その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)[2]

[タイトル写真:山形県酒田市・酒田駅ホーム(筆者撮影)]

[2]ポジションと向き合った日々

 本稿では、「ポジション」を切り口に、北野日奈子が乃木坂46で戦ってきた日々を振り返る。グループで過ごしてきた日々のほぼすべての局面において、「ポジション」は北野にとって重大なイシューであり続けてきた。本シリーズは北野が卒業を決めたという時期以降のことを起点に彼女のことを述べていくというコンセプトであるため、まずは26thシングル期のことからスタートし、それを起点にキャリア全体を振り返っていくことになる。この26thシングル期も、北野がいくつも経験してきた転機のひとつであった。

「その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」目次

 ・[1]家族への信頼と愛情
 ・[2]ポジションと向き合った日々
 ・[3]同期・2期生という存在
 ・[4]“先輩”と“後輩”、グループのなかでの役割
 ・[5]「希望の方角」と「忘れないといいな」
 ・[6]あの夏のこと/アンダー曲「アンダー」
 ・[7] “代名詞”となった「日常」
 ・[8]「乃木坂46 北野日奈子 卒業コンサート」
 ・[9]中元日芽香、「大切な友達」として
 ・[ex]“それから”の日々と“これから”

2020年、もう一度アンダーへ

 北野が卒業を決めたという頃にちょうど発売された26thシングル「僕は僕を好きになる」(2021年1月27日発売)は、彼女にとって22ndシングル以来4作ぶりに選抜メンバーから外れた作品であった。年末にはすでに「アンダーライブ2020」を終えており、コロナ禍以降「乃木坂工事中」への出演メンバーが絞られる傾向にある一方、アンダーメンバー主体の新番組「乃木坂お試し中」1には出演がなく、26thシングル期間は北野の「不在」を感じる場面が多かったように思う。

 この26thシングルの選抜発表が放送されたのは2020年11月15日(「乃木坂工事中」#284)のことであり、収録(=メンバーに対しての発表)は9月であったという。放送翌日、北野は発表時に味わった苦しい思いを率直にブログに綴った。直前のリリース作品であった配信シングル「Route 246」のメンバーのうち、このとき選抜メンバーから外れたのは北野のみ。アンダーメンバーとなるのは「日常」でアンダーセンターを務めた22ndシングル以来で、選抜発表の放送日でいうと2年以上前のことであった2。良くも悪くも選抜メンバーは固定化される傾向が強い状況にあって、3作以上連続で選抜入りしていたメンバーがアンダーメンバーに移ることは近年はほぼないといってよく、直近の例を探すと2017年、18thシングルのときの北野ということになってしまう3。予想だにしないタイミングでまたも立ち現れた「選抜」の壁。少なくとも筆者には、そう見えた。

私は26枚目シングルの選抜メンバーに
選ばれませんでした。

何度やっても何年やっても
慣れることのない選抜発表に今回も変わらず
心臓が大きくなっていました。
名前が呼ばれることがなく終わって
大きくなっている私の心臓も
言葉にならない心の中も全部置いてけぼりで
ただただ、涙が溢れてきて
それをこの空間に悟られないようにするのに必死で

(北野日奈子公式ブログ 2020年11月16日「それでもないしこれでもない」)

 続く27thシングルの選抜発表は2021年4月18日(「乃木坂工事中」#305)に放送され、北野は2作連続でアンダーメンバーの立場に置かれることになった。本稿における前提をふまえると、この選抜発表に先んじるか、もしくは重なる時期に、北野はグループからの卒業を決意していたということになる。そう考えてみると確かに、この選抜発表を受けて更新されたブログは、前シングル(もしくはこれを含む、それまでの彼女のキャリア全体)とは大きく異なるトーンで書かれていた。

今回の選抜発表を受けて私は
いつもみたいにドキドキはしたけど
ドキドキで苦しくなることはなかったです。

いつもは一生懸命平然を装って苦しくなる自分を隠していたけど、今回は初めての感情でした。

いつもは自分は内側にいて、苦しくなるほど速くなる鼓動や受け止めなくてはならない事実と戦っているのに、俯瞰した場所から自分を眺めているような
客観的にそのものの全体像をみていました。

(北野日奈子公式ブログ 2021年4月19日「ぶつかってばかり」)

そんな自分の姿に違和感を感じて深く考えることにしました。私は今まで自分をみせる場所や
努力して掴み取ったもの、それを表現する場所が分かり易く「選抜メンバーでいること」という考えでした。グループにいる限り、表題曲を歌う選抜メンバーを目指すことがあるべき姿だと。

どうしてそこの大きい根本的な価値観が変わったのか考えたら
前回選抜メンバーから落ちたときに
何が足りないんだろう何がダメだったんだろうと
頭の中がぐしゃぐしゃになって
それでも何とか持ち直して皆さんに向けて書いたブログには本当にたくさんの人が私のために言葉を残してくれて、その一つ一つが私のぐしゃぐしゃを解いてくれました。

(北野日奈子公式ブログ 2021年4月19日「ぶつかってばかり」)

 これをふまえ、以下では(少々長くなるが)ここに至るまでの北野のポジションの変遷を振り返り、当時の北野がもっていた背景についてとらえ直していきたい。

アンダーの3列目から

 改めて語るまでもないことで、かつ過去の記事でもたびたび書いてきたことであるが、北野は自らのポジションについて苦しみながら、前を目指して戦ってきた時期が長く、かつそこでの思いを比較的わかりやすく表現してきたメンバーである。前作でセンターとして選抜入りした堀未央奈に続く2期生メンバーとして、8thシングルで選抜入り。これとともに研究生から正規メンバー昇格という形になったので、「気づいたら片想い」の3列目12番が、北野にとって初めて与えられた「ポジション」だったということになる。加入前に歌やダンスについて目立った経験はなく、レッスンでは半ば落ちこぼれていたという北野だが、そのタイミングでの選抜入りは彼女にかけられた期待の大きさでもあったはずだった。「気づいたら片想い」はグループとしても初めて「ミュージックステーション」への出演を果たした作品でもあり、成長していく乃木坂46を象徴する一作となった。

8thシングルアンダーメンバー
「生まれたままで」フォーメーション
ちはる 寧々 市來 新内 畠中 大和 能條
永島 中田 衛藤 川後 中元
井上 飛鳥 万理華 星野 優里
8thシングル「気づいたら片想い」
選抜メンバーフォーメーション
川村 北野 樋口 秋元 和田 高山
桜井 若月 生田 松村 深川
   堀 白石 西野 橋本 生駒

 

 しかし、続く9thシングル以降、北野はアンダーメンバーとして活動していくことになる。9thシングルでは2期生から新たな選抜メンバーは現れず、堀をひとり残すような形となった4。アンダーメンバーとしての北野にあてがわれたポジションは、3列目の下手から2番目。同じく3列目にいた新内眞衣と、研究生として活動していた他の2期生とともに、独立した公演として本格的なスタートを切ったアンダーライブ(2014年6-7月)に合流した。

9thシングルアンダーメンバー
「ここにいる理由」フォーメーション
ちはる 北野 畠中 寧々 市來 新内
永島 中田 能條 中元 川村
川後 飛鳥 万理華 樋口 和田
9thシングル「夏のFree&Easy」
選抜メンバーフォーメーション
衛藤 井上 優里 星野 大和 堀 高山
若月 秋元 桜井 深川 生駒
松井 白石 西野 橋本 松村

 

 そこからシングル3枚分、北野が立っていたのは、アンダーの3列目のポジションであった。この時期に関しては、自ら「投げやりになっていた」と評するなど、モチベーションを高めるのに苦心していた状況でもあったようだ。

 立場が変われば、見えるものも感じ方も変わってくる。センターの隣で歌い、踊るようになった現在の北野には、3列目の端で腐っていた頃の自分はどう見えているのだろうか。
「当時、ファンの方に『きいちゃん、応援しがいがないよ』って言われたことがあって。『そうだよね。面白くないよね』という言葉しか返せなかったんですよね。投げやりになっていた私に対して言えるのは、『誰も私なんて見てない』って思っていても、ファンの方は絶対に探して、見ていてくれてるっていうこと。それと、変わるきっかけは自分で作るしかないっていうことですね。結局は、自分自身がどれだけ頑張れるかが大事なので、腐ってる時期がもったいないよって言いたいです。マイナスに考え込んでいる時間が、自分を輝かせなくさせてることにも気づかなかったし、悩んでるならもっとできることがたくさんある。でも、みんなの背中しか見えない3列目の辛い気持ちもわかった上で、今、フロントに立っていて。3列目の端っこにいた私がフロントにいることは、きっと誰かの勇気につながると思うし、みんなをもっとまとめて、アンダーにさらなる勢いがつくようにしたいですね」

(『UPDATE girls』Vol.002[2015年11月27日発売]p.39)

10thシングルアンダーメンバー
「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」フォーメーション
川村 和田 樋口 かりん 川後 畠中 北野 大和 新内   
永島 中元 優里 中田 能條
 飛鳥 井上 万理華
10thシングル「何度目の青空か?」
選抜メンバーフォーメーション
衛藤 若月 堀 星野 高山 ちはる
松村 秋元 生駒 桜井 深川
松井 白石 生田 西野 橋本
11thシングルアンダーメンバー
「君は僕と会わない方がよかったのかな」フォーメーション
川村 北野 川後 樋口 かりん 和田 ちはる
能條 永島 中田 新内
優里 中元 井上
11thシングル「命は美しい」
選抜メンバーフォーメーション
松村 相楽 飛鳥 万理華 堀 星野 衛藤 高山
若月 秋元 生駒 桜井 深川
松井 白石 西野 橋本 生田

 

 ひとつの転機となったのは、それに続く12thシングル期であろう。引き続きアンダーメンバーとして活動することになった北野だが、そのポジションは1列目に変わる。4thシーズンまで重ねられてきたアンダーライブは、この2015年の末には日本武道館公演にたどり着くまでに大きなものとなっていたが、北野はそこにフロントメンバーのひとりとして立つことになった。一方で、12th・13thシングルのアンダー曲「別れ際、もっと好きになる」および「嫉妬の権利」では、この時期に選抜から外れていた堀がアンダーセンターを務める形となった(「嫉妬の権利」は中元日芽香とともにダブルセンター)。同期として自分の先を走っていた堀と、アンダーという場所で並び立つことになった点については、一歩ずつ成長して着実に前進を続けていた北野にとって、どこかに新たな逡巡を抱えることにもつながったようであった。

北野「今回、未央奈がアンダーセンターになったときは正直複雑な気持ちでした。『バレッタ』で選抜センターになったときは何も考えられなかったけど…」

 急なことだったもんね?

