[タイトル写真:千葉県木更津市・小櫃堰公園(筆者撮影)]
[ex]“それから”の日々と“これから”
本稿は、シリーズ「その手でつかんだ光(乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」の最後の記事である。ナンバリングは前稿で終え、番外編扱いとしつつ、タイトルに掲げた「乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから」の「それから」の部分、北野のグループ卒業後から今日に至るまでの日々について書いていくものである。
特に、卒業後も芸能活動を継続している北野であるから、“それから”の日々はまだ続いていくということでもあるのだが、しかし彼女について、ここまでまとまった量の文章を書くのは最後になろうかと思う。射程とする期間は2年近くになる。ずいぶん時間をかけてしまったな、と改めて感じるが、ここまで書いてこられたことは、おそらく幸せなことだったのだとも思う。
「その手でつかんだ光 (乃木坂46・北野日奈子の“3320日”とそれから)」目次 ・[1]家族への信頼と愛情 |
「今日が私の新たな始まり」
2022年4月30日に乃木坂46を卒業した北野。その後については最終活動日のSHOWROOM配信でもやや言葉を濁すような言い方をしていたものの、「私は未来に向かって歩き出していくので、そんな姿を皆さんに応援してもらえたら」「またどこかで私の言葉が皆さんに届けばいいな」(2022年3月24日「北野日奈子卒業コンサート」)、「これからも北野日奈子として一生懸命頑張っていきますので、どうかこれからもそばにいて支えてくれて、見守ってくれると嬉しいです」(2022年4月30日 SHOWROOM配信)と、芸能活動を継続するニュアンスの発信は一貫してなされていた。
事務所の移籍はおそらくともなうとして、多少の充電期間があってもおかしくないというところであったが、北野は卒業から1日だけをおいた5月2日、「レコメン!」に出演する。出演告知も当日午後のことであり、サプライズ色も強い出演であった。「レコメン!」には直近では卒業発表直後、2nd写真集『希望の方角』発売翌日の2022年2月9日にゲスト出演しており、個人としては短いスパンでの出演となっていたほか、堀未央奈の代打でダブルパーソナリティを務めた2017年7月5日放送回をはじめ、グループ時代にたびたび出演経験のある番組であった。
22時台の番組冒頭から、いくぶんリラックスした雰囲気で登場した北野は、グループから卒業したばかりであるという経緯をパーソナリティのオテンキのりから紹介されると、「もう、ただの北野日奈子です」と改めて自己紹介をする。卒業を決意してから発表されるまでの期間についてや、卒業コンサートをオテンキのりや堀未央奈が見届けていたエピソードなどがざっくばらんに語られたほか、「乃木坂の活動に重心を置いて、それ以外のことはちょっと、って思うほど全力を尽くしてきた」「それがなくなったので、いろんなことに挑戦して、好きなことを見つけたい」と、今後の展望について言及されていた。
出演時間の最後に写真集とInstagramについて短く触れた以外は特に告知もなく、メールを読んだりレギュラーコーナーに参加したりといったのみの出演であったが、そのなかで「乃木坂のオーディションで歌った曲なので、今日が私の新たな始まりということで」としてsupercellの「君の知らない物語」が、そして最後には「卒業しましたが、いつでもこの曲は胸に大事にしまっておきます」として「乃木坂の詩」が選曲され、オンエアされた。卒業コンサートでの最後の一曲でもあった「乃木坂の詩」はあまりにもストレートな選曲というほかなく、グループで重ねた9年間の日々の先をこれからも歩んでいくということがはっきりと表現されていた。
5月20日には、堀も所属する芸能事務所であるamへの所属を発表1し、直後の5月29日には「Kuu Presents SAPPORO COLLECTION 2022 SPRING/SUMMER」に出演。数年ぶりのファッション関係の仕事となったのみでなく(ランウェイを歩いたのは2019年9月28日の「GirlsAward 2019 AUTUMN/WINTER」以来だっただろうか)、「北海道生まれ」を長らく強調してきた北野にとっては念願の“北海道仕事”ともなった2。
「今までの自分とは別の色」
札幌コレクションへの出演を控えた5月26日には、北野がヒロイン・小夏役で出演した舞台「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」(2022年7月8-18日・11公演、紀伊國屋ホール)の情報が解禁され、チケットの先行発売の申し込みがスタートする。北野の舞台出演は2017年の「あさひなぐ」以来のことで、それ以前には「じょしらく」「じょしらく弐〜時かけそば〜」「16人のプリンシパル trois」と、どれもグループとして、もしくはメンバー複数人で出演したものである。グループを離れてひとりで活動していくにあたり、早速に新しいチャレンジに取り組む形となった。
「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」はつかこうへい作の舞台で、岡村俊一がプロデュース・演出を行ったものである。岡村の演出する舞台には女性キャストにアイドル・元アイドルを起用される傾向が強く、坂道シリーズでも2020年に同じく「銀ちゃんが逝く」が上演された際には小夏役を井上小百合が務めており3、他のつか作品でも「熱海殺人事件」シリーズには今泉佑唯(2018年)や新内眞衣(2021年、2022年、2023年)、能條愛未(2021年)が、「飛龍伝2020」(2020年)と「新・幕末純情伝」(2023年)には菅井友香が出演している。つか作品以外の岡村の演出作品でも、「フラガール -dance for smile-」には井上小百合(2019年)、樋口日奈(2021年)、潮紗理菜(2023年)が、「あずみ」(2020年)や「修羅雪姫」(2021年)、「最後の医者は桜を見上げて君を想う」(2022年)には今泉佑唯が出演している4。個人として出演する初めての舞台としては、いくぶん取り組みやすい部分もあったのかもしれないと思うし、あるいはグループで積み重ねた日々の先にあった出演であったともいえるのではないだろうか。
ファンの方へメッセージ
グループを卒業して初めての舞台です。新しいスタートを飾るからこそ、今までの自分とは別の色を生み出したいと思っています。私みたいな自信のない子でも、舞台に立ち、全力で生きて、スポットライトを浴びせてもらう。そういう姿は、誰かの勇気になるんじゃないかと思うんです。新しい色がどういうものかはまだ言語化できていませんが、とりあえず全力の姿だけはお見せできると思います。私のファンの皆様、新しいことに挑戦する私の姿を優しく見守っていてくださいね!(「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」パンフレット 北野日奈子インタビュー)
筆者は日程後半の2公演に足を運んだ。北野自身も「こんなに喋る役は初めてです。過去イチのセリフ量にビビッています」(パンフレットインタビュー)と語った通りのセリフ量、そして3分超えの一人芝居のシーンを演じきり、あるいは殺陣のシーンもあれば、NON STYLE・石田明の公演ごとに異なるアドリブに笑みを見せながら対応する場面もあった。舞台そのもののできばえやパワーはもちろんだが、何よりも期待していた以上の北野の舞台俳優ぶりに圧倒され、心をつかまれてしまった。
これが終われば残すは千秋楽公演のみ、というところであった7月17日の公演では、カーテンコールで北野が真ん中に押し出される場面があった。味方良介と石田明から26歳の誕生日を祝う花束を受け取った北野は、われわれの知る、あの目を細めた笑顔を見せたが、最後にもう一度幕が上がったときには、彼女の目には涙が光っていた。懸ける思いや張りつめていたものもあっただろうか。カーテンコールまでが終わって席を立ち、会場を流れる主題歌「STAR」5が「人は幸せになるために生まれてきたはずなのに」と歌うのを聴きながら、芸能生活にとどまらない北野の人生全体に無限の幸福があることを祈った、そんな北野の26歳の誕生日であった。
この時期の北野からは、「色」をテーマにした発信がよくなされていたように思う。先ほど引用したインタビューでも「今までの自分とは別の色を生み出したい」と語っていたが、7月7日にオープンしたオフィシャルサイト・ファンクラブ6のタイトルは「ヒナコイロ」で、このタイトルは6月初頭のうちにはすでに決めていたという(北野日奈子Instagram 2022年6月5日)。
この場所で皆さんと共に、日奈子として小夏として色や音を出せること本当に幸せに思います。自分が自分で良かったと思います。本当に私は人に恵まれているなぁ。自分の人生に関わってくださる皆さんの存在に感謝しています。!だからこそ、一生懸命に、自分に負けないように、自分に繋がりを持って下さる大切な人のために頑張りたいと思っています☺️!
