アンダーライブ全国ツアー 九州シリーズによせて(5)

(5)Postscript〈1〉:「ひめきい」の“それから”(11月7・8日、東京ドーム公演)

「アンダー 人知れず 汗を流す影がある
 ステージを 支えてるのに…」

“それから”の乃木坂46と「ひめきい」

 アンダーライブ全国ツアー九州シリーズから、3ヶ月近くの時間が流れた。
 この間乃木坂46は、11月7日と8日に「真夏の全国ツアー2017 FINAL!」として開催された東京ドーム公演をはじめ、シンガポールでの公演、日本レコード大賞の受賞、紅白歌合戦への3回目の出演など、引き続き坂道を駆け上がり続けてきた。
 あるいはアンダーメンバーについても、12月にはアンダーライブ近畿・四国シリーズの開催、1月にはアルバム「僕だけの君~Under Super Best~」のリリース、そしてそれにともなうアンダーメンバーだけでの音楽番組への出演など、その活動をさらに拡大させている。

 前回までの記事を書いていた頃には明言されていなかった中元日芽香と伊藤万理華の卒業時期についても、2017年内がひとつの区切りとなり、1月末にはブログもクローズされる。
 そして北野日奈子については、11月16日に体調不良による休養が正式にアナウンスされた。

 九州シリーズでの情景を思い起こせば「まだ3ヶ月」とも思えるが、こうして出来事を並べてみると「もう3ヶ月」だとも言えるだろう。
 本稿では「ひめきい」を軸に、主として東京ドーム公演について振り返りながら、もう少し「アンダー」について書いてみたいと思う。

 

九州シリーズ直後、東京ドーム公演

 乃木坂46「真夏の全国ツアー2017 FINAL!」東京ドーム公演。
 公演を終えた現在ではその記念碑的な位置づけや、2日目ダブルアンコールで中元日芽香と伊藤万理華を送り出した「きっかけ」が語られることが多いように思うが、公演前にはブラックボックスの部分が多い公演だったようにも思う。
 どのような演出がなされるかの予告がないのはもちろんだが、「全曲披露」「最新リリース曲披露」などの縛りもなく、そして中元が出演するのかどうかさえなかなか明らかにされなかった(「グッズがある」という形で判明したと記憶している)。
 また、中元と万理華にとって最後のライブになることが初めて明言されたのも、この公演内だったということにも触れておかなければならない(ダブルアンコールの冒頭で桜井玲香が言及する演出だったのだと思うが、生田絵梨花がMC中に触れてしまったのはご愛嬌であった)。

 「アンダー」について言えば、東京ドームでは披露されないのではないかと筆者は思っていた。九州シリーズ千秋楽のステージを「オリジナルメンバーでの披露は最後になるかもしれない」と見届けたことを覚えているし、前稿でもそのように書いた。
 東京ドームのセットリストに「アンダーブロック」がまとまって用意されるという予測もはっきりとはしていなかったし、北野日奈子の体調面での心配が続く中でもあった。そして何より九州シリーズでうかがい知った、Wセンターを筆頭とするメンバーたちのこの曲に対する苦闘を思い起こせば、あえてもう披露しなくてもいいのではないかという思いさえあった。

 

 思い出していたのは、「真夏の全国ツアー」地方公演初演、8月11日の仙台公演のことであった。「乃木坂46がここまで大きくなったのは、選抜とアンダーがあったから」という趣旨のVTRの演出とともに初披露された「アンダー」、そのセンターにひとりで立った北野日奈子の号泣、という情報が飛び交い、筆者の観測範囲に限っても炎上に近い状態だったと記憶する。そのVTRは初演のみで演出から消え、「アンダー」だけがセットリストに宙ぶらりんに残された。
 メンバーへの応援より演出への批判がやかましく聞かれる状況には、個人的には怒りに近い感情もあった。しかしそれは、受け止めた誰もが複雑な思いを抱く曲であるということでもあろう。曲としての「アンダー」は、どうあっても好きでいるつもりだった。しかしそれを東京ドームという舞台でもう一度見たいかと自らに問うたとき、何も考えずに首を縦に振れるわけではない自分もいた。

 それ以前に、北野日奈子は公演に出られる状態なのか。中元日芽香は無理をしてしまっていないか。「46人の乃木坂46」は、ステージに揃うことができるのか。その全員が笑顔になり、輝くことのできるステージになるのか。
 確実に大きなメルクマールとなる東京ドーム公演に立ち会えることを楽しみにしつつ、数ヶ月抱え続けてきたそんな複雑な思いも、たくさん胸をよぎっていた。

