので、ドラマでも舞台でも活躍されている生駒さんに、ドラマで役を演じる上で心掛けていることを伺いました。

生駒さんから、ドラマはカメラの向こう側にいる人を想像しながら演技をした方が良いよ、でもその場にはカメラしかないので、カメラのレンズの奥に居る人を意識してやってみるといいかもってアドバイスをいただいて。私はカメラの前だと緊張しちゃうんですけど、そのことを意識しながら演じるようにしてからは緊張せずにやれているので、すごくありがたいアドバイスをいただきました。

(WEBザテレビジョン「荒木飛羽×北野日奈子、異色ラブストーリーに挑む 16歳・荒木の演技に北野『自分を保つのが大変』<少年のアビス>」[2022年8月26日])

 インタビュワーとしては、卒業したばかりの乃木坂46について水を向けるのは至極当たり前だし、とりわけWebの記事であれば目を引く見出しにもなるだろう。グループ時代に引っ張られすぎずに活動したければ、通りいっぺんの回答をすることもできようものだが、北野はそのなかでよく新しいエピソードを出してきて、聞き手や読み手にとっての“良いインタビュー”をつくるタイプであるように思う。また、このなかでは「私自身、アイドル時代に休業していたこともあって、そういう部分がナギちゃんと重なりました」とも語られており、なんとなく予想した内容にもきちんと言及があるような、そんな印象もある。

 あるいは、「後輩メンバーのことを気にかけている」という趣旨の言及も多い。事実としてそうだからそう語られているのだと思うが、自分から積極的に言及しているような印象も受ける。

——4月30日に乃木坂46を卒業されました。卒業を実感することはありますか?
 これこそ今日のチェキとか! 意識していないと、サインに「乃木坂46」って書いてしまうんです。それから9年在籍していたので、「選抜発表がこのくらいの時期にあるんだろうな」っていうのもなんとなくわかって。そういう時期になるとメンバーのブログを見にいって、落ち込んでいそうなコに「ご飯行こうよ」と声をかけたりしています。メンバーのことは今でも大好きなので、よりアンテナをビンビンに張って気にするようにしています。

——特に気にかけている後輩はいますか。
 4期生だと柴田柚菜ちゃんが慕ってくれていて、5期生だと奥田いろはちゃんが加入前から好きでいてくれたみたいで。2人ともツアーのリハ中で凄く忙しいと思うんですけど、合間を縫って同じ日に舞台に来てくれて、本当にかわいいなって思いました。それから個人的に気にかけているのは3期生の阪口珠美ちゃん。乃木坂愛もあれば、パフォーマンスの表現力もある本当に素敵なコなんです。どうにかたま(阪口珠美)が報われてほしいというか。私もつらい環境を行ったり来たりしてきたので、たまにはそういう思いをしてほしくないなって思います。

(『FLASHスペシャル グラビアBEST』2022年初秋号[2022年8月29日発売]p.23)

——グループを卒業されて約5カ月ですが、ひとりでの活動には慣れてきましたか?
「卒業してからすぐに舞台があったので、仲間ができたようで寂しさは感じませんでした。でも夏の全国ツアーを回っている後輩が、ご当地グルメなどを食べているのを見ると、『去年は私もそこにいたのに〜』って(笑)。あと当時気にかけていた後輩メンバーのことは、今でも気になるので、様子を聞いていたりはしています」

(『CARトップ』2022年10月号 p.175)

――今回は考察がテーマで、北野さんはファンの方から“考察”される側でもあるのでは? と思ったのですが、「当たってる」とびっくりしたことなどはありますか?
自分のファンの方は、本当に「なんでこんなにわかるんだろう?」というくらいまで、私のことを考えてくれているんです。だから私は常に考察されている側だと思います(笑)。髪の色やメイクを変えた時、たとえば女性はよく気づいてくれると思うんですけど、男性のファンの方でもわかってくれるんです。どのレベルまで私を考察しているんだろう?
ファンの方が現役の乃木坂メンバーの様子を見て、落ち込んでいるんじゃないかと「日奈子ちゃん、ごはんに連れてってあげて」とメッセージをくれることもあるんです。メンバーに話を聞いてみたら本当にその通りだったりして。すごく見てくださっているし、1番の味方だなと思います。
「自分でも何に迷っているかもわからないけど、落ち込んでる」といった時に、ファンの方が「日奈子ちゃんは〇〇年の〇月〇日にこういうブログを書いてたよ」と昔の自分の考えを思い出させてくれることもあります。そういう時は「こんなことでくよくよしてないで、目の前のことに一生懸命頑張って取り組めばいいんだ」と思えますし、もはやファンの皆さんが辞書みたいになってる(笑)。私の取扱説明書を持ってくださっている感じなので、助けられています。

(マイナビニュース「北野日奈子、ファンの鋭すぎる“考察”に驚き『どのレベルまで…』 秋元康にスパイ疑惑も!?」[2022年12月19日])

 特にある時期以降、北野はグループに対する愛着を進んで表現してきた経緯があるし、仲間への情も厚いタイプだ。ただ、卒業後につながりの深いメンバーと連絡をとったり、あるいは相談をしたりされたりするのは、たぶんそこまで特別なことでもない。あえていうならば、そうしたエピソードを表にすればファンに喜ばれるだろうと感じて、こまめに触れるようにしているような、そんなふうに映ることもある。

 あるいは、バスケットボール経験者として(そしておそらく、長らくBリーグの仕事をしている相楽伊織とのつながりもあって)『月刊バスケットボール』2023年8月号のインタビューを受けた際には、インタビューの前半部がグループ時代のことをオーディションから卒業まで振り返ることにあてられており、卒業から1年経った現在の心境や、グループ卒業にあたっては「『どうしてもライブがしたい。それで卒業がしたい』とお願いした」ということ、ソロ曲「忘れないといいな」と、それを卒業コンサートで歌ったときのことなども語られていた。いっぱんに、卒業コンサートなどのグループ活動最終盤について振り返るようなインタビューが組まれることは珍しく、貴重な機会となった。

——乃木坂46の楽曲の中で、これが好きだった、というものはありますか?
北野 今、乃木坂46時代の頃を思い出したいときによく聴くのは『失いたくないから』です。……(中略)……あとはやっぱり自分のソロ曲である『忘れないといいな』も好きですね。繊細で儚い歌詞ですが、卒コンでは笑顔で歌い切ることができ、歌詞は私の乃木坂人生を物語っていて、辛いことや苦しいこともありましたがここまで頑張ってきて良かったと思えました。秋元(康)さんは本当によく見てくれているなと思います。私の人生を物語っているものなので、すごく特別ですね、ソロ曲を頂けたのは。

(『月刊バスケットボール』2023年8月号 p.99)

 ただし一方で、変わらずグループのまわりをうろうろしているような感じを受けるかというと、必ずしもそうでもない。卒業生でいえば同期の相楽伊織、堀未央奈、渡辺みり愛とはファンイベントのほかYouTubeでのコラボなども行っているし、YouTubeではグループや卒業生について言及する場面も散見されるし(星野みなみや中元日芽香の現在について触れていたのは、いかにも北野らしいスタンスや距離感であった)、ショート動画では「突然乃木坂の曲を流したら北野日奈子は踊れるのか?」の企画を不定期に行っているほか、その延長で2024年1月には「日常」のダンスも披露するなど168、良い意味であまり変わっていない感じを受けることも多い。

 しかし、きわめて具体的にいうならば、北野は卒業後に乃木坂46のライブを訪れている様子がない。もちろん、あえて言及していないだけかもしれないし、いつもスケジュールを空けられるわけでもないだろう。ただ、2期生メンバー(伊藤かりん、伊藤純奈、相楽伊織、新内眞衣、堀未央奈、山崎怜奈)がサプライズで登場した「鈴木絢音卒業セレモニー」に現れなかったことは少し意外であったようにも思うし、「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」や秋元真夏、齋藤飛鳥の卒業コンサートなど、Instagramのストーリーなどで言及することこそあれ、他の多くの卒業メンバーのようには足を運んでいないように思う(すべての発信を追い切れているわけでもなく、見落としているものもあるかもしれないが)。何か独特の感じ方があるようにも思われ、どことなくそれも、北野っぽいな、と思う。

 

チップと「虹の橋」

 そして、大きなテーマとして触れておかなければならない最後のひとつが、愛犬・チップのことである。北野は2023年1月27日、自らのYouTubeチャンネルの動画「大切で大好きな家族のお話」で、ちょうど2年前にあたる2021年1月27日に、チップが亡くなっていたことを公表した。チップはこのとき14歳で、前年にはペットメディア「sippo」のインタビューでクッシング症候群とそれにともなう糖尿病を発病し、両目を失明していたという状況が公表されていた。あるいは約1年後に制作された「忘れないといいな」のMVでは、冒頭を含む随所にチップと北野の写真が用いられるとともに、“今の北野日奈子”がリードをコートのポケットにしまって外を歩くなどのシーンで169、その不在が示唆されてもいた。ともあれしかし、北野はその事実を公表するのに2年という時間をかけたのである。

 動画のなかで、北野は「当時はバースデーライブのリハ中だった」と振り返り、リハーサルへの参加も厳しいような状況になってしまったこと、しかし「最初で最後」の2期生ライブに向けて乗り越えようと頑張っていたことを語り、そして「私のなかでの乃木坂を卒業する大きな理由はチップのことでした」と明かす。そうした自分の気持ちだけでグループを卒業することは悩んだともいうが、「チップも一緒に乃木坂の活動をしていたっていうくらい」であり、「気持ちを偽らなくちゃやっていけないほどの思い」から、火葬して見送った日の夜に、卒業を決意した、ということであった。

 北野は卒業発表の際のブログで「優しくて温かいこの場所を離れることを決めたのは去年の今頃です。(北野日奈子公式ブログ 2022年1月31日「希望の方角」)としており、その後のいくつかの発信のなかにも、何か明確に卒業を決めたタイミングがあるような語り方をしていたように思う。乃木坂46についていえば、この2021年1月27日は「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」のリハーサル期間であったほか、ちょうど26thシングルの発売日でもあり、いろいろなことが重なったタイミングであった。この年25歳という年齢は、堀未央奈や伊藤かりん、衛藤美彩などの近しいメンバーが卒業の目安とした年齢でもあったし、このときのシングルでアンダーメンバーとなったことについては、モチベーションを保つのに苦労していたともいう170。しかし結局、最後に彼女を突き動かしたのは、チップの存在の大きさであったということになる。

 その後、特に卒業までの北野について振り返ってみると、2021年の生誕Tシャツも従前通りチップの写真やイラストを用いたデザインとしたほか、背中側には数字や記号を並べた暗号風の文字列が記されており、そこには北野の誕生日である「19960717」とチップの誕生日である「20061001」に加え、「202101271551」の数字も散りばめられており、これは動画での北野の語りと考えあわせると、チップが亡くなった日時であるということであろう171。「乃木坂46時間TV(第5弾)」のグッズである個別マフラータオルも「日奈子ちゃんとチップ」であったし、卒業コンサートグッズ・卒業グッズにもこれでもかというくらいチップがあしらわれ、卒業コンサートで着用したドレスにも生地に犬の刺繍が施されていたほか、MCでは自らのキャリアを「チップを押しつけた9年間でした」とまとめた。「チップも一緒に乃木坂の活動をしていた」という語りを体現するように、最後までチップとともに走りきった9年間であったと思う。

 動画内ではさらに、現在ひとり暮らしの家に「おこげ」と「ランプ」、さらに実家には「おかゆ」という3匹の小型犬172と住んでいるということを公表した。暮らし始めたのはチップが健在であった時期からであるとのことで、それも長らく伏せながら、「日奈子ちゃんとチップ」という、ある種のペルソナとともに「乃木坂46・北野日奈子」を完遂したともいえるだろうか。チップが亡くなったということだけでなく、看取ったときの詳細やその後の思いについて語ったこととあわせて、そこにはかなりの勇気と慎重さが必要であっただろう。

 公表を経ていくぶん楽になった部分もあっただろうし、それで北野自身の活動が広がった面もあった。2023年4月21日には、ふたつ目のInstagramアカウント「きたのさんち」を開設。おかゆ・おこげ・ランプとの日々だけでなく、チップとの未公開写真も掲載するアカウントとして運用されている。また、2023年11月に開催されたイベント「Sippo Festa 2023秋」では、配布されたカタログにおいて「保護犬と暮らす」と題された対談に登場し、チップとの出会いやともに暮らした日々について語った。

 さらに、2024年1月31日発売の『HARBOR MAGAZINE by QJ』No.1にも登場し、神奈川県動物愛護センターを訪問。YouTubeでもこのときの模様を公開している。チップを迎えた小学生のころから関心を寄せ続け、乃木坂46加入後も発信を続け、「sippo」のインタビューでも語っていた「動物愛護に携わりたい」という目標が、芸能生活11年目にあって具体的な形を帯び始めている。

 以前に書いた記事「白いガーベラの咲く星(乃木坂46・北野日奈子と「アンダー」の現在)」でも、「sippo」のインタビューがあったあとの時期であったこともあり、北野と動物愛護については扱ったことがあった。偶然にも、この記事を公開した日にチップが亡くなっていたということになる。本稿を書くにあたり、久しぶりに自分で読み返してみたのだが、ほかの状況が何もかも変わっているのに、最後に触れた動物愛護の部分だけは、北野の芯がまったく変わっていないことに驚く。“うちの子”への愛を語り、あるいは「虹の橋」へと向かったチップのことを語りながら涙する、そんな愛犬家のトーンだけでは語れない動物愛護、保護犬ゼロという課題。そこに向ける眼差しのまっすぐさにも、感服というほかない。

 

そしてこれからも

 もちろん動物関係以外にも活動の幅は広がっている。2023年3月には個人として二度目の舞台となる「ダリとガラ」(2023年3月2-12日:座・高円寺[東京]、3月24-26日:ABCホール[大阪])に出演。シリアスな演技や舞台特有のパワフルさだけでなく、われわれのよく知る北野らしいポップさもいかんなく発揮した作品となった。筆者は東京での1公演と、大阪での千秋楽公演を観劇し、どちらもかなり前列の席を得ることができたのだが、「ああ、華があるな……」と、しみじみとした感想を抱いたことを覚えている。

 2023年6月26日には、久しぶりの地上波バラエティとなる「一億総リミッター解除バラエティ 衝動に駆られてみる」に出演。ほか、バラエティとしてはYouTubeチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」において、「100ボケ100ツッコミ」の企画にドッキリのターゲットとして出演した(2023年10月28日配信)。ファンとして活動を追うなかで、いろいろな側面を見てきたし、見ているが、グループ時代から「太陽」「現場を明るくする」といわれてきた部分が見られるような場面があると、やっぱり嬉しくなる。

 この年の秋には舞台「晩餐」への出演が決まっていたが、体調不良のため降板となるという出来事もあった。この期間はYouTubeの配信もしばらく空くなど、やや心配な時期ともなったが、その後は活動のペースを戻しているようである。1話のみのゲスト出演ではあるが、出演回の放送を控える「ナースが婚活」ではしばらくぶりにドラマにも出演。これからも、役を演じる姿を画面で見られる機会があればと思う。

 また、「北海道出身・千葉県育ち」「道産子」を自称し続けてきた北野だが、前述の「札幌コレクション」のほかにも、北海道文化放送「いっとこ!みんテレ」(2022年10月29日・2023年5月6日)、NHK総合(北海道)「どうみん手作りクイズ 179Q」(2022年12月16日)、FM北海道「IMAREAL」(2023年5月5日)、NHKラジオ第1「道南小学生ラジオ」(2024年2月10日)など、北海道でのメディア出演もコンスタントに続けている(「札幌コレクション」関連のものも含む)。「IMAREAL」出演時には「帰ってくるところは北海道」と言い切り、「小樽市出身・本籍は札幌市」を改めて強調してもいた。グループ時代よりもいくぶん動きやすい立場になったことが、ふるさとでの仕事につながっているようにも映る。

 ほかにも、昨年からは競馬関係の仕事も得るようになり、普段から競馬場に通っている様子であったり、「京美人Award2023」の応援アンバサダーとしての活動のなかでは、『non-no』で久しぶりのファッション誌への登場を果たしたり、活動を網羅的にあげていくときりがなくなってしまう。当分はこうした状況が続きそうであることを喜ぶことにして、このあたりにとどめておくことにしたい。

 最後は雑駁になってしまったが、前稿までで綴ってきた“3320日”の部分は、いくぶんか完結したストーリーであった一方、本稿で綴ってきた“それから”の部分は、現在進行形であるから、それも仕方のないこととさせていただきたい。本稿のなかですでに何度も書いてきたことだが、北野には北野らしく、自分のペースで活動していってもらえればと思うし、あるいは北野らしく生きていってくれたらと思うほかない。ここまですべて読んできてくださった方がいるとしたら、きっとその思いは共有していただけると思う。

 「大きな目標としては、どんな分野に進んでも、誰かの心に届くようなお仕事をしていきたいです。どんな分野でも、誰かの支えや元気の源になるような活動ができたらなと思っています。173、グループを離れて間もない時期に、北野はそんなふうに語っていた。それはきっと果たされてきたし、これからも果たされていくのだろう。

 

 

 北野が乃木坂46からの卒業を発表してからもうすぐ2年になる。卒業を決意したというタイミングからいうともう3年だ。「乃木坂46・北野日奈子」について、自分なりに納得がいくまで書きつくしたいという思いはあったが、これほど長大な記事になるとは思っていなかったし、なによりこれほどの期間、書き続けるとは思わなかった(ずっと書いていたわけではなく、手が止まっていた時期も多かったが、それでもずっと頭のどこかに、この記事のことと北野のことを置きつづけていたのは確かだ)。

 卒業から1年が経たない2022年の終わりくらいまでは、「書き終えたら本当に終わってしまう」みたいな感覚があった。北野が決めたことだし、それはいずれ訪れることでもあるから、卒業してほしくなかったなんてことではないし、卒業のタイミングはむしろちょうどよかったと思っていた(それはいまも変わっていない)。でも、やはりどこか寂しかったのだと思う。時間をかけてていねいに取り組みたいと思っていたことも確かだが、だらだらと先のばしをしていた部分もあるということは、否定のしようもない。

 しかし、今は違う。ようやく終わる、終えることができる、というのが率直な感想だ。それはひとりのファンとして、この期間もひとりで活動を続けている北野のことをそれなりに追ってきて、あるいはグループのことも引き続き追ってきたことで、そろそろ区切りをつけてもよい、つけなければならないタイミングなんだな、と思えた。それは北野が、彼女らしいやり方で、“いま”を見せ続けてくれたからだと思う。

 北野のことを知ったころのことを改めて思い出してみる。当然ながら、最初からこんなふうに何十万字もの記事を書くようなややこしい気持ちで、彼女のファンになったわけではない。ビジュアルとキャラクターが目を引いた、それだけのことだった。もう8年以上前のことになる。13thシングルや14thシングルのころの個人アーティスト写真を見ると、いまでも「この子がいちばんかわいい」と思う。この8年間の記憶をすべて失っても、それはきっと変わらない。

 しかし、そこから情熱を燃やして“推した”というような感覚でもなく、多くの偶然に導かれていまに至っている、というのがしっくりくる。「他人のそら似」の歌詞が歌うように、どこかにある記憶や理想像を検索するようにして、あれは誰なんだろう、と彼女を目に留めたが、思いがけない些細なことで運命は突然に始まる。そこからは過去ではなく未来を積み重ねていく日々であり、筆者自身の人生のなかにおいても、北野日奈子はもはやもちろん北野日奈子でしかない。

 思いは尽きないが、いたずらに長くなってしまうから、ここで終えることにする。突き当たってきた多くの“偶然”も含めて、別の場所にも書き残してきたし、これからも何かあるごとに書いてしまうことになるのだろう。そのようにして生きていこうと思う。北野が残した“3320日”の足跡と物語はずっと残り続けるし、“それから”の日々は、明日からもずっと続いていくのだ。

 

 

 

(きいちゃん、ありがとう。遅くなったけど、9年間お疲れさまでした。

 そしてこれからも、よろしくお願いします。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)[9] https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-9/ https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-9/#respond Sat, 18 Nov 2023 15:00:59 +0000 https://meaning-of-goodbye.com/?p=1127 [タイトル写真:長野県上田市・「飲み食い処 幸村」(旧「ろばた焼 幸村」)店内(筆者撮影)]

[9]中元日芽香、「大切な友達」として

 本稿は、シリーズ「その手でつかんだ光(乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」の“本編最後”にあたる記事となる。思った以上に長い時間を費やしてしまったが、北野日奈子が乃木坂46で過ごしてきた“3320日”についての振り返りは、これでようやくひと区切りである。

 北野が卒業コンサートで「大切な友達」として言及した、盟友とも呼ぶべきメンバー・中元日芽香。グループ卒業の時期には約4年4ヶ月の開きがあったが、しかし北野はそのキャリアを、最後まで中元とともに走りきったと称してよいと思う。本稿ではまず、ふたりがグループでともに過ごした日々について振り返り、そこから延長線を引くような形で、「乃木坂46・北野日奈子」がメンバーとしてのキャリアのゴールテープを切る瞬間までを書いていきたいと思う。

「その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」目次

 ・[1]家族への信頼と愛情
 ・[2]ポジションと向き合った日々
 ・[3]同期・2期生という存在
 ・[4]“先輩”と“後輩”、グループのなかでの役割
 ・[5]「希望の方角」と「忘れないといいな」
 ・[6]あの夏のこと/アンダー曲「アンダー」
 ・[7] “代名詞”となった「日常」
 ・[8]「乃木坂46 北野日奈子 卒業コンサート」
 ・[9]中元日芽香、「大切な友達」として
 ・[ex]”それから“の日々と“これから”

 

重なる部分、重ならない部分

 中元と北野については、どうしても共通点に目が行き、“似たものどうし”としてとらえたくなってしまう。加入期は違うが同い年で、3きょうだいの中間子1。負けず嫌いで、犬が好き。ああそうか、血液型も同じO型なんだなあ、と思うとちょっと嬉しくなってしまったりもする(血液型占いなんて嘘っぱちなんだからプロフィールとして出すのやめようよ、なんて普段は思っているはずなのだけど)。

 でも、そんなふうにして見てしまうのは現在に至るまでの経緯があるからで、初期の頃からふたりを“似たものどうし”ととらえる向きは、それほど強くはなかったはずだ。中元はアクターズスクール広島の出身で、乃木坂46への加入前から芸能活動も経験していた(本人としては「習い事の延長だった(『乃木坂46×プレイボーイ2015』p.55)というが)。“ツインテール時代”も長く、「ひめたんびーむ」にも象徴されるように、ある種のアイドル像へ自らをつくりこむようなところもあった。中学時代の部活は放送部で、アナウンサーを夢みていたこともある。中学3年でグループに加入し、高校入学のタイミングで上京したが、当初は大学進学も考えていたといい、メンバーのなかでは勉強のできるタイプでもあった172

 見た目(フォルム)が可愛らしくて、趣味嗜好も女の子らしい。ツインテールをして、服も女の子らしいものを着ていました。「できない」ことは私の美学に反することなので、何をやってもちゃんと形になる隙のないアイドル。こうしてひめたん像は構築されました。時間はそんなにかかりませんでした。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.29)

 一方で、北野はこれといってグループ加入前に芸能活動の経験はなく、動物愛護センターでたまたま取材を受けた「どうぶつ奇想天外!」に出演したことがあった(『月刊エンタメ』2017年5月号 p.17)程度。あとは、高校進学後に軽音楽部に所属したくらいだろうか。根っから活発でスポーツ少女。小学校時代は部活で卓球やカラーガードに触れるかたわら、父親がコーチを務めるミニバスを始め、中学校時代は3年間バスケットボール部に所属(以上、『OVERTURE』No.008 p.46より)。2期生オーディションで付け焼き刃で披露したという“怪力キャラ”の印象もしばらくは強く、“おバカキャラ”としてクローズアップされることも多かった。

——あの時点ではまだ、北野さんがどんな人か知らず、今どきのノリのリア充だと勝手に思い込んでいたんですよ。そしたら、見事にそのイメージを覆されて(引用者註:『BUBKA』前回登場時の2014年5月号のインタビューで、北野は小学校2年のときからいじめを受けていたことを明かしている)。でも、いまだに北野さんのことを誤解している人も多いんじゃないですか?
北野 そうですね。ファンの人は、私のヘラヘラしている明るい顔と、モバメに書いたりするネガティブな顔を両方わかってくれているんですけど、私をテレビで観ただけだと、ただのバカみたいに思われちゃうんですよ。だから、最近そのイメージを変えたくて……。バカって言われるほどそんなバカっぽいかな〜?って思うんですけど、私ってバカっぽいですか?
——でも、偏差値が32だったんですよね?
北野 31です。
——あははは(笑)。
北野 勉強ができないだけで、物事はちゃんと考えてますから!
——そういうことにしておきましょう(笑)。
北野 うふふっ。

(『BUBKA』2015年11月号 p.66)

 それでも、2023年のいまになって振り返ってまとめてみると、「キャラクターの内側にある自分自身」を自分で確かにつかむまで、そしてそれが広く届いていくまでに少し時間がかかった、ないしは苦労した向きが強かったのかな、という点では、ふたりは共通していたのではないかと思う。「本当の自分は違う」「私は誤解されやすい」みたいな壁にぶつかるメンバーは数限りなく見てきたようにさえ思うが、筆者がふたりに肩入れしている面を差し引いて考えてみても、中元と北野はそのなかでもきっと格別だ。

  前稿[4]などでたびたび述べてきたが、中元と北野の距離が縮まったのは舞台「じょしらく」(2015年6月18日-28日上演)がきっかけであったという。ただ、単に近い立ち位置でひとつの作品をつくり上げたから仲が深まったというよりは、フィーリングが近かったから、という面が強かったようでもある。

 『じょしらく』は3チームに分かれて演じました。「チーム『ご』」は衛藤美彩、能條愛未、齋藤飛鳥、北野日奈子と私で、5人の結束も深まりました。特に北野とは、舞台をきっかけに、ぎゅっと距離が縮まりましたね。北野と私は、何か内に持っているものが似ているような気がします。
(『日経エンタテインメント! アイドルSpecial2016』[2015年12月3日発売]p.66、中元)

 1期生では、ひめちゃん(中元日芽香)と仲がいいです。同じ年齢なので「気を使わないで」と言ってくれていたんだけど、やっぱり先輩だから、最初はどう接したらいいのか分からなくて。お互いに微妙な距離感を保って探り合っている感じだったんです。
 でも、『じょしらく』の舞台で同じ「チーム『ご』」になって、一気に仲良くなりました。いまでは、ちょっとした会話が始まると、何時間でも話せてしまうし、言葉に出さなくても気持ちが伝わります。多分、似ているんですよ。根っ子にある部分とかが(笑)。

(『日経エンタテインメント! アイドルSpecial2016』[2015年12月3日発売]p.48、北野)

 中元が「君は僕と会わない方がよかったのかな」でアンダーセンターを務めたのが11thシングル。そのシングルの体制でメンバー選考が行われた「じょしらく」174を経て、初めてアンダーフロントに並び立った12thシングル、「大人への近道」でサンクエトワールが生まれた13thシングルを経て、「アンダーライブ at 日本武道館」(12月17-18日)にたどり着いた2015年。似ているようで似ていない、でもやっぱり似ているふたりは、その紐帯を育みはじめた。

——去年(引用者註:2015年)の夏は、お二人の距離が縮まる何かがあったそうですね。
北野 はい。同い年なんですけど、ひめちゃん(中元)は1期生で私は2期生なんです。ちょうど一年くらい前までは、普通に先輩と後輩っていう関係でした。
中元 去年の夏のシングル『太陽ノック』のカップリングで、アンダーメンバーだった私たちは『別れ際、もっと好きになる』という曲を歌いました。それまでアンダーの後列だったきいちゃん(北野)が、1列目のポジションになったんですよ。それで支えてあげたいなって思うようになりまして。
北野 急接近しました(笑)。
中元 逆に、私が落ち込んだこともあって、その時に一番支えてくれたのがきいちゃんで。後輩だけど、信頼も尊敬もしています。
北野 たった1年で、10年分くらい仲良しになりました!

(『MONOQLO』2016年9月号 p.71)

 

対照的だったアプローチ

 ただ、「キャラクターの内側にある自分自身」までのアプローチについていえば、中元と北野は真逆だったといえるかもしれない。無礼を承知でいくぶん単純化して述べるならば、北野のそれは(それがすべて自然体や本心であるとはいわないまでも)直感的な振る舞いや直情的な言葉がキャラクターとしてとらえられやすかった時期から、メンバーやファンと交流を重ね、ブログを毎日更新するなどしながら175、自分自身の思いや心の動きを、自分の言葉でつかみ、温度感をもって伝えられるようになっていった、というような過程であった。

 これまであまり口に出してはこなかったんですけど、最近は選抜に返り咲きたいと思っています。
 選抜が発表されたら思いをブログに書きますけど、毎回「選抜には入れませんでした。すみません」って書くだけで。本当の自分の気持ちは書けなくて。
 でも握手会でファンの方たちに「もっと言葉にして、きいちゃんがどこを目指しているのか、将来どうなりたいのか、全部教えてほしい」と言われるようになったんです。「それを聞いた上で、ファンとして一緒に応援したい」って。なので、これからは、自分がかなえたいことを言葉にしていこうって思いました。

(『日経エンタテインメント! アイドルSpecial2016』[2015年12月3日発売] p.49、北野)

 一方で中元は、「伝える」力には早くから秀でていたものの、それが身にまとっていったキャラクターと結びついたがゆえに、自分自身についてもうひとつ深く伝えるためにはそれをいったん解きほぐす必要があり、時間をかけてどうにかそれを成していった、というような過程であったように見える。

——なるほど。最近の番組(引用者註:「らじらー!サンデー」)を聴いていると、以前よりもだいぶリラックスして臨んでいるように感じましたが?
中元 えへへ(笑)。そうですね、初期の頃とは全然違いますものね。初期なんて猫を3匹くらいかぶってたんじゃないかな、ニャアニャアニャアって(笑)。今だから言える話ですけど、後になってから中田(敦彦)さんに「結構作り込んでたよね?」って言われたくらいですから。でも一緒にやっていくなかで、オリラジさんやスタッフさんが私自身も知らなかった部分をたくさん引き出してくださるんです。

(『別冊カドカワ 総力特集 乃木坂46』vol.2[2016年6月29日発売]p.126)

 アイドル(特に女性アイドル)は難しいな、と思う。魅力やキャラクターがいつ世間にリーチするかわからないし、それが正しく伝わるとも限らない。伝わったものを訂正するのも難しく、かといって何も伝わらないと何もなかったことになる。誰もがそんな過程に苦闘するものだが、そこにもうひとつ、女性アイドルが女性アイドルとして活動する(女性アイドルとして特にクローズアップされる)年代は、多くの場合においていわゆる「多感な時期」と重なり、その内面も大きく変化していく。芸能界で刺激の多い生活を送っているのだからなおさらのことだ。内側も外側もコントロールがきかない複雑系のような状況にあって、究極にはたったひとりの自分で戦わなければならない。

 ただ、(相当に彼女に肩入れをしてきた)ひとりのファンとしてどうしても書き残しておきたいのは、中元が着込んだキャラクターの鎧は、今日明日をどうにかするために安直に手に取ったものでも、それですぐに手放されたものでもない。そういう意味では、「あんな頑張り方はしなくてよかったよね」と評価されるようなものでもないのだ。

 前置きが長くなったが、だからここから少し、「ひめたん」の歩みについて振り返っておきたい。基本的にずっと何年も前の話を書き綴り続けている本シリーズであるが、さすがに10年も遡って昔のキャラクターを掘り返すとなると気が引けてくる。でも、彼女があの時期に投入したものを抜きにして、「乃木坂46・中元日芽香」について語ることはできないとも思うのだ。

 

鎧を少しずつ脱いで

——そもそも、どういう経緯で必殺技が誕生したんですか?
中元 2ndシングルの頃、『乃木ここ(乃木坂って、ここ!)』で「メンバーを掘り下げよう」という企画をやった時、「ひめたんって目が合うと逸らさずにずっと見てるよね」って話になったんですよ。そしたら、齋藤飛鳥が「ひめたんは目から“びーむ”を出せるんだよね。しかも最近は、両手のポーズもつけてくる」と言って。
——その時点で原型ができていたんですね。
中元 そうなんです。ただ、そこから2年間くらい浸透しなかったけど(笑)。

(『BUBKA』2015年6月号 p.24)

 「ひめたん」の必殺技として著名な、「ひめたんびーむ」の発祥はずいぶん古い。それを2ndシングル期とするならば、初期も初期である176。各メンバーが自己紹介や必殺技をなんとかひねり出し終わったくらいの時期で、それだって1年くらい経てば、半分忘れられているようなようなものだ。そのなかでそれを2年も続けるというのは、中元らしい意志と根気の強さだったと感じる。

 中元の「ある種のアイドル像へ自らをつくりこむような」ところは、「ひめたんびーむ」にとどまるものではない。「何をやってもちゃんと形になる隙のないアイドル」と本人が表現するように、この頃の中元は、どこを切り取っても「ひめたん」であった。なかでも初選抜となった7thシングルの時期177のインタビューを読んでいると、かなり“エンジン全開”であるようにも感じられる(本人としては、それが「ひめたん」の平常運転だったのかもしれないが)。

 選抜入りしたからには自分の色を出す必要がある。現在のところ、その色は「リボン」なのだとか。

 リボンのことならめっちゃ語れるんですけど、みんな興味を持ってくれないんですよ。リボンって、お店に置いてある種類や素材が季節によって違うから、いろんな出合い(原文ママ)があるんです。以前は両手で数えるくらいしか持ってなかったんですけど、最近はファンの方からいただくこともあって、たぶん30種類近くはあると思います。エヘヘ。
 ずっとお気に入りだったのは、1年半くらい使っていたモコモコした素材のリボン。ただ、黒く薄汚くなっちゃってZeppツアーに行っている間に捨てられちゃったんですよ! あのときは、めっちゃショックで3日くらい元気が出なくて。改めてリボンが好きなんだなって思いました。

(『日経エンタテインメント! ネクストメジャー・アイドルSpecial』[2013年11月29日発売]p.41)

 先にも引いたように、およそ2年くらいの時間をかけながら、中元は「ひめたん」というキャラクターで結果を出す。出すぎることもなく引きすぎることもなく、ねばり強く続けていくことで、認知度がついてくるのみならず、周囲の受け取り方や“いじり方”も、安定していったように見えた178

 14年は「ひめたんびーむ」もブレイクした。ライブでは多くのメンバーが「びーむ」をマネをした(原文ママ)

 ひめたんびーむは2年くらい前からやり続けていたからうれしいですよね。エヘヘ。「いつ辞めるの?」とか「もういい年なのに」と言われても、まだまだやれるって信じていました。だって、私にはそれしかなかったから。……(中略)……
 私、頑固なんですよ。いつまでもひめたんびーむをやめないわ、ツインテールをやめないわ(笑)。だけど、「信念を貫いてるところが好き」というファンの方もいるので、みなさんの「お〜!」がある限りびーむは出し続けます!

(『日経エンタテインメント! アイドルSpecial2015』[2014年12月2日発売]p.61)

 それがある意味で最高到達点に至ったのが、「3rd YEAR BIRTHDAY LIVE」(2015年2月22日)での「360度ひめたんびーむ」であったといえるかもしれない。初選抜曲の「バレッタ」を披露したのちのMCで、生駒里奈からの振りを受けてセンターステージへ。途中で一時停止して、真冬の西武ドームに白い息を吐きながら、会場全体に「びーむ」を放った。

——MCでは360度ひめたんびーむで乃木坂ファンをきゅんきゅんさせました。
 大きなライブでは着替えのタイミングと重なることが多くて、MCパートに出てないことが多いからひめたんびーむを出してこなかったんです。今回も着替えの関係でMCに出られないかも……となったんですけど、スタッフさんが「360度ひめたんびーむはなんとしてもやりたいから着替えを急いで」と言ってくださったんです。実際にびーむを出した時にウェーブが起きたりピンクのペンライトが一気に増えたのはうれしかったですね。

——センターステージまで走っていく時はどんな気持ちでした?
 ひとりだけというのが気持ちよかったですね。こんなことがあっていいのかって思いました。

——360度回って行く途中で息を吐いたのは?
 あれも演出です。エヘヘ。「ひめたんの時間だからたっぷりやっていいよ」と言われたので、申し訳ないけどやらせていただきました。

——3万8000人も観客がいて、スカパーで中継されていれば、ひめたんびーむを初めて知ったという人もいたでしょうね。
 「びーむの子だ」と覚えてもらえたらうれしいですね。握手会で「生のひめたんびーむを見ることができてよかった」と言ってくださる方も多いんですよ。……(後略)

(『Top Yell』2015年5月号 p.14)

 バースデーライブという特別な場、さらにグループとして初のドームライブで、最低気温は2度という日にあって、8時間に及んだライブは語り草となった。「スカパー!」での生中継もあり、もちろんDVD/Blu-rayとしても発売され、CS放送も繰り返されたのち、現在では「のぎ動画」での配信も行われている。そこに彩りを添えた「ひめたんびーむ」は、「ひめたん」にとってのひとつの記念碑ともなった。

 2015年2月は、時期としては11thシングル期に入っていくところであった179。中元が「君は僕と会わない方がよかったのかな」で初めてアンダーセンターを務めたシングルである。アンダーライブの高い評価も定着していた時期であった一方、このシングルで伊藤万理華と齋藤飛鳥が4作ぶりに選抜に移ったといった動きもあり、「どこにいようと私がしっかりしなければ、地盤が揺らいでしまうのでは……(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.59)という自覚と危機感が生まれていたなかでの抜擢であったという。

 さらに中元としては、高校を卒業して“仕事100%”で活動に取り組み始めるというタイミングでもあり、さらにこの春には、新番組としてスタートした「らじらー!サンデー」のレギュラーMCにも就任することになる180。本人ももともとラジオパーソナリティをやりたいという希望をもっていたといい、のちにはひとつの番組の共演者の枠をこえて関係を築いていくことになるオリエンタルラジオとの出会いも含めて、中元にとっては非常に大きな出来事となった。

 また、この2015年の夏には、中元は自らのトレードマークとして長らくこだわり続けてきたツインテールを“卒業”する。「真夏の全国ツアー2015」初演となる宮城・ゼビオアリーナ仙台公演1日目(2015年8月5日)のなかで「この夏がラスト181と宣言し、その言葉通りに千秋楽の明治神宮野球場公演2日目(2015年8月31日)をもって封印したものであったが、このことについて最初に相談したのは番組出演の際にオリエンタルラジオ・中田敦彦だったということが明かされている。

(前略)……ある時なんて、番組の途中でニュースが流れている時に、中田さんが「どうしたら福神に行けるんだろうね?」って真剣に話してくださって。そのなかで「私、髪型を変えようか迷ってるんです。ツインテールをやめようかな」って話を最初にしたのが中田さんだったんです。それがきっかけで秋ぐらいにやめたんですけど、最近話した時に「あれは俺、正解だったと思うんだよね」と言ってくださって、すごく見ていてくださるなと思いますね。

(『別冊カドカワ 総力特集 乃木坂46』vol.2[2016年6月29日発売]p.126)

 ツインテール卒業宣言はライブ会場のファンに驚きをもって迎えられたというが、そのなかでもより近い心の距離で応援してきたファンの方が驚いた面もあったかもしれない。トレードマークと自認し、認知されていたのみならず、「自分を曲げることはしたくない」といった発言をする場面も長らくみられたからだ。「続けてほしい」というファンも、「変えたほうがいい」と思うファンもいただろうが、中元はそうした声にかかわりなくキャラクターを貫くのではないか、というとらえ方があったのではないだろうか(推測でしかないけれども)。

——かといって、今の中元さんに何が足りないかといえば、難しいところもあるじゃないですか。
高山 「乃木坂の普通」って他のアイドルの普通ではないんですよ。ハロプロさんの中だったら、ひめたんは正統派なのかもしれないけど、乃木坂のカラーがあるからね。
中元 だからといって、自分を曲げるようなことはしたくないなって。私のままを受け入れてもらいたい。「今、この子が必要だ」というタイミングで選抜に入れたらと思うので焦ってはいないですけどね。

(『Top Yell』2015年7月号 p.49)

 中元は約1年後に、ツインテールをやめたことについて、「ツインテールが万人受けしないのはわかっていた」とし、「プラスになると確信してました」と語っている。ビジュアルの“しばり”がなくなったのみならず、結果として「いい意味で肩の力が抜けた」という部分もあったようだ。また「ひめたんびーむ」についても、こちらは完全に封印したということではなかったが、この時期以降、かなり抑制的に扱うようになっていった。ここに至るまで約3年といったところだっただろうか、キャラクターを「捨てた」とか「やめた」というよりは、「(ひとまずは)やりきった」という表現のほうがしっくりくるようにも思う。

——ツインテールを封印してひめたんびーむを乱発しないようになって約1年が経つんですよね。この1年でストイックさが増したようにも感じます。
 ずっとアンダーにいてテレビ番組に出演することも少ないので、「わかりやすいビジュアルで覚えてほしい」という気持ちからツインテールにしていたんです。そのツインテールを卒業することで中身がしっかりしていなきゃいけないと思って、この1年でいろいろ考えるようになりました。研究生の子が昇格してアンダーで活動するようになってから、グループの中でお姉さんの立場になったことも大きいですね。
——正直、僕としてはツインテールをやめることがプラスにいくのかマイナスにいくのか不安な部分もありました。
 私的にはプラスになると確信してました。ツインテールが万人受けしないのはわかっていたし、当時すでに19歳だったので高校生メンバーに任せようかなって(笑)。ファンの中には「ツインテールを続けてほしかった」という方もいたんですけど、それ以上に「ツインテールを卒業して近寄り難さがなくなったよ」という方のほうが多くてうれしかったですね。
——自然体になれましたか?
 ツインテールをしていたことで構えていた部分もあったので、テレビでもラジオでもインタビューでもラフにしゃべれるようになってきました。いい意味で肩の力が抜けたような気がします。

(『Top Yell』2016年9月号 p.59)

 また、このような変化の背景には、選抜入りへの意識もあったのだという。「選抜入りに近づくためにツインテールをやめる」といったことではなく、「いざ選抜発表で名前が呼ばれるのに備えてツインテールをやめる」というような意味合いである。アンダーセンター、アンダーフロントとして、あるいはラジオのレギュラーMCとして、目に見える成果を出したといえるタイミング。そうした状況にあって、中元本人としても一定以上の自信をもって迎えたのが、13thシングルの選抜発表であった182

 当時、定説がありました。「アンダーのセンターを務めた者は、次のシングルでセンター横を経験し、その次のシングルで選抜される」というもの。センターの二作後に選抜入り、というイメージです。
 13th、一番期待をしていたのです。なんなら選抜入りするものだと思っていました。選抜発表の直前、何年もの間シンボルにしていたツインテールをやめてイメチェンを図りました。準備万端。期待値MAX。満を持して選抜入り。……だと思っていたのですが、またしても選抜入りは叶いませんでした。選ばれなかったことのダメージは大きかったのですが、反骨精神から13thシングルが一番、乃木坂に対して熱を持って活動していたように思います。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.66)

 アンダーセンターという立ち位置を選抜入りへのステップとみなす向きは長らくあったと思うし、現在に至るまである程度残っているように思う。中元がいうところの「アンダーのセンターを務めた者は、次のシングルでセンター横を経験し、その次のシングルで選抜される」が指しているのは、8th・9thシングルでアンダーセンターを、10thシングルでアンダーセンター横を務め、11thシングルから選抜入りした伊藤万理華と、10thシングルでアンダーセンターを183、11thシングルでアンダーセンター横を務め、12thシングルで選抜入りした井上小百合が主なところであろう184。事実として直前のふたりが選抜メンバーへと動いていた。本人にもファンダムにも予想や期待があった。それは間違いない。

 結果として13thシングルでの選抜入りは果たされず、中元の選抜入りはさらに2作後の15thシングルまで待たれることとなる。13thシングルでは中元は堀未央奈とともにダブルセンターを務め、年末には「アンダーライブ at 日本武道館」(2015年12月17-18日)を成功させるなど、本人が「一番、乃木坂に対して熱を持って活動していた」と語る通り、その立ち位置で成し遂げたものは多かった。

 歴代最多タイの21人のアンダーメンバー185で臨まれた「アンダーライブ at 日本武道館」。歴代のアンダーライブ経験メンバー186もアンコールの「アンダーライブ歴史メドレー」187に参加するなど、当時までのアンダーライブの集大成的な位置づけのライブともなった。12thシングルアンダーメンバーによる「アンダーライブ 4thシーズン」は10月に開催されており、そこから13thシングルで選抜に移ったメンバーはいなかった188。雑誌などでも“もうひとつの乃木坂”のような形で、アンダーメンバーがひときわクローズアップされていた印象もあるこの時期。その真ん中にいた中元や堀はそこを託されたのだと思うし、いま改めて考えてみると、それまでの経緯をふまえれば189、そうするほかなかったようにも見える。

 それでも中元は、「そうは言っても、結局選抜に居なければ意味がない(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.68)と感じていたのだという。時間をかけて積み重ねてきた、外形的なイメージの鎧を脱ぎながらも、なおアイドルとしての戦いの日々を続けていく。13thシングル期間は、中元にとってそのような時間となった。

 

「あなたに一番近い星」

 13thシングル期間のことについては、もうひとつ触れておかなければならないことがある。もちろん、このシングルで楽曲「大人への近道」をあてがわれたユニット、サンクエトワールのことである。メンバーは中元と北野、堀未央奈、寺田蘭世、中田花奈であり、のちに16thシングルでも2曲目となるオリジナル楽曲「君に贈る花がない」を得ている190。サンクエトワールの5人は13thシングル(および12thシングル)では全員アンダーメンバーであり、「初のアンダーメンバーによるユニット」という言い方をされることもあった191

 また、「サンクエトワール」(フランス語で“Cinq étoiles”、「5つの星」の意)というユニット名は、2015年10月4日放送の「らじらー!サンデー」において命名されたものでもある。13thシングルは2015年10月28日の発売で、その商品概要(収録内容:楽曲タイトル、歌唱メンバーなど)がアナウンスされたのは10月2日であり、その直後のタイミングでの出演であった。「らじらー!サンデー」では前週(9月27日)から「アンダーの新ユニットメンバー」が出演とアナウンスされ、メンバーの内訳も明らかにされていた。この期間にはこの5人での稼働も続いており192、かなり期待感を高めるような動きがとられていたということになる。

 「らじらー!サンデー」放送内では企画としてリスナーからユニット名が募集され、4017通の応募が寄せられる。そこからメンバーが個々に3つのユニット名候補を選び、その中から5人による投票で決めていくという形がとられた。15個の候補193のなかから、最初の投票では「メルキュール」「flor flor(フローレフローレ)」「サンクエトワール」「カシオペア」が残り、二度目の投票の形となる。ここから「flor flor」と「サンクエトワール」で割れた結果、これらの両方を最初の候補として選んだ中田花奈の裁定で「サンクエトワール」に決定する、という流れであった。二度目の投票で「サンクエトワール」を選んだのは中元と北野であった。その後、「大人への近道」は番組終盤で解禁される流れであったが、途中で速報のニュースがカットインしてしまい194、2週後の次回放送にて改めてオンエアされることとなった。

 そんなアクシデントもありつつではあったが、番組内でも大々的に扱われてスタートしたユニットであるサンクエトワールは、「らじらー!サンデー」にとっても特別な存在となっていく。2015年11月29日の放送回には再び5人揃って出演し、再びリスナーからの募集でキャッチフレーズが決められることになる。3337通の応募から「あなたに一番近い星」と「雨でもできる天体観測」の二択まで絞られたのち、このときは北野の裁定でキャッチフレーズが決まる。「あなたに一番近い星、乃木坂46 サンクエトワールです!」。ユニット名との合わせ技で、キャッチフレーズとして出色の出来なのはもちろんであるが、それが番組リスナーとともに決められたものであることは、ファンとの長く続く紐帯を形づくることともなった。

 「大人への近道」と「君に贈る花がない」はともに長らく番組では存在感のある楽曲であり続け、中元の最終出演回(2017年11月19日)では「大人への近道」がオンエアされ、その後もユニットメンバーの出演回を中心にオンエアされる機会は多かった。そして、最後のひとりとなった北野の最終出演回(2022年4月24日)では、最後のオンエア楽曲として「君に贈る花がない」が選ばれている。

 そしてまた、そのサンクエトワールについてさらに特筆すべき点は、ユニット単独でのイベントが行われたことであろう。この年の年末に「ALL MV COLLECTION〜あの時の彼女たち〜」(2015年12月23日発売)がリリースされたことを記念する位置づけで、12月24日にはMEGA WEB トヨタ シティショウケース195、12月25日にはラゾーナ川崎プラザにおいて「フリーライブ&サイン会」を開催している。「アンダーライブ at 日本武道館」の直後、グループとして初の「NHK紅白歌合戦」への出演の直前、しかもクリスマスというタイミングでもあり196、メンバーたちの間でも長らく語り草となるイベントとなった。

 このほかにも、2015年11月1日放送の「乃木坂工事中」#28と(ユニット曲によるスタジオライブは珍しい)、2016年2月11日放送の「乃木坂46紅白SP!拡大版」(NHK BSプレミアム)ではスタジオライブが披露されており、そのいずれでも「サンクエトワール」というユニット名もクレジットされていた。「乃木坂46紅白SP!拡大版」は「乃木坂46 SHOW!」(「AKB48 SHOW!」の別冊番組)の関連番組の位置づけであり、「乃木坂46 SHOW!」のスタジオライブと同様、フルサイズでの披露であった。

 

絶望の選抜発表

 日本武道館でのアンダーライブをダブルセンターの一角として引っ張り、成功に導いた中元。アンダーフロントとしてその中元を支え、その日本武道館公演の1日目(2015年12月17日)には、「Zipper」専属モデルへの就任も発表されていた北野。サンクエトワールでの活動はグループ全体にも新たな展開をもたらした。このように見ていくと、やはりこのときすでに、選抜入りに向けて機は熟していたように思える。前稿[2]では中元のことにも触れつつ、北野の歩みを追っていく形ですでにポジションの経緯は振り返っており、内容として重なる部分は大きいが、ここでも改めて振り返ることにしたい。年が明けて2016年。この年には特に、中元と北野のグループのなかでの動きが重なりあっていく。

 年始まもなく収録があったとみられる14thシングルの選抜発表の模様は、2016年1月31日の「乃木坂工事中」#41で放送される。選抜メンバーは17人で、前作の16人に堀未央奈を加えた形。深川麻衣の“卒業センター”という、グループとしては新たな形をとりつつではあったが、選抜メンバー総体としては歴代でも最も変動が小さいといえる状況であった。

 それまでのシングルでも選抜発表のたびに悔しさに耐えてきたといえる中元と北野であったが、このタイミングで再び選抜入りがかなわなかったことについては、相当に堪えたようであった。絶望、と称してしまってもよいかもしれない。

 握手会はMAXの部数を与えられて完売させました。11thから13thまで、アンダーのフロントを任されてからは、顔のコンディションをキープしていたつもりです。グラビアに関してもファンや周りの人たちから評判がよかったので、少し、いや正直まあまあ自信を持っていました。ライブも番組収録も、仕事で手を抜いたことはありませんでした。
 つまり、私にできることをすべてやった上で、選抜に入れなかったのです。これ以上何をしろというのでしょう。大掛かりな整形をして別人になるか、言葉の通り生まれ変わるかしないと、もう無理なのでしょうか。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.70-71)

 出してきた成果を踏まえて、選抜入りを強く意識していたのは中元だけではない。「これまではずっと濁していて、言ってこなかったんですけど、来年は選抜に入ることはもちろん、福神に入りたいと思っています。(『UPDATE girls』Vol.002[2015年11月27日発売]p.39)と言い切るなど、自らの思いを表に出すようにもなっていた北野にとっても、かなり厳しい選抜発表となった。

——北野さん、14枚目の選抜に入れなかった悔しさはありましたか?
 悔しさもあるんですけど、発表された直後は「これ以上は上に行けないんだ…」と感じてしまって。登れない壁を突きつけられてしまったというか。13枚目でサンクエトワールを結成したり、武道館の景色を見たり、いままでできなかったことをたくさん経験して未来が明るく見えていたんです。サンエトで踊ってる時も楽しくてしょうがなくて、飛んでるような気分で(笑)。「私、華やかなのかな」と思ってしまうくらい希望に満ちていたんです。だけど、結局は何も変わってなかったんだなって。

——自分の中でやれることはやったという気持ちはあるんですよね。
 手応えはありました。ファンの方に熱い言葉をかけてもらう機会も増えたし、握手会に来てくれる方も増えて自信もついてきたけど、現実を突きつけられて。

——選抜発表から放送されるまでのブログのタイトルがだいぶネガティブでしたね。
 ファンの方に申し訳ない気持ちもあるけど、どうにもできないから悩んでたんです。

(『EX大衆』2016年4月号 p.20)

北野 やりたいこともたくさんあるし、目指しているところもあるのに、こんなにも悩むなら土俵から降りたほうがいいんじゃないか、って思い詰めました。自分の中で衝撃だったのが14枚目で。未央奈だけ選抜に入って、それ以外は何も変わらなかったことが衝撃で。

——こんなにも選抜の壁は厚いのかと。

北野 サンエト(サンクエトワール)とかで自分なりに結果を残せたと思っていたんですけど、でも「ここまで」って線を引かれたような、行列に並んでいたメロンパンが目の前で売り切れてしまったような気分で。これ以上先は私たちじゃないんだな……って。

(『BUBKA』2016年9月号 p.21)

 3作ぶりに「乃木坂工事中」のスタジオで行われる形式であった選抜発表。その収録中からそのショックはあからさまに大きく、中元は「顔が作れませんでした」「正解の顔ができなかった。あんなの本当に初めてだったな。あえて説明するなら『全ての表情筋が麻痺した』感じかなあ(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.68,69)と振り返る。そして収録を終えてからも、やり場のない思いが弾けてしまっていたようだ。

 ですがこれを書くにあたって思い出しておきたいと、当時をよく憶えているメンバーに連絡して聞いてみました。
『言い方酷くなるけど、簡単に言うと、大泣きして激怒してたよ』
 だそうです。お、憶えてない! そんな私を彼女は追いかけてくれて、そばにいてくれて。
 5分ほどして楽屋に帰ってくるメンバーたちの気配に気づき、私はみんなの前では平気なフリをしていたそうです。それが見ていて辛かった、と彼女は言っていました。
 ひめはいつもそうだったよ! とのこと。随分と心配をかけてしまったね。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.69-70)

 このときのことは、アンダーライブ九州シリーズの千秋楽、宮崎市民文化ホール公演のMCでも、北野によって振り返られていた。中元は「自分が声をかけても聞こえないくらい泣きじゃくっていた」状況で、それを見ていた北野は、その姿が「自分自身の姿に重なった」、というような語りであったと記憶している197

 そのポジションを本人たちがどのように受け止めるかは、マネジメントの側も一定以上には気をもんでいたようで、選抜発表の数日後に、「スタッフさんがふたりでご飯に行く機会を設けてくれました」と中元は振り返っている。そのスタッフとは「グループ発足当初から私たちを導いてくれた、お父さんのような方」であったといい(以上、中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.71)、同書の他の部分の記述もふまえると、これはおそらく乃木坂46運営委員会委員長・今野義雄のことであろう。

 何でもない話もしながら、やはりタイミング的には選抜発表を受けての話がメインになります。未だ結果を受け入れることができず、でもどうしたら良いかわからない。そんな私を心配してくださっていたようでした。おそらく選抜発表をする前から、結果を知ったらひめたんは絶望するだろうと気にかけてくださっていたのでしょう。
 ひめたんは十分頑張った。その言葉は純粋に嬉しかったです。私のこと、ちゃんと見てくれていたんだ。その上で、一歩踏み込んだ話をしていただきました。

 これまで活動してきて初めて、「選抜に入れなかった理由」「14thでひめたんが担う役割」を教えてもらいました。アンダーに“選ばれる”ことにも理由があると初めて知りました。
 だからといって「そうでしたか。オッケーです! 引き続き頑張ります!」とは言えませんでした。私はアンダーに必要とされる存在になりたいのではない。結局は選抜に入れる絶対的な存在でなかった。それだけのことだと解釈するしかありませんでした。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.71-72)

 また、これとほぼ重なる時期に、今野はリアルサウンドにおいてインタビューを受けている。その記事では、リリースされたばかりの「ALL MV COLLECTION〜あの時の彼女たち〜」をフックとしつつ、グループ全体のことが語られており、そのなかで、選抜/アンダーの現況やアンダーメンバーが背負う新たな役割についても言及されている。グループの舵取りの構想として、このようなことが中元にも伝えられたのではないかと推測される。

――また一方で、選抜常連メンバーが盤石であるだけに、アンダーがライブで存在感を増しても選抜にはなかなか入れないという苦しさが続いているのでは……。

今野:こればっかりは、僕らも同じ思いだったりするので(笑)。どうしたらいいんだろう?っていう。アンダーはすごい結果も出しているけど、それをもって選抜と大幅に入れ替えます、と簡単にできる話じゃないですし。

――では結果を出してきたアンダーは、次に何を背負っていくのでしょうか。

今野:実はいま、乃木坂46の問題点ってなんだろうといえば、東京に比重が高いことです。完全に首都圏アイドルなんですよね。首都圏においてはものすごく強いけれど、地方ではまだまだ知られてないし、存在感がそんなに伝わってない。ここをどうやって開拓していくかがグループ全体のテーマなのですが、ここをアンダーに背負ってもらうことになると思います。ステージを見てもらって、ファンを獲得するというミッションをアンダーに託す。ただ、これまでやっていたのと同じような魂のぶつかり合いを、そのまま持って行って成功するかというのもまた違うと思うんですね。新しいテーマを考えて、何か変えていかなければいけない。

(リアルサウンド「乃木坂46運営・今野義雄氏が語る、グループの“安定”と“課題” 『2016年は激動の年になる』」[2016年1月30日公開])

 中元本人も振り返るように、モチベーションを保つのに苦労しながらではあったかもしれないが、中元がセンターに立ち、北野と寺田蘭世がその脇を固めるという形のフォーメーションがとられた14thアンダーメンバーは、永島聖羅の卒業コンサートとしての愛知・名古屋国際会議場公演(2016年3月19-20日)、そして東北6県での東北シリーズ(4月19-24日)という形で、「アンダーライブ全国ツアー」という新たな展開に踏み出していく。3期生の募集も告知されていたという時期にあって198、特に東北シリーズは、まだ空席が目立つ会場もあったといい、まさにグループが新たな場所に進んでいく端緒となった。しかし、単なる“地方開拓”を狙うのみでなく、全体をひとつのストーリーで貫いて構成されたセットリストは、ライブパフォーマンスの面でも新たな地平を切り拓いた。

 

真夏の打ち上げ花火

 中元は1996年4月13日生まれ、北野は1996年7月17日生まれ。ともに20歳で迎えることになった「真夏の全国ツアー2016」199。この年の“夏曲”のシングルとなった15thシングル「裸足でSummer」で、ふたりは選抜入りを果たすことになる200

 「今度こそ」の思いが幾度も裏切られるようなことが続いていたのちの出来事であり、14thシングル期間にもアンダーメンバーとして多くの役割を果たしていたとはいえ、その思いもやや薄れていたようなタイミングだったかもしれない。選抜メンバーは16人と、最少人数での編成であった。いくぶんの驚きがあり、もはや逆に唐突感のある選抜入りであったともいえるかもしれない。特に1人目として名前を呼ばれた中元は、「16人、って言われた時点で、ああ、残念でした……って思っていたので」ともスタジオで語っていたが、かなりの驚きがあったようだ。

——7枚目以来の選抜入り、おめでとうございます。発表時はいきなり名前が呼ばれて動揺したとか。
 開始30秒くらいで名前を呼ばれたので、すぐには実感が沸かなかった(原文ママ)んです。だけど、MV撮影やライブのリハを通して、やっぱり今までとは違うなと感じることも増えてきたし、握手会をはじめとしていろんな方にお祝いしてもらって、ようやく実感が湧いてきました。「16人選抜」と言われた時点で今回は入れないと思ったんですよね。それに、14thシングルまでは期待していた時もあったんですけど、ことごとく心をへし折られてきたので(笑)、過度な期待をするのはやめようと思ったんです。だから、今回の選抜に入れたことに驚きもありました。ポジションにかかわらず活動に対して前向きに考えている期間だったので、いいタイミングで選抜に入れていただいたのかなと思ってます。

(『Top Yell』2016年9月号 p.59)

 北野の名前は、ややあって3列目の最後(6人目)で呼ばれることになる。16人という人数のなかで2人が新選抜というのも想像しがたいような状況であり、北野も北野で予想外の出来事だったようである。

——15枚目シングルの選抜発表の瞬間はどんな心境でしたか
中元 今回の選抜は16人ですって言われた時点で、前と変わらないんだろうなって思ってました。そしたら、開始30秒くらいで呼ばれて、びっくりしました。
北野 選抜を目指してる仲間の中でも、ひめたんは一番思いが強かったメンバーだと思う。こだわりがあって、1つ1つの仕事に対して一生懸命やっていた。
中元 いつも自分の目の前で選抜のラインが引かれるような気分を味わっていました。きいちゃんもそうだと思いますけど。
北野 私は3列目の最後に呼ばれたんですけど、ひめたんが呼ばれた時点で「よかった、1人変わった」という思いがあって、もう私が入るとは思いませんでした。そしたら名前を呼ばれて、戸惑いました。「はい、おめでとう」ってMCの日村(勇紀=バナナマン)さんの声を聞いて、立ち上がらなきゃと気付いて。1回しか呼ばれたことがないから、どっち歩いてひな壇から降りればいいかわからなかった(笑い)。

(『AKB48Group新聞 2016年6月号Special 乃木坂46新聞』12面)

 戸惑いながらも同じタイミングで久しぶりの選抜入りを遂げた中元と北野は、自らが選抜入りしたことだけでなく、ふたりで選抜入りしたことにも意味を見出すようになっていく。3列目の両サイドに与えられたシンメトリーのポジションには実際にそのような意味があったのだと思うし、本人たちがそれを最もよくわかっていた、ともいえるだろう。

——まずは15thシングル選抜発表の時の話をお伺いしたいです。最初に中元さんの名前が呼ばれた時、北野さんはどう感じました?
北野 ひめたんが選抜入りに一番こだわっていたことは隣にいてずっと伝わっていたし、入るんじゃないかと期待されていた14枚目で選抜を逃して泣き崩れていたことも知っていて。私自身、ひめたんが選抜に入らなかったことで「この先もずっと変わらないんだ」と思ってしまったんです。だから、すべてが報われたわけじゃないと思うけど、ひめたんの選抜入りは素直にうれしかったです。ひめたんが「変化を起こしたい」と思ってやってきたことが実ったんだって。

——一方、北野さんの名前が呼ばれた時、中元さんは?
中元 心強いなと思いました。14枚目ですごく落ちこんだとき、一番近くで励ましてくれたのがきいちゃんだったんです。
北野 フフフフフ。
中元 アンダーメンバーの状況だったりライブのことだったり、一番話していたのはきいちゃんだったので、15枚目も同じフィールドで活動できることはうれしかったです。端っこの2人を見て「誰だろう?」と思ってググったら、以前は2人ともアンダーだったんだと知ってもらえたらいいなって。センターの飛鳥ちゃんを含めて視覚的な新しさを出したいです。

(『EX大衆』2016年8月号 p.79)

——アンダーの子たちに希望をもってもらうためにも、アンダーメンバーから選抜に上がることは大切だよね。
「最近の選抜メンバーは、あまり変わらない感じがあっただけに、今回、私と北野が入れたことが一つの突破口になったらいい。まだまだアンダーでもいけるわって、メンバーにもファンのみなさんにも思っていただけたら嬉しいです」