北野「はい。でも8枚目の『気づいたら片想い』で同じ選抜メンバーになれた。だから当時は同い年としてライバルだと思っていたんですけど、そこから私はアンダーが続いて、もう距離を縮められないと思ってたんです」

 それが今回、急に近づいた。

北野「一度は届かない存在になったと思った未央奈が隣に来ることが整理できずに、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃったんです」

(『グラビアザテレビジョン』vol.41[2015年8月11日発売] p.48)

 未央奈がずっと選抜でやってて、アンダーに来て、やったときのライブって、すごい客観的に見るとあれかもだけど、いろいろあったの、内側では。やっぱり、いろいろ思うメンバーもいるわけで。でも支えなきゃ、ってのとかも、いろいろあって。いろんなメンバーが多分、立ち位置的に難しいことも、アンダーライブであったんだけど……

(のぎ動画「久保チャンネル #16 アンダーライブ全国ツアー2018 ~関東シリーズ~ 中編」[2021年9月24日配信開始])

12thシングルアンダーメンバー
「別れ際、もっと好きになる」フォーメーション
和田 佐々木 寺田 かりん 渡辺 鈴木 純奈 樋口 
 相楽 川後 永島 能條 ちはる
川村 北野 堀 中元 中田
12thシングル「太陽ノック」
選抜メンバーフォーメーション
松村 優里 星野 飛鳥 万理華 井上 新内 衛藤
高山 若月 桜井 秋元 深川
白石 西野 生駒 生田 橋本

 

 しかし、アンダーフロントとなったこの時期に前後して、北野には光が当たる場面が増える。2015年6月には舞台「じょしらく」に出演し、苦手意識があったという演技の楽しさに気づくとともに、先輩メンバーとの仲を深める機会にもなったのだという。7月20日には齋藤飛鳥・斉藤優里とともにANNA SUIの2015年秋冬アジア圏ビジュアルモデルへの抜擢が発表され、このときの経験は「Zipper」専属モデルとしての活動にもつながっていく5。8月には「乃木坂46の『の』」の第9代MCに就任(8月16日-11月29日放送分)。そして2015年11月28日発売の13thシングルには、堀未央奈・寺田蘭世・中元日芽香・中田花奈との「サンクエトワール6」として、ユニット曲「大人への近道」が収録される。ユニット名も10月4日の「らじらー!サンデー」内で名付けられたほか、ユニット単独でファンとの交流イベントも行われ、雑誌のグラビアにもこの5人で何度も登場するなど、本人たちにとってもファンにとっても特別なユニットとなった。

13thシングルアンダーメンバー
「嫉妬の権利」フォーメーション
川後 渡辺 山崎 佐々木 相楽 純奈 鈴木 かりん 和田
 中田 新内 川村 永島 能條 樋口 ちはる 優里
北野 堀 中元 寺田
13thシングル「今、話したい誰かがいる」
選抜メンバーフォーメーション
桜井 若月 生駒 松村 万理華 井上
飛鳥 高山 橋本 生田 秋元 星野
衛藤 西野 白石 深川

 

 グループとしては、2015年末の「紅白歌合戦」に初出場。着実に坂を上り続けるグループのなかにあって、アンダーメンバーのエネルギーも高まり続けているはずだった。北野も前述の数々の活動に加え、2015年11月6日からはブログの毎日更新をスタートする。長く綴る日もあれば、時間のない日や体調不良の日は短く終わらせることもあったが、約1年間にわたって毎日更新を続けたことは(2016年12月7日まで)、この時期の彼女の努力やストイックさを象徴するものとしてたびたび引かれていた7エピソードであるし、日々綴ったことばに日々ファンからコメントが返ってくるという経験が、現在まで続くファンとの温度感の近さにつながっているようにも思う。

 できることはやった。おそらく手応えのようなものもあっただろう。もう1歩、いやもう何歩でも、どんどん前へ行きたい。この頃の北野はもう、そうした気持ちを隠さず表現するようになっていた。

 そうした意識改革が、彼女に鮮やかな成長をもたらしたのだろう。最新シングル「今、話したい誰かがいる」のカップリングでは、5人組の新ユニット、サンクエトワールの一員として「大人への近道」を歌い、MVでは印象的な表情を見せている。戸惑いに満ちながらも、さまざまな新たな挑戦を乗り越えた彼女は今、自ら獲得した自信を持って、力強く宣言する。

「これまではずっと濁していて、言ってこなかったんですけど、来年は選抜に入ることはもちろん、福神に入りたいと思っています。2期生の二番手って言われることも腑に落ちていないし、もう2期生っていくくくりも取り払いたいんです。そうじゃないと、乃木坂もいつまでも変わらない。自分の中での将来の夢というか、目指しているところは、乃木坂の真ん中です。もっと前の景色を見たいし、乃木坂を引っ張っていける人になりたいですね」

(『UPDATE girls』Vol.002[2015年11月27日発売]p.39)

 これまであまり口に出してはこなかったんですけど、最近は選抜に返り咲きたいと思っています。
 選抜が発表されたら思いをブログに書きますけど、毎回「選抜には入れませんでした。すみません」って書くだけで。本当の自分の気持ちは書けなくて。
 でも握手会でファンの方たちに「もっと言葉にして、きいちゃんがどこを目指しているのか、将来どうなりたいのか、全部教えてほしい」と言われるようになったんです。「それを聞いた上で、ファンとして一緒に応援したい」って。なので、これからは、自分がかなえたいことを言葉にしていこうって思いました。

(『日経エンタテインメント! アイドルSpecial2016』[2015年12月3日発売] p.49)

 何かが変わるかもしれないし、自分が変えたい。機はじゅうぶんに熟していたように見える。アンダーメンバーのフロントラインを駆け抜けた1年を終え、年は改まり2016年。「次こそ」の思いで迎えられたのが、14thシングルの選抜発表であった(2016年1月31日「乃木坂工事中」#41にて放送8

選抜の壁と「16人」の門

 3作ぶりのスタジオ発表の形で行われたこのときの選抜発表は、すでに卒業を発表していたセンター・深川麻衣をはじめ、星野みなみや西野七瀬など、名前を呼ばれたメンバーがたくさんの思いを吐露した回として記憶されているように思う。しかしその一方で、選抜/アンダーの分かれ目ということでいえば、このときの選抜メンバーは13thシングルのメンバーに堀を加えたのみの17人という最小限の変動にとどまり、選抜入りがかなわなかったメンバーにとっては、特にアンダーフロントを務めた北野や中元らを中心に、相当厳しい経験として受け取られた面も大きかったようである。

北野 やりたいこともたくさんあるし、目指しているところもあるのに、こんなにも悩むなら土俵から降りたほうがいいんじゃないか、って思い詰めました。自分の中で衝撃だったのが14枚目で。未央奈だけ選抜に入って、それ以外は何も変わらなかったことが衝撃で。

——こんなにも選抜の壁は厚いのかと。

北野 サンエト(サンクエトワール)とかで自分なりに結果を残せたと思っていたんですけど、でも「ここまで」って線を引かれたような、行列に並んでいたメロンパンが目の前で売り切れてしまったような気分で。これ以上先は私たちじゃないんだな……って。

(『BUBKA』2016年9月号 p.21)

 このときに関連して筆者が印象深く覚えているのは、それから九州でのアンダーライブ(2017年10月20日の千秋楽・宮崎市民文化ホール公演)で北野が語ったところである。アンコールのMCにおいて、グループからの卒業を控え、この日が最後のアンダーライブであった中元の後を受けてこの日初めてMCで口を開いた北野は、ともに活動してきた日々を振り返るなかで14thシングルの選抜発表について触れ、中元が「自分が声をかけても聞こえないくらい泣きじゃくっていた」と明かし、それを見ていた北野は、その中元の姿が「自分自身の姿に重なった」と語った9

 ですがこれを書くにあたって思い出しておきたいと、当時をよく憶えているメンバーに連絡して聞いてみました。
『言い方酷くなるけど、簡単に言うと、大泣きして激怒してたよ』
 だそうです。お、憶えてない! そんな私を彼女は追いかけてくれて、そばにいてくれて。
 5分ほどして楽屋に帰ってくるメンバーたちの気配に気づき、私はみんなの前では平気なフリをしていたそうです。それが見ていて辛かった、と彼女は言っていました。
 ひめはいつもそうだったよ! とのこと。随分と心配をかけてしまったね。

(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.69-70)

14thシングルアンダーメンバー
「不等号」フォーメーション
ちはる 渡辺 鈴木 山崎 佐々木 相楽 川後 和田 純奈
かりん 川村 中田 新内 能條
 優里 寺田 中元 北野 樋口
14thシングル「ハルジオンが咲く頃」
選抜メンバーフォーメーション
桜井 若月 松村 生駒 万理華 井上 堀
飛鳥 高山 衛藤 秋元 星野
橋本 西野 深川 白石 生田

 

 14thシングルのアンダーメンバーは、アンダーライブの新たな展開として始まった「全国ツアー」(地方公演)の端緒として、永島聖羅の卒業コンサートとしての愛知・名古屋国際会議場公演(2016年3月19-20日)、そして東北6県での東北シリーズ(4月19-24日)に取り組んでいくことになる。グループ全体としても、「4th YEAR BIRTHDAY LIVE」の延期開催を受けて「乃木坂46時間TV」(2月20-22日)を配信し、これは現在までつながるグループにとって象徴的なコンテンツのひとつとなる10。5月25日には2ndアルバム「それぞれの椅子」を発売、6月15-16日には深川麻衣の卒業コンサートを開催。さらに3期生のオーディションも間近に控えており11、グループに大きなうねりが巻き起こるなか、6月5日の「乃木坂工事中」#57で15thシングルの選抜発表が放送される。