この場所に立つ者が北野日奈子でよかったと紀伊國屋ホールに足を運んで下さる皆さんに思ってもらえるように、一緒に舞台に命を灯す皆さんと心を繋ぎあえるように、皆さんを信じて自分を信じて目に見えないたくさんの不安や恐怖心に勝つぞ!なにより楽しみたい!
(北野日奈子Instagram 2022年7月5日[抜粋])
また、前稿[4]にも書いたエピソードであるが、奥田いろはが北野のサイリウムカラーであった黄緑×ピンクを引き継いだのはこれに先立つ時期、「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2022年5月14-15日)のタイミングである。色の組み合わせに意味があったというよりは、北野自身が好きな色をふたつ用いる形で決められたというサイリウムカラーは、本人にとってもファンにとっても特別な色となっていたが、北野は2022年6月28日のインスタライブで、そのサイリウムカラーをファンクラブに用いないのかと尋ねるコメントに、黄緑×ピンクは「奥田の色」として引き継いだので、自分はもう使わないことにした、というような趣旨のことを話していた。
「今までの自分とは同じ色を生み出したい」、そのために「全力の姿」でぶつかる。多くのものが変わっていこうとしているなかで、しかし変わらない彼女の生き方もまた、そこに光っていたように見えた。
ファンとの距離感と温度
「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」を完走したのちの時期からは、連続ドラマへの出演が続くことになった。2022年9-10月には「少年のアビス」、2022年10月期には「警視庁考察一課」、2023年1月期には「ひともんちゃくなら喜んで!」、2023年3月には「とりあえずカンパイしませんか?」に出演。役柄も出番もそれぞれであったが、約半年にわたってレギュラー出演のドラマが続いたことになる。
特に、初めてのチャレンジとなった「少年のアビス」で演じたヒロイン・青江ナギは休業中のアイドルという役柄であり、話題性のあるキャスティングであった一方、北野には「連続ドラマに挑戦する」という以上に、少し戸惑いもあったのだという。
現在は『少年のアビス』で初の連ドラヒロインを熱演。演じている役柄は休業中のアイドルだ。
「正直最初は『やれないです!』って言っちゃいました(笑)。アイドルをやめたばかりなのに…という気持ちもあったので。でも撮影が始まる前からスタッフさんが何度も打ち合わせをしてくれて、私の不安を徐々に取り除いてくれたおかげで、前向きに臨むことができました。作品に対する愛がある現場なので、私もその気持ちを無駄にしないように最後まで演じ切りたいと思います」(『FLASH』 2022年9月20日号 p.38)
また、同作では2014-2015年に約1年間、SKE48との兼任という形で乃木坂46に所属した松井玲奈との共演も果たしている。松井は兼任時代もそれ以降も、乃木坂46とはある程度の距離を保ちつつも7、特に1期生にとっては“グループにおける唯一の先輩”でもあり、短い期間のなかでメンバーにさまざまな面で積極的に指導をするような場面もあったと伝えられる。北野とはメンバーのなかでもそこまで距離が近かったわけでもないように思うが、松井の乃木坂46合流の端緒は「気づいたら片想い」であり、初選抜の期間を過ごしていた北野にとっても、特にインパクトの大きな存在だったかもしれない。
ーー松井玲奈さんは、令児の担任で彼に執着していく柴沢由里先生を鬼気迫る演技で表現されていました。共演されて、いかがでしたか?
北野さん 松井玲奈さんが乃木坂を兼任されていたとき、何もわからない子どもだった私たちのことを面倒見てくださって、ステージの立ち方やお客さまへの返し方など、たくさんのことを教えていただきました。撮影現場で再会したとき、「久しぶり。大人になったね!」と気さくに声を掛けてくださって。憧れのアイドルである玲奈さんの記憶のなかに私がいたことがうれしかったです。
第一話で川へ落ちてくるシーンを撮っているとき、カメラがまわる前から緊張感あふれる雰囲気を出すために呼吸を荒くされていて。「これが女優なんだ、かっこいい!」と思い、玲奈さんの演技から学ばせていただきました。
ーー松井玲奈さんが北野さんの演技について、お話されたことは?