(『CD&DLでーた』2016年7→8月号 付録ポスターブック、中元)

 この夏、中元と北野は新選抜としてセットで稼働する機会が多く、新センターの齋藤飛鳥をあわせた3人を、北野はそのフォーメーションの位置関係込みで「夏の大三角形」と呼んだ201。飛鳥は選抜とアンダーの間を行き来していた時期の記憶もまだ色濃いころで202、MV撮影について「後ろを見るとひめたんと日奈子がいたので安心できました(『EX大衆』2016年8月号 p.81)と語るなど、もともと距離の近いメンバーであったふたりに支えられながらの活動ともなったようである。

——中元さんと北野さんと一緒に選抜で活動できることを実感したのは、発表が終わって少し落ち着いた後ですかね。
飛鳥 そうですね。選抜発表されてすぐは自分のことで精一杯で混乱していたというか、自分がセンターに立つことに対してネガティブな気持ちしかなかったんです。周りのことを考えることができなかった。でも、落ち着いた時に改めてメンバーを確認で来たんです。「仲良しの2人と活動できてよかったね」と言ってくださるファンの方も多かったし、2人とは「一緒に選抜入りしたいね」と話していたので、形になったことがうれしかったです。

(『EX大衆』2016年8月号 p.80)

 「真夏の全国ツアー2016」では、飛鳥はシングルのセンターとして“座長”を務め、公演ごとに話す機会が設けられたばかりでなく、キャプテン・桜井玲香が活動休止にともない地方公演を休演したことなどもあり、気持ちの上で背負うものも大きかったようである。7月下旬からコンスタントに重ねられた公演は、桜井の復帰とともに最終地・明治神宮野球場にたどりつき、神宮での公演は「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」として全曲披露のもとで行われた。台風の接近にともない開催すら危ぶまれ、本降りの雨が降る時間帯もあったなかでの決行であったが、無事に全曲が演じ切られ、クライマックスで飛鳥の涙とともに打ち上げられた花火はグループのハイライトシーンを形づくった。

 その“真夏”を、選抜メンバーとして駆け抜けた中元と北野。驚きと喜びの選抜発表から、放送日でいえば約3ヶ月。その日々の自分たちのことを、翌年のふたりは「打ち上げ花火」と振り返ってもいた。目に見える目標のひとつに到達し、後輩を迎えたグループのなかで203、さらに次のステップへ。そんなふうに見えた季節であった。

 

そこで終わりではないから

 選抜に入ることは、目標であってもゴールではない。ほかならぬふたりが長らく戦い続けたように、選抜メンバーの顔ぶれの多くがほぼ固定されていたような時期。選抜メンバーとなって活動し始めると、必然的に周囲にいるメンバーは“選抜常連組”となる。このとき選抜回数でふたりに最も近かったのは堀未央奈の7回、次いで衛藤美彩と齋藤飛鳥の8回であった。

北野 選抜発表が終わった後は「(立ち位置が)シンメだね。やったね」って話しました(笑い)。
中元 そして「頑張って、ここに居続けようね」って。
北野 私たちは連続で選抜に入ったことがないし、モニターに選抜回数が出た時、2人だけ「2回」と出て…。
中元 絶望、だよね(笑い)。でも、その中に食い込めたことは誇りだし、アンダーにもいい影響が与えられたらと思いますし。「こいつら、すぐ(アンダーに)戻って来たな」って思われないようにしたい。
北野 これで次のシングルでまたアンダーになったら、それこそ今度は4年越しになりそう…(苦笑い)。ちょっとはたかれたら、すぐに消えちゃうような存在だから、何とかしてここにいたい。……(後略)

(『AKB48Group新聞 2016年6月号Special 乃木坂46新聞』12面)

——夏の全国ツアーでも、この曲が一つのポイントになりそうだよね。
北野「みんなで盛り上がれると良いなって思います。それに「裸足でSummer」に関しては、他の選抜メンバーが15回とか13回とか選ばれている中で、日奈子とひめたんだけ2回なんですよ(笑)。圧倒的に経験が違うので、テレビの中で魅せる力をどうつけるかは、たぶん私たちにとって課題になると思うんです。……(後略)

(『CD&DLでーた』2016年7→8月号 付録ポスターブック)

 また、中元が7thシングルで、北野が8thシングルで初選抜となった頃は、1期生を中心とする選抜未経験のメンバーが順繰りに3列目で選抜入りしていたような状況でもあったし、それ以降のフォーメーションの経緯を見ても、“選抜常連組”でないメンバーが連続で選抜入りすることには、さらに高いハードルがあったといっていい。

「8枚目の時は、与えられた椅子だったと思うんですよ。それに対して今回の選抜は、ちゃんと自分でつかみ取ったって思えるので、最初の時より嬉しいです。でも、その反面、既に次のシングルが心配にもなっているんですよ。これでまた落ちたら、今度は3年入れないかもって(笑)。そういう意味では、選抜の常連メンバーになったら、毎回もっと嬉しい気持ちを味わえるはず。だから今は、それを味わいたい気持ちが大きいです」

(『CD&DLでーた』2016年7→8月号 付録ポスターブック、北野)

 結果として、その“連続での選抜入り”を、中元も北野も果たすことになる。次の16thシングルの選抜発表の模様が放送されたのは、2016年10月16日の「乃木坂工事中」#76においてであった。15thシングルの16人に、14th→15thで選抜を外れた伊藤万理華と井上小百合、そして12thシングル以来2回目の選抜入りとなる新内眞衣を加えたフォーメーション。総計19人のフォーメーションは、表題曲選抜としては当時過去最大の人数であり、20人前後で推移するようになっている現在のそれにつながるものでもあった。

 一方で、自分なりにいくら結果を残しても選抜入りが叶わない、という時期を過ごしたのちの、選抜メンバーとしての15thシングルでの活動は、新たな場所でのチャレンジという側面もあり、本人たちにとっては必ずしも納得のいくものではなかったようでもある。

——15枚目の選抜に入ってツアーも経験したいま、何を感じてますか?
う〜ん……選抜に入ってからの自分に不甲斐なさしか感じてなくて。

——悲観するようなことないと思いますよ。
すごく選抜に入りたくて、実際に入ったらすごくうれしくて、選抜としてここまでやってきたことで後悔が残るようなこともないんですけど……何も残すことができてないじゃないかって思ってしまったんです。

(『OVERTURE』No.008[2016年9月17日発売] p.47、北野)

 あるいは結局、選抜入りのラインを一度踏み越えたというだけで、フォーメーション自体に大きな地殻変動が起きたというわけでもない。16thシングルは橋本奈々未の卒業シングルとなったが、その次の卒業メンバーは中元(および伊藤万理華)である204。「メンバーの卒業があれば椅子が空く」のようなとらえ方は、少なくとも当人たちはしていなかっただろうが、その点においてもさらに、その先には高く分厚い壁があるように感じられただろう。ポジションに対する強いこだわりを持ち、それを表現してきた彼女たち。ファンもその姿を応援してきた。そのこだわりを再びその先へと向けるならば、そこから続くのはさらに険しい道である。

 私に用意された席は、選抜三列目の一番端(引用者註:中元は16thシングルでも「選抜三列目の一番端」であったが、これは15thシングルのフォーメーションについて綴られたもの)でした。選抜の景色がよく見えました。これが選抜か。そしてある日、気づいてしまいました。

「これ以上、前の席はもう空かない」

 いつしか選抜に入ることに躍起になっていました。選抜に入ってこんなことをしたいというのではなく、ただ選抜に入りたかった。
 アンダーだった時は選抜を目指していて、悔しい気持ちを持ちながら、でも確かに日々の活動に充実感がありました。
 アンダーメンバーの中心人物の一人に私はなっていました。
 “底上げ”という言葉が使われていましたが、アンダーが盛り上がることで乃木坂全体がより盛り上がる。
 今まで私に期待されてきた役割が、選抜発表を、乃木坂を盛り上げることだったとしたら。

 「私の仕事は終わった」

 選抜入りというゴールに向かって努力する日々。アンダーの中心人物として必要とされる日々。それらを失った私は、次にどこを目指せば良いかわからなくなってしまいました。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.79-80)

 16thシングルでは、サンクエトワールとして2曲目となる楽曲「君に贈る花がない」が制作されている。グループのなかでのポジションとしては、半歩程度かもしれないが、さらに前に進んだといってもいい状況でもあった205。「Merry Xmas Show 2016〜選抜単独公演〜」(2016年12月6・8日)では、前年にはアンダーライブでも立っていた日本武道館のステージに、史上初の試みである「選抜単独公演」の一員として立ち、12月8日の2公演目では、「1人1曲プロデュース」のコーナーで、オリジナルメンバーの伊藤万理華・井上小百合との“温泉トリオ”で「行くあてのない僕たち」を披露するなどのハイライトシーンを演出してもいる。これからももっと、いろいろな形で輝く姿を見られる。そんな期待感をもたせるような場面もあった。

 それでも、どうすればたどり着くのか知らされていないゴールに向かって走り続け、心身ともにエネルギーを出し尽くした結果、「次にどこを目指せば良いかわからなくなってしまいました」。中元が綴ったように、「選抜発表を盛り上げて」「グループを“底上げ”すること」を役割として担った結果がその状況だったとするならば、それはあまりにも罪深い構造だったと思う。

 年末ごろにはすでに相当な不調に陥っていたという中元。北野も含めた5人で出席した乃木神社での成人式(2017年1月7日)あたりを境に握手会などでの欠席が重なり、異変がファンの間でも広く知られるようになっていく206。そして1月28日207、「体調不良のため17thシングル期間のグループ活動及び個人活動を休止することになりました。」と公式サイトでアナウンスされ、正式に活動休止に入ることになる。後年明かしたところによると、このときの診断は「適応障害」であったとのことである。

 20歳、仕事は完全に追い風でした。選抜にやっと選ばれ続けている今が、これまでで一番大事な時期であることはよくわかっていました。
 すでに来年分の握手券も販売している。CMの契約も続いている。レギュラー番組もある。私なんかの都合で、いろいろな大人が動くことになる。メンバーにも迷惑をかけることになる。

 やっとの思いで摑み取った選抜の席。戻ってきたらもうなくなっているだろう。身体をボロボロにして、進学の道を断って、友人と遊ぶことも諦めて、ようやく手に入れたポジション。何ものにも代えがたい宝物でした。

 失うものの大きさはわかっていました。それでも、もう限界でした。

 このままでは活動は続けられない。一旦距離を置こう。
 年が明けてから、17thシングル「インフルエンサー」期間を休業することになりました。この時は適応障害と診断されました。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.93-94)

 体調不良を理由として休業し、シングルを不参加としたのは、このときの中元がグループとして初めてであった。

 

「さようならを言うため」

 中元の活動休止が発表されたのは、「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」の準備が着々と進んでいたと思われるタイミングである(バースデーライブが2月に“全曲披露”だった時期は、年明けくらいからメンバーが絶え間なくリハーサルをしているのが、ある意味風物詩のようでもあった)。活動休止にともない、中元はライブにも休演となる。バースデーライブは曲数も多い。本稿でも振り返ってきたように、中元は自身が“主役”となる楽曲をいくつか持ってもいた。

メンバーにはすごく助けられました
今もよく助けられています。

BDLのリハ動画を観て、
いろんな変更に付き合わせてしまって
申し訳ないなぁと思いながら

嫌な顔しないで対応してくれるみんなに
改めて尊敬の日々です。

(中元日芽香公式ブログ 2017年1月28日「ご報告」)

 DAY1で披露された「君は僕と会わない方がよかったのかな」では、オリジナルメンバーではない齋藤飛鳥がセンターに入る。DAY2では中元自身もVTRで登場したのちに「嫉妬の権利」と「不等号」が披露され、前者では中元とともにダブルセンターの一角であり、後者ではオリジナルメンバーではない堀未央奈がセンターに立った(堀の「不等号」はこのときが史上唯一ではないだろうか)。そしてDAY3ではサンクエトワールの「大人への近道」と「君に贈る花がない」がともに披露される。ともに中元を欠いたメンバー4人の形での披露であり、「君に贈る花がない」のアウトロでは、寺田蘭世の左手に黒マーカーで書かれた「ひめたん大好き♥」の文字がモニターに大映しになった。

——サンクエトワールの『君に贈る花がない』では、寺田さんの手のひらに「ひめたん大好き」と書かれていて感動を呼びました。『乃木坂46の「の」』のトークを聞いたら、寺田さんの独断でやったということですが。
寺田 そうです。本番中、勝手にやりました(笑)。しかも、(堀)未央奈と北野は表に出てる時に。サンクエトワールとしての1曲目『大人への近道』で、サイリウムをひめたんのカラーであるピンク色にしている人が多くて。ファンの方たちのためにも、ひめたんのためにも、何かしたいなと思ったんです。あいうえお順だから着替え部屋が(中田)花奈さんの隣なので声をかけて。花奈さんは「いまからやって大丈夫なのかな」という感じだったけど、付き合ってもらってスタッフさんに話して、ギリギリ1曲前にOKがでたので書こうと決めました。私の利き手である左手に書いたのは、歌っている時はマイクで隠れるというのもあるし、「花奈さんが書いた」という意味もこめました。
——最後にカメラが左手を抜いて、しかも、その時は一瞬だけだったけど、またしっかり映したのがよかったです。
寺田 急すぎたけど、対応してくださいました。
——寺田さんのハートが強いなとも思いました。
寺田 後から中元さんにも「勝手にすみません」と連絡しました。その時の写真も送って。中元さんからは「本当にあんたは……。結婚しよう」って返信があって。
——プロポーズですか(笑)。
寺田 「それは大丈夫です」と返しました(笑)。本人が喜んでくれてよかったなと思います。

(『Top Yell』2017年5月号 p.13)

 中元は活動休止のアナウンスから2ヶ月も経たないうちの、3月19日の「らじらー!サンデー」にサプライズ出演する形で復帰し、4月より正式に活動を再開する。「17thシングル期間」の活動休止ということであったが、欠席となった16thシングルの握手会の振り替えに対応するという形で、シングル期間の途中から握手会を含めた活動に再合流している。ただし本人としては、体調が回復したからというより、「あまり長く休むと、かえって戻れなくなるような気がしました」と、「『残っている仕事をこなすのと、さようならを言うため』の復帰」という意識であったのだという。

 1月頭に休んで、3月半ばには戻ったのかしら。「また頑張っていくぞ」よりも、「残っている仕事をこなすのと、さようならを言うため」の復帰でした。
 あまり長く休むと、かえって戻れなくなるような気がしました。これ以上休んだところで快方に向かうとは思えないのに、期間を延ばすと期待させてしまうし、早い話が乃木坂から解放されたかった。
 もしかしたら完全回復して続けられるかもしれないという考えも少しだけありましたが、まあ無理だろう、の気持ちが大きかったです。インタビューや誰かに聞かれた時は「これから気楽にやっていきます」と言いましたが、そりゃ「先は長くないです。辞めるつもりです」とは言えないでしょう。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.104-105)

 「らじらー!サンデー」には再びレギュラー出演を続け、復帰を祝う趣旨で雑誌に登場する機会も複数あった。17thシングルの個別握手会が続いている期間にリリースされた3rdアルバム「生まれてから初めて見た夢」(2017年5月24日発売)では、3期生を含めた全員での楽曲「設定温度」に加わっただけではなく、“温泉トリオ”でのユニット曲「ごめんね、スムージー」をあてがわれ、個別握手券の販売も再開した。アルバムリリースを祝うSHOWROOM配信208では、5月26日の回に生田絵梨花とともに出演。テンションが上がりっぱなしの生田を優しくいなす中元の姿に、「やっぱりひめたんがいなくちゃな」と思ったファンも多かったのではないだろうか。

 ライブへの復帰の場となった「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演(2017年7月1-2日)。“期別ライブ”の構成で行われたこの公演において、1期生のブロックではメンバーひとりずつが名前をアナウンスされて登場する形がとられ、中元はひときわ大きな声援で迎えられる。1日目には、この日休演であった生田絵梨花にかわって「ダンケシェーン」のセンターにも立った。また、前稿[2]でも少し触れたところだが、結果としてパフォーマンスはかなわなかったものの、この間には「インフルエンサー」の振り入れにもトライしていたという209

 しかしもう、この“神宮”のときにはすでに、中元はグループからの卒業を決め、近しいメンバーには伝えていたとのことだった210。2017年8月6日、「らじらー!サンデー」の放送内で、中元はグループからの卒業を発表する。放送内ではその理由として体調面の不安をあげ、翌日午前に更新されたブログでは、“芸能界引退”を明言した。

私、中元日芽香は
乃木坂46を卒業することにしました。

具体的な日付等の詳細は
追って発表する形になりますが
19thシングル以降は参加しないと
思って頂ければなと。

大きな理由は体調面での不安です。

なので卒業して、芸能界も引退して、
暫くはゆっくり静養するつもりでいます。

私も正直、仕事バカたったので
体調不良で休む人の気持ちがわからずに
「なんで?」って思う内の一人でした。

万人にわかって欲しいとは言えませんが、
私のような人が増えないといいなと。

(中元日芽香公式ブログ 2017年8月7日「お知らせ」)

 この間には18thシングルの選抜発表の模様が放送されていたが(「乃木坂工事中」#112、2017年7月9日放送)、これを受けて中元は「私はただ、乃木坂の一戦士として、燃え尽きるまで闘うのみ。(中元日芽香公式ブログ 2017年7月12日)と綴り、明治神宮野球場公演のなかで発表されたアンダーアルバムやアンダーライブ九州シリーズへの展望や、のちに解禁されたアンダー曲「アンダー」について語る場面も散見されており、このタイミングでの卒業発表は(「選抜」へのトーンの変化などから、いくぶん感じとっていたファンもいたのかもしれないが)相当に衝撃的な出来事であった。

 18th選抜の話。いままでのような「悔しい」という気持ちはなく、客観的に「いまの自分にはこのポジションがふさわしいんだ」と思いました。ただガムシャラなだけじゃなく、まわりが見えるようになったんです。『アンダー』は私たちのことを歌っているようなストレートな歌詞で、アンダーに選ばれたことの意味を持たせてくれるような曲なんです。

(『Top Yell』2017年9月号 p.63、連載「中元日芽香の挑戦」内ミニコーナー「ひめたんのひとり言」)

 

支えあうこと

 「真夏の全国ツアー2017」は、8月11日の宮城・ゼビオアリーナ仙台公演を皮切りに地方公演がスタート。中元は卒業発表とともに全公演休演を発表していた。この地方公演は「生まれてから初めて見た夢」所収のユニット曲・ソロ曲が日替わりで披露されていく機会ともなったが、中元は結局、「ごめんね、スムージー」を一度も披露しないままとなってしまった(このときは、伊藤万理華と井上小百合がふたりだけで披露)。

 前稿[6]でも詳細に書いてきたところだが、このゼビオアリーナ仙台公演から、北野の不調が明るみになり始める。北野が不調を自覚するようになったのは2016年の冬ごろだったといい、これは先ほどまで振り返ってきたように、中元がかなり厳しい状態に陥っていった時期と重なる。くすぶり続けながら、少しずつ大きくなっていったものが、このタイミングで爆発してしまった。そんなふうにも見えてくる。

自分の調子が良くないかなと思い始めたのは、去年の冬ごろからで
一生懸命活動をしていくうちに
この違和感も解消されると思ってましたが
逆にあまり状態が良くなくなってきたので
お休みを決断しました。

夢や希望や勇気を与えられるアイドルとしてこういった決断は
あってはならないことだと思いますが
このままでは自分も周りの方も苦しいと思うので、療養に専念させて頂きます。

完治、完全復活ということが難しいものなのかもしれませんが、
今よりも状態が良くなったら
すぐに戻ります。

(北野日奈子公式ブログ 2017年11月16日)

きいちゃんのこと好きだから
こんな私では頼りないかもだけど
少しでも力になりたいと思うのです

2人とも属性が似てるから
足りないとこ補い合っても
まだ足りなかったりするんだろうけど

似た者同士だからわかることも
あったりして。

(中元日芽香公式ブログ 2017年8月21日)

 独特の切なさがあったあの夏。グループには3期生という新たな風が吹き、表題曲のセンターには大園桃子と与田祐希が抜擢されていた。ゼビオアリーナ仙台での1公演目では与田の1st写真集の発売がサプライズ発表されてもいる。中元と北野がダブルセンターで引っ張るはずの九州シリーズも10月に予定され、19thシングルの発売もすでに控えながら、グループは地方公演を経て、ひとつの目標であった東京ドーム公演へと突き進んでいくタイミングであった。

 グループがかつてないほど暑い“真夏”を過ごしていたなか、線香花火が落ちるくらいにあっという間に、ふたりの姿はステージから消えてしまった。

ひめちゃんがブログで
去年の私が打ち上げ花火なら
今年の私は線香花火だって言っていて

なんか、その例え方が
しっくりくるのと同時に
とても切なくて寂しいなって思いました!

私は去年が打ち上げ花火として
ちゃんと打ち上がったのかもわからないし
今年の自分がどんな花火なのかも
わからないです

(北野日奈子公式ブログ 2017年7月27日「今が途切れないように」)

 10月8-9日に開催された朱鷺メッセ新潟コンベンションセンター公演も含めると、約2ヶ月にも及んだ地方公演の期間211。愛知・日本ガイシホール公演後は北野もほぼすべての活動をストップさせ、休養に努める形ともなっていた。そこから間もなく、10月14日からスタートした「アンダーライブ全国ツアー2017〜九州シリーズ〜」。アンダー曲「アンダー」のオリジナルメンバーである、18thアンダーメンバー18人で立つはずだった初演、大分・佐伯文化会館のステージに、北野の姿はなかった。

 “センター”としてひとりでステージに立っていた中元。筆者はこの公演に立ち会ったのだが、あえていうならば、彼女は“気丈に振る舞っている”ように見えた。トークのコーナーではステージから退く場面もあったものの、全体としてはMCを引っ張りつつ、北野についても「リハーサルを引っ張ってくれていた」と触れ、自分が卒業という形で離れていこうとしているグループについては、メンバーの頼もしさに言及しつつ「心配しないでください」と言い切った。福岡国際センター公演では、MC中に客席から不規則な声があがる場面があり、それに苦言を呈したこともあったと聞く。決して余裕はなくても、弱さはできる限り見せない。彼女らしい姿だったな、と思う。

 大分・佐伯文化会館での2公演、福岡国際センターでの2公演を北野は休演の形となり、「アンダー」終盤のペアダンスをひとりで演じる212など、その不在を守った中元。福岡国際センター公演の3日目(10月18日)と鹿児島市民文化ホール公演(10月19日)では中元が本編では2曲のみの出演213となってしまうが、これと入れかわるように北野がステージに戻る。久しぶりのステージ、その場所は、彼女にとっても、どうしても守り抜かなければならない場所だった。

 初披露から2ヶ月以上の時間を経て、ダブルセンターが初めてステージに並び立った、福岡国際センター公演3日目の「アンダー」。歌詞の朗読214が行われたのち、“影の中”でふたりが並び立つところから始まったイントロでは、中元が北野のほうへ歩み寄ってハグをして、北野がそれに応えて中元の背中を何度もポンポンとたたいた。やわらかな笑顔をたたえて始まった18人での初パフォーマンス。しかし「新しい/幕が上がるよ」と2サビを歌い上げたあたりから、中元は涙をこらえられなくなってくる。ラスサビでは、センターで踊りながらも歌唱ができなくなり、左手に持ったマイクを下ろしてしまう。あえていうならばそれは、彼女がステージ上で「ひめたん」ではない姿を見せた、数少ない機会のひとつであった。

 千秋楽の宮崎市民文化ホール公演(10月20日)は、ふたりがライブ冒頭から並び立った最初で最後の公演となった。限界ともいえる状況のなか、その場所に中元を連れてきたのは北野だったという。

——ものすごい緊張感が張り詰めていましたよね。なんなら言わなくてもいいよっていう。
北野 でも、初センターだったから伝えないといけないと思ったんです。それに、他のメンバーの気持ちもあるじゃないですか。九州シリーズを守ってきたのは私たちだっていう。そんな気持ちに私とひめは応えないといけないですよね。だから、ひめも限界だったのはわかっていたけど、「もうちょっと出ようよ」と私から話して、出番を増やしてもらったんです。ひめにとって最後のライブっていうのもあったし。そういうこともあって、一番心に残っているのは九州シリーズですね。

(『BUBKA』2019年3月号 p.19)

 北野は「他のメンバーの気持ち」にも触れ、「そんな気持ちに私とひめは応えないといけない」と語った。九州シリーズはふたりだけのステージではないし、ふたりがステージに戻ってくるまで、その場所を守ったのは16人のアンダーメンバーである。支え合い、支えられてたどり着いた宮崎市民文化ホール。傷だらけで手に入れたその光が、確かにそこで輝いていた。

アンダーライブ九州シリーズ
千秋楽を終えることができました。

私は福岡三日目、鹿児島、宮崎の
三公演をみんなのおかげで出演することができました。

メンバーやスタッフさんに理解をしてもらいながら、たくさん支えてもらいました。

本当に感謝しています。

ありがとうございました。

それから、ひめちゃんお疲れ様でした。
思いの丈はひめちゃんに伝えたし
これからも大切な存在です。

戦友から心友に。

本当にメンバーの温かさと優しさに
たくさん触れた期間でした。

メンバーのことが大事だし大好きです。

ひとりひとりに感謝を伝えたいから
それはまたタイミングがあるときに
伝えられたらいいな!

みんなお疲れ様でした!

(北野日奈子公式ブログ 2017年10月22日)

アンダーライブ九州シリーズ
終わりました!

「アンダー」という曲に
皆んな真正面からぶつかって闘って
リハから本番までハードでした。

参戦してくださった皆さんの感想も
楽しかった!だけではないと思います。

福岡3日目、鹿児島では
2曲しかステージに立てず。
ひめたんを観に来て下さった方
申し訳ありませんでした。

今回のアンダーライブも
自分の中で色々と葛藤があって、

最終的にステージに立てたのは
少しでもひめたんの体調を考慮して
調整を重ねて下さったスタッフの皆様、

広い心で待っていてくれた
メンバーのみんな、

そして期待して下さった
ファンの皆様のお陰です。

本当にありがとうございました。

最後の最後まで迷惑を掛けてしまいましたが
全員揃ってステージに立てた事、
幸せに思います。

(中元日芽香公式ブログ 2017年10月23日)

 

「ひめたん」の「最後のあいさつ」

 九州シリーズから息つく間もなく、11月7-8日に「真夏の全国ツアー2017 FINAL!」としてグループ初の東京ドーム公演が開催される。中元と北野も出演を果たすが、ライブ冒頭にはその姿はなく、中盤のアンダーブロックからの出演となった。アンダーブロックでは、最初に19thシングルアンダーメンバーが、それに続いて歴代のアンダーライブ出演メンバーがひとりずつ呼び込まれて登場し、「ここにいる理由」「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」「君は僕と会わない方がよかったのかな」「生まれたままで」を披露。そして18thシングルアンダーメンバーによる「アンダー」、19thシングルアンダーメンバーによる「My rule」が披露される、という流れであった。

 北野の出演はこのブロックの「アンダー」までと本編最後の「いつかできるから今日できる」、そしてアンコールという形であったが、中元の出演曲数はさらに絞られ、「君は僕と会わない方がよかったのかな」と「アンダー」、そしてアンコールでも後半の「設定温度」と「乃木坂の詩」、そして2日目ダブルアンコールの「きっかけ」のみ、という形であった215。それでも中元は卒業直前、北野も正式に休業に入る直前というタイミングで、グループにとっての記念碑ともいえる東京ドーム公演のステージに立てたということには、大きすぎるほどの意味があった。

東京ドーム2days。
みんなの夢が叶ったことが嬉しいし
その瞬間を共有できたことが嬉しい。

君は僕と会わない方が良かったのかな
アンダー
設定温度
乃木坂の詩
きっかけ

どれも大切な曲です。
ドームで歌えて本当に良かった。

46人で歌うのは神宮が最後だろうと
勝手に思っていました。
7/2に私の夏は終わったと。

でももう一度みんなで歌えて良かった。
色んな人に迷惑を掛けてしまいましたが
出演できて良かったです!

今まで言ったことなかったですが
君僕での一面のピンク色、
本当に綺麗でした。

背中を押された気がします。
絶景でした。目に焼き付けましたよ。
ずっと愛され続ける楽曲になってほしい、、

人に愛されて成り立つお仕事、アイドル。
素敵だなと思いました。

アンダーの歌詞へのアンサーとして
誰になんと言われようと
「私の人生はここにあったな」と。

(中元日芽香公式ブログ 2017年11月10日)

 この東京ドーム公演が中元にとって最後のライブであったことになるが、直前の11月4日には最後の握手会(京都パルスプラザでの18th個別握手会、振り替え対応のみ)に臨んでもいた。卒業に際して経験する数々の“最後”。ラストメッセージのような形で発信される言葉も多くなる。「さようならを言うため」に活動に復帰したともいう中元。しかし、この時期の握手会において、ファンとこんなやりとりがあったのだという216

 最後の方の握手会はさようならを言うためにやっていました。もし芸能界に復帰することがあるなら……とか。街で見かけたら……とか。そんなみなさんの希望をズバズバと斬って斬って斬り捨てまくっていました。

 そんな握手会の最中、一人のファンの方からこんなことを言われたのです。
「さようならと言われるのは悲しいから、またねと言ってほしい」

 さようならは、私の「もう追いかけないで」という一方的な思いでした。ファンを突き放したいのではないのです。アイドルのひめたんに、私はもう会いたくなかった。疲れてしまった。でもそれってすごく自分勝手な考えで。……(中略)……

 思い出の中で「彼女が最後に残した言葉」はきっと綺麗なものであってほしい。そこに中元日芽香の私情は要らない。それよりも最後までアイドルを全うすべきだ。だからひめたんはこう言うようになりました。またどこかで。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.113-114)

 九州シリーズ千秋楽のアンコールにおいて、確かに中元は「どうか私を引きとめないでください」と、きっぱりと口にしていた217。中元の言い方を借りるならば、卒業を決断して行動に移したのは「中元日芽香」で、「追いかけないで」「引きとめないで」という言葉も、おおむね「中元日芽香」としての語りであったが、ファンから見えていたのは「ひめたん」であった、というようなことになるだろうか。「ファンは中元を理解していなかった」と言いたいのでは決してない。「中元日芽香」と「ひめたん」の間を隔てるものは、アイドルとファンの間を隔てているものにほかならない。

 ひめたんとして過ごす時間は、とてもポップで愉快なものでした。
 現場で見る景色は基本的に、私ではなくひめたんの目で見たもの。歌うのも踊るのもひめたん。話すのも基本的にはひめたん。ただし不意に“私”が顔を覗かせることがある。中元日芽香とはそんなアイドルでした。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.30-31)

 アイドルを卒業するからには、そしてそれを発表し、その日に向かっていくからには、もう「中元日芽香」として発信を行っても、「ひめたん」として発信を行っても、どちらでもよかったと思う。しかし結果として、中元は最後まで「ひめたん」として卒業していくことを選んだ。

 東京ドーム公演では、2日目のダブルアンコールの最後に、伊藤万理華とともに卒業に際した挨拶をする機会が設けられた。そして最後に、万理華とともに客席に向けて一礼をした中元は、ステージを去る間際に「ばいばい、またね」と、マイクに乗せずに口にした218

 「みなさん本当にありがとうございます。
 『君の名は希望』の歌詞のなかにある、『未来はいつだって/新たなときめきと出会いの場』っていうフレーズが私すごく大好きで。万理華と、そしてこれからの乃木坂ちゃんの未来が、ときめきにあふれた素敵なものになると、私は信じています。
 これからも乃木坂のこと、よろしくお願いします。6年間お世話になりました。ありがとうございました。」

(2017年11月8日「真夏の全国ツアー2017 FINAL!」2日目ダブルアンコール 中元日芽香挨拶)

 ライブ直後には「乃木坂工事中」(2017年11月19日放送、#131)で放送された、バナナマンとの最後のやりとりがあり、最後にはバナナマンの両名と「びーむ」で記念撮影を行っている。また、同様に「AKB48 SHOW!」(2017年12月2日、#170)で放送されたコメントもこのときに収録されているが、中元はカメラに向かって「ひめたんびーむ」を放ち、そのコメントを締めている。また、東京ドーム公演を控えた10月29日の「らじらー!サンデー」219で解禁された、RADIO FISH feat.中元日芽香(乃木坂46)名義のコラボ楽曲「LAST NUMBER」は、東京ドーム公演にあわせる形で11月8日に配信シングルとしてリリースされたが、そのなかでも「さようなら」「ありがとう」とともに、「またあえる」と歌われている220

 「らじらー!サンデー」には2017年11月19日の放送回が最終出演となった。井上小百合がゲストメンバーとして迎えられ、中元の両親も立ち会うなか、放送初期の2015年4月19日に生田絵梨花がピアノを演奏して中元が歌唱した「君の名は希望」や、サンクエトワールの「大人への近道」、「君は僕と会わない方がよかったのかな」がオンエアされるなど、思い出が振り返られるような構成のなか、レギュラーMCの井上への引継ぎも行われた。そして最後には、「いつまでも『らじらー!』リスナーでいてください」「乃木坂ファンでいてください」「オリラジファンでいてください」とともに、「中元日芽香のファンでいてください」のメッセージが送られ、放送が終えられている。

 この翌日となる11月20日には、中元はアンダーアルバム「僕だけの君〜Under Super Best〜」に特典映像として収録されたドキュメンタリー「最後のあいさつ / Her Last Bow」の撮影で、「君は僕と会わない方がよかったのかな」のMVを撮影した長野県上田市を訪れている。ロケ地を巡ったのち、ダンスシーンが撮影された千曲川橋梁を臨む河川敷でインタビューに答えた中元は、「中元日芽香にとって乃木坂46とは」と問われ、「すべてでした」「居場所でしたね」と答える。同作の最後では「6年間、本当にお世話になりました。アイドルでいられて、幸せでしたよ?」として、「本当に、ありがとうございました。またね」と「最後のあいさつ」が投げかけられた。そして、カメラに向けて「びーむ」を放ち、向こうへ振り返る姿で終えられた。

 中元の最終活動日は明確でなく、ファンの前に立つ活動としては2017年11月23日に行われた「乃木恋」の「彼氏イベント」221が最後であったが、翌日の11月24日には向井葉月と渡辺みり愛のSHOWROOM配信に飛び入り参加し222、「ひめたんびーむ」を放っている。その後、12月6日には約2年にわたって連載記事「中元日芽香の挑戦」に登場してきた『Top Yell』に、連載の締めくくりとしてロングインタビューが掲載される。12月15日には事前収録で「バナナムーンGOLD」にサプライズ出演し、12月22日には最後のブログを更新した。

親愛なるメンバーひとりひとりに
この言葉を贈ります。
声を大にして言いたい。

あなたは乃木坂に必要な存在だよ。
ここに至るまでに誰か一人でも欠けていれば
今の乃木坂はなかった。本当にありがとう。

スタッフの皆様、ファンの皆様。

今までお世話になりました。
本当にありがとうございました。

またどこかで。

中元 日芽香

(中元日芽香公式ブログ 2017年12月22日)

 「またどこかで。」と、決めたことを最後まで徹底しているところが、まさしく「ひめたん」だな、と、いま振り返ってみて思う。それは「最後のあいさつ」の件だけではなく、ここまで振り返ってみて、ずっとである。ツインテールを辞めるなど、ある程度スタンスの変遷はあったものの、「アイドル」としての核はずっと、おそらく一貫していた。

——乃木坂46に入る前と後で、自分の中のアイドルの定義みたいなのは変わったわけですよね。
中元 そうですね。キレイなところだけじゃなくて、不器用なところを見せることもエンタテインメントなんだろうな、とは思うようになりました。ただ、理想としては、「できないけど、私なりに頑張りました。てへ」よりも、なるべくキレイな形を見せたいという気持ちは変わらなくて。考え方は変わったけど、「理想」を問われると変わらないんです。

(『Top Yell』2018年1月号 p.18)

 活動休止に入るにあたっても、それを受けてロングインタビューを受けるなど、(そうした設定そのものに問われるべき部分はあるし、近年ではあり得ない現象であるとも思うのだが)仕事を全うすること、そのことでアイドルたる自分が成立しているというスタンスは強烈に現れていた。本人は「『先は長くないです。辞めるつもりです』とは言えないでしょう。(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.105)ともいうが、当該のインタビューを読み返していると、内心とだいぶ逆向きのことが、いわば「ひめたん」の台詞として語られているようにも思えてくる。

——17thシングル期間を活動休止するとのことですが、体調のことなのでしかたないと思いつつ、正直、「このタイミングで休養してしまうんだ」と感じてしまいました。乃木坂46の中で存在感が増して、明治のCMだって公開されたばかりで。1年前では考えられなかった状況だと思うんですよ。
中元 振り返ってみると大事じゃない時期なんてないなと思ったんです。いまは初めて2連続選抜メンバーになって、握手会に来てくださる方が増えて「次は福神だね」「いつかセンターを見てみたい」と言っていただいて。おやすみが決まった後の握手会では「ごめんね」と心の中で何度もつぶやきました。でも、1年前はどうだったかというと、アンダーセンターで選抜に上がれるかもしれないという時期だし、2年前に休んだら戻りたくても気持ちが追いつけなかったかもしれない。
——活動を続けるために休養するということでいいですか?
中元 もちろんそうです。ここで無理しても、遅かれ早かれ「もうダメだ」という時がくるんだろうなって。
——あの……戻ってくるんですよね?
中元 戻ってきます(笑)。

(『Top Yell』2017年3月号 p.56)

——ファンの方は中元さんの復活を待ってて大丈夫なんですよね?
中元 はい。無理だとは分かってるけど、新しい子や他のアイドルに寄り道せず待っててくれると……信じてます(笑)。
——連載も休止明けは続けて大丈夫ですか?
中元 むしろ呼んでほしいです。全然無茶振りしてください!

(『Top Yell』2017年3月号 p.57)

 アイドルとしてなされた当時の発言と、卒業後に綴られた著書の内容をつきあわせて答え合わせをするような、だいぶ趣味の悪い記事になってしまっているが、そこにある「中元日芽香」と「ひめたん」の間の隔たりについても、中元は自ら説明を加えているので、それを引用してひと区切りとすることにしたい。

 それから、映像(引用者註:「乃木坂46のドキュメンタリー映像」とされており、おそらく「最後のあいさつ / Her Last Bow」のことを指していると思われる)の中で彼女は「アイドルでいることができて幸せだった」と言っていました。ひめたんはいつ如何なる時も、目の前の人たちに愛されるような振る舞いをしました。ひめたんは表に出ている時だけでなく、メンバーやスタッフさんといる時もアイドルとして関わりを持つことを望みました。ひめたんはどうも怖いもの知らずのようで、番組で共演するタレントさんに臆することなく接していました。ひめたんはハングリー精神を持っていて、度胸があって、ガッツがありました。熱いヤツでした。

 私はお仕事自体もそうですが、きっとひめたんを側から見ているのが楽しかったのだと思います。
 私には行動や感情のリミッターを振り切ることが難しくて、なかなかできません。無自覚に制御してしまう造りになっています。でも彼女を纏うと途端に視界が開けるような気がします。ひめたんの言動は潔い。感情の張りが常に大きく振れて忙しいです。そうか、これだ。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.121-122)

 とにかく夢中で、全力で駆け抜けていたというアイドル人生。そこからの卒業は、「ひめたん」からの卒業、ということも意味していたといえるかもしれない。

 

“4年半”の日々

 中元がグループを離れる一方、北野は2017年11月16日の発表をもって正式に休業に入ることになる。休業発表の日のブログにも「活動をお休み中でもブログを更新できるときはしたいと思います(北野日奈子公式ブログ 2017年11月16日)と綴られていたが、中元がメンバーとしておおむねすべての仕事を終えたタイミングと思われる11月27日、彼女のことを中心とする長いブログを書いている。複雑な感情を前向きな言葉に落とし込んでメッセージとして贈っているような、そんな印象をもつ文章であった。

改めてひめちゃんお疲れ様!
言いたいことも聞きたいことも
たくさんあるけれど、
その大半は今のこの時よりも
昔のことで、未来に歩き出している
ひめちゃんにも私にももう関係ないことなのかなと思うので忘れます!

ひめと出会ってから今日まで
本当にいろいろなことがあって
乃木坂の中元日芽香は私はほんの少しの
4年しか知らないし
仲が深まったこの2年間のことしか
わかってあげられないけど
この2年の時間の中でも十分に伝わるように
ひめちゃんは暖かくて優しくて
可愛くて賢くておっちょこちょいな部分と
皆んなの前で私の大好きな可愛い笑顔を見せている裏に
本当に苦しくて辛いこともたくさんあったと思います。

そんなひめちゃんを見るたびに
なんとかしなくちゃって
どうにかしなくちゃって思ってました!

ひめの存在を感じることで
ひめのことを思うことで
今のこの現状を変えたいって
そういう気持ちが私は選抜にいきたい
もっと前で歌って踊りたいって気持ちに
反映されていたんだと思います。

それは自分のためでもあるし
応援してくださるファンの方のためでもあるけど、同じフィールドの中でも1番近くで走っているひめたんの存在を感じることで
少ない可能性の中にも一生懸命光を探して
走ってこれたんだと思います!

そんな大事な大切な戦友の卒業をむかえ
今、感じていることは
卒業おめでとう。寂しいよ。でも、私もきっと頑張るから私たちのあの時の楽しい気持ちも嬉しい気持ちも、それから悔しくて辛い気持ちも全部これからの糧にしていきます!

これからのひめちゃんの未来も
ときめきに溢れた素敵で幸せな
ものになりますように!

仲良くしてくれてありがとう!
これからもよろしくね!

(北野日奈子公式ブログ 2017年11月27日「新しいニット」)

 「乃木坂の中元日芽香は私はほんの少しの4年しか知らない」「仲が深まったこの2年間のことしかわかってあげられない」と北野はいう。しかし、ふたりで味わってきた「楽しい気持ちも嬉しい気持ちも、それから悔しくて辛い気持ちも全部これからの糧にして」未来へ進んでいく。前稿[6]などでも振り返ってきたように、休業に入ったばかりのこの頃はまだ体調的には厳しく、心身の状態が思うようにいかないことで、年末年始にかけてはむしろ悪いほうに追い込まれていったような部分もあったのではないかと伺える。それでも未来への決意を綴ったブログだった。ここから卒業まで約4年半、「乃木坂46の中元日芽香」と過ごしてきた以上の時間を、北野は乃木坂46のメンバーとして時間を重ねていくことになる。

 その“4年半”には、単に経過した時間という以上の意味がある。「体調不良を理由として休業してシングルを不参加としたのは中元が初めて」と書いたが223、北野は20thシングルに不参加の形となり、これに続く形となっている224。本稿でも振り返ってきたように、中元は活動に復帰しつつも数ヶ月(シングルでいえば1作)で体調不良を理由にグループを卒業しており、北野は休業から復帰して活動のペースを元通りに戻した最初のメンバーであった、ということができる。北野は「休業をするのもすごく勇気が必要でした。出遅れたらもう選抜に二度と戻れないんじゃないかと思っていたから。ボーダーライン上で必死にしがみついていたのに、そのラインから手を放すことはすごく怖かったです。(『希望の方角』北野日奈子インタビュー)と振り返っているが、そうしたプレッシャーも含めて体調面の問題に打ち勝ったといえると思う。少しひいき目が入っているように思われるかもしれないが、そうした北野の姿や歩みがグループの舵取りに影響を与えた面も大きかったと筆者は感じている225。もしかしたら中元にも、そうした道があったかもしれない。誰しも脳裏をよぎってしまうようなそんな考えにも北野は正面から向き合い、中元との確かな紐帯をもち、ともに積み重ねて手に入れてきたものを内に持つ自分自身がグループで走り続けることによって、その一部を実現しようとしたのだと思う。

 その“4年半”の終わり、卒業日に更新したブログで、北野はこのように綴っている。

最後に、
彼女のブログを読んだので、最後のブログで少しだけ返信を。

彼女が私の心に残してくれた強くて儚い線香花火の灯りが消えないように大事に、いつも私の心には彼女がいました。
居場所が同じところじゃなくなっても、彼女の日常が私の隣じゃなくなっても、当たり前に一緒に頑張っている気持ちでした。
ずっと隣にいて欲しかった、一緒に頑張りたかったと勝手な思いを持ちながら彼女の分も!と走ってきました。
だからこそ、ここまで辿り着けたんだなって思います。
卒業コンサートが終わってから、二人で話したんだけどね。
心のどこかに落としてしまった何かを、形が分からなくて見つけられなかったものを、二人できちんと見つけ自分の中の大切なところに置くことができました。
ありがとう、一緒に過ごした少し苦くて、でも何にも変えられない日々が私を強くしてくれたよ。
私たちずっと頑張ってきたよね、偉かったよ!
ゆっくり温泉旅行にでも行って、思い出話に花を咲かせようね。!

(北野日奈子公式ブログ 2022年4月30日「乃木坂46」、3行目以降の改行は引用者による)

 「いつも私の心には彼女がいました」「当たり前に一緒に頑張っている気持ちでした」という、あまりにもストレートな表現。この間の北野は、中元のことを語り、あるいはステージの上で表現する場面は多かったように思うが、そのような思いをここまでストレートに口にすることはなかった。

 「大変なこともあったでしょう。頑張ったね」と言ってもらうこともありますが、あまり頑張ったような感覚はないのですよね。
 犬にジャーキーを見せたら、喜んで追いかけてくるじゃないですか。あんな感じです。険しい道のりだということにあまり気づかず、ジャーキー欲しさにずっと走り続けてきました。「夢中だった」という表現がしっくりくるような気がします。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.123-124)

 乃木坂46での6年間について、「あまり頑張ったような感覚はない」という中元。そんな彼女に「私たちずっと頑張ってきたよね、偉かったよ!」と、その“頑張り”を表現し、彼女なりの温度感でねぎらうことができるのは、北野だからこそであっただろう、と思う。

 ここからは北野が、その「当たり前に一緒に頑張っている気持ち」で走り続けた日々について、いくつかの切り口から振り返っていくことにする。

 

再び走り出す

 北野は休業期間を経て、「真夏の全国ツアー2018」および21stシングルの期間より本格的に活動を再開する。ツアーでは、その始まりに設定された明治神宮野球場・秩父宮ラグビー場で開催された「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2018年7月6-8日)を含む全公演で「アンダー」が披露され、そのセンターには北野がひとりで立つ形となったことや、「アンダーライブ全国ツアー2018〜北海道シリーズ〜」(2018年10月2-5日)には1年ぶりとなるアンダーライブに参加し、千秋楽公演では次作でアンダーセンターを務めることが発表されたこと、武蔵野の森総合スポーツプラザで開催された「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」では座長を務め上げたことなど、その歩みは前稿までで書いてきた通りである。

 特に秋ごろまでは、まだ体調面での不安も大きく残っていたようで、北野はこの時期に1st写真集『空気の色』の撮影のためにスウェーデンを訪れているが226、「ロケ出発前に成田空港で、『10時間以上のフライトで体調が悪くなって撮影できなくなる気がする、そもそも怖くて飛行機に乗れないかも……』と、焦っていたんです。(『空気の色』北野日奈子インタビュー)という状況であったという。しかし、その撮影を楽しく終えられたことで、気持ちが上向いていったという部分もあったようである。

 このロケに行く前は、「楽しい」とか「嬉しい」のように感情が動くことが少なくなっていました。でも、スウェーデンの風景や圧倒的な大自然を前にして、感情や言葉が溢れてくる感覚を取り戻せた気がしました。自分の世界から思い切って飛び出してみて、「自分にも誰にもこの悩みはどうしようもできない」と思っていたのに、「この悩みには解決方法があるかもしれない」と思うようになりました。

(『空気の色』北野日奈子インタビュー)

 休業発表から丸一年となる2018年11月16日、北野はブログを更新する。タイトルは「31536000」で、これは365日を秒に換算したときの数字である。舞台「じょしらく」の演出を務めた川尻恵太から教わったという「人は過去を変えることはできないけど、過去の持つ意味を変えることができる」という言葉が紹介されたが、これは『空気の色』のインタビューにも見出しとして用いられた。体調に関しては「完治することがないことではありますが」とも言及したが、前向きな気持ちが表れたブログであったように思う。

みなさまこんばんは!
北野日奈子です!

ちょうど1年前
休業することを皆さんに伝えました

いまここで少し振り返ってみると
ちゃんと意味のある毎日だったなと
感じます!

じょしらくでお世話になった演出家の
川尻さんからこの間、
「人は過去を変えることはできないけど、過去の持つ意味を変えることができる」と教えてもらって
私にいま必要なことはたくさんあるけど
その中でもこの言葉の意味は
とても重要であって、今だけじゃなく
今後生きていく未来にかけてずっと必要な事だなって思いました!

(北野日奈子公式ブログ 2018年11月16日「31536000」)

 また、ほぼ同時期の2018年11月20日227には、中元は公式サイトを開設し、心理カウンセラー&メンタルトレーナーとして、カウンセリングサロン「モニカと私」での活動をスタートさせた。また、この間には早稲田大学人間科学部eスクールにも入学しているが、出願に際しては「乃木坂を卒業する前の夏の終わり」に、高校3年生のときの担任とも相談していたという(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.173)。最後のブログでは「私の進みたい方向性は一応プランはあります。(中元日芽香公式ブログ 2017年12月22日)とも綴られていたが、それを実現させた、ということにもなるだろうか。

――2018年4月に早稲田大学人間科学部eスクールに入学されました。早稲田に入ろうと思ったのはなぜですか?

もともと大学に行きたいと思っていましたが、私は器用ではないので、アイドルの仕事との両立は難しいと思い、諦めていました。乃木坂46卒業を機に臨床心理学の勉強がしたいと考えるようになって、最初は心理学部がある大学を探していたのですが、その中で見つけたのが早稲田大学人間科学部の健康福祉科学科でした。ここなら臨床心理学の勉強もできるし、包括的に人間に関する学びができると思い、受験しました。1次選考と2次選考の間に東京ドーム公演もあったので、入学試験のときはちょっと大変でした(笑)。

(早稲田ウィークリー「元乃木坂・中元日芽香、アイドル挫折を乗り越えてたどり着いた大学での学び」[2019年11月26日])

 また「モニカ」は、休業期間中に飼い始めたという愛犬の名前でもある。近年でも「中元日芽香の『な』」228などでたびたび話題にあがる存在であるが、ともに暮らす家族であるとともに、すでに7歳となっており、重ねた時間を客観的に意識させられる部分もあるようだ。

 彼女の休業期間を語る上で、新たに飼い始めた子犬の存在は欠かせない。望日香(もにか)と名付けられたこの子犬が中元復帰の大きな手助けとなったのみならず、彼女の家族との絆をさらに深めた重要な存在となったのだから。

「うん、私は望日香ちゃんにすごく救われたなと思っています。私はいいカッコしたがりなので(笑)、今までは外に出たらずっとスイッチオン状態。で、独り暮らしなのでオフ状態で帰宅しても話す人は特にいないし、テレビっ子じゃないからテレビもあんまり観ないので、誰とも喋らずに過ごしてきたんですけど、望日香ちゃんが来てからは家にいると肩の力が抜けて。良いお話し相手になってくれるし遊んでくれるしで、本当によく喋るようになったし、よく笑うようにもなりました。

 きっと彼女がいなかったら、ずっと独りで家で考え事をしていたと思うので、もしかしたら復帰もちょっと遅くなっていたかもしれない。早く復帰できたのは望日香ちゃんのおかげもあると思いますよ。

 今、私は母や妹とは一緒に住んでいなくて。父は広島にいて、姉も別の場所にいるので、うちは家族がみんなバラバラに住んでるんです。でも、家族LINEに望日香ちゃんの写真をポンと貼ると、みんながワーッと集まってくる。だから、望日香ちゃんがうちの家族をまたひとつにしてくれたというところもあるので、すごく感謝します(笑)。

 もう完全に溺愛状態。親バカ…じゃなくて、姉バカですね(笑)」

(『別冊カドカワ 総力特集 乃木坂46』vol.4[2017年7月3日発売]p.129)

 明けて2019年、北野は23rdシングルで、2列目のポジションで選抜に復帰する229。シングルは5月29日に発売となり、7月にスタートした「真夏の全国ツアー2019」を、北野は福神メンバーとして迎えることになった230。加えてこのツアーのセットリストには、ダンストラックとともに「日常」が加えられて全公演で披露され、披露時の青一色のサイリウムカラーが定着していく端緒となるなど、北野自身の活躍も目立ち、転機となるツアーともなる。“あの夏”から2年、ふたりはそれぞれの場所で確かに歩みを進め、その様子が公に見てとれるようにもなっていた。

 中元はグループ卒業後、乃木坂46やそれを思わせるものからは距離を置いていたとのことだが、初代キャプテン・桜井玲香の卒業公演となったこのツアーの千秋楽を観に訪れていたという。不安はやはりあったというが「まず、直視できている自分に安心(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.185)したといい、変化を続けながら前へ進むグループの現在地や、卒業していく桜井の晴れやかな姿に心を動かされたという。終演後は楽屋挨拶にも訪れて記念撮影をして、現役メンバーや卒業生と懐かしく話をする機会も得られたようだ。

 いつかファンの人たちに「(卒業していく)私を引き止めないでください」と言ったことがありました。決意は固いですよ、もう何を言われても気持ちは変わりませんよ、の意思表示でした。そんな悲しいこと言わなくてもいいのに。わざわざ言いたかったのだと思います。

 時間はかかっていい。乃木坂を心から好きと言える自分になりたい。
 好きだった乃木坂を見て、嫌悪感を抱きたくない。
 自分の過去をちゃんと消化したい。成仏させてあげたい。

 卒業してから一年半が経ち、少しずつそんな気持ちが芽生えました。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.176)

 

君に贈る花

 2020年2月21-24日に開催された「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」は、“全曲披露”で行われた現状最後のバースデーライブとなっており、このとき以来現在に至るまで披露されていない楽曲もある。あるいは前年の「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」以来1年ぶりの披露となる楽曲も多く、サンクエトワールの2曲、「大人への近道」と「君に贈る花がない」もそこに含まれた。

 リリース順の披露の形はとられなかったこのときのバースデーライブにおいて、この2曲はDAY3となる2月23日に披露されている。メンバーはオリジナルメンバーのみで、堀未央奈・寺田蘭世・中田花奈と北野の4人。「大人への近道」は序盤の9曲目での披露で、「君に贈る花がない」は終盤の39曲目での披露であった。「君に贈る花がない」では、メインステージのモニターでサンドアート風の演出がなされ、そこで描かれていた“花”は、ガーベラであったように見えた。

 この日のライブを終えた23時ごろ、北野はぽつりとつぶやくように、755に投稿する。

君に贈る花がない

に弱いです

(2020年2月23日深夜 北野日奈子755)

今でもみなみちゃんと3人でよく会うのに、会えなくなったわけではないのに
どうしても彼女のことを思うと
涙が出てきますね

(2020年2月23日深夜 北野日奈子755)

 「君に贈る花がない」は16thシングルに収録されたもので、このとき堀と北野、そして中元は選抜メンバー、次のシングルでは寺田と中田も選抜入りしていたというタイミングであり、サンクエトワールが発足した当初の「アンダーメンバーによるユニット」というコンセプトはなくなっていたといえる。それでも2曲目があてがわれたことにはいろいろな事情や考えがあったことだろうが、メンバーそれぞれも「2曲目」を熱望していたというのは確かであり、直前の時期のライブであった「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」ではその旨がMCで表明されてもいた。

北野「私はですね……個人的になんですけど、このシングルで、この13枚目のシングルでサンクエトワールというアンダーメンバー5人だけでユニットをつくらせてもらって。それもMVつきでね。物語調になっていて、そのMVが初めて演技をするっていう並の経験だったので、すごい難しかったんですけど、でもすごいね、楽しくて。なんか……ねえ? ちょっと、サンクエトワール……もう1回やりたいなあ、っていう。ねえ! ひめたん!」
中元「サンエトでもう1曲、やりたいなあ〜?」
北野「花奈さんは? 花奈さん!」
中田「えー、じゃあ、みなさんはサンエトのこと、好きですか〜?」
(観客レスポンス)
北野「ねー、蘭世?」
寺田「はい、寺田も激しく同意でございます」

(2016年8月30日「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY3 中盤MC ※堀は不在)

 そうしたなかで制作された「君に贈る花がない」であったが、この頃にはすでに中元は不調の状況が始まっており、レコーディングでは苦しい状況に直面してしまっていたのだという231

 新曲のレコーディングで少し早いテンポ、というか早口の楽曲がありました。音の数に比べて詞がギュッと詰まっている、という表現で合っているかな。
 うまく舌が回らず、「中元、そこ言えてないよ〜」という指摘を受けて。
 いつもなら「ごめんなさ〜い、もう一回やらせてくださ〜い!」となるところなのですが、この時は涙をこらえることができませんでした。
 怒られているわけでも、責められているわけでもないのに。泣くところじゃない、泣くところじゃない。奥歯をグッと噛み締めて、わずかな力で抵抗してみます。
 でもダメでした。静かに泣いてしまいました。レコーディングスタジオのマイクは性能が良いので、スタッフさんに生々しい泣き声を聞かせてしまいました。
 他のメンバーもいたので、みんなが録って帰ってから最後に録り直してもらいました。この時期の私は涙腺がバカになっていて、制御が利きませんでした。意思に反して、少しの衝撃ですぐに涙が出てしまう状態でした。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』 p.87-88)

 シングルは発売され、全国握手会での披露はあったものの、前述の通り「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」に中元は欠席となり、中元を除いた4人での、大きなライブでの初めての披露となった。そして結局この後も、中元はこの楽曲を披露する機会を得ないまま、グループを卒業することになる。「大人への近道」がサンクエトワールにとって青春時代のような記憶であったとするならば、「君に贈る花がない」は少し色彩が異なるように思う。「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」での「ひめたん大好き♥」の記憶とともに、中元の不在が、そこにはずっと横たわっていた。もう伝えることはできない、永遠に伝えてはならない恋愛感情を、“花”にたとえた歌詞。もう手に入れられないものを「その花は僕たちが出会う前に摘まれてた」と描くその歌は、やがていつの間にか、彼女の存在を逆説的に浮かび上がらせるものとなっていく。

 多くのユニット曲と同様に、「君に贈る花がない」もライブでの披露機会が限られる状況が続いていくが、そのなかにあって、「真夏の全国ツアー2018」ひとめぼれスタジアム宮城公演1日目(2018年9月1日)のジコチュープロデュース企画で、鈴木絢音のプロデュースで披露されたことがあった。このときは鈴木と3期生4人(岩本蓮加、阪口珠美、中村麗乃、吉田綾乃クリスティー)による披露であった。

 この次の披露機会が、「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」(2018年12月19-20日)であった。このときアンダーセンターとして座長を務めていた北野は、セットリスト作りにもかかわっていたといい、ここでこの曲が披露されたことにも、彼女の思いが反映されていたものと想像できる。このライブに参加していたオリジナルメンバー3人(北野、寺田蘭世、中田花奈)による披露であり、披露後のMCでは、「ひめたんが卒業したいま、サンエトをね、どんどんこう……伝えていくのって私たち4人しかできないので」とも語られていた。中元との思い出のユニットでもある、「サンクエトワールを伝えていく」こと。それからも北野は、そうした思いをもって活動を続けていくことになる。

「『君に贈る花がない』を披露させていただきました。
 もともと、サンクエトワールというアンダーメンバーのなかで結成されたユニットだったんですが、卒業したひめたんと、未央奈と花奈さんと私と蘭世の5人のユニットでやって、本当に5人ともサンクエトワールをすごく大事にしているし、曲もすごく大事にしているので、今回ここで3人で披露するのってどうなんだろうと思ったんですけど、ひめたんが卒業したいま、サンエトをね、どんどんこう……伝えていくのって私たち4人しかできないので、アンダーライブで披露できて、きっとね、初めて聴いた方とかもいると思うんですけど、すごく3人で感情がわいた、とてもいい……いい感じだったんじゃないかなって。」

(2018年12月20日「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」DAY2 ユニットブロック後MC、北野)

 とはいえ、その思いを形にして披露できる機会は必ずしも多くなく、“全曲披露”の「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」(DAY2、2019年2月22日)232、そして本項冒頭にも書いた「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」と、年1回のペースでの披露となっていく。この次の披露機会も、「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」(2021年3月28日)233と、さらに1年以上が経過したのちのこととなった。

 しかしこの間にも、新型コロナ禍の「自粛期間」であった2020年4月13日には755で「ここにきてまた 君に贈る花がない が心に染みる イントロから素晴らしい」と発信したり、2020年10月11日の「乃木坂の『の』」(#393)では北野自らの選曲としてオンエアしたりと(北野による選曲では恒例のようになっていた、「2番から」のオンエアであった)、北野は折に触れてこの楽曲について言及し続けていた。

 そして2021年の暮れ、ベストアルバム「Time flies」発売に際した企画「#乃木坂ダンスプレイリスト」においても、北野は「君に贈る花がない」を選曲し、オリジナルの衣装を着用して披露した(12月5日公開)。このときすでにサンクエトワールのメンバーは北野を除いて全員グループを離れており234、“サンクエトワール最後の星”ともいわれる状況であった。北野にとっても卒業発表直前といえる時期であり、動画公開に際したコメントでは「皆で涙を流しながら踊った日を思い出します」「これからもずっと大切に歌われていくといいなぁ」とした。同日に公開された「#わたしの乃木坂ベスト」のプレイリストのなかでも北野はこの曲を選曲し、2022年3月24日に開催された卒業コンサートでもセットリストに加えて最後に披露する。ずっと大切にしたかったし、どうしても最後までもっていきたかった曲。北野はそれを確かに実践したといえるだろう。

 

自分のことが好きじゃなかった

 「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」において、「大人への近道」「君に贈る花がない」が披露されたDAY3に続き、最終日となるDAY4(2020年2月24日)では、序盤に「卒業ソングメドレー」のブロックが設けられた。賀喜遥香のソロ歌唱による「強がる蕾」はこのライブのハイライトシーンとして特に記憶されているほか、橋本奈々未の「ないものねだり」を白石麻衣と松村沙友理が、衛藤美彩の「もし君がいなければ」を伊藤純奈と久保史緒里が歌唱するというエモーショナルな人選も歓声を呼んだ。そしてもう1曲、中元日芽香の「自分のこと」は、北野日奈子と寺田蘭世によって披露されている。髪をハーフツインに結んで歌唱に臨んだふたりの姿を235、客席はペンライトをピンク一色にして見守った。

 収録されたアンダーアルバム「僕だけの君〜Under Super Best〜」は当初の予定よりしばらく遅れた2018年1月10日に発売されており236、こうした経緯もあって中元の“卒業ソロ曲”として制作されたものだが237、卒業後のリリースであり238、かつMVも制作されていなかったため、中元による音源以外の歌唱は一切世に出ることはなかった。しかし(だからこそ、ともいえるだろうか)、「自分のこと」は、中元への思い入れが強いメンバーによって歌唱される機会が複数あり、結果として“卒業ソロ曲”のなかでも多くの場面で披露された楽曲となっている。

 最初の披露機会は「真夏の全国ツアー2018」大阪・ヤンマースタジアム長居公演2日目(2018年8月5日)であり、井上小百合のジコチュープロデュース企画として、彼女によってソロ歌唱されている。着用されたピンク色のドレス風の衣装239も中元のたたずまいを思い起こさせるようなものであった240。井上は中元からMCを引きついだ「らじらー!サンデー」(2018年8月12日)において、「この曲(「自分のこと」)は、ひめたんが卒業した後に出た曲だったので、この機会に表に出してあげたいなって」「彼女の分も頑張ってねってよく言われるんですけど、今の彼女も頑張ってる。私が頑張るのは何か違うなって。一緒にいた時間に感謝して私も頑張りたい241と語った。