 「16人のプリンシパル」を想起すると直感的だが、乃木坂46の選抜メンバーはかつて16人が基本とされていた12。選抜メンバーの数がその16人だったのは、このときの15thシングルが最後である。この次の16thシングルではこれが19人となり、以降はさらなる増加傾向が強くなるが、この時点では、最も多いときで18人(11thおよび12th)という状況でもあった。14thシングルの選抜メンバーが17人、深川が卒業して16人。「椅子の数」はどうしても見えてしまう。最初に名前を呼ばれた中元は「16人、って言われた時点で、ああ、残念でした……って思っていたので」とまず率直に口にした。そして6人目、3列目下手端の11番。北野日奈子の名前が呼ばれる。分厚かった壁を破り、狭すぎたようにも思える「16人」の門をくぐった最後のメンバー。いまこのときの録画を見返すと、少し声を震わせながらも、あくまで冷静に、あるいは神妙にことばを紡いだ北野のたたずまいは、そんなふうにも見えてくる。

 私も8枚目から選抜に入っていなかったので、やっぱり選抜は目指すものではあるけど、でも毎シングルやっていくうちに、どんどん遠くなっていく気がして、自分なりに頑張ったりとか、もがいたりもしてみたんですけど……なんかどうしたらいいかわかんなかったんですけど。
 でもこうやって今回、選抜メンバーに選んでもらえて、前回の8枚目では、実力じゃなくて用意してもらった席に選ばれたっていう感じがあったので、今回のシングルは、前回の選抜メンバーのときよりも先輩とも仲良くさせてもらってるし、私らしく、おじけずに、もっともっと小さくならないで自分なりの色を出していけたらなと思います。

(2016年6月5日「乃木坂工事中」#57 北野日奈子選抜発表後コメント)

 北野のことばに耳を傾けながら、このあとセンターで名前を呼ばれることになる、中元や北野ともとりわけ仲の良かった齋藤飛鳥が涙する様子が、くり返し画面に映された。この夏、この3人は「新センター」と「新選抜」として、ともに稼働する場面も散見された13。全国ツアーに、神宮でのバースデーライブ。歴史が動いたこの年の夏、彼女たちは確実に乃木坂46のメインキャストであった。

15thシングルアンダーメンバー
「シークレットグラフィティー」フォーメーション
川村 山崎 純奈 川後 鈴木 和田 相楽 佐々木 かりん
ちはる 優里 新内 中田 能條
寺田 万理華 樋口 井上 渡辺
15thシングル「裸足でSummer」
選抜メンバーフォーメーション
北野 星野 若月 生駒 堀 中元
高山 衛藤 松村 秋元 桜井
橋本 西野 飛鳥 白石 生田

 

 筆者が一定以上の思い入れをもって、北野(および中元)を追うようになったのはこの時期である。だから、ここまでに述べてきた彼女の戦いの日々を、筆者はきちんと知っているというつもりではいない。だから約2年半ぶりの選抜入りについて「分厚かった壁を破った」と書いたものの、どちらかというと筆者にとっては、むしろここから先のほうが、北野が「壁にぶつかった」という印象が強くなる。選抜入りは北野にとって大きな目標であったが、当然それはゴールではなく、選抜メンバーとしての日々が始まっていくことを考えると、スタート地点でしかない。もちろん、本人が最もそのことは理解していたし、ようやく立ったスタート地点からは、すでに険しすぎる道のりが見えていた。

北野 選抜発表が終わった後は「(立ち位置が)シンメだね。やったね」って話しました(笑い)。

中元 そして「頑張って、ここに居続けようね」って。

北野 私たちは連続で選抜に入ったことがないし、モニターに選抜回数が出た時、2人だけ「2回」と出て…。

中元 絶望、だよね(笑い)。でも、その中に食い込めたことは誇りだし、アンダーにもいい影響が与えられたらと思いますし。「こいつら、すぐ(アンダーに)戻って来たな」って思われないようにしたい。

北野 これで次のシングルでまたアンダーになったら、それこそ今度は4年越しになりそう…(苦笑い)。ちょっとはたかれたら、すぐに消えちゃうような存在だから、何とかしてここにいたい。……(後略)

(『AKB48Group新聞 2016年6月号Special 乃木坂46新聞』12面)

 このときの選抜メンバーのうち、このふたりと最も選抜回数が近いメンバーは堀未央奈の7回で、それに続くのが齋藤飛鳥と衛藤美彩の8回であった。数字で見てしまうなら、それは積み重ねられていくのみで減ることはないため、差はなかなか埋まっていかない。数だけを数えることに意味はないと切り捨てることにしても、15thシングルの選抜メンバーとして活動した時期は、少なくとも北野自身にとっては、新たな壁に突き当たる日々であったようだ。

——15枚目の選抜に入ってツアーも経験したいま、何を感じてますか?
う〜ん……選抜に入ってからの自分に不甲斐なさしか感じてなくて。

——悲観するようなことないと思いますよ。
すごく選抜に入りたくて、実際に入ったらすごくうれしくて、選抜としてここまでやってきたことで後悔が残るようなこともないんですけど……何も残すことができてないじゃないかって思ってしまったんです。

(中略)

——ほかのメンバーと遜色ない活躍だと思いますよ。
本当に前に行きたいので、そのためには絶対的な存在にならなきゃいけないと思うんです。でも、どうしたらいいのかわからなくて。アンダーにいた頃は選抜に対して穿った見方をしたこともあったけど、活動してみて選抜がなんで選抜なのかわかったんです。

——具体的に言うと?
プロとしての意識が高いです。どんなに朝早くても、どんなに忙しくても仕事はきちんとこなして「これがプロなんだ」と気づかされました。スタッフさんは「それがわかっただけで十分だよ」と言うんですけど、それだけじゃ嫌なんです。「位置にこだわるな。アンダーの3列目でも輝いていれば誰かが見てくれる」と言われても、「それはわかってるけど、私はこだわりたいんです」と思ってしまう。私が何をしたいかと言ったらアイドルがしたくて、そのためには前の位置で踊りたいんです。……(後略)

(『OVERTURE』No.008[2016年9月17日発売] p.47)

 それでも北野は、続く16thシングルでも選抜入りを果たす。選抜メンバーの人数は当時最多の19人で、15thシングルの選抜メンバー16人に、このときに選抜から外れた2人であった伊藤万理華と井上小百合、そして12thシングル以来2回目の選抜入りであった新内眞衣を加えたという布陣であった。北野は前作に続き3列目のポジションであったが、このときのシングルには、サンクエトワールによる2曲目にあたる「君に贈る花がない」がカップリング曲として収録されている。17thシングルではさらに選抜メンバーの人数は21人に増加。16thシングル限りで卒業した橋本奈々未、およびこのシングルの期間に活動を休止した中元日芽香が外れた上で、斉藤優里、樋口日奈、中田花奈、寺田蘭世が加わったフォーメーションにおいて、北野は引き続き3列目のポジションに立つことになった。

16thシングルアンダーメンバー
「ブランコ」フォーメーション
純奈 和田 かりん 川後 佐々木 相楽
優里 山崎 渡辺 鈴木 ちはる
川村 樋口 寺田 中田 能條
16thシングル「サヨナラの意味」
選抜メンバーフォーメーション
中元 井上 新内 桜井 生駒 星野 北野 万理華
若月 松村 堀 飛鳥 衛藤 秋元
高山 西野 橋本 白石 生田
17thシングルアンダーメンバー
「風船は生きている」フォーメーション
川後 佐々木 和田 純奈 川村
ちはる かりん 能條 相楽
山崎 渡辺 鈴木
17thシングル「インフルエンサー」
選抜メンバーフォーメーション
新内 井上 寺田 北野 万理華 星野 優里 樋口 中田
若月 高山 生駒 生田 松村 桜井
秋元   堀  西野 白石 飛鳥 衛藤

 

 筆者の主観であるが、選抜メンバー全体の人数を増やすことで、選抜からアンダーへ移るメンバーをつくらないまま、久しぶりに選抜に復帰するメンバーや新選抜のメンバーを多く生み出していたこの時期は、選抜制度が本来的にもつ「えぐみ」のようなものの軽減が試みられていたように見えていた。選抜発表のやり方そのものも、初期においては選ばれずに傷つくメンバーの姿をクローズアップする向きも強かったが、じきに単純なスタジオ発表の形式に移行し、この頃にはすでに、いわゆる「今野式」が中心となっている14。そしてそれは、現在に至るまで続く流れでもある15が、それはもしかすると、「えぐみ」を軽減させはしたものの、そこに確かに残っている「えぐみ」から、目を逸らしてきただけの過程でもあったかもしれない16。置かれた状況に加えてそのパーソナリティも相まって、誰よりも強く「選抜」にこだわってきた北野は、その位置に食らい付いてきた3シングルののち、再度「えぐみ」に突き当たることになる。3期生がグループに合流し、約1年ぶりのスタジオ発表。多くのファンも緊張感をもって迎えた18thシングルの選抜発表は、2017年7月9日の「乃木坂工事中」#112で放送された。

18thアンダーメンバーとして

 この夏のことは別の記事で書こうと考えているので、このときの選抜発表の様子も含め、ここでは長く書かないことにする。周知の通り、北野はこのとき名前を呼ばれることはなかった。新センターとして3期生の大園桃子・与田祐希が立ち、16人の1・2期生がまわりを固めるフォーメーション。選抜メンバーを外れたのは、前作での新選抜であった優里・樋口・中田・寺田と、北野の5人。「16人」の門は、14thシングルの17人から深川・橋本が卒業し、新内を加えたところで門扉を閉じた。「あのときと変わらない」。これはあくまで筆者の感情であり、いまさら改めて書くのも少々はばかられるが、かなりの脱力感があった。大園・与田を含めたこのときの選抜メンバー18人は、その後誰ひとりとして一度もアンダーを経験していない。その後の経緯もふまえて評するならば、あの18人が、あの時代の乃木坂46における、「選抜常連メンバー」の揺るぎない定義そのものであった。

18thシングルアンダーメンバー
「アンダー」フォーメーション
能條 相楽 川後 川村 佐々木 和田
中田 山崎 鈴木 かりん 純奈 ちはる
樋口 渡辺 中元 北野 寺田 優里
18thシングル「逃げ水」
選抜メンバーフォーメーション
万理華 新内 生駒 桜井 若月 井上
 星野 松村 生田 秋元 衛藤 高山
飛鳥 白石 大園 与田 西野 堀

 