北野さん 玲奈さんが「ナギちゃんが狂気じみていて、目の奥が真っ暗なところが良いね」と褒めてくださったんです。自分の演技は間違っていなかったのかなと自信がつきました。玲奈さんに褒めていただいたところをこれからもっと伸ばしていけたら良いなと思っています。
(an・an web「北野日奈子『松井玲奈さんの記憶に私がいてうれしかったです』」[2022年9月28日配信])
連続ドラマでコンスタントに北野の姿が見られる時期が続いた一方、前述のように2022年7月7日に公式サイトを開設、9月1日からはファンクラブとしての運営をスタートしたことに加え、7月17日の舞台終演後に開催された「北野日奈子 生誕祭2022」を皮切りに、ファンイベント(ファンクラブ発足後はファンクラブイベント)もコンスタントに開催するようになる。堀未央奈や渡辺みり愛をゲストに迎える回もあり、“乃木坂時代”との連続性を保った形でファンと交流する機会を設け続けている、といえるだろうか。
9月30日にはファンクラブ会員向けの公式アプリがリリースされ、オフショットや動画の配信やライブ配信が行われているほか、フィードではコメントでファンと直接交流するばかりでなく、オープンなSNSよりはいくぶんハードルを下げた発信ができているように見てとれる。時期にもよるが、発信の量としてはかつてのモバイルメールよりも多いくらいで、グループ時代でもコロナ禍以降の一時期は活動の量が減り、「今日の日奈子はなにしてるんだろうな~と思う日もあったかと思います」(北野日奈子公式ブログ 2021年4月19日「ぶつかってばかり」)と北野自身も感じることもあったという頃より、温度感が伝わりやすくなったな、と思う場面も多い。
この時期には個人のYouTubeチャンネルも開設し、「警視庁考察一課」の初回放送日であった2022年10月17日に初投稿。コロナ禍より前の頃からだったろうか、ゲーム実況を中心に「ずっとYouTubeを見ている」のような発言も多かった北野だが、自身でもコンスタントに動画を公開していくことになる。いかにもYouTuberっぽい企画にも取り組みつつ、何かあればVLOGを公開しているほか、分量的にはカメラの前でひとりでトークしている動画も多いだろうか。筆者はあまりファンクラブイベントなどに足を運んでいるわけではないのだが、いつでも元気な姿を見られるようで、ありがたいな、というのが率直な感想である。
グループへの加入当初は「きいちゃんは素直だから、全部そのまま言っちゃうんです」(『BUBKA』2016年9月号 p.21、生駒里奈)と先輩メンバーに評されるなど、思ったことを思った通り、直感的に発信するようなところがあった北野。彼女にとって激動の時期のひとつであったともいえる2015年11月からの約1年間にはブログの毎日更新もあり、タイムリーになされる発信にファンもコメントでタイムリーに反応することが続く時期であったともいえるだろうか。それが続けられたのは、とにかくファンに向けて自らを発信し続ける、という心がけとともに、そんなパーソナリティも作用していたかもしれない。
しかしこの時期を過ぎると、発信の総量はぐんと減り、考え抜いてから言葉をつむぐ、それが難しければあえて表には出さない、というように見えるようになっていった。それは少なくとも、グループ卒業までは変わらなかったかもしれない。時期で考えるならば、そのきっかけの部分には体調不良や休業などの難しい状況もあったのかもしれないが、自分がいま発信したことをファンがどのように受け止めるのか、それに心を砕いて(くれて)いたような、そんなふうに見えていた。ブログやモバイルメール、SNSの類だけでなく、ライブのMCやSHOWROOM配信でもそんな印象を受けることがあったかもしれない。すべてあくまで筆者の印象にすぎないのだが、ある時期からの北野はいつも、口にする言葉を入念に準備した上で舞台に上がっていた(卒業コンサートは別として、卒業を発表してからの時期は、それは少し軽減されていたかもしれないとも思う)。
そういう意味において、現在の北野は、このような言い方をしてよいのかわからないが、いくぶん「楽になっているのかな」というように見える。往時は大きなグループのなかにいるという立場であったし、もっといえばグループ外の活動は抑えているようなニュアンスもあったから、それは当たり前のことかもしれない。あるいはタレントとしてひとりで活動するようになり、主体的に発信をしていくことが“仕事”としての重要性を増した部分もあるだろう(動画の再生回数も、ファンクラブの登録人数も、ある意味ではKPIのようになり、ひょっとするとそれは、アイドルにあてがわれがちだった“序列”なんかよりずっとシビアかもしれない)。それでも、とりあえずは「思ったことをそのまま言う」に近い場が多くなっているようであることは、少なくともファンとしては嬉しいし、喜ぶべきことだと思う。これからも自分のペースで、そうした活動を続けていってくれたら、というのが筆者の願いだ。
グループの“それから”
ここで少し、北野が卒業してから現在までの乃木坂46について振り返り、北野が残したもの、あるいは“それから”の北野自身がグループの歩みのなかにどのように位置づいてきたのかを見ていくことにしたい。卒業メンバーのグループとのかかわりの形はさまざまであり、北野にもまた、独自の形があるように思われる。あるいは乃木坂46というグループ自体が、定期的に“思い出を振り返る”ことで、ファンとメンバーの気持ちを温めつつグループの連続性を保ち、それを確かな強みとしてきたグループであるから、9年間のキャリアとそれにともなう存在感をグループに残した北野についても、未だそこに確かに息づいているといえると思う。
2022年4月30日に北野がグループを卒業した直後の時期のトピックといえば、5月14-15日に開催された「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」であろう。7万人を納める会場・日産スタジアムは、キャパシティでいえば国内の常設会場として最高到達点である。2日間で表題曲29曲を網羅しながら810年間を振り返る形であったセットリストにあって、アンダー曲の存在感は相対的に小さい状況でもあったが9、DAY2の6曲目として「日常」が演じられる。29thシングルアンダーメンバーに、現役の「日常」オリジナルメンバー全員を加えた、フルメンバーといえるフォーメーションのセンターには久保史緒里が立つ。落ちサビ以降は特に感情があふれ、双眸から涙をこぼしながらのパフォーマンスとなったが、久保はこれを「日奈子さんとの思い出が甦ってきて、『だから苦しいんだ』と感じながらパフォーマンスしました」(『EX大衆』2022年7月号 p.87)と振り返った。
北野の誕生日である7月17日には山崎怜奈がグループを離れ、翌18日には樋口日奈と和田まあやが卒業を発表。その翌日の大阪城ホール公演からスタートした「真夏の全国ツアー2022」は、結果として“1・2期生”にとっての最後の全国ツアーとなった。「最後の1期生」とされた秋元真夏10の卒業コンサートを含む「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」(2023年2月22-26日)を控えた2月18日には、「最後の2期生」となっていた鈴木絢音が卒業を発表11。LINE CUBE SHIBUYAで開催された卒業セレモニーの日取りには、2期生が活動をスタートしてちょうど10年の記念日となる2023年3月28日が選ばれた。鈴木はアンコールで「ゆっくりと咲く花」をひとりで歌いきり、グループで過ごした日々について「悲しい物語を当て書きされちゃうことも多かったけれど、私の乃木坂10年間は人生でいちばん美しい10年間でした」とまとめた。
北野の卒業コンサート翌日から3日間行われた「29thSGアンダーライブ」(2022年3月25-27日)では客席が満員に至らなかったという事態にも直面したアンダーライブだが、最終公演アンコールでの「このまま頑張っていたらみんなでアンダーライブ、東京ドームでできる」「どんなに大きい会場でも私たちの魂は強いから」という和田まあやの言葉に呼応するように、そこからさらに勢いを増していくことになる。その和田にとって最後にアンダーライブとなった「30thSGアンダーライブ」(2022年9月27-29日・10月3-5日)は2会場6公演が行われ、3・4期生10人という新体制かつ過去最少人数12で臨まれた「31stSGアンダーライブ」(2022年12月1-19日)は5都市9公演の全国Zeppツアーの形であった。5期生の合流を経た「32ndSGアンダーライブ」(2023年4月5-27日)も計8公演の東名阪ツアーの形。かなりの公演数を重ね、パフォーマンス面での強さの増したアンダーライブは、「史上最大」13と銘打たれた横浜アリーナ3DAYSの「33rdSGアンダーライブ」(2023年9月29日-10月1日)に至る。これを立見席まで完売させた上で高いパフォーマンスでやり遂げると、「34thSGアンダーライブ」(2024年1月25-27日)は再びぴあアリーナMMへ。約2年ごしに3DAYSを即完売させ、スケールアップが数字にも表れるようになっている。