 「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」での披露があったのちも、奇しくもその日に乃木坂46のメンバーとして初めてステージに立った林瑠奈242が、2020年12月6日に無観客・配信ライブの形で行われた「4期生ライブ2020」において、「自分のこと」を披露している。16人の4期生が1曲ずつに参加したユニットコーナーにおいて、林は唯一ソロ曲を歌唱した形であったが、これは「ソロ曲を歌う」ことが先に決定し、その後で林自身が「自分のこと」を選曲した、という順序であったという。

ユニットコーナーで、わたしはソロで歌わせていただきました。
「自分のこと」
何度も何度も、再び歩き出す活力をいただいた大切な曲。
ソロをやらさせていただくことをお聞きしたとき、真っ先にこの曲を選曲しました。
緊張と、身体が抱えることのできないくらいの思いが交差して交差して、歌っていたあの瞬間の記憶がありません。

感情のスクランブル交差点です。
たぶん色んなことを考えて、思い出して泣いてしまいそうになっていました。

嘘です、汗ですよ。
でもコールアンドレスポンスのコーナーになって、みんなが良かったよと沢山励ましてくれたのは覚えています。

ライブが終わった後、中元日芽香さんが4期生ライブを見てくださっていたことをお聞きしました。
メッセージもいただきました。
もっともっと頑張ろうと思えました。

サイリウムカラー。
ピンク×ピンクにさせていただいていることの重み。

全神経で感じているこの大切な重みを、これからも背負わせていただきたい。
中元さんの大切にされている曲を、色を
自分なりの力で大切にパフォーマンスさせていただきました。
本当にありがとうございました。

(新4期生公式ブログ 2020年12月10日「自分のことが好きじゃなかった  林瑠奈」)

 林のグループ在籍期間は中元とまったく重なっていないし、加入後に面識が生まれていたということもなさそうでもある。サイリウムカラーをピンク×ピンクとしたことについては、きっかけの部分に中元の存在があったという語られ方はされていないように思うが(参考:新4期生公式ブログ 2020年10月1日「お疲れさまです!サイリウムカラーが決まった林瑠奈です。」)、もともとかなりの乃木坂ファンであったという林であるから、その意味や重みもずっと理解していたことだろう。中元がライブを見ていたということも、林にメッセージを送ったということも、乃木坂46という大きな河がずっと流れ続けていることを感じるエピソードである。さらに林は、2年近くが経過したのちの「30thSGアンダーライブ」大阪・オリックス劇場公演2日目(2022年10月4日)でも「自分のこと」を披露している。過去の名曲を演じるというコンセプトの「PLAYBACK FACTORY」コーナーでの披露であり、「この2年の成長を見てもらいたい」と考えて選曲したという243

 ピンク×ピンクのサイリウムは、ある意味「ひめたん」のイメージ通りでもあり、覚えやすくもあり、1色であるから揃いやすくもある。中元にとって最後のライブとなった東京ドーム公演の際の風景も鮮明に記憶されているが、それ以前もそれ以降も、中元の存在を感じさせる場面、具体的にいえば「君は僕と会わない方がよかったのかな」と「自分のこと」の披露時には、客席がピンク色一色に染められてきた。

 「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」の際にも北野はその風景に直面し、感情を強く揺さぶられたようである。最後まで歌いきってはいたが、時折感情がこみ上げてくるような様子も見受けられた。

「自分のこと」
たくさん練習して
本番直前の練習では
蘭世と目を合わせてニコニコしながら歌って
今までで1番いいって褒められたのに
やっぱりピンク色のサイリウムが目の前に広がると泣いてしまいますね

ステージにでる直前に涙を拭いて
笑顔でやろうと思ってたけど
自分の喉がギュッと締まってるのを感じて
泣くの我慢してるんだと気づくと
また少し過去に引きづらてしまうというか。。

彼女の歌であり
私のことを歌っているようで
それが私と彼女とで重なる部分が多すぎて
また思いが溢れてしまいます

別に何も後に引くような後悔はないのに
どうしてもどうしてもってあの頃の思いに
引きづられてしまうのが
自分が思ってるより自分は弱くて泣き虫なんだって今の自分の大きさに気づきます。

(北野日奈子公式ブログ 2020年2月27日「Confront」)

 グループ在籍時の中元とともに走り続けた思い出、彼女がこの楽曲に込めて歌ったもの。そうした「中元のことを歌う」という側面ばかりではなく、「彼女の歌であり 私のことを歌っているようで それが私と彼女とで重なる部分が多すぎて また思いが溢れてしまいます」とも北野は綴った。体調不良で動けなくなった日々があり、立ち止まって休んだ時間があって、改めて立ち上がって歩き続け、たどり着いたこの日。そんな日々も含めて「過去の全ては ここまで続く一本道」だとするならば、それは希望の温もりでもあり、運命の冷たさでもあっただろう。

 今、自分のことは好きですか?
「好きです。自分のことを嫌いだったことはないです。自分を生んだ親のことや、励ましてくれる周りの人たちがいるんだから、自分で自分のことを嫌いになるのは違うかなと思っていて。でも、休業中(※’17年から’18年にかけて体調不良で一時活動休止)は自分のことが嫌いでしたね……。どうして自分だけこうなんだとか、そういう自分がイヤだとかって、自分を追い詰めてしまっていて。その後、乃木坂に戻った時、メンバーのみんなが優しくしてくれたんですけど、自分のことを嫌いになっていたから、そんなすぐには自分を好きになれなくて……」。

(『B.L.T.』2019年11月号 p.32、北野)

 この日を境に、北野は中元のことにたびたび触れるようになった、という印象がある。先に引いた、「君に贈る花がない」について755で触れていた日は、中元の誕生日である。直後には、誕生日を祝う連絡をしたと思しき内容の発信もなされていた。

みなみちゃんと一緒にメールをしました
とってもだいすきで尊敬している先輩ですどうしてこんなにも乃木坂というグループは素晴らしいのでしょう
先輩も後輩も同期も卒業生もみんなみんなだいすき

(2020年4月13日夜 北野日奈子755)

 2020年6月29日の「乃木坂46・久保史緒里の乃木坂上り坂」や、2020年7月15日の渡辺みり愛との「猫舌SHOWROOM」では、それぞれふたりでカメラに向かって「びーむ」を披露する場面もあった。この時期は、引き続き乃木坂46で活動を続ける北野のなかに、「乃木坂46・中元日芽香」の存在が確かにずっと息づいているんだな、と感じることが多かった時期だったかもしれない。

 こうして歌い継がれてきた日々を経て、制作からすでに3年以上が経過していたころだろうか244、中元もこの曲を改めて振り返ることができるようになったのだという。

 卒業前最後のアンダーアルバムカップリング曲として与えていただいたソロ曲「自分のこと」がようやく聴けるようになりました。疲弊しきっている中でレコーディングした曲で、完成当時は痛々しくて聞けませんでした。歌っている張本人が聴けないような曲をリリースして、皆さんに「聴いてね!」だなんておこがましいことをしたわけですが、ようやくこの曲と対峙できました。

 まあ笑っちゃうくらいに声は出てないし、声がひっくり返りそうだし、滑舌悪いし。人生で一番歌が上手だった中学二年生の私が聴いたら呆れるでしょう。
 必死で歌っていました。今カラオケに行っても同じ歌声を再現するのはできないな。あえてエフェクトを入れたりせず、歌声を大切に編曲してくださったのでしょうか。
 かつての“ひめたん”を装いきれなくなった、中元日芽香の姿が目に浮かびました。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.192-193)

 同書では、「その詞は、いろいろな方に当てはまるようで、『今の自分にすごく刺さるんです』と言われることがあります。当時の私の心境を思い出して、目の前の相手にに寄り添うことができます。」と、その歌詞についてはやや客観的に綴られている。あくまで筆者個人の感想を述べるなら、初めて聴いたときは「ずいぶんメンバーの内心(らしきもの)を描くんだな」と感じた覚えがある。グループにとって“卒業ソロ曲”は、深川麻衣の「強がる蕾」と橋本奈々未の「ないものねだり」に続く3曲目。その後書かれてきた10曲の詞245を順繰りに思い出していくと、「“卒業ソロ曲”とはそういうものだ」のような印象になってくるし、むしろメンバーを描き出す解像感の高さに驚いたりもするが(並の作詞家であれば、もっと全部が同じような歌詞になりそうなものだ)、当時はそこまでには思っていなかった気がする。

 しかし、他者が描くからこそ描かれるものがあるし、それは歌詞が“正解”のようなものから自由になり、物語としての解釈を許すことにもつながる。「いろいろな方に当てはまる」というのも、そうした面があってだろう。中元に心を寄せてきた者たちによって、中元の姿を思い出すためにと聴かれ、伝えるためにと歌い継がれてきたその曲は、しかし聴いた者に、歌った者に、どこかしらで“当てはまって”いく。そして現在の中元自身も、一本道に続く時間を歩き続けてきた先で、他者が描いたからこそ閉じ込められた過去の“自分のこと”を、楽曲を通して慈しむことにもつながったのではないだろうか。「ありがとう、わたし」、と。

 

「君は僕と会わない方がよかったのかな」

 2017年11月7-8日の2日間、東京ドームをピンク色に染めた「君は僕と会わない方がよかったのかな」。前述したように、それは歴代のアンダーライブ経験メンバーを加えたアンダーブロックに位置づけられ、このブロックに登場した全メンバーによって演じられた246。全員で回転するセンターステージに座って歌唱したのも、どこか思い出を笑顔で振り返っているように見えるエモーショナルな演出であったし、その目線の先に広がっていたのは夕暮れの色ではなく、中元のサイリウムカラーであったということになる。

 東京ドームに立つことができたこと、東京ドームでこの曲を演じることができたこと、そしてそこに多くのメンバーが参加していたことは、どれも中元にとって、グループ時代を締めくくる温かい思い出になっているようである。

——ドームで乃木坂の歴史としてアンダーがしっかり刻まれたのがよかったですよね。
中元 うれしいですよね。スタッフさんの強い気持ちで、今までのアンダーライブメンバー勢ぞろいでやることになったんです。自分がメンバーじゃない曲の振り付けを覚えるのは大変だったと思うけど、心よくやってくれて。なかでも、みさ先輩(衛藤美彩)は「『君僕』がすごい好きで、カラオケでよく歌うんだよね。ステージで歌えるのがうれしい」と言ってくれて、私もうれしくなりました。
——中元さん自身も『君僕』は好きなんですよね。
中元 好きですよぉ(笑顔)。エヘヘ。歌い継いでほしいけど、これから『君僕』はどうなるんだろう。親心みたいな感覚がありますね。
——センター曲は我が子のようだと。
中元 はい。愛しいですね。
——『君僕』に衛藤さんもそうだし、(齋藤)飛鳥さんも、(伊藤)万理華さんもいるのがグッときました。
中元 みさ先輩と飛鳥と万理華、(井上)さゆにゃんと一緒にライブをやってる時代もあって、今のアンダーメンバーとの思い出もたくさんあるので、ステージ上の誰を見ても当時の記憶が甦ってきました。……(後略)

(『Top Yell』2018年1月号 p.17)

「君は僕と会わない方がよかったのかな」を歌いました。11thアンダー曲。私が初めてセンターを務めた曲です。
 ひめたんのサイリウムをカラーであるピンク色が、ドーム一面に広がっていました。
 私のことをさほど知らない方も、空気を読んでそうしてくれたのはわかっています。それでも。

 少し自惚れていいのかな。
 ひめたんは、愛されていたのだな、と思いました。……(中略)……

 東京ドームでの一面のピンク。
 あれはひめたんの、中元日芽香の存在を肯定してくれているものだったと受け取っても良いのでしょうか。今まで見たライブの景色の中で一番綺麗でした。六年間の努力が報われた瞬間でした。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』 p.110-111)

 ライブとしてはこのときが最後になったが、ドキュメンタリー「最後のあいさつ / Her Last Bow」のなかでも用いられ、ここでもピンク色のサイリウムに染まった客席に向けて、無人の会場247でひとりで歌うという形で中元が歌唱する姿が作品におさめられている。ピンクの豪華なドレスに、髪型はツインテール。音声は全編CD音源であったが、“ひめたんが歌う姿”が収められた、本当に最後の作品となった。

 グループを離れる中元が「歌い継いでほしいけど、これから『君僕』はどうなるんだろう。親心みたいな感覚がありますね」と気にかけていた、「君は僕と会わない方がよかったのかな」のその後だが、どうしても披露機会が限られていくなか、引き続き中元のイメージが強烈に残り、少なくともしばらくの間は、「北野が背負っていた」のような印象はあまりない。直後の披露機会は1年以上後の「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」(2018年12月19-20日)で、北野の思いもふまえた選曲であるとも推測されるが、ユニットコーナー内での披露であり、センターといえるポジションに立っていたのは中田花奈であった。

 「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY4(2019年2月24日)での披露の際には久保史緒里が涙を流しながらセンターに立ち、北野はオリジナルの3列目のポジションでパフォーマンス。アンダー曲全曲披露のセットリストであった「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」(2019年10月10-11日)に北野は不在で、このときはメンバーが横一列に立って歌唱する形で、アコースティックアレンジで届けられた。「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY3(2020年2月23日)では、「君に贈る花がない」の直前に披露されたこともあってか、北野は参加していなかった248。なお、これらすべての機会において、客席のサイリウムはピンク色とされる形が定着している。

 しかし、2020年の春ごろ以降、北野が中元について言及する場面が増えていった時期を経て、「アンダーライブ2020」(2020年12月18-20日)の2日目と3日目では249、北野がセンターに立つ形で披露されている。このときもアンダー曲全曲披露のセットリストであり、26thアンダーメンバーの顔ぶれを考えると北野がセンターを務めるのはいくぶん自然でもあったが250、いずれにせよこれは初めての出来事であった。3日目の公演では、北野は髪型をハーフツインにしてもいた。

 この次にライブで披露された機会が、またしても1年以上が経過したのちの、「北野日奈子卒業コンサート」(2022年3月24日)であったということになる。前稿[8]でも公演全体をふまえて振り返ったところであるが、アンコールで登場して感謝のスピーチをし、“卒業ソロ曲”である「忘れないといいな」を披露したのちに、参加メンバー全員と披露するという形で選曲されたのが「君は僕と会わない方がよかったのかな」だった。

 中元の卒業から4年以上の時を経て、彼女の卒業コンサートが行われていたら、絶対にそのクライマックスにおいて演じられていたであろうその曲を、「当たり前に一緒に頑張っている気持ち」でずっといた北野が、アンコールの2曲目、ラストの「乃木坂の詩」の前という位置で披露したのである。この日も北野は髪をハーフツインに結んでいた。ライブ本編では、中元とともに傷だらけで立った九州でのアンダーライブを再現し、当時のアレンジで「僕だけの光」を演じてもみせた。そして、どこまでも愛情にあふれ、執念さえにじみ出るようなそのセットリストを、北野は涙をほぼ見せることなく笑顔で演じ切った。

 普段はグループのことに言及することはない中元も、直後にブログでメッセージを送るに至っている。

数年越しの回収。
鮮やかで、眩しくて、ちょっとジェラシーもありつつ、何より愛に溢れていました。

これはあくまで妄想ですよ。
ひとりごとですけれども。

私が忘れ物したまま途中下車した分もしっかり回収して、彼女が終着駅まで持っていってくれたような気がしました。
退いてからも心の片隅で引っかかるものがあって、何だろうと思っていましたがきっと未練だったのでしょうね。でもやっと自然に手放せた気がします。

最大限のリスペクトを込めて。
本当にお疲れ様でした。

(中元日芽香公式ブログ 2022年3月26日「決めた、前を向く春にする!」)

 中元が残していたもの、自分でも見失うくらい奥底にずっと引っかかっていた未練を、北野は最後にほどいたのである。選抜発表を受けて泣き崩れる姿を見たときも、グループをまさに離れようとしていたときも、あるいは「自分のこと」を歌唱したときも。何度も「彼女の姿は私の姿だ」と感じながら、それからも走り続けてきた北野の姿。それを今度は中元が自分に重ねて、本当の“卒業”の日を迎えられた。そんなふうに思える。

「私の大切な友達が、『乃木坂46にずっと片思いをしていた』と言っていたことがありました。その言葉を借りて、私も言いたいことがあります。好きな気持ちが募るばかりで、大好きで、大好きで、大切で仕方なくて。自分はどうしたらそんな大好きなものの一部になれるか、ずっと考えて、考えて、考えて、過ごしていました。
 思いが募るばかりで、その思いが届かなくて、希望に敗れて、大好きな気持ちが分からなくなってしまう日もありましたが、こうやって最後の時まで、どうしたってすごく大好きなんだなと、このグループのことが本当に大切で、大好きでたまらないんだなと思います。」

(2022年3月24日「北野日奈子卒業コンサート」北野アンコールスピーチ)

 いつからだろうか、キャリアの後半期の北野は、乃木坂46への愛情を日に日に強く表現するようになっていった。それはきっと、中元がうまく伝えそびれたぶんも含めた、ふたり分の愛だったのだ、と思った。

 

“最終地点”の先へ

 本稿冒頭ではあえて触れなかったことなのだが、中元と北野には、もうひとつ共通点といえる部分があった。それは、グループ在籍中に「アイドルが自分にとっての芸能界のゴール地点である」という趣旨の発言をしていた、ということだ。グループのなかでの目標を語ることはもちろん頻繁にあったし、「こんなことをやってみたい」「地元での仕事をしたい」「個人仕事に呼ばれたい」という語りはあったが、芸能界での“その先”を追求するようなことは口にしていなかった。

 中元は、「ツインテール卒業」以降の時期から特に、こうした発言が端々にみられるようになった印象がある。インタビューでもいくつか目にしたし、「らじらー!サンデー」のなかでも同趣旨の発言をしていた記憶がある(オリエンタルラジオ・藤森慎吾に、少し気を使ったような返答をされていたような気もする)。

 モデル、お芝居、バラエティ、メンバーそれぞれやりたいことがはっきりしているし、将来進みたい道も見えていると思うんですけど、私にはそういうものがないんですね。歌もダンスも自信がないし。強いて言えばラジオかな。もともとラジオが大好きだったから、それをお仕事でできるのはすごく幸せ。グラビアで写真を撮られるのも好きなんですけど、それは乃木坂46にいるからかなとも思ってしまう。
 結局私、アイドルが一番好きなんですよね。乃木坂46は私にとって通過点ではないんです。

(『日経エンタテインメント! アイドルSpecial2017』[2016年12月31日発売]p.43)

 北野は、加入当初は「将来の夢は女優」251という趣旨の発言も時折みられたが、いつしかそうしたトーンは弱められ、グループのなかでの目標や果たしたい役割についての語りに置き換わっていった。比較的近年ではグループを卒業したあとの未来のことを語るのは、動物愛護の文脈くらいであっただろうか252。すでに卒業を決めていたという時期に、「ここがこの世界の最終地点」と明言していたこともあった。

「私、“期待”っていう言葉があまり好きじゃないんですね。期待って、待つっていうことだからどこか他人任せなところがある。だから私は、期待するならむしろ、希望したい」
 望む、ということは自分がすること。能動的ですもんね。
「納得するまで自分に望んで、頑張って欲しい。希望を忘れないで欲しい。そういう風に今のアンダーメンバーに伝えたつもりだし、これからもいろんな場所で、タイミングで伝えていきたい。今の乃木坂46には卒業した後に女優だったりモデルだったり、別の活動を始めるメンバーもいます。でも私はアイドルになりたくて乃木坂46のオーディションを受けました。私にとって、ここがこの世界の最終地点なんです。その割には、他のメンバーより遠回りしている気がするんですけどね(笑)」

(『アップトゥボーイ』2021年9月号 p.43)

 しかしもちろん、乃木坂46を卒業したあとにも人生は続く。「一応プランはあります(中元日芽香公式ブログ 2017年12月22日)としていた中元と、「ノープランで卒業したんですよね(笑)253とも語る北野は対照的でもあるが、結果的にふたりとも、われわれにもある程度その姿が見えるような形で、“最終地点”の先を歩いている、という点では共通である。北野はモデルの仕事に演技の仕事、SNSでの発信やファンイベントなど、タレント業をマルチに展開しているし、中元は心理カウンセラーというセカンドキャリアを選びつつも、著書発売のタイミング以降は時折メディアで姿を見られるようになり、そのなかで『an・an』などでは、心身の健康について考えて発信する活動も行っている。あるいは文化放送・Podcast QRで配信されているラジオ番組「中元日芽香の『な』」は、グループ時代の延長線上にある活動であるといえるだろう。

 いつか旅立つことが宿命とされる、グループアイドルという場所。先にも引いたように、中元は「『夢中だった』という表現がしっくりくるような気がします(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.124)というし、北野も「頭には乃木坂46のことしかありませんでした」と語る。

 美彩先輩の話を聞いて、自分の未来を見据えた時に、ここだっていうタイミングが見えるから人はアイドルを卒業するんだろうなって思いました。でも、私は違う。私は選抜を目指して、日々の活動を頑張ることを最優先していました。頭には乃木坂46のことしかありませんでした。
 (中田)花奈さんが卒業する時も、「アイドルとしてやれることはすべてやったし、もう何も思い残すことはないよ」と話してくれました。それでも私はまだ「私は違う」と思っていました。乃木坂46のことが大好きだからなんでしょうね。ここにいれば楽しいですから。

(『BUBKA』2022年3月号 p.18)

 永遠ではないなら、目の前の活動に一生懸命取り組むこととは別に、“その先”をたえずイメージしておいたほうが合理的ではあるだろう。グループのなかでの役割やポジションに悩み苦しんだ時期のことを考えると、そうしなかったこと(ファンに対しては、少なくともそのように語らなかったこと)がふたりを追い込んでいた面もあったかもしれない。それでも、思い出の範疇をこえて、いまも「乃木坂46」が、新たな道を歩む彼女たちのなかで生きていることは喜ばしいことだと思うし、苦しい時期にも心を寄せてきたファンとしては、救われる部分もある。

乃木坂46の北野日奈子です

私はこの先もずっと続いて行くであろうこの道とは違う、新しい道へ進むことに決めました。

優しくて温かいこの場所を離れることを決めたのは去年の今頃です。

いつかはこの場所から旅立つ準備をしなくてはならない。乃木坂46が大好きだから、みんなが大切で大好きな気持ちだけが私がここにいた大きな理由でした。
好きなままの昔も今もここを去る理由なんてどこにもありませんでした。
私の『いつか』はいつ来るのだろうと卒業をしていったメンバーを送りながら、頭の中にあるはずの『いつか』をいつも探していました。

自分の靴の紐を何度も結び直し冷静になっては涙で前が見えなくなったり、普段通りが普通が分からなくなり朝が来るのが怖い時もあったけれど、
どんな私でも受け止めてくれた大好きなみんながいるこの場所。
そんな自分にとって特別な場所から、自分の意思で去ることを決めました。

私は乃木坂46を卒業します。

 

(北野日奈子公式ブログ 2022年1月31日「希望の方角」)

 そこは「いつか旅立つ場所」で、グループで過ごす日々は、あるときからその「いつか」を探す旅路になる。何十人もの卒業を見届けてきたいま、そうした世界観から抜け出すことはもはやできない。しかしもうひとつ、実感として得られたのは、卒業した先の彼女らも、当然ながら引き続き彼女らひとりひとりの人生を生きていて、一本道の轍の先を進んでいくということだ。懐かしいあの頃と同じように、あの子が笑顔で過ごしてくれることを変わらず願うならば、そう願う自分はあの子と同じ世界に存在する。それはきっと、ずっと変わらない。

 

「来世でもみんなで乃木坂46をやろうね!」

 最終活動日となった2022年4月30日。総計5万8000人が見届けたという最後のSHOWROOMに先立ち、北野は最後のブログを更新する。タイトルは「乃木坂46」。卒業コンサートのアンコール、本当の“最後の1曲”として「乃木坂の詩」を選曲したことも思い出させる254、あまりにもまっすぐなタイトルであった。

 グループで過ごした最終盤の日々を「乃木坂終活」と表現し、「一生懸命、色々な出来事にバイバイして笑顔で終わる事ができること幸せ者だと思います。」「こんな最後を迎えられるとは思ってもいませんでした。やり残したことや欲しかったもの、この先も後ろ髪を引かれる思いを残しながら、この場所とお別れするのだと思っていました。」とまとめた上で、かかわりをもってきたすべての人に対する感謝の言葉が綴られる。卒業コンサートのステージでひとりで記念撮影をしたと思しき写真が差し挟まれ、そこにいた彼女は「アンダー」の衣装を身にまとっていた。

 そして「自分の思いを書けたらと思います」として、メッセージが綴られていく。まず最初に2期生、そして1期生、3期生、4期生、5期生と続けられ、スタッフ、ファン、チップを含む家族へのメッセージが連ねられた。そして「最後に」と記されたのが、先にも引いた、「彼女」への「返信」であった。

最後に、
彼女のブログを読んだので、最後のブログで少しだけ返信を。

彼女が私の心に残してくれた強くて儚い線香花火の灯りが消えないように大事に、いつも私の心には彼女がいました。
居場所が同じところじゃなくなっても、彼女の日常が私の隣じゃなくなっても、当たり前に一緒に頑張っている気持ちでした。
ずっと隣にいて欲しかった、一緒に頑張りたかったと勝手な思いを持ちながら彼女の分も!と走ってきました。
だからこそ、ここまで辿り着けたんだなって思います。
卒業コンサートが終わってから、二人で話したんだけどね。
心のどこかに落としてしまった何かを、形が分からなくて見つけられなかったものを、二人できちんと見つけ自分の中の大切なところに置くことができました。
ありがとう、一緒に過ごした少し苦くて、でも何にも変えられない日々が私を強くしてくれたよ。
私たちずっと頑張ってきたよね、偉かったよ!
ゆっくり温泉旅行にでも行って、思い出話に花を咲かせようね。!

(北野日奈子公式ブログ 2022年4月30日「乃木坂46」、3行目以降の改行は引用者による)

 「当たり前に一緒に頑張っている気持ち」で、「彼女の分も!と走ってきました」。そして、「だからこそ、ここまで辿り着けたんだなと思います」。最後のひとりに贈られたメッセージは、確実に彼女の“乃木坂人生”の完結編であった。

 そして最後のあいさつで、ブログは締められる。「来世でもみんなで乃木坂46をやろうね!」。あなたこそが乃木坂46だと思わせる、最後の一文であった。

乃木坂になって、乃木坂を知り
もっともっと頑張りたいと思った。
焦る気持ちと、ついていこうとする自分から
心だけが離れてしまった時に、もう諦めようとしたけれど、みんながいたから戻ってこられました。

東京も乃木坂も知らない私が走り出したあの日から、いくつもの眩しい経験をさせてもらい、快速列車とはいかなかったけれど9年間かけて、各駅停車でしか味わえない景色を見ることができました。

辿り着けた乃木坂という場所。
こんな景色とこんな気持ちが待っていてくれたんだ。魂を燃やした9年間でした。感謝が溢れ、心が幸せな気持ちで満ちています。

9年間本当にありがとうございました
これからもよろしくね!

ありがとう乃木坂46。
ありがとうメンバーのみんな!

来世もみんなで乃木坂46をやろうね!

 

(北野日奈子公式ブログ 2022年4月30日「乃木坂46」)

 これ以上を語るのは野暮だと思うが、もう少し付け加えたい。「来世」という言葉選びで、たまたま思い出したインタビューがあった。5年半ほど前の中元のインタビューである。たまたまリアルタイムで手に取っていた筆者は、まだ彼女のことを「ひめたんびーむの子」くらいに認識していたはずで、だからこそ記憶の片隅で印象に残っていた。

——二十歳になって変化したことってあります?
中元 支払いが増えました(笑)。
——ハハハ! 税金や年金ですね。
中元 そうそう(笑)。あと、番組とかの表記で「中元日芽香(20)」っていうのを見ると、あらためてちょっとビビリますね。青春が終わったんだな……って。でも、良いこともたくさんあって。年齢での縛りから解放されて、仕事の幅が広がったら良いなとも思いますし、それにスタッフさんやメンバーやファンの方々にたくさんお祝いしてもらって、この道を選んで良かったなってあらためて実感しました。
——ということは、生まれ変わったとしても乃木坂46に……。
中元 いや、来世ではもうこの業界には戻ってきません(笑)。今世だけで十分!
——「ひめたん」は今世限定のものですか(笑)。
中元 もちろん乃木坂46に入って充実した人生にはなりましたし、後悔はしていないですよ。でも、メンバーのブログを見ていると「高校時代の友達とご飯に行きました」とか書いているコがいて、今でも青春時代の友達を大事にしているんです。私は15歳からこの活動をしていて、「クラスメイトとは一線を置いた方がいいのではないか?」みたいな考えを持っていたので、そういう友達がいないんですよ。だから、いまになってみると「学校生活にもっと積極的に参加しても良かったかな」って思ったりもします。
——青春のすべてを乃木坂46に捧げたからこその、寂しさや葛藤もあるということですね。
中元 たとえば「学生時代の1番の思い出は何ですか?」って聞かれた時に、私はパッと出てこないんですよ。それがちょっと悔しいし、そういう感覚も大事だったんだろうなって、いまになって思いますね。みんなが当たり前に見てきた景色を、私は自ら遠ざけて生きてきたので……。
——学校生活を100%満喫しながらアイドル活動も全力でやることは難しいことだと思いますから、仕方ないことかもしれませんね。
中元 「ああ、もっと学校も楽しんでおけば良かったな」みたいに思う時もあるので、来世になってまで……とは正直思っちゃいます(笑)。
——でも、自分の選んだ人生に忠実に、一途に生きてきた中元さんにしか見えない景色や味わえない感動もあったはずです。それこそ文化祭や修学旅行では絶対に経験できないことも経験されたと思いますし。
中元 そうですね。それは間違いないと思いますし、貴重な経験をさせてもらっていることに感謝して、これからも頑張っていきたいです!

(『BUBKA』2016年12月号 p.33)

 「ひめたん」として生きるのは「今世だけで十分!」。中元自身も少し茶化して語っていたような言葉であるし、「アイドルって大変なんだなあ」と、そんなふうにちょっと笑って読み終えるくらいのものだったかもしれない。しかしその後の日々を考えると、中元のその思いはあまり変わらなかっただろうとも思う。

 でも北野は「来世でもみんなで乃木坂46をやる」のだ。北野より先に卒業したメンバーにも、あとに卒業したメンバーにも、ひとりひとり声をかけて。そしてそのときがきたら、北野はきっと中元の手も引いてそこに連れて行ってくれる。北野は彼女のことがわかっているから、しばし考えて、中元に声をかけるのは、また最後になるかもしれない。でも、必ず彼女を連れていく。そして中元もきっと、仕方ないなあ、なんて言いながら走っていくはずだ。

──さて、北野さんは乃木坂46で約9年間活動してきました。今までの道のりを振り返ってみて、感想は?

北野 乃木坂46に入る以前は人間関係で悩んだり、決して順風満帆な学生生活は送っていなくて。「こんな世の中、嫌だな」と思っていた14、15歳くらいのときに乃木坂46と出会ったんです。そして乃木坂46に入ったことで自分の生きる世界線を変えることができて、たくさんの大事な人と出会えました。私の人格はこの9年間で出来上がったと思うし、きっと今後もこの人格で生きていくだろうから、ここまで育ててもらえて本当にありがたいなと思います。逆にもしここに来なければ苦しむことも減っていたかもしれないけれど、それを経験したことで私の中で誰かを思いやる気持ちも育まれたと思うので。だから、ちょっと気が早いですけど、来世もここで皆さんと出会いたいなって思っています(笑)。

(ENTAME next「乃木坂46 北野日奈子、グループへの想いと後輩に託すメッセージ『来世もここで皆さんと出会いたい』」[2022年2月8日])

 あるいは、北野はわれわれにも「来世もここで皆さんと出会いたい」と言ってくれている。またここで「ひめたん」と出会ったときは、きっとあの曲を聴けたらと思う。「最後のあいさつ」として中元ひとりで演じたあの曲を、ハーフツインに髪を結んだ北野が最後にステージに連れて行ったあの曲を。

 そのときは、ピンク色のサイリウムを振って伝えたい。「あなたに会えてよかった」と。

 

——ご自身も話されましたが、北野さんは選抜とアンダーを行き来する目まぐるしいアイドル人生だったと思います。もう一度乃木坂46に戻ったら、どういうアイドル人生を歩みたいですか?
 たぶん、いちばん選抜とアンダーを行ったり来たりしたんじゃないかな。でもいま考えると火付け役だったんじゃないかと思うんです。けっこう怒られたりすることも多かったんですけど、あとから聞いたら「怒っても泣いたりへこたれたり、いなくなったりしないから」って(笑)。それでも諦めなかったのは乃木坂が好きだからです。卒業コンサートが終わって、「ありがとう」って泣いてくれたメンバーもいたり、今野さんから「お前こそが乃木坂だ」って言ってもらえて、本当にここまで1ミリも手を抜かずに活動してきてよかったなと思いました。なので、たぶんもう1回戻っても同じアイドル人生を歩むんだろうな。そしてひめたん(中元日芽香)と泣きながら過ごして、ひめたんのぶんの思いも背負いながら卒業すると思います。

(『FLASHスペシャルグラビアBEST』2022年初秋号[2022年8月29日発売]p.24)

 


 

 思った以上に長大な記事となってしまった。北野に関してはこれをもって卒業までを書き切ったことになるが、卒業後の活動や出来事についてもいくらか書いておきたいと考えており、それは次回に続く、という形とさせていただく。中元のことをここまで書くことになるとは当初は予想しておらず、改めて情報収集した部分も多かったためやや苦しんだが、彼女についても自分なりに書き切ったという思いで終えることができた。

 例によって引用も多く、特に『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』については、グループに語られた部分を中心に、しつこいくらい繰り返し引いてくる形となってしまった。グループでの経緯や思いが綴られる部分もある程度の部分を占めるが、全体としては心理カウンセラーとしての思いや考え方などについて綴られた本でもあるので、未読の方はぜひ手に取って、通して読んでいただければと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

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https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-9/feed/ 0
その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)[8] https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-8/ https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-8/#respond Mon, 26 Jun 2023 13:02:18 +0000 https://meaning-of-goodbye.com/?p=1028 [タイトル写真:千葉県木更津市・金田さざなみ公園付近(筆者撮影)]

[8]「乃木坂46 北野日奈子 卒業コンサート」

 本稿では、北野日奈子の卒業コンサートについて、その前後の経緯を含めて振り返っていく。何よりも北野自身の思いを込めてつくられた卒業コンサートには、そこで演じられ、見せられたものにも、あるいは演じられなかったものについても、意味があるような、そんな気がしている。それを振り返ることによって、そこに照射された「乃木坂46・北野日奈子」の日々を、改めて見ていくことにしたい。

「その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」目次

 ・[1]家族への信頼と愛情
 ・[2]ポジションと向き合った日々
 ・[3]同期・2期生という存在
 ・[4]“先輩”と“後輩”、グループのなかでの役割
 ・[5]「希望の方角」と「忘れないといいな」
 ・[6]あの夏のこと/アンダー曲「アンダー」
 ・[7] “代名詞”となった「日常」
 ・[8]「乃木坂46 北野日奈子 卒業コンサート」
 ・[9]中元日芽香、「大切な友達」として
 ・[ex]“それから”の日々と“これから”

※(2025年11月13日追記)本日「のぎ動画」で公開されたライブの映像をもとに、一部の記述を微修正した。

「最後のSing Out!」

 北野の卒業コンサート、およびこれに続けて行われた「29thSGアンダーライブ」の開催が発表されたのは2022年2月28日のことで、「乃木坂46時間TV(第5弾)」(2月21-23日)よりもあとのタイミングであった。

 その「乃木坂46時間TV(第5弾)」の最終盤に行われた「46時間TVスペシャルライブ」では、北野は1曲目の「他人のそら似」をセンターを務める齋藤飛鳥の隣で演じ、「日常」をセンターで披露したほか、1-4期生全員での「おいでシャンプー」、および1・2期生での「走れ!Bicycle」に参加した。一方、「日常」に続く「口ほどにもないKISS」は29thアンダーメンバーでの披露であったため北野は参加しておらず、冒頭のソロパートの部分では特に、北野の不在や卒業について思われるような部分もあった1。そして終盤の「Sing Out!」にはオリジナルのポジションで参加し、最後に「乃木坂の詩」を歌って終えた。

 配信を終えた直後の2月25日、北野はモバイルメールでこのときの「46時間TVスペシャルライブ」に言及する186。「Sing Out!」のときに涙が止まらず歌えなくなってしまっていた、というような内容であったが、全体として「Sing Out!」にお別れをするようなトーンがあり、おやっ、と少し思ったことを覚えている。前述のように卒業コンサートの開催発表はまだであったが、少し前には新内眞衣と星野みなみの卒業セレモニーも開催されたばかりで、前日の2月24日には29thシングル「Actually…」の商品概要が公開され、北野のソロ曲「忘れないといいな」が収録されることもすでに明らかとなっていた。どのような形になるかはわからないが、卒業に際してイベントが開催されるのはほぼ確実だと感じられていて、そのなかで、北野にとって大切な楽曲のひとつである「Sing Out!」がもう最後、というような発信があったことは、やや意外であった。

 そのようななかで発表された公演概要は、「卒業コンサート」として開催する一方、出演メンバーは北野+29thアンダーメンバー、というものであり、かなり珍しい形であるように映った。グループとして、「卒業コンサート」(および「卒業セレモニー」)と冠した単独の公演189において、出演が全メンバー対象でない197のは永島聖羅の卒業コンサート以来で、これもアンダーライブの扱いであった(「アンダーライブ全国ツアー2016 〜永島聖羅卒業コンサート〜」、2016年3月19-20日)。

 卒業の区切りのライブでは、メンバー本人の思いによる選曲がなされることが定番である。それが「卒業コンサート」として開催されるということは、ひらたくいうと、その曲数が多いということだ。生駒里奈が選曲した「初日」「てもでもの涙」「心のプラカード」や、あるいは「トキトキメキメキ」と「スカウトマン」。若月佑美が選曲した「ボーダー」、橋本奈々未が披露した「生まれたままで」や「Threefold choice」、衛藤美彩がソロ歌唱した「思い出ファースト」や「アンダー」。あげていくときりがないが、グループのとしてのライブの“定石”から外れる選曲は、メンバーの卒業への感傷をこえてファンの心を動かし、記憶に残る。もちろん北野も北野なりの独特の道を歩いてきたし、筆者も思い入れをもってそこに心を寄せてきた。彼女の思いと道のりがより多くセットリストに刻まれるだろうと思うと、それは間違いなく喜ばしいことであった。

 卒業コンサート開催発表の翌日には、北野はモバイルメールを発信し、卒業コンサートが開催できることに対する感謝や楽しみな気持ちと、一方で卒業コンサート当日はやってきてほしくない、という複雑な気持ちを明るくファンに伝えた。また、ともにライブに臨む29thアンダーメンバーに対しても、自分のライブに力を貸してもらう、というような言い回しで感謝を伝えていた。アンダーメンバーやアンダーライブに対する北野なりの思いを感じるとともに、卒業コンサートにはやはり“北野日奈子の色”がどこまでも色濃く出るのだろう、とも感じる言い回しであった。

(前略)……自分が卒業するときに、「どうしてもライブがしたい。それで卒業がしたい」とお願いしたのですが、そういう感情になれたのも自分にとってライブが特別だったからです。

(『月刊バスケットボール』2023年8月号 p.99)

 

Road to ぴあアリーナMM

 ここから少し、ただの思い出語りをすることをご容赦いただきたい(すべての記事がそうだろうと言われると、言い返す言葉もないが)。

 筆者はこの時期、仕事がかなり忙しかった。コロナ禍以降で最も忙しかった月を選べと言われたら、それは間違いなく2022年2月になる。年末くらいからコントロールがきかなくなってきて、3月下旬くらいにようやく落ち着きを取り戻したくらいだっただろうか。「新内眞衣卒業セレモニー」「星野みなみ卒業セレモニー」「乃木坂46時間TV(第5弾)」あたりは、自宅で資料を繰りながら配信を見ていたような覚えもある。北野の卒業がそこまで視野に入っていなかった(一方で、グループからは卒業メンバーが相次いでいた)頃には、「北野が卒業を発表したらとりあえず1週間くらい休みをとって、千葉県内を巡るか北海道に行くかしよう」みたいなことをなんとなく思っていたのだが、検討する余地もなくそれは叶わなかったことになる。

 ここまで北野の卒業コンサートの開催発表を「2022年2月28日」として記載してきたが、厳密にいうと2022年2月27日深夜放送の「乃木坂工事中」#349内で発表され213、直後からモバイル先行の受付がスタートという流れであった。受付期間は1週間とられており、焦って応募することもないのだが、さすがにこのときは直後に応募をすませていたらしい。3月24日は木曜日であったが、会社のウェブカレンダーにも不在の予定をすでに入れておいた(当時の繁忙ぶりを思い返すと、割と蛮勇であったと思う)。北野の卒業コンサートだから、そのくらいの強い気持ちはもって臨まなければならない。

 そこまではまあ、「そういうこともあるよね」とか「そういうものだよね」という程度のエピソードだと思うものの、まさにこの2022年2月28日、時間帯は15時くらいであったと記憶しているが、筆者は会社のオフィスの何もないところで足をひねり、左足第五中足骨(小指側の側面あたり)を骨折してしまった。別に走っていたわけでもなく、なんなら激烈にひねったということでもなく、書類を1枚忘れたのでちょっと引き返そうとしたら足から聞いたことのない音がした、というような感じだった。まあ少し体重が増えていたくらいのことはあったかもしれないし、運動不足のまま30代に突入した者にとっては当然の帰結だったのかもしれないが、ただただ巡り合わせが悪いとしか表現しようがなかった。

 タクシーで病院に運ばれたあと、松葉杖でどうにか自宅までたどり着き、天を仰いだ。仕事がほぼすべて在宅勤務でどうにかなったのが一応の救いだったけれど、腫れが引くまでは足を引きずって歩くこともできず、階段もある家のなかを這いつくばって移動したり、大きなデイパックにゴミ袋を詰めて松葉杖でゴミ出しをしたりしていた最初の1週間くらいはさすがに心をやられた。卒業コンサート当日までひと月近くあるから、それまでには骨もくっついているだろうと思っていたが、当落発表の3月10日、届いたのは落選通知のメールであった。骨だけでなく心も折れた。

 翌々日の3月12日に、卒業コンサートとアンダーライブの配信決定のリリースがあった。卒業公演扱いのライブが配信されない例はほぼないといってよく214、喜びや驚きの感情は小さく、落ち着いたものだったが、配信決定のリリースは一般発売の完売直後に行われることが多い印象であり、その点は少し予想外であったとともに、卒業コンサートが目前に迫っていることを実感させられた。3月13日の「乃木坂工事中」放送内で一般発売の日程が告知され215、3月16日には29thシングル所収全曲の先行配信がスタート(「忘れないといいな」はラジオでの解禁などの形は経ておらず、ここで解禁された形となった)。3月18日には「忘れないといいな」のMVがYouTubeチャンネルで公開。ひとつひとつのメルクマールが過ぎていき、当日が近付き、少しずつだが実感も湧いてくる。ないのは現地でのチケットだけだった。

 結局、3月19日の18時に始まった一般発売で、どうにかチケットを手に入れることができた。何時間でもリロードを繰り返す構えだったが、この日の楽天チケットは落ちる様子は特になく、あれよあれよと進んでいき、18時4分には受付が完了していたらしい。全身の力が抜けるようであった。

 足のほうはというと、腫れは引いて一応歩けるようにはなっており、外に出るときに片松葉杖にするかどうか迷う程度であった。完全にへこんでいた割に、全体的になんとかなったという感じであった。卒業コンサート当日の3月24日は、午前中会社に行ったのち、午後に病院に寄ってから横浜に向かった(レントゲンを撮ったら、まだ骨はくっついていないですね、と言われたけれど)。

 

光のどけき春の日に

 その日はすごく天気が良かったことを覚えている。筆者はずっと家にいたのでよく知らなかったのだが、そこまではしばらくはっきりしない天気が続いていたらしく、前々日の「のぎおび」では、北野が「千葉は雪が降っていたよ」というようなことを話していた。でも、その日はコートがなくてもジャケットがあればどうにかなる程度の気温で、気がついたら春になっていたような、そんな感覚をもった。三寒四温を繰り返しながら、一雨ごとに暖かくなっていくような季節。そんななかで訪れた、温とい色をした空がよく晴れていた春の日は、卒業の門出にあまりにもぴったりであるように思えた。

 リピート配信が当日の1回のみで、しかも21時半スタートと妙に早かったので、前夜に馬車道のホテルを予約していた。チェックインした頃にはすっかり夕方だったが、それでも開演までは余裕があったし、グッズの類も事前に購入してあったので、会場まで歩いて向かうことにした。入場はスムーズで、卒業企画実行委員会制作のフライヤーも無事に受け取り、あっという間に席に着いた。開演前のBGMも北野自身が選曲したものだったというが217、「大人への近道」や「アナスターシャ」などに混じって「僕のこと、知ってる?」が流れていて、ベストアルバムのときのプレイリスト233とは違うんだな、と思ったことだけを覚えている。いまにして思えば、ちゃんと記憶にとどめておけばよかった。

 筆者はもちろんただの観客なのに、それでもひどく緊張していたように思う。あまり早く会場に入らなかったことは、よかったのかもしれない。気がつけば、あっという間に開演時間がやってきた。

「北野日奈子卒業コンサート」(2022年3月24日)セットリスト

※特記のないもの(ユニット曲以外)はC北野。

OVERTURE
①気づいたら片想い
②あの日 僕は咄嗟に嘘をついた
③ハウス!
④ロマンスのスタート
MC(挨拶北野、回し和田)
VTR
⑤ここにいる理由
⑥嫉妬の権利
⑦別れ際、もっと好きになる
⑧不等号
⑨風船は生きている
⑩ブランコ
⑪アンダー(フル)
MC(回し理々杏)
⑫君に贈る花がない(阪口-楓-北野-璃果-金川)
⑬ゴルゴンゾーラ(向井[渡辺]-吉田[堀]-北野)
⑭大人への近道(林→北野→矢久保→理々杏)
⑮隙間(阪口-北川-和田-北野-中村-松尾-黒見)
⑯ゆっくりと咲く花(北野・山崎、落ちサビから全員)
MC(北野・山崎)
VTR
⑰バレッタ
⑱Route 246
⑲ガールズルール
⑳裸足でSummer
MC(北野)
㉑僕だけの光
㉒日常(フル)
〆(和田、北野)

アンコール
北野スピーチ
EN1忘れないといいな
EN2君は僕と会わない方がよかったのかな
MC(回し和田、北野へメッセージ:林、阪口、和田)
EN3乃木坂の詩

(ダブルアンコールで北野再登場)

 影ナレを務めたのは阪口珠美、金川紗耶、林瑠奈の3人であった。林は明らかに涙を抑えられなくなっている様子がうかがえ、感染症対策のための「大声禁止」の客席であったが、それで明らかに温度が上がったのがわかった。間もなくOVERTUREがかかり、北野の9年間の歩みがダイジェストで流される。2017年、アンダーライブ九州シリーズのカットで映った北野の様子に目が留まった。前後の時期よりはやはり少し元気がなさそうにも見えたが、あの当時のことさえもきちんと今日という日まで持ってきたのだと思うと、彼女の強さに胸をつかまれる思いがした。

 1曲目は「気づいたら片想い」だった。北野にとっては初選抜の曲で、始まりの曲である。卒業コンサートの1曲目として非常にストレートなその選曲は、この曲で初めてセンターに立った西野七瀬の卒業コンサートとも重なった。同じくこの曲で初選抜となった樋口日奈と和田まあやも、のちにこの曲を自分にとっての卒業公演において歌唱している235。切なくてエモーショナルな曲調も含めてということかもしれないが、これほどまでに始まりの曲として卒業公演を彩った楽曲というのも稀である。楽曲としては、北野の明るいパブリックイメージとはそこまで重ならないながら、それがグループのひとつの個性として“儚さ”があげられるようになっていった時期の乃木坂46に、必死に食らい付いていった日々のことを思わせた。

 2曲目は「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」。初期のアンダーライブを象徴する曲であり、「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」のセットリストでも2曲目に置かれていた。表題曲でスタートしたセットリストの2曲目にこの曲がもってこられることに、どのメンバーよりも選抜とアンダーを行き来しながら活動してきた北野の歩みが現れていた。これに続いて「ハウス!」と「ロマンスのスタート」が連ねられ、客席のボルテージは上昇していく。明るい空気に会場全体が包まれたところで、最初のMC。「みなさんこんばんは、せーの!」「乃木坂46です!」。彼女にとってこれも最後となる、ライブ冒頭での定番の挨拶。かけ声をかけたのは北野であった。

乃木坂46 2期生として2013年3月より加入した北野日奈子が卒業します。
2期生としては7thシングル「バレッタ」で突如センターとして起用された堀未央奈に次いで、8thシングル「気づいたら片想い」で選抜メンバー入りし、順風満帆なスタートを切ったかと思われましたが、その後選抜メンバーに起用となる15thシングル「裸足でSummer」までおよそ2年の間が空くことになります。
以降も選抜〜アンダーを行き来することになりますが、乃木坂46のメンバーの中で選抜メンバー、アンダーメンバー、両方を数多く経験したメンバーの一人かもしれません。選抜メンバーで磨いた表現力とアンダーメンバーで鍛えたライブパフォーマンス力、北野日奈子のラストステージを、是非お見逃し無く!

(「北野日奈子卒業コンサート」各配信プラットフォームに提供された公演情報[出典:Stagecrowd])

 

“あの頃のアンダー曲”をたどって

 北野のインタビューVTRを挟み、ライブは次のブロックに進んでいく。次に演じられたのは「ここにいる理由」、それに続いたのは「嫉妬の権利」。この2曲は、「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」の終盤のブロックでも、北野がセンターに立って披露した楽曲である。アンダー曲を連ねるブロックなのだな、と、直感的に理解した。息つく間もなく「別れ際、もっと好きになる」と「不等号」が演じられる。「嫉妬の権利」も含めた3曲は、12th-14thのアンダー曲であり、北野のアンダーフロント時代の作品である。そのすべてが、はっきりと女性を主人公として、“報われない恋”のようなモチーフを描いた歌詞。時間が流れゆくうちに、楽曲のなかにのみ閉じ込められるようになっていった“あの頃”の雰囲気が、ステージの上でひとときよみがえるようなパフォーマンスであった。

 「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」を含めたここまでのアンダー曲5曲で、井上小百合、伊藤万理華、中元日芽香、堀未央奈と、北野が初期の“長いアンダー時代”において後ろないし隣でパフォーマンスしたアンダーセンター全員の楽曲を網羅した形となった。ライブはまだ序盤で、特にワンハーフのパフォーマンスで振り返ってみると、あっという間のような印象さえもった。アンダーの3列目でモチベーションを保つのに苦しんでいたところから始まり、気持ちを高めてフロントに立ち、しかし繰り返し選抜の壁に跳ね返されていた時期。「これ以上先は私たちじゃないんだな(『BUBKA』2016年9月号 p.21)とまで思い悩んだ時期のことが、あっという間に振り返られていく。あらゆるものは始まったら終わってしまうということかもしれないが、しかしそれは、その後にも彼女がグループでたくさん積み重ねてきた時間の重みがなせることでもあっただろう。

 ステージもメンバーの表情も明るく転換し、「風船は生きている」。これに続く「ブランコ」とあわせ、すでにグループを離れた同期メンバーのセンター曲が2曲続けられたことになる。これまでのアンダーライブにおいて、北野自身も演じる機会がなかったというわけではないが、思いや経緯をふまえてあえてセットリストに加えて演じられたといってよいと思う。北野自身が参加した楽曲でいえば「三角の空き地」や「口ほどにもないKISS」、「錆びたコンパス」という選択もありえたかもしれないが、結果として2017年までの楽曲のみでこのブロックは構成されたことになる。アンダー曲のブロックであったと同時に、“あの頃の自分と、あの頃の自分から見た乃木坂46”のブロックでもあったのかもしれない。

 「ブランコ」のアウトロが終わる。シリアスな楽曲ではあるが、それを超えるほどに北野の表情には煩悶があったように見えた。北野を中心にメンバーが集まったフォーメーションが、ステージの真ん中で大きな花を開くような振り付けであの曲が始まる。「アンダー」。ゆうに1000回以上は聴いてきた、美麗で切ないあのイントロ。5年弱の記憶が堰を切ったようによみがえってくる。

 「アンダー」にはこれほどまでに執着してきた筆者であったが、正直にいうと、演じられても演じられなくてもいいかなと思っていた。北野の思いや歩みが詰まった曲だけれど、見ないと終われない、のようには思っていなかった。セットリストはおそらく、北野の思いをふまえて構成される。オリジナルメンバーはずいぶん少なくなったし、このときステージにいたのは北野と山崎怜奈、和田まあやのみ。4期生は「アンダー」を演じたことがなかったし、1年以上ライブのセットリストに加えられていない状態でもあった。処し方は北野に任せればいいし、任せるほかない。演じるにしても演じないにしても、それが北野の、グループに対する、あるいは我々に対するメッセージだ。そう思っていた。

 でも、このときにはもう、とっくにわかっていた。このブロックでメンバーが着用していたのは、「アンダー」の衣装。涙が止まらなかったあのゼビオアリーナ仙台のステージで着用していた、白地に青いラインの入った衣装に、北野は最後にこの日、身を包んでいた。来た、と思った。一秒も見逃すまいとステージに目をこらした。北野が選んだ道を、そこを駆け抜けていく彼女の姿を、最後まで目に焼き付ける。

 「みんなから私のことが/もし 見えなくても」。冒頭、オリジナルでは中元と北野のパート。この数年間はほぼ北野が背負ってきたといっていい。北野の声は震えていた。表情に緊張が走る。「頑張れ」。何年も前から何度も飲み込んできたその声が心の中で暴れた。これで最後だ。北野はまもなく、目に力のある本来の表情を取り戻していく。彼女の“人生”が、確実にそこに現れていた。「アンダー いつの日か/心を奪われるでしょう/存在に/気づいた時に…」。右腕を回す振り付けで1番が終わる。行け、行け。思わずそう念じた。「アンダー」の2番。それをいまここで北野が演じなかったら、きっと永遠に失われてしまうものがある。

 一瞬、そんな逡巡をしているうちに、2番へ向かう間奏が始まった。「アンダー」の2番が演じられるのは、2019年3月19日の「衛藤美彩卒業ソロコンサート」以来。当然ながらこれは衛藤のソロ歌唱なので除くと、2018年1月6日の18thシングル全国握手会ミニライブ(インテックス大阪)以来となり、このときは北野がすでに休業に入っていたのでさらにこれを除くことにすると、2017年11月8日の東京ドーム公演2日目、オリジナルメンバー全員(それはもちろん、中元・北野のダブルセンターということである)での最後の披露のときにまで遡る。しかし、この2番こそ、演じられてくるべきもの、アンダーメンバーにとって意義深いものであるはずだった。衛藤がここを歌唱した236ことがそのひとつの証左であり、北野が長らく、楽曲の「2番」へのエンパワーメントを続けてきたことを差し引いてさえ、「アンダー」の2番の歌詞には、捨象してはならない意味があったはずだった。

 北野はもちろんそれを誰よりもわかっていたのだと思う。「太陽の方向なんて/気にしたことない/今どこにいたって/やるべきことって同じだ」。オリジナルでは2列目のメンバーの歌割りで、北野は一度もここを歌ったことがなかったはずだ。しかしこのとき、北野は初めてこの歌詞をステージにおいて歌唱したのであった(と記憶している。全編かどうかは自信がないが、北野は2番のABメロでも歌唱に加わっていたはずだ)。

 北野はこの部分の歌詞に、幾度も共感を表現してきた。九州でのアンダーライブでは「下を向いて太陽の方向がわからなくなっても」ということば選びで前に進んでいく意志を表現していたし、その後の時期、26thシングルの選抜発表や「アンダーライブ2020」について語ったときにもくり返しこのフレーズを引いてきた。「ALL MV COLLECTION 2~あの時の彼女たち~」のCMでも、北野の姿とともにこの部分の歌詞は用いられていた。「ひたむきに努力することの大切さを教えてくれた曲」。北野は「アンダー」について、「9th YEAR BIRTHDAY LIVE 〜2期生ライブ〜」(2021年3月28日)においてそう表現したが、まさしくそれを象徴するフレーズであるように思う。

 さらに、それがこのとき北野をステージで支えたアンダーメンバーとともにパフォーマンスされたという点については、北野が歌ったという以上の意味がある。そもそもこの日ステージにいた29thアンダーメンバーの4期生にとっては初めての「アンダー」披露であったし、3期生もみなこの部分を披露したことはなかった。乃木坂46のライブにおいては、何か特別な意味がない限り、楽曲がフルサイズで披露されることはほぼない。未来を断定するような言い方は行儀がよくないが、でも九分九厘、「アンダー」の2番が演じられるのは、オリジナルのセンターである北野による最後の披露であるこのときが最後になるだろう(あるいは、次に演じられるときには、このときに匹敵するくらいに特別な意味をもつことになるだろう)。「今どこにいたって/やるべきことって同じだ」。メンバーとしてのキャリアの最終盤まで、北野は「ポジション」と、それはつまり「選抜/アンダー」というしくみと、戦い続けた。「アンダー」を後輩メンバーに受け渡すことは、ひょっとしたら100%は彼女の本意ではなかったかもしれない。しかしこのフレーズも含めて、このときのアンダーメンバー全員にフルサイズで演じさせたことには、北野にしかなし得ない意義があったのではないかと思う。

 楽曲は終盤に差しかかる。「新しい/幕が上がるよ」。2番のサビを過ぎると、駆け抜けるように終わっていく。間奏、北野のソロダンス。落ちこぼれだったあの日の北野はもうどこにもいない。センターが天に向かって手を伸ばす。無数の光がステージの16人を照らした。「まだ咲いてない花」なんてそこにはない。でも、これからもいくらでも、もっと大きな花を咲かせられる。そう改めて思った。これからも何度でも、どこでだって咲けるし、咲いた場所がどこだかなんてことに意味はないのだ。ステージに当たっていたライトがこちらを向き、9000人の「客席の誰か」を照らす。東京ドームのときと同じ演出だった。「美しいのは/ポジションじゃない」。最後までを歌い上げながら、北野は少し表情を緩めた。アウトロ。16人が、手を伸ばして頭上に輝く光をつかむ。切なさを少し含ませながら、歯を見せて微笑む北野の姿がモニターにとらえられた。それはこれまでのどの機会とも異なる複雑な表情で、そこにあったものをあえてひと言で表現するならば、筆者には「安堵」ないし「達成感」であったように見えた。彼女にとって35回目の最後の披露。北野日奈子はそれを戦いきった。

 アンダー曲のブロックが終わる。“その手でつかんだ光”が、万雷の拍手となって会場を満たした。

 

歌い継がれてほしいから

 これに続いたMCのパートには北野が不在であったが、後輩の立場から見た北野について語られるなかで、中村麗乃が「頑張り方がわからなかった時期に、日奈子さんがめちゃくちゃリハーサルとかいろんな場所で全力で頑張っている姿を見て、こうやって頑張ればいいんだっていうのを見せてくださったのが大きくて。それだけ大きな力を与えてくださった」と涙ながらに話す場面があった250前稿[4]などでもたびたび書いてきたところだが、特にアンダーにいる後輩に対して北野は固有のまなざしをもっていると感じる場面が多かったし、後輩もそんな北野の姿から感じとるものがあったのかもしれない。

 続くブロックでは、ユニット曲が連ねられることとなった。まずはサンクエトワールの「君に贈る花がない」を阪口珠美、佐藤楓、佐藤璃果、金川紗耶と披露。5人が着用していたのは「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」冒頭の、キャメル色のコート衣装であったが、この曲の終盤で北野はこれを脱ぐと、「サヨナラの意味」の歌唱衣装となった。このときのライブ冒頭のブロックで着用していた「真夏の全国ツアー2019 世界地図衣装」とあわせ、「Time flies」のカスタムジャケットで左右のシルエットの衣装として採用した2着にこの日袖を通したことになる、というのは、前稿[3]でも触れたところである。

 続いては堀未央奈、渡辺みり愛とのユニット曲「ゴルゴンゾーラ」を披露。吉田綾乃クリスティーが堀未央奈のパート、向井葉月が渡辺みり愛のパートに入り、北野はオリジナルのパートを歌唱した。そしてまたもサンクエトワール楽曲の「大人への近道」。林瑠奈、矢久保美緒、伊藤理々杏と4人での披露であったが、ひょっとすると出演予定だったが新型コロナウイルス感染にともない欠席となった弓木奈於もここに加わる予定であったのかもしれない。「2期生好き」を公言し、堀未央奈への憧れを口にし続けていた林に冒頭の堀パートをあてがった上、その林を含めた後輩たちには「真夏の全国ツアー2017・期別ブロック2期生衣装」という、“2期生”のイメージが最も鮮烈ともいえるブルーの衣装を着用させるという采配には、あのときの“神宮”を目撃してきた身としてはしびれるものがあった。サンクエトワールの2曲は、特に「Time flies」期以降、北野が一貫して「歌い継いでほしい」と表明し続けてきた曲である。“サンクエトワール最後の星”としての、ユニットへの愛情と執念がにじむ選曲であった。

 次に歌唱されたのは「隙間」。もとは13thシングル所収のカップリング曲で、「他の星から」「僕が行かなきゃ誰が行くんだ?」を歌唱した7人251によるユニット曲である。北野のイメージはほぼない楽曲であり、あとから調べた限りだと、北野が披露したことはかつて一度もなかったようである255。好きな楽曲として最後にステージで歌いたかったのかもしれないし、あるいは「隙間を大事にして/ゆっくり生きて行きたい/一日のその意味合いを/確かめて前に進む」というような、過ごしている現在の時間をゆっくりとかみしめたい、という意味合いの歌詞が、北野の心情にマッチしたということだったのかもしれない。メンバーは阪口珠美、北川悠理、和田まあや、中村麗乃、松尾美佑、黒見明香とであった(阪口が「君に贈る花がない」と重複しているところから見ると、弓木が入る予定だったのはもしかするとこちらで、「大人への近道」はもともと4人の予定だったのかもしれない)。

 そしてこのブロックの最後となったのが「ゆっくりと咲く花」。この日のセットリストで唯一の2期生曲256を、山崎怜奈とふたりで歌唱し、終盤より全員が合流してくる形となった。これは「新内眞衣卒業セレモニー」での披露の際とも重なる形だったが、披露のたびに2期生が少なくなっていく様子は胸に刺さるものがあった。なお、「ゆっくりと咲く花」は、この日の出演メンバーには含まれておらず、最終的にグループ最後の2期生となった鈴木絢音が、「鈴木絢音卒業セレモニー」(2023年3月28日)のアンコールにおいてソロ歌唱をするという形で、オリジナルメンバーによる披露にピリオドが打たれている。北野以外のメンバーが身を包んでいたのは2015年の紅白歌合戦の際の着用衣装で、「生駒里奈卒業コンサート」や「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」など、北野にとって重要だったライブで深く印象に残っているものであった。

 ブロック後には、北野と山崎のふたりによる長めのMCパートが設けられた。「ゆっくりと咲く花」の曲中ではハグをするなどエモーショナルな場面もあったが、MCでは特に湿っぽさはなく、あっけらかんと楽しく話すふたりの様子が印象に残っている。

 

「輝いてみせる内面から」

 再度インタビューのVTRが挟まれ、北野はそこで2期生について語りつつ、堀の卒業後にも「バレッタ」がライブで演じられてほしい、という思いがあると説明した。そしてその「バレッタ」から、表題曲のブロックに移っていくことになる。