 もうひとつここでトピックとすべきことは、中元がグループの活動に復帰し、このシングルに参加したということである。18th選抜発表の収録は5-6月ごろに行われていたと考えられる一方、2017年7月1-2日の「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演までの段階ですでにグループからの卒業を決めていたといい、もっといえば、休業していた時期から、復帰しても長くは続けられないという思いがすでにあったことが明かされている17。しかし、それでもグループの一員として、「私はただ、乃木坂の一戦士として、燃え尽きるまで闘うのみ。(中元日芽香公式ブログ 2017年7月12日)とあえて綴り、北野とふたりで立ったアンダーセンターのポジション。そこにあてがわれたのがアンダー曲「アンダー」だった。

 どこまでも「選抜」にこだわってきた北野にかけていいことばではなかったことは承知しているが、そのポジションがアンダーセンターであったことは、少なくともひとりのファンの目には、ひとすじの光明となりうるもののように映った。センター曲をもたないことは、当時の彼女にとって明確なコンプレックスとして知られていたからだ。

 13thシングル『今、話したい誰かがいる』のカップリング曲を歌うユニットの皆さんにグラビアを飾って頂きました!
中元「本当にありがたいです!」
中田「アンダーメンバーで構成されたユニットは、3rdシングルのカップリング『海流の島よ』以来なんですよ」
中元「ユニット名も欲しいね、って5人で話しているんですけど」
堀「どんなユニット名がいいですか?」
北野「みんなの共通点といえば……私以外、センターをやったことがある人!」
中元「それをユニット名にする?」
中田「長すぎるよ(笑)」

(『UTB+』2015年11月号[Vol.28]p.112)

(前略)……私が何をしたいかと言ったらアイドルがしたくて、そのためには前の位置で踊りたいんです。センター曲を持ってないことがコンプレックスのひとつになってます。サンクエトワールでも私だけセンター曲がない。乃木坂46っていろんな子がセンターができることですごいグループになっていると思うので。

——センターを経験していない選抜常連メンバーもいると思いますが。

そうじゃないんですよ。うーん……こだわってるのが悪いのかな。こだわりを捨てたほうがいいのかな。アンダーライブの時はこだわりがあったほうがよかったんです。でも、選抜に入ったら立場も環境も違うので、アンダーで築いてきた自分を出しているだけな気がして……。

(『OVERTURE』No.008[2016年9月17日発売] p.47)

 確かに、センター曲は選抜回数を問わず、誰にでもあるわけではない。しかし、グループのなか、もっといえば選抜メンバーのなかで、ライブなどの場において自らの色を出していきたいと考えれば、むしろフロントラインまで距離があるほど、センター曲は重要な機能を果たす。北野にとって特に身近なメンバーからいえば、中元日芽香には「君は僕と会わない方がよかったのかな」「嫉妬の権利」「不等号」、堀未央奈には「別れ際、もっと好きになる」「嫉妬の権利」に、何より「バレッタ」があった。サンクエトワールの他のメンバーに関しても北野のいう通り、中田花奈にもこの段階で「春のメロディー」があったし、寺田蘭世にも「ボーダー」があった18。特に「君は僕と会わない方がよかったのかな」や「バレッタ」あたりは、卒業から一定以上の時間を経た現在に至ってもなお、ライブで演じられるたびに中元や堀の強烈な存在感が会場を支配する。少し品のない表現になるが、ライブのセットリストにその曲が入れば、そこはセンターメンバーの縄張りのようなものだ。同じ景色のなかを走ってきたメンバーからはいくぶん遅れて、センター曲を手にしたかと思えば、「縄張り」となるはずだったそれが「アンダー」だったのである。北野が受け止めに苦しむのは、あまりにも当たり前のことだった(「アンダー」については、その後の経緯も含めて後の記事でまとめることにする。単なるスティグマととらえるのみで終わらせてよい楽曲ではそもそもなかったと思っているし、ほかでもない北野自身が楽曲に多くの意味を与えていくことになるが、このときの北野が受け止めに苦しんだことは間違いない)。

(前略)……その頃、舞台版の『あさひなぐ』があったんですけど、たくさんのメンバーが出演していた中で、次のシングルの選抜に私だけ選ばれなかったんです。「なんで?」って思いました。稽古も毎日ちゃんと通っていたし、舞台監督さんからも褒められていたし、毎日楽しく過ごせていました。ただ、その頃の乃木坂46には3期生が入ってきていて、選抜には3期生の2人がセンターに抜擢されました。あぁ、新しい風が吹いている乃木坂46に私は参加できないのか……。そう思うと、つらかったです。アンダーとして初めてセンター楽曲をいただきましたけど、「なんで?」のほうに気持ちが傾いていきました。……(後略)

(『希望の方角』北野日奈子インタビュー)

 この18thシングル「逃げ水」の発売は2017年8月9日であり、「夏曲」としては少々遅い印象があった。「真夏の全国ツアー2017」は、7月1-2日の明治神宮野球場公演が、地方公演と切り離された「期別ライブ」の形で行われたあと、ややあって8月11日のゼビオアリーナ仙台公演から地方公演がスタートするという形がとられているが、少なくともMVの撮影は7月に入ってからであったようで、音源の解禁も7月後半に入ってから一気に行われる形であり19、過去の「夏曲」20で最も遅いスケジュールだった前年の「裸足でSummer」も、発売日は2016年7月27日で、7月初頭にはすでに音源の解禁が行われていた。一方で、次の19thシングル「いつかできるから今日できる」は、表題曲が映画「あさひなぐ」の主題歌とされたことからスケジュールがかなり前倒しされており21、18thシングル期と重なりながら活動が進行していくことになる。

 19thシングルの選抜メンバーは、9月3日放送の「乃木坂工事中」#120で発表という形となったが、「いつかできるから今日できる」はすでにライブでのパフォーマンスも重ねられていた状況であったため驚きや緊張感はあまりなく、オンエア上もメンバーによるコメントもなくあっという間に終えられたという印象であった。「あさひなぐプロジェクト」の出演メンバー全員に、残る選抜常連組の秋元真夏・高山一実・星野みなみを加えた、史上最も理由を説明しやすいのではないかというフォーメーションにあって、舞台「あさひなぐ」で的林つぐみ役を務めた北野は3列目のポジションを与えられることになる。しかし、この頃にはすでに北野は体調不良の状態が顕著になっており、選抜発表直後には19thシングルの活動に臨んでいく気持ちをブログに綴りはしたものの、実質的な活動はほぼ途絶えてしまうことになる。10月中旬のアンダーライブ九州シリーズなどについては別に述べるが、「いつかできるから今日できる」での音楽番組出演にあたっては恒常的に鈴木絢音が北野のポジションを務めるなど、見るからに厳しい状況が続いていくことになった。

先ほど、19thシングル選抜メンバーが
乃木坂工事中にて放送されました。

この結果を受け、18thで結果を残してきたか問われると
結果を残すほどに至らないほど
なにもできなかったと思います。

19thシングルの選抜が発表されたけど
18thシングルのお仕事はまだまだ
たくさんあるし
10月には全国ツアーで新潟に行ったり
九州でのアンダーライブもあります。

夏に結果を残せなかったことを受け
残りの18thシングルのお仕事を
きちんと結果を残していけるように
頑張りたいと思っています。

(北野日奈子公式ブログ 2017年9月4日「19th」)

みなさんのご期待に添えられないことが
少し前から多くなってきて
私自身もどうしたらいいかわからないです。

体調不良が続いていて
欠席が続いていて
皆さんにはご心配をおかけしてまったり
嫌な思いをさせてしまっていると思います。

本当にすみません。

今日や明日だけじゃなくて
しばらくは皆さんの思いや期待に
こたえられない状況が出てきてしまうと思います。

申し訳ありません。

(北野日奈子オフィシャルブログ 2017年9月17日「(無題)」)

19thシングルアンダーメンバー
「My rule」フォーメーション
相楽 佐々木 かりん 川後 川村 和田 純奈
能條 鈴木 山崎 ちはる
渡辺 樋口 寺田
19thシングル「いつかできるから今日できる」
選抜メンバーフォーメーション
新内 優里 星野 生駒 秋元 北野 中田 高山
若月 井上 松村 生田 万理華 桜井 衛藤
堀 西野 飛鳥 白石

 

 こうした状態の19thシングル期があり、アンダーライブ九州シリーズと東京ドーム公演を経て、北野は正式に休業に入ることになる22

43人目の「シンクロニシティ」と「インフルエンサー」の“46人目”

 続く20thシングルに北野は参加しないという形がとられたため、選抜/アンダーメンバーに名前を連ねることはなく、カップリングの2期生曲「スカウトマン」にも歌唱メンバーとしては加わらなかった(MVの一部にのみ出演)。この間、グループとしては「初のアジア公演」として参加した「C3 Anime Festival Asia Singapore」(2017年11月24日)、アンダーアルバム「僕だけの君〜Under Super Best〜」のリリース(2018年1月10日)などの展開はあったものの、シングルのリリースとしては少々間が空いた形となった。20thシングルの選抜発表の模様は2018年3月11日の「乃木坂工事中」#146で放送されたが、これは1月30日に発表された生駒里奈の卒業発表を受け、「生駒最後の選抜発表」と大々的に銘打たれ(電子番組表タイトル)、スタジオ発表の形で行われたものであった。深川麻衣と橋本奈々未の「卒業センター」の記憶が色濃く残るなか、2列目中央のポジションで生駒の名前が呼ばれたときには、純粋な驚きがあった。センターとして名前を呼ばれたのは白石麻衣。この放送の直後に世に出たインタビューのなかで、生駒は「卒業センター」の打診があり、それを断ったことを明かしている。

 「卒業を具体的に考えていた時から、卒業だからといってセンターはしたくないと思っていました。曲が私の『卒業シングル』になってほしくなかった。レコード大賞をいただいた後の大事なシングルだし、長く歌い継がれてほしいと思ったんです」

 12年2月のデビュー曲「ぐるぐるカーテン」から5作連続でセンターを務め、単独センター累計6回はメンバー最多。「グループの顔」といえる功績者だ。今回、秋元康総合プロデューサーからは、センターを打診されていたという。

 「秋元先生は『生駒センターの卒業シングルを作りたい』と言ってくださいましたが、『ありがたいお話なんですけど、私はそれを望まないです』と答えました。6回もセンターをやらせていただきましたし、これ以上やったらぜいたくですよ。グループ全体を考えた時、こういうパターンがあってもいいと思う。自分を貫かせていただきました」

(日刊スポーツ「生駒里奈『卒業シングル』でセンター打診断っていた」[2018年3月12日配信])