「アンダー」は「北野日奈子卒業コンサート」以降、約8ヶ月ほどはライブでの披露がない状態が続いていた。このこと自体は特に珍しい現象ではなく、2021年には一度も披露されていない。ただ、この期間には楽曲のオリジナルメンバーである山崎怜奈、樋口日奈、和田まあや14がグループを卒業しており、山崎と和田は「北野日奈子卒業コンサート」を、樋口は「アンダーライブ2020」を「アンダー」最後の披露としてグループを離れている。こうした状況にあって、3・4期生の体制で行われた「31stSGアンダーライブ」で、「アンダー」は全公演でセットリストの1曲目として演じられる。通常のOVERTUREではなく15暗転とともにピアノの旋律で滑り出した公演は、影の中から現れたセンター・中村麗乃の歌唱から始まる。「アンダー 影の中/まだ咲いてない花がある/客席の/誰かが気づく」。アコースティックアレンジを加えられ、フォーメーション移動はあったが振り付けはほぼ排されていた。12月1日の初演までを期間としてとるとすれば、252日ぶりの披露。このときステージにいた10人はみな、あの日北野とともにその曲を演じていた。
シリアスな演出とともに、会場に緊張感が満ちる。“声出し禁止”の状況を超えて、スタンディングの客席はしんと静まりかえっていた。曲が描いたモチーフさえこえて、「アンダー」にはさまざまな記憶が塗り固められている。しかし、メンバーは歌唱が終盤に至るにつれて徐々に笑顔で演じるようになり、歌詞のメッセージをまっすぐに乗せるようなパフォーマンスで終えられる。千秋楽公演の際のパフォーマンスは配信を経て映像化されたが、その前に筆者が現地で観た3公演も含めて、そのようなものとして演じられていたように思う。ライブに臨むにあたり、中村は涙ながらに「私たちしかいないから、守んなきゃいけないじゃん」(乃木坂配信中「31stSGアンダーライブ全国Zeppツアー開催記念特番」、2022年11月22日)とも語っており16、あの記憶までもが“継承”の対象となるのか、と息をのむような思いだったが、その後現在までのアンダーライブを改めて振り返るならば、そのステージに誰もいなくなった1・2期生が積み重ねてきた日々への仁義であったようにも映る。2023年3月27日の鈴木絢音の卒業をもって、「アンダー」のオリジナルメンバーも全員がグループを離れたということになった。鈴木にとっての最後の披露は「アンダーライブ2020」となり、オリジナルメンバー総体としては「北野日奈子卒業コンサート」が最後の披露となった。
北野が「私が気がかりなのは、アンダーの3期生です。」「諦めてほしくないです。」「メンバーである以上は諦めずに、上を目指してほしいです。」(『希望の方角』北野日奈子インタビュー)としていたメンバーも、現在に至るまでみなグループを引っ張る活躍を見せており、3期生は(北野の在籍中に卒業した大園桃子を除く)11人がみな在籍し続けているという状態である。インタビューで北野が含意したのは「選抜を目指し続けてほしい」ということであったと読み取れるが、佐藤楓が30thシングルで7作ぶりに、阪口珠美が31stシングルで9作ぶりに、伊藤理々杏が33rdシングルで10作ぶりに選抜入りしたのに加え、33rdシングルでは中村麗乃が、34thシングルでは向井葉月が初選抜となっている。特に阪口や向井は北野と距離が近く、直接メッセージを送ったことが伝えられるメンバーであるだけに、北野の思いが届いたといえる状況でもある。あえていうならば、選抜メンバーの3列目を順繰りに入れ替えていくトレンドの時期であるということでもあろうが、しかし個々のメンバーが「諦めなかった」ことこそがそれを可能にしたともいえる。北野にしかできないエンパワーメントが、確かにあったのだと思う。
アンダーライブでの「日常」は、伊藤理々杏がセンターを担った時期を経て、「32ndSGアンダーライブ」では向井葉月が、「33rdSGアンダーライブ」では松尾美佑がセンターに立ち、定番の楽曲として演じられ続けつつも、シングルごとに異なる展開を見せている。「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY2(2023年2月23日)では奥田いろはのセンターで演じた5期生も、「新参者 LIVE at THEATER MILANO-Za」8公演目(2023年11月27日)のアンコールでは小川彩にセンターをかえて披露している(そして「34thSGアンダーライブ」[2024年1月26-28日]では、その小川のセンターで披露されている)。前述の鈴木絢音のセンターとあわせて、この約1年間でも披露のされ方にかなりのバリエーションがあったということになる。珍しい現象であるようにも映るし、しかしグループが変わっていくとはそういうことか、とも思う。奥田がセンターで立った際には北野への思いについてVTRで大々的に語られる場面もあったが、どちらかというともう、「北野のセンター曲」というよりは「グループの楽曲」の位置に移りつつあるように感じる。それはたぶん、喜ぶべきことだと思う。
その奥田は、乃木坂配信中「乃木坂46 奥田いろは 柏駅前で路上ライブやってみた!」で「忘れないといいな」を弾き語りで披露するなど、北野への思いを変わらず表現している。「33rdSGアンダーライブ」2日目(2023年9月30日)のジコチュープロデュース企画で「君は僕と会わない方がよかったのかな」を選曲した背景にも、そうした思いがあったのではないかと感じる。“卒業ソロ曲”がのちのメンバーによって歌唱される例は、全曲披露のバースデーライブよりあとの時期では非常に稀になっているし、「君は僕と会わない方がよかったのかな」も「北野日奈子卒業コンサート」以来演じられていない状況であった。歌声を聴きながら涙がにじんでしまうような選曲を、奥田自身はてらいなく素直な感じで繰り出してくる、というような印象を受ける。“君僕”の旋律とともに、客席のペンライトがピンク一色ではなく黄緑×ピンクに変わっていく。それも「北野日奈子卒業コンサート」と同じ風景であった。楽曲が歌い継がれ、物語が語り継がれるだけではない。それはこれからも現在進行形で続いていく。
グループとの距離感
ここまで振り返ってきたように、北野もグループもそれぞれに歩みを進めていくなかで、卒業後における北野のグループとのかかわり方には、少し特異な部分があるように思う。近いような、遠いような、そんな感じだ。
客観的なデータを持っているわけではないし、他の卒業メンバーに関しては北野ほどていねいには追いかけていないのだが、北野は乃木坂46時代について、あるいは現役メンバーや卒業メンバーとのかかわりについて、メディアで語ることが多いとはいえると思う。舞台やドラマへの出演に際しては、プロモーションのためにインタビューが組まれる機会が多くあったが、そうした機会において、具体的なエピソードとともに“乃木坂46”を語る場面も散見される。
ーー小夏役は以前、北野さんと同じく乃木坂46で活躍されていた井上小百合さんも朗読劇で演じられていましたよね。
北野:そうなんですよ。井上さんはグループ時代の先輩なんですけど、すごく仲良くさせてもらっていて。なので今回の舞台の情報が発表される前に、私のほうから連絡しました。実際に朗読劇も映像で観させてもらったのですが、私の知らない井上さんがそこにいて、「うわ、すごい!」と思いました。井上さんが繋いでくださったバトンでもあるので、「私もまた繋げられるように頑張りたいです」と言ったら、「いやぁ、小夏はすごいよ」って(笑)。「のめり込みすぎると自分自身も気が滅入ってしまうから気をつけて」というアドバイスをいただきました。(リアルサウンド「北野日奈子に聞く、乃木坂46に在籍した9年間とこれからのこと 『本当に世界が広がった』」[2022年7月10日])
「蒲田行進曲完結編 銀ちゃんが逝く」についてのインタビューであれば、同じ小夏役を演じた井上小百合について語られるのもさもありなんではあるが、「少年のアビス」への出演に際しては、先に引いた松井玲奈についてのもののほかに、このようなエピソードにも言及している。
――北野さんは、今作が連続ドラマの本格出演が初とのことですが、乃木坂46出身で女優として活躍されている先輩方に、演技について相談はされましたか?