 北野のいう通り、あまりにも堀未央奈の印象が強い「バレッタ」だが、北野は「アンダーライブ サード・シーズン」においての披露の際にセンターを務めている。当時は11thシングル期で、堀は選抜の3列目、北野はアンダーの3列目にいた。2期生のまとまりでの活動はきわめて少なく、堀とは距離を感じていた頃のことであったかもしれない。それでもキャリアを通じて堀と北野は“2期生”を掲げてメンバーを引っ張り続けた。堀の卒業から約1年、北野が最後にセンターで演じた「バレッタ」は、“2期生”への思いがつくり出したハイライトシーンだったように思う。

 続いて披露されたのは「Route 246」。表題曲とカウントする向きは少ないようにも思うが、「配信シングル」という言い方もされていたことをふまえて、この曲を含めて“表題曲のブロック”と表現することとした。コロナ禍にリリースされた楽曲であり、一時は特にライブでの披露回数が少なく、「真夏の全国ツアー2021」のアンコールで披露された際などには会場がざわめく様子も見受けられた。「真夏の全国ツアー2021 FINAL!」での披露も経て、その印象はいくぶん軽減されていたものの、やはりこの日も客席がざわめいていたのは、イントロの最初から迫ってくるサウンドの強さのなせる業だったかもしれない。2020年の「紅白歌合戦」では全メンバーで披露した楽曲でもあったが、北野はこの日ステージにいたなかで唯一のオリジナルメンバーでもあった。

 そして「ガールズルール」「裸足でSummer」と、“夏曲”が2曲連ねられることとなる。この位置で、表題曲のなかでも特に“夏曲”が選ばれていたことには、前後の流れも含めて意外な印象を受けたと耳にすることもあったが、「ガールズルール」は2期生が加入したタイミングの曲で、「真夏の全国ツアー2013」には2期生も参加しているし、「裸足でSummer」は何より2年ぶり2回目の選抜入りを果たした記念すべき曲である。加えてあえて勘ぐるとすれば、「インフルエンサー」や「Sing Out!」は、オリジナルのポジションで披露したのを最後にしたかったのかもしれない、とも思った257

 「裸足でSummer」の披露を終えると、北野ひとりによるMCが挟まれた。ライブもいよいよクライマックスに向かっていくのだろう、という雰囲気のなか、次の曲は「アンダーライブ九州シリーズで披露した曲」と説明される。九州シリーズでは不安定な状態が続き、なかなか笑顔になれなかったということにも改めて触れられ、そのときと同じアレンジで披露したい、ということがはっきりと説明された。あのときのそんな自分もいまは認めることができていて、そんな自分が好き。北野はそんな風に、“あの日々を乗り越えた自分自身”を言葉にして説明してくれた。ぶつかって傷ついたことよりも、それを正面から乗り越えたことよりも、そうやって言葉にしてくれることに、“乃木坂46・北野日奈子”のあり方を感じた。

 そして披露されたのが「僕だけの光」。メロディはピアノアレンジであった。九州シリーズの際の映像は現在確認できるものはなく、さすがに記憶も薄れてしまっているが、耳を傾けていると、「ああ、そうだったな」と、当時の感覚がよみがえってきた。「僕だけの光」は、九州シリーズにおいて非常に重要な1曲だった。少し回り道になるが、ここで当時のセットリストを振り返ってみたい。

「アンダーライブ全国ツアー2017〜九州シリーズ〜」(2017年10月14-20日、計7公演)セットリスト

Prologue
OVERTURE
①自由の彼方
②嫉妬の権利
③不等号
④あの日 僕は咄嗟に嘘をついた
⑤別れ際、もっと好きになる
⑥ブランコ
MC
⑦ガールズルール
⑧太陽ノック
⑨裸足でSummer
MC
⑩女は一人じゃ眠れない(優里・寺田・山崎・渡辺・和田)
⑪無表情(川後・佐々木・鈴木)
⑫太陽に口説かれて(純奈・相楽・中田・能條・樋口)
⑬隙間(かりん・ちはる)
⑭13日の金曜日
⑮狼に口笛を
MC
⑯アンダー
⑰ここにいる理由
⑱きっかけ
⑲僕が行かなきゃ誰が行くんだ?
⑳風船は生きている
㉑いつかできるから今日できる
㉒僕だけの光

アンコール
EN1 My rule
EN2 制服のマネキン(福岡公演以降)
EN3 ハウス!/ロマンスのスタート(日替わり)
EN4 夏のFree&Easy/走れ!Bicycle(日替わり)
EN5 乃木坂の詩
WEN おいでシャンプー(千秋楽のみ)

 前稿[6]でもひとしきり振り返ったところであるが、九州シリーズは重苦しい雰囲気のもとで展開された、という語られ方が多くなされている。ただ、改めてセットリスト全体を見てみると、アンダー曲のブロック→“夏曲”のブロック→ユニット曲のブロック→たたみかける“後半戦”のブロック、と、構成自体はスタンダードなものであることに気づく。「重苦しい雰囲気」はどこから感じとられていたのかといえば、体調不良の状態のなかで気力も体力も振りしぼって戦う中元と北野、そしてそれをなんとか支えていこうとするメンバーの姿がまず想起される。それは確かに、普段のライブで目にする風景ではなかった。

 もちろん演出にもハードな部分があったが、それを具体的に挙げるとすれば冒頭の「Prologue」で、歴代の各シングルで選抜に選ばれていたメンバーが前に出てスポットライトを浴びて踊るという「選抜/アンダー」の構造を意識させる演出と、「アンダー」披露前のMCの部分でメンバーが歌詞の朗読をした部分ということになるだろう。結局のところ、いずれも「アンダー」という楽曲を真正面から受け止めたことに起因するものであり、あえて強い言い方をすれば、それ以外に道はなかったのではないかとさえ思う。問われる部分があるとすれば「アンダー」という楽曲があてがわれた経緯であり、アンダーライブにはアンダー曲を核として構成するというミッションがある以上、こうなることは必然であった。あの曲を肩の力を抜いて楽に演じることも、当時多くのメンバーは望んではいなかっただろう。

 前稿まででも書いてきたことと重複してしまうが、そのなかにあって、“後半戦”のブロックの「アンダー」よりあとは、メンバーを勇気づけて、未来へ向けて背中を押すような、そんな選曲がなされているように見えるし、メンバーももちろんそのようなものとして演じていたのではなかったか、と思う。そしてその中核をなすものとして、クライマックスで歌唱されたのが「僕だけの光」であった。

 「僕だけの光」の歌詞は、最初から最後までポジティブな言葉が連ねられているわけではない。明るいメロディに乗せつつ、「なぜに自分は存在するのか?」「生きることで答えを見つけられるか?」と自問自答するところから始まる。しかし「未来照らすのは自分自身」と心に決め、光を手に入れるところで終わる。

 こうした「僕だけの光」は、「光」ないし「影」をキーワードとして自らのあり方を問うという意味で、「アンダー」と対になる部分がある、と、筆者は当時から感じてきた。当時書いていた記事「アンダーライブ全国ツアー 九州シリーズによせて(4)」の一部を以下に再掲したい。

–(再掲ここから)–

 もうひとつ触れておかなければならないように思うのは、セットリストでは本編最後の曲だった「僕だけの光」である。15thシングルの、選抜メンバーによるカップリング曲。そこだけを見れば意外なチョイスであり、初演の際に客席のどこかから「えっ?」という声が漏れたこともよく覚えている。
 しかし「アンダー」の歌詞と、ある意味で対になっている部分があると考えると、筆者にはとてもしっくりくる。

「太陽の方向なんて 気にしたことない」
「太陽が霞むくらい 輝いてみせる内面から」

「影は可能性 悩んだ日々もあったけど
 この場所を 誇りに思う」
「君だけの光 きっとあるよ
 忘れてる場所を思い出して」

「影は待っている これから射す光を…」
「今 やっと光 手に入れたよ」

 18人全員にそれぞれ違う光があって、とMCで樋口日奈が語っていたように、ステージ上でのポジションは様々あれど、長く活動を続けてきた中で手に入れた、それぞれの個性があり、役割がある(そこには多く立ってきたポジションや、あるいはより前のポジションを求める姿勢も含まれるけれども)。
 「美しいのはポジションじゃない」という歌詞を、筆者はそう受け取っている。

–(再掲ここまで)–

 筆者が九州シリーズのステージで北野を見たのは千秋楽の宮崎市民文化ホール公演のみであったが、そのとき「僕だけの光」を披露する北野は心身の状況もあってかいくぶん苦しげな様子で、前向きに“自分だけの光”を歌っていた、と言い切れる状況ではなかったように思う。だからこそこの卒業コンサートで、最後に歌いたかった、歌わなければならなかったのだと思う。“乃木坂人生”に忘れ物を残さない。そんな思いが表れた1曲だったといえるのではないだろうか。

 全員で「僕だけの光」を歌い上げて、いよいよ最後の1曲。駅から列車が発車するのになぞらえた演出があり、暗転。長めのダンストラックがあった。客席はすでに真っ青に染まっている。このブロック、メンバーが身を包んでいたのは「真夏の全国ツアー2019」での「日常」披露時に着用されたブルーの衣装。しかしダンストラックを経て再びステージに姿を現した北野は、「日常」のオリジナル歌唱衣装に着替えていた。現在までつながってきた、“強い北野日奈子”の原点ともいえる姿。ずっとこの曲のセンターとして戦い続けてきたからこそ、この日の北野があった。

 3年ぶりのフルサイズでの披露、何もかもをぶつけ尽くすかのような激しいパフォーマンス。過去最高に鋭い眼光でパフォーマンスを終えたあとは、息を切らしながらもさわやかな笑顔でライブ本編を締めた。すべてを出し切った、そんな表現がしっくりくるような、北野らしい終わり方だった。

 

「もらったもので、出来上がりました」

 9000人の客席からアンコールがかかる。手拍子のみによるアンコールであったが、それにしてもかなりの熱がこもっているように感じた。卒業公演のアンコールは、ある意味様式美のようなものでもある。北野は最後に何を語るのだろうか、そこに興味と少しの緊張感を向けつつも、いくぶんかの落ち着きとともに北野の登場を待った。

 ややあって、黒いドレスに身を包んだ北野がステージに戻ってきた。多少緊張しているようには見えたが、笑顔であった。ドレスには犬の刺繍が大きくあしらわれているとのちに説明され、チップの姿をかたどったグッズとあわせ、“乃木坂46・北野日奈子”は最後までずっと、チップとともに駆け抜けていったことが改めて印象づけられた。北野のスピーチが始まる258

 スピーチ全体としては、北野は「手紙とは違うんですけど」と断りつつ、伝えそびれることのないように「きちんと届けたい」という思いから、手元の便箋を読み上げるような形で展開されたが、それを開く前に少し、北野の口から語られたことがあった。「こんな時でも、みんなとずっと一緒にいたい、もっとここにいたい、離れたくないなと思ってしまいます」。卒業を公表してから繰り返し語られていたようなトーンのことが、そう改めて述べられた上で、“大切な友達”の言葉が紹介され、それに乗せて北野の思いが語られた。

「私の大切な友達が、『乃木坂46にずっと片思いをしていた』と言っていたことがありました。その言葉を借りて、私も言いたいことがあります。好きな気持ちが募るばかりで、大好きで、大好きで、大切で仕方なくて。自分はどうしたらそんな大好きなものの一部になれるか、ずっと考えて、考えて、考えて、過ごしていました。
 思いが募るばかりで、その思いが届かなくて、希望に敗れて、大好きな気持ちが分からなくなってしまう日もありましたが、こうやって最後の時まで、どうしたってすごく大好きなんだなと、このグループのことが本当に大切で、大好きでたまらないんだなと思います。」

(2022年3月24日「北野日奈子卒業コンサート」北野アンコールスピーチ)

気がついたら
私はアイドルという職業に惚れてました。

仕事が恋人とはこのことで
勉強する時間も、寝る時間さえも惜しいと
思ったほどでした。

なんでこんなに夢中だったか
最後にお話ししても良いですか。

綺麗な衣装が着られて楽しい、
お写真撮られるのが楽しい、
ステージに立つのが楽しい、全部本当です。

でもそれ以上に

私はここにいていいんだって
認めてもらいたかった、
その一心で走ってきたような気がします。

この世界にいると、
私を必要としてくれる人が沢山いる。
私だけを見てくれている人が沢山いる。

それが嬉しくて今日まで続けてきました。

 

(中元日芽香公式ブログ 2017年12月22日)

 それを最初に語った上で、各方面への感謝の思いが語られる。スタッフ、メンバー、家族、ファンと順繰りで述べられる「ありがとうございました」は、言ってしまえばある意味定番なのだが、でもそれは、すべてが斜に構える必要のない真実だからなのだろう。そのなかでやはり、家族についてのエピソードが厚くて、それが北野らしいな、と思った。「選抜に選ばれなかった時は、毎回、朝まで泣いてる私の話を聞いてくれたよね。一緒に泣いてくれるから、心が軽くなっていました」。ああそうか、こんなに長く“乃木坂46・北野日奈子”の姿を見られたのは、彼女の家族がずっと支えてくれていたからなんだな、と、しみじみと思った。

 ファンへの言葉も、いかにも北野らしいトーンであった。いつからか自分のことを「応援しにくいと思う」とよくいうようになった彼女。もっとずっと、目に見える結果をもって期待に応えたいと、まっすぐで負けず嫌いな気持ちを消さずに持っていたのだと思う。

「それから、傷つくことも恐れず、私と一緒に9年間歩んでくださったファンの皆様。自分がアイドルになるとも思っていなかったし、自分のことをこんなにも大切に思ってくれる人の存在が、こんなにもできるとは思ってもいませんでした。
 私の力が足りなくて、皆さんの期待や思いに応えられない日々もたくさんありましたが、いつでも背中を押してくれて、『きいちゃんなら大丈夫、大好きだよ』って言ってくださるその言葉が、本当に励みになっていました。」

(2022年3月24日「北野日奈子卒業コンサート」北野アンコールスピーチ)

 筆者自身は、長い文章を書く手癖があるくらいで、そこまで強烈に北野のことをサポートしてきたファンではないという自覚がある。でも、それを少し置いておいて語るとすれば、確かに傷つくことは恐れずに北野のことは応援してきたと思うけど、それは結局のところ、はっきりと傷つくようなことがなかったからだとも思う。選抜発表の放送があった日の夜とか、大分空港で佐伯市行きのバスを待ちながら北野の休演発表を見たときとか、思わず天を仰いだタイミングは確かにあったけれど、北野が耐えてきたものと比べたら全然だし、そもそもそれは言わない約束じゃないか。そんなふうに思う部分がないでもないけれど、でもあえてそうやって公の場で口に出してくれることで、こちらが救われている面はあるのだろうし、それが北野の人間としての魅力だな、と思う。

 「本当にいつもいつももらってばかりで、私の立場が、本当は皆さんに与えるべきなのに、本当に皆さんにもらってばかりです。もらったもので、出来上がりました」。積み重ねてきたキャリアをそのようにまとめた北野。卒業後のキャリアについては、最終活動日までもう少しあるなかで、事務所を移ることになっているからか、かなり抑制的な形ではあったが、「私は未来に向かって歩き出していくので、そんな姿を皆さんに応援してもらえたら」「またどこかで私の言葉が皆さんに届けばいいな」と述べて、よい方向に含みをもたせていた印象があった。

 

“だって 今も好きなんだ”

 「本当に9年間ありがとうございました」とスピーチを締めて、ソロ曲「忘れないといいな」の歌唱に移る。「自分自身のことを歌っているようで、本当にすてきな歌を最後にいただけたこと、本当に幸せに思います。最初で最後のソロ曲です。聴いてください。『忘れないといいな』」。北野のその曲振りで、スローテンポのイントロがかかった。

 楽曲そのものについては、前稿[5]でもいくぶんか述べたところでもあるが、紆余曲折のあったグループでの日々をストレートに歌ったような部分も多く、卒業コンサートの場で本人の歌唱で聴くと改めて胸に刺さるものもあった。しかし一方で、涙がこみ上げてくるような場面は北野にはなく、のびやかに歌いきっていて、ああこんな綺麗な声で歌うんだな、とまたしても思った。

 少し話がそれるが、公式の提供写真にドレスに身を包んだ北野が感情がこみあげている様子の絵柄があり(参考)、それを印象的に使っていたメディアもあったように記憶しているが、現地とリピート配信で2回見た感覚だと、全体としてはそんな雰囲気はなく北野はおおむね終始笑顔で、確かにそういうシーンもあるにはあったのだろうが、どのあたりを切り取った写真なのかよくわからなかった259、ということをここに記しておきたい(筆者の目も記憶もぜんぜんあてにならないのだが、しかし当時からそのように感じていたことは確かだ)。

(前略)……あとはやっぱり自分のソロ曲である『忘れないといいな』も好きですね。繊細で儚い歌詞ですが、卒コンでは笑顔で歌い切ることができ、歌詞は私の乃木坂人生を物語っていて、辛いことや苦しいこともありましたがここまで頑張ってきて良かったと思えました。秋元(康)さんは本当によく見てくれているなと思います。私の人生を物語っているものなので、すごく特別ですね、ソロ曲を頂けたのは。

(『月刊バスケットボール』2023年8月号 p.99)

 穏やかな表情で歌唱が終えられ、アウトロが流れていく。9年間の“乃木坂人生”の最後に訪れた記念碑的なステージ。願わくば、北野日奈子の人生全体にとっての記念碑として、永遠にあり続けてくれたらと思う。

 別れのステージはまだ続いていく。ここでひとつ、どこに対してなのかはわからないが、筆者は懺悔をしなくてはならない。ファンの性とでもいおうか、アウトロを聴きながら次の曲は何だろうかと予想をしていた。そして、たぶん「サヨナラの意味」だろうな、と思って身構えていたのである。筆者としては好きな曲ではあるし、この記事も出したばかりだった。白石麻衣、松村沙友理、高山一実、新内眞衣も最後に演じていて定番のようになっていて、北野としてもオリジナルメンバーで、思い入れもあるだろうな、といったことを考えていた。

 「君は僕と会わない方がよかったのかな/なんて思う」。北野の歌唱から楽曲が始まった。うわあ、と少し頭を振って、不明を恥じた。何年も長々と文章を書いてきて、ずっとファンをやって心を寄せてきたつもりでいて、結局北野のことを何もわかっていなかったというか、見くびっていたというかである。ともかくその一発でやられてしまった。アンダーブロックで「君は僕と会わない方がよかったのかな」が演じられなかったことは心に留めてあったけど、「不等号」や「嫉妬の権利」は演じられていたし、そこは最後の余白となるのかもしれない、と思っていた(文章にする機会があれば、「最後の余白」と表現しよう、とぼんやり考えてもいた)。スピーチのなかで「大切な友達」だなんて言われたら、それが誰のことかなんてすぐに察しもついていた。でも、ここにもってくるとは思っていなかった。北野日奈子はどこまでいっても無限に北野日奈子で、それは当たり前のことなのだけど、その事実に改めて驚いてしまった。

 「君は僕と会わない方がよかったのかな」は、11thシングル所収のアンダー曲で、センターは中元日芽香。次のシングルからはアンダーフロントに並び立ち、アンダーライブの最前線で約1年間戦い抜くことになる北野と中元だが、このときの北野のポジションは3列目。同い年だが先輩後輩の関係で、そこまで距離は近くなかったともいう。しかしこのシングル期間に演じられた舞台「じょしらく」の期間を経てふたりの距離は縮まり、絆を育んでいくことになる。中元が最後に立った東京ドームのステージ、切なくも明るいメロディに包まれてピンク一色のサイリウムで染まる客席の景色を、センターに立った「アンダーライブ2020」を経てもう一度、北野はステージの上に再現する。ステージの照明はピンク一色で、しかしそれを見守る客席は、北野のサイリウムカラーであるピンクと黄緑で揃っていた。そこにあったのは、北野がずっと抱きかかえて走り続けてきた、彼女にしか守り抜けなかった色の光であった。

 

最後のステージ、その最後に

 「君は僕と会わない方がよかったのかな」の歌唱を終えると、メンバー揃ってのMCのパートがあった。阪口珠美からは「アンダーメンバーも今この場所で自信を持って頑張れば良いんだって思えるようになったのは日奈子ちゃんのおかげ」、林瑠奈からは「もしいらっしゃらなかったら私もここにいなかった」とメッセージが送られる260。「ずっとみんなの味方だから、なにかあったらいつでも連絡してね。日奈子、全部やっつける担当だから」と笑う北野に261、和田まあやが北野は自分に厳しいという話の流れから「きいちゃんのお母さんたち聞いてますか、きいちゃんのこと本当よろしくお願いします、ファンの皆さまもよろしくお願いします、(きいちゃんは)強がりなんです」と、わからないようなわかるようなことを客席に呼びかけて、会場が笑いに包まれるひと幕もあった。そんな和田が「きいちゃんは乃木坂の円陣の掛け声『努力・感謝・笑顔』を全部持っている」と評した北野が最後の1曲として演じたのは「乃木坂の詩」。卒業公演の最後の1曲として選ばれるには逆に珍しい、あまりにもストレートな選曲だった。

 「乃木坂の詩」の歌唱を終えて、最後の挨拶。「ありがとうございました!」と長く頭を下げている間に、客席一面から「ありがおー」と、チップのイラストがあしらわれたフライヤーが掲げられる。顔を上げた北野は、そのお決まりの“サプライズ”に対して、感動というよりは喜んでいて、でも少しだけ照れくさくて居心地が悪そうにも見えた262。感謝の言葉を客席に投げかけながら、笑顔とともに、少し切なげな表情を浮かべる。その愛くるしい複雑さに、“アイドル”と“人間”のあわいを見たように思う。

 最後のステージを去った北野へ、ダブルアンコールの手拍子が鳴り響く。この日以降は再び雰囲気が変わっていった感じもあったのだが、コロナ禍で配信ライブが始まってからその日までは、ダブルアンコールがかかることはなくなっていたのではないかと思う。すぐに会場を出ていった観客が駆け足で次々と戻ってくるくらい、大きな手拍子が鳴り響いていた。サイリウムカラーの照明に染まったステージに、北野がもう一度姿を現す。永遠にまとまりきらないような感謝の思いを、笑顔で客席に伝えた。その目に涙は、ずっとない。笑顔でそのステージにひとりで立っていたことこそが、“乃木坂人生”を駆け抜けた北野が受けた、最後にして最大の勲章であった。

 


 

 ようやくここまでたどり着くことができた、というのが正直な感想である。本シリーズのすべての文章のなかで、卒業コンサート直後の記憶が鮮明なうちに書いていた、本稿の一部(「アンダー」の前後とユニット曲のブロック、およびアンコールの一部分)が、最も早く文章となっていた部分だ。規制退場を終えて会場を出てすぐにタクシーをつかまえてまでリピート配信を視聴して、それで満足だったともじゅうぶんだったとも思えないし、自分のなかにあるものをうまく書き表せたとも思えないが、これが筆者が見届けてきたもののすべてだ。いまはそう称するほかない。

 しかし今回、当時のメディアの記事や配信された写真、あるいは九州シリーズをはじめとする過去のライブと照らし合わせながら改めて振り返ることで、改めて気づいたことや、初めてわかったようなこともたくさんあった。1年と3ヶ月を経ていまさら何をやっているのだろう、という思いがないではないが(この間も前に進んでいく北野のことを見てきたつもりでもあるから、なおさら)、でもやっぱり、書いてよかったのだと思う。

 次稿は完結編ではないものの、シリーズとしてはひとつの区切りとなる。卒業コンサートを終えた北野の最終活動日までの少しの日々をなぞりつつ、彼女が「大切な友達」と呼んだ、中元日芽香との歩みを改めて振り返っていくことにしたい。

 

 

 

 

 

 

 

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その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)[7] https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-7/ https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-7/#respond Mon, 12 Jun 2023 13:55:22 +0000 https://meaning-of-goodbye.com/?p=972 [タイトル写真:新潟県湯沢町・越後湯沢駅ホーム(筆者撮影)]

[7]“代名詞”となった「日常」

 前稿からずいぶんと間が空いてしまった。あれから冬が来て、春が来て、それももう過ぎようとしている。前稿をかなり力を入れて書いたのは確かで、しばらくは燃え尽きた感もあったのだが、それ以外に特段の理由もないまま、数ヶ月も空けてしまったことにやや驚いているくらいだ(なので、これ以降は何もなかったように書き進めていくことにする)。

 北野にとって2曲目、単独としては初めてのセンター曲となった、22ndシングルアンダー曲「日常」。誤解を恐れつつもあえて単純化するならば、前稿で扱った「アンダー」は、いつからか北野がひとりで背負い込むようになった印象のある曲であったのに対し、「日常」はアンダー曲でありながら、徐々に乃木坂46というグループ全体にとっても重要な曲になっていき、多くのメンバーによって披露されるようになっていく。それは、楽曲そのものが多くのメンバーやファンを引きつけたという部分ももちろんあるが、何より北野(と、オリジナルのメンバーたち)がこの曲に並々ならぬ情熱を注ぎ、押し上げていったから、という部分も非常に大きかったと感じる。

 本稿では、その「日常」についての経緯と、そこに懸けた北野の思いについて、振り返っていきたいと思う。

「その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」目次

 ・[1]家族への信頼と愛情
 ・[2]ポジションと向き合った日々
 ・[3]同期・2期生という存在
 ・[4]“先輩”と“後輩”、グループのなかでの役割
 ・[5]「希望の方角」と「忘れないといいな」
 ・[6]あの夏のこと/アンダー曲「アンダー」
 ・[7] “代名詞”となった「日常」
 ・[8]「乃木坂46 北野日奈子 卒業コンサート」
 [9]中元日芽香、「大切な友達」として
 ・[ex]“それから”の日々と“これから”

 

“あの頃”のアンダーライブ

 筆者は、近年よく「以前のアンダーライブはもっとたくさんメンバーがいたんだよな」というようなことを、直感的に思うことがある。それは必ずしも完全に正しいというわけではなく、筆者の印象に強く残っているアンダーライブに引っ張られている面もあるのだが、傾向としてはそう称してもよいのではないかと思う。

 「31stSGアンダーライブ」(2022年12月、9公演)は史上最少の10人で挙行され256、和田まあやの(そして、“1・2期生”にとっての)最後のアンダーライブとなった「30thSGアンダーライブ」(2022年9-10月、6公演)も、12人での挙行であった。かつては選抜メンバーと同程度の人数で推移していたアンダーメンバーは、グループとしてメンバーの卒業が断続的に続く一方、選抜メンバーの人数がおおむね維持されることにより、目減りと感じるような時期も長くみられてきた。

 次作の32ndシングルでは、加入から1年が経過した5期生が選抜・アンダーに合流したこともあり、アンダーメンバーは17人と、再び一気に増加したこととなる261。このような、のこぎり型とも言えるような、(選抜メンバーと比べて)大幅な人数の推移もアンダーメンバーの特徴であり、いわゆる“ボーダー組”263の合流のタイミングであった12th264、3期生合流のタイミングであった20th265、4期生合流のタイミングであった28th266の各シングルにおいて、それぞれアンダーの人数は大幅に増加しているほか、新加入のメンバーの表題曲センター抜擢と同時に選抜メンバーの人数が減少した18thシングルおよび24thシングルでも大幅な増加がみられ267、一方で23rdシングルでは前作比-8人となるなど、急激な減少が見られたタイミングもあった。

 その23rdシングルの前作である22ndシングルのアンダー曲が「日常」であり、アンダーメンバーは18人。それまでの時期のアンダーメンバーとしては標準的な人数規模であるという印象だが、これ以降、アンダーメンバーがこの人数を超えたことはない268。3期生の合流から3作目である一方、居並ぶ顔ぶれの3分の2が1・2期生であり、のぎ動画で配信中である武蔵野の森総合スポーツプラザでの「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」(2018年12月19-20日)の映像を改めて見返したりしていると、「ああ、“あの頃”のアンダーライブだ」というようなことをしみじみと思ったりもする269

 その「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」は、2016年にスタートした「アンダーライブ全国ツアー」の区切りの公演であり270、かつ、歴代の「アンダーライブのためだけにおさえられた会場」のなかでは最も“キャパ”の大きい(と称することもできる)会場で行われた公演でもあった271。また、前稿[4]でも触れたところであるが、かつてのアンダーライブにおける、「原則として当該シングルの表題曲をセットリストに含める」という形もこのときが最後となっているという点でも、ひとつの区切りであったと筆者はとらえている。

 乃木坂46の表題曲のフォーメーションは、かつては16人が基本とされ、現在は20人程度で推移しているといえる。このようななかで、アンダーメンバーのフォーメーションが16人を下回ってくると、あくまで人数規模だけをみるならば、選抜メンバーと対置されるというよりは、期別のフォーメーションにイメージが近くなる272。12人での「30thSGアンダーライブ」、10人での「31stSGアンダーライブ」を見てきた感想としては、チームとしてのまとまりは自然と生まれやすく、それがメンバー個々のパフォーマンス力とあいまって、ライブは高いレベルにまとまっていたものの、それに続く「32ndSGアンダーライブ」を見ると、人数の多さはわかりやすくパフォーマンスの迫力につながるんだな、と感じることもあった。

 いつものことながら話が遠回りして、前置きが長くなってしまっている。言いたかったのは、北野は「日常」で、18人という規模のチームのセンターに、単独で立ったのだ、ということだ。

 

二度目のセンター、“座長”として

 アンダーセンターはアンダーライブの“座長”といわれる。さんざん書いてきたのでここではあまり立ち入って書かないようにするが、北野は18thシングル期のアンダーライブ九州シリーズでも中元日芽香とともにセンターに立ち、“座長”を務めるはずだったが、折からの体調不良の状況もあり、その任を果たしたとはいえない状況のままシリーズを終える形となっていた。

 このときのアンダーメンバーも18人。しかし1年数ヶ月の時間を経て、22ndシングルは3期生までの編成となっていた。黎明期からアンダーライブを牽引してきた能條愛未が前シングル限りでグループ卒業となり、未発表ではあったものの、さまざまな場面でまとめ役を務めてきた伊藤かりんも、卒業に向けてメンバーとしてのキャリアの最終盤という頃合いであった。フォーメーションのなかで2期生は最大派閥でもあり、先輩メンバーや年長組のメンバーに引っ張ってもらうという状況ではいよいよなくなっていた。

 北野のアンダーセンターと、武蔵野の森総合スポーツプラザでのアンダーライブの開催がアナウンスされた、「アンダーライブ全国ツアー2018〜北海道シリーズ〜」千秋楽(2018年10月5日)を終えた直後、北野は次のような決意を口にしている。

「単独でセンターをやるのは初めてで、すごく緊張するし、不安もたくさんあるんですけど、ちゃんと新しい風を運べるような、力強いセンターになれたらなと思います。」

(2018年11月18日「乃木坂46SHOW!」[「AKB48SHOW!」#204] 北海道シリーズ千秋楽公演終了後・北野日奈子コメント)

 「新しい風を運べるような、力強いセンター」。北野は宣言した通りに、それを実践していく。特に「力強さ」という点には、彼女のパフォーマンスの特性やそれに対する姿勢、あるいは他のメンバーに引っ張ってもらってきた経緯などに加えて、体調不良による休業を経験した立場として、そこからなんとしても復活を遂げるんだ、という思いもいくぶん込められていたようにも感じる。

北野 頭にあったものは、アンダーライブがいいものになればいいなというものでした。でも、いろんな葛藤がありました。
——葛藤というと?
北野 座長の私が引っ張らないといけないけど、長らく休業していたし、復帰して2枚目のシングルでアンダーのセンターをするということでどう思われるのかも怖かったですし。だけど、そういう気持ちを全部吹き飛ばしてやるしかないと思いました。そのためには勇気が必要でしたね。休業したことで、「きいちゃんって意外と弱いんだ」って思われたと思うんです。自分でも弱さを痛感しました。でも、引っ張っていくためには強いセンターじゃないといけないじゃないですか。だから、強さと勇気を持って……アンパンマンみたいですね(笑)。

(『BUBKA』2019年3月号 p.18)

 あるいは、前稿[4]でも言及したところだが、21stシングルの期間を体調不良によって休業した久保史緒里がこのシングルに参加することになったのは、北野による後押しがきっかけであったものとして語られている。前稿では「乃木坂46時間TV(第4弾)」での北野とのツーショットトークを引いたが、22ndシングル期のインタビューでも同様のことが語られており、ここではそちらを引用する。

——22枚目から正式に活動を再開されるんですよね。
久保 不安もあったんですけど、(北野)日奈子さんに相談したら「しーちゃんと一緒にやりたい」と言ってくださって。その言葉が決定打になりました。今回のアンダー曲『日常』のMV撮影で仲良くなれた先輩も多くて。
——渡辺みり愛さんと仲良くなったんですよね。
久保 そうです、そうです! いろいろ取っ払って前とは変わることができた気がします。いまは自分のできることをやっていければいいなと思ってます。

(『EX大衆』2018年12月号 p.84)

 22ndシングルの発売日は2018年11月14日で、音源の初オンエアは10月19日の「金つぶ」、YouTubeチャンネルでのMV公開は11月1日のことであった。シングルの発売に前後してアンダーメンバーでの音楽番組への出演があり、そこでパフォーマンスの披露はあったものの、アンダーライブでのライブ初披露までの間にはやや間が空いたといえるように思う。しかし、MVや音楽番組でのパフォーマンスの激しさや力強さは、早い段階から話題になりつつあった。

——『日常』のMVの見どころを解説してもらえますか?
久保 ダンスシーンがすごくカッコよくて、特に曲終わりあたりの(中田)花奈さんのウェーブがめっちゃキレイなんです。ライブで観たらもっと美しいはず。それをふまえながら何回か再生してほしいです。あとは麗乃ちゃんが小さいスコップを持ってるところが非常にかわいい!
吉田 最後に爆破シーンがあるんですけど、特撮好きの私としてはずっと観てみたかったんですよ。念願が叶いました。メンバーの中で一番、目をキラキラさせていたんじゃないかな。爆破シーンが好きな人は観てほしいです。
久保 結構変なこと言ってるよ(笑)。吉田、いいよ〜(笑)。
吉田 爆破が好きなんですよね〜(ニコニコ)。

(『EX大衆』2018年12月号 p.84)

——なるほど(笑)。さて、ここからは22枚目の活動についてお聞きしたいです。アンダー曲である『日常』は見応えのあるダンスになってます。
阪口 『三角の空き地』はどれだけキレイに見せられるかを研究していたんですけど、今回はそれに加えて感情を出していきたいと思ってます。でも、まだできなくて。中田さんのダンスがすごいなと思うんです。振りVを見てもずっと目がいっちゃう。
中田 いやいやいや(笑)。
——以前取材で久保史緒里さんも「花奈さんのウェーブがめっちゃキレイなんです」と言ってました。
中田 いや〜、ありがたい。久保ちゃんとはシンメですごく近い距離で踊ってるので、ブツからないかドキドキしてます(笑)。
——『日常』は音楽番組で披露する機会も多いですよね。
中田 昨年1月に発売されたアルバム『僕だけの君』がきっかけでアンダーメンバーが番組に出る機会が増えて、アンダーの形が変わっているかなと思います。
——振り付けがWARNERさんというのもアンダー曲では久しぶりだと思います。
中田 9枚目、10枚目とアンダーライブをロングランでやっていた時期がWARNERさんの振り付けだったので、そのときに帰ってきた気持ちになりました。
——12月19日、20日に武蔵野森総合スポーツプラザ(原文ママ)で行われるアンダーライブも楽しみです。阪口さんは2015年12月に武道館で行われたアンダーライブを観ていたとか?
阪口 はい。ステージを観て「こんなにキラキラした人たちがいるんだ!」と感動して。まだ乃木坂46に詳しくなくて知らない曲もあったけど、ステージにいる全員に惹かれたんです。
——東京でのアンダーライブは昨年4月の東京体育館以来になります。
中田 そのときは選抜だったので、東京でのアンダーライブが本当に久しぶりなんです。アンダーライブの集大成を見せることができたらいいなと思います。
阪口 アンダーならではの内に秘めた想いを吐き出すような力強いダンスを見せることができたらいいなと思います。

(『月刊エンタメ 』2019年1月号 p.19)

 しかし、そのエネルギーや勢いをそのままに、12月のアンダーライブにぶつかっていったということだけではないようである。アンダーライブを終えた直後には、“座長”としてのチームの舵取りや、その奥にあったアンダーライブへの思いを、北野はこのように説明している。

——強さと勇気だけが友達、ですか(笑)。
北野 そうなんです。それを味方にしないとセンターってできないんです。今回、「話し合いの時間をください」ってスタッフさんにお願いをしたんです。それを言い出すのも勇気が必要だったんですけど。最近思っていたのは、「以前のアンダーライブと何かが違うな、どこが違うんだろう?」ということでした。毎回やり切ってはいるけど、何かが足りないんです。それは、話し合いをすることなんじゃないかと思いました。以前は伊藤万理華さんやらりん(永島聖羅)さんが中心になって、「ここをこうしよう」ってリハーサルからみんなで話し合ったんです。
——最近はそれがなくなっていたんですね。
北野 自分が言いだすのはちょっとアレだったので、(伊藤)かりんちゃんに手伝ってもらって、みんなに集まってもらいました。そうすることで、「もう一度気持ちを切り替えなきゃ」って思ってもらいたかったんです。それに、アンダーライブって毎回させていただいているけど、それって当たり前のことじゃないんですよ。アンダーライブがなかった時代は、アンダーのメンバーにはお仕事が少なかったわけで、それを3期生にも伝えたかったんです。

(『BUBKA』2019年3月号 p.18)

 あるいは別のインタビューでは、そうした自分の行動について「私はアンダーライブのことだけを考えていたので、ひとりだけどんどん突っ走っていっちゃんたんですよね。でも、それじゃダメで。私だけが熱い火を持っているのではなく、みんなにもその火を付けていかないといけないって思ったんです。(リアルサウンド「乃木坂46 北野日奈子が語る、活動休止と1st写真集で芽生えた良い変化『“新しい自分”を認められた』」[2019年1月14日公開])とも語っていた。そうした強い思いをもって、チームの温度を高めながら臨まれた、最大レベルの規模のアンダーライブ。そこでは、いくつものハイライトシーンがグループの歴史に刻まれることになった。

 

「みんなと同じ空気の温度」

 このときのアンダーライブでは、座長の北野がセットリスト作りに携わっていたのだという。

北野 今回、スタッフさんに呼ばれて、セットリスト作りに携わらせてもらったんです。「『左胸の勇気』はどうしてもやりたいです」とか「この曲のセンターは○○さんがいいと思います」とか意見を言わせてもらって。……(後略)

(『BUBKA』2019年3月号 p.19)

 このインタビューにおいては、この後に「アンダー」をセットリストに加えるか加えないかという話になり、北野は入れたほうがいいと言った、というエピソードが続く。近年の卒業コンサートや期別ライブでは、ほぼ全編にわたってメンバーの意向でセットリストが組まれることもあるようであるが、このときはそこまでではないにしろ、北野の思いがかなり反映されたセットリストであったといえるように思う273

「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」(2018年12月19-20日)セットリスト

OVERTURE
①初恋の人を今でも(C北野)
②あの日 僕は咄嗟に嘘をついた(C北野)
③転がった鐘を鳴らせ!(C北野)
④My rule
⑤ブランコ
⑥自由の彼方(C鈴木)
MC
⑦遠回りの愛情(C岩本・鈴木・中村・樋口・向井・山崎・渡辺)
⑧私のために 誰かのために(かりん・純奈・久保)
⑨傾斜する(C渡辺)
⑩君は僕と会わない方がよかったのかな(C中田)
⑪満月が消えた(川後・阪口・佐々木・吉田・和田)
⑫君に贈る花がない(北野・寺田・中田)
⑬誰よりそばにいたい(C北野)
MC
⑭自惚れビーチ
⑮シークレットグラフィティー
⑯左胸の勇気(C山崎)
⑰13日の金曜日(C岩本)
⑱狼に口笛を(C和田)
MC
⑲アンダー(C北野)
VTR
ダンストラック(北野ソロダンス)
⑳嫉妬の権利(C北野)
㉑制服のマネキン(C北野)
㉒インフルエンサー(C北野)
㉓ここにいる理由(C北野)
㉔日常
〆(北野)

アンコール
EN1帰り道は遠回りしたくなる(C北野、ぐるぐる川後)
EN2孤独な青空(C北野)
EN3ハウス!(1日目)/サイコキネシスの可能性(2日目)
MC(北野スピーチ)
EN4乃木坂の詩
MC(川後スピーチ、2日目のみ)
EN5ハルジオンが咲く頃(C川後、2日目のみ)
〆(2日目回し北野・川後挨拶)

 1曲目の「初恋の人を今でも」は客席がざわめくような、やや意外な選曲であった。7thシングル所収のアンダー曲で、オリジナルのセンターは星野みなみ。北野と星野の関係の近しさもいくぶん作用した選曲だったのだろうか。アンダーライブがスタートする直前のアンダー曲で、アンダーライブでの披露機会は多かったもののそのほかでの披露は少なく、さらにこのときの披露は前年の「アンダーライブ全国ツアー2017〜近畿・四国シリーズ〜」からほぼ1年ぶりであった。

 キャメル色のコート風の衣装はこのときの新作で、メンバー人気も高いという印象がある。完全に冬のモチーフになるため着用機会は少ないが(別の衣装の上から着ることが前提となる点も作用しているだろうか)、近年では「30thSGアンダーライブ」においても着用されている。「初恋の人を今でも」は冬を直接描いた歌詞ではなく、MVも冬の設定とはいえないが、切なげなイントロとメロディラインは真冬のステージにいかにもマッチしていた274

 このほか、冒頭のブロックでは“熱いアンダーライブ”を象徴する楽曲である「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」「自由の彼方」、オリジナルのセンターがいる「My rule」「ブランコ」、および「転がった鐘を鳴らせ!」が披露されている。10thシングルの選抜メンバーによるカップリング曲である「転がった鐘を鳴らせ!」は、このときのアンダーライブにもオリジナルメンバーがいないくらいなのだが、会場の雰囲気を一気に明るくするためにセットリストに加えられることが多い印象で、アンダーライブでの披露機会も多い(「乃木坂工事中」の印象も強いだろうか)。このときも、曲の冒頭で北野が会場に煽りを入れている。

 MCを挟み、ユニット曲が軸となるブロックに移る。「遠回りの愛情」は10thシングル所収の“94年組”による楽曲、「傾斜する」はAKB48・小嶋陽菜との混成ユニット「こじ坂46」の楽曲である。「こじ坂46」には当時の研究生275も参加していたが、当時の研究生は原則としてアンダー曲にも参加しておらず、さらにこれは11thシングル所収の楽曲である「ボーダー」よりも前の作品であるため、これらのメンバーにとっては思い入れのある作品でもあるようである276。センターは、そのオリジナルメンバーのひとりである渡辺みり愛が務めた。

 このブロックにおいて、アンダーライブ恒例の“お歌のコーナー”として歌唱されたのが「私のために 誰かのために」であり、このときのライブにおけるハイライトシーンのひとつとなった。参加メンバーは、アンダーライブを歌唱力の面で支えてきた伊藤かりんと伊藤純奈、そして前述の経緯で、このとき初めてのアンダーライブ参加となった久保史緒里である。特に3期生のなかでは、すでに歌唱力に定評のあるメンバーだったといえる久保だが、このときの歌唱がひとつの転機となり、その後のさらなる活躍にもつながっていったというのは、前稿[4]でも記した通りだ。

久保「(自分にとって印象に残っているライブは)正直ほんとに、これ日奈子さんだからとかじゃなくて、2018年の武蔵野の森のアンダーライブ。でも私、あれがあったから、ライブで歌わせていただく機会が増えたんですよ」
北野「えー、もともと上手だったからあのときも歌ったんだよ」
久保「ううん、だけどそれまでって、なんかそれこそ最初の3期生ライブでソロで歌わせていただくパートとかはあったんですけど、正直それってレッスンを見て決めていただいただけだから、ファンの人の声とかで決まったわけではなかった。自分の実力が認められたわけじゃないなってずっと思ってて。でも2018年に伊藤かりんさんと伊藤純奈さんに支えてもらって、あそこからライブでソロで歌わせていただく機会がめっちゃ増えたなって思いますし、あとは……ほんとに楽しかった」
北野「良かったよねえ……」

「君がいるから僕はここを好きになる」後編

 「君は僕と会わない方がよかったのかな」は中元日芽香のセンター曲であり、彼女を象徴する曲でもあった。このときは中元にとって最後のライブとなった「真夏の全国ツアー2017 FINAL!」(2017年11月7-8日)以来、いずれのライブでも披露されないまま1年以上が経過していたという状態であった。センターを務めたのは中田花奈であったが、セットリストに加えられた背景には、ひょっとすると北野の思いもあったのかもしれない。「満月が消えた」は“生生星”、「君に贈る花がない」はサンクエトワールによるユニット曲。「君に贈る花がない」は、このライブに参加したオリジナルメンバー3人のみによる披露となった。歌唱のみで披露されるスローテンポのアンダー曲「誰よりそばにいたい」277は、樋口日奈がセンターに立って披露されることが多かった印象であるが、このときは北野がセンターポジションに立って披露されている。

 再度MCを挟み、再度アンダー曲のブロックへ移る。オリジナルのセンターが参加している「自惚れビーチ」と「シークレットグラフィティー」が披露されたのち、初期のアンダー曲「左胸の勇気」「13日の金曜日」「狼に口笛を」が連ねられた。このなかで、特に「左胸の勇気」については、北野の「どうしてもやりたい」という強い希望でセットリストに加えられたようである、というのは先にも述べた通りである。

——ソロのダンスパートがハイライトだったと思いますが、自分的にはどうですか?
北野 今回、スタッフさんに呼ばれて、セットリスト作りに携わらせてもらったんです。「『左胸の勇気』はどうしてもやりたいです」とか、「この曲のセンターは○○さんがいいと思います」とか意見を言わせてもらって。そこで、『アンダー』を入れるか入れないかについての話になって、私は入れたほうがいい、と言いました。
——どうしてですか?
北野 いつまでも自分の中でコンプレックスにするのはよくないからです。ダンスブロックの前に置くことで、『アンダー』がより深いものになって届いてくれたらいいなっていう思いもあって、そこに入れてもらいました。

(『BUBKA』2019年3月号 p.18-19)

 「左胸の勇気」は1stシングル所収のアンダー曲である。披露機会の少ない楽曲ではないように思うが、それ以前の機会を遡っていくと、「アンダーライブ全国ツアー2017〜近畿・四国シリーズ〜」(2017年12月)、「アンダーライブ全国ツアー2017〜関東シリーズ 東京公演〜」(2017年4月)、「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY2(2017年2月21日)278、「Merry Xmas Show 2016〜アンダー単独公演〜」(2016年12月7・9日)と、北野が参加していないものが長らく続いていた形であった(その前の披露機会は2016年8月28日の「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY1で、このときは北野は参加している)。「どうしてもやりたい」という思いの背景についてはここでは語られていないが、前向きでまっすぐな歌詞のメッセージとともに、個人として長らく披露していなかったという経緯も、ひょっとするとそこにはあったのかもしれない。

 MCのブロックが挟まれ、北野が曲振りをする。「聴いてください、『アンダー』」。ここまでのブロックでは“あの夏”、「真夏の全国ツアー2017」地方公演で初出だった「アンダー」歌唱衣装が着用されてもいた。ここで「アンダー」が演じられたことについては、前稿[6]でも述べたことであるが、ライブ全体のセットリストに即して改めてもう少し触れておくことにしたい。

 「いつまでも自分の中でコンプレックスにするのはよくないから」という北野の決意でセットリストに加えられた「アンダー」であるが、その置きどころには検討の余地があり、かなりのこだわりをもってこの位置で演じられていたのだという。結果として、MCのあとに「アンダー」を1曲演じたあと、VTRを挟んで最後のブロックに移行する279というような、やや珍しい形がとられることとなった。

北野:セットリスト考えててさ、『アンダー』って曲が私のセンター曲であるんだけど、結構雰囲気を変える曲だから、やるかやらないかって言われて、私はもうやらなくてもいいかなって思ったんだけども、「やった方がいいんじゃない」ってスタッフさんの声もあって、じゃあ頑張ってやってみますって言ったんだけど、入れどころを考えるじゃない。消化の仕方が難しい曲っていうのかな。
久保:どこに入れるかで、意味が全然変わってきますもんね。
北野:ダンスが下手くそな日奈子が一生懸命踊るっていうところを、演出家さんたちが「そこも入れた方がきいちゃんらしいよ」みたいな感じでダンスパートをこう……いつもさ、全員でダンスやってたじゃない。一人で踊ってもユニゾンがあったじゃん。でも今回は日奈子一人で踊るってなって、『アンダー』の入れどころとかも考えて、これ実はソロダンスの前にVTRが入っているんですけど、VTRをふる『アンダー』があって、アンダー曲って言うところからもう始まってて、ここのブロックが。そのへんとかも色々こだわってもらって。

(のぎ動画「久保チャンネル #16 アンダーライブ全国ツアー2018 〜関東シリーズ〜 中編」[2021年9月24日配信開始])

 そのVTRは北野へのインタビューを軸に構成され、そのなかで北野はかつての自らのダンスについて「できない下位1位だった」「自信はないけどがむしゃらにやっていたって感じですね」と振り返った。グループ加入当初、北野がダンスを苦手としていたことは繰り返し語られてきたことだが、「苦手だったが努力してだんだんできるようになっていった」のような直線的な経緯のみがあるのではなく、スキルが足りていない状態のまま8thシングルでの選抜入りがあり、どうにもならないまま次のシングルから長いアンダー時代を過ごす、という、挫折といえる経験がそこには挟まっている。

——でも、選抜に入るのは早かったですよね。
北野 はい。未央奈に続いて2番目でした。私、いつもニコニコしていたから、「明るくていいね。声も大きいし」ってダンスの先生からも褒められていました。その明るさがファンの皆さんから認めていただけたのかもしれません。
 でも、踊れないという自覚はあるから、選抜に入っても困ることばかりでした。先輩たちも私がダンスができないことを知っているし。「選抜に入れて嬉しい!」じゃなくて、「とにかくダンスをなんとかしなきゃ……」と思う毎日でした。

(『希望の方角』北野日奈子インタビュー)

 「VTRをふる『アンダー』(のぎ動画「久保チャンネル #16」)。そこでは「人知れず汗を流す影」というモチーフが歌われ、MVに収められた、北野がややあやふやな様子で振り付けを練習する様子(2Aメロ)などが思い出されたりもしたが、北野のことばは決して、「影で重ねてきた努力を知ってほしい」というようなニュアンスではなかった。

「『きいちゃん、こんなにできるようになったんだ』っていう気持ちというよりかは、なんか……ちゃんとできて当たり前だと思うし、真ん中に立たせてもらってるので、みんなが一生懸命できているなかの一員としてちゃんと見てもらって、私もそうやって見られているというプレッシャーを感じながら、それ以上のものを見せられるように頑張ります。」

(「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」終盤VTR 北野日奈子インタビュー)

 北野はそのインタビューを「ひとりのメンバーとして、ちゃんと見ていてほしいですね」とまとめる。あるいはVTRにのなかでは、「踊れ、私たち」とキャプションが付されてもいた。あくまでチームとして、高いパフォーマンスを見せる。ライブに足を運んでいる観客に、過程ではなく結果をもって応える。そんな決意を感じた。

 しかしもう少しいえば、そのあとに続いたのは、北野によるソロダンスパートである。「いつもさ、全員でダンスやってたじゃない。一人で踊ってもユニゾンがあったじゃん(のぎ動画「久保チャンネル #16」)と北野が振り返るように、ライブのセットリストに差し挟まれるダンスパートを、ひとりのメンバーが担うというのは異例のことであるといってよい。たくさんのメンバーにそれぞれのポジションがつけられるグループにあって、センターやそれに近い位置にいるメンバーが「みんなのことを見てほしい」というような発言をすることも多くある。しかしこのときの北野の発言はそこにとどまらず、「みんなが一生懸命」なチームを自分が牽引する、ソロダンスパートを与えられた自分はその瞬間、チームのすべてを背負う、そんな気概を表明していたように思う。

 1万人の観客を納める会場の真ん中に、「日常」の歌唱衣装をまとってひとり現れた北野。無数の照明が彼女ひとりに当てられ、それをダンスで操るような舞台演出がつけられた。MVのときと異なり、ヒールではなくスニーカーを履いてのパフォーマンス。メンバーのなかでは長身とはいえない体躯の北野だが、少しだけだがさらにいつもより小柄に映った。それでも、得意とする身体を大きく使ったダンスを客席に届ける。メインステージのモニターも落とされ、1万人が北野のダンスだけを見つめていた。花道を移動してメインステージに戻り、“ゼロ番”の位置へ。激しいパフォーマンスはさらに続き、3分弱のダンストラックを踊りきった。踊れなかった過去も、センターの位置になかなかまっすぐ立てなかった“あの夏”のことも、すべてを乗り越えた「力強いセンター」が、そこにいた。

——話題になったのは、北野さんソロのダンスパートでした。
北野 これまでのアンダーライブでもダンスパートは何度もあったけど、センターだけが踊ったということはなかったんです。ダンスが苦手な私がソロで踊ってもいいのかなという思いはありました。演出家さんに、「上手に踊ろうとしなくていい。きいちゃんのいいところは気持ちが見えるダンスができることだから、それを表現してくれればいいんだよ」と言われたのも会って、緊張だけじゃなくて、楽しんで踊ろうと思うことができました。だから、ステージに出る階段を上る瞬間はワクワクしていました。

(『BUBKA』2019年3月号 p.18)

 また、このときの北野のパフォーマンスの様子は、彼女のキャリアのなかでも屈指のハイライトシーンとして、記憶のみならず記録にも残されることにもなる(参考)。公式の提供写真としてメディアに配信されたのみならず、翌年の生誕祭のパンフレットでも用いられたほか、約3年半の時を経て、卒業グッズのA3クリアポスターにも使用されている。

鈴木 (前略)……アンダーライブで『日常』の前にソロダンスを踊ったきいちゃんの画像があって。
北野 いつもライブ写真を撮ってくれる方が「いい写真が撮れたよ!」と公開される前からベタ褒めしてくれたんです。
鈴木 そのきいちゃんを思い出しながら「髪の毛まで活かそう」と踊ってる。

(『EX大衆』2019年10月号 p.81)

 ソロダンスを終えた北野はメンバーと合流し、フォーメーションのセンターの位置へ。ライブはクライマックスへと向かう。まずは「嫉妬の権利」。ステージが赤色の照明に包まれる。引き続き、メインステージのモニターは落とされたまま。本稿はのぎ動画でライブ映像を確認しながら書いているのだが、特にこのブロックは現地にいたときの印象と大きく異なる(こと、筆者がいたのは見切れ席であった)。メンバーの表情などは見えなくて、とにかく見える限りのものに目をこらし、音に包まれながら、ペンライトを振って声を出すしかなく、それがすべて。積み重ねられてきたアンダーライブの“熱”を信じた、ある意味で特殊な演出であったが、一方でそれはライブの原体験のようでもあった。

 アンダー曲のなかでもダンスがハードな曲として語られる「嫉妬の権利」から、シームレスに「制服のマネキン」「インフルエンサー」という、表題曲2曲が連ねられた。センターには引き続き北野が立ち続ける。乃木坂46のライブに行けば必ず見られるというくらいのグループの代表曲であるからこそ、映像なしで広い会場にパフォーマンスを届けようとするメンバーの大きな動きと、アレンジが加えられた大胆なフォーメーション移動に目が行く。息つく間もなく続いて繰り出された「ここにいる理由」では、恒例となっているラスサビ前のブレイクでの客席からの発声で、観客もメンバーのパフォーマンスの熱に応えた。

 そしてそこから、さらに間をおかずに繰り出されたのが、ライブ本編最後の曲、「日常」であった。フルサイズでの披露で、ライブでのパフォーマンスはこのときが初めて。大きな舞台にいきなりぶつけるような形になった。ここでメインステージのモニターは再び会場を映し出す。よりいっそう激しく明滅する照明。久保史緒里は「日常」のステージングについて、「各部署のみなさんの力が集結して完成する感じが好きなんですよ。照明さんとか、カメラさんとか、スイッチャーさんとか、いろんな方の力が集結して完成してる感ありますよね(のぎ動画「久保チャンネル #17」)と表現する。ライブチームの力がすべて集結した舞台に、限界まで出力を上げて挑んだメンバーたち。アウトロまでの披露が終わると、全員が息も絶え絶えといった感じであった。座長の北野がどうにか短くライブを締め、ライブ本編が終わった。

——2人が参加したアンダーライブだと、去年12月の武蔵野の森総合スポーツプラザ公演の本編最後のゾーンが印象的でした(北野日奈子のソロダンスから始まり、激しいナンバーが続いたブロック)。
岩本 あのゾーンに命を賭けている感じでした。
阪口 モニターも消えていたので、表情も気にせず、超100%ダンスに集中しました。
岩本 最後の『日常』(22ndシングル『帰り道は遠回りしたくなる』収録のアンダー曲)が終わった後、みんなの息遣いが聞こえて出し切った感がすごくて、それが気持ち良かったです。
——近くで北野さんを観て感じたことはありましたか?
岩本 私もフロントメンバーだったので、ポジションは近いはずなのに遠い存在に感じて、「座長は尊いな」と思いました。……(後略)

(『月刊エンタメ』2019年11月号 p.54)

 激しい曲調と力強い歌詞が特徴的な「日常」であるが、歌詞としては内心の描写が主で、“設定”のようなものは具体的でないという点にも特徴がある。例えば同じくシリアス寄りの曲調のアンダー曲でいえば、はっきりと恋愛にまつわる情念を描いた「嫉妬の権利」や「不等号」、情景には解釈の余地が大きいものの、“君と僕”という明確なモチーフが登場する「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」や「ここにいる理由」、「ブランコ」などとも、そうした点で違いがあるということができ、メンバーとしては少し世界観をつかみにくい部分が、当初はあったのかもしれない(あるいは、そのこと自体はあまり珍しいこととはいえないものの、MVの世界観がシュールな感じだったこともいくぶん作用していただろうか)。

——渡辺さんから見たアンダーセンターとしての北野さんのパフォーマンスはどうですか?
渡辺 意識しているか分からないけど、『日常』をやるたびに表情が獣のようになっていくんですよ。
北野 バカにしてるでしょ(笑)。
渡辺 してないよ(笑)。特にラストの真ん中から前に出てくる時の表情がすごく好き。MVの撮影時はみんな『日常』の世界観をまだ掴みきれていなかったけど、日奈子の表情やダンスの激しさが周りに感染していって、12月のアンダーライブではいいパフォーマンスができたんです。今回のバースデーライブでも選抜メンバーから「『日常』、めっちゃいい!」と言われることが多くて。それはセンターにいる日奈子の想いがちゃんと届いたからなのかなと思います。

(『EX大衆』2019年4月号 p.80-81)

 しかし、「力強いセンター」と「熱いアンダーライブ」を目指した北野のパフォーマンスにより、その「表情やダンスの激しさが周りに感染」し、ライブ初披露であり、かつかなり体力的にもハードな状況のなか、高いレベルでの披露が実現したといえるだろう。ライブは成功裏に終わり、評価を得ることにもなるが、それ以上に、メンバーのなかでも語り草となる熱いパフォーマンスとなった。

 アンコールがかかり、1曲目は当時のシングル表題曲、「帰り道は遠回りしたくなる」。センターは北野で、Cメロのペアダンスは、このときのライブを最後にグループを卒業する川後陽菜と。全メンバーのうちで唯一、このときまでのアンダーライブにすべて参加してきた川後にとって、このときのアンダーライブがちょうど100公演目のアンダーライブのステージであった280。川後は2日目公演のスピーチでは「自分に誇れるものがあるとしたら、それは乃木坂のメンバーでいちばんライブをやってきたということ」と口にして、積み重ねてきたキャリアへのプライドをにじませた。

――ネット上のインタビュー記事で、「こんなに悔いのないライブは初めてだ」と書いてありました。そんな感覚だったんですね。
北野 スカッとしました。みんな『日常』終わりでバテバテなんですよ。それくらい動く曲が続いたから。みんなバテてるけど、「やり切ったー!」っていう空気を後ろから感じたんです。ひとつになって、みんなと同じ空気を共有できたのが嬉しくて。たぶん走馬灯に出てくるでしょうね。それくらい嬉しかった。
――川後陽菜さんのラストっていうのも乗っかりましたしね。
北野 川後さんは本音を口にしない人だけど、最後の挨拶で声を詰まらせていましたよね。そこに今までの辛さがこもっていました。そんな本音が見えたことが嬉しかったです。

(『BUBKA』2019年3月号 p.19)

 さらに2曲を披露したのち、MCのパートへ。メンバーに振って感想を聞いていく定番の形式ではなく、北野による語りの形であった。1日目では休業期間のことに触れ、いまは楽しく活動できていることとともに感謝を伝えたが、2日目では楽曲「アンダー」について触れ、「スポットライトが当たっていなくても、アンダーメンバーは自分自身で光を放てるメンバー」と述べた。そして、アンダーライブをともにつくりあげたメンバーたちにメッセージを送る。

「今日でこのメンバーでのアンダーライブは最後になりますが、このメンバーだからこそ、このアンダーライブができたと思うし、みんなとこの時を過ごせたことが本当に幸せに思います。
 数年後、それぞれがここを飛び立って、どんなところで、どんなことをして、どうやって輝くかは分かりませんが、今日のこの時を過ごした私たちは、今日のこのことが人生の宝物で、人生の財産になると思います。
 私はですね……たぶん頼りなかったし、引っ張っていっているというよりは、足を引っ張ってしまっていて、頼りなかったと思うんですが、みんなと同じ空気の温度になれたことが本当に幸せに思います。ありがとうございました。」

(2018年12月20日「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」DAY2 北野日奈子アンコールスピーチ)

 「新しい風を運べるような、力強いセンター(2018年11月18日「乃木坂46SHOW!」[「AKB48SHOW!」#204] )を目指して走ってきた北野だが、一方で初期からのアンダーライブを知る彼女は、「新しい風が吹くのはいいことだけど、受け継いでいくべきものもあると思う」とも考えており、「『アンダーライブは熱いものなんだ』ということは忘れてはいけません。そのためには、メンバーがひとつにならないといけないんです。(以上、『BUBKA』2019年3月号 p.18)という思いがあったのだという。その北野が「みんなと同じ空気の温度になれたことが本当に幸せ」とまとめたことは、このときのアンダーライブが確実に熱いものであったことを象徴していたのではないだろうか。

 MCを経て「乃木坂の詩」でライブは締められるが、2日目ではそこから改めて北野から川後に話が振られ、川後からのメッセージと「ハルジオンが咲く頃」の歌唱があった。改めての締めくくりでは、北野は場を仕切り、川後へメッセージを送るなど、“座長”としての任も最後まで十分に果たしていた。

ーー先日、北野さんが座長を務めたアンダーライブが開催されました。今回、初めて単独センターを担当しましたが、振り返ってみて北野さんにとってどんな公演になりましたか?
北野:前向きになったと言ったばかりなんですけど、センターに選ばれた時はどうしても「私なんかでいいのかな?」って自信がなくなってしまうことが多いんです。でも、(伊藤)かりんちゃんとかが「日奈子は日奈子らしく引っ張ってくれればいいよ。私がサポートするよ」って言ってくれて。私なりのやり方で座長を務めてみて、こんなに悔いのないライブは初めてでした。途中で靴ひもがほどけちゃったり、あそこをもっとこうしておけばよかった、みたいなところはあるんですけど(笑)。

(リアルサウンド「乃木坂46 北野日奈子が語る、活動休止と1st写真集で芽生えた良い変化『“新しい自分”を認められた』」[2019年1月14日公開])

 

「日常」に「物語」を

 2019年2月21-24日に開催された「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」において、「日常」は初めて、グループ全体のライブで披露されることになる。リリース順を基本にした“全曲披露”のセットリストのなかにあって281、最新の22ndシングル所収の「日常」はその終盤に位置していた。リリース順の楽曲披露のみでなく、シングル・アルバムごとにVTRが挿入され、また各期のグループ加入や秋元真夏・堀未央奈の合流などに焦点を当てた演出が行われるなど、グループの歴史を丹念に振り返るような構成のライブであった。