20thシングルアンダーメンバー
「新しい世界」フォーメーション
能條 川後 吉田 佐々木 中村 和田 相楽 
向井 かりん 岩本 純奈 阪口 ちはる 楓  
梅澤 渡辺 中田 鈴木 優里 山崎 理々杏
20thシングル「シンクロニシティ」
選抜メンバーフォーメーション
井上 新内 高山 星野 若月 樋口 寺田
桜井 松村 久保 生駒 大園 衛藤 秋元
山下  堀   生田 白石 西野 飛鳥 与田
(備考)
・北野は休業にともないこのシングル不参加の形で、2期生曲「スカウトマン」のMVの一部にのみ出演。
・「新しい世界」はMV含め全員がはっきりこのフォーメーションをとった場面が映像化されていないため、一部筆者による推定を含む。

 

 改めて語るまでもないが、こうした生駒の強い思いを背景に制作された「シンクロニシティ」はのちに、グループにとって2年連続となるレコード大賞受賞作となる。少し話が遠回りしたが、そんな作品において、選抜にもアンダーにもオリジナルのポジションがないということは、北野にとって大きな意味をもち得た。3期生全員が選抜/アンダーに合流したのもこのシングルであり、5月15-20日に開催されたアンダーライブの中部シリーズでも披露され、もう少し後には「シンクロニシティ・ライブ」と銘打たれて「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」が開催されるなど、「シンクロニシティ」はあっという間にグループ全体を象徴する楽曲になっていくことになる。

 思い出されたのは、前年の「真夏の全国ツアー2017」明治神宮野球場公演のことだった。ステージにバナナマン・日村勇紀(ヒム子)が登場し、グループ屈指のハイライトシーンとなった、2日目公演のアンコール。ヒム子をセンターに、46人全員が揃って演じられていたように見えた「インフルエンサー」23。そこに中元日芽香の姿はなかった。中元は「インフルエンサー」の期間に活動休止という形でグループを離れていたため、不自然というわけではない事象であったが、会場の熱狂を客席で味わった筆者には一抹の寂しさがあった24。そして最後まで、中元は「インフルエンサー」に参加しないままグループを卒業することになった。北野には必要なだけゆっくり休んでほしいし、少なくとも復帰を焦ってほしくない。もしそれが彼女に幸福をもたらすならば、復帰しない選択をしてくれたって構わない。ファンとして、まずはそう思うよりほかなかったが、もし回復して復帰を果たしたときには、「シンクロニシティ」を演じる北野の姿を見たい。そんな思いもよぎるようになっていた。

 ……と書くと、少々時系列に演出が入っているかもしれない。北野は2018年3月放送の「乃木坂46時間TV」(北野の登場は2日目にあたる3月24日の夜)にサプライズで登場し、ちぎり絵制作の企画に参加した25。「シンクロニシティ」カップリングの2期生曲「スカウトマン」にもMVの一部に出演し、4月22日の「生駒里奈卒業コンサート」ではライブのステージにも復帰。そして5月11日放送の「MUSIC STATION」には、「生駒卒業後新体制・フルメンバー42人」と銘打たれてグループとして2回目の「シンクロニシティ」での出演を果たしたが、北野もここに参加している。メンバーに守られつつ少しずつではあったが、思った以上のスピード感をもって復帰が進んでいったという印象があった26

 7月6-8日には前述の「シンクロニシティ・ライブ」こと「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」が明治神宮野球場・秩父宮ラグビー場の2会場で開催され、北野はアンダーメンバー側のチームとして全編に参加。打ち上げ花火を背に「アンダー」のセンターに立つなど凜々しい姿を見せ、特に1日目の公演ではどよめきと歓声を巻き起こした。2日目のMCでは21stシングルにアンダーメンバーとして参加することをファンに伝え27、3日目にはそのアンダー曲「三角の空き地」を披露。アンダーの2列目のポジションはこのときが初めてであった28

21stシングルアンダーメンバー
「三角の空き地」フォーメーション
和田 川後 能條 中村 かりん 佐々木 向井
吉田 阪口 北野 寺田 渡辺 純奈
山崎 樋口 中田 理々杏 楓
21stシングル「ジコチューで行こう!」
選抜メンバーフォーメーション
高山 優里 若月 鈴木 星野 新内 井上
秋元 衛藤 大園 梅澤 岩本 松村 桜井
生田 与田 西野 飛鳥 白石  堀   山下

 

初めての「単独センター」

 「6th YEAR BIRTHDAY LIVE」から始まった「真夏の全国ツアー2018」を、北野は無事に完走する。ライブ全編に通常通り出演したことに加え、メンバーによる「ジコチュープロデュース企画」において、星野みなみとともに「2度目のキスから」を披露した29。そして少し間を置いて、九州シリーズ以来のアンダーライブとなる北海道シリーズ(10月2-5日)に参加。その直前の9月30日には「乃木坂工事中」#175にて22ndシングルの選抜発表の模様がすでに放送されており、少々遅いタイミングでのアンダーライブ開催となった。この千秋楽公演のアンコールにおいて、北野が22ndシングルのアンダーセンターを務めること、そして22ndシングルアンダーメンバーによるアンダーライブが武蔵野の森総合スポーツプラザで開催されることが発表される30。この期間の北野は、22ndシングルにおいて「キャラバンは眠らない」にも参加したり、1st写真集『空気の色』の発売発表があったりと、強いスポットライトを浴びることが再び多くなった。

「単独でセンターをやるのは初めてで、すごく緊張するし、不安もたくさんあるんですけど、ちゃんと新しい風を運べるような、力強いセンターになれたらなと思います。」

(2018年11月18日「乃木坂46SHOW!」[「AKB48SHOW!」#204] 北海道シリーズ千秋楽公演終了後・北野日奈子コメント)

22ndシングルアンダーメンバー
「日常」フォーメーション
純奈 和田 中村 川後 かりん 佐々木 吉田
阪口 山崎 久保 中田 渡辺 向井
鈴木 樋口 北野 寺田 岩本
22ndシングル「帰り道は遠回りしたくなる」
選抜メンバーフォーメーション
 優里 井上 楓 大園 理々杏 新内 高山
衛藤 秋元   堀  若月 星野 桜井 松村
梅澤 山下 飛鳥 西野 白石 生田 与田

 

 北野が座長を務めたアンダーライブについては、別に述べることにしたい。久しぶりとなったアリーナクラスのアンダーライブを「力強いセンター」として引っ張り、高いレベルで成功させた北野。4thアルバムのリリースなどを経て、次の選抜発表までは少し期間が空いた。

 2019年4月14日(「乃木坂工事中」#202)、あの夜のことは忘れられない。

「新福神メンバー」誕生の意義

 23rdシングル表題曲「Sing Out!」のフォーメーションは、前列7人、中列7人、後列8人で22人。選抜メンバー22人は現在に至るまで歴代最多、福神メンバー14人というのも最多タイという数字であった31。「椅子の数」の話にもなってしまうが、人数が出た時点で「北野の名前が呼ばれる」と思った。それは願いであり、祈りであったが、確信でもあった。初選抜の渡辺みり愛と阪口珠美の名前が3列目で呼ばれ、2列目。北野のポジションは、2列目の下手から2番目・9番であった。

「復帰してから3枚目のシングルで、選抜に選んでもらうことは本当にすごく嬉しいし、初めての2列目で、どんな景色が待ってるのかもワクワクするんですけど、休業している間に乃木坂のことが本当に好きになって、『もっとこのメンバーと一緒に頑張りたい』って心から思えたので、乃木坂を引っ張っていって、守っていけるようなメンバーになれるように頑張っていきたいと思います。」

 (2019年4月14日「乃木坂工事中」#202 北野日奈子選抜発表後コメント)

 選抜発表の場というのはどうしてもデリケートなもので(それは北野が特に痛切に感じ続けてきたことでもあっただろう)、「乃木坂工事中」内で放送されたコメントには少々神妙な居住まいもあったが、数日後に更新されたブログでは、北野は喜びの感情を色濃く表現する。

初めての福神メンバーに選んで頂けて
嬉しい気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです!

ずっとずっとなりたかった福神メンバーです
目指していた一つの目標です

色々なポジションを経験してきて
今回頂けたこの椅子がどれだけ大切で責任があり
ありがたいものなのかよく分かっています

この椅子を私はどうしていくのか
どうしていきたいのか自分の中でもう決まっています

変わらないために変わり続ける

誰かが言っていたこの言葉の意味を
分かってきた今だからこそ
私は変わらないために変わり続けます!

(北野日奈子公式ブログ 2019年4月17日「にじいろ」)

 先には「16人の壁」という表現を用いたが、「福神の壁」も相当分厚い。前述のように福神メンバーの人数は常時16人より少ないわけだし当たり前といえば当たり前であるし、あるいはグループとしての活動において「福神」の枠組みが実質性を失って久しい状況でもあったが32、北野はあくまでポジションへのこだわりを維持し続けるなかで、「福神」をあくまでひとつの目標とし続けてきた。一方で、18thシングルでセンターに抜擢された大園桃子・与田祐希、および20thシングルで選抜入りした久保史緒里・山下美月(および大園・与田)以降、3期生以下は福神メンバーとして初選抜となるケースも多くなっているが、1・2期生に新たな福神メンバーが誕生したのは、北野の前は19thシングルでの伊藤万理華と井上小百合であり、その前は13thシングルでの衛藤美彩と齋藤飛鳥、さらにその前は9thシングルでの深川麻衣(および「1・2期生」ではないが、交換留学生の松井玲奈)にまで遡る。その後現在までをみても、白石麻衣の卒業シングルとして当時現役の1期生11人を福神メンバーとした25thシングルが例外としてあったのみで33、それ以外では1・2期生から新たな福神メンバーは生まれていない。あるいは「2期生」にまで狭めて考えるならば、福神のポジションを務めたことがあるのは、堀未央奈を除けばこのときの北野だけである34。前シングルでの福神メンバーであった衛藤美彩・西野七瀬・若月佑美の卒業があったことをふまえても、ある意味では歴史が変わったタイミングであった(あるいはいまにして思えば、ピンポイントな例外であったともいえるかもしれないが)。

23rdシングルアンダーメンバー
「滑走路」フォーメーション
吉田 向井 和田 佐々木 純奈
山崎 中村 寺田 樋口 中田
23rdシングル「Sing Out!」
選抜メンバーフォーメーション
井上 楓 鈴木 岩本 阪口 渡辺 理々杏 新内
梅澤 北野 秋元 久保 松村 星野 桜井
大園   堀  生田 飛鳥 白石 高山 与田