北野:生駒里奈さんと仲良くさせていただいているんですが、こんなにみっちりドラマに出るのは初めてなので、ドラマでも舞台でも活躍されている生駒さんに、ドラマで役を演じる上で心掛けていることを伺いました。
生駒さんから、ドラマはカメラの向こう側にいる人を想像しながら演技をした方が良いよ、でもその場にはカメラしかないので、カメラのレンズの奥に居る人を意識してやってみるといいかもってアドバイスをいただいて。私はカメラの前だと緊張しちゃうんですけど、そのことを意識しながら演じるようにしてからは緊張せずにやれているので、すごくありがたいアドバイスをいただきました。
(WEBザテレビジョン「荒木飛羽×北野日奈子、異色ラブストーリーに挑む 16歳・荒木の演技に北野『自分を保つのが大変』<少年のアビス>」[2022年8月26日])
インタビュワーとしては、卒業したばかりの乃木坂46について水を向けるのは至極当たり前だし、とりわけWebの記事であれば目を引く見出しにもなるだろう。グループ時代に引っ張られすぎずに活動したければ、通りいっぺんの回答をすることもできようものだが、北野はそのなかでよく新しいエピソードを出してきて、聞き手や読み手にとっての“良いインタビュー”をつくるタイプであるように思う。また、このなかでは「私自身、アイドル時代に休業していたこともあって、そういう部分がナギちゃんと重なりました」とも語られており、なんとなく予想した内容にもきちんと言及があるような、そんな印象もある。
あるいは、「後輩メンバーのことを気にかけている」という趣旨の言及も多い。事実としてそうだからそう語られているのだと思うが、自分から積極的に言及しているような印象も受ける。
——4月30日に乃木坂46を卒業されました。卒業を実感することはありますか?
これこそ今日のチェキとか! 意識していないと、サインに「乃木坂46」って書いてしまうんです。それから9年在籍していたので、「選抜発表がこのくらいの時期にあるんだろうな」っていうのもなんとなくわかって。そういう時期になるとメンバーのブログを見にいって、落ち込んでいそうなコに「ご飯行こうよ」と声をかけたりしています。メンバーのことは今でも大好きなので、よりアンテナをビンビンに張って気にするようにしています。——特に気にかけている後輩はいますか。
4期生だと柴田柚菜ちゃんが慕ってくれていて、5期生だと奥田いろはちゃんが加入前から好きでいてくれたみたいで。2人ともツアーのリハ中で凄く忙しいと思うんですけど、合間を縫って同じ日に舞台に来てくれて、本当にかわいいなって思いました。それから個人的に気にかけているのは3期生の阪口珠美ちゃん。乃木坂愛もあれば、パフォーマンスの表現力もある本当に素敵なコなんです。どうにかたま(阪口珠美)が報われてほしいというか。私もつらい環境を行ったり来たりしてきたので、たまにはそういう思いをしてほしくないなって思います。(『FLASHスペシャル グラビアBEST』2022年初秋号[2022年8月29日発売]p.23)
——グループを卒業されて約5カ月ですが、ひとりでの活動には慣れてきましたか?
「卒後湯してからすぐに舞台があったので、仲間ができたようで寂しさは感じませんでした。でも夏の全国ツアーを回っている後輩が、ご当地グルメなどを食べているのを見ると、『去年は私もそこにいたのに〜』って(笑)。あと当時気にかけていた後輩メンバーのことは、今でも気になるので、様子を聞いていたりはしています」(『CARトップ』2022年10月号 p.175)
――今回は考察がテーマで、北野さんはファンの方から“考察”される側でもあるのでは? と思ったのですが、「当たってる」とびっくりしたことなどはありますか?
自分のファンの方は、本当に「なんでこんなにわかるんだろう?」というくらいまで、私のことを考えてくれているんです。だから私は常に考察されている側だと思います(笑)。髪の色やメイクを変えた時、たとえば女性はよく気づいてくれると思うんですけど、男性のファンの方でもわかってくれるんです。どのレベルまで私を考察しているんだろう?
ファンの方が現役の乃木坂メンバーの様子を見て、落ち込んでいるんじゃないかと「日奈子ちゃん、ごはんに連れてってあげて」とメッセージをくれることもあるんです。メンバーに話を聞いてみたら本当にその通りだったりして。すごく見てくださっているし、1番の味方だなと思います。
「自分でも何に迷っているかもわからないけど、落ち込んでる」といった時に、ファンの方が「日奈子ちゃんは〇〇年の〇月〇日にこういうブログを書いてたよ」と昔の自分の考えを思い出させてくれることもあります。そういう時は「こんなことでくよくよしてないで、目の前のことに一生懸命頑張って取り組めばいいんだ」と思えますし、もはやファンの皆さんが辞書みたいになってる(笑)。私の取扱説明書を持ってくださっている感じなので、助けられています。(マイナビニュース「北野日奈子、ファンの鋭すぎる“考察”に驚き『どのレベルまで…』 秋元康にスパイ疑惑も!?」[2022年12月19日])
特にある時期以降、北野はグループに対する愛着を進んで表現してきた経緯があるし、仲間への情も厚いタイプだ。ただ、卒業後につながりの深いメンバーと連絡をとったり、あるいは相談をしたりされたりするのは、たぶんそこまで特別なことでもない。あえていうならば、そうしたエピソードを表にすればファンに喜ばれるだろうと感じて、こまめに触れるようにしているような、そんなふうに映ることもある。
あるいは、バスケットボール経験者として(そしておそらく、長らくBリーグの仕事をしている相楽伊織とのつながりもあって)『月刊バスケットボール』2023年8月号のインタビューを受けた際には、インタビューの前半部がグループ時代のことをオーディションから卒業まで振り返ることにあてられており、卒業から1年経った現在の心境や、グループ卒業にあたっては「『どうしてもライブがしたい。それで卒業がしたい』とお願いした」ということ、ソロ曲「忘れないといいな」と、それを卒業コンサートで歌ったときのことなども語られていた。いっぱんに、卒業コンサートなどのグループ活動最終盤について振り返るようなインタビューが組まれることは珍しく、貴重な機会となった。
——乃木坂46の楽曲の中で、これが好きだった、というものはありますか?