 「日常」が披露されたのはDAY3の終盤であったが、この日はこれ以外にも、筆者にとっては北野に注目する機会が多かった。時系列としては17thシングル以降にあたっていたこの日には、3rdアルバム所収の堀未央奈・寺田蘭世とのユニット曲「ワタボコリ」282や、18thシングル所収の「アンダー」と「ライブ神」の披露があり、「ライブ神」の前には、2期生メンバーひとりひとりを紹介する演出もつけられていた283。アンダーアルバムのブロックのあとに挿入された4期生11人の自己紹介のコーナーでは北野が単独でMCの回しを担い284、20thシングル所収の2期生曲「スカウトマン」は、卒業した相楽伊織のポジション・衣装で披露した。

 そして迎えた22ndシングルのブロック。表題曲のセンターは翌日に卒業コンサートを迎える西野七瀬であり285、このときのVTRでクローズアップされたのはアンダーセンターの北野であった。2期生オーディション合格直後のコメントから始まり、元来の明るいキャラクターに触れつつ、「気持ちのすれ違いや、苦手なダンスに悩んだ時期もあった」と、「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」を貫いていた北野のストーリーが示唆される。休業中には仲間の支えがあり、その後「生駒里奈卒業コンサート」を機にステージに復帰した経緯が紹介され、「日常」のMV撮影と、その後のアンダーライブの様子が短くとりあげられる。「みんなとこの時を過ごせたことが本当に幸せに思います。」「人生の宝物で、人生の財産になると思います。」と、アンコールでの北野のスピーチ。そして最後に、「『次の駅で降りよう』。そう思いながら、終着駅の見えない電車を、彼女は下車した。まだ、見たことのない景色を見るために。」とナレーションが付され、VTRは終わった。

 暗転した会場。アンダーライブのときと同じ、オリジナルのMV衣装にスニーカーといういでたちでセンターステージに登場したメンバーは、5万人の観客を納める京セラドーム大阪に「日常」のパフォーマンスをぶつけた。

 ライブを終えたのち、北野は渡辺みり愛とともに、このときのパフォーマンスを以下のように振り返っている。

——12月のアンダーライブから2月のバースデーライブで、『日常』のパフォーマンスはさらに進化しましたか?
北野 アンダーライブではラストのブロックで「みんなが燃え尽きるまでやる」という感じだったから、パフォーマンスに「物語」をプラスするところまではいかなかったんです。バースデーライブでは、選抜メンバーが観ていることもあって「物語」を足すことができたのかなって。やっぱりアンダーメンバーは選抜にとって刺激的な存在でありたいから。あんなに髪を振り乱して、顔のパーツがどこかに飛んでいきそうなダンスは、アンダーだからできると思うんです。
——北野さんは踊ってる時は我を忘れてるんですか? それとも計算され尽くしたパフォーマンスなんですか?
北野 「明日、『日常』をこうパフォーマンスしよう」と自分が想定しているより、遥かに自分が自分じゃないというか、「飛んでるな」と思います。歌い終えた時に「スンッ」と我に返るんですよ(笑)。
渡辺 めっちゃ分かる(笑)。
北野 パフォーマンスしている時は周りからの見え方も考えられなくて。ステージを降りた時に「やり過ぎたかなぁ」と思ったり(笑)。例えば「制服のマネキン」だとカッコつけるポイントが何カ所かあるから考えながらできるけど、『日常』だとそれが難しいんですよ。

(『EX大衆』2019年4月号 p.81)

 パフォーマンスにプラスされた「物語」。それが具体的にはどのようなものを指すのか、ここでははっきりとは語られていないが、「選抜メンバーが観ていることもあって」ということで、筆者は以下のインタビューを想起した(「刺激的な存在でありたい」という表現も重なる)。

——アンダーライブを何かにたとえると?
北野 時計でいうと、乃木坂46というグループが短針で、選抜が長針だとすると、アンダーライブは秒針だと思います。秒針って長い針も短い針も追い抜くじゃないですか。そんな気持ちで活動しているのがアンダーだからです。「追い抜いてやるぞ!」っていう刺激をすべての面に与えているっていうか。選抜を目指すのはもちろんだけど、刺激的な存在でありたいと思っています。

(『BUBKA』2019年3月号 p.19)

 楽曲やパフォーマンスのもつパワーに加えてそうした思いもあってか、「日常」はオリジナルメンバーのみならず、選抜メンバーをはじめとした他メンバーにもかなり人気のある楽曲になっていった、という印象がある。「今回のバースデーライブでも選抜メンバーから「『日常』、めっちゃいい!」と言われることが多くて(『EX大衆』2019年4月号 p.80、渡辺みり愛)といい、この年において披露が重ねられていく過程において、多くのメンバーが言及するようになっていく。

——バースデーライブ3日目は『日常』がはじまる前に北野さんの映像が流れましたね。
北野 知らなかったから、前日のリハで観てビックリしました。
大園 桃子、『日常』がすごい好き。みんなの全力感が伝わるんですよ。
——『日常』は初期アンダーライブのような熱量あるパフォーマンスを目指したんですか?
北野 そのくらいの熱量はあるけど、全然違う形だなとは感じました。どうしても、過去のアンダーライブが比較対象になるし、目指す部分ではあるけど、違う形で追い抜きたいと思うんです。

(『OVERTURE』No.018[2019年3月25日発売]p.21)

 

重ねられるパフォーマンス

 「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」を経たのち、3月に3会場で全国握手会が立て続けに開催され、22ndシングル期はひと区切りとなった。4月17日には4thアルバム「今が思い出になるまで」がリリースされるが286、これに先立つ4月14日の「乃木坂工事中」#202において23rdシングルの選抜発表の模様が放送されている。北野は2列目のポジションで、4作ぶりに選抜メンバーに復帰することとなった。センターの北野がアンダーメンバーを離れることになり、日ごとにアンダーライブ・4期生ライブ・選抜ライブの形で行われた「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ」では、「日常」は5月24日のアンダーライブにおいて、寺田蘭世のセンターで披露されている。

 しかし、7月に始まり、3都市のドームをめぐったのち明治神宮野球場での3DAYSという日程で開催された「真夏の全国ツアー2019」において、「日常」はオリジナルメンバーによるフォーメーションで、全公演で披露されることになる。センターはもちろん北野。このときのセットリストには比較的アンダー曲が多かったが、オリジナルメンバーでない選抜メンバーを含めた特別な編成でのブロックや日替わりのユニットコーナーによる部分も大きく、アンダーメンバーによるパフォーマンスという点では「日常」および「滑走路」のみという形であった。

 「日常」がライブ定番の人気曲としての評価を定着させることになったのは、このツアーにおいてであったといってよいと思う。大きな会場で披露が重ねられ、単純にそれを目の当たりにした観客が多かったということもあろうし、乃木坂46の楽曲としてはいまでも指折りといってよい激しいパフォーマンスである。しかもこのときは間奏がかなり長めにアレンジされてダンスのパートが挿入されており、その印象はよりいっそう強まった。それを北野をはじめとするオリジナルメンバーたちが高い熱量で、汗だくで踊りきる。客席が青色のペンライトで染まるようになったのもこのときが最初であり287、「日常」のパフォーマンスの理念型のようなものがいったんここで定まったともいえるだろうか。

鈴木 そうかなぁ。去年より心に余裕ができたのは間違いないです。今年の神宮は、『日常』のきいちゃんがすごかったと思います。
——北野さんの気持ちが表情から伝ってくる素晴らしいパフォーマンスでした。
北野 演出がよかったんですよ。『滑走路』のペンライトでお客さんと一体になってから『日常』だったので。ありがたいです。
——全国ツアー中、『日常』はずっと高いクオリティを保っていたし、なんなら去年の12月のアンダーライブから続いているわけですよね。北野さんの中で気持ちの変遷はあったんですか?
北野 うーん。むしろ何も考えなくなった、という感じですかね。以前は「ダンス曲だし、この曲を引っ提げてアンダーライブを盛り上げたい」という気持ちがあったから、とにかく一生懸命やろうと思っていたけど、夏のツアーはその時ごとの気持ちで構えずにやろうと。だから、出番前は震えていました。
——その時ごとの気持ちでやるからこその緊張感があった。
北野 そうですね。例えば『ガールズルール』だったら、「このテンションで踊って」「ここでカメラに抜かれて」と想定するんですけど、『日常』はその時の感情で表現していたので。かといって、自信があるわけでもないから、そんな決断をした自分に不安で震えてしまうんです(笑)。「私はここにいて大丈夫かな」って。それに「ここで締めなきゃ」という気持ちもありました。セトリの流れとしてバチッと決める役割があると思ったので。そういう意味で、間奏のダンスパートも重要なんです。
鈴木 視界に入ってくるので、きいちゃんが熱いと「私も頑張らなきゃ」という気持ちになるんです。……(後略)

(『EX大衆』2019年10月号 p.80-81)

 そのパフォーマンスを、北野はあまり何も考えず、「その時ごとの気持ちで構えずにやろう」と取り組んでいたのだという288。あるいはその表現は、「パフォーマンスしている時は周りからの見え方も考えられなくて(『EX大衆』2019年4月号 p.81)という、それ以前からの姿勢にも重なるものだったかもしれないし、後年においても「パフォーマンスをしていても、毎回違う気持ちで感情をぶつけられる曲(「ベストソング歌謡祭」[2022年2月21-23日「乃木坂46時間TV(第5弾)」内])と語ってもいる。あるいはこのときには、「日常」のパフォーマンスの際には「イントロかかった瞬間に戦いが始まる気持ちになる」「アウトロで終わったときに、今日は勝てたか勝ててないかを考えて」とも口にしていたが、それはこのときのツアーを含めて多くの披露機会にあたってきたからこその心の動きであったのかもしれない。

 選抜に復帰し、目標としていた福神メンバーのポジションに立つとともに、ツアーを通して「日常」で引き続き結果を残したことは、北野にとって確実な自信につながったようでもあった。

——2作連続で選抜に入った2019年はどんな1年でした?
北野 初めての選抜(8thシングル)では何もできなくて、15thから17thのときはアンダーと選抜のギャップに悩まされていたんです。一生懸命に努力して入った選抜なのに、自分の中で消化しきれなかった。でも、今回(23rd、24th)はギャップを感じることはなく、想定外のことが起きても自ら扉を開けることができるようになったんです。
——いい意味でアンダーと選抜が地続きになってましたよね。
北野 そうですね。昨年はアンダーセンターとして『日常』をやらせていただいて。今年のツアーでも『日常』をパフォーマンスできたことが自信につながりました。

(『月刊エンタメ』2020年1月号 p.26)

 

“青い炎”が燃える

 「真夏の全国ツアー2019」は、初代キャプテン・桜井玲香の卒業289と、それにともなうキャプテンの秋元真夏への交代290、遠藤さくら・賀喜遥香・筒井あやめがフロントに立った24thシングル表題曲「夜明けまで強がらなくてもいい」の初披露291などの出来事があり、セットリストに3期生・4期生によるブロックが設けられたり、「僕のこと、知ってる?」が全メンバーにより歌唱されたり292と、“新体制”への移行(グループアイドルはしょっちゅうこの言い方をしている気がするが、それでも)が感じられる場面が多かった。

 また、明治神宮野球場公演のなかで開催が発表された「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」(2019年10月10-11日)は、岩本蓮加が3期生として初のアンダーセンターに立ち、これも“新体制”を感じさせたほか、ライブのセットリストはアンダー楽曲全曲披露の形で構成され293、このなかで「日常」は本編最後の「〜Do my best〜じゃ意味はない」の前という位置で、岩本をセンターに置いて披露されている。

 「日常」は、この頃にはすでに、ファン人気はもちろん、メンバー人気も(オリジナルメンバーかどうかを問わず)相当に定着していたといえる状況であった。

鈴木 ありがとう。私も『日常』が好きだから。
北野 『日常』の参加メンバーがみんな「『日常』が好き」と言ってくれているのも大きいと思います。セトリに入ってると、みんな「よっしゃー!」と言ってくれる。それで一体感が生まれてるのかなって。
(『EX大衆』2019年10月号 p.81)

——今年も残すところあとわずかですが、印象的だった出来事は?
北野「私は『真夏の全国ツアー』かな。福神として初めて参加したツアーでもあるけど、センターを務めたアンダー曲『日常』も披露させてもらったんです」
秋元「『日常』を好きなメンバーはけっこう多いよね」
北野「昨年末からずっとライブでやらせてもらっていて、だんだん『日常』がライブのセットリストに馴染んでいく感じが個人的には嬉しかったです」

(『BOMB』2020年1月号 p.22)

——歌番組やライブでカメラに抜かれた時の表情も気にしてますか?
 はい。『日常』の北野さんがカッコよくて、あの強い目力に憧れてます。

(『EX大衆』2020年4月号 p.21、筒井あやめ)

 このようななかで行われたのが、「3・4期生ライブ」(2019年11月26-27日)であった。この間には、グループとして2年連続の上海公演となる「NOGIZAKA46 Live in Shanghai 2019」(10月25-26日)も開催されており、メンバーの卒業も続くなか、海外展開も含めてさらに大きな存在となることをめざすグループにあって、3・4期生がさらに大きな役割を担っていくことを予感、あるいは実感させる機会になった(あるいは、11月27日には音楽特番「ベストアーティスト2019」に1・2期生の編成で出演してもいて、グループの大きさと層の厚さについても同時に感じさせた)。

 「3・4期生ライブ」のセットリストは、“夏曲”をはじめとするライブでの定番曲や、3期生曲・4期生曲、あるいは3・4期生がオリジナルメンバーとして参加している曲を軸としつつ、ユニット曲のコーナーなども取りまぜた形で構成されていた。そのセットリストの中盤、3期生と4期生が交互に登場して期ごとにパフォーマンスが繰り広げられたブロックにおいて、「日常」は同じくアンダー曲である「自由の彼方」とともに、3期生によって披露されている。特に「日常」は、冒頭に同曲のメロディをアレンジした長めのダンストラックが設けられるなど、印象深く演出されてもいた。

 このライブにおいて演じられたアンダー曲は、この2曲のみである294。この2曲がセットリストに加えられた背景には、メンバーの側から「アンダー曲をやりたい」と提案されたことがあったのだという。

——ライブでの『日常』から『自由の彼方』は、アンダーライブを経験したメンバーがいるからこそのパフォーマンスだと思いました。
「アンダー楽曲をやりたい」と言ってくれたのは(佐藤)楓なんです。私もやりたかったし、ファンの方も喜んでくれるだろうなと思いました。

(『OVERTURE』No.021[2019年12月24日発売]p.51)

——佐藤さんが「アンダー曲をやりたい」と提案したと聞きました。
佐藤 3期生とスタッフの方で話し合いをしたとき、アンダー経験者が多いし、ファンの方も観たいだろうと思うので「アンダー曲をやりたい」と話したんです。
——実際、『日常』と『自由の彼方』は素晴らしいパフォーマンスでした。
佐藤 あのブロック、好きでした。
阪口 何回もリハをしたからね。
伊藤 とくに『日常』は難しい曲だし、やったことのないメンバーもいたので、経験者が細かい修正をしていきました。3期生同士で支え合いながら団結することができたと思います。

(『月刊エンタメ』2020年2月号 p.125)

 3期生は後年の3期生ライブでも積極的にアンダー曲を選曲している印象がある。加入前からグループのファンだったメンバーも多く、またアンダーライブでの経験もじゅうぶん重ねたメンバーも多くなってきたというタイミングであり、アンダー曲を演じたい、という点では思いが一致しやすかったのかもしれない。

 ただ、このときの「日常」でセンターに立った久保史緒里には、他のメンバーとやや異なる感情があったのだという。楽曲のメンバー人気を反映してといってよいだろうか、みなが口を揃えて「日常」をやりたい、と挙げるなか、久保は当初、それに対して必ずしも前向きな気持ちではなかった。

久保:でも私、3・4期ライブって……こう、軽くですけど、「3期生何やりたい?」って聞かれたんですよ、曲。みんな口を揃えて「日常」って言ったんですよ。ひとりだけ黙ったんですよ、私。「ごめんなさい、絶対にやりたくない」って思ったんですよ。始まりはですよ、最初は。最初はその、みんなが「日常やりたいです」「日常やりたいです」って……「絶対にやりたくない」と思ってて。
北野:わかる、「自分たちのあの体感温度を自分たちだけのものにしたい」みたいなね。

(のぎ動画「久保チャンネル #17 アンダーライブ全国ツアー2018 〜関東シリーズ〜 後編」[2021年10月1日配信開始])

 センターに立つのに不安や遠慮があったという以前に、曲そのものを「絶対にやりたくない」というところから出発したという久保。「日奈子さんのいる『日常』以外は『日常』じゃないと思ってるから、絶対に嫌、と思ってたんですけど、いざやるってなって、自分が真ん中って聞いて、ヤッバ……と思って。ほんとにプレッシャーでした。ほんとどうしようと思って。(同前)とも語り、北野もその思いを「自分たちのあの体感温度を自分たちだけのものにしたい」と言い換えている。いかにも愛情の重い久保らしいエピソードだが、そうまとめて余りあるほど、北野に対しては紐帯を感じていたし、「日常」および「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」に対する思い入れが強かったということであろう(久保にとっては、このときの関東シリーズが、メンバーとして参加した唯一のアンダーライブでもある)。

 「日常」のパフォーマンスについて、北野が好んで使っていた表現に、“赤い炎”と“青い炎”というものがある。北野が卒業したのちの「乃木坂工事中」(2022年7月24日、#370「乃木坂46キメ顔グランプリ③」で久保が紹介したことで特に著名になったという印象があるエピソードで、放送内では少し曖昧になっているが、“赤い炎”と“青い炎”の話そのものは、このときの「3・4期生ライブ」に向けて北野が久保に話したものであった。結果として、それに勇気づけられるような形で、久保は「日常」のセンターに立つことになる。

——3期4期ライブ(11月26、27日)では、久保さんがセンターを務めた『日常』のパフォーマンスが圧巻でした。
やりたい楽曲を聞かれて、多くの3期生から『日常』と『自由の彼方』が挙がったんです。ただ、私は思い入れがあるからこそ『日常』は(北野)日奈子さん以外のセンターが考えられなかったので、自分がセンターと言われて複雑な想いがありました。
 ただ、その話を日奈子さんにしたとき、「しーちゃんに絶対にやってほしい」と言っていただいて。「日奈子は“赤い炎”だけど、しーちゃんは“青い炎”で攻めてほしい」「それぞれの『日常』像が作れたらいいね」という言葉に納得できたんです。日奈子さんの『日常』を観て研究していたけど、それからはオリジナルな部分も出していこうと意識しました。
——パフォーマンス中の不敵な笑みにゾクッとしました。
意識はしていなかったんですけど、あとから聞いて「そんな感じだったんだ」って。曲を聴き過ぎて乗り移ったような感覚というか、パフォーマンス中の記憶がないんです。『自由の彼方』で記憶が戻って、『思い出ファースト』で鮮明になるという(笑)。ただ、最後だけは決めていたんです。日奈子さんのオーダーで、バンッと終わるんじゃなくてヌルッとギラッと決めました。日奈子さんが「しーちゃんはそれが似合うから」と言うから。

(『OVERTURE』No.021[2019年12月24日発売]p.44)

設楽:これはあれなの、北野とかにも言ったわけ?
久保:言いました。でも、これ2回目なんですけど、センターやらせてもらうのが。日奈子さんが「自分が“赤い炎”だとしたら、しーちゃんは“青い炎”でやってほしい」っていうので。
設楽:おお、すごいアドバイスだな、ほうほう。
久保:で、それをすごい意識してたので、日奈子さんは割と、キメがこう……バッ、とキメるんですけど、私はこう、ヌメッとやるっていうのは、差を付けています。
設楽・日村:なるほどね。
設楽:赤く激しく燃える炎より冷血に見える青い炎。ただ青い炎のほうが温度が高いからね。
久保:なるほど……そういうことですね!

(2022年7月24日「乃木坂工事中」#370

 また、このときのパフォーマンスを、北野は後日になって映像で見たのだというが、他のメンバーがセンターに立つ「日常」を見て、そのとき「初めて嫉妬した」のだといい、「そこから一度も嫉妬してない」とも語る(のぎ動画「久保チャンネル」#17)。そして、本来あまりペンライトの色を統一したり指定したりするのではなく、それぞれの推しメンの色にして思いを届けたほうがよいと考えているほうだったようだが、「しーちゃんの『日常』を見て、『日常』は青やな、って(同前)と思うようになったのだという。

 “青い炎”というのは北野らしい直感的な表現で、そこまで具体的に説明されたことは少なかったように思うが、“赤い炎”が北野自身の感情剥き出しでパフォーマンスする姿であり、より熱さを内に秘めたパフォーマンスが“青い炎”ということであるようだ。久保に関しては北野が「“青い炎”でやってほしい」と伝えた、ということであったが、北野は“青い炎”で踊るメンバーとして、鈴木絢音や中田花奈、渡辺みり愛を挙げている。

鈴木 そのきいちゃんを思い出しながら「髪の毛まで活かそう」と踊ってる。
北野 私は感情剥き出しなんですけど、絢音ちゃんや(中田)花奈さんは内に秘めた熱さで。私は横で見ていて、それぞれの違いを感じるんですけど、それが『日常』のよさなんだろうなと思います。私が赤い炎なら、絢音ちゃんは青い炎。
絢音 そうかなぁ。
——分かります。
北野 「どうなのかな〜」と思って触ったら、絢音ちゃんが一番熱い(鈴木の肩を触って熱がる)。
鈴木 ありがとう。私も『日常』が好きだから。

(『EX大衆』2019年10月号 p.81)

北野:実はね……しーちゃんの「日常」を見て、「日常」は青やな、って。
久保:えっ、うそ!?
北野:基本、元々これを一緒に踊ってるときから、なんかこう、熱さでいうと赤色の熱さで踊る子と青色の熱さで踊る子といるんだけど、しーちゃんは圧倒的に青なのよ。熱いところ、心の触れないようなところね。で、だから……しーちゃん今選抜メンバーとして活動しててさ、「日常」やるってなっても一緒に踊れなかったじゃない。でも、しーちゃんとか花奈さんとかみり愛みたいな、青く踊る人たちの色をどうしても見せたくて、「サイリウムは絶対青で」って言い張ってる。

(のぎ動画「久保チャンネル #17 アンダーライブ全国ツアー2018 〜関東シリーズ〜 後編」[2021年10月1日配信開始]) 

 最初からメンバーのなかのどこかに存在し、「真夏の全国ツアー2019」での演出で形になって表れた“青色”の「日常」は、北野の声とともに久保がセンターで表現したことで、とうとう火が点いたといえるのかもしれない。たびたび引用してきた「久保チャンネル」#17の配信はもう少し後の時期になってのことだし、少なくともこの頃に、客席がただちに「『日常』は青」という雰囲気になっていったわけではなかったと記憶するが、それでも少しずつ確実に、定着していくことになる。

 北野と久保はその後、「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY3(2020年2月23日)で再び「日常」でのステージに並び立つことになる。各日のセットリストの後半に設けられたアンダー曲のブロックにおいての披露であり、当時ともに選抜メンバーであったふたりは、そこに途中で合流したような形であった。

——印象的だったパフォーマンスはありますか?
久保 本当に楽しかったのは3日目の『日常』『春のメロディー』の流れです! パフォーマンス前に裏で(北野)日奈子さんと2人で待機していたんですけど、日奈子さんは「泣いちゃうかも!」と言うくらい緊張されてて。でも私は日奈子さんの『日常』が観られるのがすごくうれしかったし、楽しみだなって胸が高まっていました。パフォーマンスが終わった後にファンの皆さんの歓声が鮮明に聞こえたのも覚えています。そこから私の大好きな『春のメロディー』だったんですけど、今回初めて参加させていただいて、みんなで輪になって踊れ(原文ママ)のが楽しかったです!

(『月刊エンタメ』2020年5月号 p.13)

 

「次の駅で降りよう」と決めて

 コロナ禍で活動が停滞した時期を挟み、グループとして約10ヶ月ぶりに行われた有観客公演が、日本武道館での「アンダーライブ2020」(2020年12月18-20日)であった。多くのファンも、あるいは北野自身も、あまり予期していないタイミングで再びアンダーに移ることになった北野だが、自分を奮い立たせて前を向き、ライブを引っ張っていく。このなかで、3日ともで「日常」は演じられている。その後も数度にわたって行われた、落ちサビで北野を真上から撮るカメラワークが初めて取り入れられたのがこのときであった。

佐藤 私はやっぱり『日常』です。イントロがかかった瞬間にシビれたし、踊っていると熱が入りました。最終日、落ちサビのカメラ割りが北野(日奈子)さんを真上から撮って、引いていくのがカッコよくてカッコよくて。「これぞアンダーライブ!」という感覚になりました。

(『月刊エンタメ』2021年3・4月号 p.16)

 年が明けて2021年になると、1月27日の26thシングル発売を経て、無観客・配信形式での「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」の時期に入っていく。デビュー日の2月22日には「前夜祭」が、その翌日に全体ライブが行われたあと、3月・5月に期別のライブが分散開催される形であったが、「日常」は全体ライブおよび2期生ライブ(3月28日)、そして4期生ライブ(5月8日)において披露されている。

 このうち、2期生ライブにおける披露は、ライブ前半の「全員センター」のブロックにおいて、北野自身の選曲によって披露されている。北野は選曲の背景について、ライブ直後の時期にこのようなことを語っている。

——2期生ライブ(3月28日)から数日経ちましたが、いまの心境は?
 いつものライブは「一生懸命頑張らなきゃ」という意識が強くて、終わった後は達成感があるんですけど、2期生ライブはやっている間も実感がなくて、いまも実感がないんです。
——センター企画で『日常』を選んだ理由を教えてください。
 去年開催される予定だった2期生ライブでは『トキトキメキメキ』を選んでいたんですけど、今回は“語り”が必要になって、やりたいだけじゃなくて思い入れの強い曲を選ばなきゃいけないなと思ったんです。
 最近の私に近い感情は『羽根の記憶』だけど、語るなら『アンダー』か『日常』になるのかなって。加入してからの8年間を振り返って、自分のことを語るうえであの時期のことは欠かせないと思ったんです。
 本番2日前に自分が考えた“語り”をお母さんに聞かせたら、頭の3行で大泣きしちゃって「これはダメだ」と。今度は妹に聞かせたらウルウルしちゃって。(渡辺)みり愛に確認してもらったら「ちょうど1分30秒だね」と言ってくれました(笑)。
——今回の『日常』はどんな気持ちで歌いましたか?
 もう2年以上前の曲で、ここ最近のライブではずっと歌ってきたけど、そろそろセトリに選抜されなくなるんじゃないかなって。そんな気持ちがどこかでありました。
——北野さんが『日常』をライブの定番曲に押し上げたと思いますよ。
 そうなんですかねぇ。カッコいい演出をしてくれるスタッフのみなさんに感謝しているし、メンバーから「『日常』が入ると締まるよね」と言ってもらえるとうれしいです。

(『EX大衆』2021年5月号 p.15・19)

 “語り”のために、「やりたいだけじゃなくて思い入れの強い曲を」と選んだ、ある意味最もストレートな選択といってもよい「日常」。その“語り”は、以下のようなものだった。

「乃木坂46・2期生、北野日奈子です。
 私には、思い入れの深い曲が2曲あります。「アンダー」。この曲は、私にひたむきに努力することの大切さを教えてくれました。あのときは、自分らしさに苦しんで、まわりから見られる自分と、本当の自分、すれ違ういろいろな感情ひとつひとつに目を向けていたら、いつしか自分のことがわからなくなってしまいました。
 自分だけが違う音を聞いて、違うものが目に映って……。ひとりぼっちの世界にいたとき、どうしようもなくなったとき、心に寄り添ってくれたのは、同期のみんなでした。大切なことを教えてくれてありがとう。大切なこの場所に、私を呼び戻してくれてありがとう。新しい感情を知るときは、いつもみんながそばにいてくれました。互いがどんな姿であろうと受け入れてくれる、大切な戦友たちです。いつかそれぞれが違う道に進んだとしても、私たちはずうっと、大切な仲間たちです。
 そして、次の曲は、私に強さを教えてくれました。不安でいっぱいになって、どうしようもなくなってしまうときもあるけど、いつかは自分の背中を、自分で押せる、強い人になりたいです。
 いつもの日常じゃなく、新しい世界を見に行きたい。そう思うようになりました。
 勇気を出して、私は途中下車をして、変わらなくてはならないと思います。そこにはきっと、自分が信じている世界があるから。
 私は、前だけを向いていきます。」

(2021年3月28日「9th YEAR BIRTHDAY LIVE 〜2期生ライブ〜」北野日奈子全員センターブロック語り)

 このとき、時期的には北野はすでにグループからの卒業を心に決めていたことになる。それを念頭に聞き直してみると、「いつもの日常じゃなく、新しい世界を見に行きたい。そう思うようになりました。」「勇気を出して、私は途中下車をして、変わらなくてはならないと思います。」というのは、「日常」の歌詞に確かになぞらえながらも、それ以上にやや意味深げでもある。

 「日常」の歌詞は、そこまではっきりとしたモチーフが描かれているものではない。決められたレールの上を走る、どこに運ばれていくのかもわからない日常に抗い、途中下車をする。あるいは、途中下車をせよ、と呼びかける。ある意味、歌詞がそのようにシンプルにとどめられているからこそ、パフォーマンスの強さが際立っているという面もあるだろうか。

 そして、その歌詞に北野自身がなぞらえられるのは、初めてのことではない。先にも引いたところだが、「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY3(2019年2月23日)での披露時にも、直前のVTRで「『次の駅で降りよう』。そう思いながら、終着駅の見えない電車を、彼女は下車した。まだ、見たことのない景色を見るために。」とナレーションが付され、休業の時期を経て活動を再開した北野の姿に歌詞が重ねられていたが、このときは「知らなかったから、前日のリハで観てビックリしました。(『OVERTURE』No.018[2019年3月25日発売]p.21)ということでもあった。これもどこかでふまえつつ、「9th YEAR BIRTHDAY LIVE 〜2期生ライブ〜」では、北野が自らの言葉でそのように語ったということになる。

 それに加えてこのときは、「下車した」のではなく、「途中下車をして、変わらなくてはならない」。勇気を出して“下車”をするのは、これからのことであるとも示唆されていた。「幻の2期生ライブから1年、今日やっと私たちの夢が叶います。」という北野のかけ声でスタートしたこの日のライブ。「私たちの夢」をやっと叶え、その舞台で同期で同い年の堀未央奈を送り出した北野は、自らの卒業に向けてラストスパートをかけていくことになる。

 

グループを代表する曲に

 少し間を置いて行われた「9th YEAR BIRTHDAY LIVE 〜4期生ライブ〜」(2021年5月8日)では、筒井あやめがセンターに立つ形で「日常」を披露した。まだ4期生がアンダーメンバーに合流する前の出来事であり、16人全員がこのとき初めて披露する形となった。オリジナルメンバーがいる2期生ライブ、および3・4期生ライブ(での3期生の披露)のみならず、4期生によっても披露された形となった「日常」は、アンダー曲、アンダーメンバーといったくくりをとうに超え、特にライブの場面においては、グループを代表するような楽曲になっていく。

 また、時系列が前後してしまうが、2022年にグループに加入した5期生も、「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY2として行われた5期生ライブ(2023年2月23日)において、北野を憧れの先輩として挙げる奥田いろはがセンターに立つ形で「日常」を披露している。このときの5期生も、アンダーメンバーに合流する直前というタイミングであった295。2023年6月現在の現役メンバーは、全員が「日常」をライブで演じたことがあるということになる。

 あるいは「日常」は、ファンやメンバーによる投票でもきまって上位にあげられている。その端緒だったのはコロナ禍の期間の「乃木坂46のオールナイトニッポン」(2020年9月9日放送)で行われた「乃木坂46 妄想!ラジオで真夏の全国ツアー2020」のリクエスト投票だっただろうか。このときは、夏のイメージが強い楽曲が多く上位にランクインするなかで6位にランクインしている。トップ10では唯一のアンダー曲であった。

 ライブでは、翌年に2年ぶりに開催された「真夏の全国ツアー2021」、および「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY1(2023年2月22日、全体ライブ)において、ファンからの投票をもとにセットリストが組まれているが、前者ではアンダー曲部門の1位、後者では全255曲中の18位(アンダー曲では最上位)にランクインし、セットリスト入りを勝ち取っている。メンバー人気という点でも、「乃木坂46時間TV(第5弾)」(2022年2月21-23日)の際に実施された「乃木坂46ベストソング歌謡祭」(メンバー・バナナマンによる投票)の表題曲以外部門で1位に輝き、最終日の「46時間TVスペシャルライブ」において演じられている。

 このなかで特に「真夏の全国ツアー2021」は、グループの結成10周年を祝う位置づけであり、かつ「真夏の全国ツアー2021 FINAL!」として4年ぶりの東京ドーム公演も設定されるなど、グループにとって特に記念碑的なツアーとなった。北野にとっては最後のツアーだったことにもなり、ここでアンダー曲1位の扱いで「日常」を披露できたことは彼女にとっても大きかっただろうし、アンケートでの得票数は本人たちの想像を上回るほどでもあったのだという。

北野:今年の夏もさ、ツアー回っててさ、アンダー曲の1位になってさ。私たち投票数とかも見れたじゃん、ファンの方は知らないんだけど。もう、「日常」すごかったじゃん。「すごっ!」ってなって、もう。
久保:そりゃそうですよね。

(のぎ動画「久保チャンネル #17 アンダーライブ全国ツアー2018 〜関東シリーズ〜 後編」[2021年10月1日配信開始]) 

——鈴木さんから見た「日常」北野さんセンターは
鈴木 めっちゃ好きです! ただ、私も同じ1列目なので、なかなか見ることができなくて、そこが自分的にはちょっと残念(笑い)。落ちサビとかも日奈子ちゃんより前とか同じ列にいたりするので、よく見られないの。だから映像で、にまにましながら見ています(笑い)。
北野 ありがたいことに、「日常」は特にすごく票が入っていたみたいで。「日常」って、乃木坂のほとんどのライブでやっているじゃないですか。
鈴木 確かに。
北野 結構自分的にはそれがプレッシャーだったんですよ。自分だけの曲とは思ってないけど、誰かがセンターでやってるのを見ると、やっぱり意識しちゃって、さらに上回りたいと思って。でも今回、なんか本当に「日常」っていう曲がとにかく人気だというのを知って、逆にツアーでは気にせず好き勝手にできた感じがします。みんなの温度を感じながらできたし、よく周りが見えました。これからもいろんな子に歌い継いでいってほしい曲だな、って思っています。

(『乃木坂46新聞2021 結成10周年記念号』[2021年9月17日発売]10面)

 北野はモバイルメールで、アンケートの締め切りが過ぎた直後であったが、夏のツアーで「日常」がやれたらいい、夏のツアーでの「日常」がいちばん好き、という旨を発信していた。地方公演では北野がMCで客席に直接感謝を伝える場面もあり、東京ドーム公演では2日ともで演じられることにもなった296。前回の東京ドーム公演(「真夏の全国ツアー2017 FINAL!」、2017年11月7-8日)は、北野にとっては休業に入る直前のタイミングであり、曲数をかなり絞っての出演であった。そのリベンジというと表現が過剰かもしれないが、グループがひとつのメルクマールとして扱ってきた東京ドームでのライブを悔いのない形で終えられた、といえるのではないだろうか。

 

「いつか私が卒業した後も」/「私にとっての代名詞」

 この時期、“卒業”を胸に秘めた状態で活動していた北野だが、「“終活”も意識しながら活動していくべきだなって(『アップトゥボーイ』2021年9月号 p.43)とも明確に語っていたように、自分が活動のなかで大切にしてきたものともう一度向き合ったうえで、グループを離れたあとも楽曲を大切に歌い継いでほしい、という趣旨の発言を、卒業発表の前から多くしていたという印象がある(この年にはベストアルバム「Time flies」の発売もあったので、なおさら)。

 ありがたいことに、たくさんの票をいただいて『日常』が1位になりました。「真夏の全国ツアー2021」では、まだ生でこの曲を体験していない方たちに噂以上のものを見せなくてはいけない、という気持ちでパフォーマンスしました。
 『日常』は何度歌ってもマンネリになることはありません。イントロがかかった時の感情を放出しているので、体が勝手に動いている状態なんです。考えずに感じたまま踊っています。
 ステージでは私色に染めたいと思いながら『日常』をパフォーマンスしているけど、他のライブでは久保(史緒里)ちゃん、(筒井)あやめちゃんがセンターで踊ったこの曲を目にして、「それも超えたい」と刺激になりました。いつか私が卒業した後も残る曲だと思うので、将来はそれぞれのセンターの色の『日常』になるのかなと思っています。

(『日経エンタテインメント! 乃木坂46Special2022』[2021年12月2日発売]p.86)297

 2022年2月10日の「新内眞衣卒業セレモニー」でも、当時の28thアンダーメンバーに北野や鈴木絢音、そして新内を加えた特別な編成で「日常」は披露されている。新内は「日常」好きを公言しているメンバーのうちのひとりであり、「乃木坂46のオールナイトニッポン」に北野がゲスト出演する際には、北野と一緒に「日常」を踊る様子がSHOWROOMでの同時生配信に載ることが定番のようにもなっていた。新内はオリジナルメンバーではないし、この間はアンダーメンバーとなることもなかったので、ライブでの披露機会は「9th YEAR BIRTHDAY LIVE 〜2期生ライブ〜」(2021年3月28日)のみにとどまっていたが、最後の最後に自らの選曲で、改めて披露した形となった。

 このときの披露について、北野は「乃木坂46時間TV(第5弾)」での「ベストソング歌謡祭」の表題曲以外部門の発表の際(2022年2月23日)、「最後やってくれて、新しい一面を見せてくれて」「最後まで、日奈子がずっとこう……『大事大事!』って言ってたら、みんな歌いづらいかなとか思ってた」と語り、(「ちゃんと間違えてくれて」と茶化しながらであったが)「歌い継がれる」ことへの思いを表現していた298

「まいちゅんが最後やってくれて、新しい一面を見せてくれて。
 やりづらいかなとも思ったの。卒業するし、なんか今後、ライブでいろいろとやらせてもらえる機会も多いから、その都度のアンダーのセンターの子とかがやるのかなとか、いろいろ考えて。
 でもなんか最後まで、日奈子がずっとこう……『大事大事!』って言ってたら、みんな歌いづらいかなとか思ってたときに、まいちゅんが最後にやってくれて、あの……ちゃんと間違えてくれて。なんかセンターに入るっていうのに全然センターに入んないのよ。
 その新しい「日常」もできたから、これからみんなね、もっといっぱい踊ってほしいなって思う。」

(「ベストソング歌謡祭」[2022年2月21-23日「乃木坂46時間TV(第5弾)」内]、北野日奈子) 

 前述の通り、「乃木坂46時間TV(第5弾)」内の「46時間TVスペシャルライブ」(2022年2月23日)内では、北野にとっての全体ライブでの最後の披露機会があった。オリジナルメンバーをベースに3・4期生のアンダーメンバーを加えるフォーメーションでの披露であり、久保史緒里と北野がともにパフォーマンスするのは2年ぶり、そして最後の機会となった299

 それに続き、約ひと月後の2022年3月24日に開催された「北野日奈子卒業コンサート」。もちろんこのときが北野にとっての最後の披露機会となった。ライブ本編最後の1曲として、北野はメンバーのなかでひとりだけ、オリジナルの歌唱衣装を身にまとって披露した。フルサイズでの披露は約3年ぶりであっただろうか。落ちサビでは歴代のライブで北野がパフォーマンスする様子をまとめたVTRも流され、この曲とともに力強く歩んできた北野の日々が改めて思われた。客席は一点の曇りもない真っ青。北野がセンターとして燃やしつづけてきた炎が、会場全体を巻き込んだ最高のステージをつくり出した300

 「私にとっての代名詞」。卒業コンサートに先がけて発売された2nd写真集『希望の方角』のインタビューで、北野は「日常」について、そんな言い方をしていた。それは北野にとっての「居場所」になり、キャリアを通じてポジションに並々ならぬ執着を見せ続けてきた彼女に、「心残りはあるけど、後悔はない」と言わしめた。

——アイドルになった頃に立てた目標はクリアできましたか?
北野 選抜のフロントに立つとか、センターになるとか、そういう目標はありました。実現はできなかったけど、『日常』という曲をいただいてからは考えが変わりました。選抜になること、センターに立つことだけが特別じゃないんだなって。アンダーのセンターで『日常』を歌うことになって、自分に居場所ができたのも大きかったです。以前、生駒さんが『制服のマネキン』を自分の代名詞的な曲にしたいと話していたことがあったんだけど、私にとっての代名詞は『日常』になりました。去年の東京ドームでのライブでは、『日常』を気持ちよく歌えましたし。だから、目標を達成できなかったという心残りはあるけど、後悔はないです。 

(『希望の方角』北野日奈子インタビュー)

 卒業コンサートを終えた約1ヶ月後の4月20日、最後の「猫舌SHOWROOM」にソロで出演した北野は、事務所を移籍することを匂わせながら、最後の「乃木坂特権」と称して、グループの楽曲を何曲もカラオケで歌唱した。多くの曲は、視聴者からのコメントや投票でのリクエストをもとに選曲されていたが、唯一「日常」については「マジでNGでお願いします」と言い切り、「卒コンでのパフォーマンスが最後なので」と説明した。最後のステージですべてを出し切り、自分にとっての「日常」はそこに置いていく。きっぱりとした身の処し方に、楽曲への強い思いが表れていた。

 

それからの「日常」

 北野がグループを卒業してからも、彼女が希望した通り、「日常」はコンスタントにライブで披露され続けている。卒業コンサートの翌日から3公演が行われた「29thSGアンダーライブ」では披露されなかったものの、「30thSGアンダーライブ」「31stSGアンダーライブ」「32ndSGアンダーライブ」と、毎回のアンダーライブでセットリストに加えられ301、アンダーライブにおいて欠くことのできない存在となっている。センターを伊藤理々杏が務める形が一定期間続いたが、「32ndSGアンダーライブ」では向井葉月がセンターに立っており、新たな展開を見せてもいる302

 グループとして歴代最大規模のライブとなった、日産スタジアムでの「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2022年5月14-15日)では、表題曲およびアルバムのリード曲が全曲披露され、そのぶんアンダー曲の披露が2日で5曲とそこまで多くない状況のなかで、DAY2のセットリストに加えられ303、久保史緒里のセンターで披露されている。現役のオリジナルメンバーと当時の29thアンダーメンバー全員がステージに立ち、特に並々ならぬ思いを持って臨んだという久保のたたずまいは語り草となった。

——『日常』は北野さんから直接、受け継いでセンターに立ちました。
久保 日奈子さんが卒業して一発目の『日常』ということもあり、恐ろしく感じました。いざ歌うと、日奈子さんはメンバーの燃え滾るような熱をすべて背負っていたんだと気がついて。ファンの方の熱は応援の力になるけど、メンバーの熱はプレッシャーにもなるんです。だから、センターに立つことがものすごく苦しくて、「私でいいのかな」という感情は拭えなかったです。
——ステージに立って吹っ切れました?
久保 正直、曲に入っても吹っ切れることはできずに苦しくて。でも、間奏あたりで「この感情をむき出しに歌う『日常』もありなんじゃないか」と気づいたんです。そこからは日奈子さんとの思い出が甦ってきて、「だから苦しいんだ」と感じながらパフォーマンスしました。あのときにしかできない『日常』だったし、あれで完成だったと思います。
——『日常』から『毎日がBrand new day』、『僕は僕を好きになる』で、乃木坂46の歴史に久保さんがしっかり刻まれていると思いました。
久保 2日目の序盤に『三番目の風』を歌ったとき、「3期生、乃木坂46になったなぁ」と感じたんですけど、私個人としては、まだ悔しさを感じることが多いかな(笑)。
柴田 久保さんのパフォーマンスは「完璧」という言葉が合うと思うんです。誰もが理想に描く動きと表情でパフォーマンスしているなって。しかも「乃木坂らしさ」がある。振りの映像を観るときも久保さんを参考にすることが多いんです。久保さんは私が目指すところだと思います。どうやって作りあげているのか気になります。
——種明かしはしてくれますか?(笑)
久保 自分では完璧と逆というか、いつからか万人にウケる表現をやめて、「ひとりに刺さったらそれでいい表現」に切り替えたんです。それこそ私の『日常』の表現を正解と思わない人もいるはずだけど、私はそれでもいいと思って。
柴田 一人ひとりに刺さって、その結果、たくさんの人の心を動かしている気がします。
久保 うれしい。ありがとう。

(『EX大衆』2022年7月号 p.87)

 また、過去にリリースされた表題以外の曲となれば、改めて世に出る機会はライブにほぼ限られることになるが、そのなかにあって2022年6月17日放送の「MUSIC BLOOD」では、「秋元康×乃木坂46」として出演してグループの楽曲やパフォーマンスが取り上げられるなかで、「アンダーの人気曲」として「日常」が紹介され、金川紗耶をセンターとして披露されている304。金川はこの直後の30thシングル以降は選抜メンバーとして活動、特に31stシングルでは2列目のポジションをあてがわれており、当時の29thシングルではアンダーセンター・佐藤楓の隣のポジションであった。金川のそんなポジションの変遷も含めて、貴重な機会であったといえるだろうか。

 今年に入ってからの「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2023年2月22-26日)においては、DAY1の全体ライブ、およびDAY2の5期生ライブで披露されたというのは前述の通りであるが、全体ライブではすでに卒業を発表していた最後の2期生・鈴木絢音がセンターに立って披露されており、このほかは31stアンダーメンバーを基本としながらも、岩本蓮加や久保史緒里も参加して、数少なくなったオリジナルメンバーが揃って演じた形ともなった。5期生ライブでは、奥田いろはをセンターとして、11人の5期生が11年分の楽曲を各年1曲ずつセンターに立って披露していくブロックにおいて披露されているが、披露前には奥田が北野および「日常」について語るVTRが流されており、楽曲のみならず北野についても、卒業から1年弱を経て改めてクローズアップされる形となっていた。

 直近で公演数の多いアンダーライブが続いたこともあり、ライブにおいて披露された回数でいえば、「日常」はすでに北野以外がセンターに立って演じられた回数が多くなろうかというくらいの状況になっている305。そしてそのうちの大半は北野が卒業したあとのことだ。いまなお現在進行形で、乃木坂46という大きな河のなかでストーリーを紡ぎ続ける「日常」。この先にはどんなことがあるのか引き続き楽しみにしていたいし、北野が燃やした炎がグループで燃え続けていることを喜びたいと思う。

 

(参考)「日常」歴代披露一覧

(最終更新2024年3月9日)※Cはセンターメンバーの意。現在映像で視聴できるものは太字で記載した。衣装や参加メンバーなどに関して、映像その他で確認できないものについては、推測、または当時のメモのみで記載している部分があるので留意されたい。

■ 2018年
日付 公演/番組 備考
11月12日 「プレミアMelodiX!」 ・オリジナルメンバー
・MV衣装(オリジナル歌唱衣装)
・アンダーメンバーでの番組出演
11月18日 「乃木坂46 SHOW!」(「AKB48 SHOW!」#204) ・オリジナルメンバー
・フルサイズ
・MV衣装(オリジナル歌唱衣装)
11月20日 「BOMBER-E I-ナイト」 ・オリジナルメンバー
・MV衣装(オリジナル歌唱衣装)
・アンダーメンバーでの番組出演
12月19日 「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」DAY1 ・オリジナルメンバー[−寺田]
・フルサイズ、本編最後
・MV衣装(オリジナル歌唱衣装)
・寺田は体調不良によりこのブロック不在
・川後はこのときが最後の披露
・DAY2の模様がのぎ動画で配信中
12月20日 「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」DAY2
■ 2019年
2月23日 「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY3 ・オリジナルメンバー[-川後]
・川後は卒業済
・MV衣装(オリジナル歌唱衣装)
・曲前VTR(北野の歩み)
・センターステージでの披露
・Blu-ray/DVDに収録(のぎ動画で配信中)
3月10日 全国握手会ミニライブ(幕張メッセ) ・オリジナルメンバー[-川後]
・フルサイズ
・22nd制服
・川後は卒業済、ほか欠席メンバーなし
・「PROJECT REVIEWN」あり
3月21日 全国握手会ミニライブ(ポートメッセなごや)
3月31日 全国握手会ミニライブ(インテックス大阪)
5月24日 「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ ~アンダーライブ~」 ・C寺田、23rdアンダーメンバー+優里、かりん
・「CDTVスペシャル!年越しプレミアライブ2017→2018」で着用の白黒・ノースリーブのドレス衣装(cf.2018年5月の生写真)
・優里はこのときが最初で最後の披露
・かりんはこのときが最後の披露
・のぎ動画で配信中
7月3日 「真夏の全国ツアー2019」愛知公演1日目 ・オリジナルメンバー[-川後、かりん]
・川後・かりんは卒業済
・佐々木はこのときが最後の披露
・樋口は愛知公演と福岡公演、純奈は福岡公演と大阪公演を欠席
・ツアー新作の青衣装
・直前の「滑走路」終わりでペンライト青誘導
・間奏長めのアレンジでダンストラック
・大阪公演2日目は台風接近により中止
・愛知公演2日目、東京公演3日目の模様がのぎ動画で配信中
7月4日 「真夏の全国ツアー2019」愛知公演2日目
7月20日 「真夏の全国ツアー2019」福岡公演1日目
7月21日 「真夏の全国ツアー2019」福岡公演2日目
8月14日 「真夏の全国ツアー2019」大阪公演1日目
8月30日 「真夏の全国ツアー2019」東京公演1日目
8月31日 「真夏の全国ツアー2019」東京公演2日目
9月1日 「真夏の全国ツアー2019」東京公演3日目
10月10日 「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」DAY1 ・C岩本、24thアンダーメンバー[−純奈、佐々木、樋口、向井]
・純奈、樋口、向井は舞台出演、佐々木は体調不良により公演を欠席
・理々杏、楓はこのときが初披露
・衣装はこのときの新作(黒・白・青、ノースリーブ、アシンメトリーのワンピース)
・プロジェクションマッピング演出
・DAY2の模様がのぎ動画で配信中
10月11日 「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」DAY2
11月26日 「3・4期生ライブ」DAY1 ・C久保、3期生
・大園、梅澤、山下、与田はこのときが初披露
・「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」時に制作の花柄白ワンピース+白パンツ衣装
・イントロにダンストラック
・DAY2の模様がのぎ動画で配信中
11月27日 「3・4期生ライブ」DAY2
■ 2020年
2月23日 「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY3 ・北野、久保+24thアンダーメンバー[-佐々木]
・佐々木はこのライブを欠席
・中田はこのときが最後の披露
・MV衣装(オリジナル歌唱衣装)
・Blu-ray/DVDに収録
12月18日 「アンダーライブ2020」DAY1

・26thアンダーメンバー
・DAY1はこのとき初出の迷彩スカート衣装
・DAY2はガルアワ2019S/Sで初出(「Sing Out!」)の白のノースリーブシャツ+ベージュのロングスカート衣装(ジャケットなし、全ツ2019での着用時の状態に近い)
・DAY3はこのとき初出の「口ほどにもないKISS」衣装(cf.2021年7月生写真)
・当時3日とも生配信あり、DAY3はTBSチャンネルで後日放送
・DAY3の模様がのぎ動画で配信中

12月19日 「アンダーライブ2020」DAY2
12月20日 「アンダーライブ2020」DAY3
■ 2021年
2月23日 「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」  ・26thアンダーメンバー
・「アンダーライブ2020」で初出の「口ほどにもないKISS」衣装(cf.2021年7月生写真)
・無観客・配信ライブ
・Blu-ray/DVDに収録
3月28日  「9th YEAR BIRTHDAY LIVE 〜2期生ライブ〜」  ・2期生(次曲センターの山崎を除く7人)
・全員センターブロックの「努力」のパートで北野が選曲
・学生の制服風の衣装
・新内、堀はこのときが初披露
・無観客・配信ライブ
・Blu-ray/DVDに収録
5月8日 「9th YEAR BIRTHDAY LIVE 〜4期生ライブ〜」  ・C筒井、4期生
・16人全員がこのとき初披露
・7thBDLで初出のブルーのワンピース衣装(cf. DAY4冒頭、4期生はオリジナルではない)
・無観客・配信ライブ
・Blu-ray/DVDに収録
5月26日 「アンダーライブ2021」  ・27thアンダーメンバー
・純奈、渡辺はこのときが最後の披露
・イントロにダンストラック
・「アンダーライブ2020」で初出の迷彩スカート衣装
・無観客・配信ライブ
7月15日 「真夏の全国ツアー2021」大阪公演2日目 ・27thアンダーメンバー[-純奈、渡辺]
・純奈と渡辺は卒業により出演なし
・寺田はこのときが最後の披露
・MV衣装(オリジナル歌唱衣装)
・「夏ツアーで聴きたい曲トップ“10”」アンダー曲部門1位の楽曲として披露
・福岡公演は当時配信あり
・大阪公演での披露の模様がのぎ動画で配信
・福岡公演での披露の模様が「好きというのはロックだぜ!」Type-Cの特典映像に収録
7月18日 「真夏の全国ツアー2021」宮城公演2日目
8月15日 「真夏の全国ツアー2021」愛知公演2日目
8月21日 「真夏の全国ツアー2021」福岡公演1日目
11月20日 「真夏の全国ツアー2021 FINAL!」1日目 ・27thアンダーメンバー[-純奈、寺田、渡辺]
・純奈、渡辺は卒業済み、寺田は卒業により出演なし
・MV衣装(オリジナル歌唱衣装)
・「夏ツアーで聴きたい曲トップ“10”」アンダー曲部門1位の楽曲として披露
・曲前ダンストラック(メンバー紹介演出)
・当時両日とも配信あり
・Blu-ray/DVDに収録
11月21日 「真夏の全国ツアー2021 FINAL!」2日目
■ 2022年
2月10日 「新内眞衣卒業セレモニー」 ・新内、北野、鈴木+28thアンダーメンバー[-寺田、理々杏、中村、向井]?
・寺田は卒業済、理々杏は新型コロナウイルス感染、中村、向井はスケジュールの都合でこのライブを欠席
・C北野でスタート、落ちサビはC新内、以降はC北野・新内?(新内が立ち位置を間違えたというエピソードもあり不明)
・紅白2019衣装(「シンクロニシティ」披露時)
・当時生配信あり
2月23日 「NOGIZAKA46 10th Anniversary 乃木坂46時間TV スペシャルライブ」 ・オリジナルメンバーがベースのフォーメーション
・ポジション:寺田→理々杏、中田→楓、渡辺→柴田、純奈→黒見、川後→金川、かりん→矢久保、佐々木→璃果
・「真夏の全国ツアー2021 FINAL!」で初出のパープル衣装
・「乃木坂46ベストソング歌謡祭」表題曲以外部門1位の曲として披露(メンバー・バナナマンによる投票)
・有観客+YouTube配信
・のぎ動画で配信中
3月24日 「北野日奈子卒業コンサート」 ・北野+29thアンダーメンバー[-弓木]
・弓木は新型コロナウイルス感染のため欠席
・フルサイズ
・北野はMV衣装(オリジナル歌唱衣装)、他メンバーは「真夏の全国ツアー2019」での披露時の青衣装
・北野にとっての最後の披露
・当時生配信あり
5月15日 「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY2 ・C久保+樋口・鈴木・岩本+29thアンダーメンバー
・現役のオリジナルメンバーは全員参加、オリジナルを上回る20人での披露(現状歴代最多)
・ポジション:北野→久保→金川、寺田→和田→林、渡辺→阪口→松尾、中田→楓、純奈→黒見、川後→理々杏、かりん→矢久保、佐々木→璃果、3列目の端に北川(下手側)、弓木(上手側)
・樋口、山崎はこのときが最後の披露
・7thBDLで初出の水色のベルトありワンピース衣装(cf. DAY4本編最後)
・当時生配信あり
・Blu-ray/DVDに収録
6月17日 「MUSIC BLOOD」 ・C金川、29thアンダーメンバー[-山崎]
・山崎は卒業発表直後(発表6月13日、卒業7月17日)
・グループとして出演した番組のなかで、「アンダーの人気曲」として披露
・MV衣装(オリジナル歌唱衣装)
・ワンハーフ、間奏・アウトロ一部省略
10月5日  「30thSGアンダーライブ」大阪公演3日目  ・C理々杏、30thアンダーメンバー[-中村]
・中村は新型コロナウイルス感染のため欠席
・理々杏はこのときのアンダーライブにこの公演のみ参加(スケジュールの都合)、これにともないこの日のみセットリストに追加
・「Mai Shiraishi Graduation Concert 〜Always beside you〜」序盤で初出(25th選抜メンバーが着用)の赤一色の衣装
・和田はこのときが最後の披露
・当時生配信あり
12月1日 「31stSGアンダーライブ」神奈川公演1日目  ・C理々杏、31stアンダーメンバー
・北川は福岡公演でのけがのため愛知・大阪の4公演を休演、神奈川公演2日目はこのブロック不在
・このとき初出の紺色の衣装
・神奈川公演2日目は当時生配信あり
12月7日 「31stSGアンダーライブ」北海道公演1日目 
12月8日 「31stSGアンダーライブ」北海道公演2日目
12月12日 「31stSGアンダーライブ」福岡公演
12月14日 「31stSGアンダーライブ」愛知公演1日目
12月15日 「31stSGアンダーライブ」愛知公演2日目
12月16日 「31stSGアンダーライブ」大阪公演1日目 
12月17日 「31stSGアンダーライブ」大阪公演2日目
12月19日 「31stSGアンダーライブ」神奈川公演2日目
■ 2023年
1月20日 「乃木フェス大感謝祭」  ・C理々杏、31stアンダーメンバー
・31st制服(ジャケットなし?) 
2月22日  「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY1[全体ライブ] ・C鈴木、オリジナルメンバー+31stアンダーメンバー
・阪口は右耳低音障害型難聴のためこの日欠席
・「真夏の全国ツアー2021」で初出の赤衣装
・ファンへのアンケート第18位(全255曲中)の曲として披露
・間奏長めのアレンジ
・当時生配信あり
2月23日   「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY2[5期生ライブ] ・C奥田、5期生
・11人全員がこのとき初披露
・曲前に奥田が「日常」と北野について語るVTRあり
・「真夏の全国ツアー2021」で初出の赤衣装
・当時生配信あり
4月5日 「32ndSGアンダーライブ」TOKYO DOME CITY HALL公演1日目 ・C向井、32ndアンダーメンバー[-中村、岡本]
・中村はスケジュールの都合、岡本は体調不良による休業のため欠席
・「ミュージックステーション3時間スペシャル」(2019年10月18日)で初出のネイビーのロングスカート衣装(「スペシャル衣装22」)
・東京ガーデンシアター公演2日目は当時生配信あり
4月6日 「32ndSGアンダーライブ」TOKYO DOME CITY HALL公演2日目
4月8日 「32ndSGアンダーライブ」大阪公演1日目
4月9日 「32ndSGアンダーライブ」大阪公演2日目
4月11日 「32ndSGアンダーライブ」愛知公演1日目
4月12日 「32ndSGアンダーライブ」愛知公演2日目
4月26日 「32ndSGアンダーライブ」東京ガーデンシアター公演1日目
4月27日 「32ndSGアンダーライブ」東京ガーデンシアター公演2日目
9月29日 「33rdSGアンダーライブ」1日目 ・C松尾、33rdアンダーメンバー
・このとき初出?の紺色のレース地ベースの衣装
・3日目公演は当時生配信あり、TBSチャンネル1で後日放送あり

9月30日 「33rdSGアンダーライブ」2日目
10月1日 「33rdSGアンダーライブ」3日目
11月27日 「新参者 LIVE at THEATER MILANO-Za」8公演目 ・C小川、5期生
・アンコール1曲目で披露、他公演では「ロマンスのスタート」または「ハウス!」の位置であり、新参者公演での披露はこのときだけ
・Tシャツ、アンコールスカート
・当時生配信あり
■ 2024年
1月25日 「34thSGアンダーライブ」1日目 ・C小川、34thアンダーメンバー
・このとき初出?の白基調のフィッシュテール衣装
・3日目公演は当時生配信あり
1月26日 「34thSGアンダーライブ」2日目
1月27日 「34thSGアンダーライブ」3日目
3月9日 「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY3 ・C久保、歴代アンダーライブ経験メンバーによる編成(久保、理々杏、岩本、向井、吉田、璃果、柴田、清宮、林、松尾、矢久保、弓木、池田、岡本、小川、奥田、冨里、中西)
・アンダーライブ2020衣装(白+迷彩)

 


 

 これが当初思い描いていたような形だったかは忘れてしまったが、どうにかここまで書くことができたことを喜びたいと思う。前稿の「アンダー」より、「日常」は多くのメンバーによって演じられてきたし、多くのメンバーによって語られてもきた。それだけに、前稿ほどには「多くの資料にあたれた」という実感はないし、筆者の乏しい筆力ではいくぶん散漫な記事になってしまったかもしれない。でも、北野が何よりも執着した「日常」について、改めて自分なりにその歩みを追うことができたのは楽しかったし、発見したことや再確認したこともたくさんあった。

 次回は「乃木坂46 北野日奈子 卒業コンサート」と題して、タイトル通り北野の卒業コンサートと、その前後の出来事について振り返っていくことにする(あまり間を空けずに書くように努めたい)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-7/feed/ 0
その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)[6] https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-6/ https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-6/#comments Mon, 31 Oct 2022 12:10:16 +0000 https://meaning-of-goodbye.com/?p=778 [タイトル写真:静岡県富士市・大淵地区穴原町付近(筆者撮影)

[6]あの夏のこと/アンダー曲「アンダー」

 本稿では、2017年の夏を出発点に、アンダー曲「アンダー」について振り返っていく。中元日芽香と北野日奈子がダブルセンターを務め、北野にとっては初めてのセンター曲となった「アンダー」。メンバーをはじめ、さまざまな人がさまざまな感情をかき立てられた楽曲だったと思う。この曲の歩みは、ほぼそのまま北野の歩みにも重なる。「乃木坂46・北野日奈子」を振り返るにあたって、取り扱わないわけにはいかないテーマである。

 筆者がこうしてブログを書くようになった出発点も、この「アンダー」であったといえる。これまでにも、2017年の「アンダーライブ全国ツアー 九州シリーズによせて」に始まり、その歩みについては随時綴ってきたといってよい。2021年1月の「白いガーベラの咲く星(乃木坂46・北野日奈子と「アンダー」の現在)」では、そこまでの「アンダー」について、改めて全体を通して振り返ってもいる。そのため、本稿の内容としては、多くの部分でこれらの記事との重複がある。しかし、北野がメンバーとしてのキャリアにピリオドを打ったいま、改めてその日々の全体を振り返ることには、意味があると思う。

 今回、当時の記事や種々の資料に改めてあたってみたところ、再確認したことや久しぶりに思い出したこと、そして初めて知ったことがたくさんあった。「アンダー」についてこんなにまとまった文章を書くのは、今度こそこれで最後になる。大きな区切りとなる文章として、できるだけ多くのものを込めながら、書いていきたいと思う。

「その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」目次

 ・[1]家族への信頼と愛情
 ・[2]ポジションと向き合った日々
 ・[3]同期・2期生という存在
 ・[4]“先輩”と“後輩”、グループのなかでの役割
 ・[5]「希望の方角」と「忘れないといいな」
 ・[6]あの夏のこと/アンダー曲「アンダー」
 ・[7] “代名詞”となった「日常」
 ・[8]「乃木坂46 北野日奈子 卒業コンサート」
 [9]中元日芽香、「大切な友達」として
 ・[ex]“それから”の日々と“これから”

※(2022年11月10日追記)「のぎ動画」で「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」DAY2の模様が本日配信開始となったことを受け、当該部分の記述を微修正した。

 

あの夏の切なさ、涙の意味

 2017年夏の乃木坂46には、独特の切なさが漂っていた——そう表現すると、多くのファンに同意してもらえるのではないかと思う。もちろん、夏らしい盛り上がりもたくさんあった。新加入の3期生が新しい風を吹かせ、明治神宮野球場公演は恒例の雨もなく成功。そこで発表された、グループにとって大きなメルクマールとなった初の東京ドーム公演。バナナマン・日村勇紀(ヒム子)との「インフルエンサー」もあり、神宮では大歓声が何度爆発したかわからない。「真夏の全国ツアー2017」の地方公演は10月の朱鷺メッセ新潟コンベンションセンター公演まで続き、ファイナルとなった11月の東京ドーム公演まで、乃木坂46は長い“真夏”を存分に盛り上げていた。5年が経過したいまとなっては、そんな記憶も懐かしさの厚いベールをまとい、いくぶん切ない色彩があるようにも思うが、“独特の切なさ”はそこからのみ生じているのではなく、当時からそのような雰囲気があったように思う。

 楽曲でいうと、この時期のリリース作品は4年続いたアッパーチューンの“夏曲”路線からいくぶん転換が図られていた273。3rdアルバムのリード曲「スカイダイビング」は、恋愛ソングでありながらポップさというよりはスタイリッシュさがあり、18thシングル表題曲「逃げ水」は、サビ前のブレイクにドビュッシーの「月の光」が挿入されるなど、全体として幻想的な雰囲気の楽曲であった。3期生曲「思い出ファースト」「未来の答え」には、溌剌とした雰囲気の一方でいくぶんレトロな印象を受け、夏の思い出や人生の儚さを歌った「ひと夏の長さより・・・」「泣いたっていいじゃないか?」も、この夏の“切なさ”を彩る象徴的な楽曲である。18thシングルについては、ほかのカップリング曲もハードな曲調の「女は一人じゃ眠れない」、ミステリアスな雰囲気の2期生曲「ライブ神」があり、ここでもポップさと異なる路線の表現が追求される。そして残るもう1曲が、アンダー曲「アンダー」であった。

 「アンダー」は、ストレートすぎるくらいにアンダーメンバーの姿を描いた歌詞ももちろんだが、楽曲の構成やメロディラインも“切なさ”をたたえていたように思う。美麗なイントロはサビのメロディに重ねられつつシンプルなものであるが、徐々に重厚になっていくサウンドにはドラマティックさがある。間奏で印象的に用いられるギターサウンドは、楽曲全体に疾走感のようなものをもたらしてもいる。落ちサビからラスサビを短めに駆け抜けると、再度イントロのメロディが繰り返され、切なげな印象を与えて終わっていく。そしてその最後で歌われる詞が「美しいのはポジションじゃない」。あまりにもストレートなタイトルと歌詞で、「アンダー」と連呼されながら展開されてきた楽曲が、最後に具体的な手触りを残して終わる。聴く者の心にも、歌う者の心にも、影のような、隙間のような、そんなものを残す構成だと思う。

 シングルの収録内容が発表され、「アンダー」という楽曲名が明らかになったのが7月14日。1週間後の7月21日に、中田花奈がアルコ&ピースとともにレギュラー出演していたFM-FUJI「沈黙の金曜日」で音源が解禁される。中田ではなく酒井健太が曲名をアナウンスし、中田が「あれっ?」と応じる、という芸人ラジオらしいひとくだりがあっての解禁であった。シングルの発売1週間前である8月2日には、所収全曲の先行配信がスタートするとともに、YouTubeチャンネルでMVの公開が始まる。公開されたMVには新撮の映像がなく、過去の選抜発表やアンダーライブ、そしてその舞台裏の様子をとりあわせた形だった。

 あの夏には独特の切なさが漂っていた、と書いた。しかしそれを超えて、アンダーメンバーは特にナイーブだったように思う。メンバーへの18thシングル選抜発表は5-6月ごろだったとみられ、その模様の放送は明治神宮野球場公演よりあとの7月9日(「乃木坂工事中」#112)であったが、明治神宮野球場公演のなかでアンダーライブ九州シリーズとアンダーアルバムの発売がサプライズでアナウンスされた際には、当時283のアンダーセンター・渡辺みり愛は涙を流していた。それは必ずしも100%が驚きや感動の涙だったわけではなく、「次もアンダーだとまだ発表されたわけじゃないのに、どうして泣いているんだろう」というようなことを口にしていた287。その前の段階、メンバーが揃って涙のステージとなった2期生ブロックでは「2期生が全員アンダーだったときの曲」として「嫉妬の権利」が演じられてもいた。直前の東京体育館でのアンダーライブ(4月20-22日)の明るく強い雰囲気とはうってかわり、アンダーメンバーが自らの置かれているポジションに対して抱く複雑な感情が、エモーショナルに表現されていたと思う。

 そして、直後に放送された選抜発表。当時過去最多だった17thシングルの選抜メンバーから、18thシングルの選抜メンバーにかけては、5人ものメンバーが「選抜落ち」をした形となった。3作ぶりのスタジオ発表の形で行われた発表のなかでは、ダブルセンターに抜擢された大園桃子と与田祐希が戸惑いながらも強い決意を語っていたが、一方で選ばれなかった多くのメンバーの表情もうかがえた。卒業や休業などが関係なく、純粋な「選抜落ち」(選抜メンバーからアンダーメンバーへの移動)が生じたのも3作ぶりという状況で、久しぶりに選抜発表の苛烈さを見た形ともなった。筆者の想起する“切なさ”には、そうした状況が多分に含まれてもいる。

私が選抜発表中
どのタイミングで涙を流したのか
おわって見て考えたんです

たぶんきっと、
自分が落ちてしまったんだな。って
呼ばれていったメンバーのポジションをみて
それからだったと思います!