 

 その後、選抜メンバーの人数が18人に絞られた上、うち3人はフロントとして新選抜となった4期生であった24thシングル、前述のように特殊な取り扱いであった25thシングルでも北野は3列目で選抜入り。これらのシングルでは、3列目に居並ぶメンバーも新内眞衣を除く全員が福神経験メンバーであった(むしろ新内のもつ独特な存在感のほうが浮き彫りになるエピソードでもあるが)。コロナ禍で活動が途絶えた時期を経て、配信シングル「Route 246」でも18人の歌唱メンバーに入った。ここでようやく時系列は本章冒頭の2020年秋に戻ってくるのだが、このときの北野はもう「選抜に定着した」としか筆者には思えない状況であった。

24thシングルアンダーメンバー
「〜Do my best〜じゃ意味はない」フォーメーション
中村 和田 向井 吉田 佐々木 純奈
中田 阪口 理々杏 山崎 楓 
鈴木 樋口 岩本 渡辺 寺田
24thシングル「夜明けまで強がらなくてもいい」
選抜メンバーフォーメーション
梅澤 北野 秋元 久保 高山 星野 新内
山下 生田 白石 松村 桜井 与田
堀 賀喜 遠藤 筒井 飛鳥
25thシングル「しあわせの保護色」
選抜メンバーフォーメーション
賀喜 新内 山下 久保 堀 大園 遠藤 岩本 与田 北野 梅澤
井上 和田 高山 秋元 樋口 中田
飛鳥 生田 白石 松村 星野
「Route 246」フォーメーション
新内 北野 大園 筒井 星野 岩本 高山
梅澤 堀 山下 久保 秋元 松村
与田 生田 飛鳥 遠藤 賀喜

 

 そこからの26thシングルでのアンダーメンバーへの移動は、あまりにも特殊な動きだったと称してよいと思う。前述のように、3作以上連続で選抜入りしていたメンバーがアンダーメンバーに移るのは、18thシングルのときの北野以来。「Route 246」歌唱メンバーのうち、26thシングルのアンダーメンバーは北野のみ。福神を経験したのちにアンダーメンバーに移ったのは35、過去には中田花奈・星野みなみ・堀未央奈・岩本蓮加・久保史緒里の5例のみであった。4thシングルのときの中田、7thシングルのときの星野、12thシングルのときの堀のショックの受けようを想起すれば、これがどれだけのことだったのかが改めて感じられる。

 ともかく、前述したように北野は26thシングル・27thシングル期をアンダーメンバーとして過ごした。26thは涙の選抜発表となったが、27thでは見える世界が変わっていた。そして、続く28thシングル。「卒業」を胸に抱え、北野にとっては「最後の選抜発表」となった。

26thシングルアンダーメンバー
「口ほどにもないKISS」フォーメーション
 純奈 楓 向井 和田 吉田 中村
 山崎 渡辺 樋口 寺田 理々杏
鈴木 阪口 北野
26thシングル「僕は僕を好きになる」
選抜メンバーフォーメーション
新内 清宮 田村 星野 筒井 岩本 高山
松村 遠藤 大園 堀 与田 賀喜 秋元
生田 梅澤 山下 久保 飛鳥
27thシングルアンダーメンバー
「錆びたコンパス」フォーメーション
楓 和田 中村 向井 吉田 理々杏
阪口 北野 鈴木 寺田
渡辺 山崎 純奈
27thシングル「ごめんねFingers crossed」
選抜メンバーフォーメーション
樋口 早川 筒井 大園 岩本 清宮 田村 新内
秋元 梅澤 星野 松村 生田 久保 高山
与田 飛鳥 遠藤 山下 賀喜

 

28thシングルとベストアルバム

 とはいえ、28thシングルは北野が卒業するタイミングのシングルとして制作されたわけではない。北野は29thシングルにもソロ曲「忘れないといいな」で参加しているし、この間にはベストアルバム「Time flies」がリリースされてもいる。シングル参加が最後になったのは高山一実・寺田蘭世・生田絵梨花・新内眞衣・星野みなみの5人であるが、生田・新内・星野は「Time flies」に参加しており、このシングル限りで卒業したのは高山・寺田の2人。寺田はシングル特典映像の予告編のなかでの卒業発表という形がとられたので、8月15日の選抜発表放送時(「乃木坂工事中」#322)においては、高山の卒業シングルという向きが強く存在していた、そんな状況であった。

 3シングルぶりに選抜メンバーとして名前を呼ばれた北野は、その放送内で、自らが歩んできた道のりをふまえたコメントを残している。例によって抑制的なコメントであったが、どうしてもどうしようもなく嬉しそうな様子に見えたのは、筆者だけではなかっただろう。

「全メンバーの中で『アンダー』『選抜』行ったり来たりしてる度ナンバーワンだと思うんですけど、アンダーの良さと選抜の良さとどっちも知ってるので、この短い期間、アンダーにいた2作品でも、新しく学べたことはあったので、その気持ちを大事に、選抜メンバーとして頑張りたいなと思います。」

(2021年8月15日「乃木坂工事中」#322 北野日奈子選抜発表後コメント)

28thシングルアンダーメンバー
「マシンガンレイン」フォーメーション
理々杏 黒見 矢久保 和田 北川 吉田 向井
松尾 林 阪口 金川 璃果 楓
弓木 柴田 寺田 中村 山崎
28thシングル「君に叱られた」
選抜メンバーフォーメーション
樋口 早川 清宮 北野 岩本 鈴木 田村 新内 掛橋
筒井 梅澤 星野 高山 生田 久保 秋元
遠藤 与田 賀喜 飛鳥 山下

 

 「最後のシングル」を選抜メンバーとして迎えた北野は、シングル期間をおおむね終えたのちに発表されたベストアルバムのリード曲「最後のTight Hug」にも歌唱メンバーとして参加する。この楽曲が、北野がフォーメーションに組み込まれ、「ポジション」を与えられた最後ということになる36。メンバーの内訳は28thシングル選抜メンバーからベストアルバム発売前に卒業した高山一実を除いたのみで、ほぼ同シングルの体制であったと言っていい。しかし、リリース後しばらくののちに卒業を発表したブログのなかで、北野はそのポジションにも独特の執着を表現した。

29枚目のシングルには選抜アンダーとしては参加しません。
選抜アンダーとして最後の参加曲のポジションは
選抜二列目下手端でした!上出来です。有難いです。

選抜アンダーと繰り返し、自分のポジションと向き合ってきた9年間。
どちらの席も私を強くしてくれました。色々な壁にぶつかったからこそ、ここまでグループに残ることができました。
アイドルとしては正々堂々と真っ直ぐに走ってこれたと思います。そんな自分を誇りに思います。

思い出すと本当に色々なことがあったなぁ
皆さんと思い出を語り合いたいな、卒業までのどこかでタイミングを作って話そうね

(北野日奈子公式ブログ 2022年1月31日「希望の方角」)

 前述のようにメンバーは前シングルの体制であったし、フォーメーションは「卒業センター」の取り扱いであった生田絵梨花をセンターとして、歌唱メンバーの1期生から4期生までを1列目〜4列目としたようなものであった37。たぶん、北野の卒業などのもろもろの事情をふまえたとしても、そのポジションを「選抜二列目下手端」と表現した者は、北野日奈子その人以外にいなかったのではないだろうか。

「最後のTight Hug」フォーメーション
遠藤 清宮 掛橋 筒井 早川 田村 賀喜
岩本 久保 梅澤 山下 与田
北野 新内 鈴木
樋口 飛鳥 生田 秋元 星野

 

 27thシングルの選抜発表を受けて「表題曲を歌う選抜メンバーを目指すことがあるべき姿だ」という「根本的な価値観が変わった」と記していた北野。その彼女が最後にもう一度、少しだけ覗かせた「ポジション」への執着。北野の「選抜二列目」は、いうまでもなく「初福神」だった23rdシングル以来であった。2期生だから2列目。外形的にはそれだけのことだったかもしれないが、「選抜二列目下手端」は、長く戦い続けた北野が受けとった大きな勲章であった。

 蛇足だがもう少し付け加えると、結成10周年を記念する曲として制作された「他人のそら似」においても、北野は10周年の記念日であった2021年8月21日の「真夏の全国ツアー2021」マリンメッセ福岡公演1日目で初披露された際には楽曲の冒頭においてセンターに立つ齋藤飛鳥のすぐ後ろに立ち、北野にとって同曲の最後の披露であった「NOGIZAKA46 10th Anniversary 乃木坂46時間TV」内でのスペシャルライブ(2022年2月23日)では1列目で飛鳥の隣に立っている(もちろん、何人ものメンバーの卒業を経たことによるものでもあるが)。かつては「もっと前の景色を見たいし、乃木坂を引っ張っていける人になりたい(『UPDATE girls』Vol.002[2015年11月27日発売]p.39)とまっすぐに表明してきた北野。そのとき思い描いていたものとは少し違う道になったかもしれないが、しかし北野はメンバーとしての長いキャリアを経て、それを間違いなく成し遂げたのだと思う。

 


 

 淡々とポジションを振り返るだけのつもりであったが、ずいぶん長くなってしまった。ここまでもし読んでいただいた方がいるとして、それはおそらく筆者以上に北野への愛着があるということだろうから、こんなことを書いても仕方ないかもしれない。しかしそれでも誰かにとって、ここまでの北野の歩みを(筆者のバイアスを通して)振り返ってみて、彼女がグループで過ごした日々についての印象が少しでも変わってくれたら嬉しく思う。すべてのメンバーにそれぞれの歩いてきた道のりがあるのはもちろんだが、北野もまた、彼女にしか歩めない稀有な道を進んできた。それを大いに誇って卒業していった彼女のことを、グループのファンとして、北野日奈子のファンとして、ずっと覚えていたいと思う。

 私の目標はずっと、「選抜に入ること」でした。私は転んでは傷ついて、回り道をしながら目標に近づいていくというアイドル人生でした。ファンの方には自分がどう見えていたか、よく分からなかった時期もありました。……(中略)……
 でも、振り返ってみると、選抜のボーダーライン上でもがいていた時期を経験できたことはとても大きかったです。ボーダーライン上のメンバーと競い合っている感じがして。競い合いながら、自分の色を見つけたような感覚があったんです。乃木坂46にはこれだけ多くのメンバーがいて、それ以外にもたくさんのアイドルグループが世の中にはあって、そんな中で自分を見つけてもらうためには、もがくこと。この経験が私には必要でした。