北野 今、乃木坂46時代の頃を思い出したいときによく聴くのは『失いたくないから』です。……(中略)……あとはやっぱり自分のソロ曲である『忘れないといいな』も好きですね。繊細で儚い歌詞ですが、卒コンでは笑顔で歌い切ることができ、歌詞は私の乃木坂人生を物語っていて、辛いことや苦しいこともありましたがここまで頑張ってきて良かったと思えました。秋元(康)さんは本当によく見てくれているなと思います。私の人生を物語っているものなので、すごく特別ですね、ソロ曲を頂けたのは。(『月刊バスケットボール』2023年8月号 p.99)
ただし一方で、変わらずグループのまわりをうろうろしているような感じを受けるかというと、必ずしもそうでもない。卒業生でいえば同期の相楽伊織、堀未央奈、渡辺みり愛とはファンイベントのほかYouTubeでのコラボなども行っているし、YouTubeではグループや卒業生について言及する場面も散見されるし(星野みなみや中元日芽香の現在について触れていたのは、いかにも北野らしいスタンスや距離感であった)、ショート動画では「突然乃木坂の曲を流したら北野日奈子は踊れるのか?」の企画を不定期に行っているほか、その延長で2024年1月には「日常」のダンスも披露するなど17、良い意味であまり変わっていない感じを受けることも多い。
しかし、きわめて具体的にいうならば、北野は卒業後に乃木坂46のライブを訪れている様子がない。もちろん、あえて言及していないだけかもしれないし、いつもスケジュールを空けられるわけでもないだろう。ただ、2期生メンバー(伊藤かりん、伊藤純奈、相楽伊織、新内眞衣、堀未央奈、山崎怜奈)がサプライズで登場した「鈴木絢音卒業セレモニー」に現れなかったことは少し意外であったようにも思うし、「10th YEAR BIRTHDAY LIVE」や秋元真夏、齋藤飛鳥の卒業コンサートなど、Instagramのストーリーなどで言及することこそあれ、他の多くの卒業メンバーのようには足を運んでいないように思う(すべての発信を追い切れているわけでもなく、見落としているものもあるかもしれないが)。何か独特の感じ方があるようにも思われ、どことなくそれも、北野っぽいな、と思う。
チップと「虹の橋」
そして、大きなテーマとして触れておかなければならない最後のひとつが、愛犬・チップのことである。北野は2023年1月27日、自らのYouTubeチャンネルの動画「大切で大好きな家族のお話」で、ちょうど2年前にあたる2021年1月27日に、チップが亡くなっていたことを公表した。チップはこのとき14歳で、前年にはペットメディア「sippo」のインタビューでクッシング症候群とそれにともなう糖尿病を発病し、両目を失明していたという状況が公表されていた。あるいは約1年後に制作された「忘れないといいな」のMVでは、冒頭を含む随所にチップと北野の写真が用いられるとともに、“今の北野日奈子”がリードをコートのポケットにしまって外を歩くなどのシーンで18、その不在が示唆されてもいた。ともあれしかし、北野はその事実を公表するのに2年という時間をかけたのである。
動画のなかで、北野は「当時はバースデーライブのリハ中だった」と振り返り、リハーサルへの参加も厳しいような状況になってしまったこと、しかし「最初で最後」の2期生ライブに向けて乗り越えようと頑張っていたことを語り、そして「私のなかでの乃木坂を卒業する大きな理由はチップのことでした」と明かす。そうした自分の気持ちだけでグループを卒業することは悩んだともいうが、「チップも一緒に乃木坂の活動をしていたっていうくらい」であり、「気持ちを偽らなくちゃやっていけないほどの思い」から、火葬して見送った日の夜に、卒業を決意した、ということであった。
北野は卒業発表の際のブログで「優しくて温かいこの場所を離れることを決めたのは去年の今頃です。」(北野日奈子公式ブログ 2022年1月31日「希望の方角」)としており、その後のいくつかの発信のなかにも、何か明確に卒業を決めたタイミングがあるような語り方をしていたように思う。乃木坂46についていえば、この2021年1月27日は「9th YEAR BIRTHDAY LIVE」のリハーサル期間であったほか、ちょうど26thシングルの発売日でもあり、いろいろなことが重なったタイミングであった。この年25歳という年齢は、堀未央奈や伊藤かりん、衛藤美彩などの近しいメンバーが卒業の目安とした年齢でもあったし、このときのシングルでアンダーメンバーとなったことについては、モチベーションを保つのに苦労していたともいう19。しかし結局、最後に彼女を突き動かしたのは、チップの存在の大きさであったということになる。
その後、特に卒業までの北野について振り返ってみると、2021年の生誕Tシャツも従前通りチップの写真やイラストを用いたデザインとしたほか、背中側には数字や記号を並べた暗号風の文字列が記されており、そこには北野の誕生日である「19960717」とチップの誕生日である「20061001」に加え、「202101271551」の数字も散りばめられており、これは動画での北野の語りと考えあわせると、チップが亡くなった日時であるということであろう20。「乃木坂46時間TV(第5弾)」のグッズである個別マフラータオルも「日奈子ちゃんとチップ」であったし、卒業コンサートグッズ・卒業グッズにもこれでもかというくらいチップがあしらわれ、卒業コンサートで着用したドレスにも生地に犬の刺繍が施されていたほか、MCでは自らのキャリアを「チップを押しつけた9年間でした」とまとめた。「チップも一緒に乃木坂の活動をしていた」という語りを体現するように、最後までチップとともに走りきった9年間であったと思う。
動画内ではさらに、現在ひとり暮らしの家に「おこげ」と「ランプ」、さらに実家には「おかゆ」という3匹の小型犬21と住んでいるということを公表した。暮らし始めたのはチップが健在であった時期からであるとのことで、それも長らく伏せながら、「日奈子ちゃんとチップ」という、ある種のペルソナとともに「乃木坂46・北野日奈子」を完遂したともいえるだろうか。チップが亡くなったということだけでなく、看取ったときの詳細やその後の思いについて語ったこととあわせて、そこにはかなりの勇気と慎重さが必要であっただろう。
公表を経ていくぶん楽になった部分もあっただろうし、それで北野自身の活動が広がった面もあった。2023年4月21日には、ふたつ目のInstagramアカウント「きたのさんち」を開設。おかゆ・おこげ・ランプとの日々だけでなく、チップとの未公開写真も掲載するアカウントとして運用されている。また、2023年11月に開催されたイベント「Sippo Festa 2023秋」では、配布されたカタログにおいて「保護犬と暮らす」と題された対談に登場し、チップとの出会いやともに暮らした日々について語った。
さらに、2024年1月31日発売の『HARBOR MAGAZINE by QJ』No.1にも登場し、神奈川県動物愛護センターを訪問。YouTubeでもこのときの模様を公開している。チップを迎えた小学生のころから関心を寄せ続け、乃木坂46加入後も発信を続け、「sippo」のインタビューでも語っていた「動物愛護に携わりたい」という目標が、芸能生活11年目にあって具体的な形を帯び始めている。
以前に書いた記事「白いガーベラの咲く星(乃木坂46・北野日奈子と「アンダー」の現在)」でも、「sippo」のインタビューがあったあとの時期であったこともあり、北野と動物愛護については扱ったことがあった。偶然にも、この記事を公開した日にチップが亡くなっていたということになる。本稿を書くにあたり、久しぶりに自分で読み返してみたのだが、ほかの状況が何もかも変わっているのに、最後に触れた動物愛護の部分だけは、北野の芯がまったく変わっていないことに驚く。“うちの子”への愛を語り、あるいは「虹の橋」へと向かったチップのことを語りながら涙する、そんな愛犬家のトーンだけでは語れない動物愛護、保護犬ゼロという課題。そこに向ける眼差しのまっすぐさにも、感服というほかない。
そしてこれからも