選抜発表の収録が終わってからも
しばらくずっとずっと泣いてて
マネージャーさんが背中を撫でてくれたの
着替え部屋で未央奈が背中をポンポンとしてくれたの。
その感覚がいつまでも残っています!

座っているここの席から立ち上がって
向こうにいきたい、いく気持ちはありました!

(北野日奈子公式ブログ 2017年7月27日「今が途切れないように」)

 

世界の色が変わった8月

 そのような雰囲気も下地としてあって、「アンダー」については情報が公開されていくとともに、ファンの間では戸惑いを含んだ複雑な感情が少しずつ波打っていっていたように記憶している。あくまで筆者の観測範囲、記憶の限りということだと、当初は急に燃え上がるような感じではなく、あくまで「話題になった」「戸惑いもあった」くらいの雰囲気だっただろうか(もちろん、当初からさまざまな受け止め方があったことだろうが)。ラジオで公開された音源を聴いた者が、あまりにも直球過ぎて、逆にどのように受け止めていいかと迷い考えていた、そんな期間があったように思う(単に筆者がそうだったというだけかもしれないが)。歌い出しのパートはふたりで、選抜と同じくダブルセンターだろう。中元の特徴ある声はわかりやすくて、もうひとりは北野だろうか。前シングルまでも含めた選抜メンバーの経緯や、ふたりの関係性を考えると、おそらくそれで正しいだろう。そんな推測があった297

 そのようななかで、8月2日のMV公開あたりから、少し雰囲気が変わり始めたように思う。新撮の映像がないMVは例がなかったといってよい。楽曲のテーマや方向性はどうあれ、2nd以降のシングルでは一貫してMVが制作されてきたアンダー曲である。楽曲とともに、MVもずっと残るものだ。ダンスシーンやリップシーンなども期待されたし、センターである北野や中元はそこで“主役”を演じるはずだった。残念がる声や、さらなる戸惑い。「MVもまともに制作してもらえないのか」のような声さえあっただろうか(MVについては後述する)。

 そして8月6日、中元がグループからの卒業を発表する。卒業発表の場として選ばれたのは、彼女がレギュラー番組として大切にしてきた「らじらー!サンデー」であった。中元はあわせて、アンダーライブ九州シリーズには出演するが、残る全国ツアーは全公演休演となることもここで発表する。中元は卒業の理由として体調面の問題をあげた。中元も、ともにMCを務めるオリエンタルラジオも、暗くはなりすぎないように努めていたと記憶するが、どうしようもなく無念がにじむような放送であった。

 週が明け、8月9日のシングルリリースを経て、8月11日の宮城・ゼビオアリーナ仙台公演から地方公演がスタート。中元を欠く形で初披露となった「アンダー」のセンターに、ひとりで立った北野。ステージに立ち、確かにパフォーマンスをしながらも、うつむいて前が向けない。涙が止まらなかった。

 これ以外にも、北野は公演中ずっと元気のない様子で、客席からもそれは明らかであったという。その夜のSNSは異様な雰囲気であった。そうした北野の様子が次々と書き込まれ、拡散され、現地にいた者もいなかった者も、相当なフラストレーションを振りかざしていた298。特に初演であったこのときには、「アンダー」につながる演出として「乃木坂46がここまで大きくなったのは、選抜とアンダーがあったから」というような趣旨のVTRが流されていたといい、北野のショッキングな姿とともに、特にこの部分があげつらわれ、炎上のようになっていたと記憶している。このVTRは初演を最後に演出から削除されたといい、筆者はこの会場4公演目となる8月13日の公演に足を運んだのだが、確かにそこまで踏み込んだ表現がなされていた記憶はなく、「アンダー」はセットリストのなかで宙に浮いていたような印象もあった。この日の北野は、涙が止まらないという様子ではなかったが、明らかに心身がかみあっておらず、やはりなかなか前を向けないような状態であった。公演は完遂するも、アンコールでも力なく歩いているばかり。若月佑美が何とか励まして笑わせようとするようなアクションをしていたのを、やけに鮮明に覚えている。

 北野は翌週の大阪城ホール公演を休演。その翌週の愛知・日本ガイシホール公演とポートメッセなごやでの全国握手会には出演するも、その後は握手会やイベントの類も含め、ほぼ活動がストップする形になってしまう。大阪城ホール公演の際は「早く体調を戻して戻れるようにゆっくり休憩をさせてもらいます(北野日奈子公式ブログ 2017年8月16日)と発信があったが、少なくとも単なる夏風邪などではないことが明らかだった、恒常的に続く欠席の状態を、誰もがどうとらえてよいかわからないでいた。詳しい事情が明らかにならないと、それをわかりやすいストーリーで理解しようとする者が現れる。北野と中元の心を折った曲。まもなく「アンダー」は、一部のファンの間で、そんなふうに明確に痛罵の対象となった。長くない時間を経るうちに、少なくない数のファンによって「最悪の楽曲」のように指弾されるようになり、そこからそのフラストレーションは必ずといっていいほどプロデューサーで作詞家の秋元康に向かい、そして運営サイド全体と選抜システムへ広がっていく、という流れを何度も目にしたように思う。

 ここまでを書くために、これまで長く避けてきたことだったのだが、2017年当時の「アンダー」をめぐってインターネット上に渦巻いたあれこれを少しだけ振り返った。SNS時代の情報過多なインターネットで耳目を集めるのは大きな声であり、強くとがった言葉である。ちょっと検索して振り返ってみただけでも、人間はこんなに露悪的になれるものかと、(いまとなっては)もはや苦笑するしかなかった。

 ただ、筆者も彼らが言わんとすることはわかったし、同じくファンの側に立っていた人間として、その心情もいくぶんかは理解できた。それでも、筆者がどうしても第一に考えたかったのは、あの曲の受け止め方をおそらく誰よりも悩みながら、そうした負の感情がくすぶる観客の前にそれでも立とうとした、北野日奈子その人のことであった。時間が経つにつれ、「アンダー」に差し向けられる厳しい評価は変わらないのに、その話題のなかに北野がいなくなるような、そんな感覚があった。歌詞の内容を指弾し、インターネットの海の狭い一部分のなかで“運営”を道徳的劣位に置けば、それだけで北野は救われるのだろうか。どうしてもそうは思えなくて、せめてこれからどんなことがあっても、北野から目を離してはならない、と思ったのだった(一介のファンにすぎない自分にできることがあるとすれば、それだけだろう、とも)。

 

当時のメンバーの発言にみる「アンダー」

 ここで改めて、この時期の彼女たちから発せられていた言葉を振り返っておこうと思う。18thシングルでアンダーメンバーになったことや、楽曲「アンダー」について、彼女たちが受け止めに苦しんでいたということは否定しようもない。しかし、特に中元がグループからの卒業を発表するまでは、その苦しみをにじませながらも、一定の範囲では前向きな発信もなされていた。

中元はアンダーメンバーでした。

こんなこと
言っていいのかわからないけれど
悔しいよりも、正直、ホッとしました。

これが今の私の気持ちです。

私はただ、乃木坂の一戦士として、
燃え尽きるまで闘うのみ。

去年の夏が打ち上げ花火なら
今年の夏は線香花火かな。
あくまで私の話ですがそんな感じです^^

どちらも風情があって私は好きです。

(中元日芽香公式ブログ 2017年7月12日)

18枚目シングルアンダーメンバーは18人です。

18人でうたう「アンダー」という曲を
ひとりひとりが違う思いで違う光で
歌ってパフォーマンスしていいと
私は思います。

みんなのこのポジションを与えられた回数も違えば、その1つ1つ18通りの立ち位置に立つ思いも違うし、この歌に対しての捉え方も違うと思います!

私はまだ「アンダー」という曲が
こうゆう思いを伝えたい歌だと思うんだ!と紹介はできないけど
いつかこの歌を自分の中に吸収できたとき
皆さんに伝えたいです!

それがブログでなのか
メールでなのか
ライブでなのか
わからないけど。。

でも、私はちゃんとこのポジションでの役割を果たしたいとおもってます!

(北野日奈子公式ブログ 2017年7月27日「今が途切れないように」)

 あるいは、中元と北野は、この期間にふたりでインタビューを受けてもいる。少なくとも中元の卒業発表前に収録されたものであることはほぼ確かだが、発売日は8月16日で、当時は言葉通り素直に読むことは難しかった。しかしいまとなっては、インタビュー収録当時はまだ、あくまでファイティングポーズを見せてくれていたんだな、とも思う。

——そんな2人が、シングルのアンダー曲ではWセンターに立ちました。
中元 きいちゃんは、「ひめたんの隣で歌いたい」ってずっと言っててくれたのを知っていたので、すごく嬉しかったです。まさかほんとに歌えるとは。
北野 ふふふ。
中元 きいちゃんがセンターっていうのは初めてだから、ファンの方も楽しみにしてると思います。
北野 前作はひめたんがお休みをしていたので、寂しかったんですよ。星野みなみちゃんと「寂しいね」といっていて。よく3人で一緒にいたから。
中元 そうだよね。
北野 戻ってくるなら隣がいいなと思っていたんです。私はフロントに立つことはあっても、センターじゃないのかなって思っていたんです。でも、こうしてひめたんと選んでもらって、素直に嬉しかったです。でも、単独でのセンターじゃなかったことの意味も考えてみたんです。もしかしたら頼りない部分があったのかな、とか。でも、ひめたんと2人で立てることのほうがはるかに幸せだから…。

——タイトルは『アンダー』です。
北野 歌詞は直接的です。♪当たらないスポットライト、とか。まさにアンダーである私たちのことが書かれています。
中元 歌詞の裏の意味を読むのが好きなんですけど、今回ばかりはそのまま読めばいいのかな。
北野 私は歌収録で泣いちゃった。何回もメイクさんに直してもらって。

——そうなんですね。2人で話したことはありますか?
北野 ひめたんは思っていることをなかなか話したがらないんです。
中元 そう。でも、わかってくれているよね。きいちゃんのほうが後輩だし、私が支えなきゃって昔は思ってたけど、いつしか立場が逆転して(笑)。きいちゃんのほうが頼もしい。
北野 私は、大事なものは大切にする主義なので。大事なものを守るためなら、何を敵にしてもいいと思ってる。ひめたんは、その一人。
中元 わー嬉しいな。そんなこと言われたの初めて…。プロポーズされたみたい(笑)。

——10月からは「アンダーライブ九州シリーズ」がスタートします。
中元 地元(広島)と近いのが嬉しいな。家族も観にきてくれる予定です。お父さんがもう予約したって言ってた(笑)。
北野 うちも来るんですよ!
中元 一緒だ! 楽しみだね!

(『FLASHスペシャル グラビアBEST』2017年盛夏号[2017年8月16日発売]p.24)

 「当たっていないスポットライト」という歌詞は、他の場面でもとりあげられることがあった。比喩的な表現としてもよく使われるような言い回しで、受け手としては自然に聴けてしまう部分でもあるが、アンダーメンバーとしての活動のなかでは、字面通りの意味でスポットライトが当たっていなかったこともあっただろう。メンバーにとっては、実感に迫ったものでもあったのかもしれない。

——そのとおりだと思います。で、その流れを受けるかのようにニューシングルですが、2期生曲が「ライブ神」ですよ。アンダー曲が「アンダー」というのも。
渡辺 今回の「アンダー」は、歌詞がどストレートすぎて。
——“当たっていないスポットライト”とか、この曲の歌詞って飲み込めましたか?
北野 この間、歌収録したんですけど、みんな半泣き状態でした。歌ってるだけで込み上げてきちゃうので。たぶん、歌いながら泣いてもいい曲だよね。
渡辺 全国握手会とかで披露するだろうけど、自分達と重ねると泣いちゃいそう。
堀 でも、新しいよね、そういう曲って。
渡辺 どストレートな曲が、乃木坂46にもとうとう来たなって思いました(笑)。
——(笑)。でもそういうところも今の乃木坂46に求められてるのかもしれないですね。……(後略)

(『MARQUEE』Vol.122[2017年8月10日発売]p.230)

それから、沈金で解禁されました
18thアンダー曲「アンダー」
聴いていただけましたか?

歌詞がグサッと刺さります、
私たちのことを謳った曲になりました。

誰かに言われた
あなたの人生はどこにあるの?
当たっていない スポットライト

個人的にはこの部分凄いグッとくる。

体感としてやはり武道館アンダーライブが
熱くて今でも忘れられません。
18thはこの曲を提げて頑張ります!

(中元日芽香公式ブログ 2017年7月27日)

 あてがわれた歌詞に衝撃を受け、涙をこらえながらのレコーディングがあっても、あくまでアイドルとして、メンバーは冷静さを保った発信を続けていた。そのこと自体が孤独で苦しい戦いでもあっただろうが、しかしその発信があったことで、まだ一定の秩序が保たれていたような、そんな印象を受ける。

 また、シングルのリリース当日に発売された『BOMB』2017年9月号では、「2期生アンダー対談」と題して北野と渡辺がインタビューを受けており、選抜発表の際の心情も含めて語ってもいる。

——北野さんも3作連続で選抜入りをしていただけに、悔しさがあったと思います。
北野「選抜発表中も、選抜発表が終わってからも泣きました。選抜では自分なりに必死にやっていたし、後悔もないけど、なんとなく自分の中で選抜がどういうところなのかわからなくなってきていて。もし今の自分がアンダーになったら、そのときにどういう感情を抱くんだろう?というのが予想できなくて、選抜発表があるって聞いてからずっと気にしていたんです。それで、発表中に“今の自分って何なんだろう?”って考えていたら涙が出てきて……。でも、そうやって泣けたことにすごく安心したんです」

——それはなぜでしょうか?
北野「自分がアンダーに落ちても泣けなくなってしまったら、それはもう抜け殻なんだろうなと思って。アンダーになったけど、ここからもう一度選抜に上がるために頑張りたいという気持ちがあるから泣けたんだろうし。だから、ちゃんと泣けることができて良かったなと思いました。今回はアンダーでしっかり頑張りたいです」

(『BOMB』2017年9月号 p.72)

——今回アンダーメンバーが歌う楽曲は、ずばり『アンダー』というタイトルです。
北野「歌っている私たちも心に響くものがあります。こんなにストレートにアンダーの存在というか、自分たちがどういうポジションであるのかを自ら歌うのって初めてのことなので。どういう顔をして歌えばいいんだろう?って、ちょっと迷うところはありますね」
渡辺「私たちにとってはすごく重みのある歌詞なので、しっかり言葉の意味を受け止めて、感情を伝えなければいけないなと思ってます。この曲を笑顔で歌うのも違うと思うし、できるだけ真面目な表情で歌いたいです」
北野「歌い出しですでに泣きそうになるよね?」
渡辺「なるなる。自分たちの持ち曲なのにね(笑)」

——ズシンと来る歌詞ですよね。
北野「正直、言葉にして歌うと苦しくなったりもします。でも、歌詞に書かれたこの気持ちは大事だなって思うので、忘れたくはないです。たとえば、ツアーで何度も『アンダー』を歌うようになって“もう慣れちゃったよねぇ〜”みたいにはしたくない。いつでもこの曲にビビっていたいです」
渡辺「たしかにビビらなくなったら終わりだと思う」

(『BOMB』2017年9月号 p.72)

 さらにこのとき、北野は「1年振りにアンダーになったタイミング、しかも私にとって初めてのセンター曲がこの曲というのは、きっと何かの巡りあわせなんだろうなって思います」とも語っている。自分があてがわれた「アンダー」を、あくまでまっすぐに表現したい。少なくとも初披露までのタイミングでは、そのような思いが繰り返し表出されていたということは、覚えておかなければならないと思う。

 

幻のミュージックビデオ

 新撮の映像がない形で世に出た「アンダー」のMVであるが、どうやら当初からこの形を想定して計画が進められていたわけではなく、静岡県富士市で撮影が行われていたようである。現地のNPO法人「フィルムコミッション富士」が発売直後の時期に、「アンダー」のMVが富士市で撮影されたという旨のブログ記事を公開しており(現在は削除されている)、それによれば、「富士市大淵にある未開通の道路(新富士インター城山線)と穴原公民館で撮影が行われた」「富士急静岡バス株式会社が協力した」ということであった。

 また、18thシングル(初回仕様限定盤Type-C)の特典映像「撮って出し!神宮ライブメイキング2期生編」は、前述の明治神宮野球場公演の直後とみられる時期に収録・制作されたと思われるが(そもそもそういうコンセプトなので)、ここでは伊藤純奈・相楽伊織・寺田蘭世が、これ以外で世に出ていない衣装でインタビューに答えている。場所はいずれも屋外で、緑が多い場所であることがうかがえた。緑色のベレー帽を被って話す寺田の向こうには、茶畑が映り込んでもいる299

 これをふまえて調べてみたところ、純奈と相楽がインタビューを受けている場所は、富士市大淵の「穴ヶ原橋」のようであった(参考:Googleストリートビュー。この橋が位置しているのが新富士インター城山線とみられる市道の途中であり300、橋の竣工が2017年3月と表示されていることともつじつまが合う303。筆者はこのたび(2022年10月10日)実際に現地に行ってみたのだが、何もなく普通の、地方の市道という感じであり、映像や上掲ストリートビューから見てとれる様子よりもいくぶん草が茂り、橋の銘板が隠れてしまっているくらいだった。

 また、「穴原公民館」は、Google検索などでもこの件に関する内容しか具体的なものは出てこないくらいであるが、富士市大淵地区の一部が穴原町と呼ばれているようである304。ゼンリン住宅地図306によれば、富士急静岡バスの釈迦堂バス停付近にある神社(「天満宮」と呼称されている)に併設している建物が「天満宮穴原町公民館」とされており、これがフィルムコミッション富士のいう「穴原公民館」ということだろう。これは富士急静岡バス株式会社も協力して撮影が行われたという情報とも符合する(バスやバス停を用いたシーンがあったのかもしれない)。これも現地で外観を確認してみたが、きわめて小規模な施設であった307

 判明している情報をもとに個人で調べうるのはこの程度である。この場所で撮影が行われていたのが少なくとも7月1-2日の明治神宮野球場公演より後であり、撮影日から(最終的なMVの)YouTubeでの公開日までが1ヶ月未満であったということになる。「逃げ水」のMVについても撮影日は近い日程であったとみられるため308、あり得る範囲のものなのだとは思うが、素人考えによる印象では、余裕のあるスケジュールのようには見えない。何らかの理由で富士市での撮影が完遂できなかった、もしくは撮影した映像が使用できなくなり、改めて撮影を行うことも難しかったため、完成形としてはあのような形となったのだと推測される。純奈・相楽・寺田の衣装もいくぶんか特徴的なものでもあった。われわれが乃木坂46のMVとして一般的に想像する、一定の設定や筋書きがあるような映像で、多くの場合でダンスシーンやリップシーンもあるような、そのようなものとして本来は制作されていたのだろう。

 筆者の自由研究のようになってしまったが、「アンダー」の“幻のMV”に関しては以上である。18thシングルに関しては、通常盤のジャケットのメンバーが「アンダー」のフロントメンバーと一致しておらず309、この点からも何か土壇場で変更があったのではないかという印象を受けるが310、筆者個人としてはこれ以上わかることはない。

 結果として世に出されたMVは、新撮の映像はなかったというのは繰り返し書いてきた通りだが、「まだ世に出ていない映像を中心にセレクト」されたともされており(公式サイト)、選抜発表やアンダーライブ、そしてその舞台裏をドキュメンタリーとして描いた形となった。映像はアンダーライブの公演後のメンバーによるコメントから始まり、シングルでは初めての「選抜落ち」(選抜メンバーからアンダーメンバーへの移動)が生じた2ndシングルの選抜発表や311、4thシングルの選抜発表を受け、控室で泣きながら誰かに電話している様子の中田花奈、5thシングルの選抜発表の際に通路で泣き崩れて立てなくなる伊藤万理華312、自身初めてのアンダーとなった12thシングルの選抜発表を受けて涙する堀未央奈など、苛烈な選抜発表の様相をアンダーメンバーの側から印象的に描いたカットや、歴代のアンダーライブやその舞台裏の様子を時系列順に扱いながら、そのなかで18thアンダーメンバー18人全員のカットが用いられるという構成であった。直前に行われた東京体育館でのアンダーライブで、並んで客席へ頭を下げる17thアンダーメンバーの12人のカットで曲が終えられたのち、このときの公演中盤で、照明が落とされ、マイクなしで行われた円陣の様子が流れて映像は終わる。「努力、感謝、笑顔、うちらは乃木坂、上り坂、46!」。ファンとしても何度も何度も耳にしてきたフレーズだが、アンダーメンバーの決意に重なって、少しいつもと違うようにも聴こえた(グループとしての経緯を措けば、映像作品としてはうまくまとまっていた、とも思う)。

 

“白いガーベラ”を求めて

 「真夏の全国ツアー2017」は8月の愛知・日本ガイシホール公演から少し間が空き、10月8-9日に3公演の日程で朱鷺メッセ新潟コンベンションセンター公演が行われる。この間の期間には19thシングルの制作が行われ、10月11日が発売日となった。表題曲「いつかできるから今日できる」は映画「あさひなぐ」(2017年9月22日公開)の主題歌となったことから、ツアーでは地方公演初演のゼビオアリーナ仙台公演からすでにセットリストに加えられており、なぎなたによるパフォーマンスとともに披露されていた。そのため、選抜メンバーについては9月3日の「乃木坂工事中」#120内で発表されるが、事前にほぼわかっていたような形でもあった。

北野日奈子です

先ほど、19thシングル選抜メンバーが
乃木坂工事中にて放送されました。

この結果を受け、18thで結果を残してきたか問われると
結果を残すほどに至らないほど
なにもできなかったと思います。

19thシングルの選抜が発表されたけど
18thシングルのお仕事はまだまだ
たくさんあるし
10月には全国ツアーで新潟に行ったり
九州でのアンダーライブもあります。

夏に結果を残せなかったことを受け
残りの18thシングルのお仕事を
きちんと結果を残していけるように
頑張りたいと思っています。

(北野日奈子公式ブログ 2017年9月4日「19th」)

 3列目のポジションで選抜メンバーに選ばれる形となった北野はブログに決意を綴るが、体調がついてこない。9月10日の全国握手会(幕張メッセ)、9月17日のアルバム発売記念スペシャルイベントの欠席を経て、改めてブログが公開される。

みなさんのご期待に添えられないことが
少し前から多くなってきて
私自身もどうしたらいいかわからないです。

体調不良が続いていて
欠席が続いていて
皆さんにはご心配をおかけしてまったり
嫌な思いをさせてしまっていると思います。

本当にすみません。

今日や明日だけじゃなくて
しばらくは皆さんの思いや期待に
こたえられない状況が出てきてしまうと思います。

申し訳ありません。

(北野日奈子公式ブログ 2017年9月17日)

 この「申し訳ありません。」で記事は締められており、それまでのものとは異なり、半ばギブアップのようにさえ見える発信であった。どうやら厳しそうだ、ということ以外に本人の状況がわからないまま迎えられた朱鷺メッセ新潟コンベンションセンター公演。大阪城ホール公演と幕張メッセでの全国握手会に続き、センターが両名とも不在の状態で「アンダー」は披露される313。アンダーライブ九州シリーズをすでに1週間後に控えており、全国ツアーを休演して九州シリーズに向けて体調を整えていると明かしていた中元はまだしも314、北野に関しては九州シリーズへの出演は厳しいのではないかという印象もあったが、朱鷺メッセ新潟コンベンションセンター公演でアンダーメンバーによるMCを担っていた樋口日奈315は、あくまで「アンダーライブのステージには18人で立つ」と繰り返す。筆者はこのとき3公演とも足を運んだのだが、3公演ともで中元と北野の不在に触れ、この旨の発言をしていたと記憶する。とにかく信じるしかなかった。

 10月14日、大分・佐伯文化会館での昼夜2公演から九州シリーズはスタートする。昼公演のチケットを持っていた筆者は朝8時の飛行機に乗って大分に向かった。着陸後、佐伯市行きのバスを待ちながら公式サイトを確認したら、北野の欠席のニュースが配信されていた。それは恐れていた事態であり、やっぱり、という脱力感もあった。

 大分・佐伯文化会館公演のステージでは、3ヶ月半ぶりのライブとなる中元がMCをある程度担いつつ、ファンに向けてメッセージを多く送っていた。自らの卒業に関しても触れ、悔しさや寂しさというよりは、リハーサルで感じたメンバーの頼もしさを口にし、グループに残るメンバーについて、ファンに向けて改めて応援を呼びかけていたと記憶する。加えて、そのリハーサルを引っ張っていたのは北野であったとも明かした。また、中元とともにMCを担っていた樋口は、北野の欠席に関して触れた際、「人間には気持ちの限界というものがあると思う」と口にした。

 九州シリーズの公演は、冒頭に「プロローグ」として歴代シングル表題曲の旋律に乗せて当該シングルで選抜に入ったメンバーが進み出て踊る演出がなされ(18thアンダーメンバーには13thおよび14thシングルの選抜メンバーがおらず、そうした重苦しさも含めて演出されていたと記憶する)、アンダー曲のブロックからセットリストが始められた。そして夏曲のブロックやユニット曲のコーナーなどを経て、中盤に「アンダー」が披露されていたが、その前には歌詞の朗読の演出があった。「誰かに聞かれた/「あなたの人生はどこにあるの?」/当たっていない/スポットライト」「時々 思った/「私の夢なんて叶うのかな」/眩しすぎるわ/メインキャスト」。担当していたのは樋口と中元だったと記憶しており、本来ならば北野が担当する予定だったのかな、と直感的に思ったことを覚えている。中元がセンターとなる形で初めて披露された「アンダー」。曲中のペアダンスの振り付けを中元はひとりで行い、北野の不在を際立たせるとともに、“18人”でつくってきたステージであることを表現していた。

 この九州シリーズにおいて、「アンダー」披露の際にコールがなかったことは、のちに美談のように語られるようになっていく。九州シリーズを除くと、初披露の際からしばらく(武蔵野の森総合スポーツプラザでのアンダーライブまで)は、全国握手会でのミニライブを含む全体ライブのみで披露が重ねられていくことになったが、そこでは定型的なコールが一貫してなされていたと記憶する。コールなしの「アンダー」の記憶は九州シリーズに足を運んだファンのなかに色濃く残り、「真夏の全国ツアー2018」千秋楽(2018年9月2日・ひとめぼれスタジアム宮城公演)に際しては、北野がモバイルメールで九州シリーズ(福岡国際センター公演3日目)の際の会場の様子に触れ、これが「アンダー」ではコールをしないように希望したものと受け取られたことから、ファンからの呼びかけがSNSで拡散されたこともあった。映像で確認する限りこのひとめぼれスタジアム宮城公演の際にはコールがあったようだが、次の披露機会であった、北野が座長を務めた武蔵野の森総合スポーツプラザでのアンダーライブ以降、大規模なライブでもコールはそこまで生じない状況になっていった。こうした状況の発端がこのときの大分・佐伯文化会館公演であったことになるが、確かにコールはなかったものの、どちらかというとそれは、「アンダー」という楽曲のありようにファンが心を寄せた、のような美談に回収されるものであったというよりは、あまりにもシリアスな演出に息をのんで見守るしかなかった、というような状況であったような記憶もある。

 セットリストとしては「アンダー」のあと、「きっかけ」や「僕が行かなきゃ誰が行くんだ?」など、改めて明るく前向きな曲が連ねられる形となる。18thシングルの体制で臨まれたライブであったが、19thシングル表題曲「いつかできるから今日できる」も披露され、本編最後は「僕だけの光」。披露前の樋口によるスピーチでは「18人全員にそれぞれ違う光があって」と語られ、「アンダー」の歌詞にも登場する「光」が、ひとつのキーワードとして扱われてもいた。アンコールでは19thシングルアンダー曲「My rule」も初披露。全体としてハードな演出であったが、次のシングル以降にもつなげていくような形も織り交ぜながら、「アンダー」を経て「光」をつかみ取っていく、そんなありさまが表現されていた。

 伊藤かりんは後年、この九州シリーズについて「このシリーズの演出家さんとWセンター(中元日芽香、北野日奈子)の心情が合っていたのかなと思います。東京体育館みたいな明るいテンションだと、当時の2人とは合わなかったから。(『BUBKA』2019年3月号 p.49)と振り返る。ステージにあしらわれた白いガーベラの花言葉は「希望」であるといい、メンバーがそのことについて触れる場面もあった316。前回にあたる、東京体育館でのアンダーライブ(2017年4月20-22日)では、座長を務めた渡辺みり愛が、自らの好きな花であるというアイスランドポピーについて、その花言葉は「私が勝つ」である、と紹介していた。「私たちはもっともっと上に行けるんです。私たちは最弱なんかじゃない。私たちは勝ちます317。熱く燃える炎を汗と笑顔に乗せて届けるような、そんな前回のアンダーライブとは、確かに大きく違っていたかもしれない。山崎怜奈がアンダーライブを「逆境から生まれたコンテンツ」と評したのも東京体育館においてであったが、九州シリーズは「逆境」そのものであったようにも思える。しかしそこにも(あるいは、だからこそそこに)「希望」はあったのだと思うし、このセットリストはそれを見出すための過程としてつくられていたのだと感じる。

 北野は続く福岡国際センター公演の1日目・2日目も欠席となる。欠席の発表はそれぞれ当日になされており、厳しい状況を改めて痛感させられるような日々になった。そして10月18日、福岡国際センター公演3日目。この日は北野の欠席がアナウンスされないまま開演を迎え、結果として北野はステージに姿を見せることとなった。ここまで4公演のステージを支えてきた中元と入れ替わるような形になったが、中元は休演という形ではなく「アンダー」には参加し、これがこの曲が初めて18人が揃って披露される機会となった318。アンダーアルバム「僕だけの君〜Under Super Best〜」リリースの際に特典映像「The Best Selection of Under Live」として映像化されたのが、このときの「アンダー」である。アンダーアルバムのCMではラスサビで涙があふれて歌えなくなる中元のシーンが何度も流されたので、どうしてもその印象が強く残るが、3か月以上の時間を経てようやくステージ上で並び立ったダブルセンターがイントロで影のなかで抱き合うところから始まり、ときに中元と北野は、これまでともに歩んできた日々を思わせるような笑顔を見せながら、そこまでのパフォーマンスは展開されていたということも記憶しておきたいと思う。

 翌日の鹿児島市民文化ホール公演も中元と北野の出演曲数などの状況は同様だったが、10月20日の千秋楽、宮崎市民文化ホール公演においては、ふたりともが冒頭のブロックから揃って出演する形となった。中元も限界の状況だったというが、北野が「もうちょっと出ようよ」と声をかけ、このような形となったのだという。

——九州シリーズはファンの間でも強く印象に残っているようです。Wセンターである中元日芽香さんと北野さんがなかなか揃わなかったりして。
北野 ひめ(中元)は最初から出ていたけど、私と入れ替わるように出られなくなってしまったじゃないですか。曲数を絞って出てはいたんですけど、このままじゃよくないなと思ってはいるけど、お互いどうすることもできなかったんです。私もひめの気持ちがわかるから。ひめとしては、精いっぱいのことをやっている。私はそれ以上求めてもいいのか——。そんな葛藤がありました。そんなひめの代わりに私がやらなきゃなっていう気持ちでした。

——宮崎のMCでも『アンダー』についての率直な気持ちを話していましたね。
北野 この曲を歌うのは辛い、というような話をしました。なかなか言葉にしづらかったけど、ファンの方はそれを聞きたいと思うんですよ。ファンの方が耳を澄ましているのもわかりましたし。

——ものすごい緊張感が張り詰めていましたよね。なんなら言わなくてもいいよっていう。
北野 でも、初センターだったから伝えないといけないと思ったんです。それに、他のメンバーの気持ちもあるじゃないですか。九州シリーズを守ってきたのは私たちだっていう。そんな気持ちに私とひめは応えないといけないですよね。だから、ひめも限界だったのはわかっていたけど、「もうちょっと出ようよ」と私から話して、出番を増やしてもらったんです。ひめにとって最後のライブっていうのもあったし。そういうこともあって、一番心に残っているのは九州シリーズですね。

(『BUBKA』2019年3月号 p.19)

 この日、筆者は会場にいた。「アンダー」は、何かが大きく波打つことなく過ぎていったような印象をもった。九州シリーズは7公演目、ダブルセンターが揃ってからも3公演目。筆者にとっても2公演目だったということもあっただろうか。客席も静かに見守っていた。それでいいのだ、と思った。

 アンコールでのMC。最後のアンダーライブとなる中元は、3年半にわたって通院を続けてきたことを明かしつつ、つとめて明るい声色で客席にメッセージを送った。その中元からバトンを受け取った北野。この日、MCで口を開くのはこのときが初めてであった。「この曲を歌うのは辛い」、そのようなことが語られる局面もあったが、「アンダーライブがあったから戻ってこられた」とも語り、「下を向いて太陽の方向がわからなくなっても」、自分は前へ進んでいきたい、といったことも語られていたように思う。

 中元にとって最後のライブとなったのは、「真夏の全国ツアー2017 FINAL!」と題して行われた11月7-8日の東京ドーム公演であった。中元と北野はライブ中盤のアンダーブロックより出演となる。19thアンダーメンバーがひとりずつ名前を呼ばれてバックステージに登場したのち、「覚えているだろうか?/彼女たちがアンダーライブにいたことを」として、歴代のアンダーライブに出演してきたメンバーが呼び込まれていく。その1人目として中元日芽香が笑顔で登場し319、2人目に登場した北野日奈子の頬には涙が光っていた320。「ここにいる理由」「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」が披露され、続く「君は僕と会わない方がよかったのかな」では客席が中元のサイリウムカラーであるピンク色に染まった。笑顔で「生まれたままで」を披露しながら、メンバーはメインステージに移動。「今いる場所は私たちの望んだ場所ではないかもしれない」「でもだからこそ私たちにしか伝えられない曲がある」とVTRが挟まれている間に、ステージ上には18thアンダーメンバー18人のみになった。「聴いてください、『アンダー』」。北野のそのかけ声で、イントロが始まる。フルサイズでの、オリジナルメンバー全員による最後の披露。楽曲が終わると、何も語ることなく中元と北野の姿はステージから消え、19thアンダーメンバーによる「My rule」が披露されたのち321、アンダーブロックは終わった。

 2日目のダブルアンコールでは、グループとしてのハイライトシーンであったといえる「きっかけ」の披露、そして中元日芽香と伊藤万理華からの最後の挨拶もあり、乃木坂46として初の東京ドーム公演が終わっていった322。なんとかこの公演までを走り抜いた形となった北野は、11月16日の公式サイトでの発表をもって、正式に休業に入ることになった323

 この日を始点とすると、再びメディアに姿を見せた「乃木坂46時間TV(第3弾)」が2018年3月24日、ライブのステージに復帰した「生駒里奈卒業コンサート」が2018年4月22日、再び全編に出演したライブである「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」が2018年7月6-8日なので、筆者としては休業期間はおおむね半年くらいであるように思うのだが、本人は「約1年間」のように称することがよくあるという印象である324。休業のアナウンスにあわせて更新されたブログでは、不調を自覚したのは「去年の冬ごろから」と明かしており、「今よりも状態が良くなったらすぐに戻ります」とも綴った(北野日奈子公式ブログ 2017年11月16日)。公式サイトでの発表では「夏ごろより体調不良が続いており、一部の活動をお休みさせていただいておりましたが」とも記されており、不調を感じていた期間や復帰への思いをふまえると、「約1年間」のほうが本人の感覚としては近いのかもしれない。

 東京ドーム公演や「生駒里奈卒業コンサート」にも一部ながら出演し、2018年はバースデーライブも7月の開催であったため、この休業期間で大きなライブに欠席となることはなかった325。しかしこの年の年末には、乃木坂46としては「日本レコード大賞」で大賞受賞という大きな出来事があった。受賞作品は「インフルエンサー」。この日のパフォーマンスにメンバーは並々ならぬ思いをかけて臨んでいたといい、大賞発表後のインタビューでメンバーが口々に「今まででいちばんいいものができた」と自画自賛するような、そしてテレビで見ていて思わずうなずいてしまうような、そんなレベルの仕上がりであった。ダブルセンターの白石麻衣と西野七瀬が、インタビューに答えながら涙を流す。長い坂道を上ってきたグループの姿がまばゆく輝いていた。

 翌日の「紅白歌合戦」では、その「インフルエンサー」をアンダーメンバーや3期生も含めた編成で披露。加えて、バナナマン・日村勇紀(ヒム子)との3度目のコラボの形もとられた。いくつもの大舞台で見せた、「乃木坂らしさ」にあふれた姿。マジョリティとしての1期生がいて、2期生がそこに異なる色を加えていた時期のことを、オリジナルな「乃木坂46」とするならば、この2017年末はその“最後の青春時代”だったように思う。その時期を、北野はグループを離れて過ごすことになった326

 

九州シリーズと「アンダー」への評価

 アンダーライブのなかでも明らかに異質な雰囲気で展開された九州シリーズについては、その中核をなした「アンダー」とともに、グループの外から批評の目が向けられる場面が複数あった。それ以前の段階、例えばMVの公開時には「不安や葛藤などを抱えながら活動するアンダーメンバーだけでなく、乃木坂46グループ全体の層の厚さも垣間見える作品」と評されるなど327、一般向けに「選抜/アンダー」という構造やアンダーライブについて紹介され、アンダーメンバーの存在に目を向けるような引かれ方がされる程度にとどまっていたように思う。しかし、ライブパフォーマンスが重ねられ、特にアンダーメンバーが自分たちの場であるアンダーライブでそれを表現したことは、楽曲への批評を改めて引き出すことになった(特に、九州シリーズはアンダーメンバーそれぞれが自らの「感情を表現」する場として演出されていたので、なおさら)。

 ライター・香月孝史328は九州シリーズのレポート記事において、伊藤かりんのMCでの発言を引く形で「アンダーメンバーの固定化」の状況に言及し、それをふまえると「今回のセットリストで後半のキーになる『アンダー』という曲はある意味で罪深い」と評した。アンダーメンバーの奮闘はアンダーライブでの優れたパフォーマンスにつながり、そこを唯一無二の場所にしてきたが、「その奮闘は自らをどこまでも『アンダー』たらしめるためにあるわけではない」。「アンダー」という楽曲が描いた世界観の枠にはめて彼女たちを理解しようとすれば、それは「固定化」をさらに推し進めることになってしまうのではないか。そのような問題提起であったように思う。

 そのこと(引用者註:アンダーメンバーの固定化)を考えるとき、今回のセットリストで後半のキーになる「アンダー」という曲はある意味で罪深い。18枚目シングルのアンダー楽曲として書かれた「アンダー」に託された世界観は、ともすればアンダーのイメージや役割を局限しかねない。アンダーライブにおいてメンバーたちは確かに、自身がアンダーの立場にあることをむしろ梃子にして力強さを見せてきた。しかし、その奮闘は自らをどこまでも「アンダー」たらしめるためにあるわけではない。アンダーライブを誇ることは、より複雑で、矛盾をはらんでいる。
 現在のメンバーたちがライブパフォーマンスでみせる冴えも、同時に抱える葛藤も、「アンダー」という楽曲の歌詞がとらえる視野におさまってしまうほど小さなものではない。彼女たちのパフォーマンスに対して、そのつど具体的な世界観をほどこしてゆくのが各楽曲の役割だが、従来の乃木坂46楽曲よりも具体的に彼女たちに引きつけた曲だからこそ、そのことが明確になった。

(リアルサウンド「乃木坂46『アンダーライブ九州シリーズ』に見た、メンバーの成長とその立場をめぐる課題」[2017年11月2日配信])

 ライター・犬飼華329は、北野が座長を務め上げた武蔵野の森総合スポーツプラザでのアンダーライブ(2018年12月19-20日)を経た時期に、「泣ける乃木坂46アンダーライブ特集」と掲げて発行された『BUBKA』2019年3月号において、北野へのインタビュー、寺田蘭世と渡辺みり愛の対談、伊藤かりんと佐々木琴子の対談、および特集記事「乃木坂46アンダーライブ批評『光を求める場所』」を担当した。インタビューのなかでは、先にも引いてきたところであるが、北野やかりんから九州シリーズについての発言を引き出した部分もあったが、特集記事のなかでは「アンダー」および九州シリーズについて、以下のように評している。多くのメンバーが楽曲の受け止めに苦しんだ状況や、犬飼自身が目にした千秋楽・宮崎市民文化ホール公演の様子をふまえ、厳しい評価をしたといえると思う。

 選抜からは嗅ぎ取れないもの。それが過剰な形となって爆発したのが、九州シリーズだった。この時のWセンターは中元日芽香と北野日奈子。繊細なタイプの2人は、アンダー楽曲『アンダー』を受け止めきれずにいた。歌詞に書かれたことを要約すると、今はスポットライトを浴びていないし、誰からも気づかれない存在だとしても、いつの日か自分の存在に気づいてほしい——というものだ。アンダーであることに活路や生き甲斐を見出していたメンバーはこの歌詞に衝撃を受けた。ファンからも、「こんな曲を歌わせるなんて」と非難の声が上がった。これだけが理由ではないだろうが、Wセンターが心を痛める原因になったのは間違いない。どちらかが休演するという事態に陥ったのだ。
 メンバーの声を聞くと、沈痛なムードでこのシリーズは進んでいったという。最終日の宮崎のみ観ることができたのだが、開演から終演までピンと張り詰めた空気に耐えられないほどだった。バッドエンドの映画を観たような感覚に襲われた。これまでのアンダーライブは、どこかに光を感じさせるものだったが、九州シリーズは違った。一寸の先も見えない暗闇をアンダーメンバーが彷徨っている——。そんな印象を残したのだ。
 全メンバーが参加するライブでは、こんなムードになることはない。同時に、アンダーライブでもこのような事態になったのは九州シリーズのみ。翌年の中部も北海道も関東も特別な感覚に陥ったメンバーはいない。2017年の秋にだけ歯車が大きく狂い、メンバーと観る者の心に大きな爪痕を残した。そして、アンダーライブの歴史や記憶を塗り替えてしまった。2017年12月の近畿・四国シリーズ以降は、もう一度アンダーライブというものを見直して、再構築していこうという運動が始まり、現在もその真っ最中——。そんな印象がある。

(『BUBKA』2019年3月号 p.34-35)

 九州シリーズが残したものは「大きな爪痕」であり、それは「アンダーライブの歴史や記憶を塗り替えてしまった」。宮崎市民文化ホール公演で直面したのは「バッドエンドの映画を観たような感覚」。「アンダー」の後半の歌詞の一部や、九州シリーズの演出は、直面している厳しい状況を「希望」につなげていくための一筋の光を見いださせる意図があったようにも筆者は感じるが、それを圧倒的に上回るほどの「沈痛なムード」がそこにはあった、という説明であるように読み取れる。

 筆者の手元で確認できる限りでは、各媒体である程度まとまって九州シリーズについて批評を加えたのは以上の2点である。このほか、ライター・大貫真之介330は、『Top Yell』2018年1月号に掲載された、北野が復帰した公演である10月18日の福岡国際センター公演3日目のレポートにおいて、「北野日奈子には白いガーベラが似合う」と題し、「全国ツアー地方公演で俯いていた彼女ではなく」という表現を用いながら北野の凜々しいパフォーマンスの様子をレポートした。初めて18人が揃った「アンダー」のパフォーマンスについては「心の奥底から『私は生きてる』と叫び声が聞こえるようなパフォーマンスで、メンバーたちは自身との闘いに打ち克った」と評し、さらに東京ドームで同曲が披露された場面の写真には「九州で名曲に昇華した『アンダー』。何度季節を超えても北野の帰還を待っている」とキャプションを付した。

 (引用者註:福岡国際センター公演3日目の)最後、北野は自身の胸のうちを明かしてくれた。アンダーライブに来てくれたファンを信用してのスピーチだった。その言葉は聞いてる側の胸に突き刺さる。しかし、そこには「希望」もあった。スクリーンには北野の顔と白いガーベラが一瞬だけ重なる。僕らは待っている。

(『Top Yell』2018年1月号 p.7)

 『Top Yell』のライブレポートは、ときに大言壮語とさえ感じるような言い回しを用いながら、ライブの熱をファンにぶつけて伝えるようなトーンがあり、それを反映した表現でもあったようにも感じる。大貫自身は、「真夏の全国ツアー2017」地方公演初演(2017年8月11日)での初披露の際や、(アンダー曲「Under’s Love」に関連づけて)「真夏の全国ツアー2022」大阪公演2日目(2022年7月20日)の際、「アンダー」に関して自身が抱えていた「モヤモヤ」について言及しており、北野が8か月ぶりに同曲を披露した「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」の2日目(2018年7月7日)の際には、「『アンダー』封印してもいいんじゃないか派だったけど、あの曲順で歌う北野さんを観て涙が出てしまった」と、Twitterで言及してもいる。

 また、ライター・西廣智一331は、アンダーアルバム発売のタイミングであった『日経エンタテインメント!』2018年2月号別冊付録「乃木坂46アンダーパーフェクトガイド」での、アルバム収録楽曲全曲紹介のページにおいて、「アンダー」について「アンダーの存在意義を問う歌詞に注目」とし、「そのタイトルどおりアンダーの精神性や在り方を問う1曲」と解説した。「その歌詞がストレートすぎるため、聴く者によっては涙を禁じ得ないが、それでも笑顔を見せようと歌う彼女たちに心打たれるファンも多いはずだ」という記述からは、多くの披露機会において、楽曲の最後に右手を天に掲げながら、シリアスな表情を少し緩める表現をしてきた北野のありさまが思い出される部分もある。

 「アンダー」については、そのパフォーマンスを東京ドーム公演で目にしたバナナマンの両名が、直後の2017年11月10日放送の「バナナムーンGOLD」のなかで語っていたこともあったという332。設楽統も日村勇紀も、「アンダー」という楽曲をアンダーメンバーに歌わせることについて「むごい」と言い合い、しかしそのパフォーマンスについて、設楽は「やっぱり他の曲と気持ちが違うんだろうね」「ものすごいグッとくる」とも評した。そして、その状況を演出した作詞家でプロデューサーの秋元康について、「常人じゃないんだろうね、発想が」とも言及した。近年は行われなくなっているが、「乃木坂って、どこ?」および「乃木坂工事中」において、かつては目の前で選抜発表の模様を見届け、選ばれたメンバーにも選ばれなかったメンバーにも直接エールを送ってきたバナナマンの両名は、「選抜/アンダー」の構造がもつ生の空気を誰よりもわかっていたと称してよいだろう。

設楽:アンダーブロックって言ってさ。アンダーっていうのは、選抜と違ってさ、日の目を見ない、みたいな。そういう曲があんだよ。
日村:『アンダー』って曲があんだよ。
設楽:もう、むごいったらない。「秋元さん、ちょっとヤバイよな」って思うくらい。アンダーの子に『アンダー』って曲を歌わせて。
日村:うん。
設楽:「あなたは私がどこにいるか分からないかもしれない」とか、本人たちの気持ちみたいなのが凄い詩にあるの。
日村:うん。
設楽:ただ、これをその子たちが歌うって、えらいむごいし…って思ったんだけど。
日村:うん、むごい。
設楽:でも、それを歌うことによって、やっぱり他の曲と気持ちが違うんだろうね。物凄いグッとくんのよ。
日村:うん。
設楽:で、あれを歌ってる子たちが格好良く見えるし。そこを見越してあれを渡してるとしたら、やっぱり常人じゃないんだろうね、発想が。
日村:うん。
設楽:あれはすげぇなって思った。あの曲知ってたけど、ああいうところで歌ってるのを聴くと、秋元さんの…あれをだから、どこまで考えてるのか。
日村:うん。
設楽:秋元さんだって分かるわけじゃん、ツライのとかは。
日村:うん、分かってるからね。
設楽:あれはすげぇわ。一人一人、気持ちが多分、あの曲は違うと思うし。

(2017年11月10日「バナナムーンGOLD」[参考:「世界は数字で出来ている」])

 設楽も日村も、冠番組MCという立ち位置もあり、乃木坂46のあらゆる側面に関して、(番組の外で起こることについては特に)批判的に出ることはなく、肯定的なスタンスを崩さずに温かく見守っているように見受ける。そのなかにあって、このような発言が電波に乗ったということは、そこからいくぶん踏み込んだ形であったといえる。各方面への配慮はしつつ、客観的で「まとも」な評価を加えた、といえるように思う。

 メディアに乗せられたものをいくつか取りあげた形となったが、「アンダー」はとかく「語りたくなる」作品であったように思う。そのこと自体は必ずしも肯定的な評価ではなく、メンバーを筆頭に、それに触れる者の心情を必要以上にかき回した、ということでもある。

 いろいろな声が渦巻いたこの時期を、メンバーはがむしゃらに駆け抜けたような形となった。北野の休業と中元の卒業があり、何かが解決したようなわけではないものの、ざわめきは少しずつおさまっていく。北野が休業から復帰し、グループ活動に戻っていく経緯については前稿まででかなり書いてきたので、以降は「アンダー」に焦点化して北野の歩みを振り返っていく形とする。北野はグループにひとり残った形となる「アンダー」のセンターメンバーとして、この曲に引き続き対峙していくことになった。“あの夏”の苦闘を思い出せば、「アンダー」を少し遠ざけてしまうようなことも考えられたが、結果として、北野はそのようなことはしなかったように思う。

 それからの北野がどのように「アンダー」に向き合い、どのような言葉を発信してきたのか。“あの夏”にステージの上やその裏で起こったことと同じくらい、そこには心を傾けられるべきだと思っている。

 

もう一度、“真夏”のステージで

 休業から復帰した北野が初めて全編に出演したライブが、「真夏の全国ツアー2018」の始まりの公演として位置づけられた「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2018年7月6-8日)であった。「シンクロニシティ・ライブ」と銘打たれ、明治神宮野球場・秩父宮ラグビー場という隣接する2会場を用いて行われるという前例のない形式であったこのライブでは、選抜/アンダーの2チームが両会場を往還しながらパフォーマンスした。3期生がアンダーメンバーにも合流したタイミングである20thシングルの体制で臨まれたこのライブに、北野はアンダー側のチームに加わる形で参加することになる。

 初日の7月6日。筆者は秩父宮ラグビー場の客席にいたが、選抜メンバーによる「裸足でSummer」からスタートしたセットリストにあって、次のブロックでアンダーメンバーが会場に現れると、そこにいる北野の姿に注目が集まっていた。モニターが彼女をとらえると、最初はざわめきが起こり、しだいにそれは、いくぶんかの応援の声を含んだ歓声に変わっていった。

 この日はライブ中盤から本降りの雨となり、しだいに強くなっていく。筆者が現地で経験したライブのなかで、最も雨が強かったのがこのときである333。終盤のブロックでアンダーメンバーが秩父宮ラグビー場に戻ってきたときはすでにひどい状態になっていて、メンバーもパフォーマンス中、時折笑ってしまっているようなくらいであった。このライブの肝である「シンクロニシティ」の両会場同時披露などを経て、「13日の金曜日」「風船は生きている」と、明るいカラーのアンダー曲が連ねられた。そののち、このライブのクライマックスともいえるタイミングで披露されたのが、「アンダー」であった。何百回と聴いたあのイントロ。それと認識するのには秒とかからない。あの曲をやるのか、ここで。雨粒をぬぐって目を見開くと、センターポジションに立つ北野の姿がモニターに大写しになった334

 降りしきる雨に濡れながらの披露。北野がこの曲を演じるのは、東京ドーム公演以来のことであった。ワンハーフサイズで披露された終盤、ラスサビに向かうタイミング。「客席の/誰かが気づく」。横一列のフォーメーションに並んだメンバーが右手を掲げると、神宮・秩父宮の夜空に花火が上がった。

ひめちゃんがブログで
去年の私が打ち上げ花火なら
今年の私は線香花火だって言っていて

なんか、その例え方が
しっくりくるのと同時に
とても切なくて寂しいなって思いました!