(『希望の方角』北野日奈子インタビュー)

 

 次回は「2期生」をテーマとして、北野と同期メンバーとの関係を振り返っていく。本稿公開時点では、山崎怜奈の卒業を数日前に控えているというタイミングで、2期生の現役メンバーは鈴木絢音ひとりになろうとしている。独特の難しい立ち位置にあって、しかし独特の魅力をまとい、独特の絆を結んできた2期生“14人”の歩みを、できる限りつぶさに振り返っていけたらと思う。

 

 

 

 

  1. 「乃木坂46えいご(のぎえいご)」の後継番組にあたる。北野はかつて「のぎえいご」のレギュラー出演者であったが、体調不良・活動休止の時期以降は出演がなく、事実上降板の状態になっていた。2021年1月31日の最終回にはVTRでコメントを寄せたが、これは4年弱ぶりの番組出演であった。
  2. 22ndシングル選抜発表は2018年9月30日の「乃木坂工事中」#175で放送。
  3. 北野の選抜シングルは8th、15-17th、19th、23rd-25th、28th。20thは休業にともないアンダーメンバーの扱いではない。なお、23rdシングルでの山下美月、24thシングルでの大園桃子、24thシングルでの井上小百合は、それぞれ直近で3作・4作・8作連続で選抜入りしていた状況から選抜メンバーを外れた形であるが、いずれも当該シングル期間における休業扱いで、アンダーメンバーとして取り扱われたわけではなかった。
  4. その後、10thシングルでも引き続き同様の状況となるが、11thシングルで相楽伊織が、12thシングルでは(堀と相楽が選抜から外れる一方)新内眞衣が選抜入りする。しかし、続く13thシングルではその新内も選抜から外れるとともに2期生から誰も加わることはなく、選抜メンバー16人が全員1期生という状況となった。
  5. 専属モデル就任の発表は12月17日の「アンダーライブ at 日本武道館」1日目の公演内において。
  6. フランス語で“Cinq étoiles”、「5つの星」の意。
  7. 当該の時期ではインタビューで毎日更新の話題になることは数多くあったし、「1996年7月17日生まれ、千葉県出身。『Zipper』専属モデルを務める。天真爛漫で明るいキャラだが、ブログを毎日更新するなど熱くストイックな一面もある。サンエトの中でもムードメーカー的存在。」(『EX大衆』2016年11月号 p.12)と、プロフィール紹介でも用いられることがあった。
  8. 深川麻衣がグループからの卒業を発表したのは2016年1月7日。選抜発表のスタジオ収録はこれをふまえた上で行われていた様子であったため、収録は2016年になってからであったと考えられる。
  9. このときの北野のMCはまったくソフト化されておらず、筆者の知る限り一切メディアにも出ていないので、すべて筆者の記憶に頼って書かれていることに留意されたい(そのため、少なくとも北野が口にした文言そのままではない)。当時書き留めたメモを改めて確認したし、それをもとに記事を書いてきたという経緯もあるため、大きく外れたことは書いていないとは思うが、逆に言えばその程度の確からしさである。このブログを書くようになって、自分の記憶というのは当てにならないな、と感じることも多く、もはやすべてに自信がない。
  10. 2016年6月10-12日には早くも第2弾を放送しており、いま振り返るとペースの速さに驚く部分もある。
  11. オーディションの開催は第1弾の「乃木坂46時間TV」内で発表。その後各地でのセミナーを経て、2016年7月4日に応募が開始された。
  12. これはAKB48の選抜メンバーとも重なる傾向であり、選抜の対象となる姉妹グループ(いわゆる「支店」)も含めれば人数規模がかなり異なるAKB48も、特にこれと重なる時期においては16人の選抜メンバーを基本としてフォーメーションをつくっていた。これを大きく超える人数が選抜されるシングルも数あり、時期を追ってそれは増えていったものの、AKB48の選抜制度を強烈にアイデンティファイしていた「選抜総選挙」(および「じゃんけん大会」)のシングルではあくまで16人を選抜メンバーとしていた時期が長く、「16人」という枠組みには長らく一定の存在感があったように思う。
  13. 「smart」2016年9月号、「ミューズクリップ」2016年7月23日発行号など。センターの飛鳥と、3列目両端の北野・中元がつくる三角形のフォーメーションは、本人たちによって「夏の大三角形」と表現された。
  14. 筆者は簡単のために「今野式」という言い回しをよく用いるが、これはつまり「スタジオでの収録ではなく、リハーサル室などでの発表の模様がダイジェストで流される形式」ということで、「乃木坂工事中」への番組リニューアルを機に取り入れられたものである。「乃木坂工事中」においてスタジオでの選抜発表が行われたのは、14th・15th・18th・20thの4作のみで、すでに行われなくなったもの、とみなしてよいと思える程度に近年には行われていない。
  15. このときの15th・16thシングル以降でも、23rd・27th・28th・29thの4作においては、当該シングル期間の活動休止とグループからの卒業以外で、前シングルの選抜メンバーは誰も外れていない。また、25thにおいてもこれに該当するのは筒井あやめのみで、当時まだ4期生はアンダーメンバーに合流していなかったため、アンダーとしての取り扱いではなかった。さらにこの期間でいうと、19thは「あさひなぐプロジェクト」参加メンバーを網羅したフォーメーションで3期生を選抜の対象から外している(アンダーにも合流していない)、白石麻衣の卒業シングルであった25thは当時現役の1期生全員を福神として選抜メンバーに含めたというコンセプトであり(このシングルにはアンダー曲がない)、これらは特殊な取り扱いとして(いくぶん恣意的だが)外すことにすると、18th→20thではこれも卒業以外で誰も選抜を外れておらず、24th→26thでは北野のみとなる。ちなみに、25thと26thの間にはいわゆるコロナ禍が最も苛烈だった時期があり10か月ほど空いているが、この間にリリースされた配信シングル「Route 246」の歌唱メンバーを実質的な選抜メンバーとみなすとしても、「Route 246」→26thで外れたのは北野のみとなる。選抜メンバーを単純に増加させる傾向のシングルが多いなかで、絞るときはある程度の人数を一気に絞る、という流れが続くなかで、北野のみがある意味特殊な扱いを受けていたとも評せるだろうか(それは彼女が長くグループに在籍したということと表裏一体ではあるが)。かつ、そこにメンバーの卒業が続いているという状況も相まって、特に直近では3作連続で選抜からアンダーに移るメンバーが不在であるものの、選抜メンバーには一定の新陳代謝のようなものが成立している(そうなるとアンダーメンバーが単調減少していくことにもなるが、28thでの4期生合流によって人数規模は維持されている)。
  16. そもそも、グループが結成された頃にはAKB48の「選抜総選挙」がすでに一大コンテンツとなっており、「選抜」や「センター」の座をめぐって苛烈な競争を繰り広げることでお互いを高めあう、のような世界観が強かったという背景があった。「劇場がない」「48グループではない(公式ライバルなので)」と、ないない尽くしでグループカラーが語られた結成当初の乃木坂46だが、結成当初に「毎日総選挙」と報じられたように、いわゆる「明治選抜」や「乃木どこ選抜」に始まり、「16人のプリンシパル」の頃までは特に、同程度にその「競争」の世界観のもとにあり、かつ、それがショーとして当たり前に成立していた。しかしいつしかそうした側面は強調されることが少なくなり、この頃の乃木坂46はすでに、「選抜/アンダー」に独特の緊張感を残しながらも、それ以上にグループ全体のまとまりやチーム感が重視され、それすらもベールに包まれるような状況であった。
  17. 中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.104-105。
  18. また、直後の時期にあたる16thシングルでは、寺田蘭世はアンダーセンターとして「ブランコ」もあてがわれている。
  19. タイトル「逃げ水」の発表が7月14日、翌7月15日の「お台場みんなの夢大陸」で表題曲「逃げ水」およびカップリング曲「ひと夏の長さより・・・」が初披露、続く7月16日から各収録楽曲のラジオでの音源解禁、そしてYouTubeでのMV解禁が進められていく形であった。また、8月2日には所収全曲の先行配信がスタートしている。
  20. ここでは「真夏の全国ツアー」が始まって以降の夏発売のシングルを指すものとし、「走れ!Bicycle」(2012年8月22日発売)は含まない。
  21. 7月の段階ですでにタイトルは判明しており、8月11日のゼビオアリーナ仙台公演での初披露以降、ツアーのセットリストに(なぎなたのパフォーマンスとともに)含められ続けた。シングルの発売は10月11日であった。
  22. この期間について、公式サイト上の発表においては、「体調不良」による「休養」、「活動を当面の間休止」、「療養に専念」といった表現が用いられた(乃木坂46公式サイトニュース 2017年11月16日「北野日奈子 休養のお知らせ」)。「休業」という言い回しは、その後の時期に、北野本人などによって徐々に用いられるようになった、という印象がある。
  23. 橋本奈々未の卒業から中元日芽香の卒業までのこの時期、グループにとってひとつの大きな節目であった東京ドーム公演を挟み、メンバーの人数が46人という区切りのよい数だったことを、筆者は非常に色濃く思い出にとどめている。しかし、その46人全員がライブの場に揃ったのは、この日と東京ドーム公演の1日目(2017年11月7日)のみであった。さらに、この東京ドーム公演1日目は若月佑美が途中で離脱しており(若月は2日目公演を全編欠席している。この日に上演された舞台「スマートモテリーマン講座」広島公演への出演のため)、この時期の「46人」が全員で公演を完遂したのは、この明治神宮野球場公演2日目のみであったことになる。
  24. メンバーがステージに「いない」ことを把握することは、客席にいる限り相当難しい。(単なる思い出話になってきて恐縮なのだが、)筆者は「中元がこのステージにいてほしい」という望みをもって、「サキドリ!」(MUSIC ON! TV)で放送された公演の映像を何度も確認した。それでももちろん確証は得られなかったが、「どうやら45人しかいなさそうだ」と思って確認作業を打ち切ったという記憶がある。そして後年になって、中元は著書において、このときに「インフルエンサー」(と推定される曲)の振り入れをして参加を試みたが、かなわなかったということを明かしている。「神宮球場で毎年夏の終わりにライブを行っていました。このライブのために、メンバー全員で踊る新しい楽曲の振り付けを、個別でレッスンしていただいていたのですが、結局覚えられなかった。最近加入したばかりでダンス経験のない三期生だって泣きながら頑張って覚えたというのに。その楽曲は私だけ不参加にしてもらいました。」(中元日芽香『ありがとう、わたし 乃木坂46を卒業して、心理カウンセラーになるまで』p.106)
  25. この段階ではまだ、20thシングルは収録内容すら公開されていない。
  26. もうひとつ、北野と「シンクロニシティ」ということでいえば、2018年12月21日の「Mステスーパーライブ2018」への出演も印象深い。このとき北野は「シンクロニシティ」に3列目中央の星野みなみポジションで参加し、前日まで2日間行われた座長としてのアンダーライブ完遂とあわせて「復活」を改めて印象づけた。星野の体調不良、およびこの日にもう1曲披露されたのが北野がオリジナルメンバーである「気づいたら片想い」であったという事情もあったとはいえ、この日をもって北野が完全に復活した区切りのようにさえ感じられた出来事であった。
  27. 21stシングルの選抜発表の模様は、直前の7月1日に「乃木坂工事中」#162ですでに放送されており、選抜メンバーについては明らかになっていた。
  28. 北野がアンダーの2列目のポジションを与えられたのは、この「三角の空き地」と27thシングル所収の「錆びたコンパス」の2曲のみ。
  29. 8月4日の大阪・ヤンマースタジアム長居公演、星野によるプロデュース(“みなみちゃんと仲良し軍団”)。
  30. 思い出話込みで懺悔しておくと、筆者はこの日のチケットを持っていたのに、飛行機に乗り損ねて(当日の便で成田空港から向かう予定だったが、台風による塩害の影響で京成線が全線運休となっていたことに気づくのが遅れて間に合わなかった)参加することができなかった。慚愧に堪えないとしか言いようがなく、またそのため、この発表が(各種メディアの記事などを見ても)メンバーに対してサプライズの形だったのかどうかよくわかっていない(ご存知の方がいれば教えてください)。ただ、「日常」は10月19日の「金つぶ」で初オンエアされているというスケジュール感であることと、11月18日放送の「乃木坂46SHOW!」(「AKB48SHOW!」#204)で放送された発表前後の様子をふまえて、メンバーに対するサプライズではないが、渡された手紙を読むという形でそれに準じる演出がつけられていた、と筆者は判断している(しかし、北野のアンダーセンターに関してはそう判断することとしても、アンダーライブの告知のほうがどうだったのかは判断がつきかねる)。
  31. ほか、選抜メンバー22人のシングルには25th「しあわせの保護色」、福神メンバー14人のシングルには20th「シンクロニシティ」、21st「ジコチューで行こう!」、22nd「帰り道は遠回りしたくなる」がある。
  32. そもそも「福神」の枠組みは、AKB48のメインメンバーを「神7」と称していたことからのアナロジーで、グループ発足当時に導入されたもので、表題曲のポジションのほかにも「選抜」の上位の枠組みとして当時たびたび用いられていた(例:「ダンス七福神」「検定八福神」)が、やがてそうした場面でも「選抜」の語が用いられるようになり(近年の例:「乃木坂46おとな選抜」)、ほぼ存在感を失ってきたという経緯がある。
  33. このときの「新福神メンバー」に該当するのは、樋口日奈と和田まあや。1枚のシングルをことさらに例外扱いするのは(それが白石麻衣の存在感ないしメッセージだったととらえるならばなおさら)あまりよろしくないというのは常々感じているのだが、長く一定かつ独特の力学でフォーメーションが形成し続けられてきている歴史をふまえて、北野の位置取りを把握するためのひとつの補助線としてご容赦いただきたい。
  34. 話がそれてしまうので脚注での補足にとどめるが、3・4期生においても「福神」の枠組みは、明示的ではないしメンバーに言及されることもないが、フォーメーションの力学のなかで一定の存在感をもっているように見える。というのは、「福神での初選抜」組(大園桃子・与田祐希・久保史緒里・山下美月・岩本蓮加・梅澤美波・遠藤さくら・賀喜遥香・筒井あやめ)が3列目に移ることはあっても(あるいは、久保と岩本は福神メンバーとして選抜を経験した後にアンダーも経験しており、筒井はアンダー扱いではないが25thシングルで選抜メンバーを外れている。一方、山下・与田・遠藤・賀喜のセンター経験組の3列目は25thシングルのみで、これも一種の「例外」だろうか)、「非福神での初選抜」組(伊藤理々杏・佐藤楓・阪口珠美・清宮レイ・田村真佑・早川聖来・掛橋沙耶香・柴田柚菜)は、直近に初選抜を経験したメンバーもいるため必ずしもフェアな言い方ではないが、その後まだ誰も福神メンバーとなっていないのである。ポジションを問わず1・2期生を中心にメンバーの卒業が恒常的に続いてきた状況において、近年は「新選抜」のメンバーも毎シングルで誕生しているなか、「福神の壁」は違った形で存在しているともいえるかもしれない。→その後、30thシングルで田村真佑が福神メンバーとなり、「非福神での初選抜」組の3・4期生として初めての福神メンバーとなった形となった。また、同作では金川紗耶・弓木奈於が3列目のポジションで初選抜となってもいる(「非福神での初選抜」)。
  35. なお、樋口・和田も25thシングルで福神メンバーで、26thシングルではアンダーメンバーなので、このくくりでは北野と同じ動きである。ただし、この両名は「Route 246」の歌唱メンバーではなかった。
  36. 同じくベストアルバム所収の歴代アンダーメンバーによる楽曲「Hard to say」にも北野は参加しているが、現在に至るまでパフォーマンス披露の機会がなく、MVにもフォーメーションダンスのシーンがなかったので、フォーメーションは不明。
  37. 歌唱メンバーは1期生5人、2期生3人、3期生5人、4期生7人というバランスであり、かつ生田をセンターにフォーメーションがめまぐるしく変わる形のパフォーマンスでもあるため、この通りの並びになる場面は少ない。