もちろん動物関係以外にも活動の幅は広がっている。2023年3月には個人として二度目の舞台となる「ダリとガラ」(2023年3月2-12日:座・高円寺[東京]、3月24-26日:ABCホール[大阪])に出演。シリアスな演技や舞台特有のパワフルさだけでなく、われわれのよく知る北野らしいポップさもいかんなく発揮した作品となった。筆者は東京での1公演と、大阪での千秋楽公演を観劇し、どちらもかなり前列の席を得ることができたのだが、「ああ、華があるな……」と、しみじみとした感想を抱いたことを覚えている。
2023年6月26日には、久しぶりの地上波バラエティとなる「一億総リミッター解除バラエティ 衝動に駆られてみる」に出演。ほか、バラエティとしてはYouTubeチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」において、「100ボケ100ツッコミ」の企画にドッキリのターゲットとして出演した(2023年10月28日配信)。ファンとして活動を追うなかで、いろいろな側面を見てきたし、見ているが、グループ時代から「太陽」「現場を明るくする」といわれてきた部分が見られるような場面があると、やっぱり嬉しくなる。
この年の秋には舞台「晩餐」への出演が決まっていたが、体調不良のため降板となるという出来事もあった。この期間はYouTubeの配信もしばらく空くなど、やや心配な時期ともなったが、その後は活動のペースを戻しているようである。1話のみのゲスト出演ではあるが、出演回の放送を控える「ナースが婚活」ではしばらくぶりにドラマにも出演。これからも、役を演じる姿を画面で見られる機会があればと思う。
また、「北海道出身・千葉県育ち」「道産子」を自称し続けてきた北野だが、前述の「札幌コレクション」のほかにも、北海道文化放送「いっとこ!みんテレ」(2022年10月29日・2023年5月6日)、NHK総合(北海道)「どうみん手作りクイズ 179Q」(2022年12月16日)、FM北海道「IMAREAL」(2023年5月5日)、NHKラジオ第1「道南小学生ラジオ」(2024年2月10日)など、北海道でのメディア出演もコンスタントに続けている(「札幌コレクション」関連のものも含む)。「IMAREAL」出演時には「帰ってくるところは北海道」と言い切り、「小樽市出身・本籍は札幌市」を改めて強調してもいた。グループ時代よりもいくぶん動きやすい立場になったことが、ふるさとでの仕事につながっているようにも映る。
ほかにも、昨年からは競馬関係の仕事も得るようになり、普段から競馬場に通っている様子であったり、「京美人Award2023」の応援アンバサダーとしての活動のなかでは、『non-no』で久しぶりのファッション誌への登場を果たしたり、活動を網羅的にあげていくときりがなくなってしまう。当分はこうした状況が続きそうであることを喜ぶことにして、このあたりにとどめておくことにしたい。
最後は雑駁になってしまったが、前稿までで綴ってきた“3320日”の部分は、いくぶんか完結したストーリーであった一方、本稿で綴ってきた“それから”の部分は、現在進行形であるから、それも仕方のないこととさせていただきたい。本稿のなかですでに何度も書いてきたことだが、北野には北野らしく、自分のペースで活動していってもらえればと思うし、あるいは北野らしく生きていってくれたらと思うほかない。ここまですべて読んできてくださった方がいるとしたら、きっとその思いは共有していただけると思う。
「大きな目標としては、どんな分野に進んでも、誰かの心に届くようなお仕事をしていきたいです。どんな分野でも、誰かの支えや元気の源になるような活動ができたらなと思っています。」22、グループを離れて間もない時期に、北野はそんなふうに語っていた。それはきっと果たされてきたし、これからも果たされていくのだろう。
—
北野が乃木坂46からの卒業を発表してからもうすぐ2年になる。卒業を決意したというタイミングからいうともう3年だ。「乃木坂46・北野日奈子」について、自分なりに納得がいくまで書きつくしたいという思いはあったが、これほど長大な記事になるとは思っていなかったし、なによりこれほどの期間、書き続けるとは思わなかった(ずっと書いていたわけではなく、手が止まっていた時期も多かったが、それでもずっと頭のどこかに、この記事のことと北野のことを置きつづけていたのは確かだ)。
卒業から1年が経たない2022年の終わりくらいまでは、「書き終えたら本当に終わってしまう」みたいな感覚があった。北野が決めたことだし、それはいずれ訪れることでもあるから、卒業してほしくなかったなんてことではないし、卒業のタイミングはむしろちょうどよかったと思っていた(それはいまも変わっていない)。でも、やはりどこか寂しかったのだと思う。時間をかけてていねいに取り組みたいと思っていたことも確かだが、だらだらと先のばしをしていた部分もあるということは、否定のしようもない。
しかし、今は違う。ようやく終わる、終えることができる、というのが率直な感想だ。それはひとりのファンとして、この期間もひとりで活動を続けている北野のことをそれなりに追ってきて、あるいはグループのことも引き続き追ってきたことで、そろそろ区切りをつけてもよい、つけなければならないタイミングなんだな、と思えた。それは北野が、彼女らしいやり方で、“いま”を見せ続けてくれたからだと思う。
北野のことを知ったころのことを改めて思い出してみる。当然ながら、最初からこんなふうに何十万字もの記事を書くようなややこしい気持ちで、彼女のファンになったわけではない。ビジュアルとキャラクターが目を引いた、それだけのことだった。もう8年以上前のことになる。13thシングルや14thシングルのころの個人アーティスト写真を見ると、いまでも「この子がいちばんかわいい」と思う。この8年間の記憶をすべて失っても、それはきっと変わらない。
しかし、そこから情熱を燃やして“推した”というような感覚でもなく、多くの偶然に導かれていまに至っている、というのがしっくりくる。「他人のそら似」の歌詞が歌うように、どこかにある記憶や理想像を検索するようにして、あれは誰なんだろう、と彼女を目に留めたが、思いがけない些細なことで運命は突然に始まる。そこからは過去ではなく未来を積み重ねていく日々であり、筆者自身の人生のなかにおいても、北野日奈子はもはやもちろん北野日奈子でしかない。
思いは尽きないが、いたずらに長くなってしまうから、ここで終えることにする。突き当たってきた多くの“偶然”も含めて、別の場所にも書き残してきたし、これからも何かあるごとに書いてしまうことになるのだろう。そのようにして生きていこうと思う。北野が残した“3320日”の足跡と物語はずっと残り続けるし、“それから”の日々は、明日からもずっと続いていくのだ。
(きいちゃん、ありがとう。遅くなったけど、9年間お疲れさまでした。
そしてこれからも、よろしくお願いします。)
—
- 乃木坂46出身メンバーとしては堀と北野のほか、2023年5月1日より相楽伊織も所属。
- 札幌コレクションにはこれ以降も、2022 AUTUMN/WINTER(2022年10月29日)、2023 SPRING/SUMMER(2023年5月7日)で出演を果たしている。
- このときの上演は2020年7月4-27日に24公演を予定していたものだったが、新型コロナウイルスの影響で通常の舞台演劇から朗読劇に変更されたものである(2020年7月10-12日、3公演)。
- 「最後の医者は桜を見上げて君を想う」については、突発性難聴の影響により、配役を変更しての出演であった。
- 出演者のひとりである河本祐貴(ミュージシャンとしての名義はコウモトユウキ)が手がけたもの。
- ファンクラブとしての運営(登録スタート)は2022年9月1日。
- 兼任時代の松井は基本的にはSKE48のスケジュールの優先度を高く置きながら活動しており、乃木坂46としての握手会への参加機会もいくぶん限られていたほか、「真夏の全国ツアー2014」には大阪公演・愛知公演のみの出演であった(明治神宮野球場公演には電話中継での出演であり、この日はSKE48の握手会に参加していた)。