私は去年が打ち上げ花火として
ちゃんと打ち上がったのかもわからないし
今年の自分がどんな花火なのかも
わからないです

(北野日奈子公式ブログ 2017年7月27日「今が途切れないように」)

去年の夏が打ち上げ花火なら
今年の夏は線香花火かな。
あくまで私の話ですがそんな感じです^^

どちらも風情があって私は好きです。

(中元日芽香公式ブログ 2017年7月12日)

 “真夏”のステージにひとり戻ってきた北野にあてがわれた、ファンとしては驚きの演出だった。そんなセットリストがあり得るのか、と思った。のちに北野は、このときの「シンクロニシティ・ライブ」のセットリストは、「上り線と下り線を表している」と述べている335。このとき、「ホームの向かい側」であるところの明治神宮野球場で演じられていたのは「裸足でSummer」。齋藤飛鳥のかけ声で花火が打ち上がった印象も強い、定番の“夏曲”である。それと交差する曲として、アンダーメンバーにしか歌えないものを歌い、アンダーメンバーにしか出せないエネルギーのある、象徴的な楽曲が選ばれたのであった。

——アンダーメンバーは本編最後に北野さんのセンターで『アンダー』(18thシングルアンダー曲)を歌いましたが、あの曲で花火が上がる演出は、情報だけ聞くと想像しにくかったですけど、実際に見たらすごくよかったです。
北野 ありがとうございます。あのセトリって上り線と下り線を表しているらしいんですけど、最初はよく理解してなくて、曲中に花火が上がることも知らなかったんです。何回目かのリハで花火が上がる話を(伊藤)かりんがしていたのかな? 「そうなの?」と驚いて。

——花火が上がることでパフォーマンスの持って行き方を意識したんですか?
北野 ただ、あの曲は人それぞれ捉え方が違うから。(向井)葉月だったら明るめに歌ったり踊ったりしているし。
星野 そうなの?
北野 うん。それが今の葉月の色だし、2年経ったら変わるかもしれない。だから、みんなが「私たちの気持ちも晴れました」と思って花火が上がったわけではなくて。ちーちゃん(斎藤ちはる)と伊織の卒業だってだってあったし、それぞれの感情があるからこそ感動できる曲になったのかなと思うんです。あの曲をもらったとき、私は初めてのセンターで、ひめの卒業も控えていたし、どうしたらいいんだろうと考えてしまって。でも、1人であの曲を昇華する必要はないんだなと気づいたんです。

——アンダーライブ九州シリーズでの『アンダー』もよかったし、その時々での昇華の仕方があって、曲が変化していく過程をみることができました。
北野 一番一生懸命になるし、感情をたくさん使うので、大変な曲だなと思います。『嫉妬の権利』の方がダンスはハードで大変だけど、『アンダー』は“心構え”が必要な曲なんです。

(『月刊エンタメ』2018年10月号 p.14)

 また、北野は翌年のツアーを終えたあとのタイミングで、このときの「アンダー」について、「花火が上がったことで解釈の幅が広がったのはよかったです(『EX大衆』2019年10月号 p.80)とも語っていた。苦しみ抜いた1年前の夏の記憶が色濃く残るなか、“復活”のステージで特別な演出で披露することができたのは、北野にとって大きなことだったかもしれない。この「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」では3日間で6回を披露336。続く「真夏の全国ツアー2018」地方公演でも全8公演で披露し、北野は1年ごしに「センター」としてこの曲をツアーで演じきった形となった。

 

「聴いてください、『アンダー』」

 北野は21stシングルにアンダーメンバーとして参加し、10月のアンダーライブ北海道シリーズでは22ndシングルでアンダーセンターを任されるとことと、武蔵野の森総合スポーツプラザでアンダーライブが開催されることが発表された。このとき、センターとして北野にあてがわれたのが「日常」である。音楽番組での披露はすでになされていたが337、ライブでの初披露はこのアンダーライブでのことであり、その力強いパフォーマンスが話題をさらうことになる。

 「アンダー」は、このライブにおいてもセットリストに含められることになるが、ここには北野の意志が介在していたものとして語られている。タイミングによって、微妙に異なるニュアンスともとれる語られ方があったので、ここでふたつ引用する。

北野 今回、スタッフさんに呼ばれて、セットリスト作りに携わらせてもらったんです。「『左胸の勇気』はどうしてもやりたいです」とか「この曲のセンターは○○さんがいいと思います」とか意見を言わせてもらって。そこで、『アンダー』を入れるか入れないかについての話になって、私は入れたほうがいい、と言いました。
——どうしてですか?
北野 いつまでも自分の中でコンプレックスにするのはよくないからです。ダンスブロックの前に置くことで、『アンダー』がより深いものになって届いてくれたらいいなっていう思いもあって、そこに入れてもらいました。

(『BUBKA』2019年3月号 p.18-19)

北野:セットリスト考えててさ、『アンダー』って曲が私のセンター曲であるんだけど、結構雰囲気を変える曲だから、やるかやらないかって言われて、私はもうやらなくてもいいかなって思ったんだけども、「やった方がいいんじゃない」ってスタッフさんの声もあって、じゃあ頑張ってやってみますって言ったんだけど、入れどころを考えるじゃない。消化の仕方が難しい曲っていうのかな。
久保:どこに入れるかで、意味が全然変わってきますもんね。
北野:ダンスが下手くそな日奈子が一生懸命踊るっていうところを、演出家さんたちが「そこも入れた方がきいちゃんらしいよ」みたいな感じでダンスパートをこう……いつもさ、全員でダンスやってたじゃない。一人で踊ってもユニゾンがあったじゃん。でも今回は日奈子一人で踊るってなって、『アンダー』の入れどころとかも考えて、これ実はソロダンスの前にVTRが入っているんですけど、VTRをふる『アンダー』があって、アンダー曲って言うところからもう始まってて、ここのブロックが。そのへんとかも色々こだわってもらって。

(のぎ動画「久保チャンネル #16 アンダーライブ全国ツアー2018 〜関東シリーズ〜 中編」[2021年9月24日配信開始])

 「もうやらなくてもいいかな」とも思っていた、という部分が、後年になって新たに語られたような形であった。最初に聞いたときはちょっと驚いたというか、意外な気がしたが、「コンプレックス」であったと言い切る楽曲を、自分の意志でセットリストに入れるとなると、確かにそういう言い方になるかもしれない。花火が上がった神宮・秩父宮のときは復帰したばかりで余裕がなく、あるいは演出としてあてがわれたのみのもので、「(相楽)伊織の卒業もあったし、ただただ必死でした。セトリに『アンダー』があることにしばらく気付かないくらい。しかも、「この曲で花火が上がるんだ!」と驚いて(『EX大衆』2019年10月号 p.80)という状態だったというが、結果として武蔵野の森での「アンダー」は、最終的に北野が首を縦に振ったことで、セットリストに加えられることになる。MCのコーナーを終え、最後のブロックの1曲目として演じられた「アンダー」。「聴いてください、『アンダー』」。東京ドーム公演での披露のときにも重ねるようにして、北野自身のそのかけ声でパフォーマンスが始められた。

 ライブ2日目のアンコールで、北野はその「アンダー」について、改めて口を開く。

「急なんですが、前に、楽曲の『アンダー』に対して、私はその時にどういう感情で歌ったらいいか分からない、と言ったことがあるんですけど……正直、今も何が正解か分からないです。でも、正解がないところが、すごくいいなと思います。
 アンダーメンバーそれぞれ、それぞれのポジションを任されて、そこでどうやって輝くかは自分次第で……たとえスポットライトが当たっていなくても、アンダーメンバーは自分自身が光を放てるメンバーだと思います。そこがアンダーメンバーの良さであり、強みだと思っています。」

(2018年12月20日「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」DAY2 北野日奈子アンコールスピーチ)

 「アンダー」には正解がない。その通りだと思った。「曲をいただいた時は、もうアンダーはアンダーのお仕事がたくさんあって、それぞれに誇れるものもあるという状況でした。そんな状況だったので、『このタイミングでこの歌詞をどういう気持ちで歌えばいいの?』という戸惑いがありました(『BUBKA』2019年3月号 p.19)と感じたといい、「当時感じた気持ちを忘れることはありません(同)とも語る北野。しかし、この後の時期に「選抜だけにこだわらないという姿勢でやってきた」という自身が「通ってきた道に何の悔いもない」と言い残して338グループを卒業していった伊藤かりんは、この楽曲を自分に重ねつつ前向きにとらえていたし、川村真洋は「私はそんなに暗い気持ちで歌いたくなかったので、たまに少し微笑むようにしていました」と、少し距離を置いたようなことを語っていた。

 九州シリーズ(17年10月)では、明るく楽しいだけではなく、緊迫した雰囲気がステージにあふれていました。『アンダー』(17年8月発売・『逃げ水』カップリング)を私たち自身がどう表現すればいいのか分からなかったし、ファンの方はどう受け止めるんだろう? という不安があったんです。初めて『アンダー』を披露したときは、みんなの表情もバラバラでした。どういう感情で歌うのが正解なのか分からなかったんです。私はそんなに暗い気持ちで歌いたくなかったので、たまに少し微笑むようにしていました。
 人それぞれいろんな捉え方があると思うけど、「かわいそうな子たち」という目で見られるのが一番つらいんです。確かに苦しいことや落ち込むこともあるけど、私たちは元気だし、楽しみながら活動をしています。『アンダー』も、たくさんあるアンダー楽曲のなかの1曲なので、あまり深く考えすぎずに歌ったほうがいいんじゃないかな、って個人的には思っています。

(『日経エンタテインメント! アイドルSpecial2018春』[2018年3月7日発売]p.48、川村真洋)

 疑いないのは、全員が同じ気持ちになっていたら、あの九州シリーズは完走できなかったということだ。苦しみがあふれるばかりになっていたメンバーがいた一方、自らのなかにある葛藤を言葉にして発信するメンバーもおり、あくまでライブとして「明るく楽しい」雰囲気がつくりあげられる場面や、高いレベルのパフォーマンスで魅せる場面もあった。

 しかし、武蔵野の森でのアンダーライブは違っていた。「みんなと同じ空気の温度になれた」と、北野はいう。あるいはあのとき「この曲を歌うのは辛い」と感じ、涙を流したはずの「アンダー」を、「すごく大切に思っています」「これからも大切に歌いたい」と語った。このときのアンダーライブは、北野にとってもファンにとっても、のちのちまで語り草となるような、よい記憶として刻まれることになる。“あの夏”の忘れ物、そのうちのいくつかを、北野はここで取り戻すことができたのだと思う。

「私はね、あの曲をすごく大切に思っています。これからも大切に歌いたいな、と思います。それから……今日でこのメンバーでのアンダーライブは最後になりますが、このメンバーだからこそ、このアンダーライブができたと思うし、みんなとこの時を過ごせたことが、本当に幸せに思います。
 数年後、それぞれがここを飛び立って、どんなところで、どんなことをして、どうやって輝くかは分かりませんが、今日のこの時を過ごした私たちは、今日のこのことが人生の宝物で、人生の財産になると思います。
 私はですね……たぶん頼りなかったし、引っ張っていっているというよりは、足を引っ張ってしまっていて、頼りなかったと思うんですが、みんなと同じ空気の温度になれたことが本当に幸せに思います。ありがとうございました。」

(2018年12月20日「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」DAY2 北野日奈子アンコールスピーチ)

 この直後の2018年12月27日に発売された『空気の色』のインタビューには、「人は過去を変えることはできないけど 過去の持つ意味を変えることはできる」と見出しが付され339、これについて北野は、このアンダーライブを経て「休業していたという過去の意味も変えられているかなぁっていう感じがする(『BUBKA』2019年3月号 p.19)とも語っていた。この年末には音楽番組への出演の機会も多かった北野だが、なかでも12月30日の「日本レコード大賞」では、グループとして2年連続の大賞受賞作となった「シンクロニシティ」には参加していなかったものの、前年の大賞受賞作品として演じられた「インフルエンサー」には、オリジナルのポジションで参加する。メンバーの編成は大きく変わっていたが、1年越しの「レコ大」出演をかなえた形にもなった。

「きっと、いま見てくれている人とかも、いろんなことに悩んだり、いろんなことに落ち込んだりとかね、あると思うんですけど、私がきっとそういうことを全部プラスにできた人間じゃないかな、と思います。
 本当にもう、前が見えないくらい真っ暗なトンネルの中にずっといて、自分がいまどこの方向を向いてどうやって呼吸をしているかもわからないぐらいの……ね、本当にたくさんいろんなことがあったけど、大丈夫です。私でもまたこうやって新しい自分が生まれて、その自分がすごく大好きになれたから、きっといろんなことあってもね、皆さんも昔に戻るんじゃなくて、変わって、生まれ変われると思います。」

(2018年12月26日『空気の色』発売記念SHOWROOM、北野日奈子)

 「アンダー」は、以降のライブでも印象深く演じられていくことになる。2019年2月21-24日の「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」では“全曲披露”のセットリストのなかで3日目に演じられたが、多くの曲で卒業メンバーのポジションが3期生を中心に積極的に埋められるなか、「アンダー」は現役のオリジナルメンバー12人のみで演じられ、北野がひとりでセンターに立った。西野七瀬の卒業コンサートとなった4日目で演じられた楽曲を除き、グループの歴史をなぞる形で時系列順に各楽曲が披露されるセットリストにおいて、それまで幾度も3期生を加えた編成で披露されてきた「アンダー」がオリジナルメンバーのみで披露されたことは、このときのバースデーライブにおいて印象的な出来事であった。

 2019年3月19日には、「衛藤美彩卒業ソロコンサート」が開催される。衛藤は「アンダー」のオリジナルメンバーではないが、1期生として長いアンダー時代を過ごした自らを重ねて、この曲をフルコーラスで披露した340

「選抜、アンダーと立ち位置がつけられてしまうということは、苦しいことでもあるけど、でもポジションがすべてじゃないし、いま私がいる場所が自分の位置だと思っていままでやってきたし、皆さんと一緒にここまで私は走り続けてきたから、そのことに誇りも持っているし……そんな私の思いを、私は参加していない楽曲なんですけど、聴いてください。『アンダー』。」

(2019年3月19日「衛藤美彩卒業ソロコンサート」、衛藤美彩)

 これは、「アンダーメンバー」というくくり以外で「アンダー」が披露された歴代唯一の機会である。18th選抜メンバーの18人のうちで、「アンダー」を歌唱したことがあるのは、衛藤だけであるということにもなる341。「聴いてください、『アンダー』」。アンダー時代の自身と、それを支えたファンへの思いを表現した選曲であったとともに、衛藤のことを特に慕い、衛藤も「映し鏡のような存在(『BUBKA』2016年3月号 p.34)と呼ぶほどに、自分を重ねてかわいがってきた北野のことも思わせるような、そんなパフォーマンスであった342

 

“生きた楽曲”となった「アンダー」

 衛藤によるソロ歌唱あたりを契機に、「アンダー」はリリース当初の衝撃の記憶から離れ、少しずつ楽曲として本来当てられるべきだった光が当たるようになり、息を吹き返していったような、そんな印象がある。そのときどきのメンバーで演じられ、違ったアレンジや演出がつけられる。本来、グループの楽曲とはそういうものだ。

 北野は22ndアンダーセンターとしての務めを終え、23rdシングルでは福神メンバーとして選抜に復帰することになるが、このタイミングのアンダーライブであった2019年5月24日の「23rdシングル『Sing Out!』発売記念アンダーライブ」では、「アンダー」は北野不在のなかセットリストに加えられる形となり、寺田蘭世がセンターに立つ。センターポジションが詰められて披露されたことはあったが、中元と北野以外のメンバーが明確にセンターに立って披露されるのは初めてのことであった。

 「真夏の全国ツアー2019」では演じられることはなかったが、このツアーを終えたあとのインタビューで、北野は前年のことを振り返る文脈のなかで「『アンダー』は、アンダーメンバーにとっては『乃木坂の詩』みたいな曲になっていくと思う(『EX大衆』2019年10月号 p.80)と語っていた。先に引いた「花火が上がったことで解釈の幅が広がったのはよかったです(同)という発言は、これをふまえてのものでもある。この時期には、10月10-11日に24thアンダーメンバーによる「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」が開催され、「アンダー曲全曲披露」のセットリストだったこともあり、「アンダー」はここでも披露される。このシングルでアンダーセンターを務めた岩本蓮加がセンターに立つ形をとりつつ、通常のフォーメーションダンスからは変化がつけられ、メインステージの上階までを大きく使いつつ、プロジェクションマッピングによる演出が取り入れられていた。

 このときの「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」について、2019年10月20日の「JAPAN COUNTDOWN」では、このライブを起点としつつ、一般向けに「乃木坂46のアンダーメンバー/アンダーライブ」について紹介するような特集が組まれた。「アンダーメンバーの苦悩と葛藤、誇りが詰まった大切な楽曲」として、ライブの映像に乗せて「アンダー」が紹介される。あわせて「当たっていない/スポットライト」という歌詞がクローズアップされるなど、まとめ方としてはかなりざっくりとしたものであったとも感じるが、そのくらいの“わかりやすさ”にも、一定の意味があったということかもしれない343

 年が改まって2020年。“全曲披露”で行われた「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」では、リリース順にはこだわらず、総力戦ともいえる体制で4日間で200曲が披露されたなかで、「アンダー」はDAY1(2020年2月21日)の終盤において披露される。フォーメーションは24thアンダーメンバーを基本としつつ、センターには北野が立つ。北野にとっては前年の「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」以来の披露となったが、オリジナルメンバーはさらに減って9人となり、3期生を加えた編成で披露されたことは、1年間という時間の流れを感じさせるものともなった。

 

「今どこにいたって/やるべきことって同じだ」

 このあと、2020年3月25日には25thシングル「しあわせの保護色」がリリースされる。1期生が全員福神メンバーとして選抜入りし、2期生・3期生・4期生には「期別曲」が制作される一方、アンダー曲のない特別な体制でのシングルとなった。その後、コロナ禍のいわゆる「自粛期間」を経て、次のシングルのリリースまでにはかなり長い期間が空くことになる。

 26thシングルの選抜発表の模様が「乃木坂工事中」で放送されたのは、2020年11月15日放送の#284のことであった。北野にとっては4作ぶりに選抜メンバーから外れる形となり、涙の選抜発表になったという。

私は26枚目シングルの選抜メンバーに
選ばれませんでした。

何度やっても何年やっても
慣れることのない選抜発表に今回も変わらず
心臓が大きくなっていました。
名前が呼ばれることがなく終わって
大きくなっている私の心臓も
言葉にならない心の中も全部置いてけぼりで
ただただ、涙が溢れてきて
それをこの空間に悟られないようにするのに必死で

あぁ私またここで平気なフリをしてしまうのかな。
心の中をぐしゃぐしゃにして乗り越えたフリするのかな。悲しくてたまらないのに、この感情をなかったことにして、なんとなく過ごしていくのかな。

色々ぶわぁーっと考えていたら
同期の心が私の心に寄り添ってくれていました。

優しくて温かくて我慢してた涙も流すことができて、何年か前のあの時より大人になって強くなった自分の存在に気づけました。

(北野日奈子公式ブログ 2020年11月16日「それでもないしこれでもない」)

 しかし北野は間もなく、初めてアンダーセンターに立つ3期生・阪口珠美を支え、アンダーとしては4年ぶりの日本武道館での公演、1年以上ぶりのアンダーライブ、グループとしても10か月ぶりの有観客公演となった「アンダーライブ2020」(2020年12月18-20日)に向け、自らをふるい立たせていくことになる。「今どこにいたってやるべきことって同じだ」、そう念じて。

今どこにいたってやるべきことって同じだ

私はこの思いを心に掲げて気持ちを強く保とうと頑張っています、皆さんにいい報告ができるように頑張らないと!

乃木坂46には選抜メンバーとアンダーメンバーがあって、みんなで乃木坂46です。
アンダーメンバーの存在があって
選抜メンバーの存在があるし、もちろん逆も。
お互いが存在するためにはお互いが必要不可欠だと思います。
アンダーという場所も選抜という場所もとても大切に思っているし大切にしています

いつもいつもありがとう
皆さんからの愛情はちゃんと受け取っています
温かい言葉で溢れる私のこの場所は
とても大切で大事な居場所です

(北野日奈子公式ブログ 2020年11月16日「それでもないしこれでもない」)

前回のブログ
本当にたくさんのコメントありがとうございます
全部全部読んで読み返して
今の私の心のカタチが形成されていく気がしました

これが原動力というものですね
皆さんからの思いや言葉が私の原動力です

こうやって皆さんが伝えてくれるから
伝えることを面倒くさがらずに私に向き合ってくれるから、私はまた自分の場所で頑張ろうと
振り出しに戻ったような気分だったけど
たしかにあの頃と今じゃココに立つ私は
全然違うんだと、だから振り出しに戻ったわけじゃなくてまた新しい頑張り方を見つけたいと思いました!

とはいえ泣きたくはなるしね、
泣くのを堪えて鏡の前に立つ自分と向き合えない日も時々あるけど
どこにいたってどう見えたってやるべきことは同じだと

同じことの繰り返しに見えるけど
ちゃんと成長しているんだよね!

だからまた走ってるよ!

(北野日奈子公式ブログ 2020年12月4日「逃げ込んだ毛布の内側」)

 「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」に続いて、アンダー曲を全曲披露する344というコンセプトで行われたこのときのライブ。その1日目の1曲目が「アンダー」であった。ダンスは終盤のみで、歌唱中心で歌詞を届けるような披露。アンダーセンターの阪口とともに、北野がゆっくりと歩み出してくる形で公演が始まった。

 また、1日目と2日目では、ライブ後半につながる部分でVTRが挟まれ、阪口と鈴木絢音、そして北野の3人による対談の様子が流された。1日目では直後の「新しい世界」について触れられ、2日目においては同じく直後の「アンダー」について語られる場面があった。この曲がもたらした「葛藤」を北野が語るところで、ライブの映像が差し挟まれる。泣きながら「アンダー」をパフォーマンスする北野の姿が、そこにはあった。2017年8月11日、ゼビオアリーナ仙台345。このときの模様が映像化されたのは初めてであった。

 北野はこのアンダーライブに際して、「何から向き合っていいのかわからなかったのが、最初でした」という状況であったことを、公演直後のブログで明かしている。「どこにいてもやるべきことは同じだ、わかっていても心が折れる時もあって」という部分とあわせて、かなり率直な思いが吐露されていたように思う。

今回のアンダーライブには
何から向き合っていいのかわからなかったのが、最初でした。いつも泣きそうになりながら練習して、こんな気持ちのままやっていたらダメだと思いながら鏡に映る自分の姿をみることができなくて、何がダメなんだろうとか、なにをしたらいいんだろうとか自分の事がわからなくなっていたけど、今の私を見てくれている家族が友達がファンの方が、そのままの私が好きだと言ってくれるから、私は私が好きなみんなを幸せにしたいんだと気づきました。

どこにいてもやるべきことは同じだ、わかっていても心が折れる時もあって
でも揺らぐことのない大事なことをいつでも心に留めておけば
また頑張るために立ち上がれるから
この先きっと皆んなそれぞれに色々なことが起きるかもしれないけど、私は誰かのためにみんなのために皆んなと心を通わせたいと思いました。

(北野日奈子公式ブログ 2020年12月22日「一番好きなものを離さないで」)

 前述のVTR中では、「アンダー」については「もう考えないで」、そのときの思いを表現するようにしたい、というようなことも語られていた。誰よりも「アンダー」について考えてきたであろう北野のその言葉は重かった。こうした「その時その時の感情でパフォーマンスする」という向き合い方や、一方で「鏡に映る自分の姿を見ることができない」という自身のことについては、23rdシングルで福神メンバーに選ばれた直後のタイミングのインタビューでも語られてもいたところであった。

——ダンスにはまだ苦手意識があるんですか?
 好きだけど苦手です。それぞれに特徴があるから何が正解とかないけど、私としてはもっとやれることはあるなと思ってます。

——気持ちが伝わるダンスだと思います。
 リハ中、鏡の自分を見ることができず、ずっと下を向いてるんですよ。休業前からの癖で。ただ、ステージに上がると「楽しい」以外の記憶がないんです。お母さんに「今日は恐ろしかったよ」と言われて、「そうなんだ」って(笑)。その時その時の感情でパフォーマンスしているんですけど、それは『アンダー』を通して学んだことなんです。

(『EX大衆』2019年6月号 p.21)

 公演直後、前掲のブログを更新する前に送信されたモバイルメールでも、「心の整理をしようとすると涙が出る」ので、そのままパフォーマンスに臨んだ、と語られていた。ここでは、センターに立った「アンダー」「日常」「君は僕と会わない方がよかったのかな」についてそれぞれ言及され、「アンダー」は「イントロだけで心がぎゅっとなる」、というようなことが綴られていた。

 北野は後年、アンダーメンバーにポジションを移して活動していたこの頃の心境について、このように語っている(前稿まででも引いてきた、27thシングル期のインタビューである)。「自分は選抜メンバーを目指していいんだろうか」と向井葉月から相談された、というエピソードを紹介するなかでの発言であった。

「(前略)……私自身、『Sing Out!』『夜明けまで強がらなくてもいい』『しあわせの保護色』って3作連続で選抜に選んで頂いて、その先も選抜メンバーとしてグループにどう貢献していくかイメージしていたところで、前々作の『僕は僕を好きになる』でアンダーということになって。今自分に求められている役割はそこなんだと理解はしています。でも、諦めてはいません。私は、アイドルでいる限り、表題曲を歌うアイドルでいたい。……(後略)」

(『アップトゥボーイ』2021年9月号 p.43)

 「今どこにいたって/やるべきことって同じだ」。「アンダー」の2番のこのフレーズは、この頃に北野が繰り返していたという以上に、現在につながるこの時期、アンダーメンバーのありさまを象徴するフレーズになっていったように思う。2020年夏に16種が放送された「ALL MV COLLECTION 2~あの時の彼女たち~」のCM、放映順としてはその2本目であったアンダー曲で構成されたもののなかでも、BGMとして「アンダー」が流されるとともに、「日常」を踊る北野の映像に重ねてこの歌詞がテロップで用いられた。

 フルサイズでの披露でなければ歌われることのない2番の歌詞。しかし、ここにはアンダーメンバーの“希望”といえるものが集約されているようにも思える。「アンダーメンバーの固定化」と語られるような状況が現実として続く一方、メンバーどうしの競争があおられるような価値観はいくぶん退けられていき、この先に選抜メンバーを目指していいのかどうかさえも見えなくなるアンダーメンバー。グループのなか、あるいは芸能界のなかで独自の色を見つけ、アンダーであっても世間にリーチしていくメンバーも次々生まれるような状況でもあったが、選抜とアンダーががらりと入れかわるようなことは起こらない。そのなかにあって、たとえ選抜でもアンダーでも、いまいる場所が望んだ場所だとしてもそうでない場所だとしても、「今どこにいたって/やるべきことって同じだ」。だからこそ、乃木坂46がグループとして成立しているのだと思うし、逆にもしそうでなければ“希望”はない、と言ってしまえるように思う。

 休業を経て「1人であの曲を昇華する必要はないんだなと気づいた(『月刊エンタメ』2018年10月号 p.14)といい、一度は「『アンダー』は、アンダーメンバーにとっては『乃木坂の詩』みたいな曲になっていくと思う(『EX大衆』2019年10月号 p.80)と語った北野。しかしこの頃からは、「アンダー」をあくまで“自分の曲”であるように取り扱うことが再び増えていったように、筆者は個人的に感じている。

 年が明けて2021年1月11日の「今日は一日“乃木坂46”三昧」では、アンダー曲を紹介してオンエアするブロックのなかで、北野は自分にとってアンダー曲といえば「アンダー」であると答える。久保史緒里にこの曲への思いについて水を向けられると、「そうですね……最初は、それこそ自分のコンプレックスのひとつになってしまった曲ではあったんですけど、それを乗り越え、いまではその曲のセンターをやっていることにすごい誇りを持って、大切に毎回歌っているので、みなさんにとっても大切な1曲になればいいな、と思います」と答えた。前述したような、一般向けにわかりやすく「アンダーメンバー」を語らなければならない場面ではなかったし、北野が自分でアンダー曲をひとつ選曲するならば、それこそ「日常」などでもよかったと思う。それでもあえて「アンダー」を選んだような、そんな印象があった。

 3月29日に無観客・配信の形式で行われた「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」では、ライブの前半に「全員センター」のブロックが設けられた。1人目に登場した北野が選曲したのは「日常」であったが、選曲の理由や楽曲への思い入れを語るなかで、BGMとして「アンダー」のインストゥルメンタルバージョンが用いられる。さらに北野はこのなかで、「アンダー」についても言及する。「この曲は、私にひたむきに努力することの大切さを教えてくれました」。「アンダー」が放つ、「今どこにいたって/やるべきことって同じだ」というメッセージ。それをまっすぐに受けての表現であったようにも思えた。

 

「美しいのは/ポジションじゃない」

 ただ、それからしばらくは、「アンダー」について言及されるような場面は(北野に限らず)みられず、結局2021年には「アンダー」は一度もライブで披露されることがなかった。しかしそのようななかで、北野はベストアルバム「Time flies」リリースに向けた「#わたしの乃木坂ベスト」の企画において、自らの「日奈子は味方だ!一緒に頑張ろうね。プレイリスト」にの3曲目として「アンダー」を選曲する。コメントでは「私のこと、私の周りのこと、こんな物語もあった事を今までとこれからのファンの方に知ってほしい。そんなことが詰まった曲達です。」と述べられ、プレイリスト全体も北野のメンバーとしての歩みを思わせるような構成であるなかでの選曲であった。この時期の「#わたしの乃木坂ベスト」および「#乃木坂ダンスプレイリスト」の企画において、「アンダー」を選曲したのは北野のみであった。

 2022年1月31日に北野はグループからの卒業を発表するが、その直後の2月11日に放送された「今日は一日“乃木坂46”三昧〜第二章〜」では、北野ではなく4期生の矢久保美緒が「アンダー」を選曲し、オンエアする形となった346。矢久保は「アンダー」を「グループのなかで立ち位置とか活動に悩んだときに、この曲にとても救われました。『美しいのはポジションじゃない』という歌詞に、私も乃木坂として胸を張って活動しなければ、と思わせてくれる一曲です。」と紹介する。多くの同期メンバーが選抜入りしていくなかで、28thシングルではアンダーメンバーに加わることになったが、さまざまな活動を重ねていくなかで自らの個性が多くのファンにより届くようになっていった、そんな彼女の歩みが思われたひと幕でもあった。

 「アンダー 今やっと/叶った夢の花びらが/美しいのは/ポジションじゃない」。このフレーズは解釈が分かれてきたところで、それが「アンダー」への評価を厳しいものにしてきた部分もあったと思う。筆者も、北野が繰り返し披露していくなかで、希望を含んだものとして解釈できそうな気がしてくるようになったものの、うまく言語化できずに正直ずっとモヤモヤしていたところもあった。

 そのような状況のなかで、今回の記事を書くために改めていろいろと考えたり調べたりするうちに、この部分の公式中国語訳詞が「Under 如今終於/夢想實現的花瓣/如此美麗/不是花瓶」とされていることを知った347。これを改めて日本語に直訳すると、「やっと夢を叶えた花びら」が「美しいのは花瓶ではない」というようなことであろうか。訳詞を他の曲も含めてざっと見た限り、基本的にはかなり元歌詞に忠実に、逐語訳的に訳されているなかで、少々意訳が入っているようにも感じた348。そしてこの中国語訳詞を補助線として理解しようとすると、筆者はいくぶん胸落ちする解釈に落ち着くことができた。例えば、目標としていたセンターのポジションに立てた日が来たとして、それは確かに「花が咲いた」といえる現象であろうが、あくまで咲いたのは花=メンバーであり、花瓶=ポジションが輝きを放っているのではないのである、ということだ(だから、それはこの例えでいえば「センターでなくても咲ける」ということでもあるのだが)。しかし実際には、歌詞全体の流れや当時のアンダーメンバーの雰囲気もあり、「ポジションがすべてじゃないから、そんなに傷つかずにアンダーでも頑張ってね」というような、選抜入りを目指す気持ちをくじくようなメッセージが投げつけられたように、直感的に(あるいは、ことさらにこのような解釈ばかりが強調されて)受け止められてしまう傾向が強かったのではないか、と思う。

 誤解のないように付け加えておくが、「こちらの解釈が本来のものだから、そのように理解しなければならない(理解しなければならなかった)」と主張したいのではない。作品として世に出たものが“解釈”に晒されるのは当然のことで、実際にそのように受け止められたのだとしたら、その点に申し開きの余地はない、と思う(あるいは、別にこの中国語訳詞をメンバーが歌ったわけでもなければ目にしたわけでもないと思うし、あけすけに言えば、秋元康が直接そこまでかかわっているわけでもなさそうであるし)。

 今に至ってこの中国語訳詞を知って改めて思われるのは、自らも受け止めに苦しみながらも、一貫して「この曲にはいろいろな解釈がある」という趣旨の発信を繰り返しつつ、なおかつ「この曲をステージで演じる」ことを選びとり続けてきた北野のありさまである。その過程を見届けていくうちに、少しずつ「アンダー」の歌詞が「如此美麗/不是花瓶」の意味合いで聴こえてくるようになってきていたな、と思う。均整のとれた少女を連れてきて、一流のメイクを施して豪華な衣装を着せ、大きなステージの真ん中に立たせてスポットライトを当てれば、それだけでそれは「アイドル」だろうか。ファンであれば首を縦に振ることはないと思う。繰り返すが、“咲いた”のは生身のメンバーだ。そこには人間がいて、積み重ねた時間と努力がある。この楽曲と向き合った、北野のありさまを見届けてきた4年半。その時間は、そのことを何度も確認する過程であった。

 

「心配をしないで/私がみんなが見えてる」

 グループからの卒業を発表してからの北野は、自らの9年間の歩みを振り返ることが改めて多くなった。そのなかでは、休業期間や九州シリーズ、そして「アンダー」についても、振り返られる場面があった。

——そんな中、2017年の11月、休業が発表されましたね。
北野 その前の年の秋から、体調の変化を感じるようになっていました。翌年の1月、ひめが休業することになって、ひめの分まで頑張らなきゃという気持ちでいました。その頃、舞台版の『あさひなぐ』があったんですけど、たくさんのメンバーが出演していた中で、次のシングルの選抜に私だけ選ばれなかったんです。「なんで?」って思いました。稽古も毎日ちゃんと通っていたし、舞台監督さんからも褒められていたし、毎日楽しく過ごせていました。ただ、その頃の乃木坂46には3期生が入ってきていて、選抜には3期生の2人がセンターに抜擢されました。あぁ、新しい風が吹いている乃木坂46に私は参加できないのか……。そう思うと、つらかったです。アンダーとして初めてセンター楽曲をいただきましたけど、「なんで?」のほうに気持ちが傾いていきました。休業するのもすごく勇気が必要でした。出遅れたらもう選抜に二度と戻れないんじゃないかと思っていたから。ボーダーライン上で必死にしがみついていたのに、そのラインから手を放すことはすごく怖かったです。

(『希望の方角』北野日奈子インタビュー)

 このように『希望の方角』では当時のリアルな心情とともに回顧録のような形で振り返られていたが、この時期に多く行われたSHOWROOM配信などでは、いくぶんフランクに当時のことが語られてもおり、つらかったことも「とにかく“乗り越える”一択(『B.L.T.』2021年8月号 p.113)でぶつかり、北野はそれを実際に成し遂げてきたということが改めてうかがえた。2022年2月8日の写真集発売記念配信の2日目では、休業期間について「自分を大事にできない時期があった」と表現し、自分を大事にできるようになったことで戻ってこられた、と語った。さらにこのときの配信では、「16人のプリンシパル trois」で先輩メンバーのなかに飛び込んだときのことも振り返り、「弱い部分を隠すために笑っていた」が、齋藤飛鳥がそれに気づいてくれたことや、久保史緒里について「涙を見る機会が減ったことが卒業を決めたたくさんの理由のうちのひとつ」であることにも言及されるなど、卒業発表直後ながら、多くのことが振り返られてもいた。

 さらに北野は、ずいぶんあっけらかんとした調子ではあったが、卒業を発表してから「夢のなかで毎日泣いている」とも明かした。そのうちのひとつとして語られた「人ごみをかき分けてステージに向かう夢」。そこには推しメンタオルやうちわを掲げて応援してくれている人たちがいて、その声を感じながらステージに向かっているけれど、「私はファンのみなさんのことが見えてるのに、みなさんから私が見えていない」状態で、それでもファンは応援の声を上げ続けていたのだという。「『アンダー』の歌詞じゃん」、と配信にコメントが付き、それに北野は「『アンダー』かぁ!」「寝る前に『アンダー』聴いてないよ!」と応じていた。

 「みんなから私のことが/もし 見えなくても/心配をしないで/私はみんなが見えてる」。筆者はこのフレーズには、どちらかというと(特に2017年当時は)中元の姿を重ねていた部分がある。九州シリーズ千秋楽の宮崎市民文化ホール公演で、中元は自らについては「引き止めないでください」とした上で349、グループやメンバーへの信頼や愛情を述べ、「私がいなくなっても心配しないでください」というようなことを口にしていた。「アンダー」の歌詞全体としては、アンダーメンバーの置かれた状況(「当たっていないスポットライト」「人知れず汗を流す影」など)や、内心の部分(「今どこにいたってやるべきことって同じだ」「眩しすぎるわ メインキャスト」など)、そして決意や未来(「新しい幕が上がるよ」「客席の誰かが気づく」など)が描かれた部分で構成されているように思うが、中元と北野のパートから始まるこのフレーズだけは、誰のどういった目線で語られたものなのかが聴いていて見えてこなかった。それが九州シリーズでの中元のその語りで、筆者としてはなんとなく胸落ちしていた、という経緯があった。

 中元は最後のライブである東京ドーム公演のダブルアンコールでも、改めて「これからも乃木坂のこと、よろしくお願いします」と呼びかけていた。そしてその姿は、4年半ごしに北野にも重なっていく。北野も最後まで、「変化していく乃木坂もぜんぶ同じ乃木坂」であるとして、「これからも乃木坂46の応援を、どうかよろしくお願いします」と呼びかける(2022年4月30日、最後のSHOWROOM配信)。卒業していくメンバーのよくあるたたずまいだと称してしまえばそれまでだが、このフレーズのこともあり、やはりどうしてもふたりのことが重なって見えた。

 ほかにも、4月30日の最後のSHOWROOM配信では、乃木坂46としての活動を「諦めようとしたポイントはあった」ということが語られたほか、九州シリーズに関しては「ズタボロの姿を見せてしまい、本当にご心配をおかけしました」とも述べられた。触れにくいことも、触れたくないことも多くあっただろうが、北野は「乃木坂46・北野日奈子」に起こったことにアンタッチャブルな部分をつくらずに、もれなく振り返りながら卒業していった、という印象がある。

 

別れと“それから”

 北野の卒業コンサートについては別に書こうと思っている(セットリストが北野の思いをもとに相当に練られていたと感じるため、公演全体をまとめてとらえたほうがよいと思う)ので、ここでそこまで深入りはしないが、セットリストのなかの前半に設けられたアンダー曲のブロックにおいて、「アンダー」はフルサイズで披露されることになる。ステージで披露されること自体が「アンダーライブ2020」以来1年3ヶ月ぶりで、4期生を含めた編成で披露されるのは初めてだった。オリジナルメンバーは北野と山崎怜奈、和田まあやのみ。“あの夏”の北野を最前線で支えたフロントメンバーは誰もおらず、1列目には3期生が並ぶ形となっていた。

 この公演では、普段の乃木坂46のライブと同様、楽曲披露はワンハーフサイズが基本とされていたが、北野のセンター曲である「アンダー」と「日常」はフルサイズで披露されていた。長らく披露されてこなかった「アンダー」の2番には、北野を主人公としたような形で新たな振り付けがなされ、北野は最後までこの楽曲に向き合って表現したような印象をもった。ひとつ忘れられないのは、曲の終わりである。「美しいのは/ポジションじゃない」と歌詞を歌い終え、最後の「アンダー」を演じきろうとしていた北野は、短く胸に手を当て、一度こちらに背中を向けた。笑顔を浮かべ、客席から目を切る寸前の北野にあったのは、筆者には「アンダー」への惜別の表情でもあったように見えた。

 センター曲は「縄張りのようなもの」と書いた。ポジションも楽曲も、基本的にはあてがわれるものである。しかしそれは、ステージで演じていくうちにメンバー自身の作品となり、そしていつしか“我が子”のようになっていく。

——中元さん自身も『君僕』は好きなんですよね。
中元 好きですよぉ(笑顔)。エヘヘ。歌い継いでほしいけど、これから『君僕』はどうなるんだろう。親心みたいな感覚がありますね。
——センター曲は我が子のようだと。
中元 はい。愛しいですね。

(『Top Yell』2018年1月号 p.17)

 そのセンター曲である「日常」350はもちろん、「ゆっくりと咲く花」や「アナスターシャ」をはじめとする2期生曲351、サンクエトワールの楽曲352、「アンダーライブ2020」で中元の代わりにセンターで演じたという経緯もある「君は僕と会わない方がよかったのかな」353など、北野は「歌い継いでほしい」という趣旨のことを卒業を決めてから口に出し続けてきた、というのは前稿にも書いた通りである。しかし、「アンダー」については、北野はそのようには語っていなかったように思う。筆者がそれを耳にしていないだけの話で、北野の思いはわからない。でも、例えば「日常」とは異なる温度の感情があることは疑いないだろう。北野が「アンダー」に関して背負ってきたもの。それはおそらく、誰にも受け渡されることはなかった。しかし、その背中を見てきた後輩たちが、違った形で未来につなげてくれればいいと思う。

 卒業コンサートを経て、2022年4月30日に北野はグループを卒業する。7月17日には山崎怜奈が卒業。その後も和田まあやと樋口日奈が卒業を発表し、「アンダー」のオリジナルメンバーとしては、鈴木絢音が最後のひとりということになる。和田や樋口の最後のライブも含め、北野の卒業コンサート以降、「アンダー」はステージで演じられていないという状況にある。

 しかしその樋口は、卒業セレモニーを間近に控えた2022年10月26日の「猫舌SHOWROOM」において、「アンダー」について言及する354。「当時メンバーはすごい衝撃を受けてたの覚えてる」とし、歌詞が心に刺さり、涙を流してしまうような状況だったということを、「いまだから言える話」として口にした。このような状況もあり、当初はメンバーも「あまり歌いたいって感じじゃなかった」というが、何度も披露していくうちに、それが「だんだん変わっていった」のだという。「たぶん、重ねすぎてたんだろうね、自分たちの姿を」。ともに配信を行っていた阪口珠美とともに、「みんなに当てはまる曲だから」とまとめた。「当時はめちゃめちゃ辛かった」といくぶん明るく振り返る樋口と、それに相づちを打ちつつ、BGMに合わせて少し鼻歌を歌う阪口。九州シリーズから丸5年、「アンダー」は乃木坂46の「数あるうちの1曲」になっており、それがおそらくありうべき姿だった。

 「みんなに当てはまる曲」。(特にアンダーメンバーの)純粋なファン目線を離れ、フラットに楽曲に接すると、ストレートに人を勇気づけるような力が、そこにはあると思う。「らじらー!サンデー」の週替わりゲストMCを務めるなど、乃木坂46と共演する機会も数々あるジャングルポケット・斉藤慎二は、「アンダー」は好きな楽曲のひとつであると繰り返し言及しており、「めちゃくちゃ聴いてた」とも語る355

 また、「アンダー」の作曲を手がけた白土亨は、リリース当初に歌詞に賛否があった点も認識した上で、現在に至るまで楽曲の行く先を追いかけ続けていた。リリース日にはTwitterで「自分の状況に置き換えても泣けます」と発信し、2020年2月にYouTubeで公開された、白土自身による「歌ってみた」動画356には、「歌詞に賛否ありましたが、僕の心にはすごく響きました」「頑張ってる人への応援歌だと勝手に思っています」とコメントを付した。「アンダー」に関して、作曲家としては周囲からも好評を得ていた本人Twitterという白土は、他にも女性アイドルなどに多くの楽曲を提供しているが、坂道シリーズへの提供は現在のところこの1曲のみである。「アンダー」という楽曲が独特の経緯をたどってきたこともふまえて、ある意味奇縁であるともいえるだろうか(これからも何らかの形でかかわってほしいとも思う)。「頑張ってる人への応援歌」。グループの楽曲としては、やはり独特の文脈に置かれ続けるのだとは思うが、いつかまた顧みられて、そんなふうにシンプルに歌われる場面もあればいいな、と思う。

 

5年間の終わりに

 筆者が坂道シリーズに関して文章を書くようになったのは、アンダーライブ九州シリーズがきっかけであった。あの日見たものや聞いたことを、少しでも書き残しておきたいと思ったからだ。あれから5年。こんなに長く「アンダー」について書き続けることになるとは思っていなかった。でも、おそらくは書き切ることができた。自己満足にすぎないが、そのことについては喜んでおこうと思う。そしてそれはもちろん、北野が「乃木坂46・北野日奈子」を完遂してくれたおかげだ。

 “あの夏”。北野のことを「どうしても第一に考えたかった」なんて本稿では書いたし、そこに偽りがあるとは思っていない。しかしそんな筆者のありようは北野のためになっていたか、自分はほんとうの意味で北野の味方であることができていたか、と改めて自問自答すると、そうではないように思えてしまう。迂遠だがイノセントに、北野のことを追い込んでいた、そのうちのひとりだったかもしれないと思う。

ポジティブな言葉でも
その言葉を自分の中から外に出すだけで
影響力があることを責任があることを
いつでも覚えておかないといけないですね

自分の中でのポジティブな言葉は
その誰かにはとっても辛く苦痛な言葉に
なってしまう場合があることも
忘れないでほしいです

私は
元気出して!とか 笑顔でいてね!とか
そういう言葉がその当時はすごく自分の心に負荷がかかっていました

だけど
それは言わないでよ、だって私元気だし笑ってるよ?ってそういう気持ちを言葉で返すのも
立場や色々なしがらみから言えなかったり
自分の気持ちを正直に話すことは
すごく勇気のいることだから勇気が心に溜まっていないとできないことです

(北野日奈子公式ブログ 2020年11月11日「誰かの足跡」)

 いまにしてみれば、慚愧に堪えないとしか言いようがないが、そうした日々すら、北野はいつからか肯定してくれるようになったと感じる。「日奈子は味方だ! 一緒に頑張ろうね」。“卒業”を胸に秘めた状態で活動していた時期の北野には、気持ちを軽くさせてもらえる場面が多かったように、いまにしてみれば思う。

私の夢だけじゃなくて皆さんの夢も一緒に横に並べて皆でそれを掴みにいこう!
一緒にがんばりましょう

(北野日奈子公式ブログ 2021年4月19日「ぶつかってばかり」)

 「アンダー」に関していえば、さまざまなファンがさまざまなことを言っていて、北野のことを応援する気持ちのみがそこにあったとしても、どうしようもない意見の対立が生じる楽曲として、当時は現出したのだったと思う。ファンひとりひとりの顔を思い浮かべながら、その全員を包摂していくには、北野自身が「アンダー」を(ある程度は)前向きに受け止め、その様子を見せていくしか方法はなかったのではないか、と思う。もう少しいえば、北野はやむなくそういう態度をとっていたというよりは、ただファンの方向を見て歩みを進めていったら、自然とそうなっていった、というように見える。

 思えば、リリース前の「18人でうたう『アンダー』という曲を ひとりひとりが違う思いで違う光で歌ってパフォーマンスしていいと私は思います(北野日奈子公式ブログ 2017年7月27日「今が途切れないように」)に始まり、休業を経たあとにも、「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」での披露後には「あの曲は人それぞれ捉え方が違うから(『月刊エンタメ』2018年10月号 p.14)と語り、再びアンダーセンターとなったタイミングでも「正解がないところが、すごくいいなと思います(2018年12月20日「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」DAY2)と発信するなど、“それぞれの「アンダー」でいい”ということは、北野自身も一貫して発信してきていた。卒業コンサートを終えたのちの2022年4月20日には、北野は「猫舌SHOWROOM」において、曲をもらったときは「『アンダー』っていう曲にはひとつの感情しかなかった」が、その後「それ以外の感情も持てるようになった」といい、「本当にその節はご心配おかけしました」とまとめた。やはり最後の最後まで、彼女のことを見つめてきたファンのことをみな包摂するような、これ以外ないようなまとめ方であったように思う。

 書けるものは書きつくしたつもりだ。何かをわかっているような書き方になってしまった部分もあったかもしれないが、何かをうまく説明できたような気はしないし、誰かに何かがうまく伝わったともとうてい思えない。でも、それでいいのだと思う。だって、「正解がない」のだから。

 

(参考)「アンダー」歴代披露一覧

(最終更新2025年11月13日)Cはセンターメンバーの意。現在映像で視聴できるものは太字で記載した。衣装や参加メンバー、フォーメーションなどに関して、映像その他で確認できないものについては、推測、または当時のメモのみで記載している部分があるので留意されたい。

【「アンダー」オリジナルメンバー・フォーメーション】
能條 相楽 川後 川村 佐々木 和田
中田 山崎 鈴木 かりん 純奈 ちはる
樋口 渡辺 中元 北野 寺田 優里
■ 2017年
日付 公演/番組 備考
8月11日 「真夏の全国ツアー2017」宮城公演1公演目

・C北野、18thアンダーメンバー(−中元)
・中元は8月6日「らじらー!サンデー」でツアー全公演休演を発表
・「アンダー」衣装

8月12日 「真夏の全国ツアー2017」宮城公演2公演目[昼公演]
8月12日 「真夏の全国ツアー2017」宮城公演3公演目[夜公演]
8月13日 「真夏の全国ツアー2017」宮城公演4公演目
8月13日 「乃木坂工事中」#117 スタジオライブ ・C北野、18thアンダーメンバー(−中元)
・18th制服衣装
・18thシングルヒット祈願(ウミガメ探し)完結編の回
Blu-ray「与田工事中」に収録
8月16日 「真夏の全国ツアー2017」大阪公演1公演目 ・Cなし、18thアンダーメンバー(−中元、北野)
・北野は1公演目当日に欠席発表(公式サイト
・「アンダー」衣装
8月17日 「真夏の全国ツアー2017」大阪公演2公演目
8月18日 「真夏の全国ツアー2017」大阪公演3公演目
8月22日 「真夏の全国ツアー2017」愛知公演1公演目 ・C北野、18thアンダーメンバー(−中元、純奈)
・純奈はけがにより欠席(公式サイト
・「アンダー」衣装
・愛知公演2日目の模様がのぎ動画で配信中
8月23日 「真夏の全国ツアー2017」愛知公演2公演目
8月27日 ポートメッセなごや全国握手会 ミニライブ ・C北野、18thアンダーメンバー(−中元、純奈)、フルサイズ披露
・純奈はけがでミニライブのみ欠席
・18th制服衣装
・「PROJECT REVIEWN」あり
9月10日 幕張メッセ全国握手会 ミニライブ ・Cなし、18thアンダーメンバー(−中元、北野)、フルサイズ披露
・北野は当日に欠席発表(公式サイト
・18th制服衣装
・「PROJECT REVIEWN」あり
10月8日 「真夏の全国ツアー2017」新潟公演1公演目 ・Cなし、18thアンダーメンバー(−中元、北野)
・北野は10/6に欠席発表(公式サイト
・「アンダー」衣装
10月9日 「真夏の全国ツアー2017」新潟公演2公演目[昼公演]
10月9日 「真夏の全国ツアー2017」新潟公演3公演目[夜公演]
10月14日 「アンダーライブ全国ツアー2017 〜九州シリーズ〜」大分公演1公演目[昼公演]
・C中元、18thアンダーメンバー(−北野)、フルサイズ披露
・北野は各日公式サイトで欠席発表(10/14、10/16、10/17)
・白いドレス風の衣装(アンダーライブ衣装)
・披露前に歌詞の朗読演出(北野パートは樋口)


10月14日 「アンダーライブ全国ツアー2017 〜九州シリーズ〜」大分公演2公演目[夜公演]
10月16日 「アンダーライブ全国ツアー2017 〜九州シリーズ〜」福岡公演1公演目
10月17日 「アンダーライブ全国ツアー2017 〜九州シリーズ〜」福岡公演2公演目
10月18日 「アンダーライブ全国ツアー2017 〜九州シリーズ〜」福岡公演3公演目 ・C中元・北野、18thアンダーメンバー、フルサイズ披露
・白いドレス風の衣装(アンダーライブ衣装)
・披露前に歌詞の朗読演出
・10月18日公演の模様が「The Best Selection of Under Live」として「僕だけの君〜Under Super Best〜」の特典映像として収載(のぎ動画で配信中)
・「のぎ天2」で流れたのも10月18日公演の模様
10月19日 「アンダーライブ全国ツアー2017 〜九州シリーズ〜」鹿児島公演
10月20日 「アンダーライブ全国ツアー2017 〜九州シリーズ〜」宮崎公演
11月7日 「真夏の全国ツアー2017 FINAL!」DAY1 ・C中元・北野、18thアンダーメンバー、フルサイズ披露
・アンダーブロックの衣装(「2017年東京ドーム グレー衣装」[参考]もしくは「My rule 歌唱衣装」[参考]とされているもの)で、ジャケットは脱いだ状態
・オリジナルメンバー全員による最後の披露
・DAY2(メンバーの髪型で判断)の模様がBlu-ray/DVDに収録(のぎ動画で配信中)
11月8日 「真夏の全国ツアー2017 FINAL!」DAY2
■ 2018年
1月6日 インテックス大阪全国握手会 ミニライブ ・Cなし、18thアンダーメンバー(−中元、北野、鈴木、和田)、フルサイズ披露
・中元は卒業済、北野は休業により欠席鈴木和田は当日に欠席発表
・18th制服衣装
・「PROJECT REVIEWN」あり
7月6日 「真夏の全国ツアー2018 〜6th YEAR BIRTHDAY LIVE〜」DAY1[神宮]

・C北野、20thアンダーメンバー+北野
・3期生が初参加(理々杏、岩本、梅澤、阪口、楓、中村、向井、吉田)、梅澤はこのときが唯一の披露
・ワンハーフだがラスサビ2回繰り返し
・神宮会場では白生地に赤・青チェック(スパンコール)の「真夏の全国ツアー2018衣装」
・秩父宮では水色にパンツのアンダーチームの衣装(生写真「夏ツ2018衣装③」、選抜チームの赤いドレス衣装に対応)
・「シンクロニシティ・ライブ」として、各日2会場で披露
・各日とも2回目の披露ではラスサビ前にブレイクが挿入され花火が上がる演出357
・各日の神宮会場と1日目の秩父宮会場の模様はBlu-ray/DVDに収録(秩父宮会場は特典映像扱い、すべてのぎ動画で配信中)

【フォーメーション】358
吉田 能條 相楽 川後 佐々木 和田 中村
楓 中田 山崎 鈴木 かりん 純奈 ちはる 向井
阪口 梅澤 渡辺 北野 理々杏 優里 岩本

7月6日 「真夏の全国ツアー2018 〜6th YEAR BIRTHDAY LIVE〜」DAY1[秩父宮]
7月7日 「真夏の全国ツアー2018 〜6th YEAR BIRTHDAY LIVE〜」DAY2[秩父宮]
7月7日 「真夏の全国ツアー2018 〜6th YEAR BIRTHDAY LIVE〜」DAY2[神宮]
7月8日 「真夏の全国ツアー2018 〜6th YEAR BIRTHDAY LIVE〜」」DAY3[神宮]
7月8日 「真夏の全国ツアー2018 〜6th YEAR BIRTHDAY LIVE〜」DAY3[秩父宮]
7月21日 「真夏の全国ツアー2018」福岡公演1日目

・C北野、21stアンダーメンバー
・公演によって「三角の空き地」MV衣装/ツアー衣装(白のチェック、生写真「全ツ2018衣装②」)の2パターンあり
・能條、山崎は福岡公演を欠席(舞台出演/体調不良)
・センターステージでの披露
・福岡公演2日目と宮城公演2日目の模様がのぎ動画で配信中

【フォーメーション】359
吉田 能條 川後 佐々木 和田 中村
楓 中田 山崎 かりん 純奈 向井
阪口 樋口 渡辺 北野 寺田 理々杏

7月22日 「真夏の全国ツアー2018」福岡公演2日目
8月4日 「真夏の全国ツアー2018」大阪公演1日目
8月5日 「真夏の全国ツアー2018」大阪公演2日目
8月26日 「真夏の全国ツアー2018」愛知公演1日目
8月27日 「真夏の全国ツアー2018」愛知公演2日目
9月1日 「真夏の全国ツアー2018」宮城公演1日目
9月2日 「真夏の全国ツアー2018」宮城公演2日目
12月19日 「アンダーライブ全国ツアー2018 〜関東シリーズ〜」DAY1

・C北野、22ndアンダーメンバー[−寺田]
・寺田は体調不良によりこのブロック不在、久保はこのときが唯一の披露
・「アンダー」衣装
・DAY2の模様がのぎ動画で配信中

【フォーメーション】360
中村 川後 吉田 佐々木 和田
中田 山崎 鈴木 かりん 純奈 向井
阪口 樋口 渡辺 北野 (寺田) 久保 岩本

12月20日 「アンダーライブ全国ツアー2018 〜関東シリーズ〜」DAY2
■ 2019年
2月23日 「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY3

・C北野、当時現役の18thアンダーメンバー(卒業した川後、川村、ちはる、相楽、中元、能條を除く12人)
・「アンダー」衣装
・Blu-ray/DVDに収録(のぎ動画で配信中)

【フォーメーション】361
和田 鈴木 佐々木
中田 山崎 かりん 純奈
樋口 渡辺 北野 寺田 優里

3月19日 「衛藤美彩卒業ソロコンサート」 ・衛藤によるソロ歌唱、フルサイズ
・のぎ動画で配信中
5月24日 「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ 〜アンダーライブ〜」

・C寺田、23rdアンダーメンバー+優里、かりん
・北野と中元以外のメンバーが明確にセンターに入ったのはこのときが初
・「CDTVスペシャル!年越しプレミアライブ2017→2018」で着用の白黒・ノースリーブのドレス衣装
・当時dtvチャンネルで生配信あり
・のぎ動画で配信中

【フォーメーション】362
和田 吉田 中村 向井 佐々木
中田 山崎 かりん 純奈
樋口 寺田 優里

10月10日 「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」DAY1

・C岩本、24thアンダーメンバー[−純奈、佐々木、樋口、向井]
・純奈、樋口、向井は舞台出演、佐々木は体調不良により公演を欠席
・間奏にアレンジあり(岩本ソロダンス)
・衣装はこのときの新作(黒・白・青、ノースリーブ、アシンメトリーのワンピース)
・ステージ上段までを用いたプロジェクションマッピング演出(通常のフォーメーションダンスとは異なる)
・DAY2の模様がのぎ動画で配信中

【フォーメーション】363
楓 中村 寺田 鈴木 理々杏 和田 吉田
阪口 山崎 岩本 中田 渡辺

10月11日 「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」DAY2
■ 2020年
2月21日 「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY1

・C北野、北野+24thアンダーメンバー[−佐々木・岩本]
・佐々木はライブを欠席、岩本はこのブロック選抜メンバー扱いで不在
・「アンダー」衣装、北野の着用衣装がオリジナルと異なるタイプ(トップスのラインがピンク、スカートはオリジナルのまま)
・Blu-ray/DVDに収録(のぎ動画で配信中)、再編集版「Hinako Kitano ver.」がのぎ動画で配信中

【フォーメーション】364
向井 吉田 楓 和田
中田 阪口 山崎 理々杏 純奈 中村
樋口 渡辺 北野 寺田 鈴木

12月18日 「アンダーライブ2020」DAY1 ・C北野・阪口、26thアンダーメンバー
・北野が中元以外のメンバーとダブルセンターに立つ形での披露はこのときのみ
・DAY1は6thBDL選抜メンバーチームの赤いドレス衣装
・DAY2は黒のロングドレス衣装(2019年10月MステSP、「スペシャル衣装22」)
・DAY3は「アンダー」衣装
・阪口・北野→樋口・渡辺→寺田・理々杏→山崎・鈴木→和田・純奈→楓・向井→吉田・中村の順でステージに登場、歌唱中心の披露で3列になるタイミングなし
・当時3日とも生配信あり、DAY3はTBSチャンネルで後日放送(一部再編集版)、DAY3全編がのぎ動画で配信中
DAY1の模様がYouTubeに公開されているJ-LODliveの規定にもとづく配信)
12月19日 「アンダーライブ2020」DAY2
12月20日 「アンダーライブ2020」DAY3
■ 2022年
3月24日 「北野日奈子卒業コンサート」

・C北野、北野+29thアンダーメンバー[−弓木]、フルサイズ披露
・弓木は新型コロナウイルス感染のため欠席
・「アンダー」衣装
・当時生配信あり
・のぎ動画で配信中

【フォーメーション】
  松尾 林 黒見 矢久保 北川 璃果 金川
 中村 山崎 和田 向井
理々杏 阪口 北野 吉田 楓

12月1日 「31stSGアンダーライブ」神奈川公演1日目

・C中村、31stアンダーメンバー
・北川は福岡公演でのけがのため、愛知・大阪の4公演を休演(北川休演時はポジション空け)
・「シンクロニシティ」歌衣装(白いドレス、参考1参考2
・OVERTUREなし(「アンダー」につながるピアノメロディで代替)で1曲目に披露、楽曲はアコースティックアレンジ
・冒頭中村ソロ歌唱(「アンダー 影の中〜誰かが気づく」)ののち、Aメロからワンハーフ
・「アンダーライブ2020」と同様に歌唱しながら順繰りの登場、振り付けほぼなし(最後に右手を挙げてつかむのみ)、フォーメーション移動はあり
・千秋楽の神奈川公演2日目は当時生配信あり、32ndシングルType-Dに映像特典として収録(のぎ動画で配信中)

【フォーメーション】
北川 吉田 黒見
理々杏 璃果 向井 矢久保
楓 中村 松尾

12月7日 「31stSGアンダーライブ」北海道公演1日目
12月8日 「31stSGアンダーライブ」北海道公演2日目
12月12日 「31stSGアンダーライブ」福岡公演
12月14日 「31stSGアンダーライブ」愛知公演1日目
12月15日 「31stSGアンダーライブ」愛知公演2日目
12月16日 「31stSGアンダーライブ」大阪公演1日目
12月17日 「31stSGアンダーライブ」大阪公演2日目
12月19日 「31stSGアンダーライブ」神奈川公演2日目
■ 2024年
10月7日 「36thSGアンダーライブ」福岡公演1日目

・C奥田、36thアンダーメンバー
・中村、吉田は舞台出演のため神奈川公演以外を休演。これに加えて、中村は体調不良のため出演は神奈川公演3日目の一部のみであり、「アンダー」への参加はなし
・フォーメーションは「落とし物」と同一とみられるため、中村も当該のポジションに入る予定であったと推定して記載
・理々杏は体調不良のため神奈川公演は曲数を絞りながらの参加であり、1日目・2日目は「アンダー」への参加がない
・衣装はこのときの新作(ベージュのロングスカート、短いジャケット)
・楽曲はワンハーフで特別なアレンジはなく、オリジナルに近い形での披露
・神奈川公演2日目と3日目は生配信あり、38thシングルType-Aに特典映像として収録

【フォーメーション】
吉田 岡本 璃果 楓 矢久保 (中村)
松尾 向井 理々杏 柴田
林 奥田 黒見

10月8日 「36thSGアンダーライブ」福岡公演2日目
10月14日 「36thSGアンダーライブ」愛知公演1日目
10月15日 「36thSGアンダーライブ」愛知公演2日目
10月21日 「36thSGアンダーライブ」大阪公演1日目
10月22日 「36thSGアンダーライブ」大阪公演1日目
10月28日 「36thSGアンダーライブ」北海道公演1日目
10月29日 「36thSGアンダーライブ」北海道公演1日目
11月18日 「36thSGアンダーライブ」神奈川公演1日目
11月19日 「36thSGアンダーライブ」神奈川公演2日目
11月20日 「36thSGアンダーライブ」神奈川公演3日目
■ 2025年
4月5日 「38thSGアンダーライブ」 ・C柴田、38thアンダーメンバー[-理々杏]

・理々杏は舞台出演のため欠席(本編・アンコール終了後の佐藤楓卒業セレモニーで登場)
・フォーメーションは「交感神経優位」と同一とみられるため、このフォーメーションから理々杏を省く形(欠席は事前にアナウンスされていたため)記載
・スペシャル衣装40(「CDTVライブ!ライブ!年越しスペシャル2023→2024」で初出の、白地に黒い模様、ベルト風のラインのある衣装)
・フルサイズ、両手振り(史上初)での披露。振り付けは全編ほぼ新規
・落ちサビをソロで歌った柴田が、「影の中/まだ咲いてない花がある」を「人知れず/汗を流す影がある」と歌唱
・当時生配信あり

【フォーメーション】
岩本 璃果 黒見 矢久保 吉田
松尾 岡本 柴田 楓  

 


 

 本シリーズの最大の山場ともいうべき記事を書き終えることができた。本当は、筆者自身の思いについてもう少し書きこむつもりだったのだが(これでもそれなりに書かれているとは思うが)、結局ばっさり削除してしまった。北野のことを書きたくて書いている記事だから、これでよかったのだと思う。また時間が経てば、その思いはまた変わってしまうかもしれない。あるいは「書き切った」のような印象も、いつか変わる日がくるかもしれない。もしいつか機会があれば、書いてもよいかな、と思っている。

 次回では、「乃木坂46・北野日奈子」を象徴する楽曲となった「日常」について振り返っていきたいと考えている。「アンダー」に続くセンター曲で、単独センターとしては唯一の曲。センター曲はアイドル人生を変える(あるいは、決める)んだな、と思う。

 

(情報提供のお願い)書き切った、みたいなことを言っておいて、というところもありますが、1点気がかりというか、確認できなかったことがあります。「アンダー」のサビの後半で、右手を挙げてこちら側に突き立てながら右足で3拍とるような振り付けがあるかと思いますが、当時、この部分の振り付けの意味が説明されていたのをどこかで見聞きした覚えがあります。振り返っているうちに見つかるかもしれない、と思ってここまで書いてきましたし、別途検索をかけてみたりもしましたが、結局どうしてもわかりませんでした。単なる気のせいというか、時間が流れるなかで記憶が捏造されてしまっている可能性も高いので、ほぼ諦めてしまっているのですが、ご存知の方がいらっしゃいましたら、コメント欄などで教えていただけると大変ありがたいです。
(なんとなくラジオだったような気がするので、もはや確認しようもないかもしれません。北野さんは休業に入られましたし、「らじらー!サンデー」では一度も「アンダー」はオンエアされていなかったようなので[公式Twitterアカウントで確認]、中元さんでもないような感じがしています。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-6/feed/ 2
その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)[5] https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-5/ https://meaning-of-goodbye.com/nogizaka46-hinako-kitano-5/#comments Wed, 19 Oct 2022 15:00:45 +0000 https://meaning-of-goodbye.com/?p=776 [タイトル写真:種子島(鹿児島県南種子町)・千座の岩屋(筆者撮影)]

[5]「希望の方角」と「忘れないといいな」

 北野日奈子が乃木坂46のメンバーとして過ごした最後の約1年間は、グループの「10周年イヤー」といえる時期にあたっていた。その最後にあたる「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2022年5月14-15日)については、北野はすでにグループを卒業しており出演することはなかったが、それまでにも「乃木坂46結成10周年記念セレモニー」(2021年8月21日、「真夏の全国ツアー2021」マリンメッセ福岡公演1日目内)や、「結成10周年記念ベストアルバム」と銘打たれた「Time flies」、デビュー10周年の記念日に重ねて配信された「NOGIZAKA46 10th Anniversary 乃木坂46時間TV」(2022年2月21-23日)など、さまざまな「10周年記念」の機会を、北野はメンバーとして経験していくことになった。

 北野はまた、こうした時期を「卒業」を胸に秘めた状態で、「カウントダウン」しながら過ごしてもいたという311。秋ごろに行われていたと思われる2nd写真集『希望の方角』の撮影や、ソロ曲「忘れないといいな」の制作313があったのも、この時期にあたる。

 本稿では、メンバーとしてのキャリアの終盤にあたるこの時期に、北野が自身や周囲のグループ活動に関して振り返った内容や、「卒業」を念頭に置いて行われた活動を改めてたどっていくことで、「乃木坂46・北野日奈子」を形づくったものや、彼女が大切にしてきたものについて振り返っていくことにしたい。

「その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」目次

 ・[1]家族への信頼と愛情
 ・[2]ポジションと向き合った日々
 ・[3]同期・2期生という存在
 ・[4]“先輩”と“後輩”、グループのなかでの役割
 ・[5]「希望の方角」と「忘れないといいな」
 ・[6]あの夏のこと/アンダー曲「アンダー」
 ・[7] “代名詞”となった「日常」
 ・[8]「乃木坂46 北野日奈子 卒業コンサート」
 ・[9]中元日芽香、「大切な友達」として
 ・[ex]“それから”の日々と“これから”

 

“思い出を振り返る”グループ

 乃木坂46は、“思い出を振り返る”ことに並々ならぬ情熱を燃やしてきたグループだと思う。こう表現すると、多くの人がまず想起するのは「全曲披露」をコンセプトに長く行われてきたバースデーライブであろう。2013年の1stに始まり5thまで、そして7th、8thと、相当に長い間続けられてきた「全曲披露」。持ち曲全曲を披露する、という形式のライブを行ったことのあるアーティストは多くあろうが、Googleで「全曲披露」と検索すると乃木坂46関係のページが上位を占めており、一種のグループ用語ともなっているといえる。曲数は2020年の8thで200曲を数え、メンバーにとっては相当ハードなものだったとも語られるが、すべてがBlu-ray/DVD化されてきた経緯も含め、グループの歩みとともに作品に込められた思い出を振り返る貴重な機会であり続けてきた。

 また、「全曲を披露する機会を設け、置いていく曲をつくらない」というライブは、アンダーライブにおいてもみられた。2019年10月10-11日の「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」、および2020年12月18-20日の「アンダーライブ2020」は、「アンダー曲全曲披露」の形がとられている314。曲数は「アンダーライブ2020」時点で30曲。ライブ1公演にどうにかおさまる、ある意味でちょうどいい曲数だったし、メンバー編成の面で過渡期にあったアンダーライブにおいて、「アンダーライブならでは」の曲を多く披露する意義も多分にあっただろうが、「全曲披露」に対するグループの姿勢が見てとれるようにも思えた318