コメント

  1. 通りすがり坂 より:

    『~、「サヨナラの意味」について語りたい』の公開時に、「次は北野日奈子ちゃんについて書く」とおっしゃられていたので、そのときをいまかいまかと楽しみにしていました。まずは、今回も素晴らしい文章だったと言わせてください。
    北野日奈子ちゃん(以下敬称略)は、楽曲『アンダー』を体現するかのように、アイドルの光と影、その両方を味わった代表格のメンバーですよね。裏を返せば、最もアイドルらしかったとも言える。
    一般的に“選抜”と“アンダー”で“一軍”と“二軍”という捉えられ方をしますが、個人的にはもっと細分化されていると思っていて……福神固定組→一軍、選抜三列目常連組→二軍、基本アンダー選抜単発組→三軍、アンダー固定組→四軍、と言った具合に(残酷な見方ですけど)。しかも、北野の加入当初は乃木坂自体仕事が多かったわけではないので、今みたいにアンダー固定組でもドラマや舞台といった単独の外仕事が舞い込んでくる状況ではなかったですから、なかなか選抜に届かず投げやりになっていたというのもよく分かります。
    設楽さんが番組で発言したせいか「不遇の二期」なんて言われ方が定着してしまいましたが、私は単に一期生選抜組の牙城を破るだけの力と気持ちが、残念ながら二期生には足らなかったからだと認識しています。誰がというわけではなく、全体的に消極的だったというのが私の印象です。確かに、加入のタイミングも関係していると思います。一期生がそれなりに経験を積んで、まさに坂道をのぼる脚にも加速がついてきた時期とぶつかってしまったので。じゃあ「恵まれている」と言われる三期以降で加入すれば良かったのか。答えはNOでしょう。一期・二期のときと違い、三期以降には主力メンバーの卒業が見越される中、名実共にトップアイドルになったグループの看板を背負えるだけの”即戦力”が求められた。一期・二期のオーディションだからこそ合格できたメンバーも少なからずいる気がします。「不遇の二期」という言葉に二期生自身が甘えてはいけない。
    話を北野個人に戻しまして……いきなりセンターに抜擢された堀を除き、同期で一番境遇が近かったのは新内でしょうか。12thで初選抜、16thで返り咲いて以降は卒業する28thまで選抜固定でしたが、彼女と北野の決定的な違いは休業の有無くらいなんですよね。休業さえなければ、新内同様きっと選抜定着組だったと思います(これは志半ばで卒業した中元にも言えることですが)。だからと言って、北野のアイドル人生が新内のものより不幸だったとは全く思いません。アンダーを経験したからこそ、今や屈指のライブナンバーとなった『日常』で単独センターを張ることができた。新内はセンター曲ゼロですからね(アンダーフロント経験もなかったのでは)。現役時代は、たとえ三列目でも選抜に入る方が嬉しいのかもしれませんが、アイドル人生を終えて振り返ったとき、一つでも自身のセンター曲があるっているのは、すごく大きなことだと思うんですよね。アンダーで三度単独センターを張った伊藤万理華はその最たる存在かもしれません。
    すみません、長くなりました。とにかく、盟友中元の想いも背負って、北野は見事にやり切ったと思います。彼女の魂は、一緒に活動した三・四期が引き継ぎ、五期生達にも伝えていってくれることでしょう。私個人としては、メンバー愛、取り分け先輩に対する愛が強かった彼女に、最後のshowroomで一期生に対する想いを質問できたことが良い思い出になりました。女優という道を新たに歩き始めた北野日奈子の将来に幸多からんことを私も願っています。
    失礼致しました。

    • nogikeyaksh nogikeyaksh より:

      コメントありがとうございます。だいぶ時間がかかってしまった(しかも全然書き切れていない)のに、タイムリーなタイミングでお読みいただき、長文のコメントをお寄せいただいて、僕がのたうち回りながら書いているものが、どなたかにでも届いているんだなと実感できて、すごく嬉しくなりました。
      僕の今回の記事のシリーズはまだ続きますし、次は「2期生」をテーマにしたものになる予定なので、だらだらと時間がかかってしまっていますが、公開したあかつきにはまたお目に触れることがあれば嬉しいと思います。
       
      いただいたコメントに対して思うところはありますが(「反論があるぞ!」という感じではまったくないのですが、やっぱりどうしても何かを言いたくなってしまうテーマですから)、それは次回以降に綴ることといたします。繰り返しになりますが、ありがとうございました。

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