- さらに、アルバムのリード曲である「僕がいる場所」「きっかけ」「スカイダイビング」「ありがちな恋愛」「最後のTight Hug」、アンダーアルバムにおけるリード曲に近い位置づけである「誰よりそばにいたい」、配信シングルとしてリリースされた「世界中の隣人よ」「Route 246」も演じられており、10年間のリリース作品をもれなく振り返る、という姿勢が強く表れたセットリストであったとえいる。
- セットリストに入ったアンダー曲は、DAY1では「狼に口笛を」と伊藤万理華を加えて演じられた「ここにいる理由」、DAY2では「日常」「誰よりそばにいたい」「届かなくたって…」。
- 秋元真夏は、齋藤飛鳥の卒業発表(2022年11月4日)・卒業(2022年12月31日)を経た2023年1月7日に卒業を発表。飛鳥は卒業コンサートのみ2023年5月17-18日に持ち越しており、秋元と飛鳥、および鈴木絢音の3人が、その卒業コンサート/卒業セレモニーにおいて「後輩のみに見送られて卒業した」という形となった。
- 卒業発表を経て臨まれた「11th YEAR BIRTHDAY LIVE」DAY1では、鈴木は「日常」のセンターに立ってもいる。
- アンダーメンバー10人は23rdシングルアンダー曲「滑走路」に並ぶ過去最少人数で、なおかつこの体制で行われたアンダーライブである「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ〜アンダーライブ〜」(2019年5月24日)にはグループ卒業を控えた伊藤かりん・斉藤優里が参加していたため、アンダーライブとしては「31stSGアンダーライブ」が歴代最少人数での挙行となった。また、このときはさらに北川悠理が愛知公演・大阪公演をけがにより休演しており、これらの計4公演は9人で挙行されている。
- 3日間でののべ動員数は36000人とされている(参考)。アリーナクラスの会場で行われたアンダーライブを振り返ると、東京体育館での4DAYSであった「アンダーライブ全国ツアー2017〜関東シリーズ 東京公演〜」(2017年4月20-22日)が32000人(参考)で、公演数を考慮するとこれが従前の最多動員数であったといえる。また、会場のキャパシティについても、公称の動員人数ではかるとするならば、日本武道館での「Merry Xmas Show 2016 〜アンダー単独公演〜」(2016年12月7・9日)が12000人とされており(参考)、これと並ぶ最大の数字であった。ただし、「アンダーライブ at 日本武道館」(2015年12月17-18日)の際は同じ日本武道館で1公演あたり動員数10000人(参考)であった(なお、「アンダーライブ2020」[2020年12月18-20日]も日本武道館で開催されているが、このときはコロナ禍のガイドラインで1公演あたり5000人の動員数を上限としての開催であった)。武蔵野の森総合スポーツプラザでの「アンダーライブ全国ツアー2018〜関東シリーズ〜」(2018年12月19-20日)は各日10000人とされている(参考)。なお、ぴあアリーナMMでの「29thSGアンダーライブ」(2022年3月25-27日)は「3日間でのべ2万1000人を動員」とされているが(参考)、この会場で前日に行われた「北野日奈子卒業コンサート」の動員数は9000人とされている(参考)。横浜アリーナという会場のみをとってみても、「33rdSGアンダーライブ」は過去最大級の規模であったといえる(ただし、同じく横浜アリーナで開催された「23rdシングル『Sing Out!』発売記念ライブ〜アンダーライブ〜」[2019年5月24日]の際にはステージバック席が設けられており、動員数は15000人とされていた[参考]。アンダーライブの1公演あたりの動員数として公表された数字としては、これが最大である)。
- きわめて厳密にいえば、和田の卒業日は2022年12月4日であり、数日間のずれがある。
- OVERTUREはアレンジを加えられ、終盤ブロックの前のダンストラックで用いられた。
- このときの配信では、アンダーアルバム「僕だけの君〜Under Super Best〜」に特典映像として収録され、現在はのぎ動画でも配信されている「The Best Selection of Under Live」を31stアンダーメンバーが全編視聴するというコーナーがあったのだが、その最後の1曲としてフルサイズの「アンダー」の模様(2017年10月18日「アンダーライブ全国ツアー2017〜九州シリーズ〜」福岡公演3日目)が流れる間、メンバーが誰もひと言も発さなかったのが印象的であった。「The Best Selection of Under Live」は最初期から直前の九州シリーズまでのアンダーライブの“名場面”を時系列順に並べる形で編集されているものだが、最終盤の「My rule」、樋口日奈の語り、そして「アンダー」は時系列でいえば逆であり(同一公演内のアンコール→本編最後のMC→中盤の模様である)、あらゆる記憶が「アンダー」に収斂させられるような作品性があった。リリースのタイミングをふまえた当時の時代感でいうとそこまで雰囲気を外したものではなかったように思うが、それを「1・2期生によるアンダーライブの歴史」とくくられると、いくぶん後味が悪くなる(九州シリーズのあと、19thシングルの体制での近畿・四国シリーズがあり、20thシングルから3期生が合流する、という流れである。アンダーアルバムのリリースは近畿・四国シリーズを終えた直後であり、いくぶん雰囲気の転換が図られていた時期でもあった。というより、九州シリーズの雰囲気があまりにも特異であったというのは、前稿[6]などで長らく書いてきたところである)。ただ、歴史の彼岸に眺めたアンダーライブが「アンダー」で終わっていたとするならば、それをふまえて演じられた「31stSGアンダーライブ」の1曲目が「アンダー」であったことにも意味があっただろう。あくまでアンダーライブがアンダーライブとして連続性を保っていくとしたとき、少なくとも当面は「アンダー」の記憶のない世界を生きることはできない。ならば、その道の一歩目に「アンダー」を位置づけることで、二歩目からは新たな場所に進んでいける。「31stSGアンダーライブ」自体がそのような意図をもって演出されていたのではないかと感じるし、このときの公演だけにとどまらず、その後の歩みを振り返るならば、その通りになってきたようにも思える。
- 「日常」については、2022年4月20日に出演した「猫舌SHOWROOM」にて「卒コンでのパフォーマンスが最後」であったものとして語っていたところである。2年近くの時間をかけて再び、あるいは当時とは異なる笑顔のダンスで披露するに至ったことは、ファンとしては喜ばしく思うとともに、時間の経過を感じさせる出来事であった。
- このシーンほかで印象的に用いられたリードは、北野とチップが用いていた実物であり、北野がすごく大切に扱っているという趣旨の発言を齋藤飛鳥が行っている(2022年3月20日配信「乃木坂46分TV」)。
- 当時からやや迂遠な形で語られていたが、後年においても「ヒナコイロ」での発信で、心が折れていた時期だった(けれど「口ほどにもないKISS」は楽しかった)、というように触れられていた。
- 3行目の数字の並びについてはうまく読み取ることができていない。少しだけ検索してみたが、答えらしきものにたどり着いているファンも見当たらなかった。2行目(「202101271551」)と考えあわせると、北野とチップだけが共有しているものがほかにもあるのかもしれない(あるいは、たんに筆者の頭が足りていないだけなのかもしれないが)。
- おかゆとおこげはチワワ、ランプはチワックスである。
- TV Bros. WEB「北野日奈子『少年のアビス』インタビュー グループ卒業後の活動の想い『どんな分野に進んでも、誰かの心に届くお仕事をしたい』」[2022年8月26日]
コメント