 加えて、ある時期から大きな規模でコンスタントに行われるようになってきた「卒業コンサート」(またはこれに類する位置づけの公演)も、やはり“思い出を振り返る”機会になっている。ひとりのメンバーの歩みや思い出という切り口から構成されたセットリストは、バースデーライブとはまた異なる形で、グループが重ねてきた日々を振り返る機会ともなっている。

 しかし“思い出を振り返る”ことは、ステージの上だけでなされるものではない。「思い出」をキーワードとして乃木坂46をとらえようとしたとき、いつも思い出すエピソードがある。「卒業コンサート」が重ねられていく時期の前夜といえるだろうか、深川麻衣の“卒業センター”が発表されたときのこととして、橋本奈々未がこう語っている。

——14枚目のシングルのセンターは、深川さんが務めますよね。そういう花道を用意されて卒業していくのって橋本さんはどう思います?
橋本 まいまいにとってすごくいいことだと思うし、まいまいはそれだけ頑張ってきたから用意された道だと思います。毎回、選抜発表が終わったあとに選抜メンバーで写真を撮るんですよ。で、写真を撮ったあと、いつもだったらスタッフさんに「このメンバーで戦っていきます。頑張ってください」って言われるんですけど、「いつも戦っていこうって言うけど、今回はみんなで思い出を作りましょう」って言ったんですよ。

(『BUBKA』2016年4月号 p.16)

 14thシングルの選抜発表は、北野の歩みをポジションを通して振り返った本シリーズ[2]の記事では、前作とほぼ選抜メンバーが変わらず、アンダーメンバーにとっては苦しい経験であったものとして書いたところでもある。しかし、この時期あたりから、少しずつグループを取り巻く雰囲気が変化していったような、そんな印象も受ける。「戦う」「頑張る」ではなく、「思い出を作る」。まだ「AKB48の公式ライバル」と紹介されることが多く、それぞれのグループのなかでも競争が煽られた記憶も色濃くて、シーン全体としても「アイドル戦国時代」という言い方が人口に膾炙していたような時代。「戦いの時期は過ぎた」とはいえないまでも、メンバーどうしの絆、チームの絆、グループとファンの絆は、「思い出を作る」ことが「乃木坂46」としての価値を生むところまで深まってもいた。

 この2016年の表題曲のセンターは、“卒業センター”の深川、橋本と、1期生の“末っ子”であった齋藤飛鳥。3期生の加入もあり、グループ全体のダイナミズムのようなものへのまなざしが強まった時期だったかもしれない。「乃木坂らしさ」について考え続ける機会であった「真夏の全国ツアー2015」ののち、グループとしては初の紅白歌合戦出場、アンダーライブも日本武道館公演を成功させるなど、多くのメルクマールを経て、メジャーグループとして地に足が着いたような感じもあった。1期生のキャリアは5年目でもあり、ある意味では少々の余裕も出てきたということも背景にあっただろうか。

 もちろん、思い出は振り返る前に作らなければならない。表舞台に立ち、リリースした作品は形に残る、そんなアイドルの活動そのものも“思い出”を作る過程ともいえるが、この時期からはそれをひとつ踏み越えて、メンバーが自律的に思い出を作り始めた(友達どうしのような形ではなく、ステージの上やカメラの前で、あくまでアイドルとして)。いまとなっては、そんな解釈もできそうだ。思い出を作りながら振り返る。思い出を振り返った日々が思い出になる。その独特のサイクルが、グループの雰囲気を形成してきたように思う。

 そしてそのサイクルは、そこに新たに加わっていくことになる3期生以降の後輩たちの、グループで積み重ねていく時間や経験ともうまく重なっていくことになる。もともとグループのファンであったメンバーもそうでないメンバーもいるが、時には先輩の衣装を借りて、オリジナルメンバーでない曲を演じるところからその歩みをスタートさせていくことは同じである。それは後輩メンバーだからこそできる特別な経験であり、グループがもつ記憶を、そこに新たに加わったメンバーが新鮮に振り返る過程である。そして徐々に「乃木坂46」になじんでいったメンバーは、その過程そのものを“思い出”として振り返っていくことにもなる。

 そんなサイクルが完全に回転し始めた頃、4期生11人の加入を経た時期にリリースされた4thアルバムのタイトルは「今が思い出になるまで」。どことなく、繰り返されるメンバーの卒業について歌っているようにも聴こえたリード曲「ありがちな恋愛」の切なげな雰囲気も相まって感じられたのは、そんなサイクルのなかにいたことすべてが、そこを出て次のステージに進んだときに、またひとつ先から振り返る「思い出」になるのだろう、ということだった。卒業生の多くは芸能界に残り、“グループでの日々が終わった先”についても、いくぶん想像しやすい状況にもなっていた。40人あまりの現役メンバーの外にも広がっていく、「卒業生チーム」を含めた「乃木坂46」という運動体。それは、現役メンバーがその只中にあるところの“思い出”を、グループの外から相対化した。

 このくらいの時期から特に、グループへのまなざしや愛情を強く表現するようになっていった北野。多くのメンバーの卒業を見送りながら、“思い出”への愛執をとりわけ口にすることも多かっただろうか。その北野自身が卒業に向けて動き出していったのは、「10周年イヤー」の真っ只中であった。グループ全体が“思い出を振り返る”モードに大々的に入っていくなか、北野は「こんな物語があったことを知ってほしい」「自分にとっての大切な曲を歌い継いでいってほしい」というメッセージを送る場面が多かった。伝えたいことを伝える機会に恵まれた、幸運なタイミングでの卒業だったと思う。

 前置きが長くなってしまった。以下では、そんな“思い出を振り返る”北野についての思い出を、振り返っていくことにする。

 

「Time flies」カスタムジャケット

 グループの10周年を記念する位置づけでリリースされたベストアルバム「Time flies」は、2021年10月10日の「乃木坂46分TV」の配信内でリリースの告知があり、12月15日に発売された。このアルバムは、3形態の一般流通盤のほか、Sony Music Shop限定の「10周年記念 メンバーカスタムジャケット盤」として、通常盤をメンバー個別のジャケットにカスタムしたものについてもあわせて発売された。ジャケットのデザインは、リリース時に所属のメンバー37人それぞれが衣装を3着セレクトし、1着はメンバーが着用、残りの2着はその左右にシルエットとしてあしらわれた形であった。

 この「カスタムジャケット盤」についても10月10日から予約が開始されたが、10月27日から5日間をかけてデザインが徐々に公開され、リリースに向けた雰囲気を盛り上げていくことになる。それぞれのメンバーの選んだ衣装は公式Twitterでも掲載・説明されているが、筆者が作成したまとめ(Googleスプレッドシート)がこちらにある。メンバーそれぞれが選んだ理由や意図はさまざまで、松村沙友理卒業コンサートの衣装を着用した矢久保美緒、3着すべてで堀未央奈がかつて着用した衣装を選んだ林瑠奈など、憧れの先輩メンバーの衣装が選ばれているケースもあれば、3期生オーディション時の衣装・3期生制服をそれぞれ着用した山下美月322・梅澤美波、自身の初参加シングルである「制服のマネキン」の歌唱衣装を着用した秋元真夏など、メンバーとしてのキャリアにおいて重要なタイミングの衣装が選ばれるケースもあるほか、自らはこれまでに着用したことがなく、単純に「好き」「着てみたい」という理由から選ばれたと思しきケースも散見される(参考:山崎怜奈)。

 そのなかで北野が選んだのは、着用衣装が「Sing Out!」の歌唱衣装、シルエットが「サヨナラの意味」の歌唱衣装、および「真夏の全国ツアー2019 世界地図衣装」であった。「Sing Out!」は北野にとってキャリア唯一の福神シングルの表題曲で思い入れの強い作品であり、ストレートな選択であるように思える。この衣装は齋藤飛鳥・星野みなみ・岩本蓮加・阪口珠美のカスタムジャケットでもシルエットの衣装として選択されており、かなり人気の高い部類に入る衣装であったともいえる323。「サヨナラの意味」の歌唱衣装は、リリース当時の音楽番組などで主に着用されていた比較的シンプルなものである。「サヨナラの意味」の衣装も人気が高い傾向にあったが、北野以外はMV衣装324と2016年の紅白歌合戦時の衣装325であり、この衣装を選んだのは北野のみであった。「真夏の全国ツアー2019 世界地図衣装」は、この年のツアーの各公演終盤でメンバー全員が着用していた衣装である。その後は「世界中の隣人よ」のテレビ初披露(2020年7月18日「音楽の日2020」)の際に着用されたほか、北野の卒業コンサートでも着用された(参考)。「サヨナラの意味」の歌唱衣装も北野は卒業コンサートで着用しており(参考)、このときシルエットであった2着についても卒業までに袖を通したことになる。

 カスタムジャケットの衣装選定に関しては、メンバーは仕上がりのイメージを明確にはもっていない状態で行われたようで、2021年11月3日の「乃木坂46のオールナイトニッポン」では、新内眞衣は「3着とも使われると思わなかった」という趣旨の発言をしており(この形であれば「サヨナラの意味」で2着、という形にはしなかったという)、生田絵梨花は思い入れを込めた選択というよりは単純に好きな衣装を選んでいたが、撮影現場で前のメンバーの様子を見て急遽変更したと話している。両名が一致していたのは、「第1希望から第3希望という形で挙げたものから、被りのないように調整して1着が選ばれ、それを着用する」イメージだったということであった(生田は「けっこうそういう人いるんじゃないかなって思った」と口にしている)。結果として着用衣装がメンバー間で被っているということはなかったので、その点の調整はあったのかもしれないが、シルエットを含めるとのべ半分程度がどこか他のメンバーと被っている計算になり、特に新内眞衣と北川悠理は3着のうち2着が被っているような状況で(「サヨナラの意味」のMV/紅白衣装)、メンバーの希望をほぼその通りくんだ形であったように見受けられる。

 北野もアルバム発売時のスペシャルイベントで「3着とも使われるのであれば、時期の重なる『Sing Out!』と『世界地図衣装』を両方は選ばなかった」という趣旨の発言をしていたという。全体としてそれぞれの個性や思いが反映されたものだったと思うが、他メンバーも含め、「これがベスト3」のように必ずしもとらえてよいものではないことに留意したい。北野といえば「日常」というところもあるが、「日常」の歌唱衣装はここで用いられなかった代わりに、同時期の「乃木坂的フラクタル」のCMや(参考)、ベストアルバムの発売を記念した「MUSIC ON! TV」の特集番組(参考)で、北野自身が選んだものとして着用されるなど、違う場面でたびたび用いられており、この時期に目にすることは多かったという印象である。

 こうした形で、この時期の北野は、いろいろな場面でバランスをとり、多くの衣装や楽曲を広く選んでいたように思う。彼女のそうした一連のチョイスを全体として記憶しておきたいという思いがあり、本稿はこのような仕立てになっているという部分もある。

 

#わたしの乃木坂ベスト・#乃木坂ダンスプレイリスト

 カスタムジャケットのデザインの公開が終えられた直後の2021年11月8日からは、「#わたしの乃木坂ベスト」と題して、全メンバーが選ぶプレイリスト企画がスタートし、発売日前日の12月14日まで毎日ひとりずつ公開されていった。選出の対象は「乃木坂46全楽曲」とされ(参考)、「Time flies」での新曲からも選ばれているほか326、金川紗耶は「からあげ姉妹」名義で配信された「1・2・3」を選曲しており、幅広い楽曲のなかからメンバーごと10曲が選ばれた形となった。各プレイリストへのリンクは公式サイトの特設ページにまとまっているが、一覧する際はこちらのまとめも参考にされたい。

 北野の「日奈子は味方だ!一緒に頑張ろうね。プレイリスト」は12月5日公開。4期生から順に公開されていったため、スケジュールとしてはかなり終盤での公開であった。センター曲を「アンダー」と「日常」の両方、サンクエトワールの楽曲を「大人への近道」と「君に贈る花がない」の両方選曲し、2期生曲としても「アナスターシャ」と「ゆっくりと咲く花」の2曲を選曲するなど、「乃木坂46・北野日奈子」を象徴するような選曲であったように思う。これに加え、長いアンダーメンバー時代を象徴するとともに、2期生にとっても特別な曲であった「嫉妬の権利」、中元日芽香のセンター曲で、「アンダーライブ2020」では北野がセンターを務めた「君は僕と会わないほうがよかったのかな」のアンダー曲2曲が選曲されている。「羽根の記憶」「人生を考えたくなる」は北野がオリジナルメンバーの楽曲ではないが、「10年後の自分」について想像した日や、「今日まであっという間だった」という思いが反映された選曲だったのだろうか。

 選抜に入りたい=表題曲を歌いたい、という気持ちを保ち、表現してきた時期が長かった北野。しかし、この「#わたしの乃木坂ベスト」では、表題曲を選曲することはなかった。「卒業」を胸に秘め、自らの歩みを総括するとともに、「自分にしかできない」選曲をしたように見える。北野はこのプレイリストに、「私のこと、私の周りのこと、こんな物語もあった事を今までとこれからのファンの方に知ってほしい。そんなことが詰まった曲達です。」とコメントを寄せた。乃木坂46の主人公があくまで現役メンバーだと考えれば、卒業を経て時間が経っていけば、そこにあったあらゆるストーリーは表通りから遠ざかっていく。未来へ向かって大海原をゆくテセウスの船。そこにずっと残り続けるのは、メンバーの存在感よりも楽曲なのかもしれない。「今までとこれからのファンに知ってほしい」。その物語を語り尽くすにはあまりにも小さすぎる余白だったが、そこに込められたものとその外に置かれたものに、北野が重ねてきた日々がにじんでいた。

 また、「一緒に頑張る」は、北野がすでに卒業を心に決めていたと考えられる時期、27thシングルの選抜発表の直後のブログでも用いられた表現である。

自分なりにやりたい事や伝えたいことを
発信できないか考えたりはしてるから
それをちゃんと現実でできるように努力します!

客観的に見て私のことは応援しにくいと
やっぱり感じるけどね、、、笑
皆さんがどうやって私を応援してくれているか分かっているから、そこはやっぱり申し訳なく思ってしまいます
だから、私も皆さんのことを支えたいし応援したいって思います
私の夢だけじゃなくて皆さんの夢も一緒に横に並べて皆でそれを掴みにいこう!
一緒にがんばりましょう

(北野日奈子公式ブログ 2021年4月19日「ぶつかってばかり」)

 27thシングルは、北野がアンダーメンバーとして活動した最後のシングルである。この選抜発表を受けて「苦しくなることはなかった」といい、「表題曲を歌う選抜メンバーを目指すことがあるべき姿」だと考えていた、その「根本的な価値観が変わった」としたうえでの、「一緒にがんばりましょう」であった。

 このあとの時期には、このようなことが語られてもいる。

「(前略)……いろんな人と話していて思ったのは、私は“一生懸命がんばる場所”がないと生きていけない人間なんだなってことなんです。今の私は選抜メンバーにもこだわらなくなったし、本気で乃木坂のみんなを支える存在になりたいと思っているので、その意味でも新しく自分が“一生懸命がんばる場所”を探したい。そんな25歳の1年にしたいです。……(後略)」

(『B.L.T.』2021年8月号 p.113

 思えば、卒業を決めたという時期ごろから、北野はファンとの距離感によりいっそう敏感になっていたというか、温度感をあわせて寄り添おうとする姿勢をはっきりと示す場面が多くみられたように思う。先ほど引いたブログも、選抜発表の模様が放送された「乃木坂工事中」が放送を終了した0時30分に投稿されたものである。少なくとも近年においては、そこまでするメンバーは初選抜などの大きな転機のあったメンバーの一部に限られている。「新しく自分が“一生懸命がんばる場所”を探したい」し、「皆さんの夢も一緒に横に並べて」、「一緒にがんばりましょう」。「乃木坂46・北野日奈子」に心を寄せてきたファンに対して、これからも「味方だ!」と、さまざまな場面をとらえて、メッセージを送っていたんだな、と思う。

 また、12月1日からは、「#乃木坂ダンスプレイリスト」と題して、公式YouTubeチャンネルのショート動画において、メンバーひとりひとりが自分で選曲した楽曲を踊る動画が順次公開されていった。公式サイトでは「全メンバーが乃木坂46の楽曲からそれぞれ踊りたいダンス曲を選ぶプレイリスト企画」と趣旨が説明され(参考)、メンバー37人がそれぞれ違う衣装で違う楽曲を踊った(楽曲と衣装のまとめはこちら)。

 ここで北野が選曲したのは「君に贈る花がない」で、着用したのはオリジナルのブルーの衣装であった。「君に贈る花がない」は「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」や「9th YEAR BIRTHDAY LIVE〜2期生ライブ〜」でも披露されていたが、この衣装で披露されたのは「7th YEAR BIRTHDAY LIVE」以来のことであった。この曲は北野の卒業コンサートでもセットリストに加えられることになるが、このときも別の衣装での披露であったため、最後の機会をとらえてここで着用されたような形となった。

サンクエトワールでのイベントやMV撮影は凄く大切な思い出です☺️
この時があったから頑張り続けることができたんだと思います!
これからもずっと大切に歌われていくといいなぁ

#乃木坂ダンスプレイリスト 北野日奈子コメント

 「これからもずっと大切に歌われていくといいなぁ」。単なるつぶやきのようで、しかし非常に強い思いでもあっただろう。北野は「ゆっくりと咲く花」や「アナスターシャ」をはじめとする2期生曲についても、「未来の後輩たちに大切に歌ってほしい」と語っていたことがあった(2021年11月24日「のぎおび」)。「日常」についても、オリジナルの温度感を保ちながらこれからも披露していってほしい、と久保史緒里と語り合ったり(のぎ動画「久保チャンネル」#17)、「乃木坂46時間TV(第5弾)」の「ベストソング歌謡祭」で表題曲以外部門の第1位に選ばれた際には、新内眞衣が卒業コンサートで新しい形で披露したこともふまえて「これからみんなもっといっぱい踊ってほしい」と口に出したりするなど、楽曲が受けつがれていってほしい、という思いをたびたび表現している。これらのプレイリストでの選曲にも、こうした思いがありありと表れていたように思う。

 

『希望の方角』と『空気の色』

北野日奈子は、辺りをぐるりと見回すと、躊躇うことなく、真っ直ぐに歩き出した。
行き先は聞いていないが、彼女には何か確信めいたものがあるのだろうと、僕は思った

(『希望の方角』秋元康による帯文)

 北野の2nd写真集の発売決定がアナウンスされたのは、2021年12月12日340。「生田絵梨花卒業コンサート」(2021年12月14-15日)や「Time flies」リリース(2021年12月15日)の直前というタイミングであった。卒業発表まではまだ約1ヶ月半ほどあったタイミングだったことになる。この年には複数のメンバーが卒業のタイミングで写真集を発売していたが、松村沙友理の『次、いつ会える?』は表紙にも「乃木坂46卒業記念写真集」と銘打たれ、渡辺みり愛の『消極的な華やかさ』も卒業発表後に発売決定がアナウンスされ、最終活動日が発売日となった形であった一方、寺田蘭世の『なぜ、忘れられないんだろう?』は卒業(および28thシングルでアンダーセンターを務めることと「28thSGアンダーライブ」開催)の発表前に発売決定がアナウンスされるなど、告知のしかたはさまざま、という状況でもあり、“心の準備”のようなものにもなった一方、直ちに卒業と結びつけられるような雰囲気でもなかったと記憶している。

 2018年12月に発売された1st写真集『空気の色』は、北野にとってかなり思い入れの強い作品であった。もともと、発売に向けた企画は北野が選抜に復帰した2016年ごろからあったものとみられ、2017年の中ごろには発売が見込まれていたようである345。このスケジュールでいけば、2期生最初のソロ写真集ということにもなるはずだった346。その後、体調不良や休業の時期を挟むことになるが、「お休みしている間も編集の方が『待っているよ』と言ってくださったその言葉がうれしくて(『日経エンタテインメント! 乃木坂46Special』[2019年4月23日発売]p.101)とのことで、2年前後の時間を経て発売にこぎ着けた、という形にもなった。

 『空気の色』の撮影はスウェーデンで2018年10月29日-11月3日のスケジュールで行われたといい、北野としては休業から復帰して「真夏の全国ツアー2018」やアンダーライブの北海道シリーズを、他のメンバーとほぼ遜色なく全体に参加する形で経験したあとのことであったが、まだ心身に不安は残っていたということが明かされている。

 休業中は公共の乗り物に乗ることが怖くなってしまいました。なので、ロケ出発前に成田空港で、「10時間以上のフライトで体調が悪くなって撮影できなくなる気がする、そもそも怖くて飛行機に乗れないかも……」と、焦っていたんです。

(『空気の色』北野日奈子インタビュー)

 そしてその怖さや緊張感には、初めて一緒に仕事をすることになるスタッフが多くいたから、という面も含まれていたという。しかしスウェーデンでの数日間を経て打ち解けることができ、写真集チームを「第二の家族」とまで呼ぶようになる。「家族みたいに仲がいい」「ファミリー感のあるチーム」みたいな言い方はよく耳にするところでもあるが、「異常なまでに仲の良い」家族のなかで育ってきた北野がそのように表現するという点には、独特の重みがある。撮影を終えたのちには22ndアンダーセンターとしてアンダーライブの座長を務め、発売後には23rdシングルに福神メンバーとして選抜入りを果たすことになるが、それに先立つこの写真集の撮影で、休業以降初めて個人での大きな仕事をこなし、初めて訪れる場所で雄大な景色を目にして、良い作品をつくることができたことは、彼女にとってひとつの転機となったという。

 私はこれまで景色に感動するって感覚が分からなかったんですけど、キルナに着いたときに初めて「うわーっ!」って心が動きました。行く前は「自分のことを知らない場所に身を置いたら、自分の悩みもちっぽけに思えるよ」といわれても、「私の悩みはもっと深い!」と思っていたけど(苦笑)、その言葉通りだったと分かった1週間になりました。価値観も考え方も変わったし、本当にこの撮影期間は大きかったと思います。

(『日経エンタテインメント! 乃木坂46Special』[2019年4月23日発売]p.101)

 それだけに、卒業を決めたあとのタイミングにおいても、2nd写真集を出したい、という思いはもともとなく、むしろ抵抗があったのだという。

― 2作目となる写真集の発売おめでとうございます!決定したときの心境はいかがでしたか?
北野:私は2nd写真集を出せる力が自分にあると思っていなかったし、また納得できる作品が作れるかという部分も不安だったので、最初は少し抵抗があったんです。でも、1st写真集を制作したスタッフさんと一緒に作れると知ったときに「それだったら納得がいくものになるかも」と思い、お話を受けることを決心しました。

(モデルプレス「乃木坂46北野日奈子、3年ぶりランジェリー撮影で心境に変化 「1番葛藤した」時期乗り越え見つけた“自分の居場所”も明かす<2nd写真集「希望の方角」>」[2022年2月6日配信])

 また、2nd写真集も『空気の色』を制作した「第二の家族」とつくりたい、というのは、北野自身の提案もあってのことだったことが明かされてもいる(少し異なる語られ方がされている場面もあるので、ともに引用する)。

——2冊目の写真集が完成しました。いかがでした?
北野 私、3年ちょっと前に出した1st写真集の出来に大満足していたんです。それを超えるものが作れるかどうか、分からないじゃないですか。だから、2nd写真集にあまり積極的じゃなくて。だけど、もし同じスタッフさんが集まってくださったら超えるものができるかもしれないと思って提案してみたら、カメラマンさんもメイクさんも衣装さんも予定がバッチリ合ったんです! 前回の写真集のインタビューでも答えていますけど、前回のスタッフさんのことを「第二の家族」だと思っているので。私のわがままですけど、またみんなで集まって、同じ時間を過ごせるのはすごく嬉しかったです。

(『BUBKA』2022年3月号 p.16)

──前作の撮影スタッフが再集合した経緯は?
北野 まず、2nd写真集をやってみないかというお話が元々あったんです。ただ私はそれに対して迷いがあったので1stのスタッフさんたちに「どう思いますか?」って相談をしてみたら、「だったら一緒にやらない?」って話になって。私も「前回と同じメンバーでできるの? それならぜひやりたい! あの楽しかった日々をまた味わいたい!」と思って再集合することになりました。

(ENTAME next「乃木坂46 北野日奈子、幸せを噛み締めながら撮影した2nd写真集「一生忘れたくない思い出」」[2022年2月8日配信])

 クレジットを見ると、カメラマン、カメラアシスタント、スタイリスト、ヘアメイクと確かに同じ名前が並んでおり、ブックデザインも同じプロダクション・同じデザイナーが手がけているようである。版元は異なるため担当編集は変わっていたというが、『希望の方角』の発売に際しては『空気の色』公式Twitterアカウントからも告知が行われるなど、チームの温かみが感じられる場面もあった。

 『希望の方角』の撮影は鹿児島県(鹿児島市内・指宿・種子島)、栃木県・那須、および東京都内で、数日にわたって行われた。撮影が決まってから実際に始まるまで約1か月というタイトなスケジュールであったといい(参考)、撮影が行われたのは10月であったのだという(参考)。宇宙センターの位置する種子島では、青空にロケットが打ち上がる様子を背景に撮られたカットもあったが、これは偶然の産物であったということも語られている。

──撮影期間中、特に思い出に残っていることはありますか?
北野 種子島でロケットのシーンがあるんですけど、もともとその打ち上げの日が、私たちが種子島に行く前日の予定だったんです。「どうせならロケットが飛ぶ日にしてくださいよー!」って言ってたんですけど(笑)、たまたま当日の天候が悪くて、打ち上げが翌日にずれたんです。だからロケットを飛ぶところを間近で見れて。タイミングというか、すごく運がよかった。ロケットが飛ぶところなんて、人生でもなかなか見れることってないですよね。そういうことも含めて、みなさん持ってるなって思いました(笑)。

(QJweb「『自分に嘘をつかないで』卒業を決めた乃木坂46・北野日奈子が挫折と迷いの末に見つけたもの」[2022年2月8日配信])

 この打ち上げは2021年10月26日の11時台に行われた、H-IIAロケット44号機による「準天頂衛星初号機後継機『みちびき』」の打ち上げであったとみられる(参考)。確かに本来の打ち上げ予定は10月25日であったようで、延期が決まったのは10月23日のことであった(参考)。2021年に種子島宇宙センターから打ち上げられたロケットは2機のみであり、もう1機は12月23日に行われているが、これは深夜0時台の打ち上げである。偶然を味方につけ、狙ってもなかなかできないようなタイミングをとらえて撮影が行われたことについては、北野は“持っている”な、と、ファンとしては思いたくもなるところだ。

――2nd写真集『希望の方角』の撮影を振り返ってロケーションや合間の雰囲気はいかがでしたか?

北野:(今回も)1st写真集の時と同じスタッフさんで再集合して作っているので、他の写真集とは比べ物にならないくらい、心の距離感も写真の距離感も近かったんじゃないかなと思います。卒業を控えているので、心を開いたスタッフさん達と卒業旅行をしている気分でずっと楽しくて、お仕事をしている意識もなくなってしまうくらい。ただただ車で移動して、着いた先で騒いで食べて寝てという数日を送っていたので、作品になって良かったなと思います。

(ABEMA TIMES「『最後のチャンスだから着たい』乃木坂46北野日奈子、卒業を意識した写真集のこだわりを明かす」[2022年2月19日配信])

 「卒業旅行をしている気分」。ここまで追ってきた情報を総合すると、グループ結成10周年セレモニーや大園桃子の卒業セレモニーなどを含む「真夏の全国ツアー2021」の地方公演があり、本来であれば東京ドームでの公演があってツアーが終わるはずだったくらいの時期に2nd写真集発売の話が浮上し、いくぶん逡巡がありつつも9月のうちには段取りが決まって、10月後半に撮影が行われたような流れであったのだろうか。延期を経た東京ドーム公演の準備も進められていて、寺田蘭世や生田絵梨花の卒業発表もあった時期348。“思い出を振り返る”場面が続き、グループとしては美しくもナイーブな時期だったとも思うが、そこに思い出に残る記憶を塗り重ねることができたという意味でも、良い作品になったといえるかもしれない。

 最後に「希望の方角」というタイトルについて。「希望」という言葉選びをされると、筆者はどうしても白いガーベラの花言葉を連想し、九州でのアンダーライブのことを思い出してしまうが、そこと直接結びつけて語られたことはなかったように思う。一方で「希望」は、写真集の制作の話が出てくるより前と思われる時期に、北野がことさらに口にしていた言葉でもあった。前稿でも引用した『アップトゥボーイ』2021年9月号(2021年7月21日発売)において、自分は選抜メンバーを目指していいのかと悩む向井葉月を励ましたという文脈で、北野はこのように語っている。

「私、“期待”っていう言葉があまり好きじゃないんですね。期待って、待つっていうことだからどこか他人任せなところがある。だから私は、期待するならむしろ、希望したい」
 望む、ということは自分がすること。能動的ですもんね。
「納得するまで自分に望んで、頑張って欲しい。希望を忘れないで欲しい。そういう風に今のアンダーメンバーに伝えたつもりだし、これからもいろんな場所で、タイミングで伝えていきたい。今の乃木坂46には卒業した後に女優だったりモデルだったり、別の活動を始めるメンバーもいます。でも私はアイドルになりたくて乃木坂46のオーディションを受けました。私にとって、ここがこの世界の最終地点なんです。その割には、他のメンバーより遠回りしている気がするんですけどね(笑)」

(『アップトゥボーイ』2021年9月号 p.43)

 このインタビューではほかにも、「この先ずっとここにいるわけではない」「私のアイドル人生の折り返し地点は過ぎていて、“終活”も意識しながら活動していくべきだなって」と、自らの行く先について踏み込んだ発言も多くなされている。そのうえで、残りの活動の日々でのキーワードが、「希望」だった、ということでもあった。

「(前略)……私のアイドル人生の折り返し地点は過ぎていて、“終活”も意識しながら活動していくべきだなって。その1つが後輩たちに“希望を捨てないで、諦めないで活動していく”ことを伝えることなんじゃないかって思っています。卒業はいつになるかわかりませんが、そのときが来たら“自分の役割を全うしたな”って思えるように、これからも努力、笑顔、感謝を忘れずに頑張っていきたいです」

(『アップトゥボーイ』2021年9月号 p.43)

 「希望」を伝えていくことが、グループのなかで最後に果たすべき役割のひとつ。そして、そのような乃木坂46での9年間の先に、改めて「希望の方角」に歩み出していく。『希望の方角』は、“3320日”と“それから”をつなぐ、大切で記念すべき作品となった。

「ありのままの私で9年間過ごしてきて、今こうやって9年間の集大成として『希望の方角』っていう一冊が出来上がったんですけど、私自身も卒業した後もずっと自分らしく、素直な心を持つことを大事にしながら自分の進みたい希望の方角に向かって頑張りたいと思うので、皆さんも希望の方角を見つけて前に進んでいって欲しいなと思います」

(モデルプレス「乃木坂46北野日奈子、2nd写真集の点数は“無量大数プラス3点“ 先輩メンバーから太鼓判も『売れるに違いない』<希望の方角>」[2022年2月8日配信])

 

NOGIZAKA46 10th Anniversary 乃木坂46時間TV

 2022年1月31日の卒業発表、および2022年2月8日の『希望の方角』発売を経て、グループのデビュー10周年記念日に重ねた2022年2月21-23日には、第5弾となる「乃木坂46時間TV」が配信される。2月10日と2月12日には、それぞれの卒業セレモニーをもって新内眞衣と星野みなみがグループを卒業しており、北野はこの配信を、グループで唯一「卒業をすでに発表しているメンバー」として迎えることとなった。

 自分だけでなく、ファンとともに残りの日々を「カウントダウン」できるようになっていた北野。最後となる「乃木坂46時間TV」でも、改めて存分に、自らの思い出を振り返っていくことになる。個人企画「乃木坂電視台」では、「北野日奈子の最後にもう一度着たい制服ランキング!352として、ハーフツインの髪型で登場した北野が次々に衣装を5着の衣装を次々と着用し、関連する思い出も含めて語られる形が取られた。

 5位は19thシングルの制服で、着用期間が休業期間と重なっていたことから着る機会が少なかったことが言及されたほか、この制服を着用して「乃木坂46時間TV(第3弾)」にサプライズ登場した際の映像が流された。4位は15thシングル「裸足でSummer」の歌衣装で、中元日芽香とともに2年ぶりに選抜入りした経緯や、センターに選ばれた齋藤飛鳥が中元と北野の選抜入りに涙していたことなどが語られた。3位は「真夏の全国ツアー2017」の「期別ブロックの2期生衣装」。「初めて2期生だけのために作られた衣装」と説明され、ライブ映像とともに明治神宮野球場公演のライブ映像が流された。デザインが写真集に携わったスタイリスト(優哉氏)であることについても触れられた。

 2位は8thシングルの制服で、初選抜の楽曲であることに加え、初めて自分のために作られた衣装であったことから思い入れが深い、と説明された。まわりに追いついていくのが必死だったという日々にあって「余裕のないなか、一生懸命頑張っていた時期も懐かしい」と当時のことが振り返られた。1位はサンクエトワールの「大人への近道」の衣装。「五つ星」で5人だった「自分にとってすごく特別なユニット」も、自分が最後のひとりになったという経緯が説明され、全員が卒業しても「皆さんのなかで残ればいいな」と伝えるとともに、「卒業までは私もサンエトのいちメンバー」と述べられた。

 北野の卒業コンサートの開催が発表されたのは2月28日のことで、このときはまだどのような区切りで卒業していくのか明かされていない状態でもあった。何らかのイベントはあるだろうという予測はあった一方で、直近1年でいうと「卒業コンサート」としてフルサイズのライブを行ったのは松村沙友理と生田絵梨花のみで、「卒業セレモニー」という形で単独の公演があったのが新内眞衣と星野みなみで、その他のメンバーは最後となるライブのなかでセレモニーが行われる形であった353

 結局のところは、北野は「卒業コンサート」として29thアンダーメンバーとともにフルサイズのライブを行い、多くの楽曲を披露するとともに思い入れや縁のある衣装をも多く着用して卒業していく形となったが、このときランキングに含められた5着のうち、卒業コンサートで着用されたのは3位の「2期生衣装」のみであった。また、前述した「Time flies」カスタムジャケットの3着と、「#乃木坂ダンスプレイリスト」の「君に贈る花がない」歌衣装についても、このランキングとの重複はない。近年はライブでの着用がほぼなくなった制服衣装を含める形のランキングとしたことも含め、卒業までの心残りができるだけ少なくなるように、大きな絵を描きながら思い出が振り返られていった様子が垣間見える。北野は自らの電視台を「もう二度と着られなかったであろう衣装をこの機会に着られて嬉しい」とまとめ、後輩たちにも「大事に着ていた思いがつながっていくといいなと思います」とした。歌衣装でもオリジナルメンバーがいなくなるものが多く現れ、「全曲披露」のような機会も、今後あるかどうかわからない。でも、いつかまたこうした衣装も、かえりみられる機会があればいいな、と思う。

 ほか、この「乃木坂46時間TV」のなかで行われた企画、メンバーの投票による「ベストソング歌謡祭」では、北野は表題曲以外部門においては20位の「君は僕と会わない方がよかったのかな」、17位の「僕のこと、知ってる?」、1位の「日常」に投票したという356。「君は僕と会わない方がよかったのかな」ではセンターの中元日芽香の名前を出し、「私も特別に大事に思っているので、これからもみんなには大事に歌ってほしい」と語り、「僕のこと、知ってる?」については「真夏の全国ツアー2019」で全メンバーで輪になって歌唱した場面を思い出として語り、「これからの乃木坂46はこういう形なんだなと実感した」という。1位を獲得した「日常」は、配信終盤の「乃木坂46時間TVスペシャルライブ」でも披露されている。

 この「乃木坂46時間TV」が、北野が全メンバーでの活動に参加した最後の機会だっただろうか。前述のように、直後に卒業コンサートの開催発表があり、前稿まででも引いてきた「乃木坂46・久保史緒里の乃木坂上り坂」や「君がいるから僕はここを好きになる」への出演なども含めて、いよいよ「卒業モード」に入っていくことになる。

 

「忘れないといいな」の先へ

 北野日奈子の最初で最後のソロ曲「忘れないといいな」。収録された29thシングル「Actually…」の商品概要が公開されたのは「乃木坂46時間TV」の直後の2022年2月24日のことであった。選抜発表の模様が「乃木坂工事中」で放送されたのは直前の2月20日(#348)のことであり、センターは「5期生」という形でのみの発表で、「乃木坂46時間TV」内のスペシャルライブでの「Actually…」初披露をもって中西アルノがセンターであることが公表された形であった。こうした経緯もあってか、少しタイトなスケジュールで、選抜発表からリリースまでは進んでいくことになる。

 いつからか「卒業していくメンバーにあてがわれるもの」というような扱いになっていったソロ曲であるが、当然ながらすべての卒業メンバーにあてがわれているわけではない。直前にソロ曲「あなたからの卒業」をあてがわれていた新内眞衣は「まさか自分が」と繰り返し、ベストアルバムというタイミングでなければ実現しなかっただろう(同様にベストアルバムでソロ曲「歳月の轍」をあてがわれていた生田と重なるタイミングの卒業であり、当該時期のリリース作品がアルバムでなければ、自分に1トラックがあてられることはなかった)、というようなことさえ語っていた。リリース作品の1トラックをひとりで占めるというのは、そのくらいの重みがあるものなのである。ただ、そのなかにあって、北野は卒業を発表したブログで「29枚目のシングルには選抜アンダーとしては参加しません(北野日奈子公式ブログ 2022年1月31日「希望の方角」)というあまり見ない表現を用いており、おそらくソロ曲は制作されるのだろうな、という観測はあった、という状況であった。

 シングル発売の1週間前にあたる3月16日には恒例の先行配信がスタートしており、「忘れないといいな」はラジオなどのオンエアでの「解禁」の形はとられなかったので、このときに初めて世に出る形となった。翌々日の3月18日には、公式YouTubeチャンネルでMVが公開。卒業コンサートがシングル発売翌日の3月24日であり、そこからはあっという間に卒業コンサートでの「最初で最後の披露」を迎える形になった。

 「私の席は後ろで/みんなの方から見えにくかった」「それでも諦めないで/自分らしく微笑んでた」。咲いた場所を「日陰」と表現した「ゆっくりと咲く花」も思い出されるくらい、歌詞はストレートに「乃木坂46・北野日奈子」を描いたものであるように聴こえた。また、ソロ曲という機会がなければ、ここまで1曲通してメンバーの歌声を聴くこともない。こんなふうに歌うんだな、こんなに綺麗な声をしていたんだな、と思った。それを再確認したともいえるし、恥ずかしながら初めて、実感として知ったともいえた。

 MVの監督は伊藤衆人。MVや個人PV、CMなど、乃木坂46の作品も多く手がけてきた映像ディレクターであるが、7thシングルに個人PVの一部として収録された「2期生紹介」のPVを監督したことに始まり、11thシングル所収の研究生PVや「ライブ神」「アナスターシャ」のMVも監督するなど、2期生とのかかわりが特に深いクリエイターであるといえる。北野についていえば、10thシングル所収の個人PV「勇者ひなこのドラゴン修学旅行」の監督も務めており、松村沙友理の「ガチャ子さん」、岩本蓮加の「駄菓子屋れんたん!」、さゆりんご軍団の「白米様」など、ポップでコミカル、時に小ネタを仕込むような作風が目を引くことも多かっただろうか。

 伊藤は生年を特に公表していないが、早い時期から乃木坂46とかかわってきた監督としてはかなり年若い部類に入るとみられ、2期生メンバーなどが「しゅーと」と呼んでいる場面を見聞きすることも多かった。北野から見ると、兄とそこまで変わらないくらいの年齢でもあるだろうか。経緯の面や人柄の面も含め、接しやすい存在でもあったのだろう。「今の北野日奈子から、昔の北野日奈子へのメッセージ」をテーマとした今作のMV撮影にあたっても「打ち合わせを多くした」といい、「昔の北野日奈子」をショートボブの姿とすることは伊藤の提案であったという360。撮影地は北野が育った千葉県で、海のシーンは「アナスターシャ」のMVと同じ場所であったともいう。全体のトーンは曲調を反映した、卒業ソロ曲らしい儚げなものであったが、多くの思い出が随所に込められた、北野日奈子らしく、また伊藤衆人らしくもある作品に仕上げられていた。

 映像中に数多く使用されている思い出の写真はすべて北野本人の提供によるものだったという。7カット用いられたチップとのツーショットを筆頭に、メンバーとの写真は現役の近しいメンバーのものを中心に使用。2期生での集合写真も4カット用いられた。チップとの写真を除いておおむね時系列順に配することによって、北野がグループで過ごしてきた9年間をたどるような構成でもある。多くの写真は、北野がブログや755、Instagramで発信したものや、生誕Tシャツで使用されたもので、ファンにとってもそれぞれが見覚えがあり、愛着のあるようなものが散りばめられていたということにもなるかもしれない。

「忘れないといいな」MV 本人提供写真一覧

※筆者が調べた限りで掲載している。詳細不明の部分の情報や、誤りのある部分があればご教示いただければ幸いである。

【冒頭】
・目を細めている北野とチップ(公式ブログ2016年9月30日「心に寄り添えば何も話さなくていい」)
 ※「そっくり」と表現、チップを家に迎えた経緯や殺処分ゼロの活動の話題も

【3:06付近からのカット】
・黄色の制服衣装でバスケットボールを持つ北野
 (7thシングルType-A所収個人PV「2期生紹介①」撮影時、監督は伊藤衆人)
・伊藤純奈、山崎怜奈との3ショット(2014年11月2日の755投稿)
・齋藤飛鳥との2ショット(2015年5月22日の755投稿)
・晴れ着の北野とチップの2ショット(公式ブログ2017年1月15日「ふしめ」)
 ※地元での成人式に参加したときの様子
・「ライブ神」MV撮影時の集合写真(2017年6月下旬)
・宮崎でのアンダーライブ後の集合写真(2017年10月20日)
・公園?でシロツメクサを手にする北野(詳細不明)
・星野みなみ、相楽伊織との3ショット(「乃木恋」CM撮影時)
・「真夏の全国ツアー2019」時の2期生集合写真
・「ゆっくりと咲く花」MV撮影時の集合写真
・「2期生ハウス」撮影時の集合写真
・久保史緒里との2ショット(詳細不明)
・柴田柚菜との2ショット「乃木坂配信中」クレーンゲーム企画時)
・鈴木絢音との2ショット(色違いで買った服であるとのこと[2021年11月1日モバメ])
・車に乗っている北野(2021年5月29日のInstagram投稿)
・チップに抱きつく北野(公式ブログ2016年1月26日「踏み止まる」など)
・北野とチップの横顔(公式ブログ2019年6月8日「ねむれなくって困ってる」)
 ※2019年生誕Tシャツ使用写真と同日
・部屋で寝そべる北野とチップsippoの記事に掲載の写真に近いカット)
・傘に入っている北野とチップ(2020年生誕Tシャツ使用写真)
・砂浜で向こうを見る北野とチップ(公式ブログ2017年7月27日「今が途切れないように」など)

 

 楽曲のタイトルは「忘れないといいな」で、歌詞も「全部覚えていたい」「忘れないで欲しい」と、少し控えめに思いを綴ったようなものであった。しかしMVに付された北野の語りは、冒頭は「形は変わっても、大切なものは忘れない」、最後は「忘れるわけないよ」。本稿で振り返ってきたように、思い出を振り返り、慈しみ、忘れないように再度形づくっていく日々を過ごしてきた、この時期の北野。歌詞が描いたものに自らの思いを乗せて、「自分は忘れない」と言う趣旨の、いくぶん強いメッセージを送った形になった。撮影が行われたのは、まさに卒業発表の直前であろう「1月下旬」(参考)だったという。「カウントダウン」が始まってから、ずっと胸に秘めていた思いがあふれ出たような、そんな印象さえあった。

 当て書きの曲でも、それをメンバーが歌うからこそ作品になる。北野がオリジナルメンバーとして歌唱した乃木坂46名義の楽曲は、「Time flies」までで46曲であった。そして最後の1曲、その先にあった“47曲目”で、北野は改めて、自らがそれをパフォーマンスする意味=「乃木坂46」を体現した。(言葉遊び、数字遊び365という誹りもあるかもしれないが)筆者にはそう見えた。

 卒業コンサートまでの間に数通発信されたモバイルメールまで含めて、北野は「忘れないといいな」について、多少触れることはあっても、明確な思いを表出することはなかった。しかしおそらく卒業コンサートの場で、「最初で最後の披露」がある。どのような思いがそこで表現されるのか、ある意味で楽しみでもあったし、進んではそこまでページをめくりたくないという思いもあった。そんな逡巡を許す間も、あまりないようなスピード感で、“その日”はやってくることになった。

 


 

 事項別の散文的な記述で、これまで以上に読みにくかったかもしれないが、“思い出を振り返る”時期を過ごした北野の姿や言葉について、どうにか筆者なりにまとめることができたと思う。改めて読み返してみると、一貫して“北野日奈子らしさ”はありつつも、広くバランスよく振り返っていたのだなとしみじみ感じるし、それは北野がわれわれに“振り返らせてくれた”ということでもあるな、と思う。

 シリーズ全体の時系列的には、卒業コンサートを扱うタイミングになるが、その前に次回では「あの夏のこと」と題し、北野が不調に苦しんだ2017年夏から休業を経てグループに復帰したあたりまでのこと、そしてその夏に、北野が初のセンター曲としてあてがわれた、アンダー曲「アンダー」について振り返りたいと思う。

 本記事公開の2022年10月20日は、アンダーライブ九州シリーズの千秋楽宮崎公演からちょうど5年というタイミングである。見ているだけでも苦しいような、そんな場面も多かったあの季節。しかし復帰以降、特に卒業へ向かう時期の北野は、その頃のことさえ「なかったこと」にはしなかった。彼女の卒業について書いていく前に、もう一度振り返っておかなければならないこととして、書いていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

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wdt_ID wdt_created_by wdt_created_at wdt_last_edited_by wdt_last_edited_at ID 曲名 間隔 今回の披露 前回の披露
115 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 192 曖昧 1,691 36thSGアンダーライブ(2024-10-08) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-21)
116 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 76 もう少しの夢 1,688 36thSGアンダーライブ(2024-10-07) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-23)
117 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 72 ごめんね ずっと… 1,655 真夏の全国ツアー2024(2024-09-04) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-23)
118 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 177 知りたいこと 1,541 山下美月卒業コンサート(2024-05-11) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-21)
119 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 149 失恋お掃除人 1,540 山下美月卒業コンサート(2024-05-11) 8th YEAR BIRTHDAY LIVE(2020-02-22)
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135 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 116 ブランコ 808 35thSGアンダーライブ(2024-06-09) 北野日奈子卒業コンサート(2022-03-24)
136 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 50 何もできずにそばにいる 711 12th YEAR BIRTHDAY LIVE(2024-03-07) 29thSGアンダーライブ(2022-03-27)
137 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 128 君が扇いでくれた 689 真夏の全国ツアー2024(2024-07-20) 真夏の全国ツアー2022(2022-08-31)
138 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 118 君に贈る花がない 673 34thSGアンダーライブ(2024-01-26) 北野日奈子卒業コンサート(2022-03-24)
139 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 nogikeyaksh 2024-12-23 22:08 63 僕がいる場所 664 12th YEAR BIRTHDAY LIVE(2024-03-08) 10th YEAR BIRTHDAY LIVE(2022-05-14)

 乃木坂46のライブは、グループ全体ライブとして「バースデーライブ」「真夏の全国ツアー」の毎年開催が定着しており、ここにアンダーメンバーによるアンダーライブが併走しているような形となっています。さらに単独の公演としての「卒業コンサート」ないし「卒業セレモニー」が、なんだかんだで2018年以降は毎年開催されています。
 加えて、今年は2020年以来の単独海外公演として「NOGIZAKA46 Live in Hong Kong 2024」が開催されましたが、これも毎年行われるものとして定着していくのかもしれません。

 分かりやすい区切りとして“1年以上ぶり”というラインを設定しましたが、「去年と今年のバースデーライブで演じられた」楽曲1が365日近傍に集中する形となり、「まあ、そういうもんだしな」という印象になります。ただ、「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」は「ファン投票上位の曲中心の全体ライブ+期別ライブ+秋元真夏卒業コンサート」の構成、「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」は「全期間を対象にピックアップした123曲を披露」という形だったので、ここに該当している9曲は、「ライブのセットリストに含められやすいとはいえない状況だけど、(現行の編成の)グループが大切にしている曲」であるといえるかもしれません。

 そうした形でセットリストが組まれた「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」ですが、ざっくりいえば「表題曲・アルバムリード曲は全曲披露、アンダー曲の網羅的な披露にはこだわらずユニット曲・期別曲などとバランスをとる一方で、メンバー編成上で選抜/アンダーをそこまで区別しない」ような形でした(セットリスト記事)。特に「表題曲・アルバムリード曲は全曲披露」という点では、「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」と共通します。
 こう考えていくと、「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」から「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」まで披露がなかった、663日・664日に集中している6曲の表題曲・アルバムリード曲2は、「バースデーライブだからこそ演じられる曲」に近い位置にあるともいえそうです。
 最後の“全曲披露”のバースデーライブからもうすぐ5年が経とうとしており、この間には多くの“卒業ソロ曲”が制作されたほか、シングルの発売記念ミニライブでしか演じられたことのないような曲も散見されます。「どの曲もライブでパフォーマンスが見られる」という時代が遠くなっていくなか、「それでも表題曲・アルバムリード曲は、定期的に全曲を披露する」というのは、かつての“全曲披露”の時代に通ずるグループのあり方であるようにも見えます。

 一方で、表中に登場するアンダー曲に目を向けてみると、「その女」「ブランコ」「アンダー」「滑走路」「不等号」「別れ際、もっと好きになる」「生まれたままで」「My rule」「君は僕と会わない方がよかったのかな」「嫉妬の権利」「三角の空き地」と、曲数の多い印象がある一方で、「今回の披露も前回の披露もアンダーライブ」という曲がその大部分を占めることに気づきます。
 アンダーライブはアンダー曲を強烈な縦軸としており、やはり近年寄りの楽曲がセットリストの中心になる一方で、リリースから時間の経過したアンダー曲もバランスよく演じられています(年3回のペースで開催で公演数も多い傾向がある、ということでもありましょうが)。アンダー曲43曲のうち、2024年に一度も披露されていないのは「春のメロディー」だけです(前回の披露は2022年3月の「29thSGアンダーライブ」)。

 この現象には、全国Zeppツアーの形式で11公演が行われた「36thSGアンダーライブ」のセットリストの構成が大きく作用してもいます(「36thSGアンダーライブ」だけで36曲ものアンダー曲が披露されています)。全メンバーに3曲ずつのフィーチャーコーナーがあてがわれ、このうち原則2曲をアンダー曲で構成する形がとられたほか、ここから外れる形で「アンダー」も2年近くぶり(「31stSGアンダーライブ」以来)に披露されました。
 10年以上にわたって連綿とつながれてきたアンダーライブの歴史は、間違いなくすべてのアンダー曲とともにあります。当該シングルの表題曲を披露することが定番だった時期(22ndシングルまで)は過ぎていき、3期生の合流を経て“アンダー曲全曲披露”に取り組んだ時期がありました(「アンダーライブ2019 at 幕張メッセ」「アンダーライブ2020」)。ライブごとに出し入れをしながらもおおむねアンダー曲全曲を現役でライブのなかで演じているといえるアンダーライブには独自の色と強みがありますが、同時にウェットな情念を感じることもあります。

卒業コンサートにみる“思い”の選曲

 しかし、アンダーライブはその独自性のみで突っ走っているわけではなく、グループ全体とも独特の一体感を保っています。「当該シングルの」と留保をつけなくても、表題曲が演じられることすら「まれである」と称してよいようなセットリストで臨まれることが多くなっていますが、その一方で「なかなか演じられにくい曲に光をあてる」ような試みが恒常的に続けられてもいます。

 2024年においても、今回集計の対象となったなかで最長のブランクとなる1691日ぶりの披露であった「曖昧」を筆頭に、1期生のソロ曲である「もう少しの夢」「さ〜ゆ〜Ready?」、オリジナルメンバーの卒業コンサート以来の披露であった「ここじゃないどこか」「雲になればいい」「君に贈る花がない」など、アンダーライブがブランクを打破したような印象のあるパフォーマンスが散見されました。
 また、「まあいいか?」「その先の出口」「コウモリよ」「急斜面」「低体温のキス」「深読み」は、「今回の披露」も「前回の披露」もアンダーライブ(なおかつその間にブランクが1年以上がる)という状況でもあり、そうした取り組みが中長期的に続けられてきたのだということが見てとれます。

 ただ、こうした「最近演じられることのなかった曲」が演じられる機会としてよりいっそう印象深いのは卒業コンサートの類でしょう。2024年に行われた、狭義の「卒業コンサート」は「山下美月卒業コンサート」のみでしたが、このほか「掛橋沙耶香卒業セレモニー」が事前収録の動画配信の形式で行われ、阪口珠美さん・清宮レイさんの卒業セレモニーが配信ミニライブのなかで行われる形がとられたほか、「大感謝祭2024」において向井葉月さんの卒業セレモニーが行われました。
 こうした卒業の機会のライブのなかで、特に単独の公演として行われた場合は曲数も多くなり、主役となる卒業メンバーに思い入れやゆかりのある曲も、それだけ多く演じられることになります。近年はこうした機会において、「なかなか演じられにくい曲」が改めてステージに舞い戻ることも多かったでしょうか。

 2DAYSで行われた「山下美月卒業コンサート」のなかではそうした曲が、今回集計の対象となった曲だけでも11曲もセットリストにラインナップされていました。
 「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」以来だったのが、山下さんがオリジナルで参加していたユニット曲である「知りたいこと」、そして「失恋お掃除人」。これにあわせてかつての“軍団曲”を3曲ともパフォーマンスしたことで、「2度目のキスから」も秋元真夏さんの卒業コンサート以来に披露の機会を得ることになりました(そこから自らの「山下軍団」で新曲「恋山病」を演じたこと、さらにそれが新たな軍団の結成につながっていったことは、鮮やかでした)。
 このほか、“月”くくりで向井葉月さん・菅原咲月さんと演じた「満月が消えた」は「31stSGアンダーライブ」以来、賀喜遥香さんとふたりで歌唱した「無口なライオン」は、「星野みなみ卒業セレモニー」で星野さんが向井さんと歌って以来、「未来の答え」と「欲望のリインカーネーション」は「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」での3期生ライブ以来でした。
 「遥かなるブータン」は「生田絵梨花卒業コンサート」以来の披露となりましたが、これは「山下軍団」による披露で、山下さんだからこそ引っ張り出してこられた曲だったようにも思えます。「会いたかったかもしれない」が「真夏の全国ツアー2022」明治神宮野球場公演以来だったというのはやや意外に感じました。

 そしてもう1曲、「図書室の君へ」がありました。これは掛橋沙耶香さんがライブ中の事故で活動休止に入ってからはほぼ欠番状態になっていた曲で、前回の披露は「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」での4期生ライブでのことでした。このときは4期生楽曲をすべて演じる形がとられたなかで、センターは空けた形での披露。冒頭のポエトリーには掛橋さんの音源が用いられ、クライマックスでは横浜アリーナの外周ステージに並んだメンバーがメインステージのモニターに映し出された掛橋さんの映像を見るという印象深い演出により、あくまで“掛橋さんのセンター曲”という位置づけが守られていました。
 その前の披露機会まで遡ると、2022年6月26日の「乃木坂スター誕生!LIVE」となり、特殊な事情があったとはいえ、やはり「なかなか演じられにくい曲」になっていたことは間違いありません。
 「山下美月卒業コンサート」では、大阪での舞台出演から駆けつけた柴田柚菜さんがこの曲のセンターで登場する、という演出とともに、4期生に山下さんを加えた編成で演じられました。掛橋さんの卒業発表はここから約3ヶ月後であったというタイミングで、443日ぶりの披露で初めてセンターを代えるという“再解釈”に至ったのも、卒業コンサートという特別な場だからこそ為せたことだったかもしれませんし、そこにはおそらく、山下さんの後輩に対するまなざしも含まれていたことでしょう。
 卒業セレモニーの最後にこの曲を演じるにあたって、掛橋さんは「最後にひとつだけわがままをいうのであれば、いまから歌う曲を、私がいなくなってからも歌い継いでいってもらうことだと思っています。」と言い残していきました。“全曲披露”の記憶も遠ざかっていくなか、楽曲を“歌い継ぐ”には、誰かの明確な意志や思いが介在しなければならない、という状況になっているといえるかもしれません。オリジナルの楽曲数が300曲に迫ろうとしているなかで、長く演じられる機会のない曲が出てくるのは仕方のないことではありますが、だからこそ、ライブがメンバーの“意志や思い”を表出される場であり続けてくれることを願うばかりです。

 さらにもう1曲、今回の集計の対象には含まれていませんが、「山下美月卒業コンサート」の2日目で演じられた「初恋ドア」も、ここに列しておかなければならない選曲でした。「坂道AKB」第3弾の楽曲として2019年3月にリリースされたこの曲は、山下さんがオリジナルのセンターを務め、MVも制作されたものの、音楽番組を含むパフォーマンスの機会は絶無のまま5年が経過していました3
 山下さんはそれを、「どうしてもセットリストに入れたい楽曲」とインタビューVTRで説明したうえで、「これから、もっとより、今以上に『輝いてほしいな』というメンバー」とのユニット曲として、いわゆる“新4期生”の5人を指名して、ともにパフォーマンスしてグループを離れていきました。自身の記憶や情念を表現するだけでなく、それをグループの行く先にもつなげていこうとする、そんな姿勢が貫かれていた卒業コンサートだったように見えました。

“こぼれ落ちていくもの”との距離

 しかし、メンバーの卒業の折にそうした機会がおとずれるとしても、それにもやはり限界があります。山下さんとてオリジナルでの参加楽曲を網羅的に演じたわけではないですし、掛橋さんは4期生楽曲にしぼっての披露、阪口さん・清宮さんの卒業セレモニーでは1曲のみの披露、向井さんの卒業セレモニーも3曲の披露でした。
 これをふまえて改めて表に目を移すと、個々の曲をみていくとさまざまな経緯や状況があるとはいえ、「今回の披露」のほとんどを、ここまでで述べてきた「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」「アンダーライブ」「山下美月卒業コンサート」が占めているということに気づきます。4DAYSのバースデーライブや2DAYSの卒業コンサートのような規模、あるいはアンダーライブのようなコンセプトがなければ、ここまでの曲数を拾い上げていくことは難しく、“こぼれ落ちていくもの”の数も、ひょっとすると年々かさんでいくのかもしれません。

 一方で、グループがそうした“こぼれ落ちていくもの”を、仕方のないことだから、と捨て置くことにしているのかというと、決してそうではないようにも感じます。例えるなら「12th YEAR BIRTHDAY LIVE」の機会に乃木坂配信中でその模様が公開された衣装倉庫のように、いつでも出してこられるように保管してあるような、そんなような印象をもちます。
 今年でいえばほかに、「NOGIZAKA46 Live in Hong Kong 2024」で「ごめんね、スムージー」が488日ぶりに演じられ、「大感謝祭2024」の「乃木恋リアル」のコーナーで使用されて演じられた「なぞの落書き」は576日ぶりの披露でした。直前の披露機会がそれぞれ秋元真夏さん、齋藤飛鳥さんの卒業コンサートであったことを考えると、久しぶりだったにもかかわらず、よりフラットな形でステージに戻ってきたような感じでもあるでしょうか。

 また、夏曲や期別曲の披露が多い「真夏の全国ツアー2024」でも、演出に組み込む形で「君が扇いでくれた」が2年ぶりに(またも「真夏の全国ツアー」で)演じられたほか、披露間隔は1年空いていなかったものの、「せっかちなかたつむり」や「他の星から」といった1桁シングル時代のユニット曲が現役メンバーのユニット曲と並べて披露されたほか、「ここにはないもの」が井上和さんのソロ歌唱で披露されるなど、曲数が限られるなかでも“歌い継ぐ”意志がうかがえるような場面もありました。
 そして明治神宮野球場での千秋楽公演では、あえて空白にして(=そこまでの公演のセットリストから読めないようにして)期待感を高めていたようにも見えるユニットブロックにおいて演じられた、西野七瀬さんのソロ曲「ごめんね ずっと…」は「8th YEAR BIRTHDAY LIVE」以来1688日ぶりの披露でした。「ソロ曲の女王」といわれた西野さんには6曲のソロ曲があてがわれており、そのなかにあって「ごめんね ずっと…」は、全国握手会のミニライブと「“全曲披露”のバースデーライブ」でしか披露された機会がなかったような楽曲でした4
 このほかにも、久保史緒里さん・林瑠奈さん・奥田いろはさんの各期からひとりの形で歌唱した「設定温度」、今年初めてアンダーライブを経験した筒井あやめさんがセンターに立った「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」、オリジナルのセンターである井上さんが中西アルノさんとふたりで歌唱した「絶望の一秒前」と、このブロックは2024年の乃木坂46のライブにおける屈指のハイライトシーンが続きました。

 そんなふうに、必ずしも「思い出を振り返る」コンセプトのライブでなくても、あるいはずっと披露されていなかった楽曲であっても、どの曲もノーモーションでセットリストに加えられて演じられるような、ある意味での緊張感が保たれているような、乃木坂46に対しては、そんな感覚があります。ひょっとすると、「バースデーライブで全曲やるから、年に一度そのときに聴ける」という状況だった時代よりも、“全曲”に対する感覚は鋭敏かもしれません。
 ライブでは定番のあの曲でも、ずっと披露されていなかったあの曲でも、今日・ここで演じられることには特有の意味がある。そんなふうに感じさせてくれるのが、乃木坂46のセットリストだと思います。

直近の披露からの経過日数まとめ

 最後に、乃木坂46名義のリリース曲全曲について、直近の披露日とライブ名、そして経過日数を見てみましょう。本稿で述べてきたような絶え間ない営みの結果、「すごくブランクのある曲」は案外少ないような、でもそれでもやっぱり数はあるんだなというような、両面の感想が出てくるような結果になった気がします。
 あるいはどちらかというと、近年のユニット曲の多くについては(シングルの発売記念ミニライブ以外での)ライブ披露に(まだ?)あまりこだわっていなくて、それ以前の時期の曲を“置いていかない”ことに注力しているような、そんなふうに感じることもあります。

 1月下旬には「36thSGアンダーライブ」が控え、「13th YEAR BIRTHDAY LIVE」は5月に味の素スタジアム・2DAYSでの開催が発表されています。2025年も多くのライブが開催され、そのときどきにしかないパフォーマンスが行われること、そしてそれを平和裏に見届けていけることを願って、2024年の振り返りを終えたいと思います。

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  1. 「せっかちなかたつむり」「指望遠鏡」「孤独兄弟」「大人への近道」「風船は生きている」「思い出ファースト」「毎日がBrand new day」「最後のTight Hug」「価値あるもの」。
  2. 「バレッタ」「何度目の青空か?」「僕がいる場所」「今、話したい誰かがいる」「しあわせの保護色」「世界中の隣人よ」。
  3. 「坂道AKB」第1弾の「誰のことを一番 愛してる?」、第2弾の「国境のない時代」はそれぞれ音楽番組での披露機会があったほか、オリジナルのセンターの所属グループであった欅坂46がライブで演じる機会もありました。「初恋ドア」も、少なくとも音楽番組での披露は期待されたところですが、山下さんは2019年4月に活動休止に入っており、こうした状況も作用していたのかもしれません。
  4. ほか、「Merry Xmas Show 2016〜選抜単独公演〜」で、衛藤美彩さんがカバーする形でソロ歌唱しています。

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