 

東京ドーム、「アンダーブロック」の衝撃

 迎えた東京ドーム公演当日。
 その初日、OVERTUREからの「制服のマネキン」で始まったステージに、中元日芽香と北野日奈子の姿はなかった。
 1期生を中心とする代表曲として「真夏の全国ツアー」初演の明治神宮野球場でも披露され、中元の登場シーンでは大歓声が起きた「制服のマネキン」。あるいは中元・北野が揃って選抜入りし、堀未央奈と3人で「サンダル脱ぎ捨て隊」を結成した「裸足でSummer」。
 綺羅星のごとき代表曲が次々と繰り出されるなかで、そこにいるはずの「ひめきい」の不在は際立った。

 

 公演中盤、アンダーブロックの始まり。少し長めのVTRが流れ、最高潮の盛り上がりを見せていた東京ドームが一瞬静まる。乃木坂46のステージを確実に支え、盛り上げてきたアンダーライブの熱さとアンダーメンバーの戦いの歴史を振り返り、その役割を認め讃える内容だったと記憶する。
 込められたメッセージは、「真夏の全国ツアー」地方公演の「アンダー」のそれと重なるものだったかもしれない。しかし時を経て、また状況も変わり、あるいはVTRのつくりも丁寧になったこともあっただろう。今度は多くの人の心に、すうっと落ちるものであったのではないだろうか。

 そして客席の沈黙を破り、そのアンダーメンバーたちが登場する。
 19thアンダーメンバーと、歴代のアンダーライブ経験メンバーがひとりずつ名前を呼ばれ、サブステージに登場する演出。
 割れるような大歓声に包まれた客席は一瞬にしてボルテージを取り戻す。そして「かつてこの場所にいた」メンバーとして最初に登場したのが、中元日芽香。それに続いたのが、北野日奈子。そしてその最後を締めくくったのは、伊藤万理華だった。
 大声援のなかで披露された、ブロック1曲目「ここにいる理由」。それはステージ上の彼女ら全員が切り拓いてきた、アンダーライブそのものだった。

 

 少年漫画のような演出だったと思う。多くの人が、似たようなことを考えたことがあったかもしれない。
 あるいは過去のアンダーライブでも、そのタイミングでの選抜メンバーがゲスト的に登場することは幾度かあった。特に日本武道館でのアンダーライブのアンコールはいまでも語られるところで、永島聖羅がそのステージにいたことを考えれば、アンダーライブの歴史をひもとくと考えるならば、そちらのほうがより完全に近い姿だったのかもしれない。
 しかし、それから乃木坂46が2年近く歩みを止めずに成長してきたこと、そしてその全体のライブ、しかも東京ドーム公演でアンダーブロックが設けられたことを考えあわせれば、その意味あいはより大きいものと言って差し支えないだろう。
 そして、このタイミングでしか成立しえないものだったことも確かである。アンダーライブの歴史を振り返るにあたり、中元日芽香と伊藤万理華は欠くことのできない二大メンバーであろう。このふたりでアンダーセンターを計7回(中元のWセンター2回を含む)。センターメンバーが卒業した「左胸の勇気」と「涙がまだ悲しみだった頃」も、伊藤万理華がその代理を務めてきた。このふたりがいなければ、ここまでのアンダーライブを総括するステージにはならなかったかもしれない。

 

 ふたりの卒業のタイミングだからこそできた、と思うわけではない。ある意味では、すべては偶然だったのかもしれない。しかし、そんな一瞬の奇跡をつかまえて成立したアンダーブロックは、その意味ではもしかしたら、今回の東京ドーム公演における最大のハイライトシーンだったかもしれない。
 今後グループがどこまで成長しても、どんなに大きな舞台に立っても。あるいは今後も成長を続けていくからこそ、もう二度と成立しえない。そんな衝撃の演出であった。
 筆者自身の話をすれば、アンダーブロックではずっと、2日とも涙が止まらなかった。1日目は中元と北野の登場の衝撃で、2日目は万理華登場の大歓声で、それぞれあっという間に決壊してしまっていた。

 

11万人が見届けた「アンダー」、ガーベラの花が咲く

「アンダー 影の中 まだ咲いてない花がある
 客席の 誰かが気づく」

 伊藤万理華センターの「ここにいる理由」で始まったアンダーブロックは、井上小百合センターの「あの日 僕は咄嗟に嘘をついた」、そして中元日芽香センターの「君は僕と会わない方がよかったのかな」と続く。網膜に焼き付いている、一瞬にしてピンク一色に染まった会場。それは「5th YEAR BIRTHDAY LIVE」で休業中の中元からのメッセージが流れたとき以来の風景でもあった。
 続く「生まれたままで」ではセンター伊藤万理華を中心にメンバーが花道を歩き、メインステージへと移動する。そして「過去のアンダーメンバー」がステージを去り、18thアンダーメンバーだけをステージに残して披露されたのが、「アンダー」であった。

 率直に言えば、筆者は「アンダー」という曲について、「過去のアンダーライブ経験メンバー全員を歌唱メンバーとして制作し、アンダーアルバムに収録すべきだったのではないか」と考えていた。そしてなおかつ特定のセンターメンバーを作らなければ、この曲のファンの間での評価はまったく違っていたのではないかとさえ思う。特に東京ドーム公演、アンダーアルバム発売、というわかりやすいメルクマールがあるならば、そのような形をとることも難しくなかっただろう。
 くすぶり続けていたその思いは、しかし九州シリーズで一変した。中元と北野を中心に苦闘を続けてきた18thアンダーメンバー18人は、九州シリーズを完走したことで、この曲を見事に自分たちのものにしたのである。「希望」を花言葉にもつ白いガーベラの花が、あの宮崎のステージには確実に咲いていた。その過程は、「アンダー」の歌詞の世界観そのものでもある。
 その曲が、苦闘の日々が、彼女らにあてがわれなければならなかったものなのかは、わからない。しかしただひとつ言えるのは、彼女らがその苦闘の日々を乗り越えたということである。

 

 「影の中まだ咲いてない花がある」でドーム天井に八方から集められたスポットライトの光。それはきっと、あの白いガーベラの花だったのだと思う。
 その光は「客席の誰かが気づく」でぱっとほどけて客席を照らし、18人が立つメインステージの照明と入れかわるように消えた。
 2日間で11万人が見届けた東京ドームのステージ。オリジナルメンバーでの最後の披露となった「アンダー」をめぐる物語は、ここでひとつの完結をみたと言えるかもしれない。

 しかしまたあるいは、11万人もいれば、アンダーメンバーやアンダーライブにそんなに目を向けたことのない観客も多かったことだろう。「アンダー」を初めて聴いたという人だっていたはずだ。あるいは「アンダー」に対して、複雑な思いを抱いたままの人も、もっといたはずだ。
 筆者にとっては感動の詰まった時間だったが、11万人にとってはどうだっただろうか、とも思わなくもない。続く「My rule」でアンダーブロックは終わり、MCでも特段のことが語られたわけではない。
 それでも、それを見届けた11万人に対して、何か伝わるものがあった時間だったと信じてみたいと思う。あるいは、苦しみながらこの場所にたどり着いた「ひめきい」にとって、そのステージ上から見た11万人の姿が、かけがえのないものであればいいと信じてみたいと思う。

「アンダー いつの日か 心を奪われるでしょう
 存在に 気づいた時に…」

 信じなければならないと思う。

 

“これから”の乃木坂46、そして

 東京ドーム公演について、それ以降はあまりここで語る必要もないと思う。
 アンダーブロックのあとは、表題曲を6曲続けたうえ最新の「いつかできるから今日できる」でライブ本編を締め、定番曲を集めたアンコールでは再び熱狂の渦、「ここで終わりじゃない」という桜井玲香からの力強いメッセージ、客席とステージを紫一色に染めた「乃木坂の詩」。

 そして2日目ダブルアンコールで伊藤万理華と中元日芽香を送り出した「きっかけ」。中元はその最後に、「これからも乃木坂のこと、よろしくお願いします」と呼びかけた。

「みんなから私のことが もし 見えなくても
 心配をしないで 私はみんなが見えてる」

 乃木坂46は、これからも坂を上り続けることだろう。
 だからこそ、あのアンダーライブのステージのことを、ずっと埋まらなかった、ようやく埋まったセンターポジションのことを、そこにいたメンバーふたりの姿を、ずっと覚えていたいと思うのだ。

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